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平成18(行ケ)10206審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成18年12月12日
事件種別 民事
当事者 被告株式会社日研工作所
原告大昭和精機株式会社
対象物 工具ホルダー取付装置
法令 特許権
特許法29条2項4回
特許法181条5項1回
特許法40条1回
キーワード 審決71回
無効25回
実施6回
進歩性6回
特許権1回
抵触1回
無効審判1回
主文 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「工具ホルダー取付装置」とする特許第257132 5号発明(平成4年4月14日特許出願,平成8年10月24日設定登録。以 下「本件特許」といい,その出願を「本件出願」という。)の特許権者である。

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判決文

平成18年(行ケ)第10206号 審決取消請求事件(平成18年11月28日口
頭弁論終結)
判 決
原 告 大 昭 和 精 機 株 式 会 社
訴訟代理人弁護士 比 嘉 廉 丈
同 筒 井 豊
同 弁理士 蔦 田 璋 子
同 蔦 田 正 人
同 中 村 哲 士
同 富 田 克 幸
同 夫 世 進
被 告 株 式 会 社 日 研 工 作 所
訴訟代理人弁理士 安 田 敏 雄
同 吉 田 昌 司
同 安 田 幹 雄
同 山 本 淳 也
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2003−35369号事件について平成18年3月23日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「工具ホルダー取付装置」とする特許第257132
5号発明(平成4年4月14日特許出願,平成8年10月24日設定登録。以
下「本件特許」といい,その出願を「本件出願」という。)の特許権者である。
被告は,平成15年9月3日,本件特許を無効とすることにつき審判請求を
し,同請求は,無効2003−35369号事件(以下「本件審判事件」とい
う。)として特許庁に係属した。特許庁は,本件審判事件につき審理した上,
平成16年7月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下
「前審決」という。)をした。
被告は,前審決の取消しを求める訴え(当庁平成17年(行ケ)第1031
7号)を提起したところ,平成17年9月13日,前審決を取り消す旨の判決
(以下「前判決」という。)が言い渡され,これに対し,原告において,上告
及び上告受理の申立てをしたが,平成18年1月19日,上告棄却及び不受理
の決定がされ,前判決は確定した。
前判決の確定を受けて,特許庁は,本件審判事件について更に審理した上,
同年3月23日,「特許第2571325号の請求項1に係る発明についての
特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年4月
4日,その謄本が原告に送達された。
2 平成7年3月17日付け及び平成8年2月21日付け手続補正書(以下,平
成8年2月21日付けの手続補正を「本件第2補正」という。)によって補正
された明細書(甲10,以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請
求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)の要旨
【請求項1】回転又は非回転主軸(以下,主軸という)1に設けたテーパ孔2
に,鍔部5を有する工具ホルダー3のテーパシャンク部4を嵌合して主軸1に
工具ホルダー3を取付けるようにした工具ホルダー取付装置であって,主軸1
のテーパ孔2及びこれに嵌合される工具ホルダー3のテーパシャンク部4の最
大径D,主軸側端面1aとこれに対向する鍔部端面5aとの間の許容の対向間
隙Yが工業規格で定められた数値の範囲内で製作される工具ホルダーの取付装
置において,上記主軸側端面1aと,これに対向する鍔部端面5aとの夫々を,
工業規格で定められた許容の製作誤差Δiの数値より多く延出すると共に,両
延出量α1,α2の合計が上記許容の対向間隙Yの数値の範囲内で,互いに対
