平成17(行ケ)10837審決取消請求事件
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裁判所 |
審決取消 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成18年11月9日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官中嶋誠 原告インターディジタルテクノロジー
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対象物 |
多重音声及び/又はデータ信号通信を単一又は複数チャンネルにより同時に行うための加入者RF電話システム |
法令 |
特許権
特許法126条1項6回 特許法181条1回 特許法29条2項1回 特許法126条1回
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キーワード |
審決190回 刊行物73回 進歩性8回 抵触7回 特許権3回 訂正審判3回 優先権1回 無効審判1回 無効1回
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主文 |
1 特許庁が訂正2002-39123号事件について平成17年8月5日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 手続の経緯
・ 原告は,発明の名称を「多重音声及び/又はデータ信号通信を単一又は複
数チャンネルにより同時に行うための加入者RF電話システム」とする特許
第2816349号の特許(昭和61年2月26日出願(優先権主張198
5年3月20日,米国),平成10年8月21日設定登録。以下「本件特
許」という。発明の数は2である。)の特許権者である。 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10837号 審決取消請求事件
平成18年10月12日口頭弁論終結
判 決
原 告 インターディジタル テクノロジー
コーポレーション
訴訟代理人弁護士 中 島 和 雄
訴訟代理人弁理士 内 原 晋
同 船 山 武
同 渡 邉 隆
被 告 特許庁長官 中 嶋 誠
指 定 代 理 人 小 池 正 彦
同 大 場 義 則
同 井 関 守 三
同 長 島 孝 志
主 文
1 特許庁が訂正2002-39123号事件について平成17年8月
5日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
・ 原告の請求を棄却する。
・ 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 手続の経緯
・ 原告は,発明の名称を「多重音声及び/又はデータ信号通信を単一又は複
数チャンネルにより同時に行うための加入者RF電話システム」とする特許
第2816349号の特許(昭和61年2月26日出願(優先権主張198
5年3月20日,米国),平成10年8月21日設定登録。以下「本件特
許」という。発明の数は2である。)の特許権者である。
・ 本件特許の特許請求の範囲第1項,第4項に係る発明についての特許に対
し,特許異議の申立てがあり,平成11年異議71645号事件として特許
庁に係属した。その審理の過程において,原告は,平成12年11月22日,
本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)を訂正する請求をし
た。特許庁は,審理の結果,平成13年10月23日,上記訂正を認めない
とした上,「特許第2816349号の特許請求の範囲第1項,第4項に記
載された発明についての特許を取り消す。」との決定をした。原告は,この
決定を不服として,平成14年3月8日,その取消を求める訴訟を東京高等
裁判所に提起し(東京高裁平成14年(行ケ)第112号),現在当庁に係
属中である(当庁平成17年(行ケ)第10173号)。
・ 原告は,平成14年5月17日,本件明細書の特許請求の範囲の訂正(以
下,この訂正を「本件訂正」といい,本件訂正後の本件明細書及び図面を
「訂正明細書」という。)を求める審判を請求した。特許庁は,これを訂正
2002-39123号事件(以下「本件審判」という。)として審理した
結果,平成15年3月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決(以下「前審決」という。)をした。原告は,この審決を不服として,
平成15年7月4日,その取消を求める訴訟を東京高等裁判所に提起した
(東京高裁平成15年(行ケ)第291号)。東京高等裁判所は,平成16
年12月9日,「特許庁が訂正2002-39123号事件について平成1
5年3月24日にした審決を取り消す。」との判決(以下「前訴判決」とい
う。)をし,この判決は確定した。
・ 特許庁は,前訴判決の確定をうけて,本件審判の審理を再開した上,平成
17年8月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(附加期
間90日,以下「本件審決」という。)をし,同年8月17日,その謄本を
原告に送達した。本件審決の取消しを求めて原告が提起したのが,本件訴訟
である。
2 本件訂正の内容
本件訂正は,登録時の特許請求の範囲の第1項及び第4項を訂正するととも
に第2項及び第5項を削除し,第3項,第4項及び第6項を第2項,第3項及
び第4項にそれぞれ項番変更するというものである(本件明細書のうち,特許
請求の範囲以外の部分に訂正はない。)。
本件訂正後の特許請求の範囲の第1項及び第3項の各記載は次のとおりであ
る(下線部は,本件訂正による訂正箇所を示す。)。
「1 公衆通信用電話網の局用交換機から局線(14)経由で並行して受けた
複数の情報信号を複数の無線周波数(RF)チャンネル経由で基地局から複
数の移動加入者局,すなわち各々が前記複数の無線周波数(RF)チャンネ
ルの任意の一つで受信できる複数の移動加入者局に並行して送信するために
基地局で信号処理するディジタル電話システムであって,前記基地局が,
前記局線(14)からの受信情報信号をディジタル信号サンプルとして扱
う交換手段(15)と,
各々が前記複数の無線周波数(RF)チャンネルのうちの選択された一つ
に関連づけられて動作し,前記交換手段(15)から受けた前記ディジタル
信号サンプルを圧縮して多数の個別の圧縮信号を供給する各々が複数の圧縮
手段(16)を内蔵する複数の信号圧縮手段(17)と,
前記複数の信号圧縮手段(17)の各々に接続され,その信号圧縮手段
(17)からの前記圧縮信号をそれら圧縮信号の各々が前記複数の無線周波
数(RF)チャンネルのうちの前記選択された一つにそれぞれ対応の送信チ
ャンネル・ビット・ストリームの中の逐次的時間スロット位置を占めるよう
に送信チャンネル・ビット・ストリームの形に逐次組み上げるチャンネル制
御手段(18)と,
前記送信チャンネル・ビット・ストリームに応答して前記複数の無線周波
数(RF)チャンネルのうちの選択された一つ経由の前記加入者局への送信
用送信チャンネル信号を各々が発生する複数の周波数切換可能な送信手段
(21)であって,前記基地局により選択された前記複数の無線周波数(R
F)の任意の一つでそれぞれ送信できる複数の周波数切換可能な送信手段
(21)と,
前記交換手段(15)に含まれ前記受信情報信号を前記信号圧縮手段(1
7)内の信号圧縮手段(16)にそれぞれ接続する切換手段(25)と,
前記局線(14)に結合可能であり前記局線のある一つ経由の呼接続要求
信号に応答して前記圧縮手段(16)のどの一つをその呼接続要求信号対応
の前記受信情報信号に関連づけるかと前記送信チャンネル・ビット・ストリ
ーム中のどの時間スロットをその受信情報信号に用いるかとを表すスロット
割当て信号を発生する遠隔接続中央処理ユニット(20)であって,どの時
間スロットとどの無線周波数とが割当てずみであるかを示すメモリを維持し
呼接続要求に応答してそのメモリを調べ他の局線に未割当ての圧縮手段(1
6)およびそれと対応の時間スロットへの接続をもたらす前記チャンネル制
御手段(18),すなわち前記スロット割当て信号対応の周波数で動作する
前記チャンネル制御手段(18)への接続を形成するスロット割当て信号を
発生する遠隔接続中央処理ユニット(20)であって,前記スロット割当て
信号を前記交換手段(15)に供給するとともに,そのスロット割当て信号
対応の割当て時間スロットおよび無線周波数を表す信号を前記チャンネル制
御手段(18)および前記送信手段(21)経由で前記呼接続要求の宛先加
入者局に伝達しその宛先加入者局による所要の時間スロットおよび無線周波
数の設定に備える遠隔接続中央処理ユニット(20)と,
前記遠隔接続中央処理ユニット(20)に接続され前記スロット割当て信
号に応答してそのスロット割当て信号の指示する前記圧縮手段(16)への
接続を前記切換手段(25)に形成させる呼切換処理手段(24)と
を含むことを特徴とするディジタル電話システム。」(以下,この発明を
「本件訂正第1発明」という。)
「3 公衆通信用電話網の局用交換機から局線(14)経由で並行して受けた
複数の情報信号を複数の無線周波数(RF)チャンネル経由で基地局から複
数の移動加入者局,すなわち各々が前記複数の無線周波数(RF)チャンネ
ルの任意の一つで受信できる複数の移動加入者局に並行して送信するために
基地局で信号処理するディジタル電話システムであって,前記基地局が,
前記局線(14)からの受信情報信号をディジタル信号サンプルとして扱
う交換手段(15)と,
複数の送信チャンネル回路であって,前記複数の無線周波数(RF)チャ
ンネルの互いに異なる一つに各々が割り当てられ,前記交換手段(15)か
らそれぞれ受けた前記ディジタル信号サンプルを圧縮して多数の個別の圧縮
信号を生ずる複数の圧縮手段(16)内蔵の信号圧縮手段(17)と,前記
圧縮手段(16)に接続され前記圧縮信号をそれら圧縮信号の各々が送信チ
ャンネル・ビット・ストリーム内逐次的時間スロット位置を占めるように送
信チャンネル・ビット・ストリームの形に逐次組み上げるチャンネル制御手
段(18)と,前記送信チャンネル・ビット・ストリームに応答して被変調
副搬送波を生ずる変調手段(19)とを各々が有する複数の送信チャンネル
