平成17(行ケ)10825審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成18年5月31日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告元旦ビューティ工業株式会社
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法令 |
意匠権
意匠法3条1項3号1回
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キーワード |
審決56回 侵害1回 意匠権1回 損害賠償1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,原告が後記意匠登録出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,こ
れを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことか
ら,その取消しを求めた事案である。 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10825号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成18年4月24日
判 決
原 告 元旦ビューティ工業株式会社
訴訟代理人弁理士 福 田 賢 三
同 福 田 伸 一
同 福 田 武 通
同 加 藤 恭 介
同 本 田 昭 雄
被 告 特 許 庁 長 官
中 嶋 誠
指 定 代 理 人 西 本 幸 男
同 岩 井 芳 紀
同 小 林 和 男
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2004-15912号事件について平成17年10月12日
にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が後記意匠登録出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,こ
れを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことか
ら,その取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成15年11月17日,意匠に係る物品を「横葺屋根板材」
とし,その形態を別添審決写しの別紙第1のとおりとする意匠(以下「本願
意匠」という。)につき意匠登録出願(意願2003-34317号)をし
たところ,平成16年6月24日付けで拒絶査定を受けたので,平成16
年7月30日,不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2004-15912号事件として審理した
上,平成17年10月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決をし,その審決謄本は同年11月2日原告に送達された。
(2) 審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりであり,その理由の要点は,次
のとおりである。
ア 本願意匠の出願前に発行された意匠公報(登録第744175号
甲1)には,意匠に係る物品を「横葺屋根板」とし,その形態を別添審
決写しの別紙第2のとおりとする意匠(以下「引用意匠」という。)が
記載されている。
イ 本願意匠と引用意匠は,共に意匠に係る物品が屋根を葺くための板
体であり,意匠の形態が類似するから,本願意匠は,意匠法3条1項
3号が規定する意匠に該当し,登録を受けることができない。
(3) 審決の取消事由
しかしながら,審決は,以下のとおり,本願意匠と引用意匠の共通点及
び差異点に関する認定を誤り,本願意匠と引用意匠の共通点及び差異点に関
する評価判断を誤り,その結果,本願意匠は引用意匠に類似するとの誤った
結論に至ったものであるから,違法として取消しを免れない。
ア 取消事由1(本願意匠と引用意匠の共通点に関する認定の誤り)
審決は,本願意匠と引用意匠における「各部の具体的態様」の共通点と
して,その後係合部形状に関し,「斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方
に屈曲形成したものである」(2頁(2)(い))と認定している。しかし,
本願意匠の後係合部は,斜め前上方に屈曲した後,ヘアピン状に屈曲させ
て斜め後下方に屈曲し,その後前下方に屈曲し,最終的に斜め前上方に屈
