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平成17(行ケ)10772審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成18年4月11日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官中嶋誠
原告株式会社天木
法令 意匠権
意匠法3条1項3号1回
民事訴訟法61条1回
キーワード 審決57回
刊行物2回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 原告は,意匠に係る物品を「軒巴瓦」とする意匠(以下「本願意匠」とい う。)につき,平成16年4月21日,意匠登録出願(意願2004-121 44号)をした。この出願について,同年8月6日付けの拒絶理由通知があり, 原告は,同月24日付けの意見書を提出したが,同月25日付けの拒絶査定を 受けたため,同年9月28日,これに対する不服審判請求をした。

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判決文

平成17年(行ケ)第10772号 審決取消請求事件
平成18年2月14日口頭弁論終結
判 決
原 告 株 式 会 社 天 木
同訴訟代理人弁理士 竹 中 一 宣
同 大 矢 広 文
被 告 特許庁長官 中嶋 誠
同指定代理人 西 本 幸 男
同 上 島 靖 範
同 大 場 義 則
同 岩 井 芳 紀
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2004-20035号事件について平成17年9月26日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,意匠に係る物品を「軒巴瓦」とする意匠(以下「本願意匠」とい
う。)につき,平成16年4月21日,意匠登録出願(意願2004-121
44号)をした。この出願について,同年8月6日付けの拒絶理由通知があり,
原告は,同月24日付けの意見書を提出したが,同月25日付けの拒絶査定を
受けたため,同年9月28日,これに対する不服審判請求をした。
特許庁は,この審判請求を不服2004-20035号事件として審理し,
-1 -
その結果,平成17年9月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と
の審決をし,同年10月11日,審決の謄本が原告に送達された。
2 審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願意匠(審決書別紙第1)
は,意匠登録第750980号の意匠公報(甲第5号証。以下「引用刊行物」
という。)に掲載された意匠(審決書別紙第2。以下「引用意匠」という。)
と類似するから,意匠法3条1項3号に該当し,意匠登録を受けることができ
ない,とするものである。
審決は,意匠に係る物品について,両意匠共に,軒先に用いる瓦に係るもの
であるから一致すると判断した上で,本願意匠と引用意匠との共通点及び差異
点を次のとおり認定した。
(1) 共通点
両意匠の形態は,全体が,胴部を略半円筒形状とし,頭部に円板状の垂れ
を垂直状に形成し,尻部に玉縁を形成した基本的構成態様のものである点
各部の具体的態様において,
(あ) 胴部の左右側面下端中央部には,段差を形成している点
(い) 胴部の背の部分につき,側面視凹弧状に形成している点
(う) 玉縁につき,凸弧状の板体からなり,平面視において,後方に向かって
すぼまり状に形成したものである点
(2) 差異点
各部の具体的態様において,
(ア) 胴部両側面の平面視につき,本願意匠は,直線状であるのに対して,引
用意匠は,凹弧状としている点
(イ) 胴部の背の部分につき,本願意匠は,水切り半円形状の模様と2つの小
円孔を有しているのに対して,引用意匠は,無模様,無孔である点
(ウ) 頭上端部と尻上端部につき,本願意匠は,正面視において重なるように
-2 -
表れているのに対して,引用意匠は,尻上端部の方がわずか上方にずれて
表れている点
(エ) 玉縁部につき,本願意匠は,引用意匠と比較して幅が狭いものである点
第3 原告主張の取消事由の要点
審決は,本願意匠の要部の認定を誤り,差異点についての判断を誤ったため,
