平成17(行ケ)10184行政訴訟 特許権
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裁判所 |
知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成17年11月16日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
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キーワード |
特許権52回 実施47回 審決17回 優先権1回 抵触1回 拒絶査定不服審判1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10184号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成17年9月14日
判決
原 告 千寿製薬株式会社
原 告 株式会社大塚製薬工場
原告ら訴訟代理人弁理士 三枝英二
同 藤井淳
同 中野睦子
被 告 特許庁長官 中嶋誠
同指定代理人 森田ひとみ
同 一色由美子
同 宮下正之
同 中野孝一
同 柳和子
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2003―7518号事件について平成15年12月24日にし
た審決を取り消す。
第2 争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告らは,発明の名称を「眼灌流・洗浄液バッグ包装体」とする特許第3
116118号の特許(平成10年10月23日出願,優先権主張平成9年10月
27日及び11月14日・日本〔甲2,3〕,平成12年10月6日設定登録,以
下「本件特許」という。請求項の数は22である。)の特許権者である。
(2) 原告らは,平成13年6月4日,本件特許権の存続期間の延長登録出願を
した(特許権存続期間延長登録願2001-700045。以下「本件出願」とい
う。)。本件出願は,本件特許権者のうちの原告千寿製薬株式会社が受けた次の処
分(甲4。以下「本件処分」という。)に基づくものである。
ア 延長登録の理由となる処分
薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認
イ 処分を特定する番号
承認番号21300AMZ00192000
ウ 処分を受けた日
平成13年3月9日
エ 処分の対象となった物
オキシグルタチオン溶液含有キット(有効成分は,オキシグルタチオン
である。)
オ 処分の対象となった物について特定された用途
眼科手術時の眼灌流及び洗浄
(3) 特許庁は,平成15年3月25日,本件出願について拒絶査定をした。そ
こで,原告らは,拒絶査定不服審判の請求をした(不服2003―7518号)と
ころ,特許庁は,同年12月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄本は,平成16年1月14日,
原告らに送達された。
2 特許請求の範囲
本件特許の願書に添付された明細書(甲2。以下「本件明細書」という。)
の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に記載された発明
を「本件発明」という。)。本件発明は,要するに,眼科手術時の眼内及び眼外灌
流,洗浄等に用いられるグルタチオン溶液等を複室バッグに安定に収容し,かつ,
上記液の炭酸ガス発生によるpH変化を色調変化により目視確認できるpHインジ
ケーターを備えた眼灌流,洗浄液バッグ包装体の発明である(本件明細書【000
1】【0017】)。
【請求項1】
ガス透過性プラスチック製複室バッグをガス非透過性プラスチック包装材で
包装した包装体であって,該複室バッグはオキシグルタチオン及びデキストロース
から選ばれる少なくとも1種を含む薬液又は固形剤が封入されたA室と,重炭酸イ
オンを含む薬液が封入されたB室とを少なくとも有しており,上記複室バッグと包
装材との空間部は炭酸ガス雰囲気とされており,且つ該空間部には重炭酸イオンを
含む液と該液のpH変化に応じて色調変化を起こすpH指示薬とをガス透過性プラ
スチック製小容器に封入してなるpHインジケーターが配置されていることを特徴
とする眼灌流・洗浄液バッグ包装体。
(請求項2~22は省略)
3 本件審決の理由
別紙審決書写しのとおりである。要するに,参天製薬株式会社が,眼科手術
(白内障,硝子体,緑内障)時の眼灌流及び洗浄に使用されるオキシグルタチオン
を有効成分とする医薬品について,承認番号20300AMY00297000と
して薬事法に基づく承認を受けている(以下「本件先行処分」という。)ことを理
由に,本件出願が特許法(以下,単に「法」ということがある。)67条の3第1
項1号の規定に該当するとしたものである。
第3 原告ら主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,法67条の3第1項1号の解釈を誤った結果,本件発明の
実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないと誤って判断したも
