平成17(行ケ)10542審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成18年12月6日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官中嶋誠 原告有限会社佐藤商産
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対象物 |
タブ付蓋密封ガラスビン用マルチ・パック具 |
法令 |
特許権
特許法29条2項3回
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キーワード |
審決44回 実施4回 刊行物3回
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主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,原告が,名称を「タブ付蓋密封ガラスビン用マルチ・パック具」とする
発明につき特許出願をして拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたとこ
ろ,発明の容易想到性(特許法29条2項)を理由に,審判請求は成り立たないと
の審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10542号 審決取消請求事件
平成18年12月6日判決言渡,平成18年11月13日口頭弁論終結
判 決
原 告 有限会社佐藤商産
訴訟代理人弁理士 海老澤良輔
被 告 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 種子浩明,松縄正登,豊永茂弘,高木彰,田中敬規
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
本判決においては,審決や書証等を引用する場合に,公用文の表記法に従い,あるいは,本
文中に指定した略称を用いたところがある。また ,「掴持」と「掴持 」 「ビン」と「瓶 」 「マ
, ,
ルチ・パック具」と「マルチパック具」については,いずれも前者の表記に統一した。
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が不服2002−25300号事件について平成17年5月10日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本件は,原告が,名称を「タブ付蓋密封ガラスビン用マルチ・パック具」とする
発明につき特許出願をして拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたとこ
ろ,発明の容易想到性(特許法29条2項)を理由に,審判請求は成り立たないと
の審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
本願明細書(後記本件補正により補正された当初明細書(甲10)を,以下「本
願明細書」という。
)の記載によれば,本願発明は,「飲料例えば,清涼飲料水,酒
類,ビール,果汁,飲料水,その他を収容するビン」の「4個の同形ビン用マルチ
・パック具に関するもの」であり,特に,「タブ付蓋ビン用マルチ・パック具に関
する」ものである(0002,0007 )。従来技術の代表例として,「ビン用の紙
製パック具」があるが,「収容に多大な場所を要し 」 「外表面にビンの装飾が直接
,
現れず紙の装飾を必要とする」等の欠点があった(0011ないし0013)。本
願発明は,「其れ自体表面積が小さく,かつ,多数のビンなどを包装,陳列する際
に,積み重ねが可能であ」り,「陳列した際ビン自体のもつ装飾を被覆せずビンの
装飾はそのまま消費者の視覚に訴える」ことができ ,「提供者はビンを確実に包装
して安全,簡単,容易に消費者に持ち運んで流通でき」「パック具は,硬質合成樹
,
脂で形成されており,何回か複数回使用が可能である」などの効果を有するもので
ある(0046,0047),とされている。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件出願(甲1)
