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平成18(行ケ)10111審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成18年11月22日
事件種別 民事
当事者 被告東海電化工業株式会社
原告AZエレクトロニック
法令 特許権
特許法29条2項1回
キーワード 審決49回
進歩性13回
実施11回
無効9回
無効審判2回
特許権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 本件は,原告が有し,請求項1ないし8からなる後記特許について,被告が 無効審判請求をしたところ,特許庁が請求項1ないし4に係る特許を無効と し,その余の請求項に係る特許を維持する審決をしたことから,原告が無効と された部分の取消しを求めた事案である。

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判決文

平成18年(行ケ)第10111号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成18年11月15日
判 決
原 告 AZエレクトロニック
マテリアルズ株式会社
訴訟代理人弁護士 吉 武 賢 次
同 宮 嶋 学
同 高 田 泰 彦
訴訟代理人弁理士 中 村 行 孝
同 紺 野 昭 男
同 横 田 修 孝
被 告 東海電化工業株式会社
訴訟代理人弁護士 後 藤 昌 弘
同 川 岸 弘 樹
訴訟代理人弁理士 和 気 操
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2005−80136号事件について平成18年2月6日にし
た審決のうち,「特許第3593200号の請求項1ないし4に係る発明につ
いての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が有し,請求項1ないし8からなる後記特許について,被告が
無効審判請求をしたところ,特許庁が請求項1ないし4に係る特許を無効と
し,その余の請求項に係る特許を維持する審決をしたことから,原告が無効と
された部分の取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア スイス連邦に国籍を有するクラリアント インターナショナル リミテ
ッド(以下「クラリアント社」という。)は,平成8年2月7日,名称を
「低金属含率ポリベンゾイミダゾール材料およびその製法」とする発明に
ついて,特許出願(特願平8−21156号)をし,平成16年9月3
日,特許第3593200号として設定登録を受けた(特許公報は甲1
8。以下「本件特許」という。)。原告は,クラリアント社から,本件特
許権を譲り受け,平成17年2月9日その旨の登録がされた。
イ これに対し被告は,平成17年4月27日付けで本件特許の全請求項に
ついて無効審判請求をしたので,特許庁はこれを無効2005−8013
6号事件として審理し,その中で,原告は請求項1について訂正請求(甲
19。以下「本件訂正」という。)をしたが,特許庁は,平成18年2月
6日,「訂正を認める。特許第3593200号の請求項1ないし4に係
る発明についての特許を無効とする。特許第3593200号の請求項5
ないし8に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決を
し,その謄本は平成18年2月16日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件訂正後の請求項1∼4は,次のとおりである(以下,これらの発明
を,順に「本件発明1」∼「本件発明4」という。なお,下線部分は本件訂
正による加入部分である。請求項5∼8は省略。)
【請求項1】
下記の構造式(I)
【化1】
(式中,繰り返し単位を構成する各R1は4価の芳香核であって,窒素原
子によって対称的に置換されており,繰り返し単位を構成する各R2は2
価の基であり,炭素数が2から20までの脂肪族,脂環族および芳香族の
ラジカルの中から選択され,繰り返し単位を構成する各R3は水素原子,
アルキル基およびアリール基等の基(これらの基がさらに他の基で置換さ
れていてもよい)から独立的に選択され,繰り返し単位を構成する各R4
は水素原子,アルキル基およびアリール基等の基(これらの基がさらに他
の基で置換されていてもよい)から独立的に選択され,繰り返し単位を構
成する各Xは直接結合,−O−,−CO−O−等から独立的に選択され
る),または下記の構造式(II)
【化2】
(式中,繰り返し単位を構成する各R5は窒素原子(芳香核の隣接した炭
素原子上で組み合わされているベンゾイミダゾール環を形成している)を
有する芳香核であり,繰り返し単位を構成する各R 6は水素原子,アルキ
ル基およびアリール基等の基(これらの基がさらに他の基で置換されてい
てもよい)から独立的に選択され,繰り返し単位を構成する各Xは直接結
合,−O−,−CO−O−等から独立的に選択される)
で表される,固相重合により製造されるポリベンゾイミダゾール材料であ
って,当該材料中に含まれるアルカリ金属およびアルカリ土類金属を除く
金属の総濃度が10ppm以下であることを特徴とする半導体・表示素子
の製造装置部品用ポリベンゾイミダゾール材料。
【請求項2】
クロム,鉄,ニッケルの総濃度が5ppm以下であることを特徴とする請
求項1に記載した半導体・表示素子の製造装置部品用ポリベンゾイミダゾ
ール材料。
【請求項3】
クロム,鉄,ニッケルの内,少なくとも2種類のそれぞれの濃度が1pp
m以下であることを特徴とする請求項1ないし2に記載した半導体・表示
素子の製造装置部品用ポリベンゾイミダゾール材料。
【請求項4】
ポリベンゾイミダゾール材料が下記の構造式
【化3】
で示される,請求項1または2または3に記載の半導体・表示素子の製造
装置部品用ポリベンゾイミダゾール材料。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりであり,本件発明1∼4を無効と
判断した理由の要点は,次のとおりである。
(ア) 本件訂正は,特許請求の範囲の減縮等を目的としてなされたから適
法である。
(イ) 本件発明1∼4は,下記の各文献に記載された発明(以下,これら
の発明を,「甲10発明」などという。)に基づいて当業者が容易に発
明することができたから,その特許は特許法29条2項に違反してなさ
れたものである。
・ 特開平7−147247号公報(甲10)
・ 特開平7−130828号公報(甲12)
・ 特開平6−135786号公報(甲13)
・ 国際公開第95/02634号公報(甲21。国際公開日平成
7年(1995)1月26日。その公表特許公報[特表平9−
500163]は甲4。)
・ E. J. Powers and G. A. Serad ” History and
Development of Polybenzimidazole” the Symposium
on the History of High Performance Polymers,New
York, American Chemical Society, April 15− 18, 1986
(甲14)
イ なお,審決が認定した本件発明1と甲10発明との一致点,相違点は,
次のとおりである。
・ 一致点
「構造式(I)で表されるポリベンゾイミダゾール材料であって,半
導体・表示素子の製造装置部品用ポリベンゾイミダゾール材料」である

・ 相違点
(あ)「ポリベンゾイミダゾール材料が「固相重合法により製造され
る」ものである」ことが,甲10発明には記載されていない点。
(い)「当該(ポリベンゾイミダゾール)材料中に含まれるアルカリ金
属およびアルカリ土類金属を除く金属の総濃度が10ppm以下で
ある」ことが,甲10発明には記載されていない点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決の判断には次のとおり進歩性の判断を誤った違法があ
るから,取り消されるべきである。
ア 取消事由1(本件発明1と甲10発明との相違点(い)についての認定
判断の誤り)
(ア) 本件発明1につき
本件発明1は,半導体製造装置部品に用いるための低金属含有ポリベ
ンゾイミダゾール材料に係るものである。
本件発明1は,金属不純物の存在が半導体・表示素子製品の歩留まり
を大きく左右する半導体・表示素子を製造するための装置の部品材料と
して用いるために,ポリベンゾイミダゾール材料に含まれる金属をでき
る限り少なくすべきとするものであるが,本件特許出願当時(平成8年
2月7日)においては,ポリベンゾイミダゾール材料に含まれる金属が
半導体・表示素子製造装置によって製造される半導体・表示素子の歩留
まりを悪くする直接の原因となることはもちろんのこと,ポリベンゾイ
ミダゾール材料中に金属が含まれていること自体も全く知られていなか
った。このことは,本件特許出願前の公知資料である甲10において,
ポリベンゾイミダゾールが含有不純物のほとんどない理想的な材料とし
て記載されていることからもうかがい知ることができる。
本件発明1は,このような背景の下,以下の経緯により成されたもの
である。
ヘキストジャパン株式会社は,平成2年ころから,ポリベンゾイミダ
ゾール成型品をメカニカルシール,ワッシャーなどの一般の耐熱用部材
用として販売していたが,平成4年ころ,ポリベンゾイミダゾールの優
れた耐熱性,プラズマ耐性に目をつけ,プラズマ処理装置部品(ウエハ
ー固定用治具など)の部材として,当時主に用いられていた石英に代え
て,用いることができないか検討を始めた。そして,同社は,半導体製
造装置メーカーである東京エレクトロン株式会社に対し,ポリベンゾイ
ミダゾールを半導体製造装置用部材として用いることを提案し,共同し
て開発を行うことになった。その後製品化の段階に至り,ポリベンゾイ
ミダゾール材料を用いたプラズマ処理装置中で半導体素子をプラズマ処
理しようとしたとき,プラズマが不安定になることがあり,その不安定
なプラズマによって製造装置が緊急停止するなどして半導体・表示素子
の製造に支障をきたすという問題が発生した。当初,プラズマが不安定
となる原因はポリベンゾイミダゾール中の水分の存在にあるとの推測が
されていた。しかし,調査の結果,プラズマが不安定となる原因は,ポ
リベンゾイミダゾール材料中に金属の微粉末(金属のかけら)が混入し
ており,プラズマが半導体素子だけにではなくポリベンゾイミダゾール
材料中の金属の微粉末めがけて飛ぶことがあるためであることが突き止
められた。さらに,ポリベンゾイミダゾール材料中に金属の微粉末が混
入している原因は,触媒等を含むその合成原料にあるのではなく,ポリ
ベンゾイミダゾールの強度が高いためその工業的規模での製造過程で反
応容器に使用されている金属材料が摩耗してポリベンゾイミダゾール中
に混入するためであり,当時存在したポリベンゾイミダゾール材料中に
は不可避的に金属の微粉末が混入しているということが解明された。な
お,ヘキストジャパン株式会社のポリベンゾイミダゾール樹脂関連事業
は,平成9年7月1日にクラリアントジャパン株式会社に,次いで平成
16年10月1日に原告に譲渡された。
以上のようにして,ポリベンゾイミダゾール材料に金属が含まれてい
ることについての認識が当業者間に全くなかった当時において,ポリベ
ンゾイミダゾール材料中に金属の微粉末が含まれ,その金属の微粉末に
プラズマが飛ぶことが半導体素子製造に支障をきたし,その結果とし
て,歩留まりを悪くする原因であることが解明されたことにより,ポリ
ベンゾイミダゾール材料へのプラズマの直撃を防ぐために,ポリベンゾ
イミダゾール材料中に含まれる金属を減らすべきであるという全く新規
の課題が見出され,本件発明1がなされた。
本件発明1は,このように,ポリベンゾイミダゾール材料中の金属含
有量自体を問題としている。この点において,本件発明1は,材料の含
有金属とは関係なく発生する不純物に対しての対処法について記載され
たものである甲10,12及び13とは根本的に異なり,また,本件発
明1とは全く異なった観点から材料の抽出金属を問題とする甲21とも
根本的に異なっている。次の(イ)以下で,これらの異なる点について詳
しく述べる。
なお,被告は,半導体・表示素子製品の特性と製品の歩留まりとは,
異なる概念であると主張するが,製品の特性が悪ければその製品は出荷
することができなくなるのであるから,製品の特性は歩留まりと直接に
関連することになる。
被告は,本件特許出願当時,ポリベンゾイミダゾール材料中に金属が
含まれていることは知られていたと主張するが,本件明細書(特許公報
は甲18,訂正明細書は甲19)には,ポリベンゾイミダゾール材料中
に金属が含まれている事実が記載されているのみであり,その事実が知
られていたとは記載されていない。また,乙1(米国特許第46721
04号)は,ファイバー用のポリベンゾイミダゾールの改良製法につい
ての文献であり,半導体・表示素子製造装置部品などの成型品用のポリ
ベンゾイミダゾール材料の製造においては,乙1に記載の製法が用いら
