平成17(行ケ)10722審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成18年7月18日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官中嶋誠 原告三菱電機株式会社
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対象物 |
半導体レーザの製造方法 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
審決32回 実施8回 進歩性4回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成7年2月15日,発明の名称を「半導体レーザの製造方法」と
する特許出願(特願平7-26368号,以下「本願」という。)をし,平成
15年2月3日付けで願書に添付した明細書を補正する手続補正をしたが,同
年4月1日発送(同年3月17日起案)の拒絶査定を受けたので,同年5月1
日,これを不服として審判を請求し,上記審判請求は,不服2003-760
6号事件として,特許庁に係属した。原告は,その後,平成15年5月20日
付けで上記明細書を補正する手続補正をした(以下,この補正を「本件補正」
といい,本件補正後の本願に係る明細書及び図面を「本願明細書」という。)。
特許庁は,上記事件につき,審理の結果,平成17年8月25日,本件補正を
却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に
「審決」という。)をし,その謄本は,同年9月6日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
(1) 本件補正前の請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本
願発明」という。)。 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10722号 審決取消請求事件
平成18年7月4日口頭弁論終結
判 決
原 告 三 菱 電 機 株 式 会 社
訴訟代理人弁理士 永 井 豊
同 中 鶴 一 隆
被 告 特許庁長官 中 嶋 誠
指 定 代 理 人 吉 野 三 寛
同 向 後 晋 一
同 岡 田 孝 博
同 大 場 義 則
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が不服2003-7606号事件について平成17年8月25日に
した審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成7年2月15日,発明の名称を「半導体レーザの製造方法」と
する特許出願(特願平7-26368号,以下「本願」という。)をし,平成
15年2月3日付けで願書に添付した明細書を補正する手続補正をしたが,同
年4月1日発送(同年3月17日起案)の拒絶査定を受けたので,同年5月1
日,これを不服として審判を請求し,上記審判請求は,不服2003-760
6号事件として,特許庁に係属した。原告は,その後,平成15年5月20日
付けで上記明細書を補正する手続補正をした(以下,この補正を「本件補正」
といい,本件補正後の本願に係る明細書及び図面を「本願明細書」という。)。
特許庁は,上記事件につき,審理の結果,平成17年8月25日,本件補正を
却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に
「審決」という。)をし,その謄本は,同年9月6日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
(1) 本件補正前の請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本
願発明」という。)。
「円形の半導体ウエハを用いる半導体レーザの製造方法において,
上記円形半導体ウエハのオリエンテーションフラットを,機械的な研削,
または研磨により加工し,上記側面と上記円形半導体ウエハを構成する半導
体結晶の結晶軸とのずれが±0.04°以内となるよう,X線回折を用いて
調整することを特徴とする半導体レーザの製造方法。」
