平成17(行ケ)10451行政訴訟 特許権
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裁判所 |
知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成17年12月20日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法36条5項3回 特許法126条3項1回 特許法126条2項1回
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キーワード |
審決29回 実施10回 訂正審判4回 分割2回 特許権2回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10451号 審決取消請求事件
平成17年12月6日口頭弁論終結
判 決
原 告 松下電器産業株式会社
訴訟代理人弁理士 森下賢樹,村田雄祐
被 告 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 杉山務,岡本俊威,立川功,青木博文
主 文
特許庁が訂正2005-39003号事件について,平成17年3月29日にし
た審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
主文と同旨の判決。
第2 事案の概要
本件は,特許権者である原告が,訂正審判の請求をしたところ,請求は成り立た
ないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,発明の名称を「画像形成装置」とする特許(特許番号第34297
44号。請求項の数2。以下「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許
は,平成4年8月6日に出願した特願平4-209355号の一部を平成12年1
2月22日に新たな特許出願(特願2000-389649号)とし,平成15年
5月16日に設定登録を受けたものである(甲9)。
(2) 本件特許について特許異議の申立てがされ(異議2003-73205号事
件として係属),原告は,平成16年7月27日,上記手続において,明細書の訂
正を請求したところ,特許庁は,同年8月16日,「訂正を認める。特許第342
9744号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定をした(甲7)。
(3) 原告は,平成16年12月27日,上記決定に対する取消訴訟の係属中に,
明細書の特許請求の範囲について,請求項1を後記2の(2)記載のとおり訂正し,か
つ,請求項2を削除する旨の訂正審判の請求をした(訂正2005-39003号
事件として係属)ところ,特許庁は,平成17年3月29日,「本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決をし,同年4月8日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の請求項1の記載
(1) 訂正審判請求前のもの
【請求項1】画像形成に用いた画像形成装置を特定するために,少なくとも画像
形成装置ごとに割り当てられた情報を含んだ2次元ビットマップ情報を該装置内で
発生する手段と,
前記2次元ビットマップ情報と入力画像信号とを重畳する重畳手段と,
前記重畳手段からの信号に基づき記録媒体上に画像を形成する手段とを有する画
像形成装置。
(2) 訂正審判請求書添付の訂正明細書のもの(甲3,下線部分が訂正箇所)
【請求項1】 画像形成に用いた画像形成装置を特定するために,少なくとも画
像形成装置ごとに割り当てられた情報を含んだ符号化パターンである2次元ビット
マップ情報を該装置内で発生する手段と,
選択的に,入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する付加手段と,
前記付加手段からの信号に基づき記録媒体上に画像を形成する手段とを有し,
前記付加手段は,
a)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する場合,前記入力
画像信号に前記符号化パターンの一部を付加した信号と付加しない信号とを局所的
