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平成18(行ケ)10236審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成18年12月25日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官
原告アルケマ
法令 特許権
特許法29条2項1回
特許法29条1項1回
キーワード 審決19回
優先権1回
進歩性1回
新規性1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事件の概要 本件は,原告(出願当時の商号:エルフ アトケム エス.エイ.)が後記 発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として 審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原告がその取 消しを求めた事案である。

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判決文

平成18年12月25日判決言渡し
平成18年(行ケ)第10236号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成18年12月20日
判 決
原 告 ア ル ケ マ
(旧商号 アトフィナ)
訴訟代理人弁理士 平 木 祐 輔
同 石 井 貞 次
同 大 屋 憲 一
同 藤 田 節
同 新 井 栄 一
同 遠 藤 真 治
被 告 特 許 庁 長 官
中 嶋 誠
指 定 代 理 人 新 海 岳
同 東 勝 之
同 岡 田 孝 博
同 内 山 進
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2004−21563号事件について平成18年1月5日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告(出願当時の商号:エルフ アトケム エス.エイ.)が後記
発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として
審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原告がその取
消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,1994年(平成6年)6月1日(パリ条約による優先権主張1
993年(平成5年)6月3日,フランス国),発明の名称を「ガソリンフ
ィードパイプ」とする発明につき,特許出願(特願平7−501390号。
以下「本願」という。)をし,平成15年8月19日付けで補正をしたが,
平成16年7月8日拒絶査定を受けたので,原告は,これに対する不服の審
判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2004−21563号事件として審理した上,
平成18年1月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決を
し,その謄本は平成18年1月17日原告に送達された。
(2) 発明の内容
平成15年8月19日付け手続補正書(甲2)により補正された特許請求
の範囲は,請求項1ないし8から成り,その請求項1に記載された発明(以
下「本願発明」という。)は,下記のとおりである。

「ポリアミドの外層,フルオロポリマーの中間層,およびポリアミドの内層
を有し,これらの層がそのポリマー鎖にカルボニル基を含有するポリマーま
たはコポリマーである接着結合剤の介在層によってそれぞれ結合しているこ
とを特徴とするポリアミドベースのガソリンフィードパイプ。」
(3) 審決の内容
ア 審決の詳細は,別添審決写しのとおりである。
その要点は,本願発明は,下記引用例発明及び従来周知の技術手段に基
づいて,当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項
により特許を受けることができない,というものであった。

・特開平5−42621号公報(甲3。以下「引用文献」といい,同記載
の発明を「引用例発明」という。)
イ なお,審決は,引用例発明を下記のように認定し,本願発明と対比し,
一致点と相違点を下記のように認定したものである(この認定は当事者間
に争いがない)。

<引用例発明>
ポリアミドの外層,フルオロポリマーの中間層,およびポリアミドの内
層を有し,ポリアミドの外層,内層をフルオロポリマーの中間層より架橋
度を高めた状態とすることによってそれぞれの層間が結合していることを