発明の名称: ビン用マルチ・パック具」
「
出願番号:特願平11−170071号
出願日:平成11年5月14日
(2) 本件手続
拒絶査定日:平成14年11月6日
審判請求日:平成14年12月17日(不服2002−25300号)
手続補正日:平成14年12月17日(甲10。以下「本件補正」という。)
審決日:平成17年5月10日
審決の結論: 本件審判の請求は,成り立たない。
「 」
審決謄本送達日:平成17年5月28日
2 本願発明及び本願補正発明の要旨 本件補正による補正前の発明を 本願発明」
( 「
といい,同補正後の発明を「本願補正発明」という。いずれも,特許請求の範囲の
記載は,請求項1のみである。)
(1) 本願発明の要旨
請求項1
「同形4個のビンの軸線が正四角で僅間隔に立て位置決めした首辺掴持4装置と
これらの上に載設した蓋掴持4装置とを周設し,突起部を頂部がほぼ正四角をなす
よう上面に周設し,かつ別の同一形状のパック具の突起部を保持できる凹部を突起
部の反対面に配設し,さらに握持部を形成した支持部からなるビン用マルチ・パッ
ク具。」
(2) 本願補正発明の要旨
請求項1
「同形4個のビンの軸線が正四角で僅間隔に立て位置決めし,上に向かって窄ま
りタブの位置にある掴持部が全体で断面J形の柔らかいバネ体を持つタブ部分掴持
4装置とこれらの上に載設した蓋上面が支持部とほぼ同一面を形成するよう蓋自体
の下方付近を固いバネ体上部先端で係止する蓋掴持4装置とを周設し,突起部を頂
部がほぼ正四角をなすよう上面に周設し,かつ別の同一形状のパック具の突起部を
保持できる凹部を突起部の反対面に配設し,さらに上面に開口部を設けて握持部を
形成した支持部からなり硬質合成樹脂からなるタブ付蓋ビン用マルチ・パック具。」
3 審決の理由の要点
審決の理由は,要するに,本件補正は,特許法(平成15年改正前のもの。以下
同じ。 17条の2第5項の準用する126条4項にいういわゆる独立特許要件 容
) (
易想到性の不存在)を欠くので,同法159条1項,53条1項により却下すべき
ものであり,そして,本願発明は,同様に特許法29条2項違反(容易想到性の存
在)により特許を受けることができない,というものである。
本件補正の適否に関する審決の判断は,以下のとおりであり,刊行物及び周知例
として,次の文献が引用されている(以下,下記引用の刊行物を「引例1」「引例
,
2」といい,引例1に記載された発明を「引用発明」といい,周知例については,
本訴の書証番号に従って,「甲5文献」などという。。
)
(刊行物)
引例1(特表平4−506790号公報,本訴甲3)
引例2(実公昭47−26847号公報,本訴甲4)
(周知例)
特開平8−324634号公報(本訴甲5)
実開平6−71469号公報(本訴甲6)
実願平5−42455号 実開平7−8260号)
( のCD−ROM 本訴甲7)
(
特開平10−181767号公報(本訴甲8)
「引例1には ,『缶5個が4列になっていて合計20個の缶を収容できるプラスチック材料
製容器(パック具)であって,このパック具に適宜間隔を置いて設けた区画室(5a,5b)
を20個設け,この区画室に缶を受け入れる保持支持面(6a,6b,6c)を形成し,保持
支持部面間に中空外形に形成した保持舌部(3c)を配列し,積み重ねの際に中空に形成され
ている保持舌部の外面に対応して保持舌部に突っ込む嵌合関係になる形状の内面を有する凹部
(7)を設けたことを特徴とする,積み重ね容器 。
』が記載されている 。
」
「本願補正発明と引用発明とを対比すると,両者は,共に飲料用の缶やビン等の同形の複数
の容器を4個のビン等の軸線が僅間隔に立て位置決めさせて輸送又は貯蔵する硬質合成樹脂製
搬送具(マルチ・パック具)に関するものである点,及び,複数容器を載置した搬送具を積み
重ねることができるとともに,搬送具同士を積み重ねることができるように構成されている点
で同じである。
そして,引例1の『側壁を有しない容器1 』 『保持支持面6 』『中空外形に形成される保持
, ,
舌部3cの外面部 』『中空外形に形成される保持舌部3cの内面部』は,それぞれ本願の『マ