向方向に延出して夫々延出端面1b,5bに形成し,しかして,両延出端面1
b,5bが互いに吻合するようにして,主軸1に工具ホルダー3を取付けるこ
とが可能となっている工具ホルダー取付装置。
3 本件審決の理由
本件審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,(1)本件第2補正は,本件出
願の願書に最初に添付した明細書等(以下「当初明細書等」という。)に記載
した事項の範囲内においてされておらず,明細書の要旨の変更に当たるので,
本件出願は,平成5年法律第26号による改正前の特許法40条(以下「特許
法旧40条」という。)の規定により,本件第2補正に係る手続補正書を提出
した時である平成8年2月21日(注,審決謄本8頁第4段落に「平成8年8
月21日」とあるのは明白な誤記と認め,以下,誤記訂正がされたものとして
引用する。)にしたものとみなされるところ,本件発明は,本件出願について
の公開特許公報である特開平5−285715号公報(以下「引用例1」とい
う。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)に基づいて当業者が
容易に発明をすることができたものと認められるので,特許法29条2項の規
定により特許を受けることができず,また,( 2)本件特許は,平成5年法律第
26号による改正前の特許法36条4項(以下「特許法旧36条4項」とい
う。)及び同条5項2号(以下「特許法旧36条5項2号」という。)に規定
する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,本件特許
は無効にされるべきものであるとした。
第3 原告主張の審決取消事由
本件審決は,本件第2補正が当初明細書等の要旨変更に当たると誤認して
(取消事由1),その遡及効を否定し,ひいては,本件発明の進歩性を否定し,
特許法旧36条4項及び同条5項2号の記載要件についての判断を誤り(取消
事由2,3),その結果,本件特許が無効であるとの誤った結論を導き出した
ものであって,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(当初明細書等の要旨変更の誤認等)
(1) 本件審決は,前判決の認定判断に従って,「当初明細書等には,対向間隙
Yと両端面からの突出量α1,α2が『α1+α2=Y』の関係にあること
が記載されており,前記対向間隙Yは,テーパ孔と工具ホルダーのテーパシ
ャンク部が密着嵌合した状態における間隙を意味するというべきであるから,
本件出願当時上記技術常識(注,後記の本件技術常識)が存在したとしても,
当初明細書等に『α1+α2<Y』の関係が記載されているとすることはで
きない。」(審決謄本8頁第3段落)と認定し,これを前提として,「当初
明細書等には,対向間隙Yと両端面からの突出量α1,α2が『α1+α2
<Y』の関係が記載されているとすることはできず,他方,本件特許請求の
範囲請求項1には,『α1+α2<Y』との関係が記載されているというこ
とができるので,平成8年2月21日にした補正(注,本件第2補正)は当
初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではなく,明細書の
要旨の変更に当たるというべきである。」(同8頁第4段落)と判断したが,
誤りである。
当業者にとって自明のJIS規格に関する事項及び本件審決が指摘する上
記技術常識に照らせば,本件第2補正は,当初明細書等に記載した事項の範
囲内においてされたものであり,当初明細書等の要旨の変更には当たらない。
すなわち,当初明細書等に記載された「対向間隙Y」は,JIS規格によ
り規格化されたものであるところ,そのJIS規格である「JIS B63
39(マシニングセンタ−ツールシャンク及びプルスタッド)」(甲7),
「JIS B6340(マシニングセンタ−主軸端の形状・寸法)」(甲
8),「JIS B0616(円すいはめあい方式)」(甲9,以下,それ
ぞれ「甲7文献」∼「甲9文献」という。)をみると,当初明細書等に記載
された「対向間隙Y」と同じ概念であるJIS規格における対向間隙yの記
載がある。ところで,上記対向間隙yは,主軸のテーパ孔に工具ホルダーの
テーパシャンク部が密着嵌合している状態ではなく,主軸のテーパ孔と工具
