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平成17(行ケ)10767審決取消請求事件

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裁判所 審決取消 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成18年8月31日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官
原告株式会社半導体エネルギー研究所
対象物 薄膜トランジスタ
法令 特許権
特許法17条の21回
キーワード 審決36回
実施9回
進歩性4回
分割1回
優先権1回
新規性1回
主文 1 特許庁が不服2002-18694号事件について平成17年9月12日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成6年2月15日(優先権主張・平成5年2月15日)にした 特許出願(特願平6-40522号)を分割して,平成13年3月12日, 発明の名称を「薄膜トランジスタ」とする発明につき特許出願(特願200 1-67986号。以下「本願」という。)をした。

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判決文

平成17年(行ケ)第10767号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成18年7月18日
判 決
原 告 株式会社半導体エネルギー研究所
訴 訟 代 理 人 弁 理 士 玉 城 信 一
被 告 特 許 庁 長 官
中 嶋 誠
指 定 代 理 人 瀧 内 健 夫
同 松 本 邦 夫
同 河 合 章
同 徳 永 英 男
同 大 場 義 則
主 文
1 特許庁が不服2002-18694号事件について平成17年9
月12日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文第1項と同旨
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成6年2月15日(優先権主張・平成5年2月15日)にした
特許出願(特願平6-40522号)を分割して,平成13年3月12日,
発明の名称を「薄膜トランジスタ」とする発明につき特許出願(特願200
1-67986号。以下「本願」という。)をした。
特許庁は,平成14年8月23日,本願につき拒絶査定をしたので,原告
は,これを不服として審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2002-18694号事件として審理し,そ
の係属中,原告は,平成14年10月28日付け手続補正書をもって,特許
請求の範囲の補正をしたが,特許庁は,平成16年11月11日,上記補正
を却下する決定をし,同年11月26日付けで拒絶理由の通知をした。
原告は,上記通知の指定期間内である平成17年1月28日,特許請求の
範囲の補正(以下「本件第1補正」という。)をしたが,更に,同年2月2
4日付けの最後の拒絶理由の通知を受けて,その指定期間内である同年4月
4日,特許請求の範囲について補正(以下「本件第2補正」という。)をし
た。
そして,特許庁は,審理の結果,平成17年9月12日,本件第2補正を
却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単
に「審決」という。)をし,その謄本は同年9月28日原告に送達された。
2 特許請求の範囲
(1) 本件第1補正後
本件第1補正後の特許請求の範囲は請求項1ないし4から成り,その請
求項1,2の記載は,次のとおりである(以下,請求項1,2に係る発明
を併せて「本件第1補正発明」という。)。
【請求項1】 基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前
記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜
の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッ
ケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前
記ニッケルの濃度は1×10 16cm -3~1×10 19cm -3であり,前記
ニッケルを除去することにより,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度
の上限値は前記濃度1×1019cm-3を上回らないことを特徴とする薄
膜トランジスタ。
【請求項2】 基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前
記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜
の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッ
ケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前
記ニッケルの濃度は1×10 16cm -3~1×10 19cm -3であり,前記
ニッケルを除去することにより,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度
の上限値は前記濃度1×1019cm-3を上回らなく,前記基板に平行な
方向に結晶が成長してなることを特徴とする薄膜トランジスタ。
(2) 本件第2補正後
本件第2補正後の特許請求の範囲は請求項1ないし4から成り,その請
求項1,2の記載は,次のとおりである(下線部は本件第2補正による補
正箇所。以下,請求項1,2に係る発明を併せて「本件第2補正発明」と
いう。)。
【請求項1】 基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前
記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜
の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッ
ケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前
記ニッケルの濃度は1×10 16cm -3~1×10 19cm -3であり,前記
結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去する
ことにより前記濃度1×1019cm-3を上回らないことを特徴とする薄
膜トランジスタ。
【請求項2】 基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前
記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜
の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッ
ケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前
記ニッケルの濃度は1×10 16cm -3~1×10 19cm -3であり,前記
結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去する
ことにより前記濃度1×1019cm-3を上回らなく,前記基板に平行な
方向に結晶が成長してなることを特徴とする薄膜トランジスタ。
3 審決の内容
審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。
その理由の要旨は,本件第2補正は,本願の願書に最初に添付した明細書
又は図面(以下,上記明細書及び図面を併せて「本願当初明細書」という。
甲2)に記載した事項の範囲内におけるものではなく,新規事項を追加する
ものであり,平成6年法律第116号による改正前の特許法17条の2第2
項において準用する同法17条2項の規定に適合せず,不適法なものとして
却下すべきであり,本件第1補正も,本件第1補正発明は本願当初明細書に
記載されたものではなく,新規事項を追加するものであって,同項に規定す
る要件を満たしていないから,本願は拒絶すべきであるとしたものである。
第3 当事者の主張
1 原告主張の審決の取消事由
審決は,本件第2補正及び本件第1補正がいずれも新規事項の追加に該当
するものであると誤って判断したものであり,違法として取り消されるべき
である。
(1) 取消事由1(本件第2補正の適法性の判断の誤り)
ア 審決は,①「補正後の請求項1及び2に係る発明は,物の発明である
から,「前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×101

cm-3~1×1019cm-3であ」ることにおいて,「ニッケルの濃度」
の上限値である「1×1019cm-3」は「ニッケルを除去」する工程を
経た値である一方,下限値である「1×1016 cm-3」は「ニッケルを
除去」する工程を経ていない値であるというように,異なる時点での状
態を同時に規定したものとすることは認められない。」(審決書3頁1
3~19行。以下「認定①」という。),②「したがって,補正後の請
求項1及び2の記載の限りにおいて,「ニッケルの濃度」の上限値であ
る「1×1019cm-3 」が,「前記ニッケルを除去すること」により得
られた値である以上,下限値である「1×10 1 6 cm - 3 」について
も,「前記ニッケルを除去すること」により得られる値と認定せざるを
得ない」(審決書3頁20~24行。以下「認定②」という。)とした
上で,本願当初明細書には,「ニッケルの濃度」の下限値である「1×
1016 cm-3 」が「前記ニッケルを除去すること」により得られる値で
あることの記載がないから,本件第2補正は,本願当初明細書に記載し
た事項の範囲内におけるものではないと判断している。
しかし,以下のとおり,本件第2補正発明は,ニッケルが過剰な場合
に限りこれを上限値まで除去するものであって,本件第2補正発明の「
ニッケルの濃度」の下限値である「1×1016 cm-3」は「前記ニッケ
ルを除去すること」により得られる値ではないから,審決の認定①,②
は誤りである。
(ア) 特許出願に係る発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づ
いて行われるべきところ(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決,
特許庁「特許・実用新案審査基準」3頁参照),本件第2補正後の請
求項1,2には,「ニッケル濃度の下限値が「ニッケルを除去」する
工程を経ていない値である」との事項が一切記載されていないから,
審決の認定①は,請求項に記載されていない事項を記載されていると
いうもので,特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,その前
提において誤りである。
また,本件第2補正後の請求項1,2には,「ニッケルの濃度の下
限値が「前記ニッケルを除去すること」により得られる値」であると
は一切記載されていないから,「下限値である「1×1016cm-3」
についても,「前記ニッケルを除去すること」により得られる値と認
定せざるを得ない」とした認定②も,同様に特許請求の範囲の記載に
基づかないものとして誤りである。
本件第2補正後の請求項1,2の「前記結晶性半導体膜中のニッケ
ル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×
1019cm-3を上回らな」いとの「前記ニッケルを除去すること」と
の事項は,数値範囲の一部であるニッケル濃度の上限値のみを更に限
定する事項として一義的に明確に技術的意義を理解できるものであ
り,それ以上に,下限値の技術的意義までも明確にするものではな
い。特許請求の範囲の記載に基づいて本件第2補正発明の要旨認定を
行えば,ニッケル濃度の下限値はニッケルを除去することにより得ら
れる値であると判断されるはずはない。
(イ) 次に,本願当初明細書の段落【0011】には,「本発明ではニ
ッケル,・・・を用いるが,これらの材料は半導体材料としてのシリ
コンにとっては好ましくない。そこで,過剰にシリコン膜中に含まれ
ている場合には,これを除去することが必要であるが,ニッケルに関
しては,上記の反応の結果,結晶化の終端に達した珪化ニッケルはフ