に切り替えて出力することによって前記2次元ビットマップ情報を示す前記符号化
パターンを前記入力画像信号に付加し,
b)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加しない場合,前記入
力画像信号をそのまま出力する,
ことを特徴とする画像形成装置。
3 審決の理由の概要
審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,訂正明細書の特許請求の範囲
の記載は明確でないから,特許法36条5項及び6項に規定する要件を満たしてお
らず,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないので,本件審
判の請求は,平成6年改正前特許法126条3項の規定に適合しない,というもの
である。
(1) 訂正拒絶理由
平成17年2月4日付で通知した訂正拒絶理由の「3.特許法第36条第5項及
び6項について」は次のとおりである。
「3.特許法第36条第5項及び6項について
ア 本件訂正後の特許請求の範囲の記載において「符号化パターンの一部を付加
した信号」がどのようなものか,請求項1の記載においては「符号化パターン」が
どのようなものか具体的に特定されていないため,明確でない。また仮に,「符号
化パターン」が発明の詳細な説明に記載されたようにバーコードであるとしても,
その「一部」がバーコードのどの部分のことか明確でない。
イ 本件訂正後の特許請求の範囲のa)の記載に関して,仮に「符号化パターン
の一部を付加した信号」がどのようなものか明確であるとしても,「入力画像信
号」に「符号化パターンの一部を付加した信号」を出力するとはどのようなことか
明確でない。信号に別の信号を出力するとはどのような処理を行うことか不明であ
る。「入力画像信号」に符号化パターンの一部を「付加しない信号」を出力するこ
とも明確でない。
なお,発明の詳細な説明の段落【0012】及び【0015】には,
「【0012】・・・
また,CPU40が入力画像信号を紙幣や証券類のものであると判定した場合,信号
61は付加情報発生回路58の出力信号59によりセレクタ56はパルス幅変調信号54を選
択するかパルス幅変調信号55を選択するかを局所的に切り替えるので,入力画像信
号は付加情報発生回路58の出力信号59の情報が付加された状態となる。そこで再生
画像においてパルス幅変調特性の変化を解析することにより,再生画像に付与され
た情報を得ることが可能である。」
「【0015】図5はセレクタ56が変調信号54を選択したときの再生画像の変調パ
ターンの例であり,図6はセレクタ56が変調信号55を選択したときの再生画像の変
調パターンの例である。したがって図1のCPU40が肯定判定をし,制御信号とし
てハイレベルの判定信号41を出力した場合,図5のような変調パターンの再生画像
の中に,図3のような情報が図6のような変調パターンとして組み込まれることに
な-り,この変化を解析することにより,再生画像に付与された図3のような所定の
情報を知ることができる。・・・」
と記載されていることから,「符号化パターン」が2値の情報であり,「付加した
信号」とは2値の情報が1のときで,「付加しない信号」が0のときであり,「入
力画像信号」を出力する際に,「符号化パターン」が1であるか0であるかに基づ
いて,異なる信号を出力するものと解釈することで,上記a)の記載が仮に
a)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する場合,前記入力
画像信号を,前記符号化パターンの情報に基づいた信号を局所的に切り替えて出力
するものとして,前記2次元ビットマップ情報を示す前記符号化パターンを前記入
力画像信号に付加し,
ということを意味するものであるとしても,そのような記載では,発明の詳細な説
明に具体的な実施例として記載されたPWM変調の変調特性の切換えによるものに
限定されるのか,段落【0016】に
「【0016】
また,実施例ではPWM変調の変調特性の切換えに付いて述べたが,多値ディザ
法や,濃度階調法を用いた場合でも,閾値パターンの切換やスクリーン角の切換に
より再生画像への情報付加を行っても良い。」
と記載されていることから,本件の原出願の別の分割出願に係る特許342100
