平成17(行ケ)10156行政訴訟 特許権
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裁判所 |
知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成17年10月11日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
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キーワード |
審決34回 刊行物31回 実施21回 進歩性2回 拒絶査定不服審判1回 新規性1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成17年(行ケ)第10156号 審決取消(特許)請求事件
(旧事件番号 東京高裁 平成17年(行ケ)第88号)
口頭弁論終結日 平成17年10月4日
判 決
原告 三井住友建設株式会社
代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士 浜 田 治 雄
同 上 田 育 弘
被告 特許庁長官
中 嶋 誠
指定代理人 杉 山 豊 博
同 村 本 佳 史
同 岡 田 孝 博
同 船 越 巧 子
同 宮 下 正 之
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2002-10552号事件について平成17年1月25日にした審決を取り
消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が後記特許出願をしたところ特許庁から拒絶査定を受けたので,
これを不服として審判請求をしたが,特許庁が同請求不成立の審決をしたため,原
告がその取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「制震装置および制震構造物」とする発明につき,平成
11年4月7日に特許出願(平成11年特許願第100678号,以下「本件出願」という。
甲2)をした。
原告は,平成13年6月4日付け手続補正書(甲3)により明細書及び図面を補正
した。
特許庁は,本件出願に対し,平成14年5月7日付けで拒絶査定(甲4)を
した。
そこで原告は,同年6月12日に拒絶査定不服審判を請求し,同請求は不服2002-
10552号事件として特許庁に係属した。
原告は,同事件係属中,平成14年7月12日付け手続補正書(甲14)により明細書
及び図面を補正した(以下「本件手続補正」という。)。
特許庁は,同事件について審理した上,平成17年1月25日付けで,本件手
続補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以
下「審決」という。)をし,その謄本は,同年2月4日原告に送達された。
(2) 発明の内容
ア 本件出願に当たり提出され,平成13年6月4日付け手続補正書(甲3)
により補正された明細書(以下,添付の図面と併せて「本件明細書」という。)の
特許請求の範囲の記載(甲3。以下,その【請求項1】に係る発明を「本願発明
1」という。)
【請求項1】単層ゴム体,または鋼板とゴム層とを積層した積層ゴム体の
上下面に外部鋼板を結合し,前記単層ゴム体または積層ゴム体および外部鋼板を貫
通する単数または複数の鉛プラグを埋設して減衰体を構成し,前記減衰体の水平方
向の断面積に対する鉛プラグの水平方向の断面積を一端より他端に向けて径が漸次
減少するよう15乃至35パーセントに設定することを特徴とする制震装置。
【請求項2】前記減衰体の外部鋼板に対接してフランジプレートを結合す
ることを特徴とする請求項1に記載の制震装置。
【請求項3】単層ゴム体,または鋼板とゴム層とを積層した積層ゴム体の
上下面に外部鋼板を結合し,前記単層ゴム体または積層ゴム体および外部鋼板を貫
通して単数または複数の鉛プラグを埋設して減衰体を構成し,前記減衰体の上下面
に対接してフランジプレートを結合した制震装置からなり,前記減衰体は鉛プラグ
を包囲する複数枚のリング鋼板を積層することを特徴とする制震装置。
【請求項4】減衰体に埋設される鉛プラグの両端に,付着摩擦材を設置し
てフランジプレートに対接させることを特徴とする請求項2または3に記載の制震
装置。
【請求項5】前記付着摩擦材は縞鋼板であることを特徴とする請求項4に
記載の制震装置。
【請求項6】前記付着摩擦材は係止部を有する鋼板であることを特徴とす
る請求項4に記載の制震装置。
【請求項7】前記鉛プラグは,前記減衰体への埋設時に上下から所定の面