れることはないし,反応触媒としてマグネシウム等が使用されたとして
も反応生成物中に必ずしもこれらが残留しているとはいえず,金属成分
を含んだ触媒が使用されることが通常であると記載されているわけでも
ない。
被告は,半導体・表示素子製品の特性が安定化することと,その製造
過程における工程が安定化することは全く別の概念であると主張する
が,プラズマが不安定であると脇に逸れたプラズマにより製造装置表面
が削り取られてパーティクル等の不純物がまき散らされることになるた
め,プラズマが不安定になると製品の特性が悪化することになる。
被告は,本件明細書の記載によると,金属材料は「製造装置に使用さ
れている金属材料」であり「反応容器に使用されている金属材料」では
なく,「高い金属濃度の原因であることを見い出した。」であり「不可
避的に金属の微粉末が混入しているということを解明した」ではないと
主張する。しかし,反応容器は製造装置の一部であり,「反応容器に使
用されている金属材料」は「製造装置に使用されている金属材料」に含
まれている。また,「不可避的に金属の微粉末が混入しているというこ
と」は,本件明細書の「製造装置に使用されている金属材料が摩耗して
ポリベンゾイミダゾール中に混入すること」に対応する。「イオンとし
て混入している金属」は,本件発明1における「金属」から排除されて
はいないが,本件発明1は,摩耗して混入した金属の微粉末を問題とし
ていることは明らかである。本件特許出願時の市販成形品用ポリベンゾ
イミダゾール材料は原料及び触媒として金属を含んだ物質が用いられる
ことなく製造されていたため,それにイオンとして混入している金属
は,微小金属粉として混入している金属と比較して,無視できるほど少
ないものであった。
被告は,仮にポリベンゾイミダゾール材料中には不可避的に金属の微
粉末が混入し,その金属の微粉末が反応容器に使用されている金属材料
であるならば,その金属組成はステンレス組成と同じになると考えられ
ると主張する。しかし,ステンレス表面においては,Crが空気中の酸
素と結合して非常に安定な酸化クロムとなり,この酸化膜がステンレス
表面に形成されると,錆が内部に進行しなくなる。しかし,その一部が
破壊されると金属の溶解が進み局部腐食を起こすことになる。しかも,
この腐食は,Feなどの構成金属の電位が異なるため構成金属の種類に
よってその程度に差が出てくる。そのため,一般に,ステンレス表面が
摩耗して生じる金属微粉末の組成は,局部腐食の程度や各金属の有する
電位に影響され,そのステンレス自体の組成とは一致しない。
被告は,本件発明1の半導体・表示素子の製造装置部品は,基板の搬
送部品や固定部品,真空チャンバー内の絶縁部品や各種ガスケット,保
護フィルムやフレキシブル絶縁基板であり,これらの製造装置部品がプ
ラズマ処理装置中で使用されるとは限らず,本件明細書にもプラズマ処
理装置についての記載はないと主張する。しかし,半導体・表示素子の
製造装置の中で金属の影響を受けやすい代表例がプラズマ処理装置であ
り,本件発明1は,プラズマ処理装置を含む半導体素子製造装置部品と
して使用できるということに意義がある。
(イ) 甲10につき
甲10は,「半導体ウェーハ等の被処理体に成膜或いはエッチング等
の処理を行う処理装置」に係る発明の公開特許公報である。
甲10には,不純物発生の原因について,「そうした従来の処理装置
の真空処理容器に施されたアルマイト処理においては,母材の種類(ア
ルミニューム等)と酸の組み合わせ或いは処理条件(電解条件等)など
で成長する被膜の性質が左右され,マイクロクラック等が生じ易く,引
いてはこれが原因で耐電気絶縁性や耐腐食性の劣化を起こし,パーティ
クル等の不純物質の発生を招いていた。更には,電解液中でアルマイト
処理する際に,そのアルマイト成長層に多くのアルミニューム及び各種
重金属が含まれ,これら重金属元素が飛び出して不純物質となり,これ
らがウェーハ表面の微細な成膜層の汚染につながり,高密度高集積化が
進む半導体素子の電気的特性の異常を招いていた。」(段落【0005
】)との記載がある。そして,甲10には,その対処法について,「請
求項1に係わる発明は,真空処理容器内に被処理体を収納保持すると共
に,処理ガスを導入して該被処理体を処理する処理装置において,前記
処理容器の内面に,高分子ポリベンゾイミダゾール樹脂被膜を設けたこ
とを特徴とする。」(段落【0009】)との記載がある。
したがって,甲10発明は,アルマイト成長層の劣化に伴って,アル
マイト成長層が処理容器内面から剥離してパーティクルを発生させた
り,アルマイト成長層を構成するアルミニューム及び各種重金属が飛び
出したりして不純物質となることから,それを防ぐために,アルマイト
処理に代えて,処理容器の内面にポリベンゾイミダゾール樹脂被膜を設
けるというものである。
また,甲10発明において想定するポリベンゾイミダゾール材料はP
BI(ポリベンゾイミダゾール)樹脂の合成ペレット市販品であるが
(段落【0047】),この合成ペレットは,段落【0046】の化学
構造式【化1】で示されるポリベンゾイミダゾールがそれのみではペレ
ット化できないことから,通常は他の樹脂(典型的にはポリエーテルエ
ーテルケトン)との混合体からなるペレットである。したがって,樹脂
の原料段階での金属混入については全く意識されていない。
このように,甲10発明は,アルマイト成長層の劣化に伴う不純物の
発生がウェーハ表面の汚染の原因と捉えているのであって,半導体製造
用の部品にアルミニュームや各種重金属が含まれていること自体を問題
としてはいない点で本件発明1とは異なっている。
この点について,審決は,「そうすると,甲第10号証には,半導体
素子の製造装置部品にアルミニュームや各種重金属が含まれているとこ
れらが不純物となってウェーハ表面を汚染するとの認識のもとに,当該
部品に含有不純物が非常に低レベルであるポリベンゾイミダゾール樹脂
被膜を施すか部品自体をポリベンゾイミダゾール樹脂成形品とすること
が記載されているものということができる。」(14頁下から7行∼3
行)と認定するが,この認定は,「半導体素子の製造装置部品にアルミ
ニュームや各種重金属が含まれているとこれらが不純物となってウェー
ハ表面を汚染するとの認識のもとに」としている点で,誤っている。
(ウ) 甲12につき
甲12は,「半導体製造装置」に係る発明の公開特許公報であって,
不純物発生の原因について,「ところが上記した載置台においては,ウ
エハSが静電チャック40に吸着される瞬間に,ウエハSの裏面とセラ
ミック材料からなる絶縁体42の上面とが擦り合わされる。このため,
絶縁体42の上面を滑らかに研磨して平滑としなければ,ウエハSが吸
着される度に絶縁体42の上面が削り取られてダストとなる微粒子が発
生してしまうという欠点があった。ダストの発生は,ウエハSを汚染し
て歩留りを著しく低下させるうえ,そのダストにはウエハS上に形成さ
れる素子に悪影響を及ぼすCa,Ti,Ba等の金属成分が含まれてい
るため好ましくない。」(段落【0008】,【0009】)との記載
がある。そして,甲12には,その対処法について,「上記課題を解決
するために本発明は,ウエハを載置台に載置してそのウエハに表面処理
を施す半導体製造装置において,前記載置台の上面を,高誘電率を有し
かつ金属を含まない高分子薄膜で被覆するようにしたものである。」
(段落【0012】)との記載がある。
したがって,甲12には,ウエハが半導体製造装置の載置台の静電チ
ャックに吸着されるときに,ウエハの裏面とセラミック材料からなる載
置台絶縁体の上面が擦り合わされて絶縁体の上面が削り取られてセラミ
ック材料の微粒子が発生してしまうために,それを防ぐために,絶縁体
の上面を高分子被膜で被覆することが記載されている。
このように,甲12発明は,セラミック材料からなる半導体製造装置
の一部がウエハにより削り取られてダストになることを問題とするもの
であり,半導体製造装置に金属が含まれていることを問題とはしていな
い点で本件発明1とは異なっている。また,その発生するダストに金属
が含まれること自体をとりたてて問題とするものではない点においても
本件発明1とは異なっている。
なお,甲12には,上記の「ダストの発生は,ウエハSを汚染して歩
留りを著しく低下させるうえ,そのダストにはウエハS上に形成される
素子に悪影響を及ぼすCa,Ti,Ba等の金属成分が含まれているた
め好ましくない。」(段落【0009】)との記載があるが,これは,
一般に,セラミックの構成元素としてCa,Ti,Ba等の金属成分が
含まれることから,そのことを付加的に述べただけのものであって,特
にその金属成分に着目してその発生を問題とするものではない。
この点について,審決は,「甲第12…号証には…,半導体素子の製
造装置において,製品の品質の観点から装置からの金属成分の発生を防
止すべきことが開示されているものということができ,」(15頁12
行∼14行)と認定するが,この認定は,上記観点から誤っている。
(エ) 甲13につき
甲13は,「半導体製造装置用セラミック部材及びその製造方法」に
係る発明の公開特許公報である。
甲13には,不純物発生の原因について,「アルミナセラミックス等
の耐摩耗セラミックスの研削加工面は,上記のように鋭利な微細凹凸等
が存在し,それ自体がヤスリと同様に作用し,接触した接触物面を擦り
減らし,摩滅粉を生じさせ,それら摩滅粉はセラミック表面に付着する
ことになる。これらの付着粉が,半導体製造工程においてパーティクル
発生原因であることが明らかになった。」(段落【0011】),「先
ず,焼結法によって製造された焼成されたままのセラミック表面の特徴
を考察した。焼成されたままのセラミック表面は,主に下記の性状を有
する。…(3)焼成雰囲気や焼成中の接触物からの汚染が存在する。例
えば,電気炉では,ヒーターや炉壁等を構成する耐火物から蒸発する不
純物,また,ガス燃焼炉では,炉内へ吹き込まれる配管内の錆等や,電
気炉と同様の耐火物から蒸発する不純物により,セラミックスの表面が
汚染されていることが多い。また,道具材の不純物からの汚染も存在す
る。」(段落【0008】),「セラミックス自体の減耗速度が大きい
時,温度が高くてセラミックス中を不純物や焼成時の付着汚染物が拡散
し易い時,また,電界等でセラミックス中の不純物及び焼成汚染物に移
動駆動力が存在する時に,汚染が極めて多くなることが知見された。ま
た,微量不純物及び汚染物のうち,Na等アルカリ金属やCuのように
シリコン特性に影響し易いものの存在が特に問題となることも明らかに
なった。」(段落【0012】)との記載がある。そして,甲13に
は,その対処法について,「本発明によれば,セラミック部材であっ
て,化学研磨により表面処理されてなり,セラミック材の汚染表面層及
び/またはマイクロクラック層が除去され,半導体製造工程での汚染物
放出を抑制されてなることを特徴とする半導体製造装置用セラミック部
材が提供される。」(段落【0004】)との記載がある。
したがって,甲13には,半導体製造装置用セラミック部材の研削加
工面には鋭利な微細凹凸が存在し,そこに接触物の摩減粉や,焼成中に
付着した不純物が付着しているため,それらを化学研磨による表面処理
により表面層ごと除去することが記載されている。
このように,甲13発明は,セラミック部材の研削加工面に特有のメ
カニズムによりその表面に付着した不純物を問題とするものであり,半
導体製造用セラミック部材に含まれる金属を何ら問題としていない点で
本件発明1とは異なっている。
なお,甲13には,上記のとおり,「また,微量不純物及び汚染物の
うち,Na等アルカリ金属やCuのようにシリコン特性に影響し易いも
のの存在が特に問題となることも明らかになった。」(段落【0012
】)との記載があるが,これは,たまたま不純物にNa,Cu等が含ま
れていることから付加的に述べたものであり,とりたててその金属成分
に着目してそれを課題とするものではない。
この点について,審決は,「甲第…13号証には…,半導体素子の製
造装置において,製品の品質の観点から装置からの金属成分の発生を防
止すべきことが開示されているものということができ,」(15頁12
行∼14行)と認定するが,この認定は,上記観点から誤っている。
(オ) 甲21につき
甲21は,「高純度フルオロエラストマー配合物」に係る発明の公開
特許公報である。このフルオロエラストマーは,主に高温やアグレッシ
ブな薬品に遭遇する環境に曝される半導体ウエットケミカルプロセス等
においてシール材等として用いられているゴム状の軟らかい材料であ
る。
甲21には,「米国特許第3,682,872号,第4,281,092号,及び第
4,592,784号に記載されたようなフルオロエラストマーは商業的に大成
功を達成し,異常環境下,例えば高温やアグレッシブな薬品に遭遇する
幅広い用途で使用されている。」(1頁3行∼7行。訳文1頁。甲4の
4頁4行∼7行),「本発明によれば,フルオロエラストマーは,ある
成分の濃度が僅かであるか,あるいは該成分が含まれない場合に,申し
分のない性質を有するものとなる。フルオロエラストマー配合物に特
に,金属および金属化合物が実質的に含まれてはならない。そのような
金属および金属化合物の例は,実施例および比較例に報告された結果の