本願意匠と引用意匠との類似性の判断を誤ったものであるから,取り消される
べきである。
1 要部認定の誤り
(1) 審決は,本願意匠の要部を具体的態様の(あ)ないし(う)の点に限定してい
るが,この認定は誤りである。
(2) 胴部の背の部分から頭部の円板状の垂直状の垂れにかけてのシルエット,
即ち胴部の頭端の頂点と尻端の頂点とが同じ高さであることは,本願意匠の
要部の一つであるにもかかわらず,審決はこの点を認定していない。
引用意匠において,胴部の頭端の頂点の高さよりも尻端の頂点の高さが高
くなっているのに対して,本願意匠においては,胴部の頭端の頂点と尻端の
頂点とは同じ高さである。そのため,本願意匠の胴部の頭端及び尻端の各頂
点を線で結び,線を水平にした上で,軒巴瓦を正面視すると,一般に万十と
呼ばれる垂れの部分を真っ直ぐに視認することができる。これにより,万十
に描かれた家紋等の柄を真っ直ぐに視認することができ,本願意匠の中心を
なす美感が発揮され,看者の注意を惹く。
また,このシルエットは格別評価に値するものであり,類否判断に与える
影響は大きい。本願意匠と引用意匠の背の部分とを比較すると,頭部の円板
状の垂直状の垂れにかけてのシルエットは大きな相違があり,看者は,本願
意匠と引用意匠とを誤認混同することは考えられない。
2 差異点(ア)に関する判断の誤り
(1) 審決は,差異点(ア)として,胴部両側面の平面視の形状の差異について認
-3 -
定しているのに対して,その評価においては,側面視した背の部分について
判断している。
本願意匠の胴部両側面を平面視すると,尻側から頭側にかけて直線状で,
頭側端部付近において末広がりの構成である。これに対し,引用意匠では,
胴部両側面が凹弧状(センター絞りの形状)である。本願意匠の末広がり部
分は,特殊な形態で,美的特徴を有するものであり,意匠上格別に評価に値
するもので,類否判断に与える影響は非常に大きい。
(2) 審決は,背の部分のみを凹弧状とした態様のものが普通に見受けられ,こ
の点を格別評価することはできず,類否判断に与える影響は微弱であると判
断したが,仮に一般的な形状であっても,当然に,これを除外ないし捨象し
て意匠の類否を判断すべきことになるのではなく,その部分を含めた全体が
意匠としてまとまりを形成している場合には,当該部分を含めた全体として
の両意匠の構成態様を対比し,類否の判断を行うべきであるから,審決が一
般的形態を除外して類否を判断したことは妥当でない。本願意匠の胴部の背
の部分が凹弧状であり,胴部の頭端の頂点と尻端の頂点とが同じ高さである
ことは,本願意匠の形態全体の基本的構成であって,全体の骨格あるいは基
調をなすもので,他の部分と相俟って一つのまとまりある意匠を構成してい
るため,これを除外して類否を判断すべきでない。
3 差異点(イ)に関する判断の誤り
(1) 審決は,本願意匠の二つの小円孔が単なる取り付け用の孔を表しており,
背のほぼ中央部分に取り付け用の穴を2個形成したものは,ごく普通に見受
けられ,意匠上格別評価すべきほどでもないことから,部分的な差異に止ま
ると判断する。
しかし,本願意匠の胴部の背の部分のほぼ中央にある二つの小円孔は,半
円形の水切りその他の部分と相俟って全体として一つのまとまりのある意匠
を構成しており,二つの小円孔を施したものが普通に見受けられるとしても,
-4 -
一般的形態を除外して類否を判断するのは妥当でない。
(2) 水切り部分について,審決は,意匠全体として観察した場合に,本願意匠
に表された模様自体がさほど目立つものとはいえないから,両意匠の類否判
断に与える影響は微弱であると判断する。
しかし,本願意匠の水切り部分は,胴部の背の部分のほぼ中央にあり,看
者の目を惹く上,形状も一般的な直線状ではなく,半円形状であって,新規
かつ斬新なデザインであり,本願意匠の軒巴瓦に大きなアクセントを与えて
いる。そのため,本願意匠の水切り部分は,看者が本願意匠と他の意匠とを
区別する際の判断材料となり,胴部の背の部分に模様が全くない引用意匠と
の差異は顕著である。
4 差異点(ウ)に関する判断の誤り
頭上端部と尻上端部につき,引用意匠は,尻上端部の方がわずか上方にずれ
て半月状に表れているのに対し,本願意匠では,正面視において重なるように
表れているが,この点は,前記1(2)のとおり,万十及びそこに描かれた家紋
等を真っ直ぐに視認することを可能にし,荘厳な雰囲気という美感を発揮させ
