平成17(行ケ)10647特許取消決定取消請求事件
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裁判所 |
知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成18年11月20日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官中嶋誠 原告ロディアシミ
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法令 |
特許権
特許法29条2項2回 特許法113条2項1回
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キーワード |
刊行物104回 実施37回 特許権2回 進歩性2回 優先権1回 審決1回
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主文 |
特許庁が異議2003−73126号事件について平成17年4月6日にした決定を取り消す。訴訟費用は,被告の負担とする。 |
事件の概要 |
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部
分がある。
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許
庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案
である。 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10647号 特許取消決定取消請求事件
平成18年11月20日判決言渡,平成18年9月25日口頭弁論終結
判 決
原 告 ロディア シミ
訴訟代理人弁理士 倉内基弘,遠藤朱砂,中島拓
被 告 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 井出隆一,宮坂初男,唐木以知良,田中敬規
主 文
特許庁が異議2003−73126号事件について平成17年4月6日にした決
定を取り消す。
訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
主文同旨。
第2 事案の概要
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部
分がある。
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許
庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案
である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許(甲10)
特許権者:ロディア シミ(原告)
発明の名称: PtとPt以外の遷移金属をベースにした化合物とをベースにし
「
た混合物を使用するシリコーンエラストマーのアーク抵抗性を高めるための添加
剤」
特許出願日(国際出願 ):平成9年12月29日(パリ条約による優先権主張:
平成8年12月31日,フランス)
設定登録日:平成15年7月11日
特許番号:第3450863号
(2) 本件手続
特許異議事件番号:異議2003−73126号
訂正請求日:平成17年2月28日(以下「本件訂正」といい,本件訂正後の明
細書(甲8)を「本件訂正明細書」という。)
決定日:平成17年4月6日
決定の結論: 訂正を認める。特許第3450863号の請求項1ないし8に係
「
る特許を取り消す。
」
決定謄本送達日:平成17年4月25日(原告に対し。出訴期間として90日付
加)
2 本件発明の要旨(本件訂正後のもの。以下,請求項の番号に応じて ,「本件
発明1」などという。)
【請求項1】 以下の成分から形成される混合物A,B又はCからなる,白金触媒
の存在下に室温で又は重付加反応からの熱により架橋するか或いは有機過酸化物と
の作用により高温で架橋するシリコーンエラストマー取得用ポリオルガノシロキサ
ン組成物Dのアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を高めるための添加
剤:
・該混合物A,B又はCは,
(1) 混合物Aについては,成分A1+A3の混合物であって,成分A1が白金
の錯体又は化合物の形の白金であり且つ成分A3がFeOとFe2O3との組み合わ
せからなるもの,
(2) 混合物Bについては,成分B1+B2の混合物であって,成分B1が白金
の錯体又は化合物の形の白金であり且つ成分B2が酸化及び(又は)水酸化セリウ
ム(IV)からなるもの,
(3) 混合物Bについては,成分B1+B3の混合物であって,成分B1が白金
の錯体又は化合物の形の白金であり且つ成分B3が酸化及び(又は)水酸化セリウ
ム(IV)と酸化チタンTiO2との組み合わせからなるもの,或いは
(4) 混合物Cについては,成分C1+C2の混合物であって,成分C1が白金
の錯体又は化合物の形の白金であり且つ成分C2が酸化及び(又は)水酸化セリウ
ム(IV)と酸化チタンTiO2との組み合わせとFeOとFe 2O3との組み合わせ
との混合物からなるもの
であり(添加剤の成分A1,B1又はC1は,室温で又は重付加反応からの熱に
より架橋するポリオルガノシロキサン組成物Dに含有される触媒白金の形で存在で
きる),
・ここで,種々の成分A1,A3,B1,B2,B3,C1及びC2の量並びに
組み合わせの場合にそれらのいくつかの量の間に存在しうる比率は以下に記載する
範囲:
*白金の量は,元素状白金の重量部で表わして,ポリオルガノシロキサン組成物
Dのポリオルガノシロキサン成分の総重量に関して1∼250ppmの範囲,
*混合物A,B及びCの成分A3,B2,B3及びC2の量は,成分の重量部で
表わして,ポリオルガノシロキサン組成物Dのポリオルガノシロキサン成分100
部当たり0.5∼30重量部の範囲,
*成分A3 組み合わせ)
( において,FeOの重量対Fe2O3の重量の比率は0.1
:1∼9:1の範囲,
*成分B3(組み合わせ)において,酸化及び(又は)水酸化セリウム(IV)の
重量対TiO2の重量の比率は0.6:1∼6:1の範囲,
*成分C2(組み合わせ)において,成分A3の重量対成分B3の重量の比率
は0.02:1∼1:1の範囲
内にあるものとする。
【請求項2】 1種又はそれ以上の(一成分又は多成分)のパッケージとして提供
される硬化性のポリオルガノシロキサン組成物Dが,1種以上のポリオルガノシロ
キサン成分から形成される主成分と,好適な触媒と,随意としての特に補強若しく
は半補強充填剤又は増量剤又は硬化性組成物の流動性を変性させるように働く充填
剤,架橋剤,接着促進剤,可塑剤,触媒禁止剤及び着色剤よりなる群から選択され
る1種以上の化合物とを含有することを特徴とする,請求項1に記載の添加剤。
【請求項3】 ポリオルガノシロキサン組成物Dの主成分をなすポリオルガノシロ
キサンが,次の一般式:
RnSiO (4−n)/2 (I)
のシロキシル単位及び(又は)一般式:
ZxRySiO(4−x−y)/2 (II)
のシロキシル単位
(これらの式において,種々の記号は下記の意味を有する:
−記号Rは,同一であっても異なっていてもよく,それぞれ非加水分解性の炭化
水素型の基を表し,この基は,
*1∼5個の炭素原子を有し及び1∼6個の塩素及び(又は)弗素原子を含有す
るアルキル及びハロアルキル基,
*3∼8個の炭素原子を有し及び1∼4個の塩素及び(又は)弗素原子を含有す
るシクロアルキル及びハロシクロアルキル基,
*6∼8個の炭素原子を有し及び1∼4個の塩素及び(又は)弗素原子を含有す
るアリール,アルキルアリール及びハロアリル基,
*3∼4個の炭素原子を含有するシアノアルキル基
であることができ,
−記号Zはそれぞれ水素原子又はC2∼C6アルケニル基を表し,
−nは0,1,2又は3に等しい整数であり,
−xは0,1,2又は3に等しい整数であり,
−yは0,1又は2に等しい整数であり,
−x+yの和は1∼3の範囲内にある)
からなることを特徴とする,請求項2に記載の添加剤。
【請求項4】 ポリオルガノシロキサン組成物Dが室温で又は重付加反応からの熱
により架橋する一成分又は二成分組成物(RTV組成物と称される)であって,
(a) 1分子当たり少なくとも2個のビニル基を有する線状のホモ重合体及び共重
合体から選択される少なくとも1種のポリジオルガノシロキサンであって,これら
のビニル基は異なった珪素原子に結合し且つ鎖内に及び(又は)鎖の末端に位置し
ており,珪素原子に結合したその他の有機基はメチル,エチル及びフェニル基から
選択され,これらのその他の基の少なくとも60モル%はメチル基であり,しか
も 25℃で400∼100,000mPa.sの範囲の粘度を有するような も
の100重量部,
(b) 1分子当たり少なくとも2個の水素原子を有する線状又は環状のホモ重合体
及び共重合体から選択される少なくとも1種のポリオルガノヒドロシロキサンで
あって,これらの水素原子は異なった珪素原子に結合し,珪素原子に結合した有機
基はメチル,エチル及びフェニル基から選択され,これらの基の少なくとも60モ
ル%はメチル基であり,しかも25℃で5∼1000mPa.sの範囲の粘度を有
するようなもの(この反応体(b)は,(b)のヒドリド官能基対(a)のビニル基のモル
比が1.1∼4の間にあるような量で使用されるものとする),
(c) 触媒として有効な量の白金触媒,
