平成17(行ケ)10460審決取消
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成18年3月29日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告株式会社エルイーテック
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法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
審決53回 実施4回 進歩性2回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,原告が特許出願をしたところ拒絶査定を受けたので,これに対し不
服の審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原告がそ
の取消しを求めた事案である。 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10460号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成18年3月15日
判 決
原 告 株式会社エルイーテック
代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 熊 倉 禎 男
同 弁理士 今 城 俊 夫
同 弁護士 富 岡 英 次
同 弁理士 上 杉 浩
同 押 本 泰 彦
同 弁護士 渡 辺 光
同 高 石 秀 樹
被 告 特 許 庁 長 官
中 嶋 誠
指 定 代 理 人 林 毅
同 吉 岡 浩
同 小 池 正 彦
同 小 林 和 男
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2003-20012号事件について平成17年3月29日に
した審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が特許出願をしたところ拒絶査定を受けたので,これに対し不
服の審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原告がそ
の取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成8年7月26日,発明の名称を「通信機能を有するセキュリ
ティチップ」とする特許出願をしたが(甲10。以下「本件出願」とい
う 。 ,平成15年9月16日に拒絶査定を受けたので,不服の審判請求を
)
した。
同請求は特許庁において不服2003-20012号事件として審理され
たが,同事件係属中の平成16年7月12日,原告は,発明の名称を「通信
機能を有する遊技機用セキュリティチップ」とするほか,特許請求の範囲の
記載等を変更する補正をした(甲4,13)。
そして特許庁は,平成17年3月29日 ,「本件審判の請求は,成り立た
ない。」との審決をし,その謄本は平成17年4月12日原告に送達された。
(2) 発明の内容
平成16年7月12日付け補正後の特許請求の範囲は,請求項1~3から
成るが,その請求項1の内容は,下記のとおりである(請求項2,3は記載
省略。以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」という。 。
)
記
「 請求項1】クロック発生回路10に基づきタイミングをとる遊技機制御
【
用中央処理装置(CPU)11と,
該CPU11とバス回路を介して接続されたワーク用の内蔵RAM13
及びユーザープログラム内蔵メモリー14と,
各チップに付与された固有の識別番号を記憶するID番号記憶回路と,
前記ID番号記憶回路15と接続された暗号化回路と復号化回路とを有
する外部通信制御回路18と,
外部通信制御回路18が,前記外部通信制御回路18の暗号化回路と復
号化回路と同一のものが搭載された外部管理装置22と通信を行うための
外部通信インターフェース回路20とからなり,
前記外部通信制御回路18が外部管理装置22からの識別番号の発信を
指示する暗号化されたコマンドを復号化を行いその識別番号発信の指示に
従いID番号記憶回路15に書き込まれたチップ固有の識別番号を暗号化
して外部管理装置22に送信する機能を有することを特徴とする通信機能
を有する遊技機用セキュリティチップ。」
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その要旨は,本願発明は,特開平4-332582号公報(本訴甲2。
以下「引用例1」という 。)及び特開昭63-37783号公報(本訴甲
3。以下「引用例2」という 。)に記載された発明並びに当該分野の周知
事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,