ホルダーのテーパシャンク部とが接している状態での対向間隙を表している。
一方,本件審決が指摘するとおり,「主軸のテーパ孔に工具ホルダーのテー
パシャンク部を密着嵌合させる際に,主軸のテーパ孔と工具ホルダーのテー
パシャンク部とが接する状態から,工具ホルダーを主軸奥側に引き込み,工
具ホルダーを主軸奥側に移動することにより,主軸のテーパ孔に工具ホルダ
ーのテーパシャンク部を密着嵌合させることは本件出願時の技術常識であ
る。」(審決謄本7頁第2段落,以下「本件技術常識」という。)。
このように,当初明細書等の「対向間隙Y」が,規格化された許容の対向
間隙,すなわち,JISにより規格化された対向間隙であるとすると,当初
明細書等の「対向間隙Y」において,主軸のテーパ孔と工具ホルダーのテー
パシャンク部とが接している状態から両者を密着嵌合させるためには,工具
ホルダーのテーパシャンク部を主軸のテーパ孔の奥側に引き込む必要があり,
そのためには,所要の引き込み量が確保されていなければならない。
「対向間隙Y」がJIS規格における規格化された対向間隙yと同じ概念
であるとすれば,当初明細書等の「対向間隙Yは,主軸のテーパ孔に工具ホ
ルダーのテーパシャンク部を密着嵌合する前の接する状態における間隙を意
味する」ものと解すべきであり,本件審決のように,「対向間隙Yは,テー
パ孔と工具ホルダーのテーパシャンク部が密着嵌合した状態における間隙を
意味する」ものと解すると,JIS規格において示されている「対向間隙
y」の数値と明らかに矛盾し客観的真実に反することになる。
したがって,対向間隙Yは,両端面からの突出量の合計(α1+α2)よ
り大きいものでなければならないことが明らかであって,工具ホルダー取付
装置の両端面からの突出量の合計(α1+α2)が両端面間の対向間隙Yに
一致するとした本件審決の判断は,誤りである。
(2) その他,本件審決は,「上記技術常識(注,本件技術常識)については・
・・弾性変形による移動量もわずかであることから,当初明細書等がこのわ
ずかな移動量を考慮して『対向間隙Y』と『所要の突出量』を定めていると
直ちにいえるものではない。」(審決謄本7頁第3段落),「当初明細書等
には,上記技術常識の存在はもとより,主軸のテーパ孔に工具ホルダーのテ
ーパシャンク部4を密着嵌合させる際に,弾性変形による移動量が発生する
旨の記載は一切なく,またこのような移動量が発生することを前提とする記
載もない。」(同段落),「実施例にも『α1+α2=Y』の関係が示され
ているにすぎず,弾性変形による移動量が考慮されている形跡はない。」
(同段落)などと説示しているが,いずれも,JIS規格及び本件技術常識
に照らすと,誤りであることが明らかである。
(3) 本件審決は,本件第2補正が当初明細書等の要旨の変更に当たることを前
提に,本件出願が本件第2補正に係る手続補正書を提出した時にしたものと
みなされるとした上で,本件第2補正前に頒布された本件出願の公開特許公
報である引用例1(甲1)に記載された引用発明1から容易に発明をするこ
とができたものであるか否かを検討している。
しかし,上記( 1)のとおり,本件第2補正は,当初明細書等の要旨を変更
するものではないから,本件出願が本件第2補正の時にしたものとみなされ
るとする本件審決の判断は,前提において誤りであり,引用例1は,本件出
願日より前に頒布されたものではないから,これを引用発明として容易想到
性の判断をすることはできない。
(4) 被告は,本件審決の,本件第2補正が当初明細書等の要旨の変更に当たる
とした判断は,前判決の判示に基づくものであり,確定した取消判決の拘束
力に従ったものであるから,本件審決の判断に違法はない旨主張する。
しかし,本件は,特定の引用例との対比における発明の進歩性に関する審
決取消判決がされた後の再度の審理・審決に対する拘束力が問題となる事案
ではない。そして,最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻
4号245頁は,原判決に関して,「本件発明を特許出願前に当業者が容易
に発明することができたか否かを認定判断する際の独立した無効原因たり得
るものとして,あるいは第二引用例を単に補強するだけではなくこれとあい
まって初めて無効原因たり得るものとして,検討されているのでなく,原判
決は,第二引用例を主体として,本件発明の進歩性の有無について認定判断
