知財判決速報/裁判例集知的財産に関する判決速報,判決データベース

ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 平成18(行ウ)186 特許料納付書却下処分取消請求事件

この記事をはてなブックマークに追加

平成18(行ウ)186特許料納付書却下処分取消請求事件

判決文PDF

▶ 最新の判決一覧に戻る

裁判所 請求棄却 東京地方裁判所
裁判年月日 平成18年9月27日
事件種別 民事
当事者 被告
原告バイエルクロップサイエンスリミテド
法令 特許権
民事訴訟法97条1項1回
キーワード 特許権59回
拒絶査定不服審判4回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 原告が後記本件特許権の第10年分の追納期間の経過後に特許料及び割増特許料 の納付手続をしたところ,特許庁長官は,同特許料納付書を却下する手続却下の処 分(以下「本件却下処分」という。)をした。本件は,原告が被告に対し,前記追納 期間を徒過したことについて,特許法(以下「法」という。)112条の2第1項所 定の「その責めに帰することができない理由」があるとして,本件却下処分の取消 しを求めた事案である。

▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例

本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。

判決文

平成18年9月27日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成18年(行ウ)第186号 特許料納付書却下処分取消請求事件
口頭弁論終結日 平成18年8月4日
判 決
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国 ケンブリッジ<以下略>
原告 バイエル クロップサイエンス リミテド
訴訟代理人弁護士 菊池秀
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被告 国
代表者法務大臣 長勢甚遠
処分行政庁 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 工藤敏隆
同 竹本智子
同 山内孝夫
同 五十嵐伸司
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許番号第2017484号の特許権に係る第10年分特許料納付書に関し,特
許庁長官がした平成17年3月14日付け手続却下処分を取り消す。
第2 事案の概要
原告が後記本件特許権の第10年分の追納期間の経過後に特許料及び割増特許料
の納付手続をしたところ,特許庁長官は,同特許料納付書を却下する手続却下の処
分(以下「本件却下処分」という。)をした。本件は,原告が被告に対し,前記追納
期間を徒過したことについて,特許法(以下「法」という。)112条の2第1項所
定の「その責めに帰することができない理由」があるとして,本件却下処分の取消
しを求めた事案である。
1 前提事実
(1) 原告の有していた特許権
原告は,次のとおりの特許権(以下「本件特許権」という。)を有していたが,平
成16年6月5日第10年分特許料不納を原因として,平成17年3月23日付け
で,その登録が抹消された。
特許番号 第2017484号
発明の名称 殺虫剤組成物
出願年月日 昭和61年10月15日
出願公告年月日 平成7年6月5日
登録年月日 平成8年2月19日
(争いのない事実)
( 2) 本件却下処分等
ア 平成6年法律116号による改正前の特許法(以下「改正前法」という。)
107条1項及び108条2項によると,本件特許権の第10年分の特許料の納付
期限は,平成16年6月5日であり,改正前法112条1項によると,その期間の
経過後6か月以内は,特許料の追納が認められていて,その追納期間の満了日は,
同年12月5日が日曜日であるため,同月6日であった。
イ 原告は,同月7日,本件特許権の第10年分の特許料及び割増特許料(以
下「 本件特許料等 」という 。)の特許料納付書(以下「 本件特許料納付書 」という 。)
を提出した。
ウ これに対し,特許庁長官は,同月20日付け却下理由通知書により,本件
特許権は,第10年分の特許料を納付することができる期間(追納期間を含む。)内
に納付されていないため,同年6月5日までをもって消滅したとして,本件特許料
納付書に係る手続については,特許料追納期間の満了後の納付であることを理由と
して却下すべきものと認められる旨通知した。これに対し,原告は,平成17年2
月3日,弁明書を提出した。
しかし,特許庁長官は,同年3月14日,同却下理由通知書に記載した理由が解
