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平成17(行ケ)10068行政訴訟 特許権

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裁判所 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成17年11月29日
事件種別 民事
法令 特許権
特許法29条2項1回
特許法41条1回
キーワード 刊行物79回
実施37回
進歩性5回
訂正審判1回
特許権1回
優先権1回
審決1回
主文
事件の概要

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判決文

平成17年(行ケ)第10068号 特許取消決定取消請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成16年(行ケ)第203号)
口頭弁論終結日 平成17年11月17日
          判       決
        原告・脱退原告東洋紡績株式会社訴訟引受人
                      東洋ゴム工業株式会社
        代表者代表取締役      
        訴訟代理人弁理士      鈴木崇生
        同             尾崎雄三
        同             梶崎弘一
        同             光吉利之
        同             福井賢一
        脱退原告          東洋紡績株式会社
        代表者代表取締役      
        被      告      特許庁長官
                      中嶋 誠
        指定代理人         佐野整博
        同             井出隆一
        同             一色由美子
        同             伊藤三男
          主       文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
 特許庁が異議2003-71614号事件について平成16年3月22日に
した決定を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,原告の有する後記特許につき,特許庁が特許取消決定をしたことか
ら,原告がその取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
 1 請求原因 
  (1) 特許庁等における手続の経緯
ア 原告及び脱退原告は,名称を「ポリウレタン組成物からなる研磨パッ
ド」とする発明につき,平成14年4月8日(特許法41条に基づく優先権主張・
優先日平成13年4月9日)に特許出願をし,平成14年10月11日に特許第3
359629号として設定登録を受けた(以下「本件特許」という。)。
イ その後,本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2003-71
614号事件として特許庁に係属した。原告及び脱退原告は,平成15年12月1
日,特許請求の範囲等について訂正請求をした(以下「本件訂正請求」とい
う。)。特許庁は,同事件について審理した上,平成16年3月22日,「訂正を
認める。特許第3359629号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定を
し,その謄本は,同年4月12日原告及び脱退原告に送達された。
ウ 脱退原告は,本件特許に係る特許権の持分を原告に譲渡し,原告が持分
譲受人として本件訴訟を引き受けたため,平成17年6月28日,本件訴訟から脱
退した。
エ なお,原告は,本件訴訟の係属中,本件特許につき訂正審判を請求した
が,特許庁において請求不成立の審決がされたので,その取消しを求める訴えを東
京高等裁判所に提起し(平成17年4月1日当庁へ回付。平成17年(行ケ)第1
0146号事件),同事件は,本件と並行して審理された。
(2) 発明の内容
 本件訂正請求に係る明細書(甲4。以下「本件訂正明細書」という。)の
特許請求の範囲の【請求項1】に記載された発明(以下「本件発明」という。)の
要旨は下記のとおりである。
 なお,以下においては,「トルエンジイソシアネート」を「TDI」と,
「4,4’-ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート」を「HMDI」と,「ポ
リテトラメチレングリコール」を「PTMG」と,それぞれ略称する。
               記
 有機ポリイソシアネート,ポリオール及び硬化剤からなるポリウレタン
を主な構成素材としてなる研磨パッドであって,前記有機ポリイソシアネートが,
トルエンジイソシアネート〔判決注:TDI〕及び4,4’-ジシクロヘキシルメ
タンジイソシアネート〔判決注:HMDI〕からなり,前記硬化剤の主成分が4,
4’-メチレンビス(o-クロロアニリン)であり,且つ,前記ポリオールが,ポリ
テトラメチレングリコール〔判決注:PTMG〕及び低分子ポリオールからなり,
該ポリテトラメチレングリコール〔判決注:PTMG〕の数平均分子量が500~
1600であり,且つ,分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.9未
満であることを特徴とする研磨パッド。
