平成18(行ケ)10029審決取消請求事件
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裁判所 |
知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成18年12月25日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告スリーエム・カンパニー 原告三井・デュポンフロロケミカル株式会社
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対象物 |
多成分溶剤クリーニング系 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
審決20回 無効7回 実施1回 特許権1回 優先権1回 進歩性1回
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主文 |
特許庁が無効2000−35690号事件について平成17年12月12日にした審決のうち,特許第2680930号の請求項8に係る部分を取り消す。訴訟費用は,被告の負担とする。この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
1 本件手続
被告は,発明の名称を「多成分溶剤クリーニング系」とする特許第268093
0号の特許(1991年12月2日に米国でした出願に基づき,パリ条約による優
先権を主張して,平成4年11月30日に国際出願したもの。登録日は平成9年8
月1日。請求項の数は10である。甲3)の特許権者である。 |
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判決文
平成18年(行ケ)第10029号 審決取消請求事件
平成18年12月25日判決言渡,平成18年11月20日口頭弁論終結
判 決
原 告 三井・デュポンフロロケミカル株式会社
訴訟代理人弁理士 谷義一,阿部和夫,主代静義,岩崎利昭,田村正
被 告 スリーエム・カンパニー
訴訟代理人弁理士 社本一夫,栗田忠彦,富田博行,中田隆
主 文
特許庁が無効2000−35690号事件について平成17年12月12日にし
た審決のうち,特許第2680930号の請求項8に係る部分を取り消す。
訴訟費用は,被告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部
分がある。
第1 原告の求めた裁判
主文同旨の判決。
第2 事案の概要
1 本件手続
被告は,発明の名称を「多成分溶剤クリーニング系」とする特許第268093
0号の特許(1991年12月2日に米国でした出願に基づき,パリ条約による優
先権を主張して,平成4年11月30日に国際出願したもの。登録日は平成9年8
月1日。請求項の数は10である。甲3)の特許権者である。
被告は,平成11年10月20日付け訂正請求書(甲4)により,同請求書添付
の訂正明細書(以下「本件訂正明細書」という 。)記載のとおり,訂正をした。
原告は,平成12年12月21日,本件特許を請求項1ないし10のすべてに関
して無効にすることについて審判(無効2000−35690号事件)を請求した
が,特許庁は,平成14年4月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決をした。
これに対し,原告は,東京高等裁判所に審決取消訴訟(東京高裁平成14年(行
ケ)第262号)を提起したところ,同裁判所は,平成16年4月8日,本件特許
の請求項1と本訴甲1(審判甲1)との相違点(B)(C)についての審決の判断は誤り
であり,その判断の誤りは請求項1∼10のいずれについても審決の影響に影響を
及ぼすとして ,「特許庁が無効2000−35690号事件について平成14年4
月10日にした審決を取り消す。」との判決をし,同判決に対する上告受理申立て
(平成16年(行ヒ)第241号)は受理されなかった。
特許庁は,東京高等裁判所の上記判決が確定したのを受けて,さらに審理をした
結果,平成17年12月12日,「特許第2680930号の請求項1ないし7,
9ないし10に係る発明についての特許を無効とする。特許第2680930号の
請求項8に係る発明についての審判請求は,成り立たない 。」との審決をし,平成
17年12月22日,審決の謄本を原告に送達した。
本件は,原告が,上記審決のうち,特許8に係る発明についての審判請求が成り
立たないとした部分の取消しを求めた事案である。
2 本件発明の要旨(請求項8に関係しない請求項の記載は省略する。以下,請
求項8に係る発明を「本件発明8」という。)
「1.次の:
(a)部品を,該部品から残留汚れまたは表面汚染物を実質的に除去するのに十
分な溶解力を有する有機又は炭化水素クリーニング液の中に導入する工程;
(b)前記部品を前記有機又は炭化水素クリーニング液から取り出し,そして該
有機又は炭化水素クリーニング液を含有するクリーニング区画とは別のリンス区画
中に含有される液体ヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤中に曝すこと
により前記部品をリンスする工程であって,前記の液体ヒドロフルオロカーボンを
基剤とするリンス溶剤が前記有機又は炭化水素クリーニング液を前記部品から除去
する工程 ,この際,前記の液体ヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤が ,
少なくとも25℃から120℃の沸点範囲で少なくとも2モル%の該有機クリーニ
ング溶剤が相分離を起こすことなく該リンス溶剤と混和する混和性を有し,該部品
の表面の該残留汚れまたは汚染物に対して該有機クリーニング液よりも低い溶解性
を有し,該ヒドロフルオロカーボンが,水素,炭素,及びフッ素から成り,場合に
より,酸素,硫黄,窒素,およびリン原子から成る群から選ばれる官能基を含むも
のである;
(c)工程(a)及び(b)の間,燃焼抑制被覆を該クリーニング区画及びリン
ス区画の上に形成する工程であって,前記燃焼抑制被覆が実質的に純粋なヒドロフ
ルオロカーボン蒸気から本質的になる工程;及び
(d)前記部品を乾燥する工程;
を含んでなる,部品から残留汚れまたは表面汚染物を除去するための非水系クリ
ーニング法であって,クロロフルオロカーボンまたはヒドロクロロフルオロカーボ
ンを使用しないで行なわれる方法。
4.リンス剤が,約3∼約8の炭素原子を含有して少なくとも60重量%のフッ
素を有する1または2以上のヒドロフルオロカーボン化合物から本質的になり,前
記化合物が直鎖または分岐鎖を有して約25℃∼約125℃の沸点を有する,請求
項1記載の方法。
8.ヒドロフルオロカーボンリンス剤を含有するリンス区画中に存在する有機又
は炭化水素クリーニング液が,有機又は炭化水素クリーニング液のヒドロフルオロ
カーボンに対する予め設定された低濃度で該ヒドロフルオロカーボンから分離して
該ヒドロフルオロカーボン上に炭化水素クリーニング液相を形成し,そして該リン
ス区画の上部に浮かんで該クリーニング区画内に戻るといった炭化水素クリーニン
グ液のカスケード効果を提供するように,前記ヒドロフルオロカーボンリンス剤と
前記有機又は炭化水素クリーニング液とを選択する,請求項4記載の方法。」
3 審決の理由の要点(請求項8に係る発明と関係ない部分は省略する。なお,
審決中の摘記事項は引用しない。)
(1) 請求人の主張
本件発明8は,甲1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をする
ことができた発明である。
(2) 請求人が提出した証拠方法
審判甲1(本訴甲1):特開平2−191581号公報
審判甲2(本訴甲2):特公平3−55189号公報
審判甲3(欧州特許出願公開第431458号明細書,甲3は,甲4に対応する欧州特許明
細書)
審判甲4(特開平4−28798号公報)
審判甲5(実験報告書「ペルフルオロ-1-ヒドロ-n-ヘキサンに対するイソプロピルアルコー
ルの溶解性試験 」(平成12年12月18日 三井・デュポンフロロケミカル株式会社 テク
ニカルセンター ガス技術サービスグループ S作成)
(3) 本件発明1について
「・・・本件発明1は,甲1に記載されたものと,次の点で共通する。
「 a)部品を,該部品から残留汚れまたは表面汚染物を実質的に除去するのに十分な溶解力
(
を有する有機クリーニング液の中に導入する工程;
(b)前記部品を前記有機クリーニング液から取り出し,そして該有機クリーニング液を含
有するクリーニング区画とは別のリンス区画中でヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス
溶剤液体により前記部品をリンスする工程であって,前記ヒドロフルオロカーボンを基剤とす
るリンス溶剤が前記有機クリーニング液を前記部品から除去する工程,この際,前記のヒドロ
フルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤が,少なくとも25℃から120℃の沸点範囲を有
し,該部品の表面の該残留汚れまたは汚染物に対して該有機クリーニング液よりも低い溶解性
を有し,該ヒドロフルオロカーボンが,水素,炭素,及びフッ素から成り ,
;
(c)工程(a)及び(b)の間,燃焼抑制被覆を該クリーニング区画の上に形成する工程
;及び
(d)前記部品を乾燥する工程;
を含んでなる,部品から残留汚れまたは表面汚染物を除去するための非水系クリーニング法
であって,クロロフルオロカーボンを使用しないで行なわれる方法 。
」
そして,以下の点で,両者は相違する。
(A)本件発明1では ,「又は炭化水素 」(クリーニング液について ) 「場合により,酸素,
,
硫黄,窒素,およびリン原子から成る群から選ばれる官能基を含むものである 」(ヒドロフル
オロカーボンについて ) 「またはヒドロクロロフルオロカーボン」を使用しない,としている
,
のに対し,甲1には,その旨の記載が見当たらない点。
(B)本件発明1が,部品をリンス溶剤液体によりリンスする工程について ,
「リンス区画中
に含有される液体ヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤中に曝すことにより前記部
品をリンスする」としているのに対して,甲1には,高フッ素化有機化合物による蒸気−すす
ぎを行うことが記載されているものの,本件発明1における上記リンスの記載が見当たらない
点。
(C)本件発明1が ,「燃焼抑制被覆をリンス区画の上に形成」し,且つ ,「燃焼抑制被覆が
実質的に純粋なヒドロフルオロカーボン蒸気から本質的になる」としているのに対して,甲1
には,その旨の記載が見当たらない点。
(D)本件発明1では,リンス溶剤について ,「少なくとも25℃から120℃の沸点範囲で
少なくとも2モル%の該有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなく該リンス溶剤と混和
