平成17(行ケ)10792審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成18年6月19日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告凸版印刷株式会社
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法令 |
特許権
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キーワード |
審決30回 実施15回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,後記特許出願に対する特許庁の拒絶査定を不服とする審判請求につ
き,特許庁が同請求不成立の審決をしたため,審判手続の途中で出願人から特許
を受ける権利の譲渡を受けた原告が,同審決の取消しを求めた事案である。 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10792号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成18年6月12日
判 決
原 告 凸 版 印 刷 株 式 会 社
訴訟代理人弁理士 志 賀 正 武
同 高 橋 詔 男
同 青 山 正 和
同 鈴 木 三 義
同 増 井 裕 士
同 堀 内 正 優
被 告 特 許 庁 長 官
中 嶋 誠
指 定 代 理 人 青 木 和 夫
同 末 政 清 滋
同 岡 田 孝 博
同 小 林 和 男
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2004-687号事件について平成17年9月26日にした審決を取り消
す。
第2 事案の概要
本件は,後記特許出願に対する特許庁の拒絶査定を不服とする審判請求につ
き,特許庁が同請求不成立の審決をしたため,審判手続の途中で出願人から特許
を受ける権利の譲渡を受けた原告が,同審決の取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
訴外三菱レイヨン株式会社(以下「訴外会社」という。)は,名称を「背
面投写型スクリーン,レンチキュラーレンズシート成形用金型及びレンチキ
ュラーレンズシート成形方法」とする発明につき,平成9年7月15日に特許
出願(特願平9-189372号,以下「本願」という。甲2)をし,その後平成
15年11月10日に手続補正(甲3)をしたが,特許庁は,平成15年12月5日付
けで拒絶査定をした。
そこで訴外会社は,不服の審判請求をし,同請求は不服2004-687号事件
として特許庁に係属した。同審判手続きの途中で原告は,訴外会社から本願
について権利の譲渡を受け,平成17年2月22日付けで名義変更届を特許庁に
提出した。
同事件の中で原告は,平成17年2月22日(甲4),平成17年8月1日(甲
5)に,それぞれ手続補正をしたが,特許庁は,審理の上,平成17年9月26
日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」と
いうことがある。)をし,その謄本は平成17年10月11日原告に送達された。
(2) 発明の内容
平成17年8月1日付けで補正(甲5)された特許請求の範囲の請求項1に
係る発明は,下記のとおりである(以下「本願発明」という。)。
記
「 光源側に配置されたフレネルレンズシートと観察側に配置されたレンチ
キュラーレンズシートとを含んで構成された液晶パネル投写用の背面投写
型スクリーンにおいて,
前記レンチキュラーレンズシートは光入射側にレンチキュラーレンズが
形成され且つ光出射側に平坦面またはマット面が形成されており,該レン
チキュラーレンズはレンズ単位の配列ピッチが0.05~0.3mmであり且つ隣接
するレンズ単位の境界においてレンズ単位どうしが35°~60°の角度をなし
ており,
前記レンチキュラーレンズはレンズ単位の配列ピッチ(P)が前記液晶
パネルの投写画素のピッチ(PLH)とPLH/P≧4の関係にあり,
前記レンチキュラーレンズシートを加熱プレス成形法,押出し成形法,
鋳込み成形法,射出成形法または活性エネルギー線硬化型樹脂を用いたフ
ォトポリマー法のいずれかによって成形してなることを特徴とする背面投
写型スクリーン。」
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本願
発明は,下記引用例1~4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受けることがで
きない,としたものである。
記
引用例1 特開平5-249564号公報(甲6)
引用例2 特開昭63-212925号公報(甲7)
引用例3 特開平4-270333号公報(甲8)
引用例4 特開平1-158422号公報(甲9)
イ 上記判断をするに当たり,審決は,引用例1に記載された発明(以下
「引用発明」という。)を次のとおり認定した上,本願発明との一致点及
び相違点について以下のとおり認定した。
(引用発明の内容)
「 光源側に配置されたフレネルレンズシートと観察側に配置されたレ
ンチキュラーレンズシートとを含んで構成された液晶パネルを用いた