(3) 決定の内容
 決定の内容は,別添決定書写しのとおりである。その要旨は,本件発明
は,本件特許の出願前に頒布された以下の刊行物1~5及び7に記載された発明に
基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2
項の規定により,特許を受けることができないと判断したものである。
刊行物1:特開平11-322878号公報(甲6。決定に「特開平1
1-33878号公報」とあるのは誤記と認める。)
刊行物2:特開平2-232173号公報(甲7)
刊行物3:特開昭61-162522号公報(甲8)
刊行物4:“Szycher's Handbook of Polyurethanes”CRC Press, 1999,
p5-14~5-16(甲9)
刊行物5:“Kirk-Othmer Encyclopedia of Chemical TechnologyFourth
Edition”Vol.19, John Wiley & Sons, 1996, p759~764(甲10)
刊行物7:特開平4-213316号公報(甲12)
 決定は,上記判断をするに当たり,本件発明と刊行物1に記載された発明
(以下「刊行物1発明」という。)との一致点及び相違点を次のとおり認定した
(決定7頁32行~8頁8行)。
〔一致点〕有機ポリイソシアネート,ポリオール及び硬化剤から成るポリウ
レタンを主な構成素材として成る研磨パッドであって,前記硬化剤の主成分が4,
4’-メチレンビス(o-クロロアニリン)であり,かつ,前記ポリオールがPTM
G及び低分子ポリオールから成り,該PTMGの数平均分子量において重複するも
のである研磨パッドである点。
〔相違点1〕本件発明では,有機ポリイソシアネートがTDI及びHMDI
から成るとされるのに対し,刊行物1では,実施例にTDIのみから成るものが記
載されている点。
〔相違点2〕本件発明では,PTMGの分子量分布(重量平均分子量/数平
均分子量)が1.9未満であるとされるのに対し,刊行物1にはそのようなことの
記載がない点。
(4) 決定の取消事由
 決定は,以下のとおり,相違点に対する判断を誤ったものであるから(取
消事由1~3),違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
(ア) 決定は,相違点1について,① 刊行物1及び2には,研磨パッドに
使用される有機イソシアネートとして,TDIとともにHMDIが記載されてお
り,研磨パッドの使用に際しては両者ともよく使用されるよく知られたものである
と認められる,② 刊行物1には2種以上の混合物とすることも記載されており,当
業者であれば容易にTDI及びHMDIを併用することができたと認められる,③
本件訂正明細書には,有機イソシアネートとしてTDI及びHMDIの併用が特別
に優れたものとすることの記載はなく,実施例によっても,TDI及びHMDIの
併用が格別な効果を奏するとは認められないと判断した(決定8頁9行~23
行)。
 しかし,決定の上記判断は,以下のとおり,TDIとHMDIとの組
合せの困難性を看過し,両者の併用による本件発明特有の効果を看過したものであ
って,誤りである。
(イ) 決定の上記①の判断について
 刊行物1及び2には,研磨パッドに使用することのできるイソシアネ
ート成分として,HMDIが記載されている。また,刊行物6(特開2000-2
48034号公報,甲11)にも,これと同様の記載がある。しかし,HMDI
は,他の多数のイソシアネートとともに単に形式的に列挙されただけであって,刊
行物1,2及び6にはHMDIを具体的に用いた実施例等は記載されていない。
 他方,イソシアネートのうちポリウレタン樹脂の原料として最も広
く,大量に使用されているのは,TDI及びMDI(ジフェニルメタンジイソシア
ネート)である(甲17)。HMDIは,耐光性が要求される特殊な用途に使用さ
れるものであって(甲18,19),耐光性が要求されない研磨パッドの材料とし
ては使用されていない。このような技術常識を考慮すると,HMDIを研磨パッド
に使用することが刊行物1,2及び6に実質的に記載されているということはでき
ない。
 したがって,HMDIを研磨パッドに使用することがよく知られてい
るとした決定の認定は誤りである。
(ウ) 決定の上記②の判断について
 本件発明は,多種多様に存在するイソシアネートの中からTDIとH
MDIとを選択し,組み合わせて使用することにより,研磨パッドの低温領域(2
0℃~60℃の領域)における弾性率の温度依存性を小さくし,研磨パッドの硬度
低下を抑制したことに技術的意義がある。これに対し,刊行物1及び2は,本件発
明とは発明の目的,解決課題を異にするものであって,TDI及びHMDIの併用
について記載されておらず,その示唆すらない。そうすると,刊行物1及び2に接
した当業者であっても,本件発明の目的を達成するためにどのようなイソシアネー
トを用いればよいのかは全く予想がつかないのであるから,これらの併用が容易で
あるとした決定の判断は失当である。
(エ) 決定の上記③の判断について
 本件訂正明細書(甲4)に記載された実施例1及び2並びに特許異議
申立て事件において原告及び脱退原告が提出した特許異議意見書(甲5。以下「甲
5意見書」という。)に記載された参考例1が示すとおり,有機ポリイソシアネー
トとしてTDI及びHMDIを併用しない研磨パッドは,本件発明の効果を奏する
ことができない。TDI及びHMDIを併用しない刊行物1の実施例1~8に記載
された研磨パッドや,刊行物2の実施例1に記載された研磨パッドも,これと同様
