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平成17(行ケ)10609審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成18年7月11日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官中嶋誠
原告太陽誘電株式会社
対象物 高周波用フィルタ装置
法令 特許権
特許法29条2項2回
キーワード 審決32回
実施8回
特許権4回
進歩性2回
侵害1回
新規性1回
主文 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成7年3月28日に発明の名称を「高周波用フィルタ装置」とす る特許出願(特願平7-94324号,以下「本件出願」という。)をしたが, 平成14年12月17日付け(発送日)で拒絶査定を受けたので,平成15年 1月15日,拒絶査定に対する不服の審判を請求し,同年2月13日付けで特 許請求の範囲等について手続補正(以下「本件手続補正」という。)をした。

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判決文

平成17年(行ケ)第10609号 審決取消請求事件(平成18年6月27日口
頭弁論終結)
判 決
原 告 太 陽 誘 電 株 式 会 社
訴訟代理人弁理士 梶 原 康 稔
同復代理人弁護士 赤 川 美 知 子
被 告 特許庁長官 中嶋 誠
指 定 代 理 人 濱 野 友 茂
同 小 林 紀 和
同 山 本 春 樹
同 小 池 正 彦
同 大 場 義 則
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2003-882号事件について平成17年6月21日にした
審決を取り消す。
第2 当事者間に争いがない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成7年3月28日に発明の名称を「高周波用フィルタ装置」とす
る特許出願(特願平7-94324号,以下「本件出願」という。)をしたが,
平成14年12月17日付け(発送日)で拒絶査定を受けたので,平成15年
1月15日,拒絶査定に対する不服の審判を請求し,同年2月13日付けで特
許請求の範囲等について手続補正(以下「本件手続補正」という。)をした。
特許庁は,これを不服2003-882号事件として審理し,平成17年6
月21日,本件手続補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決をし,同審決謄本は同年7月5日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 本件手続補正により補正された明細書(甲4,以下,願書に添付した明細
書〔甲1〕及び平成14年10月7日付け手続補正書により補正された明細
書〔甲3〕と併せ,「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1
の記載(以下,同請求項1の発明を「本願補正発明」という。)
「共振器を含まず,コンデンサ素子及びコイル素子で構成されたLCフィ
ルタ回路と,前記フィルタ回路に接続された共振器トラップと,を具備した
ことを特徴とする高周波用フィルタ回路。」
(2) 平成14年10月7日付け手続補正書により補正された明細書の特許請求
の範囲の請求項1の記載(以下,同請求項1の発明を「本願発明」とい
う。)
「コンデンサおよびコイルを含むフィルタ回路と,前記フィルタ回路に接
続された共振器トラップとを具備したことを特徴とする高周波用フィルタ装
置。」
3 審決の理由
(1) 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願補正発明は,実願平4-9
1292号(実開平6-52228号)の願書に最初に添付した明細書及び
図面の内容を記録したCD-ROM(甲5,以下「引用例」という。)に記
載された発明(以下「引用発明1」という。)及び周知技術に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規
定により独立して特許を受けることができないとして,本件手続補正を却下
した上,本願発明について,実願昭59-122461号(実開昭61-3
7601号)の願書に最初に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイ
クロフィルムに記載された発明(以下「引用発明2」という。)及び周知技
術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特
許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(2) 審決が認定した,本願補正発明と引用発明1との一致点及び相違点は,そ
れぞれ次のとおりである(審決謄本4頁第3段落)。
ア 一致点