曲しているから,本願意匠と引用意匠の後係合部は,明確に相違するもの
であって,審決が認定するような共通点を有するものではない。
イ 取消事由2(本願意匠と引用意匠の差異点に関する認定の誤り)
(ア) 本願意匠は,前係合部下端の後方への折り返し部分が,水平部分に
連なるように極めて緩く傾斜した左下がり片と右下がり片とで形成され
ている。これに対して,引用意匠は,当該部分が,水平部分から起立す
る極く短い垂直片と右下がり片とで形成されている。この形状の差異
は,それぞれの図面を一見すれば明らかであり,顕著であるにもかかわ
らず,審決は,この形状の差異を看過している。
(イ) 審決は,背面側の段差部の高さ比率について,「本願意匠は,引用
意匠に比べてやや低い」(2頁(2)(イ))と認定している。しかし,こ
の「やや低い」が何に対してのものであるのか理解できない。しかも,
本願意匠の使用状態を示す参考図1(審決別紙第1参照)に明らかなよ
うに,この段差部の高さは,前係合部の前端に位置する垂直状の屈曲部
分と密接に関連づけられるものである。本願意匠の段差部の高さは上記
垂直状の屈曲部分の高さに比して著しく低く,引用意匠の段差部は上記
垂直状の屈曲部分の高さと同等又はそれ以上の高さを有している。した
がって,両意匠の段差部の高さ比率の差異は顕著である。審決は,この
ような段差部の高さ比率の差異を看過している。
ウ 取消事由3(本願意匠と引用意匠の共通点に関する評価の誤り)
審決は,本願意匠と引用意匠において共通する板面部,前係合部,後係
合部の形態は,全体の大部分を占め,かつ,具体的態様の共通点と相俟っ
て,看者に共通する印象を与えるから,類否判断を左右する旨の判断をし
ている(2頁下3行~3頁4行)。
しかし,横葺屋根板が機能を発揮するためには,板面部,下方に併合の
ための形態を有する前係合部,上方に前係合部の下片に関連付けられた併
合のための形態を有する後係合部が,必然的に必要であるから,審決が認
定する本願意匠と引用意匠の共通点は,両意匠に係る物品において極めて
一般的な事柄である。この種の物品は,これらの一般的な事柄をすべて踏
まえた上で,更に各所について装飾的,機能的見地から各種意匠を施して
おり,その需要者等は,その各種意匠の具体的形態を当該屋根板の特徴と
して理解するものである。したがって,審決の上記判断は,誤りである。
エ 取消事由4(本願意匠と引用意匠の差異点に関する評価の誤り)
(ア) 前記イ(ア)のとおり,本願意匠は,前係合部下端の後方への折り返
し部分が,水平部分に連なるように極めて緩く傾斜した左下がり片と右
下がり片とで形成されているのに対して,引用意匠は,当該部分が,水
平部分から起立する極く短い垂直片と右下がり片とで形成されている。
しかも,その先端部分は,本願意匠は下側に折り返しているのに対し,
引用意匠は上側に折り返している。
本願意匠は二つの片が緩く傾斜していることに起因して間口が広い視
覚的印象を看者に与える。これに対して,引用意匠は,前係合部の前端
に位置する垂直状の屈曲部分と極く短い垂直片との間に水平部分が介在
していることに起因して,当該部分において溝状の視覚印象を看者に与
える。
このように前係合部における両意匠の差異は顕著であるのに,審決
は,それを認めず,その評価を誤っている。
(イ) 前記イ(イ)のとおり,本願意匠の背面側の段差部の高さは,前係合
部の前端に位置する垂直状の屈曲部分の高さに比して著しく低く,引用
意匠の上記段差部は,上記垂直状の屈曲部分の高さと同等又はそれ以上
の高さを有している。そのため,使用状態において,段差部と垂直状の
屈曲部分との間に形成される境界に関し,本願意匠のそれは,軒側から
看取できない程度の低い位置にあり,引用意匠のそれは,明瞭に看取さ
れる程度の高い位置にある。
このように段差部における両意匠の差異は顕著であるのに,審決は,
それを認めず,その評価を誤っている。
(ウ) 前記アの本願意匠と引用意匠との後係合部の具体的形態の差異は,
子細に観察するまでもなく,図面を一見すれば明らかである。本願意匠
のこの部分は,漢字の「入」や「人」を表現しているように認識される
のに対し,引用意匠は,「ひしゃく」や「フック」のように認識され
る。
審決は,使用状態において,後係合部は,前係合部に内包されて見え
なくなると説示する。しかし,横葺屋根板の評価は,前後の係合部の形
態に起因する当該屋根板を採用した際の雨仕舞,強度,施工性によって
左右されるのであるから,横葺屋根板の創作者は,施工時において見え
なくなってしまう部分に形態的な工夫を凝らして機能を発揮させようと
する。しかも,横葺屋根板の需要者は,施工された屋根全域を漠然とふ