である。これらによれば,TDI及びHMDIの併用によって格別な効果を奏する
ことが明らかであるから,併用による効果が認められないとした決定の判断は誤り
である。
イ 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
(ア) 決定は,相違点2について,① 刊行物3~5及び7にみられるとお
り,分子量分布が1.9未満のPTMGをポリウレタンエラストマーに使用するこ
とはよく知られており,刊行物3及び7にはそれによって耐熱性が改善されること
が記載されているから,刊行物1におけるPTMGとして分子量分布の狭い1.9
未満のものを使用することに格別な困難性は見いだせない,② 本件訂正明細書にお
いては,20℃,40℃及び60℃における弾性率を測定して熱による変化が小さ
いとするものであり,耐熱性の指標を機械的物性である弾性率の測定で示している
ものであって,その効果も予測し得たところであると判断した(決定8頁24行~
34行)。
 しかし,決定の上記判断は,以下のとおり誤りである。
(イ) 本件発明は,広い温度領域(実際に研磨操作が行われる20℃~6
0℃の範囲)で平坦化加工を安定的に行うことができる研磨パッドを提供すること
を課題とし,この課題を解決するために,ポリウレタンの低温領域における耐軟化
性を向上させること(弾性率の変化量を小さくすること)を目的として,分子量分
布が1.9未満のPTMGを採用したものである。
 一方,刊行物3及び7には,分子量分布の狭いPTMGをポリウレタ
ンエラストマー等の原料として用いると耐熱性が改善される旨の記載がある。しか
し,これらはいずれも本件発明のようにポリウレタンの低温領域における耐軟化性
の向上を目的とするものではなく,刊行物3はポリウレタンエラストマーの高温領
域における耐分解性,耐劣化性を改善することを,刊行物7はイソシアネート及び
硬化剤としてPPDI(パラフェニレンジイソシアネート)及びMBOCA(4,
4’-メチレンビス(o-クロロアニリン))を組み合わせて使用した場合の問題
点である製造工程上の欠点を解決することを,それぞれ目的とするものである。ま
た,刊行物3及び7には,低温領域における硬度(弾性率)の変化量を小さくする
ことができることについての記載はないし,動機付けも示されていない。したがっ
て,刊行物3及び7に記載された「耐熱性」は,本件発明とは異なり,高温領域に
おける耐分解性,耐劣化性を意味すると認定すべきものである。
 さらに,刊行物3~5及び7をみても,PTMGを研磨パッド用のポ
リウレタンに用いることの記載は一切ない。
 そうすると,刊行物1におけるPTMGとして刊行物3~5及び7に
記載のPTMGを使用することは,当業者であっても容易に想到し得るものではな
いし,その効果も全く予測し得ないものである。
 ところが,決定は,刊行物3及び7にいう「耐熱性」を低温領域にお
ける耐軟化性の意味であると誤認し,その結果,PTMGとして分子量分布の狭い
1.9未満のものを使用することに格別な困難性はなく,その効果も予測し得たと
ころであると判断したものであって,その判断には明らかな誤りがある。
ウ 取消事由3(相違点1及び2を一体的に認定せず,本件発明の顕著な効
果を看過した誤り)
(ア) 決定は,「相違点1及び2は格別なものとは認められないものであ
るから,本件発明は,上記刊行物1~5及び7に記載された発明に基づいて,当業
者が容易に発明をすることができたものである。」と判断して,本件発明の進歩性
を否定した(決定8頁35行~37行)。
 しかし,この判断は,以下のとおり,一体的に判断すべき相違点1及
び2を分離して認定した上,本件発明の顕著な効果を看過したものであって,誤り
である。
(イ) 本件発明は,有機ポリイソシアネートとしてTDI及びHMDIを
併用すること(以下「発明特定事項①」という。),及び,数平均分子量が500
~1600であり,かつ,分子量分布が1.9未満であるPTMGを用いること
(以下「発明特定事項②」という。)を一体不可分の構成として採用することによ
って,ポリウレタンの低温領域における耐軟化性を向上させ,平均研磨速度が大き
く,面内均一性も優れており,しかも,広い温度領域でシリコンウエハ等の平坦化
加工を安定的に行うことが可能であるという顕著な効果を奏するのである。したが
って,本件発明の進歩性は,発明特定事項①に係る相違点1と,発明特定事項②に
係る相違点2とを一体的に認定した上で,これによる効果に基づいて判断されなけ
ればならない。
 なお,発明特定事項①及び②を組み合わせることによって顕著な効果
を奏することにつき,本件訂正明細書には,その文言上は明確な記載はない。しか
し,本件発明はポリウレタンの主な構成材料(有機ポリイソシアネート,ポリオー
ル及び硬化剤)を特定することによって課題を解決したものであること,本件訂正
明細書には,本件発明に使用する有機ポリイソシアネートはTDI及びHMDIで
あるとの記載があること,本件発明の効果を明確かつ具体的に示す実施例におい
て,TDI及びHMDIを組み合わせた例のみを挙げていることからすれば,本件
発明においては,発明特定事項②だけでなく,発明特定事項①もその効果に影響す
るものであることは明らかである。したがって,本件訂正明細書には,発明特定事
項①及び②を組み合わせることにより顕著な効果を奏することが記載されているの
と同然であるということができる。
(ウ) 本件発明の研磨パッドが使用されるCMP(ケミカル・メカニカ
ル・ポリシング)の技術分野においては,加工後のウエハの表面平坦度が100Å
以下であること,厚みのばらつき(面内均一性)が10%以下であることという極