消されていないとして,本件特許料納付書について手続を却下する旨の処分(本件
却下処分)をした。
エ 原告は,同年5月20日,行政不服審査法に基づき,本件却下処分につい
て,異議申立てをした。
特許庁長官は,同年10月24日,本件特許料納付書が追納期間経過後に提出さ
れたことについて,法112条の2第1項の定める「その責めに帰することができ
ない理由 」は認められないとして ,異議申立てを棄却する旨の決定をし ,同決定は ,
翌25日,原告の代理人であった日本技術貿易株式会社(以下「日本技術貿易」と
いう。)に送達された。
(以上,争いのない事実)
2 争点
本件特許料等を追納期間内に納付しなかったことについて,原告に法112条の
2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」が認められるか。
3 争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
(1) 「その責めに帰することができない理由」の意義
法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」は,以下
の理由から,単に天災地変その他通常の注意力を有する者が万全の注意を払っても
追納期間内に特許料を納付できなかった場合のみならず,追納期間の徒過が「故意
ではない場合 」「避け難かった場合 」「相当の注意を払っていた場合」を広く含む
ものと解するのが相当である。
ア 法112条の2は,特許法の国際的調和を図るため,欧米諸国からの要請
に応えて,平成6年の特許法改正の際に設けられた条項である。
本来,技術に民族性や国境はないものであるから,特許法の分野は国際的統一な
いし調和が要求される分野である。
米国や欧州特許庁においては,パリ条約5条の2第2項に基づき,特許料不納に
より失効した特許権の回復について,それぞれ「故意ではなかった場合 」「避け難
かった場合」又は「状況によって必要とされる相当な注意をした場合」の要件が設
けられ,幅広く特許権の回復が認められている。
したがって,法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理
由」の解釈も,特許権の回復に関して欧米諸国で定められている要件,基準との均
衡を図るように解釈すべきである。
イ 仮に,法112条の2第1項の意義を前述のとおり広く解したとしても,
回復の期間が追納期間経過後6か月という短期間に制限されていること,法112
条の3において,回復した特許権の効力を制限していることからすると,第三者に
過大な負担や損害を与えることはない。
また,このような第三者保護規定を設けていること自体,特許法が法112条の
2第1項による特許権の回復を広範に認める趣旨であることを表していると考えら
れる。
ウ 法律の規定は,法令ごと,条項ごとに具体的事情は異なるので,それぞれ
の事情に応じて異なった解釈がされることは当然である。特に法112条の2に関
しては,前記のとおり,特許権失効後最長6か月という短期かつ動くことのない絶
対的時間制限が設けられていること,特許権回復後の第三者保護規定が設けられて
いること等の特殊事情があるのであるから,法121条2項(拒絶査定不服審判の
追完),法173条2項(再審請求の追完)及び民事訴訟法97条1項(訴訟行為の追
完)の規定と同様の解釈をする必要性はない。
(2) 追納期間内に納付することができなかった具体的事情
本件において,原告が本件特許料等を追納期間内に納付できなかった事情は,以
下のとおりである。
ア 原告は,本件特許権の特許料の納付事務を年金管理及び納付事務を専門と
しているチャンネル諸島ジャージー島所在のコンピュータ パテント アニュイ
ティーズ リミテッド パートナーシップ(以下「CPA」という。)に委任してい
た。
CPAは,我が国における特許料の納付を日本技術貿易に依頼し,日本技術貿易
は,CPAからの指示に基づいて,本件特許権の第4年分から第9年分までの特許
料の納付事務を行った。
イ 原告は,平成15年9月,本件特許権を放棄する旨の決定をし,そのこと
をCPAに連絡した。
当時,本件特許権の管理責任は,ドイツのバイエル クロップサイエンスに移さ
れていたことから,この連絡はドイツ連邦共和国ミュンヘンに所在するCPAドイ
ツオフィスに対してされた。
CPAドイツオフィスは,本件特許権を特許料支払の対象外として登録し,原告
は,本件特許権に関する第10年分の特許料の納付期限である平成16年6月5日
までに,第10年分の特許料の納付を行わなかった。
ウ その後,原告は,本件特許権を割増特許料を納付した上で回復することを
決めた。
原告担当者は,平成16年11月18日,電子メールにより,CPAの担当者で
あるAに対し,本件特許料等を納付するよう指示をした。