特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というもの
である。
イ なお審決は,上記判断をするに際し,引用例1に記載された発明(以下
「引用発明」という 。)の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び
相違点を以下のとおり認定した。
<引用発明>
「パチンコ機制御装置のコントローラであるCPU11と,
該CPU11とコモンバス12を介して接続されたRAM13と,
ホストコンピュータ9との通信を司るシリアルI/Oインターフェー
ス(SIO)17とからなる集積回路3と,
I/Oインターフェースを介して接続された識別コードと制御プログ
ラムを内蔵したEPROM5とを有し,
該SIO17がホストコンピュータからの読出しコードを受信し,前
記EPROMの識別コードを利用して,前記読出しコードに対応した応
答コードを作成し,該応答コードをホストコンピュータに送信する通信
機能を有するパチンコ機制御装置。」
<一致点>
「クロック発生回路に基づきタイミングをとる遊技機制御用中央処理装
置(CPU)と,
該CPUとバス回路を介して接続されたワーク用の内蔵RAMと,
ユーザープログラム内蔵メモリーと,
識別番号を記憶するID番号記憶回路と,
外部管理装置と通信を行うための外部通信回路とからなり,
外部管理装置からの識別番号発信の指示に従いID番号記憶回路に書
き込まれた識別番号に相当するデータを外部管理装置に送信する通信機
能を有する集積回路からなるセキュリティ機能を有する遊技機用制御装
置」である点。
<相違点1>
外部通信回路の構成が,本願発明においては暗号化回路と復号化回路
及び外部通信インターフェース回路を有する外部通信制御回路であり,
暗号化されたコマンドの復号化〔判決注:審決の「複合化」は明らかな
誤記と認める 。 ,識別番号の暗号化を行うものであるのに対し,引用
〕
発明においてはシリアルI/Oインターフェースが暗号通信機能を有す
るものではない点。
<相違点2>
外部管理装置からの指示により送信するデータが,本願発明ではID
番号記憶回路に書き込まれたチップ固有の識別番号であるのに対し,引
用発明では,EPROMに記憶された識別コードを利用して作成される
応答コードである点。
<相違点3>
本願発明ではユーザープログラム内蔵メモリーとID番号記憶回路が
セキュリティチップに内蔵されているのに対し,引用発明では集積回路
に外付けされている点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決は,一致点の認定を誤り(取消事由1 ),相違点につ
いての判断を誤った(取消事由2)ものであるから,違法として取り消さ
れるべきである。
ア 取消事由1(一致点の認定の誤り)
引用発明の「識別コード」が本願発明の「識別番号」に相当するとし
た審決の認定は,以下のとおり,誤りである。また,この点に誤りがあ
る以上,引用発明の「読出しコード」が本願発明の「識別番号発信の指
示」に相当するとした認定,引用発明の「識別コードを内蔵したEPRO
M」が本願発明の「識別番号を記憶するID番号記憶回路」に対応すると
した認定も,同様に誤りである。
・ 本願発明の「識別番号」は,各遊技機に設けられるチップを個別に
識別するために各チップに付される,チップごとに異なる番号である。
この「識別番号」は,セキュリティチップ自体が正規のものか否かを判
定するためのものである。
これに対し,引用発明の「識別コード」は,引用例1に遊技機ごとに
異なる旨の開示も示唆もないこと ,「コード」の語は一般に「情報伝達
の効率・信頼性・守秘性を向上させるために変換された情報の表現,ま
た変換の規則」を意味するものであって ,「一つ一つを区別するために
順番を付した数字や符号」である「番号」とは異なる概念であること
(広辞苑〔第5版 〕。甲5 ),本件出願の当時,チップごとに固有の番
号を付するという技術的思想が存在していなかったことによれば,遊技
機の機種ごとに付されるものと理解することができる。この「識別コー
ド」は,ROMに記憶された遊技機のプログラムが正規のものか否かを
判定するセキュリティチェック機能を実行するためのものである。
以上のとおり,引用発明の「識別コード」と本願発明の「識別番号」
とは本質的に異なるのであって,引用発明と本願発明とは具体的構成が
実質的に相違するから,審決による一致点の認定は誤りである。
・ 本願発明は,特許請求の範囲に「遊技機用セキュリティチップ」と
明記されたとおり,遊技機のプログラムが正規のものか否かを判定す
るセキュリティチェック機能を当然に有しており,そのための「識別コ
ード」を備えているのであって,これとは別に ,「識別番号」が存在す
るのである。なお,原告は,出願当初の特許請求の範囲に記載していた
「セキュリティコード 」(識別コード)を補正により削除したが,これ
は,その所在がセキュリティチップ内に限定されると誤解されないよう