かんするような一般消費者ではなく,建築業界の専門家である。このよ
うな専門家は,屋根全体の外観として看取される板面部,前係合部の垂
直状部分等はもとより,当該製品の機能を左右する前後係合部の係合態
様に強く注目し,その形態,更には当該形態により発揮される機能によ
り採否を決する。
このように,本願意匠と引用意匠との後係合部の具体的形態の差異は
顕著である上,この部分は横葺屋根板の需要者である専門業者に強く注
目される部分である。それらを認めなかった審決は,後係合部の具体的
形態の差異についての評価を誤っている。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1),(2)の各事実は認めるが,(3)は争う。
3 被告の反論
原告が審決の認定判断が誤りであるとして主張するところは,いずれも失当
である。
(1) 取消事由1に対し
審決は,後係合部につき,本願意匠と引用意匠が共通する具体的態様とし
て,「後係合部の側面視につき,段差部後端部を上方側に折り返して倒
「U」字状とし,さらに斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲形成し
たものである」(2頁(2)(い))と認定しており,このように認定すること
に誤りはない。
そして,原告が主張する後係合部の差異は,更に子細に見れば認められる
ことから,審決において,差異点として採り上げ,「本願意匠は,頂部寄り
をヘアピン状に屈曲した後斜め前下方に屈曲し,先端部を跳ね上がり状とし
たものであるのに対して,引用意匠は,頂部寄りを緩やかな弧状に屈曲形成
したものである」(2頁(2)(ウ))と認定している。
(2) 取消事由2に対し
ア 原告が主張する前係合部下端の後方への折り返し部分の差異は,この点
のみ子細に観察すればともかく,形態全体として観察した場合には,「略
「へ」字状に屈曲した」態様の中でのわずかな差異であり,また,本願意
匠と引用意匠のいずれの態様もこの種の屋根板において普通に見受けられ
るものであって,特徴的な態様とはいえず,格別注目されないことから,
審決がこの点を殊更採り上げなかったとしても審決の結論に影響はない。
イ 審決は,本願意匠の平面図における上下の幅と引用意匠の平面図におけ
る左右の幅を同じ長さにしたときの両意匠の背面側の段差部の高さを比較
したものである。
原告が主張するように,本願意匠と引用意匠のそれぞれの前係合部の垂
直状の屈曲部分の高さと,背面部の段差部の高さの比率を比較したとして
も,本願意匠のように,段差部の高さが,前係合部の垂直状の屈曲部分に
対して著しく低いものが,本願意匠の出願前に普通に見受けられるところ
であり,引用意匠のように当該部分の高さがほぼ同じものも普通に見受け
られるところであるから,これらの点はいずれも,格別評価できるもので
はなく,全体として観察した場合,段差部の高さ比率に差異があるとして
も,用途に合わせて高さを変更する範囲に止まるものである。したがっ
て,その差異は微弱であるとした審決の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3に対し
意匠の類否判断は,物品の外観全体にわたって,その形態を観察する全体
的,視覚的な判断であるから,共通する態様が周知又は公知の態様であると
しても,他に格別評価すべき部分がない場合は,意匠全体に占める割合が大
きく,意匠的なまとまりを形成し,看者の注意をひくところが類否判断の要
部となるものである。本願意匠には,引用意匠との差異点に格別見るべき点
はないから,本願意匠と引用意匠において共通する板面部,前係合部,後係
合部の形態は,全体の大部分を占め,かつ,具体的態様の共通点と相俟っ
て,看者に共通する印象を与えるから,類否判断を左右する旨の審決の判断
に誤りはない。
(4) 取消事由4に対し
ア 前係合部下端の後方への折り返し部分に関する本願意匠と引用意匠の差
異については,前記(2)アで述べたとおりである。
イ 背面側の段差部の高さと前係合部の前端に位置する垂直状の屈曲部分の
高さの比率が本願意匠と引用意匠とで異なる点については,前記(2)イで
述べたとおりである。
ウ 原告は,「横葺屋根板の評価は,雨仕舞,強度,施工法によって左右さ
れる」旨主張するが,それらはいずれも技術的な観点による評価であっ
て,必ずしも,意匠上の評価につながるものではない。この種の屋根板に
おいて後係合部の形状が多種多様ある中で,本願意匠と引用意匠の後係合
部を対比観察すると,両意匠の差異点は,基本的構成態様を,略三角形状
とし,具体的態様を,段差部後端部を上方側に折り返して倒「U」字状と