特徴とするポリアミドベースのガソリンフィードパイプ。
<一致点>
「ポリアミドの外層,フルオロポリマーの中間層,およびポリアミドの内
層を有し,これらの層がそれぞれ結合していることを特徴とするポリアミ
ドベースのガソリンフィードパイプ。」である点。
<相違点>
本願発明では,ポリアミドの外層,フルオロポリマーの中間層,および
ポリアミドの内層が,そのポリマー鎖にカルボニル基を含有するポリマー
またはコポリマーである接着結合剤の介在層によってそれぞれ結合してい
るのに対して,引用文献に記載された発明では,前記外層,内層がバリヤ
層である中間層より架橋度を高めることによってそれぞれ結合している
点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決の認定判断には,以下に述べるとおり誤りがあるか
ら,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(動機付けの不存在)
(ア) 審決は,本願発明は,引用例発明及び従来周知の技術手段に基づいて
当業者が容易に発明することができたものであると判断したが,誤りで
ある。
(イ) 引用例発明が解決しようとする課題は,バリヤ性に優れたフルオロポ
リマーの層と,バリヤ性が劣るポリアミドの層とを有するガソリンフィ
ードパイプにおいて,層間の接着強度の低下による層の浮き上がりや剥
離を回避することである。そして引用例発明では,当該課題を解決する
ために,ポリアミド層の樹脂材を電離性放射線照射又は化学架橋などの
手段により架橋している。引用例発明では,架橋によってポリアミド層
を強固にすることにより層の浮き上がりや剥離を抑え,その結果として
各層間を結合させているのであるが,同時にポリアミド層の柔軟性は犠
牲になっている。ポリアミドなどの線状の高分子を架橋すると,架橋前
に比較して強度は増すが同時に熱可塑性は消失することが知られてい
る(1994年10月20日株式会社工業調査会初版第1刷発行「プラ
スチック大辞典」201頁(甲7)「crosslinking 架橋」の項参照)。
すなわち,引用例発明のガソリンフィードパイプは,ポリアミド層を架
橋することによりその熱可塑性が低下し,柔軟性が十分でなく破断しや
すいものであるということができる。
一方,本願発明が解決しようとする課題は,ポリアミドベースのガソ
リンフィードパイプにおいて,ポリアミドが有する優れた強度及び柔軟
性(以下「機械的特性」ともいう。)を保持しつつ,ガソリンの透過性
が高いというポリアミドの欠点を克服することである。そこで本願発明
は,ポリアミドの外層,フルオロポリマーの中間層及びポリアミドの内
層を設け,これらの層を所定の介在層によって結合することにより,ポ
リアミドの優れた機械的特性を維持しつつ,対応するポリアミドパイプ
と比較して透過性を低下させることにより前記課題を解決するものであ
る。ガソリンフィードパイプにおいてポリアミド層の柔軟性等の優れた
機械的特性をできるだけいかしつつガソリンの透過性を低くするという
本願発明の課題を解決しようとする当業者にとって,ポリアミド層の柔
軟性を損なう可能性が高い架橋工程を必須とする引用例発明は,置換可
能な技術手段とは考えられないから,引用例発明と周知技術とを組み合
わせて本願発明に想到するための動機付けがない。
(ウ) 引用例発明では上述したとおり,ポリアミド層を架橋処理により強固
にすることで層の浮き上がりや剥離を抑え,その結果として各層間を結
合させている。すなわち引用例発明における架橋処理は第一義的にはポ
リアミド層を強固にするための技術手段であり,ポリアミド層とフルオ
ロポリマー層との間を結合するための技術手段ではない。
これに対して,本願発明では,ポリアミド層とフルオロポリマー層と
の間に,そのポリマー鎖にカルボニル基を含有するポリマー又はコポリ
マーである接着結合剤の介在層を設けることにより,各層間を結合させ
ている。本願発明における当該介在層はポリアミド層とフルオロポリマ
ー層との間を結合するための技術手段である。
以上のとおり,本願発明における所定の介在層の使用は,引用例発明
における架橋処理とは性質の異なる技術手段であり,当業者にとって置
換可能な技術手段とは考えられないから,引用例発明と周知技術とを組
み合わせて本願発明に想到するための動機付けがない。
イ 取消事由2(本願発明の効果の予測困難性)
(ア) 審決は,「本願発明の効果は,引用文献に記載された発明および従来
周知の事項から予測し得る程度のものであって,格別のものではな
い」(審決4頁下第3段落)と判断したが,誤りである。
(イ) 本願発明に係るガソリンフィードパイプが有する,ポリアミド層の柔
軟性を保持しつつ介在層により層間が確実に結合されるという効果は,