プロジェクションテレビ用の透過型スクリーンにおいて,
レンチキュラーレンズシートの光入射側にレンチキュラーレンズが
形成され,観察側が平坦に形成され,投影された液晶パネルのパター
ンのピッチに対するレンチキュラーレンズのピッチの比が3.5以上で
あり,レンチキュラーレンズのピッチが0.3mm以下であり,レンチキ
ュラーレンズシートを加熱プレス成形法,射出成形法,押出成形法の
いずれかで成形する」という発明
(一致点)
「 光源側に配置されたフレネルレンズシートと観察側に配置されたレ
ンチキュラーレンズシートとを含んで構成された液晶パネル投写用の
背面投写型スクリーンにおいて,
前記レンチキュラーレンズシートは光入射側にレンチキュラーレン
ズが形成され且つ光出射側に平坦面が形成されており,前記レンチキ
ュラーレンズシートを加熱プレス成形法,押出し成形法または射出成
形法のいずれかによって成形してなることを特徴とする背面投写型ス
クリーン。」である点。
(相違点1)
本願発明が「レンチキュラーレンズはレンズ単位の配列ピッチが
0.05~0.3mm」であるのに対して,引用発明は「レンチキュラーレン
ズのピッチが0.3mm以下」である点。
(相違点2)
本願発明が「隣接するレンズ単位の境界においてレンズ単位どうし
が35°~60°の角度」というものであるのに対して,引用発明はそのよ
うな構成を備えていない点
(相違点3)
本願発明が「レンチキュラーレンズはレンズ単位の配列ピッチ
(P)が前記液晶パネルの投写画素のピッチ(PLH)と
PLH/P≧4」であるのに対して,引用発明は,「投影された液晶パ
ネルのパターンのピッチに対するレンチキュラーレンズのピッチの比
が3.5以上」である点
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決は,以下のとおり,相違点2に係る判断を誤り,その
結果,引用例1~4に基づいて本願発明を当業者が容易に発明することがで
きたと誤って認定判断したものであって,違法として取消しを免れない。
ア 取消事由1(引用例2,3の認定の誤り)
審決は,引用例2,3の記載事項について,入光側レンチキュラーレン
ズの単位レンズの断面が真円の円弧状のものであるという前提に立って,
単位レンズ同士の境界における接線の挟角を計算によって求め,これを本
願発明の「35°~60°」と比較している。しかし,単位レンズの断面が真円
弧状であるとの前提は,技術常識に反するものであって,誤りである。
詳述すると,以下のとおりである。
(ア) レンチキュラーレンズの断面形状に関する技術常識
本願発明や引用例1~4のように,レンチキュラーレンズシートの光
入射側にレンチキュラーレンズが形成されて成るものにおいては,レン
ズ単位の断面形状を真円の円弧状に形成した場合,透過光に球面収差が
発生してしまい,鮮明な画像をスクリーン上に投影できないという重大
な欠陥があるので,楕円等の非円弧形状に形成するのが技術常識であ
る。
かかる技術常識が本願の当時に存在していたことは,甲10文献(昭和
59年8月15日日本放送出版協会発行,NHK技研月報27巻8号338頁,
「高品位テレビ用透過型スクリーンの開発」),甲11公報(特開昭58-
134627号公報),甲12公報(特開平5-188476号公報),甲13公報(特
開平7-84314号公報)から明らかである。
したがって,レンチキュラーレンズの断面形状が真円の円弧状である
ことを前提として,引用例2,3における入光側のレンチキュラーレン
ズの谷部の接線のなす角度の計算値を,本願発明における単位レンズ間
の角度と比較することは明らかに不適当である。
(イ) 引用例2,3の認定の誤り
審決は,引用例2,3の単位レンズ同士の境界における接線の挟角
を,単位レンズの断面形状が真円の円弧状であることを前提として計算
しているが,上記(ア)のとおりの技術常識からすれば,かかる前提自体
に誤りがある。したがって,審決が,引用例2について,「入光側のレン
チキュラーレンズの谷部の接線のなす角度は,……実用に適するものについて
は,0°~63.58°,そして製造例1については,45.24°であるものが記載されて
いる」(5頁第2段落)と認定し,引用例3について,「入光側のレンチキ
ュラーレンズの谷部の接線のなす角度が,………製造例については,53.53°であるも
のが記載されている」(5頁最終段落)と認定したことは,いずれも誤りであ
る。
引用例2(甲7)には,「入光側の単位レンズ断面形状をなす形状に近似また
は同一の半円の半径R」(3頁左上欄17~18行)との記載があるが,「同一の半
円の半径R」とは,単に概略の断面形状をいうにすぎず,真円の円弧形
状を特定するものではない。同様に,引用例3(甲8)においても,
「光を拡散するようなものであれば,どのような形態のものであってもよく,例え
ば,円,楕円もしくはその他の形状の水平拡散型レンチキュラーレンズ21aを配列した
ものを用いれば」よい(段落【0019】)との記載があるが,これも厳密なもの
とはいえず,概略を記載しているのにすぎない。
被告は,引用例2,3記載のものは,いずれも,断面形状が実質的に
円の一部であるレンチキュラーレンズである旨主張するが,引用例2
(甲7)における「半円または楕円に近似される断面形状を有するレンチキュラー
