平成18(行ケ)10159特許取消決定取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成18年11月21日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告東京応化工業株式会社
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対象物 |
ポジ型レジスト組成物 |
法令 |
特許権
特許法44条1項9回 特許法120条の44回 特許法44条2回 特許法29条2項1回
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キーワード |
刊行物40回 実施24回 分割22回 特許権3回 進歩性2回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成7年10月30日にした特許出願(特願平7−30511
3号。以下「原出願①」という。)の一部を分割して平成12年3月29
日に特許出願(特願2000−91921号。以下「原出願②」という。)
をし,その一部を分割して平成13年5月7日に特許出願(特願2001
−136724号。以下「原出願③」という。)をし,更にその一部を分
割して,平成14年3月19日に発明の名称を「ポジ型レジスト組成物」
とする発明につき特許出願(特願2002−76812号。以下「本件出
願」という。)をし,平成15年9月12日,特許第3472771号と
して特許権の設定登録(設定登録時の請求項の数2。以下,この特許を「
本件特許」という。)を受けた。
(2) 本件特許について浜田一美から特許異議の申立てがされたため,特許庁
は,これを異議2003−73392号事件として審理し(ただし,本件
特許中,請求項2に係る部分の特許異議の申立ては取り下げられた。),
その係属中,原告は,平成17年3月15日,本件出願に係る明細書につ |
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判決文
平成18年(行ケ)第10159号 特許取消決定取消請求事件
口頭弁論終結日 平成18年11月9日
判 決
原 告 東京応化工業株式会社
訴 訟 代 理 人 弁 理 士 阿 形 明
被 告 特 許 庁 長 官
中 嶋 誠
指 定 代 理 人 秋 月 美 紀 子
同 山 口 由 木
同 福 田 由 紀
同 唐 木 以 知 良
同 大 場 義 則
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が異議2003−73392号事件について平成18年2月27日
にした決定中「特許第3472771号の請求項1に係る特許を取り消
す。」との部分を取り消す。
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成7年10月30日にした特許出願(特願平7−30511
3号。以下「原出願①」という。)の一部を分割して平成12年3月29
日に特許出願(特願2000−91921号。以下「原出願②」という。)
をし,その一部を分割して平成13年5月7日に特許出願(特願2001
−136724号。以下「原出願③」という。)をし,更にその一部を分
割して,平成14年3月19日に発明の名称を「ポジ型レジスト組成物」
とする発明につき特許出願(特願2002−76812号。以下「本件出
願」という。)をし,平成15年9月12日,特許第3472771号と
して特許権の設定登録(設定登録時の請求項の数2。以下,この特許を「
本件特許」という。)を受けた。
(2) 本件特許について浜田一美から特許異議の申立てがされたため,特許庁
は,これを異議2003−73392号事件として審理し(ただし,本件
特許中,請求項2に係る部分の特許異議の申立ては取り下げられた。),
その係属中,原告は,平成17年3月15日,本件出願に係る明細書につ
いて特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正請求をし,更に同年8月9
日付け手続補正書をもってその訂正請求書の補正をした(以下,この補正
後の訂正請求書に基づく訂正を「本件訂正」といい,本件訂正後の明細書
を「本件訂正明細書」という。)。
特許庁は,審理の結果,平成18年2月27日,本件訂正を認めた上
で,「特許第3472771号の請求項1に係る特許を取り消す。」との
決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年3月13日,
原告に送達された。
(3) なお,原告は,平成15年4月11日に原出願③について特許権(特許
第3416876号)の設定登録を受けた後,特許庁から,その特許につ
き特許異議の申立て(異議2003−73033号)に基づく取消決定(
以下「別件異議決定」という。)を受けたため,その取消しを求める取消
訴訟(当庁平成17年(行ケ)第10623号)を提起したが,平成18
年4月27日,請求棄却の判決(以下「別件判決」という。)を受けた。
その後,別件判決は確定した。
2 特許請求の範囲
本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以
下,請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
「【請求項1】(A)一般式
【化1】
(式中,R 1は水素原子又はメチル基,R 4及びR5はメチル基又はエチル基
である)
で表わされる構成単位10∼60モル%と,式
【化2】
で表わされる構成単位90∼40モル%で構成され,かつ重量平均分子量
8,000∼25,000,分子量分布(Mw/Mn)1.5以下を有す
るポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体からなる基材樹脂及び
(B)ビス(シクロヘキシルスルホニル)ジアゾメタン又はビス(2,4
−ジメチルフェニルスルホニル)ジアゾメタンあるいはその両方を含む酸
発生剤を含有してなるKrFエキシマレーザー用ポジ型レジスト組成
物。」
3 本件決定の内容
本件決定の内容は,別紙決定書写しのとおりである。要するに,本件発明
は,刊行物1(特開平5−249682号公報。甲1)に記載された発明(
以下「引用発明」という。)と,刊行物3(特開平6−287163号公
報。甲3),刊行物6(滝川忠宏他編「ULSIリソグラフィ技術の革新」
株式会社サイエンス フォーラム(1994年11月10日発行)308∼
317頁。甲6)及び刊行物7(「Japanese Journal of Applied Physics,V
ol.31(1992)」4316∼4320頁。甲7)等に記載された周知事項
に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたから,その特許は特許
法29条2項の規定に違反してされたものであるとして,取り消されるべき
であるというものである。
本件決定は,本件発明と引用発明との間には,次のとおりの一致点及び相
違点があると認定した。
(一致点)
「(A)一般式【化1】
(式中,R 1は水素原子又はメチル基,R 4及びR 5はメチル基又はエチル基で
ある)で表わされる構成単位10∼60モル%と,
式【化2】
で表わされる構成単位90∼40モル%で構成され,かつ重量平均分子量
8,000∼25,000を有するポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体から
なる基材樹脂及び
(B)ビス(シクロヘキシルスルホニル)ジアゾメタンからなる酸発生剤を
含有してなるKrFエキシマレーザー用ポジ型レジスト組成物」である点。
(相違点)
ポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体の分子量分布(Mw/Mn)につい
て,本件発明では,「1.5以下」と特定するものであるのに対して,引用
発明では,最小でも「1.8」である点。
第3 当事者の主張
1 原告主張の取消事由
本件決定が認定した本件発明と引用発明の一致点及び相違点は認める。
しかし,本件決定は,本件出願の出願日の認定を誤った上(取消事由