のであり(取消事由),その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかで
あるから,違法として取り消されるべきである。なお,本件先行処分の存在は認め
る。
1 法67条の3第1項1号は,延長登録出願の拒絶理由として,「その特許発
明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認
められないとき」と規定するところ,ここにいう「その特許発明の実施」とは,そ
の延長登録出願の対象となっている特許権に係る特許発明の構成全体(構成要件全
部)の実施をいうものと解すべきである。
本件についてみると,本件先行処分は,特定のガラス容器に含まれる液剤と
いう形態についての承認であって,この形態は,バッグ包装体に係る本件発明の構
成と相違している。すなわち,本件発明の構成全体の実施は,本件先行処分の段階
ではいまだ可能になっておらず,あくまで本件処分を待たなければならなかった。
したがって,本件発明の実施には本件処分を受けることが必要であったので
あるから,本件出願が法67条の3第1項1号に該当しないことは明らかである。
2 特許権の存続期間の延長制度は,特許権を取得したにもかかわらず,他の法
規制により特許発明を実施できない期間(いわゆる浸食期間)が発生することがあ
るため,その期間を回復させるために創設された制度である。本件においても,本
件処分がされるまで,本件発明のバッグ包装体が実施できない状態にあったのであ
るから,延長登録が認められるべきである。
被告は,特許権の存続期間の延長制度が,安全性,有効性などの確保がいま
だされていない物(物と用途)を含んでいるために処分を受けるのに相当期間を要
するため,その物(物と用途)について特許発明が実施できない期間が存在した場
合を救済しようとする制度である旨を主張するが,特許権の存続期間の延長制度に
ついて定める法67条2項においては,「安全性の確保等を目的とする法律」と規
定されているのみであって,同制度の目的を「有効成分及び用途」の安全性,有効
性等の確保に限定していない。ちなみに,本件発明を含む製剤等に係る特許発明
は,有効成分・用途以外の点で工夫を凝らし,これまでにない新しい剤型等を導入
することにより従来品よりも高い安全性,有効性等を実現するものである。
3 被告は,原告らの主張する解釈を採ると,例えば化合物の新しい医薬用途に
関する発明において,実施態様レベルの製剤それぞれについて特許を受けた場合
と,医薬用途自体を請求項に記載して特許を受けた場合とで著しい不均衡を生ずる
旨を主張する。しかし,ありふれた剤型を別途に出願する場合には,少なくとも先
願との重複特許の問題が起こり法39条に抵触する結果となりかねないから,被告
の上記主張は,その前提において疑義があるものである。また,被告の上記主張
は,脱法行為ともいうべき派生的な問題を殊更採り上げて強調するものであり,そ
のような問題は運用ないし立法で対応すれば足りるものである。
また,被告は,原告ら主張の解釈を採るときには,延長登録出願の審査上の
混乱は必須である旨をも主張するが,審査の運用・手法と本件における法律解釈と
は別次元の問題であって,審査の運用・手法という被告の内部事情に基づいて法律
解釈をすることは,本末転倒といわざるを得ない。
4 本件では,本件先行処分に対応する特許権が本件特許権とは別個に成立して
おり,しかも,当該特許権の特許権者は,本件特許権を有する原告らとは別人であ
る。1つの特許権に基づいて2つの処分があった場合であれば,本件審決がいうよ
うに,同じ物及び同じ用途に使用されるものに特許期間の延長の効果を何回も付与
することを避ける必要があるが,本件のような場合には,延長の効果が重複して認
められることはあり得ないから,本件先行処分があるからといって,本件出願が法
67条の3第1項1号に該当するとはいえない。
5 なお,本件審決は,東京高裁平成10年3月5日判決(平成7年(行ケ)第
155号)の説示をそのまま援用するが,上記判決の事案は,先行処分によって延
長登録出願に係る特許発明の構成全体の実施が可能になっていたものであり,本件
と事案を異にするから,上記判決の説示は本件には妥当しない。
第4 被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告らの主張する本件審決の取消事由には理
由がない。
1 法67条2項所定の処分として政令により定められた処分である薬事法上の
承認(同法14条)は,医薬品等の品目ごとに与えられる。これに対して,特許法
上,存続期間が延長された場合の特許権の効力は,処分を受けた当該品目に限定さ
れず,処分の対象となった物(その処分においてその物の用途が定められている場
合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての特許発明の実施に及ぶも
のとされている(法68条の2)。これは,特許権の効力を薬事法の承認単位の狭
い範囲でとらえるのは特許制度になじまず,「物」と「用途」という特許法上意味
のある概念でとらえることが合理的であるとされたためである。
