平成17(ワ)10394民事訴訟 特許権
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
一部認容 東京地方裁判所
|
裁判年月日 |
平成17年11月1日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法2条3項1号2回 民法1条2項1回
|
キーワード |
差止32回 損害賠償30回 特許権28回 侵害17回 無効6回 実施3回 抵触2回
|
主文 |
1 本件訴えのうち,原告が被告に対して金6000万円及びこれに対する平成17年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める請求に係る部分を却下する。2 原告のその余の請求を棄却する。3 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
|
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
平成17年11月1日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成17年(ワ)第10394号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成17年9月6日
判 決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 本件訴えのうち,原告が被告に対して金6000万円及びこれに対
する平成17年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める
請求に係る部分を却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,別紙物件目録記載の装置を製造し,譲渡し,貸し渡し,譲渡若しく
は貸渡しの申出をし,又は使用してはならない。
2 被告は,原告に対し,金6000万円及びこれに対する平成17年6月1日
(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等
(1) 当事者等
ア 原告は,情報処理サービス業,情報提供サービス業,マーケティング及
び販売促進に関する企画,研究及び調査の業務,コンピューターソフトウェアの開
発,販売の業務並びに電話番号の案内業務等を目的とする株式会社である。
イ 被告は,電子計算機器に関するソフトウェア開発,販売及び保守,並び
に電子計算機器周辺機器,事務機器,通信機器の企画,製造及び販売等を目的とす
る株式会社である。
被告は,平成16年4月1日,ひまわり情報株式会社(以下「ひまわり
情報」という。)を吸収合併した。
(2) 原告の特許権
原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲請
求項1に係る発明を「本件特許発明」という。)を有している。
特許番号 特許第2801969号
出願日 平成8年6月25日
登録日 平成10年7月10日
発明の名称 電話番号リストのクリーニング装置およびクリーニング方
法
特許請求の範囲(請求項1)
「パソコンのようなコンピュータを用いて構成され,以下の各要件
(1)~(5)を備えたことを特徴とする電話番号リストのクリーニング装置。
(1) ISDN に接続されてITU-T勧告Q.931に規定された回
線交換呼の制御手順を発信端末として実行する。
(2) クリーニング処理しようとする電話番号リストから順番に電話番
号を読み取り,その電話番号を着番号とし,伝達能力として非制限ディジタル情報
を指定した『呼設定』メッセージを網に送出する。
(3) 送出した『呼設定』メッセージの呼が受け付けられて網から「呼
出」メッセージまたは『応答』メッセージが転送されてきた場合に,直ちに網に
『切断』メッセージを送出して切断復旧シーケンスを実行するとともに,当該『呼
設定』メッセージの前記電話番号を有効番号と判定する。
(4) 送出した『呼設定』メッセージの呼が受け付けられずに網から
『切断』メッセージが転送されてきた場合に,直ちに切断復旧シーケンスを実行す
るとともに,網からの『切断』メッセージに付帯した情報要素の理由表示をピック
アップし,その理由表示の内容に応じて当該『呼設定』メッセージの前記電話番号
を有効番号として扱うか無効番号として扱うかを判定する。
(5) 有効番号と判定した電話番号と無効番号と判定した電話番号とを
区別した新たなリストを作成する。」
(3) 本件特許発明の構成要件の分説
本件特許発明の構成要件を分説すると,以下のとおりである(以下,各
構成要件に付された記号に従って「構成要件A」などという。)。
A パソコンのようなコンピュータを用いて構成された電話番号リストの
クリーニング装置であって,
B ISDN に接続されてITU-T 勧告Q.931に規定された回線
交換呼の制御手順を発信端末として実行する,
C クリーニング処理しようとする電話番号リストから順番に電話番号を
読み取り,その電話番号を着番号とし,伝達能力として非制限ディジタル情報を指
定した「呼設定」メッセージを網に送出する,
D 送出した「呼設定」メッセージの呼が受け付けられて網から「呼出」
メッセージまたは「応答」メッセージが転送されてきた場合に,直ちに網に「切
断」メッセージを送出して切断復旧シーケンスを実行するとともに,当該「呼設
定」メッセージの前記電話番号を有効番号と判定する,
E 送出した「呼設定」メッセージの呼が受け付けられずに網から「切
断」メッセージが転送されてきた場合に,直ちに切断復旧シーケンスを実行すると
ともに,網からの「切断」メッセージに付帯した情報要素の理由表示をピックアッ
プし,その理由表示の内容に応じて当該「呼設定」メッセージの前記電話番号を有
効番号として扱うか無効番号として扱うかを判定する,
F 有効番号と判定した電話番号と無効番号と判定した電話番号とを区別
した新たなリストを作成する。
(4) 被告の行為
被告は,別紙物件目録記載の装置(以下「被告装置」という。)を製造,
譲渡及び使用している(弁論の全趣旨)。
(5) 前訴の確定判決の存在
ア 原告は,平成11年6月28日,東京地方裁判所に対し,ひまわり情報
を被告として,本件特許権に基づき,電話番号調査装置「Doctor Bell
Ⅱ(DBⅡ)」(以下「前訴装置」という。)等の製造,譲渡,貸渡し,譲渡若し
くは貸渡しの申出,又は使用の差止め,損害賠償等を求める訴えを提起した(東京
地方裁判所平成11年(ワ)第14222号事件。以下「前訴」という。乙1)。
イ 原告は,前訴において名称及び構成を用いて前訴装置を特定したが,最
終的には,前訴装置は,別紙前訴装置目録記載のとおり,「DoctorBell
Ⅱ(DBⅡ)」という製品名の電話番号調査装置であり,かつ,同目録記載aない
しfの構成を有する旨主張した(以下,同目録の記号に従って「前訴構成a」など