レンズ」(2頁左上欄1~2行),「入光側の単位レンズの断面形状が半径0.65mmの
円に近似された半円の一部」(4頁右上欄1~2行) なる記載は,「近似」が
「似かようこと」を意味する以上,同一でないことを前提としており,
非円弧の断面形状を明記していることは明らかである。
イ 取消事由2(本願発明の認定誤り)
(ア) 本願発明の特許請求の範囲には,レンチキュラーレンズのレンズ単位
の形状について特に規定していないが,本願明細書(甲2)には,「レ
ンズ単位の断面形状は,円弧形状であってもよいし,楕円などの非円形状の一部をな
す形状であってもよい。」(段落【0011】)と記載されている。この記載を,
レンズ単位の全体を真円の円弧形状に形成すると,球面収差の発生によ
って透過型スクリーン上での透過画像の解像度が著しく低下してしま
う,という上記の技術常識に照らして解釈すると,レンズ単位の頂部付
近のみを「円弧形状」とし,その両側部分は「円弧形状」に滑らかに接
続される非円弧形状に形成することを意味すると認識できる。
そうすると,本願発明における「円弧形状」とは,楕円等の非円弧形
状における頂点付近に曲率半径を有する円弧形状部分を意味するもので
あり,その両側の領域では頂点付近の曲率半径と異なる非円弧形状を形
成することになる。通常,このような場合には,頂部円弧及び両側部非
円弧形状と記載することがより正確ではあるが,一般的には,引用例2
~4と同様に「円弧形状」や「円形」等という簡略的な表現で記載して
いるのである。
(イ) 被告は,原告の上記主張は明細書の記載に基づかないものであると主
張し,特開平9-15730号公報(乙1。以下「乙1公報」という。)に
おいても,特定の曲率半径を有する「断面半円状」と,「レンズ単位の
頂部付近のみが断面半円状でその両側は非円弧状である非球面レンズ」
とは明確に区別されている旨指摘する。
しかし,本願明細書(甲2)において,「円弧状」なる表記が概略形
状を示すものであることは,「円弧形状」のレンズ単位は球面収差を発
生させるため実用上使用できないことから明らかである。また,レンズ
単位の頂部付近のみを「円弧形状」とし,その両側部分を「非円弧形
状」に滑らかに接続されて全体で非円弧形状であることは上述のとおり
である。
また,乙1公報の段落【0003】に,「従来の背面投射型スクリーンにおいて
は,レンチキュラーレンズシートとして,断面半円状,断面半楕円状等の断面円弧状
の形状をしたレンチキュラーレンズが,………使用されている。」旨記載されてお
り,この記載からも,レンチキュラーレンズの断面形状が「円弧状」で
あるとは,「半円状」と「半楕円状」の両方を含む概念として認識され
ていることが明らかである。このように,乙1公報においても,特定の
曲率半径を有する「断面半円状」と「レンズ単位の頂部付近のみが断面
半円状でその両側は非円弧状である非球面レンズ」とは明確に区別され
ておらず,「断面円弧状」等という表記は楕円形状等の非球面形状のレ
ンズを意味することは明らかである。
(ウ) 被告は,本願明細書(甲2)に記載された,実施例1の曲率半径Rと
配列ピッチPの数値例に基づいて,円の一般式及び微分による円の方程
式等を用いて演算すると,実施例1のレンズ単位同士のなす角度θは
58°になるから,実施例1のレンズ単位の断面形状は,特定の曲率半径
を有する真円の円弧状であると主張している。
しかし,被告の演算は誤っており,正しくは,θ=57.48°であり,四
捨五入すれば57°となる。同じ断面形状を有するレンチキュラーレンズ
であれば,計算上,レンズ同士のなす角度θの数値が一致するはずであ
るから,これが一致しないということは,被告が,断面形状が真円の円
弧状であることを前提に計算したことが誤りであることを示すものであ
る。
ウ 取消事由3(容易想到性の判断誤り)
(ア) 本願発明の相違点2に係る構成は,レンチキュラーレンズにおける隣
接するレンズ単位の境界においてレンズ単位同士が成す角度を35°~60°
の範囲に特定したものであるが,かかる構成の採用によって,良好な配
向特性を実現できるとともに,成形品の成形性と金型離型性と十分な金
型寿命を良好に確保できるという効果を奏する。
すなわち,レンズ単位同士の角度が60°を超えると,水平視野角が狭
くなり斜め横方向から画面を観察した際に画面が暗くなって見にくくな
る欠点を生じる。また,35°未満であると,成形後の離型性が低下した
り,成形を繰り返すうちに金型先端が曲がって成形品離型ができなくな
ったり,金型取扱い時に金型先端を損傷して金型寿命が短くなる,とい
う欠点が生じる。
したがって,相違点2に係る構成の数値限定は,十分な効果と臨界的
意義を有している。審決は,数値限定に臨界的意義を認めることができ
ないと判断したが,誤りである。
(イ) 審決は,レンズ単位同士が成す角度に下限を設けるという技術的思想
は引用例4(甲9)に開示されており,かかる技術的思想を引用発明に
適用することに阻害要因はないと認定判断したが,以下のとおり誤りで
ある。
a 引用例4には,入射側のレンズの継ぎ部分の角度が小さくなると金
型の寿命が短くなる等の記載があるが,角度に下限を設けることが望
ましい旨の記載はなく,しかも,成形後の離型性が低下することを防
ぐ境界角度については全く記載がない。
すなわち,引用例4は,単位レンズ同士の角度が小さくなることを