引用例発明及び周知技術からは予測できない格別なものである。
上述のとおり,引用例発明ではポリアミド層が架橋されているために
未架橋のポリアミド層と比較してその柔軟性は劣る。そして,引用例発
明では,ポリアミド層の架橋が各層間の結合を実現する上で必須である
から,引用文献(甲3)の記載に接した当業者は,ポリアミド層の柔軟
性の保持と各層間の結合とをどちらも犠牲にすることなく両立させるこ
とは困難であると考えるのが通常である。
これに対して,本願発明では,そのポリマー鎖にカルボニル基を含有
するポリマー又はコポリマーである接着結合剤の介在層を用いることに
より各層を結合させ,かつ,ポリアミド層が有する柔軟性などの優れた
機械的特性は保持される。この点において,本願発明の効果は引用例発
明及び周知技術からは予測できない格別なものであるといえる。
被告は,本願発明のガソリンフィードパイプは,ポリアミド層を架橋
することを排除していないと主張するが,本件明細書の記載事項及び技
術事項を参酌すれば,本願発明における「ポリアミドの外層」及び「ポ
リアミドの内層」には架橋されたポリアミド層は包含されないものと解
釈されるべきである。
(ウ) ガソリンフィードパイプにおいてフルオロポリマーの中間層の内外両
側にポリアミドの層を設けることにより,優れた機械的特性と低いガソ
リン透過性とを両立させ得るという効果は,引用例発明及び本願出願当
時における周知技術からは導くことはできない予想外の効果であり,本
願発明の効果は,引用例発明及び周知技術からは予測できない格別なも
のであるといえる。
本願発明のガソリンフィードパイプは,ポリアミドの外層,フルオロ
ポリマーの中間層及びポリアミドの内層を有し,これらの各層の間に,
そのポリマー鎖にカルボニル基を含有するポリマー又はコポリマーであ
る接着結合剤の介在層が存在している5層構造を有する。ポリアミド層
が内層及び外層として使用されていることにより本願発明のガソリンフ
ィードパイプは自動車製造の用途等において十分な機械的特性を有す
る。また,フルオロポリマー層が中間層として存在することにより,対
応するポリアミドパイプと比較して透過性を少なくとも10倍低下させ
ることができる。
一方,引用文献(甲3)の記載からは,ガソリンフィードパイプにお
いてフルオロポリマーの中間層の内外両側にポリアミドの層を設けるこ
とにより,優れた機械的特性と低いガソリン透過性とを両立させ得ると
いう効果を把握することはできない。なぜなら,当該効果はポリアミド
の外層,フルオロポリマーの中間層及びポリアミドの内層の少なくとも
3層を備えたパイプを実際に作成してはじめて確認できるものであるに
もかかわらず,引用文献にはそのような具体例は記載されていないから
である。引用文献では,フルオロポリマー層の内外両側にポリアミド層
を配した構造のガソリンフィードパイプが奏する好ましい効果までは確
認されていないことが明らかであり,また,審決が周知技術の例として
挙げた特開昭61−188143号公報(甲4。以下「甲4公報」とい
う。),特開昭52−138566号公報(甲5。以下「甲5公報」と
いう。)及び特開平4−224939号公報(甲6。以下「甲6公報」
という。)にもフルオロポリマー層の内外両側にポリアミド層を配した
構造は開示されていない。
したがって,フルオロポリマー層の内外両側にポリアミド層を配した
構造によって優れた機械的特性と低いガソリン透過性とを併せ持つとい
う本願発明のガソリンフィードパイプの効果は,引用例発明及び甲4公
報ないし甲6公報の記載内容からは予測できないものである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
ア ガソリンフィードパイプに,強度,柔軟性といった機械的特性に加え
て,内容物たるガソリンの外部への浸透性に対する耐性(バリヤ性)が求
められることは,当業者にとっての技術常識であり,また,ガソリンフィ
ードパイプを構成する際の材料としてポリアミドを選ぶことは,当業者に
とって良く知られていた技術事項であった。
ところで,パイプを構成するに当たり,それに求められる種々の特性を
満たすための単一の好適な材料がない場合に,異なる材料をそれぞれ別の
層として組み合わせて積層した複層構造とすることは,当業者が常套する
手法である。これをガソリンフィードパイプについてみると,ポリアミド
だけでバリア性が充分でない場合に,ポリアミドから成る層に,フルオロ
ポリマーのように他のバリア性に富んだ材料から成る層を結合させた積層
構造とすることは,甲3公報や甲6公報に記載されるように,当業者に周
知の技術事項であり,本願発明もこれに沿った発明ということができる。
さらに,そうした積層構造のパイプを得るための手法として,異なる材