そして,法68条の2の「物」と「用途」という観点に対応するものは,薬
事法の規制上は「有効成分」「効能・効果」であるから,「有効成分」「効能・効
果」が同一で,これ以外の剤型や用法,用量,製法等が異なる承認がいくつかあっ
た場合には,そのなかの最初の承認によって医薬品としての製造,販売等の禁止が
解除され,その有効成分と効能・効果の組み合わせについては特許発明の実施がで
きることになったものと解される。したがって,最初の承認に基づいてのみ延長登
録が可能であり,その後の承認を受けることは特許発明の実施に必要であったとは
認められないこととなる。
このように,法67条の3第1項1号における「特許発明の実施に必要な処
分」とは,その処分の物と用途で特定される範囲が,先の処分の物と用途によって
特定される範囲と重複しない処分(すなわち,その物と用途の組み合わせでの最初
の処分)をいうとの解釈は,本件審決が引用した東京高裁平成10年3月5日判決
(平成7年(行ケ)155号)のみならず,東京高裁平成12年2月10日判決
(平成10年(行ケ)361~364号)においても支持されている。
これを本件についてみると,本件先行処分及び本件処分において,その有効
成分と効能・効果から特定される物及び用途は重複しているから,本件処分は,本
件発明の実施に必要な処分であったとはいえない。けだし,本件先行処分により,
オキシグルタチオンの眼科手術用の液剤が市販されているという状況下では,既
に,その物と用途によって特定される範囲全般について実施不可の状態が解除され
ていると考えられるからである。
2 特許権の存続期間の延長制度は,処分を受けることによって現実に特許発明
の構成全体の実施ができるようになったかどうかではなく,安全性,有効性などの
確保がいまだされていない物(物と用途)を含んでいるために処分を受けるのに相
当期間を要するため,その物(物と用途)について特許発明が実施できない期間が
存在した場合を救済しようとする制度である。したがって,その処分により特定さ
れる物(物と用途)とは無関係な範囲で特許発明がすでに実施されていたことは延
長登録を受ける障害にはならない反面,物(物と用途)以外の要素により何らかの
実施を妨げる事情があって,その後に処分を受けることにより初めて特許発明の実
施が可能になっても,延長登録の対象とはならない。
いったん有効成分,効能・効果が新しい医薬について処分がされた場合,そ
の後,それと有効成分,効能・効果が同じで剤型等のみが異なる医薬について処分
を受ける必要があるとしても,その有効成分,効能・効果についての製造販売等の
禁止が解かれた結果,もはや後の処分の対象の医薬品については,最初の承認時と
全く同レベルの安全性の確認のための資料の作成は要求されなくなる。したがっ
て,最初の承認がされた後は,その有効成分,効能・効果に関する限り,その後の
処分を受けた者が先の処分を受けた者と同一か否か,その医薬品に関連する特許権
を有しているかどうかなどとは関係なく,延長登録を受け得る事情自体が消失して
いるのである。
本件においても,原告らは,本件先行処分に基づきオキシグルタチオンの眼
科手術用製剤が市販されたことによって,オキシグルタチオンの眼科手術における
製剤の安全性や有効性については重ねて検討を要することなく本件発明に至ったも
のであり,また,承認申請に当たっても,眼科手術におけるオキシグルタチオンの
使用についての安全性を確認するためのデータの作成に長期間を要することがなか
ったのであるから,原告らが本件先行処分による恩恵を受けていることは明らかで
ある。したがって,原告らが延長登録を受けるべき事情もない。
3 仮に,原告らの主張するような解釈を採ると,例えば化合物の新しい医薬用
途に関する発明において,実施態様レベルの製剤それぞれについて特許を受けてい
れば,各剤型の承認を受ける度に対応特許について延長が認められることとなり,
医薬用途自体を請求項に記載して特許を受けた場合に比して著しく均衡を欠く結果
となる。
また,原告ら主張の解釈を採るときには,延長登録出願の審査上の混乱は必
須である。すなわち,薬事法上の規制の本質は,有効成分,効能・効果にあり,そ
の他の事項はいわば二次的なことにすぎない。そして,処分は申請者ごと,品目ご
とに行う必要がある。一方,特許権は,同一の発明に対して付与されることはない
し,医薬の有効成分(有効成分と用途)をその発明の構成として含む発明は,化学
物質自体の発明,有効成分と用途を限定した医薬発明に限られず,医薬製剤やその
製造方法の発明など種々の発明がある。
このように,特許明細書における特許請求の範囲と,薬事法において規制の
対象となる医薬品を審査するに当り必要とされる事項とは本質的に相違するから,
「処分」が「特許発明の実施」に必要でないか否かを審査するに当たって,仮に,
処分の内容によって把握される品目単位の医薬品と特許請求の範囲の文言とを逐一
対照させてすべてが一致することを要すると解するならば,申請書類上の記載内容
から特許発明と対比すべき構成をどのように把握するのか,現実の製品や製法と処
分の内容の不一致がある場合をどう扱うのかなど,延長登録出願の審査上の混乱は
必須であって法の的確な運用は望めない。