という。乙1)。
ウ 前訴について,平成13年6月13日,口頭弁論が終結され,同年8月
29日,前訴装置は構成要件Cの「非制限ディジタル情報」を充足しないとして,
原告の請求をいずれも棄却する旨の判決が言い渡された。この判決は,同年9月1
2日,控訴期間の満了により確定した(以下,同判決を「前訴確定判決」という。
乙1,2)。
2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告装置は別紙被告装置説明書記載の構成
(以下,同説明書の記号に従って「本訴構成a」などという。)を有し,これが原
告の特許権を侵害すると主張して,本件特許権に基づき,被告装置の製造,譲渡等
の差止めを求めるとともに,不法行為に基づく損害賠償の一部請求として6000
万円及びこれに対する民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案
である。これに対し,被告は,被告装置は前訴装置と同一であり,本件請求は,前
訴確定判決の既判力に反し,又は訴訟上の信義則に反するなどと主張した。
3 本件の争点
(1) 本件請求が前訴確定判決の既判力に反するか否か
(2) 本件請求が訴訟上の信義則に反するか否か
(3) 被告装置が本件特許発明の技術的範囲に属するか否か
(4) 損害の有無及び額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件請求が前訴確定判決の既判力に反するか否か)について
〔被告の主張〕
(1) 本訴において差止め等の対象となる被告装置は,前訴装置と同一であり訴
訟物が同一である。
ア 原告が本訴において提出した被告装置のマニュアル(甲3)は,前訴装
置のマニュアルであり,差止め等の対象となる装置は同一である。よって,被告装
置の構成と原告が前訴で特定した前訴装置の構成とは同一である。
イ 被告装置の製品名は「Dr.BellⅡ(INS1500)」である。
前訴装置の製品名は「Doctor BellⅡ(DBⅡ)」である
が,被告装置と同一の装置である。
被告装置においては,接続する回線の種別によって,装置としての同一
性がなくなることはない。使用するDSU,ISDNボード,外観,回線制御プロ
グラム等における相違は被告装置と前訴装置との間の装置としての同一性を失わせ
るものではない。
ウ 被告装置は「呼設定」メッセージを送出する際に伝達能力として非制限
ディジタル情報を指定していない。
被告装置では設定ファイル「SYSDEF.INI」の「SENDMODE=」に続く数値を
「0」にすれば「呼設定」メッセージを送出する際の伝達能力として音声が指定さ
れるが,この数値を「1」に指定すればかかる伝達能力として非制限ディジタル情
報が指定される。
原告は,被告装置の設定ファイルに改変を加え,この数値を「0」から
「1」に書き換えて実験を行っているもので,原告の提出する実験報告書は,客観
性,信憑性を欠く。
(2) 前訴と本訴とでは,主張されている特許権は同一であり,前記(1)のとお
り本訴の被告装置は前訴装置であり,差止め等の対象となる装置は同一である。
そして,被告は前訴確定判決の基準時後に,前訴の被告であったひまわり
情報を吸収合併した。
そうすると,本訴のうち差止請求は前訴における差止請求と訴訟物が同一
であり,かつ原告は前訴基準時後の新たな事由を主張していないから,原告の本訴
における差止請求は前訴確定判決の既判力に触れ,許されない。
なお,原告は本訴においても,当初は,被告ないしその前身であるひまわ
り情報が被告装置を譲渡し始めた時期を平成10年4月ころと主張していたが,こ
れは前訴において前訴装置を譲渡していたとされた時期と同一である。
(3) 前訴の差止請求及び損害賠償請求は本訴の差止請求及び損害賠償請求と矛
盾対立関係にあるから,原告の本訴請求は前訴確定判決の既判力に触れ,許されな
い。
〔原告の主張〕
前訴装置と被告装置とは全く別個の装置であるから,前訴と本訴とでは訴訟
物が異なる。
(1) 被告装置は,前訴で原告が特定した前訴装置と,前訴構成aないしfを有
する点で同一である。
(2) 被告装置は,前訴で裁判所が認定した前訴装置との間で次のとおりの相違
点がある。
ア 名称等における差異
(ア) 被告装置の製品名は「Dr.Bell/INS1500」である
が,前訴装置の製品名は「Doctor BellⅡ(DBⅡ)」であり,製品名
が両者で異なる。被告装置は後記イ(ア)のとおり,INS1500回線用となった
ために,「INS1500」との語句が加わった。
(イ) 被告装置は前訴口頭弁論終結時以後に譲渡が開始されたものであっ
て,同基準時以前に譲渡されていた前訴装置とは異なる。
イ ハード面の差異
(ア) 対応する接続回線の差異
前訴装置は,INS64回線に対応する。なお,INS64回線では
メタルケーブル(銅線ケーブル)が使用され,1回線当たり2個の情報チャネル
(Bチャネル)及び1個の制御チャネル(Dチャネル)を含み,アナログ回線2回
線分の情報伝達能力がある。
他方,被告装置はINS1500回線に対応する。INS1500回
線では光ケーブルが使用され,1回線当たり23個の情報チャネル(Bチャネル)
及び1個の制御チャネル(Dチャネル)を含み,アナログ回線23回線分の情報伝
達能力がある。
(イ) DSU(デジタル回線に端末装置を接続するのに必要な回線接続装
置)の差異
被告装置と前訴装置とでは,対応する回線の種類の差異に伴って,異
なる構造のDSUを使用する。
(ウ) ISDNボードの差異
被告装置と前訴装置とでは,対応する回線の種類の差異に伴って,異
なる構造のISDNボードを使用する。
(エ) 外観の相違
前訴装置はデスクトップ型装置であるが,被告装置はラック(棚)に
設置するいわゆるラックマウント型の装置である。
ウ ソフト面の差異
(ア) 被告装置と前訴装置は,対応する回線の種類の差異(情報チャネル
の個数の差異)に伴って,それぞれ情報チャネルの選択,設定,開放を制御するた
めの異なる内容の回線制御プログラムを備える。
(イ) 被告装置では,「呼設定」メッセージを送出する際に伝達能力とし
て非制限ディジタル情報を指定するが,前訴装置では,かかる際に伝達能力として
音声を指定する。
(ウ)a 被告と日本ソフト販売株式会社(以下「日本ソフト」という。)
との間の「電話調査システム」購入に関する覚書(甲4)中には,「本システムの
処理機能」として「各電話会社の電話交換機の接続信号のみを取得し使用状況(回
線状況)を判別する。このため,基本的には電話への着信(通知)は発生しな
い。」との記載が,また「本システムの処理能力」として「通知件数:3件/10
0万件程度」との記載がある。
他方で,前訴で行われた実験では,アナログ電話では74パーセン
トの確率で鳴動するとされているから,上記各記載部分と矛盾する。
「呼設定」メッセージ送出の際に伝達能力として音声を指定してい
れば,かように100万件に3件程度しか鳴動(着信)しないということは絶対に