にするためであって,識別コードを不要としたものではない。
したがって,本願発明にいう「識別番号」が「識別コード」に相当す
るということはできないから,審決の上記認定は誤りである。
イ 取消事由2(相違点についての判断の誤り)
・ 相違点1について
以下のとおり,相違点1についての審決の判断には誤りがある。
① 審決は,回路構成を複雑にすれば回路の偽造をしにくくなること
は自明のことであるから,偽造防止の目的で暗号化回路及び復号化回
路を設置することは格別のことではないなどと判断した。
しかし,本願発明の「外部管理装置と外部通信回路とに同一の暗
号化回路及び復号化回路を設置して通信を行う」構成は,チップの回
路構成を複雑にして回路の偽造を困難とするための構成ではなく,
「識別番号」が第三者に読み取られることを防止するために設けられ
た構成であり ,「回路の偽造」の容易性とは無関係である。したがっ
て,審決の上記判断は,明らかに論理付けを誤っている。
② 本件出願の当時,チップごとに付与する「識別番号」に基づいて真
贋判定を行うという技術的思想が全く存在しなかった以上 ,「識別番
号」が第三者に読み取られることを防止するという技術的課題も存在
しなかった。したがって ,「外部管理装置と外部通信回路とに同一の
暗号化回路及び復号化回路を設置して通信を行う」という本願発明の
構成は,当業者が容易に想到し得るものではない。
③ 本願発明は,外部管理装置とセキュリティチップ内の外部通信回路
とに同一の暗号化回路及び復号化回路を設置して通信を行うように構
成されており,これによって,両者間の通信が可能であれば,そのこ
とからセキュリティチップ内の暗号化回路及び復号化回路が正規のも
のであることが分かるので,チップが真正なものかどうかを簡易にチ
ェックすることができる。このように,通信システムにおいて,暗号
化回路及び復号化回路を,情報を他者に読み取られないようにすると
いう通常の目的とは別に,チップの偽造等の不正の簡易な発見手段と
しても利用することは,自明であるとも着想容易であるともいうこと
ができない。
・ 相違点2について
以下のとおり,相違点2についての審決の判断には誤りがある。
① 審決の判断は,引用発明の「識別コード」が本願発明の「各チップ
に付与された固有の識別番号」に相当することを前提とするものであ
るが,この前提は,取消事由1のとおり,誤りである。
正しくは ,「本願発明ではID番号記憶回路に書き込まれたチップ
固有の識別番号が外部管理装置からの指示により送信されるのに対し,
引用発明では,これに相当する構成が存在しない点」を相違点として
挙げなければならない。そして,このように相違点を正確に認定した
場合には,引用例2と組み合わせることの動機が希薄となるばかりで
なく,仮にこれを組み合わせても,本願発明の「チップ固有の識別番
号」という構成が得られないことはもとより,この番号が「外部管理
装置からの指示により送信される」構成も得られないことになり,こ
の構成を得るためには,別の引用例または周知技術を組み合わせるこ
とが必要となるが,審決にはこれが欠落している。
したがって,審決における進歩性の認定判断の方法に誤りがある
ことは明らかである。
② 審決は,製品管理(偽造品管理を含む)の目的でチップに固有の識
別番号を付し,これを外部からの指示で読み出せるようにすることは,
引用例2に基づいて容易に行い得ることであると判断した。
しかし,本願発明は,違法行為の防止のために,遊技機本体に固有
の「製造番号」を付することに加え,各チップに固有の「識別番号」
を付することにより ,「偽造チップの大量生産が困難なものとなる」
という技術的意義を初めて見いだし,そのような構成を採用した点に
特徴がある。したがって,本件出願の当時,このような技術的課題も
存在しない状況下で,全く分野の異なるテレビ製品等に関する引用例
2に開示された技術を適用することが容易であるはずはない。しかも,
引用例2のテレビ受像機等は,チップが偽造される危険はなく,チッ
プの偽造防止という技術的意義とは無関係である。引用例2において
製造番号を付する構成は,遊技機本体に固有の製造番号を付する構成
に相当するのであって,各チップに固有の識別番号を付する本願発明
の構成とは次元が異なるのである。
なお,商品価格の維持を目的として製造番号を付し,これにより商
品の流通経路を探すことは独占禁止法違反として厳しく禁止されてい
るから,引用例2は,現在では適法に利用され得ない技術である。
ところが,審決は,本願発明の,各チップに固有の「識別番号」
を付することの技術的意義を看過した結果,技術的に無関係な引用例
2において製品本体に付する「製造番号」が,本願発明における遊技
機等の本体とは別に各チップに付する「識別番号」に相当する旨の誤
った認定判断に陥ったものである。
③ 引用発明の「識別コード」に替えて,引用例2に記載された「固有
の識別番号」を採用した場合には,プログラムが正規のものであるか
否かを判定するセキュリティチェック機能を実行することが不可能と