(2) 本件補正後の請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本
願補正発明」という。下線部は補正箇所を示す。)。
「円形の半導体ウエハを用いる半導体レーザの製造方法において,
上記円形半導体ウエハのオリエンテーションフラット部側面を機械的な研
削または研磨により加工する工程と,上記側面と上記円形半導体ウエハとを
構成する半導体結晶の結晶軸とのずれをX線回折により計測する工程とを繰
り返すことで,上記ずれが±0.04°以内となるように調整することを特
徴とする半導体レーザの製造方法。」
3 審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願補正発明は,特開平1-
196891号公報(以下「引用例」という。甲2)に記載された発明(以下
「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたものであって,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立し
て特許を受けることができないから,本件補正は却下されるべきものであり,
本願発明も,本願補正発明と同様の理由により引用発明及び周知技術に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項
の規定により特許を受けることができない,としたものである。
審決は,上記判断をするに当たり,引用発明の内容,本願補正発明と引用発
明との一致点・相違点を,それぞれ次のとおり認定するとともに,周知技術を
示すものとして,特開昭57-194854号公報(甲6),特開昭59-1
42045号公報(甲7),特開平5-318287号公報(甲8),特開昭
62-116243号公報(甲9),実願昭62-99403号(実開昭64
-6045号)のマイクロフィルム(甲10)を例示した。
(引用発明)
「円形のGaAs基板を用いる半導体レーザの製造方法において,上記円形
GaAs基板のオリエンテーションフラットを,X線法によって方向を決め
た後,機械的研磨法によって形成し,オリエンテーションフラットと円形G
aAs基板の<110>方向とのずれが±1°以内である半導体レーザの製
造方法」
(一致点)
「円形の半導体ウエハを用いる半導体レーザの製造方法において,上記円形
半導体ウエハのオリエンテーションフラット部側面を機械的な研削または研
磨により加工する工程を有し,上記側面と上記円形半導体ウエハとを構成す
る半導体結晶の結晶軸とのずれが所定範囲である半導体レーザの製造方法」
である点。
(相違点)
(1) 本願補正発明では「機械的な研削または研磨により加工する工程と,上
記側面と上記円形半導体ウエハとを構成する半導体結晶の結晶軸とのずれ
をX線回折により計測する工程とを繰り返すことで,上記ずれが所定範囲
となるように調整する」構成を有しているのに対して,引用発明では,X
線法によって方向を決めた後,機械的な研磨により加工する工程を行うだ
けであって,ずれが所定範囲となるように調整する構成を有していない点
(以下「相違点(1)」という。)。
(2) 上記ずれの所定範囲が,本願補正発明では「±0.04°以内」である
のに対して,引用発明では「±1°以内」である点(以下「相違点(2)」と
いう。)。
第3 原告主張の取消事由の要点
審決は,引用例に記載された事項の解釈を誤り,本願補正発明と引用発明と
の相違点の判断を誤った結果,本願補正発明の進歩性(独立特許要件)の判断
を誤り,その結果,本願の請求項1に係る発明の要旨認定を誤ったものである
から,違法として取り消されるべきである。なお,審決における一致点及び相
違点(1),(2)の各認定は認める。
1 引用例に記載された事項の解釈の誤り
(1) 審決は,引用例(甲2)の「従来の基準線は,X線によって<110>方
向を決め,その後,機械的研磨法によって形成していた。そのためX線法に
よって特定した方向よりも+の方向および-の方向にずれてしまい,一般的
に用いられるものでも,±1°以内のずれは避けられなかった。しかしなが
ら,この<110>方向からのずれが半導体レーザとした時のレーザ光線の
広がり角度に影響し,製造歩留の低下をもたらせていた。」(1頁右下欄7