3号(段落【0016】の記載は本件訂正明細書の記載と同じである。)の請求項
1に「かつ前記付加手段は,前記所定の情報に基づいて,入力画像信号の階調処理
に変化を持たせることにより,所定の情報を前記入力画像信号に付加すること」と
記載されているのと同様のものであるのか,その記載から明らかであるとはいえな
い。
さらに,普通,画像形成装置は入力画像を多数の画素の集合として形成するもの
であり,入力画像信号に別の2次元ビットマップ情報を単に合成して付加する場
合,2次元ビットマップ情報が例えば,2値のイエローで形成される場合,2次元
ビットマップ情報が“1”の場合には入力画像信号の画素の色にさらにイエローが
付加され,2次元ビットマップ情報が“0”の場合には入力画像信号の画素の色の
ままであり,それらが2次元ビットマップ情報の値により,局所的といえる画素ご
とに切り替わるので,上記a)の記載は入力画像信号に別の2次元ビットマップ情
報を単に合成して付加するものを含むのかどうか明確でない。
いずれにしても,上記a)の記載は,どのような技術的事項を特定するのか明確
であるということはできない。
したがって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確ではなく,特許法36条
5項及び6項に規定する要件をみたしていないから,特許出願の際独立して特許を
受けることができるものではない。」
(2) 審決の判断
まず,上記「符号化パターン」が発明の詳細な説明に記載されたようなバーコー
ドである場合について検討する。
バーコードはバーの幅,またはバーの幅及びバーとバーの間隔の幅により情報を
表したものであり,バーとバーの間隔の幅により情報を表す形式のものではないと
しても,バーの幅を検出するためには,その間隔も検出しなければならず,バーと
バーの間隔である地の部分も,バーコードの構成部分であることは明らかである。
そのため,バーコードの一部がバーコードとして検出されるためには,バーの幅
だけではなくその間隔である地の部分も構成部分として含まれていなければならな
いが,そうすると上記a)の処理では,バーコードが表す情報が全部は付加され
ず,「画像形成装置ごとに割り当てられた情報」が適切に付加されないことにな
る。
また,発明の詳細な説明には,
「【0017】
・・・さらに本実施例では,再生画像に付加する情報はシリアルナンバーを数字
そのもので付与しているが,バーコードなどの符号化パターンにしてもよい。」
と記載されているだけで,その一部がどのような部分であるのか示されていない。
さらに,「符号化パターンである2次元ビットマップ情報」は,2値のパターン
の場合であれば,そのパターンは異なるが,本件の図3に示されたビットマップデ
ータと同様の構成部分からなるはずであり,図3において白で表されるビットと黒
で表されるビットのような2種類の情報により「2次元ビットマップ情報」が構成
されることになる。例えば,上述のバーコードの場合では,バーの部分が黒に,そ
の間隔である地の部分が白に,またはその逆に対応することになる。そのため,実
施例として具体的に示されたものでいえば,再生画像の変調パターンを,「2次元
ビットマップ情報」が,白で表されるビットのときには図5の変調パターンを,黒
で表されるビットのときには図6の変調パターンを(またはその逆を),選択する
ことにより,変調パターンを局所的に切り替えて出力するとまではいえるとして
も,「2次元ビットマップ情報」の2種類の情報のどちらであるかに応じて切り替
えられている以上,図5の変調パターンと図6の変調パターンのどちらも「2次元
ビットマップ情報」が付加されたものであり,「2次元ビットマップ情報」の一部
を付加した信号と付加しない信号とを局所的に切り替えて出力しているとはいえな
いし,本件の明細書または図面には,変調パターンによる実施例以外には具体的な
ものは示されていない。
したがって,請求項1の画像形成装置が「画像形成装置ごとに割り当てられた情
報」が適切に付加されないことになるものとは考えられないから,「符号化パター
ンの一部を付加した信号」がどのようなものか明確でないといわざるをえないの
で,(1)イについて検討するまでもなく,訂正明細書の特許請求の範囲の記載は明確
でない。
なお,請求人は,