めて高度の表面平坦性が要求される(甲21,23,24)。この要件を満たさな
いウエハは製品不良となるため,ウエハの厚みのばらつきの程度は製品の歩留りに
大きく影響する。そして,CMPプロセスの業界標準として市場で広く使用されて
いる2層研磨パッドIC1000/SUBA400でさえ,ウエハの面内均一性を
10%以下にすることができないのであって,これを10%未満にすることは容易
なことではないのである。
 本件発明の研磨パッドは,研磨層の構成材料として発明特定事項①及
び②を組み合わせることによって,パッドを2層とすることなく(クッション層と
なる下層パッドを用いることなく),ウエハの面内均一性を10%未満に下げるこ
とができたのである。すなわち,本件訂正明細書の実施例1及び2の研磨パッドの
面内均一性は,それぞれ7%,5%である。これに対し,発明特定事項①及び②の
うち,①は満たすが②を充足しないもの(本件訂正明細書の比較例1。分子量分布
2.0のPTMGを使用),②は満たすが①を充足しないもの(甲5意見書の参考
例1。イソシアネートとしてTDIのみを使用),①及び②のいずれも充足しない
もの(同参考例2。TDIのみを使用,分子量分布2.0のPTMGを使用)の面
内均一性は,それぞれ11%,11%,15%であって,いずれも本件発明の効果
を奏することができない。また,刊行物1の実施例1~8に記載の研磨パッド,刊
行物2の実施例1に記載の研磨パッドも,少なくとも発明特定事項①を充足しない
もの(イソシアネートとしてTDIのみを使用したもの)であるから,やはり本件
発明の顕著な効果を奏し得ないのである。
 このように,本件発明の効果には発明特定事項①及び②のいずれもが
影響しているのであり,本件発明は,発明特定事項①及び②を組み合わせることに
よって,刊行物1等に開示されていない顕著な効果を奏することができるのであ
る。決定は,この組合せによる顕著な効果を看過し,本件発明の進歩性を否定した
ものであって,その判断には明らかな誤りがある。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)~(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
(1) 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)に対し
ア 刊行物1,2及び6にHMDIが記載されていることは原告も認めると
おりであり,刊行物に記載された技術的事項が実施例に記載されたものに限定され
るとする理由はない。むしろ,これらの刊行物に共通してHMDIが記載されてい
ることは,HMDIが研磨パッドに使用されるイソシアネートとしてよく知られて
いることを示すということができる。
イ 研磨パッドに用いられるイソシアネートとして刊行物1に列挙された物
質にはTDI及びHMDIが含まれており,しかも,これらが2種以上の混合物と
して適用されることも記載されている。これらの物質は,いずれも同様な作用を有
する成分として記載されているのであり,複数の物質を組み合わせることも予定さ
れているのであるから,これらの中からいくつかを選択し,併用することに困難性
はない。
ウ 原告は,TDI及びHMDIの併用による効果を主張する。しかし,本
件訂正明細書にはTDI及びHMDIの併用により本件発明の効果が得られたとす
る記載は一切ないのであって(弾性率の温度依存性が小さいなどといった本件発明
の効果は,PTMGの分子量及び分子量分布を選択することによって得られると記
載されており,有機ポリイソシアネートの選択及び併用によるものであるとは記載
されていない。),原告の主張は明細書の記載に基づかない主張である。
 また,甲5意見書にはTDI及びHMDIを特定の割合で併用したもの
が効果を奏した旨の記載があるが,本件発明は,特許請求の範囲の記載のとおり,
TDI及びHMDIの割合を限定するものではないから,甲5意見書をもって併用
の効果があるとすることはできない。さらに,選択及び併用による効果を主張する
のであれば,TDIと他のイソシアネートとを併用した場合との比較も必要となる
が,そのような例も示されていない。
 したがって,TDI及びHMDIの併用が格別な効果を奏するものとは
認められないとした決定に誤りはない。
(2) 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)に対し
 本件発明は,平坦化加工を行うための研磨パッドに関するものであり,摩
擦熱に対する耐熱性が問題とされている。
 耐熱性とは,熱に対する変化の起こりにくさをいうものであり,低温領域
における耐熱性と高温領域における耐熱性とがある。刊行物3及び7にいう耐熱性
が,原告主張のとおり,高温領域における耐熱性に関するものであるとしても,そ
のことによって低温領域での耐熱性が否定されることはなく,むしろ低温領域にお
ける耐熱性という効果を予測させるものである。そうすると,刊行物3及び7の記
載から,分子量分布の狭いPTMGを使用することによって耐熱性を有するという
本件発明の効果を予測することができると認められる。
 また,1.9未満という分子量分布の狭いPTMG自体は,刊行物3~5
及び7に記載されたとおり,よく知られたものである。
 したがって,1.9未満の分子量分布のPTMGを使用することに格別な
困難性がないとした決定の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3(相違点1及び2を一体的に認定せず,本件発明の顕著な効果を