する混和性を有し」としているのに対して,甲1には ,「大部分の他の溶剤と部分的に混和す
るにすぎない 」(摘記A1-2)と記載されているものの,その程度について,上記のとおり特定
する記載が見当たらない点。
そこで,上記相違点について検討する。
相違点(A)について:
上記した「又は炭化水素 」 「場合により,酸素,硫黄,窒素,およびリン原子から成る群
,
から選ばれる官能基を含むものである 」
,及び ,「またはヒドロクロロフルオロカーボン」とし
た点は,いずれも任意の選択事項に係る相違点であり,実質的な相違ではない。
相違点(B)について:
本件発明1では,リンス溶剤として,ヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤を
用いている。一方,甲1には,高フッ素化有機化合物による蒸気−すすぎを行うこと(摘記A1
-1)が記載され,その化合物の具体例として,ヒドロフルオロカーボンに該当するペルフルオ
ロ−1−ヒドロ−n−へプタン,及びペルフルオロ−1−ヒドロ−n−へキサン(摘記A1-4)
が例示されている。したがって,当該リンス溶剤の点については,両者は共通している。
一方,洗浄システムの方式は,被洗物の性質,被洗物の汚れの程度,被洗物に対する清浄度
の要求の度合いにより決まること,必要とする洗浄槽等の数もその目的に応じて1槽ないし5
槽以上の中から選択され,汎用的には3槽式の洗浄機が用いられていること,その3槽式の洗
浄機では,2槽目ですすぎ洗浄が行われ,3槽目で仕上げ洗浄すなわち蒸気洗浄と乾燥とが同
時に行われること,及び,すすぎ洗浄の方法には浸漬洗浄と蒸気洗浄があることは,甲2(摘
記A2-1,A2-6,及び第1図,第2図)に記載されるとおり既知の事項であり,また,周知の事
項である(要すれば ,「特定フロン・クロロカーボン代替品開発の現状とその方向」化学工業
日報社(1990年12月19日 )54∼55頁(東京高等裁判所に提出された甲8 。以下「高
裁甲8」と略記 。 ,
) 「フッ素化合物の最先端応用技術」株式会社シーエムシー(昭和56年4
月24日)228∼229頁(同上,甲9 。「高裁甲9」と略記 。 ,及び ,
) 「オゾン層破壊物質
使用削減マニュアル」オゾン層保護対策産業協議会発行(1991年7月1日)85∼87頁
(同上,甲10。「高裁甲10」と略記。
)を参照 。。
)
そして,上記3槽式洗浄機の2槽目のすすぎ洗浄と3槽目の仕上げ洗浄は,クリーニング液
を除去するための工程であり,本件発明1でいう「リンス」に該当する工程であるから,3槽
目の洗浄機はリンス工程として浸漬リンスと蒸気リンスを組み合わせているものであるという
ことができる。
上記の既知ないし周知の技術からすれば,湿式洗浄システムにおいて,単槽式,2槽式,3
槽式あるいは4槽式以上の方式のいずれとするかは,洗浄する対象物及びその目的に応じて適
宜選択して採用され得るものであることは明らかである。
以上からすれば,洗浄システムにおけるリンス方式として,甲1に記載された蒸気−すすぎ
の代わりに,浸漬リンス方法を採用する程度のことは,洗浄する対象物及び洗浄の目的に応じ
て当業者が適宜選択する範囲に属することである。
以上のとおりであるから,上記相違点(B)のとおり構成する点に,格別の困難性があると
することはできず,なおかつ,これにより,当業者が予期し得なかった格別の効果を奏したと
認めることもできない。
相違点(C)について:
甲1には ,「いずれの適当なペルフルオロ化合物/有機溶剤の組み合わせも,蒸気を難燃性
にするのに十分なペルフルオロ化合物が溶剤の上の蒸気空間に存在することを条件として,用
いることができる 。(摘記A1-7)と記載されており,この難燃性の蒸気は,本件発明1でいう
」
「燃焼抑制被覆」に該当するといえる。
また,甲1の上記「蒸気を難燃性にするのに十分なペルフルオロ化合物が溶剤の上の蒸気空
間に存在する」との記載からすると,当該蒸気には易燃性である有機溶剤が含まれず,実質的
に純粋なペルフルオロ化合物の蒸気であることを意味し ,また ,示唆されていると認められる 。
甲1には,前記ペルプロオロ化合物の蒸気を,リンス区画の上に形成する点の記載は見当た
らないが,これは ,「相違点(B)について」の欄で検討したとおりの浸漬リンス方法を採用
することにより,当然に採用される構成である。
以上のとおりであるから,相違点(C)に係る本件発明1の構成を採用することは容易で
ある。
相違点(D)について:
甲1には ,「40℃∼100℃範囲のペルフルオロカーボンの沸点が最も広く有用である 」
(摘記A
1-14)こととともに ,「ペルフルオロカーボンの乏しい溶解力と,上記例の蒸気凝縮工程にお
ける有効なすすぎを与える必要性の故に,ペルフルオロカーボンは,選ばれた有機溶剤に最大
の溶解性を示すものが好ましい。しかしながら,液相においては,有機溶剤とpfcは・・・
出来るだけ混和しないままであるのが望ましい 」
(摘記A1-14)と,相互の溶解性の程度につい
て説明され,その具体例として ,「PP2中のアルコールの0.4%溶解度 」(摘記A1-16)の
例が記載されて,クリーニング溶剤のリンス溶剤に対する溶解度が示されている。
これを「モル%」に換算の上,本件発明1の「少なくとも2モル%」の「混和性」の要件を
満たしているかを確認すると,上記の「0.4%」とは,PP2(ペルフルオロ(メチルシク