るものであるから,意匠上格別に評価され,類否判断に与える影響は大きく,
看者は本願意匠と引用意匠とを誤認混同することは考えられない。
審決は,差異点(ウ)に係る両意匠の態様(頭上端部と尻上端部とが正面視に
おいて重なるように表れている形態と尻上端部の方がわずか上方にずれて表れ
ている形態)が,いずれも普通に見受けられる態様であると判断するが,仮に
普通に見受けられる個所があっても,対比判断する意匠全体を総合考慮して類
否の判断をすべきである。本願意匠において,頭上端部と尻上端部とが正面視
において重なるように表れている点は,前記1(2)のとおり,他の部分と相俟
って,万十及びそこに描かれた家紋等を真っ直ぐに視認することを可能にし,
美感を発揮させるための一つのまとまりのある意匠を構成しており,これを個
別に判断したり,一般的形態を除外して判断したりすることは,妥当でない。
-5 -
5 差異点(エ)に関する判断の誤り
(1) 審決は,本願意匠と引用意匠とでは,平面視のとき,玉縁部の幅と尻部の
幅の差異の大きさにおいてさほど差がないと認定している。
しかし,本願意匠においては尻部の幅に対して玉縁部の幅が3分の2程度
であるが,引用意匠においては尻部の幅に対して玉縁部の幅が5分の4程度
である。そのため,本願意匠では,意匠に係る物品である「軒巴瓦」全体が
スマートなイメージとなり,スマートな美感を醸し出すのに対し,引用意匠
では,意匠に係る物品である「かわら」全体が重厚なイメージとなり,重厚
な美感を醸し出す。また,本願意匠は,玉縁の外縁が万十の円の中にぴった
りと当接しておらず,玉縁の外縁と万十の円との間に空白部が存在する。一
方,引用意匠は,玉縁の外縁が万十の円にぴったりと当接しており,玉縁の
外縁と万十の円との間に空白部は存在しない。さらに,本願意匠の右側面図
の玉縁部と引用意匠の正面図の玉縁部とを対比すると,玉縁部の形状,玉縁
部の瓦本体に占める割合等について重要な差異がある。
このように,異なる美感を生じさせ,全体のイメージも相違することから,
玉縁部の幅と尻部の幅の差異の大きさは,両意匠の類否を判断する上で大き
な差異であり,看者が本願意匠と引用意匠とを誤認混同することは考えられ
ない。
(2) 審決は,使用態様(瓦を葺き上げた後)においても,玉縁部が他の瓦の下
に隠れて見えなくなるから,類否判断に与える影響は微弱であると判断して
いる。
しかし,両意匠の対比判断に当たっては,看者が実際に物品を購入する場
合を前提にすべきである。看者は,カタログや店頭で他の瓦と対比判断する
のであり,この場合には,使用態様において見えなくなる部分も含めて,瓦
全体を認識することのできる状態で判断している。したがって,使用態様に
おいて見えなくなるから類否判断に与える影響が微弱であると判断すること
-6 -
は,現実の取引を無視して,使用態様において見えなくなる部分を除外して
判断するものであり,誤りである。
第4 被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 要部認定の誤りについて
(1) 審決は,共通の基本的構成態様と具体的態様の(あ)ないし(う)の点が相俟
って類否判断を左右する要部をなすと認定したものであって,具体的態様の
(あ)ないし(う)のみを要部として認定したものではない。
(2) 審決は,「背の部分から頭部の円板状の垂直状の垂れにかけてのシルエッ
ト」のうち,背の部分の形状については共通点(い)として認定し,頭上端部
と尻上端部の高さの差の有無については差異点(ウ)として認定し,頭部の円
板状の垂れについては共通する基本的構成態様において認定している。そし
て,上記の共通する基本的構成態様及び共通点(い)は他の共通点とともに
相俟った態様について評価し,差異点(ウ)は他の差異点と総合して評価し,
さらに,共通点と差異点の全体について総合的に判断したものであるから,
原告の主張する「背の部分から頭部の円板状の垂直状の垂れにかけてのシル
エット」についても,結果として認定し,かつ,評価しているものである。
本願意匠と引用意匠の頭上端部と尻上端部の高さの差の有無が類否判断に
及ぼす影響をみると,側面図に水平及び垂直の基準線を引いて子細に観察す
れば,差異がわかる程度のものであって,「軒巴瓦」又は「かわら」の使用
目的,使用態様を考慮すると,両意匠について,正面形態だけが強く着目さ