行~15行)との記載に基づいて,「係る知見によれば,ずれの許容範囲が
半導体レーザの性能に直接影響を及ぼし,半導体レーザの性能を上げるため
には,ずれの許容範囲を極力小さくすべきことが示唆されているといえる。」
(審決書5頁4行~6行)と認定したが,誤りである。
引用例(甲2)には,機械的研磨ウエハの角度ずれを改善するべきとの示
唆は見出せない。上記記載を含む引用例全体の記載から当業者が読み取るの
は,機械研磨的方法に起因するオリフラの角度ずれのため,機械的研磨ウエ
ハの使用では不具合の解消は困難であり,原理的にオリフラの角度ずれがゼ
ロである劈開オリフラウエハの使用により,角度ずれの問題が解決するとい
うことである。要するに,引用例は,半導体レーザの製造方法において,機
械的研磨ウエハの使用を全面的に否定し,劈開オリフラウエハを用いるべき
との技術思想を開示するものであって,「ずれの許容範囲を極力小さくすべ
きこと」を示唆するものではなく,機械的研磨ウエハの使用を否定するもの
というべきである。
(2) 審決は,「本願補正発明と引用例1発明(判決注:引用発明)とが共に,
側面と円形半導体ウエハとを構成する半導体結晶の結晶軸とのずれを『所定
の範囲』以内にするものである」(審決書3頁19行~21行)と認定した
が,誤りである。
引用例(甲2)には,角度ずれを所定範囲以内とすることは記載も示唆も
されていない。引用例のうち,審決が引用発明を認定する根拠とした部分に
は,「一般的に用いられるものでも,±1°以内のずれは避けられなかっ
た。」(1頁右下欄10行~12行)と記載されているにすぎず,オリフラ
と称される部位の側面と円形体ウエハを構成する半導体結晶の結晶軸との角
度ずれを,積極的に「所定の範囲」以内にすることの示唆はない。引用例は,
機械的研磨ウエハのオリフラの角度ずれが,-1°から+1°の範囲で,大
きくばらついている状況を指摘しているにとどまり,本願補正発明の意図す
る,具体的な製造技術上の要因から導出された許容範囲を意味する「所定の
範囲」以内への積極的な制御という技術的思想を開示するものではない。
2 相違点の判断の誤り
審決は,引用発明において,「……ずれが所定範囲となるように調整する程
度のことは,当業者が容易に想到し得る構成といえる」(審決書4頁27行~
31行),「……ずれの許容範囲を,例えば,±0.04°以内と具体化する
ことは,提供すべき半導体レーザに要求される性能に応じて当業者が適宜設定
すべき設計事項に過ぎず,当業者にとってなんら困難な事項ではない」(審決
書5頁7行~11行)と判断したが,以下のとおり,誤りである。
(1) 引用例(甲2)は公開特許公報であるところ,その出願がなされた当時,
機械的研磨ウエハのオリフラの角度ずれを±0.04°以内とすることが,
当業者にとって何ら困難を伴わない単なる設計的事項にすぎなかったとすれ
ば,引用例の発明者は,製造工程的により複雑化する劈開オリフラウエハの
使用を前提とする半導体レーザの製造方法を新たに発明しなければならない
必要性はなかったはずである。つまり,引用例に係る特許出願がなされた当
時,当業者は,劈開オリフラウエハ以外では不具合の解消は不可能と認識し
ており,機械的研磨ウエハを用いる場合の半導体レーザの歩留りの向上は何
ら検討されなかったのである。
このように,引用例は,機械的研磨ウエハの使用を否定するという,本願
補正発明とは正反対の方向性を教示しているから,引用発明に周知技術を組
み合わせることにより,本願補正発明に想到することは,当業者にとって困
難であったというべきである。
(2) 引用発明における±1°以内の角度ずれ幅に対し,本願補正発明における
±0.04°の角度ずれ幅は,2桁も小さい値であり,当業者が適宜設定す
べき設計的事項とはいえない。
上記(1)で指摘したように,仮に±0.04°の角度ずれ幅が当業者の設計
的事項程度の数値であるとすれば,引用例の発明者は,引用例に開示されて
いる劈開オリフラウエハを用いた半導体レーザの製造方法を新たに発明する
必要はなかったのである。審決は,当業者であれば,角度ずれは小さい方が
好適であるから,限りなくゼロに近い数値範囲を容易に思いつくにちがいな
いという推測の下に,本願補正発明で初めて開示された±0.04°の角度
ずれ幅を単なる設計的事項と断定しているが,その許容範囲が例えば±0.