これに対して,Aは,同日中に,上記指示を受領したこと,後日,請求書を送付
する旨返信した。
エ ところが,同日,Aは,CPAドイツオフィスを事実上解雇される形で退
職することが決まり,法律上の問題から,即日,退職することとなった。
オ CPAドイツオフィスにおいては,従業員が退職する際の仕事の引継ぎに
関して ,一つ一つの仕事について作成されたファイルを後任者にそのまま引き継ぎ ,
進行中の仕事のうち重要な案件,緊急の案件についてリストを作成する等の標準的
手順が決められていた。しかし,Aは,即日,退職せざるを得なかったため,標準
的な手順による引継ぎをすることができなかった。
また,CPAの担当の責任者が,退職前に,Aに対して,緊急の案件の有無を確
認したが,Aは「ない 。」と回答した。
Aが残していった案件は,B及びAが所属していた顧客サービス管理チームの他
の担当者に割り振られ ,彼らは ,Aの机 ,ロッカー ,ファイルのすべてを調査した 。
調査の結果,Aの未処理案件は,当初予想していたよりもはるかに多いことが判明
した。
さらに ,顧客サービス管理チームには ,Aを除くと4人の従業員が属していたが ,
当時,このうちの2人が,病気のために欠勤していた。
カ 原告担当者は,追納期間満了日当日である平成16年12月6日午後に,
Aに対して,本件特許料等の納付手続について確認する旨の電子メールを送った。
Bがこの電子メールを開封し,調査を行ったが,本件特許料等の納付事務につい
て,引継ぎが行われておらず,納付手続がされていないことが判明した。
そこで,直ちに,CPAドイツオフィスから,ジャージー島のCPA本部を通じ
て,日本技術貿易に対して,本件特許料等の支払の指示をしたが,ドイツと日本の
時差の関係で,我が国における納付は,翌日の同月7日となった。
(3) 「その責めに帰することができない理由」の存在
ア 上記のとおり,CPAが本件特許料等を追納期間の満了日までに納付でき
なかったのは,Aが法律上の理由から即日退職せざるを得なかったため,通常の手
順による引継ぎができなかったこと,Aが緊急の案件の有無を問い質されたにもか
かわらず,本件特許料等の納付について伝えなかったこと,当時,CPAドイツオ
フィスのスタッフが2人も病気のために欠勤しており人数が不足していたなどの偶
発的事情がいくつも重なったためであり,CPAの行為が故意でないことはもちろ
ん,CPAとしては,できる限りの相当な注意をもって事態の処理をしていたもの
であり,法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」が
あるというべきである。
イ 仮に,CPAに何らかの帰責事由が認められるとしても,法112条の2
第1項の「その責めに帰することができない理由」における「その」とは特許権者
自身を指すものであり,代理人又はその履行補助者の過失を本人の過失と同視すべ
きではない。
ウ また ,本件のように ,外国の特許権者が我が国で特許料の納付を行うには ,
事実上CPAのような専門機関を利用する以外に方法はなく,納付のために利用が
強制されるという意味では,CPAのような特許料納付を代行する者は,郵便事業
者や交通機関に比すべきものである。
エ 本件において,原告自身に帰責事由がないことは明らかである。
被告は,原告担当者が特許料等の追納期間の満了日の午後までCPAに対して特
許料納付の有無を確認していないから,原告の責めに帰すべき理由がある旨主張す
る。
しかし,CPAは,現在,日本の特許1万6000件を含めて,全世界で約10
0万件の年金管理,納付事務を扱っている世界最大の年金管理の専門機関であり,
極めて信頼できる機関である。原告は,このようなCPAに対して,特許料の納付
を依頼し,かつ,CPAから依頼を受領した旨の返信も得ていたものであるから,
納付の有無を確認しなくとも,原告担当者に過失があったということはできない。
(被告の主張)
(1) 「その責めに帰することができない理由」の意義
ア 法112条の2は,法112条4項の規定によって消滅したものとみなさ
れた特許権についても ,「その責めに帰することができない理由」により,特許料
の追納期間内に特許料等を納付することができなかったときは,その理由がなく
なった日から14日(在外者にあっては2か月)以内で,かつ,追納期間の経過後6
か月以内の期間に限り,特許料等の追納を認めることにより,当該特許権が回復さ
れる場合があることを規定している。
特許権の回復についてこのような条件が付された理由は,既に特許法上設けられ
ている拒絶査定不服審判(法121条2項)や再審(法173条2項)の請求期間を徒
過した場合の救済の条件及び民事訴訟法等の他の法律との整合性を考慮するととも