圧が加えられることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の制震装置。
【請求項8】請求項1~7のいずれかに記載の制震装置を,構造物の対向
する架構の一方より他方に向けて延在する構造部材と,構造物の対向する架構の他
方より対称的に延在する構造部材との間に設置することを特徴とする制震構造物。
【請求項9】請求項1~7のいずれかに記載の制震装置を,構造物の対向
する二つの架構の一方より他方に向けて延在させて構成される構造部材と他方の架
構との間に設置することを特徴とする制震構造物。
【請求項10】請求項1~7のいずれかに記載の制震装置を,壁状の部材と
水平の架構との間に設置することを特徴とする制震構造物。
【請求項11】請求項1~7のいずれかに記載の制震装置を,二つの水平架
構の一方より延在するブレース材と他方の水平架構との間に設置するとともに速度
比例型の減衰装置を付設することを特徴とする制震構造物。
【請求項12】請求項1~7のいずれかに記載の制震装置のフランジプレー
トと構造架構との間に,構造架構軸と直交する方向に摺動可能なスライド機構を介
在させることを特徴とする制震構造物。
【請求項13】架構内の斜めブレース材間に,請求項1~7のいずれかに記
載の制震装置を2つ重ねた状態に設置し,2つの制震装置の中間部を一方のブレー
ス材に結合し,その両端部を他方のブレース材に結合することを特徴とする制震構
造物。
イ 本件手続補正(甲14)により補正された明細書の特許請求の範囲の記載
(下線部が補正箇所。以下,その【請求項1】に係る発明を「本願補正発明」とい
う。)。
記
【請求項1】単層ゴム体,または鋼板とゴム層とを積層した積層ゴム体の
上下面に外部鋼板を結合し,前記単層ゴム体または積層ゴム体および外部鋼板を貫
通する単数または複数の鉛プラグを埋設して減衰体を構成し,前記鉛プラグは,前
記減衰体への埋設時に上下から所定の面圧が加えられることにより前記単層ゴム体
または前記積層ゴム体に対して鉛プラグが常に横方向の押圧力を印加し続け,且つ
前記鉛プラグの縦寸法1に対する横寸法を1.5乃至3に設定し,前記減衰体の水平方
向の断面積に対する鉛プラグの水平方向の断面積を15乃至35パーセントに設定する
ことを特徴とする制震装置。
【請求項2】前記減衰体の外部鋼板に対接してフランジプレートを結合す
ることを特徴とする請求項1に記載の制震装置。
【請求項3】単層ゴム体,または鋼板とゴム層とを積層した積層ゴム体の
上下面に外部鋼板を結合し,前記単層ゴム体または積層ゴム体および外部鋼板を貫
通して単数または複数の鉛プラグを埋設して減衰体を構成し,前記減衰体の上下面
に対接してフランジプレートを結合した制震装置からなり,前記減衰体は前記鉛プ
ラグを包囲する複数枚のリング鋼板を積層することを特徴とする制震装置。
【請求項4】減衰体に埋設される鉛プラグの両端に,付着摩擦材を設置し
てフランジプレートに対接させることを特徴とする請求項2または3に記載の制震
装置。
【請求項5】前記付着摩擦材は縞鋼板であることを特徴とする請求項4に
記載の制震装置。
【請求項6】前記付着摩擦材は係止部を有する鋼板であることを特徴とす
る請求項4に記載の制震装置。
【請求項7】前記鉛プラグの上下端部と前記フランジプレートとの接合部
分に突起を設けることを特徴とする請求項2乃至3に記載の制震装置。
【請求項8】前記鉛プラグの上下端部と前記フランジプレートとの接合部
分にスパイクを設けることを特徴とする請求項2乃至3に記載の制震装置。
【請求項9】前記鉛プラグは,一端より他端に向けて径を漸次減少させて
テーパー形状に形成することを特徴とする請求項1乃至8に記載の制震装置。
【請求項10】前記鉛プラグの全高を前記単層ゴム体または前記積層ゴム体
と前記外部鋼板との厚さより大きく設定し,面圧を加えることにより前記鉛プラグ
と前記減衰体とを平坦にすることを特徴とする請求項1乃至9に記載の制震装置。
【請求項11】請求項1~10のいずれかに記載の制震装置を,構造物の対向
する架構の一方より他方に向けて延在する構造部材と,構造物の対向する架構の他
方より対称的に延在する構造部材との間に設置することを特徴とする制震構造物。
【請求項12】請求項1~10のいずれかに記載の制震装置を,構造物の対向
する二つの架構の一方より他方に向けて延在させて構成される構造部材と他方の架
構との間に設置することを特徴とする制震構造物。
【請求項13】請求項1~10のいずれかに記載の制震装置を,壁状の部材と
水平の架構との間に設置することを特徴とする制震構造物。
【請求項14】請求項1~10のいずれかに記載の制震装置を,二つの水平架
