平成17(行ケ)10261行政訴訟 特許権
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裁判所 |
知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成17年12月5日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法36条4項1回
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キーワード |
審決23回 実施22回 優先権1回 拒絶査定不服審判1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10261号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成17年11月21日
判決
原 告 エルジー フィリップスエルシーディー カンパニー リ
ミテッド
同訴訟代理人弁護士 吉武賢次
同 宮嶋学
同訴訟代理人弁理士 橘谷英俊
同 吉元弘
被 告 特許庁長官 中嶋誠
同指定代理人 山下崇
同 平井良憲
同 宮下正之
同 高木彰
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を
30日と定める。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2002―15169号事件について平成16年10月18日
にした審決を取り消す。
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,特許庁に対し,1992年(平成4年)11月11日に大韓民国に
おいてされた特許出願に基づきパリ条約4条による優先権を主張して,平成5年1
1月11日,発明の名称を「液晶表示装置の製造方法」とする特許出願(平成5年
特許願第305983号。以下「本願」という。)を行ったところ,特許庁は,平
成14年5月7日,拒絶査定をした。
そこで,原告は,平成14年8月8日,拒絶査定不服審判の請求をした(不
服2002―15169号)ところ,特許庁は,平成16年10月18日,「本件
審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を行い,そ
の謄本は,同月29日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本願に係る明細書及び図面(平成14年9月3日付け手続補正書による補正
後のもの。以下「本願明細書」という。)における「特許請求の範囲」の請求項1
の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。
「上下基板間に液晶が注入されて作成される液晶表示装置の製造方法におい
て,
前記上下基板のうち,前記液晶表示素子の内側に位置する各々の表面上に透
過率が低い偏光膜を塗布する段階と,
前記各偏光膜の上に各々感光剤を塗布し塑性する段階と,
前記各感光剤の上側に各々光源を設置する段階と,
前記各光源と前記各感光剤との間に各々偏光板マスクを位置させる段階と,
前記各光源から光を前記各偏光板マスクを透過させて偏光された光を形成
し,偏光された前記各光によって前記各感光剤を露光させ前記各偏光膜を前記各偏
光板マスクと同一偏光特性を有するようにする段階と,
露光された前記感光剤を現像する段階と,
現像された前記各感光剤をマスクに用いて前記各偏光膜をエッチングして各
偏光板を作成する段階と,
現像された前記各感光剤を剥離させる段階と,
を備えることを特徴とする液晶表示装置の製造方法。」
3 本件審決の理由
別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願明細書の発明の詳細な説明
には,①塗布する「偏光膜」の材料は何か,②「偏光板マスク」がどのようなもの
か,また,③「偏光膜」を形成するための原理は何か,がいずれも示されていない
ため,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を容易に実施できる程
度に明確かつ十分に記載されたものではないから,本願は,平成6年法律第116
号による改正前の特許法(以下,単に「特許法」という。)36条4項に規定する
要件を満たしていないとするものである。
第3 原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,本願明細書の発明の詳細な説明が,上記①ないし③のいずれの
点についても,当業者が本願発明を容易に実施できる程度に明確かつ十分に記載さ