あり得ない。
上記各記載部分は,被告装置では「呼設定」メッセージ送出の際に
伝達能力として非制限ディジタル情報を指定していることを示すものである。
b 設定ファイルの一項目の数値を「0」から「1」に書き換えて保存
するだけで,容易に侵害物件になるか否かが左右できるというのは不自然であり,
かように容易に伝達能力の指定を切り替えることができるのは,被告装置が「呼設
定」メッセージ送出の際に伝達能力を非制限ディジタル情報に指定していることを
示すものである。
(3) 被告が被告装置を納入した日本ソフトも原告も,被告装置の設定ファイル
を改変していない。これを改変したとすれば,それは被告ないしひまわり情報によ
るものである。被告が日本ソフトに譲渡した被告装置の設定ファイルの更新日は,
ひまわり情報の担当者又はひまわり情報から委託を受けたカシオソフト株式会社が
保守を行った日と一致する。
よって,本訴請求が前訴確定判決の既判力に触れることはない。
2 争点(2)(本件請求が訴訟上の信義則に反するか否か)について
〔被告の主張〕
前記1のとおり,前訴と本訴とでは,主張されている特許権は同一であり,
差止め等の対象となる装置は同一である。
前訴の中心的な争点は前訴装置が本件特許発明の技術的範囲に属するか否か
であって,原告及びひまわり情報は同争点について主張立証を尽くし,かつ裁判所
は前訴装置が同技術的範囲に属しないと実質的かつ詳細に判断して,原告の請求を
棄却した。
そして,被告は前訴確定判決の基準時後に,前訴の被告であったひまわり情
報を吸収合併した。
本訴でも,前訴と同様,被告装置が本件特許発明の技術的範囲に属するか否
かが中心的な争点となるところ,原告の請求及び主張は,かように中心的な争点が
完全に重複し,同一の紛争関係について不当な蒸し返しをするものである。
そうすると,仮に前訴確定判決の既判力が本訴請求に及ばないとしても,原
告の請求及び主張は,訴訟上の信義則に著しく反するもので,許されない。
〔原告の主張〕
前記1のとおり,前訴装置と被告装置とは全く別個の装置であり,被告装置
は前訴確定判決の基準時後に譲渡されたものである。
本訴請求が民事訴訟上の信義則に反することはない。
3 争点(3)(被告装置が本件特許発明の技術的範囲に属するか否か)について
〔原告の主張〕
(1) 被告装置は,コンピュータを用いて構成された電話番号調査装置であるか
ら(本訴構成a),構成要件Aを充足する。
(2) 被告装置の本訴構成bが構成要件Bを充足することは明らかである。
(3) 被告装置の本訴構成cが構成要件Cを充足することは明らかである。
(4) 被告装置が「呼設定」メッセージに係る電話番号に「実在」を意味する記
録を付すこと(本訴構成d)は,当該電話番号が実際に使用されている有効な番号
であると判定することにほかならないから,構成要件Dを充足する。
(5) 被告装置が「呼設定」メッセージに係る電話番号が「実在」又は「欠番」
である旨の記録を当該電話番号に付すこと(本訴構成e)は,当該電話番号が実際
に使用されている有効な番号か,使用されていない無効な番号かを判定することに
ほかならないから,構成要件Eを充足する。
(6) 被告装置が電話番号リスト上の各電話番号について,実際に使用されてい
る番号である「実在」又は使用されていない番号である「欠番」の記録を付した新
たな電話番号リストを作成すること(本訴構成f)は,有効番号と判定した電話番
号と無効番号と判定した電話番号とを区別した新たなリストを作成することにほか
ならないから,構成要件Fを充足する。
(7) 以上のとおり,被告装置の本訴構成aないしfは構成要件AないしFをす
べて充足するから,被告装置は本件特許発明の技術的範囲に属する。
〔被告の主張〕
否認ないし争う。
被告装置でも,「呼設定」メッセージ送出の際に,伝達能力として非制限デ
ィジタル情報を指定していないから,構成要件Cを充足せず,本件特許発明の技術
的範囲に属しない。
4 争点(4)(損害の有無及び額)について
〔原告の主張〕
(1) 被告は,判明している分だけでも,平成14年9月ころないし10月こ
ろ,株式会社ケーシー,昭和リース株式会社,オリックス株式会社及びはましんリ
ース株式会社に対し,被告装置4セットを譲渡したが,その合計譲渡価格は480
0万円を下らない。
被告装置4セットは原告の装置6台分に相当するが,原告の装置1台分の
利益額は1058万4000円を下らないから,被告の上記譲渡行為により,原告
はその装置6台分の利益合計額に相当する6350万4000円を下らない損害を
被った。
(2) 原告は,被告の本件特許権の侵害を調査するための費用として,13万4
400円を支出したが,これは被告の侵害行為と相当因果関係がある損害である。
(3) また,本件訴訟は専門性の高い特許権侵害訴訟であり,訴訟追行には弁護
士及び補佐人弁理士が不可欠であるところ,被告の特許権侵害行為と相当因果関係
のある弁護士費用及び弁理士費用は,それぞれ,前記(1)及び(2)の合計額の約1割
に相当する600万円を下らない。
(4) 以上のとおり,被告の特許権侵害行為によって原告が受けた損害は,合計
7563万8400円を下らない。原告は,その一部である6000万円を請求す
る。
〔被告の主張〕
争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件請求が前訴確定判決の既判力に反するか否か)について
(1) 訴訟物について
裁判所は当事者によって特定された訴訟物についてのみ審判を行う。訴訟
物たる権利関係は,実体法上は私的自治の原則の下にその主体たる当事者の自由な
管理処分に委ねられる。訴訟法上も,これを反映して,いかなる権利関係について
いかなる形式の審判を求めるかは,当事者の自由な判断に委ねられる。
そして,民事訴訟において,原告は訴訟物を特定する責任があり,それが
被告に対し防御の目標を提示する手続保障の役割を果たすとともに,裁判所に対し
審判の対象を提示する機能を有するものである。
前訴と本訴との間で訴訟物が同一である場合には,本訴において前訴確定
判決の既判力ある判断と矛盾,抵触する判断ができなくなるから(民訴法114条
1項),本件請求については,基準時後に生じた新たな事由が認められない限り,
前訴確定判決の既判力に触れることになる。
前訴の訴訟物は,原告のひまわり情報に対する①本件特許権に基づく前訴
装置の製造譲渡行為等の差止請求権及び②前訴装置の製造譲渡行為が本件特許権を
侵害することを原因とする不法行為に基づく損害賠償請求権である。
本訴の訴訟物は,原告の被告に対する①本件特許権に基づく被告装置の製
造譲渡行為等の差止請求権及び②被告装置の製造譲渡行為が本件特許権を侵害する
ことを原因とする不法行為に基づく損害賠償請求権である。
被告は,前訴確定判決の基準時(口頭弁論終結時)後に,前訴の被告であ
るひまわり情報の権利義務を包括承継したから,原告とひまわり情報の間の前訴確
定判決の既判力は,被告にも及ぶ(民訴法115条1項3号)。