1),相違点の判断を誤った結果(取消事由2),本件発明は引用発明及び
周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと誤って判
断し,更には平成15年法律第47号による改正前の特許法(以下「旧特許
法」という。)120条の4第1項に違反する手続違背(取消事由3)があ
るから,違法として取消しを免れない。
(1) 取消事由1(本件出願の出願日の認定の誤り)
ア 本件決定は,本件出願が,特許法44条(平成14年法律第24号に
よる改正前のもの。以下同じ。)1項の「二以上の発明を包含する特許
出願の一部」を新たな特許出願とするものとして,同条2項の規定によ
り原出願①の出願の時に出願したとみなされるためには,本件出願にお
いて特定する技術的事項のすべてが,原出願①の願書に最初に添付され
た明細書(以下「原明細書①」という。甲9)に記載されていなければ
ならないところ,原明細書①においては,KrFエキシマレーザー用ポ
ジ型レジスト組成物における樹脂成分として使用できることが確認され
ているのは,(a)成分(「水酸基の10∼60モル%が一般式化2・
・・(式中,R 1は水素原子又はメチル基であり,R 2はメチル基又はエ
チル基であり,R3は炭素数1∼4の低級アルキル基である。)で表わさ
れる残基で置換された重量平均分子量8,000∼25,000,分子
量分布(Mw/Mn)1.5以下のポリヒドロキシスチレン」)と(
b)成分(「水酸基の10∼60モル%がtert-ブトキシカルボニル
オキシ基で置換された重量平均分子量8,000∼25,000,分子
量分布(Mw/Mn)1.5以下のポリヒドロキシスチレン」)とを混
合した場合だけであって,原明細書①の記載から,本件発明のように(
a)成分のみを樹脂成分として単独で使用した場合についても,(a)
成分と(b)成分と混合して用いた場合に匹敵する作用効果を有するこ
とを示す根拠は全く見出せず,原明細書①から自明であるとすることも
できないことを理由に,本件出願は,原出願①との関係において同条1
項に規定する特許出願であるとは認められず,本件出願の出願日は,現
実の出願日である平成14年3月19日であると認定(決定書7頁6行
∼11頁2行)している。
しかし,本件訂正明細書(甲16)には,本件発明の場合,すなわち
本件決定にいう「(a)成分のみを単独で使用した場合」に,「(a)
成分と(b)成分とを混合した場合」に匹敵する作用効果を奏すること
は一切記載されていないし,また,特許法44条1項は,原明細書①に
記載されている二つ以上の発明が互いに匹敵する作用効果を示すもので
なければならないことを分割の要件とするものではないから,本件決定
が,「(a)成分のみを単独で使用した場合」に,「(a)成分と(
b)成分と混合して用いた場合」に匹敵する作用効果を奏することの根
拠が見出せないことを理由として本件出願が分割要件を備えていないと
判断したことは誤りである。
そして,原明細書①には,本件発明を特定する技術的事項がすべて記
載されているから,本件出願は,原出願①との関係において特許法44
条1項に規定する分割要件を満たし,同条2項の規定により,本件出願
の出願日は,原出願①の出願日である平成7年10月30日とみなされ
る。
イ また,仮に本件発明が原明細書①に記載された発明ではないとして
も,本件出願は,原出願③の分割出願でもあり,本件発明が原出願③の
願書に最初に添付された明細書(以下「原明細書③」という。甲23)
に記載された発明であることは明らかであるから,本件出願の出願日は
原出願③の出願日である平成13年5月7日とされるべきである。そう
すると,本件出願の出願日が現実の出願日(平成14年3月19日)で
あるということにはならない。
ウ したがって,本件決定には,本件出願の出願日を現実の出願日である
平成14年3月19日であると認定した誤りがあるから,違法なものと
して取り消されるべきである。
(2) 取消事由2(相違点の判断の誤り)
ア(ア) 本件決定は,刊行物3に,一部の水酸基の水素原子がt‐ブトキ
シカルボニル基で置換されたポリ(ヒドロキシスチレン)系樹脂に関
し,分子量分布は単分散性であるのが好ましいこと及び単分散とは分
子量分布Mw/Mnが1.05∼1.50であることが,刊行物7
に,新しい単分散のPHSをベース樹脂とした化学増幅型ポジレジス
トが開発され,ほぼ単分散のPHSを使用することにより,微細パタ
ーンが得られること及び分散度(Mw/Mn)が1.29のものを用
いた実験が,刊行物6に,NTTによりイオン重合で得られる狭分散
PHSを用い,部分的にtBOC化したレジストを検討した結果,解
像性が改善されるという報告がなされたことがそれぞれ記載されてい
るので,原出願①の出願日(平成7年10月30日)の前に,「ポ
リ(ヒドロキシスチレン)誘導体からなるKrFエキシマレーザー用
ポジ型レジスト組成物において,基材樹脂が単分散であること,すな
わち,分子量分布(Mw/Mn)が1.5以下であることが望ましい
こと」は,既に知られていたと認定(決定書18頁下から7行∼19
頁23行)している。
しかし,刊行物3,6,7に記載されているのは,いずれもt‐ブ
トキシカルボニル基で水酸基の一部が保護されたポリ(ヒドロキシス
チレン)樹脂についての考察であり,KrFエキシマレーザーのため
の化学増幅型ポジ型レジストに普遍的に適用し得るルールとして,換
言すればポリヒドロキシスチレンの水酸基の一部を置換している酸解
離性置換基の種類に関係なく,共通的に適用できるルールとして記載
されているものではない。
むしろ,化学増幅型ポジ型レジスト中で樹脂成分として用いる水酸
基の一部が酸解離性置換基で保護されたポリヒドロキシスチレン樹脂
において,これが単分散であるか多分散であるか,換言すればMw/
Mnを小さくするか,大きくするかは,それを用いて得られる化学増
幅型ポジ型レジストの物性に対し大きな影響を与えるものであるが,
この影響はポリヒドロキシスチレン樹脂の水酸基の一部を置換してい
る酸解離性置換基の種類のすべてに対し,共通的な結果をもたらすも
のではなく,むしろ酸解離性置換基の種類により,異なった結果がも
たらされるのである。
例えば,本件の特許異議手続において提出した平成17年3月15
日付け意見書添付の実験成績報告書(甲12)の表1及び図1をみれ
ば明らかなように,酸解離性置換基がエトキシエチルオキシ基の場合
は,単分散(Mw/Mn=1.5)と多分散(Mw/Mn=2.2)
の場合では,シリコンウェーハ及びチタンナイトライドのいずれの基
板に対しても,単分散の場合が優れた感度,限界解像度を示している
のに対し,酸解離性置換基がt‐ブチルオキシカルボニル基の場合
は,単分散のものを用いても,シリコンウェーハ基板に対しては感
度,限界解像度が劣っており,チタンナイトライド基板に対しては感
度,限界解像度が著しく劣り,基板依存性も大きいという効果の差を
生じている。また,甲12に示されているように,酸発生剤のビス(
シクロヘキシルスルホニル)ジアゾメタンと併用した場合,ポリヒド
ロキシスチレンの酸解離性置換基がエトキシエチル基のもの(本件発
明のもの)は,感度,解像度ともに良好であるが,tert‐ブトキ
シカルボニル基のもの(刊行物3に記載のもの)は,むしろ感度及び
解像度が劣化し,tert‐ブトキシエチル基のものは感度は良好で
あるが,解像度は劣化しており,酸解離性置換基によって,それぞれ
効果の点で同一に律することができない。
また,平成16年5月25日付け実験成績報告書(甲13)の表1
をみても,酸解離性置換基としてエトキシエチル基,シクロヘキシル
オキシエチル基又はベンジルオキシエチル基を用いた場合は,単分散
のもの(A,C及びE)が多分散のもの(B,D及びF)に比べ,優
れた物性及びプロファイルのものが得られるのに対し,酸解離性置換
基としてテトラヒドロピラニル基,t‐ブチルオキシカルボニル基又
はt‐ブトキシカルボニルメチル基を用いた場合は,単分散のもの(
G,H及びJ)であっても,良好な結果は得られていない。
このように,単分散のもの,すなわち相違点に係る本件発明の分子
量分布(Mw/Mn)1.5以下のものが,化学増幅型ポジ型レジス
トとしての物性の向上に寄与するか否かは,ポリヒドロキシスチレン
における保護基の種類に依存するというべきである。