料から成る層の間に接着剤層を介在させて結合に供することも,例えば,
甲6公報,特開昭61−248739号公報(乙1。以下「乙1公報」と
いう。),特開平3−177683号公報(乙2。以下「乙2公報」とい
う。),特開平2−35291号公報(乙3。以下「乙3公報」とい
う。)及び特開平5−118475号公報(乙4。以下「乙4公報」とい
う。)にみられるように,当業者が常套する,一般的なものであった。
イ そして,引用文献(甲3)の記載によれば,引用例発明が,層間の結合
強度の低下による層の浮き上がりや剥離を回避することを課題としたもの
であって,その解決のための手段が,バリヤ層とそれに接するバリヤ性に
劣る層との適正な結合状態を保つためのものであると理解でき,このこと
は,本願発明の目的と共通し,また,引用文献には,多層チューブの最内
層の外側層に,良好な接着特性を持つ接着性樹脂を配置する点,ガソリン
フィードパイプにおいて,強度及び柔軟性といった機械的特性を考慮すべ
きことが記載され,多層チューブの層間の結合状態について「接着」や「
接着強度」という用語が使われている。加えて,積層構造のパイプを得る
ための手法として,異なる材料から成る層の間に接着剤層を介在させて結
合することは,当業者が常套する一般的なものであり,フルオロポリマー
層と他の樹脂材料層との接着結合材として,そのポリマー鎖にカルボニル
基を含有するポリマー又はコポリマーである接着結合材を用いることは,
従来周知の技術手段であって,しかも,甲6公報には燃料配管用樹脂チュ
ーブに適用したものが開示されていることに照らすと,そのような接着結
合材をガソリンフィードパイプの分野で利用することは当業者にとっての
困難性があるものではない。
そうすると,引用文献(甲3)に記載されたバリヤ層にフルオロポリマ
ーを,外層及び内層にポリアミドを採用したガソリンフィードパイプにお
いて,フルオロポリマー層とポリアミド層の結合強度が低下して層が浮き
上がることによる剥離を抑えるために,ポリアミド層の外層,内層をフル
オロポリマーの中間層より架橋度を高めた状態とすることに代えて,又
は,架橋度を高めた状態とすることに加えて,結合強度を高めることがで
きるように,そのポリマー鎖にカルボニル基を含有するポリマー又はコポ
リマーである接着結合材の介在層によって結合させることは,当業者が容
易に想到し得たことというべきである。
ウ 原告は,ポリアミド層の柔軟性を損なう可能性が高い架橋工程を必須と
する引用例発明は,置換可能な技術手段とは考えられないと主張する。
しかし,引用文献(甲3)には,ガソリンフィードパイプの機械的特性
を考慮することも,層間の結合手段として接着結合材の介在層を設けるこ
とも示唆されており,引用例発明において,ポリアミド層とそれに接する
フルオロポリマー層との適正な結合状態を保つために,架橋に代えて,又
は,架橋に加えて,そのポリマー鎖にカルボニル基を含有するポリマー又
はコポリマーである接着結合材の介在層によって結合することは,当業者
が容易に想到し得たことというべきであり,また,架橋に代えて,接着結
合材の介在層によって結合すれば,ポリアミド層は架橋されず,ポリアミ
ド層の柔軟性が保持されることは,当業者にとって自明なことである。さ
らに,架橋に加えて,接着結合材の介在層によって結合すれば,より強力
に結合されるものであり,架橋によりポリアミド層の柔軟性がある程度損
なわれるとしても,引用文献(甲3)には,ガソリンフィードパイプにお
いて強度及び柔軟性といった機械的特性を考慮すべきことが記載されてい
ることからすれば,ガソリンフィードパイプとして,必要な機械的特性を
持たせることは,当業者が設計上当然に行う事項である。
エ 原告は,また,本願発明における所定の介在層の使用は,引用例発明に
おける架橋処理とは性質の異なる技術手段であり,当業者にとって置換可
能な技術手段とは考えられないと主張する。
しかし,引用文献(甲3)には,層間の結合手段として接着結合材の介
在層を設けることが示唆されており,また,積層構造のパイプを得るため
の手法として,異なる材料から成る層の間に接着剤層を介在させて結合す
ることは,当業者が常套する一般的なものである。しかも,フルオロポリ
マーと他の樹脂材料から成る層とを結合する手段として,そのポリマー鎖
にカルボニル基を含有するポリマー又はコポリマーである接着結合材の介
在層によって結合することも,従来周知の技術手段である。
引用例発明は,ポリアミド層とそれに接するフルオロポリマー層との適
正な結合状態を保つために案出されたものであって,それらの層の適正な
結合状態を保つ手法として,架橋に代えて,又は,架橋に加えて,そのポ
リマー鎖にカルボニル基を含有するポリマー又はコポリマーである接着結