4 原告らは,本件先行処分に対応する特許権が,本件特許権とは別個に,ま
た,原告らとは別人を特許権者として成立している点を主張するが,法67条の3
第1項1号は,先行する処分に対応特許権があるかを一切問題としていないし,そ
もそも,先行する処分に必ず対応する特許権が存在するわけではない。したがっ
て,本件先行処分に対応する特許権の有無は,同号の該当性に関係がない。
5 なお,本件審決の援用する東京高裁平成10年3月5日判決(平成7年(行
ケ)155号)は,化合物の製造方法の発明に係る特許権に関するものであるとこ
ろ,化合物が当該特許発明の方法により製造されたか否かを特に問うことなく,当
該化合物を有効成分とする医薬品に対する先行処分の存在をもって,特許発明が実
施されていることになると判断しているから,上記判決の事案は,先行処分によっ
て延長登録出願に係る特許発明の構成全体の実施が可能になっていたものではな
い。
第5 当裁判所の判断
1 特許権の存続期間の延長制度に関する規定の解釈
特許権の存続期間の延長制度につき,法67条2項は,「特許権の存続期間
は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許
可その他の処分であって当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うに
は相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるため
に,その特許発明の実施をすることができない期間があったときは,5年を限度と
して,延長登録の出願により延長することができる。」と規定する。一方,法67
条の3第1項には,延長登録出願の拒絶事由が列挙されており,その1号において
は,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必
要であったとは認められないとき。」と定められている。
そもそも特許制度は,発明に係る技術を公開することの代償として一定期間
その権利の専有を認めるものであるが,特許発明の実施について,安全性の確保等
を目的とする法律の規定による許可等の処分が必要とされ,かつ,当該処分の目
的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要する場合には,特許
権の存続期間が実質的に相当期間短縮される結果となるため,これに伴う特許権者
の不利益を救済する目的で,上記制度が設けられたものと解される。
そして,特許法施行令3条は,法67条2項の政令で定める処分として農薬
取締法上の登録及び薬事法上の承認を指定しており,具体的には,同施行令3条2
号において,薬事法14条1項に規定する医薬品に係る承認が,上記処分の一つと
して定められている。薬事法14条1項(本件出願当時のもの。同条につき,以下
同じ)は,「厚生労働大臣は,医薬品(厚生労働大臣が基準を定めて指定する医薬
品を除く。)‥‥‥につき,これを製造しようとする者から申請があったときは,
品目ごとにその製造についての承認を与える。」と規定し,同条2項は,「前項の
承認は,申請に係る医薬品‥‥‥の名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方
法,効能,効果,性能,副作用等を審査して行うものとし,次の各号のいずれかに
該当するときは,その承認は,与えない。」と規定している。このように,薬事法
14条においては,医薬品について,その成分,効能・効果のみならず,名称,用
法,用量,使用方法等を特定した品目ごとに製造承認を受ける必要があるものとさ
れている。
一方,法68条の2は,存続期間が延長された場合の特許権の効力につい
て,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長
されたものとみなされる場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理
由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分におい
てその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使
用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と
規定している。
上記規定は,特許権の存続期間の延長制度の適用分野を政令によって薬事法
等から更に拡大する場合に備えて一般的な規定とされているところ,薬事法との関
係でいえば,薬事法上の医薬品の承認が上記のとおり成分,効能・効果のみなら
ず,名称,用法,用量,使用方法等を特定した品目ごとにされるものであるのに対
して,特許法上の特許権の存続期間の延長制度においては,薬事法による承認が得
られた品目に限定して延長に係る特許権の効力が及ぶとするのではなく,延長に係
る特許権の効力を,医薬品でいえば有効成分により特定される「物」及び効能・効
果により特定される「用途」について,特許発明を実施する場合全般に及ぶことと
したものと解するのが相当である。
このように,特許法上の特許権の存続期間の延長制度においては,医薬品の