金属および金属化合物である。一般に金属抽出物全体の濃度を約500
部/ビリオン(ppb)未満とすべきであり,また金属抽出物の濃度が
200ppb未満の場合に特に必要とするパフォーマンス特性が得られ
る。本発明のフルオロエラストマー配合物は,未乾燥化学的環境での使
用に適しており,また既知の配合物と比較して金属性,アニオン性,お
よびTOC抽出物が顕著に少ない。その結果,高純度での他の用途と同
様に半導体ウエットケミカルプロセスにおいて特に好適に用いられ
る。」(6頁24行∼7頁6行。甲4の10頁13行∼23行)との記
載がある。
したがって,甲21には,半導体ウエットケミカルプロセスにおいて
は,金属性,アニオン性及びTOC抽出物が製造される半導体素子に悪
影響を与えるという認識のもとに,高温やアグレッシブな薬品に遭遇す
る非常に過酷な環境下において抽出される金属性,アニオン性及びTO
C抽出物が顕著に少ないフルオロエラストマー配合物について記載され
ている。
このように,甲21発明は,アグレッシブな薬品に長時間曝される半
導体ウエットケミカルプロセスの過程においてフルオロエラストマーか
ら抽出される金属性,アニオン性及びTOC抽出物を問題とするもので
ある。この問題は,主に半導体ウエットケミカルプロセス等においてシ
ール材等として用いられ,アグレッシブな薬品に長時間曝されることが
想定されているフルオロエラストマーに特有のものであり,フルオロエ
ラストマーとは物理的特性(弾性,硬度など)及び用途が全く異なる本
件発明1のポリベンゾイミダゾールには当てはまらないものである。
また,本件発明1が想定するポリベンゾイミダゾール含有金属の濃度
は1ppmのオーダーであるのに対し,甲21発明が想定するフルオロ
エラストマーから抽出される金属の濃度は100ppbのオーダーと非
常に低い値となっている。これは,甲21発明では,ウェットケミカル
中にフルオロエラストマーから抽出された金属は直接製造中の半導体素
子に触れることとなるため,抽出金属の半導体素子に直接与える影響と
いう観点から定められたものであるのに対し,本件発明1の数値は,材
料中の金属にプラズマが直撃することを防ぐという観点から定められた
ものであり,金属そのものが半導体素子に与える影響という観点とは無
関係に定められたものであるためである。このように,甲21発明と本
件発明1とでは,問題とする金属濃度の数値設定の根拠となる技術思想
が全く異なるものである。
そのため,甲21には,ウェットケミカル中において抽出される金属
の総濃度が500ppb以下のフルオロエラストマー配合物製の部品を
用いることが教示されているとはいえるが,半導体・表示素子の製造装
置において,アルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く金属の総濃度が
10ppm以下の部品を用いることが教示されているとはいえない。
(カ) 審決は,本件発明1との甲10発明との相違点(い)について,
「甲第4,12及び13号証の記載事項を総合すると,これら各号証に
は,半導体素子の製造装置において,製品の品質の観点から,装置部品
からのアルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く金属を含む金属成分の
発生を防止すべきこと,そのために部品材料中の金属含有量を低減させ
ること,及び,アルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く金属の総濃度
が10ppm以下の部品を用いることが教示されているものということ
ができる。」(16頁1行∼6行)と述べた上で,「甲10発明におい
ても,半導体素子の製造装置部品にアルミニュームや各種重金属が含ま
れることによる不都合を解消するために,当該部品として含有不純物が
非常に低レベルであるポリベンゾイミダゾール樹脂を用いるものである
以上,上記各号証の教示に基づいて,ポリベンゾイミダゾール樹脂とし
て,本件発明1の(い)のようにアルカリ金属及びアルカリ土類金属を
除く金属の総濃度が10ppm以下のものを採用することは,当業者が
容易に想到し得たものというべきである。」(16頁7行∼13行)と
判断する。
しかし,本件発明1と甲10,12,13,21の各発明との間に
は,上記(ア)∼(オ)のとおり違いがあることからすると,審決の上記判
断は,誤っている。
また,上記のとおり,本件特許出願当時,ポリベンゾイミダゾール材
料に金属が含まれていることは公知ではなく,当業者は,ポリベンゾイ
ミダゾール材料中に金属が含まれている可能性についての認識を有して
いなかった。そのため,本件特許出願当時の当業者には,ポリベンゾイ
ミダゾール樹脂として金属の総濃度が低いものを採用しようという動機
付けがなかったといえる。この点,甲21では,高分子ポリマーである
フルオロエラストマー配合物からの抽出金属を問題としているが,これ
は,通常のフルオロエラストマー配合物の製造において,金属性架橋
材,金属酸化物酸受容体などの金属を含む原料が使用されていたという
特殊な事情のためであり,ポリベンゾイミダゾールなど製造過程で金属
を含む原料を使用しない通常の高分子ポリマー材料については,その材
料中に金属が含まれている可能性について意識されることはなかった。
さらに,当業者にとって,本件発明1の10ppmという具体的数値
は,微小金属粉混入の有無を画する基準となる数値として,その意義は
明らかなものであり臨界的意義を有するものといえる。また,本件特許
出願時においては当業者にはポリベンゾイミダゾール材料に金属が混入
していることについての認識がなく,金属濃度についても何ら問題とさ
れることはなかったのであるから,本件発明1は,臨界的意義の有無に
かかわらず金属濃度を問題としていることのみをもって進歩性が認めら
れるべきものである。
したがって,審決の上記判断は誤っている。
(キ) 加えて,審決は,「仮に,甲第4号証(判決注 本訴の甲21)に
はO−リングのアルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く金属の総濃度
を10ppm以下とすることが開示されていないとしても,上記のよう
に半導体製造装置用の部品に金属成分が含有されることが好ましくない
ことが当業界で広く認識されていた以上,甲10発明において,アルカ
リ金属及びアルカリ土類金属を除く金属についてその総濃度の上限を1
0ppmに設定することは,製品に要求される品質等を考慮して,当業
者が適宜実験的になし得たものというほかはない。」(16頁14行∼
20行)と判断する。
しかし,上記(ア)∼(オ)のとおり,甲21発明は,本件発明1とは技
術思想を全く異にするものであり,また,甲10,12及び13には,
部材等からの金属の放出を抑制するために部材の金属含有量自体を減ら
すべきことは記載されていない。甲10,12,13発明は,全体が金
属成分により構成されているアルミやセラミック部材に係るものである
ため,これらを根拠にして部品に金属成分が含有されることが好ましく
ないことが当業界で広く認識されていたと認定することは不合理であ
る。
本件発明1の10ppmという具体的数値の意義については,上記(
カ)のとおりである。
したがって,甲10発明においてアルカリ金属及びアルカリ土類金属
を除く金属についてその総濃度の上限を10ppmに設定することは当
業者が適宜実験的になし得たものであるとする審決の判断は誤ってい
る。
(ク) 以上のとおり,本件発明1と甲10発明との相違点(い)について
の審決の認定判断は誤っている。
イ 取消事由2(本件発明1と甲10発明との相違点(あ)及び相違点
(い)の組合せについての審決の判断の誤り)
(ア) 反応器として金属製以外のものを用いることは現実的ではないこと
ポリベンゾイミダゾールは,原料粉末を反応器内で加熱混合すること
により製造される。その製造過程において,形成されたプレポリマーが
表面で固化してカルメ焼き状に膜を形成することになるが,さらに重合
させるために,そのプレポリマーを破砕する工程を経る必要がある。
この破砕の工程は,ステンレス製の反応器であれば,反応器の中でボ
ールなどを用いて行うことができるが,ガラスなど金属製以外の反応器
では,強度の問題から容器内で行うことができない。
ポリベンゾイミダゾールの製造においては,反応を不活性ガス中で行
い,かつ未反応ベンジジンやフェノールなど危険物が反応における中間
体として存在するため,一定量以上のポリベンゾイミダゾールを製造す
る場合には,閉じた環境の中で製造を行う必要がある。そのため,加熱
して又は溶液化してガラス製の反応器から取出すことは現実的ではな
い。
甲15(三田達監訳「高分子大辞典」丸善株式会社1075頁)に
は,ポリベンゾイミダゾールの製造にガラス製の反応器が用いられるこ
とが記載されているが,それは,実験室レベルに限った話である。この
場合においては,破砕の工程は,カルメラ状のプレポリマーをガラス製
の反応器から一度かき出した上で,乳鉢などで砕くことにより行われ
る。ここで,カルメラ状のプレポリマーはガラス製の反応器に吸着して
いるため,反応器を割らずにプレポリマーをかき出すために地道な作業
を必要とし,大変苦労することになる。そして,そのような作業を経て
製造されるポリベンゾイミダゾールは,わずか数グラム程度である。半
導体製造装置部品を製造するためには,通常5∼10キログラムのポリ
ベンゾイミダゾールを用いてまず母材を製造し,次いでこの母材を切削
加工することが必要であるため,半導体製造装置部品用ポリベンゾイミ
ダゾール材料を製造するために,ガラス製など金属製以外の反応器を用
いることは現実的ではない。
また,ポリベンゾイミダゾールの製造には合成原料としてベンジジン
系化合物が使用されるが,このベンジジン系化合物は発癌性の高い危険
物質であるため,危機管理の観点から,破壊されやすいガラス容器によ
る工業的規模での製造には全く適さない。
なお,被告は,本件発明1は「物」の発明であり,実験室的生産又は
大量生産とは無関係であると主張する。しかし,本件発明1は,半導体
・表示素子製造装置用ポリベンゾイミダゾール材料に係るものであるた
め,その生産方法も,製造装置用部品を製造するのに現実的な量のポリ
ベンゾイミダゾールを製造できるものである必要がある。そのため,本
件発明1は,実験的生産又は大量生産と無関係であるとはいえない。
被告は,レジスト材料などは数100g単位取引されるものもあると
主張する。しかし,このようなレジスト材料は,半導体素子の製造の工
程で一時的に用いられる消費材である化学品の組成物であり,半導体・
表示素子の製造装置の部品として用いられるものではない。
被告は,ポリベンゾイミダゾールの固相重合においてはジクロライド
を原料として使用する場合も考えられ,その場合,反応生成物として塩
化水素が発生するため,グラスライニングの反応釜など耐食性の反応釜
でないと製造できない場合があると主張する。しかし,ジクロライドを
原料として製造されるポリベンゾイミダゾールは,専らファイバー用に
検討されたものであるが,ファイバー用においても実用に適さないもの
であり,本件発明1が対象とする半導体・表示素子製造装置部品などの
用途には用いることができない。
(イ) 審決は,「ポリベンゾイミダゾールを固相重合法により製造するこ
とは上記のように本件の出願前周知であり,その製法において用いる反
応器についても種々のものが知られている。例えば,周知例1(判決注
本訴の甲15)に,「工業的な大量生産に適しているのは固相重合で
ある。この方法では,真空または大気圧において固体を重合し,ポリマ
ーの溶解した押出し可能な紡糸原液を直接作ることができる。大気圧に
おける二段階重合には,ガラス製あるいは316−ステンレス鋼製の反
応器が用いられる。」(第1075頁右欄第12∼16行)と記載され
ているように,ガラス製の反応器も周知である。そうすると,甲10発
明において本件発明1の(あ)のように,ポリベンゾイミダゾール材料
を「固相重合法により製造される」ものとしても,その固相重合がこの
ようなガラス製の反応器を用いて行われた場合には,製造されるポリベ
ンゾイミダゾールには金属成分がほとんど含まれず,本件発明1の
(い)の要件を自ずから満たすこととなるものと解される。また,上記
(ii)のように甲10発明において,アルカリ金属およびアルカリ土
類金属を除く金属の総濃度を低減しようとするにあたり,ポリベンゾイ
ミダゾールの製造工程中での金属不純物の混入防止のために反応器に金
属製以外のものを用いる等の手段を講ずることは,当業者が容易になし
得るところというほかはない。したがって,本件発明1における(あ)
と(い)の組合せに格別の困難性は見出せず,訂正明細書の記載から
は,それにより,特に予測を超える効果を奏し得たものとも認められな
い。」(16頁下から10行∼17頁11行)と述べた上で,「本件発
明1は甲第4,10,12∼14号証に記載された発明に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものである。」(審決書17頁18
行∼19行)と判断する。
(ウ) しかし,上記(ア)で述べたように,ポリベンゾイミダゾールを固相