ッ酸もしくは塩酸に容易に溶解するので,これらの酸による処理によ
って基板からニッケルを減らすことができる。さらに,積極的にニッ
ケル,・・・を減らすには,結晶化工程の終了した後,塩化水素,各
種塩化メタン(・・・),各種塩化エタン(・・・)あるいは各種塩
化エチレン(・・・)等の塩素を含む雰囲気中で,400~650℃
で処理すればよい。・・・本発明によるシリコン膜中のニッケル・・
・の濃度は,1×1015cm-3~1原子%,より好ましくは1×101

cm-3~1×1019cm-3が好ましいとわかった。この範囲以下では
結晶化が十分に進行せず,一方,この範囲を上回った場合には,特
性,信頼性が劣化する。」との記載がある。
この記載によれば,結晶性半導体膜中に過剰にニッケルが含まれて
いる場合,その過剰なニッケルを除去する手段として,結晶化の終端
に達した過剰なニッケルを酸で溶解して除去する「溶解除去手段」
と,過剰なニッケルを塩素を含む雰囲気中で処理する「雰囲気中除去
手段」の二つの手段があることが分かる。そして,本件第2補正発明
は,これら除去手段を用いて結晶性半導体膜中に過剰に含まれるニッ
ケルを除去することができるものである。そして,「過剰なニッケル
を除去する」との意味は,結晶性半導体膜中に含まれるニッケル濃度
のうち,上限値を超えている過剰な分を除去するとの意味である。
「溶解除去手段」の除去のメカニズムは,結晶化の終端に達した過
剰なニッケルを酸で溶解して除去するものであり,結晶性半導体膜中
に含まれるニッケル濃度を上限値以下にするものであるのに対し,「
雰囲気中除去手段」の除去のメカニズム(例えば,濃い濃度のニッケ
ルから順に除去されるようなものか,あるいは,濃い濃度のニッケル
も薄い濃度のニッケルも同時に同じ割合で除去されるようなものか,
あるいは,それらとは全く異なる別のものか)は不明である。
このように「雰囲気中除去手段」(他の公知の除去手段があればそ
の除去手段)の除去のメカニズムが解明されていない以上,本件第2
補正における「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前
記ニッケルを除去することにより前記濃度1×1019cm-3を上回ら
な」いとの補正事項について,認定②のように,「「ニッケルの濃
度」の上限値である「1×10 19cm -3」が,「前記ニッケルを除去
すること」により得られた値である以上,下限値である「1×1016
cm-3」についても,「前記ニッケルを除去すること」により得られ
る値と認定せざるを得ない」と断定できるはずはない。
イ 仮に審決の認定②が正当であるとすれば,本件第2補正発明における
ニッケルの濃度の下限値1×1016cm-3がニッケルを除去することに
より得られる値であることは,本願当初明細書に実質的に記載されてい
るというべきである。
(ア) 本願当初明細書に記載の特許請求の範囲(本願出願時のもの)の
請求項1は,「絶縁表面上に形成された,ニッケル,鉄,コバルト及
び白金から選択された元素を含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導
体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成
されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜に含まれる前記元素
の濃度は1×10 16cm -3~1×1019cm-3であることを特徴とする薄
膜トランジスタ。」,同請求項2は,「前記元素はニッケルであるこ
とを特徴とする請求項1記載の薄膜トランジスタ。」であり,上記請
求項1,2には「結晶性半導体膜のニッケル濃度が1×1016cm-3
~1×1019cm-3である薄膜トランジスタ」が記載されている。
(イ) 審決の認定②が正当であるということは,本願当初明細書の段落
【0011】中の前記「雰囲気中除去手段」の除去のメカニズムが,
濃い濃度のニッケルも薄い濃度のニッケルも同時に同じ割合で除去さ
れることを意味することが立証されたことにほかならず,例えば明細
書に過剰なニッケルを除去するとしか記載されていないとしても,薄
い濃度のニッケルも同時に同じ割合で除去されていることになるもの
である。
そして,本願出願時の請求項1,2と本願当初明細書の段落【00
11】の記載を合わせて読めば,「過剰なニッケルを除去した結晶性
半導体膜のニッケル濃度が1×10 16cm -3~1×1019cm-3であ
る薄膜トランジスタ」の発明が記載されていることを読み取ることが
できるのであるから,本願当初明細書には,結晶性半導体膜中のニッ
ケルの濃度の下限値1×10 16cm -3がニッケルを除去することによ
り得られる値であることが,実質的に記載されていると解することが
できる。
ウ したがって,いずれにせよ,本件第2補正が新規事項の追加に該当
し,不適法であるとした審決の判断は誤りである。
(2) 取消事由2(本件第1補正の適法性の判断の誤り)
ア 審決は,「当初明細書等において,この「1×1016cm-3~1×1
019cm-3」というニッケルの濃度条件は,シリコン膜の結晶化工程後
に,さらに多くの工程を経て完成した後の「薄膜トランジスタ」を構成
する「結晶性半導体膜」について論じられたものではなく,当初明細書
等には,完成後の「薄膜トランジスタ」を構成する「結晶性半導体膜」
のすべての領域で,上記の濃度条件が成立していることを裏付けるよう
な記載を見いだすことはできない。」(審決7頁17行~23行)と認
定している。
しかしながら,本願当初明細書中の請求項1(本願出願時のもの)
に,「絶縁表面上に形成された,ニッケル,鉄,コバルト及び白金から
選択された元素を含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形
成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電
極とを有し,前記結晶性半導体膜に含まれる前記元素の濃度は1×101

cm - 3 ~1×10 1 9 cm - 3 であることを特徴とする薄膜トランジス
タ。」と記載されているように,本願当初明細書には,最終的な薄膜ト
ランジスタの状態において,結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度