をしているものにほかならない。」と判示しているから,その反対解釈とし
て,引用例を単に補強するだけではなく,これとあいまって初めて無効原因
たり得る場合には,前判決の拘束力の問題は生じないことになる。
本件についてみると,甲7∼9文献は,いずれもJIS規格であり,本件
出願当時の技術常識あるいは周知慣用の技術事項を証明し,ひいては,本件
審決の判断の誤りを主張立証する資料であって,引用例1を単に補強するだ
けでなく,これとあいまって初めて無効原因たり得る場合に該当するから,
前判決の拘束力の問題は生じないことになる。また,審判段階での主張立証
を繰り返し,補強し,又は,蒸し返すものでもない。
したがって,本訴において,甲7∼9文献に基づく原告の主張立証は,許
されるべきである。
2 取消事由2(特許法旧36条4項の記載要件の判断の誤り)
本件審決は,前判決のなお書の部分を前提として,「特許明細書等には,前
記両延出端面1b,5bをどのように吻合させるかについて記載されていない
から,当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的,構
成及び効果を記載したものとすることができない」(審決謄本11頁下から第
2段落)ことを理由に,本件特許は特許法旧36条4項に規定する要件を満た
していない特許出願に対してされたものであると判断したが,誤りである。
上記1( 1)のとおり,規格化された対向間隙である「対向間隙Y」について,
本件審決のように,「対向間隙Yは,テーパ孔と工具ホルダーのテーパシャン
ク部が密着嵌合した状態における間隙を意味する」ものと解することなく,
「対向間隙Yは,主軸のテーパ孔に工具ホルダーのテーパシャンク部を密着嵌
合する前の接する状態における間隙を意味する」ものと解すると,上記の接す
る状態から工具ホルダーのテーパシャンク部を所定量主軸のテーパ孔の奥側へ
引き込むことにより,テーパシャンク部をテーパ孔に密着嵌合させて,両延出
端面を吻合させることが可能であるとともに,引き込む量は任意であり設計事
項である。
そうすると,前記両延出端面1b,5bをどのように吻合させるかが記載さ
れるまでもなく,当業者が容易にその実施をすることができるから,特許法旧
36条4項の記載要件違反に当たらない。
3 取消事由3(特許法旧36条5項2号の記載要件の判断の誤り)
上記2と同様,「対向間隙Yは,主軸のテーパ孔に工具ホルダーのテーパシ
ャンク部を密着嵌合する前の接する状態における間隙を意味する」ものと解す
ると,上記の接する状態から工具ホルダーのテーパシャンク部を所定量主軸の
テーパ孔の奥側へ引き込むことにより,テーパシャンク部をテーパ孔に密着嵌
合させて,両延出端面を吻合させることが可能であるとともに,引き込む量は
任意であり設計事項であるとするならば,両延出端面1b,5bをどのように
吻合させるかは,明記するまでもなく明らかな事項である。
したがって,本件特許は,特許法旧36条5項2号の記載要件違反には当た
らない。
第4 被告の反論
本件審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がな
い。
1 取消事由1(当初明細書等の要旨変更の誤認等)について
(1) 原告は,本件第2補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内において
されたものであり,当初明細書等の要旨の変更には当たらないから,明細書
の要旨の変更に当たるとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,本件審決の上記判断は,「補正が当初明細書等の要旨の変更にあ
たる」とされた前判決の判示に基づくものであり,確定した取消判決の拘束
力に従ったものであるから,本件審決の判断に違法はない。
(2) 原告は,「対向間隙Y」がJIS規格における規格化された対向間隙yと
同じ概念であるとして,当初明細書等の「対向間隙Yは,主軸のテーパ孔に
工具ホルダーのテーパシャンク部を密着嵌合する前の接する状態における間
隙を意味する」ものと解すべきであり,本件審決のように,「対向間隙Yは,
テーパ孔と工具ホルダーのテーパシャンク部が密着嵌合した状態における間
隙を意味する」ものと解すると,JIS規格において示されている「対向間
隙y」の数値と明らかに矛盾し客観的真実に反する旨主張する。