共振器を含まず,コンデンサ素子及びコイル素子で構成されたLCフィ
ルタ回路と,前記フィルタ回路に接続された共振器トラップと,を具備し
たフィルタ回路。
イ 相違点
本願補正発明は,「高周波用」のフィルタ回路であるのに対して,引用
発明1は,高周波用であるか否か明示しない点。
(3) 審決が認定した,本願発明と引用発明2との一致点及び相違点は,それぞ
れ次のとおりである(審決謄本6頁第3段落)
ア 一致点
フィルタ回路と,前記フィルタ回路に接続された共振器トラップと,を
具備した高周波用フィルタ装置。
イ 相違点
本願発明は,フィルタ回路に関し,該フィルタ回路が「コンデンサおよ
びコイルを含むのに対して,引用発明2のフィルタ回路(バンドパスフィ
ルタ)は,複数の誘電体同軸共振器を結合する電極6,6相互間に静電容
量(コンデンサ)の存在が推認されるものの,コンデンサおよびコイルを
含むことを明示しない点。
第3 原告主張の審決取消事由
審決は,本願補正発明の要旨の認定を誤り(取消事由1),本願補正発明と
引用発明1の構成に関する相違点を看過し(取消事由2),その結果,本願補
正発明ひいては本願発明の進歩性の判断を誤ったものであって,違法であるか
ら,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願補正発明の要旨認定の誤り)
(1) 審決は,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」が圧電
素子を包含することを前提として,本願補正発明と引用発明1の対比の認定
をしたが,そもそも,本願補正発明の要旨の認定を誤っている。
(2) 本願補正発明は,本件明細書に,「【産業上の利用分野】この発明(注,
本願補正発明)は,マイクロ波などの高周波帯域におけるHPF(High Pas
s Filter),LPF(Low Pass Filter),BPF(Band Pass Filter)な
どのフィルタ装置にかかり,更に具体的には,誘電体共振器又はストリップ
ライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置に関するものである。」(段落
【0001】)と記載しているとおり,「誘電体共振器又はストリップライ
ン共振器を用いた高周波用フィルタ装置」に係るものであって,圧電素子を
使用するものは念頭に置いていない。
したがって,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」は,
「誘電体共振器又はストリップライン共振器」のことをいい,圧電素子を含
まない。
(3) 被告は,明細書の当該技術分野に関する事項は,発明を理解する上での説
明にすぎず,かつ,特許請求の範囲に記載されているわけではないから,当
該技術分野に関する事項により特許請求の範囲が限定されるものでないこと
は明らかである旨主張する。
しかし,特許請求の範囲の記載の意味,内容の解釈に当たっては,明細書
の記載も参酌して客観的・合理的に行うべきであり,上記のとおり,本件明
細書の【産業上の利用分野】に「誘電体共振器又はストリップライン共振器
を用いた高周波用フィルタ装置」と記載されているのであるから,それに限
定されることは明らかである。
また,特許請求の範囲の記載については,特許権侵害事件において特許発
明の技術的範囲をどのように確定するかとの観点から議論されるところであ
り,この観点から,明細書において出願人が特定した技術分野を超えて特許
権の効力が及ぶと解釈することは不合理である。そして,特許庁の審査を経
て特許権を付与するという審査主義の建前からすれば,本来的に審査対象と
権利対象は一致すべきものであるから,審査対象をどのように特定するかと
権利対象をどのように特定するかは,密接に関連しているのであり,明らか
に権利範囲が限定解釈され得るような理由があるときは,それを考慮して審
査範囲も限定解釈されるべきであって,この点からも,本件における特許請
求の範囲は,限定解釈されなければならない。
(4) したがって,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」が
圧電素子を包含するとした審決の認定は誤りであり,これが審決の結論に影
響を及ぼすことは明らかであるから,審決は,取消しを免れない。
2 取消事由2(相違点の看過)
(1) 審決は 「b) 引用発明1は,前記ローパスフィルタに接続された圧電
素子(トラップ素子)を具備しており,圧電素子(トラップ素子)は共振器
トラップということができるので,『前記フィルタ回路に接続された共振器
トラップ』を具備する点で,本願補正発明と一致することは明らかであ
る。」(審決謄本3頁最終段落~4頁第1段落)としたが,上記1のとおり,
本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」は,「誘電体共振
器又はストリップライン共振器」のことをいい,圧電素子を含まない。
したがって,本願補正発明の「共振器トラップ」と引用発明1の「圧電素
子(トラップ素子)」とが同一であるとした審決の判断には,相違点の看過