なってしまう。ところが,遊技機において,不正プログラムの排除と
いう根本的な課題を解決する手段を排除する必要性も合理性もないか
ら,当業者にとって ,「識別コード」に替えて「固有の識別番号」を
採用することは有り得ない発想である。
・ 相違点3について
審決は ,「メモリを内蔵したLSIチップにすれば改ざんが難しくな
ることは技術常識に属すること」を理由に ,「ユーザープログラム内蔵
メモリーとID番号記憶回路をチップ内蔵とすることを格別のこととい
うことはできない」と判断した。
しかし,審決の上記判断は,引用発明の「識別コード」が本願発明の
「識別番号」に相当することを前提とするものであるが,この前提が誤
りであることは取消事由1のとおりである。引用発明は ,「識別番号」
ではなく ,「識別コード」に関するものであり ,「識別コード」を記憶
する回路をチップ内蔵型としても ,「偽造チップの大量生産が困難なも
のとなる」という本願発明の作用効果を得ることはできないのであるか
ら,相違点3についての審決の判断も誤りである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)~(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定及び判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がな
い。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対し
原告は,引用発明の「識別コード」は,遊技機の機種ごとに付されるもの
であり,チップごとに付される本願発明の「識別番号」と本質的に異なるか
ら,前者が後者に相当するとした審決の認定は誤りであると主張する。
しかし,両者は,種類ごとに付されるかチップごとに付されるかの点で完
全には一致しないとしても,少なくとも「正当なチップを不正なチップから
区別するために各チップに付与された符号」であるという意味において共通
する。そして,引用発明の「識別コード」がチップ固有の識別番号とはいえ
ないという意味で本願発明の「識別番号」と相違する点については,審決は,
これを相違点2として認定している。
また,原告は,本願発明においては「識別コード」とは別に「識別番号」
が存在するとも主張するが,これは特許請求の範囲の記載に基づかない主張
であって,失当である。
したがって,前者が後者に「相当する」とした審決の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2(相違点についての判断の誤り)に対し
ア 相違点1につき
原告は,回路の偽造の困難化をいう審決には論理付けの誤りがあると
主張する。しかし,審決は,暗号化回路及び復号化回路を設けるという相
違点1の克服を容易とすることの論理付けとして,偽造の困難化の点のみ
を挙げているわけではなく,情報の秘匿性を高めること(第三者に読み取
られることを防止すること)を挙げているのである。
また,原告は,本件出願の当時 ,「識別番号」が第三者に読み取られる
ことを防止するという技術的課題は存在しなかったから,相違点1に係る
本件発明の構成は当業者が容易に想到し得る構成ではないと主張する。し
かし,引用発明における識別コード及び読出しコードは,チップが正当な
ものであることを判定するための符号及びその発信指示であり,悪意の第
三者に知られた場合に不正が行われ易くなることは自明であるから,これ
らを通信する際に何らかの秘匿手段を設けるのが望ましいことも自明であ
る。そして,以上のことは,引用発明における識別コードをチップ固有の
識別番号に置換したもの(相違点2が克服されたもの)においても当然に
妥当するものである。
さらに,原告は,本願発明において外部管理装置と外部通信回路とに同
一の暗号化回路及び復号化回路を設置したことについて容易想到性がない
旨を主張するが,通信を双方向に行う二つの装置において両者が同一の暗
号化回路及び復号化回路を有するものとすることは,周知の構成である。
したがって,相違点1についての審決の判断に誤りはない。
イ 相違点2につき
・ 原告は,一致点の認定に誤りがあるから相違点の判断も誤りであると
主張するが,この点は取消事由1について述べたとおりである。
・ 引用例2には,不正防止を目的として,コンピュータ機器に固有の識
別番号を,マイクロコンピュータのチップに内蔵したメモリーに格納し
ておくことが記載されている。この識別番号は,当該機器に固有のもの
であるから,チップにとっても必然的に固有の識別番号となる。なお,
原告は,引用例2には違法な技術内容が開示されていると主張するが,
引用例2は,盗難品等の不正な取引を防止する目的を有しているから,
何ら違法なものではない。
また,引用発明の「識別コード」と,引用例2に記載された「コンピ
ュータ機器に固有の識別番号」とは,不正防止を目的とするものである