01°や±0.1°ではなく,どうして±0.04°以内でなければなかっ
たのか,という極めて重要な点が看過されている。現実の製造現場では,部
材の寸法誤差や角度誤差は大なり小なり必ず発生し,これらの誤差を許容し
つつどこまで高歩留りで製造できるかが,製造技術の真髄なのであり,本願
補正発明が,歩留りを損なわない範囲での許容誤差を見出した点には,製造
技術上大きな意義がある。
また,本願補正発明において,ずれが±0.04°以内となるように調整
することにより得られる効果は,電極パターンずれによって余分に残った電
極間隔部分が過飽和吸収体となることによって生じる熱抵抗の増加という,
引用発明とは異質の効果である。すなわち,本願補正発明と引用発明とでは,
光ビームのばらつき改善という光学的特性に関する課題では共通しているも
のの,電極パターンずれによって余分に残った電極間隔部分が過飽和吸収体
となることによって生じる熱抵抗の増加という熱的特性に関する課題は,引
用例には何ら示唆されていない。本願補正発明における「ずれが±0.04
°以内」との数値限定は,臨界的意義を要求されるものではないが,仮に,
臨界的意義を要求されたとしても,本願明細書の図3に示されるように,上
記範囲内ではマスクパターンずれ量が極めて安定にスペック内に収まり,結
果的に半導体レーザの熱抵抗の増加等を防止できるという,従来にはない有
利な効果が顕著に生じており,臨界的意義が認められる。
以上のとおり,本願出願前の,機械的研磨ウエハの半導体レーザの製造方
法への適用が否定的な状況下において,本願に係る発明者が鋭意実験及び考
察を繰り返すことによりようやく見出した角度ずれ量±0.04°という許
容範囲は,当業者が容易に想到できるような単なる設計的事項ではない。
3 このように,本願補正発明が進歩性を有し,独立特許要件を充足することは
明白である。
したがって,審決が,本件補正を却下し,本願の請求項1に係る発明の要旨
として,本願発明を認定し,その進歩性を否定したのは,誤りである。
第4 被告の反論の要点
1 引用例に記載された事項の解釈の誤りについて
(1) 引用例(甲2)には,「……一般的に用いられるものでも,±1°以内の
ずれは避けられなかった。」(1頁右下欄7行~12行)との記載に続けて,
「しかしながら,この<110>方向からのずれが半導体レーザとした時の
レーザ光線の広がり角度に影響し,製造歩留の低下をもたらせていた。」
(1頁右下欄12行~15行)との記載があり,この記載によれば,機械的
研磨法により形成されたオリエンテーションフラットの角度ずれが±1°以
内であること,±1°以内のずれ(精度)では半導体レーザを製造した際に
製造歩留りが低下していたことが読み取れる。すなわち,ずれの範囲を±1
°より小さい「所定の範囲」以内へ積極的に制御することで,半導体レーザ
の製造歩留りが向上する可能性が示唆されており,その場合,ずれの範囲が
小さいほど製造歩留りが向上することは自明であるから,引用例のオリエン
テーションフラットが,そのずれを「所定の範囲」以内にするものであると
いうこと,及びオリエンテーションフラットのずれの許容範囲を極力小さく
すべきということは,引用例に記載ないし示唆される事項である。
(2) 「オリエンテーションフラット」が,円形の半導体ウエハに設けられる所
定の劈開面に対応した「基準線」であることは,引用例(甲2)にも記載さ
れているように,周知の技術事項である。そして,「基準線」として用いら
れるからには,本来あるべき基準線(半導体結晶の結晶軸)に対して,その
ずれを「所定の範囲」以内とすることは当然考慮すべき事項であるといえ,
「オリエンテーションフラット」であることそれ自体が,ずれは「所定の範
囲」以内でなければならないという技術概念を包含しているといえる。
2 相違点の判断の誤りについて
(1) 原告は,引用例は,機械的研磨ウエハの使用を否定するという,本願補正
発明とは正反対の方向性を教示しているのであるから,引用発明に周知技術
を組み合わせることにより,本願補正発明に想到することは,当業者にとっ
て困難であったというべきである旨主張する。
しかし,審決は,引用例(甲2)に「従来技術」として記載された技術を
引用発明としているところ,引用例(甲2)の上記「従来技術」の記載部分
には,前記1のとおり,機械的研磨法により形成されたオリエンテーション
フラットの角度ずれが±1°以内であること,及び,±1°以内のずれ(精
度)では,半導体レーザを製造した際に製造歩留りが低下していたとの現状