が1×10 16cm -3~1×1019cm-3であるものが記載されているか
ら,審決の上記認定は誤りである。
なお,審決が指摘する「完成後の「薄膜トランジスタ」を構成する「
結晶性半導体膜」のすべての領域で,上記の濃度条件が成立しているこ
とを裏付ける記載が必要であるのに,当初明細書等には,その記載がな
い」との点は,新規事項の追加に該当するとの理由にはなり得ない。
イ 審決は,認定①,②と同様に,「ニッケルの濃度」の下限値である「
1×1016cm-3 」が「前記ニッケルを除去すること」により得られる
値であることが本願当初明細書に記載されていないとして,本件第1補
正発明は,本願当初明細書に記載されたものではないと判断している
が(審決書7頁31行~8頁10行),前記(1)ア,イと同様の理由によ
り,審決の上記判断は誤りである。
ウ したがって,本件第1補正が新規事項の追加に該当し,本願を拒絶す
べきであるとした審決の判断は誤りである。
2 被告の反論
(1) 取消事由1に対し
ア 「物の発明」の構成においては,現にそこに存在している,一つの時
点の結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲,例えば,ニッケルを除去する
前のものにおける濃度範囲又はニッケルを除去したものにおける濃度範
囲のいずれか一方しか規定し得ないことはいうまでもない。
そして,本件第2補正発明の「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度
の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×1019c
m -3を上回らな」いとの構成は,「薄膜トランジスタ」という「物の発
明」においてその結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の上限値が製法で
限定されている。本件第2補正発明は,各工程が終了して製造された「
薄膜トランジスタ」であって,製造途中のものを規定するものではない
から,結晶性半導体膜に薄膜トランジスタを形成する前にその結晶性半
導体膜中から「ニッケルを除去すること」は,結晶化後に結晶性半導体
膜中に残留することになるニッケルの濃度範囲の高低に関わらず,必ず
行われる工程であり,その薄膜トランジスタにおける結晶性半導体膜の
濃度範囲は,ニッケルを除去した後のものである。このニッケル除去工
程を経なければ,本件第2補正発明の結晶性半導体膜が「ほぼ均一な品
質の薄膜トランジスタが常に作製される」という所期の効果を奏するこ
とができず,ニッケル除去工程は本件第2補正発明を最も特徴付けてい
る不可欠の技術的事項である。
そうすると,本件第2補正発明の「前記ニッケルを除去する」の部分
は,一見,「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は」「前記
濃度1×1019cm-3 を上回らな」いことを技術的に限定するような表
現となっているものの,実質的にはニッケル濃度範囲の上限値の技術的
意味を明確にするものとはなり得ないものであり,その結晶性半導体膜
のニッケル濃度範囲の下限値もニッケルを除去した後の結晶性半導体膜
のニッケル濃度範囲の下限値を意味することになるのは当然である。
なお,原告の引用する判例及び審査基準(前記1(1)ア(ア))は,特許
出願における新規性又は進歩性を判断する場合における特許出願に係る
発明の要旨認定に関するものであり,新規事項の判断に適用されるもの
ではない。
イ また,仮に本件第2補正発明において,結晶性半導体膜中から「ニッ
ケルを除去すること」が,結晶化直後の結晶性半導体膜に含まれるニッ
ケルの濃度範囲の上限が所定の値を超えていた場合にのみ行われる選択
的な事項であり,必須の構成ではないということであれば,本件第2補
正発明は,結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」なる構成
を備えない薄膜トランジスタも含むものとなり,「ニッケルを除去する
こと」をもって先行技術との差異(進歩性)を主張する本件審判段階に
おける原告の主張(下記(ア)ないし(ウ))と矛盾するものとなる。
(ア) 原告は,平成14年10月28日付け手続補正書(甲12)を提
出し,本願の特許請求の範囲の請求項1,2に係る発明を,「前記元
素を除去する」点(「元素」の唯一の実施例は「ニッケル」であ
る。)で限定した上,本件審判請求書の請求の理由の欄を補正する平
成14年12月17日付けの手続補正書(甲13)において,「・・
・請求項1に係る発明は,主として以下の(イ),(ロ)の2つの特徴的
事項を備えることを特徴とするもので,これら2つの事項を一体不可
分の構成として備えることにより,各引用文献との差異を明確にする
ものです。
(イ)「元素を除去することにより,」(以下,「第1の特徴的事項」
という。)
(ロ)「結晶性半導体膜に含まれる元素の濃度は1×1016cm-3~1
×10 19cm -3であり,」(以下,「第2の特徴的事項」という。)
・・・結晶性半導体膜に含まれる元素の濃度が過剰であっても前記「
第1の特徴的事項」により余剰分は除去され,前記「第2の特徴的事
項」に示すように結晶性半導体膜に含まれる元素の濃度は常に所定範
囲内になり,その結果,ほぼ均一な品質の薄膜トランジスタが常に作
製されることになります。つまり「第1の特徴的事項」及び「第2の
特徴的事項」は,お互い密接に関連付けられた事項で,一体不可分の
構成を形成しています。」(6頁12行~28行),「つまり,シリ
コン膜を十分に結晶化させるため予め金属元素の濃度を寧ろ高めにし
て結晶性半導体膜を作製し,作製後に所定値以上の金属元素を除去
し,その濃度を低減するようにすることが可能となり,例え除去工程
が増えるとしても均一な品質を有する薄膜トランジスタの作製が容易
且つ確実になります。」(8頁25行~29行),「本願明細書の段
落〔0011〕には,「金属元素を除去し結晶性半導体膜に含まれる
前記金属元素の濃度を所定の範囲にすることにより,結晶化の低温,
短時間化を可能にするとともに,薄膜トランジスタの特性及び信頼性
の劣化を防止する。」という技術的思想が記載乃至示唆されていると
言えます。そして,請求項1に係る発明の前記「第1の特徴的事項」