れたものであるのに,そうでないと誤って判断したものであり,この誤りが審決の
結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。
1 「偏光膜」の材料について
本件審決は,偏光膜の材料について,「基板上に塗布した段階では偏光作用
を有しない偏光膜の材料が何であるかは,全く不明である。」(2頁)と説示した
が,誤りである。
(1) 本願明細書の段落【0010】に,「透過率の低い偏光膜16を塗布し」
と記載されているとおり,基板上に塗布した段階においては,偏光膜は未だ偏光特
性を有せず,偏光膜の材料としては透過率の低い物質であればよい。偏光膜の材料
として透過率の高い材料を使用すると,エッチングされた方向以外の方向にも光が
透過することがあり,偏光特性が低下するおそれがあるため,偏光膜の材料として
は低透過率の材料を使用するのであって,これ以上具体的に物質を特定しなくと
も,当業者であれば十分に実施可能である。本願発明は,偏光膜の材料に発明の特
徴を有するものではないことからしても,ことさらこれ以上物質を特定する必要も
ない。
(2) また,本願出願前に公知であった甲12~14の記載からすれば,本願発
明を実施するにあたり,偏光膜の材料としてポリビニルアルコールのような材料を
使用できることが,当業者にとって自明の事項である。
すなわち,甲12には,「従来,偏光フイルムとしては,沃素や二色性色
素を吸着させた一軸延伸PVAフイルムが知られている。」(1頁右欄10~12
行)と記載され,また,この偏光フイルムが液晶ディスプレイの構成要素として用
いられていることが記載されている(1頁右欄12行以下)。甲13には,液晶表
示素子の偏光膜形成方法として,ポリビニルアルコールを偏光膜の材料として使用
する実施例が記載されている(2頁右上欄下から6行以下)。甲14には,LCD
(液晶表示素子)用偏光板は,ポリビニルアルコール等からなる偏光基体を延伸し
て偏光要素としてのヨウ素や二色性染料を染着せしめた偏光膜を有することが説明
されている(1頁右欄5行以下)。
なお,甲12~14に開示された偏光膜の製造方法におけるメカニズム
が,本願発明のメカニズムと相違していても,同一の材料で互いに異なるメカニズ
ムを介して偏光膜を形成できることは当業者にとって容易に把握できるものという
べきであり,単にメカニズムが相違するからといって同一の材料を使用できないと
いうことはない。
(3) 以上のとおり,偏光膜の材料について本願明細書に記載されている以上に
具体的に物質を特定しなくとも,当業者であれば本願発明を十分に実施可能であ
る。
2 「偏光板マスク」の具体的構造について
本件審決は,段落【0010】,【0011】を含む,本願明細書全体の記
載をみても,「偏光板マスク」が,単なる偏光板なのか,何らかのパターンを有す
るものなのか,全く不明である旨説示した(3頁)が,誤りである。
(1) マスクの構成は,マスクパターンを意味するものであるところ,本願発明
の場合,偏光板マスクは,感光剤をパターニングするのに用いるものであって,偏
光板マスクのパターンで感光剤がパターンされ,感光剤のパターンで偏光膜がエッ
チングされて,結局,偏光膜の偏光特性が偏光板マスクの偏光特性と同一となる。
本願明細書の段落【0011】に「偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏光をす
ることになり」と記載されているとおり,偏光板マスク18と偏光膜16とは同じ
偏光特性を有すること,すなわち,偏光板マスクは,偏光膜に与えたい偏光特性と
同じ偏光特性を有し,そのマスクパターンは,偏光膜の偏光特性によって多様に形
成することができることは明らかである。
(2) また,本願出願前に公知であった甲15,甲16の記載からすれば,本願
発明を実施するにあたり,偏光板マスクとして透明基板上にクロム等の金属からな
る遮光パターンが形成された構造をしているようなマスクを使用できることが,当
業者にとって自明の事項であったことは明らかである。
すなわち,甲15には,偏光マスクの製造方法に関し(段落【000
1】),材料としてクロムを使用する,パターンを有するマスク(クロムマスク3
c)が開示されている(段落【0002】ないし【0004】)。甲16には,透
明基板上にクロム等の金属からなる遮光パターンが形成された構造をなすフォトマ
スクが開示されている(段落【0002】)。なお,本願発明の偏光板マスクは,
偏光板(偏光膜)を製造するためのフォトマスクであることから,その機能を表す
ために,「偏光」という用語を用いたのであって,一般のフォトマスク,すなわ