重合法により製造するに際してガラス製の反応器その他金属製以外の反
応器を用いることは,本件特許出願当時においても現在においても現実
的ではなく,反応器として金属製以外のものを用いることが可能である
との認識を前提とする審決の上記判断は誤ったものである。
さらに,上記1(ア)で述べたように,固相重合法により製造されるポ
リベンゾイミダゾールには不可避的に金属が含まれることになるが,本
件特許出願当時,当業者には,固相重合法により製造されるポリベンゾ
イミダゾール材料に金属が含まれている可能性についての認識が全くな
かった。そのため,本件特許出願当時,当業者には,相違点(あ)と相
違点(い)を組合せる動機付けが存在しなかったのであり,相違点
(あ)と相違点(い)の組合せが容易であったとはいえない。
したがって,審決の上記判断は誤っている。
ウ 取消事由3(本件発明2及び3についての審決の判断の誤り)
本件発明2及び3は,本件発明1について,ポリベンゾイミダゾール材
料中に含まれる金属の濃度を特定の金属についてさらに限定したものであ
る。
前述のように,本件発明1について進歩性が認められるべきであること
から,本件発明2及び3についても当然に進歩性が認められるべきであ
る。
また,本件発明2における「クロム,鉄,ニッケルの総濃度が5ppm
以下である」との限定は,固相重合法によるポリベンゾイミダゾール材料
の製造に用いられるステンレス製反応器の主成分がクロム,鉄,ニッケル
であり,それが製造工程において不可避的に材料に混入することから,ポ
リベンゾイミダゾール材料において,これらの総濃度が低いということ
は,大きな意義のあることである。本件発明3における「クロム,鉄,ニ
ッケルの内,少なくとも2種類のそれぞれの濃度が1ppm以下である」
との限定についても同様である。
したがって,本件発明2及び3について進歩性を認めなかった審決の判
断は誤っている。
エ 取消事由4(本件発明4についての審決の判断の誤り)
本件発明4は,本件発明1∼3について,ポリベンゾイミダゾールの構
造式を特定のものに限定したものである。
前述のように,本件発明1∼3について進歩性が認められるべきである
ことから,本件発明4についても当然に進歩性が認められるべきである。
したがって,本件発明4について進歩性を認めなかった審決の判断は誤
っている。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)∼(3)の事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
(1) 本件明細書の記載内容
ア 本件明細書(甲18)の段落【0003】に,「しかし,現在市場製品
として一般的に入手可能なポリベンゾイミダゾールには鉄,クロム,ニッ
ケル,銅等の金属が多量に含まれており,特に金属不純物の影響が大きく
製品の特性を左右する半導体・表示素子を製造するための部品としての用
途は非常に限られたものであった。」と記載されている。また,本件明細
書の段落【0005】に,「…金属総濃度を,金属不純物の影響が製品の
特性を大きく左右する半導体・表示素子の製造部品用として要求されるま
で,十分に低いレベルとすることは困難である。…によっては,前述の金
属総濃度を上記要求を満たす程十分に低下させることはできないという結
論に達した。」と記載されている。そうすると,本件発明1の目的は,ポ
リベンゾイミダゾールには金属が多量に含まれており,これらの金属は半
導体・表示素子の特性を大きく左右することになるから,該半導体・表示
素子を製造するときの製造装置部品に用いるために,アルカリ金属及びア
ルカリ土類金属を除く金属の総濃度を10ppm以下にした半導体・表示
素子の製造装置部品用ポリベンゾイミダゾール材料を提供することにある
といえる。
イ 本件明細書の段落【0012】に,「微小金属粉やイオンとして混入し
ている金属をポリベンゾイミダゾールから貧溶剤中へ溶解・分散させるこ
とである。」と記載されている。また,本件明細書の段落【0025】
に,「下記表1に示す前処理を施してICP発光分析法により含まれる金
属不純物を測定した。」と微小金属粉やイオンを分離することなく測定し
ていることが記載されている。そうすると,本件発明1における「金属」
は「微小金属粉」のみではなく「微小金属粉やイオンとして混入している
金属」である。
ウ 本件明細書の段落【0006】に,「ポリベンゾイミダゾール材料に含
まれるアルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く金属の総濃度を10pp
m以下とすれば,アルカリ金属及びアルカリ土類金属以外の金属の影響を
受けやすい半導体,表示素子の製造装置部品として工業上使用しうること
を見い出した。」と記載されている。金属の総濃度10ppm以下との関
係において,半導体・表示素子のどのような特性が金属の影響を受けるか
については何ら記載されていない。そうすれば,金属の総濃度10ppm
以下についての臨界的意義はなく,単に金属総濃度を低くする程度として
記載されているのみである。
エ 本件明細書の段落【0017】に,「具体的には,半導体ウエハーや薄
膜トランジスター駆動型液晶表示素子等の表示素子基板の搬送部品や固定
部品,CVD・エッチング・スパッタリング用真空チャンバー内の絶縁部
品,各種ガスケット等である。…塗工ワニスとして用いることも可能であ
り,またキャスティング法などによりフィルム化して…各種保護フィルム
やフレキシブル絶縁基板としても用いられる。」と記載されている。そう
すると,本件発明1の半導体・表示素子の製造装置部品は,基板の搬送部
品や固定部品,真空チャンバー内の絶縁部品や各種ガスケット,保護フィ
ルムやフレキシブル絶縁基板を含む概念である。
(2) 取消事由1に対し
ア 取消事由1の(ア)につき
(ア) 原告は,「本件発明1は,金属不純物の存在が半導体・表示素子製
品の歩留まりを大きく左右する半導体・表示素子を製造するための装置
の部品材料として用いるために,ポリベンゾイミダゾール材料に含まれ
る金属をできる限り少なくすべきとするものである」と主張する。しか
し,本件明細書(甲18)には,上記(1)アのとおり,「特に金属不純
物の影響が大きく製品の特性を左右する半導体・表示素子を製造するた
めの部品としての用途は非常に限られたものであった。」(段落【00
03】)と記載されているのみである。半導体・表示素子製品の特性と
製品の歩留まりとは,異なる概念である。
(イ) 原告は,「ポリベンゾイミダゾール材料中に金属が含まれているこ
と自体も全く知られていなかった。このことは,本件特許出願前の公知
資料である甲10において,ポリベンゾイミダゾールが含有不純物のほ
とんどない理想的な材料として記載されていることからもうかがい知る
ことができる。」と主張する。しかし,原告の主張によれば,原告は,
既存のポリベンゾイミダゾール(PBI)製品が存在することを前提と
し,それを半導体製造装置用部材として用いることを提案したというの
である。そして,本件明細書(甲18)には,上記(1)アのとおり,
「現在市場製品として一般的に入手可能なポリベンゾイミダゾールには
鉄,クロム,ニッケル,銅等の金属が多量に含まれており,」(段落【
0003】)と記載されている。原告が半導体製造装置用部材として用
いることを検討した時点では,PBI製品が市場製品として存在してお
り,しかもその市場で一般的に入手可能なPBI製品には金属が多量に含
まれていることが出願前に知られていたというのである。そうであると
すれば,「ポリベンゾイミダゾール材料中に金属が含まれていること自
体も全く知られていなかった」とする原告の主張は全く事実に反するも
のというほかない。さらに,USP4672104(乙1)には,ポリ
ベンゾイミダゾールの合成触媒として,マグネシウム,マンガン化合物
を使用できることが記載されているから,当業者は,ポリベンゾイミダ
ゾール材料中に金属が含まれている可能性についての認識を有していた
といえる。
(ウ) 原告は,「プラズマが不安定となる原因は,ポリベンゾイミダゾー
ル材料中に金属の微粉末(金属のかけら)が混入しており,プラズマが
半導体素子だけにではなくポリベンゾイミダゾール材料中の金属の微粉
末めがけて飛ぶことがあるためであることを突き止められた。」と主張
する。しかし,本件明細書(甲18)には,上記(1)アのとおり,「特
に金属不純物の影響が大きく製品の特性を左右する半導体・表示素子を
製造するための部品」(段落【0003】)と,「半導体・表示素子の
特性の観点」より記載されているのみである。本件発明1の課題がプラ
ズマを安定化させることにあるとは一切記載されていない。また,半導
体・表示素子製品の特性が安定化することと,その製造過程における工
程が安定化することは全く別の概念である。
(エ) 原告は,「ポリベンゾイミダゾール材料中に金属の微粉末が混入し
ている原因は,触媒等を含むその合成原料にあるのではなく,ポリベン
ゾイミダゾールの強度が高いためその工業的規模での製造過程で反応容
器に使用されている金属材料が摩耗してポリベンゾイミダゾール中に混
入するためであり,当時存在したポリベンゾイミダゾール材料中には不
可避的に金属の微粉末が混入しているということが解明された。」と主
張する。
しかし,本件明細書(甲18)には,「我々は,ポリベンゾイミダゾ
ールに多量の金属不純物が含まれている原因を追及すべく検討を重ねた
結果,ポリベンゾイミダゾールの強度が高いためその製造過程で製造装
置に使用されている金属材料が摩耗してポリベンゾイミダゾール中に混
入することが,高い金属濃度の原因であることを見い出した。」(段落
【0004】)と記載されているのみである。本件明細書によれば,金
属材料は「製造装置に使用されている金属材料」であり,「反応容器に
使用されている金属材料」ではない。また,同じく「高い金属濃度の原
因であることを見い出した。」であり,「不可避的に金属の微粉末が混
入しているということを解明した」ではない。上記(1)イのとおり,本
願発明の金属濃度という場合,それは金属粉末及び金属イオンを含む濃
度である。
また,仮にポリベンゾイミダゾール材料中には不可避的に金属の微粉
末が混入し,その金属の微粉末が反応容器に使用されている金属材料で
あるならば,その金属組成はステンレス組成と同じになると考えられ
る。しかし,本件明細書の【表2】によれば,原料ポリベンゾイミダゾ
ール粉末に含まれるアルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く金属総濃
度20ppmに対して,Feは9.0ppmである。このFeの濃度は
金属総濃度20ppmの45%であるが,そのようなFe低濃度のステ
ンレスは通常存在しない。
したがって,「ポリベンゾイミダゾール材料中には不可避的に反応容
器に使用されている金属の微粉末が混入する」という原告の主張は技術
的に誤りである。
(オ) 原告は,「ポリベンゾイミダゾール材料中に金属の微粉末が含ま
れ,その金属の微粉末にプラズマが飛ぶことが半導体素子製造に支障を
きたし,その結果として,歩留まりを悪くする原因であることが解明さ
れたことにより,ポリベンゾイミダゾール材料へのプラズマの直撃を防
ぐために,ポリベンゾイミダゾール材料中に含まれる金属を減らすべき
であるという全く新規の課題が見出され,本件発明1がなされた。」と
主張する。
しかし,本件明細書(甲18)には,上記(1)アのとおり,「特に金
属不純物の影響が大きく製品の特性を左右する半導体・表示素子を製造
するための部品としての用途は非常に限られたものであった。」(段落
【0003】)と記載されているのみである。本件明細書中に「ポリベ
ンゾイミダゾール材料中に含まれる金属を減らすべきである」との記載
はない。また,「特許請求の範囲」には,「アルカリ金属及びアルカリ
土類金属を除く金属の総濃度を10ppm以下とする」とのみ記載され
ている。さらに,上記(1)エのとおり,本件発明1の半導体・表示素子
の製造装置部品は,基板の搬送部品や固定部品,真空チャンバー内の絶
縁部品や各種ガスケット,保護フィルムやフレキシブル絶縁基板であ
る。これらの製造装置部品がプラズマ処理装置中で使用されるとは限ら
ず,本件明細書にもプラズマ処理装置についての記載はない。
半導体・表示素子の製品特性を向上させるために該製品に含まれる金
属含量を減らすことは本件特許出願時の周知事実である(審決14頁∼
16頁の(ii))。そうすると,半導体・表示素子製品の金属含量を
減らすために,その半導体・表示素子を製造する製造装置として,金属
含量の少ない製造装置を用いようとすることは,甲10,12,13,
21に既に記載されているように,新規の課題ではない。
イ 取消事由1の(イ)につき
原告は,「甲10発明は,アルマイト成長層の劣化に伴う不純物の発生
がウェーハ表面の汚染の原因と捉えているのであって,半導体製造用の部
品にアルミニュームや各種重金属が含まれていること自体を問題としては
いない点で本件発明1とは異なっている。」と主張する。
しかし,審決は,「甲第10号証には,「発明が解決しようとする課
題」として,従来の真空処理容器では,アルマイト成長層に多くのアルミ
ニューム及び各種重金属が含まれ,これら重金属元素が飛び出して不純物
