平成17(行ケ)10787審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成18年11月29日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官中嶋誠 原告スパンションエルエルシー
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対象物 |
メモリセル,プログラミング禁--2止の方法,及びプログラミングの方法 |
法令 |
特許権
特許法29条2項3回
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キーワード |
刊行物71回 実施29回 審決29回 優先権8回 進歩性1回
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主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
本件は,拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事
案である。 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10787号 審決取消請求事件
平成18年11月29日判決言渡,平成18年10月25日口頭弁論終結
判 決
原 告 スパンション エルエルシー
訴訟代理人弁理士 片山修平,横山照夫,高林芳孝,八田俊之,菊地挙人
被 告 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 長谷山健,松本邦夫,河合章,立川功,田中敬規
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が不服2003−7236号事件について平成17年6月28日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本件は,拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事
案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) アドバンスト・マイクロ・ディバイシズ・インコーポレイテッド及び富士
通株式会社は,平成10年4月10日(パリ条約に基づく優先権主張1997年
(平成9年)9月30日,米国),発明の名称を「メモリセル,プログラミング禁
-1 -
止の方法,及びプログラミングの方法」とする特許出願(請求項の数17)をした
ところ(甲2),平成14年12月27日付けの拒絶査定を受けたので,平成15
年4月28日,拒絶査定に対する審判を請求し(不服2003−7236号事件と
して係属),さらに,同年5月28日付け手続補正書により明細書を補正した(甲
3,以下「本件補正」という。)。
(2) 原告(旧名称ファスル・エル・エル・シー)は,上記特許を受ける権利
(各持分の全部)の譲渡を受け,平成16年6月25日,その旨を特許庁長官に届
け出た(甲14,15)。
(3) 特許庁は,平成17年6月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし,同年7月12日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の請求項1の記載(本件補正後のもの,請求項2以下の記載
を省略)
【請求項1】 メモリセル(401,402)であって,
NAND列を形成するように直列に接続された複数のデータ記憶トランジスタ
(407,408)であって,ドレインを有する最初のデータ記憶トランジスタと
ソースを有する最後のデータ記憶トランジスタとを有し,各データ記憶トランジス
タが,トンネル酸化物層厚さを有するトンネル酸化物層によってチャネルから分離
されたフローティングゲート(409,410)を有している,前記複数のデータ
記憶トランジスタと,
ソース(412),ドレイン(411),ゲート(414)及びチャネル(50
8)を有し且つ正のしきい電圧を有する直列選択トランジスタ(403,405)
であって,該ドレインが,前記最後のデータ記憶トランジスタのソースに接続さ
れ,該ゲートが,前記トンネル酸化物層厚さと同じ厚さを有する直列選択酸化物層
によってチャネルから分離されている,前記直列選択トランジスタと,
ソース(501),ドレイン(412),ゲート(415)及びチャネルを有し
且つ前記正のしきい電圧を有するソース選択トランジスタ(404,406)であ
-2 -
って,該ドレインが,前記直列選択トランジスタのソースに接続され,該ゲート
が,前記トンネル酸化物層厚さと同じ厚さを有するソース選択酸化物層によってチ
ャネルから分離されている,前記ソース選択トランジスタとを備え,
前記各選択トランジスタのゲートが,互いに電気的に短絡された2層の多結晶シ
リコンによって形成されていることを特徴とするメモリセル。
3 審決の理由の要旨
審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件補正後の請求項1に係る
発明(以下「本件発明」という。)は,優先権主張日前に頒布された特開平8−2
55494号公報(甲6,以下「刊行物1」という。)に記載された発明及び周知
技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法2
9条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
(1) 刊行物
刊行物1には,以下の発明(以下「刊行物発明」という。)が記載されている。
「直列接続された複数のメモリセルと,ビット線コンタクト側選択ゲートSG1と,ソース線側選
択ゲートSG2−2及びソース線側選択ゲートSG2−1とを備えたNANDセルであって,
前記NANDセルのドレイン側はビット線コンタクト側選択ゲートSG1を介してビット線に接続
され,前記NANDセルのソース側はソース線側選択ゲートSG2−2,ソース線側選択ゲートSG
2−1を介してソース線に接続されており,
基板に形成されたゲート絶縁膜と,前記ゲート絶縁膜上に形成された浮遊ゲートと,前記浮遊ゲー
ト上に層間絶縁膜を介して形成された制御ゲートとを備えた,前記複数のメモリセルと,
n型拡散層からなるソース・ドレインが形成されたp型基板上にゲート絶縁膜を介して,前記複数
のメモリセルの浮遊ゲート及び制御ゲートと同時に形成された選択ゲートを備えるとともに,前記直
列接続された複数のメモリセルのソースにドレインが接続された前記ソース線側選択ゲートSG2−2
と,
n型拡散層からなるソース・ドレインが形成されたp型基板上にゲート絶縁膜を介して,前記複数
のメモリセルの浮遊ゲート及び制御ゲートと同時に形成された選択ゲート149,1410を備え,
