平成17(ネ)10002民事訴訟 特許権
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裁判所 |
控訴棄却 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成17年12月21日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被控訴人 三伸機材株式会社
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法令 |
特許権
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キーワード |
実施17回 特許権12回 進歩性4回 侵害3回 損害賠償2回 拒絶査定不服審判1回
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主文 |
本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事件の概要 |
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判決文
平成17年(ネ)第10002号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平
成15年(ワ)第27382号)(平成17年10月26日口頭弁論終結)
判 決
控訴人 日綜産業株式会社
訴訟代理人弁護士 矢野義宏
補佐人弁理士 天野泉
同 石川憲
被控訴人 三伸機材株式会社
訴訟代理人弁護士 中島和雄
主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,5438万5824円及びこれに対する平成
15年12月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文と同旨
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,発明の名称を「工事用可搬式歩廊」とする特許発明(特許番号第2
132357号,昭和58年7月31日出願,平成9年10月3日設定登録,平成
15年7月31日存続期間満了,以下,この発明を「本件特許発明」といい,この
発明に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者であった控訴人が,原判
決別紙物件目録「被告製品1」及び「被告製品2」記載の各製品(以下「被控訴人
各製品」という。)の製品の製造及び賃貸をしていた被控訴人に対し,その製造,
賃貸の行為が本件特許権を侵害するとして,本件特許権に基づき,損害賠償を請求
した事案である。
原審は,被控訴人の上記行為が本件特許権の技術的範囲に属するとは認められ
ず,また,被控訴人各製品が本件特許権の構成と均等とも認められないとして,控
訴人の請求を棄却したため,控訴人は,これを不服として控訴しているものであ
る。
2 争いのない事実等及び争点
原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1及び2に記載のと
おりであるから,これを引用する。
第3 当事者の主張
次のとおり当審における主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄
の「第2 事案の概要」の3に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 控訴人の主張
(1) 争点1(被控訴人各製品が本件特許発明の構成要件を文言上充足するか)
について
ア 本件特許発明の構成要件Gの「固定装置」は,本件特許権に係る明細書
(以下「本件明細書」という。)及び本件特許発明の願書に添付された図面(以下
「本件図面」という。)の図12及び図19に示される実施例の態様を含むとこ
ろ,図19は,副歩廊の桁部材(11),(21)を梁(b)に平行に載置する場合の
ものであり,この場合,プレート(105)の奥行きの長さは,必ずしも明確ではな
いが,本件明細書には,「桁部材11,21を載せるためのプレート105」(段
落【0093】)との記載があり,本件図面の図19は,副歩廊を梁材と平行に配