(d) ポリオルガノシロキサン(a)+(b)の組み合わせ100重量部当たり0
∼120重量部の珪素質充填剤
を含むものであることを特徴とする,請求項2又は3に記載の添加剤。
【請求項5】 反応体(a)の100重量%までが,その構造内に0.1∼20重量%
の1個以上のビニル基を含有するポリオルガノシロキサン樹脂であって,該構造が
M(トリオルガノシロキシル),D(ジオルガノシロキシル),T(モノオルガノシ
ロキシル)及びQ(SiO 4/2)単位を有し,これらの単位の少なくとも一つがT
又はQ単位であり,しかも該ビニル基がM,D及び(又は)T単位によって支持さ
れることが可能であるようなものによって置き換えられることを特徴とする,請求
項4に記載の添加剤。
【請求項6】 ポリオルガノシロキサン組成物Dが重付加反応からの熱で架橋する
一成分又は二成分組成物(LSR組成物と称される)であって,これらの組成物が
いわゆるRTV組成物に関して請求項4又は5に示した定義(ただし,ビニル含有
ポリジオルガノシロキサン(a)の粘度に関しては別であって,このときはそれ
は100,000mPa.sよりも大きい値から500,000mPa.sまでの範囲
内にある)を満足するものであることを特徴とする,請求項2∼5のいずれかに記
載の添加剤。
【請求項7】 ポリオルガノシロキサン組成物Dが重付加反応からの熱で架橋する
一成分又は二成分組成物(重付加EVC組成物と称される)であって,
(a')1分子当たり少なくとも2個のビニル基を有する線状のホモ重合体又は共
重合体であるポリジオルガノシロキサンゴムであって,これらのビニル基は異なっ
た珪素原子に結合し且つ鎖内に及び(又は)鎖の末端に位置し,珪素原子に結合し
たその他の有機基はメチル,エチル及びフェニル基から選択され,これらのその他
の基の少なくとも60モル%はメチル基であり,しかも該ゴムは25℃
で500,000mPa.sよりも高い粘度を有するようなもの100重量部,
(b')1分子当たり少なくとも3個の水素原子を有する線状,環状又は網状のホ
モ重合体及び共重合体から選択される少なくとも1種のポリオルガノヒドロシロキ
サンであって,これらの水素原子は異なった硅素原子に結合し,珪素原子に結合し
た有機基はメチル,エチル及びフェニル基から選択され,これらの基の少なくと
も60モル%はメチル基であり,しかも25℃で5∼1000mPa.sの粘度を
有するようなもの(反応体(b')は ,(b')のヒドリド官能基対(a')のビニル基
のモル比が0.4∼10であるような量で使用されるものとする),
(c')触媒として有効な量の白金触媒,
(d')該ポリオルガノシロキサン(a')+(b')の組み合わせ100重量部当た
り0.5∼120重量部の珪素充填剤,
を含むものであることを特徴とする請求項2又は3に記載の添加剤。
【請求項8】 ポリオルガノシロキサン組成物Dが,
(a")1分子当たり少なくとも2個のビニル基を有する線状のホモ重合体又は共
重合体であるポリジオルガノシロキサンゴムであって,これらのビニル基は異なっ
た珪素原子に結合し且つ鎖内に及び(又は)鎖の末端に位置し,珪素原子に結合し
たその他の有機基はメチル,エチル及びフェニル基から選択され,これらのその他
の基の少なくとも60モル%はメチル基であり,しかも該ゴムは25℃で少なくと
も1,000,000mPa.sの粘度を有するようなもの100重量部,
(b")0.1∼7重量部の有機過酸化物,
(c")該ゴム(a")100重量部当たり0.5∼120重量部の珪素質充填剤
を含むような一成分組成物(EVC組成物と称される)であることを特徴とする,
請求項2又は3に記載の添加剤。」
3 決定(甲7)の要旨
決定は,本件訂正を認めた上で,本件発明1∼8は,いずれも刊行物1∼6に記
載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるから,特許法29
条2項の規定に違反し,取り消されるべきであるとした(なお,本件発明1に係る
請求項1は,添加剤として使用する混合物を混合物A,B又はCと特定しているが,
決定は,この3つの混合物のうち,混合物A(成分A1+A3の混合物であって,
成分A1が白金の錯体又は化合物の形の白金であり且つ成分A3がFeOとFe2
O3との組み合わせからなるもの)に基づき,判断をしている。。
)
(1) 刊行物記載の発明 (刊行物1∼6は,本訴甲1∼6にそれぞれ対応する。同各刊行
物に記載された発明を,以下「刊行物1発明」などという 。
)
刊行物1:特開平8−325458号公報
刊行物2:特開平7−300774号公報
刊行物3:特開平6−316690号公報
刊行物4:特開平6−293862号公報
刊行物5:特開平8−92483号公報
刊行物6:特開平7−118536号公報
(2) 本件発明1について
ア 本件発明1と刊行物1発明との対比
「刊行物1には,本件発明1の白金触媒の存在下に室温で又は重付加反応からの熱により架
橋するか或いは有機過酸化物との作用により高温で架橋するシリコーンエラストマー取得用ポ
リオルガノシロキサン組成物Dのアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を高めるた
めの添加剤が記載され,該添加剤として混合物Aに相当する白金の錯体又は化合物の形の白金
とFeO・Fe 2O 3の組み合わせが記載されており,白金及びFeO・Fe 2O 3の配合量も
重複一致するものと認められるので,本件発明1と刊行物1発明では以下の点でのみ相違する
ものと認められる。
相違点1:アークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を高めるための添加剤として ,
刊行物1では,アルミニウム水酸化物を必須成分とするのに対し,本件発明1では必須成分と
していない点,
相違点2:本件発明1では,FeOの重量対Fe 2O3の重量の比率は0.1:1∼9:1の範
囲とするのに対し,そういった記載がない点 。
」
イ 相違点1についての判断
「刊行物1において,その実施例4と比較例3についてみると,トラッキング(時間)及び
浸食損失係数をみるとほぼ同程度と認められるのに対し,実施例4では,アルミニウム水酸化
物の量が100部で,FeO・Fe2O3が1部であるのに対し ,比較例3では ,FeO・Fe 2
O 3が添加されずに,アルミニウム水酸化物の量が2倍の200部となっていることから,F
eO・Fe2O3の1部がアルミニウム水酸化物100部に相当するアークトラッキング抵抗性
及びアーク浸食抵抗性を有していることになる。そうすると,アルミニウム水酸化物を使用す
ることなく,本件発明1の白金とFeO・Fe2O3の組み合わせのみとし,その量を増やすこ
とによってアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有する添加剤とすることは,当
業者であれば容易になしえたことといえる。
さらに,よく知られた難燃剤であるアルミニウム水酸化物がアークトラッキング抵抗性及び
アーク浸食抵抗性を有するものであることは以前より知られており,刊行物2には,FeO,
Fe 2O3,酸化セリウム,酸化チタンを白金と組み合わせて耐燃剤とすることが記載され,刊
行物3には,酸化セリウム,水酸化セリウムと白金と組み合わせたものが高温耐久性,耐熱性
を有することが記載され ,刊行物4∼6には ,難燃剤として酸化セリウム・水酸化セリウム 刊
(
行物4),セリウム系化合物,酸化鉄,酸化チタン(刊行物5 )
,酸化セリウム(刊行物6)を
白金と組み合わせることがそれぞれ記載されており,それらの遷移金属化合物が刊行物1に記
載のアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有することを予測することは格別困難
とはいえない。」
ウ 相違点2についての判断
「次に,相違点2について,本件発明1では,FeOの重量対Fe 2O 3の重量の比率を0.1
:1∼9:1の範囲とすることについて,その限定の意義は本件訂正明細書において明らかにさ
れていない。また,実施例ではFeOが21重量%とFe2O 379重量%の組み合わせのもの
が1例記載されるにすぎない。
そうすると,FeOの重量対Fe 2O 3の重量の比率0.1:1∼9:1の範囲というのは,そ
の比率は極めて広いものであり,当業者が適宜なし得るものと認められ,そのことによる作用
効果も格別なものとすることはできない 。
」
エ まとめ
「したがって,相違点1及び2は格別なものとは認められないものであるから,本件発明1
は,上記刊行物1∼6に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた
ものである 。」
(3) 本件発明2∼8について
「本件発明2∼8は,本件発明1を直接あるいは間接に引用するものであり,また,アーク
トラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を高めるための添加剤ではなく,シリコーンエラス
トマー取得用ポリオルガノシロキサン組成物Dを限定するものである。
しかしながら,本件発明2∼8で限定するシリコーンエラストマー取得用ポリオルガノシロ
キサン組成物自体は,刊行物1∼6に記載されるものと類似のものにすぎず,当業者が適宜選
択しうるものであり,しかも,本件訂正明細書では単に種々のシリコーンエラストマー取得用
ポリオルガノシロキサン組成物に使用できるというものであって,そういった本件発明2∼8