ソースがソース線に接続されるとともに,ドレインが前記ソース線側選択ゲートSG2−2のソース
-3 -
に接続された前記ソース線側選択ゲートSG2−1とを備えたことを特徴とするNANDセル。」
(2) 対比・判断
刊行物発明の「複数のメモリセル」は,データを記憶するための個々の浮遊ゲートを備えたMOS
型トランジスタであり,一方,本件発明の「複数のデータ記憶トランジスタ」もデータを記憶するた
めの個々の浮遊ゲートを備えたMOS型トランジスタであるから,刊行物発明の「複数のメモリセ
ル」は,本件発明の「複数のデータ記憶トランジスタ」に相当する。
刊行物発明においては,「前記NANDセルのドレイン側はビット線コンタクト側選択ゲートSG
1を介してビット線に接続され,前記NANDセルのソース側はソース線側選択ゲートSG2−2,
ソース線側選択ゲートSG2−1を介してソース線に接続されて」おり,即ち,「NANDセル」を
構成する「複数のメモリセル」であって,「ビット線コンタクト側選択ゲートSG1」に接続される
「メモリセル」は,そのドレインが「ビット線コンタクト側選択ゲートSG1」に接続され,一方,
「NANDセル」を構成する「複数のメモリセル」であって,「ソース線側選択ゲートSG2−2」
に接続される「メモリセル」は,そのソースが,「ソース線側選択ゲートSG2−2」に接続される
ことは明らかであるから,刊行物発明は,本件発明の「ドレインを有する最初のデータ記憶トランジ
スタ」及び「ソースを有する最後のデータ記憶トランジスタ」を実質的に備えていることは当業者に
明らかである。
刊行物発明では,「NANDセル」は直列接続された複数のメモリセル,直列接続された複数のメ
モリセルのソースにドレインが接続されたソース線側選択ゲートSG2−2,ソース線にソースが接
続され,ソース線側選択ゲートSG2−2のソースにドレインが接続されたソース線側選択ゲートS
G2−1を備えており,一方,本件発明では,「メモリセル」は「複数のデータ記憶トランジスタ」,
最後のデータ記憶トランジスタのソースにドレインが接続された直列選択トランジスタ,直列選択ト
ランジスタのドレインにソースが接続されたソース選択トランジスタを備えているから,刊行物発明
の「NANDセル」,「ソース線側選択ゲートSG2−2」,「ソース線側選択ゲートSG2−1」は
それぞれ,本件発明の「メモリセル」,「直列選択トランジスタ」,「ソース選択トランジスタ」に
相当する。
刊行物発明の,「ソース線側選択ゲートSG2−1」及び「ソース線側選択ゲートSG2−2」がチ
ャネルを備えることは明らかであり,また,「ソース線側選択ゲートSG2−1」及び「ソース線側
選択ゲートSG2−2」の「選択ゲート」が,本件発明の「直列選択トランジスタ」及び「ソース選
-4 -
択トランジスタ」の「ゲート」に相当することは明らかであって,さらに,「ソース線側選択ゲート
SG2−1」及び「ソース線側選択ゲートSG2−2」の「選択ゲート」が「ゲート絶縁膜」により,
「チャネル」から分離されていることも明らかであるから,刊行物発明の「ソース線側選択ゲートS
G2−2」の「ゲート絶縁膜」及び「ソース線側選択ゲートSG2−1」の「ゲート絶縁膜」は,それ
ぞれ,本件発明の「直列選択酸化物層」及び「ソース選択酸化物層」に相当する。
刊行物発明の「複数のメモリセル」それぞれが,浮遊ゲートの下に「ゲート絶縁膜」を介して基板
にチャネルを形成したものであることは,当業者に明らかであるから,刊行物発明の「複数のメモリ
セル」の「ゲート絶縁膜」は,本件発明の「酸化物層によってチャネルから分離されたフローティン
グゲート」の「酸化物層」に相当する。
よって,両者は,
「メモリセル(401,402)であって,
NAND列を形成するように直列に接続された複数のデータ記憶トランジスタ(407,408)
であって,ドレインを有する最初のデータ記憶トランジスタとソースを有する最後のデータ記憶トラ
ンジスタとを有し,各データ記憶トランジスタが,酸化物層によってチャネルから分離されたフロー
ティングゲート(409,410)を有している,前記複数のデータ記憶トランジスタと,
ソース(412),ドレイン(411),ゲート(414)及びチャネル(508)を有し直列選
択トランジスタ(403,405)であって,該ドレインが,前記最後のデータ記憶トランジスタの
ソースに接続され,該ゲートが,直列選択酸化物層によってチャネルから分離されている,前記直列
選択トランジスタと,
ソース(501),ドレイン(412),ゲート(415)及びチャネルを有しソース選択トラン
ジスタ(404,406)であって,該ドレインが,前記直列選択トランジスタのソースに接続さ
れ,該ゲートが,ソース選択酸化物層によってチャネルから分離されている,前記ソース選択トラン
ジスタとを備える
ことを特徴とするメモリセル。」である点で一致し,以下の各点で相違する。
相違点1
本件発明が,「各データ記憶トランジスタが,トンネル酸化物層厚さを有するトンネル酸化物層に
よってチャネルから分離されたフローティングゲート(409,410)を有している」のに対して,
刊行物発明の「複数のメモリセル」が「基板に形成されたゲート絶縁膜」を備えているが,「ゲー
-5 -
ト絶縁膜」が「トンネル酸化物層」であるか否か明らかでない点。
相違点2
本件発明の「直列選択トランジスタ」が「正のしきい値を有する」のに対して,
刊行物発明の「ソース線側選択ゲートSG2−2」がどのようなしきい値を持つか明らかでない点。
相違点3
本件発明の,「直列選択トランジスタ」の「該ゲートが,前記トンネル酸化物層厚さと同じ厚さを
有する直列選択酸化物層によってチャネルから分離されている」のに対して,
刊行物発明の「ソース線側選択ゲートSG2−2」の「ゲート絶縁膜」の厚さが「トンネル酸化物
層厚さと同じ厚さ」であるか否か明らかでない点。
相違点4
本件発明の「ソース選択トランジスタ」が「正のしきい値を有する」のに対して,
刊行物発明の「ソース線側選択ゲートSG2−1」がどのようなしきい値を持つか明らかでない点。
相違点5
本件発明の,「ソース選択トランジスタ」の「該ゲートが,前記トンネル酸化物層厚さと同じ厚さ
を有する直列選択酸化物層によってチャネルから分離されている」のに対して,
刊行物発明の「ソース線側選択ゲートSG2−1」の「ゲート絶縁膜」の厚さは明らかでない点。
相違点6
本件発明の「直列選択トランジスタ」と「ソース選択トランジスタ」の「各選択トランジスタのゲ
ートが,互いに電気的に短絡された2層の多結晶シリコンによって形成されている」のに対して,
刊行物発明では,「ソース線側選択ゲートSG2−2」及び「ソース線側選択ゲートSG2−1」の
「選択ゲート」が「前記複数のメモリセルの浮遊ゲート及び制御ゲートと同時に形成された選択ゲー
ト」を備えている点。
以下,各相違点について検討する。
相違点1について