(2) 特許権侵害訴訟における対象製品の特定について
特許権侵害訴訟において対象製品を特定するのは,訴訟物を明らかにし
て,審理の対象及び判決の効力が及ぶ範囲を確定すること,すなわち当該判決の既
判力や執行力の範囲がどこまで及ぶかを明らかにする意義を有するものである。ま
た,特許権侵害訴訟においては,対象製品が特許発明の技術的範囲に属するか否か
が審理されるから,差止請求においては当事者,特許権及び対象製品が同一である
限り,また損害賠償請求においてはこれらに加えて損害発生の期間が同一である限
り,訴訟物としては同一のものと解するのが相当である。
対象製品の特定は,製品名や型番でなされる場合及び製品の構成の説明に
よってなされる場合並びにその双方によってなされる場合があるが,いずれの方法
によって特定するかは,訴訟物についての処分権主義が妥当するものと解される。
そして,製品名の表記は,カタログ,マニュアルや売買契約書等に表現される名称
が必ずしも常に同一であるとは限らないから,形式的に製品名の表記の仕方が異な
ったとしても,特許発明との関係で同一の製品を対象とするものと認められる限
り,対象製品としては同一のものと評価することができる。
(3) 本訴と前訴の対象製品の同一性
ア 原告は,平成17年8月9日の第2回口頭弁論期日において,被告装置
が前訴装置の構成,すなわち前訴構成aないしfを有する旨を陳述した。
よって,被告装置は,前訴において原告が差止め及び損害賠償等の審理
対象として特定した装置と同一の構成を有するものである。
イ 原告は他方で,被告装置の製品名が「Dr.Bell/INS150
0」であり,前訴装置(Doctor BellⅡ(DBⅡ))とは製品名が異な
る旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(2)ア(ア))。
なるほど,日本ソフトと被告が締結した「電話番号調査システム」購入
に関する覚書(甲4)には,システムの明細として「電話番号調査システム(D
r.Bell/INS1500)」との記載があることが認められ,原告はこの記
載に基づいて被告装置の製品名(別紙物件目録の製品名)を特定したものと解され
る。
しかしながら,原告が被告装置のマニュアルとして提出した甲第3号証
の表紙には,「Dr.BellⅡ 電話番号調査システム」とあり,奥書には「D
r.BellⅡ(INS-1500版) 電話番号調査システム」と記載されてい
ることが認められる。また,被告の従業員Aが,被告が上記覚書(甲4)によって
日本ソフトに納入した電話番号調査システムが上記マニュアル(甲3)の装置であ
る旨述べていること(乙5)に照らせば,上記覚書(甲4)のシステムの明細は
「Dr.BellⅡ」と記載すべきところ,「Dr.Bell」と記載したものと
解される。
他方,前訴装置の製品名は「Doctor BellⅡ(DBⅡ)」で
あるところ,被告装置の製品名の一部である「Dr.」が医師ないし博士を示す
「Doctor」の略称であること,前訴装置の製品名中にある「DBⅡ」が「D
octor BellⅡ」の頭文字をとった略称であることは明らかである。
また,本訴における被告装置には,「INS1500」という表記が加
えられているが,これは,接続する回線の種類がINS1500であることを示す
ために加えられたものであるということができる。これに対し,前訴装置は,製品
名において接続する回線の種類が特定されているものではない。そして,被告にお
いて接続する回線の種類に応じて製品名を区別していることを認めるに足りる証拠
はない。そうすると,被告装置に「INS1500」との表記が加えられたことを
もって,前訴の対象となった装置と同一でないということはできない。
以上によれば,本訴における被告装置の製品名としては,原告が被告装
置の製品名として主張する「Dr.Bell/INS1500」より,マニュアル
(甲3)中の記載にある「Dr.BellⅡ」又は「Dr.BellⅡ(INS1
500)」の方が適切であり,それが前訴装置の製品名「Doctor Bell
Ⅱ(DBⅡ)」と異なるものを意味するということはできない。
したがって,製品名の表記の仕方の違いをもって被告装置が前訴装置と
異なる旨の原告の上記主張は採用できない。
ウ 原告は,被告装置の譲渡が前訴確定判決の基準時後に開始されたことを
もって,被告装置と前訴装置とは異なる旨を主張する(前記第3の1〔原告の主
張〕(2)ア(イ))。
しかし,原告は,当初,訴状において,被告ないしひまわり情報が遅く
とも平成10年4月ころから被告装置を製造譲渡している旨主張していたところ,
被告が答弁書において,原告の上記主張は前訴における主張と同じであって既判力
に抵触する旨の主張をした後に,平成17年8月9日付の訴状訂正申立書におい
て,突然,前訴確定判決の基準時後である平成14年7月以降に被告装置を製造譲
渡している旨主張を変更したものである。そうすると,原告自身,前訴確定判決基
準時前から継続されている製造譲渡行為をもって特許権侵害と評価し,それに基づ
く訴訟を提起したものといわざるを得ない。
また,原告の主張する事実をもって被告装置が前訴装置と別個のもので
あるということはできない。
エ 原告は,前訴装置と被告装置とでは,接続する電話回線の種類が異なる
こと,接続する電話回線の違いに応じて両装置間では情報伝達能力,使用するDS
U及びISDNボードが異なること,装置の外観が異なること,接続する電話回線
の違いに応じて回線制御プログラムに違いがあることなどを主張する(前記第3の
1〔原告の主張〕(2)イ,ウ(ア))。
しかしながら,前訴構成では接続する電話回線として「ISDN回線」
とあるのみで(前訴構成a),「ISDN回線」のうちのいずれであるかまで限定
しているものではないし,前訴装置目録記載の構成中には,「ISDN回線」中の
回線種別の違いに応じた情報伝達能力の程度,使用するDSUやISDNボードの
種類,当該装置がデスクトップ型であるかラックマウント型であるか等については
何ら記載がなく,これらの点について何ら限定を加えていない。また,前訴構成中
には,接続する回線の種別に固有な回線制御プログラムの特徴,すなわち「ISD
N回線」のうちのどの種別の電話回線を接続するかによって異なり得る情報チャネ
ルの選択,設定,解放の方法等についても何ら記載がなく,これらの点について何
ら限定を加えていない。そうすると,原告の上記主張は,請求の対象となる装置を
特定するための物件目録の構成が変動するか否かという観点においては,失当であ
る。
そして,原告の提出するホームページ「IT用語辞典e-Words」
(甲10の1ないし3)でも,INS64回線では銅線を用い,2本のBチャネル
(情報チャネル)及び1本のDチャネル(制御チャネル)を使用するが,INS1
500回線では光ファイバーを用い,23本のBチャネル及び1本のDチャネルを
使用することが認められるのみで,回線容量に違いがあるにすぎず,INS回線の
種別は前訴構成との関係でも本件特許発明の作用効果の観点でも格別の違いをもた