で特定するポリオルガノシロキサン組成物と本件発明1で特定するアークトラッキング抵抗性
及びアーク浸食抵抗性を高めるための添加剤の組み合わせによって,アークトラッキング抵抗
性及びアーク浸食抵抗性が高められるとするものではなく,そうしたことによって格別な作用
効果を奏するものとはいえない。
したがって,本件発明2∼8についても,本件発明1と同様の理由により ,上記刊行物1∼6
に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである 。
」
(4) 結論
「以上のとおり,本件発明1∼8は,刊行物1∼6に記載された発明に基づいて当業者が容
易にすることができたものであるから,本件発明についての特許は特許法29条2項の規定に
違反してされたものである。
したがって,本件発明についての特許は,特許法113条2項に該当し,取り消されるべき
ものである 。」
第3 原告の主張の要点
1 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)
決定は,刊行物1においては,アークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性
を高めるための添加剤が記載され,当該添加剤として混合物Aに相当する白金の錯
体又は化合物の形の白金とFeO・Fe 2O3の組合せが記載されていると認定した
が,刊行物1には,白金の錯体又は化合物の形の白金を付加反応触媒として使用す
ることが記載されているにすぎず,アークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗
性を高めるための添加剤として使用するという思想は開示されていない。したがっ
て,決定の上記認定は誤りである。
2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)
(1) 決定は,刊行物1の実施例4と比較例3とを対比し,「実施例4では,アル
ミニウム水酸化物の量が100部で,FeO・Fe2O3が1部であるのに対し,比
較例3では,FeO・Fe2O3が添加されずに,アルミニウム水酸化物の量が2倍
の200部となっていることから,FeO・Fe2O3の1部がアルミニウム水酸化
物100部に相当するアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有してい
ることになる。」と認定判断している。
しかしながら,刊行物1の【発明の詳細な説明】には,「本発明では,第三成分
としてアルミニウム水酸化物を使用するもので,この成分を配合することでシリ
コーンゴムの耐アーク性,耐トラッキング性等の電気絶縁性能を改善することがで
き,本発明組成物において必須のものである 」(段落【0033 】 ,
) 「第三成分の
アルミニウム水酸化物の配合量は・・・30部に満たないと硬化後の組成物が必要
な耐アーク性や耐トラッキング性を得られない 」(段落【0045 】 ,
) 「第四成分
の遷移元素を含む金属酸化物の配合量は,・・・20部を超えると・・・水酸化ア
ルミニウムを高充填できなくなったり」(段落【0050 】 ,
) 「(3)アルミニウム水
酸化物30∼300部,(4)少なくとも1種の遷移元素を含む金属酸化物0.1
∼20部 」(段落【0008 】 ,
) 「特にアルミニウム水酸化物とある種の遷移金属
酸化物の相乗効果によって耐トラッキング性が大幅に向上する 」 段落 0059】
( 【 )
と記載されている。
これらの記載は,刊行物1発明が水酸化アルミニウムを従前より減量することを
目的とするものであるとしても,なおアーク浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗
性の向上のためには水酸化アルミニウムはなお不可欠の成分であって大量添加は必
要であり,積極的に添加すべきものであることを示している。
(2) アーク浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗性を向上させるためには多量
のアルミニウム水酸化物が必要であるということは,本件特許出願当時の当業者の
一般的な認識又は技術水準であった。例えば ,本件特許出願前の1984年4月13
日に出願され,公開された欧州特許出願公開第0 123 487号 甲16)
( には,
有機ポリマーの分野ではアーク浸食抵抗性は酸化アルミニウム水和物の添加によっ
て向上するという結論が過去の研究により得られていることが記載され(9頁22
∼31行),甲16記載のシリコーン組成物に関する発明においても,アルミニウ
ム水酸化物はアーク浸食抵抗性を向上させるために必須の成分である旨が記載され
ている(15頁下から1∼3行,16頁10∼16行 )。また,本件特許出願後
の2000年1月19日に出願され,公開された欧州特許出願公開第1 079
398号(甲17)には,従来,シリコーンゴムの電気絶縁性を向上させるため
に多量のアルミニウム水酸化物を混合してきたこと,及びアルミニウム水酸化物を
高充填すると強度に問題があったと記載されている 段落 0004] 0005 ]。
( [ [ )
そして,甲17記載のシリコーン組成物に関する発明においても,やはりアーク浸
食抵抗性及びアークトラッキング抵抗性を向上させるためにアルミニウム水酸化物
は必須の成分である旨が記載されている 段落 0009] 0025 ] 0028]。
( [ [ [ )
さらに,刊行物1発明の発明者等によるシリコーンゴム組成物の別発明が開示され
ている欧州特許出願公開第1 052 655号(2000年1月11日出願)
(甲18)においても,アーク浸食抵抗性及びアークトラッキング抵抗性を向上さ
せるためにアルミニウム水酸化物は必須の成分である旨が記載されている(段落
[0008][0022]。
)
(3) 刊行物1の段落【0060】の【表1】に記載される実施例は,当該発明
の構成を具体化したものであるから,発明の詳細な説明等に記載された事項と軸を
一にするものである。刊行物1の【実施例】には,金属酸化物として最も好ましい
とされるCo2O3でさえアルミニウム水酸化物の添加量が不十分では所望のアーク
浸食抵抗性等を得ることができないことが示されているのであるから,それよりも
効果が劣るとされるFeO・Fe2O3をアルミニウム水酸化物を全く添加すること
なく利用しようとする動機は生じ得ない。
この点,被告は,刊行物1の比較例1に記載された湿式シリカの量が実施例と異
なり,実験条件が相違すると主張するが,湿式シリカは刊行物1の段落 0055】
【
に記載されているとおり,「第二成分のシリカ微粉末」として添加されている。こ
のシリカ微粉末は刊行物1の段落【0032】に「1部に満たないと機械的強度が
弱くなり」と記載されていることから,機械的強度を保つための成分であって,アー
ク浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗性とは無関係の成分である。比較例1では,
アルミニウム水酸化物の配合量が実施例の1/10であるため充分な機械的強度又
は加工性が得られないことから,湿式シリカの配合量を高くしたにすぎない。した
がって,刊行物1の記載からは,湿式シリカがアーク浸食抵抗性やアークトラッキ
ング抵抗性に有意な影響を与える成分であるということはできず,比較例1はアル
ミニウム水酸化物が少なくなったためにアーク浸食抵抗性,アークトラッキング抵
抗性が低下したことを示すものである。
被告は,刊行物1の実施例・比較例を,さらに発展させて,アーク浸食抵抗性を
追求していくことは,段落【0033】及び【0045 】等の記載にもかかわらず ,
当業者にとって容易であると主張する。しかしながら,実施例には発明者が得た知
見の全部が記載されているのではなく,その中の最も核となる一部が記載されてい
るにすぎない。刊行物1発明の発明者は,酸化コバルトの添加量を2重量部とした
場合はどうなるかや,アルミニウム水酸化物を0にした場合はどうなるか等の点に
ついて検討を行った上で,「アルミニウム水酸化物の配合量は・・・30部に満た
ないと硬化後の組成物が必要な耐アーク性や耐トラッキング性を得られない」(段
落【0045】)との知見を得るとともに,水酸化アルミニウムを100部とし金
属酸化物を1又は2部とする構成を最良の結果をもたらすものとして実施例に記載
したものと考えられる。そうすると,刊行物1に記載された実施例4及び比較例3
に接した当業者は多量のアルミニウム水酸化物と微量のFeO・Fe 2O3の相乗効
果によってアーク浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗性が向上したものと理解す
ると考えるのが自然であり,それが刊行物1発明の技術的思想とも合致する。
(4) 決定は,難燃剤であるアルミニウム水酸化物がアークトラッキング抵抗性
及びアーク浸食抵抗性を有するものであることは以前より知られており,刊行物2
∼6に記載された遷移金属化合物が難燃剤等として使用されている点から,これら
の遷移金属化合物が刊行物1記載のアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗
性を有することを予測することは格別困難とはいえないと判断している。
しかしながら,刊行物2は,決定がいうように「刊行物2には,FeO,Fe2
O3,酸化セリウム,酸化チタンを白金と組み合わせて耐燃剤とすることが記載さ
れ」ているのではなく,ハイドロサイレーション反応用の触媒として用いることし