しかし,本件第2補正の問題点は,弾性変形の範囲内のものを,弾性変形
の範囲外のものまで含むように拡張する補正をしたことにある。前判決は,
この点について,「さらに,本件明細書等の記載によれば,本件発明は,例
えば『対向間隙Yが3mm,延出量αがそれぞれ0.5mm』のものも含み
得ることになり,この場合,本件審決の認定した技術常識を前提とすれば,
主軸のテーパ孔と工具ホルダーのテーパシャンク部が接する状態から密着嵌
合する際に,工具ホルダーは2mmも移動することになる。しかしながら,
審決も弾性変形による移動量は『わずか』であるとし,甲14でも主軸の引
き込み前の隙間は0.02mmであるとされているように,2mmという移
動量は弾性変形によるわずかな移動量とは到底いえないものである。そうす
ると,本件明細書等における『対向間隙Y』を主軸のテーパ孔と工具ホルダ
ーのテーパシャンク部が接する状態における間隙であると理解することは困
難である。以上によれば,本件明細書等における『対向間隙Y』も,当初明
細書等における『対向間隙Y』と同様,主軸のテーパ孔と工具ホルダーのテ
ーパシャンク部が接する状態における対向間隙を意味するのではなく,テー
パ孔とテーパシャンク部が密着嵌合した状態における対向間隙を意味すると
いうべきである。」(前判決26頁下から第2段落∼27頁第1段落)と判
示し,本件発明が弾性変形の範囲外の技術であることを明らかにしている。
ところが,甲7∼9文献に示されるものは,すべて弾性変形の範囲内のもの
であって,弾性変形範囲内の証拠である甲7∼9文献により,弾性変形の範
囲外の技術を論ずることはできない。
2 取消事由2(特許法旧36条4項の記載要件の判断の誤り)について
本件審決の特許法旧36条4項の記載要件についての判断は,前判決の判示
事項に基づくものであり,確定判決の拘束力に従ったものであって,それがな
お書きの部分であるとしても,本件審決の判断に違法はない。
3 取消事由3(特許法旧36条5項2号の記載要件の判断の誤り)について
本件審決の特許法旧36条5項2号の記載要件についての判断も,上記2と
同様であり,本件審決の判断に違法はない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(当初明細書等の要旨変更の誤認等)について
(1) 原告は,本件第2補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内において
されたものであり,当初明細書等の要旨の変更には当たらないから,当初明
細書等の要旨の変更に当たるとした本件審決の判断は誤りである旨主張する
のに対し,被告は,本件審決の上記判断は,「補正が当初明細書等の要旨の
変更にあたる」とされた前判決の判示に基づくものであり,確定した取消判
決の拘束力に従ったものであるから,本件審決の判断に違法はない旨主張す
るので,前判決が確定するまでの経緯についてみると,当事者間に争いのな
い前記第2の1の事実,証拠(甲11∼13)及び弁論の全趣旨によれば,
次のとおりである。
ア 被告は,平成15年9月3日,本件発明を無効とすることについて審判
請求をした。被告主張の無効理由は,以下のとおりであった。
(ア) 本件第2補正は,当初明細書等の要旨を変更するものであるから,本
件出願は,その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみな
され,その結果,本件発明は,引用発明1に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものと認められるので,本件特許は,特許法29
条2項の規定に違反してされたものである(以下「無効理由1」とい
う。)。
(イ) 本件特許は,特許法旧36条4項,同条5項1号又は同条5項2号に
規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(以
下「無効理由2」という。)。
イ 特許庁は,上記請求を無効2003−35369号事件として審理した
結果,無効理由1については,本件第2補正は,当初明細書等に記載した
事項の範囲内の事項であるから,当初明細書等の要旨の変更に当たらない
とし,また,無効理由2のうち,①特許法旧36条4項違反の点について
は,本件出願時の技術常識であるから,当初明細書等の発明の詳細な説明
には,当業者が本件発明を容易に実施することができる程度に記載されて