回路と,
前記被変調副搬送波に応答して前記複数の無線周波数(RF)チャンネル
のうちの選択された一つ経由の前記加入者局への送信用被変調信号を各々が
発生する複数の周波数切換可能な送信手段(21)であって,前記基地局に
より選択された前記複数の無線周波数(RF)の任意の一つでそれぞれ送信
できる複数の周波数切換可能な送信手段(21)と,
前記交換手段(15)に含まれ前記受信情報信号を前記圧縮手段(16)
にそれぞれ接続する切換手段(25)と,
前記局線(14)に結合可能であり前記局線のある一つ経由の呼接続要求
信号に応答して前記送信チャンネル回路のどの一つおよびどの時間スロット
位置およびその送信チャンネル回路中の前記圧縮手段(16)のどの一つに
前記呼接続要求信号対応の前記受信情報信号を関連づけるべきかを表すスロ
ット割当て信号,すなわちその情報信号に周波数と時間スロット位置とを割
り当てるスロット割当て信号を発生する遠隔接続中央処理ユニット(20)
であって,前記周波数の各々についてどの時間スロットが割当てずみである
かを示すメモリを維持し呼接続要求に応答してそのメモリを調べ他の局線に
未割当ての時間スロットを含む前記送信チャンネル回路のある一つとそれら
未割当ての時間スロットの一つと前記送信チャンネル回路中の信号圧縮手段
であって他の局線に未割当ての信号圧縮手段とへの接続を形成するスロット
割当て信号を発生する遠隔接続中央処理ユニット(20)であって,前記ス
ロット割当て信号を前記交換手段(15)に供給し,そのスロット割当て信
号対応の割当て時間スロットおよび無線周波数を表す信号を前記チャンネル
制御手段(18)および前記送信手段(21)経由で前記呼接続要求の宛先
加入者局に伝達しその宛先加入者局による所要の時間スロットおよび無線周
波数の設定に備える遠隔接続中央処理ユニット(20)と,
前記遠隔接続中央処理ユニット(20)に接続され前記スロット割当て信
号に応答してそのスロット割当て信号の指示する前記圧縮手段(16)への
接続を前記切換手段(25)に形成させる呼切換処理手段(24)と
を含むことを特徴とするディジタル電話システム。」(以下,この発明を
「本件訂正第2発明」という。)
3 本件審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,下記・及び・の理由により,
本件訂正は認められない,とするものである。
・ 発明の技術内容がどういうものであるかは,特段の事情がある場合を除き,
特許請求の範囲の記載に基づき認定されるべきである(最高裁判所昭和62
年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決,以下「リパーゼ事件最
高裁判決」という。)から,訂正明細書の特許請求の範囲の第1項,第3項
の記載をみると,本件訂正第1発明,本件訂正第2発明は,それぞれ,「前
記送信チャンネル・ビット・ストリームに応答して前記複数の無線周波数
(RF)チャンネルのうちの選択された一つ経由の前記加入者局への送信用
送信チャンネル信号を各々が発生する複数の周波数切換可能な送信手段(2
1)であって,前記基地局により選択された前記複数の無線周波数(RF)
の任意の一つでそれぞれ送信できる複数の周波数切換可能な送信手段(2
1)」,「前記被変調副搬送波に応答して前記複数の無線周波数(RF)チ
ャンネルのうちの選択された一つ経由の前記加入者局への送信用被変調信号
を各々が発生する複数の周波数切換可能な送信手段(21)であって,前記
基地局により選択された前記複数の無線周波数(RF)の任意の一つでそれ
ぞれ送信できる複数の周波数切換可能な送信手段(21)」を構成要件とし
ていることがみてとれるが,上記各記載を素直に読めば,上記各構成要件は,
「複数の送信手段の各々が,それぞれ,基地局により選択された複数の無線
周波数(RF)の任意の一つで送信できる(各送信手段が,基地局による選
択に応じて周波数を切り換え得る)」とも解されるところ,そのようなこと
は願書に添付した明細書又は図面には記載されていないから,本件訂正は,
平成6年法律第116号による改正前の特許法126条(以下,本判決にお
いて「特許法126条」という場合は,上記改正前の規定をいう。)1項た
だし書の規定を満たしていない(以下「理由A」という。)。
・ 本件訂正第1発明,本件訂正第2発明は,いずれも,下記刊行物1乃至2
記載の発明に基づき,周知技術を参酌して,当業者が容易に発明をすること
ができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることが
できないから,独立特許要件を満たさず,本件訂正は特許法126条3項の
規定に違反する(以下「理由B」という。)。
刊行物1 「電子通信学会論文誌(J64-B)第9号」(昭和56年9
月25日,社団法人電子通信学会発行,1016頁~1023
頁,「TD-FDMA移動通信方式の検討」)(甲1。以下,
刊行物1に記載された発明を「引用発明」という。)
刊行物2 特開昭54-60806号公報(甲2)
本件審決は,上記結論を導くに当たり,本件訂正第1発明,本件訂正第2
発明と引用発明とを対比・検討し,次のとおり認定判断した(審決書15頁
36行~19頁37行,20頁6行~21頁25行)。
ア 本件訂正第1発明について
・ 本件訂正第1発明が,公衆通信用電話網の局用交換機から局線(1
4)経由で並行して受けた複数の情報信号を複数の無線周波数(RF)
チャンネル経由で基地局から複数の移動加入者局,すなわち各々が前記
複数の無線周波数(RF)チャンネルの任意の一つで受信できる複数の
移動加入者局に並行して送信するために基地局で信号処理するディジタ
ル電話システムであるとする点は,引用発明との実質的な差異には当た
らない。
・ 本件訂正第1発明において,前記基地局が,局線(14)からの受信
情報信号をディジタル信号サンプルとして扱う交換手段(15)を含む
とする点は,引用発明との実質的差異には当たらない。
・ 本件訂正第1発明において,基地局が,各々が複数の無線周波数(R
F)チャンネルのうちの選択された一つに関連づけられて動作し,交換
手段(15)から受けた前記ディジタル信号サンプルを圧縮して多数の
個別の圧縮信号を供給する各々が複数の圧縮手段(16)を内蔵する複
数の信号圧縮手段(17)を含むとする点は,引用発明と実質的差異は
ない。
・ 本件訂正第1発明において,基地局が,複数の信号圧縮手段(17)
の各々に接続され,その信号圧縮手段(17)からの圧縮信号をそれら
圧縮信号の各々が複数の無線周波数(RF)チャンネルのうちの選択さ
れた一つにそれぞれ対応の送信チャンネル・ビット・ストリームの中の
逐次的時間スロット位置を占めるように送信チャンネル・ビット・スト
リームの形に逐次組み上げるチャンネル制御手段(18)を含むとする
点は,引用発明と実質的差異はない。
・ 本件訂正第1発明において,基地局が,「送信チャンネル・ビット・
ストリームに応答して複数の無線周波数(RF)チャンネルのうちの選
択された一つ経由の加入者局への送信用送信チャンネル信号を各々が発
生する複数の周波数切換可能な送信手段(21)であって,基地局によ
り選択された複数の無線周波数(RF)の任意の一つでそれぞれ送信で
きる複数の周波数切換可能な送信手段(21)を含む」とする技術内容
については,「システムの初期化に際して周波数の割当てに基づく設定
がなされる」と解される(以下,この解釈を「解釈A」といい,このよ
うに捉えた本件訂正第1発明を「本件訂正第1発明A」という。)ほか
に,「複数の送信手段の各々が,それぞれ,基地局により選択された複
数の無線周波数(RF)の任意の一つで送信できる(各送信手段が,基
地局による選択に応じて周波数を切り換え得る)」とも解される(以下,
この解釈を「解釈B」といい,このように捉えた本件訂正第1発明を
「本件訂正第1発明B」という。)ところ,送信手段が上記いずれのも
のであるとしても,下記①及び②のとおり,当業者が容易に導き出せる
ことにすぎない。
① 前訴判決では,前審決が,本件訂正第1発明Aについて,引用発明
の基地局の送信機と本件訂正第1発明Aの送信手段とに実質的な差異
はないとした点に関し,刊行物1には,送信機が複数の周波数切換可
能であるとの記述がないのであるから,引用発明の基地局の送信機と
本件訂正第1発明Aの送信手段とに実質的な差異はないとした点は誤
りである旨判示しているが,送信周波数を切換えるようにするといっ
たことは本件出願前普通に知られたこと(必要ならば,例えば,特開
昭55-147842号公報(甲10)を参照されたい(季節,時間
等に応じて送信周波数を切換えることが記載されている。)。)であ
るから,引用発明において,気象条件等に応じて送信機の周波数を切
換えるとすること,そしてそのための切換手段を備えるとすることは,
当業者が適宜なし得ることにすぎない。
② 本件訂正第1発明Bについては,送信手段(21)が,文字どおり
に,システムの使用中に任意のタイミングで周波数切換可能であると
いうことであるが,刊行物2(前訴判決では,本件訂正第1発明Aを
否定する刊行物ではないと判示されているものの,本件訂正第1発明
Bを否定する刊行物ではないとは判示されていない。)には,システ
ムの使用中に任意のタイミングで周波数切換可能にした送信機が記載
されており,引用発明に適用して,システムの使用中に任意のタイミ
ングで周波数切換可能とすることは,当業者が容易になし得ることに
すぎない。
・ 本件訂正第1発明において,基地局が,交換手段(15)に含まれ前
記受信情報信号を前記信号圧縮手段(17)内の信号圧縮手段(16)
にそれぞれ接続する切換手段(25)を含むとする点は,引用発明と実
質的差異はない。
・ 本件訂正第1発明において,基地局に含まれる遠隔接続中央処理ユニ
ット(20)が,局線(14)に結合可能であり前記局線のある一つ経
由の呼接続要求信号に応答して前記圧縮手段(16)のどの一つをその
呼接続要求信号対応の前記受信情報信号に関連づけるかと前記送信チャ
ンネル・ビット・ストリーム中のどの時間スロットをその受信情報信号
に用いるかとを表すスロット割当て信号を発生するとする点,及び,ス
ロット割当て信号を交換手段(15)に供給するとともに,そのスロッ
ト割当て信号対応の割当て時間スロット及び無線周波数を表す信号をチ
ャンネル制御手段(18)及び送信手段(21)経由で呼接続要求の宛