か記載されていない。
刊行物3は,決定がいうように「酸化セリウム,水酸化セリウムと白金と組合せ
たものが高温耐久性,耐熱性を有することが記載され」ているのではなく ,「本発
明では,第1成分と第2成分との硬化付加反応(ハイドロサイレーション)を促進
させるための触媒として第3成分として白金又は白金属化合物を配合する。(段落
」
【0018 】)ことが記載されているにすぎず,高温耐久性,耐熱性を向上させる
旨の記載はない。
刊行物4について,決定では「難燃剤として酸化セリウム・水酸化セリウム」を
「白金と組み合わせる」ことが記載されているとしているが,刊行物4の請求項1
には,白金系触媒,パラジウム系触媒,ロジウム系触媒からなる群より選ばれる触
媒を使用することが記載されているが,これらが難燃性を向上させるための成分で
ある旨の記載はない。また,刊行物4は,シリコーンゲルに関するものであり,本
件発明1が対象とするシリコーンエラストマーとは異なるものである。シリコーン
エラストマーが一種のゴムであることを考慮すれば,シリコーンゲルに適用可能な
添加剤がそのままシリコーンエラストマーに適用できるものとは限らない。
刊行物2∼6の技術分野,課題及び試験方法は,アークトラッキング抵抗性及び
アーク浸食抵抗性が要求される特殊な高電圧電気絶縁技術とは異なるものであるか
ら,それらの遷移金属化合物が耐燃性や高温下の接着耐久性を有することをもって,
刊行物1記載のアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有することまで
予測することは容易ではない。
(5) 被告は,酸化鉄,酸化チタン,酸化セリウムには,難燃性とは別の高温耐
性,耐熱性を有するものであり,これらの性質は,本件発明のアークトラッキング
抵抗性,アーク浸食抵抗性に類似すると主張する。
ア しかしながら,特開平5−179112号(甲14)の段落【0002】に
はアーク浸食抵抗性,アークトラッキング抵抗性は十分であるが,難燃性,耐熱性
が不十分である材料や,難燃化剤や耐熱化剤の添加によって逆にアーク浸食抵抗性
やアークトラッキング抵抗性が顕著に低下する事例が示されている。
イ 甲15には,白金はシリコーンゴムの難燃性を向上させるにもかかわらず
アーク浸食抵抗性等の電気絶縁特性を低下させることが開示されており,本件発明
が採用する白金化合物と遷移金属酸化物の混合物が優れたアーク浸食抵抗性を有す
るであろうとの予測は一層困難となる。
ウ 乙3には ,「難燃性及び/又は高い耐漏電性並びに高い耐アーク性を得るた
め」の添加剤の成分として「 B)二酸化チタン ,二酸化ジルコニウム,酸化亜鉛 ,
(
酸化セリウム(III)及び酸化セリウム(IV)の群から選択された金属酸化物」
が記載されているが,わざわざ「但し,耐漏電性を得るためには二酸化ジルコニウ
ムを使用し,難燃性を得るためには前記の金属酸化物のそれぞれを使用する」(3
頁左下欄下から2∼9行)と,電気絶縁性と難燃性を分けて金属酸化物を分類して
いる。当該個所の記載から読み取れることは,難燃性を向上する金属酸化物であっ
ても,アークトラッキング抵抗性やアーク浸食抵抗性を向上させる場合とさせない
場合があるという点であり,そして,二酸化チタン又は二酸化ジルコニウムを使用
しなければアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性は得られないという点
である。このことは,金属酸化物が難燃性を向上させるという性質から,アーク浸
食抵抗性及びアークトラッキング抵抗性の向上効果までを予測することが容易では
ないということを示している。
また,乙3に記載された発明では,成分(D)の塩基性窒素を有する有機珪素化
合物を必須成分としている点に留意しなければならない。乙3の実施例の項には,
構成要件を満たす場合を「例1」とし,構成要件から該塩基性窒素含有化合物のみ
を除いた場合を「比較実験1」として挙げ,アーク浸食抵抗性が350sec(7
頁左下欄の第1表)から150sec(7頁右下欄の第2表)へと激減したことが
示されている。この結果は,二酸化チタンや白金等を配合しただけでは足りず,さ
らに塩基性窒素含有化合物も配合しなければ,アーク浸食抵抗性が得られなかった
ことを示している。したがって,乙3記載の添加剤の使用によりアーク浸食抵抗性
が向上し,アルミニウム水酸化物の添加に匹敵するアーク浸食抵抗性が発揮できる
としても,それは上記塩基性窒素含有化合物による寄与が主であるからであり,ア
ルミニウム水酸化物も上記塩基性窒素含有化合物も含有しない本件発明に係る構成
に想到するのが容易と直ちにいうことはできない。
エ 乙4には「シリコーンゴム中で高表面積の二酸化チタンと組み合わせた比較
的多量の白金の存在により良好な耐トラッキング性を有する材料により,かつ既知
の耐トラッキング性材料を使用することなく絶縁することができるという全く予想
できなかったことが見出された。(4頁左上欄6∼12行)と記載され,その請求
」
項1には「表面積が少なくとも10m2/gの二酸化チタンおよび材料の全重量の
少なくとも約25重量ppmの支持されていない形態の白金」等が記載されている。
しかしながら,二酸化チタン以外の ,(赤色)酸化鉄のような遷移金属酸化物は随
意成分でしかなく,その機能に関しては,顔料および紫外線安定剤の両者として機
能するように材料に配合するのが有利である程度の記載しかない(5頁右上欄8行
目∼左下欄8行 )。すなわち,乙4記載の発明は,種々の遷移金属酸化物のうち,
特定の表面積を有する二酸化チタンを選択的に使用することで初めてアークトラッ
キング抵抗性の向上が図れたものであり(アーク浸食抵抗性については言及されて
いない。,耐燃性や耐熱性のために使用される添加剤がそのままアークトラッキン
)
グ抵抗性の向上にも寄与するであろうと予測することは困難である。
オ 以上のとおり,難燃性又は耐熱性を向上させたからといって必ずしもアーク
浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗性まで向上するわけではなく,逆にアーク浸
食抵抗性やアークトラッキング抵抗性が低下してしまう場合もあるのであって,耐
燃性又は耐熱性からアーク浸食抵抗性及びアークトラッキング抵抗性を予測するこ
とが容易ということはできない。
(6) なお,乙3,4には,アルミニウム水酸化物を使用せずに,二酸化チタン
等を使用してアーク浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗性の向上を図る発明が記
載されているが,これらの発明では単にアルミニウム水酸化物に代えて難燃性を向
上させる金属酸化物を使用しているわけではない。乙3記載の発明では金属酸化物
の中から二酸化チタン又は二酸化ジルコニウムを使用し,さらに塩基性窒素含有化
合物を添加しなければならない。乙4記載の発明では酸化チタンを使用し,その表
面積を少なくとも10m 2/gにしなければならない。このように,乙3,4では,
特殊な条件を付加したときに初めて所望のアーク浸食抵抗性やアークトラッキング
抵抗性が得られるのであって,単にアルミニウム水酸化物に代えて難燃性を向上さ
せる金属酸化物を使用しても(それが二酸化チタンであったとしても),通常の条
件ではアーク浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗性が得られないことが示されて
いる。乙3,4においても,二酸化チタンを含めて難燃性を向上させる金属酸化物
がアルミニウム水酸化物に代えてそのままアーク浸食抵抗性やアークトラッキング
抵抗性を向上させる添加剤に適用できることは示されておらず,むしろ適用できな
いことが示されているのであるから,本件発明に係る遷移金属酸化物がアルミニウ
ム水酸化物と併用せずに刊行物1に記載のアークトラッキング抵抗性及びアーク浸
食抵抗性を有するであろうことを容易に予測することはできない。
被告は乙3,4を提出することにより,単に技術水準を示し,又は刊行物1∼6
の記載内容を明らかにするというより,むしろ乙3,4を引用例として用い,アル
ミニウム水酸化物を使用しない発明と本件発明とを実質的に対比している。これは ,
特許異議申立手続の審理範囲を超えて取消決定の適法性を主張するものであり,こ
のような新たな証拠に基づいた主張は昭和51年3月10日最高裁大法廷判決(民
集30巻2号79頁)の趣旨に反し,許されるべきではない。
(7) 以上のとおり,決定の相違点1の判断は誤りである。
3 取消事由3(相違点2の判断の誤り)
決定は,相違点2について,本件発明1では,FeOの重量対Fe2O3の重量の
比率を0.1:1∼9:1の範囲とすることについて,その限定の意義は本件訂正
明細書において明らかにされていないとするが,FeOとFe 2O3の比率の範囲は
広範なものだとしても,FeO単独でもFe2O3単独でもなく,あくまでFeOと
Fe2O3の組合せが重要であるということは明らかである。
一方,刊行物1に記載されているのは,FeO・Fe2O3(=Fe3O4)という
単一化合物にすぎず,このままではFeO及びFe2O3の比率を調整することはで
きない。FeO・Fe2O3と,FeO及びFe2O3の組合せは,物として異なり,
物性も異なるのであるから,刊行物1は本件発明のようにFeO及びFe2O3を別
々に組み合わる動機を当業者に与えるものではない。
したがって,FeO及びFe2O3という二種類の酸化鉄を0.1:1∼9:1の