(イ) 本件決定は,本件出願前に,「ポリ(ヒドロキシスチレン)誘導
体からなるKrFエキシマレーザー用ポジ型レジスト組成物におい
て,基材樹脂が単分散であること,すなわち,分子量分布(Mw/M
n)が1.5以下であることが望ましいこと」が既に知られていたこ
とを示す根拠となる周知技術として,特開平6−273935号公
報(甲18),特開平6−273934号公報(甲19),特開平6
−236037号公報(甲20)及び特開平2−161436号公
報(甲21)の各公報等にKrFエキシマレーザー用ポジ型レジスト
組成物において基材樹脂の分子量分布(Mw/Mn)が小さい方が好
ましいこと及びそれによる感度,解像度等の効果が記載されていると
認定しているが,そもそも,周知技術とは,文字どおりあまねく知ら
れている技術であり,例えば汎用の技術専門書や一般に入手可能な文
献等の総説に記載されていて,不特定多数の人が知り得る状態になっ
ていることを意味し,数件の公報に記載されている事項は,単に複数
の公知文献に記載されている事項であって,周知技術ということには
ならない。百歩譲って,異なる出願人による多数の特許公報中に同じ
技術が掲載されているという事項であれば,周知技術であると推測し
得る場合もあるかもしれないが,上記各公報のうちの3件すなわち甲
18ないし20は同一出願人によるものであり,このような同一人の
出願に係る特許公報がいかに多数存在したとしても,それに記載され
ている技術事項をもって周知技術ということはできない。
また,甲18ないし20においては,特許請求の範囲の請求項2と
してベース樹脂の分子量分布(Mw/Mn)が1.0∼1.4のもの
を記載しているが,このような分子量分布のものが周知であるとする
ならば,ことさら請求項に記載して特許出願するはずがないのであ
り,このような狭い分子量分布のものが特別なものであり,周知技術
ではないと認識していればこそ,特許請求の範囲に記載して特許出願
しているのである。また,甲21には,Mw/Mnが1.2のポリ(
p‐ビニルフェノール)に2,3‐ジヒドロピランとを反応させて,
テトラヒドロピラニル基を導入したベース樹脂が記載されているが,
これは刊行物3に記載されているものと同じであるので,これは単に
公知であることを重ねて示しているだけで,周知であることの証拠に
はならない。
さらに,甲12の実験成績報告書に示されているように,酸発生剤
のビス(シクロヘキシルスルホニル)ジアゾメタンと併用した場合,
ポリヒドロキシスチレンの酸解離性置換基がエトキシエチル基のも
の(本件発明のもの)は,感度,解像度ともに良好であるが,ter
t‐ブトキシカルボニル基(刊行物3に記載のもの)は,むしろ感度
及び解像度が劣化し,tert‐ブトキシエチル基のものは感度は良
好であるが,解像度は劣化しており,酸解離性置換基によって,それ
ぞれ効果の点で同一に律することができないので,被告のいう周知技
術自体の認定が誤りである。
(ウ) したがって,原出願①の出願前に,ポリ(ヒドロキシスチレン)
誘導体からなるKrFエキシマレーザー用ポジ型レジスト組成物につ
いて分子量分布(Mw/Mn)が1.5以下であることが望ましいこ
とは,既に知られていたとの本件決定の認定は誤りである。
イ 次に,本件決定は,刊行物3,6,7に記載のものは,いずれも,一
部の水酸基の水素原子がt‐ブトキシカルボニル基で置換されたポリ(
ヒドロキシスチレン)樹脂に関するものであり,本件発明のポリ(ヒド
ロキシスチレン)樹脂とは異なることを認めた上で,ポリヒドロキシス
チレン誘導体をベース樹脂としたKrFエキシマレーザー用ポジレジス
ト組成物である点では本件発明と共通するから,当業者であれば,引用
発明において,「レジスト用基材樹脂(重合体)として,分子量分布(
Mw/Mn)が1.5以下である,単分散のものを用いることに格別な
創意を要するものとは認められない」と判断(決定書19頁24行∼3
1行)している。
しかし,本件出願前に,ポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体からなる
KrFエキシマレーザー用ポジ型レジスト組成物について分子量分布が
1.5以下であることが望ましいことは,既に知られていたとの本件決
定の認定が誤りであることは前記のとおりであり,また,分子量分布を
1.5以下にすることにより,特に効果上の差異を示さないt‐ブトキ
シカルボニル基で置換されたポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂につい
て,刊行物3,6,7に分子量分布1.5以下のものが記載されている
としても,この記載に基づいて,本件発明のような分子量分布1.5以
下のメトキシ又はエトキシアルキル基で置換されたポリ(ヒドロキシス
チレン)樹脂(一般式【化1】参照)を用いた場合に顕著な効果を示す
ことを予測することは,たとえ当業者といえども不可能であるから,引
用発明において相違点に係る本件発明の構成を採用することに格別な創
意を要するものとは認められないとした本件決定の上記判断は誤りであ
る。
(3) 取消事由3(手続違背)
旧特許法120条の4第1項は,審判長は,取消決定をしようとすると
きは,特許権者に対し,特許の取消しの理由を通知し,相当の期間を指定
して,意見書を提出する機会を与えなければならないと規定している。
しかるに,本件決定は,平成17年1月5日付け取消理由通知(甲1
4)に引用されていない甲18ないし21を引用し,t‐ブトキシカルボ
ニル基で置換されたポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂以外の酸解離性保護
基で置換されたポリヒドロキシスチレン誘導体を基材樹脂としたKrFエ
キシマレーザー用ポジ型レジスト組成物において,当該基材樹脂の分子量
分布の小さい方が好ましいことは,周知であったとの理由により,本件発
明が引用発明から当業者であれば格別な創意を要することなく行うことが
できたものであり,その効果も当業者が容易に予測し得ると判断(決定書
22頁13行∼23頁2行)している。
しかし,甲18ないし21を証拠として,本件出願前に,KrFエキシ
マレーザー用ポジ型レジスト組成物において用いられる酸解離性保護基で
置換されたポリヒドロキシスチレン誘導体において,一般的に分子量分布
が小さい方が好ましいことが知られているとし,これに基づいて本件発明
が進歩性を欠くとする理由は,本件決定の理由においてはじめて示された
ものであって,この理由についてあらかじめ原告に通知し,相当の期間を
指定して意見書を提出する機会を与えていない。
そして,本件発明の進歩性の有無を判断するには,本件発明及び引用発
明における「アルコキシアルキルオキシ基」(一致点の一般式【化1】参
照)で「ヒドロキシル基」(一致点の式【化2】参照)の一部を置換した
ポリ(ヒドロキシスチレン)について,相違点に係る本件発明の構成であ
る分子量分布(Mw/Mn)1.5以下のものが本件出願前に知られてい
たか否かが重要な争点になっているのに,その事実を示すための証拠であ
る甲18ないし21について取消理由通知において示すことなく,原告か
ら何ら意見を求めることもなく本件決定を行ったのは,旧特許法120条
の4第1項の規定に違反することは明らかである。
2 被告の反論
(1) 取消事由1に対し
本件出願の出願日が,特許法44条の規定により,原出願①の出願の
時(平成7年10月30日)に出願したものとみなされるためには,(
a)原出願②が,原出願①に対し分割の要件のすべてを満たし,(b)原
出願③が,原出願②に対し分割要件のすべてを満たし,かつ原出願③が原
明細書①に記載した事項の範囲内のものであるか,同明細書に記載した事
項から自明な事項の範囲内のものであり,(c)本件出願が,原出願③に
対し分割要件のすべてを満たし,かつ本件出願が原出願①に対し,原明細
書①に記載した事項の範囲内のものであるか,同明細書に記載した事項か
ら自明な事項の範囲内のものであることを要する。
しかるに,原出願③が,上記(b)の要件を満たしていないことは,別
件異議決定に示されたとおりであり,別件異議決定の取消しを求める訴訟
の判決である別件判決(乙1)において,原出願③は,特許法44条1項
に規定する分割出願の要件を満たしているとは認められず,その出願日