先加入者局に伝達しその宛先加入者局による所要の時間スロット及び無
線周波数の設定に備えるとする点は,引用発明と格別の差異がない。
ただ,本件訂正第1発明と引用発明とは,基地局に含まれる遠隔接続
中央処理ユニット(20)によるスロット割当て信号の発生に関し,本
件訂正第1発明においては,どの時間スロットとどの無線周波数とが割
当てずみであるかを示すメモリを維持し呼接続要求に応答してそのメモ
リを調べ他の局線に未割当ての圧縮手段(16)及びそれと対応の時間
スロットへの接続をもたらす前記チャンネル制御手段(18),すなわ
ち前記スロット割当て信号対応の周波数で動作する前記チャンネル制御
手段(18)への接続を形成するとしているのに対し,引用発明にはそ
の点についての記載がない点」で相違するが,刊行物2には,親局装置
内の周波数,タイムスロット制御回路15の中央処理装置15-7は,
メモリ15-8内に各周波数帯及びタイムスロット使用状況をファイル
しておき刻々変る各周波数帯及びタイムスロットの使用状況から現在用
いられている周波数帯及びタイムスロット番号の指定,端末装置から到
来する電波の復調並びに並列変換制御,及び多重化回路15-2による
多重化制御等を行うことが記載されており,これを引用発明に適用して,
基地局に,どの時間スロットとどの無線周波数とが割当てずみであるか
を示すメモリを維持し,CPUが呼接続要求に応答してそのメモリを調
べ他の局線に未割当ての圧縮手段及びそれと対応の時間スロットへの接
続をもたらすMultiplexer,すなわちスロット割当て信号対
応の周波数で動作するMultiplexerへの接続を形成するとす
ることは,当業者が適宜なし得ることにすぎない。
イ 本件訂正第2発明について
・ 本件訂正第2発明が,「公衆通信用電話網の局用交換機から局線(1
4)経由で並行して受けた複数の情報信号を複数の無線周波数(RF)
チャンネル経由で基地局から複数の移動加入者局,すなわち各々が前記
複数の無線周波数(RF)チャンネルの任意の一つで受信できる複数の
移動加入者局に並行して送信するために基地局で信号処理するディジタ
ル電話システム」であるとする点は,上記アにおいて検討したと同様で
あって,引用発明の構成と実質的な差異はない。
・ 本件訂正第2発明において,基地局が,「前記局線(14)からの受
信情報信号をディジタル信号サンプルとして扱う交換手段(15)」,
「交換手段(15)に含まれ前記受信情報信号を前記圧縮手段(16)
にそれぞれ接続する切換手段(25)」,「前記局線(14)に結合可
能であり前記局線のある一つ経由の呼接続要求信号に応答して前記送信
チャンネル回路のどの一つおよびどの時間スロット位置およびその送信
チャンネル回路中の前記圧縮手段(16)のどの一つに前記呼接続要求
信号対応の前記受信情報信号を関連づけるべきかを表すスロット割当て
信号,すなわちその情報信号に周波数と時間スロット位置とを割り当て
るスロット割当て信号を発生する遠隔接続中央処理ユニット(20)で
あって,前記周波数の各々についてどの時間スロットが割当てずみであ
るかを示すメモリを維持し呼接続要求に応答してそのメモリを調べ他の
局線に未割当ての時間スロットを含む前記送信チャンネル回路のある一
つとそれら未割当ての時間スロットの一つと前記送信チャンネル回路中
の信号圧縮手段であって他の局線に未割当ての信号圧縮手段とへの接続
を形成するスロット割当て信号を発生する遠隔接続中央処理ユニット
(20)であって,前記スロット割当て信号を前記交換手段(15)に
供給し,そのスロット割当て信号対応の割当て時間スロットおよび無線
周波数を表す信号を前記チャネル制御手段(18)および前記送信手段
(21)経由で前記呼接続要求の宛先加入者局に伝達しその宛先加入者
局による所要の時間スロットおよび無線周波数の設定に備える遠隔接続
中央処理ユニット(20)」を含むとする点は,上記アにおいて検討し
たと同様である。
・ 本件訂正第2発明において,基地局が,信号圧縮手段(17),チャ
ンネル制御手段(18),変調手段(19)を有する複数の送信チャン
ネル回路を含むとする点は,引用発明と実質的な差異はない。
また,本件訂正第2発明における信号圧縮手段(17),チャンネル
制御手段(18)の構成内容については,上記アにおいて検討したと同
様である。
・ 本件訂正第2発明において,送信手段(21)が変調手段(19)か
らの被変調副搬送波を入力するとする点は,引用発明と実質的な差異は
ない。
また,本件訂正第2発明における送信手段(21)の構成内容につい
ては,上記アにおいて検討したと同様である。
・ 本件訂正第2発明において,基地局が,「前記遠隔接続中央処理ユニ
ット(20)に接続され前記スロット割当て信号に応答してそのスロッ
ト割当て信号の指示する前記圧縮手段(16)への接続を前記切換手段
(25)に形成させる呼切換処理手段(24)」を含むとする点は,引
用発明との実質的差異には当たらない。
第3 原告主張の取消事由の要点
本件審決の理由Aの判断は,前訴判決の拘束力及び手続上の信義則に反する
という誤りがある上,新規事項を含むとの判断自体が誤りであり,また,本件
審決の理由Bの判断は,前訴判決の拘束力に反するという誤りがある上,進歩
性(独立特許要件)の判断自体にも誤りがあり,これらの誤りが審決の結論に
影響を及ぼすことは明らかであるから,本件審決は違法として取り消されるべ
きである。
1 理由Aの判断の誤り
本件審決は,理由Aに関して,本件訂正第1発明,本件訂正第2発明の構成
要件に共通する「前記基地局により選択された前記複数の無線周波数(RF)
の任意の一つでそれぞれ送信できる複数の周波数切換可能な送信手段(2
1)」との記載につき,上記記載を素直に読めば,それら構成要件は,「複数
の送信手段の各々が,それぞれ,基地局により選択された複数の無線周波数
(RF)の任意の一つで送信できる(各送信手段が,基地局による選択に応じ
て周波数を切り換え得る)」(この解釈は,本件審決が理由Bに関して示した
「解釈B」と同じである。)とも解されるとした上,そのようなことは,願書
に添付した明細書又は図面には記載されていないとして,特許法126条1項
ただし書きの規定を満たしていないと判断したが,次のとおり,誤りである。
・ 前訴判決の拘束力違反
ア 前訴判決(甲9)は,前審決が,仮定的解釈の位置づけにおいて,「仮
に,本件訂正第1発明の送信手段(21)が,文字通りに,システムの使
用中に任意のタイミングで周波数切換可能であるとしたとしても,上記刊
行物2には,周波数を切り換えて用いる送信機は,上記刊行物2に示され
ているように,本件出願前に知られているのであるから,これを上記刊行
物1記載の移動通信システムの送信機Txに適用するとすることは当業者
が容易になし得ることにすぎない。」(甲9添付の審決書17頁4行~9
行)と判断したことについて,「審決の上記判断は,本件訂正第1発明の
送信手段(21)が,システムの使用中に任意のタイミングで周波数切換
可能であることを前提に,これを引用発明との相違点ととらえて判断した
趣旨と考えられるが,本件訂正第1発明の送信手段(21)がシステムの
使用中に任意のタイミングでその周波数を切り換えて使用されるものであ
ることは本件明細書に記載がなく,審決のとらえた点は必ずしも適切な相
違点ということはでき」ない(22頁15行~20行)として斥けたもの
であり,明細書に記載のない本件審決の解釈Bのごとき仮定的解釈は採用
できない旨判示したものである。
イ 前訴判決(甲9)は,本件訂正第1発明,本件訂正第2発明の「複数の
周波数切換可能な送信手段(21)」が,複数の送信手段の各々が周波数
切換可能なものであることを意味していることは,訂正明細書(甲5)に,
「『基地局は,チャンネルが選択自由である周波数帯域454~460M
Hzバンド内のFCC25KHz間隔の周波数チャンネルのいずれかのチ
ャンネル又はすべてのチャンネルによる送信及び受信が可能である。各々
の音声チャンネルに対するチャンネル周波数の選択は一度に1チャンネル
ずつ基地局によって自動的に行われるが,基地局に備えてある操作員制御
卓のインタフェースによってオーバライドすることができる。』(11頁
19~24行),『RF装置は全システムで使用されている互いに異なる
周波数で動作するようにCCU制御機能によってプログラムされている』
(108頁9~11行),『基地局は普通の場合,正常運用時には動作周
波数や送信電力レベルを変更しない。送信及び受信部は,26チャンネル
の各々に完全同調可能である。』(109頁5~6行)と記載され,基地
局の複数の送信手段が複数の周波数チャンネルの各々で送信できるように
周波数切換可能であることが示されていることからも裏付けられるという
ことができる。」と判示している(21頁10行~23行)。
ウ 以上によれば,本件審決の理由Aの判断は,前訴判決(甲9)が示した
判断に反するものであり,同判決の拘束力に違反する。
なお,本件審決は解釈Bを示すに当たりリパーゼ事件最高裁判決を援用
しているが,同判決は,そもそも訂正の根拠記載の有無を問題とする場合
を射程とするものではない。また,本件審決のように特許請求範囲の文言
が一義的に明確とはいえないことを前提とするのであれば,リパーゼ事件
最高裁判決の判示に従い,明細書の記載を参酌して発明の要旨を認定すべ
きである。したがって,本件審決がリパーゼ事件最高裁判決を援用したの
は誤りである。
・ 手続上の信義則違反
本件訂正が特許法126条1項ただし書に違反するか否かは,独立特許要
件(進歩性)に対し,論理的に先立つべき判断であるが,前審決は,この点
に言及することなく,直ちに独立特許要件(進歩性)の判断をしたものであ
り,前訴判決もそうした理解を前提として進歩性に関する取消事由について
判断したはずである。かかる経緯にもかかわらず,前訴判決によって前審決
が取り消された後,理由Aによって本件訂正を拒むことは,手続上の信義則
に反するものであって,許されない。
・ 新規事項を含むとした判断の誤り
本件訂正第1発明,本件訂正第2発明に共通する「前記基地局により選択
された前記複数の無線周波数(RF)の任意の一つでそれぞれ送信できる複
数の周波数切替可能な送信手段(21)」との構成は,前訴判決(甲9)が
具体的に指摘している(前記・イ参照)とおり,登録時の本件明細書(以下