らすものではない。むしろ,Aの陳述書(乙5)によれば,被告においては,「D
r.BellⅡ」を従来の装置からINS1500に対応させるためにISDNボ
ード等のハードウェアの変更や関連プログラムの手直しなどを行ったものの,処理
フローなどの基本的構成は従前の装置から変更されていないことが認められる。
また,被告装置のマニュアル(甲3)は,ソフトウェアのバージョンが
2.0のものに対応したものであり,前訴装置のマニュアル(乙6)は,ソフトウ
ェアのバージョンが1.0のものに対応したものであるところ,前訴装置も被告装
置もソフトウェアのバージョンを区別するものではない。そして,これらのマニュ
アルによれば,被告装置と前訴装置とのシステム構成の違いは,「CT-BRI/
2ボード」が前者では「最大46回線(通信ボード)」となっているのに対して後
者では「最大12回線(通信ボード)」となっていること,「電話回線」が前者で
は「INS1500回線,23回線/1チャネル」となっているのに対して後者で
は「ISDN電話回線(要DSU)/1線で2回線を使用」となっていることが認
められる。しかしながら,上記のとおり,装置が対応する電話回線に違いがあって
も「Dr.BellⅡ」の基本的構成には変化がないのであって,これらのシステ
ム構成の違いによって被告装置が「Dr.BellⅡ」の装置の範疇から外れるも
のでもない。
オ 原告は,被告装置では「呼設定」メッセージを送出する際に伝達能力と
して非制限ディジタル情報を指定しているから,前訴装置とは異なる旨を主張する
(前記第3の1〔原告の主張〕(2)ウ(イ))。
原告は,処分権主義の下において,前訴装置の構成は,「呼設定」メッ
セージを送出する際に伝達能力として非制限ディジタル情報を指定するものである
と特定した(前訴構成c)。原告は,処分権主義の下において,本訴における被告
装置についても,「呼設定」メッセージを送出する際に伝達能力として非制限ディ
ジタル情報を指定するものであると特定し(本訴構成c),前記アのとおり,被告
装置が前訴装置の構成aないしfを有する旨陳述したものであり,本訴構成cは前
訴構成cと異なるものではない。
もっとも,前訴確定判決において,裁判所は,前訴装置が前訴構成cを
有する事実を認定しなかったが(乙1),前訴において審理の対象とされ,前訴確
定判決の効力の範囲を確定する前訴装置は,原告自ら別紙前訴装置目録記載のとお
り特定して主張し,当事者双方がこれに基づき主張立証を尽くした以上,前訴構成
aないしfを有するものであることに変わりはない。
原告の上記主張は,被告装置が前訴で原告によって特定された前訴装置
の構成に当たるか否かの判断を左右するものではない。
カ 結局,原告の主張する相違点はいずれも前訴で原告によって特定された
前訴装置の構成との関係で特段の意味を有しないものであって,前記アのとおり,
本訴の対象となる被告装置は,前訴で原告によって特定された前訴装置と構成が同
一であり,前記イのとおり被告装置の製品名が,前訴装置と異なるものを意味する
ものではないから,両者は同一であるというべきである。
(4) 差止請求について
ア 前記(3)のとおり,本訴の対象となる被告装置は,前訴で原告によって特
定された前訴装置と同一であり,特許権も同一であって,かつ被告はひまわり情報
の権利義務を包括承継したから,本件差止請求については,前訴確定判決中の既判
力ある判断を前提にしなければならない。
したがって,前訴確定判決における本件特許権に基づく前訴装置の差止
請求権が存在しないという判断を前提に,前訴確定判決の基準時後に生じた新たな
事由によって原告の本件差止請求に理由があることになるか否かを判断し,上記差
止請求を理由付ける新たな事由がない場合には,本件差止請求は,前訴確定判決の
既判力によって遮断されることになる。
イ 原告は,被告装置においては「呼設定」メッセージの送出の際に伝達能
力として非制限ディジタル情報を指定している旨を主張する(前記第3の1〔原告
の主張〕(2)ウ(イ))。上記主張は,前訴確定判決の基準時後に,被告装置において
かかるメッセージ送出の際に伝達能力として指定するものを音声から非制限ディジ
タル情報に変更した旨の主張と善解することができなくはない。
本件訴訟の経緯について見るに,原告は,被告が平成14年9月30日
に日本ソフトに納入した被告装置は,「呼設定」メッセージの送出の際に伝達能力
として非制限ディジタル情報を指定している旨主張し,これを裏付ける証拠として
公証人の事実実験公正証書(甲6)及び原告補佐人の実験報告書(甲7)を提出し
た。被告は,上記事実を否認し,設定ファイル中の「SENDMODE=」に続く数値を
「0」に設定すれば,被告装置においては「呼設定」メッセージ送出の際に伝達能
力として音声が指定されるようになるが,これを「1」に設定すれば,被告装置に
おいては「呼設定」メッセージ送出の際に伝達能力として非制限ディジタル情報が
指定されるようになること,被告においては被告装置の譲渡の際にかかる数値を
「0」にしていることを主張し,これを裏付ける証拠(乙4,5)を提出した。
被告装置の動作態様を設定するために使用される設定ファイ
ル(SYSDEF.INI)は,原告のした実験の信憑性を吟味するために不可欠なものであ
るところ,裁判所は,本件第1回口頭弁論期日において,原告及び被告の双方に対
し,被告装置で使用されている設定ファイルを印刷した書面の提出を命じ,双方当
事者はその旨約束した。しかし,本件第2回口頭弁論期日には,被告は被告装置の
譲渡時に使用されている設定ファイルを印刷した書面(乙4。その設定ファイル
は,「SENDMODE=」に続く数値が「0」に設定されている。)を持参したが,原告が
上記約束に反してこれを提出しなかったため,裁判所において乙第4号証を預かっ
た。そして,原告は,本件第3回口頭弁論期日になって初めて,その報告書(甲1
2。日本ソフトの被告装置で使用されている設定ファイルに係るもの。その設定フ
ァイルは,「SENDMODE=」に続く数値が「1」に設定されている。)を提出した。
証拠(乙4,5)及び弁論の全趣旨によれば,設定ファイル中
の「SENDMODE=」に続く数値を「0」に設定すれば,被告装置においては「呼設定」
メッセージ送出の際に伝達能力として音声が指定されるようになるが,これを
「1」に設定すれば,被告装置においては「呼設定」メッセージ送出の際に伝達能
力として非制限ディジタル情報が指定されるようになること,被告においては被告
装置の譲渡の際にかかる数値を「0」にしていることが認められる。他方,被告が
特許法2条3項1号所定の実施行為(製造ないし譲渡)をした時点において,被告
装置が「呼設定」メッセージ送出の際に伝達能力として非制限ディジタル情報が指
定されるように設定されていることを認めるに足りる証拠はない。
他方,原告代理人の報告書(甲12)によれば,原告が実験を行った日
本ソフトの被告装置で使用されている設定ファイルは,「SENDMODE=」に続く数値が