ロヘキサン ) (沸点76℃)が100gにイソプロピルアルコールが0.4g溶解している状
)
態であると推測されるから,PP2(C7F14)の分子量の350,イソプロピルアルコール
(C3H6O)の分子量の60から,上記重量をモル数に換算すると ,PP2が0 .286モル ,
イソプロピルアルコールが0.0067モルとなり,0.4%(wt%)は,2.3モル%と
換算され,してみれば,甲1には,クリーニング剤のリンス溶剤に対する溶解度が2.3モル
%程度のものが,実施例として記載されている。
したがって,クリーニング剤のリンス溶剤に対する溶解性(混和性)に関して,本件発明1
と甲1発明とは相違するとすることはできない。
よって,当該相違点(D)は,実質的な相違点ということはできない。
以上のとおり,上記相違点(A)及び(D)は実質的な相違点を構成しないものであり,ま
た,上記相違点(B)及び(C)は当業者が当業者が容易に想到しうるものである。
したがって,周知技術を参酌すれば,本件発明1は,甲1に記載された発明に基づいて当業
者が容易に発明をすることができた発明であり,または,甲1及び甲2に記載された発明に基
づいて当業者が容易に発明をすることができた発明であり,よって,特許法29条2項の規定
に違反して特許されたものである 。
」
(4) 本件発明4について
「本件発明4は,請求項1を引用して,本件発明1について,さらに,リンス剤について,
特定のヒドロフルオロカーボン化合物に特定した発明である。
これについて検討すると,甲1には,上記特定するヒドロフルオロカーボン化合物に該当す
るペルフルオロ-1-ヒドロ-n-ヘキサン(C 6F 13H,フッ素77重量%。沸点70℃)が記載
されており(摘記A1-6 )。したがって上記特定した点に,格別の困難性があると認めることは
できない。
したがって,周知技術を参酌すれば,本件発明4は,本件発明1と同様,甲1及び甲2に記
載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明である 。
」
(5) 本件発明8について
「本件発明8は,請求項4を引用して,本件発明4について,さらに ,「ヒドロフルオロカ
ーボンリンス剤を含有するリンス区画中に存在する有機又は炭化水素クリーニング液が,有機
又は炭化水素クリーニング液のヒドロフルオロカーボンに対する予め設定された低濃度で該ヒ
ドロフルオロカーボンから分離して該ヒドロフルオロカーボン上に炭化水素クリーニング液相
を形成し,そして該リンス区画の上部に浮かんで該クリーニング区画内に戻るといった炭化水
素クリーニング液のカスケード効果を提供するように,前記ヒドロフルオロカーボンリンス剤
と前記有機又は炭化水素クリーニング液とを選択する」として,前記ヒドロフルオロカーボン
リンス剤と前記有機又は炭化水素クリーニング液とを選択する構成を付加した発明である。
これについて検討すると,甲1∼2のいずれにも,上記付加した構成について ,「該ヒドロ
フルオロカーボン上に炭化水素クリーニング液相を形成し,そして該リンス区画の上部に浮か
んで該クリーニング区画内に戻るといった炭化水素クリーニング液のカスケード効果を提供す
る」,及び,当該特定のカスケード効果を提供するように「前記ヒドロフルオロカーボンリン
ス剤と前記有機又は炭化水素クリーニング液とを選択する」なる点を開示する記載は見当たら
ず,また,これが周知ないし自明のことと認めるべき論拠も見当たらない。
なお,請求人は,甲2にはカスケード効果を与えながら洗浄する方法が開示されていると主
張している。しかし,甲2には,第1溶剤であるクロロフルオロハイドロカーボンを,第4槽
→第3槽→第2槽とオーバーフローさせることの記載があるが(摘記A2-12,A2-13 )
,第1溶
剤の上部に浮かんだ第2溶剤を,第2溶剤を収容した第1槽に戻すことの記載は見当たらず,
したがって,甲2には,本件発明8で規定する「リンス区画の上部に浮かんで該クリーニング
区画内に戻るといった炭化水素クリーニング液のカスケード効果」が開示されているとするこ
とはできない。
以上のとおりであるから,本件発明8は甲1及び甲2に記載された発明に基づいて当業者が
容易に発明をすることができた発明であるとの,請求人の主張は採用することができない 。
」
(6) むすび
「請求項8に係る特許については,請求人が主張する無効理由は採用することはできず,無
効とすることはできない 。」
第3 原告の主張の要点
1 取消事由(容易想到性の判断の誤り)
審決は,本件発明8は,甲1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたとはいえないと判断した。しかしながら,本件発明8で特
定された構成は,甲5∼8に例示されている周知ないし自明の事項であるか,周知
ないし自明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明である。
(1) 本件発明8の「該リンス区画の上部に浮かんで該クリーニング区画にもど
るといった炭化水素クリーニング液のカスケード効果を提供する」及び当該特定の
カスケード効果を提供するように「前記ヒドロフルオロカーボンリンス溶剤と,前
記有機又は炭化水素クリーニング液とを選択する」とは,要するに ,「相互に溶解
度が低いリンス剤とクリーニング液とを比重差により分離するように選択する」こ
とを意味する。
(2) 甲5には,リンス剤としてフロン113を使用すること,洗滌液として水
溶性有機溶剤とフロン113との混合液を使用すること,使用後の洗滌液は,静置