は,現実の出願日である平成13年5月7日とされると判示(別件判決書
20頁6行∼26頁2行)され,別件判決及び別件異議決定は確定してい
る。
そうすると,本件出願は,特許法44条1項に規定する特許出願である
とすることはできず,その出願日は,現実の出願日である平成14年3月
19日であるとした本件決定の判断に誤りはない。
(2) 取消事由2に対し
別件判決において,刊行物3,6,7等によれば,①「原出願の出願
日(平成7年10月30日)前,ポリヒドロスチレン誘導体からなる化学
増幅型ポジ型レジストにおいて,基材樹脂となるポリヒドロキシスチレン
樹脂の分子量分布が1.5以下であることが望ましいことは,周知技術で
あったものと認められる。」(別件判決書33頁2行∼5行),②「引用
例3(本訴における刊行物1)に記載された発明に接した当業者は,相違
点cに係る本件発明1の構成である,レジスト用基材樹脂(重合体)とし
て,分子量分布が1.5以下である単分散のものを用いることに容易に想
到することができるというべきである。」(同33頁6行∼9行),③「
原出願時において,当業者が容易に相違点cに係る本件発明1の構成に想
到できたことは上記(3)のとおりであり,その当時,当業者間におい
て,一部の水酸基の水素原子がtert-ブトキシカルボニル基で保護され
たポリヒドロキシスチレン樹脂の場合,単分散のものを用いても,多分散
のものを用いた場合に比べて何らレジスト物性の向上は認めれれないと考
えられていたわけではないし,原出願の出願日後に作成された実験報告
書(甲12報告書は実験日を平成17年3月4日とし,甲13報告書は,
実験日を平成16年4月6日とするもの)の記載は,上記判断を左右する
ものではない」(同33頁20行∼34頁1行)と判断されているとお
り,本件決定における相違点の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3に対し
本件決定において,取消理由通知で引用されていない甲18ないし21
9の各公報を引用したのは,ポリヒドロキシスチレンの水酸基の一部を置
換している酸解離性保護基の種類により,分子量分布(Mw/Mn)の大
小すなわち単分散か多分散かの影響は著しく異なる旨の原告の特許異議意
見書(甲17)記載の主張に対し,t-ブトキシカルボニル基以外の酸解離
性保護基で置換されたポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂を基材樹脂とした
KrFエキシマレーザー用ポジ型レジスト組成物においても,基材樹脂の
分子量分布(Mw/Mn)が小さい方が好ましいこと,及びそれによる感
度,解像度等の効果が,原出願①の出願前からよく知られていることを示
す周知技術として本件出願当時の技術水準を示したものである。このよう
な事項については,旧特許法120条の4第1項は適用されない。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件出願の出願日の認定の誤り)について
(1)ア 原告は,原明細書①に本件発明が記載されているにもかかわらず,本
件出願が分割要件を満たしていないとして,本件出願の出願日を現実の
出願日である平成14年3月19日であるとした本件決定の認定は誤り
である旨主張する。
しかし,原明細書①(甲9)には,①従来,化学増幅型ポジ型レジス
ト用基材樹脂としてポリヒドロキシスチレンの水酸基をtert-ブト
キシカルボニルオキシ基で置換した樹脂成分が知られていたが,そのよ
うな樹脂を用いることによる問題を克服するため,「樹脂成分として,
異なる2種の置換基を特定の割合でそれぞれ置換」したものを用いるこ
ととしたこと(段落【0002】ないし【0009】),②その異なる
2種の置換基とその割合として,「(A)酸の作用によりアルカリ水溶
液に対する溶解性が増大する樹脂成分」の(a)成分(「水酸基の10
∼60モル%が一般式化2・・・(式中,R 1は水素原子又はメチル基で
あり,R2はメチル基又はエチル基であり,R3は炭素数1∼4の低級ア
ルキル基である。)で表わされる残基で置換された重量平均分子量8,
000∼25,000,分子量分布(Mw/Mn)1.5以下のポリヒ
ドロキシスチレン」)と(b)成分(「水酸基の10∼60モル%がt
ert-ブトキシカルボニルオキシ基で置換された重量平均分子量8,0
00∼25,000,分子量分布(Mw/Mn)1.5以下のポリヒド
ロキシスチレン」)をそれぞれ特定の割合で用いることとしたこと(段
落【0012】ないし【0014】),③実施例1ないし3は,製造例
1で製造された(b)成分及び製造例2で製造された(a)成分をともに用
いたものであること(実施例1につき段落【0074】ないし【007
6】,実施例2につき段落【0080】,実施例3につき段落【008
1】)が記載されている。
これらの記載によれば,原明細書①には,化学増幅型ポジ型レジスト
用基材樹脂について,(a)成分及び(b)成分を双方ともに使用すること
が記載され,(a)成分単独のもの又は(b)成分単独のものを使用するこ
とが明示的に記載されてないだけでなく,むしろ従来技術で使用されて
いた(b)成分(ポリヒドロキシスチレンの水酸基をtert-ブトキシカ
ルボニルオキシ基で置換した樹脂成分)に,(a)成分を加えることが明
示的に記載されているものである。また,原明細書①中には,従来,用
いられていなかった(a)成分について単独で用いることを示唆する記載
はなく,原明細書①の記載を検討しても,(a)成分を単独で使用するこ
とが原明細書①に記載した事項から自明な事項であるとはいえない。
したがって,本件発明の化学増幅型ポジ型レジスト用基材樹脂は,本
件訂正後の請求項1記載の「(A)」のとおり,(b)成分を構成に含ま
ず,(a)成分を単独で使用する構成のものであるところ,上記のとお
り,原明細書①には,化学増幅型ポジ型レジスト用基材樹脂について,(
b)成分を使用することなく,(a)成分を単独で使用するという本件発明
の技術的事項は記載されていないし,原明細書①の記載からその技術的
事項が自明な事項であるともいえないから,本件出願は,原出願①との関
係で特許法44条1項の分割要件を満たさないというべきであり,これと
同旨の本件決定の判断は是認できる。
イ これに対し原告は,①本件発明に係る本件訂正明細書(甲16)に
は,本件発明の場合,すなわち本件決定にいう「(a)成分のみを単独
で使用した場合」に,「(a)成分と(b)成分とを混合した場合」に
匹敵する作用効果を奏することは一切記載されていないし,また,②特
許法44条1項は,原明細書①に記載されている二つ以上の発明が互い
に匹敵する作用効果を示すものでなければならないことを分割の要件と
するものではないから,本件出願は,原出願①との関係で特許法44条
1項の分割要件を満たさないとした本件決定の判断は誤りであると主張
する。
しかし,本件決定は,「分割出願の発明が,特許法44条1項の「二
以上の発明を包含する特許出願の一部」であるためには,分割出願の発
明において特定する技術的事項のすべてが,もとの出願の当初明細書(
原明細書)の発明の詳細な説明に記載されていなければならないもので
あるところ,原明細書においては,KrFエキシマレーザー用ポジ型レ
ジスト組成物における樹脂成分として使用できることが確認されている
のは,(a)成分と(b)成分とを混合した場合だけであって,原明細
書の記載からでは,樹脂成分として(a)成分のみを単独で使用した場
合についても,(a)成分と(b)成分と混合して用いた場合に匹敵す
る作用効果を有することを示す根拠は全く見いだせず,原明細書から自
明であるとすることはできない。」(決定書10頁22行∼32行)と
判断しているのであって,本件決定が特許法44条1項に規定する分割
の要件としているのは,「分割出願の発明において特定する技術的事項
のすべてが,もとの出願の当初明細書(原明細書)の発明の詳細な説明
に記載されていなければならない」ことであることは明らかであり,原
告がいうように本件出願に係る本件訂正明細書において「(a)成分の
みを単独で使用した場合」に「(a)成分と(b)成分とを混合した場
合」に匹敵する作用効果を奏することが記載されているかどうかとか,
原明細書①に記載されている二つ以上の発明が互いに匹敵する作用効果