ち,所定の方向(例えば,上下又は左右スリットの形態)に光が透過できる一般的
なフォトマスクを適用できることは,当業者にとって明らかである。
(3) したがって,偏光板マスクについて本願明細書に記載されている以上に具
体的に特定しなくとも,当業者であれば十分に実施可能であることは明らかである
3 「偏光膜」の形成原理について
本件審決は,段落【0010】,【0011】を含む,本願明細書全体の記
載をみても,「偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏光をすることになる」の
は,どのような原理に基づくものなのか,全く不明である旨を説示した(3頁)
が,誤りである。
(1) 本願明細書において,偏光膜を形成するための原理が逐一明らかにされて
いなくとも,偏光膜を形成するための具体的な手順さえ記載されていれば,当業者
は本願発明を容易に実施できる。
すなわち,本願明細書の段落【0010】及び【0011】には,「上部
及び下部偏光板15,14は,図5に示すように,下部基板1(あるいは上部基板
6)上に透過率の低い偏光膜16を塗布し,全ての表面にわたって感光剤17を塗
布して塑性した後上部に光源(図5には図示せず)を設け,その光源と感光剤17
間に,偏光板マスク18を位置して感光剤17が各偏光板マスク18を透過して偏
光された各光源により露光されるようにする。露光された各感光剤17を現像し,
各偏光膜16をエッチングした後各感光剤17を剥離することにより,偏光膜16
は偏光板マスク18と同じ偏光をすることになり,上部及び下部偏光板15,14
が形成される。」と記載されており,この手順を行うことで,本願発明を当業者は
容易に実施できる。
なお,被告は,偏光板マスクの形状(スリット幅)や光源(偏光光源又は
無偏光光源)が不明である旨指摘するが,偏光板マスクの形状は,偏光膜の偏光特
性によって調整されるものであるので,一例を例示することはできてもいずれか一
つに特定することはできず,本願発明の構成要件として形状をいずれか一つに特定
する必要もない。また,偏光板マスクの光源は,感光剤を露光してパターニングす
るためのもので,いずれの光でも使用可能なことは自明であり,不明確ではない。
(2) 本願発明の原理によれば偏光膜を形成することが不可能である旨の被告の
主張には,何の根拠もない。単に従来の公知技術に開示されていないとの理由だけ
で上記のような主張をするのは,新たな技術を否定するものであって,妥当ではな
い。
第4 被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由
がない。
1 「偏光膜」の材料について
(1) 本願発明には,客観的に偏光作用を有するものと理解すべき「偏光膜」な
る用語が用いられているのであるから,基板上に塗布した段階において「偏光膜」
が偏光特性を有さない旨の原告の主張は,自己矛盾である。この点から見ても,
「偏光膜」が実施し得る程度に具体性をもたないことが推認される。
仮に,原告の主張するように,「偏光膜」(塗布段階)が,偏光作用を付
与する前の膜を意味するにすぎないとしても,偏光作用を付与するメカニズムとの
関係で「偏光膜」(塗布段階)の構成を具体的に特定すべきことに変わりないこと
は当然である。偏光作用を有さない材料について,偏光作用の発現のためのメカニ
ズムを特定することなく,単に透過率の低い物質ということだけで材料が特定でき
るはずもない。
(2) 原告が周知技術として挙げる甲12~14は,いずれも,「偏光された光
源により偏光膜をパターニングして偏光作用を与える」という,本願発明の偏光作
用付与のメカニズム(段落【0010】,【0011】)とは全く異なるメカニズ
ムで偏光作用を付与しており,そのような全く異なるメカニズムにおいてポリビニ
ルアルコールを「偏光膜」(塗布段階)として使用することが周知であったからと
いって,本願発明においてポリビニルアルコールを使用することが当業者にとって
自明であるとは到底いうことができない。
2 「偏光板マスク」の具体的構造について
(1) 「偏光板マスク」の具体的構成を説明するのに,「偏光膜に与えたい偏光
特性と同じ偏光特性を有するように構成」するなどと答えることは,問いをもって
問いに答えるに等しく,偏光板マスクが「何であるか」という構成に関する説明に
何らなっていないことは明らかである。
(2) 甲15,16に記載のものは,それぞれ,「偏光マスク」,「フォトマス
ク」であって,本願発明の「偏光板マスク」とは文言上相違するばかりでなく,具
体的な構成を見ても,本願発明とは技術分野や目的が異なる特殊な形態のマスクを
示すものにすぎないから,甲15,16が公知であったとしても,本願発明を容易