れるとは考えられない。立体的に観察した場合にも,引用意匠の頭上端部と
尻上端部の高さの差はわずかである上,凹弧状とした背の形状がその差を更
に希釈化しているから,一見して本願意匠との差異を看取することができず,
この点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱である。
2 差異点(ア)に関する判断の誤りについて
-7 -
(1) 審決は,差異点(ア)について,「同部両側面の平面視につき,本願意匠は,
直線状であるのに対して,引用意匠は,凹弧状としている」としたものであ
るから,「背の部分のみを凹弧状とした」との点は,その前提に,胴部の両
側面の平面視形状が直線状であることを意味するものであって,側面視形状
について判断したものでない。
本願意匠の胴部の左右両側面の平面視を直線状とし,背部の側面視を凹弧
状とした態様は,乙第1号証及び第2号証に普通に見受けられるものであり,
垂れの径が胴部の頭側の径よりわずかに大きく末広がり状となることは,引
用意匠,乙第2ないし4号証にも普通に見受けられる形状である。したがっ
て,本願意匠のみの特徴として格別評価することはできず,類否判断に与え
る影響は微弱である。
(2) 原告は,本願意匠の胴部の背の部分が凹弧状であることについて,審決が
一般的形態を除外して類否を判断したことは妥当でないと主張する。しかし,
この点は,差異点(イ)及び(ウ)にも共通することであるが,審決は,まず,
公知事実,視覚的効果等を勘案して各構成要素を評価した上で,類否判断に
与える影響の大きさを判断したものであって,一般的形態を除外したもので
ない。
3 差異点(イ)に関する判断の誤りについて
(1) 本願意匠の胴部ほぼ中央にある二つの小円孔は,瓦を屋根に固定するため
の取り付け用の孔であり,乙第2号証等にも普通に見受けられるものである。
また,孔自体も極小さくて目立たないものであり,部分的なものであるから,
意匠上格別評価すべきほどの点でもなく,類否判断に与える影響は微弱なも
のである。
審決が一般的形態を除外して類否を判断したとの主張については,上記2
(2)において述べたとおりである。
(2) 本願の願書では,左右側面図に水切り部分の形状が表われておらず,断面
-8 -
図もないから,水切りの一般的態様(乙第5号証)をもとに判断すると,原
告のいう水切りは,瓦の表面の極浅い凹状の溝であると認められる。これに
よると,水切りとしての溝は瓦全体の材質と同じもので,明確に二重の半円
形状の模様として識別することはできず,さほど目立つものとはいえない。
4 差異点(ウ)に関する判断の誤りについて
原告は,垂れ(万十)を真っ直ぐ視認できるようにするために,背の頭端と
尻端の頂点を同じ高さとしたと主張するが,本願意匠,引用意匠のいずれでも
頭上端部と尻上端部の高さの差の有無にかかわらず,垂れの外側の面が垂直状
に形成されているから,頭上端部と尻上端部の高さを同じにすることと垂れを
真っ直ぐ視認することができることとは無関係であり,原告の主張は失当であ
る。
また,審決が一般的形態を除外して類否を判断したとの主張については,上
記2(2)において述べたとおりである。
さらに,頭上端部と尻上端部の高さの差の有無が類否の判断に及ぼす影響は
微弱なものであるから,他の構成要素の共通点を凌駕するほどのものではない。
5 差異点(エ)に関する判断の誤りについて
(1) 胴縁部の幅に対する玉縁部の幅の比率が,本願意匠と引用意匠を比較して,
倍以上の差があるのならともかく,3割にも満たない程度の差異であれば,
常套的に行われる変更の範囲に止まるものであって,意匠全体の印象を覆す
ほどのものではない。
また,玉縁と垂れ(万十)の部分は,立体的に見れば,垂れの部分と玉縁
の部分が離れており,図面に表したように,同一面に一体状に表れるもので
はないから,そこに空白部があるか否かという見方をすること自体,意匠の
とらえ方として妥当でない。
(2) 使用態様において玉縁部が他の瓦の下方に隠れて見えなくなることについ
て,原告は,審決が類否判断の対象とせず,除外して判断したと主張するが,
-9 -
審決は,本願意匠と引用意匠との幅の差を評価するに当たり,意匠を全体と
して観察した場合に,玉縁部がどの程度類否判断に影響を与えるかを示した
ものであるから,原告の主張は失当である。
第5 当裁判所の判断
1 要部認定の誤りについて