「1」になっていることが認められる。しかし,原告の本件訴訟における上記の態
度及び上記各事実に照らせば,原告が日本ソフトの被告装置で行った実験は,そも
そも前提条件が被告の譲渡時のものと異なるから,実験報告書(甲7)の該当部分
を信用することはできない。
ウ なお,原告は,被告ないしひまわり情報が日本ソフトの被告装置の設定
ファイルの「SENDMODE=」に続く数値を改変した旨を主張する(前記第3の1〔原告
の主張〕(3))。
日本ソフトの常務取締役Bの陳述書(甲15)中には,平成15年9月
12日に,ひまわり情報又は保守管理を行っていたカシオソフト株式会社の担当者
が日本ソフトを訪れ,電話番号の調査処理に時間がかかりすぎるという問題に対し
て,処理時間を短縮する作業を行った旨の部分(3頁)があり,Bのひまわり情報
のCらに対する平成15年9月12日午後2時58分付電子メール(甲16)中に
も,「御社の技術担当の方が見えられ電話番号調査のレスポンスの短縮の対応をさ
れました。」との部分があり,日本ソフトの被告装置の上記設定ファイルの最終更
新日時が平成15年9月12日午後1時24分となっており(甲17),原告の上
記主張を裏付けているかのようである。
しかし,Aの陳述書(乙5)によれば,平成14年10月ころ,一旦は
NTTから発呼間隔の調整の要請があったため,上記設定ファイルの「呼設定」メ
ッセージ送出間隔の設定に関する「WAITTIMING=」に続く数値を「7000」(7
秒)にしたが,その後,日本ソフトの処理時間短縮の要請に応じて,この数値を初
期設定値の「5500」(5.5秒)に変更したことが認められる。そうすると,
日本ソフトの被告装置の設定ファイルが最後に変更された平成15年9月12日に
は,上記設定ファイルの「WAITTIMING=」に続く数値の調整が行われたものである。
よって,設定ファイルの更新日付と保守の日付が一致するとしても,設定ファイル
の「SENDMODE=」に続く数値がその日に被告ないしひまわり情報によって改変された
と認めるに足りず,原告の同主張は推測の域を出ないものといわざるを得ない。
また,原告は,被告と日本ソフトとの間の「電話調査システム」購入に
関する覚書(甲4)中の被告装置の処理能力等に係る記載部分(着信が100万件
に3件程度)をもって,前訴で行われた実験結果と矛盾するから,被告装置では
「呼設定」メッセージ送出の際に伝達能力として非制限ディジタル情報を指定して
いる旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(2)ウ(ウ)a)。
しかし,被告装置と前訴装置とでは接続する電話回線の種類が異なり,
処理能力が異なることを原告自身が主張していること(前記第3の1〔原告の主
張〕(2)イ(ア))にかんがみると,着信の割合が非現実的であるとまではいうことが
できず,上記記載部分のみをもって被告装置で「呼設定」メッセージ送出の際に伝
達能力として非制限ディジタル情報を指定していると認めることはできない。そう
すると,原告の上記主張は採用できない。
以上のとおり,被告が被告装置の製造及び譲渡の際に,当該装置が「呼
設定」メッセージ送出の際に伝達能力として非制限ディジタル情報を指定するよ
う,設定ファイルの「SENDMODE=」に続く数値を「1」にしている事実を認めること
はできない。また,その後の改変に被告ないし被告の指示を受けた者が関与したこ
とを認めるに足りる証拠はないし,改変行為自体をもって特許発明の実施行為(特
許法2条3項1号)に該当するということもできない。よって,原告の上記主張は
推測の域を出るものではなく,これを採用することはできない。
エ そして,このほかに,被告装置が「呼設定」メッセージを送出する際に
非制限ディジタル情報を指定していることを認めるに足りる証拠はない。
結局,原告の差止請求を理由付ける,前訴確定判決基準時後に生じた新
たな事由はないというべきであって,本件差止請求は,前訴確定判決の既判力によ
って遮断され,かつ理由がない。
(5) 損害賠償請求について
ア 原告は,前訴において,原告は,前訴の口頭弁論終結時までの損害の賠
償を請求しており(乙1),他方,本訴においては前訴の基準時(口頭弁論終結
時)以後の被告装置の譲渡による逸失利益等の損害賠償を請求しているものであ
る。
そうすると,本訴では前訴の基準時後に生じた損害が主張されているか
ら,原告の本件損害賠償請求は,前訴確定判決の基準時後の損害賠償を請求するも
のとして既判力によって遮断されるものではない。
なお,前訴確定判決における前訴装置が本件特許発明の技術的範囲に属
するか否かについての判断は,理由中の判断であって,同判断に係る争点は本訴に
おける損害賠償請求の前提問題にすぎないし,前訴において差止請求及び損害賠償
請求が棄却されたからといって,当然に本訴における損害賠償請求を棄却すべきで
あるとはいえないのであるから,前訴の差止請求又は損害賠償請求と本件損害賠償
請求が矛盾・対立関係にあるとはいい難い。
イ このように,原告は,本訴において,前訴基準時後になされた譲渡行為
による損害賠償請求を求めるものであるから,本件損害賠償請求が前訴確定判決の
既判力に反するものということはできない。
2 争点(2)(原告の本訴請求が訴訟上の信義則に反するか否か)について
(1) 前訴の経緯について
前記争いのない事実に証拠(乙1,2)を総合すれば,以下の事実が認め
られる。
ア 原告は,平成11年6月28日,東京地方裁判所に対し,ひまわり情報
を被告にして,本件特許権に基づいて,前訴装置等の製造,譲渡,貸渡し,譲渡若
しくは貸渡しの申出,又は使用の譲渡の差止め,損害賠償等を求める前訴を提起し
た。
イ 原告及びひまわり情報は,平成13年1月25日,前訴装置が呼設定メ
ッセージを送出する際(発呼)に伝達能力を「非制限ディジタル情報」を指定する
か否かについて2回の共同実験を行ったが,その概要及び結果は次のとおりであっ
た。
(ア) 第1の実験では,前訴装置にINS回線(実験回線)を接続し,ア
ナログ回線(ND契約実験回線,非ND契約実験回線)に各種電話機(アナログ電
話機5台,ナンバーディスプレイ対応電話機1台,携帯電話機4台)を接続して,
これらの各電話機に向けて前訴装置から各10回ずつ発呼する実験を行い,出力デ
ータ及び鳴動の有無の確認を行った。
このうち出力データに関しては,前訴装置では呼設定メッセージを送
出する場合の伝達能力(情報転送能力)として,「音声」が指定されている旨のデ
ータが出力表示された。
他方鳴動に関しては,アナログ電話では74パーセントの確率で鳴動
し,ナンバーディスプレイ対応電話機では1度も鳴動せず,携帯電話ではすべての
場合に鳴動した。
(イ) 第2の実験では,前訴装置にINS回線2本(実験回線)を接続
し,あらかじめ設定された電話番号1000件に前訴装置から発呼し,送出された
「呼設定」メッセージがそれぞれ受け付けられ,網から切断メッセージが転送され
てきた場合の,「切断メッセージ」に付帯する理由表示番号をピックアップして,