することにより比重差で容易に有機溶剤を溶存した水相と洗滌液相とに分離でき,
効率よく洗滌液を再利用できることが記載されているから,実質的に「洗浄液を比
重差により分離して洗浄液を再利用すること」が開示されているといえる。
(3) さらに,クリーニング剤又はリンス剤であるCFC(クロロフルオロカー
ボン)又はHCFC(ヒドロクロロフルオロカーボン)の代替品としてHFC(ヒ
ドロフルオロカーボン)を使用することは,甲3に示されているとおり,本件特許
出願時において周知ないし自明の事項である。
(4) 甲6(ユーザーのための工業用洗浄剤と洗浄技術(衛生技術会 ))は,一般
的な工業用洗浄剤と洗浄技術を開示するものであり,フッ素系溶剤を用いて洗浄す
るときの代表的な超音波,蒸気,スプレー洗滌機の構造が,70頁の図1に記載さ
れている。そして,甲6には,フッ素系溶剤を乾燥用溶剤として用いる場合,「原
理としては,水で漏れた部品をフロン113,又はそれに少量の添加剤を加えた液
を沸騰させた状態のところへ浸漬し,水をフロン溶剤(比重は1より大きい)の上
に浮かせ ,連続的に水のみが排出されるような機構に従い水を除去し,乾燥させる。」
(71頁右欄15∼20行)ことが記載されている。すなわち,甲6には,洗浄剤
としての水と,リンス剤としてのフロン溶剤とを比重差により水を除去し,溶液の
比重差により成分を分離することが開示されている。さらに,甲7,8に記載され
ているように,相互に溶解度が低い溶液を比重差により分離して溶剤を回収,利用
することは周知ないし自明の事項である。
(5) このように,甲6∼8から「相互に溶解度が低い溶液を比重差により溶液
の成分に分離して利用すること」は周知ないし自明の事項であり,甲5には,「洗
浄液を比重差により分離して洗浄液を再利用すること」が開示されていることから,
「相互に溶解度が低い洗滌液とリンス剤とを比重差により分離して洗滌液を再利用
すること」も周知ないし自明の事項であるといえる。なお,洗浄において,洗浄液
とリンス溶剤とを利用すること,洗浄剤又はリンス剤であるCFC又はHCFCの
代替品としてHFCを使用すること,液の溶解度,比重等の物性が周知ないし自明
の事項であることはいうまでもない。
本件発明8で限定された構成が,仮に周知ないし自明の事項でないとしても,甲
2には浮かんだ液がオーバーフローするという原理が開示されているのであるか
ら,本件発明8は,当業者には周知の技術である相溶性が低い液の組合せを選択し
ているにすぎない。したがって,その選択に進歩性はなく,当業者であれば容易に
想到することができる事項である。
2 結論
以上のとおり,本件発明8の「該リンス区画の上部に浮かんで該クリーニング区
画にもどるといった炭化水素クリーニング液のカスケード効果を提供する」こと及
び当該特定のカスケード効果を提供するように「前記ヒドロフルオロカーボンリン
ス溶剤と,前記有機又は炭化水素クリーニング液とを選択する」ことは,甲5∼8
に記載されているとおり,周知ないし自明のことであるから,「これが周知ないし
自明のことと認めるべき論拠も見当たらない」として,本件発明8が甲1,2に記
載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないとし
た審決の判断は誤りである。
第4 被告の主張の要点
1 取消事由(容易想到性の判断の誤り)に対して
(1) 請求項8の前段部分の「該ヒドロフルオロカーボン上に炭化水素クリー
ニング液相を形成し」と ,「該リンス区画の上部に浮かんで該クリーニング区画
内に戻る」 との構成は , カスケード効果を提供するように・・・リンス溶剤と ,
「
・・・クリーニング液とを選択」した後に行うべき工程を予め規定した限定要件
と解されるべきである。仮に ,「相互に溶解度が低いリンス剤とクリーニング液
が比重差により分離するように選択する」ことが周知ないし自明の事項といえる
としても,そのことをもって,本件発明8の「該リンス区画の上部に浮かんで該
クリーニング区画内に戻るといった炭化水素クリーニング液のカスケード効果を
提供する」こと,及び当該特定のカスケード効果を提供するように「前記ヒドロ
フルオロカーボンリンス剤と前記有機又は炭化水素クリーニング液とを選択す
る」という構成が周知ないし自明の事項とはいえない。
(2) 甲5について,原告は,洗滌液として水溶性有機溶剤とリンス剤としての
フロン113との混合液を使用すると,使用後の洗滌液は比重差で容易に有機溶剤
を溶存した水相と洗滌液相とに分離できると主張する。しかしながら,甲5のク
リーニング液の主成分とリンス剤は,いずれも同一のフロン113であるから相
互に溶け合ってしまい,たとえクリーニング液とリンス剤が接触することがある
としても,相分離することはない。
(3) 甲3には,ヒドロフルオロカーボンをクリーニング用途に用いるにはま
だ克服すべき問題があることが示唆されているから,甲3から,ヒドロフルオロ
カーボンがCFCやHCFCの代替品であるとはいえない。
(4) 甲6について,原告は,洗浄剤としての水と,リンス剤としてのフロン溶
剤とを比重差により分離し,洗浄剤としての水を除去し,溶液の比重差により成
分を分離することが開示されていると主張するが,甲6の水は空気中の水分の凝
縮液か又は部品から除去される水でしかなく,また,フロン113はリンス剤で
はなく洗浄剤である。また,原告は,甲6では,洗浄剤を回収すること自体は自
明の事項であると主張しているが,甲6では,水ではなくフロン113が洗浄剤