「本件訂正前明細書」という。甲3の2)の記載に裏付けられているから,
特許法126条1項ただし書の規定に違反するものではない(前訴判決が言
及したのは訂正明細書(甲5)であるが,特許請求の範囲の記載を除き,訂
正前明細書の記載と同一である。)。
なお,本件審決及び被告はリパーゼ事件最高裁判決を援用するが,前記・
ウのとおり,同判決は,そもそも訂正の根拠記載の有無を問題とする場合を
射程とするものではないし,本件審決のように特許請求範囲の文言が一義的
に明確とはいえないことを前提とするのであれば,同判決の判示に従い,明
細書の記載を参酌して発明の要旨を認定すべきであるから,本件審決及び被
告がリパーゼ事件最高裁判決を援用するのは誤りである。
2 理由Bの判断の誤り
・ 前訴判決の拘束力違反
ア 本件訂正第1発明について
本件審決は,本件訂正第1発明の「前記基地局により選択された前記複
数の無線周波数(RF)の任意の一つでそれぞれ送信できる複数の周波数
切換可能な送信手段(21)」について,解釈Aのほかに解釈Bとも解さ
れるとした上,上記送信手段がいずれのものであるとしても,当業者が容
易に導き出せることにすぎないとした(前記第2,3・ア・)が,上記判
断は,次のとおり,前訴判決の拘束力に反する違法なものである(なお,
本件審決は,解釈Aをとった場合について「訂正第1発明A」,解釈Bを
とった場合について「訂正第1発明B」と呼んでいるが,本件訂正第1発
明が二種あるわけではないから,用語として不適当である。)。
・ 本件訂正第1発明の上記構成要件について,前訴判決が前提とした解
釈Aのほかに解釈Bとも解されるとすること自体が,前記1・のとおり,
前訴判決の拘束力に反する。
・ 本件審決は,解釈Aをとった場合について,刊行物1に複数の周波数
切換可能との記載がなくとも,送信周波数を切換えるようにすることは
普通に知られていたとして,甲10を例示し,引用発明において送信機
の周波数を切換えることは,当業者が適宜なし得ることにすぎないと判
断しているが,従前の引用例を補強する程度の追加資料にすぎないもの
では,審決取消判決の拘束力を免れることはできない(最高裁判所平成
4年4月28日判決・民集46巻4号245頁)から,周知技術の補強
を行ったにすぎない本件審決の上記判断は前訴判決の拘束力に反するも
のである。
・ 本件審決は,解釈Bをとった場合について,刊行物2記載の技術を引
用発明に適用して,システムの使用中に任意のタイミングで周波数切換
可能とすることは,当業者が容易になし得ることにすぎないと判断して
いるが,前記・のとおり,解釈Bを採用することができないことに加え,
前訴判決は,本件訂正第1発明が基地局の複数の送信手段が各々周波数
切換可能なものと認定した上,刊行物2には基地局に相当する親局の送
信機の周波数を切換えることは記載も示唆もなく,刊行物2記載の技術
を引用発明に適用しても,基地局の送信機を周波数切換可能とすること
が容易想到とはいえないと判断したものであるから,本件審決の上記判
断全体が前訴判決の拘束力に反するものである。
イ 本件訂正第2発明について
本件訂正第2発明の「送信手段(21)」の構成内容についての本件審
決の判断(前記第2,3・イ・)は,本件訂正第1発明(上記ア)と同様
の理由により,前訴判決の拘束力に反する。
・ 認定判断手法の誤り
進歩性の有無は,引用例の記載と特許発明との間の距離の大小に関わる判
断であるから,引用例の記載内容は客観的に認定されるべきである。
しかるに,本件審決は,「当時の技術常識を加味して整理する」(審決書
12頁32行)として,主たる引用例である刊行物1の記載内容A~O(審
決書6頁12行~12頁32行)を,審判官の主観的評価を加えた(ⅰ)~
(ⅹⅳ)(審決書12頁35行~14頁21行)に置き換えている。
また,本件審決における刊行物1の記載内容M~O(図7の記載内容)の
認定は,それ自体が客観的なものでなく,審判官の主観的評価を加えたもの
である。
このように,二重に主観的評価を加えることにより,引用例の記載内容を
特許発明に近づけて認定し,これを特許発明と対比して進歩性の判断を行う
という手法によれば,引用例の記載と特許発明との距離を実際よりも過小に
見積もることとなり,進歩性判断の客観性が担保されないから,本件審決の
認定判断手法は全体として,違法である。
・ 審理不尽
本件審決は,原告が本件審判において刊行物1の記載内容の理解のために
参照されるべきものとして提出した刊行物1の著者らの文献(審判請求書
(甲4)に「甲第1号証の1」ないし「甲第5号証」として添付した文献)
について,何ら理由を挙げることなく考慮外としており,審理を尽くしてい
ない。
・ 刊行物1の記載内容の認定の誤り
ア 本件審決における刊行物1の記載内容M~O(審決書12頁12行~3
2行)の認定はいずれも根拠を欠き,誤りである。
イ 本件審決における刊行物1の記載内容に関する認定判断(i)~(ⅹ
ⅳ)(審決書12頁35行~14頁21行)のうち,(ⅱ)後段,(ⅲ)前
段,(ⅳ),(ⅴ),(ⅶ),(ⅷ),(ⅸ),(ⅹⅱ)前段,(ⅹⅲ),
(ⅹⅳ)はいずれも根拠を欠き,誤りである。
・ 対比検討の誤り
ア 本件審決における本件訂正第1発明と引用発明との対比・検討(審決書
15頁36行~19頁37行)はいずれも根拠を欠き,誤りである。
なお,本件審決は特開昭55-147842号公報(甲10)を必要な
らば参照すべき資料として挙げているが,甲10記載の発明は,公衆通信
用電話網と複数の移動加入者局との間の同時並行の多数の交信を可能にす
る基地局に関するものではなく,したがって,呼接続要求のあった度ごと
に周波数・時間スロットの組合せを基地局で割り当てる本件訂正第1発明
と同等の構成を示唆するものではなく,これをもって周知例ということは
できない。
イ 本件審決における本件訂正第2発明と引用発明との対比・検討(審決書
20頁6行~21頁25行)はいずれも根拠を欠き,誤りである。
第4 被告の反論の要点
本件審決の理由A,理由Bのいずれの認定判断にも,違法や誤りはなく,原
告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 理由Aの判断の誤りについて
・ 前訴判決の拘束力違反について
ア 前訴判決(甲9)は,前審決が,本件訂正第1発明の「周波数切換可能
な送信手段(21)」を「システムの初期化に際して周波数の割当てに基
づく設定がなされ変更がされないもの」であるとして引用発明との実質的
な差異はないとした点を,否定したものであり,また,刊行物2について
は,上記認定判断に関連して,その適用を否定したものにすぎず,引用発
明と刊行物2記載の発明や他の周知技術に基づく容易想到性について,全
面的に否定したものではない。また,前訴判決は,本件審決における新規
事項違反の指摘との関係で,新規事項違反でないとの根拠を示したもので
もない。
イ 原告は,本件審決及び被告が,リパーゼ事件最高裁判決を援用したこと
を誤りであるとするが,同判決は,発明の技術内容は,特段の事情がある
場合を除き,特許請求の範囲の記載に基づき認定されるべきであるという
原則を判示したものであり,訂正明細書の特許請求の範囲の記載を素直に
読むと,本件審決が認定したとおり読みとれるのであるから,本件審決が
同判決を援用して判断したことに違法性はない。
・ 手続上の信義則違反について
平成17年2月4日付け訂正拒絶理由通知書により,理由Aに係る新規事
項違反を指摘しており,原告の主張は根拠がない。
・ 新規事項を含むとした判断の誤りについて
上記・イのとおり,訂正明細書の特許請求の範囲の記載を素直に読むと,
本件審決が認定したとおり読みとれるのであり,本件審決が指摘したとおり,
そのようなことは訂正前明細書に記載されていない。
また,原告の主張をみても,本件訂正が新規事項違反でないとの根拠は示
されていない。
2 理由Bの判断の誤りについて
・ 前訴判決の拘束力違反について
ア 前訴判決は,①前審決が,本件訂正第1発明の周波数切換可能な送信手
段(21)とは,システムの初期化に際して周波数の割当てに基づく設定
がなされ変更がされないものであり,本件訂正第1発明がこれを含む点は
引用発明との実質的な差異には当たらないとした点を,否定したものであ
り,また,②刊行物2については,前審決が,「仮に,本件訂正第1発明
の送信手段(21)が,文字通りに,システムの使用中に任意のタイミン
グで周波数切換可能であるとしたとしても」と仮定して,周波数を切り換
えて用いる送信機は,刊行物2に示されているように,本件出願前に知ら
れているのであるから,これを引用発明に適用するとすることは当業者が
容易になし得ることにすぎないと判断した点について,「審決の上記判断
は,本件訂正第1発明の送信手段(21)が,システムの使用中に任意の
タイミングで周波数切換可能であることを前提に,これを引用発明との相
違点ととらえて判断した趣旨と考えられるが,本件訂正第1発明の送信手
段(21)がシステムの使用中に任意のタイミングでその周波数を切り換
えて使用されるものであることは本件明細書に記載がなく,審決のとらえ
た点は必ずしも適切な相違点ということはできず,本件訂正第1発明の送
信手段(21)が周波数切換可能な構成を有しているという引用発明との
相違点について判断したものということはできない」として,その適用を
否定したものである。
したがって,前訴判決は,引用発明と,刊行物2記載の発明や他の周知
技術に基づく容易想到性について,全面的に否定したものではない。
イ・ 本件審決は,前審決が本件訂正第1発明と引用発明との一致点とした
点を否定した前訴判決を踏まえ,この点を本件訂正第1発明Aとの相違
点として抽出し,その相違点について判断したものである。
また,本件審決は,特許請求の範囲の記載を素直に読めば,本件訂正
第1発明Bも記載されているとして,その判断をしているが,前審決で
は本件訂正第1発明Bについて判断しておらず,前訴判決もこの点につ
いて判断していない。
・ 本件審決の本件訂正第2発明についての判断についても,本件訂正第
1発明の場合(上記・)と同様である。
ウ したがって,本件審決は,前訴判決の拘束力に反するものではない。
・ 認定判断手法の誤りについて
出願当時あるいは刊行物の発行当時の技術常識を前提として,発明あるい
は技術を提示するのはごく普通に行われていることであり,技術常識を踏ま
えて,刊行物1記載の技術を解釈することに何ら問題はない。