置した場合の取付例にも使用できることを示す記載であるから,図19のプレート
(105)は,桁部材11及び21と直交する場合も含んでおり,かつ,この桁部材
(11),(21)をその上面に載置させるものである。
したがって,図19の本来の実施形態は,別紙参考図の記載のとおりとなって,
この場合のプレート(105)は,被控訴人各製品の角パイプ(70)(固定装置の斜
視図第14図参照)と同じ作用効果を有するものであり,図12のスペーサ(65)
の機能と同様である。
この場合,クリップ(10b)は,ナット(104)を介してプレート(105)側に
押圧されて当該プレート(105)に保持され,桁部材(11),(21)はプレート(1
05)上にこれと直交して載置され,クリップ(10b)を図19の位置から90°回
転させて桁部材(11),(21)の下端をプレート(105)と協働して挟持するもの
であり,本件明細書に「図19は,本発明の別の実施例」(段落【0093】)と
記載されていることを考慮すると,別紙参考図に示すような使用方法は,当業者に
とって自明であるということができ,別紙参考図の記載の実施形態も,本件特許発
明に属するものである。
そうすると,被控訴人各製品が「角パイプ」であるのに対して,本件特許発明が
「プレート」であるという文言上の違いを除けば,両者は全く同一の構成となるか
ら,被控訴人各製品は,本件特許発明の技術的範囲に属するものである。
イ なお,被控訴人各製品の「板状部材」は,クリップ(64a)を角パイプ
(70)に結合させるためのものであり,本件特許発明の「このプレートに保持され
て」との構成の下位概念にすぎず,本件特許発明では,クリップ(10b)をプレー
ト(105)に保持する態様は限定されておらず,直接保持されていてもよく,他の
部材を介して保持されていてもよいのであり,本件特許発明の技術的範囲に含まれ
ることは明らかである。
ウ 被控訴人は,別紙参考図について,控訴人が図19を勝手に置き換え,
また,その重要な構成部分を勝手に変更した旨主張する。
しかし,本件特許発明を実施する形態が複数ある場合に対応して図12及び図1
9という複数の図面があるのであり,同一の明細書,図面に実施例として記載され
たものは,すべて等価であって,図12及び図19を等価なものとして考慮したの
が別紙参考図であって,被控訴人の論難は当たらない。
エ 被控訴人各製品の構成①ないし⑥及び⑧が,本件特許発明の構成Aない
しF及びHを充足することについては,当事者間に争いがなく,また,上記イのと
おり,被控訴人各製品は本件構成要件Gも充足するから,被控訴人各製品は,本件
特許発明の技術的範囲に属し,本件特許権を侵害するものである。
(2) 争点2(被控訴人各製品が本件特許発明の構成と均等といえるか)につい
て
ア 本質的部分と実質的同一性について
(ア) 原審において,控訴人は,本件特許発明の構成要件Gと被控訴人各製
品の構成⑦との相違点は,クリップの設置位置の違いにあるところ,本件特許発明
の本質的部分が,主歩廊と副歩廊と手摺と連結金物とを備えた歩廊と当該歩廊を水
平支持材に固定する固定装置とを組み合わせた構成にあり,固定装置部分に着目す
れば,本件特許発明の本質的部分が,長方形の台座のどこかにクリップ(64)を設
けることにあり,その最善の状態がプレート63に設けることであるが,本件特許
発明のスペーサ(65)(被控訴人各製品の角パイプ(70))に設けることも選択肢
の一つであって,これらの部材の取付位置の相違部分は,共に副歩廊を定着させる
という点で,目的,作用,効果が同じであるから,クリップ(64)をプレート(6
3)に設けることは,実施例の一つではあっても,本件特許発明の構成要件Gの本質
的部分に該当するものではないから,各部材の取付位置を置き換えることは,被控
訴人各製品の製造時点において,当業者にとって単なる設計変更で,容易に想到で
きたものであると主張した(原判決「第2 事案の概要」の3(2)ア)。
これに対して,原判決は,控訴人が,本件特許発明と被控訴人各製品との相違点
を抽出するに際し,「スペーサ」を本件特許発明の構成に含めていると理解し,特
許請求の範囲に記載されていない上,本件明細書においては設けられていない実施
例も示されているところの「スペーサ」を,本件特許発明の構成に含めて,それを