合材の介在層によって結合することは,当業者が容易に想起し得たことと
いうべきである。
(2) 取消事由2に対し
ア 本願発明のガソリンフィードパイプは,ポリアミド層を架橋することを
排除しておらず,また,接着結合材の介在層によって層間を結合すること
により,本来ポリアミドパイプが備えている機械的特性以上のものを備え
るものでもない。
原告は,本願発明では,そのポリマー鎖にカルボニル基を含有するポリ
マー又はコポリマーである接着結合剤の介在層を用いることにより各層を
結合させ,かつ,ポリアミド層が有する柔軟性などの優れた機械的特性は
保持されると主張するが,引用文献(甲3)には,ガソリンフィードパイ
プとして必要とされる柔軟性等の機械的特性も考慮されるべきことが記載
され,架橋に代えて,接着結合材の介在層によって結合すれば,ポリアミ
ド層は架橋されず,ポリアミド層の柔軟性が保持されることは,当業者に
とって自明なことである。また,架橋に加えて,接着結合材の介在層によ
って結合すれば,より強力に結合されるものであり,架橋によりポリアミ
ド層の柔軟性がある程度損なわれるとしても,ガソリンフィードパイプと
して,必要な機械的特性を持たせることは,当業者が設計上当然に行う事
項である。
そうしてみると,原告主張の上記効果は,引用例発明及び甲4公報ない
し甲6公報に記載された従来周知の技術手段から予測可能な範囲内のもの
である。
イ 原告は,フルオロポリマー層の内外両側にポリアミド層を配した構造に
よって優れた機械的特性と低いガソリン透過性とを併せ持つという本願発
明のガソリンフィードパイプの効果は,引用例発明及び甲4公報ないし甲
6公報の記載内容からは予測できないと主張する。
しかし,引用例発明は,その効果がデータ上検証されているものではな
いが,ポリアミド層の間にバリア層を設ければ,ポリアミドの単一層から
構成されるガソリンフィードパイプと比べてガソリン透過性が低下するこ
とは,明らかである。そして,引用例発明において,架橋に代えて,接着
結合材の介在層によって結合すれば,ポリアミド層は架橋されず,ポリア
ミド層の柔軟性が保持されることは,当業者にとって自明なことである。
また,架橋に加えて,接着結合材の介在層によって結合すれば,より強力
に結合されるものであり,架橋によりポリアミド層の柔軟性がある程度損
なわれるとしても,ガソリンフィードパイプとして,必要な機械的特性を
持たせることは,当業者が設計上当然に行う事項である。
そうしてみると,原告主張の上記効果は,引用例発明及び甲4公報な
いし甲6公報に記載される従来周知の技術手段から予測可能な範囲内のも
のというべきである。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,審決の適否につき,原告主張の取消事由ごとに判断する。
2 取消事由1(動機付けの不存在)について
(1) 原告は,①ポリアミド層の柔軟性を損なう可能性が高い架橋工程を必須と
する引用例発明は,置換可能な技術手段とは考えられない,②本願発明にお
ける所定の介在層の使用は,引用例発明における架橋処理とは性質の異なる
技術手段であり,当業者にとって置換可能な技術手段とは考えられない,と
の理由を挙げて,引用例発明と周知技術とを組み合わせて本願発明に想到す
るための動機付けがないと主張する。
(2) そこで,引用文献(甲3)の記載をみると,次の記載がある。
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,液体,気体輸送用の新規な多層構造を
有するチューブ(ホース)に関するものである。」
「【0002】
【従来の技術】従来,ガソリン,灯油或いは冷凍機に用いられる冷媒な
どの液体,気体輸送用のチューブ(ホース)などが実用されている。」
「【0004】
【発明が解決しようとする課題】これまでのチューブ(ホース)は,ガ
ソリン,灯油,或いは冷凍機に用いられる冷媒,例えばフレオン等に対
する透過率が比較的に高いために,外部に洩れ出す量が大きく,不経済
であるばかりでなく環境に与える影響も大きい。」
「【0005】また,これらの気体及び液体に対してバリヤ性の高い樹脂
単体で作られたチューブでは,コストが高くなるか,又は硬すぎて扱い
難い問題があった。このために,外側を柔軟で比較的コストの安い樹脂
製で作り,その内側をガスバリヤ性の高い樹脂で作製した場合,層の界
面へ内部を通る気体,液体が浸み出してくると,接着強度が低下し,内
層部分が浮き上がり,チューブ内径を減少させるトラブルを起こす恐れ
が避けられない。」
「【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者は,上記課題について種々検討
した結果,①多層チューブを構成するバリヤ層(a)及びそれに外側又は