,
ルチ・パック具』『蓋掴持部に沿った面』『突起部』『凹部 』に相当するから,結局,両者は,
, , ,
『同形の4個のビンの軸線が僅間隔に立て位置決めし,突起部を頂部がほぼ正四角形をなすよ
う上面に周設し,かつ別の同一形状のパック具の突起部を保持できる凹部を突起部の反対面に
配設する硬質合成樹脂からなるマルチ・パック具 。 である点で一致し,次の2点で相違する 。
』
<相違点>
(a)本願補正発明が,同形4個のビンの軸線が正四角形で僅間隔に立て位置決めし,上に
向かって窄まりタブの位置にある掴持部が全体で断面J形の柔らかいバネ体を持つタブ部分掴
持4装置と,これらの上に載設した蓋上面が支持部とほぼ同一面を形成するよう蓋自体の下方
付近を固いバネ体上部先端で係止する蓋掴持4装置を周設しているのに対して,引例1には同
形4個のビンの軸線が正四角形で僅間隔であるかは定かではなく,かつ,掴持4装置が設けら
れていない点。
(b)本願補正発明が,マルチ・パック具の上面に開口部を設けて握持部を形成した支持部
からなるのに対して,引例1のパック具には握持部が設けられていない点。
そこで,上記相違点について検討する。
相違点(a)について
同形4個のビンをコンパクトに収納しようとすれば,ビンの互いの間隔を密にすることが必
要である。そうすると,同形4個のビンの軸線を正四角形とすることは,当業者が必要に応じ
て適宜なし得ることである。また,ビンを同形4個に特定する点は,このパック具の搬送技術
分野において周知(甲5文献,甲6文献等参照のこと)であるから,4個と特定することに格
別のものはない。
そして,同形の複数個のビンをビンの首部上部(本願のタブ付蓋ビンに相当)で固く把持す
る保持部(本願の掴持部に相当)で弾性的に締め付け保持してビンを吊り下げ状態で搬送する
搬送具は,引例2に記載されているように,本願出願前当業者に周知の事項であり,この首部
受け穴に着脱自在に嵌合させ弾性的に締め付ける機構を参照して,本願の『掴持部が全体で断
面J形の柔らかいバネ体を持つタブ部分掴持4装置とこれらの上に載設した蓋上面が支持部と
ほぼ同一面を形成するよう蓋自体の下方付近を固いバネ体上部先端で係止する蓋掴持4装置』
を想到することは,当業者が容易になし得た程度にすぎないことである。
相違点(b)について
パック具の上面に開口部を設けて握持部を形成した支持部を有する合成樹脂製の搬送具は,
本願発明の出願前当業者において周知の技術事項(甲7文献,甲8文献等参照)であるから,
この点に格別のものはない。
したがって,本願補正発明は,引例1,2に記載された発明,及び,周知の技術事項に基づ
いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定によ
り特許出願の際独立して特許を受けることができないものである 。
」
第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
審決は,本願補正発明と引用発明との一致点の認定を誤り(取消事由1 ),相違
点を看過し(取消事由2),また,本願補正発明の作用効果を看過したものである
(取消事由3)から,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願補正発明と引用発明との一致点の認定の誤り)
審決は,本願補正発明と引用発明とは,「同形の4個のビンの軸線が僅間隔に立
て位置決めし,突起部を頂部がほぼ正四角形をなすよう上面に周設・・・する硬質
合成樹脂からなるマルチ・パック具」である点で一致する,と認定している。
しかし,引例1には,「缶」についての記載はあるものの,「ビン」については全
く記載されていない。缶は,金属,特にブリキ製の容器を表し,食品などを入れて
腐敗を防ぎ,長く貯える目的で使用するものであるのに対し,ビンは,口が小さく
液体を入れる器物を表すものであって,両者は,形状,構造,使用の形態等を異に
するものである。しかるに,審決は,引例1にはビンについて全く記載されていな
いにもかかわらず,本願補正発明と引用発明とは共にビンに関するマルチ・パック
具である点で一致すると認定するものであり,同認定は誤りである。