範囲で組み合わせることは,当業者が適宜なし得たものとはいえない。
4 まとめ
以上によれば,本件発明1の進歩性を否定した決定の判断は誤りであり,本件発
明1の判断を前提とする本件発明2∼8についての判断も同様に誤りである。
第4 被告の主張の要点
1 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)に対して
本件発明は,エラストマーとして過酸化物硬化型オルガノポリシロキサンエラス
トマーに限定するものではなく,白金による付加反応型オルガノポリシロキサンエ
ラストマーを含むものであることは明らかである。すなわち,本件訂正明細書には
「添加剤の成分A1,B1又はC1は,室温で又は重付加反応からの熱により架橋
するポリオルガノシロキサンDに含有される触媒白金の形で存在できる」(本件訂
正明細書の3頁1∼2行)と記載され,白金化合物が白金触媒として存在できるこ
とが明示されており,当該白金化合物の使用量も,いわゆる触媒量としての添加量
にすぎないものであり,本件発明の実施例においても「エラストマーの製造」に当
たり,触媒として白金化合物が添加されている。
それに対して,刊行物1の実施例4及び5のシリコーンゴム組成物には,白金化
合物(触媒)0.2重量部及びFeO・Fe2O31重量部の組合せが記載されてお
り,本件発明と構成上差異がないことは明らかである。
2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)に対して
(1) 刊行物1には,「表1の結果より,本発明のシリコーンゴム組成物は,耐ト
ラッキング性及び耐エロージョン性に優れ,特にアルミニウム水酸化物とある種の
遷移金属酸化物の相乗効果によって耐トラッキング性が大幅に向上することが確認
された。また,本発明のシリコーンゴム組成物は,高圧碍子として実用的な耐トラッ
キング性を得るための,従来のアルミニウム水酸化物の充填量を減量することが可
能であり,シリコーンゴム碍子の軽量化,機械的特性の改良に寄与できることが確
認された。 (段落【0059 】
」 )と記載されており,アルミニウム水酸化物を減ら
し,FeO・Fe 2O3等の遷移金属酸化物を少量添加することにより,アークトラッ
キング抵抗性,アーク浸食抵抗性を高めようとすることが開示されている。
また,決定が説示しているとおり,刊行物1の段落【0060】の表1記載の実
施例4及び5と比較例3とを対比すれば,アークトラッキング抵抗性,アーク浸食
抵抗性の効果として,FeO・Fe2O3等の遷移金属酸化物の1重量部がアルミニ
ウム水酸化物の100重量部に匹敵することは明らかであり,そのことは,FeO
・Fe2O3等の遷移金属酸化物そのものにもアークトラッキング抵抗性,アーク浸
食抵抗性の効果があることを示すとともに,アルミニウム水酸化物の添加を減らし ,
その一部を遷移金属酸化物の少量の添加に代えることによって機械的特性が改良さ
れることを示唆している。また,アルミニウム水酸化物の大量添加自体が,シリコー
ン組成物の機械的特性に悪影響を及ぼしていることも明らかである。
なお,刊行物1の比較例1は,アルミニウム水酸化物が実施例の1/10であ
る10重量部とした場合,アークトラッキング抵抗性が発揮されていないものとし
て唯一例示するものであるが,湿式シリカの量が実施例 5部)
( に対して, (35
7倍
部)と極端に多く含まれており,実験条件が相違するものであるから,この一例を
もって,アルミニウム水酸化物が少なくなると,アーク浸食抵抗性,アークトラッ
キング抵抗性が低下するとまではいえない。比較例1は,酸化コバルトの添加量が1
重量部でしかなく,その量が2倍の2重量部とした場合はどうなるのかについては
不明であり,また,他の金属酸化物である酸化セリウムやFeO・Fe2O3の場合
はどうなのか,さらには,金属酸化物を3倍の3重量部と増やして,アルミニウム
水酸化物を0にした場合はどうなるかも明らかではない。刊行物1の実施例・比較
例 を,さらに発展させ ,アーク浸食抵抗性効果を 追求していくことは, 段 落
【0033】及び【0045】等の記載にもかかわらず,当業者にとって容易なこ
とといえる。
(2) 決定は,アルミニウム水酸化物の存在しない場合であっても,刊行物1と
刊行物2∼6と組み合わせることにより,白金化合物と金属化合物の組合せについ
て,アーク浸食抵抗性,アークトラッキング抵抗性を有する添加剤とすることは容
易であると判断している。
すなわち,刊行物2∼6には,白金化合物の存在するシリコーンエラストマーや
シリコーンゲルの難燃化剤,耐燃化剤,耐熱材として,酸化セリウムやFeO・F
e2O3等の金属酸化物を使用することが記載され,刊行物6では,白金自体も難燃
化剤と記載されている。これらの組成物は,アーク浸食抵抗性,アークトラッキン
グ抵抗性を有するとの記載はないものの,オルガノポリシロキサンエラストマーに
対する添加剤として白金化合物及び金属酸化物の組合せが記載されており,アルミ
ニウム水酸化物を必須成分とする刊行物6を除いて,その構成自体は本件発明と何
ら変わるところはない。そして,刊行物1から,前記のとおり,金属酸化物がアー
ク浸食抵抗性,アークトラッキング抵抗性を有するものといえるから,刊行物2∼6
を組み合わせることにより,アルミニウム水酸化物を含まない場合であっても,白
金化合物を含むオルガノポリシロキサンエラストマーに対する難燃剤・耐熱材であ
る金属酸化物を,アーク浸食抵抗性剤,アークトラッキング抵抗性剤として試して
みることは容易である。
(3) アーク浸食抵抗性というのは,「絶縁材料がアークに触れると高熱のために
損傷される 」(新版高分子辞典第257∼258頁の「耐アーク性」参照,乙1)
ことに対する抵抗性といえるから,そのような目的・効果に対する添加剤として,
既存の添加剤の中から転用を考える場合,まず,その類似する用途といえる「難燃
化剤 」「耐熱材」の中から転用しようとしてみることは,当業者であれば容易に想
到し得ることにすぎない。
ア このことは,難燃剤としてよく知られたアルミニウム水酸化物(便覧ゴム・
プラスチック配合薬品(改訂版)の326∼327頁の添加型難燃剤の「 4)水
(
酸化アルミニウム」参照,乙2) ,
が 従来よりオルガノポリシロキサンエラストマー
におけるアーク浸食抵抗性の添加剤として使用されてきたことからも明らかであ
る。
イ 白金と金属酸化物を含有するオルガノポリシロキサンエラストマーにおい
て,難燃化剤とアーク浸食抵抗性あるいはアークトラッキング抵抗性が類似するこ
とは,公知の文献である特開平2−115269号公報(乙3)に難燃化性とアー
ク浸食抵抗性の両方の効果を有する添加剤が記載され,また,同じく公知文献であ
る特開昭62−88209号公報(乙4)には,難燃剤とアークトラッキング抵抗
性の関係について記載されていることからも明らかである。しかも,これらの公知
文献では,アーク浸食抵抗性剤・アークトラッキング抵抗性剤としてよく知られた
アルミニウム水酸化物を添加していない。
乙3の場合,添加剤は,(A)∼(D)の4つの成分からなり,この中で(A)
のジオルガノポリシロキサンと(D)の塩基性窒素を有する有機珪素化合物は,オ
ルガノポリシロキサンエラストマーとは,同じシロキサン結合(SiO)を有する
構造上類似する有機化合物であり,これらと,無機化合物である(B)の金属酸化
物及び(C)の白金化合物と組み合わせて,オルガノポリシロキサンエラストマー
用の添加剤とすることにより,オルガノポリシロキサンエラストマーに対して,添
加剤の混合を容易にし,さらに,強固に結びつける働きをし,それによって,オル
ガノポリシロキサンエラストマーに対して難燃性及びアーク浸食抵抗性が発揮され
ていることは明らかである。なお,(C)の白金化合物は,過酸化物硬化型のオル
ガノポリシロキサンエラストマーに対しても適用されるものであるから,触媒とし
ての添加でないことも明らかである。また,この添加剤にはアーク浸食抵抗性剤と
してよく知られたアルミニウム水酸化物を含んでおらず,例2におけるアーク浸食
抵抗性(第5表に「350sec」と記載)は,比較実験6のアルミニウム水酸化物
によるアーク浸食抵抗性(第8表に「320sec」と記載)と匹敵する効果を有し
ている。
また,乙4の場合,特許請求の範囲請求項11には,ポリジオルガノシロキサン
ポリマー,二酸化チタン,遷移金属酸化物及び白金を含有する高電圧電気絶縁性非
トラッキング性材料が記載され,その2頁左上欄の 産業上の利用分野]
[ において,
良好なアークトラッキング抵抗性を有することが記載され,5頁右下欄最下行か
ら6頁左上欄7行には,白金・チタンを含む難燃添加剤として市販されるFR−1
及びFR−2が特に有効であると記載され,8頁左上欄に記載の第1表の実施例に
は,アルミニウム水酸化物を含まず,FR−1及び赤色酸化鉄を含有する過酸化物
硬化型シリコーンゴムの例が記載されている。
ウ 原告は,甲14の段落【0002】に,結晶性プラスチックであるポリエス
テルに,「ハロゲン/アンチモン系難燃剤」や「ガラスファイバー等の充填剤」の
添加により,アーク浸食抵抗性,アークトラッキング抵抗性が低下することが記載
されることに基づいて,アーク浸食抵抗性と難燃性は類似しないと主張する。しか
し,ポリエステルはその結晶性のゆえに樹脂そのものがアーク浸食抵抗性を有して
おり,甲14の段落【0002】の場合には,添加剤によって樹脂の結晶性が破壊
され,樹脂そのものの有するアーク浸食抵抗性を低下させていることは容易に理解
できることである。添加剤自体も白金や金属酸化物とは相違する上,結晶性ポリエ