「本件発明において,符号化パターンの一部分とは,当然,付加手段が画像内にお
いて今処理しようとしている個所に符号化パターンの構成部分が存在していればそ
の部分を指すのであって,請求項を読めば当然そう解釈できるところです。」
と主張しているが,上述のように,バーコードの場合,バーの部分だけでなくその
間隔の地の部分もバーコードの構成部分として必要なものであるし,「2次元ビッ
トマップ情報」が2値の情報であれば,どちらの値の情報も必要なものであるか
ら,
「前記入力画像信号に前記符号化パターンの一部を付加した信号と付加しない信号
とを局所的に切り替えて出力することによって」とすることが,「符号化パターン
である2次元ビットマップ情報」のすべての部分を付加することを意図したもので
あれば,その記載は明確でないといわざるをえない。
さらに請求人は,
「ここで本件発明では単純なオア画像を生成するような「合成」をするのではない
ため「合成」とはいわず,変調パターンを変えるなど,まさに「付加」とでも呼ぶ
しかない処理を行っています。」
とも主張している。しかし,付加が合成を含まないとはいえないし,本件特許第3
429744号の異議申立の審理において通知した取消理由で示した特願平3-6
0248号(特開平4-294682号)の明細書には,普通の合成が付加と記載
されている。合成を含まないのであれば,本件の原出願に係る特許第318685
0号に「前記所定の情報に基づき前記パターン信号を変化させて変調パターンを切
り換える変調切換手段」と,本件の原出願の別の分割出願に係る特許第34210
03号に「かつ前記付加手段は,前記所定の情報に基づいて,入力画像信号の階調
処理に変化を持たせることにより,所定の情報を前記入力画像信号に付加するこ
と」と記載されているように,普通の合成を含まないことを明らかにするべきとこ
ろを,平成16年7月27日付の訂正請求により,「前記2次元ビットマップ情報
と入力画像信号とを重畳する重畳手段と,前記重畳手段」を「前記入力画像信号に
前記2次元ビットマップ情報を付加する付加手段と,前記付加手段」と訂正するこ
とを求めたものであり,本件審判においても「付加」とすることを求めている。し
たがって,上記「3.特許法第36条第5項及び6項について」のなお以下に示し
たように,上記a)の記載はどのような技術的事項を特定するのか明確であるとい
うことはできない。そもそも,「付加」が普通の合成を含まないということで明確
であるとするならば,普通の合成を行うことである「重畳」を,「付加」とするよ
うな上記訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張または変更するものといわざるをえ
ず,独立して特許を受けることができるものであるかどうか判断するまでもなく,
平成6年改正前特許法126条2項の規定に適合しないことになる。
そして,上記a)の記載を明確なものとして検討した訂正拒絶理由の4.以下の
理由についても妥当なものである。
そこで,訂正拒絶理由の「4.特許法第29条の2について」を補足すると,付
加については上述のとおりであり,符号化パターンについては以下のとおりであ
る。
請求人は意見書において,
「審判長殿が引用されたマグローヒル科学技術用語大辞典によれば,符号とは「情
報を表現するための記号と規則の系」とありますが,それに続き,「モールス(M
orse)符号,EIAカラー符号」が例示されています。これらの例示からもわ
かるとおり,符号というのは,もとの情報を別の体系に対応づけるための記号体系
です。」
と主張しているが,長と短の2種類で仮名等を表すモールス符号が符号であるので
あれば,「0」から「9」の10種類のアラビア数字のパターンですべての自然数
を表すことができるアラビア数字の体系も符号ということができる。また,数字の
体系はアラビア数字だけでなく,漢字やローマ数字の体系もあり,本願発明の画像
形成装置や先願の画像処理装置等が,数値情報をアラビア数字のパターンや漢字そ
のままで記憶や処理をしているわけでないことは明らかであり,2値情報として記
憶や処理をして,複写出力するときにアラビア数字のパターン等に変換されるので
ある。
なお,本件の明細書には発明の詳細な説明には,
「【0017】
・・・さらに本実施例では,再生画像に付加する情報はシリアルナンバーを数字