前提に相違点を抽出しているから失当である(原判決「第3 当裁判所の判断」の
2(2))と判示したが,そもそも,控訴人は,「スペーサ」それ自体が本件特許発明
の構成であるとは主張していないから,原判決の上記判示は,失当である。
(イ) 本件特許発明は,本件図面の図19から明らかなとおり,二つの部材
であるプレート(105)とクリップ(10b)とで副歩廊を挟持しているところ,被
控訴人各製品も,同じく二つの部材である角パイプ(70)とクリップ(64a)とで
副歩廊を挟持しているのであるから,両者は,二つの部材で副歩廊を挟持する点で
共通である。副歩廊を挟持する部材のうちの一方が,本件特許発明ではプレート(1
05)であるのに対して,被控訴人各製品では角パイプ(70)である点で文言上の差
異があるのみである。
また,被控訴人各製品は,角パイプ(70)がプレート(63a)と一体であるか
ら,本件構成要件Gの「プレート(105)と協働して」という構成は,被控訴人各
製品の,角パイプ(70)と協働して,という構成と実質的に同じであるということ
ができる。
被控訴人各製品の角パイプ(70)は,板厚や形状が異なるだけで,作用,効果
は,本件特許発明のプレート(105)と全く同じである。なお,すでに述べたよう
に,上記製品のクリップ(64a)は角パイプ(70)に保持されており,板状部材の
有無は関係ない。
したがって,構成要件Gに示された固定装置の具体的な方式が,本件特許発明の
本質的部分に該当するとはいえない。
(ウ) 原判決は,被控訴人各製品につき,「角パイプとスペーサたるプレー
トによって構成された面上に直交する方向に副歩廊を載置する」(原判決「第3
当裁判所の判断」の2(3)イ(ウ))ところにその本質があるというが,直交する方向
に副歩廊を載置するのは,上記(1)のとおり,本件特許発明にあっても同様である。
したがって,そのことが本質的部分でないことはもとより,相違点にも当たらない
から,原判決の上記判断は誤りである。
(エ) 被控訴人は,「副歩廊(20)の枠体(21)下端を上記プレートと協働
して挟持する」という構成要件Gの表現からは,クリップはプレートに直接保持さ
れる場合に限定されるべきであると主張する。
しかし,「協働」とは,「協力して働くこと」を意味するものであって(広辞苑
第5版),本件特許発明の,クリップがプレートと協働して枠体下端を挟持する構
成態様は,いろいろと考えられるものであり,両者が直接結合されていても離れて
いてもよく,要するに,両者が協働して枠体下端を挟持すればよいのであり,直接
保持される場合に限定される理由はない。
イ 意識的限定について
原判決は,本件特許発明に係る特許異議の手続において,固定装置が慣
用技術であると判断されたため,固定装置の構成を具体的に補正を行うことによっ
て本件特許権が成立したとし,補正によって,控訴人は,具体的に記載した固定装
置の内容に意識的に限定した旨判示した。
しかし,特許請求の範囲請求項1には,各部材の形状,構造,配置関係が上位概
念で記載されており,これを被控訴人各製品と対比してみれば,本件特許発明が
「プレート」と記載され,被控訴人各製品が「角パイプ」となっているだけである
から,本件特許発明が,本件図面の図12,図19に示すような狭い範囲に意識的
に限定されているものとはいえない。
2 被控訴人の主張
(1) 争点1(被控訴人各製品が本件特許発明の構成要件を文言上充足するか)
について
ア 控訴人は,本件図面の図19に変更を加えた別紙参考図を描いた上,本
件特許発明の「プレート」が別紙参考図記載のものを含んでおり,これは,被控訴
人各製品の角パイプ(70)と同一であるとして,被控訴人各製品が本件特許発明の
技術的範囲に属する旨主張する。
しかし,本件図面の図19が示すのは,図19に描かれている構造そのものであ
って,同図面に図示されてもいない別紙参考図を勝手に図19と置き換えて,被控
訴人各製品と対比することは許されない。
しかも,図19が,副歩廊の桁部材(11),(21)を梁(b)に平行に載置してい
るのに対して,別紙参考図では,桁部材を梁材と直交して固定する場合に変更さ
れ,また,プレート(105)の長手が両桁部材をまたいで直交するように取り付け
ており,図19の構造自体に重大な変更を加えている。このように,図19の構造