看過した誤り)に対し
 本件発明の効果について,本件訂正明細書には,数平均分子量が500~
1600であり,かつ,分子量分布が1.9未満であるPTMGを用いることによ
って平坦加工性及び研磨パッドの温度依存性に関する効果を奏する旨の記載がある
だけであって(段落【0011】~【0013】),発明特定事項①及び②の組合
せによって顕著な効果を奏するなどといった記載は存在しない。また,実施例をみ
ても,TDI及びHMDIを特定の割合で併用したものが例示されているだけであ
って,発明特定事項①及び②の組合せによる顕著な効果が本件訂正明細書に記載さ
れているのと同然であるということもできない。
 さらに,甲5意見書が本件発明の顕著な効果を示すものでないことは,前
記(1)ウのとおりである。
 原告は,面内均一性を10%未満としたことが本件発明の顕著な効果であ
るかのように主張する。しかし,原告は,各文献に示された用語の意味や測定法の
異同を検討することなく,異なる文献に記載された数値を単に寄せ集めて論ずるも
のであって,その主張には何ら意味がない。
 本件発明の効果は,刊行物1~5及び7から予想し得たものであって,格
別なものということはできないから,この点に関する決定の判断にも誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(決
定の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 そこで,決定の適否に関し,原告主張の取消事由ごとに順次判断することと
する。
2 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 決定は,相違点1について,① 刊行物1及び2には,研磨パッドに使用さ
れる有機イソシアネートとして,TDIとともにHMDIが記載されており,研磨
パッドの使用に際しては両者ともよく使用されるよく知られたものであると認めら
れる,② 刊行物1には2種以上の混合物とすることも記載されており,当業者〔判
決注:本件発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者〕であれば容易
に併用することができたと認められる,③ 本件訂正明細書には,有機イソシアネー
トとしてTDI及びHMDIの併用が特別に優れたものとすることの記載はなく,
実施例によっても,併用が格別な効果を奏するとは認められないと判断した(決定
8頁9行~23行)。
 これに対し,原告は,① HMDIは研磨パッドに使用されるイソシアネー
トとしてよく知られているものではない,② TDI及びHMDIの併用が容易であ
るということはできない,③ 本件発明はTDI及びHMDIの併用によって格別な
効果を奏するものであると主張するが,以下のとおり,いずれも採用することがで
きない。
(2) 原告の上記①の主張について
ア 刊行物1(甲6)は,泡含有ポリウレタン成形物を主構成物とする研磨
パッド等の発明に係る公開特許公報であり,発明の詳細な説明の欄に,この発明に
用いられるイソシアネートの具体例として17種の物質が記載されており,その中
に,ビス-(4-イソシアナトシクロヘキシル)メタン(=水添MDI)〔判決
注:HMDIと同義〕と,2,4-及び/又は2,6-ジイソシアナトトルエン
〔判決注:TDIと同義〕とが含まれている(段落【0012】)。
 刊行物2(甲7)は,発泡ポリウレタン材料に微粒子状物を充填した研
磨パッドの発明に係る公開特許公報であり,発明の詳細な説明の欄に,この発明に
用いられるイソシアネートの具体例として5種の物質が記載されており,その中
に,トリレンジイソシアネート〔判決注:TDIと同義〕と,メチレン-ビス(4
-シクロヘキシルイソシアネート)〔判決注:HMDIと同義〕とが含まれている
(2頁下右欄1~7行)。
 刊行物6(甲11)は,研磨材用ポリウレタン系樹脂組成物等の発明に
係る公開特許公報であり,発明の詳細な説明の欄に,この発明に用いられるイソシ
アネートの具体例として,MDI,ポリメリックMDI以外に4種類の物質が挙げ
られており,その一つとしてHMDIが記載されている(段落【0007】)。
 これらの記載によれば,HMDIは,研磨パッドに使用されるイソシア
ネートとして当業者に広く知られていたと認められる。なお,実施例は,発明を具
体的にどのように実施するのかを示す例であるにとどまるから,実施例に記載がな
いことをもって,上記各刊行物にHMDIを研磨パッドに使用することが実質的に
記載されていないとみることはできない。
イ 原告は,世界的に最も広く,大量に使用されるイソシアネートはTDI
及びMDIであること(甲17),HMDIは,耐黄変性に優れ,かつ,硬い皮膜
を形成するのに適するという特性を持っており,主に塗料,コーティング剤向けに
使用されるが,競合品に比べて生産性及び価格面で劣るため,補助原料的な扱いに
とどまっていること(甲18,19)といった技術常識を考慮すると,HMDIは
耐光性が全く要求されない研磨パッドの材料として使用されないものであると主張
する。
 しかし,原告主張の技術常識からは,HMDIが,価格や生産性に問題
があるために大量には使用されていないと認め得るとしても,研磨パッドの材料と
して使用されないものであると認めることはできない。
ウ したがって,HMDIが研磨パッドに使用されるイソシアネートとして
よく知られているとした決定の判断に誤りはない。
(3) 原告の上記②の主張について
 刊行物1,2及び6に研磨パッドに使用されるイソシアネートとしてHM