なお,被告は ,缶とビンとは容器である点で同じであると主張するが,容器には,
壺,樽,桶,水差し,皿,碗等も含まれるのであって,このように異なる概念であ
るものを同一視して一致点の認定を行うことは誤りである。
2 取消事由2(本願補正発明と引用発明との相違点の看過等)
引例1には,缶を容器底部で受け入れ,その自重を容器底部で保持するという構
造が記載されており,底部部分の下方から缶が入ることを阻止するものとなってい
る。これに対して,本願補正発明は,ビンの最上部にある蓋とタブとを掴持装置で
掴持することによりビンを保持するという構造であり,ビンが下方より掴持装置へ
向かって入るものである。このように,本願補正発明と引用発明とは, 容器底部 」
「
の有無,及び,保持手段に関する基本的な構造において相違している。
しかるに,審決は,両発明における上記のような相違点を看過して,引用発明の
「保持支持面6」が,本願補正発明の「蓋掴持部に沿った面」に相当すると認定し
ている。引用発明の「保持支持面6」は,容器底部の近くに位置し,缶の丸い外形
に適合するものであるのに対して,本願補正発明の「蓋掴持部に沿った面」は,蓋
掴持部から離れず,そばに付き従う面であり,両者は,全く異なる位置において,
保持手段として異なる役割を果たすものである。
したがって,審決には,本願補正発明と引用発明との相違点を看過し,両発明の
対比を誤った瑕疵がある。
3 取消事由3(本願補正発明の作用効果の看過)
本願補正発明は,タブ付蓋ビンという,いわば,「新しいビンの蓋」専用のマル
チ・パック具であり,従来技術にない優れた作用効果を有するものであるのに,審
決は,このような作用効果を看過している。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(本願補正発明と引用発明との一致点の認定の誤り)に対して
確かに,引例1には,ビンについての明示的な記載はないものの ,「物品,特に
缶等を・・・受け入れるための・・・容器」と記載されており,対象となる物品を
缶のみに限定したものではない。缶は,ビンと同様に,容器に属するものであるこ
と,引用発明における,パック具と一体の保持支持面からなる部分が缶を保持する
構造は,パック具が缶を保持する構造であるといえること,同形4個のビンをマル
チ・パック具に収容することは周知であること(乙1,2)に照らせば,引例1に
は,「同形の複数の容器が支持されたパック具」が記載されているということがで
きる。
ところで,缶とビンとの構造上の差異についてみると,缶は,ビン容器のような
首部や栓がないため,吊り下げて搬送することが難しく,保持部の上に載せて搬送
するのに適しているのに対し,ビンは,吊り下げて搬送するのに適しているという
点である。そこで引例1をみると,容器底部の表面に対象物を載せることが可能な
だけでなく,容器底部の裏面で対象物を係合できることが記載されている。また,
マルチ・パック具の技術分野において,ビン容器を吊り下げて搬送することは,本
件出願前に周知の技術である(乙3ないし6)。
したがって,当業者であれば,引用発明において,搬送する「物品」としてビン
容器を選択の上 ,ビン容器は吊り下げて搬送することに馴染むという点を考慮して,
本件出願前に周知の技術である,ビン容器を吊り下げて搬送する構成を採用し,引
用発明における容器底部の裏面に引例2に記載の技術を採用することは,容易に想
到し得たことである。缶とビン容器との構造上の差異は,本願補正発明の容易想到
性の有無の判断に影響するものではない。
2 取消事由2(本願補正発明と引用発明との相違点の看過等)に対して
原告は,本願補正発明と引用発明との保持位置及び保持手段に関する相違点を審
決が看過している,と主張する。
しかし,審決は,相違点(a)として,「本願補正発明が,同形4個のビンの軸
線が正四角形で僅間隔に立て位置決めし,上に向かって窄まりタブの位置にある掴
持部が全体で断面J形の柔らかいバネ体を持つタブ部分掴持4装置と,これらの上
に載設した蓋上面が支持部とほぼ同一面を形成するよう蓋自体の下方付近を固いバ
ネ体上部先端で係止する蓋掴持4装置を周設しているのに対して,引例1には同形