回避するために,単位レンズ同士の角度の下限を設定しようというも
のではなく,隣り合う単位レンズの間に平坦部を設けるという手段を
開示するものである。このように,引用例4は,引用例1~引用例3
とは異質の発明であり,技術的思想や効果も異質であるから,これら
を組み合わせることは困難である。引用例4には,入射側のレンズの
継ぎ部分の角度θに下限を設けるという技術的思想はなく,この技術
的思想を引用発明に適用する阻害要因はないという審決の説示は,明
らかに誤りである。
b また,引用例4は,両面レンチキュラーレンズに関する発明を開示
したものであり,引用発明及び本願発明が片面レンチキュラーレンズ
に関するものであるのと異なる。審決は,金型の寿命について検討す
る場合,両面であるか片面であるかは本質的な事項ではない旨説示す
るが,誤っている。
すなわち,引用例4はレンズ単位についての配列ピッチを0.3mmを
越えた値に設定して成る,又は0.3mmピッチと0.3mmピッチを超えたも
のを混在させて成る両面レンチキュラーレンズに関するものである。
このように,引用例4の技術や技術的思想は,レンズ単位の配列ピッ
チを0.05~0.3mmに設定した片面レンチキュラーレンズに関する本願
発明とは異質のものであるから,引用発明に適用し得ない。
(ウ) 審決は,配向特性の観点からも,本願発明における数値限定は,引用
例2,3に開示される技術的思想を引用発明に適用することによって当
業者が容易に想到し得たものであると判断したが,以下のとおり誤りで
ある。
a 審決は,引用例2,3の単位レンズの断面形状が真円の円弧状であ
るとの前提のもとで,単位レンズ同士の成す角度を計算により求めて
いるが,上記ア(取消事由1)のとおり,かかる前提は誤りである。
b また,引用例2及び引用例3には,単にレンチキュラーレンズの製
造例として単位レンズの半径やピッチの寸法例等が開示されているに
すぎず,レンズ単位同士の角度を35°~60°とする構成については,開
示はおろか示唆もされていない。
c さらに,引用例2は両面レンチキュラーレンズに関するものである
点において,引用例3はフレネルレンズを備えていない点において,
本願発明とは基本的構成を異にしている。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)(2)(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論
原告の取消事由に係る主張は,以下のとおりいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
原告は,レンチキュラーレンズの断面形状としては真円の円弧状を採用し
ないのが技術常識であるから,引用例2,3におけるレンチキュラーレンズ
の断面形状が真円の円弧状であることを前提にして審決がレンズ単位同士の
角度を計算したのは誤りであると主張する。
しかし,引用例2,3には,製造例として,断面形状が実質的に円の一部
であるレンチキュラーレンズが記載され,乙1公報にも,断面形状が実質的
に円の一部であるレンチキュラーレンズが記載されているから,審決の前提
に誤りはない。原告は,球面収差の発生を抑制するために非球面のレンチキ
ュラーレンズを採用している文献(甲10~13)を提示することにより,断面
形状を真円の円弧状にしないことが技術常識であったと主張するが,引用例
2,3及び乙1公報の記載に照らし,原告の主張は失当である。
(2) 取消事由2に対し
ア 原告は,本願発明におけるレンズ単位の断面形状は真円の円弧状ではな
いと主張するが,本願明細書(甲2)の「レンズ単位の断面形状は,円弧形状で
あってもよいし,楕円などの非円形状の一部をなす形状であってもよい。」(段落
【0011】)との記載に照らし,失当である。
原告は,本願明細書の上記記載において,「円弧形状」とは,厳密な真
円の円弧状ではなく,実質的には,レンズ単位の頂部付近のみを真円の円
弧状とし,その両側部分はこれに滑らかに接続される非円弧形状としたも
のを意味すると主張する。しかし,本願明細書の上記段落の記載や図面を
参酌しても,そのような形状であると認識することは到底不可能であり,
原告の主張は明細書の記載に基づかない主張である。
ちなみに,乙1文献においては,レンズ単位の頂部付近のみの断面を円
弧状とし,その両側部分は円弧状部に滑らかに接続する非円弧状とした非
球面レンズは,断面を特定の曲率半径を有する円弧状としたレンズとは明
確に区別される。
イ また,本願明細書(甲2)には,実施例1においてレンズ単位同士が成
す角度θは58° であった旨が記載されているところ,実施例1のレンチキ
ュラーレンズについて,円の一般式によってレンズ単位同士が成す角度θ
を求めると,θ=58° となる。この点からしても,本願発明のレンズ単位
の断面形状は,特定の曲率半径を有する円弧状であると解される。
(3) 取消事由3に対し
ア 数値限定の臨界的意義につき
原告は,本願発明において,レンズ単位同士が成す角度を35°~60°に特
定したことには臨界的意義がある旨主張する。
しかし,本願明細書には,レンズ単位同士が成す角度に係る実施例とし
ては,唯一実施例1が記載されているのみであり,その角度は58° であ
る。このような一点のみの実施例では,数値限定の上限が臨界的意義を有