構の一方より延在するブレース材と他方の水平架構との間に設置するとともに速度
比例型の減衰装置を併設することを特徴とする制震構造物。
【請求項15】請求項1~10のいずれかに記載の制震装置のフランジプレー
トと構造架構との間に,構造架構軸と直交する方向に摺動可能なスライド機構を介
在させることを特徴とする制震構造物。
【請求項16】架構内の斜めブレース材間に,請求項1~10のいずれかに記
載の制震装置を2つ重ねた状態に設置し,2つの制震装置の中間部を一方のブレー
ス材に結合し,その両端部を他方のブレース材に結合することを特徴とする制震構
造物。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決謄本写しのとおりである。その理由の要旨は,
本件手続補正は,特許請求の範囲を拡張又は変更するものであって特許法17条の2
第4項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当しない等とし
てこれを却下した上,本願発明1は,本件出願前に頒布された特開平3-51543号公
報(甲6。以下「刊行物1」という。),国際公開97/25550パンフレット(甲
7-1。対応する国内公表が特表2000-503748号公報,甲7-2。以下「刊行物2」とい
う。),特開平8-326812号公報(甲8。以下「刊行物3」という。)及び特開平
8-326840号公報(甲9。以下「刊行物4」という。)に記載された発明に基いて
当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特
許を受けることができない,としたものである。
イ 上記判断をするに当たり,審決は,本願発明1と刊行物1に記載された
発明(以下「引用発明」という。)との一致点及び相違点について,次のとおり認
定している。
(一致点)
「鋼板とゴム層とを積層した積層ゴム体の上下面に外部鋼板を結合し,
前記積層ゴム体を貫通する鉛プラグを埋設して減衰体を構成した制震装置。」であ
る点。
(相違点1)
本願発明1では,鉛プラグは積層ゴム体および外部鋼板を貫通する
ように埋設しているものであるのに対して,刊行物1に記載された発明では,鉛P
は積層ゴム体19Aに封入されるものであって,外径板17Aと内径板18Aに対しては封入
されていない点。
(相違点2)
本願発明1では,減衰体の水平方向の断面積に対する鉛プラグの水
平方向の断面積を一端より他端に向けて径が漸次減少するよう15乃至35パーセント
に設定したものであるのに対して,刊行物1に記載された発明では,積層ゴム体ユ
ニット3A(減衰体)の水平方向断面積に対する鉛Pの水平方向の断面積は一端より
他端に向けて同径とされており,積層ゴム体ユニット3Aの水平方向の断面積に対す
る鉛Pの水平方向の断面積の具体的な比率については不明である点。
(4) 審決の取消事由
審決が本件手続補正を却下したこと,及び本願発明1には進歩性がないと
したことは,事実の認定及び法律の適用を誤ったものであり,審決は違法として取
消しを免れない。
ア 取消事由1(本件手続補正の適否についての判断の誤り)
(ア) 請求項1について
審決は,請求項1に関する本件手続補正について,「補正前の請求項1の記載か
ら鉛プラグの構成要件である「一端より他端に向けて径が漸次減少するよう」との
構成要件を省くとともに,新たに,鉛プラグについて「前記鉛プラグは,前記減衰
体への埋設時に上下から所定の面圧が加えられることにより前記単層ゴム体または
前記積層ゴム体に対して鉛プラグが常に横方向の押圧力を印加し続け,且つ前記鉛
プラグの縦寸法1に対する横寸法を1.5乃至3に設定し,」との構成要件を追加する
ものであって,特許請求の範囲が拡張又は変更したことは明らかである。してみる
と,このような補正事項を含む本件手続補正は,特許法第17条の2第4項第2号に
規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当しない」(3頁下から2段
落)と判断したが,以下のとおり誤りである。
a 本件手続補正により,補正前の請求項1の記載から「一端より他端
に向けて径が漸次減少するよう」を削除したことは,平成13年6月4日付け手続補
正書(甲3)において請求項1の記載に「一端より他端に向けて径が漸次減少す
る」の表現を付加する補正を行ったところ,拒絶査定(甲4)において,審査官よ
り「鉛プラグの水平方向の断面積を一端より他端に向けて径が漸次減少するように
15乃至35パーセントに設定する」について,一端より他端に向けて径が漸次減少さ
れる鉛プラグの全体において,水平方向の断面積を15乃至35パーセント内に設定さ