に実施できるものではない。
3 「偏光膜」の形成原理について
(1) 前記1,2のように,偏光膜を形成する各手順で使用される「偏光膜」や
「偏光板マスク」の具体的構成も何ら明らかでない状態で,当業者が本願発明を容
易に実施し得るべくもないことは明らかである。原告が挙げた甲12~16の開示
も,本願発明に関連ありそうな記載を部分的に引用したものにすぎず,本願発明の
偏光板作成の原理を当業者が実施し得る程度に十分開示するものではない。
本願明細書の段落【0010】及び【0011】の記載をみても,偏光板
マスク18がいかなる材料で形成され,どのような形状(スリット幅)に形成さ
れ,どのような光源(偏光光源又は無偏光光源)でマスクを照射するのかが,不明
である。このように具体的な記載がない状況では,露光光が偏光板マスクの偏光特
性に関する情報を有していたとしても,感光剤の現像・剥離,及び偏光膜16のエ
ッチング工程で,偏光板マスクの偏光特性に関する如何なる情報が偏光膜16に伝
達されるのか全く不明である。このように,本願明細書に示された手順だけでは到
底当業者が実施し得るに十分とはいえず,かつそれを補う原理的説明もない以上,
本件明細書には当業者が本願発明を実施するに足るだけの最低限の情報すら開示さ
れていない。
(2) 仮に,本願発明の偏光作用付与の「原理」が,クロム等の金属による遮光
パターンマスクにより,ポリビニルアルコールからなる基材をエッチングしてマス
クに相当するスリットを空けるようなものを想定するものであったとしても,通常
は甲12~14にあるように,ポリビニルアルコール膜に延伸,ラビング,干渉溝
を施すことで配向性を与え,ヨウ素や二色性染料をかかる配向方向に染着させるこ
とで偏光作用を与えるものが周知の偏光作用付与の原理であって,単にポリビニル
アルコールにスリットを形成しただけのものが偏光作用を発現するものとは通常考
えられない(なお,導体細線を対象光の波長以下のピッチでグリッド状に配列させ
た構成の物が偏光作用を有することは,例えば乙1,乙2に開示されているように
周知であるが,材料は金属等の導体であって,本願発明の偏光板に関する技術水準
を構成するものでない。)のであって,原告の主張・立証によっても,依然偏光作
用付与の原理が不明である。
第5 当裁判所の判断
1 「偏光膜」の材料について
原告は,本件審決が,「基板上に塗布した段階では偏光作用を有しない偏光
膜の材料が何であるかは,全く不明である。」(2頁)と説示したのは誤りである
旨主張する。
(1) 本願明細書には,次のような記載がある。
「上下基板間に液晶が注入されて作成される液晶表示装置の製造方法におい
て,前記上下基板のうち,前記液晶表示素子の内側に位置する各々の表面上に透過
率が低い偏光膜を塗布する段階と,前記各偏光膜の上に各々感光剤を塗布し塑性す
る段階と,前記各感光剤の上側に各々光源を設置する段階と,前記各光源と前記各
感光剤との間に各々偏光板マスクを位置させる段階と,前記各光源から光を前記各
偏光板マスクを透過させて偏光された光を形成し,偏光された前記各光によって前
記各感光剤を露光させ前記各偏光膜を前記各偏光板マスクと同一偏光特性を有する
ようにする段階と,露光された前記感光剤を現像する段階と,現像された前記各感
光剤をマスクに用いて前記各偏光膜をエッチングして各偏光板を作成する段階と,
現像された前記各感光剤を剥離させる段階と,を備えることを特徴とする液晶表示
装置の製造方法。」(甲11の【請求項1】)
「このように製造された従来の液晶表示装置は,上部及び下部ガラス基板
6,1の内側に上部酸化膜7と下部酸化膜2が形成され,上部酸化膜7と下部酸化
膜2の内側に透明電極8及び3が形成され,上部及び下部透明電極8,3の内側に
上部絶縁膜9と下部絶縁膜4が形成され,上部絶縁膜9と下部絶縁膜4の内側に,
一定の方向にラビングされた上部及び下部配向膜10,5が形成される。上部及び
下部配向膜10及び5間には一定の空間が形成され,かつこの空間内に液晶が充填
され,また,上部及び下部ガラス基板6,1の外側には上部及び下部偏光板15,
14が夫々取付けられた構造である。」(甲5の段落【0004】)
「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,このような従来技術で
は,上部及び下部偏光板15,14が上部及び下部ガラス基板6,1の外部に露出
しているので,外部衝撃や熱により損傷し易い。これにより液晶表示素子の信頼性
および寿命を低下させ,短縮させる問題点があった。」(甲5の段落【000
5】)
「本発明の目的は,従来の問題点を解消するためのもので,液晶表示素子の
内部(上部及び下部ガラス基板の少なくとも一つの基板上)に偏光板を形成する液