そのもので付与しているが,バーコードなどの符号化パターンにしてもよい。」
と記載されているだけであり,バーコードなどの符号化パターンが周知慣用のもの
であり,それにより格別の効果が得られるともいえないので,バーコードなどの符
号化パターンとすることは単なる設計事項といえることでもある。
(3) 審決のむすび
上述のように訂正明細書の特許請求の範囲の記載は明確でないから,特許法36
条5項及び6項に規定する要件をみたしておらず,特許出願の際独立して特許を受
けることができるものではない。
したがって,本件審判の請求は,平成6年改正前特許法126条3項の規定に適
合しない。
第3 当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由
審決は,「訂正明細書の特許請求の範囲の記載は明確でない」と判断したが,以
下のように,誤りであるから,取り消されるべきである。
(1) 審決は,「バーコードの一部がバーコードとして検出されるためには,バー
の幅だけではなくその間隔である地の部分も構成部分として含まれていなければな
らないが,そうすると上記a)の処理では,バーコードが表す情報が全部は付加さ
れず,「画像形成装置ごとに割り当てられた情報」が適切に付加されないことにな
る。」と認定判断した。
しかし,「バーコードの一部がバーコードとして検出されるためには,バーの幅
だけではなくその間隔である地の部分も構成部分として含まれていなければならな
い」ものであるとしても,紙にバーコードを印刷する場合には,地の部分などを印
刷しなくても,黒の部分を印刷すれば足りるのであって,実際の処理において,入
力画像に符号化パターンを入れようとすれば,当然に,その符号化パターンを顕在
化させる部分(バーコードでいえば黒の部分)を付加すれば足りる。そして,a)
の処理は,まさに,この処理を具体的に記述したに過ぎない。
したがって,a)の処理により,「画像形成装置ごとに割り当てられた情報」が
付加されるから,審決の認定判断は誤りである。
(2) 審決は,「発明の詳細な説明には,「【0017】・・・さらに本実施例で
は,再生画像に付加する情報はシリアルナンバーを数字そのもので付与している
が,バーコードなどの符号化パターンにしてもよい。」と記載されているだけで,
その一部がどのような部分であるのか示されていない。」と認定判断した。
しかし,上記(1)のとおり,バーコードでいえば,黒の部分を符号化パターンの一
部として入力画像信号に付加するものである。処理が領域ごとに進行することは,
「局所的に切り替えて出力する」という動作からみても明らかであるし,それ自体
は,一般的な技術である上,そのような処理の結果として,a)の処理では,最終
的に「前記2次元ビットマップ情報を示す前記符号化パターンを前記入力画像信号
に付加し,」という処理が完了する。逆に言えば,このような処理を実行するため
に,「入力画像信号に前記符号化パターンの一部を付加した信号と付加しない信号
とを局所的に切り替えて出力する」のである。
したがって,符号化パターンの一部がどのような部分であるか示されているとい
うことができるから,審決の認定判断は誤りである。
(3) 審決は,「「2次元ビットマップ情報」が2値の情報であれば,どちらの値
の情報も必要なものであるから,「前記入力画像信号に前記符号化パターンの一部
を付加した信号と付加しない信号とを局所的に切り替えて出力することによって」
とすることが,「符号化パターンである2次元ビットマップ情報」のすべての部分
を付加することを意図したものであれば,その記載は明確でないといわざるをえな
い。」と認定判断した。
しかし,2次元ビットマップ情報は,例えば,「0」と「1」の二次元的な集合
体と把握することができるところ,ごく素直に,符号化パターンの一部を「1」と
し,それ以外を「0」とすれば,「1」の部分だけ,特殊な処理(実施例では,縞
模様を傾ける処理)をして出力し,「0」の部分は,何もせずに入力画像信号をそ
のまま出力すれば,結果として,符号化パターンが入力画像に付加されることにな
るのである。このような技術を達成するために,符号化パターンは,「2次元ビッ
トマップ情報」として,生成されるにすぎない。そして,「前記符号化パターンの
一部を付加した信号」とは,本件発明の図6の縞模様が斜めになっている領域の信