いないとすることはできない,②同条5項1号違反の点については,当初
明細書等の発明の詳細な説明に記載したものである,③同条5項2号違反
の点については,明記するまでもなく明らかな事項であるから,当初明細
書等の特許請求の範囲には,特許を受けようとする発明の構成に欠くこと
ができない事項のみが記載されていないとすることはできないとして,平
成16年7月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との前審決を
した。
ウ 被告は,前審決の取消しを求める訴え(当庁平成17年(行ケ)第10
317号)を提起し,平成17年9月13日,前審決を取り消す旨の前判
決が言い渡された。前判決の認定判断は,無効理由1について前審決の認
定判断が誤っているというものであり,その内容は,以下のとおりであっ
た。
(ア) 当初明細書等に記載された工具ホルダー取付装置の両端面からの突出
量の合計(α1+α2)は,両端面間の対向間隙Yに一致すると理解す
べきである一方,当初明細書等に,「対向間隙Y」が主軸のテーパ孔と
工具ホルダーのテーパシャンク部が接する状態における間隙であること
を示唆する記載は存在しないので,当初明細書等には,対向間隙Yと両
端面からの突出量α1,α2が「α1+α2=Y」の関係にあることが
記載されている。
(イ) 他方,本件明細書の特許請求の範囲請求項1には,「α1+α2<
Y」との関係が記載されている(この点は当事者間に争いがない。)と
いうことができる。
(ウ) したがって,本件第2補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内
においてされたものではなく,当初明細書等の要旨の変更に当たるとい
うべきであり,そうすると,本件出願は,本件第2補正に係る手続補正
書を提出した時にしたものとみなされるから,本件第2補正が当初明細
書等の要旨の変更に当たらないとした前審決の判断は誤りである。
エ 原告は,前判決を不服として上告及び上告受理の申立てをしたが,平成
18年1月19日,上告棄却及び不受理の決定がされ,前判決は確定した。
(2) ところで,特許無効審判事件についての本件審決の取消訴訟において審決
取消しの判決が確定したときは,審判官は,特許法181条5項の規定に従
い,当該審判事件について更に審理を行って審決をすることになるが,審決
取消訴訟は,行政事件訴訟法の適用を受けるから,再度の審理ないし審決に
は,同法33条1項の規定により,上記取消判決の拘束力が及ぶ。そして,
この拘束力は,判決主文のみならず,判決主文の結論が導き出されるのに必
要な事実認定及び法律判断に対しても及ぶものと解すべきであるから,審判
官は,上記事実認定及び法律判断に抵触する認定判断をすることは許されな
いものである(最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号
245頁参照)。そして,このことは,本件のように,特許法旧40条の規
定の適用をめぐり,補正が当初明細書等の要旨の変更に当たるか否かについ
てされた審決取消しの確定判決についても同様である。
この点について,原告は,本件は,特定の引用例との対比における発明の
進歩性に関する審決取消判決がされた後の再度の審理・審決に対する拘束力
が問題となる事案ではなく,本件出願当時の技術常識あるいは周知慣用の技
術事項を証明し,ひいては,本件審決の判断の誤りを主張立証するものであ
って,引用例1を単に補強するだけでなく,これとあいまって初めて無効原
因たり得るものであるから,前記最高裁判決の射程には入らず,前判決の拘
束力の問題は生じない旨主張する。
しかし,行政事件訴訟法33条1項は,「処分又は裁決を取り消す判決は,
その事件について,処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束す
る。」と規定しており,「処分又は裁決を取り消す判決」に格別の限定を付
しているわけではないから,上記最高裁判決が,発明の進歩性に関する取消
判決を対象にしているからといって,その射程が発明の進歩性に関する取消
判決に限られるものではなく,特許法旧40条の規定の適用をめぐり,補正
が当初明細書等の要旨の変更に当たるか否かについてされた前判決について
も拘束力が及ぶことは,上記のとおりである。