に,①そもそも特許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものである
こと,及び②失効した特許権の回復を無期限に認めると第三者に過大な監視負担を
かけることを考慮したことにある。
よって,法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」
とは,天災地変のような客観的な理由又は通常の注意力を有する当事者が万全の注
意を払ってもなお避けることのできなかった原因により特許料を納付することがで
きなかった場合を意味するものと解するのが相当である(東京高裁平成16年8月
4日判決(乙8) )。
イ 特許に関する法制度はあくまで各国が個別に定めるものであるから,他国
の立法例,裁判例及び運用例が,我が国の特許法の解釈の際,参考とされるべきも
のではないことはいうまでもない。また,国際的調和を理由に,我が国特許法の明
文の規定に反する解釈を採り得ないことも当然である。
(2) 追納期間内に納付することができなかった具体的事情
原告の主張(2)のうち,本件特許権の第10年分の本件特許料等の納付が平成1
6年12月7日にされたこと(カの一部)は認め,その余は不知。
(3) 「その責めに帰することができない理由」の存在
ア CPAの過失
(ア) 特許料の納付に関する管理は,特許権者が自ら行うか,外部に委託する
か,委託するのであれば誰に委託するのか等を含め,すべて特許権者の自己責任の
下に行われるものである。よって,特許権者から委託を受けて特許管理を行ってい
た独立の外部事業者の過失は,特許権者の過失と同視されるべきものである。
(イ) CPAは,業として年金管理,納付事務を受任した者として,一部の従
業員の退職や欠勤によって業務に停滞を来さないような組織態勢をあらかじめ構築
すべき善管注意義務を有していた。したがって,担当者の退職や欠勤があったこと
を理由に ,「その責めに帰することができない理由」があったということはできな
い。
(ウ) また,CPAは,担当者の退職に際し,特許料納付事務の引継ぎに十分
な注意を払い,特許料納付を遅滞ないし失念するという過誤を防止すべき義務を有
していた。
Aの退職日から本件特許料等の追納期間の満了日までには,2週間以上の期間が
あった。CPAとしては,Aの退職時に,同人の電子メールの着信及び発信情報を
確認することによって,平成16年11月18日に原告が電子メールで行ったとさ
れる本件特許料等の納付指示を確認することは,極めて容易なことであった。
さらに,Aの勤務状態に問題があることは,そのころから顕在化したというので
あるから(乙5の1 ),同人の業務の引継ぎについて,CPAとしては通常の従業
員の退職の場合以上に細心の注意を払うべきであったものであり,CPAドイツオ
フィスの責任者がAに対して,緊急の案件がないか問い質したことをもって,CP
Aが十分な注意を払っていたとはいい難い。
したがって,CPAには,この点においても過失があったことは明らかである。
(エ) 原告は,外国の特許権者が我が国で特許料の納付を行うには,事実上C
PAのような専門機関を利用することを強制され,そのような業者は郵便事業者や
交通機関に比すべきものである旨主張するが,交通機関や郵便事業者と,本件のC
PAのように任意に選任された代理人とは,その公共性や役務の代替性が全く異な
るものであり,同列に論じることはできない。
イ 原告の過失
保有する特許権につき特許料の納付を遺漏なく行うことは,特許権者にとって最
も基本的かつ重要な事項であるところ,原告所在地と特許料の納付を行う日本との
時差の存在は公知の事柄であることに加え,CPA側の手違いの発生の可能性等を
考慮すれば,原告としては,特許料追納期間が満了する数日前までに特許料納付の
有無を確認すべきであった。
しかも,原告は,本件特許権を一旦放棄することを決定し,その旨をCPAに連
絡した後,特許料追納期間に入ってから,本件特許権を維持することに急きょ方針
を変更したというのであるから,本件特許料等の納付について,適時にCPAに確
認するなどして万全の注意を払うべきであった。
ところが,原告担当者は,平成16年11月18日,CPAの担当者に対して,
本件特許料等の納付指示を出した後,特許料追納期間の末日である同年12月6日
まで,何ら確認を行っていなかったというのであるから,通常の注意力を有する当
事者が万全の注意を払っていたものとは認められない。
第3 当裁判所の判断
1 「その責めに帰することができない理由」の意義について
( 1)ア 法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」
とは,次の理由から,これと同一の文言である法121条2項(拒絶査定不服審判
の追完),法173条2項(再審請求の追完)所定の「その責めに帰することができ