するとされるための十分な根拠とはならない。
また,数値限定の下限についても,例えば,下限値の前後において金型
離型性や金型寿命がどのように変化したのかが,本願明細書中には全く示
されていない。
このように,本願発明が,レンズ単位同士が成す角度を35°~60°の範囲
に限定したことについて,その臨界的意義を示す根拠は本願明細書に見出
せない。
イ 引用例4の適用につき
原告は,引用例4(甲9)には,レンズ単位同士の成す角度に下限を設
ける技術的思想は開示されていないと主張するが,以下のとおり失当であ
る。
(ア) 引用例4には,レンズ単位同士の成す角度を小さくすると金型の寿命
が短くなる等の問題が生ずることが記載されているから,その角度に下
限を設けるという技術的思想が記載あるいは示唆されているということ
ができる。
(イ) 原告は,両面レンチキュラーレンズに関する引用例4に示された技術
的思想を,片面レンチキュラーレンズに関する引用発明に適用すること
には阻害要因がある旨主張する。しかし,レンズ単位同士の成す角度に
下限を設けることは,上記(ア)のとおり金型の寿命等の観点から行うも
のであるところ,金型の寿命について検討する場合,両面レンチキュラ
ーレンズであるか又は片面レンチキュラーレンズであるかということは
本質的な事項ではないから,引用例4に示される技術的思想を引用発明
に適用することは,当業者にとって格別困難なことではない。
ウ 引用例2,3の適用につき
(ア) 原告は,引用例2(甲7)は両面レンチキュラーレンズに関するもの
で,引用発明及び本願発明とは基本的構成を異にすると主張する。
しかし,引用例2の製造例1が両面にレンチキュラーレンズを設けた
のは,出光拡散の度合いを大きくするためであるから,製造例1の入光
側レンチキュラーレンズに係る構成を,片面レンチキュラーレンズに適
用することに特に困難性を要しないことは明らかであり,そして,その
適用により,本願発明と同様の配向特性を得るであろうことは容易に推
測できる。
(イ) 原告は,引用例3(甲8)の透過型投影スクリーンは,フレネルレン
ズを備えていない点において,引用発明及び本願発明とは基本的構成を
異にすると主張する。
しかし,引用例3の記載及び図面を参照すれば,引用例3がフレネル
レンズを備えるものであることは当業者にとって自明であるから,原告
の主張は前提において誤りである。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)
(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,以下においては,原告主張の取消事由ごとに審決の適否について判
断する。
2 取消事由1(引用例2,3の認定の誤り)について
原告は,審決が,引用例2(甲7),引用例3(甲8)記載のレンチキュラ
ーレンズにおける単位レンズ同士の接線の挟角を算出するに当たり,レンズ単
位の断面形状が真円であることを前提とする計算によって求めたのは誤りであ
ると主張するので,検討する。
(1) 引用例2,3の記載につき
ア 引用例2
(ア) 引用例2(甲7)には,下記の記載がある。
記
a「従来,このようなレンチキュラーレンズスクリーンにおける光の出光拡散は,入
光側のみに設けられた半円または楕円に近似される断面形状を有するレンチキュ
ラーレンズによって制御されていた。」(1頁右下欄下2行~2頁左上欄3行)
b「(発明が解決しようとする問題点)しかしながら,上述のレンチキュラーレンズ
スクリーンにおいては,出光拡散の度合いを大きくしようとすると,光の拡散が
入光側レンチキュラーレンズのみに依存しているため,レンチキュラーレンズを
構成する1単位レンズの断面形状は光軸方向に長く引き伸ばされた形状となり,
その結果,①使用する金型の加工が難しくなり,且つ金型の耐久性が悪くなる。
②生産性のよい押出成形法で成形する場合には,設計したレンズ形状が良好に再
現されない。等の問題点が生じる。」(2頁左上欄10行~右上欄1行)
c「(問題点を解決するための手段)本発明者は,上記の問題点を解決するために種
々研究の結果,入光側のレンチキュラーレンズを構成する単位レンズの断面形状
を半円または半円の一部に近似する形状とし,出光側には出光角度,拡散角を大
きくするレンチキュラーレンズを設ければ,従来のレンチキュラーレンズスクリ
ーンより出光拡散の度合いを大きくすることができ,且つ製造も容易であること
を見出して本発明を完成されたものである。」(2頁右上欄2~11行)
d「(発明の効果)本発明のレンチキュラーレンズスクリーンは,入光側の単位レン
ズ断面形状を半円または半円の一部に近似する形状とし,出光側には入光側の単
位レンズより小さい単位レンズからなるレンチキュラーレンズを設けたので,従
来のスクリーンに較べ出光拡散の度合いを大きくすることができる。また,スク
リーンに設けられたレンチキュラーレンズの断面形状は半円または半円の一部に
近似する形状であるので,金型等を用いたプレス法等で形状を正確に再現するこ
とができ,且つ製造も容易となる。」(3頁右下欄下2行~4頁左上欄11行)
(イ) 引用例2の上記各記載によれば,引用例2に記載された発明は,レン
チキュラーレンズを入光側のみに設けレンズ単位の断面形状を「半円ま