れるものであるかどうかの補正根拠が不明瞭である」との指摘を受けたことから,
これを削除することにより記載の明りょう化を図ったものであって,いわゆる「明
りょうでない記載の釈明」である。
そして,この「一端より他端に向けて径が漸次減少する」との表現を「縦寸法1
に対する横寸法を1.5ないし3に設定する」との数値的表現に置換しても,結局「一
端より他端に向けて径が漸次減少する」ことの数値的限定を明細書及び図面の記載
から当業者が容易に理解することができ,したがって「明りょうでない記載の釈
明」に該当する。
b さらに,鉛プラグについて,「前記鉛プラグは,前記減衰体への埋
設時に上下から所定の面圧が加えられることにより前記単層ゴム体または前記積層
ゴム体に対して鉛プラグが常に横方向の押圧力を印加し続け,且つ前記鉛プラグの
縦寸法1に対する横寸法を1.5乃至3に設定し,」との限定を行った理由は,願書に
最初に添付した明細書(甲2。以下,図面と併せて「当初明細書」ということがあ
る。)の段落【0021】と【0029】に鉛プラグについて限定する記載があり,この記
載を請求項1に加えることにより,特許請求の範囲の減縮を企図したものであるこ
とは明らかである。
(イ) 請求項7,8及び10について
審決は,本件手続補正において請求項7,8及び10を追加することは,特許法
17条の2第4項の各号のいずれにも該当しないと判断したが,誤りである。
請求項7は当初明細書の段落【0030】と図7に記載される範囲の発明構成要件を
請求項2及び3に従属させ,請求項8は当初明細書の段落【0031】と図8に記載さ
れる範囲の発明の構成要件を同じく請求項2及び3に従属させ,さらに,請求項
10は当初明細書の段落【0029】および図6に記載される範囲の発明の構成要件を請
求項1~9に従属させたものであって,いずれも特許法17条の2第4項2号に規定
する特許請求の範囲の減縮を目的とすることは明らかである。
請求項7,8及び10を補正することについて,被告は知財高裁平成17年4月25日
判決(平成17年(行ケ)第10192号)及び東京高裁平成16年4月14日付判決(平成15年
(行ケ)第230号)を引用して,請求項を増加する補正は特許請求の範囲の減縮には該
当しないと主張しているが,これらの判決は,多数項引用形式で記載された一つの
請求項を,引用請求項を減少させて独立形式の請求項とする場合や,構成要件が択
一的なものとして記載された一つの請求項について,その択一的な構成要件はそれ
ぞれ限定して複数の請求項とする場合のように,補正前の請求項は複数の請求項を
含むものであるときに,これを補正に際して独立の請求項とすることにより,請求
項の数が増加することになるとしても,それは,実質的に新たな請求項を追加する
ものとはいえず,実質的には一対一の対応関係にあるということができるから,こ
のような補正まで否定されるものではないとしている。
特許法17条の2第3項は,当初明細書に記載した事項の範囲内での補正を認め,
さらに,同条4項において,1項3号及び4号に掲げる場合における特許請求の範
囲の補正条件を,「請求項の削除」,「特許請求の範囲の減縮」,「誤記の訂正」
及び「明りょうでない記載の釈明」と限定しているが,これらの条件を逸脱しない
限りにおいて複数の請求項を補正することは適法であって,請求項の数を増加させ
ること自体を違法とすべきではない。
イ 取消事由2(相違点1についての認定の誤り)
審決は,相違点1として「刊行物1に記載された発明では,鉛Pは積層
ゴム体19Aに封入されるものであって,外径板17Aと内径板18Aに対しては封入されて
いない点」(9頁13~15行)点を認定するが,刊行物1にこのような記載はない。
刊行物1(甲6)の5頁右上欄2~10行には「ケーシング1Aとロッド2Aとの隙間空
間には,その上下に積層ゴム体ユニット3Aが配される。該積層ゴム体ユニット3Aは
外径板17Aがケーシング1Aの内面の段部47に,また,内径板18Aがロッド2Aの段部
48に係合されており,軸方向の動きが拘束されたものとなっている。積層ゴム体
19Aの構成は,硬質板とゴム層との交互層からなること,該積層部に鉛Pを封入する
こと,等は先の実施例に準ずるものである」と記載されているだけであり,外径板
17Aと内径板18Bの図示もない。
ウ 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)
審決は,「刊行物2及び刊行物3に記載された事項………からも理解で
きるように,減衰体の水平方向の断面積に対する鉛プラグの水平方向の断面積の比
率については,格別に限定されているものではなく,所望の比率(例えば,上記刊