があり,これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は,
取消しを免れない。
(2) 「誘電体共振器及びストリップライン共振器」と「圧電素子」とは,①
誘電体共振器やストリップライン共振器は,電磁波(電気的な振動)の変換
を行うことはないのに対し,圧電素子は,電磁波を弾性波(機械的な振動)
に変換し,更にこの弾性波を再び電磁波に変換するのであって,両者の動作
原理は全く異なり,② 誘電体共振器やストリップライン共振器は,誘電体
材料を使用するのに対し,圧電素子は圧電材料を使用していて,使用する材
料も全く異なるものである。
また,「共振器トラップ」を構成する共振器が,「誘電体共振器及びスト
リップライン共振器」であるか「圧電素子」であるかにより,以下のとおり,
効果も顕著に異なる。
すなわち,前記①の点につき,圧電素子を使用する場合,機械的,物理的
な振動が生じ,そのため,他の回路素子に悪影響を与えたり,回路基板や電
子機器から不要なノイズが生ずる可能性もあるし,圧電素子そのものが機械
的な振動によって破損するおそれもあるのに対し,誘電体共振器やストリッ
プライン共振器では,機械的な振動がないため,そのような不都合が生ずる
おそれがない。また,前記②の点につき,平成15年3月14日提出の審判
請求理由を補充する手続補正書(甲2)に指摘したとおり,誘電体共振器又
はストリップライン共振器を用いることにより,効率的に回路要素を配置す
ることによって回路の小型化ないし狭面積化を図ることができるという優れ
た技術的効果を得ることができるのに対し,圧電素子を使用した場合は,圧
電素子の材料とLCフィルタ回路の材料が異なり,しかも,圧電素子には振
動可能な空間を確保する必要があることから,本願補正発明と同様の技術的
効果を得ることはできない。
(3) 被告は,誘電体同軸共振器からなる帯域除去フィルタ(すなわち,誘電体
共振器トラップ)とLCからなる低域通過フィルタ(すなわち,LCフィル
タ)とを組み合わせたアンテナ共用器における送信側フィルタ(すなわち,
フィルタ回路)は周知の構成であり,当該周知技術に基づき,本願補正発明
の「共振器」を「誘電体共振器」に限定する程度のことは,,特開平6-3
03009号公報(乙1,以下「乙1公報」という。)及び特開平4-30
4003号公報(乙2,以下「乙2公報」という。)によれば,当業者であ
れば適宜なし得る旨主張する。
しかし,乙1公報及び乙2公報に記載されているものは帯域除去フィルタ
であって,本願補正発明の共振器トラップとは異なる。本件明細書の段落
【0011】ないし【0013】には,誘電体共振器をバンドパスフィルタ
として使用した場合とトラップ回路として使用した場合を比較し,トラップ
回路として使用することにより,挿入損失の低減等の技術的効果が得られて
いるところ,この点は,乙1公報及び乙2公報のいずれにも記載されておら
ず,誘電体共振器をどのように使用するかによって電気的特性に差異が生ず
ることからすれば,乙1公報及び乙2公報の帯域除去フィルタの例をもって,
本願補正発明を当業者が適宜なし得るとの根拠となし得ない。
また,乙1公報及び乙2公報に係る技術事項が周知かどうかは,本件出願
時を基準として判断されるべきものであるところ,本件出願の審査,審判時
において,被告が上記公報を証拠として提出できなかったことからすれば,
それらが,本件出願当時周知であったとは認められない。
第4 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本願補正発明の要旨認定の誤り)について
原告は,本件明細書の発明の詳細な説明欄の,「この発明は,・・・誘電体
共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置に関するも
のである。」(段落【0001】)との記載を根拠に,本願補正発明の「共振
器トラップ」を構成する「共振器」は,「誘電体共振器又はストリップライン
共振器」を指し,圧電素子を含まない旨主張する。
しかし,本件明細書に記載された本願補正発明の技術分野が原告主張のとお
りであるとしても,当該技術分野に関する事項は,発明を理解する上での説明
にすぎず,かつ,特許請求の範囲に記載されているわけではないから,当該技
術分野に関する事項により特許請求の範囲が限定されるものでないことは,明
らかである。
そして,本願補正発明の特許請求の範囲に記載された「共振器トラップ」は,
「共振器」,すなわち,「誘電体共振器」,「ストリップライン共振器」又は
「圧電共振器」等を用いた「トラップ」(すなわち,帯域除去フィルタ)であ
ればよく,その構成は明りょうに把握され得るものであるから,あえて明細書
に記載された技術分野を参照する必要もない。
したがって,本件明細書の上記記載は,特許請求の範囲に記載された本願補
正発明に係る「共振器」を「誘電体共振器又はストリップライン共振器」に限
定して解釈しなければならない理由とはならないから,原告の主張は理由がな
い。
2 取消事由2(相違点の看過)について