を示すものであるかどうかということを分割の要件としているわけでは
なく(本件決定は,原明細書①には,(a)成分のみを単独で使用した
場合にKrFエキシマレーザー用ポジ型レジスト組成物における樹脂成
分として使用できることを示す記載がないことを説明しているにすぎな
い。),原告の上記主張は,本件決定を正解せずに,独自の見解に基づ
いて解釈したことを前提とするものであって,採用することができな
い。
(2) 原告は,本件出願は,原出願③の分割出願でもあり,本件発明が原明細
書③に記載された発明であることは明らかであるから,本件出願の出願日
は原出願③の出願日である平成13年5月7日とされるべきであり,本件
決定には,本件出願の出願日を現実の出願日である平成14年3月19日
であると認定した誤りがあると主張する。
そこで検討するに,原明細書③(甲23)には,本件発明のKrFエキ
シマレーザー用ポジ型レジスト組成物の成分である基材樹脂「(A)」の
構成が特許請求の範囲の「請求項1」に,本件発明の同成分である酸発生
剤「(B)」の構成が発明の詳細の説明の段落【0017】に,「(A)
」と「(B)」を含む組成物の実施例が段落【0068】等に記載されて
いることが認められるから,本件出願は原出願③との関係で特許法44条
1項の分割要件を満たすものであり,同条2項の規定により,本件出願の
出願日は原出願③の出願日である平成13年5月7日に遡るものと認めら
れる。この点において,本件決定が本件出願の出願日を現実の出願日と認
定したことは誤りである。
しかし,後記のとおり,本件決定において相違点の判断のための証拠と
された刊行物1,3,6ないし8,甲18ないし21はいずれも原出願③
の出願日である平成13年5月7日より前に頒布された刊行物であること
は,決定書の記載から明らかであるから,原告の主張する本件決定におけ
る本件出願の出願日の認定の誤りは,本件決定の結論に影響を及ぼすもの
ではないというべきである。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
(1) 原告は,刊行物3,6,7に記載されているのは,いずれも本件発明の
保護基とは異なるt-ブトキシカルボニル基で水酸基の一部が保護されたポ
リ(ヒドロキシスチレン)樹脂についての考察であって,酸解離性置換
基(保護基)の種類に関係なく,共通的に適用できるルールとして記載さ
れているわけではないから,本件決定が,刊行物3,6,7の記載か
ら,「ポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体からなるKrFエキシマレーザ
ー用ポジ型レジスト組成物において,基材樹脂が単分散であること,すな
わち,分子量分布が1.5以下であることが望ましいこと」は,既に知ら
れていたと認定したのは誤りであると主張する。
ア(ア) 刊行物3(甲3)には,次の記載がある。
① 特許請求の範囲の【請求項3】として「一部の水酸基の水素原子
がt-ブトキシカルボニル基で置換されたポリ(ヒドロキシスチレ
ン)樹脂(a),溶解阻害剤(b)及び酸発生剤(c)をそれぞれ
重量百分率で0.55≦a,0.07≦b≦0.40,0.005
≦c≦0.15並びにa+b+c=1となるように含有すると共
に,アルカリ水溶液で現像することが可能な,高エネルギー線に感
応するポジ型レジスト材料であって,前記溶解阻害剤(b)が請求
項1に記載された第三級ブチルエステル誘導体であることを特徴と
するポジ型レジスト材料。」,【請求項4】として「ポリ(ヒドロ
キシスチレン)が,リビング重合反応により得られる単分散性ポ
リ(ヒドロキシスチレン)である,請求項3に記載のポジ型レジス
ト材料。」
②「【発明が解決しようとする課題】・・・本発明者等は,光レジス
ト用の溶解阻害剤について鋭意研究した結果,新規なジフェノール
酸第三級ブチルエステル誘導体が光レジスト用溶解阻害剤として有
効であることを見出すと共に,それをポリ(ヒドロキシスチレン)
系樹脂の溶解阻害剤として用いた場合には,従来の高エネルギー線
用の化学増幅型ポジ型レジスト材料の欠点が解決され,従来にな
い,高感度,高解像性,及び優れたプロセス適性を有すると共に,
経時安定性に優れる高エネルギー線用ポジ型レジスト材料とするこ
とができることを見出し,本発明に到達した。」(段落【0022
】)
③「ポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂の重量平均分子量は,耐熱性の
レジスト膜を得るという観点から,1万以上であることが好まし
く,又精度の高いパタンを形成させるという観点から分子量分布は
単分散性であることが好ましい。ラジカル重合で得られるような,
分子量分布の広いポリ(ヒドロキシスチレン)系樹脂を用いた場合
には,レジスト材料中に,アルカリ水溶液に溶解し難い大きい分子
量のものまで含まれることとなるため,これがパタン形成後の裾ひ
きの原因となる。従って,リビング重合によって得られるような単
分散性のポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂を使用することが好まし
い。」(段落【0034】)
④「尚,単分散性とは分子量分布がMw/Mn=1.05∼1.50
であることを意味する。」(段落【0037】)
⑤「次に,単分散性のポリ(ヒドロキシスチレン)系樹脂のリビング
重合法による製造法をポリ(p−ヒドロキシスチレン)の場合を例
としてさらに詳述する。」(段落【0039】),「・・・該水酸
基を保護する保護基を導入したモノマーをリビング重合させた後,
該保護基を脱離させて目的のポリ(p−ヒドロキシスチレン)を得
る手法が用いられる。用いられる保護基としては,第三級ブチル
基,ジメチルフェニルカルビルメチルシリル基,第三級ブトキシカ
ルボニル基,テトラヒドロピラニル基,第三級ブチルジメチルシリ
ル基等が挙げられるが,これらの中でも,特に第三級ブトキシカル
ボニル基が好ましい。」(段落【0040】)
⑥「重合反応においては,モノマーが100%反応するので生成する
リビングポリマーの収量は略100%である。従って,モノマーの
使用量と反応開始剤のモル数を調整することにより,得られるリビ
ングポリマーの分子量を適宜調整することができる。このようにし
て得られたリビングポリマーの分子量分布は単分散性(Mw/Mn
=1.05∼1.50)である。」(段落【0045】),「次
に,ポリマーのジメチルフェニルカルビルジメチルシリル基やt-ブ
チル基等の保護基を脱離させることによって,ポリ(p−ヒドロキ
シスチレン)を得ることができる。」(段落【0046】)
⑦「実施例5.下記の組成物を混合したレジスト溶液を・・・プリベ
ークして,レジスト膜の厚さが0.7μmのレジスト塗布基板を得
た。・・・尚,ベース樹脂には,分子量が10,000で分子量分
布(Mw/Mn)が1.05のポリ(p−ヒドロキシスチレン)を
20モル%t-ブトキシカルボニル化した樹脂を用いた。」(段落【
0069】)
⑧「実施例20∼31.実施例5で使用したベース樹脂及び溶解阻害
剤に代えて,下記表3及び表4で示したベース樹脂及び溶解阻害剤
を各々用い,・・・実施例5と全く同様にしてレジスト溶液を調製
し,パタン基板を作製し,実施例5と全く同様にして感度及び解像
度を評価した。感度の結果は下記表5に示した通りである。尚,多
少の差異は見られるものの,いずれの場合も,ラインとスペースの
パタンの解像度は0.3μmであった。」(段落【0077】),
表3(段落【0078】)には,試料No「RESIN2」として,Mwが
13,000,Mw/Mnが1.13の「水酸基を30モル%t-ブ
トキシカルボニル化したポリ(ヒドロキシスチレン)」のベース樹
脂が,試料No「RESIN3」として,Mwが50,000,Mw/Mn
が1.11の「水酸基を40モル%t-ブトキシカルボニル化したポ
リ(ヒドロキシスチレン)」のベース樹脂が,試料No「RESIN4」と
して,Mwが20,000で,Mw/Mnが1.00の「水酸基を
25モル%テトラヒドロピラニル化したポリ(ヒドロキシスチレ
ン)」のベース樹脂がそれぞれ記載されている。
(イ) そして,①刊行物3の上記(ア)③中の「精度の高いパタンを形成
させるという観点から分子量分布は単分散性であることが好ましい