(1) 原告は,審決が要部を具体的態様の(あ)ないし(う)の点に限定しており,
この認定が誤りであると主張する。
しかし,審決は,「以上の共通点と差異点を総合して両意匠を全体として
観察すると,両意匠において共通しているとした基本的構成態様は,両意匠
の形態についての骨格的態様であって形態全体を支配する要素に係るもので
あるから両意匠の類否判断に影響を与えるものと認められ,また,共通する
とした各部の具体的態様の(あ)ないし(う)の点は,両意匠の形態を特徴づけ
る要素に係るものであり,そうして,これら共通しているとした態様が相俟
って意匠的まとまりを形成し,意匠の大部分を占め,看者の注意を最も強く
惹くところであるから,両意匠の類否判断を左右する要部と認められる。」
と判断したものであって,本願意匠の要部を具体的態様の(あ)ないし(う)に
限定して判断したものでないことは明らかであるから,原告の主張は失当で
ある。
(2) 原告は,胴部の背の部分から頭部の円板状の垂直状の垂れにかけてのシル
エット,即ち胴部の頭端の頂点と尻端の頂点とが同じ高さであることは,本
願意匠の要部の一つであるにもかかわらず,審決はこの点を認定していない
と主張する。
審決の認定した共通点及び差異点は,前記第2の2(1),(2)のとおりであ
るところ,審決は,「背の部分から頭部の円板状の垂直状の垂れにかけての
シルエット」のうち,背の部分の形状については共通点(い)として認定し,
頭上端部と尻上端部の高さの差の有無については差異点(ウ)として認定し,
頭部の円板状の垂直状の垂れについては共通する基本的構成態様において認
定している。そして,審決において,共通する基本的構成態様及び共通点
(い)は,他の共通点に係る態様と相俟って評価され,差異点(ウ)は他の差
異点に係る態様と総合して評価され,さらに共通点と差異点の全体について
総合的に判断されていることは,その説示に照らして明らかであるから,結
局,原告の主張する「背の部分から頭部の円板状の垂直状の垂れにかけての
シルエット」についても,審決において認定され,かつ,評価されているも
のである。したがって,審決に上記の点を認定しなかった誤りはない。
また,「背の部分から頭部の円板状の垂直状の垂れにかけてのシルエッ
ト」が本願意匠と引用意匠との類否の判断に与える影響について,原告は,
本願意匠においては,胴部の頭端の頂点と尻端の頂点とが同じ高さであるこ
とにより,各頂点を線で結び,線を水平にした上で,軒巴瓦を正面視すると,
一般に万十と呼ばれる垂れの部分を真っ直ぐに視認することができることに
なり,万十に描かれた家紋等の柄を真っ直ぐに視認することができ,本願意
匠の中心をなす美感が発揮され,看者の注意を惹くと主張する。
しかし,胴部の頭端の頂点と尻端の頂点とが同じ高さである点は,甲第3
号証のように,両意匠の側面図に水平の基準線を引いて子細に観察すれば,
差異がわかる程度のものであって,基準線なしに一見して明らかではないし,
引用意匠の頭上端部と尻上端部の高さの差もわずかである上,凹弧状とした
背の形状がその差を更に希釈化しているから,両意匠を,全体的に,離隔的
に観察した場合,頭上端部と尻上端部の高さが同じであるかどうかという差
異は,特に目立つものではなく,意匠的な美感を異ならせるものとはいえな
い。
しかも,「軒巴瓦」又は「かわら」の使用目的,使用態様を考慮すると,
両意匠について,正面形態だけが強く着目されるとは考えられない。また,
使用態様において胴部の頭端の頂点と尻端の頂点とが同じ高さになるには,
原告の主張にあるように,胴部の頭端及び尻端の各頂点を線で結び,その線
が水平になるように施工されなければならないから,原告の主張する美感は
本願意匠のみから生ずるものではなく,屋根当接部の形状や傾斜を含む施工
状態にも依存している。甲第6号証によれば,本願意匠と引用意匠の使用態
様を比較しても,その差異はごく小さいもので,施工状態如何によっては,
引用意匠に係る物品の「かわら」でも同様の美感を発揮し得るものと認めら
れる。さらに,使用態様においては,看者が万十を仰角で視認するのが一般
であり,万十の表面に対して斜めの視線となるから,万十に描かれた家紋等
の柄を真っ直ぐに視認することができることは,必ずしも意匠の特徴を示す
要素となり得るものではなく,看者の注意を惹くほどのものとは考えられな
い。
したがって,原告の「背の部分から頭部の円板状の垂直状の垂れにかけて