ない理由」と同様,天災地変又は通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払っ
てもなお追納期間内に納付できなかった場合を意味するものと解するのが相当であ
る。
イ 法112条の2は,特許料の本来の納付期間の経過後,さらに6か月間の
追納期間(法112条1項)が経過し,特許料の不納により一旦失効した特許権の特
許権者に対し,①追納期間内に特許料等を納付できなかった理由が特許権者の責め
に帰することができないものであること,②追納期間経過後6か月以内であって,
かつ,その理由の消滅から14日(在外者にあっては2か月)以内に,納付すべきで
あった特許料等を納付することを条件に,特許権の回復を認めた例外的な救済の制
度である。
また,訴訟行為の追完を定めた民訴法97条1項の「その責めに帰することがで
きない理由」については,過失がある場合を含まないとの解釈が採られている。
さらに ,「その責めに帰することができない理由」という文言の通常の意味から
すると,過失がある場合を含まないと解釈するのが自然である。
( 2)ア 原告は,法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができな
い理由」とは,その立法経緯や特許法の分野における国際的調和の必要性を考慮す
れば,欧米諸国の特許法の規定と同様に,追納期間の徒過が「故意ではない場合」
「避け難かった場合 」「相当の注意を払っていた場合」を広く含むものと解釈すべ
きである旨主張するが,パリ条約5条の2第2項の規定は,特許権の回復について
どのような要件の下でこれを容認するかを各締結国の判断にゆだねており,欧米の
特許法の規定と我が国の特許法の規定とを同一に解釈しなければならない理由はな
いし,法112条の2の立法経緯中にも,原告主張のとおりに解釈すべきことを示
唆するものを見いだすことができないから,原告の上記主張は,採用することがで
きない。
イ さらに,原告は,法112条の2に関しては,特許権失効後最長6か月の
時間制限が設けられていること,特許権回復後の第三者保護規定が設けられている
こと等を理由に,法121条2項(拒絶査定不服審判の追完)等の規定と同様の解釈
をする必要性はない旨主張するが,法112条の3に第三者保護規定が設けられ,
法112条の2に期間制限が設けられているからといって,特許法が法112条の
2の特許権の回復を広範に認める趣旨であると解することはできないから,原告の
上記主張は,採用することができない。
2 本件における「その責めに帰することができない理由」の存否について
(1) 各項に掲記の証拠によれば,次の事実が認められる。
ア 原告は,本件特許権の特許料の納付事務を年金管理及び納付事務を専門と
しているチャンネル諸島ジャージー島所在のCPAに委任していた。
(乙5の1,2)
イ 原告は,平成15年9月,本件特許権を放棄する旨CPAドイツオフィス
に連絡した。CPAは,本件特許権を特許料支払の対象外として登録し,本件特許
権に関する第10年分の特許料の納付期限である平成16年6月5日までに,第1
0年分の特許料の納付をしなかった。
(争いのない事実,乙5の1,2,弁論の全趣旨)
ウ その後,原告は,本件特許権を割増特許料を納付した上で回復することを
決め,平成16年11月18日,電子メールにより,CPAドイツオフィスの担当
者であるAに対し,本件特許料等を納付するよう指示した。
これに対して,Aは,同日中に,上記指示を受領したこと,後日,請求書を送付
する旨返信した。
(乙5の1,2,弁論の全趣旨)
エ ところが,Aの勤務状態に問題があることがそのころから顕在化し,同人
は,同日,上記指示に基づく本件特許権のデータの回復や本件特許料等の納付事務
の引継ぎをしないまま,CPAを退職した。
CPAドイツオフィスの責任者は,退職前に,Aに対して,緊急の案件の有無を
確認したが,同人は,本件特許料等の納付指示を受けていることを伝えなかった。
Aの仕事の引継ぎに関する職務は ,Bと ,Aが所属していた顧客サービス管理チー
ムの他の4人の担当者らに割り振られた。
同人らは ,Aの机 ,ロッカー ,ファイルを調べた 。その結果 ,Aの未処理案件は ,
当初予想していたよりもはるかに多いことが判明した。
しかも,当時,顧客サービス管理チームの担当者のうち2人が,病気のために欠
勤していたため,未処理案件の処理は著しく遅れた。
(甲5,乙5の1,2)
オ 原告担当者は,追納期間満了日当日である平成16年12月6日午後,A
に対し,本件特許料等の納付手続が完了したかを確認する電子メールを送った。
Bがこの電子メールを開封し,調査の結果,本件特許料等の納付手続が行われて
いないことが判明した。
そこで,CPAは,日本技術貿易に対し,本件特許料等の支払を指示したが,日