点で共通する。
さらに,不正防止を目的としてチップに固有の識別番号を付してチッ
プごとに識別するという技術思想は,乙5(特表平2-501428号
公報 ),乙6(特開昭60-203036号公報)に記載されているよ
うに,周知である。
したがって,引用発明のように「識別コード」を用いて機種レベルで
偽造を防止することに替えて,引用例2に記載の「固有の識別番号」を
採用し,本願発明のように「各チップに付与された固有の識別番号」を
用いて個々のチップのレベルで偽造を防止しようとすることは,容易に
想到することができたものであるから,審決の相違点2についての判断
に誤りはない。
ウ 相違点3につき
審決の一致点の認定を誤りとする原告の主張が誤りであることは,取
消事由1について述べたとおりである。識別番号を記憶するメモリーをチ
ップに内蔵することは,引用例2に記載されたように周知であるから,引
用発明の構成を,チップに固有の識別番号を内蔵メモリーに格納するよう
に構成することに格別な困難性は認められない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯 ),(2)(発明の内容 ),(3)(審決
の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,審決の適否に関し,原告主張の取消事由ごとに順次判断することと
する。
2 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 審決は,引用発明の「識別コード」が本願発明の「識別番号」に相当す
るとした上で(5頁24~28行 ),引用発明と本願発明とは ,「識別番号
を記憶するID番号記憶回路」を有し ,「外部管理装置からの識別番号発信
の指示に従いID番号記憶回路に書き込まれた識別番号に相当するデータを
外部管理装置に送信する通信機能を有する」点で一致すると認定した(6
頁9~13行 )。
これに対し,原告は,前記第3の1(4)アのとおり,・ 本願発明の「識
別番号」と引用発明の「識別コード」とは本質的に異なる,・ 本願発明に
おいては「識別コード」とは別に「識別番号」が存在すると主張して,審
決の上記認定の違法をいうものである。
(2) そこで,まず,原告の上記・の主張について検討すると,本願発明の特許
請求の範囲には ,「各チップに付与された固有の識別番号」と記載されてお
り,「識別番号」に「各チップに付与された固有の」という限定が付加され
ている。審決は,上記のとおり,引用発明の「識別コード」が本願発明の
「識別番号」に相当すると認定したものではあるが ,「各チップに付与され
た固有の」という部分を含めて,引用発明の構成と本願発明の構成とが一致
すると認定したものではない。
ところで ,「番号」とは ,「一つ一つを区別するために順番に付した数字
や符号 」(広辞苑〔第5版 〕。甲5)を意味する語であるが,番号により区
別されるべき「一つ一つ」とは,個別の商品,製品等の単体を意味する場合
もあるが,商品や製品といったカテゴリの中で区別される種類ないし種別を
意味する場合もあるということができる(例えば,バーコードは,それが表
す番号(バーコードの下に付された数字)により,生産国,製造業者等を含
めて,商品の種類を区別するものであり,後者の場合の例に当たる。 。
)
そうすると ,「各チップに付与された固有の」との限定を伴わない「識別
番号」が,遊技機の機種ごとに付される引用発明の「識別コード」と本質的
に相違するということはできない。
そして,審決は,本願発明の「識別番号」が「各チップに付与された固有
の」ものであるのに対し,引用発明の「識別コード」がそのようなものでは
ないことについては,これを相違点2として認定している(審決は,相違点
2として,外部管理装置からの指示により送信するデータが,本願発明では
「ID番号記憶回路に書き込まれたチップ固有の識別番号」であるのに対し,
引用発明では ,「EPROMに記憶された識別コードを利用して作成される
応答コード」である点を認定しており,この認定は,送信するデータという
面からみたものであるため,引用発明の構成を「応答コード」としているが,
データの内容としてみれば,引用発明が機種ごとの「識別コード」であるの
に対し,本願発明が「各チップに付された固有の識別番号」であることを相
違点として認定したということができる。 。
)
したがって,原告の上記・の主張は採用することができない。
(3) 次に,原告の上記・の主張について検討する。
本願発明の特許請求の範囲には「遊技機用セキュリティチップ」との記載
があるのみであり ,「セキュリティ」の語が安全,治安,防衛等を意味する
ことからすると,上記記載をもって,本願発明が当然に遊技機のプログラム
が正規のものか否かを判定するセキュリティチェック機能を有しているとも,
また,そのための「識別コード」を「識別番号」とは別に備えているとも認
めることはできない。むしろ,本件出願の当初の明細書(甲10)の特許請