のシルエット」が,本願意匠と引用意匠とで大きく相違しており,類否判断
に与える影響が大きいとの主張は,採用することができない。
2 差異点(ア)に関する判断の誤りについて
(1) 原告は,審決が,差異点(ア)として,胴部両側面の平面視の形状の差異に
ついて認定していながら,その評価においては,側面視した背の部分につい
て判断していると主張する。
しかし,審決は,差異点(ア)について,「胴部両側面の平面視につき,本
願意匠は,直線状であるのに対して,引用意匠は,凹弧状としている」とし
ているものであるから,その判断において,「本願意匠のように背の部分の
みを凹弧状とした態様のもの」とあるのは,胴部の両側面の平面視形状が直
線状であることを前提とした上で,「背の部分のみを凹弧状」と表現したも
のであって,側面視形状について判断したものでないことが明らかである。
原告の上記主張は,審決を正解しないものであって,失当である。
また,原告は,本願意匠の胴部両側面を平面視すると,尻側から頭側にか
けて直線状で,頭側端部付近において末広がりとなっている部分は,特殊な
形態で,美的特徴を有し,意匠上格別に評価に値するもので,類否判断に与
える影響は非常に大きいと主張する。
しかし,乙第1及び第2号証によれば,本願意匠のように,胴部の左右両
側面の平面視を直線状とし,背部の側面視を凹弧状とした態様は,普通に見
受けられるものであり,垂れの径が胴部の頭側の径よりわずかに大きく末広
がり状となることは,引用刊行物(甲第5号証),乙第2ないし4号証にも
普通に見受けられる形状であることが認められる。したがって,この点は本
願意匠のみの特徴として格別評価することはできず,類否判断に与える影響
は微弱である。
(2) 原告は,審決が背の部分のみを凹弧状とした態様のものが普通に見受けら
れ,この点を格別評価することはできず,類否判断に与える影響は微弱であ
ると判断した点について,一般的形態を除外して類否を判断したものであり,
妥当でないと主張する。
意匠の類否判断においては,意匠を全体として観察して看者に異なる美感
を与えるか否かによって判断すべきであり,構成中の一部が一般に見受けら
れる形状のものであっても,他の構成部分との組合せや関連において全体と
して異なる美感を形成することもあり得るから,一般的な形状であるからと
いって,そのことから当然に,その形状を除外ないし捨象して類否の判断を
すべきであるということになるものでないことは,原告主張のとおりである
が,このことは,意匠の各構成態様に着目して類否の判断に与える影響の大
小を考察することを排斥するものでないことはいうまでもない。審決は,背
の部分を凹弧状とした態様が類否判断に与える影響は微弱であると判断した
ものであって,背の部分を凹弧状とした態様を除外ないし捨象して,それ以
外の部分のみに着目して類否の判断をしたものでないことは明らかであり,
原告の主張は失当である。
なお,原告は,本願意匠の胴部の背の部分が凹弧状であり,胴部の頭端の
頂点と尻端の頂点とが同じ高さであることは,他の部分と相俟って一つのま
とまりある意匠を構成しており,これを除外して類否を判断すべきでないと
主張するが,胴部の背の部分が側面視凹弧状である点は,本願意匠と引用意
匠に共通する形状であり(共通点(い)),胴部の頭端の頂点と尻端の頂点
とが同じ高さであるかどうかは,両意匠の対比において特に目立つ差異でな
いことは,前述のとおりであるから,仮にそれらを一つのまとまりある意匠
としてとらえたとしても,本願意匠と引用意匠との類否の判断に特段の影響
を与えるものではない。
3 差異点(イ)に関する判断の誤りについて
(1) 原告は,本願意匠の胴部の背の部分のほぼ中央にある二つの小円孔は,半
円形の水切りその他の部分と相俟って全体として一つのまとまりのある意匠
を構成しており,二つの小円孔を施したものが普通に見受けられるとしても,
一般的形態を除外して類否を判断するのは妥当でないと主張する。
乙第1及び第2号証には,胴部の背の部分に二つの小円孔を穿ったものが
多数掲載されており,これらによれば,小円孔の機能は,瓦を屋根に固定す
るための取り付け用の銅線等を通すための孔であると推認され,これに反す
る証拠はない。そうすると,本願意匠のように,胴部の背の部分に取り付け
用の小円孔を形成したものは,ごく普通に見受けられるものであり,その孔
自体もごく小さくて目立たない部分的なものに止まる上,実際の使用態様に