DIが記載され,これが当業者によく知られていると認められることは,上記のと
おりである。
 これに加え,刊行物1(甲6)には,イソシアネートの具体例として挙げ
られた物質が単独又は2種以上の混合物で適用されるとの記載もある(段落【00
11】)。そして,具体例として挙げられたイソシアネートのうちTDIが最も広
く,大量に広く用いられるものの一つであること(甲17)を考慮すれば,2種以
上の混合物で適用するに際し,TDIと他のイソシアネートとの混合物とすること
に何ら困難性はないと認められる。
 そうすると,本件発明と上記刊行物1,2及び6とが発明の目的や課題を
異にするとしても,当業者であればTDI及びHMDIを併用することを容易に想
到することができたと認められるから,この点に関する決定の判断にも誤りはな
い。
(4) 原告の上記③の主張について
ア 本件発明は,有機ポリイソシアネート,ポリオール及び硬化剤から成る
ポリウレタンを主な構成素材とする研磨パッドであり,本件訂正明細書(甲4)に
は,有機ポリイソシアネートに関して以下の記載がある。
(ア) 【発明の実施の形態】の項に,本件発明で使用する有機ポリイソシア
ネートとしては,TDI及びHMDIが挙げられるとの記載がある(段落【000
7】)。
(イ) 【実施例】の項に,実施例1として,TDI(2,4-体/2,6-
体=80/20の混合物)14790重量部,HMDI3930重量部,数平均分
子量が1006で分子量分布が1.7のPTMG25150重量部等から発泡ウレ
タンブロックを作製し,これをスライスして得られた研磨シートを用いた研磨パッ
ド(段落【0025】,【0028】,【0031】),実施例2として,PTM
Gとして数平均分子量が990で分子量分布が1.5のものを24750重量部用
いた以外は,実施例1と同様に作製された研磨パッド(段落【0035】),比較
例1として,PTMGとして数平均分子量が1018で分子量分布が2.0のもの
を25450重量部用いた以外は,実施例1と同様に作製された研磨パッド(段落
【0037】)が記載されている。
 また,実施例1及び2並びに比較例1につき,20℃,40℃及び6
0℃における研磨シートの弾性率(MPa)並びに研磨パッドの研磨特性である平
均研磨速度(Å/分)及び面内均一性(%)を一覧にした表が記載されている(段
落【0039】)。
イ 以上のように,本件訂正明細書には,TDI及びHMDIの併用に関し
て,TDIとHMDIとを14790対3930という特定の重量比で用いた例が
記載されているにとどまるのであって,TDI又はHMDIの一方のみを用いたも
の,TDI及びHMDIをいずれも用いないものの記載はない。したがって,本件
訂正明細書の記載からは,TDI及びHMDIを併用することの技術的意義は不明
であるし,併用により格別な効果を奏すると認めることもできない。
ウ 原告は,本件訂正明細書の上記記載に加え,甲5意見書を考慮すれば,
TDI及びHMDIの併用が格別な効果を奏することは明らかであると主張する。
 甲5意見書は,本件訂正明細書に記載された実施例1及び2並びに比較
例1と,新たに示された参考例1及び2について,20℃,40℃及び60℃にお
ける弾性率(MPa),弾性率の変化率(60℃弾性率/20℃弾性率),平均研
磨速度(Å/分),面内均一性(%)を比較したものである。参考例1及び2は,
有機ポリイソシアネートとして,TDI(2,4-体/2,6-体=80/20の
混合物。18246重量部)のみを用いたものである。また,PTMGとして,参
考例1は数平均分子量が1004で分子量分布が1.7のものを25132重量
部,参考例2は数平均分子量が1018で分子量分布が2.0のものを25420
重量部,それぞれ用いている。
 そして,甲5意見書によれば,PTMGの分子量分布がともに1.7で
ある実施例1と参考例1とを比較すると,TDI及びHMDIを併用した実施例1
においては20℃で404MPaだった弾性率が60℃で190MPaとなった
(弾性率の変化率〔1に近いほど優れるものと認められる。〕0.47)のに対
し,TDIのみを用いた参考例1においては20℃で395MPaだった弾性率が
60℃で166MPaとなった(同0.42)ほか,平均研磨速度や面内均一性の
点でも,実施例1が参考例1よりも性能が良いとの結果が示されたと認めることが
できる。
 しかし,本件訂正明細書及び甲5意見書の記載から理解し得るのは,特
定の配合比率でTDI及びHMDIが併用された場合の効果だけであって,例え
ば,TDIにごく少量のHMDIを加えたものがTDIのみを用いたものに比して
格別な効果があるかどうかは不明である。そして,本件発明は,特許請求の範囲に
記載されたとおり,TDIとHMDIとを特定の(一定範囲内の)比率で用いると
限定するものではないから,本件発明の特許請求の範囲に属すべき別の配合比率で
併用された場合においても,両者の併用によって格別な効果を奏すると認めること
はできない。
エ したがって,TDI及びHMDIの併用により格別な効果を奏するとは
認められないとした決定に誤りはない。
(5) 以上によれば,相違点1についての決定の判断は正当と認められる。
3 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 決定は,相違点2について,① 刊行物3~5及び7にみられるとおり,分
子量分布が1.9未満のPTMGをポリウレタンエラストマーに使用することはよ
く知られており,刊行物3及び7にはそれによって耐熱性が改善されることが記載
されているから,刊行物1におけるPTMGとして分子量分布の狭い1.9未満の