。」,「ラジカル重合で得られるような,分子量分布の広いポリ(ヒド
ロキシスチレン)系樹脂を用いた場合には,レジスト材料中に,アル
カリ水溶液に溶解し難い大きい分子量のものまで含まれることとなる
ため,これがパタン形成後の裾ひきの原因となる。」,「リビング重
合によって得られるような単分散性のポリ(ヒドロキシスチレン)樹
脂を使用することが好ましい。」との記載は,その文言上,特定の保
護基を有するポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂に限定されているもの
とは認められないこと,②刊行物3においては,単分散性のポリ(ヒ
ドロキシスチレン)系樹脂の製造法において用いられる保護基とし
て,第三級ブトキシカルボニル基(t-ブトキシカルボニル基)のほか
に,第三級ブチル基,ジメチルフェニルカルビルメチルシリル基,テ
トラヒドロピラニル基,第三級ブチルジメチルシリル基が例示され(
上記(ア)⑤),③発明の実施例として,テトラヒドロピラニル基を保
護基とする「水酸基を25モル%テトラヒドロピラニル化したポリ(
ヒドロキシスチレン)」のベース樹脂を用いたもの(上記(ア)⑧)も
記載されていることに照らすと,刊行物3の請求項3,4(上記(ア)
①)は,一部の水酸基の水素原子がt-ブトキシカルボニル基で置換さ
れたポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂,すなわちt-ブトキシカルボニ
ル基を保護基とするポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂を構成に有する
ポジ型レジスト材料の発明であるものの,刊行物3の記載全体として
は,第三級ブトキシカルボニル基(t-ブトキシカルボニル基)のほか
に,第三級ブチル基,ジメチルフェニルカルビルメチルシリル基,テ
トラヒドロピラニル基又は第三級ブチルジメチルシリル基を保護基と
するポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂についても,上記(ア)④の単分
散性(分子量分布がMw/Mn=1.05∼1.50)のものが好ま
しいことが知見として記載されているものと認められる。したがっ
て,刊行物3に記載されているポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂は水
酸基の一部がt-ブトキシカルボニル基で置換された保護基のものに限
定されているということはできない。
(ウ) 次に,刊行物6(甲6)には,「化学増幅型レジスト」に関し,
①「化学増幅型レジストはノボラック樹脂系ポジ型フォトレジストと
比較して,光透過性が優れているため・・・KrFエキシマレーザあ
るいはX線用レジストは,高感度,高解像性の点から間違いなく化学
増幅型レジストが採用されると思われる。」(309頁左欄3行∼8
行),②「ノボラック樹脂はKrFリソグラフィには光吸収が大きく
使用できないので,それにはポリヒドロキシスチレン(PHS)をベ
ースにした材料が別に開発されている」(310頁左欄10行∼12
行),③「NTTはイオン重合で得られる狭分散PHSを用い,部分
的にtBOC化したレジストを検討し,解像性が改善されることを報
告している。」(311頁右欄8行∼11行)との記載があり,これ
らの記載によれば,狭分散PHS,すなわち分子量分布の狭いポリ(
ヒドロキシスチレン)を用い,部分的にtBOC化をした(t-ブトキ
シカルボニル基を保護基とする)レジストを検討し,解像性が改善さ
れたことが示されている。
また,刊行物7(甲7)には,①「新しい単分散PHSをベース樹
脂とした化学増幅型ポジレジスト(MDPR)がKrFエキシマレー
ザーリソグラフィー用に開発された。MDPRは,アルカリ現像可能
な単層レジストで,部分的にtBOCで保護されたPHS,溶解抑止
剤,及び光酸発生剤から構成されている。リビング重合により合成さ
れたほぼ単分散のPHSを使用することにより,微細パターンを得る
ことができる。MDPRは,γ値が4の高いコントラストを示し,こ
れが高解像性をもたらしている。」(4316頁の要約部分),②「
この実験の中では,分子量が13000,分散度が1.29のほぼ単
分散であるPHSをベースとしたレジストを使用した。」(4316
頁右欄下から15∼18行),「Mw/Mnの効果を確かめるため,
Mwが36400,Mw/Mnが1.76及びtBOC保護化率が1
3%である多分散のPHSをベースとしたレジストについても検討し
た。」(4318頁右欄8∼11行),③「新しい単分散のPHSを
ベース樹脂とした化学増幅型ポジレジスト(MDPR)が開発され
た。MDPRは,部分的にtBOCで保護されたPHS,溶解抑止
剤,及び光酸発生剤から構成されている。ほぼ単分散のPHSを使用
することにより,微細パターンを得ることができる。」(4320頁
左欄3∼8行)との記載があり,これらの記載によれば,KrFエキ
シマレーザーリソグラフィー用のPHS(ポリ(ヒドロキシスチレ
ン))をベース樹脂とした化学増幅型ポジレジストにおいて部分的に
tBOC(t-ブトキシカルボニル基)で保護されたPHS,溶解抑止
剤及び光酸発生剤から構成されている分子量が13000,分散度が
1.29のほぼ単分散のPHSを使用することにより微細パターンを
得ることができることが示されている。
イ(ア) 本件決定において周知例として引用された甲18ないし21につ
い てみると ,まず ,甲18には,①「【 請求項1】下記示性 式 (
1)(式,省略)但し,・・・R 2はtert-ブチル基,メトキシメ
チル基,テトラヒドロピラニル基又はトリアルキルシリル基を・・・
である。)で表わされるベース樹脂(A)と,オニウム塩(B)と,
及び酸不安定基を含有する溶解阻止剤(C)とを有機溶剤に溶解して
なることを特徴とする化学増幅型レジスト材料。」,「【請求項2】
示性式(1)のベース樹脂の分子量分布が,1.0∼1.4である狭
分散ポリマーを用いる請求項1記載のレジスト材料。」,②「更に,
上記示性式(1)のポリマーの分子量分布がレジスト特性を大きく左
右するので分子量分布を制御する必要があるが,この方法としては,
例えば分別により式(2)のコポリマーから低分子量物を除去する等
の方法で分子量分布を1.0∼1.4の範囲に調整することが好まし
い。」(段落【0021】)との記載がある。これらの記載によれ
ば,甲18には,tert-ブチル基,メトキシメチル基,テトラヒド
ロピラニル基又はトリアルキルシリル基を保護基として構成に含むベ
ース樹脂の分子量分布が1.0∼1.4である狭分散ポリマーを用い
る化学増幅型レジスト材料(請求項2),分子量分布がレジスト特性
を大きく左右するので分子量分布を制御する必要があり,その分子量
分布の範囲としては1.0∼1.4が好ましいことが示されている。
また,甲19には,上記①,②と同様の知見(請求項2,段落【0
021】)の記載がある。さらに,甲20には,tert-ブチル基を
保護基として構成に含むベース樹脂の分子量分布が1.0∼1.4で
ある狭分散ポリマーを用いる化学増幅型レジスト材料(請求項
2),「しかし,・・・これらの多分散度のポリマーではエキシマレ
ーザー光に対して十分対応できず,解像性を高め,エキシマレーザー
光の露光により超微細パターンを与えるためには,上記(1)のベー
ス樹脂の分子量分布Mw/Mn1.0∼1.4の範囲とすることが有
効であることを知見した。」(段落【0016】)との記載がある。
次に,甲21には,①フォトレジスト組成物に関する発明の実施例
1 として, 「まず ,出発物質として,ポ リ(p−ビニルフェ ノ ー
ル)(重量平均分子量:16,000であり,かつ重量平均分子量/
数平均分子量=1.2)12.0(g)と,2,3-ジヒドロピラン8.
4(g)とを秤量し,・・・この実施例に係るベース樹脂13.0(
g)が得られた。・・・その結果,この実施例1で合成したベース樹
脂に対するテトラヒドロピラニル基の導入率は,90(%)であっ
た。」(7頁左上欄4行∼左下欄12行),②「また,上述した実施
例では,フォトレジスト組成物を構成するベース樹脂の一例として,
重量平均分子量が16,000のポリ(p−ビニルフェノール)にテ