おいては,小円孔が二つ並びの孔として認識されることは考えられないこと
からすると,この点は,意匠上格別評価すべきほどのものではなく,両意匠
の全体的な共通点から受ける意匠的な美感を異ならせるものということはで
きない。
審決は,小円孔の存在が本願意匠と引用意匠の類否判断に与える影響が微
弱であると判断したものであり,小円孔が一般的形態であることを理由に,
これを除外して類否を判断したものでないことは,明らかである。したがっ
て,原告の主張を採用することはできない。
(2) 原告は,本願意匠の水切り部分は,胴部の背の部分のほぼ中央にあり,看
者の目を惹く上,形状も一般的な直線状ではなく,半円形状であって,新規
かつ斬新なデザインであって,本願意匠の軒巴瓦に大きなアクセントを与え
ており,胴部の背の部分に模様が全くない引用意匠との差異は顕著であると
主張する。
本願の願書(甲第2号証)では,左右側面図に水切り部分の形状が表われ
ておらず,乙第5号証によれば,水切りの一般的態様として,屋根材や瓦の
表面に極浅い凹状の溝を形成することがあることが認められることからすれ
ば,原告のいう水切りも,同様のものであると認められる。そうすると,水
切りとしての溝は瓦全体の材質と同じもので,明確に二重の半円形状の模様
として識別することは困難であって,さほど目立つものとはいえず,意匠の
全体としての美感に与える影響はわずかなものである。したがって,胴部の
背の部分に模様が全くない引用意匠と比較しても,差異が顕著であるとまで
はいえないのであって,「両意匠の類否判断に与える影響は微弱なものとい
わざるを得ない」とした審決の判断に誤りはない。
4 差異点(ウ)に関する判断の誤りについて
原告は,本願意匠において,頭上端部と尻上端部が正面視において重なるよ
うに表れている点は,万十及びそこに描かれた家紋等を真っ直ぐに視認するこ
とを可能にし,荘厳な雰囲気という美感を発揮させるものであると主張する。
しかし,本願意匠において,頭上端部と尻上端部が正面視において重なるよ
うに表れているのに対して,引用意匠では,尻上端部の方がわずか上方にずれ
て半月(又は三日月)状に表れているのは,正投影図法を用いて立体を平面上
に作図したことによって起きたことにすぎず,正面視において重なるように表
れていることと万十及びそこに描かれた家紋等を真っ直ぐに視認し得ることと
の間に関係はない。しかも,看者の視点の位置が正投影図法における視点の位
置と一致しない限り,同じ視覚は得られない。
また,原告のいう看者が垂れ(万十)を真っ直ぐ視認することは,看者が垂
れ(万十)の面に正対して見ることであると解されるところ,このような効果
は,頭上端部と尻上端部の高さの差の有無によってもたらされるものではなく,
尻上端部の方がわずか上方にずれている引用意匠においても,垂れ(万十)の
面を看者に正対して向けたときには得られる効果である。
したがって,本願意匠において,頭上端部と尻上端部が正面視において重な
るように表れている点は,意匠上格別に評価されるほどの美感をもたらすもの
ではなく,本願意匠と引用意匠の類否を判断する上において,ほとんど影響を
与えない事柄であるというべきであって,「類否判断に与える影響は微弱にす
ぎない」とした審決の判断に誤りはない。
原告は,審決が,相違点(ウ)に係る両意匠の態様(頭上端部と尻上端部とが
正面視において重なるように表れている形態と尻上端部の方がわずか上方にず
れて表れている形態)が,いずれも普通に見受けられる態様であると判断した
点について,一般的形態を除外して類否を判断することは妥当でないなどと非
難する。
しかし,審決は,上記両意匠の態様が,「格別意匠上評価できるものではな
く,部分的な差異に止まるものであるから,類否の判断に与える影響は微弱に
すぎない」と判断したものであって,この点を一般的形態として除外して判断
したものでないことは明らかであるから,原告の主張は失当である。
5 差異点(エ)に関する判断の誤りについて
(1) 原告は,本願意匠においては尻部の幅に対して玉縁部の幅が3分の2程度
であるが,引用意匠においては尻部の幅に対して玉縁部の幅が5分の4程度
であるから,本願意匠では,意匠に係る物品である「軒巴瓦」全体がスマー
トなイメージとなり,スマートな美感を醸し出すのに対し,引用意匠では,
意匠に係る物品である「かわら」全体が重厚なイメージとなり,重厚な美感