晶表示装置の製造方法を提供することにある。」(甲8の段落【0006】)
「上部及び下部偏光板15,14は,図5に示すように,下部基板1(ある
いは上部基板6)上に透過率の低い偏光膜16を塗布し,全ての表面にわたって感
光剤17を塗布して塑性した後上部に光源(図5には図示せず)を設け,その光源
と感光剤17間に,偏光板マスク18を位置して感光剤17が各偏光板マスク18
を透過して偏光された各光源により露光されるようにする。」(甲5の段落【00
10】)
「露光された各感光剤17を現像し,各偏光膜16をエッチングした後各感
光剤17を剥離することにより,偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏光をする
ことになり,上部及び下部偏光板15,14が形成される。」(甲5の段落【00
11】)
「ここで,上述した上部偏光板15と下部偏光板14は光を偏光させるため
のもので,互いに垂直になる方向に偏光させるように構成されている。」(甲5の
段落【0013】)
(2) これらの記載からすると,本願発明は,液晶表示装置において,上部及び
下部ガラス基板6,1の外側に,上部及び下部偏光板15,14がそれぞれ取り付
けられた従来技術の構造では,上部及び下部偏光板15,14が,上部及び下部ガ
ラス基板6,1の外部に露出しているため,外部衝撃や熱により損傷し易いという
問題点があったことから,液晶表示素子の内部(上部及び下部ガラス基板の少なく
とも一つの基板上)に偏光板を形成することによって上記問題点を解消するように
したものであり,液晶表示素子の内部に偏光板を形成するための手法として,請求
項1に記載の本願発明の工程を採用したものと認められる。
上下偏光板は,光を偏光させるものであるところ(上記段落【001
3】),この上下偏光板は,上記工程により形成されるとされているのであるから
(上記段落【0010】【0011】),上記塗布段階における,透過率が低い偏
光膜自体には,偏光作用がなく(以下,塗布段階における偏光膜を「偏光膜(材
料)」という。),上記「偏光膜(材料)」から上記偏光板を製造する工程中にお
いて,透過率が低い「偏光膜(材料)」に,偏光特性が付与されるものと解するほ
かない。
一方,本願明細書の発明の詳細な説明では,従来技術の説明においても,
本願発明の実施例の説明においても,図面に示された上下偏光板には,同じ符号
(上下偏光板14,15)が使用されていること(甲2,5)からすると,従来技
術においても,本願発明においても,上下偏光板に偏光作用を与える構造自体は,
異なるところがないものと解するのが相当であるものの,本願明細書中には,上記
従来技術において採用されていた上下偏光板の材料,偏光作用を与える構造につい
て,具体的説明はない。
また,上記処理工程において,「偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏
光をする」とされている(上記段落【0011】)ことからすると,偏光板には,
偏光板マスクにおいて偏光作用をもたらす構造が転写されると解されるところ,こ
の偏光板マスク18の構造についても本願明細書の発明の詳細な説明において具体
的説明はない。
そうであれば,本願発明の製法において,出発材料である「偏光膜(材
料)」も,これに転写する「偏光板マスク」の構造も明らかでないというべきであ
るから,当業者であっても本願発明を実施しようがなく,上記工程により,上下偏
光板が,偏光作用を有するものとして形成されるかどうかは不明であるといわざる
を得ない。
(3) これに対し,原告は,偏光膜の材料として透過率の高い材料を使用する
と,エッチングされた方向以外の方向にも光が透過することがあり,偏光特性が低
下するおそれがあるため,偏光膜の材料としては低透過率の材料を使用するのであ
って,当業者が実施するためにはそれだけの特定で十分である旨主張する。
しかし,本願発明によって得られるとする偏光膜が,エッチングされた方
向以外の方向にも光が透過する可能性があるものであるとの説明は,本願明細書に
は見当たらない。しかも,透過率が高いか低いかは,相対的なものであるところ,
本願明細書には,具体的な透過率についても,得られるとする偏光膜の偏光特性
が,材料の透過率によりどのように低下するかについても何ら記載されていないの
であるから,当業者が本願発明を実施するにあたり,透過率が低い材料として何を
選定するかの選定基準が不明というべきである。したがって,原告の上記主張は採
用することができない。
(4) また,原告は,甲12~14の記載からすれば,偏光膜の材料としてポリ
ビニルアルコールのような材料を使用できることは,当業者にとって自明である