4個のビンの軸線が正四角形で僅間隔であるかは定かではなく,かつ,掴持4装置
が設けられていない点」を認定しているのであって,本願補正発明と引用発明とは,
「複数の容器の保持位置及び保持手段」において相違するとしているのであるから,
審決には,原告の主張するような相違点看過の誤りはない。
また,原告は,本願補正発明と引用発明との対比の誤りについても主張するが,
両発明は,同形の複数の容器を支持するマルチ・パック具である点において一致す
るものであり,引用発明における保持支持面6a,6b,6cからなる部分が缶を
保持する構成と,本願補正発明におけるタブ部分掴持4装置と蓋掴持4装置とから
なる部分がタブ付蓋ビンを保持する構成とが対応する関係にあるのであるから,審
決の認定に誤りはない。
3 取消事由3(本願補正発明の作用効果の看過)に対して
本願補正発明の作用効果は,引例1及び2の記載から当業者が予測できる範囲内
のものであるから,審決には作用効果の看過はない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本願補正発明と引用発明との一致点の認定の誤り)について
(1) 審決は,本願補正発明と引用発明とは ,「同形の4個のビンの軸線が僅間隔
に立て位置決め・・・する硬質合成樹脂からなるマルチ・パック具」である点で一
致すると認定する。
しかし,引用発明は,「物品,特に缶の容器底部及び収容部分で受け入れるため
の・・・容器」(甲3,特許請求の範囲の請求項1)であって,引例1には,その
対象となる「物品」が「ビン」であってもよいとする記載はない。
「缶」は「金属製の円筒状の容器」を意味する語であり ,「ビン」は「陶・ガラ
ス・金属などで製し,主に液体を入れる器」を意味する語である(広辞苑第五版)。
両者は,共に「容器」である点では共通するものの ,「缶」は,円筒状であって,
通常はビン容器のような首部がないため,吊り下げて搬送することが困難であるの
に対して,「ビン」は,様々な形状のものがあるものの通常は首部を有するため,
吊り下げて搬送するのに適しているという特徴を有する。
本願補正発明及び引用発明は,いずれも,物品を収容,搬送するマルチ・パック
具に関するものであり,対象物品が吊り下げて搬送するのに適しているものか否か
という相違は無視することのできないものであるから,審決が,この相違について
特段の考慮をすることなく,引用発明は「ビン」に関するマルチ・パック具である
と認定したことは,その限りにおいて誤りである。
(2) しかしながら,審決は,本願補正発明と引用発明との相違点(a)として,
「本願補正発明が,・・・タブの位置にある掴持部が全体で断面J形の柔らかいバ
ネ体を持つタブ部分掴持4装置と,・・・蓋自体の下方付近を固いバネ体上部先端
で係止する蓋掴持4装置を周設しているのに対して,引例1には・・・掴持4装置
が設けられていない点」を認定しているのである。
本願補正発明にいう「タブ部分掴持4装置」及び「蓋掴持4装置」とは,タブ付
蓋ビンのタブ部分及び蓋部分を掴持するためのもの,すなわち,ビンを吊り下げる
ための装置である。そうすると,審決は,相違点として,本願補正発明がビンのタ
ブ部分及び蓋部分を掴持することによってビンを吊り下げる構成を有しているのに
対し,引用発明はこのような構成を有していないと認定していることになり ,かつ,
審決は,これを前提に相違点についての判断をしているものである。
したがって,審決には上記(1)のような認定の誤りがあるとしても ,この誤りは,
その相違点の認定,ひいては審決の結論に影響を及ぼさないものであり,審決の取
消事由とはならないものであるから,原告の主張する取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(本願補正発明と引用発明との相違点の看過等)について
(1) 原告は,審決が,本願補正発明と引用発明における容器の保持構造(物品
を掴持装置で掴持するか否か)に関する相違点を看過している,と主張する。
しかし,前記1のとおり,審決は,両発明の保持構造の相違に関して,相違点 a)
(
を認定しているのであるから,この点に関して審決に相違点の看過があったという