質となり,これらがウェーハ表面の微細な成膜層の汚染につながり,高密
度高集積化が進む半導体素子の電気的特性の異常を招いていたこと(摘示
記載(サ))が記載されており,これに対して,真空処理容器内面に設けた
高分子ポリベンゾイミダゾール(PBI)樹脂被膜は,アルマイト成長層
よりも,更に一層優れた機械強度,耐熱性,耐電気絶縁性並びに耐腐食性
を有する非常に化学的に安定した有機物で,パーティクル等の不純物質の
発生がなく,パーティクルフリー,コンタミネーションフリーで非常にク
リーンな環境を得て信頼性の高い能率的な処理の実現に有効となること(
摘示記載(シ))」と認定した(14頁17行∼27行)上,「半導体素子
の製造装置部品にアルミニュームや各種重金属が含まれているとこれらが
不純物となってウェーハ表面を汚染する」ことを認定している(14頁下
から7行∼5行)のであって,審決の判断に誤りはない。また,甲10発
明の真空処理容器は半導体製造装置であり,その装置に各種重金属が含ま
れており,これらの金属が表面汚染として半導体素子の特性に影響するこ
とが甲10に記載されている。
ウ 取消事由1の(ウ)及び(エ)につき
原告は,甲12,13は,部品材料中の金属含有量を低減させる本件発
明1とは異なり,材料の含有金属とは関係なく発生する不純物に対しての
対処法について記載されたものである旨主張する。
しかし,審決は,「また,甲第13号証には,半導体製造工程での汚染
物放出を抑制されてなる半導体製造装置用セラミック部材(摘示記載
(テ))が記載されており,微量不純物及び汚染物のうち,Na等アルカ
リ金属やCuのようにシリコン特性に影響し易いものの存在が特に問題と
なること(摘示記載(ト))も記載され,実施例には,「汚染物」として
Fe,Na,Mg,Alが挙げられている(摘示記載(ナ))。」と認定
した(15頁6行∼11行)上,「半導体素子の製造装置において,製品
の品質の観点から,金属成分の発生を防止すべきことが開示されている」
としている(15頁12行∼14行)のであって,この審決の判断に誤り
はない。例えば,上記摘示の記載(ナ)においては,実施例1と,この実
施例1よりも金属含有量の多い比較例2及び3の記載があるから,部品材
料中の金属含有量自体について問題としている。また,上記摘示の記載
(ト)においては,「シリコン特性に影響し易いものの存在が特に問題と
なること」とあり,製品の品質の観点から,部品材料中の金属含有量を低
減させることが教示されているものということができる。
エ 取消事由1の(オ)につき
原告は,甲21発明は,本件発明1とは,技術思想が全く異なる旨主張
する。
しかし,甲21発明は,半導体製造装置に用いられるOリングに関する
発明であり,半導体・表示素子を製造するための装置の部品材料に関する
発明である。甲10には,高分子ポリベンゾイミダゾール樹脂成型品をO
リングとして使用することが記載されている。本件発明1は,上記(1)エ
のとおり,CVD・エッチング・スパッタリング用真空チャンバー内の各
種ガスケットを含むものである。Oリングとガスケットは同一用途であっ
て,その機能も同一であり,技術思想が全く異なるものであるとはいえな
い。本件発明1と甲21発明とは,半導体・表示素子を製造するための装
置における金属を少なくする点において同一の技術思想である。また,甲
21発明の「フルオロエラストマー配合物」は,配合剤の種類及び量を変
化させることにより,物理的特性(弾性,硬度など)が変化することは周
知の事実であり,ポリベンゾイミダゾールとフルオロエラストマー配合物
とは物理的特性(弾性,硬度など)が全く異なるものであるとはいえな
い。
オ 取消事由1の(キ)につき
原告は,甲10,12及び13の各号証から,半導体製造装置用の部品
に金属成分が含有されることが好ましくないことが当業界で広く認識され
ていたと認定することはできないというべきであるから,甲10発明にお
いてアルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く金属についてその総濃度の
上限を10ppmに設定することは当業者が適宜実験的になし得たもので
あるとする審決の判断は誤っている旨主張する。
しかし,甲10,12,13は,半導体製造装置に関連する発明であ
り,その装置又は部材から発生する金属が製品に影響を及ぼすことが記載
されている。そうすれば,半導体製造装置用の部品に金属成分が含有され
ることが好ましくないことは当業界で広く認識されていたとの認定は正し
いものである。
また,上記(1)ウのとおり,半導体・表示素子との関連において,アル
カリ金属及びアルカリ土類金属を除く金属についてその総濃度の上限を1
0ppmに設定することの意義は,本件明細書において全く記載されてい
ない。そうすれば,金属の総濃度として10ppm以下のものを採用する
ことは当業者が容易に想到し得たものであり,この点においても審決の判
断は正しいものである。
(3) 取消事由2に対し
原告は,ポリベンゾイミダゾールを固相重合法により製造するに際してガ
ラス製の反応器その他金属製以外の反応器を用いることは,現実的ではない
旨の主張をする。
しかし,本件明細書(甲18)には,「その製法は重合溶媒を用いない固
相重合法と呼ばれる製法が採用されている」(段落【0004】)と記載さ
れているに過ぎない。原告が,前記1(4)イ(ア)で主張するポリベンゾイミ
ダゾールの製造工程は本件明細書に記載されていないから,その主張は,本
件明細書の記載に基づかないものである。
本件発明1は「物」の発明であり,実験室的生産又は大量生産とは無関係
である。
本件発明1の半導体・表示素子の製造装置部品には,上記(1)エのとお
り,保護フィルムやフレキシブル絶縁基板を含むのであり,それらはポリベ
ンゾイミダゾール材料を液状にして用いる。そうすれば,原告が前記1イ(
ア)で主張する「母材を製造し,次いでこの母材を切削加工すること」は半
導体・表示素子の製造装置部品の一態様に過ぎない。また,保護フィルム用
のワニス,あるいは半導体・表示素子の製造に用いられるレジスト材料など
は数百グラム単位で取引されるものもあり,ガラス製の反応器を用いること
は大量生産の場合においても非現実的ではない。例えば,内容量数トンのグ
ラスライニングの反応釜は市販されており,工業的に使用されていることは
周知の事実である。ポリベンゾイミダゾールの固相重合においてはジクロラ
イドを原料として使用する場合も考えられ,その場合,反応生成物として塩
化水素が発生するため,グラスライニングの反応釜など耐食性の反応釜でな
いと製造できない場合がある。さらに,ポリベンゾイミダゾールは融点が8
5∼200℃のものもあり,溶媒に可溶性であり,加熱して又は溶液化して
ガラス製の反応器から取り出すこともできると考えられる(甲14「TAB
LEⅡ」参照)。
そうすると,原告主張のように「反応器として金属製以外のものを用いる
ことは現実的ではない」とすることは失当であり,審決の判断は正しいもの
である。
(4) 取消事由3に対し
上記(1)ウのとおり,本件発明1の金属の総濃度10ppm以下について
臨界的意義はなく,単に金属総濃度を低くする程度として記載されているの
みであるから,本件発明2及び3における数値限定についてもその臨界的意
義はない。
そうである以上,「製品に要求される品質等を考慮して,当業者が適宜実
験的になし得たものであり,これらの金属が混入するおそれの少ないガラス
製の反応器の採用等の手段によりこのような限定範囲とすることも,当業者
が容易になし得たことにすぎない。そして,上記のように本件発明1は…当
業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明2及び3も
本件発明1と同様の理由により…当業者が容易に発明をすることができたも
のである。」(18頁9行∼17行)との審決の判断は正しい。
(5) 取消事由4に対し
本件発明4において限定された構造式は,甲10【化1】記載の構造式そ
のものであるから,「本件発明4も本件発明1と同様の理由により,甲第
4,10,12∼14号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものである。」(18頁22行∼24行)との審決の判
断は正しい。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 取消事由1(本件発明1と甲10発明との相違点(い)についての認定判断
の誤り)について
(1) 本件発明1につき
ア 本件明細書(甲19の訂正明細書。以下同じ)には,前記第1の1(2)
のとおり「特許請求の範囲」の記載があるほか,「発明の詳細な説明」と
して,次の記載がある。
(ア) 発明の属する技術分野
「本発明は,様々な工業製品,特に半導体・表示素子を製造するため
の部品として利用され得るポリベンゾイミダゾール材料とその製造方法
に関する。」(段落【0001】)
(イ) 従来の技術
「ポリベンゾイミダゾールは高分子材料としては最高レベルの耐熱
性,強度,化学安定性を持ち,耐熱性繊維,成形品,塗工用ワニス等と
して様々な分野で使用されている。」(段落【0002】)
(ウ) 発明が解決しようとする課題
「しかし,現在市場製品として一般的に入手可能なポリベンゾイミダ
ゾールには鉄,クロム,ニッケル,銅等の金属が多量に含まれており,
特に金属不純物の影響が大きく製品の特性を左右する半導体・表示素子
を製造するための部品としての用途は非常に限られたものであった。」
(段落【0003】)
「現在,ポリベンゾイミダゾールは唯一米国ヘキストセラニーズ社が
商業化しているのみであり,その製法は重合溶剤を用いない固相重合法
と呼ばれる製法が採用されている。我々は,ポリベンゾイミダゾールに
多量の金属不純物が含まれている原因を追及すべく検討を重ねた結果,
ポリベンゾイミダゾールの強度が高いためその製造過程で製造装置に使
用されている金属材料が摩耗してポリベンゾイミダゾール中に混入する
ことが,高い金属濃度の原因であることを見い出した。」(段落【00
04】)
「従って,上記製法により得られるポリベンゾイミダゾール粉末材料
を公知の方法で以下の様に処理しても含まれるアルカリ金属およびアル
カリ土類金属以外の金属総濃度を,金属不純物の影響が製品の特性を大
きく左右する半導体・表示素子の製造部品用として要求されるまで,十
分に低いレベルとすることは困難である。すなわち,先ず溶液化するこ
とによりポリベンゾイミダゾール粉末中に取り込まれた金属不純物を遊
離させ,それに引き続きゲル状ポリマー等の不溶物を除去するための濾
過工程,更に引き続き濾過後の前記ポリベンゾイミダゾール溶液をポリ
ベンゾイミダゾール材料に対して貧溶剤である溶剤中に投入することに
よっては,前述の金属総濃度を上記要求を満たす程十分に低下させるこ
とはできないという結論に達した。」(段落【0005】)
(エ) 課題を解決するための手段
「本発明者は,金属濃度を低下させるため,更に,最終的に得られた
ポリベンゾイミダゾール材料に含まれる金属濃度を低下させるための操
作を加えることにより,ポリベンゾイミダゾール材料に含まれるアルカ
リ金属及びアルカリ土類金属を除く金属の総濃度を10ppm以下とす
れば,アルカリ金属及びアルカリ土類金属以外の金属の影響を受けやす
い半導体,表示素子の製造部品として工業上使用しうることを見い出し
た。」(段落【0006】)
(オ) 発明の実施の形態
「以上の操作,或いはこれらの操作の組み合わせにより,最終的に得
られたポリベンゾイミダゾール材料に含まれる金属濃度は十分に低く,
すなわち10ppm以下に,特に金属混入原因である製造装置の主成分
であるクロム,鉄,ニッケル等の金属の総濃度を5ppm以下にまで低
下させることも可能である。またこの際,クロム,鉄,ニッケルの内,
少なくとも2種類の濃度は1ppm以下であることが好ましい。」(段
落【0016】)
「本発明で得られた,アルカリ金属およびアルカリ土類金属を除く金
属の総濃度が10ppm以下のポリベンゾイミダゾール材料は,焼結成
形や射出成形法によって成形され,特に微量の金属不純物が最終製品の
特性を大きく左右する半導体,表示素子の製造装置部品として主に用い
られる。具体的には,半導体ウエハーや薄膜トランジスター駆動型液晶
表示素子等の表示素子基板の搬送部品や固定部品,CVD・エッチング
・スパッタリング用真空チャンバー内の絶縁部品,各種ガスケット等で
ある。また,本発明で得られたポリベンゾイミダゾール材料を再び溶液
として成形品と同様の用途における塗工ワニスとして用いることも可能
であり,またキャスティング法などによりフィルム化して前記成形品と
同様の用途における各種保護フィルムやフレキシブル絶縁基板としても
用いられる。」(段落【0017】)
「アルカリ金属及びアルカリ土類金属の濃度が影響を与える用途に対
しては,本発明で得られたポリベンゾイミダゾール材料或いは当該材料
より得られた成形部品を,脱イオン水および/または低濃度のフッ化水
素を含む脱イオン水で洗浄することにより,アルカリ金属及びアルカリ
土類金属の濃度を低下させて用いられる。」(段落【0018】)
(カ) 発明の効果