が記載されているにすぎず,機械的研磨に限界があるということは記載され
ていないから,機械的研磨を否定するものではない。
(2)ア 引用例(甲2)の「本発明の実施で得られた半導体レーザは水平方向の
広がり角度を小さくすることに非常に効果があり,広がり角度40°(±
20°)で検査したところ,製造歩留は本実施例の場合で89.8%,従
来例の場合では63.1%であり,製造原価を大幅に低下させることがで
きた。」(2頁右上欄10行~15行)との記載からは,レーザ光の水平
方向広がり角度が±20°である半導体レーザを高い製造歩留りで得るた
めには,オリエンテーションフラットのずれの範囲を「劈開」により得ら
れるずれの範囲にすればよいことが読み取れる。
これは,提供すべき半導体レーザに要求される性能に応じてずれの許容
範囲が規定されることを引用例(甲2)が示唆するものであるから,オリ
エンテーションフラットのずれの範囲の規定は当業者が適宜設計すべき設
計事項である。
また,具体的なずれの数値範囲の指標として,引用例にも記載されてい
る「劈開」により得られるずれ量が挙げられることは,引用例の記載及び
オリエンテーションフラットの形成に劈開が周知慣用される手段であるこ
とからみても明らかであり,具体的な数値範囲を,劈開で得られるずれ量
に近い±0.04°と規定することに格別の困難性は認められない。
イ 原告は,従来の±1°以内の角度ずれ幅に対して,±0.04°の角度
ずれ幅は2桁も小さな値であり,この点からも,当業者が適宜設計すべき
設計的事項とは到底いえない,と主張しているが,本願明細書における,
ずれが±0.04°のオリエンテーションフラットを形成する工程につい
ての記載箇所(段落【0053】)を見ると,研削及び研磨とずれ量の計
測とを繰り返してオリエンテーションフラットを形成することが記載され
るのみであり,特別な工程の記載はないから,上記数値は,原告も認めて
いる精密機械加工の分野で行われている繰り返し研磨という周知慣用手段
を適用して得られたにすぎないものであって,精度の面からみても格別の
ものではない。
原告の主張する「ずれが±0.04°以内」という数値範囲は,劈開長
を20mmとし,レーザチップの電極間隔81を40μmとしたことを前
提として算出したものであり(本願明細書の段落【0036】),前提が
変われば算出されるずれの許容量も当然に変わると推測されることから,
±0.04°という数値限定に何らかの臨界的な意義があるとはいえず,
レーザチップを劈開により分離する工程において人為的に決定した設計的
事項であるということができる。
3 したがって,審決の認定及び判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由
がない。
第5 当裁判所の判断
1 引用例に記載された事項の解釈の誤りについて
(1) 原告は,引用例には,機械的研磨ウエハの角度ずれを改善することは示唆
されていないと主張する。
ア 引用例(甲2)には,次の記載がある。
「従来,レーザを得るためのGaAsの基板は,(100)面を表面と
し,その基板の一端に<110>方向を示す,いわゆるオリエンテーシ
ョンフラットと称する素子を配置させる基準線を設けたものが広く利用
されていた。」(1頁左下欄14行~18行)
「従来の基準線は,X線によって<110>方向を決め,その後,機械
的研磨法によって形成していた。そのためX線法によって特定した方向
よりも+の方向および-の方向にずれてしまい,一般的に用いられるも
のでも,±1°以内のずれは避けられなかった。しかしながら,この<
110>方向からのずれが半導体レーザとした時のレーザ光線の広がり
角度に影響し,製造歩留の低下をもたらせていた。」(1頁右下欄7行
~15行)
「本発明は,(100)面を表面とするGaAs基板の端部に,その劈
開方向である<110>方向の劈開部を設け,これをパターンの基準線
に用いる半導体装置の製造方法である。」(1頁右下欄17行~末行)
「製造歩留は本実施例の場合で89.8%,従来例の場合では63.1
%であり,製造原価を大幅に低下させることができた。」(2頁右上欄
13行~15行)
上記各記載によれば,引用例には,半導体レーザを製造する場合におい
て,機械的研磨により基準線を作成した場合には,基準線のずれが±1°
程度となって製造歩留りが低下すること,これに対して,劈開により基準
線を作成すれば,製造歩留りを向上できることが記載されているものとい