し,さらに斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲形成したとの共通
点に包摂される程度のわずかな差異にすぎないものといえる。原告が主張
する差異は,上記共通点を,更に子細に観察して看取できるものであっ
て,その具体的態様について見ると,頂部寄りをヘアピン状に屈曲した後
斜め前下方に屈曲したものが,本願意匠の出願前に公然知られており,後
係合部の先端部を跳ね上がり状としたものも,公然知られているところで
あるから,これらの点はいずれも本願意匠のみの特徴といえるものではな
く,格別評価できるものではない。したがって,審決が,この差異点につ
いて,この点のみを子細に観察すればわかる程度の部分的な差異であると
したことに誤りはない。
次に,原告は,「横葺屋根板の需要者は,施工された屋根全域を漠然と
ふかんするような一般消費者ではなく,建築業界の専門家である」旨主張
するが,建売住宅であっても,完成後の場合はともかく,早期であれば,
建築物の購入者である一般消費者に,その屋根材等を選ぶ余地が残されて
いることが普通であり,また,注文建築やリフォームにおいては,建築主
やリフォームの依頼者である一般消費者が,屋根板等を選択することがで
きる。したがって,需要者に関する原告の上記主張は失当である。そし
て,一般消費者の場合,その関心は,係合部の形状よりは,当該屋根板を
使用した葺き上がり状態にある。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(審決の内容)の各事実
は,当事者間に争いがない。
2 取消事由1(本願意匠と引用意匠の共通点に関する認定の誤り)について
審決は,本願意匠と引用意匠における「各部の具体的態様」の共通点とし
て,その後係合部形状に関し,「斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲
形成したものである」と認定しているところ,原告は,このような共通点はな
いから,この認定に誤りがあると主張する。
本願意匠と引用意匠とでは,その後係合部形状に関し,「本願意匠は,頂部
寄りをヘアピン状に屈曲した後斜め前下方に屈曲し,先端部を跳ね上がり状と
したものであるのに対して,引用意匠は,頂部寄りを緩やかな弧状に屈曲形成
したものである」(審決2頁(2)(ウ))という差異があるが,概括的に見たと
きには,「斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲形成したものである」
(同2頁(2)(い))という共通点があるものということができるから,これを
共通点として認定し,その上で,上記の差異を差異点として認定した審決の判
断に誤りがあるということはできない。
3 取消事由2(本願意匠と引用意匠の差異点に関する認定の誤り)について
(1) 原告は,本願意匠と引用意匠では,前係合部下端の後方への折り返し部
分に差異があるのに,審決は,それを認定していないと主張する。
しかし,審決は,前係合部下端の後方への折り返し部分について,「本願
意匠は,水平部分を「へ」字状部分の略3分の2とし,端部を下方に折り返
し状としているのに対して,引用意匠は,水平部分を「へ」字状部分の略3
分の1とし,端部を上方に折り返し状としている」(2頁(2)(ア))とし
て,本願意匠と引用意匠の差異点を認定しており,この差異点の認定に誤り
はない。もっとも,本願意匠と引用意匠とでは,上記差異点に加えて,原告
が主張するように,本願意匠においては,水平部分に連なる左下がり片が緩
く傾斜しているのに対し,引用意匠においては,水平部分からほぼ垂直に短
い片が起立しているという差異がある。しかし,この差異を含めた前係合部
下端の後方への折り返し部分の差異点の評価については,後記5(1)のとお
り微弱なものであり,この差異点は,審決の結論に影響を及ぼすものではな
い。
(2) 審決は,「全体の奥行きに対する背面側の段差部の高さ比率につき,本
願意匠は,引用意匠に比べてやや低い」(2頁(2)(イ))と認定していると
ころ,原告は,この「やや低い」が何に対してのものであるのか明らかでな
いと主張する。
しかし,審決の上記認定からすると,審決が,本願意匠の平面図における
上下の幅と引用意匠の平面図における左右の幅を同じ長さにしたときの両意
匠の背面側の段差部の高さを比較して,「本願意匠は,引用意匠に比べてや
や低い」と認定したことは明らかであって,この「やや低い」が何に対して
のものであるのか明らかでないということはない。
また,原告は,本願意匠の上記段差部の高さは上記垂直状の屈曲部分の高