場合について,薬事法の規定とは異なり,「物(有効成分)」と「用途(効能・効
果)」という概念によって,「処分」という概念が画されているのであるから,法
67条2項にいう,政令で定める処分を受けることが必要であるために,その特許
発明の実施をすることができないとの要件,及び,法67条の3第1項1号にい
う,その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要
であったという要件は,薬事法14条1項の承認の対象となる医薬品に関しては,
特許発明の実施について,物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から処
分を受けることが必要であったか否かを問題としていると解すべきであり,そのよ
うに解釈して初めて特許権の存続期間の延長制度につき全体として統一的な解釈が
可能となるものである。
2 本件への適用
上記解釈を前提として,本件につき検討する。
(1) 次の事実は,当事者間に争いがない(前記第2参照)。
本件発明は,第2,2記載のとおりであって,要するに,眼科手術時の眼
内及び眼外灌流,洗浄等に用いられるグルタチオン溶液等を複室バッグに安定に収
容し,かつ,上記液の炭酸ガス発生によるpH変化を色調変化により目視確認でき
るpHインジケーターを備えた眼灌流,洗浄液バッグ包装体の発明である。
原告らは,原告千寿製薬株式会社が平成13年3月9日に「眼科手術時の
眼灌流及び洗浄」を用途とし,オキシグルタチオンを有効成分とする「オキシグル
タチオン溶液含有キット」について受けた薬事法14条1項の医薬品の承認(本件
処分)に基づき,同年6月4日,本件特許権の存続期間の延長登録出願(本件出
願)をした。
一方,本件処分に先立ち,参天製薬株式会社が,眼科手術(白内障,硝子
体,緑内障)時の眼灌流及び洗浄に使用されるオキシグルタチオンを有効成分とす
る医薬品について,薬事法に基づく承認(本件先行処分)を受けている。
(2) 上記事実によれば,「オキシグルタチオン」という有効成分(物)及び
「眼科手術時の眼灌流及び洗浄」という効能・効果(用途)を有する医薬品につい
ての薬事法上の承認としては,本件処分に先立って本件先行処分が存在したのであ
るから,前判示の特許権の存続期間の延長制度の趣旨に照らせば,本件先行処分に
よって上記物と用途についての薬事法上の規制は解除されていたというべきであ
る。そうすると,本件発明の実施について,物(有効成分)と用途(効能・効果)
という観点から本件処分を受けることが必要であったとは認められない。したがっ
て,本件出願は法67条の3第1項1号に該当するものというべきであり,これと
同旨の本件審決の判断に誤りはない。
3 原告らの主張について
(1) 上記の点に関し,原告らは,法67条の3第1項1号にいう「その特許発
明の実施」とは,その延長登録出願の対象となっている特許権に係る特許発明の構
成全体(構成要件全部)の実施をいうものであり,本件発明の構成全体の実施は,
本件先行処分の段階ではいまだ可能になっておらず,あくまで本件処分を待たなけ
ればならなかったから,本件出願は同号に該当しない旨を主張する。
ア 法67条の3第1項1号においては,延長登録出願の拒絶理由として,
「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要で
あったとは認められないとき。」と規定されているところ,確かに,現実には本件
処分を受けなければ本件発明を実施することができなかったことは,原告らの指摘
するとおりである(被告も,この点は認めている。被告準備書面(第2回)16頁
参照)。しかしながら,特許権の存続期間の延長制度全体を統一的に理解するため
には,上記規定は,薬事法14条1項の承認の対象となる医薬品に関しては,「特
許発明の実施について,物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から処分
を受けることが必要であったとは認められないとき」を意味するものと解すべきこ
とは,前判示のとおりである。さらに,以下の理由からも,原告らの主張する解釈
は採用できない。
イ 原告らの主張する解釈によれば,例えばパイオニア的な新薬についての
製法ないし化合物に関する特許発明のような,いわば広いクレームの特許発明であ
るほど,個々の剤型の開発ごとには存続期間の延長は認められにくく,逆に,剤型
レベルまで細かく規定された,いわば狭いクレームの特許発明であれば,有効成分
や効能・効果が既に薬事法で承認されたものであっても,個々の剤型の開発ごとに
延長を受けられることとなるが,そのような結果は,特許制度の趣旨に照らせば,
衡平を欠いた不当なものであるといわざるを得ない。なお,この点に関し,原告ら
は,剤型ごとに別出願とすれば,先願との重複特許の問題が生ずる(法39条)か
ら,そのような議論はその前提において疑義がある旨を主張するが,法39条は同
一の発明について異なった日に2以上の特許出願があった場合の先願主義を定めた
規定であるところ,例えば剤型ごとの発明を同日に出願した場合には,法39条は
問題とならず,上記のような不都合が生じ得ることになる。