ステルとはその構成上全く類似性のないオルガノポリシロキサンエラストマーに対
してそのような例示を持ってきても,意味がなく,樹脂によって,また,添加剤に
よって,それぞれ難燃化作用,アーク浸食抵抗性に相違があることは当然である。
エ 以上のとおり,刊行物1においては,アルミニウム水酸化物を必須成分とす
ることが記載されているとしても,刊行物2∼6に記載される白金化合物と金属酸
化物の組合せによる難燃化剤としての使用から,アルミニウム水酸化物なしでも,
アーク浸食抵抗性,アークトラッキング抵抗性の添加剤として試してみることに格
別困難性がなく,その作用効果も予測し得るものであることは明らかである。
そうであるならば,当業者であれば,アークトラッキング抵抗性,アーク浸食抵
抗性効果に加えて,さらに,機械的特性の維持のために,アルミニウム水酸化物の
大量添加に代えて,遷移金属酸化物の少量添加を試してみることは格別困難なこと
とはいえない。
(4) したがって,決定の相違点1の判断に誤りがあるとの原告の主張は理由が
ない。
3 取消事由3(相違点2の判断の誤り)に対して
FeOの重量対Fe 2O 3の重量比率自体に意味がなく,刊行物1における実施
例4及び5の「FeO・Fe2O3」とする記載と何ら変わらないものであり,相違
点2は,格別な相違点といえないことは明らかである。
4 まとめ
決定の認定判断に誤りはなく,取消決定を取り消すべき理由は存在しない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について
(1) まず,決定が主引用例として挙げた刊行物1(甲1)発明について検討す
る。
ア 刊行物1には,以下の記載がある。
(ア) 「(1) 有機過酸化物硬化型又は付加硬化型のシリコーンゴム組成物 100重量部
(2) シリカ微粉末 1∼100重量部
(3) アルミニウム水酸化物 30∼300重量部
(4) 少なくとも1種の遷移元素を含む金属酸化物 0.1∼20重量部
を含有してなることを特徴とする高電圧電気絶縁体用シリコーンゴム組成物 。 (特許請求の範
」
囲の請求項1)
(イ) 「本件発明は,加熱硬化により優れた高電圧電気絶縁体となるシリコーンゴムを与え
る高電圧電気絶縁体用シリコーンゴム組成物に関する。送電線等に用いる碍子に使用される高
電圧電気絶縁体は,一般に磁器製又はガラス製である 。・・・これらの磁器製又はガラス製の
絶縁体の欠点を改良するために種々の解決法が提案されている。例えば・・・硬化性樹脂から
なる部材と白金触媒含有オルガノポリシロキサンエラストマーとからなる耐候性の高電圧電気
絶縁体・・・また・・・一液性の室温硬化性オルガノポリシロキサン組成物をガラス製品又は
磁器製の電気絶縁体の外側表面に塗布すること・・・更に・・・加熱硬化によりシリコーンゴ
ムとなるオルガノポリシロキサンとアルミニウム水和物との混合物を100℃よりも高い温度
で30分以上加熱することによって,電気絶縁性が改良されたシリコーンゴム組成物が得られ
ることが提案されている。しかしながら,前記の従来技術では,いずれも使用されているシリ
コーンゴム材料の高電圧電気絶縁性能が未だ十分満足できるものでなく,このため従来のシリ
コーンゴム組成物は,電気絶縁性能を向上させるためには多量のアルミニウム水酸化物を使用
しなければならないが,これによりゴムの機械的強度が弱くなるという欠点があった。本発明
は上記事情に鑑みなされたもので,加熱硬化後に過酷な大気汚染或いは気候に晒される条件下
でも耐候性,耐トラッキング性,耐アーク性,耐エロージェン性等の高電圧電気絶縁特性に優
れたシリコーンゴムを与える高電圧電気絶縁体用シリコーンゴム組成物を提供することを目的
とする。(段落【0001】∼【0006】
」 )
(ウ) 「本発明者は・・・有機過酸化物硬化型又は付加硬化型のシリコーンゴム組成物,シ
リカ微粉末を含有するシリコーンゴム組成物に対して,アルミニウム水酸化物と少なくとも1
種の遷移元素を含む金属酸化物とを特定量併用して配合することにより,アルミニウム水酸化
物と遷移金属酸化物との相乗効果によりシリコーンゴムの耐トラッキング性,更には耐エロー
ジョン性,耐アーク性等の特性が大幅に向上し,高圧碍子として実用的な耐トラッキング性を
得るためのアルミニウム水酸化物の充填量を減量することが可能であり,シリコーンゴム碍子
の軽量化,機械的特性の改良にも寄与できること ,それ故 ,耐候性 ,耐トラッキング性 ,耐アー
ク性,耐エロージェン性等の高電圧電気絶縁特性に優れたシリコーンゴムを与える高電圧電気
絶縁体用シリコーンゴム組成物が得られることを知見し,本発明をなすに至った 。 (段落【00
」
07】)
(エ) 「第二成分のシリカ微粉末としては・・・従来のシリコーンゴム組成物に使用されて
いるものを使用することができ・・・平均粒子径が50μm以下・・・が好適に使用される。
・・・配合量は,第一成分100部に対して1∼100部・・・の範囲であり,1部に満たな
いと機械的強度が弱くなり,100部を超えると第三成分のアルミニウム水酸化物を高充填す
ることが困難となる。(段落【0030】∼【0032】
」 )
(オ) 「本発明では,第三成分としてアルミニウム水酸化物を使用するもので,この成分を
配合することでシリコーンゴムの耐アーク性,耐トラッキング性等の電気絶縁性能を改善する
ことができ,本発明組成物において必須のものである。ここで,アルミニウム水酸化物として
は,下記式(3)
Al2O3・3H2O …(3)
で表され,平均粒子径が10μm以下のもの・・・が好ましく使用される 。
・・・
第三成分のアルミニウム水酸化物の配合量は,第一成分100部に対して30∼300部・
・・であり,30部に満たないと硬化後の組成物が必要な耐アーク性や耐トラッキング性を得
られないものとなり,300部を超えると組成物への充填が困難となり ,加工性が悪くなる 。」
(段落【0033】∼【0034】【0045】
, )
(カ) 「本発明では,第四成分として少なくとも1種の遷移金属元素を含む金属酸化物(即
ち,遷移金属酸化物)を使用するもので,上記金属酸化物を特定量配合することで上記第三成
分のアルミニウム水酸化物との相乗効果によりシリコーンゴムの耐トラッキング性,耐エロー
ジョン性,耐アーク性等を更に向上することができるものである 。・・・遷移金属元素の中で
は,コバルト,鉄,セリウムが好適である。本発明において遷移金属元素を含む金属酸化物と
しては,上記遷移元素から選ばれる1種を単独で又は2種以上を組み合わせた金属を含む金属
の酸化物,或いは遷移元素を少なくとも1つ含む金属の酸化物の混合物を使用することが可能
であり,Co2O3,Co 3O4,MoO 3,Ce2O 3,FeO・Fe 2O 3,Fe 2O3,TiO 2,
V2O5,NiO3,ZrO2,Cr2O3,CrO3,PdO2,MnO2,ZnO ,RuO2,Ni3
O4,Nb2O5,La2O3,WO2等が例示されるが,特にCo 2O 3,Co 3O4が好ましく使用
される 。・・・平均粒径が100μm以下・・・であることが好ましく・・・配合量は,第一
成分100部に対して0.1∼20部・・・の範囲であり,0.1部に満たないと期待する耐
トラッキング性の向上が得られず,20部を超えると得られるゴム強度が十分でなくなり,ま
た水酸化アルミニウムを高充填できなくなったり,トラッキング性に更なる利点を上げること
ができない 。(段落【0046】∼【0050 】
」 )
(キ) 「 実施例1∼5〕表1に示すように第一成分中の(イ)成分として両末端がそれぞれ
〔
ジメチルビニルシロキシ基で封鎖された・・・オルガノポリシロキサン・・・,第二成分・・
・として湿式シリカ・・・,第三成分として・・・水酸化アルミニウム,第四成分として・・
・各遷移金属酸化物をそれぞれ表1に示す量で配合し,150℃でプラネタリーミキサーに
て2時間攪拌混合した後,室温に冷却した。更に,残りの第一成分中の(ハ)成分として・・
・ジメチルハイドロジェンポリシロキサン ,(ニ)成分として塩化白金酸の1%2−エチルヘ
キサノール溶液,更に(ホ)成分として反応制御剤としてエチニルシクロヘキサノールをそれ
ぞれ表1に示す量で加え,均一混合し,シリコーンゴム組成物を得た。このシリコーンゴム組
成物を120℃で10分間加熱硬化してそれぞれ128mm×44mm×6mm(厚み)のシリコー
ンゴムシートを得た。・・・
〔実施例6 〕・・・
〔比較例1∼3〕表1に示す成分を使用し,実施例1と同様にしてシリコーンゴムシートを得
た。(段落【0055】∼【0058】
」 )
(ク) 「実施例及び比較例で得られたシリコーンゴムシートについて,下記方法でトラッキ
ング試験を行った。結果を表1に示す。
トラッキング試験方法:ASTM D−2303−64Tの規格に準じて行った。即ち,荷電
圧4kVで電極間距離50mmの間に汚染液(0.1%NH 4Clと0.02%非イオン界面活性
剤の水溶液)を0.6ml/minの速さで上部電極から滴下して,トラックが発生して導電するま
での時間と,それによって起こる侵食損失重量(重量%)を測定した。
侵食損失重量:ゴムシートの一部が上記試験をする間 ,熱やアークにより劣化し ,侵食される 。
この侵食量は次式で算出した 。侵食量= 侵食により失った重量/試験前のシート全体の重量 )
(
×100
表1の結果より,本発明のシリコーンゴム組成物は,耐トラッキング性及び耐エロージョン
性に優れ,特にアルミニウム水酸化物とある種の遷移金属酸化物の相乗効果によって耐トラッ