「以上説明したように,アルカリ金属およびアルカリ土類金属を除く
金属の総濃度を大幅に低下させた本発明のポリベンゾイミダゾール材料
は,金属不純物の影響が大きく製品の特性を左右する半導体・表示素子
を製造するための部品材料として用いるのに特に好適である。」(段落
【0028】)
イ 本件明細書の上記記載によると,①ポリベンゾイミダゾールには鉄,ク
ロム,ニッケル,銅等の金属が多量に含まれており,そのために,ポリベ
ンゾイミダゾールを半導体・表示素子を製造するための部品として使用す
る場合には,金属不純物の影響により,半導体・表示素子製品の特性が大
きく左右されていたこと,②本件発明1は,ポリベンゾイミダゾール材料
のアルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く金属の総濃度を10ppm以
下にすることによって,半導体・表示素子を製造するための部品として使
用するのに適したものとしたことが認められる。
ウ 原告は,「ポリベンゾイミダゾール材料に金属が含まれていることにつ
いての認識が当業者間に全くなかった当時において,ポリベンゾイミダゾ
ール材料中に金属の微粉末が含まれ,その金属の微粉末にプラズマが飛ぶ
ことが半導体素子製造に支障をきたし,その結果として,歩留まりを悪く
する原因であることが解明されたことにより,ポリベンゾイミダゾール材
料へのプラズマの直撃を防ぐために,ポリベンゾイミダゾール材料中に含
まれる金属を減らすべきであるという全く新規の課題が見出され,本件発
明1がなされた。」と主張する。
しかし,本件明細書には,上記のとおり,ポリベンゾイミダゾール材料
中に金属が含まれていることによって半導体・表示素子製品の特性に悪影
響を与えるとしか記載されておらず,それがポリベンゾイミダゾール材料
中に金属の微粉末にプラズマが飛ぶことによって生ずる旨の記載はないか
ら,本件発明1を,ポリベンゾイミダゾール材料中に金属の微粉末にプラ
ズマが飛ぶことを防ぐ発明と理解することはできない。本件発明1は,ポ
リベンゾイミダゾール材料中に金属が含まれていることによって半導体・
表示素子製品の特性に悪影響を与えることを防ぐためにその金属の含有量
を減らした発明であるとしか理解できない。
また,原告は,「当業者にとって,本件発明1の10ppmという具体
的数値は,微小金属粉混入の有無を画する基準となる数値として,その意
義は明らかなものであり臨界的意義を有するものといえる。」と主張す
る。
しかし,本件明細書には,ポリベンゾイミダゾール材料のアルカリ金属
及びアルカリ土類金属を除く金属の総濃度を10ppm以下にすることの
技術的な意義については,「ポリベンゾイミダゾール材料に含まれるアル
カリ金属及びアルカリ土類金属を除く金属の総濃度を10ppm以下とす
れば,アルカリ金属及びアルカリ土類金属以外の金属の影響を受けやすい
半導体,表示素子の製造部品として工業上使用しうることを見い出し
た。」(段落【0006】)との説明しかなく,ましてや,この「10p
pm」という数値に臨界的な意義がある旨の記載はない。
そうすると,この「10ppm」という数値に格別の意義は認められな
い。
(2) 甲10につき
ア 特開平7−147247号公報(甲10)には,次の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲
「真空処理容器内に被処理体を収納保持すると共に,処理ガスを導入
して該被処理体を処理する処理装置において,前記処理容器の内面に,
高分子ポリベンゾイミダゾール樹脂被膜を設けたことを特徴とする処理
装置。」 (【請求項1】)
「真空処理容器内に被処理体を収納保持すると共に,処理ガスを導入
して該被処理体を処理する処理装置において,前記処理容器の被処理体
搬入出口内面及びその搬入出口を開閉するゲートバルブ内面に,高分子
ポリベンゾイミダゾール樹脂皮膜を設けたことを特徴とする処理装
置。」(【請求項6】)
「ゲートバルブの閉成時の気密シールを行うOリング自体を高分子ポ
リベンゾイミダゾール樹脂成型品としたことを特徴とする請求項6記載
の処理装置。」(【請求項7】)
(イ) 産業上の利用分野
「本発明は,主に半導体ウェーハや液晶表示(LCD)基板等の被処
理体に成膜或いはエッチング等の処理を行う処理装置に関する。」(段
落【0001】)
(ウ) 従来の技術
「従来,例えば被処理体として半導体ウェーハ(以下単にウェーハと
略記する)に,成膜処理する熱CVD装置や,プラズマを用いて成膜や
エッチングなどの所要の処理を行うプラズマ処理装置(プラズマCVD
やプラズマエッチング装置)などが知られている。」(段落【0002
】)
「この種の処理装置は,真空処理容器(プロセスチャンバー)内にウ
ェーハを収納保持すると共に,所要のプロセスガスを注入して熱やプラ
ズマによって該ウェーハ表面に成膜或いはエッチングなどの処理を行う
が,その際,処理容器内に粒状物質(パーティクル)やガス状物質等の
不純物質が発生していると,これらの不純物質が直接ウェーハに付着し
たり,或いはウェーハの表面に化学反応(ケミカルコンタミネーショ
ン)を起こしたりして,半導体素子の不良発生の原因となり,製品歩留
まりの低下を招く。」(段落【0003】)
「そこで,この種の処理装置では,真空処理容器をゲートバルブ付き
のロードロック室を設けて外部と隔離すると共に,母材としてアルミニ
ューム等を用いて切削加工した真空処理容器の内面に,硬質アルマイト
処理を施して薄い被膜を形成し,耐電気絶縁性,プロセスガスに対する
耐腐食性等を高めて,該処理容器内自体からの不純物質発生を防止し,
更にその被膜表面に蒸気封孔処理を施してポーラス(多孔質)な表面を
出来るだけ埋めて真空脱ガス特性を高めている。」(段落【0004
】)
(エ) 発明が解決しようとする課題
「しかしながら,そうした従来の処理装置の真空処理容器に施された
アルマイト処理においては,母材の種類(アルミニューム等)と酸の組
み合わせ或いは処理条件(電解条件等)などで成長する被膜の性質が左
右され,マイクロクラック等が生じ易く,引いてはこれが原因で耐電気
絶縁性や耐腐食性の劣化を起こし,パーティクル等の不純物質の発生を
招いていた。更には,電解液中でアルマイト処理する際に,そのアルマ
イト成長層に多くのアルミニューム及び各種重金属が含まれ,これら重
金属元素が飛び出して不純物質となり,これらがウェーハ表面の微細な
成膜層の汚染につながり,高密度高集積化が進む半導体素子の電気的特
性の異常を招いていた。」(段落【0005】)」
(オ) 課題を解決するための手段と作用
「請求項1に係わる発明は,真空処理容器内に被処理体を収納保持す
ると共に,処理ガスを導入して該被処理体を処理する処理装置におい
て,前記処理容器の内面に,高分子ポリベンゾイミダゾール樹脂被膜を
設けたことを特徴とする。」(段落【0009】)
「その真空処理容器内面に設けた高分子ポリベンゾイミダゾール(P
BI)樹脂被膜は,アルマイト成長層よりも,更に一層優れた機械強
度,耐熱性,耐電気絶縁性並びに耐腐食性を有する非常に化学的に安定
した有機物で,且つ熱膨脹率が母材であるアルミニューム等と略同等
で,マイクロクラックや剥離を生じる心配が無いと共に,含有不純物が
低レベルで且つ外部からのエネルギーに対し非常に分解し難く,更には
表面にポーラス(多孔質)やピンホールを持たないなどの非常に優れた
特性を有しているので,真空処理容器の内面の耐熱性,耐電気絶縁性並
びに耐腐食性を確実に維持できると共に,パーティクル等の不純物質の
発生がなく,しかも真空脱ガス特性が非常に良く,パーティクルフリ
ー,コンタミネーションフリーで非常にクリーンな環境を得て信頼性の
高い能率的な処理の実現に有効となる。なお,上記優れた特性に加えて
耐プラズマ性にも非常に優れ,各種プラズマ処理装置にも非常に有効と
なる。」(段落【0010】)
「請求項6に係わる発明は,真空処理容器内に被処理体を収納保持す
ると共に,処理ガスを導入して該被処理体を処理する処理装置におい
て,前記処理容器の被処理体搬入出口内面及びその搬入出口を開閉する
ゲートバルブ内面に,高分子ポリベンゾイミダゾール樹脂皮膜を設けた
ことを特徴とする。」(段落【0019】)
「請求項7に係わる発明は,前記被処理体搬入出口のゲートバルブの
閉成時の気密シールを行うOリング自体を高分子ポリベンゾイミダゾー
ル樹脂成形品としたことを特徴とする。」(段落【0021】)
「以上のようなPBI樹脂被膜55は,金属や樹脂製品の表面改質に
非常に優れた高機能な特性を有する。…また,…含有不純物が非常に低
レベルでプラズマに叩かれても出て来ることがない。」(段落【004
8】)
イ 上記記載によると,甲10には,①半導体製品の製造装置である真空処
理容器内のアルマイト成長層に金属が含まれていることによって,これら
が不純物となってウェーハ表面を汚染し,半導体製品の特性に悪影響を与
えること,②真空処理容器内に含有不純物が非常に低レベルであるポリベ
ンゾイミダゾール樹脂被膜を設けるか又は真空処理容器内の部品をポリベ
ンゾイミダゾール樹脂成形品とすることによって,半導体製品の特性への
悪影響を防ぐことができることが記載されていると認められる。
原告は,甲10発明は,アルマイト成長層の劣化に伴う不純物の発生が
ウェーハ表面の汚染の原因と捉えているのであって,半導体製造用の部品
にアルミニュームや各種重金属が含まれていること自体を問題としてはい
ない点で本件発明1とは異なっていると主張する。しかし,上記ア(エ)の
とおり,甲10には,「電解液中でアルマイト処理する際に,そのアルマ
イト成長層に多くのアルミニューム及び各種重金属が含まれ,これら重金
属元素が飛び出して不純物質となり,これらがウェーハ表面の微細な成膜
層の汚染につながり,高密度高集積化が進む半導体素子の電気的特性の異
常を招いていた。」との記載があるから,真空処理容器内のアルマイト成
長層に金属が含まれていること自体による半導体製品の特性への悪影響に
ついて記載されているのであって,本件発明1と甲10発明に原告が主張
するような違いがあるということはできない。また,原告は,甲10発明
においては,樹脂の原料段階での金属混入については全く意識されていな
いと主張する。甲10においては,真空処理容器内のアルマイト成長層に
おける金属混入が問題とされているのであって,ポリベンゾイミダゾール
樹脂の金属混入が問題とされているのではないから,樹脂の原料段階での
金属混入は問題になっていないが,このことは,甲10に上記①,②の記
載があることを左右するものではない。
以上述べたところからすると,審決が「そうすると,甲第10号証に
は,半導体素子の製造装置部品にアルミニュームや各種重金属が含まれて
いるとこれらが不純物となってウェーハ表面を汚染するとの認識のもと
に,当該部品に含有不純物が非常に低レベルであるポリベンゾイミダゾー
ル樹脂被膜を施すか部品自体をポリベンゾイミダゾール樹脂成形品とする
ことが記載されているものということができる。」(14頁下から7行∼
3行)と認定したことに誤りはない。
(3) 甲12につき
ア 特開平7−130828号公報(甲12)には,次の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲
「ウエハを載置台に載置してそのウエハに表面処理を施す半導体製造
装置において,前記載置台の上面を,高誘電率を有しかつ金属を含まな
い高分子薄膜で被覆したことを特徴とする半導体製造装置。」(【請求
項1】)
(イ) 産業上の利用分野
「本発明は,静電吸着によってウエハを固定する載置台を備えたドラ
イエッチング装置やプラズマCVD(Chemical Vapor Deposition) 装置
等の半導体製造装置に関するものである。」(段落【0001】)
(ウ) 従来の技術
「…最近では載置台として,ウエハとの密着性が良くウエハを効率良
く温度制御できる,静電吸着を利用した所謂静電チャックを用いた載置
台が盛んに使用されている。」(段落【0003】)
「…静電チャック40は,静電吸着用の金属電極41を絶縁体42で
被覆してなる。…また絶縁体42は,例えば高誘電率を有するCa,T
iやBa,Tiを主成分とするセラミック材料からなり,セラミック材
料を焼結し又は熔射することによって加工される。」(段落【0005
】)
(エ) 発明が解決しようとする課題
「ところが上記した載置台においては,ウエハSが静電チャック40
に吸着される瞬間に,ウエハSの裏面とセラミック材料からなる絶縁体
42の上面とが擦り合わされる。このため,絶縁体42の上面を滑らか
に研磨して平滑としなければ,ウエハSが吸着される度に絶縁体42の
上面が削り取られてダストとなる微粒子が発生してしまうという欠点が
あった。」(段落【0008】)
「ダストの発生は,ウエハSを汚染して歩留りを著しく低下させるう
え,そのダストにはウエハS上に形成される素子に悪影響を及ぼすC
a,Ti,Ba等の金属成分が含まれているため好ましくない。」(段
落【0009】)
「本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり,ウエハに対向する
面を研磨を施さなくても常に平滑状態としておくことができる載置台を
備えた半導体製造装置を提供することを目的としている。」(段落【0