ユーザー情報として出力した。
その結果,「03 都合取り外し」(63 その他のサービス利用不
可クラス)の理由表示番号が136件出力された。
ウ 前訴について,平成13年6月13日,口頭弁論が終結され,同年8月
29日,上記イの実験に基づき,前訴装置は,「呼設定」メッセージを送出する際
に伝達能力として「音声」を指定しており,構成要件Cの「非制限ディジタル情
報」を充足しないとして,原告の請求をいずれも棄却する旨の判決が言い渡され
た。
なお,上記判決は,付加的に,概ね次のとおりの理由などからも,前訴
装置は「呼設定」メッセージを送出する際に伝達能力として「音声」を指定してお
り,他方かかる伝達能力として「非制限ディジタル情報」を指定しているとは認め
られないと認定した。
(ア) 伝達能力として「音声」を指定し,お客様都合による取外し(通話
停止。以下「都合取外し」という。)中の,アナログ回線又ISDN回線(ディジ
タル)の加入者番号を相手方として,「呼設定」メッセージを送出した場合,いず
れの回線の場合においても,切断処理時の切断メッセージに伴う理由表示番号(以
下,「理由表示番号」は切断処理時の切断メッセージに伴うものをいう。)は「6
3(その他のサービス又はオプションの利用不可クラス)」となる。
他方,伝達能力として「非制限ディジタル情報」を指定し,これらの
回線の加入者番号を相手方として「呼設定」メッセージを送出した場合,理由表示
番号は,相手方が都合取外し中のアナログ回線加入者番号のときには,非制限ディ
ジタルのルートが存在しないので,「03(相手へのルートなし)」となるが,相
手方が都合取外し中のISDN回線加入者番号のときには前記「63」となる。
(イ) 伝達能力として「非制限ディジタル情報」を指定し,アナログ加入
者番号を相手方にして「呼設定」メッセージを送出した場合,都合取外しの状態に
ない,通常の通話可能な状態の加入者番号を相手方としたときも,都合取外し中の
加入者番号を相手方としたときと同様に,理由表示番号は前記(ア)の「03」とな
る。そのため,伝達能力として「非制限ディジタル情報」を指定してアナログ加入
者番号に対して「呼設定」メッセージを送出した場合には,都合取外し中か否かを
判別できない。
他方,伝達能力として「音声」を指定し,アナログ加入者番号を相手
方にして「呼設定」メッセージを送出した場合には,都合取外し中の加入者番号の
ときには理由表示番号が前記(ア)の「63」となるが,都合取外し中でない加入者
番号のときには理由表示番号が前記(ア)の「03」となるから,都合取外し中か否
かを判別できる。
(ウ) 都合取外しはほとんどの場合,顧客が「電話料金未納」であること
を意味するから,前記(イ)の方法に従って都合取外し中か否かを判別することで,
信用調査が可能になり,「顧客管理」の点で利点がある。
ひまわり情報は,かかる利点から,「呼設定」メッセージ送出の際の
伝達能力に「音声」を指定して前訴装置を開発した。
(エ) NTTへの総加入者に対するISDN回線の割合は,平成11年度
末で約9.0パーセント,平成12年度末でも予想で16.8パーセントにすぎな
いとされているところ,「呼設定」メッセージ送出の際に伝達能力を「非制限ディ
ジタル情報」に指定した場合には,都合取外しが判別可能な場合が非常に限定され
る。
エ 平成13年9月12日,上記判決は確定した(乙1,2)。被告は,前
訴確定判決の基準時(口頭弁論終結時)後に,前訴の被告であるひまわり情報の権
利義務を包括承継した。
(2) 訴訟上の信義則について
ア 権利の行使は信義に従い誠実にこれをしなければならず(民法1条2
項),民事訴訟においても,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなけれ
ばならない(民訴法2条)。後訴の請求又は後訴における主張が前訴のそれの蒸し
返しにすぎない場合,後訴の請求又は後訴における主張は信義則に照らして許され
ないと解される。
そして,かように後訴の請求又は後訴における主張が信義則に照らして
許されないか否かは,前訴及び後訴の各内容,当事者の訴訟活動,前訴において当
事者がなし得たと認められる訴訟活動,後訴の提起又は後訴における主張をするに
至った経緯,訴訟により当事者が達成しようとした目的,訴訟をめぐる当事者双方
の利害状況,当事者間の公平,前訴確定判決による紛争解決に対する当事者の期待
の合理性,裁判所の審理の重複,時間の経過などの諸事情を考慮して,後訴の提起
又は後訴における主張を認めることが正義に反する結果を生じさせることになるか
否かで決すべきである(最高裁昭和49年(オ)第331号同51年9月30日第一
小法廷判決・民集30巻8号799頁,最高裁昭和49年(オ)第163,164号
同52年3月24日第一小法廷判決・裁判集民事120号299頁,最高裁平成9
年(オ)第849号同10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1147頁
参照)。
イ 本件についてこれを見るに,本訴で主張する被告装置が前訴で原告が特
定した前訴装置と同一の構成を有し,本訴が前訴の審理の蒸し返しに当たるとき
は,訴訟上の信義則に照らして被告装置が本件特許権を侵害することを理由とする
損害賠償請求は許されないことになる。そして,前記のとおり,本件損害賠償請求
は,前訴における損害賠償請求と損害の対象期間を異にするものではあるが,結
局,前訴における損害賠償請求と同一の対象製品,同一の権利に基づいて再度裁判
所の判断を求めようとするものであり,前訴における紛争を蒸し返すものと評価せ
ざるを得ない。原告は,被告装置と前訴装置の相違を縷々述べるが,前記のとお
り,これらはいずれも被告装置が前訴で原告によって特定された前訴装置の構成に
当たるか否かの判断に影響を与えるものではない。また,前訴と本訴とでは,いず
れも対象となる装置が本件特許発明の技術的範囲に属するか否かが主な争点とな
り,争点が概ね共通である上,原告及びひまわり情報は同争点について前訴で主
張,立証を尽くし,共同実験まで行ったものであって,原告が前訴において訴訟活
動を充分になし得なかった事由は存しない。そして,かかる前訴における訴訟追行
の態様からすれば,前訴確定判決によって紛争が解決し,前訴装置と構成が同一の
装置の製造譲渡行為は本件特許権を侵害するものでなく,差止めも損害賠償も請求
されることはないものと考える被告の期待は,合理的である。前訴と本訴との間で
は,原告が訴え提起によって達成しようとする目的は概ね同一であって,損害の範
囲が異なるのみであり,当事者間の利害状況も異ならない。よって,本訴で前訴と
同一の争点について審理を繰り返すことによる裁判所及び被告の負担は軽視でき
ず,原告の本訴における請求を認めないと当事者間の公平を害するような事情もな
い。
そうすると,本訴において被告装置が本件特許権を侵害することを理由
とする本件損害賠償請求を許容し,これを審理すると,被告との関係で正義に反す