求の範囲に記載されていた「ユーザープログラム内蔵メモリー14に書き込
まれたプログラムが正規のものであるか否かを所定のセキュリティコードに
基づきセキュリティチェックするセキュリティチェック回路16」との構成
が,平成13年7月16日付けの補正により削除されたこと(甲11)から
すると,本願発明においては ,「セキュリティコード 」(これが引用発明に
いう「識別コード」に当たることは,上記補正前の特許請求の範囲の記載か
ら明らかである。)に関する構成を不要としたものと解するのが相当である。
したがって,原告の上記・の主張も採用することができない。
(4) 以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
(1) 相違点1につき
ア 審決は,外部通信回路の構成が,本願発明では「暗号化回路と復号化回
路及び外部通信インターフェース回路を有する外部通信制御回路であり,
暗号化されたコマンドの復号化,識別番号の暗号化を行うものである」の
に対し,引用発明では「シリアルI/Oインターフェースが暗号通信機能
を有するものではない」ことを相違点1と認定した上で(6頁16~20
行),① 装置間で通信を行う場合に,情報の秘匿性を高めるために情報
を暗号化することは必要に応じて行われることであり,暗号化通信のため
の構成として,双方の装置に同一機能を有する暗号化回路及び復号化回路
を設けることは,普通の構成にすぎない,② 請求人(原告)は,通常の
ネットワーク通信における暗号化の目的は,第三者による通信内容の盗取
を防ぐことにあるが,本願発明において暗号化回路及び復号化回路を設置
する目的は,それ以上に,不正チップを検査するために利用することにあ
る旨を主張するけれども,回路構成を複雑にすれば回路の偽造がしにくく
なること自体は自明のことであるから,暗号化回路及び復号化回路を偽造
防止の目的で設置することも格別のことではないと判断した(6頁29行
~7頁20行)。
これに対し,原告は前記第3の1(4)イ・のとおり主張するが,以下の
とおり,いずれも採用することができない。
イ 原告は,本願発明の上記構成は ,「識別番号」が第三者に読み取られる
ことを防止する目的で設けられたものであり,回路の偽造の容易性とは無
関係であるから,審決の判断は論理付けを誤っていると主張する。
しかし,審決は,上記ア①のとおり,通信を行う際に情報の秘匿性を高
めるために情報を暗号化することは必要に応じて行われるものであること
を主たる理由として,相違点1に係る構成は容易に想到することができる
との判断に至ったものである。審決が,上記ア②において,回路構成を複
雑にすれば回路の偽造がしにくくなる旨の判断を示したのは,審判段階に
おける原告の主張に応じたものであって,審決の上記判断に何ら不合理な
ところはない。
ウ 原告は,本件出願の当時,チップごとに付与する「識別番号」に基づい
て真贋判定を行うという技術的思想が存在しなかった以上 ,「識別番号」
が第三者に読み取られることを防止するという技術的課題も存在しなかっ
たから,本願発明の構成を容易に想到することはできないと主張する。
しかし,引用発明は,遊技機器用のチップに付与された識別コードに基
づいて不正判定を行うようにした技術であるところ,引用例1(甲2)に
は,「続いて,EPROM5に書き込まれたセキュリティコードCDを利
用して,読出コードに対応した応答コードを生成する(ステップ250)。
この生成処理は,例えば,読出コードに対してセキュリティコードCDを
用いた演算を行なった結果を応答コードとして生成するものなどを考える
ことができる 。 (段落【0023 】 ,
」 ) 「なお,ステップ210~290に
よるセキュリティコードCDを用いた読出コードと応答コードとのやり取
りは,パチンコ機制御装置1と接続される外部の制御処理装置(ホストコ
ンピュータ9)が正当なものであるか否かを判定するセキュリティチェッ
ク機能を果たす 」【0025 】
( )と記載されたとおり,不正判定のために
応答コードを用いることが示されている。そして,上記記載によれば,応
答コードは,識別コード(セキュリティコードCD)を用いた演算結果に
より生成され,外部管理装置へ送信されるものであるから,その応答コー
ドをそのままのデータの形で外部管理装置へ送信した場合には,悪意を持
った第三者がこれを読み出して不正を行う危険性のあることを容易に予想
することができる。そうすると,引用発明における応答コードの送信に当
たり,何らかの秘匿手段を設けるべきことが当然に想定されるところ,通
信内容の秘匿手段としては,暗号化及び復号化の手段が代表的な周知技術
であることは明らかであるから,そのような手段を講ずることに格別な困
難性及び創作力を必要とするということはできない。
そして,以上の点について,不正判定に用いられるものが,引用発明の
ような「識別コード」である場合と,本願発明のような「各チップ毎に付