ことはできない。
(2) また,原告は,審決が ,引用発明の「保持支持面6」を本願補正発明の「蓋
掴持部に沿った面」に相当すると認定しているのは誤りである,と主張する。
しかし,引用発明の「保持支持面6」は,物品(缶)を保持する面を意味するも
のであり,本願補正発明の「蓋掴持部に沿った面」も,物品(ビン)を保持する面
を意味するものであると解される。したがって,引用発明の「保持支持面6」と本
願補正発明の「蓋掴持部に沿った面」とは,共に,物品を側面から保持するための
面である点で共通しているから,両者が対応するものとした審決の認定に,誤りは
ない。
なお,原告は,引用発明の「保持支持面6」が缶を保持する構造と,本願補正発
明の「蓋掴持部に沿った面」がビンを保持する構造とは異なるから,両者が対応す
るものとすることは誤りであると主張するが,このような両者の保持構造の相違に
ついては,審決が相違点(a)として認定していることは,前記のとおりであるか
ら,原告の主張は採用することができない。
(3) さらに,原告は,引用発明のマルチ・パック具が「底部」を備えるもので
あるのに対して本願補正発明には「底部」が設けられていない点を相違点として認
定すべきであるのに,審決はこれを看過したと主張するが,この点も,本願補正発
明と引用発明における保持構造の相違に帰着するものであるから,審決には相違点
看過の誤りはない。
もっとも,原告の主張は,単に相違点の看過を指摘するものではなく,本願補正
発明とは全く異なる保持構造を有する引用発明を出発点として本願補正発明に至る
ことは容易ではないとして,相違点(a)に関する審決の判断の誤りをも審決取消
事由として主張するものであると解することもできるので,以下,この点について
も検討する。
ア 引例1には,次の記載がある(甲3)。
「図4は受け入れられた缶と下方の積重層の容器と共に容器の一部を通した断面図である。
図5は改変された実施態様の,図4に近似する図である 。(3頁右上欄10行∼12行)
」
「・・・下方向に突出するウェブ,好ましくは環状ウェブ14は容器の底側面へ形成され,
そのウェブは缶の環状ビーズに適合されるということが図4,5から見ることができる。図4
による実施態様において,各区画室はウェブ14がその下方の缶位置の環状ビーズ15の内側
又は別法として外側に係合し,その結果中心合わせ及び確実な積み重ね接続が結果として生ず
る。ここにおいて,容器底部を強化するためには図4から見られるべき,断面形状の態様で配
列された強化リブ16は容器底部に設けられる 。缶の負荷減少もまたそれを通して行なわれる 。
図5による実施態様においてもまた,下方の積重層の缶に容器底部が入り込み係合することを
見ることができ,その中でビーズ溝17を有するリング形状のウェブ14はその下方に配列さ
れた缶に係合する 。(4頁左上欄2行∼14行)
」
以上の記載によれば,引例1には,マルチ・パック具の底部に缶を載せ,保持支
持面でこれを保持するにとどまらず,複数のマルチ・パック具を用いて缶を何段か
に積み重ねる場合に,マルチ・バッグ具の底部裏面にウェブを備えて缶の環状ビー
ズと適合するようにし,下方の積重層の缶にマルチ・パック具の底部が入り込み係
合することが記載されている。
イ 次に,引例2には ,「ビール又はジュース等のビン容器を多数把持して運
搬するための搬送具」において ,「ビンの王冠部を介してビンを着脱自在に吊り下
げ得るように」するための技術に関して,次の記載がある(甲4)。
「本考案を図示の実施例によって具体的に説明すると,第1図ないし第3図において,1は
合成樹脂又は金属を材料として形成した上部素材にして,全体として矩形に形成される。2は
素材1に多数配設した円形の凹陥部にして,その内部には環状の座板3を設けると共に,中央
部には截頭円錐形の凸出部4を形成し,裏面に受け穴5を設ける。6は前記受け穴5の下部端
縁である。(1頁右欄3行∼10行)
」
「第2図及び第3図に示すように,まずビンBの首部を下部素材7のリング8内に挿入する
とともに,上部素材1の受け穴5を前記リング8に嵌合せしめてビンBの首部を弾性的に締め
つける。すなわち第3図でわかるようにビンの王冠部Cは,リング8の上部先端に係止され,