として記載されており,フロン113の回収は当該技術分野で常に大きな問題と
なっているので,その回収が自明の事項であるということはない。
原告は,甲7,8に記載されているように,相互に溶解度が低い溶液を比重差
により分離して溶液を回収,利用することは周知ないし自明の事項であると主張
するが ,「比重差により分離して溶液を回収,利用する」というには,本件発明
8のカスケード効果との関連では ,比重差による分離のみで再利用が可能となり ,
しかも分離された両液の全量が再利用可能とならなければならないが,甲7,8
のいずれにおいても,比重差により分離された上層の水相は,その後毎回精留に
付されるから,比重差による分離だけで再利用が可能とはならず,しかも,その
精留により水相の相当割合が水取出管より排出されるので水相の全量が再利用可
能とはならない。したがって,甲7,8は , 比 重 差 に よ り 分 離 し て 溶 液 を
「
回収,利用すること」を開示するものではない。
(5) 以上,甲5∼8のいずれも,クリーニング液とリンス剤の相分離を開示し
ておらず,そのような相分離を利用して両液の全量を再利用することも開示して
いない。したがって,これらの証拠から,本件発明8の「相互に溶解度が低いリ
ンス剤とクリーニング液が比重差により分離するように選択する」ことが周知な
いし自明の事項とはいえない。また,甲3から,CFCやHCFCの代替品とし
てHFC(ヒドロフルオロカーボン)を使用することが周知ないし自明の事項で
あるともいえない。
なお,原告は,甲2は,浮かんだ液がオーバーフローするという原理を開示し
ていると主張するが,甲2のクリーニング液とリンス剤とは相溶性であるから,
一方の液が他方の液の上に浮かぶということはない。
2 結論
以上のとおり,原告の主張は,いずれも理由のないものであり,本件発明8に
ついての審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(容易想到性の判断の誤り)について
審決は,本件発明8の「該ヒドロフルオロカーボン上に炭化水素クリーニング液
相を形成し,そして該リンス区画の上部に浮かんで該クリーニング区画内に戻ると
いった炭化水素クリーニング液のカスケード効果を提供する」という点,及び当該
カスケード効果を提供するように「前記ヒドロフルオロカーボンリンス剤と前記有
機又は炭化水素クリーニング液とを選択する」という点を開示する記載は甲1,2
には存在せず,これが周知ないし自明のことと認めるべき論拠も見当たらないとし
て,本件発明8は甲1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得た
ものではないと結論付けている。
(1) まず,本件発明8の要旨について検討する。
ア 請求項8は,前記のとおり,「ヒドロフルオロカーボンリンス剤を含有する
リンス区画中に存在する有機又は炭化水素クリーニング液が,有機又は炭化水素ク
リーニング液のヒドロフルオロカーボンに対する予め設定された低濃度で該ヒドロ
フルオロカーボンから分離して該ヒドロフルオロカーボン上に炭化水素クリーニン
グ液相を形成し,そして該リンス区画の上部に浮かんで該クリーニング区画内に戻
るといった炭化水素クリーニング液のカスケード効果を提供するように,前記ヒド
ロフルオロカーボンリンス剤と前記有機又は炭化水素クリーニング液とを選択す
る,請求項4記載の方法。」というものである。
上記記載からも明らかなとおり,本件発明8は,「前記ヒドロフルオロカーボン
リンス剤と前記有機又は炭化水素クリーニング液とを選択する方法 」,すなわちリ
ンス剤とクリーニング液の選択方法に係る発明であり,本件発明4を,リンス剤と
クリーニング液の選択方法という観点から限定したものである。そして,その選択
に必要な要件として ,「有機又は炭化水素クリーニング液のヒドロフルオロカーボ
ンに対する予め設定された低濃度で該ヒドロフルオロカーボンから分離して該ヒド
ロフルオロカーボン上に炭化水素クリーニング液相を形成し,そして該リンス区画
の上部に浮かんで該クリーニング区画内に戻るといった炭化水素クリーニング液の
カスケード効果を提供するように」との特定がなされているものである。
イ 審決は,「甲2には,本件発明8で規定する「リンス区画の上部に浮かんで
該クリーニング区画内に戻るといった炭化水素クリーニング液のカスケード効果」
が開示されているとすることはできない。」と説示しているが,請求項8の「カス
ケード効果」という言葉の意味は,特許請求の範囲から一義的に明らかではなく,
この言葉が確立した技術用語であることを示す的確な証拠もない。そこで,発明の
詳細な説明等の記載を参酌して,その意味内容を検討することとする。
「カスケード効果」については,本件訂正明細書(甲4)にも明確な定義はない
が,発明の詳細な説明には ,「図3では,浴20には炭化水素系クリーニング液で
飽和したフルオロカーボン系リンス溶剤の溶液が入っている。この液は炭化水素が
割合低い濃度で(例えば,10モル%以下)フルオロカーボン中で相分離し,より
比重の高いフルオロカーボンの上部に浮いて来て,カスケード効果によりクリーニ
ング浴15に戻る。(16頁3∼6行)という記載がある。そして ,本件明細書(甲
」
3,図面は本件訂正により訂正されていないので ,訂正明細書に添付されていない 。)
の第3図には,リンス浴20とクリーニング浴15の両区画の液面に高低差があり,
リンス区画の上部に浮かんだクリーニング液(HC)が,両区画を隔てる壁を越え