与する識別番号」である場合とで,別異に解すべき事情があることもうか
がわれない。
したがって,相違点1に係る本願発明の構成は,当業者(発明の属する
技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に想到し得るものであ
ると認められる。
エ 原告は,本願発明は,外部管理装置とセキュリティチップ内の外部通信
回路とに同一の暗号化回路及び復号化回路を設置して通信を行うように構
成することによって,チップの偽造等の不正を簡易に発見するための手段
としても利用することができるのであり,このことが自明であるとも着想
容易であるともいえないと主張する。
しかし,外部と情報の送受信を行うに際し,情報の重要性にかんがみ,
暗号化及び復号化の技術を施すことは極めて周知の手法であり,その際に
送り手及び受け手の双方に同一の暗号化回路及び復号化回路を設けること
も,周知の技術であると認められる(乙2~4 )。そうすると,本願発明
において,外部管理装置とセキュリティチップ内の外部通信回路とに同一
の暗号化回路及び復号化回路を設置したことによって,原告の主張するよ
うに,簡易な不正発見手段として利用することが可能となったとしても,
そのことをもって,本願発明の進歩性を基礎づけることはできないという
べきである。
したがって,この点に関する原告の主張も採用することができない。
(2) 相違点2につき
ア 審決は,外部管理装置からの指示により送信するデータが,本願発明に
では「ID番号記憶回路に書き込まれたチップ固有の識別番号」であるの
に対し,引用発明では「EPROMに記憶された識別コードを利用して作
成される応答コード」である点を相違点2と認定した上で(6頁21~2
4行 ) 「電子機器等の保守,流通管理等の目的で製品に製造番号を付す
,
ことが従来より行われており,この製造番号をCPU内の不揮発性メモリ
に格納し,外部からの指示により表示することは,引用例2に示されるよ
うに公知のことである。ここで,製造番号は製品を特定するためのもので
あり,製品に固有の番号であるから,前者〔判決注:本願発明〕における
チップ固有の識別番号と言って良いものである。従って,前者において製
品管理(偽造品管理を含む)の目的でチップに固有の識別番号を付し,チ
ップ固有の識別番号を外部からの指示で読み出せるようにすることは容易
に為し得ることである。」と判断した(7頁21~29行)。
これに対し,原告は前記第3の1(4)イ・のとおり主張するが,以下の
とおり,いずれも採用することができない。
イ 原告は,審決の判断は,引用発明の「識別コード」が本願発明の「識別
番号」に相当するとした前提に誤りがある以上,当然に誤りであると主張
するが,この主張を採用し得ないことは,取消事由1について説示したと
おりである。
ウ 原告は,審決が,本願発明における「各チップに付与された固有の識別
番号」を付することの技術的意義を看過した結果,技術的に無関係である
のみならず,違法な技術内容が開示された引用例2を引用して,誤った認
定判断に陥ったものであると主張する。
そこで検討すると,まず,引用例2(甲3)には,①「従来の技術」の
項に ,「テレビ受像機やパーソナルコンピュータ等の機器には大抵品質保
証がついており,ユーザの正常な使用状態の下で故障が生じた場合には,
保証規定にしたがってメーカが責任をとり故障箇所を修理するようになっ
ている 。 ,
」 「そのような機器の各々を識別する意味で,各機器筐体の片隅
等に製造番号(シリアルNO.とも称される)が形名(製品名とも称され
る)と共にラベル表示される。これにより,メーカのほうでは製造番号を
基に各機器製品の製造ラインや流通経路,購入先等を管理できる 。 (1
」
頁右下欄3~13行 ),②「発明が解決しようとする問題点」の項に,
「製造番号の改ざんは,ディスカウント製品以外にも,盗難品やその他の
不正な方法で取り引きされる機器製品に対しても行われている 。 (2頁
」
右上欄14~16行 ),③「実施例」の項に ,「EAROM(EPROM
とも称される)18は消去可能プログラマブル読出専用メモリで,ここに
は従来のようにチャンネルデータやバンドデータ等が格納されるほか,本
発明にしたがい当該テレビ受像機の製造番号のデータが格納される 。」
(2頁右下欄10~15行 ) 「EAROMを内蔵したマイクロコンピュ
,
ータも開発されているので,そのようなICまたはLSIチップを使用す
れば,より一層改ざんが難しくなる 。 (4頁右上欄1~4行 ) 「本実施
」 ,
例はテレビ受像機に係るものであったが,本発明はVTRやビデオディス
ク等の他の機器にも適用可能である 。 (4頁右上欄19行~左下欄1
」
行)との記載がある。
また,本件出願の前に刊行された乙5(発明の名称を「正当でないコピ
ーおよび使用から集積回路を保護する方法および装置」とする公表特許公
報平2-501428)には,④「発明の分野」の項に ,「本発明は集積