ものを使用することに格別な困難性は見いだせない,② 本件訂正明細書において
は,20℃,40℃及び60℃における弾性率を測定して熱による変化が小さいと
するものであり,耐熱性の指標を機械的物性である弾性率の測定で示しているもの
であって,その効果も予測し得たところであると判断した(決定8頁24行~34
行)。
 これに対し,原告は,決定には,① 刊行物3及び7にいう耐熱性の意味を
誤認した結果,PTMGとして分子量分布の狭い1.9未満のものを使用すること
に格別な困難性はないと判断した誤り,② その使用による効果も予測し得たところ
であると判断した誤りがあると主張するが,以下のとおり,いずれも失当というべ
きである。
(2) 原告の上記①の主張について
ア 刊行物3~5及び7には,以下の記載がある。
 刊行物3(甲8)は,分子量分布の狭いポリテトラメチレンエーテルグ
リコール〔判決注:PTMGと同義〕の製造法の発明に係る公開特許公報であり,
発明の詳細な説明中の産業上の利用分野の項に,「PTMGは,ポリウレタン,ポ
リエーテルポリエステル等の原料として有用であり,工業的用途としては,主に平
均分子量500~3000程度のPTMGが一般に用いられるが,分子量分布の狭
いPTMGをポリウレタンエラストマー,ポリエステルエラストマー等の原料に用
いた場合には,ソフトセグメントがより均質になることにより,耐熱性,伸長回復
率が改良されるため分子量分布の狭いPTMGが要求されている。」との記載があ
る(1頁下右欄9~18行)。また,実施例1~6として分散値〔判決注:分子量
分布と同義〕を1.4~1.9とするPTMGの製造法の例,比較例1~4として
分散値を2.0~3.8とするPTMGの製造法の例が記載されている(3頁下左
欄6行~4頁表1)。
 刊行物4(甲9)は,外国書籍(ポリウレタンのハンドブック)であ
り,その本文中に,ポリ(テトラメチレンエーテル)グリコール,PTMEG〔判
決注:PTMGと同義〕は狭い分子量分布のものの方がポリウレタン特製品におけ
る多くの最終用途のために望ましいと長く認識されていた旨の記載,より大きな多
分散性〔判決注:分子量分布と同義〕を有するPTMEGから出発して,多分散性
を約1.2~1.8とし,分子量を約400~約4000とするPTMEGを調製
するために,改善されたプロセスが実施される旨の記載がある(5-14,15
頁)。
 刊行物5(甲10)は,外国書籍(化学技術辞典)であり,その本文中
に,ポリテトラメチレンエーテルグリコールの標準的な市販の分子量グレードは,
650,1000,1800及び2000であるが,1400及び2900のよう
な他の分子量のグレードも特別な用途のために使用可能である旨の記載,市販のP
TMEGのグレード1000では,分子量分布は約1.6である旨の記載がある
(759頁,761頁)。
 刊行物7(甲12)は,ポリウレタンエラストマー組成物の発明に係る
公開特許公報であり,特許請求の範囲に,分子量分布を2.0未満とするポリテト
ラメチレンエーテルグリコールを主成分とするポリウレタンエラストマー組成物の
発明が記載され(2頁左欄2~12行),発明の詳細な説明中の産業上の利用分野
の項に,「この出願の発明はポリウレタンエラストマー組成物に関し,更に詳細に
は耐熱性および耐水性を向上せしめたポリウレタンエラストマー組成物に関するも
のである。」と記載されている(段落【0001】)。また,実施例1~5とし
て,数平均分子量を1209~2953,分子量分布を1.4~1.7とするPT
MGを用いたポリウレタンエラストマー組成物の例が記載され,各実施例及び比較
例1~5の組成物について耐熱老化性試験を行って,100℃ギヤーオーブン中で
56日間放置した後の硬さ,モジュラス,引っ張り強度及び伸びを評価したことが
記載されている(段落【0025】~【0052】)。
イ 刊行物3~5及び7の上記記載によれば,数平均分子量が500~16
00であり,かつ,分子量分布が1.9未満であるPTMG,すなわち,本件発明
に使用するものとされたPTMGは,本件の特許出願の当時,当業者に周知であっ
たと認められる。
 また,刊行物3及び7の上記記載によれば,ポリウレタンの耐熱性を優
れたものとするために,分子量分布の狭いPTMGを用いることも,当業者に周知
であったと認めることができる。
ウ これに対し,原告は,耐熱性には,高分子の比較的低温領域における耐
軟化性と,高分子の比較的高温領域における耐分解性,耐劣化性とがあるところ,
本件発明の目的とする耐熱性の改善は低温領域におけるものを指すのに対し,刊行
物3の耐熱性は熱に対する耐劣化性を,刊行物7の耐熱性は高温領域における耐分
解性,耐劣化性を,それぞれ意味するものであって,本件発明とは目的や解決課題
を異にすると主張する。
 しかし,刊行物3及び7にいう耐熱性の意味を原告の主張するように解
すべきものであるとしても,高温領域における耐熱性(耐分解性,耐劣化性)が優
れていることは,低温領域における耐熱性の改善を予測させるものであり,したが
って,刊行物3及び7の上記記載は,低温領域における耐熱性の改善が求められる
場合に分子量分布の狭いPTMGを用いることの動機付けになるというべきであ
る。
エ 以上によれば,刊行物1に記載された発明のポリウレタン成形物の製造
に当たり,PTMGとして分子量分布が1.9未満のものを用いることに困難性は
認められないと解するのが相当である。
(3) 原告の上記②の主張について
 本件訂正明細書に記載された実施例1及び2並びに比較例1によれば,P
TMGの分子量分布を1.7又は1.5とする各実施例の方が,分子量分布を2.