る結果を生じさせるのであって,上記請求及び主張は,訴訟上の信義則に反し,許
されないというべきである。
以上のとおり,本件損害賠償請求は,信義則に反し許されない。
(3) 差止請求について
なお,本件差止請求は,前訴確定判決の既判力によって遮断されること
は前記1のとおりであるが,仮にそうでないとしても,前記(2)の損害賠償請求と同
様,訴訟上の信義則により許されないというべきである。
3 争点(3)(被告装置が本件特許発明の技術的範囲に属するか否か)について
前記1,2のとおり,本件差止請求は理由がなく棄却すべきであり,本件損
害賠償請求に係る部分は却下すべきであるが,念のため,被告装置が本件特許発明
の技術的範囲に属するか否かについても判断する。
前記1(4)イのとおり,被告装置が実施行為の時点で「呼設定」メッセージを
送出する際に非制限ディジタル情報を指定していることを認めるに足りる証拠はな
いから,被告装置も前訴装置同様,構成要件Cを充足しない。
そうすると,本訴における被告装置も,前訴装置同様,本件特許発明の技術
的範囲に属しない。
したがって,その余の構成要件の充足性について判断するまでもなく,原告
の本件各請求は理由がない。
4 結論
以上の次第で,本件損害賠償請求に係る訴え部分は却下することとし,本件
差止請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 中 島 基 至
裁判官 田 邉 実
(別紙)
当事者目録
原 告 株式会社ジンテック
同代表者
同訴訟代理人弁護士 野 間 自 子
同 江 端 重 信
同補佐人弁理士 原 島 典 孝
被 告 株式会社クローバー・
ネットワーク・コム
同代表者
同訴訟代理人弁護士 石 嵜 信 憲
同 山 中 健 児
同 丸 尾 拓 養
同 延 増 拓 郎
同 鈴 木 里 士
同 岡 本 博 江
同 義 経 百 合 子
同 柊 木 野 一 紀
同 山 口 毅
同 盛 太 輔
同 吉 野 公 浩
同 林 康 司
(別紙)
物 件 目 録
製品名 電話番号調査システム(Dr.Bell/INS1500)
(別紙)
被告装置説明書
構成 次のaないしfのとおり。
a コンピュータを用いて構成された電話番号調査装置である。
b ISDNに接続されてITU-T勧告Q.931に規定された回線交換呼の制
御手順を発信端末として実行するものである。
被告装置がISDN通信回線に接続して使用されるものである以上,ISDN
通信回線の国際標準であるITU-T勧告Q.931(国内標準であるJT-Q9
31もITU-T勧告Q.931と同一である。)に規定された回線交換呼の制御
手順を発信端末として実行することは当然のことである。
c 被告装置に入力された電話番号リストから順番に電話番号を読み取り,その電
話番号を着番号とする「呼設定」メッセージを網(ISDN)に送出する。このと
き,被告装置は,「呼設定」メッセージの伝達能力として,非制限ディジタル情報
を指定している。
d 被告装置が送出した「呼設定」メッセージの呼が受け付けられると,網から
「呼出」メッセージ又は「応答」メッセージが被告装置に転送されてくる。その場
合に,被告装置は,直ちに網に「切断」メッセージを送出して切断復旧シーケンス
を実行し,同時に,当該「呼設定」メッセージにかかる電話番号が「実在」する旨
の記録を当該電話番号に付す。
e 他方,被告装置が送出した「呼設定」メッセージの呼が受け付けられない場合
には,網から「切断」メッセージが被告装置に転送されてくる。その場合に,被告
装置は,直ちに切断復旧シーケンスを実行し,同時に,網からの「切断」メッセー
ジに付帯した情報要素の理由表示をピックアップし,その理由表示が「1」の場合
には当該「呼設定」メッセージに係る電話番号が「欠番」である旨の記録を当該電
話番号に付し,その理由表示が「3」の場合には当該「呼設定」メッセージに係る
電話番号が「実在」する旨の記録を当該電話番号に付す。
f 被告装置は,これらの処理の結果,電話番号リストの上の各電話番号につい
て,実在として扱うか欠番として扱うかの記録を付した新たな電話番号リストを作
成する。
(別紙)
前訴装置目録
「Doctor BellⅡ(DBⅡ)」という製品名の電話番号調査装置であ
り,以下の構成を有する。
a 電話番号調査装置DBⅡは,パソコンなどのコンピュータ本体を有し,本体は
ディスプレイ,キーボードと,ISDN通信回線に接続するための通信ボードと,
中央演算処理装置(CPU)と,メモリと,動作プログラムを格納したハードディス
ク装置と,媒体着脱式ディスク装置とを備え,動作プログラムに基づき処理を実行
する。
b 本体は,回線接続装置(DSU)を介してISDN通信回線に接続され,TT
C標準JT-Q931に規定された回線交換呼の制御手順を発信端末として実行す
る。
c 本体は,電話番号及びユーザー情報からなる入力データから所定の順番で電話
番号を読み取り,その電話番号を着番号とし,伝達能力として非制限ディジタル情
報を指定した「呼設定」メッセージを作成して網に送出する。
d 送出した「呼設定」メッセージの呼が受け付けられ,網から本体に「呼出」メ
ッセージまたは「応答」メッセージが転送されてきた場合,本体は,相手先に無用
な負荷を掛けたり,電話料金が嵩むなどの問題が生じない程度の短い時間的間隔で
網に「切断」メッセージを送出して切断復旧シーケンスを実行するとともに,当該
「呼設定」メッセージの前記電話番号を有効番号と判定する。
e 送出した「呼設定」メッセージの呼が受け付けられず,網から本体に「切断」
メッセージが転送されてきた場合,本体は直ちに切断復旧シーケンスを実行すると
ともに,網からの「切断」メッセージに付帯している情報要素の理由表示番号をピ
ックアップする。
f 入力データにおける各電話番号及びユーザー情報に,ステータス,新電話番
号,課金情報及び処理年月日を付加したものを出力データとして出力する。前記ス
テータスとは,前記dの場合には網から「呼出」メッセージまたは「応答」メッセ
ージが転送されてきた場合には「01 実在」との分類名をもって,前記eの場合
にはピックアップされた情報要素の理由表示番号ごとに「01 実在」「02 移
転」「03 取り出し」「04 番号誤り」「05 区分未対応」「07 取り出
し2(取り外し〔番号案内あり〕)」「08 取得番号不足」「09 欠番」との分
類名をもって,その他の場合には各事由ごとに「04 番号誤り」「06 不正番
号」「50 回線エラー」との分類名をもって,それぞれ表示される情報である。
右の新電話番号とは,前記eでピックアップされた情報要素の理由表示番号が,
「相手加入者番号変更」を意味する「22」であり,かつ診断情報として理由表示
番号と共に網から新電話番号が送出されてきた場合に,その新電話番号をピックア
ップして表示したものである。前記課金情報とは,発信時に通話料として課金がな
された場合に網から送出される課金情報をピックアップして度数表示したものであ
る。
最新の判決一覧に戻る