刊行物発明においては,「複数のメモリセル」の「ゲート絶縁膜」が,キャリアがトンネル現象に
より通り抜けられる程度の厚さの「トンネル酸化物層」であるとの記載はないものの,刊行物1の0
002段落から0007段落にはNAND型EEPROMの(a)データ書込み動作における,メモリ
セルの制御ゲート及び選択ゲート,ビット線,ドレインへの印加電圧及びそのときの動作,(b)デー
-6 -
タ消去時における,制御ゲート,ビット線,ソース線,選択ゲート,p型ウエル及びn型基板への印
加電圧及びそのときの動作について記載されており,これらのNAND型EEPROMの動作説明か
ら,前記NAND型EEPROMが「書込み」及び「消去」のうち少なくともいずれか一方におい
て,ファウラー・ノルドハイムトンネル電流によりなされることは,当業者に明らかである。
よって,刊行物発明における「複数のメモリセル」の「ゲート絶縁膜」が,トンネル電流を利用し
て,キャリアを浮遊ゲートに蓄積又は浮遊ゲートから抜き去ることで,「書込み」及び「消去」がで
きる程度の厚さであることは,当業者に明らかであるから,刊行物発明の「複数のメモリセル」の
「ゲート絶縁膜」は,本件発明の「トンネル酸化物層厚さを有するトンネル酸化物層」と同等の厚さ
である。仮に,刊行物発明の「複数のメモリセル」の「ゲート絶縁膜」が,本件発明の「トンネル酸
化物層厚さを有するトンネル酸化物層」と同等の厚さでないとしても,NAND型EEPROMにお
いて,トンネル電流を用いて選択ゲートへのキャリアの蓄積及び消去を行うこと,即ち,トンネル酸
化膜を浮遊電極下のゲート絶縁膜として用いることは従来周知であるから,刊行物発明の「複数のメ
モリセル」の「ゲート絶縁膜」を,本件発明の「トンネル酸化物層厚さを有するトンネル酸化物層」
と同等の厚さの酸化膜とすることは,当業者が容易になしえたものである。
相違点2について
刊行物発明のソース線側選択ゲートSG2−1及びソース線側選択ゲートSG2−2は,ソース,ド
レイン,ゲート,及びチャネルを備えており,また,刊行物1の0025段落から0027段落の記
載から,p型基板にソース・ドレインとなるn型不純物領域を形成したものであり,さらに,刊行物
1の0002段落から0007段落のNAND型EEPROMのデータ書込み動作,データ消去及び
データ読出し動作における記載(特に,「データ読出し動作は,選択されたメモリセルの制御ゲート
を0Vとし,それ以外のメモリセルの制御ゲート及び選択ゲートを電源電位V cc(=5V)とし
て,選択メモリセルで電流が流れるか否かを検出することにより行われる。」(0007段落))に
注意。)より,ソース線側選択ゲートSG2−1及びソース線側選択ゲートSG2−2が,正のしきい
値を持つことは,当業者に明らかであるから,この点は,実質的な相違点ではない。
相違点3について
刊行物1の0025段落から0027段落にNANDセルの製造方法が記載され,0026段落の
「メモリセルはそれぞれ,基板11にゲート絶縁膜13を介して浮遊ゲート14(141,142,
・・・,148)を形成し,この上に層間絶縁膜15を介して制御ゲート16(161,162,・
-7 -
・・,168)を形成して,構成されている。」及び0027段落の「NANDセルのドレイン側及
びソース側には,メモリセルの浮遊ゲート,制御ゲートと同時に形成された選択ゲート149,16
9及び1410,1610がそれぞれ設けられている。」との記載を参照すると,仮に,「ソース線側
選択トランジスタ」のゲート絶縁膜と,「メモリセル」のゲート絶縁膜との厚さを異なるものとする
ための工程,即ち,「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜を形成するための別の工程が必要であ
るが,上記0026段落の記載には,「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜を,「メモリセル」
のゲート絶縁膜とは異なる工程で形成することは記載されておらず,上記0027段落の記載には,
「NANDセルのドレイン側及びソース側には,メモリセルの浮遊ゲート,制御ゲートと同時に形成
された選択ゲート149,169及び1410,1610がそれぞれ設けられている。」と記載されて
いることより,0025段落から0028段落及び図2,3に記載された実施例においては,「ソー
ス線側選択ゲート」のゲート絶縁膜は,「メモリセル」のゲート絶縁膜と同時に形成されたとするの
が妥当である。
したがって,「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜の厚さは,「メモリセル」のゲート絶縁膜
の厚さと同等であることは実質的に記載されている。
さらに,ゲート絶縁膜としてゲート酸化膜を用いることは,従来周知である。
よって,刊行物発明の「ソース線側選択ゲートSG2−2」の「ゲート絶縁膜」の厚さが「トンネ
ル酸化物層厚さと同じ厚さ」であるか否か明らかでないものの,「ソース線側選択ゲート」のゲート
絶縁膜は,「メモリセル」のゲート絶縁膜と実質的に同じ厚さ,即ち,「トンネル酸化物層厚さを有
するトンネル酸化物層」と同等の厚さとすることが実質的に記載されているか,または,仮にこの点
が,刊行物1に記載されていないとしても,「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜を,「トンネ
ル酸化物層厚さを有するトンネル酸化物層」と同等の厚さとすることは,当業者が容易になしえたも
のである。
さらに,刊行物1の0028段落には,「なお,選択ゲート149,1410と基板11との間の
ゲート絶縁膜13をメモリセル部のゲート絶縁膜よりも厚く形成して,その信頼性を高めるようにし
てもよい。」と記載されており,「ゲート絶縁膜13をメモリセル部のゲート絶縁膜よりも厚く形成
して,その信頼性を高めるようにしてもよい。」という記載を,日本語として解釈する際に,「より
も厚く形成して,その信頼性を高めるようにしてもよい。」を反対解釈すると,「選択ゲート14
9,1410と基板11との間のゲート絶縁膜」は「メモリセル部のゲート絶縁膜」と「同程度」ま
-8 -
たは「より薄い」のであって,「メモリセル部のゲート絶縁膜」の厚さが,トンネル酸化膜程度の厚
さであるから,その厚さ「より薄い」ということは,NANDセルの動作を考慮すると現実的でな
く,結局,「選択ゲート149,1410と基板11との間」の「ゲート絶縁膜」は「メモリセル部
のゲート絶縁膜」と「同程度」の厚さと解するのが妥当である。
よって,「選択ゲート149,1410と基板11との間のゲート絶縁膜」は,トンネル酸化膜と
同程度の「メモリセル部のゲート絶縁膜」と同程度の厚さであって,相違点3は,実質的な相違点で
はない。
相違点4について
相違点4は,刊行物発明の「ソース線側選択ゲートSG2−1」のしきい値についてのものである