原告は,本件審決が刊行物1の記載事項の認定に際して二重の主観的評価
を加えたと主張するが,本件審決は,刊行物1の図7の記載に基づいて記載
事項M~Oを認定したものであり,また,(ⅰ)~(ⅹⅳ)については,要
するに,審決のどの記載箇所で技術常識に触れるかということににすぎない
から,原告の主張は当を得ないものである。
・ 審理不尽について
本件審決は,刊行物1に基づいて判断したものであるところ,原告が指摘
する刊行物1の著者らの文献は,刊行物1と同時期ないしそれ以降のもので
あって,技術常識を示す文献としては不適切であるから,原告の主張は当を
得ないものである。
・ 刊行物1の記載内容の認定の誤りについて
本件審決の認定判断に誤りはない。
・ 対比検討の誤りについて
本件審決の認定判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 前訴判決の拘束力について
本件は,本件特許の訂正審判請求についてされた二度目の審決に対する取消
訴訟であり,前審決を取り消した前訴判決の拘束力の範囲が争点となっている
ので,まず,この点について検討する。
・ 前訴の経緯
ア 前審決
前審決は,本件第1訂正発明,本件第2訂正発明と引用発明との一致点
・相違点については,本件第1訂正発明における送信手段(21)に関す
る説示である下記・及び本件第2訂正発明における送信手段(21)に関
する説示である下記・の点を除き,本件審決における認定判断(本件第1
訂正発明については前記第2,3・ア・~・及び同・~・,本件第2訂正
発明については前記第2,3・イ・~・,・前段及び・)と概ね同様の認
定判断をし,本件訂正第1発明,本件訂正第2発明は,それぞれ,刊行物
1,2(前審決における刊行物1,2は,本件審決における刊行物1,2
と同一の文献である。)記載の発明に基づき,周知技術を参酌して,当業
者が容易に発明をすることができたものであるとして,本件審判の請求を
不成立としたものである。
・ 本件第1訂正発明における送信手段(21)について
「上記刊行物1記載の移動通信システムにおいて,基地局は,3.・
(ⅵ)(本判決注:「3.・(ⅶ)」の誤記と認められ,その内容は後記・
のとおり。)で述べたように,送信機の周波数が変更可能である複数の
送信機を備えている。一方,本件訂正第1発明の周波数切換可能な送信
手段(21)とは,本件特許明細書(本判決注:特許第2816349
号公報(本件甲3の2))の第53頁右欄第6~22行の記載を参酌す
ると,システムの初期化に際して周波数の割当てに基づく設定がなされ
変更されないものである。してみれば,本件訂正第1発明において,基
地局が,送信チャンネル・ビット・ストリームに応答して複数の無線周
波数(RF)チャンネルのうちの選択された一つ経由の加入者局への送
信用送信チャンネル信号を各々が発生する複数の周波数切換可能な送信
手段(21)であって,基地局により選択された複数の無線周波数(R
F)の任意の一つでそれぞれ送信できる複数の周波数切換可能な送信手
段(21)を含むとする点は,上記刊行物1記載の移動通信システムと
の実質的差異には当たらない。
仮に,本件訂正第1発明の送信手段(21)が,文字通りに,システ
ムの使用中に任意のタイミングで周波数切換可能であるとしたとしても,
上記刊行物2には,周波数を切り換えて用いる送信機は,上記刊行物2
に示されているように,本件出願前に知られているのであるから,これ
を上記刊行物1記載の移動通信システムの送信機Txに適用するとする
ことは当業者が容易になし得ることにすぎない。」(甲9添付の審決書
16頁30行~17頁9行)
・ 「また,本件第2訂正発明における送信手段(21)の構成内容につ
いては,上記4-1(本判決注:上記・の説示を意味するものと解され
る。)において検討したと同様である。」(甲9添付の審決書19頁1
4行~16行)
・ なお,前審決は,引用発明の内容を認定するに際し,次のとおり説示
した。
「(ⅶ)基地局は,移動機に情報信号を所定の搬送波を用いて送信する
ための送信機と移動機から所定の搬送波を用いて送信されてきた情報信
号を受信する受信機を備える。
送信機,受信機の周波数を変更できる構成とすることはごく普通のこ
と(例えば,PLL回路であれば,その分周比を変えることにより変更
する)であって,上記刊行物1に記載された送信機Txの周波数が変更
可能であるとすることに,格別な阻害要因はない。」(甲9添付の審決
書12頁2行~8行)。
イ 前訴判決
前訴判決(甲9)は,次のとおり認定判断をして,前審決を取り消した。
・ 「刊行物1の記載等を総合すれば,刊行物1におけるTD-FDMA
方式が複数の周波数チャンネルを備えるものであり,これを実現する移
動通信システムの基地局が,複数の周波数チャンネルに対応して複数の
送信機を有していることを認めることができる。……
ところで,審決は,……『基地局は,……送信機の周波数が変更可能
である複数の送信機を備えている。』として,上記複数の送信機が周波
数変更可能な送信機であると認定している。しかし,……刊行物1には,
基地局の送信機『Tx.』が周波数変更可能な構成をもった送信機であ
るとの記載はないし,基地局の送信機『Tx.』の周波数を切り換えて
使用することの記載も,その周波数を切り換えることが可能であるとの
示唆も見当たらない。審決の上記認定は,『送信機,受信機の周波数を
変更できる構成とすることはごく普通のこと(例えば,PLL回路であ
れば,その分周比を変えることにより変更する)であって,上記刊行物
1に記載された送信機Txの周波数が変更可能であるとすることに,格
別な阻害要因はない』(審決書12頁5~8行)ことを理由とするもの
のようであるが,一般に,送信機や受信機の周波数を変更することがで
き,そのような構成をもった送信機,受信機が周知のものであるとして
も,そのことから当然に,刊行物1の基地局の送信機がその周波数を変
更できるものであるといえないことはいうまでもなく,他に,刊行物1
の基地局の送信機『Tx.』が周波数変更可能な送信機であることを認
めるに足りる証拠はない。
したがって,引用発明において,基地局は,送信機の周波数が変更可
能である複数の送信機を備えているとした審決の認定は誤りである。」
(19頁13行~20頁10行)
・ 「本件訂正第1発明の『周波数切換可能な送信手段(21)』につい
ての特許請求の範囲の記載は,『前記送信チャンネル・ビット・ストリ
ームに応答して前記複数の無線周波数(RF)チャンネルのうちの選択
された一つ経由の前記加入者局への送信用送信チャンネル信号を各々が
発生する複数の周波数切換可能な送信手段(21)であって,前記基地
局により選択された前記複数の無線周波数(RF)の任意の一つでそれ
ぞれ送信できる複数の周波数切換可能な送信手段(21)』というもの
である。
上記記載によれば,本件訂正第1発明においては,基地局に複数の送
信手段(21)があること,それらの送信手段が各々周波数切換可能な
ものであることが明らかである。
この点について,被告は,本件訂正第1発明の『基地局により選択さ
れた複数の無線周波数(RF)の任意の一つでそれぞれ送信できる複数
の周波数切換可能な送信手段(21)』とは,『複数の送信手段の内の
ある1つの送信手段は基地局が選択したある1つの周波数で,別の1つ
の送信手段は,基地局が選択した別の1つの周波数で,それぞれ送信で
き,複数の送信手段全体により,基地局により選択された複数の無線周
波数の任意の一つでそれぞれ送信できる』ことを意味しており,基地局
の送信手段が『基地局の無線周波数の任意の一つで送信できる』のは,
各送信手段の周波数が切換可能だからではなく,互いに周波数が異なる
ように設定された複数の送信手段が具備され,それらが切換使用される
ように構成されているからであると主張する。
しかし,本件訂正第1発明の『複数の周波数切換可能な送信手段』が,
複数の送信手段の各々が周波数切換可能なものであることを意味してい
ることは,上記特許請求の範囲の記載自体から明らかであり,これを
『複数の送信手段全体により,基地局により選択された複数の無線周波
数の任意の一つでそれぞれ送信できる』ことを意味すると解することは
できない。このことは,本件訂正の審判請求書に添付された訂正明細書
(甲6号証(本判決注:本件甲5))に,『基地局は,チャンネルが選
択自由である周波数帯域454~460MHzバンド内のFCC25K
Hz間隔の周波数チャンネルのいずれかのチャンネル又はすべてのチャ
ンネルによる送信及び受信が可能である。各々の音声チャンネルに対す
るチャンネル周波数の選択は一度に1チャンネルずつ基地局によって自
動的に行われるが,基地局に備えてある操作員制御卓のインタフェース
によってオーバライドすることができる。』(11頁19~24行),
『RF装置は全システムで使用されている互いに異なる周波数で動作す
るようにCCU制御機能によってプログラムされている』(108頁9
~11行),『基地局は普通の場合,正常運用時には動作周波数や送信
電力レベルを変更しない。送信及び受信部は,26チャンネルの各々に
完全同調可能である。』(109頁5~6行)と記載され,基地局の複
数の送信手段が複数の周波数チャンネルの各々で送信できるように周波
数切換可能であることが示されていることからも裏付けられるというこ
とができる。したがって,被告の上記主張は,本件訂正第1発明の送信
手段自体が周波数切換可能であることを看過している点において失当で
あり,採用することができない。」(20頁11行~21頁25行)
・ 「引用発明の基地局は,複数の送信機『Tx.』を備えているものの,
周波数が変更可能である送信機を備えているかどうかは明らかでないか
ら,本件訂正第1発明と引用発明とは,その基地局に備えられている複
数の送信手段(送信機)が周波数切換可能な送信手段(送信機)である
かどうかという点で相違しているというべきであり,本件訂正第1発明
の『基地局が,……周波数切換可能な送信手段(21)を含むとする点
は,上記刊行物1記載の移動通信システムとの実質的差異には当たらな
い』とした審決の認定は誤りであるといわなければならない。」(21
頁26行~22頁7行)
・ 「審決は,……『仮に,本件訂正第1発明の送信手段(21)が,文
字通りに,システムの使用中に任意のタイミングで周波数切換可能であ
るとしたとしても,上記刊行物2には,周波数を切り換えて用いる送信