0とする比較例よりも,ポリウレタン研磨シートを20℃から60℃まで昇温した
ときの弾性率の低下の程度が小さく,また,研磨パッドの研磨特性(平均研磨速
度,面内均一性)が優れていると認められる(甲4,5)。
 しかし,分子量分布の狭いPTMGを用いるとポリウレタンの耐熱性が向
上することは上記のとおり刊行物3及び7に記載されているところであって,この
ことに照らせば,上記実施例に示された効果は,刊行物3及び7に記載された事項
から予測し得る範囲内のことということができる。
(4) したがって,相違点2についての決定の判断にも誤りはない。
4 取消事由3(相違点1及び2を一体的に認定せず,本件発明の顕著な効果を
看過した誤り)について
(1) 決定は,「相違点1及び2は格別なものとは認められないものであるから,
本件発明は,上記刊行物1~5及び7に記載された発明に基づいて,当業者が容易
に発明をすることができたものである。」と判断して,本件発明の進歩性を否定し
た(決定8頁35行~37行)。
 原告は,この判断は,一体的に判断すべき相違点1及び2を分離して認定
した上,本件発明の顕著な効果を看過したものであって,誤りであると主張する
が,以下のとおり,これを採用することはできない。
(2) 原告は,本件発明は発明特定事項①(有機ポリイソシアネートとしてTDI
及びHMDIを併用すること)及び②(数平均分子量が500~1600であっ
て,分子量分布が1.9未満であるPTMGを用いること)を組み合わせることに
よって顕著な効果を奏するのであるから,本件発明の進歩性の判断においては相違
点1及び2を一体的に判断すべきであって,これらを分離して判断した決定には誤
りがあると主張する。
 しかし,発明特定事項①及び②がいずれも当業者にとって容易に推考し得
る事項であるとした決定の判断に誤りのないことは,取消事由1及び2について上
述したとおりである。そして,有機ポリイソシアネートとして何を用いるか(発明
特定事項①,相違点1)と,PTMGの分子量分布等をどの範囲のものとするか
(発明特定事項②,相違点2)は,独立して検討の対象とされ,選択され得る事柄
であって(TDI及びHMDIを併用するときはPTMGの分子量分布が1.9以
上でなければならないとか,分子量分布が1.9未満のPTMGはTDI及びHM
DIと組み合わせて用いることができないなどといったことはない。),発明特定
事項①と②とを組み合わせることに阻害要因があることを示す証拠もない。
 そうすると,相違点1及び2を一体的に判断しなければならないというこ
とはできないから,各相違点を個別に判断した決定に誤りはない。
(3) 原告は,本件発明は,発明特定事項①及び②を組み合わせることによって刊
行物1等に開示されていない顕著な効果を奏するものであり,そのことは本件訂正
明細書及び甲5意見書に記載された実施例1及び2(発明特定事項①及び②をいず
れも満たすもの),比較例1(発明特定事項①は満たすが,②を充足しないも
の),参考例1(発明特定事項②は満たすが,①を充足しないもの)並びに参考例
2(発明特定事項①及び②をいずれも充足しないもの)を対比すれば明らかである
と主張する。
 しかし,本件訂正明細書及び甲5意見書の記載から理解し得るのは,前記
2(4)ウに判示したとおり,特定の配合比率でTDI及びHMDIが併用された場合
の効果だけであって,本件発明の特許請求の範囲に属すべき別の配合比率で併用し
た場合においてもTDI及びHMDIの併用(発明特定事項①)によって格別な効
果を奏すると認めることはできない。そして,発明特定事項①及び②を組み合わせ
た場合についてみても,上記実施例,比較例及び参考例にはTDIとHMDIとが
特定の配合比率で併用された例が示されているにとどまるから,本件訂正明細書及
び甲5意見書の記載をもって,発明特定事項①及び②の組合せにより格別な効果を
奏するものとは認められない。
 また,原告は,本件の特許出願の前に刊行された技術文献(甲21,2
2,24)の記載を引用して,本件発明には刊行物1発明等にない顕著な効果が存
在すると主張する。しかし,原告が本件発明の効果として主張するのは,上述のと
おり,特定の配合比率でTDI及びHMDIが併用された場合の効果だけであるか
ら,仮にそれが上記文献に示された技術水準より優れているものであるとしても,
そのことから直ちに本件発明が従来にない顕著な効果を奏することが立証されたこ
とになるものではない。
 さらに,本件発明及び刊行物1発明の効果をそれぞれの実施例により比較
すると,本件発明の効果とされる「面内均一性」と刊行物1発明の効果とされる
「平坦性」とは,いずれもシリコンウエハ上の酸化ケイ素膜の研磨特性を測定した
ものである点では共通する。しかし,前者が残存膜厚の均一性をみるのに対し,後
者は膜厚の減少程度の均一性をみるのであって,測定の対象が異なる上,研磨試験
における研磨時間や研磨速度等の点でも異なっている。したがって,両者の効果の
優劣を直接比較して本件発明が刊行物1発明より優れているということはできず,
その他本件発明が刊行物1発明にない効果を奏すると認めるに足りる証拠はない。
5 結語
 以上のとおり,原告主張の取消事由1~3はいずれも理由がない。
 よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
         裁判長裁判官  岡   本       岳
            裁判官   上   田   卓   哉
    裁判官  長 谷 川   浩   二

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