回路のための安全システムおよび方法に関するものであり,特に正当でな
いコピーから集積回路システムを保護しそれらの使用を制御するためのシ
ステムおよび方法に関するものである 。 (4頁左下欄6~9行 )
」 ,⑤「発
明の概要」の項に ,「上記問題の観点において,本発明の目的は様々なI
CおよびICを組込むシステムのための安全システムおよび方法を提供す
ることである。この安全システムはICの設計のコピーを防ぎ,ICの使
用を制御するため使用される。ICの使用の制御はICが組込まれる任意
のシステムの使用を制御する。この使用制御はシステムの任意の形の不正
使用からシステムを保護する 。 (同頁右下欄12~18行 )
」 ,⑥「好まし
い実施例の詳細な説明」の項に ,「この修正は全ウェハ上の各および全て
のチップ(あるいはIC)へ2つのものを組込む。第1のものは“制御コ
ード”であり,第2は“チップ識別性”即ち“チップID”である。各チ
ップが個々に修正されるので,実際使用制御のためには,全チップのため
の独自の制御コードおよびチップIDを実施することが望ましい 。 (7
」
頁左上欄13~19行)との記載がある。
引用例2の上記①~③の記載によれば,引用例2には,不正防止を目的
として,機器の製造番号,すなわち,機器に固有の識別番号を,機器に内
蔵されたチップ内のメモリーに格納する技術が示されており,この技術は,
テレビ受像機に限らず,パーソナルコンピュータ,VTR,ビデオディス
ク等の機器にも適用されるものであると認めることができる。
また,乙5の上記④~⑥の記載によれば,ICチップの不正コピーとい
った不正使用防止を目的として,ICチップに固有の識別番号を付してチ
ップごとに識別することは,本件出願の当時,周知の技術であったことが
認められる。そして,ICチップは様々な分野で利用されており,その不
正防止が分野を超えて共通した課題であることは明らかであるから,乙5
に示されたICチップに係る技術は,本願発明のような遊技機の分野にも
関係する技術であるということができる。
さらに,本願発明,引用発明及び引用例2に記載された上記技術は,そ
れぞれ,個々のチップ,遊技機の機種及び機器の本体を対象とするもので
あるという点では差違が認められるものの,不正防止を目的とする技術で
あるという点では共通する。
そうすると,引用発明に,引用例2に記載された技術を適用すること,
すなわち,引用発明の「識別コード」を用いて機種レベルで不正行為を防
止することに替えて ,「各チップに付与された固有の識別番号」を用いて
個々のチップのレベルで不正行為を防止することは,当業者が容易に想到
し得る事項であると認めることができる。
エ 原告は ,「識別コード」に替えて「固有の識別番号」を採用すると,セ
キュリティチェック機能を実行することが不可能となってしまうから,そ
のようなことは当業者にとって有り得ない発想であると主張する。
しかし,本願発明は,遊技機中のセキュリティチップに関する発明であ
り,識別番号により個々のチップが正規のものであるか否かを判断するも
のであるが,本願発明に係るセキュリティチップを備えた遊技機において,
このセキュリティチップとは別に,プログラムが正規のものであるか否か
を判断するセキュリティチェック機能を併せ持つことを妨げるものではな
い。したがって,この点に関する原告の主張も失当というべきである。
(3) 相違点3につき
審決は,本願発明ではユーザープログラム内蔵メモリー及びID番号記憶
回路がセキュリティチップに内蔵されているのに対し,引用発明では集積回
路に外付けされている点を相違点3と認定した上で(6頁25~27行 ),
一般に集積回路によって装置を構成する場合,ワンチップにどの程度の機能
を盛り込むかは,組立てコストや後の設計変更,生産個数等の様々な要素を
考慮して決定する事項であるなどとして,本願発明における上記構成を格別
なものということはできないと判断した(8頁3~19行)。
これに対し,原告は,前記第3の1(4)イ・のとおり,審決の上記判断は,
引用発明の「識別コード」が本願発明の「識別番号」に相当するものである
ことを前提とした点において誤りであると主張する。
しかし,引用発明の「識別コード」が本願発明の「識別番号」に相当する
とした審決の認定に誤りがあるといえないことは,取消事由1について判断
したとおりである。したがって,相違点3についても,原告の主張を採用す
ることはできない。
(4) したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
4 結語
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも採用することができない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 長 谷 川 浩 二
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