011】)
(オ) 課題を解決するための手段
「上記課題を解決するために本発明は,ウエハを載置台に載置してそ
のウエハに表面処理を施す半導体製造装置において,前記載置台の上面
を,高誘電率を有しかつ金属を含まない高分子薄膜で被覆するようにし
たものである。また上記装置において,載置台の上面に被覆された高分
子薄膜は,複数枚を剥離可能に積層した状態に構成されるようにしたも
のである。」(段落【0012】)
(カ) 作用
「載置台の上面を高分子薄膜で被覆すると,その載置台の上面は平滑
となるため,該上面にウエハが吸着保持された際にその上面が削り取ら
れることがない。」(段落【0013】)
(キ) 実施例
「ところで,この実施例においてその特徴とするところは,絶縁体1
2の上面を高分子薄膜15で被覆し,載置台1の上面を平滑とした点に
ある。すなわち高分子薄膜15は,電気的に絶縁された高誘電率を有し
かつ金属を含まない,例えばポリイミドや含フッ素系のポリマー等で構
成される。」(段落【0018】)
イ 上記記載によると,甲12には,①半導体製品の製造装置の載置台のセ
ラミック材料からなる絶縁体に,Ca,Ti,Ba等の金属が含まれてい
ることによって半導体製品の特性に悪影響を与えること,②その絶縁体を
金属を含まない高分子薄膜で覆うことによって,半導体製品の特性への悪
影響を防ぐことができることが記載されていると認められる。
原告は,甲12発明は,セラミック材料からなる半導体製造装置の一部
がウエハにより削り取られてダストになることを問題とするものであり,
半導体製造装置に金属が含まれていることを問題とはしていない点で本件
発明1とは異なっており,また,その発生するダストに金属が含まれるこ
と自体をとりたてて問題とするものではない点においても本件発明1とは
異なっていると主張する。甲12発明は,セラミック材料からなる絶縁体
がウエハにより削り取られてダストになることを問題とするものである
が,上記ア(エ)のとおり,甲12には,そのダストが半導体製品の特性に
悪影響を与えるのは,セラミック材料に金属が含まれているからである旨
の記載がある。したがって,甲12発明は,半導体製造装置に金属が含ま
れ,その金属がダストとなって半導体製品の特性に悪影響を与えることを
問題としているものであって,本件発明1と甲12発明との間に原告が主
張するような違いがあるということはできない。
以上述べたところからすると,審決が「甲第12…号証には…,半導体
素子の製造装置において,製品の品質の観点から装置からの金属成分の発
生を防止すべきことが開示されているものということができ,」(15頁
12行∼14行)と認定したことに誤りはない。
(4) 甲13につき
ア 特開平6−135786号公報(甲13)には,次の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲
「セラミック部材であって,化学研磨により表面処理されてなり,セ
ラミック材の汚染表面層及び/またはマイクロクラック層が除去され,
半導体製造工程での汚染物放出を抑制されてなることを特徴とする半導
体製造装置用セラミック部材。」(【請求項1】)
(イ) 産業上の利用分野
「本発明は,半導体製造装置用セラミック部材及びその製造方法に関
し,更に,詳しくは,化学研磨により表面処理され,汚染物放出を抑制
された優れた表面を有する半導体製造装置に好適な半導体製造装置用セ
ラミック部材及びその製造方法に関する。」(段落【0001】)
(ウ) 従来の技術
「セラミック部材は,各種の方面において使用されているが,半導体
製造プロセスにおいては,従来,石英ガラスまたは炭化珪素の部材が多
用されてきた。半導体製造では汚染問題が重要課題であって,従来の部
材を形成する石英ガラスや炭化珪素は高純度であり,半導体シリコンウ
ェハと同一元素のSi,C,Oが主成分であり,シリコンの汚染が少な
いとされているためである。しかし,最近になって,プラズマ励起CV
D,プラズマ励起エッチング等半導体製造プロセス技術の低温化の進歩
により,従来の高温操作とは異なり,セラミック部材からの不純物放出
による汚染度が少なくなった工程において,上記石英ガラス等以外の,
アルミナ等の一般的な無機酸化物セラミックスの使用が急増している。
また,従来から半導体製造プロセスでも室温付近で使用される搬送部材
としては,通常の無機酸化物セラミックスが,その高い剛性,低比重,
耐摩粍性,耐薬品性,耐酸化性等の機能を利用して多用されてきてい
る。」(段落【0002】)
(エ) 発明が解決しようとする課題
「しかしながら,通常のセラミックスを機構部材として使用するため
には高い精度が必要で,焼成したままで使用する場合もあるが,ダイヤ
モンドグラインダー等で研削加工して使用することが増えてきている。
このような研削加工したセラミック部材を使用した場合,半導体製造プ
ロセスの低温操作工程においても,条件によっては汚染問題が発生し,
例えば,セラミック部材からのガス放出,接触物が摩耗されて生じたパ
ーティクル発生,セラミック部材からの微量汚染物の放出等の汚染問題
が増大して問題なっている。本発明は,特に,一般的なセラミックスか
ら形成されたセラミック部材を用いた場合の上記問題を解決し,半導体
製造装置で使用しても汚染源を構成しないセラミック部材の提供を目的
とする。」(段落【0003】)
(オ) 課題を解決するための手段
「本発明によれば,セラミック部材であって,化学研磨により表面処
理されてなり,セラミック材の汚染表面層及び/またはマイクロクラッ
ク層が除去され,半導体製造工程での汚染物放出を抑制されてなること
を特徴とする半導体製造装置用セラミック部材が提供される。」(段落
【0004】)
(カ) 作用
「…本発明のセラミック部材は,上記のように化学研磨処理され,平
滑性に優れる表面を有するため,半導体製造装置に用いた場合,ガス放
出やパーティクル発生がなく,また,セラミックス焼成時の汚染物の放
出もなく,半導体汚染のおそれが少ない。」(段落【0006】)
「先ず,焼結法によって製造された焼成されたままのセラミック表面
の特徴を考察した。焼成されたままのセラミック表面は,主に下記の性
状を有する。…
(3)焼成雰囲気や焼成中の接触物からの汚染が存在する。例えば,電
気炉では,ヒーターや炉壁等を構成する耐火物から蒸発する不純物,ま
た,ガス燃焼炉では,炉内へ吹き込まれる配管内の錆等や,電気炉と同
様の耐火物から蒸発する不純物により,セラミックスの表面が汚染され
ていることが多い。また,道具材の不純物からの汚染も存在する。」
(段落【0008】)
「次いで,セラミックスからの微量不純汚染物の放出について検討し
た。セラミックス自体の減耗速度が大きい時,温度が高くてセラミック
ス中を不純物や焼成時の付着汚染物が拡散し易い時,また,電界等でセ
ラミックス中の不純物及び焼成汚染物に移動駆動力が存在する時に,汚
染が極めて多くなることが知見された。また,微量不純物及び汚染物の
うち,Na等アルカリ金属やCuのようにシリコン特性に影響し易いも
のの存在が特に問題となることも明らかになった。」(段落【0012
】)
「本発明の化学研磨は,セラミックス表面の含有不純物や焼成汚染層
を除去することができ,セラミックス全体の誘電損率tanδを小さく
することができるため,不純物及び汚染物の放出総量を少なくすること
に寄与する。」(段落【0018】)
(キ) 実施例1及び比較例1
「…化学研磨された透光性アルミナ質ベルジャーから試料を切り出
し,二次イオン質量分析(SIMS)を用いて微量不純物分析を行っ
た。比較例1として,上記の化学研磨する前の焼成後の,そのままのセ
ラミックスについても同様な測定を行った。その結果,化学研磨したセ
ラミックベルジャーの表面からは,Na,K,Mg,Si,Feが,焼
成後のセラミックス表面より約2桁減少していた。」(段落【0021
】)
(ク) 実施例2及び比較例2∼3
「外径38mm,内径35mmφ,長さ(高さ)120mm,肉厚
1.5mmの透光性アルミナセラミック管を実施例1と同様にして化学
研磨した。これをCDE(ケミカル・ドライ・エッチング)管として用
い,シリコンウェハの汚染レベルを測定した。また,比較例2として化
学研磨してない焼成したままのアルミナセラミック管,比較例3として
石英ガラス管をCDE管として用いて同様にシリコンウェハ汚染を測定
をした。その結果を表1に示した。」(段落【0023】)
「表1の結果から明らかなように,化学研磨したアルミナセラミック
スをCDE管として用いた時は,焼成したままのアルミナセラミックス
をCDE管として用いた時に比べ,シリコンウェハの汚染が著しく少な
いことが分かる。」(段落【0025】)
イ 上記記載によると,甲13には,①半導体製品の製造装置に用いられる
セラミック部材に,Na,Cu等の金属が含まれていることによって半導
体製品の特性に悪影響を与えること,②セラミック部材に化学処理をする
ことによって,その金属の含有量を減らし,半導体製品の特性への悪影響
を防ぐことができることが記載されていると認められる。
原告は,甲13発明は,セラミック部材の研削加工面に特有のメカニズ
ムによりその表面に付着した不純物を問題とするものであり,半導体製造
用セラミック部材に含まれる金属を何ら問題としていない点で本件発明1
とは異なっていると主張する。甲13発明は,セラミックの表面に付着し
た不純物を問題とするものであるが,上記ア(カ)のとおり,甲13には,
その不純物が半導体製品の特性に悪影響を与えるのは,不純物に金属が含
まれているからである旨の記載がある。また,上記ア(カ)のとおり,不純
物は,セラミック部材の製造過程で付着するものであって,セラミック部
材の一部を構成するものである。したがって,甲13発明は,半導体製造
用セラミック部材に金属が含まれ,その金属が半導体製品の特性に悪影響
を与えることを問題としているものであって,本件発明1と甲13発明と
の間に原告が主張するような違いがあるということはできない。
以上述べたところからすると,審決が「甲第…13号証には…,半導体
素子の製造装置において,製品の品質の観点から装置からの金属成分の発
生を防止すべきことが開示されているものということができ,」(15頁
12行∼14行)と認定したことに誤りはない。
(5) 甲21につき
ア 平成7年(1995年)1月26日に公開された国際公開第95/02
634号公報(甲21)には,次の記載がある(なお,以下の記載は,甲
21の訳文が提出されている部分は,訳文により,その余の部分は,特表
平9−500163[甲4]による。)。
(ア) 特許請求の範囲
「…抽出金属および金属化合物が実質的に含まれないことを特徴とす
るフルオロエラストマー配合物。」(請求項1)
「前記抽出金属および金属化合物は,約500ppb未満の量でもっ
て存在することを特徴とする請求項1のフルオロエラストマー配合
物。」(請求項14)
(イ) 発明の背景
「米国特許第3,682,872号,第4,281,092号,及び第4,592,784号に記
載されたようなフルオロエラストマーは商業的に大成功を達成し,異常
環境下,例えば高温やアグレッシブな薬品に遭遇する幅広い用途で使用
されている。」(甲21の訳文1頁)
「電子部品,例えば半導体装置の製造においては,そのような製造工
程において使用される製造装置等における密閉部材(シール材)の性質
に対して大変厳しい要求がなされている。従来のフルオロエラストマー
及び加硫系においては,この要求に応えることができなかった。」(甲
21の訳文1頁)
(ウ) 本発明の要約
「本発明は,非常に高純度が要求される用途に有効に用いることがで
きるフルオロエラストマー配合物を提供する。」(甲21の訳文1頁)
(エ) 本発明の詳細な説明
「本発明によれば,ある用途におけるフルオロエラストマーの満足の
いく性能は,ある成分が含まれないこと,あるいはその濃度が特に低い
ことを要求することが見い出された。フルオロエラストマー配合物に特
に,金属および金属化合物が実質的に含まれてはならない。そのような
金属および金属化合物の例は,実施例および比較例に報告された結果の
金属および金属化合物である。一般に金属抽出物全体の濃度を約500
部/ビリオン(ppb)未満とすべきであり,また金属抽出物の濃度が
200ppb未満の場合に特に必要とするパフォーマンス特性が得られ
る。」(甲21の訳文1頁)
「本発明のフルオロエラストマー配合物は,未乾燥化学的環境での使
用に適しており,また既知の配合物と比較して金属性,アニオン性,及
びTOC抽出物が顕著に少ない。その結果,高純度での他の用途と同様
に半導体ウエットケミカルプロセスにおいて特に好適に用いられる。」
(甲21の訳文1頁∼2頁)
イ 上記記載によると,甲21には,①半導体製品の製造装置に用いられる
フルオロエラストマーには,金属及び金属化合物が実質的に含まれてはな
らないこと,②抽出金属及び金属化合物の濃度を約500ppb未満とす
べきであり,抽出金属及び金属化合物の濃度が200ppb未満の場合に
特に必要とするパフォーマンス特性が得られることが記載されていると認
められる。
原告は,甲21発明は,主に半導体ウエットケミカルプロセス等におい