しかもビンの形状に馴染んだ形でビンの首部が固定できるから,ビンの動揺に対してもビンが
搬送具から落下することなく確実に保持されるのである 。(1頁右欄24行∼32行)
」
上記記載によれば,引例2には,ビール又はジュース等のビンの首部の形状に合
致した受け穴形状の保持機構を複数個有するビン吊り下げ型の合成樹脂製容器搬送
具であって,ビンの首部をリング8の内周面において弾性的に固定し,王冠をリン
グ8の上部先端で係止して掴持してビンを確実に保持搬送することが可能な搬送具
の発明が記載されているものと認められる。
ウ 以上のとおり,引例1には,マルチ・パック具の底部裏面に缶を係合する構
造が示されているところ,引用発明を缶ではなくビンの保持のために用いるに当た
り,その保持構造をビンに適したものとすることは,当業者が当然考慮すべき事項
であるから,引例1に記載されているような係合の構造に代えて,引例2に記載さ
れているような,ビンの首部を弾性的に締めつけ,吊り下げて搬送することのでき
る構造(同技術は,本件出願前において当業者に周知である 。 を採用することは,
)
当業者であれば容易に想到し得ることである。
そして,前記判示のとおり,引例2には,ビンの首部の形状に合致した受け穴形
状の保持機構を備えた合成樹脂製容器搬送具が開示され,ビンの首部を内側に向
かって鉤状の形状をしたリング8の上部先端に係止することが示されているのであ
る。そうであれば,マルチ・パック具に収容する物品を,引例2のような王冠部を
有するビンではなく,本願補正発明のような周知のタブ付蓋ビンとする場合に,ビ
ンの首部の形状に合わせ,「タブの位置にある掴持部が全体で断面J形の柔らかい
バネ体を持つタブ部分掴持4装置と,これらの上に載設した蓋上面が支持部とほぼ
同一面を形成するよう蓋自体の下方付近を固いバネ体上部先端で係止する蓋掴持4
装置」との構成にすることは,当業者が適宜採用し得る設計事項にすぎないという
べきである。
そうすると,審決が,本願補正発明の「タブの位置にある掴持部が全体で断面J
形の柔らかいバネ体を持つタブ部分掴持4装置と,これらの上に載設した蓋上面が
支持部とほぼ同一面を形成するよう蓋自体の下方付近を固いバネ体上部先端で係止
する蓋掴持4装置」との構成について,引例2記載の発明との具体的な対比を行う
ことなく,「この首部に受け穴に着脱自在に嵌合させ弾性的に締め付ける機構を参
照にして」との理由から容易想到であると判断した点は,その説示として十分とは
いえないが,結論的には,審決が,相違点(a)につき,引用発明のマルチ・パッ
ク具に引例2に示されている周知の技術を適用することにより,容易に想到し得る
ものであると判断したことに誤りはないことになる。
(4) 以上のとおりであるから,原告の主張する取消事由2は,理由がない。
3 取消事由3(本願補正発明の作用効果の看過)について
本願補正発明の作用効果として本願明細書に記載されているもの(上記「第2
事案の概要」参照。)は,引例2に記載されているような周知の技術においても,
既に作用効果として現れているものであって,本願補正発明の構成を採用したこと
により当業者が予測し得なかった顕著な作用効果が生じたとは到底いえないもので
ある。
原告は,本願補正発明はタブ付蓋ビンという新しいビンの蓋に関するものである
から,従来技術にない優れた作用効果を有するものであると主張するが,マルチ・
パック具に収容する物品を何にするかということは,当業者が適宜に選択し得る事
項であり,前記2のとおり,本願補正発明は,マルチ・パック具に収容する物品と
してタブ付蓋ビンを選択したことから,ビンの形状に合わせた設計が採用されたも
のにすぎず,本願補正発明がタブ付蓋ビンに関するものであることをもって従来技
術にはない作用効果が生じたとすることはできない。
したがって,原告の主張する取消事由3は,理由がない。
4 結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
高 野 輝 久
裁判官
佐 藤 達 文
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