たは楕円に近似される」ものとしていた従来技術(記載a)において
は,出向拡散の度合いを大きくしようとして断面形状を「光軸方向に長
く引き伸ばされた形状」とすると生産加工上の問題点が生じていたため
(記載b),かかる問題点を避けつつ出向拡散の度合いを大きくするた
め,レンチキュラーレンズを入光側のみならず出光側にも設けることに
よって(記載c),レンズ単位の断面形状は「半円または半円の一部に
近似する形状」とし(記載c,d),上記の生産加工上の問題点(記載
b)を回避するようにしたものであると認められる。
そうすると,引用例2の記載c,dにいう「『半円または半円の一
部』に近似する形状」とは,断面が「光軸方向に長く引き伸ばされた形
状」でないことを意味し,従来技術である「半円または楕円に近似する
形状」のうち,「楕円に近似する形状」すなわち「光軸方向に長く引き
伸ばされた形状」を除いたものであると解される。したがって,引用例
2においては,レンチキュラーレンズのレンズ単位の断面形状を,楕円
ではなく,真円の円弧状に近似する形状にしたものが開示されていると
認められる。
イ 引用例3
引用例3(甲8)には,下記の記載がある。
記
「図2は,本発明によるプロジェクタの実施例に使用される光源側レンズシートを示
した図である。光源側レンズシート21は,前述のように光を拡散するようなもので
あれば,どのような形態のものであってもよく,例えば,円,楕円もしくはその他
の形状の水平拡散型レンチキュラーレンズ21aを配列したものを用いれば,光を水平
に±60°程度まで拡散することができ,また,角度による輝度の変化もなだらかで,
自然な感じにすることができる。」(段落【0019】)
引用例3の上記記載には,レンチキュラーレンズの単位レンズの断面形
状として,「円,楕円もしくはその他の形状」が挙げられており,「円」
が「楕円もしくはその他の形状」と区別されているところからすると,こ
こでいう「円」は真円を意味すると認めるのが相当である。
そうすると,引用例3の「次に,具体的な製造例をあげてさらに説明する。光源
側レンズシート21は,入光側に,レンチの半径R1=0.14mmであって,ピッチP1=
0.25mmの水平拡散レンチキュラーレンズ21aを形成して」(段落【0027】)との記載に
おける「半径」は,レンチキュラーレンズの断面形状が真円の円弧状を成
す場合に,その真円の半径を意味するものであると解するのが自然であ
る。
ウ 上記ア,イのとおり,引用例2,3のいずれにおいても,入光側のレン
ズの断面形状として,真円の円弧状又はこれに近似したものが採用されて
いるといえる。したがって,審決が,引用例2,3の各レンズ単位の断面
形状が真円の円弧状であることを前提として,各単位レンズ同士の境界に
おける接線の挟角を算出し,上記のとおり認定したことに誤りはない。
(2) 原告は,レンチキュラーレンズの各レンズ単位の断面形状を真円の円弧状
とすると球面収差が生ずるから,真円の円弧状を採用しないのが技術常識で
あると主張し,その根拠として甲10文献及び甲11~13公報を援用する。
しかし,上記(1)のとおり,引用例2,3においては,レンズ単位の断面
形状として真円の円弧状のもの又は真円の円弧状に近似したものが採用され
ている。そうすると,甲10文献及び甲11~甲13公報において,真円の円弧状
が採用されていないとしても,これらは,レンチキュラーレンズ設計の一態
様にすぎないと解すべきであり,これらに基づいて,引用例2,引用例3の
記載内容を解釈すべき理由はない。
(3) したがって,引用例2,3に記載のレンズの断面形状が,真円の円弧状で
あることを前提としてレンズ単位の接線の挟角を計算することは妥当なもの
というべきであり,審決に原告主張の誤りはない。
3 取消事由2(本願発明の認定の誤り)について
原告は,本願発明における各レンズ単位の断面形状が真円であることを前提
に,本願発明と引用発明とを対比したことは,誤りである旨主張するので,検
討する。
(1)ア 原告は,従来,レンチキュラーレンズのレンズ単位断面形状として真円
の円弧状は採用されていないから,本願発明のレンズ単位断面形状も,全
体として楕円等の(真円でない)形状であり,その一部が真円の円弧状で
あるとしても,全体として楕円等の形状のものにおける頂点付近にのみ真
円の円弧状の部分を形成したものを意味する,と主張する。
イ しかし,本願発明の特許請求の範囲においては,レンズシートの形状に
関して,前記のとおり,「前記レンチキュラーレンズシートは光入射側にレンチキ
ュラーレンズが形成され且つ光出射側に平坦面またはマット面が形成されており,該レ
ンチキュラーレンズはレンズ単位の配列ピッチが0.05~0.3mmであり且つ隣接するレンズ
単位の境界においてレンズ単位どうしが35°~60°の角度をなしており,前記レンチキュ
ラーレンズはレンズ単位の配列ピッチ(P)が前記液晶パネルの投写画素のピッチ
(PLH)とPLH/P≧4の関係にあり」と記載されているものの,レンズの断
面形状については,何ら規定していない。
そうすると,本願発明におけるレンズの断面形状が,楕円等の(真円で
ない)円弧状であると限定的に解釈することはできない。
ウ しかも,本願明細書(甲2)には,下記の記載がある。
記
a「図2は,レンチキュラーレンズシート2の部分断面形状を示す模式図である。図2