て,クリーニング区画に戻る様子が図示されている。
これらの記載と,「カスケード(cascade)」とは ,「小滝」を意味する語であるこ
とを併せて考えると,請求項8の「カスケード」とは,区画間の段差を利用して滝
状に流下することを意味し ,「カスケード効果」とは,比重差により分離した上層
の液体がカスケードによって移送されること(又はそのことにより両液が分離回収
できること)を意味するものと理解できる。
ウ これを踏まえ,請求項8のうち,リンス剤とクリーニング液の選択に必要な
要件として特定された「有機又は炭化水素クリーニング液のヒドロフルオロカーボ
ンに対する予め設定された低濃度で該ヒドロフルオロカーボンから分離して該ヒド
ロフルオロカーボン上に炭化水素クリーニング液相を形成し,そして該リンス区画
の上部に浮かんで該クリーニング区画内に戻るといった炭化水素クリーニング液の
カスケード効果を提供するように」との記載を改めて見ると,前半の「予め設定さ
れた低濃度で該ヒドロフルオロカーボンから分離して該ヒドロフルオロカーボン上
に炭化水素クリーニング液相を形成」するように両液を選択すれば,後半の「該リ
ンス区画の上部に浮かんで該クリーニング区画内に戻るといった炭化水素クリーニ
ング液のカスケード効果を提供するように」なること,すなわち,「該リンス区画
の上部に浮かんだ炭化水素クリーニング液を,カスケードにより該クリーニング区
画に戻す」ことができるようになることは明らかである。
そうすると,両液の選択に関して意味のある限定は,前半の「予め設定された低
濃度で該ヒドロフルオロカーボンから分離して該ヒドロフルオロカーボン上に炭化
水素クリーニング液相を形成」することにあるということができる。
エ 被告はこの点に関し,請求項8の前段部分の「該ヒドロフルオロカーボン
上に炭化水素クリーニング液相を形成し」と ,「該リンス区画の上部に浮かんで
該クリーニング区画内に戻る」との構成は,カスケード効果を提供するようにリ
ンス溶剤とクリーニング液とを選択した後に行うべき工程を予め規定した限定要
件と解すべきであると主張する。
しかし,請求項8の前記記載によれば,同項は,クリーニング液がリンス剤上に
クリーニング液相を形成し,リンス区画の上部に浮かんでクリーニング区画内に戻
るという作用を奏することを可能にするようなクリーニング液とリンス材の選択方
法を規定したものにとどまり,そのような工程を含む方法や,そのような工程を可
能にする装置に関する発明ではないことは明らかである(例えば,請求項9が「・
・・第1リンス区画内へのカスケード効果を提供する工程を含んでなる,請求項4
記載の方法」と規定されていることと対比しても明らかである 。。
)
したがって,請求項8は,カスケード効果を提供するようにリンス溶剤とクリ
ーニング液とを選択した後に行うべき工程を規定しているとの被告の主張は採用
できない。
(2) 本件発明8についての以上の認定を前提に,本件発明8が容易に想到し得
たかどうかについて検討する。
審決は,本件発明8の「該ヒドロフルオロカーボン上に炭化水素クリーニング液
相を形成し,そして該リンス区画の上部に浮かんで該クリーニング区画内に戻ると
いった炭化水素クリーニング液のカスケード効果を提供する」という点,及び当該
カスケード効果を提供するように「前記ヒドロフルオロカーボンリンス剤と前記有
機又は炭化水素クリーニング液とを選択する」という点は,甲1,2のいずれにも
開示されておらず,また,それが周知ないし自明のこととも認められないと判断す
る。
ア しかしながら,甲1には,以下の記載がある。
(ア) 「損失を避けるために,既知の冷却/凝縮/再循環手段により溶剤およびフツ素化化
合物を分離し,維持することが必要である 。(3頁左下欄1∼3行)
」 ,
(イ) 「第1図は,重質ペルフルオロカーボン層9および易燃性溶剤層5を含有するタンク
4を示す。この二つの液体はほとんど混和しないから分離層のままである。 (3頁右下欄下か
」
ら7∼4行),
(ウ) 「溶剤は・・せき54を越えて区分室47に流れる。溶剤及び油のような溶解した汚れは
区分室47に集中し,部品が浸漬される区分室44の溶剤45は,連続的に精製される。 (5頁左下
」
欄1∼6行),
(エ) 「いずれの区分室75,76,77に入るペルフルオロカーボン液体は,底に沈み,
分離して」(6頁右上欄3∼5行),
(オ) 「ペルフルオロカーボンの乏しい溶解力と,上記例の蒸気凝縮工程における有効なす
すぎを与える必要性の故に,ペルフルオロカーボンは,選ばれた有機溶剤に最大の溶解性を示
すものが好ましい。しかしながら,液相においては,有機溶剤とpfcは,下記の理由のため
に出来るだけ混和しないままであるのが望ましい:
1.有機溶剤の廃棄にともなう高価なpfcの損失を避けるために,二つの液体の可能な限
り完全な分離を促進すること・・・」(6頁右下欄8行∼下から4行)
イ 上記記載によれば,甲1記載の発明において,クリーニング液である 溶剤」
「
( 有機溶剤」とも記載)とリンス剤である「ペルフルオロカーボン」「フツ素化
「 (
化合物」「pfc」とも記載)との混和性は,すすぎ効果を与えるためにある程度
は必要であるが,高価なペルフルオロカーボンの損失を避けるために,分離回収が
可能なように,できるだけ混和しないままであるのが望ましいという認識が示され,
両液が分離した際には,ペルフルオロカーボン上に溶剤の層が形成されることも開
示されているということができる。