両側で接するバリヤ性に劣る外層(b)において,外層(b)がバリヤ層(
a)よりも架橋度を高めた状態にすることにより,例えば架橋度に傾斜
を付することにより,高いバリヤ性とバリヤ層の浮き又は剥離のない多
層チューブを提供できることを,…見出し,本発明を完成するに至っ
た。」
「【0028】……多層チューブの最内層は架橋助剤を未添加(又は用途
によっては少量添加しても良いが)にし,その外層側にはチューブ最内
層と同じ樹脂又はこれと良好な接着特性を持つ材料,例えば上述のホッ
トメルト型接着性樹脂を配置し,その架橋度合を最内層よりも高めたよ
うにすることで,高いバリヤ性とバリヤ層の浮き防止とが効率良く達す
ることができる。」
「【0034】
【作用】本発明において,多層チューブ内部を通る気体,液体は最内層
に非常にバリヤ性の高い樹脂材を用いることで透過を抑えることができ
るが,僅かながら滲み出してきた気体,液体のために,樹脂が僅かなが
ら膨潤し,これが原因で層間の接着が弱まり層間の剥離が起き,ここに
集中的に気体又は液体が溜まり出すために,内層の浮きにつながる。」
「【0035】この膨潤を抑えるためには,電離性放射線照射又は化学架
橋により多層チューブを構成する樹脂材を,好ましくは外層に向かうに
従って傾斜を付けて架橋しておくと,この内層の浮きが効果的に防止で
きる。」
「【0036】さらに,多層チューブの最内層は架橋助剤を未添加(又は
用途によっては少量添加しても良い)にし,その外側層にはチューブ最
内層と同じ樹脂又はこれと良好な接着特性を持つ材料を配置し,その架
橋度合を最内層よりも高めたようにすると,高いバリヤ性とバリヤ層の
浮き防止とが効率良く達することができる。」
(3)ア 上記記載によれば,引用文献(甲3)は,①ガソリンフィードパイプを
含むチューブ(ホース)に関するものであること,②従来,ガソリンなど
を輸送するチューブを,バリヤ性の高い樹脂単体で作ると,コストが高く
なるか,又は,硬すぎて扱い難い問題があり,これを解決するものとし
て,外側を柔軟で比較的コストの安い樹脂製で作り,その内側をバリヤ性
の高い樹脂で作製した場合,層の界面へ内部を通る気体,液体が浸み出し
てくると,接着強度が低下して層間の剥離が起き,内層部分が浮き上が
り,チューブ内径を減少させるトラブルを起こすおそれが避けられないと
の課題があったこと,③引用例発明は,バリヤ性の高い樹脂材(フルオロ
ポリマー)を用いることでガソリン等の透過を抑えつつ,ポリアミドの外
層,内層をフルオロポリマーの中間層より架橋度を高めた状態とすること
によってポリアミドの膨潤を抑え,層間の接着強度の低下,層間の剥離に
起因する中間層の浮きを防止できるようにしたものであること,が認めら
れる。すなわち,引用文献(甲3)のチューブ(ホース)は,層間の接着
強度の低下,層間の剥離を防止できるようにしたものであり,引用文献
は,ガソリンなどを輸送するチューブにおいて,バリヤ層たるフルオロポ
リマーの中間層とポリアミドの内層,外層間の結合の維持が必要であるこ
とを明示するものといえる。
イ 他方,甲4公報(特開昭61−188143号)の「ポリフッ化ビニリ
デン層と,該ポリフッ化ビニリデンとは接着しない材料製の基板と,これ
ら両者の間に設けられ,ポリフッ化ビニリデンとポリマー鎖にカルボニル
− C −
基, ,を含有するポリマーとのブレンドを含む介在層とを含む


ことを特徴とする複合材料」(1頁左欄の特許請求の範囲(1))との記
載,甲5公報(特開昭52−138566号)の「1.ポリフッ化ビニリ
デンの表面に,ポリウレタンまたはポリアルキルメタクリレートを少なく
とも1種の中性極性溶剤に溶解させた溶液を施しついで上記溶剤を100
∼300°Cの温度で除去することにより,ポリフッ化ビニリデン表面に
ポリウレタンまたはポリアルキルメタクリレートを接着させることを特徴
とするポリフッ化ビニリデン表面の処理方法。…5.ポリフッ化ビニリデ
ンに,これに接着させたポリウレタンまたはポリアルキルメタクリレート
により,第三の重合体を接着させる特許請求の範囲第1項∼第4項のいず
れかに記載の方法」(1頁の特許請求の範囲)との記載,甲6公報(特開
平4−224939号)の「フッ素樹脂からなる第一層と,該第一層の外
側に位置せしめられた第二層と,該第二層の外側に位置せしめられたポリ
アミド樹脂からなる第三層が積層形成されてなる三層構造の樹脂チューブ
にして,前記第二層が,軟質フッ素樹脂の100重量部に対して,フッ素
樹脂の0∼100重量部とポリアミド樹脂の30∼170重量部とを配合
した樹脂材料から形成されると共に,かかる第二層と前記第一層及び第三
層が,同時押出成形されてなることを特徴とする燃料配管用樹脂チュー
ブ」(2頁1欄の特許請求の範囲【請求項2】)との記載によれば,ポリ