の重要な部分を勝手に変更した別紙参考図のようなものを基準として,被控訴人各
製品との異同を論ずることが許されないことは,明らかである。
イ 控訴人は,別紙参考図を前提として,本件特許発明の「プレート」が被
控訴人各製品の固定装置の角パイプ(70)と全く同じ作用効果を有しているから,
被控訴人各製品の「角パイプ」と本件特許発明の「プレート」とは,文言上の違い
を除けば全く同一構成である旨主張する。
別紙参考図には上記のとおり問題があるが,それをさておくとしても,被控訴人
各製品の角パイプ(70)は,梁材の上方に副歩廊の桁部材の下端部をカサ上げして
正に載置するための機能を営むのに対し,本件特許発明の「プレート」は,載置と
いうよりも,あくまでもクリップとの協働により副歩廊の枠体下端を挟持するため
の部材であって,被控訴人各製品の「角パイプ」と本件特許発明の「プレート」と
は,機能,作用が異なっているから,控訴人の上記主張は失当である。
ウ また,被控訴人各製品の角パイプ(70)は,クリップを保持しておら
ず,クリップと協働して副歩廊の枠体下端を挟持してもいないから,なおさら実質
同一部材とみることはできない。被控訴人各製品においてクリップを保持してクリ
ップと協働して副歩廊の枠体下端を挟持しているのは角パイプではなく,角パイプ
に別途取り付けられた板状部材である。
この点について,控訴人は,本件特許発明では,クリップ(10b)をプレート(1
05)に保持する態様は限定されておらず,直接保持されていてもよく,他の部材を
介して保持されていてもよい旨主張する。
しかし,構成要件Gの「副歩廊(20)の枠体(21)下端を上記プレートと協働し
て挟持するクリップ」とは,「挟持」の語の本来の語義からみて,プレートとクリ
ップの両者で直接的に副歩廊枠体の下端を挟み込む趣旨と理解すべきであり,それ
以外の理解の仕方はあり得ない。したがって,「副歩廊(20)の枠体(21)下端を
上記プレートと協働して挟持するクリップ」とは,プレートによって直接に保持さ
れる場合に限定されるものというべきである。
エ 加えて,板,板金,皿などを意味する構成要件Gの「プレート」の用語
は,これをいかに拡大解釈しようとも,断面形状が一辺40mmの正方形で肉厚が
2mmという被控訴人各製品の角パイプ(70)のような部材がこれに含まれると解
することは無理である。また,被控訴人各製品における角パイプ(70)は,それと
直交する方向に両桁部材を載置するものである。したがって,仮に,被控訴人各製
品の角パイプ(70)が,構成要件Gの「プレート」と共通の機能を有しているとし
ても,構成要件Gの解釈上,被控訴人各製品の角パイプ(70)が構成要件Gの「プ
レート」に該当するとはいえない。
(2) 争点2(被控訴人各製品が本件特許発明の構成と均等といえるか)につい
て
ア 本質的部分と実質的同一性について
(ア) 控訴人は,本件特許発明と被控訴人各製品との間でクリップを設ける
部材が相違する点につき,それが本件特許発明の構成要件Gの本質的な部分ではな
い旨主張する。
しかし,本件特許発明においては,クリップ(64a)をプレート(105)に設け
なければ,それらが協働して副歩廊の枠体下端を挟持することができなくなるか
ら,クリップ(64a)をプレート(105)に設けることは構成要件Gの本質的部分
である。
(イ) 控訴人は,本件特許発明と被控訴人各製品とは,同じく二つの部材で
ある角パイプ(70)とクリップ(64a)とで副歩廊を挟持しているのであるから,
両者共に二つの部材で副歩廊を挟持する点で同一であり,副歩廊を挟持する部材の
うち一方が,本件特許発明ではプレート(105)であるのに対して,被控訴人各製
品では角パイプ(70)である点で文言上の差異があるのみである旨主張する。
しかし,被控訴人各製品においては,原判決が認定するとおり,「角パイプと直
交する方向上に副歩廊を載置して角パイプの上面上に設置された板状部材とクリッ
プとで副歩廊を所定の位置に固定するものである」(原判決「第3 当裁判所の判
断」の2(3)イ(ウ))から,本件特許発明に比してより堅牢強固な載置固定状態が得
られる。これに対して,本件特許発明では,プレートの長手方向は,図12,図1
9いずれの場合も副歩廊の桁部材と平行に設けられていてプレートの長手方向に直
交して副歩廊を載置することは開示されていないし,そもそもプレートのような薄