旨,また,同一の材料であれば,異なるメカニズムを介したとしても偏光膜を形成
できることは当業者にとって容易に把握できる旨を主張する。
確かに,甲12~14には,ポリビニルアルコール樹脂を材料として偏光
膜(本願発明における「偏光板」に相当する。)を形成することが記載されてお
り,本願出願前に,ポリビニルアルコールは偏光膜の形成材料として周知のもので
あったことが認められる。
しかし,甲12~14の偏光膜は,ポリビニルアルコール樹脂膜そのもの
ではなく,当該樹脂膜に対して,各種の加工を施して,偏光作用を付与させたもの
である。すなわち,甲12(特開平1-105204号公報)の偏光膜は,ポリビ
ニルアルコールフィルムを延伸させたものに沃素又は二色性染料を含有させて偏光
作用を与えたものであり(1頁右下欄10~12行等),甲13(特開平1-13
8531号公報)の偏光膜は,ポリビニルアルコール膜の表面をラビングした後に
ヨウ素をドープすることで偏光作用を与えたものであり(2頁右下欄1~9行),
甲14(特開平3-294802号公報)の偏光膜は,ポリビニルアルコールフィ
ルムを延伸させたものにヨウ素又は二色性染料を染着させたり,感光性ポリビニル
アルコール樹脂層に干渉露光により無数の細溝を形成し,当該細溝内にヨウ素又は
二色性染料を配向・染着させることで偏光作用を与えたものである(1頁右下欄5
~8行,2頁左上欄2~7行等)。上記甲12~14に記載されたポリビニルアル
コール樹脂に偏光作用を与えるための加工は,いずれも,本願発明における処理工
程とは異なるのであり,本願発明の処理工程も,後記2のとおり,本願出願前に周
知であるとはいえないのであるから,本願出願前,ポリビニルアルコールが偏光膜
の形成材料として周知のものであるとはいっても,本願発明における処理工程との
関係において,ポリビニルアルコールを偏光膜の材料として使用できることが自明
であるとはいえないことは明らかである。
また,本願発明においては,「透過率が低い」偏光膜(材料)を偏光板の
形成材料として用いている。甲12に,「偏光フィルムにおいては,透過度と偏光
度とは相反する関係にあり,透過度と偏光度は偏光素子による染色度合によって調
節される。偏光フィルム中の偏光素子の濃度が高い程,フィルムの透過度は低くな
り,一方,偏光度は高くなって最高値は100%になる。これに対して,フィルム
中の偏光素子の濃度が低い程,透過度は高くなり,一方,偏光度は低くなる。」
(2頁右下欄7~14行)と記載されているとおり,透過率は,偏光度を左右する
ための大きな要因となり得るものと認められ,偏光膜(材料)の重要な特性である
といえるところ,本願明細書の詳細な説明中には,偏光膜(材料)の透過率につい
て,何ら具体的な記載はないから,ポリビニルアルコールが,「透過率が低い」偏
光膜(材料)として使用できるか否かも,不明というべきである。
したがって,原告の上記主張も採用することができない。
(5) 以上のとおり,「基板上に塗布した段階では偏光作用を有しない偏光膜の
材料が何であるかは,全く不明である。」とした本件審決の説示には誤りはなく,
この点についての原告の主張は理由がない。
2 「偏光板マスク」の具体的構造について
原告は,本件審決が,段落【0010】,【0011】を含む,本願明細書
全体の記載をみても,「偏光板マスク」が,単なる偏光板なのか,何らかのパター
ンを有するものなのか,全く不明である旨説示した(3頁)のは誤りである旨主張
する。
(1) 本願発明においては,「前記各光源から光を前記各偏光板マスクを透過さ
せて偏光された光を形成し,偏光された前記各光によって前記各感光剤を露光させ
前記各偏光膜を前記各偏光板マスクと同一偏光特性を有するようにする段階と,露
光された前記各感光剤を現像する段階と,現像された前記各感光剤をマスクに用い
て前記各偏光膜をエッチングして各偏光板を作成する段階」(請求項1)という処
理工程を経て,偏光板が形成されるのであるから,偏光板マスクの偏光特性が,偏
光板に転写され,偏光板マスクの偏光特性が,偏光板の偏光特性を規定することに
なるはずである。
そうであれば,偏光板の偏光特性を規定することとなる,偏光板マスクの
偏光特性が明らかにされないと,偏光板を形成できるかどうかも,また,得られる
とする偏光板の偏光特性も定まらないことは明らかである。
しかし,前記1のとおり,本願明細書中には,従来技術の偏光板の構造
(本願発明の偏光板と,偏光作用をもたらす構造を同じくしていると解される。)
についても,偏光板マスク18の構造についても具体的に説明がされていない。
また,後記3のとおり,本願明細書には,本願発明の処理工程を経ること