号をいい,「付加しない信号」とは,本件発明の図5の縞模様が斜めになっていな
い領域の信号をいい,「局所的に切り替えて出力することによって」とは,そうし
た領域ごとの切替えを行うことにより,符号化パターンが入力画像信号に入ること
をいうのであって,当業者であれば,ごく素直にそのように理解することができる
のである。
したがって,審決の認定判断は誤りである。
2 被告の反論
以下のように,審決が「訂正明細書の特許請求の範囲の記載は明確でない」と判
断したことに誤りはない。
(1) 符号化パターンは,符号化処理によって生成されたパターンであり,「パタ
ーン」とは,図柄,模様などを表す一般用語で,白と黒からなる図柄であり,白と
黒の領域を有するから,パターンと認識することができるのである。原告は,「符
号化パターンの一部」を,白と黒の領域を有する部分を含む一部ではなく,黒の部
分全体を意味するものとして主張を展開しているから,原告の主張は,理由がな
い。
したがって,審決が「上記a)の処理では,バーコードが表す情報が全部は付加
されず,「画像形成装置ごとに割り当てられた情報」が適切に付加されないことに
なる。」と認定判断したことに誤りはない。
(2) 訂正明細書には,「2次元ビットマップ情報」について,所定情報,所定の
情報,付加情報,付加する情報又は固有の情報と表現され,画像形成装置ごとの固
有の情報であるとして,画像形成装置の設置場所,管理者,シリアルナンバー,日
付又は地域コードが例示されているが,「符号化パターン」については,バーコー
ドなどであることが明記されているほかに説明がなく,「符号化パターンの一部」
がどのような部分であるのか,何の説明もない。
したがって,審決は,「発明の詳細な説明には,「【0017】・・・バーコー
ドなどの符号化パターンにしてもよい。」と記載されているだけで,その一部がど
のような部分であるのか示されていない。」と認定判断したことに誤りはない。
(3) 原告は「前記符号化パターンの一部を付加した信号」とは,本件発明の図6
の縞模様が斜めになっている領域の信号をいい,「付加しない信号」とは,本件発
明の図5の縞模様が斜めになっていない領域の信号をいうと主張するが,当業者が
素直にそのように理解することができるとはいえないし,画像形成装置を特定する
ための情報としての意義も理解することはできない。そして,上記(2)のとおり,
「符号化パターンの一部」を素直に解釈しても,どの部分を一部として特定してい
るのか明らかでなく,また,原告は,「符号化パターンの一部」を黒の部分全体を
意味するものとして主張を展開するところ,これは,一般に用いられている語を独
自の解釈で使用するものであって,当業者の経験を無視し,採証法則に反するもの
である。
特許請求の範囲には,「一部」とあえて記載されており,審決も,この「一部」
との記載があることにより,「「符号化パターンである2次元ビットマップ情報」の
すべての部分を付加することを意図したものであれば,その記載は明確でないとい
わざるをえない。」と認定判断しているのであるから,審決に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 訂正明細書(甲3)には,次の記載がある。
「図2はパルス幅変調回路34のブロック図である。・・・セレクタ56は信号
61がローレベルのときにパルス幅変調信号54を選択し,信号61がハイレベル
のときにパルス幅変調信号55を選択する。付加情報発生回路58は再生画像に付
与する情報を信号59として発生する。付加情報発生回路58についての詳細は後
述する。アンドゲート60はCPUの出力ポートの判定信号41がローレベルのと
きは信号61をローレベルに固定し,出力ポートの判定信号41がハイレベルのと
きは信号59を信号61としてそのまま出力する。」(段落【0011】)
「この構成により,CPU40が入力画像信号を紙幣や証券類のものであると判
定しない場合,信号61はローレベルに固定されセレクタ56はパルス幅変調信号
54を常時選択するので通常の画像が再生される。また,CPU40が入力画像信
号を紙幣や証券類のものであると判定した場合,信号61は付加情報発生回路58
の出力信号59によりセレクタ56はパルス幅変調信号54を選択するかパルス幅
変調信号55を選択するかを局所的に切り替えるので,入力画像信号は付加情報発