に示されているように,レンチキュラーレンズ21は,多数のレンズ単位24がピッチP
で配列されてなるものである。各レンズ単位24は上下方向に延びている。配列ピッチ
Pは,0.05~0.3mmの範囲内である。レンズ単位の断面形状は,円弧形状であってもよ
いし,楕円などの非円形状の一部をなす形状であってもよい。また,隣接するレンズ
単位24どうしが境界において,レンズ単位24どうしが角度θをなしている。該角度θ
は,35~60°の範囲内である。」(段落【0011】)
b「次に,水平視野角(配向特性)を広げるためには,円弧形状断面のレンチキュラー
レンズ21の曲率半径を小さくするか,あるいは断面形状を楕円に近づければ良いので
あるが,隣接するレンズ単位24の境界においてレンズ単位24どうしが60°以下の角度θ
をなすように設定することにより良好な配向特性を実現することができる。角度θが
60°を越える場合には,水平視野角が狭くなり,斜め横方向から画面を観察した時に画
面が暗くなり見にくくなってしまう。」(段落【0021】)
c「(実施例1)厚さ1.5mmのアクリル-スチレン系樹脂板を用いて,ピッチ0.24mmのサ
ーキュラーフレネルレンズシート1を加熱プレス成形法により作製した。一方,厚さ2
mmのアクリル樹脂板を用いて,一方の面に曲率半径(R)0.057mmの断面円弧形状の単
位レンズ24を配列ピッチ(P)0.1mmで配列[P/R=1.75]してなるレンチキュラーレ
ンズ21を有し,他方の面に鏡面22を有するレンチキュラーレンズシート2を加熱プレ
ス成形法により作製した。このレンチキュラーレンズシート2において,レンチキュ
ラーレンズ21の隣接するレンズ単位24の境界においてレンズ単位24どうしがなす角度
θは58°であった。」(段落【0030】)
エ 本願明細書の上記記載aでは,レンズ単位の断面形状は,「円弧形状であ
ってもよいし,楕円などの非円形状の一部をなす形状であってもよい」とされている
のであり,「円弧形状」は「楕円などの非円形状」と区別されている。ま
た,上記記載bにおいても,「円弧形状断面のレンチキュラーレンズ21の曲率半径
を小さくするか,あるいは断面形状を楕円に近づければ良い」との記載においても,
「円弧形状」は楕円とは区別されている。そして,上記記載cでは,上記
a,bの記載を受けて,断面を「円弧形状」とした実施例について説明さ
れているのであるから,実施例のレンチキュラーレンズのレンズ単位の断
面は真円の円弧状であると解するのが自然である。
オ この点につき,原告は,乙1公報に 「従来の背面投射型スクリーンにおいて
は,レンチキュラーレンズシートとして,断面半円状,断面半楕円状等の断面円弧状の
形状をしたレンチキュラーレンズが,………使用されている」(段落【0003】)〕と記
載されていることから,「円弧状」とは真円と楕円等の両方を含む概念と
して認識されていることが明らかである旨主張する。しかし,上記ウのと
おり,本願明細書においては,「円弧形状」と楕円等の「非円形状」とが
使い分けられているのであり,本願明細書にいう「円弧形状」の意義を,
乙1公報の上記記載と同様に,真円と楕円等の両方を含むものとして解釈
すべきものであるとは認められない。
(2) 原告は,被告が演算に基づき,本願発明の実施例1におけるレンズ単位は
特定の曲率半径を有する「断面半円状」であると主張したのに対して,原告
は,被告の演算は誤っており,本願発明におけるレンズ断面の形状は真円の
円弧状でない旨を主張する。
しかし,仮に,被告の演算が誤っており,本願発明の実施例1のレンズ断
面が真円の円弧状ではないとしても,上記のとおり,本願の特許請求の範囲
には,レンズ断面形状について規定されておらず,本願発明は,真円でない
円弧状のものに限定されるわけではないから,本願発明のレンズ形状が,真
円でない円弧状のものであるということはできない。
4 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 引用発明と引用例4との組合せにつき
ア 原告は,引用例4(甲9)には,「角度θに下限を設けることが望まし
い」旨の記載はなく,成形後の離型性が低下したり金型損傷を生じたりし
て金型寿命を短くすることを防ぐ境界角度については全く記載がないか
ら,審決が,本願発明がレンズ単位同士の成す角度に下限値(35°)を設
けたことは引用例4に示された技術的思想を引用発明に適用することによ
って容易に得られる構成であると判断したのは誤りであると主張する。
しかし,引用例4(甲9)には,「(1) 両面レンチの問題点………③視野角度の
拡がりに限界がある。視野角度を広げようとすると,第8図において入射側のレンズ40
の継ぎ部分の角度θが小さくなり金型の寿命が短くなる。また,上記角度θが小さいこ
とにより,スクリーン製造自体が難しく,製品の歩留まりが低下する。」(2頁左上欄17
行~左下欄2行)と記載されており,これらの記載から,角度θには下限が
存在することが明らかである。そして,この角度θは,金型の寿命,製品
の歩留まりに影響を及ぼすとされているのであるから,その下限は,上記
影響と製品に求められる性能とを比較勘案して当業者が適宜定め得る事項
であるというべきである。
イ また,原告は,引用例4に記載されたものは,隣接する単位レンズ間に