そうすると,甲1には,請求項8において付加された構成のうち「ヒドロフルオ
ロカーボンリンス剤を含有するリンス区画中に存在する有機又は炭化水素クリーニ
ング液が,有機又は炭化水素クリーニング液のヒドロフルオロカーボンに対する予
め設定された低濃度で該ヒドロフルオロカーボンから分離して該ヒドロフルオロカ
ーボン上に炭化水素クリーニング液相を形成」するように両液を選択することが示
されているということができる。そして,前記のとおり,その場合には,「該リン
ス区画の上部に浮かんで該クリーニング区画内に戻るといった炭化水素クリーニン
グ液のカスケード効果を提供する」ことが可能になることは自明である。
したがって,甲1には,請求項8において付加された構成が開示されておらず,
また,それが周知ないし自明のこととも認められないとした審決の判断は誤りであ
り,同構成は,甲1記載の発明に基づき,当業者が容易に想到し得たものというべ
きである。
(3) 仮に,被告が主張するように,請求項8に記載された「該ヒドロフルオロ
カーボン上に炭化水素クリーニング液相を形成し,そして該リンス区画の上部に浮
かんで該クリーニング区画内に戻るといった炭化水素クリーニング液のカスケード
効果を提供する」ことは,リンス剤とクリーニング液の選択を行った後に行うべき
工程を予め規定したものであったとしても,そのような工程を付加することは,次
のとおり,当業者が容易に想到し得るものである。
ア 甲1には,前記(2)ア(ウ)(エ)記載のとおり,区分室において,リンス剤であ
るペルフルオロカーボンが底に沈み,クリーニング液である有機溶剤と分離するこ
とが記載されており,さらに,「損失を避けるために,既知の冷却/凝縮/再循環
手段により溶剤およびフツ素化化合物を分離し,維持することが必要である。 ・
・・高フツ素化化合物と有機溶剤を凝縮し,それぞれの溜めに再循環するための手
段より成る部品を洗浄し乾燥するための装置を提供する。 3頁左下欄1∼12行)
」
(
とも記載されている。この記載によれば,混合されたクリーニング液とリンス剤を
分離し,それぞれの溜めに再循環して,液体を維持することは,甲1にも記載され
ている事項であるということができる。
また,甲1には,リンス剤の上部に分離して存在するクリーニング液を,移送先
はクリーニング区画ではないものの,隣接する区画に,両区画間のせきを越えて移
送することが記載されており 前記(2)ア(ウ)(エ)) 甲1記載の発明と本件発明8は ,
( ,
両液が混在した区画から,クリーニング液を分離して,クリーニング液のみからな
る区画に戻すという点で一致するということができる。
そうすると,甲1に基づいて,両液が混在する「リンス区画」から,ここで相分
離されたクリーニング液を,クリーニング液の溜めに相当する クリーニング区画」
「
へ戻すという本件発明8のような構成を想到することが困難であるとは考えられな
い。
イ さらに,(ア)甲6には ,「原理としては,水で濡れた部品をフロン113,又は
それに少量の添加剤を加えた液を沸とうさせた状態のところへ浸漬し,水をフロン
溶剤の上に浮かせ,連続的に水のみが排出されるような機構に従い水を除去し,乾
燥させる 。 (71頁右欄,15∼20行)と記載され,(イ)甲7には ,
」 「物品表面
から除去された水は洗液より比重が小のため浮上し,槽壁(1a)を溢流して水分離槽
(2)へ入る。 (2頁右下欄,5∼7行)と記載され,(ウ)甲8には,
」 「脱水槽から溢
流して分離槽に入る溶剤は,槽壁(1a)と分液筒壁間を矢印方向に流下して,前記間
隔から分液筒(21)内に入る。その筒壁は,当然溢流や循環など溶剤の運動に対して
は,これを鎮静化する役目を果すので,筒内において水溶性有機液体を含んだ水が
浮上して上層に,また共沸混合物が下層に分液される。この浮上した水溶性有機液
体を含む水の層は該層に開口(7a)している排水管(7)を通って,水溶性液体回収器
(5)に導かれる。(4頁右下欄14行∼5頁左上欄4行)と記載されている。
」
上記甲6∼8の記載が示すように,そもそも比重差により相分離した液体の分離
回収方法として,オーバーフローさせるなど重力を利用して上層のみを分離回収す
る方法自体は,当該技術分野において慣用されている方法であると認められる。
エ 以上によれば,被告の主張するとおり,本件発明8が,相分離したリンス剤
とクリーニング液を,カスケードを利用して分離する工程を含むとしても,当業者
であれば,甲1から,そのような工程を容易に想到し得たということができる。
これに対し,被告は,①甲6の水は洗浄剤とはいえず,フロン113はリンス
剤ではなく洗浄剤である,②甲7,8記載の発明では,比重差による分離だけで
再利用が可能とはならず,水相の全量が再利用可能なわけではないなどと主張す
る。しかしながら,被告が主張する事項は,比重差により相分離した液体の分離
回収方法として,オーバーフローさせるなど重力を利用して上層のみを分離回収す
る方法が甲6∼8に例示されており,これらの方法が当業界の慣用的な技術であ
るとの前記認定を妨げるものではない。
2 結論
以上によれば,本件発明8は,甲1,2に基づき,当業者であれば,容易に想到
し得たものというべきである。原告の取消事由は理由があるから,本件審決は取消
しを免れない。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
石 原 直 樹
裁判官
佐 藤 達 文
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