及び「第2の特徴的事項」を一体不可分とした構成,或いは前記技術
的思想については,引用された5件の引用文献には記載乃至示唆され
ていません。また,前記「第1の特徴的事項」及び「第2の特徴的事
項」を一体不可分とした構成が,引用された5件の文献に記載された
ものから当業者が容易に発明できるとは思われません。」(9頁13
行~22行)と主張している。
(イ) 原告は,本件審判段階における審尋に対する平成16年9月10
日付け回答書(甲15)において,上記(ア)と同様の主張を繰り返す
とともに,「本願発明は,「金属元素を除去し結晶性半導体膜に含ま
れる前記金属元素の濃度を所定の範囲にすることにより,結晶化の低
温,短時間化を可能にするとともに,薄膜トランジスタの特性及び信
頼性の劣化を防止する。」という高度の技術的思想を創作したもので
す。そのため,本願発明が容易に発明できたと言えるためには,少な
くとも添加した金属元素の余分な量を,除去することにより所定値に
調整する技術が本願出願前に知られている必要があると思料しま
す。」(2頁26行~3頁3行)と主張している。
(ウ) 原告は,本件第1補正に関し,平成17年1月28日付け意見
書(甲18)において,「請求項1に係る発明は,主として以下の(イ
)の特徴的構成を備えることを特徴とするもので,この構成により,引
用文献1,2との差異を明確にするものです。
(イ)「結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度は1×1016cm-3
~1×10 19cm -3であり,前記ニッケルを除去することにより,前
記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は前記濃度1×1019c
m -3を上回らない」との構成(以下,「本願特異な構成」という。)
そして・・・結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度が過剰であ
っても上記「本願特異な構成」により余剰分は除去され,結晶性半導
体膜に含まれるニッケルの濃度は常に所定範囲内になり,その結果,
ほぼ均一な品質の薄膜トランジスタが常に作製されることになりま
す。」(3頁18行~30行),「つまり,シリコン膜を十分に結晶
化させるため予めニッケルの濃度を寧ろ高めにして結晶性半導体膜を
作製し,作製後に所定値を越えたニッケルを除去し,その濃度を低減
するようにすることが可能となり,例え除去工程が増えるとしても均
一な品質を有する薄膜トランジスタの作製が容易且つ確実になりま
す。」(4頁28行~31行),「本願明細書の段落[0011]に
は,「ニッケルを除去し結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度を
所定の範囲にすることにより,結晶化の低温,短時間化を可能にする
とともに,薄膜トランジスタの特性及び信頼性の劣化を防止する。」
という技術的思想が記載乃至示唆されていると言えます。そして,請
求項1に係る発明の上記「本願特異な構成」,或いは上記技術的思想
は,引用された2件の引用文献には記載乃至示唆されていません。上
記「本願特異な構成」中の上限値は,上記したように特有な技術的意
義を有するもので,引用された2件の引用文献に記載されたものから
当業者が容易に発明できるとは思われません。」(4頁42行~50
行)と主張している。
ウ 以上によれば,審決の認定①,②に誤りはなく,本件第2補正発明
は,ニッケルを除去した結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の下限値が
1×1016cm-3 であるものとして認定されるのに対し,本願当初明細
書にはニッケルを除去した結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の下限値
が1×1016cm-3 であるとの記載がないから,本件第2補正が新規事
項の追加に該当し,不適法であるとした審決の判断に誤りはない。
(2) 取消事由2に対し
ア 本件第1補正後の請求項1,2には,「前記結晶性半導体膜に含まれ
る前記ニッケルの濃度は1×1016cm-3~1×1019cm-3であり」
と記載されており,そのニッケルの濃度範囲が「結晶性半導体膜」中の
特定の部分について成立するものであるようには規定されていない。ま
た,本件第1補正発明は,本件第2補正発明と同様に,結晶性半導体膜
中の「ニッケルを除去すること」という製法限定を付された,最終的な
薄膜トランジスタの構成に関するものであり,「ニッケルを除去するこ
と」という製法限定された部分を必須の構成とするものであるから,「
ニッケルを除去すること」により得られた「結晶性半導体膜」のすべて
の部分において「ニッケルの濃度は1×1016cm-3~1×1019cm-

であ」る薄膜トランジスタと認定すべきである。
しかし,本願当初明細書には,結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲に
関し,請求項1に「ニッケル,鉄,コバルト及び白金から選択された元
素を含む結晶性半導体膜」を有し,「前記結晶性半導体膜に含まれる前
記元素の濃度は1×10 16cm-3~1×1019cm-3であることを特徴
とする薄膜トランジスタ」との記載及び段落【0011】に「シリコン
膜中のニッケル,鉄,コバルト,白金の濃度は,1×1015cm-3 ~1
原子%,より好ましくは1×1016cm-3~1×1019cm-3が好まし
い」との記載があるのみであり,ニッケルを除去することにより得られ
た結晶性半導体膜のニッケルの濃度範囲が1×1016cm-3~1×101

cm-3であることは記載されていない。また,本願当初明細書の他の箇
所にも,完成後の「薄膜トランジスタ」を構成する「結晶性半導体膜」
のすべての領域において,ニッケルの濃度範囲が1×1016cm-3 ~1
×1019cm-3であることを裏付ける記載も示唆もない。
イ そして,本件第1補正発明は,前記(1)と同様の理由により,ニッケル
を除去した結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の下限値が1×1016c
m -3であるものとして認定されるのに対し,本願当初明細書にはニッケ