が,「ソース線側選択ゲートSG2−1」が「ソース線側選択ゲートSG2−2」と同時に形成される
ことは,刊行物1の0023段落から0027段落及び0089段落から0090段落の記載及び図
2,図3(a),(b),図23,図24から当業者に明らかであるから,「ソース線側選択ゲート
SG2−1」のしきい値は「ソース線側選択ゲートSG2−2」のしきい値と同等であって,相違点4
は,「相違点2について」において検討したとおりである。
相違点5について
相違点5は,「ソース線側選択ゲートSG2−1」の「ゲート絶縁膜」の厚さについてのものであ
るが,「ソース線側選択ゲートSG2−1」が「ソース線側選択ゲートSG2−2」と同時に形成され
ることは,刊行物1の0023段落から0027段落及び0089段落から0090段落の記載及び
図2,図3(a),(b),図23,図24から当業者に明らかであるから,「ソース線側選択ゲー
トSG2−1」の「ゲート絶縁膜」の厚さは,「ソース線側選択ゲートSG2−2」の「ゲート絶縁
膜」の厚さと同等であって,相違点5は,「相違点3について」において検討したとおりである。
相違点6について
EEPROMの選択トランジスタのゲート電極を,電気的に短絡された2層の多結晶シリコン層に
より形成することは,特開平2−1176号公報(本訴甲7)の第1図から第4図及び3頁右下欄9
行から4頁右下欄17行(特に,「第1層多結晶シリコン膜4」,「第2層多結晶シリコン膜7」及
び「選択トランジスタの積層ゲート電極42,72」に注意。),特開平5−291587号公報
(本訴甲8)の図8及び,0005段落と0009段落(特に,「第3の多結晶シリコン9」,「第
4の多結晶シリコン10」に注意。)及び,特開平8−17949号公報(本訴甲9)の図4及び,
-9 -
0072段落から0076段落(特に「多結晶シリコン膜からなるゲート電極12」に注意。)に記
載されるように従来周知の技術的事項であるから,刊行物発明の「ソース線側選択ゲートSG2−2」
及び「ソース線側選択ゲートSG2−1」の「前記複数のメモリセルの浮遊ゲート及び制御ゲートと
同時に形成された選択ゲート」において,浮遊ゲートと制御ゲートを絶縁物を介することなく直接接
触させるか,浮遊ゲートと制御ゲートとの間に介在させた絶縁物にコンタクトホールを形成すること
により浮遊ゲートと制御ゲートを導電的に接続するとともに,「ソース線側選択ゲートSG2−2」
及び「ソース線側選択ゲートSG2−1」の「浮遊ゲート」及び「制御ゲート」のそれぞれに,ゲー
ト電極として従来周知の材料である多結晶シリコンを用いることにより,「選択ゲート」を,本願発
明の如く,「互いに電気的に短絡された2層の多結晶シリコンによって形成され」たものとすること
は,当業者が容易になしえたものである。
よって,本件発明は,刊行物1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をす
ることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(3) 審決のむすび
以上のとおりであるから,本件は,請求項2ないし17に係る発明については検討するまでもな
く,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
第3 当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由
(1) 取消事由1(相違点3の判断の誤り)
審決は,本件発明と刊行物発明との相違点3について,「「選択ゲート14 9 ,
14 10 と基板11との間のゲート絶縁膜」は,トンネル酸化膜と同程度の「メモ
リセル部のゲート絶縁膜」と同程度の厚さであって,相違点3は,実質的な相違点
ではない。」と判断したが,以下のとおり誤りである。
ア 審決は,「0025段落から0028段落及び図2,3に記載された実施例
においては,「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜は,「メモリセル」のゲー
ト絶縁膜と同時に形成されたとするのが妥当である。」として,「「ソース線側選
択ゲート」のゲート絶縁膜の厚さは,「メモリセル」のゲート絶縁膜の厚さと同等
であることは実質的に記載されている。」と判断した。
(ア) 「0025段落から0028段落及び図2,3に記載された実施例」と
は,刊行物発明から「ソース線側選択ゲートSG 2−2 」を除き,「ソース線側選
択ゲート」を1つとした構成の発明として捉えたもの(以下「刊行物実施例発明」
という。)であるところ,以下のように,本件発明の優先権主張日における当業者
の技術常識によれば,選択トランジスタのゲート酸化膜をメモリセルのゲート絶縁
膜の膜厚より厚く形成していたことは明らかである。
a 特開平8−78551号公報(甲10)について
特開平8−78551号公報の段落【0003】ないし【0022】,図30な
いし45に記載された発明(以下「甲10発明」という。)と刊行物実施例発明と
は,いずれも,同じ構造を有するNANDセルであって,データ書込み動作の際に
は,選択トランジスタの選択ゲートに10V程度が印加され,メモリセルの制御ゲ
ートに20V程度が印加され,データ消去動作の際には,メモリセルの制御ゲート
に0Vが印加され,基板に20Vが印加される。
そして,特開平8−78551号公報の段落【0010】には,「このような構
成によれば,通常メモリセルには書込みあるいは消去を行うためトンネル電流を流
すのに十分な薄さの酸化膜(通常10nm程度)を半導体基板と電荷蓄積領域の間
に設ける。選択トランジスタのゲート酸化膜は通常のトランジスタ動作を行うので
トンネル現象の起こらない,つまりトンネル電流が流れない程度の厚い酸化膜が必
要である。例えば,書込み動作時の選択トランジスタのゲート電圧が10Vとすれ
ば選択トランジスタ(SG)のゲート酸化膜厚は30nm程度必要である。」との
記載があるから,刊行物実施例発明と同じNANDセル構造において,データ書込
み動作及びデータ消去動作の際は,選択トランジスタのゲート絶縁膜はメモリセル
のゲート絶縁膜より厚いことが必要である。
b 特開平7−230695号公報(甲11)について
特開平7−230695号公報の段落【0002】ないし【0008】,図23
に記載された発明(以下「甲11発明」という。)と刊行物実施例発明とは,いず
れも,同じ構造を有するNANDセルであって,データ書込み動作の際には,選択
トランジスタの選択ゲートに10V程度が印加され,メモリセルの制御ゲートに2
0V程度が印加される,データ消去動作の際には,メモリセルの制御ゲートに0V
が印加され,基板に20Vが印加され,また,選択トランジスタの選択ゲートに2
0Vが印加される。
そして,特開平7−230695号公報の段落【0008】には,「上記構成で
は,消去及び書込み時に,高電圧Vpp(20V)と,0VとVppの中間電圧Vm