そうすると,本件第2補正が当初明細書等の要旨の変更に当たるとした前
判決について,新たな証拠を提出して当該判断を争うことは,再度,確定し
た取消判決の拘束力が及ぶ判断事項を蒸し返えそうとするものにほかならず,
許されないものというべきである。
したがって,原告の上記主張は,失当である。
(3) 本件についてみると,上記( 1)ウ認定の事実によれば,前判決は,①当初
明細書等には,対向間隙Yと両端面からの突出量α1,α2が「α1+α2
=Y」の関係にあることが記載されていること,②他方,本件特許請求の範
囲請求項1には,「α1+α2<Y」との関係が記載されていること,③し
たがって,本件第2補正は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてさ
れたものではなく,当初明細書等の要旨の変更に当たること,④そうすると,
本件出願は,特許法旧40条の規定により,本件第2補正に係る手続補正書
を提出した時にしたものとみなされるから,無効理由1についての前審決の
認定判断は誤りであると判断したことが明らかであり,上記認定判断は,前
審決を取り消す旨の前判決の判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及
び法律判断であったことが明らかである。
そうすると,確定した前判決の拘束力は,上記事実認定及び法律判断に及
ぶものというべきである。
(4) 一方,本件審決は,無効理由1について,次のとおり認定判断した。
ア 当初明細書等には,対向間隙Yと両端面からの突出量α1,α2が「α
1+α2=Y」の関係にあることが記載されており,前記対向間隙Yは,
テーパ孔と工具ホルダーのテーパシャンク部が密着嵌合した状態における
間隙を意味するというべきであるから,本件出願当時上記技術常識が存在
したとしても,当初明細書等に「α1+α2<Y」の関係が記載されてい
るとすることはできず,他方,本件特許請求の範囲請求項1には,「α1
+α2<Y」との関係が記載されているということができるので,本件第
2補正は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではな
く,当初明細書等の要旨の変更に当たる。
イ そうすると,本件出願は,特許法旧40条の規定により,平成8年2月
21日にしたものとみなされるところ,本件発明と引用発明1を対比する
と,本件発明においては,「両延出量α1,α2の合計が上記許容の対向
間隙Yの数値の範囲内」(すなわちα1+α2<Y)であるのに対し,引
用発明1では,両延出量α1,α2の合計が上記許容の対向間隙Yの数値
と等しい(すなわちα1+α2=Y)ものである点で相違するのみであり,
引用発明1において,α1+α2<Yとすることは当業者が容易になし得
た事項であるから,本件発明は,引用発明1に基いて当業者が容易に発明
をすることができたものと認められるので,本件特許は,特許法29条2
項の規定に違反してされたものである。
(5) したがって,本件審決中,本件第2補正についての判断は,確定した前判
決の上記拘束力に従って,当初明細書等の要旨の変更に当たるとしたもので
あることが本件審決の記載自体から明らかであるから,原告は,この認定判
断について,違法であるとして非難することはできない。
そうすると,平成6年法律第116号附則6条1項及び平成5年法律第2
6号附則2条2項の適用を受ける本件出願は,特許法旧40条の規定により,
本件第2補正に係る手続補正書を提出した時,すなわち平成8年2月21日
にしたものとみなされる。
(6) そこで,本件発明の引用発明1に基づく容易想到性について検討する。
ア 引用例1(甲1,本件発明に係る当初明細書等)の【実施例】欄には,
「図1は本発明の一実施例たる工具ホルダー取付装置を示すものであって,
主軸1に設けたテーパ孔2に工具ホルダー3のテーパシャンク部4を嵌合
させると共に,図2にも示すように,上記主軸1の既存の基準端面1aと,
これに対向する工具ホルダー3の既存の鍔部端面3aとを,互いの対向方
向に所要の突出量α(通常規格における対向間隙Yの2分の1)延出して
延出端面1b,3bを形成し,両延出端面1b,3bを互いに吻合させて
いる。この突出量αは,両者同一であることが好ましいが,必ずしもその
必要はなく互いの突出量αが異なっていてもよい。なお,鍔部端面3aは
工具ホルダー3のマニピュレータ保持用鍔部5に形成される。上記構成に