ルを除去した結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の下限値が1×1016
cm-3であるとの記載がないから,本件第1補正が新規事項の追加に該
当し,本願を拒絶すべきであるとした審決の判断に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件第2補正の適法性の判断の誤り)について
(1) 原告は,本件第2補正発明は,ニッケルが過剰な場合に限りこれを上限
値まで除去するものであって,本件第2補正発明の「ニッケルの濃度」の
下限値である「1×1016cm-3」は「前記ニッケルを除去すること」に
より得られる値ではないのに,この下限値がニッケルを除去することによ
り得られた値であることを前提に(審決の認定①,②),本件第2補正が
新規事項の追加に該当するとした審決の判断は誤りである旨主張するの
で,まず,この点について検討する。
ア 本件第2補正後の特許請求の範囲の請求項1は,「基板上に形成され
たニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成さ
れたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極と
を有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたもので
あり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×1016
cm-3~1×1019cm-3であり,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃
度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×1019
cm-3を上回らないことを特徴とする薄膜トランジスタ。」,請求項2
は,「基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶
性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に
形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルに
より結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッ
ケルの濃度は1×10 16cm -3~1×1019cm-3であり,前記結晶性
半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することに
より前記濃度1×1019cm-3を上回らなく,前記基板に平行な方向に
結晶が成長してなることを特徴とする薄膜トランジスタ。」というもの
である。
これらの記載から,本件第2補正後の請求項1,2には,薄膜トラン
ジスタを構成する結晶性半導体膜がニッケルにより結晶化されたもので
あり,①上記結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度範囲が1×101

cm-3~1×1019cm-3であること,②ニッケルの濃度の上限値は,
ニッケルを除去することにより1×1019cm-3を超えないようにする
ことが記載されているものと理解することができる。
そして,上記請求項1,2の文言上,ニッケルの濃度が1×1019c
m - 3 を下回る場合においてニッケルを除去する工程(ニッケル除去工
程)を行うことについての記載はないのみならず,ニッケルの濃度範囲
が「1×1016cm-3~1×1019cm-3」であること(上記①)と,「
前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去
することにより前記濃度1×10 1 9 cm - 3 を上回らな」いこと(上記
②)とが区別して記載されていることに照らすと,本件第2補正後の請
求項1,2は,ニッケルの濃度の下限値である1×1016cm-3がニッ
ケル除去工程とは直接関連しないことを明らかにしているものと理解す
ることができる。
そうすると,本件第2補正後の特許請求の範囲の請求項1,2記載の
薄膜トランジスタは,ニッケル除去工程を必須とするものではなく,ニ
ッケル除去工程を経ていないものを含むものと認められる。
イ そして,本願当初明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には,薄膜
トランジスタを形成する前に,ニッケル除去工程を行うことが必須であ
ることをうかがわせる記載はなく,かえって,次のとおり,ニッケル除
去工程はニッケルが過剰に含まれている場合に必要とされることや,ニ
ッケル除去工程を経ていない薄膜トランジスタの実施例の記載がある。
(ア)① 「本発明ではニッケル,鉄,コバルト,白金,パラジウムを用
いるが,これらの材料は半導体材料としてのシリコンにとっては好
ましくない。そこで,過剰にシリコン膜中に含まれている場合に
は,これを除去することが必要であるが,ニッケルに関しては,上
記の反応の結果,結晶化の終端に達した珪化ニッケルはフッ酸もし
くは塩酸に容易に溶解するので,これらの酸による処理によって基
板からニッケルを減らすことができる。さらに,積極的にニッケ
ル,鉄,コバルト,白金,パラジウムを減らすには,結晶化工程の
終了した後,塩化水素,各種塩化メタン(CH3Cl,CH2Cl2,C
HCl 3),各種塩化エタン(C 2H 5Cl,C 2H 4Cl 2 ,C 2H 3Cl 3
,C 2 H 2Cl 4 ,C 2HCl 5 )あるいは各種塩化エチレン(C2 H3 C
l,C2H2Cl2,C2HCl3)等の塩素を含む雰囲気中で,400~
650℃で処理すればよい。特に,トリクロロエチレン(C2HCl
3 )は使用しやすい材料である。本発明によるシリコン膜中のニッケ
ル,鉄,コバルト,白金の濃度は,1×1015cm-3~1原子%,よ
り好ましくは1×10 16cm -3~1×1019cm-3が好ましいとわかっ
た。この範囲以下では結晶化が十分に進行せず,一方,この範囲を
上回った場合には,特性,信頼性が劣化する。」(段落【0011
】)
② 「〔実施例2〕・・・図5(A)に示すように,基板31上に下