(10V)の2種類の高電圧が選択トランジスタのゲート酸化膜にかかる。そのた
め,メモリセルアレー内で選択トランジスタにおけるゲート酸化膜とメモリセルの
トンネル酸化膜を作り分け」るとの記載があるから,刊行物実施例発明と同じNA
NDセル構造において,データ書込み動作及びデータ消去動作の際は,選択トラン
ジスタのゲート絶縁膜をメモリセルのトンネル絶縁膜に比べ厚く形成することが必
要である。
c 特開平8−64700号公報(甲12)について
特開平8−64700号公報の段落【0039】ないし【0069】,図1ない
し14に記載された発明(以下「甲12発明」という。)と刊行物実施例発明と
は,いずれも,同じ構造を有するNANDセルであって,データ書込みの際には,
選択トランジスタの選択ゲートに10V程度が印加され,メモリセルの制御ゲート
に20V程度が印加され,データ消去動作の際には,メモリセルの制御ゲートに0
Vが印加され,基板に20Vが印加される。
そして,特開平8−64700号公報の段落【0061】には,「第1ポリSi
直下の酸化膜厚(SGは∼25nm,一方CGは∼10nm)」との記載があり,
選択トランジスタのゲート酸化膜厚がメモリセルのゲート酸化膜厚より厚いことが
示されているから,刊行物実施例発明と同じNANDセル構造において,データ書
込み動作及びデータ消去動作の際は,選択トランジスタのゲート酸化膜厚がメモリ
セルのゲート酸化膜厚より厚く形成されているものである。
d 上記aないしcによると,刊行物実施例発明と同じNANDセルにおいて,
データ書込み動作及びデータ消去動作において,①メモリセルのゲート絶縁膜は,
データ書込み動作時には制御ゲートに20V程度を印加し,データ消去動作時には
制御ゲートに0V,基板に20Vを印加した状態でトンネル現象が生ずるような薄
さが必要であり,②選択トランジスタのゲート絶縁膜は,データ書込み動作時には
選択ゲートに10V程度が印加されてもトンネル現象が起こらない厚さが必要であ
る。
このように,選択トランジスタのゲート絶縁膜をメモリセルのゲート絶縁膜の膜
厚より厚く形成する必要があることは,本件発明の優先権主張日における当業者の
技術常識であるから,刊行物実施例発明において,選択トランジスタのゲート酸化
膜をメモリセルのゲート絶縁膜の膜厚より厚く形成していたことは明らかである。
(イ) 上記(ア)のとおり,本件発明の優先権主張日における当業者の技術常識によ
れば,刊行物実施例発明において,選択トランジスタのゲート酸化膜をメモリセル
のゲート絶縁膜の膜厚より厚く形成していたのであるから,そのために,選択トラ
ンジスタのゲート酸化膜とメモリセルのゲート絶縁膜とが別に形成されていたこと
は明らかである。
(ウ) そうであれば,「0025段落から0028段落及び図2,3に記載され
た実施例においては,「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜は,「メモリセ
ル」のゲート絶縁膜と同時に形成されたとするのが妥当である。」とした審決の判
断は誤りであり,これを前提として,「「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜
の厚さは,「メモリセル」のゲート絶縁膜の厚さと同等であることは実質的に記載
されている。」とした審決の判断も誤りである。
イ 審決は,刊行物1の段落【0028】に,「なお,選択ゲート14 9,14
10 と基板11との間のゲート絶縁膜13をメモリセル部のゲート絶縁膜よりも厚
く形成して,その信頼性を高めるようにしてもよい。」との記載があることから,
「結局,「選択ゲート14 9 ,14 10 と基板11との間」の「ゲート絶縁膜」は
「メモリセル部のゲート絶縁膜」と「同程度」の厚さと解するのが妥当である。」
と判断した。
上記ア(ア)のとおり,本件発明の優先権主張日における当業者の技術常識によれ
ば,刊行物実施例発明において,選択トランジスタのゲート酸化膜をメモリセルの
ゲート絶縁膜の膜厚より厚く形成していたのであるから,選択トランジスタのゲー
ト絶縁膜とメモリセルのゲート絶縁膜とが同程度の厚さと解釈することは,当業者
の技術常識に反する。なお,刊行物1の上記記載は,信頼性を高めるため,「選択
ゲート14 9 ,14 10 と基板11との間のゲート絶縁膜13をメモリセル部のゲ
ート絶縁膜よりも厚く形成」することを述べているにすぎない。
そうであれば,「結局,「選択ゲート14 9 ,14 1 0 と基板11との間」の
「ゲート絶縁膜」は「メモリセル部のゲート絶縁膜」と「同程度」の厚さと解する
のが妥当である。」とした審決の判断は誤りである。
(2) 取消事由2(相違点5の判断の誤り)
審決は,「「ソース線側選択ゲートSG 2−1 」の「ゲート絶縁膜」の厚さは,
「ソース線側選択ゲートSG 2−2 」の「ゲート絶縁膜」の厚さと同等であって,
相違点5は,「相違点3について」において検討したとおりである。」と判断し
た。
上記(1)のとおり,相違点3についての判断は誤りであるから,同様に,審決の
この判断は誤りである。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(相違点3の判断の誤り)に対して
ア 「「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜の厚さは,「メモリセル」のゲ
ート絶縁膜の厚さと同等であることは実質的に記載されている。」との判断につい
て
(ア) 審決は,本件発明と刊行物発明の一致点として,「複数のデータ記憶トラ
ンジスタ」のソースに順次直列接続された「直列選択トランジスタ」及び「ソース
選択トランジスタ」の2つの「選択トランジスタ」を備える「メモリセル」として
認定しており,このことは,原告も争わない。そうすると,「ソース線側選択ゲー
ト」を1つとした構成の刊行物実施例発明は,本件発明と刊行物発明との相違点の
判断の検討対象ではないから,刊行物実施例発明を検討対象とする原告の主張は,
そもそも失当である。
(イ) 以下のように,原告が主張する技術常識を説明する根拠として甲10ない
し12を用いることはできないし,仮に原告が主張する技術常識があるとしても,
これは特定のデータ書込み動作及びデータ消去動作を前提とするもので,それ以外
の動作において,「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜を「メモリセル」のゲ
ート絶縁膜より厚く形成することが明らかであるとはいえないところ,本件発明の
「メモリセル」において,動作に関する限定は一切ないから,本件発明の進歩性判
断に際しては特定の動作に拘束されない。
a 特開平8−78551号公報(甲10)について
(a) 段落【0005】には,「選択されたセルの制御ゲート」,「非選択セル
の制御ゲート」及び「ビット線」に印加する電圧が記載されているだけ,選択ゲー