機は,上記刊行物2に示されているように,本件出願前に知られている
のであるから,これを上記刊行物1記載の移動通信システムの送信機T
xに適用するとすることは当業者が容易になし得ることにすぎない。』
(審決書17頁4~9行)と判断している。
しかし,審決の上記判断は,本件訂正第1発明の送信手段(21)が,
システムの使用中に任意のタイミングで周波数切換可能であることを前
提に,これを引用発明との相違点ととらえて判断した趣旨と考えられる
が,本件訂正第1発明の送信手段(21)がシステムの使用中に任意の
タイミングでその周波数を切り換えて使用されるものであることは本件
明細書に記載がなく,審決のとらえた点は必ずしも適切な相違点という
ことはできず,本件訂正第1発明の送信手段(21)が周波数切換可能
な構成を有しているという引用発明との相違点について判断したものと
いうことはできない(なお,刊行物2(甲4号証(本判決注:本件甲
2))には,基地局に相当する親局の送信機の周波数を切り換えること
は記載も示唆もないから,刊行物2の技術を引用発明に適用しても,基
地局の送信機を周波数切換可能とすることが容易想到であるともいえな
い。)。
なお,審決は,引用発明の内容を認定するに際し,『送信機,受信機
の周波数を変更できる構成とすることはごく普通のこと……であって,
上記刊行物1に記載された送信機Txの周波数が変更可能であるとする
ことに,格別な阻害要因はない』(審決書12頁5~8行)と説示して
いるが,仮に,この説示をもって,引用発明における基地局の送信機が
周波数変更可能でないことを前提に,これを本件訂正第1発明との相違
点ととらえて判断したものとみる余地があるとしても,本件全証拠を検
討しても,審決が『ごく普通のこと』というような技術常識が存在して
いること,あるいは阻害要因の存在していないことを的確に認めるに足
りる証拠はないのであって,上記説示はその裏付けを欠くものといわな
ければならない。」(22頁8行~23頁9行)
・ 「本件訂正第1発明と引用発明とは,少なくとも『周波数切換可能な
送信手段(21)』の点で相違するから,この点を相違点とすべきであ
るところ,審決は,これを看過し,この相違点について適切な判断をし
ていない誤りがあるというべきである。」(23頁10行~13行)
・ 「本件訂正第2発明は,『前記被変調副搬送波に応答して前記複数の
無線周波数(RF)チャンネルのうちの選択された一つ経由の前記加入
者局への送信用被変調信号を各々が発生する複数の周波数切換可能な送
信手段(21)であって,前記基地局により選択された前記複数の無線
周波数(RF)の任意の一つでそれぞれ送信できる複数の周波数切換可
能な送信手段(21)』を,その構成に欠くことができない事項とする
ものであるが,審決は,本件訂正第2発明と引用発明との対比・検討の
(エ)において,『本件第2訂正発明における送信手段(21)の構成
内容については,上記4-1(判決注:本件訂正第1発明と引用発明と
の対比・検討)において検討したと同様である。』(審決書19頁21
~22行)と判断している。
……しかし,引用発明が『周波数切換可能な送信手段(21)』を有
する点について審決の認定に誤りがあり,審決がこの相違点を看過し,
適切な判断をしていないことは,上記1(本判決注:上記・~・)で検
討したとおりであるから,本件訂正第2発明についても,同様に,その
点に関する審決の認定判断は誤りである。」(23頁15行~24頁2
行)
・ 「以上のとおりであって,審決の認定判断には,本件訂正第1発明及
び本件訂正第2発明のいずれについても,上記の誤りがあり,これが審
決の結論に影響することは明らかであるから,その余の点について検討
するまでもなく,審決は取消を免れない。」(24頁3行~6行)
・ 前訴判決の拘束力の及ぶべき範囲について
ア 審決の取消訴訟において審決取消の判決が確定した場合には,審判官は
特許法181条の規定に従い当該審判事件について更に審理を行い,審決
をすべきものであるが,審決取消訴訟は行政事件訴訟に属するものとして
行政事件訴訟法の適用を受けるから,審決を取り消す判決は同法33条1
項の規定する拘束力を有するところ,この拘束力は判決主文が導き出され
るのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は,
再度の審理ないし審決において取消判決の上記認定判断に抵触する認定判
断をすることは許されない。特許無効審判事件についての取消訴訟におい
て,特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明するこ
とができたとの審決の認定判断を誤りであるとして,審決が取り消されて
確定した場合には,再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果,審判
官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明するこ
とができたと認定判断することは許されない(最高裁判所昭和63年(行
ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245
頁参照)。この理は,訂正審判の審決に対する取消訴訟についても,同様
に当てはまるものというべきである。すなわち,訂正を拒絶する審決を取
り消す判決が確定したときは,審判官は,取消判決の認定判断に抵触する
認定判断をすることは許されないものであり,したがって,取り消された
審決と同様の認定判断を繰り返すこと,これを裏付けるための新たな証拠
を提示することは許されない(なお,このことは,取消判決の認定判断に
抵触することのない,独立した新たな訂正拒絶理由について,改めて特許
権者に通知し,意見陳述の機会を与えた上,再度訂正を拒絶する審決をす
ることを妨げるものではない。)。
イ これを本件についてみるに,前記・の経緯から明らかなように,前訴判
決は,前審決の前記・ア・,・及び・についての認定判断に誤りがあり,
本件訂正第1発明と引用発明が「周波数切換可能な送信手段(21)」の
点で相違する点について適切な判断をしておらず(前記・イ・),本件訂
正第2発明についても同様である(前記・イ・)として,前審決を取り消
したものであるところ,前訴判決がその結論を導き出す過程において判示
した事実認定及び法律判断は,次のとおりである。
・ 本件訂正第1発明においては,基地局に複数の送信手段(21)があ
ること,それらの送信手段が各々周波数切換可能なものであることは,
特許請求の範囲の記載自体から明らかであり,このことは訂正明細書の
記載によって裏付けられている(前記・イ・)。
・ 刊行物1には,基地局の送信機「Tx.」が周波数変更可能な構成を
もった送信機であるとの記載はないし,基地局の送信機「Tx.」の周
波数を切り換えて使用することの記載も,その周波数を切り換えること
が可能であるとの示唆も見当たらず,他に,刊行物1の基地局の送信機
「Tx.」が周波数変更可能な送信機であることを認めるに足りる証拠
はない(前記・イ・)。
・ 本件訂正第1発明と引用発明とは,その基地局に備えられている複数
の送信手段(送信機)が周波数切換可能な送信手段(送信機)であるか
どうかという点で相違しており,本件訂正第1発明の「基地局が,……
周波数切換可能な送信手段(21)を含むとする点は,上記刊行物1記
載の移動通信システムとの実質的差異には当たらない」とした前審決の
認定は誤りである(前記・イ・)。
・ 前審決は,仮定的に,本件訂正第1発明の送信手段(21)が,シス
テムの使用中に任意のタイミングで周波数切換可能であることを前提に,
これを引用発明との相違点ととらえての判断をしているが,本件訂正第
1発明の送信手段(21)がシステムの使用中に任意のタイミングでそ
の周波数を切り換えて使用されるものであることは本件明細書に記載が
なく,前審決のとらえた点は適切な相違点ということはできない(前記
・イ・)。
・ 刊行物2には,基地局に相当する親局の送信機の周波数を切り換える
ことは記載も示唆もないから,刊行物2の技術を引用発明に適用しても,
基地局の送信機を周波数切換可能とすることが容易想到であるとはいえ
ない(前記・イ・)。
・ 前審決が,引用発明における基地局の送信機が周波数変更可能でない
ことを前提に,これを本件訂正第1発明との相違点ととらえて判断した
ものとみる余地があるとしても,前審決が「ごく普通のこと」というよ
うな技術常識が存在していること,あるいは阻害要因の存在していない
ことを的確に認めるに足りる証拠はない(前記・イ・)。
・ 本件訂正第2発明についても同様である(前記・イ・)。
ウ 上記イ・~・,・に示したとおり,前訴判決は,本件訂正第1発明と引
用発明が「周波数切換可能な送信手段(21)」の点で相違する点につい
て前審決が適切な判断をしておらず,本件訂正第2発明についても同様で
あるとしている。
また,前訴判決は,①前審決が,本件訂正第1発明と引用発明が「送信
手段(21)が,システムの使用中に任意のタイミングで周波数切換可能
である」点で相違するとした点を誤りであるとし(上記イ・),また,②
本件訂正第1発明と引用発明が「周波数切換可能な送信手段(21)」の
点で相違するとした場合においては,刊行物2の技術を引用発明に適用し
て,上記相違点に係る本件訂正第1発明の構成に想到することが容易であ
るとはいえず,本件訂正第1発明と引用発明との上記相違点について,こ
れを克服するような技術常識等を認めるに足る証拠はないとし(上記イ・,
・),③本件訂正第2発明についても同様である(上記イ・)としている。
この点に関しては,まず,前訴判決が,前審決が本件訂正第1発明と引用
発明が「送信手段(21)が,システムの使用中に任意のタイミングで周
波数切換可能である」点で相違するとした点を誤りであるとした点(上記
①)は,本件訂正第1発明と引用発明が「周波数切換可能な送信手段(2
1)」の点で相違するという前訴判決の上記認定判断と論理的に両立しな
いものであるから,注意的に否定したものと解することができる。そして,
前訴判決が,本件訂正第1発明と引用発明が「周波数切換可能な送信手段
(21)」の点で相違するとした場合に,刊行物2の技術を引用発明に適
用して当該相違点に係る本件訂正第1発明の構成に想到することが容易で
あるとはいえず,当該相違点を克服するような技術常識等を認めるに足る