トラヒドロピラニル基を90(%)導入した場合につき説明した。し
かしながら,これに限定されるものではなく,上述の重量平均分子量
は1,000∼100,000程度の容易に入手可能なものとし,テ
トラヒドロピラニル基の代わりに,1−(メトキシエチル)基,1
−(エトキシエチル)基,またはテトラヒドロフラニル基のうちのい
ずれかを導入しても良い。このようなエーテル結合を構成する種々の
基の導入率は,ポジ型パターンの形成を可能とするため,60(%)
以上とするのが良い。」(11頁左下欄9行∼右下欄2行)との記載
がある。これらの記載によれば,甲21には,テトラヒドロピラニル
基,1−(メトキシエチル)基,1−(エトキシエチル)基又はテト
ラヒドロフラニル基を保護基として構成に含むベース樹脂ポリ(p−
ビニルフェノール)の分子量分布が1.2であるフォトレジスト組成
物が示されている。
(イ) 刊行物8(甲8)には,①「【請求項1】フェノール性ヒドロキ
シル基の10∼90%が,式I【化1】・・・の保護基によって置換
されているが,但し重量平均分子量対数平均分子量の比率Mw/Mn
は1.03∼1.80の範囲である,フェノール樹脂。」,②「【発
明の概要】本発明の目的は,特にレリーフ構造を製造するための,新
規なポリマーおよびこれによって得られるポジ型の非常に活性な放射
線感受性系を開発することであり,このポリマーは上記欠点を有しな
い,換言すれば,それらは良好な接着性,加工安定性,UV放射線,
電子ビームおよびX線に対する感受性を有しており,高い光学的透明
度のためDUV領域での使用に特に適しており,そしてさらに良好な
熱安定性を有しており,高い解像度が可能である。」(段落【000
9】),「驚くべきことに,フェノール性のOH基のうちのいくらか
がアセタールまたはケタール保護基によって置換された,実質的に単
分散性の狭い分子量分布を有するフェノール樹脂からなる放射線感受
性混合物が,上記欠点を有しないということを発見した。」(段落【
0010】),③「合成実施例1」として,Mw/Mnを1.18と
する単分散性のポリ(4−(1−tert-ブトキシエトキシ)スチレ
ン/4−ヒドロキシスチレン)の製造例(段落【0047】)が,「
合成実施例2」として,Mw/Mnを1.16とする単分散性のポ
リ(4−(1−tert-ブトキシエトキシ)スチレン/4−ヒドロキ
シスチレン)の製造例(段落【0048】)が,「合成実施例3(比
較)」として,Mw/Mnを4.5とする多分散性のポリ(4−(1
−tert-ブトキシエトキシ)スチレン/4−ヒドロキシスチレン)
の製造例(段落【0049】)が記載され,合成実施例1ないし3で
製造した各コポリマーを現像した応用実施例1ないし3(段落【00
50】ないし【0052】)の結果,合成実施例1のコポリマーで
は「36mJ/cm 2の露光線量で,レジスト1で正確に再現された垂直な
0.35μml/s構造物が得られた。」(段落【0050】),合成実
施例2のコポリマーでは「25mJ/cm2の露光量で,正確に再現された垂
直な0.35μml/s構造物が得られた。」(段落【0051】)との
記載がある一方で,合成実施例3のコポリマーでは「レジスト2で
は,36mJ/cm2の露光量で,望ましくないt形0.35μm構造が見ら
れた。」(段落【0052】)との記載がある。
これらの記載によれば,刊行物8には,1−tert-ブトキシエト
キシ基を保護基として構成に含む分子量分布を1.16又は1.18
とする単分散性のポリ(4−ヒドロキシスチレン)の放射線感受性混
合物であるフェノール樹脂が,分子量分布を4.5とする多分散性の
ものより,現像の結果正確に再現された構造物が得られることが示さ
れている。
ウ 引用発明に係る刊行物1(甲1)には,①「【発明が解決しようとす
る問題点】このように化学増幅型レジスト材料は従来のレジスト材料と
比べて高感度化されたにもかかわらず,樹脂の耐熱性が乏しい,基板と
の密着性が不良である,・・・光透過性が不十分である,解像性能が不
十分である,或いは経時的にパターン寸法が変化する等の問題点を有
し,実用化は難しい。従って,これ等の問題点を全て改善した実用的な
高感度レジスト材料が渇望されている現状にある。」(段落【0008
】),②「【発明の目的】本発明は上記した如き状況に鑑みなされたも
ので,遠紫外光,KrFエキシマレーザ光等に対し高い透過性を有し,
これ等光源による露光や電子線,X線照射に対して高い感度を有し,耐
熱性及び基板との密着性が極めて優れ,高解像性能を有し,且つパター
ン寸法が経時変化せずに精度の高いパターンが得られる実用的なポジ型
レジスト材料を提供する事を目的とする。」(段落【0009】),③
製造例1として,ポリ[p−(1-エトキシエトキシ)スチレン−p−ヒ
ドロキシスチレン]の合成の例(重量平均分子量約8500,Mw/M
n≒1.8)(段落【0071】ないし【00074】),製造例2な
いし5として,ポリ[p−(1-エトキシエトキシ)スチレン−p−ヒド
ロキシスチレン]の合成の例(段落【0075】ないし【00 80
】),製造例6として,ポリ[p−(1-メトキシエトキシ)スチレンー
p−ヒドロキシスチレン]の合成の例(重量平均分子量9000,Mw
/Mn≒1.8)(段落【0081】ないし【0084】),製造例7と
して,ポリ[p−(1-メトキシー1-メチルエトキシ)スチレンーp−ヒ
ドロキシスチレン]の合成の例(段落【0085】)が記載されてい
る。
そして,本件決定が認定(決定書17頁4行∼下から13行)するよ
うに,上記③の製造例1ないし5で合成されたポリ[p−(1−エトキ
シエトキシ)スチレン−p−ヒドロキシスチレン],製造例6で合成さ
れたポリ[p−(1−メトキシエトキシ)スチレン−p−ヒドロキシス
チレン],製造例7で合成されたポリ[p−(1−メトキシ−1−メチ
ルエトキシ)スチレン−p−ヒドロキシスチレン]は,いずれも本件発
明における一般式【化1】で表される構成単位及び式【化2】で表され
る構成単位とからなる(ヒドロキシスチレン)誘導体に相当することは
明らかである。
エ 前記アないしウの認定事実によれば,化学増幅型レジスト組成物用の
基材樹脂(ベース樹脂)として用いられる水酸基の一部が第三級ブトキ
シカルボニル基(t-ブトキシカルボニル基),第三級ブチル基(ter
t-ブチル基),ジメチルフェニルカルビルメチルシリル基,テトラヒド
ロピラニル基,メトキシメチル基,トリアルキルシリル基,1−(メト
キシエチル)基(前記ウ③記載の製造例6の保護基(1−メトキシエト
キシ)と同じ),1−(エトキシエチル)基(前記ウ③記載の製造例1
ないし5の保護基(1−エトキシエトキシ)と同じ),テトラヒドロフ
ラニル基又は1−tert-ブトキシエトキシ基の保護基により置換され
たポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体は,その分子量分布(Mw/M
n)が1.5以下の狭いものが好ましいことが示されているのであるか
ら,このように分子量分布(Mw/Mn)が1.5以下の狭いものが好
ましいことは,保護基がt-ブトキシカルボニル基であるものに限らず,
引用発明に記載された保護基を含む他の保護基を有するものにも共通し
て認識されていたものと理解することができ,本件出願(原出願③の出
願日・平成13年5月7日)の前に,「ポリ(ヒドロキシスチレン)誘
導体からなるKrFエキシマレーザー用ポジ型レジスト組成物におい
て,基材樹脂が単分散であること,すなわち,分子量分布が1.5以下
であることが望ましいこと」は,既に知られていたとの本件決定の認定
に誤りはないというべきである。
オ(ア) 原告は,甲12及び甲13の各実験成績報告書記載の実験結果を
根拠として,相違点に係る本件発明の分子量分布(Mw/Mn)1.
5以下のものが,化学増幅型ポジ型レジストとしての物性の向上に寄
与するか否かは,ポリヒドロキシスチレン樹脂における保護基(水酸
基の一部を置換している酸解離性置換基)の種類に依存し,それぞれ
効果の点で同一に律することができないのであるから,ポリヒドロキ
シスチレン樹脂の基材樹脂一般について分子量分布が1.5以下であ
ることが望ましいとはいえない旨主張する。
確かに,甲12には,酸解離性置換基がエトキシエチルオキシ基の
場合は,単分散(Mw/Mn=1.5)と多分散(Mw/Mn=2.