トのゲート電圧については記載がない。
(b) NAND型メモリセル構造において,データ書込み動作時には,ソース線
側の選択トランジスタを遮断状態とするためにソース線側の選択トランジスタのゲ
ートには10V程度の中間電位を印加しないことは,当業者であれば技術的に明ら
かであるから,段落【0010】の「書込み動作時の選択トランジスタのゲート電
圧が10Vとすれば選択トランジスタ(SG)のゲート酸化膜厚は30nm程度必
要である。」における「選択トランジスタ」は,ビット線側の選択トランジスタで
ある。
また,製造工程簡略化の観点から,ソース線側の選択トランジスタのゲート酸化
膜厚をメモリセルのゲート酸化膜厚に合わせて同等にしても,NAND型メモリセ
ル構造のゲート酸化膜厚を2種類にできる点で,同程度に製造工程を簡略化できた
ものと判断されるから,ソース側の選択トランジスタのゲート酸化膜厚をビット線
側の選択トランジスタのゲート酸化膜厚に不可避的に合わせる必然性はない。
そうすると,段落【0010】の記載は,ビット線側の選択トランジスタのゲー
ト酸化膜厚が30nm程度必要なことの根拠になり得るとしても,審決が検討対象
としているソース線側の選択トランジスタのゲート酸化膜厚が30nm程度必要な
ことの根拠にはなり得ない。
b 特開平7−230695号公報(甲11)について
(a) 特開平7−230695号公報の段落【0002】ないし【0008】,
図23は,従来技術に関する記載であるところ,段落【0003】には,「従来の
NAND型フラッシュEEPROMのメモリセル」の断面構造については何ら記載
がないにもかかわらず,原告は,【実施例】の図3を根拠なく引用して,複数のメ
モリセル(M1∼M8)及びソース側選択ゲート(SG2)を備える旨の主張をし
ている。
(b) データの書込み動作に関しては,10Vの中間電圧Vmが印加されるのは
ビット線側の選択ゲートであるSG 1 であって,ソース線側の選択ゲートであるS
G2 への印加電圧は0Vであり(段落【0005】),また,データの消去動作に
関しては,基板Wと選択ゲートSGに共に20Vの消去電圧V EE が印加され,選
択トランジスタのゲート酸化膜には電位差が発生しない(段落【0004】)か
ら,段落【0008】の記載は,データ書込み動作時にビット線側の選択トランジ
スタのゲート酸化膜とメモリセルのトンネル酸化膜を作り分けることを意味してい
ると解釈できるのであって,ソース線側の選択トランジスタのゲート酸化膜とメモ
リセルのトンネル酸化膜を作り分けることの根拠にはならない。
また,製造工程簡略化の観点から,ソース線側の選択トランジスタのゲート酸化
膜厚をメモリセルのゲート酸化膜厚に合わせて同等にしても,NAND型メモリセ
ル構造のゲート酸化膜厚を2種類にできる点で,同程度に製造工程を簡略化できた
ものと判断されるから,ソース側の選択トランジスタのゲート酸化膜厚をビット線
側の選択トランジスタのゲート酸化膜厚に不可避的に合わせる必然性はない。
そうすると,段落【0008】の記載は,ビット線側の選択トランジスタのゲー
ト酸化膜とメモリセルのトンネル酸化膜を作り分けることの根拠になり得るとして
も,審決が検討対象としているソース線側の選択トランジスタのゲート酸化膜とメ
モリセルのトンネル酸化膜を作り分けることの根拠にはなり得ない。
c 特開平8−64700号公報(甲12)について
(a) データの書込み動作に関しては,∼10V程度の中間電圧Vmが印加され
るのは,ビット線側の選択ゲートであって,ソース線側の選択ゲートではない(段
落【0005】)から,ソース線側の選択ゲートのゲート酸化膜をメモリセルのゲ
ート酸化膜よりも厚く形成する必然性があることの根拠にはならない。
また,製造工程簡略化の観点から,ソース線側の選択トランジスタのゲート酸化
膜厚をメモリセルのゲート酸化膜厚に合わせて同等にしても,NAND型メモリセ
ル構造のゲート酸化膜厚を2種類にできる点で,同程度に製造工程を簡略化できた
ものと判断されるから,ソース側の選択トランジスタのゲート酸化膜厚をビット線
側の選択トランジスタのゲート酸化膜厚に不可避的に合わせる必然性はない。
そうすると,段落【0005】の記載は,ビット線側の選択ゲートのゲート酸化
膜をメモリセルのゲート酸化膜よりも厚く形成することの根拠になり得るとして
も,審決が検討対象としているソース線側の選択ゲートのゲート酸化膜をメモリセ
ルのゲート酸化膜よりも厚く形成する必然性があることの根拠にはなり得ない。
(b) データ消去動作に関しては,刊行物発明が,「選択ゲート」と「p型ウェ
ル及びn型基板」の両者に20Vを印加している(刊行物1の段落【0006】)
のに対して,甲12発明は,全ての「選択ゲート」に0Vを,「p型ウェル及びn
型基板」に高電圧20Vを印加している(特開平8−64700号公報の段落【0
006】)のであって,刊行物発明のソース線側選択ゲートと甲12発明の選択ゲ
ートとではゲート印加電圧が相違しているから,甲12発明の選択ゲートのゲート
酸化膜をメモリセルのゲート酸化膜よりも厚く形成する必要があったとしても,刊
行物発明のソース線側選択ゲートのゲート絶縁膜をメモリセルのゲート酸化膜より
も厚く形成する必然性があることの根拠にはなり得ない。
(ウ) そうであれば,「0025段落から0028段落及び図2,3に記載され
た実施例においては,「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜は,「メモリセ
ル」のゲート絶縁膜と同時に形成されたとするのが妥当である。」とした審決の判
断に誤りはなく,これを前提として,「「ソース線側選択ゲート」のゲート絶縁膜
の厚さは,「メモリセル」のゲート絶縁膜の厚さと同等であることは実質的に記載
されている。」とした審決の判断にも誤りはない。
イ 「「選択ゲート14 9 ,14 10 と基板11との間」の「ゲート絶縁膜」は
「メモリセル部のゲート絶縁膜」と「同程度」の厚さと解するのが妥当である。」
との判断について
上記ア(イ)のとおり,原告が主張する技術常識は,特定のデータ書込み動作及び
データ消去動作を前提とするもので,それ以外の動作において,「ソース線側選択
ゲート」のゲート絶縁膜を「メモリセル」のゲート絶縁膜より厚く形成することが
明らかであるとはいえない。
そして,刊行物1の段落【0028】の「よりも厚く形成して,その信頼性を高
めるようにしてもよい。」を反対解釈すると,「選択ゲート14 9,14 10 と基
板11との間のゲート絶縁膜」は,「メモリセル部のゲート絶縁膜」と「同程度」
又は「より薄い」ものであるところ,「選択ゲート14 9 ,14 10 」を有するト
ランジスタは,ゲート絶縁膜にトンネル現象を伴わない通常のトランジスタ動作に
よって,それぞれビット線又はソース線との接続の有無を選択する機能を有するの
であって,あえてそのゲート絶縁膜を「メモリセル部のゲート絶縁膜」よりも薄く