うことができる。
確かに,引用例には,機械的研磨の精度を向上させることについては記
載されてはいない。しかし,引用例に記載の劈開により基準線を作成した
結果,製造歩留りが向上したのは,基準線のずれがなくなった結果である
ことは明らかであるから,どのような加工方法によるかを問わず,GaA
s基板に作成する基準線と<110>方向とのずれを小さくすれば製造歩
留りを向上することが可能であることも,明らかといえる。
そうすると,引用例には,機械的研磨ウエハの場合にも,GaAs基板
の基準線と<110>方向とのずれを小さくすることで,その製造歩留り
を向上することができることが示唆されているというべきである。
イ 原告は,引用例は,半導体レーザの製造方法において,機械的研磨ウエ
ハの使用を全面的に否定し,劈開オリフラウエハを用いるべきとの技術思
想を開示するものである旨主張する。
しかし,引用例(甲2)には,「一般的に用いられるものでも,±1°
以内のずれは避けられなかった。」(1頁右下欄10行~12行)と記載
されているように,一般的に用いられているものでは,機械的研磨により
基準線を作成した場合には,±1°以内のずれが生じるとは記載されてい
るものの,機械的研磨では,±1°よりも小さなずれに抑えることが不可
能であるとは記載されていない。そして,引用例において,課題を解決す
る手段として劈開を選択していることと,機械的研磨による加工精度の向
上を全面的に否定していることとは直接的には関連しないから,引用例が,
機械的研磨ウエハの使用を全面的に否定しているものとはいえない。
したがって,原告の主張は採用することができない。
(2) 原告は,引用例には,角度ずれを所定範囲以内とすることは記載も示唆も
されていない旨主張する。
しかし,上記(1)において認定したように,引用例には,機械的研磨ウエハ
の場合にも,GaAs基板の基準線と<110>方向とのずれを小さくする
ことで,その製造歩留りを向上することができることが示唆されているとい
える。そして,引用例に記載された事項から,半導体ウエハの基準線と結晶
軸のずれを,劈開により基準線を作成した場合と同等にすれば,同様に製造
歩留りが向上するであろうことは当業者にとって明らかであり,劈開による
基準線と結晶軸のずれが殆どないことに鑑みると,半導体ウエハの基準線と
結晶軸のずれは,±1°よりもかなり小さなずれの範囲内とすることが必要
であることは容易に理解し得ることである。
してみると,引用例には,基準線と結晶軸のずれを所定の範囲内とするこ
とも示唆されているというべきである。
2 相違点の判断の誤りについて
(1)ア 原告は,①引用例は,機械的研磨ウエハの使用を否定するという,本願
補正発明とは正反対の方向性を教示しているから,引用発明に周知技術を
組み合わせることにより,本願補正発明に想到することは,当業者にとっ
て困難であった,②本願補正発明における±0.04°の角度ずれ幅が単
なる設計的事項にすぎないとすれば,引用例の発明者は,劈開オリフラウ
エハの使用を前提とした半導体レーザの製造方法を新たに発明する必要は
なかった,③機械的研磨ウエハを用いる場合の半導体レーザの歩留りの向
上は,引用例の出願当時何ら検討されることもなかったと主張する。
しかし,引用例においては,機械的研磨ウエハの場合にも,GaAs基
板の基準線と<110>方向とのずれを小さくすることで,その製造歩留
りを向上することができることが示唆されており,機械的研磨ウエハの使
用を全面的に否定しているものでもなく,機械的研磨方法では±1°より
も小さなずれに抑えることが不可能であるとしているわけでもないことは,
いずれも前記1において認定したとおりであるから,原告の主張①の点は,
その前提において失当である。また,ある発明が公知技術に基づいて容易
に発明をすることができたか否かは,当該発明の出願時を基準として判断
すべきものであるから,審決が引用例とした公開特許公報に係る特許出願
の出願時を問題とする原告の主張②,③も,その前提において誤りである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ 念のため,相違点(1)の想到容易性について検討する。
審決は,周知例として甲6~8を示し,「機械的な加工の後に加工精度
の計測を行い,その結果得られた精度のずれを補正するように加工を繰り
返して,機械的な加工誤差を補正しつつ所望の加工精度を得ることが,従
来より精密機械加工の分野で行われている周知慣用手段である」(審決書