生回路58の出力信号59の情報が付加された状態となる。そこで再生画像におい
てパルス幅変調特性の変化を解析することにより,再生画像に付与された情報を得
ることが可能である。」(段落【0012】)
「図3は付加情報発生回路58の発生する信号の例である。付加情報発生回路5
8は図3のようなビットマップデータを繰り返し読みだすことにより再生画像全面
に図3の付加情報をパルス幅変調特性の変化として付加することができる。たとえ
ば図3の矩形1ますはN(整数)画素に相当するようにする。また,付加する情報
はたとえば画像形成装置のシリアルナンバーとすることにより,再生画像からその
画像を再生した画像形成装置を特定することができる。付加する情報としては日付
や地域コードなどとしても良い。」(段落【0013】)
「・・・さらに本実施例では,再生画像に付加する情報はシリアルナンバーを数
字そのもので付与しているが,バーコードなどの符号化パターンにしてもよい。」
(段落【0017】)
2 請求項1には,「画像形成に用いた画像形成装置を特定するために,少なく
とも画像形成装置ごとに割り当てられた情報を含んだ符号化パターンである2次元
ビットマップ情報を該装置内で発生する手段と,選択的に,入力画像信号に前記2
次元ビットマップ情報を付加する付加手段と,・・・」との記載があるところ,上
記の訂正明細書の記載によれば,「付加情報発生回路58は図3のようなビットマ
ップデータを繰り返し読みだすことにより再生画像全面に図3の付加情報をパルス
幅変調特性の変化として付加することができ」,「たとえば図3の矩形1ますはN
(整数)画素に相当するようにする」というのであるから,本件発明の「2次元ビ
ットマップ情報」は,「符号化パターン」に対応した画素データであると理解する
ことができる。
そして,訂正明細書には,付加情報発生回路58が,ビットマップデータ(上記
のとおり,本件発明の「2次元ビットマップ情報」である。)により,ハイレベル
又はローレベルを局所的に切り替えて,再生画像に付与する情報である信号59を
出力することが開示されているところ,本件発明は,「前記入力画像信号に前記符
号化パターンの一部を付加した信号と付加しない信号とを局所的に切り替えて出力
する」というものであり,また,上記のとおり,「2次元ビットマップ情報」は,
「符号化パターン」に対応した画素データであるから,「2次元ビットマップ情
報」の個々の画素が「符号化パターンの一部」に対応するものであることは明らか
である。
そうすると,本件発明の「前記付加手段は,a)前記入力画像信号に前記2次元
ビットマップ情報を付加する場合,前記入力画像信号に前記符号化パターンの一部
を付加した信号と付加しない信号とを局所的に切り替えて出力することによって前
記2次元ビットマップ情報を示す前記符号化パターンを前記入力画像信号に付加
し」という処理は,最終的に,「符号化パターン」に対応する「2次元ビットマッ
プ情報」のすべての部分を付加するものであるが,局所的にみれば,処理時点での付
加手段の処理対象となる「2次元ビットマップ情報」の個々の画素について,「符
号化パターンの一部」に該当するか否か(すなわち,黒画素であるか否か)によ
り,「符号化パターン」(の一部であるという情報)を,「入力画像信号」に付加
するものであるということができる。
したがって,「符号化パターン」がバーコードである場合においては,上記a)
の処理により,最終的に,バーコードが表す情報の全部が付加され,「画像形成装
置ごとに割り当てられた情報」が付加される。そして,「符号化パターンの一部」
は,「2次元ビットマップ情報」の黒画素であるということができるから,審決が,
「上記a)の処理では,バーコードが表す情報が全部は付加されず,「画像形成装
置ごとに割り当てられた情報」が適切に付加されないことになる。」,「発明の詳
細な説明には,「【0017】・・・さらに本実施例では,再生画像に付加する情
報はシリアルナンバーを数字そのもので付与しているが,バーコードなどの符号化
パターンにしてもよい。」と記載されているだけで,その一部がどのような部分で
あるのか示されていない。」として,「訂正明細書の特許請求の範囲の記載は明確
でない」と判断したのは誤りであり,また,「「前記入力画像信号に前記符号化パ