い部材の長手方向と直交的に副歩廊を載置することなどは力学的にも極めて不自然
である。したがって,本件特許発明のプレートと被控訴人各製品の角パイプとは板
厚や形状が異なるだけで作用効果は全く同じとの控訴人の主張は理由がない。
(ウ) 控訴人は,被控訴人各製品が,角パイプ(70)がプレート(63a)と
一体であるから,本件特許発明の構成要件Gの「プレート(105)と協働して」と
いう構成は,被控訴人各製品の「角パイプ(70)と協働して」という構成と実質的
に同じである旨主張する。
しかし,被控訴人各製品のプレート(63a)は,複数の角パイプ(70)の間隔を
固定するスペーサとしての機能を有するにすぎず,本件特許発明のプレート(10
5)のように,その上に副歩廊の枠体(桁部材)を載置してクリップと協働して枠体
下端を挟持する機能を有していないし,角パイプ(70)は,クリップと協働して枠
体下端を挟持してもいないから,本件特許発明のプレートと被控訴人各製品の角パ
イプは,等価とはいえない。
(エ) また,控訴人は,被控訴人各製品では角パイプとクリップとで副歩廊
を挟持するかのように主張するが,これも誤りである。被控訴人各製品において,
クリツプは,角パイプから突出して設けられた板状部材に保持されていて,あくま
でも板状部材とクリツプとで副歩廊の桁部材の下端を挟持するのであるから,この
点でも本件特許発明と構成を異にしている。
イ 意識的限定について
控訴人は,特許請求の範囲請求項1には,各部材の形状,構造,配置関
係が上位概念で記載されているとし,その記載に基づいて本件特許発明と被控訴人
各製品と対比すれば,本件特許発明が「プレート」と記載され,被控訴人各製品が
「角パイプ」となっているだけであるから,本件特許発明が,本件図面の図12,
図19に示すような狭い範囲に意識的に限定されているものとはいえない旨主張す
るが,「プレート」が「角パイプ」の上位概念ということはできないから,控訴人
の上記主張は,失当である。
第4 当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,次の
とおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」に
記載のとおりであるから,これを引用する。
1 争点1(被控訴人各製品が本件特許発明の構成要件を文言上充足するか)に
ついて
(1) 控訴人は,本件図面の図19の本来の実施形態は,別紙参考図の記載のと
おりとなって,この場合のプレート(105)は,被控訴人各製品の角パイプ(70)
(固定装置の斜視図第14図参照)と同じ作用効果を有するものであり,図12の
スペーサ(65)の機能と同様であるとし,これを前提として, 被控訴人各製
品が「角パイプ」であるのに対して,本件特許発明が「プレート」であるという文
言上の違いを除けば,両者は全く同一構成に帰するから,被控訴人各製品は,本件
特許発明の技術的範囲に属する旨主張する。
(2) 本件特許発明の「プレート」の技術的意義について
ア 本件特許発明の構成要件Gが「前記固定装置は水平支持材に着脱自在に
定着されるクランプと,このクランプに設けたボルトと,このボルトに介装された
ナットと,ボルトに対してナットを介して高さ調整自在に固着されたプレートと,
このプレートに保持されて副歩廊の枠体下端を上記プレートと協働して挟持するク
リップとで構成させたことを特徴とする」ものであることは,上記のとおりであ
り,本件特許発明にいう「プレート」の技術的意義を明らかにするために,本件明
細書の発明の詳細な説明,本件図面及び出願の経緯について検討する。
イ 本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明の【実施例】の欄には,「ま
た,図5において,歩廊Ⅰを鉄骨粱b上に載置させ固定させる場合は,図12のよ
うにする。すなわち,本発明に係る伸縮自在な歩廊の端部が着脱自在に粱材等の水
平支持材に定着された固定装置60によって保持されているようにする。この固定
装置60は,水平支持材に着脱自在に定着される複数のクランプ61と,このクラ
ンプ61に設けたボルト62と,このボルト62に介装されたナット62aによっ
て高さ調整自在に固着されたプレート63と,このプレート63に保持されてプレ