本技術貿易は,時差の関係で,日本時間の同月7日に,本件特許料納付書による手
続をした。
(争いのない事実,乙5の1,2,弁論の全趣旨)
( 2)ア 上記認定の事実によれば,CPAの担当者であるAは,原告から追納
期間の満了日が近づいていた時期に本件特許料等の納付指示を受けていたにもかか
わらず,CPAを退職するに当たり,ドイツオフィスの責任者から緊急の案件の有
無を問い質された際にもこれを伝えなかったものであるから,CPAの担当者であ
るAに過失があったことは明らかである。
イ さらに,上記認定の事実によれば,CPAは,年金管理及び納付事務を
専門としている機関であり,我が国における特許料の納付についての事務を受任し
たのであるから,一部の従業員の退職や欠勤によって業務に停滞を来さないような
組織態勢をあらかじめ構築すべき善管注意義務を有していたである。
また,CPAは,担当者の退職に際し,特許料納付事務の引継ぎに漏れがないか
否かについて十分確認すべき義務を有してたものである。
ところが,CPAドイツオフィスの責任者は,Aの勤務状態に問題があることが
顕在化し,事務の引継ぎをしないまま退職し,後任者の調査によりAの未処理案件
は当初予想していたよりもはるかに多いことが判明したにもかかわらず,特許料納
付事務の引継ぎに漏れがないか否かについて十分確認せず,しかも,十分な人員の
補充をしないまま,顧客サービス管理チームにAから引き継いだ業務の処理をさせ
ていたものであるから,CPAに過失があったことは明らかである。
そして,Aの退職の日から特許料追納期間の満了日までに18日程度あったもの
であるから,CPAが上記に説示した義務に従い,適切に組織態勢を構築し,特許
料納付事務の引継ぎに漏れがないか否かについて十分確認していれば,特許料追納
期間の満了日を徒過することはなかったものと認められる。
これに反する原告の主張は,到底採用することができない。
(3)ア そして,特許料の納付に関する管理は,特許権者が自ら行うのか,外部
に委託するのか,委託するのであれば誰に委託するのか等を含め,すべて特許権者
の自己責任の下に行われることであるから,特許権者から委託を受けて特許管理を
行っていた独立の外部事業者であるCPAの過失は,特許権者である原告の過失と
同視されるものである。
これに反する原告の主張も,採用することができない。
イ 原告は,外国の特許権者が我が国で特許料の納付を行うには,事実上CP
Aのような専門機関を利用することを強制され,そのような業者は郵便事業者や交
通機関に比すべきものである旨主張するが,交通機関や郵便事業者と,本件のCP
Aのように任意に選任された代理人とを同列に論じることはできないから,原告の
上記主張は,採用することができない。
3 結論
以上のとおり ,法定の追納期間内に本件特許料等を納付をしなかったことにつき ,
原告に法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」が存
在しないから,本件却下処分に違法はない。
よって,原告の請求は,理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決す
る。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
市 川 正 巳
裁判官
大 竹 優 子
裁判官
杉 浦 正 樹

最新の判決一覧に戻る

法域

特許裁判例 実用新案裁判例
意匠裁判例 商標裁判例
不正競争裁判例 著作権裁判例

最高裁判例

特許判例 実用新案判例
意匠判例 商標判例
不正競争判例 著作権判例

今週の知財セミナー (3月10日~3月16日)

3月11日(火) - 東京 港区

特許調査の第一歩

3月12日(水) - 東京 港区

はじめての特許調査(Ⅰ)

3月12日(水) - 愛知 名古屋市中区

技術情報管理と秘密保持契約

3月13日(木) - 東京 港区

はじめての特許調査(Ⅱ)

来週の知財セミナー (3月17日~3月23日)

3月18日(火) - 東京 港区

化学分野の特許調査

特許事務所紹介 IP Force 特許事務所紹介

アクトエース国際特許商標事務所

愛知県小牧市小牧4丁目225番地2 澤屋清七ビル3 206 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

IP-Creation特許商標事務所

東京都練馬区豊玉北6-11-3 長田ビル3階 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 鑑定 コンサルティング 

海嶺知財経営コンサルタント事務所

〒973-8403 福島県いわき市内郷綴町榎下16-3 内郷商工会別棟事務所2階 特許・実用新案 意匠 商標 コンサルティング