形成するという動機はないから,「より薄い」ものが排除されることは,当業者で
あれば技術的に明らかなことである。
そうであれば,「結局,「選択ゲート14 9 ,14 1 0 と基板11との間」の
「ゲート絶縁膜」は「メモリセル部のゲート絶縁膜」と「同程度」の厚さと解する
のが妥当である。」とした審決の判断に誤りはない。
(2) 取消事由2(相違点5の判断の誤り)
上記(1)のとおり,相違点3についての判断に誤りはないから,同様に,「「ソ
ース線側選択ゲートSG 2−1 」の「ゲート絶縁膜」の厚さは,「ソース線側選択
ゲートSG 2−2 」の「ゲート絶縁膜」の厚さと同等であって,相違点5は,「相
違点3について」において検討したとおりである。」とした審決の判断に誤りはな
い。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点3の判断の誤り)について
(1) 刊行物1(甲6)には,次の記載がある。
「【実施例】以下,本発明の実施例を図面を参照して説明する。」(段落【00
23】)
「図2(a)(b)は,メモリセルアレイの一つのNANDセル部分の平面図と
等価回路図であり,図3(a)(b)はそれぞれ図2(a)のA−A′及びB−
B′断面図である。素子分離酸化膜12で囲まれたp型シリコン基板(又はp型ウ
ェル)11に,複数のNANDセルからなるメモリセルアレイが形成されている。
一つのNANDセルに着目して説明すると,この実施例では,8個のメモリセルM
1∼M8が直列接続されて一つのNANDセルを構成している。」(段落【002
5】)
「メモリセルはそれぞれ,基板11にゲート絶縁膜13を介して浮遊ゲート14
(14 1 ,14 2 ,・・・,14 8 )を形成し,この上に層間絶縁膜15を介して
制御ゲート16(16 1 ,16 2 ,・・・,16 8 )を形成して,構成されてい
る。これらのメモリセルのソース・ドレインであるn型拡散層19は,隣接するも
の同士共用する形で接続され,これによりメモリセルが直列接続される。」(段落
【0026】)
「NANDセルのドレイン側及びソース側には,メモリセルの浮遊ゲート,制御
ゲートと同時に形成された選択ゲート14 9 ,16 9 及び1410 ,16 10 がそれ
ぞれ設けられている。素子形成された基板上はCVD酸化膜17により覆われ,こ
の上にビット線18が配設されている。ビット線18はNANDセルの一端のドレ
イン側拡散層19にコンタクトさせている。行方向に並ぶNANDセルの制御ゲー
ト16は,共通に制御ゲート線CG(1),CG(2),・・・,CG(8)とし
て配設されている。これら制御ゲート線はワード線となる。選択ゲート149,1
69 及び1410 ,16 10 もそれぞれ行方向に連続的に選択ゲート線SG 1,SG
2 として配設されている。」(段落【0027】)
「なお,選択ゲート14 9 ,14 10 と基板11との間のゲート絶縁膜13をメ
モリセル部のゲート絶縁膜よりも厚く形成して,その信頼性を高めるようにしても
よい。」(段落【0028】)
(2) 上記(1)の記載によれば,「ソース線側選択ゲートSG 2」を含む選択ゲー
ト14 9 ,16 9 及び14 10 ,1610 は,メモリセルの浮遊ゲート,制御ゲート
と同時に形成される(段落【0027】)ところ,「メモリセルはそれぞれ,基板
11にゲート絶縁膜13を介して浮遊ゲート14(14 1,14 2 ,・・・,14
8 )を形成し,この上に層間絶縁膜15を介して制御ゲート16(16 1 ,16
2 ,・・・,16 8 )を形成して,構成されている。」(段落【0026】)もの
であるから,これらと同時に形成される選択ゲート14 9 ,16 9 及び14 10 ,
16 10 も,そのゲート絶縁膜が同時に形成されるということができる。
また,刊行物(甲6)には,「ソース線側選択ゲートSG 2 」のゲート絶縁膜と
「メモリセル」のゲート絶縁膜とが同時に形成される場合に,それぞれのゲート絶
縁膜の厚さが同じになることについての記載も示唆もないが,半導体ウェハの基本
プロセスとして,絶縁膜である酸化膜を薄膜材料として熱酸化により半導体基板の
上に均一に形成する技術は,当該技術分野において極めて周知である。このこと
は,例えば,特開平8−78551号公報(甲10)の段落【0012】に,メモ
リセルと選択トランジスタのゲート酸化膜の製造工程として,熱酸化により半導体
基板上に均一な薄膜としてのゲート酸化膜を形成することが記載されていることに
照らして明らかである。もっとも,この段落の記載は,メモリセルと選択トランジ
スタのゲート酸化膜厚が異なる場合についての製造工程の説明であって,第1のゲ
ート酸化膜が25nm程度,第2のゲート酸化膜が10nmと異なる厚さに形成す
ることが記載されているものではあるが,その形成は時系列的に別々の過程であ
り,個々の形成過程では,それぞれの厚さのゲート酸化膜を均一に,すなわち,同
じ厚さに形成しているものである(さらに,付け加えるならば,実施例は,選択ト
ランジスタとメモリセルの両者のゲート電極を同様な構造(すなわち,同様の浮遊
ゲートを有する構造)とするものであり(段落【0028】,【0041】),こ
れにより,メモリセルと選択トランジスタに対するゲート絶縁膜は作り分ける必要
がなく(段落【0028】,【0039】),メモリセルと選択トランジスタのゲ
ート部を同時に形成する(段落【0034】,【0039】),すなわち,両者の
ゲート絶縁膜は同一工程になるものであって,このことを参酌すれば,ゲート絶縁
膜を同時に形成することが,その膜厚さを同じにするものであることは明らかであ
る。)。
そして,「なお,選択ゲート14 9 ,14 10 と基板11との間のゲート絶縁膜
13をメモリセル部のゲート絶縁膜よりも厚く形成して,その信頼性を高めるよう
にしてもよい。」(刊行物(甲6)の段落【0028】)というのであるから,
「ソース線側選択ゲートSG 2 」のゲート絶縁膜と「メモリセル」のゲート絶縁膜
とが同時に形成されるということは,それぞれのゲート酸化膜が,均一に,すなわ
ち,同じ厚さになることを意味していると理解することができる。
(3) 原告は,甲10ないし12を援用して,本件発明の優先権主張日における
当業者の技術常識によれば,選択トランジスタのゲート酸化膜をメモリセルのゲー
ト絶縁膜の膜厚より厚く形成していたのであり,そのために,選択トランジスタの
ゲート酸化膜とメモリセルのゲート絶縁膜とは別に形成されていたことは明らかで
あると主張する。
確かに,特開平8−78551号公報(甲10)の段落【0010】には,「こ
のような構成によれば,通常メモリセルには書込みあるいは消去を行うためトンネ
ル電流を流すのに十分な薄さの酸化膜(通常10nm程度)を半導体基板と電荷蓄
積領域の間に設ける。選択トランジスタのゲート酸化膜は通常のトランジスタ動作