ート63と協働して副歩廊20の桁部材21下端を挾持するクリップ64とからな
る。そして,プレート63には,ボルト62を挿通する際にその挿通個所を任意に
選択できる長孔63aが穿設されている。また,この固定装置60は,副歩廊20
の一対の桁部材21のそれぞれの下端を水平支持材の上に定着させるように構成さ
れているとともに,各固定装置60は,副歩廊20の横巾が予め設定されているの
で,その巾に合うように両固定装置60間にスペーサ65を配して一体的に構成さ
れている。従って,上記した固定装置60を水平支持材所定の位置に予め定着させ
ておけば,クレーン等によって移動される歩廊の副歩廊20端部を簡単に水平支持
材上に固定することができることとなる。」(段落【0060】~【0065】)
との記載があり,本件図面の図12には,上記記載に沿った図が示されている。
発明の詳細な説明の上記記載によれば,「プレート63」は,ボルト62に介装
されたナット62aによって高さ調整自在に固着され,クリップ(64)と協働して
副歩廊20の桁部材21下端を挾持しているのに対し,「スペーサ65」は,両固
定装置60間に配され,これと一体的に構成されており,副歩廊の桁部材の下端を
挾持していないから,発明の詳細な説明記載の「プレート63」は,「スペーサ6
5」とは異なる技術的意義を有するものであるとされていることが認められる。
ウ 次に,出願の経緯についてみると,上記引用に係る原判決の「第3 当
裁判所の判断」の2(3)イ(イ)認定のとおり,①本件特許発明の公開時の特許請求の
範囲の請求項1には,「被構築物の梁材等の水平支持材間に架設あるいは吊設され
て作業者の歩行あるいは諸作業を可能にする歩廊において,当該歩廊は主歩廊と主
歩廊の一端あるいは両端に長さ調節自在に副わせて保持した副歩廊とからなり,主
歩廊と副歩廊は一対の枠体と枠体の内側間に連設された足場板とからなり,主歩廊
と副歩廊の枠体には折り畳み自在な手摺が附設され,副歩廊の枠体端部には連結金
物が取り付けられ,更に前記水平支持材には副歩廊を固定する固定装置が設けられ
ている工事用可搬式歩廊」と記載されていたこと,②しかし,本件特許出願につい
ては,特許異議の手続を経て,「工事用可搬式歩廊,いわゆる足場において,その
枠体端部に連結金具を設けること及び水平支持材に歩廊を固定するための固定装置
を設けることは,いずれも慣用手段にすぎず,本件特許発明は,米国特許第388
9779号及び慣用手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと
認められる」との理由で拒絶査定がされたこと,③これに対し,控訴人は,拒絶査
定不服審判の請求をし,同審判において,本件明細書の特許請求の範囲請求項1の
「固定装置が設けられ」の次に,「前記固定装置は水平支持材に着脱自在に定着さ
れるクランプと,このクランプに設けたボルトと,このボルトに介装されたナット
と,ボルトに対してナットを介して高さ調整自在に固着されたプレートと,このプ
レートに保持されて副歩廊の枠体下端を上記プレートと協働して挟持するクリップ
とで構成させたことを特徴とする」との文言を付加して構成要件Gとするなどの補
正を行ったこと,④その結果,特許査定を受け,本件特許権が設定登録されたこと
が認められる。
ところで,「前記固定装置は水平支持材に着脱自在に定着されるクランプと,こ
のクランプに設けたボルトと,このボルトに介装されたナットと,ボルトに対して
ナットを介して高さ調整自在に固着されたプレートと,このプレートに保持されて
副歩廊の枠体下端を上記プレートと協働して挟持するクリップとで構成させたこ
と」,すなわち,構成要件Gは,審査段階で慣用手段にすぎないとされた,工事用
可搬式歩廊において,その枠体端部に連結金具を設けること及び水平支持材に歩廊
を固定するための固定装置を具体化したものであると認められるが,慣用手段を具
体化したからといって,直ちに慣用手段の域を出るわけではなく,本来であれば,
公知慣用技術の寄せ集めにすぎないはずであるところ,本件特許発明は,無数に考
えられる慣用手段のうち,特に,構成要件Gの構成を,工事用可搬式歩廊に採用し
たことにより進歩性があるものと認められて,特許査定を受け,設定登録されたの
であるから,本件特許発明の進歩性は,正に,工事用可搬式歩廊において,「前記