さに比して著しく低く,引用意匠の上記段差部は上記垂直状の屈曲部分の高
さと同等又はそれ以上の高さを有していると主張する。
本願意匠の上記段差部の高さは上記垂直状の屈曲部分の高さに比して低
く,引用意匠の上記段差部は上記垂直状の屈曲部分の高さと同等又はそれ以
上の高さを有しているということができる。しかし,この差異点の評価につ
いては,後記5(2)のとおり微弱なものであり,この差異点は,審決の結論
に影響を及ぼすものではない。
4 取消事由3(本願意匠と引用意匠の共通点に関する評価の誤り)について
審決は,本願意匠と引用意匠において共通する基本的構成態様,すなわち,
「全体が,横長の薄板体で,平坦な板面部の正面側端部には,側面視略「コ」
字状に屈曲した前係合部を形成し,背面側端部には,側面視上方向きに段差部
を設け,該段差部後方に略三角形状の後係合部を形成した基本的構成態様」
(2頁(2)冒頭部分)は,「全体の大部分を占め,両意匠の全体の基調を形成
するものであり,具体的態様の共通点と相俟って,看者に共通する印象を与え
るから,類否判断を左右する」(3頁1行~3行)旨の判断をしている。
原告は,横葺屋根板が機能を発揮するためには,板面部,下方に併合のため
の形態を有する前係合部,上方に前係合部の下片に関連付けられた併合のため
の形態を有する後係合部が,必然的に必要であると主張するが,そうであると
しても,板面部,前係合部,後係合部は,横葺屋根板において,大きな部分を
占めており,看者の注意をひく部分であるから,それらの基本的構成形態が共
通しており,具体的態様においても共通点があることは,本願意匠と引用意匠
が類似するかどうかの判断に当たって重視すべきものである。もっとも,板面
部,前係合部,後係合部やその他の部分の具体的態様において,特徴的な差異
点がある場合などには,類似しないとの判断に至る場合もあるが,本件におい
て,本願意匠と引用意匠の具体的態様における差異点は,次の5で説示すると
おり,いずれも微弱なものであって,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決
の判断を左右するものではない。
5 取消事由4(本願意匠と引用意匠の差異点に関する評価の誤り)について
(1) 原告は,前係合部下端の後方への折り返し部分における本願意匠と引用
意匠の差異は顕著であるのに,審決は,それを認めず,その評価を誤ってい
ると主張する。
前記3(1)のとおり,本願意匠と引用意匠とでは,前係合部下端の後方へ
の折り返し部分に差異があるが,この差異は,略「へ」字状に屈曲した態様
の中での差異であり,また,屋根板材につき,本願意匠のように,水平部分
に連なる左下がり片が緩く傾斜しているものは,本願意匠の出願前に知られ
ていて(平成3年3月22日発行の意匠登録第809534号の意匠〔乙
1〕,特許庁意匠課が平成6年9月14日に受け入れた内国カタログ「New
Technology Series」A-17頁所載の屋根板の意匠〔特許庁意匠課公知
資料番号HC06012215〕〔乙2〕参照),特徴的な態様とはいえないから,前
係合部下端の後方への折り返し部分の上記差異は,意匠全体を見た場合,微
弱なものであって,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断を左右す
るものではない。
(2) 原告は,背面部の段差部と前係合部の垂直状の屈曲部分の高さの比率
が,本願意匠と引用意匠とでは,大きく異なるのに,審決は,それを認め
ず,その評価を誤っていると主張する。
前記3(2)のとおり,本願意匠の上記段差部の高さは上記垂直状の屈曲部
分の高さに比して低く,引用意匠の上記段差部は上記垂直状の屈曲部分の高
さと同等又はそれ以上の高さを有しているということができ,そのため,使
用状態において,段差部と垂直状の屈曲部分との間に形成される境界に関
し,本願意匠のそれは,低い位置にあり,引用意匠のそれは,高い位置にあ
るという差異がある。しかし,本願意匠のように,段差部の高さが,前係合
部の垂直状の屈曲部分に対して低いものは,本願意匠の出願前に知られてい
た(平成12年2月28日発行の意匠登録第754940号の類似2の意匠
〔乙4〕,平成11年4月2日発行の意匠登録第1035140号の類似1
の意匠〔乙5〕参照)のであり,また,引用意匠のように当該部分の高さが
ほぼ同じものも本願意匠の出願前に知られていた(昭和63年9月26日発
行の意匠登録第744177号の意匠〔乙6〕参照)のであるから,このよ
うな差異は,特徴的な態様の差異とはいえず,意匠全体を見た場合,微弱な