キング性が大幅に向上することが確認された。また,本発明のシリコーンゴム組成物は,高圧
碍子として実用的な耐トラッキング性を得るための,従来のアルミニウム水酸化物の充填量を
減量することが可能であり,シリコーンゴム碍子の軽量化,機械的特性の改良に寄与できるこ
とが確認された。
【表1】
」
(段落【0058】∼【0060】)
イ 上記記載によれば,刊行物1発明は,高電圧電気絶縁体用シリコーンゴム組
成物を産業上の利用分野とする発明であり,従来のシリコーンゴム組成物は,電気
絶縁性能を向上させるためには多量のアルミニウム水酸化物を使用しなければなら
ないが,これによりゴムの機械的強度が弱くなるという欠点があったとの技術課題
問題を解決するため,有機過酸化物硬化型又は付加硬化型のシリコーンゴム組成物 ,
シリカ微粉末を含有するシリコーンゴム組成物に対して,アルミニウム水酸化物と
少なくとも1種の遷移元素を含む金属酸化物とを特定量併用して配合することによ
り,アルミニウム水酸化物と遷移金属酸化物との相乗効果により,アルミニウム水
酸化物の充填量を減量しつつ,耐候性,アークトラッキング抵抗性,アーク浸食抵
抗性,耐エロージェン性等の高電圧電気絶縁特性に優れたシリコーンゴムが得られ
ることを発見したものであると認められる。
ウ このように,刊行物1発明の目的はゴムの機械的強度を弱くするアルミニウ
ム水酸化物の充填量を減量するという点にあるが,それでもなお,刊行物1発明に
おいてアルミニウム水酸化物が必須の成分であることは,刊行物1の 本発明では,
「
第三成分としてアルミニウム水酸化物を使用するもので,この成分を配合すること
でシリコーンゴムの耐アーク性,耐トラッキング性等の電気絶縁性能を改善するこ
とができ,本発明組成物において必須のものである。「第三成分のアルミニウム水
」
酸化物の配合量は,第一成分100部に対して30∼300部・・・であり,30
部に満たないと硬化後の組成物が必要な耐アーク性や耐トラッキング性を得られな
い」( シリカ微粉末の)配合量は,
「 ・・・100部を超えると第三成分のアルミニ
ウム水酸化物を高充填することが困難となる 。 「 金属酸化物の)配合量は ,
」( ・・
・20部を超えると得られるゴム強度が十分でなくなり,また水酸化アルミニウム
を高充填できなくなったり,トラッキング性に更なる利点を上げることができな
い。」などの記載から明らかである。
そして,刊行物1の表1には,実施例1∼6,比較例1∼3の実験結果がまとめ
られているが,その中で,アルミニウム水酸化物の充填量を10部とし,Co 2O3
を1部加えた比較例1においては,アルミニウム水酸化物の充填量を100部ない
し200部とした他の実施例及び比較例と比較して,トラッキング(時間 ),浸食
損失係数(重量%)が著しく劣ることが示されており(なお,加える金属化合物の
みを変えて実験を行っている実施例1∼5を対比すると,Co 2O3を加えた場合に
は,例えば,FeO・Fe2O3を加えた場合よりアークトラッキング抵抗性,アー
ク浸食抵抗性が優れているとの結果が出ている 。,アルミニウム水酸化物の充填量
)
が30部に満たないと十分なアーク浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗性を得ら
れないとの明細書の記載を裏付けるものとなっている。
(2) 次に,本件発明1について検討する。
ア 本件訂正明細書(甲8)には,以下の記載がある。
「本発明の主題は,
・白金と白金以外の遷移金属の賢明に選定された化合物の1種以上とをベースにした混合物
を,
・金属触媒の存在下に室温で又は重付加反応からの熱により架橋する(RTV,LSR又は重
付加EVC組成物と称される)か或いは有機過酸化物との作用により高温で架橋する(EVC
組成物と称される )ポリオルガノシロキサンに(シリコーンエラストマーを得るために ) アー
,
クトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を高めるために使用する添加剤として使用するこ
とに関する 。・・・
JP−A−76/035,501号から,EVAから得られたシリコーンエラストマーの耐熱
性を高めるために白金と式: FeO) x・ Fe 2O3)y(ここで,比率x/yは0.05:1∼1
( (
:1の間にある)の混合鉄酸化物との混合物を使用することが知られている。
また ,FR−A−2,166,313及びEP−A−0,347,349から ,EVC組成物 F
(
R−A−2,166,313)から又はRTV組成物(EP−A−0,347,349)から得ら
れたシリコーンエラストマーの難燃性を高めるために白金と少なくとも1種の希土類金属酸化
物との混合物,特に白金と酸化セリウム(IV)CeO 2との混合物を使用することが知られて
いる。
ここに,本出願人は,白金と混合酸化鉄又は酸化セリウム(IV)との混合物をベースとした
この種の添加剤を含有するRTV,LSR,重付加EVC又はEVCポリオルガノシロキサン
組成物がさらに良好なアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有することを発見し
た。また,本出願人は,良好なアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有すると共
に依然として良好な難燃性及び良好な機械的性質を有するシリコーンエラストマー(これらの
エラストマーはRTV,LSR,重付加EVC又はEVC型のポリオルガノシロキサン組成物
から得られたが)を得るのに使用できる,上記の混合物以外の添加剤を発見した 。 (1頁1行
」
∼2頁10行)
イ 上記記載によれば,本件発明1は,シリコーンエラストマーのアーク浸食抵
抗性を高めるための添加剤に関する発明であり,本件特許出願当時,シリコーンエ
ラストマーの耐熱性を高めるために,白金と一定の式を満たす混合鉄酸化物との混
合物を使用することや,その難燃性を高めるために白金と酸化セリウム(IV)Ce
O2との混合物を使用することは知られていたが,本件発明1は,白金と混合酸化
鉄又は酸化セリウム(IV)との混合物をベースとした添加剤を,RTV,LSR,
重付加EVC又はEVCポリオルガノシロキサン組成物に含有させることにより,
良好なアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有するとともに,良好な
難燃性及び良好な機械的性質を有するシリコーンエラストマーを得ることができる
ことを発見したものであると認められる。
ウ 本件発明1の添加剤において,アルミニウム水酸化物が必須の成分となって
いないことは,その特許請求の範囲及び本件訂正明細書の記載から明らかである。
本件訂正明細書には,アルミニウム水酸化物についての記載はないが,アルミニウ
ム水酸化物を加えなくとも,良好なアークトラッキング抵抗性,アーク浸食抵抗性,
難燃性,機械的性質を得られること前提とされているものと理解できる。
(3) 刊行物1発明と本件発明とを対比すると,その技術分野は同一であり,技
術課題は,いずれも,良好なアークトラッキング抵抗性,アーク抵抗性をもつシリ
コーンエラストマーを得るということにあり,そのための解決手段として,金属酸
化物及び白金を使用する点(添加剤としての使用か,付加反応触媒としての使用か
という点はさておく 。)でも共通している。両発明の主たる相違点は,添加剤の成
分としてアルミニウム水酸化物が必須であるかどうかであり,決定は,この点を,
相違点1として「アークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を高めるための
添加剤として,刊行物1では,アルミニウム水酸化物を必須成分とするのに対し,
本件発明1では必須成分としていない点」と認定している。相違点1の認定につい
ては,当事者間に争いがない。
(4) 決定は,相違点1に係る構成の容易想到性について,まず,刊行物1の実
施 例4と比較例3を対比し,FeO・Fe 2 O 3 の1部はアルミニウム水酸 化
物100部に相当するアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有してい
るといえるとした上で,当業者であれば,金属酸化物の量を増やすことによって,
アルミニウム水酸化物を使用することなくアークトラッキング抵抗性及びアーク浸
食抵抗性を有する添加剤とすることを容易に想到し得ると判断した。
ア 確かに,刊行物1の表1に掲げられた実施例4と比較例3の条件を対比する
と,実施例4においては,アルミニウム水酸化物を100部,FeO・Fe2O3を1
部加えているのに対し,比較例3においては,金属酸化物を配合せずに,アルミニ
ウム水酸化物を200部加え,他の条件を同一にした結果,実施例4と比較例3は ,
トラッキング(時間)と浸食損失係数(重量%)において,ほぼ同様の数値を得ら
れている。この実験結果によれば,アルミニウム水酸化物を200部から100部
に減らし ,その代わりにFeO・Fe2O3を1部加えても ,ほぼ同様のアークトラッ
キング抵抗性,アーク浸食抵抗性を得られるということができる。
イ しかしながら,当業者が,特許明細書に記載された実施例及び比較例の実験
結果の対比検討を行うに当たっては,実験結果を総合的に考慮し,かつ,明細書全
体の基礎となる技術思想と整合的に理解しようとするのが当然である。刊行物1に
よれば,刊行物1発明の発明者は,アルミニウム水酸化物の充填量を減量すること
を課題として,少なくとも1種の遷移元素を含む金属酸化物を配合して代替するこ