固定装置は水平支持材に着脱自在に定着されるクランプと,このクランプに設けた
ボルトと,このボルトに介装されたナットと,ボルトに対してナットを介して高さ
調整自在に固着されたプレートと,このプレートに保持されて副歩廊の枠体下端を
上記プレートと協働して挟持するクリップとで構成させたこと」という構成を採用
したことにあると解するほかない。
エ 以上によれば,本件特許発明にいう「プレート」は,発明の詳細な説明
記載の「スペーサ65」とは異なる技術的意義を有するものであり,かつ,「スペ
ーサ65」のように二つの桁部材と直交してこれを載置する構成を包摂していない
と解すべきである。
(3) 控訴人作成に係る別紙参考図をみると,プレート105は,ボルトに対し
てナットを介して高さ調整自在に固着され,また,副歩廊の枠体下端を保持し,ク
リップと協働して副歩廊の枠体下端を挟持しているが,二つの副歩廊にまたがっ
て,これらの下端を保持しており,本件図面の図12の「スペーサ(65)」と同様
の形態になっている。
しかし,上記(2)に判示したとおり,本件特許発明にいう「プレート」は,「スペ
ーサ65」のように二つの桁部材と直交してこれを載置する構成を包摂していない
のであり,別紙参考図は,本件特許発明を説明する図面ということはできない。ま
た,そもそも,本件特許発明の願書に添付された本件図面とは異なる図面を作成し
て,これを基に本件特許発明の技術的範囲の解釈をすべきでないことは,いうまで
もないところである。
したがって,本件図面の図19の本来の実施形態は,別紙参考図の記載のとおり
となって,この場合のプレート(105)は,被控訴人各製品の角パイプ(70)と同
じ作用効果を有するものであり,図12のスペーサ(65)の機能と同様であるとす
る控訴人の主張は,失当というほかない。
(4) 控訴人は,本件特許発明を実施する形態が複数ある場合に対応して図12
及び図19という複数の図面があるのであり,同一の明細書,図面に実施例として
記載されたものは,すべて等価であって,図12及び図19を等価なものとして考
慮したのが別紙参考図であると主張する。
しかしながら,上記(2)ウのとおり,本件特許発明の進歩性は,工事用可搬
式歩廊において構成要件Gに記載された構成を採用したことにあるのであり,実施
例の記載によって本件特許発明の技術的範囲が定められるわけではない。実施例及
び図面は,あくまでも,特許請求の範囲の技術的範囲を解釈するためのものであ
り,本件特許発明において,図12及び図19を基礎として独自に新たな図面を作
成しても,それは控訴人の主張を示すものにすぎず,技術的範囲の解釈には何らの
意味も有しない。
(5) 控訴人は,被控訴人各製品が「角パイプ」であるのに対して,本件特許発
明が「プレート」であるという文言上の違いを除けば,両者は全く同一の構成とな
るから,被控訴人各製品は,本件特許発明の技術的範囲に属する旨主張する。
被控訴人各製品が,水平支持材に,クランプを定着させ,クランプに設けたボル
トとボルトに介装されたナットによって高さ調整自在に固着された角パイプを複数
設け,これら角パイプと直交する方向上に副歩廊を載置して角パイプの上面上に設
置された板状部材とクリップとで副歩廊を所定の位置に固定するものであること,
すなわち,複数のボルトをいわば支柱として水平支持材に連結されるのは角パイプ
であり,複数の角パイプは,スペーサたるプレートを介在させることによって同一
面を形成するように安定固定され,その面と直交するように副歩廊を載置し,一
方,副歩廊を角パイプとスペーサたるプレートによって構成された面上に固定する
手段として,角パイプの側面に固着されて角パイプ上面と同じ上面高さで水平直角
方向に突出するように形成された板状部材とこれに保持されたクリップとで挟み込
む方式を用いるものであることは,上記引用に係る原判決の「第3 当裁判所の判
断」の2(3)イ(ウ)認定のとおりである。
被控訴人各製品の上記構成によると,本件特許発明と被控訴人各製品とは,後者
が,角パイプと直交する方向上に副歩廊を載置して角パイプの上面上に設置された
板状部材とクリップとで副歩廊を所定の位置に固定している点で,本件特許発明の
「プレート」とは技術的意義が大きく異なっているのであり,クリップと協働して
副歩廊を挾持するところが共通しているからといって,本件特許発明の「プレー