ものであって,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断を左右するも
のではない。
(3) 原告は,本願意匠と引用意匠との後係合部の具体的形態の差異は顕著で
ある上,この部分は横葺屋根板の需要者である専門業者に強く注目される部
分であるから,それらを認めなかった審決は,後係合部の具体的形態の差異
についての評価を誤っていると主張する。
前記2のとおり,本願意匠と引用意匠とでは,その後係合部形状に関し,
「本願意匠は,頂部寄りをヘアピン状に屈曲した後斜め前下方に屈曲し,先
端部を跳ね上がり状としたものであるのに対して,引用意匠は,頂部寄りを
緩やかな弧状に屈曲形成したものである」(審決2頁(2)(ウ))という差異
がある。しかし,概括的に見たときには,「斜め前上方に屈曲した後,斜め
前下方に屈曲形成したものである」という共通点があるものということがで
きる上,頂部寄りをヘアピン状に屈曲した後斜め前下方に屈曲したものは,
本願意匠の出願前に知られていた(公開日が平成11年3月26日である公
開特許公報に掲載された特開平11-81594号図3及び図4の棟縁保持
部の意匠〔乙11〕参照)のであり,また,後係合部の先端部を跳ね上がり
状としたものも,本願意匠の出願前に知られていた(平成6年8月11日発
行の意匠登録第904921号の意匠〔乙12〕参照)のであるから,本願
意匠の上記態様は,特徴的な態様とはいえず,後係合部形状に関する上記差
異は,意匠全体を見た場合,微弱なものであって,本願意匠と引用意匠が類
似するとの審決の判断を左右するものではない。
この点について,原告は,「横葺屋根板の評価は,雨仕舞,強度,施工法
によって左右される」旨主張するが,それらはいずれも技術的な観点による
評価であって,視覚を通じて美感を起こさせるものを保護することを目的と
した意匠法上の評価につながるものではない。
また,原告は,横葺屋根板の需要者は,専門業者であると主張するが,建
物の建築工事や屋根の改修工事を注文する一般消費者も,屋根板の形態につ
いては,関心を持って選択すると考えられるから,専門業者のみならず一般
消費者も需要者であり,専門業者のみが需要者であるということはできな
い。
もっとも,原告や同業他社のホームページには,専門業者向けの「CAD
データ」をダウンロードすることができるページがあり(甲9の5,甲10
の6枚目ないし8枚目),原告製品については,元旦屋根管理士という専門
家が一般消費者にアドバイスすることがあり(甲9の6ないし8),原告や
同業他社のホームページの製品に関する情報には,専門業者でないと理解で
きない記載があること(乙13の7枚目ないし12枚目,甲10の3枚目な
いし5枚目)が認められるが,これらの事実があるからといって,一般消費
者が横葺屋根板の需要者であることを否定するとまでいうことはできず,需
要者に関する上記認定を左右するものではない。
また,横葺屋根板の需要者が専門業者であったとしても,本願意匠と引用
意匠との後係合部の具体的形態の差異は,上記のとおり微弱なものであるか
ら,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断が左右されることにはな
らない。
(4) 以上のとおり,原告が主張する本願意匠と引用意匠の差異点は,いずれ
も微弱なものであって,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断を左
右するものではない。
なお,前記意匠登録第1035140号の類似1の意匠(乙5)が,その
意匠登録の出願前に本件の引用意匠が公開(昭和63年9月26日)されて
いるにもかかわらず登録されていること,意匠登録第968609号の「布
団用除湿具」の意匠権(甲11。平成8年11月19日発行)侵害を理由と
する損害賠償請求訴訟において,当該登録意匠と対象製品の意匠が類似しな
いとして,請求が認められなかったこと(甲12)があるとしても,いずれ
も,本願意匠と引用意匠とは別個の意匠間の類否が問題となったものであっ
て,本件の結論に影響するものではない。
6 したがって,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がな
い。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとして,
主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 森 義 之
裁判官 田 中 孝 一
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