証拠はないとした点(上記②)は,前審決が仮定的ないし予備的に「周波
数切換可能な送信手段(21)」の点を相違点と捉えて行った判断を是認
することができる場合には前審決を取り消すべき誤りはないことに帰する
という立場から,前審決を取り消すべきとの結論に至るために論理的に必
要な判断として当該判断を示したものと解することができる。
そうすると,前訴判決は,前審決が,本件訂正第1発明と引用発明が
「周波数切換可能な送信手段(21)」の点で相違することを看過した点
を誤りとした点にとどまらず,「周波数切換可能な送信手段(21)」の
点を相違点と捉えてこれを容易想到と判断した点(上記②,③)について
も,判決の結論を導くために必要な認定判断に属するものとして,拘束力
を有するというべきである。
2 理由Bの判断の誤りについて
原告は,本件審決の「理由B」における認定判断のうち,前記第2,3・ア
・及び同イ・の点が,前訴判決の拘束力に反し,違法なものである旨主張する。
・ 本件審決の「理由B」の認定判断
本件審決の理由Bは,本件訂正第1発明,本件訂正第2発明は,いずれも,
刊行物1,2記載の発明に基づき,周知技術を参酌して,当業者が容易に発
明をすることができたとするものであって,前訴判決が引用発明との相違点
であるとした本件訂正第1発明,本件第2訂正発明の「周波数切換可能な送
信手段(21)」との構成に関しては,本件訂正第1発明は,解釈Aとも解
釈Bとも解されるが,いずれのものであるとしても,当業者が容易に導き出
せることにすぎないとし(前記第2,3・ア・),本件訂正第2発明につい
ても同様であるとしたものである(前記第2,3・イ・)。
そして,解釈Aについては,「送信周波数を切換えるようにするといった
ことは本件出願前普通に知られたこと(必要ならば,例えば,特開昭55-
147842号公報(本判決注:甲10)を参照されたい(季節,時間等に
応じて送信周波数を切換えることが記載されている。)であるから,上記刊
行物1記載の発明において,気象条件等に応じて送信機の周波数を切換える
とすること,そしてそのための切換手段を備えるとすることは,当業者が適
宜なし得ることにすぎない。」(審決書18頁18行~24行)とし,解釈
Bについては,「送信手段(21)が,文字通りに,システムの使用中に任
意のタイミングで周波数切換可能であるということであるが,上記刊行物2
……には,システムの使用中に任意のタイミングで周波数切換可能にした送
信機が記載されており,上記刊行物1記載の発明に適用して,システムの使
用中に任意のタイミングで周波数切換可能とすることは,当業者が容易にな
し得ることにすぎない。」(審決書18頁25行~32行)としたものであ
る。
・ 本件訂正第1発明について
ア 解釈Aについて
・ 前訴判決は,前記1において認定したとおり,前審決の「送信機,受
信機の周波数を変更できる構成とすることはごく普通のこと……であっ
て,上記刊行物1に記載された送信機Txの周波数が変更可能であると
することに,格別な阻害要因はない」との説示をもって,引用発明にお
ける基地局の送信機が周波数変更可能でないことを前提に,これを本件
訂正第1発明との相違点ととらえて判断したものとみる余地があるとし
ても,前審決が「ごく普通のこと」というような技術常識が存在してい
ること,あるいは阻害要因の存在していないことを的確に認めるに足り
る証拠はないとし,引用発明との相違点である本件訂正第1発明の「周
波数切換可能な送信手段(21)」との構成に関し,これを克服するよ
うな技術常識等を認めるに足る証拠はないとしたものである。
これに対し,本件審決の解釈Aに係る認定判断は,「送信周波数を切
換えるようにするといったことは本件出願前普通に知られたこと」であ
るという,前訴判決で否定された「送信機,受信機の周波数を変更でき
る構成とすることはごく普通のこと」であるという前審決認定と同一の
認定を繰り返し,結局,前審決と同じ引用発明に基づいて容易想到との
結論を導いたものである。本件審決は,前訴判決において検討されてい
ない甲10に言及しているものの,これは,引用発明との相違点である
本件訂正第1発明の「周波数切換可能な送信手段(21)」との構成に
ついて当業者が容易想到することができたか否かという点について,引
用発明を単に補強するために追加された資料にすぎず,甲10が前訴判
決の認定判断と抵触しない独立した新たな訂正拒絶理由を構成するため
のものでないことは,本件審決の説示に照らし,明らかである。
前記1・アにおいて説示したとおり,再度の審判手続において,審判
官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されないも
のであって,取り消された審決と同様の認定判断を繰り返すこと,これ
を裏付けるための新たな証拠を提示することは許されないから,本件審
決の解釈Aに係る上記認定判断は,前訴判決の拘束力に反するものとい
わざるを得ない。
・ なお,念のため,仮に甲10について検討したとしても,これには,
「本発明は,上記従来の問題を解決するために行ったもので,伝送品質
の悪いHF回線を使って陸上固定局と航空機,船舶のように広いサービ
スエリアを比較的速い速度で移動する移動局とがデータ伝送の送受信を
行う際に,時間,周波数,地域等によって時々刻々変化する伝送品質を
常に最適に保つため,移動体からの送信データを固定基地局が受信する
際には,広範囲の地域内に分散配置した複数の受信局(または受信所)
を設け,その各局が移動局よりの複数波を同時受信して基地局に集め,
情報の照合と誤り訂正を行って良品質のデータ伝送を確保している。ま
た固定局から移動局にデータを送信する場合には,移動体の行動位置が
分かっていればその位置情報に基づいてあらかじめ過去長時間に亘って
収集した季節,時間,地域,周波数,電力等をパラメータとする最適周
波数のデータから,広い地域に分散配置した送信所のうち最適の送信所
を選択して送信するので,常に良好なデータ伝送が行われる。」(2頁
左上欄18行~右上欄16行)などの記載があるにとどまり,「送信手
段の各々が周波数切替可能なもの」であることを示す記載はないから,
本件訂正第1発明と引用発明との上記の相違点を埋めるものということ
はできない。
イ 解釈Bについて
・ 前訴判決は,前記1において認定したとおり,前審決が,仮定的に,
本件訂正第1発明の送信手段(21)が,システムの使用中に任意のタ
イミングで周波数切換可能であることを前提に,これを引用発明との相
違点ととらえて判断したことについて,この点は適切な相違点というこ
とはできないとしている。
これに対し,本件審決の解釈Bに係る認定判断は,本件訂正第1発明
の送信手段(21)がシステムの使用中に任意のタイミングで周波数切
換可能であるとした上,刊行物2には,システムの使用中に任意のタイ
ミングで周波数切換可能にした送信機が記載されており,引用発明に適
用して,システムの使用中に任意のタイミングで周波数切換可能とする
ことは,当業者が容易になし得ることにすぎないとしたものであって,
前訴判決で否定された前審決と実質的に同一の認定判断を繰り返し,結
局,前審決と同じく,引用発明及び刊行物2記載の発明に基づいて容易
想到との結論を導いたものである。
前記1・ウにおいて説示したとおり,前訴判決が,前審決が本件訂正
第1発明と引用発明が「送信手段(21)が,システムの使用中に任意
のタイミングで周波数切換可能である」点で相違するとした点を誤りで
あるとしたのは,前訴判決の拘束力の内容をなす,本件訂正第1発明と
引用発明が「周波数切換可能な送信手段(21)」の点で相違するとい
う認定判断と,論理的に両立しないものとして注意的に否定したものと
解することができる。そして,本件訂正第1発明の解釈として,両者が
論理的に両立しないものであることが,前訴判決の理解するとおりであ
ることは明らかであるから,本件審決の解釈Bに係る上記認定判断は,
前訴判決の拘束力の内容をなす認定判断と論理的に両立しない認定判断
をあえて行ったものであり,前訴判決の拘束力に反するものといわざる
を得ない。
・ 被告は,前審決では本件訂正第1発明Bについて判断しておらず,前
訴判決もこの点について判断していないと主張する。
本件審決において「本件訂正第1発明B」とは,本件訂正第1発明を
解釈Bのように捉えた場合をいうとされているが,解釈B,すなわち
「複数の送信手段の各々が,それぞれ,基地局により選択された複数の
無線周波数(RF)の任意の一つで送信できる(各送信手段が,基地局
による選択に応じて周波数を切り換え得る)」という本件審決の文言の
趣旨は,必ずしも明確ではない。
しかし,本件審決は,「本件訂正第1発明Bについては,送信手段
(21)が,文字通りに,システムの使用中に任意のタイミングで周波
数切換可能である」(審決書18頁25行~26行)としており,これ
は,前訴判決が否定した前審決の仮定的解釈,すなわち,本件訂正第1
発明の送信手段(21)が,「システムの使用中に任意のタイミングで
周波数切換可能である」との解釈と,実質的に同一であり,前訴判決の
拘束力の内容をなす本件訂正第1発明と引用発明が「周波数切換可能な
送信手段(21)」の点で相違するとの認定判断と両立しないものであ
ることは,明らかである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
・ 本件訂正第2発明について
本件訂正第2発明は,「前記被変調副搬送波に応答して前記複数の無線周
波数(RF)チャンネルのうちの選択された一つ経由の前記加入者局への送
信用被変調信号を各々が発生する複数の周波数切換可能な送信手段(21)
であって,前記基地局により選択された前記複数の無線周波数(RF)の任意
の一つでそれぞれ送信できる複数の周波数切換可能な送信手段(21)」を,
その構成に欠くことができない事項とするものであるが,本件審決は,本件
第2訂正発明における送信手段(21)の構成内容については,本件訂正第
1発明と引用発明との対比・検討において検討したと同様であると判断した
ものである(前記第2,3・イ・)。
本件訂正第1発明についての本件審決の認定判断が前訴判決の拘束力に反
することは,上記・で検討したとおりであるから,本件訂正第2発明につい
ても,同様に,その点に関する本件審決の認定判断は前訴判決の拘束力に反
するというべきである。
・ まとめ