2)の場合では,単分散の場合が優れた感度,限界解像度を示してい
るのに対し,酸解離性置換基がt‐ブトキシカルボニル基の場合(試
料Cのt-Boc化PHSの場合)は,単分散のものを用いても感度,限
界解像度が著しく劣り,基板依存性も大きいことなどが,甲13に
は,酸解離性置換基としてエトキシエチル基,シクロヘキシルオキシ
エチル基又はベンジルオキシエチル基を用いた場合は,単分散のもの
が多分散のものに比べ,優れた物性及びプロファイルのものが得られ
るのに対し,酸解離性置換基としてテトラヒドロピラニル基,t‐ブ
チルオキシカルボニル基及びt‐ブトキシカルボニルメチル基を用い
た場合は,単分散のものであっても,良好な結果は得られていないこ
とが記載されている。
しかし,仮に甲12,13の上記記載内容が正しいとしても,甲1
2は「実験日」を「平成17年3月4日」とする実験成績報告書,甲
13は「実験日」を「平成16年4月6日」とする実験成績報告書で
あって,いずれも本件出願の現実の出願日からも2年以上後に実施さ
れた実験結果により判明した事項が記載されたものにすぎず,甲1
2,13の上記記載内容は本件出願当時(原出願③の出願当時)の技
術水準や知見を直ちに裏付けるものではなく,他に本件出願当時(原
出願③の出願当時)において分子量分布が1.5以下であることが望
ましいことがポリヒドロキシスチレン樹脂の保護基の種類に依存する
ことを窺わせるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は,前記エの認定を左右するものでは
ない。
(イ) 原告は,周知技術とは,文字どおりあまねく知られている技術で
あり,例えば汎用の技術専門書や一般に入手可能な文献等の総説に記
載されていて,不特定多数の人が知り得る状態になっていることを意
味し,単に複数の公知文献に記載されている事項であるからといっ
て,周知技術ということにはならないし,また,甲18ないし21の
各公報のうち甲18ないし20は同一出願人によるものであり,この
ような同一人の出願に係る特許公報がいかに多数存在したとしても,
それに記載されている技術事項をもって周知技術ということはできな
い旨主張する。
しかし,「ポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体からなるKrFエキシ
マレーザー用ポジ型レジスト組成物において,基材樹脂が単分散である
こと,すなわち,分子量分布が1.5以下であることが望ましいこと」
が,本件出願(原出願③の出願日・平成13年5月7日)の前に,既に
よく知られていた技術事項であることは,前記のとおりであり,周知技
術ないし周知の知見であるか否かは文献の数によって決まるものではな
く,また,必ずしも汎用の専門書や文献等の総説に記載されている必要
もないというべきであるから,原告の上記主張は採用することができな
い。
また,原告は,甲18ないし20においては,特許請求の範囲の請
求項2としてベース樹脂の分子量分布(Mw/Mn)1.0∼1.4
のものが記載されており,このような分子量分布のものが周知である
とするならば,特許出願するはずはなく,また,甲21に記載のベー
ス樹脂は刊行物3に記載されているものと同じであるので,これは単
に公知であることを重ねて示しているだけであり,いずれも周知であ
ることを示す証拠にはならない旨主張する。
しかし,本件出願当時の技術常識はその出願時(原出願③の出願当
時)を基準に判断されるべきものであり,甲18ないし20の各公報
に係る発明の特許出願時において,その出願人がどのように認識して
いたかとは関係するものではない。また,甲21には,前記イ(ア)の
とおり保護基として「テトラヒドロピラニル基の代わりに,1−(メ
トキシエチル)基,1−(エトキシエチル)基,またはテトラヒドロ
フラニル基のうちのいずれかを導入しても良い。」との記載があり,
刊行物3に記載されている保護基のものに限られないから,甲21に
は,刊行物3に記載されているものと同じものが記載されているとの
原告の上記主張は,失当である。
(2) 原告は,ポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体からなるKrFエキシマレ
ーザー用ポジ型レジスト組成物において分子量分布が1.5以下であるこ
とが望ましいことは,既に知られていたとの本件決定の認定が誤りであ
り,また,分子量分布を1.5以下にすることにより,特に効果上の差異
を示さないt‐ブトキシカルボニル基で置換されたポリ(ヒドロキシスチ
レン)樹脂について,刊行物3,6,7に分子量分布1.5以下のものが
記載されているとしても,この記載に基づいて,本件発明のような分子量
分布1.5以下のメトキシ又はエトキシアルキル基で置換されたポリ(ヒ
ドロキシスチレン)樹脂(一般式【化1】参照)を用いた場合に顕著な効
果を示すことを予測することは,当業者といえども不可能であるから,本
件決定が,引用発明において「レジスト用基材樹脂(重合体)として,分
子量分布(Mw/Mn)が1.5以下である,単分散のものを用いること
に格別な創意を要するものとは認められない」と判断したことは誤りであ
る旨主張する。
しかし,本件出願前(原出願③の出願前)に,ポリ(ヒドロキシスチレ
ン)誘導体からなるKrFエキシマレーザー用ポジ型レジスト組成物にお
いて分子量分布が1.5以下であることが望ましいことは,既に知られて
いたとの本件決定の認定に誤りがないことは先に説示したとおりであり,
また,本件においては,本件発明と同じ基材樹脂を有する引用発明におい
て上記既に知られていた知見を適用することが容易想到かどうかが問題と
されているのであって,t‐ブトキシカルボニル基で置換されたポリ(ヒ
ドロキシスチレン)樹脂に上記知見を適用するかどうかは問題ではない。
そして,前記(1)ア,イで示した各刊行物に記載のものはポリヒドロキシ
スチレン誘導体をベース樹脂(基材樹脂)としたKrFエキシマレーザー
用ないし化学増幅型ポジ型レジスト組成物である点で,引用発明と共通し
ていること,引用発明の課題ないし目的である「KrFエキシマレーザ光
等に対し高い透過性を有し,光源による露光や電子線,X線照射に対して
高い感度を有し,耐熱性及び基板との密着性が極めて優れ,高解像性能を
有し,且つパターン寸法が経時変化せずに精度の高いパターンが得られ
る」こと(前記(1)ウ③)は,上記各刊行物記載のポジ型レジスト組成物に
おいても共通するものといえること(前記(1)ア(ア)②,(ウ),イ)に照ら
すと,当業者であれば,引用発明のポリヒドロキシスチレン誘導体の基材
樹脂に,「ポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体からなるKrFエキシマレ
ーザー用ポジ型レジスト組成物において分子量分布が1.5以下であるこ
とが望ましい」との周知の知見を適用して相違点に係る本件発明の構成に
想到することは容易であったものと認められるから,これと同旨の本件決
定の判断は是認できる。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(3) したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(手続違背)について
原告は,本件決定は,平成17年1月5日付け取消理由通知(甲14)に
引用されていない甲18ないし21を引用し,t‐ブトキシカルボニル基で
置換されたポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂以外の酸解離性保護基で置換さ
れたポリヒドロキシスチレン誘導体を基材樹脂としたKrFエキシマレーザ
ー用ポジ型レジスト組成物において,当該基材樹脂の分子量分布の小さい方
が好ましいことが周知であったとの理由により,本件発明が引用発明から当
業者であれば格別な創意を要することなく行うことができたものであり,そ
の効果も当業者が容易に予測し得ると認定(決定書22頁13行∼23頁2
行)しているが,本件発明及び引用発明における「アルコキシアルキルオキ
シ基」(一致点の一般式【化1】参照)で「ヒドロキシル基」(一致点の式
【化2】参照)の一部を置換したポリ(ヒドロキシスチレン)について,相
違点に係る本件発明の構成である分子量分布(Mw/Mn)1.5以下のも
のが本件出願前に知られていたか否かが重要な争点になっているのに,その
事実を示すための証拠である甲18ないし21について取消理由通知におい
て示すことなく,原告から何ら意見を求めることもなく本件決定を行ったの
は,旧特許法120条の4第1項の規定に違反する旨主張する。
しかし,本件の取消理由通知書(甲14)で引用された特許異議申立書
の「申立の理由」(甲24の2)には,刊行物3,6,7により公知となっ
ているt-ブトキシカルボニル化されたポリ(ヒドロキシスチレン)系誘導体
の好ましい分子量や分子量分布を,その類縁重合体である刊行物1に記載の
ポリ(ヒドロキシスチレン)系誘導体に適用することが容易である旨の記載
がされ,その根拠として,水酸基の一部を「t-ブトキシカルボニル化」又
は「テトラヒドロピラニル化」したポリ(ヒドロキシスチレン)系重合体
が,本件発明における「アルコキシアルキル化」したポリ(ヒドロキシスチ
レン)系重合体と同様にレジスト用樹脂として有効に使用できることが周知
であることが,甲4を引用して述べられている(13頁∼14頁)。
そして,本件決定において引用された甲18ないし21は,刊行物3等に
記載された発明が,刊行物3等における保護基以外の酸解離性保護基を有す
るポリ(ヒドロキシスチレン)系重合体の場合にも適用可能であること(「
ポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体からなるKrFエキシマレーザー用ポジ
型レジスト組成物において,基材樹脂が単分散であること,すなわち,分子
量分布が1.5以下であることが望ましいこと」)を示す周知例として引用
されたものであり,取消理由通知書に記載された理由の範囲内のものである
から,原告が主張するように取消理由通知において示されていない理由を,
これらの文献に基づいてはじめて示したものではない。
したがって,本件決定には,原告が主張するような手続の違背は存在せ
ず,原告主張の取消事由3は理由がない。
4 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定
を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 佐 藤 久 夫
裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 嶋 末 和 秀
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