地酸化珪素膜32を堆積し,さらに厚さ2000~3000Åのア
モルファスシリコン膜33を堆積した。アモルファスシリコン膜に
は適当な量のP型もしくはN型不純物を混入させておいてもよい。
そして,上記に示したように島状のニッケルもしくは珪化ニッケル
被膜34A,34Bを形成し,この状態で550℃,4時間アニー
ルすることによってアモルファスシリコン膜を結晶化させた。」(
段落【0031】),「次に,このようにして得られた結晶シリコ
ン膜を図5(B)に示すようにパターニングした。このとき,図の
中央部(ニッケルもしくは珪化ニッケル被膜34A,34Bの中間
部)のシリコン膜にはニッケルが多量に含まれているので,これを
除くようにパターニングして,島状シリコン領域35A,35Bを
形成した。」(段落【0032】)
③ 「〔実施例3〕・・・図6(A)に示すように,基板51上に下
地酸化珪素膜52を堆積し,さらに厚さ1000~1500Åのア
モルファスシリコン膜53を堆積した。そして,上記に示したよう
に島状のニッケルもしくは珪化ニッケル被膜54を形成し,この状
態で550℃でアニールする。この工程によって,珪化シリコン領
域55が成長し,結晶化が進行する。4時間のアニールによって,
図6(B)に示すように,アモルファスシリコン膜は結晶シリコン
に変化する。また,結晶化の進行によって珪化シリコン59A,5
9Bは端に追いやられる。」(段落【0033】),「次に,この
ようにして得られた結晶シリコン膜を図6(B)に示すようにパタ
ーニングして島状シリコン領域56を形成した。このとき島状領域
の両端はニッケルの濃度が大きいことに注意すべきである。」(段
落【0034】)
④ 実施例6に関し,「この工程によって,アモルファスシリコン膜
は孔96a,96bの直下の部分97a,97bが珪化物となり,
そこから結晶化が進行しシリコン領域98a,98bが成長した。
その先端部分はニッケル濃度の高い領域99a,99bであっ
た。(図10(B)) 十分に結晶化が進行した状態では孔96a
と96bから進行した結晶化がその中間で衝突し,この状態で結晶
化が停止した。結晶化の衝突した部分にはニッケルの濃度の高い領
域99a(判決注・99cの誤記と認める。)が残された。この状
態で,さらに実施例4のようにエキシマレーザー等によって光アニ
ールをおこなってもよい。(図10(C))次に,このようにして
得られた結晶シリコン膜を図10(D)に示すようにパターニング
して島状シリコン領域100を形成した。シリコン領域100の中
にはニッケル濃度の高い領域97aの一部と99cが残されてい
る。」(段落【0064】)
(イ) 上記記載によれば,ニッケル除去工程はニッケルが過剰に含まれ
ている場合に必要とされるものであり(上記①),実施例2,3,6
には,「結晶化の終端に達した珪化ニッケルをフッ酸もしくは塩酸」
による処理又は「塩素を含む雰囲気中で,400~650℃で処理」
によるニッケル除去工程(段落【0011】)を経ていない薄膜トラ
ンジスタの実施例が記載されていること(上記②ないし④)が認めら
れる。
ウ 以上によれば,本件第2補正発明は,ニッケルの濃度の上限値が1×
1019 cm-3 を超える場合にはその上限値の範囲内とするためニッケル
除去工程を行うものではあるものの,それ以外の場合にニッケル除去工
程を行うことを必須とするものではなく,ニッケル除去工程を経ること
なしに,結晶性半導体膜中のニッケルの濃度範囲が1×1016 cm-3 ~
1×1019cm-3 であるものを含むものと認められるから,本件第2補
正発明のニッケルの濃度の下限値である「1×1016 cm-3」が「前記
ニッケルを除去すること」により得られる値であるとの審決の認定①,
②は誤りである。
そして,前記イのとおり,本願当初明細書には,ニッケルの濃度の上
限値が1×1019cm-3 を超える場合にはその上限値の範囲内とするた
めニッケル除去工程が必要であることや,ニッケル除去工程を経ていな
い薄膜トランジスタの実施例の記載があることによれば,「前記結晶性
半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することに
より前記濃度1×1019cm-3を上回らな」いことを補正事項とする本
件第2補正は本願当初明細書に記載した事項の範囲内のものであり,ま
た,本件第2補正は,審決も認定するとおり,明りょうでない記載の釈
明を目的とするものであるから(審決書3頁7行~12行),本件第2
補正は適法である。
したがって,本件第2補正が新規事項の追加に該当し,不適法である
とした審決の判断は誤りである。
(2)ア これに対し被告は,本件第2補正発明の「前記結晶性半導体膜中のニ
ッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1
×1019 cm-3 を上回らな」いとの構成は,各工程が終了して製造され
た「薄膜トランジスタ」という「物の発明」においてその結晶性半導体
膜のニッケル濃度範囲の上限値を製法で限定するものであり,結晶性半
導体膜に薄膜トランジスタを形成する前にその結晶性半導体膜中から「
ニッケルを除去すること」は,結晶化後に結晶性半導体膜中に残留する
ことになるニッケルの濃度範囲の高低に関わらず,必ず行われる工程で
あって,その結晶性半導体膜の濃度範囲はニッケルを除去した後のもの
であるから,ニッケルの濃度範囲の下限値もニッケルを除去した後の結
晶性半導体膜のニッケルの濃度範囲の下限値を意味することになるのは
当然である旨主張する。
しかしながら,本件第2補正発明の薄膜トランジスタが各工程が終了
して製造された物の発明であり,その結晶性半導体膜中に含まれる「ニ
ッケルの濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度
1×1019cm-3 を上回らな」いとの構成を有するからといって,ニッ
ケルの濃度範囲の高低に関わらず,薄膜トランジスタを形成する前にニ
ッケルの除去工程を行うことが必須のものであると即断することができ
るものではなく,先に説示したとおり,本件第2補正発明は,ニッケル
除去工程を経ることなしに,結晶性半導体膜中のニッケルの濃度範囲が
1×10 1 6 cm - 3 ~1×10 1 9 cm - 3 であるものを含むものであるか