を醸し出し,大きな差異があると主張する。
しかし,本願意匠と引用意匠を視覚的に対照したとき,胴縁部の幅に対す
る玉縁部の幅の比率において,引用意匠の方が本願意匠よりもわずかに高い
ということが感得されるだけで,3分の2程度(本願意匠)と5分の4程度
(引用意匠)という数値的な違いまで感得することは困難であるし,その差
異も意匠全体からみれば微細なものにすぎず,まして,その差異から,看者
にスマートな美感と重厚な美感という違いを感得させるものとまで認めるこ
とはできない。看者の視覚において原告の主張するほどの差異が感得されな
い以上,原告主張の点は,両意匠の意匠的な美感を異ならせるものというこ
とはできない。
原告は,本願意匠の背面図(引用意匠の右側面図)において,両意匠とも
に万十の円の中に玉縁が存在するが,本願意匠は,玉縁の外縁が万十の円の
中にぴったりと当接しておらず,玉縁の外縁と万十の円との間に空白部が存
在するのに対し,引用意匠は,玉縁の外縁が万十の円にぴったりと当接して
おり,玉縁の外縁と万十の円との間に空白部は存在しないと主張する。
しかし,玉縁と垂れ(万十)の部分は,立体的に見れば,垂れの部分と玉
縁の部分が離れており,立体的に見ても「玉縁の外縁が万十の円にぴったり
と当接」することはあり得ない。本願意匠及び引用意匠における「物品の形
状」は立体的形状であるから,図面上の表われ方のみをもとにして,「玉縁
の外縁が万十の円にぴったりと当接」するか否かを論ずる原告の立論自体が
失当である。
さらに,原告は,本願意匠の右側面図の玉縁部と引用意匠の正面図の玉縁
部とを対比すると,玉縁部の形状,玉縁部の瓦本体に占める割合等について
重要な差異があるとも主張するが,意匠全体からみると,いずれも微細な差
異に止まり,両意匠の全体としての美感に与える影響は微弱なものにすぎな
い。
(2) 原告は,審決が使用態様(瓦を葺き上げた後)において玉縁部が他の瓦の
下に隠れて見えなくなることを考慮した点について,両意匠の対比判断に当
たっては,看者が実際に物品を購入する場合を前提にすべきであり,審決の
判断は,現実の取引を無視して,使用態様において見えなくなる部分を除外
したもので,誤りである旨主張する。
意匠の類否は,意匠に係る物品の需要者にとっての美感の類否によって判
断すべきであるところ,これを判断する場合には,需要者の注意を強く惹く
部分を意匠の要部として把握し,両意匠が意匠の要部において構成態様を共
通にしているか否かを基準として,両意匠を全体的に観察してその類否を判
断することが必要である。そして,意匠の要部を把握するに当たっては,意
匠に係る物品の性質,用途のほか,需要者がカタログや店頭で同種物品と対
比判断する取引の場面のみならず,その物品の通常の使用態様なども参酌す
べきである。審決は,尻部の幅と玉縁部の幅の差異について,両意匠の差は
さほど大きいものではないとした上で,使用態様をも勘案すると,類否判断
に与える影響は微弱にすぎないと判断しているものであって,現実の取引を
無視するものでも,また,使用態様において見えなくなる部分を除外してい
るものでもなく,審決の上記判断に誤りはない。原告の主張は失当である。
6 以上のとおり,審決の要部の認定及び差異点についての判断に誤りはなく,
本願意匠と引用意匠を全体的に観察した場合,差異点(ア)ないし(エ)を総
合しても,審決が基本的構成態様及び共通点(あ)ないし(う)として認定し
た両意匠の全体的な共通点を凌駕するほどのものとはいえない。
7 結論
以上に検討したところによれば,本願意匠と引用意匠とは,意匠に係る物品
が共通し,形態において前記差異点があるにもかかわらず,類否判断を左右す
る要部において共通しているから,全体として類似するとの審決の判断に誤り
はない。原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,審決を取り消すべ
きその他の誤りは認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について行政
事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 佐 藤 久 夫
裁判官 三 村 量 一
裁判官 古 閑 裕 二

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