てシール材等として用いられ,アグレッシブな薬品に長時間曝されること
が想定されているフルオロエラストマーに関する発明であり,フルオロエ
ラストマーとは物理的特性(弾性,硬度など)及び用途が全く異なる本件
発明1のポリベンゾイミダゾールには当てはまらないものであると主張す
る。
しかし,上記(1)ウのとおり,本件発明1は,ポリベンゾイミダゾール
材料中に金属が含まれていることによって半導体・表示素子製品の特性に
悪影響を与えることを防ぐためにその金属の含有量を減らした発明である
としか理解できない。そうすると,本件発明1と甲21発明とでは,ポリ
ベンゾイミダゾールとフルオロエラストマーという違いはあるものの,半
導体製品の製造装置に用いられている材料中の金属の含有量を減らすとい
う点では,共通している。また,上記アのとおり,甲21発明において,
フルオロエラストマーは,半導体製造装置の密封部材(Oリング)として
使用されることが想定されているが,前記(2)ア(ア)のとおり,ポリベン
ゾイミダゾールも気密シールを行うOリングとして用いられるから,その
用途や必要とされる特性が全く異なるとまでは認められない。
また,原告は,本件発明1が想定するポリベンゾイミダゾール含有金属
の濃度は1ppmのオーダーであるのに対し,甲21発明が想定するフル
オロエラストマーから抽出される金属の濃度は100ppbのオーダーと
非常に低い値となっているのは,甲21発明では,ウェットケミカル中に
フルオロエラストマーから抽出された金属は直接製造中の半導体素子に触
れることとなるため,抽出金属の半導体素子に直接与える影響という観点
から定められたものであるのに対し,本件発明1の数値は,材料中の金属
にプラズマが直撃することを防ぐという観点から定められたものであり,
金属そのものが半導体素子に与えるという影響という観点とは無関係に定
められたものであるためであると主張する。しかし,前記(1)ウのとお
り,本件発明1は,ポリベンゾイミダゾール材料中に金属の微粉末にプラ
ズマが飛ぶことを防ぐ発明と限定して理解することはできないのであるか
ら,そのような観点から,本件発明1と甲21発明の数値の意義が異なる
という原告の主張は採用できない。
(6) 以上のとおり,甲10,12,13には,半導体製品の製造装置に金属
が含まれていることによって半導体製品の特性に悪影響を与えること,その
金属の含有量を減らすことによって半導体製品の特性への悪影響を防ぐこと
ができることが記載されており,その金属には,アルカリ金属及びアルカリ
土類金属以外の金属も例示されている。また,甲21にも,半導体製品の製
造装置の金属含有量を減らすべきことが記載されている。
そうすると,半導体製品の特性への悪影響を防ぐために半導体製品の製造
装置の金属含有量を減らすことは,当業者(その発明の属する技術の分野に
おける通常の知識を有する者)にとって広く知られていた解決すべき課題で
あったということができるから,半導体製品の製造に用いられるポリベンゾ
イミダゾールについても,金属の含有量が少ないものが好ましいことは,当
然のことであって,アルカリ金属及びアルカリ土類金属以外の金属の含有量
が少ないポリベンゾイミダゾールという「物」については,当業者が容易に
発明することができたものということができる。
この点について,原告は,本件特許出願当時,ポリベンゾイミダゾール材
料に金属が含まれていることは公知ではなく,当業者は,ポリベンゾイミダ
ゾール材料中に金属が含まれている可能性についての認識を有していなかっ
たから,本件特許出願当時の当業者には,ポリベンゾイミダゾール樹脂とし
て金属の総濃度が低いものを採用しようという動機付けがなかったといえる
と主張する。しかし,米国特許第4672104号(1987年6月9日発
行・乙1)には,ポリベンゾイミダゾールの合成触媒として,マグネシウ
ム,マンガン化合物を使用できることが記載されているから,当業者は,少
なくとも,ポリベンゾイミダゾール材料中に金属が含まれている可能性につ
いての認識を有していたといえる(原告は,半導体・表示素子製造装置部品
などの成型品用のポリベンゾイミダゾール材料の製造においては,乙1に記
載の製法が用いられることはないと主張するが,本件発明1は,「半導体・
表示素子の製造装置部品用」ポリベンゾイミダゾール材料に関する発明であ
って,成型品に限られるものではないから,原告の主張は採用できな
い。)。また,仮に,本件特許出願当時,当業者が,ポリベンゾイミダゾー
ル材料中に金属が含まれている可能性についての認識を有していなかったと
しても,上記のとおり,半導体製品の特性への悪影響を防ぐために半導体製
品の製造装置の金属含有量を減らすことは,当業者にとって広く知られてい
た解決すべき課題であったことからすると,金属含有量が少ないポリベンゾ
イミダゾールという「物」については,当業者が発明する動機付けがあり,
容易に発明することができたものというべきである。
そして,本件発明1には,「材料中に含まれるアルカリ金属およびアルカ
リ土類金属を除く金属の総濃度が10ppm以下であること」という数値限
定があるが,前記(1)ウのとおり,この数値限定に格別の意義は認められな
いのであり,前記(5)のとおり,甲21発明には,500ppb未満という
数値が示されていること,及び後記3のとおり,ガラス製の反応器を用いる
ことによって金属がほとんど含有しないポリベンゾイミダゾールを製造し得
たことを併せ考慮すると,本件発明1の数値限定は,当業者が容易になし得
たものということができる。
なお,本件発明1と甲21発明とでは,ポリベンゾイミダゾールとフルオ
ロエラストマーという違いがあり,また,甲21発明の500ppb未満と
いう数値は,抽出金属及び金属化合物の濃度であるという違いがある。しか
し,前記(5)のとおり,本件発明1と甲21発明とでは,半導体製品の製造
装置に用いられている材料中に金属の含有量を減らすという点では,共通し
ており,その用途や必要とされる特性が全く異なるとは認められないし,甲
21発明の500ppb未満という数値が,本件発明1の数値(10ppm
=10000ppb)よりもはるかに低いことからすると,甲21発明のフ
ルオロエラストマーにおいても,アルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く
金属の総濃度が10ppm以下である蓋然性が高いということができるか
ら,上記のとおり甲21発明を考慮することができるというべきである。
(7) よって,審決が,本件発明1と甲10発明との相違点(い)について,
当業者が容易に発明することができたものと判断したことに誤りはない。
3 取消事由2(本件発明1と甲10発明との相違点(あ)及び相違点(い)の
組合せについての審決の判断の誤り)について
(1) ポリベンゾイミダゾールを固相重合法によって製造することが周知であ
ったことにつき
三田達監訳「高分子大辞典」丸善株式会社(平成6年9月20日発行)の
「ポリベンゾイミダゾール」の項(1075頁。甲15),神戸博太郎編
「高分子の耐熱性」株式会社培風館(昭和45年12月20日発行)の14
頁∼15頁(甲16),高分子学会高分子辞典編集委員会編「新版高分子辞
典」株式会社朝倉書店(1995年9月20日初版第4刷発行)の「固相重
縮合」の項(161頁∼162頁。甲17)によると,ポリベンゾイミダゾ
ールを固相重合法によって製造することは,本件特許出願前から広く知られ
ていたことが認められる。
(2) 反応器として金属製以外のものを用いることが現実的でないかどうかに
つき
原告は,ポリベンゾイミダゾールの固相重合法による製造過程において,
反応器として金属製以外のものを用いることは現実的でないと主張する。
しかし,上記(1)の甲15には,ポリベンゾイミダゾールについて,「工
業的な大量生産に適しているのは固相重合である。この方法では,真空また
は大気圧において固体を重合し,ポリマーの溶解した押出し可能な紡糸原液
を直接つくることができる。大気圧における二段階重合には,ガラス製ある
いは316−ステンレス鋼製の反応器が用いられる。」(1075頁右欄1
2行∼16行)と記載されている。この記載は,ポリベンゾイミダゾールの
固相重合法による製造に当たり,ガラス製の反応器を用いることができるこ
とを記載したものであると認められる。もっとも,甲20(東京工業大学教
授Aの陳述書)には,ガラス製の容器からカルメラ状の反応生成物を取り出
すのには,慎重かつ面倒な操作が要求されること,カルメラ状の反応生成物
を取り出すことなく,反応容器中でカルメラ状の反応生成物を破砕するため
には,大きな物理的な衝撃が加わることが記載されている。この記載からす
ると,ガラス製の反応器をポリベンゾイミダゾールの工業的な生産に用いる
には,困難な点があることが認められるが,上記甲15の記載があることを
も考慮すると,ガラス製の反応器をポリベンゾイミダゾールの生産に用いる
発明が産業上利用できないとまで認めることはできない。
(3) 以上のとおり,ポリベンゾイミダゾールを固相重合法によって製造する
ことが広く知られており,ガラス製の反応器を用いることも知られていたこ
とからすると,本件発明1のポリベンゾイミダゾール材料が「固相重合法に
より製造される」ものである(相違点(あ))としても,その固相重合がガ
ラス製の反応器を用いて行われた場合には,製造されるポリベンゾイミダゾ
ールには金属成分がほとんど含まれず,本件発明1の相違点(い)の要件を
自ずから満たすこととなるものと解される。
そうすると,本件発明1において,甲10発明との相違点(あ)及び相違
点(い)を組み合わせることは,当業者が容易に想到することができたとい
うべきであり,それにより,特に予測を超える効果を奏し得たものとも認め
られないから,その旨の審決の判断に誤りはない。
なお,原告は,本件特許出願当時,当業者には,固相重合法により製造さ
れるポリベンゾイミダゾール材料に金属が含まれている可能性についての認
識が全くなかったから,相違点(あ)と相違点(い)を組合せる動機付けが
存在しなかったと主張するが,前記2(6)のとおり,当業者には,固相重合
法により製造されるポリベンゾイミダゾール材料に金属が含まれている可能
性についての認識が全くなかったとは認められないのであり,仮に,そのよ
うな認識がなかったとしても,前記2(6)のとおり,半導体製品の特性への
悪影響を防ぐために半導体製品の製造装置の金属含有量を減らすことは,当
業者にとって広く知られていた解決すべき課題であったこと,上記(1)のと
おり,本件特許出願当時,ポリベンゾイミダゾールを固相重合法で製造する
ことが広く知られていたことからすると,固相重合法で製造された金属含有
量が少ないポリベンゾイミダゾールという「物」については,当業者が発明
する動機付けがあり,容易に発明することができたものというべきである。
そして,「材料中に含まれるアルカリ金属およびアルカリ土類金属を除く金
属の総濃度が10ppm以下であること」という数値限定については,前記
2(6)のとおりである。したがって,原告の上記主張は採用できない。
4 取消事由3(本件発明2及び3についての審決の判断の誤り)について
本件発明2及び3は,本件発明1について,ポリベンゾイミダゾール材料中
に含まれる金属の濃度を特定の金属についてさらに限定したものであって,本
件発明2については,「クロム,鉄,ニッケルの総濃度が5ppm以下であ
る」との限定を,本件発明3については,「クロム,鉄,ニッケルの内,少な
くとも2種類のそれぞれの濃度が1ppm以下である」との限定を付したもの
である。
しかるところ,本件発明1について進歩性が認められないことは,既に説示
したとおりである。
本件明細書には,本件発明2及び本件発明3における,ポリベンゾイミダゾ
ール材料中に含まれる金属の濃度の上記数値限定に臨界的な意義があるなどの
格別の技術的な意義がある旨の記載はなく,前記2(5)のとおり,甲21に
は,抽出金属及び金属化合物の濃度を約500ppb未満とすべきであり,抽
出金属及び金属化合物の濃度が200ppb未満の場合に特に必要とするパフ
ォーマンス特性が得られることが記載されていることをも考慮すると,本件発
明2及び3の数値限定は,当業者が適宜なし得たものということができる。
したがって,本件発明2及び3について進歩性を認めなかった審決の判断に
誤りはない。
5 取消事由4(本件発明4についての審決の判断の誤り)について
本件発明4は,本件発明1∼3について,ポリベンゾイミダゾールの構造式
を特定のものに限定したものである。
本件発明1について進歩性が認められないことは,既に説示したとおりであ
るところ,本件発明4は,そのポリベンゾイミダゾールの構造式を特定のもの
に限定したにすぎないものであって,本件発明4の構造式は甲10の【発明の
詳細な説明】段落【0046】に記載されているから,本件発明4について進
歩性を認めることはできない。
したがって,本件発明4について進歩性を認めなかった審決の判断に誤りは
ない。
6 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 森 義 之
裁判官 田 中 孝 一

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