よれば,主軸1のテーパ孔2に工具ホルダー3のテーパシャンク部4が密
着嵌合すると同時に,主軸1の延出端面1bに工具ホルダー3の延出端面
3bが密着するように特殊な精密加工を施しているため,切削負荷を両延
出端面1b,3bでも受けるようになり,テーパ孔2とテーパシャンク部
4との間に切削負荷が集中してかかることがないから,そのテーパ孔2と
テーパシャンク部4との密着面がフレッティングコロージョン現象等によ
り磨耗される恐れがない。ここで具体的寸法の一例を示すと,JIS規格
の呼び番号BT50では,テーパ孔2及びテーパシャンク部4の最大径D
が69.850mm,テーパ孔2の長さLが100.8mm,対向間隙Y
が3mmと規定されており,既存の基準端面1aまたは鍔部端面3aに対
する両延出端面1b,3bの突出量αは1.5mmとなる(ISO規格で
もほぼ同じ寸法である)。次に,本発明の特殊精密加工を施して延出端面
1bを形成した主軸1に通常規格の鍔部端面3aを有する工具ホルダー3
を取付けたり(図3),同じく本発明の特殊精密加工して延出端面3bを
形成した工具ホルダー3を通常規格の基準端面1aを有する主軸1に取付
けて(図4),使用したとしても,その主軸1の延出端面1bまたは基準
端面1aと工具ホルダー3の鍔部端面3aまたは延出端面3bとの間に,
例えばJIS規格の呼び番号BT50では,1.5mmの隙間γが生じ,
その隙間γで通常規格で許容されている0.4mmの製作誤差(Δi)が
吸収されるため,テーパ孔2にテーパシャンク部4を確実に密着嵌合させ
ることができる。」(段落【0012】∼【0015】)との記載がある。
イ 上記記載によれば,引用例1には,「回転又は非回転主軸(以下,主軸
という)1に設けたテーパ孔2に,鍔部5を有する工具ホルダー3のテー
パシャンク部4を嵌合して主軸1に工具ホルダー3を取付けるようにした
工具ホルダー取付装置であって,主軸1のテーパ孔2及びこれに嵌合され
る工具ホルダー3のテーパシャンク部4の最大径D,主軸側端面1aとこ
れに対向する鍔部端面5aとの間の許容の対向間隙Yが工業規格で定めら
れた数値の範囲内で製作される工具ホルダーの取付装置において,上記主
軸側端面1aと,これに対向する鍔部端面5aとの夫々を,工業規格で定
められた許容の製作誤差Δiの数値より多く延出すると共に,両延出量α
1,α2の合計が上記許容の対向間隙Yの数値と等しく,互いに対向方向
に延出して夫々延出端面1b,5bに形成し,しかして,両延出端面1b,
5bが互いに吻合するようにして,主軸1に工具ホルダー3を取付けるこ
とが可能となっている工具ホルダー取付装置。」(審決謄本9頁下から第
3段落)との引用発明1が記載されているものと認められる。
ウ 本件発明と引用発明1とを対比すると,本件発明においては,「両延出
量α1,α2の合計が上記許容の対向間隙Yの数値の範囲内」(すなわち
α1+α2<Y)であるのに対し,引用発明1においては,両延出量α1,
α2の合計が上記許容の対向間隙Yの数値と等しい(すなわちα1+α2
=Y)ものである点で相違し,その余の点では一致する。
そこで,相違点について検討すると,本件発明に係る技術分野において,
対向間隙Yとの関係で「α1+α2」の数値設定を工夫し,最適なものを
探究することは,当業者の通常の創作能力の範囲内であって,格別の技術
力を要するものではない。したがって,日常的な試行錯誤の結果,引用発
明1の「α1+α2=Y」との数値範囲の設定を「α1+α2<Y」に変
更することは,当業者において容易にし得たことというべきである。
エ そうすると,「本件発明は,甲第1号証発明に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものである。」(審決謄本10頁第4段落)とし
た本件審決の判断は相当である。
2 以上によれば,本件出願は,特許法29条2項の規定により特許を受けるこ
とができず,無効理由1は理由があるから,無効理由2について検討するまで
もなく,本件特許は無効にされるべきものであるとした本件審決の判断は正当
というべきであり,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 宍 戸 充
裁判官 柴 田 義 明

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