ウ また,薬事法上の承認の前提となる製造承認申請書には,医薬品のすべ
ての細目を記載しなければならないわけではなく,例えば医薬品の容器・被包につ
いては,医薬品製造指針(甲16)において,「薬事法に規定される直接の容器及
び及び直接の被包の材質‥‥‥,医薬品に直接触れる容器・被包及び安定性に影響
を与えると思われる容器・被包(内袋を含む。)を記載する必要がある。」(81
頁)とされている。
本件についてみても,本件処分(甲4)では,本件発明の構成における
pHインジケーターに何ら触れるところがない(原告らも,この点を認めている。
原告準備書面(第3回)3頁及び原告準備書面(第4回)2~3頁参照)。しかる
に,本件処分を受けて製造販売されている実際の製品には,上記pHインジケータ
ーが備えられている(甲14,弁論の全趣旨)ところ,本件発明におけるpHイン
ジケーターは,本件明細書の【発明が解決しようとする課題】の記載によれば,課
題の解決のために不可欠なものであって,本件発明の本質的部分であることが明ら
かである。
原告らは,法67条の3第1項1号が,「物(有効成分)と用途(効
能・効果)」という観点をいれず,単に,特許発明の構成要件全部の実施のために
処分を受けることが必要か否かのみを問題としている旨を主張する。しかしなが
ら,上記のとおり,特許発明の実施の前提となる薬事法上の承認は,医薬品のすべ
ての細目を特定してされるわけではなく,薬事法上の観点から重要でないものにつ
いては特定されないこともある以上,「物(有効成分)と用途(効能・効果)」と
いう観点をいれずに,特許発明の構成要件全部の実施のために処分を受けることが
必要か否かを判断するためには,特許発明の構成のうち薬事法上の観点から重要で
ない部分がどこであるかを判断しなければならなくなるが,そのような作業は法6
7条の3第1項1号の予定しないものといわざるを得ない。原告らの主張は,採用
できない。
(2) 原告らは,特許権の存続期間の延長制度は,他の法規制により特許発明を
実施できない期間(いわゆる浸食期間)を回復させるために創設された制度であ
り,その目的を「有効成分及び用途」の安全性,有効性等の確保に限定したもので
はないから,本件発明が剤型等に関する発明であっても,延長登録が認められるべ
きである旨を主張する。
確かに,剤型等に関する発明にも価値の高いものがあり得るが,前記のと
おり,特許法の延長登録に関する規定は,少なくとも薬事法14条1項の承認の対
象となる医薬品に関しては,物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から
処分の要否をとらえるものとして立法されているものと解さざるを得ない(なお,
立法過程における議事録(乙8,9)においても,新薬開発の保護が立法趣旨の眼
目とされており,具体的な剤型の発明の保護が念頭にあったとはいい難い。)。
(3) 原告らは,本件では,本件先行処分に対応する特許権が本件特許権とは別
個に成立しており,しかも,先行特許権者は,本件特許権者である原告らとは別人
であるため,延長の効果が重複して認められることはあり得ないから,本件先行処
分があるからといって,本件出願が法67条の3第1項1号に該当するとはいえな
い旨を主張する。
しかしながら,前記のとおり,同号は,「特許発明の実施について,物
(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から処分を受けることが必要であっ
たか否か」を問題とするものであり,当該処分に先行する処分が存在する場合には
当該処分によって既に当該「物と用途」についての薬事法上の規制が解除されてい
たかどうかが問題となるが,当該先行処分に対応する特許権が存在しているかどう
かは関係がない。原告らの上記主張は,採用できない。
(4) なお,事案に鑑み付言するに,特許権の存続期間の延長制度についての規
定は,その適用分野を政令によって薬事法等から更に拡大する場合に備えて一般的
な規定とされている結果,医薬品との関係でみると曖昧さを残した内容となってい
るといわざるを得ず,そのことが本件のような紛争を惹起した原因となっている。
このことは,既に,知財高裁平成17年10月11日判決(平成17年(行ケ)第
10345号)の指摘するとおりであり,でき得るものであれば,特許法の関係規
定の明確化が望まれるところである。
4 結論
以上のとおり,原告ら主張の取消事由は理由がなく,他に本件審決を取り消
すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告らの本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主
文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 三 村 量 一
裁判官 沖 中 康 人
裁判官若林辰繁は,転勤のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官 三 村 量 一
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