以上のとおりであって,進歩性(独立特許要件)に関する原告のその余の
主張について検討するまでもなく,本件審決の理由Bの判断は,本件訂正第
1発明及び本件訂正第2発明のいずれについても前訴判決の拘束力に反する
ものであり,違法というべきである。
3 理由Aの判断の誤りについて
原告は,本件審決の理由Aの判断について,前訴判決の拘束力及び手続上の
信義則に反するという誤りがある上,新規事項を含むとの判断自体が誤りであ
る旨主張する。
・ 拘束力違反について
本件審決は,本件訂正第1発明,本件訂正第2発明の「前記基地局により
選択された前記複数の無線周波数(RF)の任意の一つでそれぞれ送信でき
る複数の周波数切換可能な送信手段(21)」との構成について,「複数の
送信手段の各々が,それぞれ,基地局により選択された複数の無線周波数
(RF)の任意の一つで送信できる(各送信手段が,基地局による選択に応
じて周波数を切り換え得る)」とも解されるところ,そのようなことは願書
に添付した明細書又は図面には記載されていないから,本件訂正は,特許法
126条1項ただし書の規定を満たしていないと判断したものである。
前訴判決は,本件訂正第1発明,本件訂正第2発明が,刊行物1,2記載
の発明に基づき周知技術を参酌して当業者が容易に発明をすることができた
ものであるとの前審決の認定判断の当否を検討する過程において,本件訂正
第1発明,本件訂正第2発明における上記構成についての解釈を示している
が,本件訂正が特許法126条1項ただし書の規定に違反するか否かについ
て判示したものではない。
そうすると,本件審決の理由Aにおける本件訂正第1発明,本件訂正第2
発明の上記構成についての解釈が,前訴判決の拘束力に抵触するということ
はできない。
・ 手続上の信義則違反について
一般に,訂正審判請求につき訂正を拒絶すべき複数の理由が想定され得る
場合には,審決取消訴訟が繰り返されることを防ぐという観点からは訂正を
拒絶する審決においてすべての理由を示すことが好ましいが,迅速な審判手
続という観点からは実務上そのようにすることが常に適当であるとまではい
えないところであるから,審決には,訂正を拒絶する理由を一つ示せば足り,
すべての理由を逐一指摘する必要があるということはできない。そして,当
該審決が取り消された場合にあっても,取消判決の認定判断に抵触すること
のない,独立した新たな訂正拒絶理由について,改めて特許権者に通知し,
意見陳述の機会を与えた上,再度訂正を拒絶する審決をすることを妨げるも
のではないことは,前記1・アにおいて説示したとおりである。
前審決は,理由Aについて何ら指摘していないが,新規事項違反がない旨
判断したものではない。そして,前訴判決の確定後に再開された本件審判の
手続において,平成17年2月4日付け訂正拒絶理由通知書(甲6)により
原告に理由Aが通知され,原告に意見陳述の機会があったことは明らかであ
る。さらに,本件全証拠を検討しても,前訴判決の確定後再開された本件審
判の手続において,新規事項違反の指摘をすることが,著しく信義に反する
ものというべき事情の存在を認めるに足りる証拠はない。
そうすると,本件審決が理由Aを指摘したことが,手続における信義則に
反するということはできない。
・ 新規事項を含むとの判断の誤りについて
ア 本件訂正第1発明,本件訂正第2発明において,「前記基地局が……含
むこと」とされている「周波数切換可能な送信手段」についての特許請求
の範囲の各記載は,それぞれ,「前記送信チャンネル・ビット・ストリー
ムに応答して前記複数の無線周波数(RF)チャンネルのうちの選択され
た一つ経由の前記加入者局への送信用送信チャンネル信号を各々が発生す
る複数の周波数切換可能な送信手段(21)であって,前記基地局により
選択された前記複数の無線周波数(RF)の任意の一つでそれぞれ送信で
きる複数の周波数切換可能な送信手段(21)」,「前記被変調副搬送波
に応答して前記複数の無線周波数(RF)チャンネルのうちの選択された
一つ経由の前記加入者局への送信用被変調信号を各々が発生する複数の周
波数切換可能な送信手段(21)であって,前記基地局により選択された
前記複数の無線周波数(RF)の任意の一つでそれぞれ送信できる複数の
周波数切換可能な送信手段(21)」というものである。
理由Aに関して本件審決がいうところの「複数の送信手段の各々が,そ
れぞれ,基地局により選択された複数の無線周波数(RF)の任意の一つ
で送信できる(各送信手段が,基地局による選択に応じて周波数を切り換
え得る)」との趣旨は,必ずしも明確でないが,特許請求の範囲の上記各
記載によれば,本件訂正第1発明,本件訂正第2発明において,基地局に
複数の送信手段(21)があること,それらの送信手段が各々周波数切換
可能なものであること,周波数切換は基地局による選択に応じてなされる
ものであることは,いずれも明らかであり,また,特許法126条1項た
だし書の規定にいう「願書に添付した明細書又は図面」とは,本件訂正前
(本件審判の請求時)の本件明細書を意味するから,本件審決は,上記の
事項が訂正前明細書(甲3の2)に記載されていないことを指摘したもの
と理解される。
イ そこで,訂正前明細書(甲3の2)(なお,訂正明細書(甲5)の記載
は,特許請求の範囲の記載を除き,訂正前明細書の記載と同じである。)
を検討するに,これには,次の記載がある。
・ 「基地局は,チャンネルが選択自由である周波数帯域454~460
MHzバンド内のFCC25KHz間隔の周波数チャンネルのいずれか
のチャンネル又はすべてのチャンネルによる送信及び受信が可能である。
各々の音声チャンネルに対するチャンネル周波数の選択は一度に1チャ
ンネルずつ基地局によって自動的に行われるが,基地局に備えてある操
作員制御卓のインタフェースによってオーバライドすることができ
る。」(甲3の2:5頁10欄6行~13行,甲5:11頁19行~2
4行)
・ 「RF装置は全システムで使用されている互いに異なる周波数で動作
するようにCCU制御機能によってプログラムされている」(甲3の2
:53頁106欄14行~16行,甲5:108頁9行~11行)
・ 「一般的に,各基地局RFUはシステムの初期化に際しての与えられ
た周波数割当てにもとづいて設定され変更されないものとなってい
る。」(甲3の2:53頁106欄16行~19行,甲5:108頁1
1行~12行)」
・ 「基地局は普通の場合,正常運用時には動作周波数や送信電力レベル
を変更しない。送信及び受信部は,26チャンネルの各々に完全同調可
能である。」(甲3の2:54頁107欄1行~3行,甲5:109頁5
行~6行)
上記・,・及び・の各記載に照らせば,基地局に複数の送信手段(2
1)があること,それらの各送信手段が各々周波数切換可能なものである
こと,周波数切換は基地局による選択に応じてなされるものであることは,
いずれも訂正前明細書に記載した事項の範囲内のものと認められる。
ウ 理由Aに関して本件審決がいうところの「複数の送信手段の各々が,そ
れぞれ,基地局により選択された複数の無線周波数(RF)の任意の一つ
で送信できる(各送信手段が,基地局による選択に応じて周波数を切り換
え得る)」との趣旨は,前記のとおり,必ずしも明確でない。
もっとも,本件審決は,理由Bに関して,「送信手段(21)」につき,
解釈Bとして,「複数の送信手段の各々が,それぞれ,基地局により選択
された複数の無線周波数(RF)の任意の一つで送信できる(各送信手段
が,基地局による選択に応じて周波数を切り換え得る)」とも解されると
し,このように捉えた本件訂正第1発明を「本件訂正第1発明B」と呼ん
で,「本件訂正第1発明Bについては,送信手段(21)が,文字通りに,
システムの使用中に任意のタイミングで周波数切換可能である」(審決書
18頁25行~26行)としているから,理由Aに関しても,理由Bと同
様に,「送信手段(21)が,文字通りに,システムの使用中に任意のタ
イミングで周波数切換可能である」との趣旨で,「複数の送信手段の各々
が,それぞれ,基地局により選択された複数の無線周波数(RF)の任意
の一つで送信できる(各送信手段が,基地局による選択に応じて周波数を
切り換え得る)」との説示をしたものと解される。
しかし,そもそも「複数の送信手段の各々が,それぞれ,基地局により
選択された複数の無線周波数(RF)の任意の一つで送信できる(各送信
手段が,基地局による選択に応じて周波数を切り換え得る)」ことと,
「送信手段(21)が,文字通りに,システムの使用中に任意のタイミン
グで周波数切換可能である」とが同義であると理解すること自体が困難で
あるといわざるを得ない。
また,訂正明細書の特許請求の範囲第1項,第3項の各記載から「送信
手段(21)が,文字通りに,システムの使用中に任意のタイミングで周
波数切換可能である」ことを読みとることは困難であり,本件訂正第1発
明,本件第2訂正発明をそのように解釈することは誤りであるというべき
である。
さらに,訂正前明細書(甲3の2)及び訂正明細書(甲5)には,送信
手段(21)が,システムの使用中に任意のタイミングでその周波数を切
り換えて使用されるものであることを示す記載は認められないところであ
り,訂正前明細書及び訂正明細書の上記イ・の記載によれば,むしろ,送
信手段(21)が,初期設定時等においてその周波数が設定されるように,
周波数切換可能とされていることが認められ,この点に照らしても,「送
信手段(21)が,文字通りに,システムの使用中に任意のタイミングで
周波数切換可能である」との解釈は,誤りであるといわざるを得ない。
・ 以上のとおりであるから,本件審決の理由Aの判断は誤りというべきであ
る。
4 結論
以上のとおり,本件審決の理由Bは前訴判決の拘束力に反するものであって,
審判官がそのような認定判断をしたことは違法といわざるを得ない。また,本
件審決の理由Aは,直ちに前訴判決の拘束力に反するとまではいえないものの,
その判断は誤りである。
よって,原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし,主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁 判 長 裁 判 官 三 村 量 一
裁 判 官 古 閑 裕 二
裁 判 官 嶋 末 和 秀
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