ト」と被控訴人各製品の「角パイプ」が同一の構成であるといえないことが明らか
である。
(6) 以上によれば,被控訴人各製品は本件特許発明の構成要件Gを充足すると
はいえないから,被控訴人各製品が本件特許発明の技術的範囲に属するという控訴
人の主張は,採用することができない。
2 争点2(被控訴人各製品が本件特許発明の構成と均等といえるか)について
(1) 本質的部分と実質的同一性について
ア 控訴人は,本件特許発明と被控訴人各製品とは,両者共に二つの部材で
副歩廊を挟持する点で同一であり,副歩廊を挟持する部材のうちの一方が,本件特
許発明ではプレート(105)であるのに対して,被控訴人各製品では角パイプ(7
0)である点で文言上の差異があるのみであり,また,被控訴人各製品は,角パイプ
(70)がプレート(63a)と一体であるから,本件構成要件Gの「プレート(10
5)と協働して」という構成は,被控訴人各製品の,角パイプ(70)と協働して,と
いう構成と実質的に同じである旨主張する。
しかしながら,上記1(5)のとおり,被控訴人各製品の角パイプ(70)は,当該角
パイプと直交する方向上に副歩廊を載置して角パイプの上面上に設置された板状部
材とクリップとで副歩廊を所定の位置に固定している点で,本件特許発明のプレー
ト(105)とは技術的意義において大きく異なっているのであり,実質的に同一
であるといえないことは,明らかである。
イ 控訴人は,クリップ(64)をプレート(63)に設けることは,実施例の
一つではあっても,本件特許発明の構成要件Gの本質的部分に該当するものではな
いから,各部材の取付位置を置き換えることは,被控訴人各製品の製造時点におい
て,当業者にとって単なる設計変更で,容易に想到できたものであると主張する。
しかしながら,上記1(2)ウのとおり,本件特許発明の進歩性は,工事用可搬式歩
廊において,「前記固定装置は水平支持材に着脱自在に定着されるクランプと,こ
のクランプに設けたボルトと,このボルトに介装されたナットと,ボルトに対して
ナットを介して高さ調整自在に固着されたプレートと,このプレートに保持されて
副歩廊の枠体下端を上記プレートと協働して挟持するクリップとで構成させたこ
と」という構成を採用したことにあるのであって,本件特許発明の本質的部分は,
構成要件Gにあるというべきである。そればかりでなく,そもそも,当該歩廊を水
平支持材に固定する固定装置が慣用手段であるとすれば,当業者にとって単なる設
計変更で,容易に想到できたものであることは当然であるのに,控訴人は,このよ
うな慣用手段のうちから具体化したものを構成要件Gとして採用し,その結果,拒
絶査定を免れたのであるから,本件において,出願人である控訴人自ら,単なる設
計変更であるとか容易に想到できたなどと主張することは,背理であるというほか
ない。
ウ なお,控訴人は,「スペーサ」それ自体が本件特許発明の構成であると
は主張していないから,原判決の判示は失当であると主張する。
しかし,控訴人の上記主張は,要するに,被控訴人各製品の「角パイプ」を本件
特許発明の「プレート」とを同一視すべきであるということであるが,それは,本
件明細書の発明の詳細な説明に記載された「スペーサ」が実質的に本件特許発明の
構成であると主張しているに等しいことである。したがって,特許請求の範囲に記
載されていない上,本件明細書においては設けられていない実施例も示されている
ところの「スペーサ」を,本件特許発明の構成に含めて,それを前提に相違点を抽
出しているから失当であるとした原判決の判断に誤りはない。
(2) そうすると,控訴人の均等に関する主張は,理由がないことに帰する。
3 以上のとおり,被控訴人の行為が控訴人の有していた本件特許権を侵害する
ものということはできないから,控訴人の請求は理由がない。
よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がない
からこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 宍 戸 充
裁判官青柳馨は,転補のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
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