により,偏光作用のない偏光膜(材料)から偏光作用を有する偏光板を作成するこ
とができるとする偏光板の形成原理が示されているわけではない。
したがって,本願発明の処理工程によって当業者が偏光板を形成できると
は認められない。
(2) これに対し,原告は,本願発明の偏光板マスクは,感光剤をパターニング
するのに用いるものであって,偏光板マスクのパターンで感光剤がパターンされ,
感光剤のパターンで偏光膜(材料)がエッチングされて,結局,偏光膜の偏光特性
が偏光板マスクの偏光特性と同一となるものである旨主張する。
本願明細書の前記記載によれば,本願発明の処理工程により,偏光膜の偏
光特性が偏光板マスクの偏光特性と同一となるとされているが,そうであれば,偏
光板の偏光特性を規定することとなる,偏光板マスクの偏光特性が明らかにされな
いと,偏光板を形成できるかどうかも,また,得られるとする偏光板の偏光特性も
定まらないことは,上記のとおりである。したがって,原告の上記主張は,「偏光
板マスク」の具体的構造が不明である旨の本件審決の判断を何ら左右しない。
(3) また,原告は,本願発明の偏光板マスクは,偏光板(偏光膜)を製造する
ためのフォトマスクであることから,その機能を名称に付与したものであって,本
願発明においては,一般のフォトマスク,すなわち,所定の方向に光が透過できる
一般的なフォトマスク,例えば,甲15,16のように,偏光板マスクとして透明
基板上にクロム等の金属からなる遮光パターンが形成された構造をなしているよう
なマスクを使用できることは,当業者にとって自明である旨主張する。
しかし,甲15(特開平5-188576号公報),甲16(特開平4-
366841号公報)は,それぞれ平成5年7月30日,平成4年12月18日に
公開されたものと認められるから,本願出願日(優先日)である平成4年11月1
1日当時の技術水準を示すものとはいえず,これらに基づいて,本願発明の偏光板
マスクが上記構造のマスクであると解することはできない。
しかも,甲15に記載のものは,ウェハにパターン光を投射させるための
偏光マスクであって,互いに異なる偏光を通す第1,第2偏光膜をクロムマスク3
cをはさんで形成して解像力を向上させるものであり(2頁右欄1~3行,22~
28行,図4d),そもそも,「偏光膜」を形成するためのものではないから,か
かる偏光マスクが,本願発明の「偏光板マスク」に相当することが自明であるなど
とはいえない。また,甲16に記載のものは,半導体素子製造のリソグラフィ工程
において被投影原版として用いられるフォトマスクであって,遮光部に隣り合っ
て,互いに直交する偏光を通す偏光部材を付加することで解像力を向上させるよう
にしたものであるから(2頁左欄12~14行,3頁左欄22~25行),甲15
と同様,本願発明とは,技術分野,目的が異なり,かかるフォトマスクが,本願発
明の「偏光板マスク」に相当することが自明であるとはいえない。
なお,甲15,16に記載された偏光マスク,フォトマスクは,これらの
マスクに光を投射して,ウェハ等にマスクパターン(遮光パターン)を転写するた
めのものにすぎず,これによりウェハ等に偏光特性が生じているわけではないか
ら,原告の主張するように,本願発明が,偏光板マスクのパターンを感光剤に転写
し,このパターンに基づいて偏光膜(材料)をエッチングするものであるとして
も,これによって偏光膜(材料)に偏光特性が得られるかどうかは不明というべき
である。
そうすると,本願発明における「偏光板マスク」ないしは処理工程が,本
願出願前周知であるとはいえず,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 以上のとおり,本願明細書の記載から,「偏光板マスク」がどのようなも
のであるかを理解することはできないから,「偏光板マスク」が単なる偏光板なの
か何らかのパターンを有するものなのか全く不明であるとした本件審決の説示に誤
りはなく,この点についての原告の主張も理由がない。
3 「偏光膜」の形成原理について
原告は,本願明細書において,偏光膜を形成するための原理が逐一明らかに
されていなくとも,偏光膜を形成するための具体的な手順さえ記載されていれば,
当業者は本願発明を容易に実施できるから,本件審決が,本願明細書全体の記載を
みても,「偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏光をすることになる」のは,ど
のような原理に基づくものなのか,全く不明である旨を説示した(3頁)のは誤り
である旨主張する。
(1) 原告の上記主張は,本願明細書に,偏光膜を形成するための具体的な手順
が記載されていることを前提とするところ,前記1,2のとおり,本願明細書に