(1) 上記1のとおり,本願補正発明の特許請求の範囲に記載された「共振器ト
ラップ」は,「共振器」,すなわち,「誘電体共振器」,「ストリップライ
ン共振器」又は「圧電共振器」等を用いた「トラップ」(すなわち,帯域除
去フィルタ)であればよいから,「共振器」に係る構成につき,審決が本願
補正発明と引用発明1の相違点を看過したことをいう原告の主張は失当であ
る。
(2) 原告は,圧電素子を使用した共振器と誘電体共振器やストリップライン共
振器が,動作原理,使用する材料及び効果の点で相違することを主張する。
これは,特許請求の範囲に記載された本願補正発明に係る「共振器」を「誘
電体共振器又はストリップライン共振器」に限定して解釈した場合に生ずる
相違点であるところ,上記のとおり,特許請求の範囲に記載された本願補正
発明に係る「共振器」は,「誘電体共振器又はストリップライン共振器」に
限定して解釈されるものではないから,本願補正発明に係る「共振器」は
「圧電共振器」を包含するものであり,圧電素子を使用した共振器と誘電体
共振器やストリップライン共振器が,動作原理,使用する材料及び効果の点
で相違するとしても,発明を実施する段階において,異なる技術的効果を有
する共振器のうちから最適なものを選択して使用すれば足りることである。
( 3) 仮に,特許請求の範囲に記載された本願補正発明に係る「共振器」が,
「誘電体共振器又はストリップライン共振器」のみを指すと解釈してその構
成を限定したとしても,例えば,乙1公報の【図1】及び段落【0010】
ないし【0012】の記載や乙2公報の【図1】及び段落【0010】に開
示されているように,誘電体同軸共振器からなる帯域除去フィルタ(すなわ
ち,誘電体共振器トラップ)とLCからなる低域通過フィルタ(すなわち,
LCフィルタ)とを組み合わせたアンテナ共用器における送信側フィルタ
(すなわち,フィルタ回路)は,周知の構成であり,当該周知技術に基づき,
特許請求の範囲に記載された「共振器」を「誘電体共振器」に限定する程度
のことは,当業者であれば,適宜なし得ることであるから,本願補正発明を
原告が主張するような限定がある構成ととらえたとしても,本願補正発明は,
引用発明1から容易に想到できたものであり,独立特許要件を欠く。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本願補正発明の要旨認定の誤り)について
(1) 審決は,本願補正発明の「共振器トラップ」が圧電素子を包含することを
前提として本願補正発明と引用発明1の対比の認定をしたが,原告は,審決
の本願補正発明の要旨の認定を争い,本願補正発明は,誘電体共振器又はス
トリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置に関するものであって,
本願補正発明に係る「共振器トラップ」を構成する「共振器」は,「誘電体
共振器又はストリップライン共振器」のことをいい,圧電素子を含まない旨
主張する。
( 2) そこで,検討すると,本件明細書の特許請求の範囲には,上記第2の2
(1)のとおり,「共振器を含まず,コンデンサ素子及びコイル素子で構成さ
れたLCフィルタ回路と,前記フィルタ回路に接続された共振器トラップと,
を具備したことを特徴とする高周波用フィルタ回路」との記載がある。
上記記載によれば,本願補正発明は,特定のLCフィルタ回路と共振器ト
ラップとを具備する高周波用フィルタ回路であり,同回路に具備される共振
器トラップについて,「フィルタ回路に接続された」ものである必要があり,
この点で本願補正発明の「共振器トラップ」が特定されているが,それ以上
に,特許請求の範囲において,本願補正発明の「共振器トラップ」を限定す
る旨の記載がないことは明らかである。
このように,特許請求の範囲の記載に照らせば,本願補正発明の共振器ト
ラップを構成する「共振器」について,原告が主張するような「誘電体共振
器又はストリップライン共振器」に限定されるものであるとは認められず,
本願補正発明にいう「共振器トラップ」を構成する共振器については,「誘
電体共振器」,「ストリップライン共振器」以外の共振器も含むものと理解
するほかない。
(3) 原告は,特許請求の範囲の意味,内容の解釈に当たっては,明細書の記載
も参酌して客観的・合理的に行うべきであり,本件明細書の「産業上の利用
分野」に「誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィ
ルタ装置」と記載されているのであるから,本願補正発明の「共振器トラッ
プ」が,それらに限定されることは明らかである旨主張する。
しかしながら,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理する
に当たっては,発明の要旨は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記
載に基づいて認定されなければならず,特許請求の範囲の記載の技術的意義
が一義的に明確に理解することができない場合や,一見してその記載が誤記
であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど
といった特段の事情が存在しない限り,明細書の発明の詳細な説明の記載を
参酌して発明の要旨を認定することは許されないところであるから,特許請
求の範囲の意味,内容の解釈に当たっては,明細書の記載も参酌して客観的
・合理的に行うべきであるとする原告の主張は,そもそも失当である。
もっとも,願書に添付すべき明細書で使用する用語は,原則として,その
有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用すべき
であるが,例外として,その意味を定義することによって特定の意味で使用
することができるものとされているので(特許法施行規則24条,様式29
の8),以下,念のため,本件明細書を検討することにする。
本件明細書の発明の詳細な説明の【産業上の利用分野】欄には,「この発
明(注,本願補正発明)は,マイクロ波などの高周波帯域におけるHPF
(High Pass Filter),LPF(Low Pass Filter),BPF(Band Pass F
ilter)などのフィルタ装置にかかり,更に具体的には,誘電体共振器又は
ストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置に関するものであ
る。」(段落【0001】)との記載がある。上記記載によれば,本願補正
発明が,「具体的には,誘導体共振器又はストリップライン共振器を用いた
高周用フィルタ装置」を技術分野とする発明とされていることは理解できる
が,これによって,本願補正発明に係る「共振器」を「誘導体共振器又はス
トリップライン共振器」に限ると定義しているとするのは困難であり,本願
補正発明の「共振器トラップ」を「誘導体共振器又はストリップライン共振
器」のトラップに限り,その他の共振器を用いた高周波用フィルタ装置を排
除しているものとすることはできない。かえって,本件明細書の発明の詳細
な説明の【好ましい実施例の説明】欄では,「この発明には数多くの実施例
が有り得るが,ここでは適切な数の実施例を示し,詳細に説明する」(段落
【0007】)とされているところ,実施例1において,「共振器18,3
4としては,誘電体共振器,ストリップライン共振器のいずれを用いてもよ
い。」(【0008】)とされ,一方,その余の実施例においては,上記の
ような限定的な記載がないことからすると,実施例1において誘電体共振器
又はストリップライン共振器を用いるのは例示にすぎないとみるのが自然か
つ合理的であり,その他の共振器の場合を排除しているとはいえない。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の【産業上の利用分野】欄に
「誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装
置」という記載があることをもって,本願補正発明の「共振器トラップ」を
構成する共振器が,それらに限定されるとする原告の主張は,失当というべ
きである。
(4) また,原告は,明細書において出願人が特定した技術分野を超えて特許権
の効力が及ぶと解釈することは不合理であり,明らかに権利範囲が限定解釈
され得るような理由があるときは,それを考慮して審査範囲も限定解釈され
るべきである旨主張するが,上述したところに照らせば,本件において,明
らかに権利範囲が限定解釈され得るような理由は見いだし難く,原告の主張
はそもそも前提を欠くものであり,採用できない。
(5) 以上によれば,本願補正発明における「共振器トラップ」を構成する「共
振器」は,圧電素子を使用するものも含むと解するのが相当であり,審決の
した本願補正発明の要旨の認定に誤りはない。
したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点の看過)について
(1) 審決は 「b) 引用発明1は,前記ローパスフィルタに接続された圧電
素子(トラップ素子)を具備しており,圧電素子(トラップ素子)は共振器
トラップということができるので,『前記フィルタ回路に接続された共振器
トラップ』を具備する点で,本願補正発明と一致することは明らかであ
る。」(審決謄本3頁最終段落~4頁第1段落)としたところ,原告は,本
願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」は,「誘電体共振器
又はストリップライン共振器」のことをいい,圧電素子を含まないので,本
願補正発明の「共振器トラップ」と引用発明1の「圧電素子(トラップ素
子)」とが同一であるとした審決には,相違点の看過がある旨主張する。
(2) そこで,引用発明1について検討する。
ア 引用例には,以下の記載がある。
(ア) 「【産業上の利用分野】本考案(注,引用発明1)は,圧電素子を含
む複合部品,例えばラジオ,テレビジョン,ビデオ.テープ.レコーダ等
において各種フィルタを構成し,または,ディレイ.ライン,発振器もし
くはハイブリットIC等を構成するのに用いられる複合部品に関する。」