ら,ニッケルの濃度範囲の下限値が当然にニッケルを除去した後のもの
になるものではない。
また,被告は,ニッケル除去工程を経なければ,本件第2補正発明の
結晶性半導体膜が「ほぼ均一な品質の薄膜トランジスタが常に作製され
る」という所期の効果を奏することができないから,ニッケル除去工程
は本件第2補正発明を最も特徴付けている不可欠の技術的事項である旨
主張するが,ニッケルが上限値を上回る過剰な場合にニッケルを除去す
ることによっても,所期の品質の薄膜トランジスタを得ることができる
から,ニッケル除去工程が本件第2補正発明を最も特徴付けている不可
欠の技術的事項であるとはいえない。
したがって,本件第2補正発明において,ニッケル除去工程が必須の
ものであることを前提とする被告の上記主張は採用することができな
い。
イ 次に,被告は,仮に結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去するこ
と」が必須の構成ではないということであれば,本件第2補正発明は,
結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」なる構成を備えない
薄膜トランジスタも含むものとなり,「ニッケルを除去すること」をも
って先行技術との差異(進歩性)を主張する本件審判段階における原告
の主張と矛盾する旨主張する。
(ア) 原告が本件審判段階において提出した本件審判請求書の請求の理
由の欄を補正する平成14年12月17日付けの手続補正書(甲1
3)には,本願の請求項1に係る発明は,主として,「(イ)「元素を
除去することにより,」(以下,「第1の特徴的事項」という。)」
と「(ロ)「結晶性半導体膜に含まれる元素の濃度は1×1016cm-3
~1×10 1 9 cm - 3 であり,」(以下,「第2の特徴的事項」とい
う。)」の二つの特徴的事項を備えることを特徴とし,これら二つの
事項を一体不可分の構成として備えることにより,各引用文献との差
異を明確にするものである旨の記載があり,本件審判段階における審
尋に対する平成16年9月10日付けの原告の回答書(甲15)でも
同様の主張がされている。
一方で,原告が上記手続補正書及び回答書を提出した当時の請求項
1は,平成14年10月28日付け手続補正書(甲12)に基づく補
正後のものであり(「【請求項1】 絶縁表面上に形成された,ニッ
ケル,鉄,コバルト及び白金から選択された元素を含む結晶性半導体
膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲ
イト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記元素を除去す
ることにより,前記結晶性半導体膜に含まれる前記元素の濃度は1×
1016cm-3~1×1019cm-3であることを特徴とする薄膜トランジス
タ。」),その後,平成16年11月11日,平成14年10月28
日付け手続補正書に基づく補正を却下する決定(本願当初明細書
に,「前記元素を除去することにより,前記結晶性半導体膜に含まれ
る前記元素の濃度」の下限値が「1×1016cm-3」である薄膜トラン
ジスタが記載されていないことを理由とする。甲16)がされ,更に
その後,本件第1補正,本件第2補正が順次行われたことは,前記第
2の1のとおりである。
そして,本件第1補正に係る平成17年1月28日付け手続補正
書(甲4)及び同日付け意見書(甲18),本件第2補正に係る同年
4月4日付け手続補正書(甲3)及び同日付け意見書(甲20)によ
れば,本件第1補正及び本件第2補正は,平成14年10月28日付
け補正を却下する決定を受けて,特許請求の範囲を補正するものであ
る上,本件第2補正は,ニッケルを除去すること(ニッケル除去工
程)が,ニッケル濃度の下限値と関係しない事項であることを明確に
することをその目的の一つとするものであるから,本件第2補正発明
が,ニッケル除去工程を必須とせずに,結晶性半導体膜中から「ニッ
ケルを除去すること」なる構成を備えない薄膜トランジスタも含むも
のとなることは,原告の本件審判段階の主張と矛盾するものとはいえ
ない。
(イ) また,原告が本件審判段階において提出した平成17年1月28
日付け意見書(甲18)も,ニッケル濃度が上限値を超えた場合に除
去することより薄膜トランジスタの特性,信頼性の劣化が防止される
ことを述べたものであり,第2補正発明が,ニッケル除去工程を必須
としないことと矛盾するものではない。
(ウ) したがって,本件第2補正発明は,結晶性半導体膜中から「ニッ
ケルを除去すること」なる構成を備えない薄膜トランジスタも含むこ
とが,「ニッケルを除去すること」をもって先行技術との差異(進歩
性)を主張する本件審判段階における原告の主張と矛盾するとの被告
の主張は,採用することができない。
ウ なお,本件第2補正発明の請求項1,2の「前記結晶性半導体膜に含
まれる前記ニッケルの濃度は1×1016cm-3~1×1019cm-3」と
の部分は,最終的に形成された「薄膜トランジスタ」を構成する「結晶
性半導体膜」における「ニッケルの濃度」を表すものであって,「結晶
性半導体膜」のすべての領域においてニッケルの濃度範囲が「1×101

cm-3~1×1019cm-3」であることを意味するものとは認められな
いから,本願当初明細書に「結晶性半導体膜」のすべてのニッケルの濃
度範囲が1×1016cm-3~1×1019cm-3であることを裏付ける記
載がないとしても,本件第2補正が新規事項の追加に該当することはな
い。
(3) したがって,原告主張の取消事由1アは理由がある。
2 結論
以上によれば,審決は,本件第2補正が新規事項の追加に該当する不適法
なものであると誤って却下したものであり,その結果,本願に係る発明の要
旨の認定を誤ったことになるから,その余の点について判断するまでもな
く,審決は取消しを免れない。
よって,原告の本訴請求は理由があるから認容することとして,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 佐 藤 久 夫
裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 嶋 末 和 秀

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