平坦部を設ける構成であり,単位レンズ同士の成す角度θに下限を設ける
という技術的思想はない旨,また,引用例4に記載のものは,配列ピッチ
を0.3mmを超えた値に設定して成る両面レンチキュラーレンズであるか
ら,入光側の片面のみにレンチキュラーレンズを設け,配列ピッチが0.05
~0.3mmである本願発明には適用できない旨を主張する。
しかし,上記アに引用した引用例4の記載は,単位レンズ同士の成す角
度θが小さくなるとレンズ製造上の問題が生じることを明らかにするもの
であるから,その解決方法として,上記角度θの値に下限を設けるという
構成を採ることも示唆するものであるといえる。そして,上記のレンズ製
造上の問題は,レンチキュラーレンズの形状にかかわらず発生するもので
あるといえるから,引用例4が両面レンチキュラーレンズシートに係るも
のであるとしても,単位レンズ同士の成す角度に下限を設けるという技術
的思想を,片面レンチキュラーレンズシートに係る引用発明に適用するこ
とは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する
者)が容易に想到し得るものである。
(2) 引用発明と引用例2,3との組合せにつき
原告は,引用例2,3には,単にレンチキュラーレンズの製造例として単
位レンズの半径やピッチの寸法例等が開示されているにすぎず,本願発明の
ように,入射側レンチキュラーレンズの隣接するレンズ単位の境界における
レンズ単位同士の角度を35°~60°とする構成については,開示も示唆もされ
ていない旨,また,引用例2,3のものは,本願発明とはレンズの構成等を
異にするから,引用発明に適用することは困難である旨を主張する。
しかし,審決が,引用例2,3において,レンズ単位同士が成す角度を,
レンズ単位の断面形状が真円の円弧状であることを前提に計算したことに誤
りがないことは前記2のとおりであり,その結果,引用例2,3には,レン
ズ単位同士が成す角度が本願発明における「35°~60°」の範囲内にあるもの
の製造例が開示されているということができる。このように,引用例2,3
に具体的な製造例が記載されているのであれば,それらにおいて採用されて
いる角度が,レンズ単位同士が成す角度の数値範囲を設定するに当たり参考
となる値であることは明らかである。
また,レンズ製造上の問題は,レンチキュラーレンズの断面形状が真円の
円弧状であるか,楕円等の(真円でない)円弧状であるかにかかわらず発生
するものであり,また,両面レンチキュラーレンズシートであるか片面レン
チキュラーレンズシートであるかにかかわらず発生するものであるから,引
用例2,3に開示されたレンズ単位同士の成す角度の例を,引用発明に適用
することは,引用発明と引用例2,3とがレンズの形状等の構成を異にして
いるからといって,阻害されるわけではない。
(3) 数値限定の臨界的意義につき
原告は,本願発明はレンズ単位同士の成す角度を35°~60°の範囲に限定す
ることによって,各引用例では得られない格別な効果を奏するものであり,
当該数値限定は格別な技術的意義を有している旨を主張する。
しかし,本願明細書(甲2)には,数値限定の上限及び下限それぞれの技
術的意義について,「次に,水平視野角(配向特性)を広げるためには,円弧形状断面
のレンチキュラーレンズ21の曲率半径を小さくするか,あるいは断面形状を楕円に近づけれ
ば良いのであるが,隣接するレンズ単位24の境界においてレンズ単位24どうしが60°以下の
角度θをなすように設定することにより良好な配向特性を実現することができる。角度θが
60°を越える場合には,水平視野角が狭くなり,斜め横方向から画面を観察した時に画面が
暗くなり見にくくなってしまう。(段落【0021】),「隣接するレンズ単位24の境界にお
いてレンズ単位24どうしがなす角度θが35°未満であると,成形後の離型性が低下したり,
あるいは,図4に示すように,成形を繰り返すうちに金型先端55が曲がってしまい成形品離
型ができなくなったり,金型取扱時に金型先端55を損傷したりして,金型寿命が短くなりが
ちである。」(段落【0024】)と記載されているにとどまる。このように,本願
明細書には,数値限定の上限及び下限のいずれについても,限定の理由が定
性的に述べられているにすぎない。
また,本願明細書には,実施例として,レンズ単位同士の角度が58°を成
すものが1例だけ開示されているにすぎず(段落【0030】),上記数値範囲
を外れた比較例との対照は何らなされていない。
そうすると,本願発明のレンズ単位同士の成す角度についての数値限定
は,それによる格別の効果等について明細書の記載の裏付けを欠くものであ
るから,所望の水平視野角や金型寿命等を勘案して当業者が適宜定め得るも
のにすぎないというべきである。
5 結語
以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がな
い。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとして,
主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 岡 本 岳
裁判官 上 田 卓 哉
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