(段落【0001】)
(イ) 「【考案が解決しようとする課題】しかしながら,従来のこの種の複
合部品にあっては,単体として構成されている圧電素子を,回路部品を
実装してある回路基板上に実装する必要があるため,圧電素子の厚みが
小型化,薄型化の障害となるという問題点がある。
そこで,本考案の課題は,上述した従来の問題点を解決し,小型,かつ,
薄型の複合部品を提供することである。」(段落【0003】【000
4】)
(ウ) 「【実施例】図1は本考案に係る複合部品の斜視図,図2は図1に示
した複合部品の拡大断面図である。図において,1は支持体,2は圧電素
子,3は回路部品,41~43は端子,5は外装体である。
支持体1はセラミック基板で構成されている。圧電素子2は支持基板1
を圧電素体とし,支持基板1の面上に電極21~23を形成して構成され
ている。従って,支持体1は圧電素体として周知のセラミック材料を用い
て構成される。回路部品3は支持体1の表面に実装されている。
上述したように,支持体1はセラミック基板で構成されており,圧電素
子2は支持基板1を圧電素体とし支持基板1の面上に電極21~23を形
成してなり,回路部品3は支持体1の表面に実装されているから,回路部
品3を実装する支持基板1が圧電素子2の圧電素体として兼用される。こ
のため,圧電素子2の厚み分が回路部品3を実装する支持基板1に吸収さ
れ,薄型及び小型になる。
圧電素子2は,セラミックトラップ,共振子,発振子等を構成するもの
で,支持基板1の一面上に振動電極21,22を有すると共に,他面側に
振動電極23を有し,振動電極21~23の対向部分が振動部を構成して
いる。振動電極21~23の個数,パターン等は任意である。圧電素子2
の分極方向は例えば支持基板1の側端面11から側端面12に向かう方向
にとる。分極領域P1(図1参照)は圧電素子2の形成領域に限るのが望
ましい。圧電素子2及び回路部品3の個数及び回路的接続等は要求される
回路に応じて任意に選択できる。
図3は複合部品を構成するフィルタ回路例を示している。この回路はロ
ーパスフィルタとトラップ素子を応用した複合部品の例である。2は圧電
素子である。L1~L3はインダクタ,C1~C5はコンデンサであり,
回路部品3の内部に形成されている。INは入力端子,GNDはグランド
端子,OUTは出力端子であり,これらは端子41~43によって構成さ
れる。
回路部品3はコンデンサ,インダクタ,抵抗または半導体素子等を含
み得る。これらの回路素子を,周知の実装技術によって,支持基板1の上
に実装する。図示は,回路素子を複合化した回路部品を示している。複合
化された回路部品3は周知である。例えば,特公昭57ー39521号公
報等にはインダクタを磁性体の内部に集積する技術が開示されている。コ
ンデンサ,インダクタ,抵抗または半導体素子等を複合化する代わりに,
チップ部品もしくはディスクリート部品を用いることもできる。図示はさ
れていないが,抵抗素子を設けることもできるし,受動回路部品と共に,
半導体素子または集積回路部品等の能動素子を搭載することもできる。」
(段落【0007】ないし【0012】)
イ 上記によれば,引用例には,従来の部品に比べ,小型,かつ,薄型の部
品を提供するため,支持基盤であるセラミック基板を圧電素体とし,チッ
プ部品若しくはディスクリート部品のコンデンサ及びコイルで構成された
ローパスフィルタと,前記ローパスフィルタに接続され,セラミック材料
で構成された圧電素子(トラップ素子)とを具備した複合部品の発明(引
用発明1)が記載されている。
(3) そうすると,引用発明1は,圧電素子(トラップ素子)を具備するもので
あるところ,上記1のとおり,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成す
る共振器は,「誘電体共振器又はストリップライン共振器」に限られるもの
ではなく,引用発明1において用いられている圧電素子を包含するものであ
る。
(4) 原告は,「誘導体共振器又はストリップライン共振器」と「圧電素子」と
は,動作原理及び使用する材料が異なり,また,使用した場合の効果も顕著
に異なると主張する。
しかしながら,前記のとおり,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成
する「共振器」は,「誘導体共振器又はストリップライン共振器」に限られ
ず,「圧電素子」を含むと解されるのであるから,原告の主張は,本願補正
発明の包含する構成の中における差異を主張するものであり,同差異が仮に
認められるとしても,本願補正発明と引用発明1の相違点とはなり得ないも
のである。
(5) 以上によれば,引用発明1の「圧電素子(トラップ素子)」が,本願補正
発明の「共振器トラップ」ということができるとした審決の判断に誤りはな
い。
したがって,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 宍 戸 充
裁判官 柴 田 義 明

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