4頁22行~25行)と認定しているところ,原告は上記認定について争
うものではない。
また,引用例に,機械的研磨により作製されたウエハの基準線のずれを
±1°より小さい所定の範囲内とすれば製造歩留りが向上することが示唆
されているといえることは前記1で認定したとおりであり,機械的研磨の
加工精度を向上させれば,基準線と結晶軸のずれを小さくできることは技
術的に明らかである。
そして,引用例の±1°の角度ずれを機械的研磨方法によっても相当程
度改善可能であることは,本願出願当時の当業者であれば,甲6~8に示
される上記周知慣用手段に照らし,当然認識し得ることである。
そうすると,半導体ウエハの基準線を機械的研磨により作製する場合に
どの程度まで角度ずれが低減できるかが不明であったとしても,上記周知
慣用手段を適用して,角度ずれを低減させようとすることが困難であった
とはいえない。
したがって,引用発明,すなわち引用例の従来技術における半導体ウエ
ハの基準線のずれを所定の範囲とするために,上記周知技術を用いること
は,当業者であれば容易に想到することができたものというべきであり,
審決の相違点(1)の判断に誤りはない。
(2) 原告は,引用発明における±1°以内の角度ずれ幅に対し,本願補正発明
における±0.04°の角度ずれ幅は,2桁も小さい値であり,当業者が適
宜設定すべき設計的事項とはいえない旨主張する。
ア 本願明細書(甲4,5,12の2)には,次の記載がある。
「【0021】・・・上記ずれが±0.04°以内となるように調整す
るので,円形ウエハによる半導体レーザの加工精度を上げることができ
る。」
「【0035】ここで,半導体レーザの製造における,マスクパターン
と結晶軸とのずれの許容量を求める。まず,半導体レーザの場合,光学
系(特にレンズ,光ファイバ等)と結合させて使用する必要上,放射ビ
ームのずれが問題となる。一般的には,このずれの許容量は±2°以内
が必要であり,半導体レーザ導波路の屈折率をn1 =3.5,空気の屈
折率をn0=1,許容されるずれ角を(i)とすると,スネルの法則n1
×sin(i)=n0 ×sin(2°)より,i=0.57°であり,
この場合,劈開面とマスクパターンとのずれは±0.5°以内であれば
充分である。」
「【0036】一方,半導体レーザは製造する上で,劈開工程が不可欠
であり,一般にその劈開長は20mm程度である。これは,劈開長が長
すぎると折りにくく,逆に短すぎると結晶端面がきれいなミラー面とし
て形成できなくなるためである。ここでは劈開長を20mmとし,レー
ザチップの電極間隔81を40μmとしたものを例に考える。上記レー
ザチップの電極間隔81は狭いほど良いが,狭くなる程ずれの許容量の
範囲は当然狭くなる。また逆に大きく(例えば60μm以上に)なると,
余分に残った電極間隔部分が可飽和吸収体となり,熱抵抗の増加等のレ
ーザ特性の劣化を招くことになる。従って,この電極間隔81を40μ
mとしたときの,劈開時に電極パターンにかからないで劈開可能である,
電極パターン51と結晶軸61とのずれ角θは,tanθ≦±20μm
/20mmつまり,θ≦±0.06°が少なくとも必要である。これを
実現するためには本実施例の場合,使用するウエハの結晶軸とOF面と
のずれ量は0.04°以内が少なくとも必要となる。」
「【0037】以下に本実施例1の作用について説明する。図3は劈開
により,及び本実施例1の方法によりOFを形成した際の結晶面とマス
クパターンとの方位ずれ量の分布を示す図である。図において,黒丸は
劈開により,白丸は本実施例1の方法により製造した半導体レーザにつ
いて,マスクパターンと劈開面とのずれ量を示しており,劈開長20m
mに対して,両端でどれだけの差を有するかを縦軸に示したものである。
図中斜線で示した領域は,結晶面とマスクパターンのずれ量が±0.0
3°以内の領域を示している。」
「【0038】本実施例1では,X線回折を用いて,OF面と結晶面と
のずれが±0.02°以内に調整された半導体ウエハ1を用いて,半導
体レーザの製造を行うので,パターンを露光するアライナ(ステッパも
しくはコンタクトアライナ)はOFを検知するプリアライメント機構を
十分に調整することにより,図3に示すように,OF面に対するマスク
パターンのずれ量を±0.03°以内にすることができる。」
本願明細書の上記記載によれば,本願補正発明において,「オリエンテ
ーションフラット部側面」と「半導体結晶の結晶軸」とのずれを「±0.