とを試みたにもかかわらず,なお,アルミニウム水酸化物を使用することは,シリ
コーンゴムのアーク浸食抵抗性,アークトラッキング抵抗性等の電気絶縁性能を改
善する上で必須であり,少なくともアルミニウム水酸化物を30部は使用しなけれ
ばならないとの知見を得たことが認められる。そして ,前記判示のとおり,比較例1
においては,アルミニウム水酸化物の充填量を10部とすると,十分なアーク浸食
抵抗性やアークトラッキング抵抗性を得られないとの結果が示されている。
そうすると,実施例4と比較例3の結果の対比から推考をし,アークトラッキン
グ抵抗性及びアーク浸食抵抗性をさらに追求していく場合においても,アルミニウ
ム水酸化物の充填量を30部より少なくすると十分なアークトラッキング抵抗性,
アーク浸食抵抗性が得られないという刊行物1に記載された知見は当然の前提とさ
れているというべきであり,刊行物1の記載に接した当業者は,実施例4と比較例3
の対比から,アルミニウム水酸化物の充填量を100部減らして,その代わりにF
eO・Fe2O3を1部加えても,アルミニウム水酸化物の充填量が30部以上であ
れば,ほぼ同様のアークトラッキング抵抗性,アーク浸食抵抗性が得られるという
ことは想到し得たとしても,アルミニウム水酸化物の充填量をゼロとしても,金属
酸化物の量を増やすことにより十分なアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵
抗性を有する添加剤を得られるということまで容易に推考し得たということはでき
ない。
ウ これに対し,被告は,①刊行物1にはアルミニウム水酸化物の充填量を減ら
すという技術課題が記載されていること,②刊行物1の比較例1は,湿式シリカの
量が極端に多く含まれており,実験条件が相違することなどを指摘する。
しかし,刊行物1は,アルミニウム水酸化物の充填量を減量することを課題とし
ても,なお,アルミニウム水酸化物を使用することは,シリコーンゴムのアーク浸
食抵抗性,アークトラッキング抵抗性等の電気絶縁性能を改善する上で必須である
としているのであるから,刊行物1に基づいて,アルミニウム水酸化物の充填量を
ゼロとすることを容易に想到し得ないことは,前記判示のとおりである。
また,刊行物1には,湿式シリカについて「 シリカ微粉末の)配合量は,第一
(
成分100部に対して1∼100部・・・の範囲であり,1部に満たないと機械的
強度が弱くなり,100部を超えると第三成分のアルミニウム水酸化物を高充填す
ることが困難となる 。」との記載があり,この記載によれば,湿式シリカの配合量
は機械的強度に影響を与えるとは認められるものの,アークトラッキング抵抗性及
びアーク浸食抵抗性を左右するということはできない。そうすると,刊行物1の比
較例1において,湿式シリカが他の実施例・比較例より多く加えられているとして
も,それがアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性に影響を及ぼしている
ということができず,比較例1においてアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食
抵抗性が劣るとの結果が出ているのは,アルミニウム水酸化物の充填量が30部よ
り少なかったからであると考えられる。
(5) 次に,決定は,「よく知られた難燃剤であるアルミニウム水酸化物がアーク
トラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有するものであることは以前より知ら
れており,刊行物2には,FeO,Fe 2O3,酸化セリウム,酸化チタンを白金と
組み合わせて耐燃剤とすることが記載され,刊行物3には,酸化セリウム,水酸化
セリウムと白金と組み合わせたものが高温耐久性,耐熱性を有することが記載され ,
刊行物4∼6には,難燃剤として酸化セリウム・水酸化セリウム(刊行物4),セ
リウム系化合物,酸化鉄,酸化チタン(刊行物5),酸化セリウム(刊行物6)を
白金と組み合わせることがそれぞれ記載されており,それらの遷移金属化合物が刊
行物1に記載のアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有することを予
測することは格別困難とはいえない。 と説示する。また,被告は ,本訴において,
」
乙1,3,4を提出し,難燃性とアーク浸食抵抗性あるいはアークトラッキング抵
抗性は類似していると主張する。
しかしながら,本件訂正明細書には,従前知られていた技術として,①シリコー
ンエラストマーの「耐熱性」を高めるために白金と混合鉄酸化物との混合物を使用
すること,②シリコーンエラストマーの「難燃性」を高めるために白金と少なくと
も1種の希土類金属酸化物との混合物(特に白金と酸化セリウム)との混合物を使
用することを挙げた上で,本件発明に係る混合物を使用した添加剤を含有するRT
V,LSR,重付加EVC又はEVCポリオルガノシロキサン組成物がさらに良好
な「アークトラッキング抵抗性」及び「アーク浸食抵抗性」を有することを発見し
たとしているのであり,本件発明の発明者は,アークトラッキング抵抗性,アーク
浸食抵抗性を,耐熱性,難燃性とは異なる特性として理解していることがうかがわ
れる。
また,乙4には,「一般に三酸化アンチモン/ハロゲン供与体系のような難燃添
加剤は,材料の耐トラッキング性に対して逆効果を有することは既知である。(3
」
頁左上欄末行∼右上欄3行)「各難燃添加剤の添加は,各組成物のトラッキング破
,
壊をもたらすだけでなく,比較材料Nより悪い結果をもたらすことが判る 。それ故 ,
これらの難燃添加剤の添加は,基本ゴムの耐トラッキング性能を低下させる。(9
」
頁左下欄下から3行∼右下欄3行)と記載され,難燃性を有する物質が,必ずしも
良好なアークトラッキング抵抗性を有するものではないことが記載されている。
さらに,甲15(特開平4−209655号公報)にも ,「従来,付加反応によ
る加硫方法に使用される白金触媒をシリコーンゴム組成物中に添加配合すると,シ
リコーンゴムの難燃性が向上することが知られているが,本発明の高電圧電気絶縁
体用組成物においてはこのような難燃化処方をとるとかえって局部に集中したエ
ロージョン現象がおこり,電気絶縁機能の寿命が著しく低下することがつきとめら
れた。(3頁左下欄3∼9行)と記載され,難燃性を有する物質が,必ずしも良好
」
な電気絶縁機能を有するものではないことが記載されている。
そうすると,決定がいうとおり,難燃剤であるアルミニウム水酸化物がアークト
ラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有することが以前から知られていたとし
ても,刊行物2∼6に難燃性を有するものとして記載されている遷移金属化合物が
アルミニウム水酸化物と同様のアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を
有するとは限らないというべきである。
また,刊行物1発明は,遷移金属元素を含む金属酸化物を配合することによりアー
ク浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗性が向上することを認識しつつ,それでも
なおアルミニウム水酸化物が必須であるとしているのであるから,刊行物2∼6に
基づき,酸化鉄等の金属化合物がアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性
を有することが推認されたとしても,そのことから,直ちに,刊行物1に記載され
たこれらの金属化合物の添加量を増やすことにより,アルミニウム水酸化物を充填
することなく良好なアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有するオル
ガノポリシロキサンエラストマーを得ることができることが,容易に想到し得ると
はいえない。
(6) 以上によれば,本件発明1の相違点1に係る構成は,刊行物1∼6に基づ
き,当業者が容易に想到し得たものであるということはできないというべきであり,
原告の取消事由2は理由がある。なお,乙3,4には,アルミニウム水酸化物を加
えることなく,アーク浸食抵抗性及びアークトラッキング抵抗性に優れたオルガノ
ポリシロキサンエラストマーを得るための添加剤についての発明が開示されている
が,これらの証拠は,決定が本件発明1の進歩性を判断する上で基礎とした公知事
実には含まれていない。したがって,これらの証拠を,難燃性とアーク浸食抵抗性
あるいはアークトラッキング抵抗性は類似しているという一般的な知見を示すもの
として使用することはできるとしても,アルミニウム水酸化物を加えることなく,
白金化合物と少量の金属酸化物を添加することにより,優れたアーク浸食抵抗性及
びアークトラッキング抵抗性を得ることができることを示す公知事実として使用す
ることは許されないというべきである。
2 結論
以上のとおり,原告の取消事由2には理由があり,この点についての決定の誤り
が結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,その他の取消事由は検討するまで
もなく,審決は違法として取消しを免れない。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
石 原 直 樹
裁判官
佐 藤 達 文
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