は,偏光板を形成するための具体的な処理工程(偏光膜の材料及び偏光板マスクの
具体的構造)が示されていないのであるから,原告の上記主張は,その前提を欠く
ものであって,採用することができない。本願明細書には,偏光板の形成原理はも
ちろん,偏光板を形成するための具体的な処理工程も示されていないのであって,
当業者が本願発明の処理工程によって,偏光板を形成できるかどうかが不明である
といわざるを得ない。
(2) この点に関し,原告は,偏光板マスクの形状は偏光膜の偏光特性によって
調整されるものであるので,一例を例示することはできてもいずれか一つに特定す
ることはできず,本願発明の構成要件として偏向板マスクの形状をいずれか一つに
特定する必要もない旨,また,光源は感光剤を露光してパターニングするためのも
ので,いずれの光でも使用可能なことは自明であり,不明確ではない旨主張する。
しかし,光源についてはさておき,形状についてみると,偏光板マスクの
形状が偏光膜の偏光特性によって調整されるものであるとしても,このことから,
偏光板の形成原理が明らかになるわけではないし,具体例を一例に特定できないと
しても,本願明細書には具体例が一例も示されていないのであるから,当業者が本
願発明を実施できないことは明らかである。したがって,原告の上記主張は採用す
ることができない。
(3) なお,導体細線を対象光の波長以下のピッチでグリッド状に配列させた構
成のものが偏光作用を有することは,例えば乙1(特開平3-84502号公
報),乙2(特開昭58-42003号公報)に開示されているように周知と認め
られる。しかし,乙2に,「従来,偏光板としては①複屈折結晶を用いたニコルプ
リズム,グラムトムソンプリズムなど,あるいは②沃素を含むポリビニルアルコー
ル(PVA)延伸フィルム,③2色性色素を含むプラスチックフィルムを延伸した
もの,などが使われていた。・・・本発明は,・・・微細な導電格子を用いること
で偏光板を作製しようとするものであり」(2頁左上欄3~17行),「沃素-P
VA延伸フィルムによる偏光の原理は,・・・PVA中で沃素は錯体を形成し,延
伸方向に平行な直線状の導電部が形成される。このフィルムに垂直に光が入射する
と延伸方向と一致する電界成分を持つ光はフィルム内に電流を誘起し,ジュール熱
を発生するために吸収されてしまう。一方延伸方向と垂直な偏光成分を持つ光は,
電流を誘起することができないため,吸収されずに透過してしまう。二色性色素の
場合も一般に分子が細長くなっており,この長軸方向に微視的な電流が流れるので
あるから,偏光の原理は,沃素-PVAフィルムの場合と同様である。したがって
微細な導電格子パタンは,上記偏光フィルムをモデル化したものと考えられ,同様
な偏光作用を持つことが期待できる。格子の巾およびピッチ,特にピッチは使用す
る光の波長帯よりも小さいことが必要である。」(同頁左上欄下より2行~右上欄
16行)と記載されているとおり,導体細線を対象光の波長以下のピッチでグリッ
ド状に配列させた構成のものにおいて偏光作用が生じるのは,直線状の導電部によ
りフィルム内でジュール熱を発生させることによるものである。このように,本願
出願前に周知であった上記構成のものは,本願発明の「偏光膜(材料)」をエッチ
ングして製造されるものと構造を異にしているから,本願発明の「偏光膜」がスリ
ットを有しているとしても,本願発明の「偏光膜」が偏光作用を奏するかどうかは
不明であるといわねばならない。
(4) この点に関し,原告は,単に従来の公知技術に開示されていないとの理由
だけで,本願発明の原理によれば偏光膜を形成することができないとするのは,新
たな技術を否定するものである旨主張する。
しかし,本願発明が,従来の公知技術に開示されない新たな技術であると
いうのであれば,偏光膜を形成するための原理等を明らかにすることにより新たな
技術を第三者に公開してこそ,本願発明について特許を受けることができるもので
ある。原告の上記主張は,特許法36条4項所定の開示要件が設けられた趣旨を正
解するものでなく,採用することができない。
(5) 以上のとおり,偏光膜16が偏光板マスク18と同じ偏光作用を有するよ
うに形成される原理が全く不明である旨の本件審決の説示に誤りはなく,この点に
ついての原告の主張も理由がない。
4 結論
以上のとおり,本件審決を取り消すべき旨の原告の主張は理由がなく,他に
本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 佐 藤 久 夫
裁判官 嶋 末 和 秀
裁判官 沖 中 康 人
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