04°以内となるように調整」したのは,劈開長が20mmで,チップの
電極間隔を40μmとした場合に,劈開線が電極パターンにかからないよ
うにすることにあるものということができる。
ところで,本願補正発明は,本件補正後の請求項1に記載されたとおり,
「円形の半導体ウエハを用いる半導体レーザの製造方法において,上記円
形半導体ウエハのオリエンテーションフラット部側面を機械的な研削また
は研磨により加工する工程と,上記側面と上記円形半導体ウエハとを構成
する半導体結晶の結晶軸とのずれをX線回折により計測する工程とを繰り
返すことで,上記ずれが±0.04°以内となるように調整することを特
徴とする半導体レーザの製造方法。」であって,本願補正発明の半導体レ
ーザの製造方法に用いる半導体ウエハの劈開長や半導体ウエハ上に形成さ
れるチップの電極間隔について,特許請求の範囲において規定するもので
はない。
そして,半導体ウエハの劈開長が,例えば15mmとなった場合には,
オリエンテーションフラット部側面と半導体結晶の結晶軸とのずれは,±
0.04°よりも大きな範囲内とできることは明らかであるから,「ずれ
を±0.04°以内となるように調整する」ことが,半導体レーザの製造
における角度ずれの許容範囲の上限値であるとも認められない。
イ 原告は,現実の製造現場では,部材の寸法誤差や角度誤差は大なり小な
り必ず発生し,これらの誤差を許容しつつどこまで高歩留りで製造できる
かが,製造技術の真髄なのであり,本願補正発明が,歩留りを損なわない
範囲での許容誤差を見出した点には,製造技術上大きな意義がある,ずれ
が±0.04°以内となるように調整することにより得られる効果は,電
極パターンずれによって余分に残った電極間隔部分が過飽和吸収体となる
ことによって生じる熱抵抗の増加という異質の効果であるなどと主張する。
しかし,本願補正発明における「ずれが±0.04°以内となるように
調整する」ことが,歩留りを損なわない範囲での許容誤差であるとは認め
られないことは,上記アのとおりである。
また,本願明細書の前記記載からすれば,電極間隔部分が過飽和吸収体
となることによって生じる熱抵抗の増加を防止する効果は,電極間隔を4
0μm程度とすることにより生じる効果である。
したがって,原告の上記主張は,いずれも特許請求の範囲の記載に基づ
かない主張であって,採用することができない。
ウ 上記検討したところによれば,オリエンテーションフラット部側面と結
晶軸との角度ずれは,小さければ小さいほどよいことは明らかであるから,
引用例の機械的研磨により作製する半導体ウエハのずれの範囲を±0.0
4°以内とすることは,当業者が必要に応じてなし得る程度の設計的事項
であるといわざるを得ない。したがって,審決の相違点(2)の判断に誤りは
ない。
3 上記1及び2で検討したところによれば,引用例に記載された事項について
の審決の解釈及び本願補正発明と引用例の相違点(1),(2)についての審決の各
判断には,いずれも誤りはなく,また,本願補正発明の効果について,引用例
及び周知技術から当業者が予測し得る範囲のものであるとした審決の判断にも,
誤りはない。
4 上記3のとおり,本願補正発明に関する審決の判断に誤りはないので,審決
が,本件補正を却下し,本願の請求項1に係る発明の要旨として,本願発明を
認定し,その進歩性を否定したことにも誤りはない。
5 結論
以上によれば,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審決に,これを
取り消すべき誤りがあるとは認められない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁 判 長 裁 判 官 佐 藤 久 夫
裁 判 官 大 鷹 一 郎
裁 判 官 嶋 末 和 秀
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