を行うのでトンネル現象の起こらない,つまりトンネル電流が流れない程度の厚い
酸化膜が必要である。例えば,書込み動作時の選択トランジスタのゲート電圧が1
0Vとすれば選択トランジスタ(SG)のゲート酸化膜厚は30nm程度必要であ
る。」との記載があり,特開平7−230695号公報(甲11)の段落【000
8】には,「上記構成では,消去及び書込み時に,高電圧Vpp(20V)と,0V
とVppの中間電圧Vm(10V)の2種類の高電圧が選択トランジスタのゲート酸
化膜にかかる。そのため,メモリセルアレー内で選択トランジスタにおけるゲート
酸化膜とメモリセルのトンネル酸化膜を作り分け」るとして,選択トランジスタの
ゲート絶縁膜とメモリセルのトンネル絶縁膜の厚さが相違することが記載され,特
開平8−64700号公報(甲12)の段落【0061】には,「第1ポリSi直
下の酸化膜厚(SGは∼25nm,一方CGは∼10nm)」として,選択トラン
ジスタ(SG)のゲート酸化膜厚がメモリセル制御ゲート(CG)のゲート酸化膜
厚より厚いことが記載されている。
しかし,特開平7−230695号公報(甲11)には,「従来では2種類の高
電圧を扱うためトランジスタの酸化膜質の低下,占有面積増大を招くという欠点が
ある。この発明は上記のような事情を考慮してなされたものであり,その目的は,
書き込み時の中間電圧を不要にし,セルアレー内でゲート酸化膜を作り分ける必要
をなくす・・・」(段落【0009】),「選択ゲートへの制御電圧として書き込
み禁止用の高い電圧(0Vと書き込み電圧Vppの中間の電圧Vm)を用いない。従
って,メモリセルアレー内で従来中間電圧を扱っていた選択ゲートと,メモリセル
トランジスタのゲート酸化膜を作り分ける必要がない。よってプロセス上信頼性の
高いゲート酸化膜を形成することができる。」(段落【0041】)との記載があ
り,これらの記載によれば,選択ゲートへの制御電圧を適宜変更することにより,
メモリセルと選択トランジスタの両者のゲート酸化膜の厚さを同じにできることが
示唆されている。そして,原告が主張(原告の平成18年4月10日付け準備書面
(第2回)の42頁3ないし5行)するように,選択トランジスタのゲート絶縁膜
及びメモリセルのゲート酸化膜の厚さは,動作の際ゲート絶縁膜に印加される電圧
により設計されることが常識であるから,選択ゲートへの制御電圧を適宜に設計す
ることにより,メモリセルと選択トランジスタの両者のゲート酸化膜の厚さを同じ
にできることは,当業者が容易に認識することのできる技術事項である。
そうであれば,本件発明の優先権主張日における当業者の技術常識に照らして
も,選択トランジスタのゲート酸化膜とメモリセルのゲート絶縁膜とが別に形成さ
れていたということはできない。
(4) 以上のとおり,「ソース線側選択ゲートSG 2 」のゲート絶縁膜と「メモ
リセル」のゲート絶縁膜とが同時に形成されることは,それぞれのゲート酸化膜
が,均一に,すなわち,同じ厚さになることを意味していると理解することができ
るのであるから,刊行物実施例発明の1つの選択トランジスタ「ソース線側選択ゲ
ートSG2 」のゲート絶縁膜の厚さが「メモリセル」のゲート絶縁膜の厚さと同等
であることは,刊行物1に実質的に記載されているということができる。
そして,刊行物1には,「これまでは,NANDセル型EEPROMにおいて,
単体NANDセル中のビット線コンタクト側選択ゲート・ソース線側選択ゲートの
本数が共に1本ずつの場合を例に取って説明したが,本発明はこれらの実施例に限
られるものではない。例えば,単体NANDセル中のビット線コンタクト側選択ゲ
ートやソース線側選択ゲートの片方,若しくは両方の本数が2本以上である場合も
有効である。図23∼図30にビット線コンタクト側選択ゲートとソース線側選択
ゲートの両方が複数ある場合の実施例を示す。図23,図24はソース線に隣接し
た選択ゲート(ブロック当たり1本)のみ同電位とする場合の実施例であり,図2
5,図26はソース線を挟む隣接ブロック間で,ソース線側選択ゲートk本を全て
対応するもの同士同電位とする場合の実施例である。また,図27,図28,図2
9,図30はそれぞれ図23,図24,図25,図26において本発明を適用する
選択ゲートをソース線側のものからビット線コンタクト側のものに変えた実施例で
ある。・・・」(段落【0089】,【0090】)との記載があるところ,これ
らの記載によれば,選択ゲートの形成に当たり,ビット線コンタクト側及びソース
線側の片方又は両方の選択ゲートの本数が2本以上の場合においても,共に1本ず
つの場合の「NANDセルのドレイン側及びソース側には,メモリセルの浮遊ゲー
ト,制御ゲートと同時に形成された選択ゲート149,169及び1410 ,16 1
0 がそれぞれ設けられている」(段落【0027】)と同様に,2本以上の選択ゲ
ートがメモリセルの浮遊ゲート,制御ゲートと同時に形成されることは,当業者に
とっては自明の技術事項であると認められる。そうすると,2本のソース線側選択
トランジスタを備えた刊行物発明においても,(2)で述べたところと同様に,本件
発明の「直列選択トランジスタ」に相当する「ソース線側選択ゲートSG 2−2 」
のゲート絶縁膜の厚さが「メモリセル」のゲート絶縁膜の厚さと同等であること
は,刊行物1に実質的に記載されているということができる。
(5) したがって,「「選択ゲート149 ,1410 と基板11との間のゲート絶
縁膜」は,トンネル酸化膜と同程度の「メモリセル部のゲート絶縁膜」と同程度の
厚さであって,相違点3は,実質的な相違点ではない。」とした審決の判断に誤り
はなく,原告主張の取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(相違点5の判断の誤り)について
2本のソース線側選択トランジスタを備えた刊行物発明において,相違点3が一
方の「ソース線側選択ゲートSG 2−2 」を対象としているのに対し,相違点5は
他方の「ソース線側選択ゲートSG 2−1 」を対象としている点が異なるのみで,
相違する技術内容及びこれに対する審決の判断は同様である。
そして,相違点3についての審決の判断に誤りはないから,同様に,「「ソース
線側選択ゲートSG 2−1 」の「ゲート絶縁膜」の厚さは,「ソース線側選択ゲー
トSG 2−2 」の「ゲート絶縁膜」の厚さと同等であって,相違点5は,「相違点
3について」において検討したとおりである。」とした審決の判断にも誤りはな
く,原告主張の取消事由2も,理由がない。
第5 結論
よって,原告の主張する審決取消事由は,いずれも理由がないから,原告の請求
は棄却されるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
高 野 輝 久
裁判官
佐 藤 達 文
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