ターンの一部を付加した信号と付加しない信号とを局所的に切り替えて出力するこ
とによって」とすることが,「符号化パターンである2次元ビットマップ情報」の
すべての部分を付加することを意図したものであれば,その記載は明確でないとい
わざるをえない。」と判断したのも誤りである。
3 被告の主張について
(1) 被告は,符号化パターンは,符号化処理によって生成されたパターンであ
り,「パターン」とは,図柄,模様などを表す一般用語で,白と黒からなる図柄で
あり,白と黒の領域を有するからパターンと認識することができるから,「符号化
パターンの一部」を,白と黒の領域を有する部分を含む一部ではなく,黒の部分全
体を意味するものとすることは理由がないと主張する。
しかし,上記2のとおり,本件発明の「2次元ビットマップ情報」は,「符号化
パターン」に対応した画素データであり,「符号化パターンの一部」は,「2次元
ビットマップ情報」の黒画素であるということができるのである。被告の上記主張
は,採用することができない。
(2) また,被告は,訂正明細書には,「2次元ビットマップ情報」について,所
定情報,所定の情報,付加情報,付加する情報又は固有の情報と表現され,画像形
成装置ごとの固有の情報であるとして,画像形成装置の設置場所,管理者,シリア
ルナンバー,日付又は地域コードが例示されているが,「符号化パターン」につい
ては,バーコードなどであることが明記されているほかに説明がなく,「符号化パ
ターンの一部」がどのような部分であるのか何の説明もないと主張する。
確かに,「符号化パターン」について,訂正明細書には,バーコードなどである
ことのほかに格別の記載はない。しかし,上記1の訂正明細書の記載によれば,被
告が主張する「所定情報,所定の情報,付加情報,付加する情報又は固有の情報と
表現され,画像形成装置ごとの固有の情報であるとして,画像形成装置の設置場
所,管理者,シリアルナンバー,日付又は地域コードが例示されている」ものは,
「2次元ビットマップ情報」ではなく,「画像形成に用いた画像形成装置を特定す
るために,少なくとも画像形成装置ごとに割り当てられた情報を含んだ」ものであ
って,バーコードなどの「符号化パターン」は,その一つに相当するものである。
そして,上記2のとおり,本件発明の「2次元ビットマップ情報」は,「符号化パ
ターン」に対応した画素データであり,「符号化パターンの一部」は,「2次元ビ
ットマップ情報」の黒画素であるから,訂正明細書には,「符号化パターンの一部」
がどのような部分であるのかについての説明があるということができる。被告の上
記主張は,採用の限りでない。
(3) さらに,被告は,「前記符号化パターンの一部を付加した信号」と「付加し
ない信号」について,当業者が素直に原告の主張するように理解することができる
とはいえないし,画像形成装置を特定するための情報としての意義も理解すること
はできない,「符号化パターンの一部」を素直に解釈しても,どの部分を一部とし
て特定しているのかは明らかでなく,また,「符号化パターンの一部」を黒の部分
全体を意味するものとすることは,一般に用いられている語を独自の解釈で使用す
るものであって,当業者の経験を無視し,採証法則に反する,などと主張するが,
これらの被告の主張を採用することができないのは,上記2に判示したところから
明らかである。
4 したがって,審決の判断には誤りがありこれが審決の結論に影響を及ぼすこ
とは明らかであるから,原告の審決取消事由は,理由がある。そして,以上に判示
したところによれば,訂正明細書の特許請求の範囲の記載は明確であって,審判に
おいて原告に通知し,審決が支持した上記第2の3(1)の訂正拒絶理由の「3.特許
法第36条第5項及び6項について」は理由がないといわなければならないから,
再開される審判においては,上記訂正拒絶理由の「4.特許法第29条の2につい
て」,「5.特許法第29条第1項及び第2項について」についての判断がされる
べきである。
第5 結論
以上のとおりであって,原告の審決取消事由は理由があるから,審決は取り消さ
れるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 髙 野 輝 久
裁判官 佐 藤 達 文
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