フッ化ビニリデンのようなフルオロポリマーと他の樹脂材料から成る層と
を結合する手段として,ポリマー鎖にカルボニル基を含有するポリマー又
はコポリマーである接着結合剤の介在層によってそれぞれ結合すること
は,従来周知の技術手段であることが認められる。
ウ そして,かかる結合層は,フルオロポリマーと他の樹脂材料から成る層
との結合を維持する手段である点で,引用例発明の「ポリアミドの外層,
内層を(判決注:バリヤ層である)フルオロポリマーの中間層より架橋度
を高めた構成」と共通するものといえる。
そうであれば,引用例発明において外層,中間層,内層の各層間の結合
を維持するために,外層,内層をバリヤ層である中間層より架橋度を高め
るとの構成に代えて,又は,当該構成に加えて,上記周知の技術手段を採
用し,相違点に係る本願発明の構成とすることには,十分な動機付けがあ
るといえるのであって,当業者が容易になし得る程度のことというべきで
ある。
エ 原告は,ポリアミド層の柔軟性を損なう可能性が高い架橋工程を必須と
する引用例発明は,置換可能な技術手段とは考えられないと主張する。し
かし,引用文献(甲3)には,「バリヤ性の高い樹脂単体で作られたチュ
ーブでは,コストが高くなるか,又は硬すぎて扱い難い問題があった。こ
のために,外側を柔軟で比較的コストの安い樹脂製で作り,その内側をガ
スバリヤ性の高い樹脂で作製した場合,層の界面へ内部を通る気体,液体
が浸み出してくると,接着強度が低下し,内層部分が浮き上がり,チュー
ブ内径を減少させるトラブルを起こす恐れが避けられない」(段落【00
05】)などとしてガソリンフィードパイプの機械的特性を考慮すべきこ
と,多層チューブの最内層の外側層に,良好な接着特性を持つ接着性樹脂
を配置すること(段落【0028】)が記載され,段落【0005】に
は「接着強度」の用語が,段落【0034】には「接着」の用語が使用さ
れている,上記各層間の結合手段として接着結合材の介在層を設けること
が示唆されているということができる。しかも,上記のとおりフルオロポ
リマーと他の樹脂材料から成る層とを結合する手段としてポリマー鎖にカ
ルボニル基を含有するポリマー又はコポリマーである接着結合剤の介在層
によってそれぞれ結合することは従来周知の技術手段であるから,引用例
発明において,ポリアミド層とそれに接するフルオロポリマー層との適正
な結合状態を保つために,架橋に代えて,又は,架橋に加えて,そのポリ
マー鎖にカルボニル基を含有するポリマー又はコポリマーである接着結合
材の介在層によって結合することは,当業者(その発明の属する技術の分
野における通常の知識を有する者)が容易に想到し得たことというべきで
ある。架橋に加えて,接着結合材の介在層によって結合すれば,より強力
に結合されるものであり,架橋によりポリアミド層の柔軟性がある程度損
なわれるとしても,上記のとおり引用文献(甲3)の段落【0005】に
チューブにおいて強度及び柔軟性といった機械的特性を考慮すべきことが
記載されていることからすれば,ガソリンフィードパイプとして,必要な
機械的特性を持たせることは,当業者が設計上当然に行う事項である。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 原告は,本願発明における所定の介在層の使用は,引用例発明における架
橋処理とは性質の異なる技術手段であり,当業者にとって置換可能な技術手
段とは考えられないとも主張するが,引用文献(甲3)には,層間の結合手
段として接着結合材の介在層を設けることが示唆され,また,フルオロポリ
マーと他の樹脂材料から成る層とを結合する手段としてポリマー鎖にカルボ
ニル基を含有するポリマー又はコポリマーである接着結合材の介在層によっ
て結合することは従来周知の技術手段であることは上記のとおりであるか
ら,引用例発明のポリアミド層とそれに接するフルオロポリマー層との適正
な結合状態を保つ手法として,架橋に代えて,又は,架橋に加えて,ポリマ
ー鎖にカルボニル基を含有するポリマー又はコポリマーである接着結合材の
介在層によって結合することは,当業者が容易に想起し得たことというべき
である。
したがって,原告の上記主張も採用することができない。
(5) 以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(本願発明の効果の予測困難性)について
(1) 原告は,本願発明では,そのポリマー鎖にカルボニル基を含有するポリマ
ー又はコポリマーである接着結合剤の介在層を用いることにより各層を結合
させ,かつ,ポリアミド層が有する柔軟性などの優れた機械的特性は保持さ
れると主張する。
原告の上記主張は,本願発明におけるポリアミドの外層,内層が架橋され
ていないものであることを前提とするものであるところ,原告は本件明細書
の記載事項及び技術事項を参酌すれば,本願発明における「ポリアミドの外
層」及び「ポリアミドの内層」には架橋されたポリアミド層は包含されない
ものと解釈されるべきであるとも主張する。
ところで,特許法29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出
願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,この発明
を同条1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要
旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない
限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲
の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるい
は一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして
明らかであるなどの特段の事情がある場合に限つて,発明の詳細な説明の記
載を参酌することが許されるにすぎないと解すべきである(最高裁平成3年
3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)。これを本件につ
いてみると,本願発明に係る特許請求の範囲の第1項の記載(平成15年8
月19日付け手続補正書(甲2)により補正された後のもの)は,「ポリア
ミドの外層,フルオロポリマーの中間層,およびポリアミドの内層を有し,
これらの層がそのポリマー鎖にカルボニル基を含有するポリマーまたはコポ
リマーである接着結合剤の介在層によってそれぞれ結合していることを特徴
とするポリアミドベースのガソリンフィードパイプ。」というものであ
り,「ポリアミドの外層」及び「ポリアミドの内層」が架橋されていないも
のであることは記載されていない。そして,本願発明において,特許請求の
範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるい
は,一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らし
て明らかであるなどの特段の事情があると認めることはできないから,本願
発明における「ポリアミドの外層」及び「ポリアミドの内層」には架橋され
たポリアミド層は包含されないものに限定されるとすることはできない。
したがって,原告の主張は,本願発明の要旨に基づかないものであって,
前提において失当である。
さらに,架橋の有無によって柔軟性が異なるとしても,例えばチューブを
形成する各層の厚さなどによってチューブとしての柔軟性は異なってくるの
であるから,引用例発明においても適宜の柔軟性を持たせることは設計上適
宜なし得る程度のことというべきであって,そもそも架橋の有無のみによっ
てチューブの柔軟性の程度を論じることはできない。
以上によれば,ポリアミド層の柔軟性を保持しつつ介在層により層間が確
実に結合されるという点において,本願発明が,引用例発明及び周知技術か
らは予測できない格別な効果を奏するということはできない。
(2) 原告は,フルオロポリマー層の内外両側にポリアミド層を配した構造によ
って優れた機械的特性と低いガソリン透過性とを併せ持つという本願発明の
ガソリンフィードパイプの効果は,引用例発明及び甲4公報ないし甲6公報
の記載内容からは予測できないと主張する。
しかし,引用例発明は,フルオロポリマー層の内外両側にポリアミド層を
配した構造のガソリンフィードパイプであり,この点で本願発明と一致する
ものである。そうすると,フルオロポリマー層の内外両側にポリアミド層を
配した構造によって奏される効果において,引用例発明と本願発明とが異な
るということはできず,かかる構造によって奏される本願発明の効果は,引
用例発明から予測できる程度のものというべきであるから,原告の主張は失
当である。
(3) したがって,「本願発明の効果は,引用文献に記載された発明および従来
周知の事項から予測し得る程度のものであって,格別のものではない」(審
決4頁下第3段落)とした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2
は理由がない。
4 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 岡 本 岳
裁判官 上 田 卓 哉

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