行物2では約5%~95%の範囲の比率)を適宜選択することができるものである。
そして,本願発明1において減衰体の水平方向の断面積に対する鉛プラグの水平方
向の断面積を15~35%としたことの技術的意義について検討しても,減衰体の減衰
力を大きくするとともに,加振中に鉛材の流出する現象が生じない範囲として選択
したにすぎないものであって,当業者であれば当然に考慮する技術事項に基づいて
規定した範囲といえるものであるから,その選択した範囲には格別臨界的な意義を
認めることができない」(9頁1~11行)と判断したが,誤りである。
(ア) 本願発明1において,減衰体の水平方向の断面積Aに対する鉛プラ
グの水平方向の断面積Apの比率(Ap/A)を15~35パーセントと選択設定したのは,
次のような理由によるものである。
① Ap/A=0.10に設定すると,減衰体の最大減衰力が41.88(ton)とな
り,三軸応力状態での降伏荷重および最大減衰力が小さすぎるという問題がある。
② Ap/A=0.40に設定すると,減衰体の最大減衰力が167.50(ton)と
なり,加振方向のゴム被覆が少ないため,加振中に鉛材が流出する現象が生じる。
③ Ap/A=0.15に設定すると,三軸応力状態での降伏荷重が
43.32(ton)になるとともに最大減衰力が62.81(ton)となるから,十分な減衰効果を
得ることができる。
④ Ap/A=0.35に設定すると,加振方向のゴム被覆を7cm以上にする
ことができ,加振中に鉛材が単層ゴム体又は積層ゴム体中に流出する現象が生じて
も減衰性能が大きく低下することを防止することができる。
そして,このことは当初明細書(甲2)の段落【0022】に記載さ
れ,15~35%の範囲の水平方向断面積の選択により鉛プラグの減衰能力を高めかつ
優れた制震性能を得ることができるとともに多数回経験を経ても減衰能力が低下す
ることがなく長期間にわたる安定した制震制御が達成されることも段落【0009】に
開示されている。もとより,引用刊行物にこのような記載も示唆も全くない。現に
本件出願に係る発明は既に実施化され(甲10,11),市場において高い評価の下に
広く利用されている。
この点に関し,審決は,刊行物2に約5%~95%の範囲の比率が開示されており
適宜選択できるとするが,明細書の記載において実施例の裏付けもなく数値の選択
範囲を漠然と広範囲に設定することは常とう的に行われることであり,事実,刊行
物2には,断面積率50%で鉛芯の強靭性が得られ,それ以下で可撓性が増大すると
示唆するだけであって,具体的解明は行なわれていない。
(イ) 本願発明1が,減衰体の水平方向の断面積Aに対する鉛プラグの水
平方向の断面積Apの比率(Ap/A)の範囲を15~35%と選択設定することによって,
当業者に認識されていなかった顕著な作用効果を奏することとなる場合には,本願
発明1は引用発明とは別発明である選択発明の一種として新規性及び進歩性が認め
られるのであって,その特許性を否定するためには,本願発明1が選択発明として
成立するに足りる作用効果を奏するか否かについて充分検討する必要がある。
したがって,Ap/Aの値を15~35%の範囲に設定することは,本願発明1の構成要
件となっているのに対し,刊行物1にはこの性質について何らの記載も示唆もない
以上,この性質が選択発明を構成するに足りるものであるか否かについて,実施例
及び比較例や本件出願時の技術常識を参酌するなどして判断すべきものである。し
たがって,このような判断過程を経ることなく,単に引用例に記載されているに等
しい事項であると認定した上,この認定を前提に両発明が相違することにはならな
いとした審決の判断手法は選択発明の成立する余地を否定するものであって,誤り
というべきである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論
原告が,審決の認定判断が誤りであるとして主張するところは,次のとおりいず
れも失当である。
(1) 取消事由1(本件手続補正の適否についての判断の誤り)に対して
ア 請求項1について
本件手続補正前の請求項1のうち「一端より他端に向けて径が漸次減少
するよう」という記載中に用いられた「径」という語は,一般に円又は楕円の直径
又は半径を示す語であるといえる。そして,「前記減衰体の水平方向の断面積に対
する鉛プラグの水平方向の断面積を一端より他端に向けて径が漸次減少するよう」
との記載は,本願発明1における鉛プラグの形状を,水平方向の断面形状が円形又
は楕円形であり,かつ,当初明細書(甲2)の図4,6~8に示されているよう
に,垂直方向の断面形状が一端より他端に向けて漸次減少する台形である,いわゆ
る「円錐台形」に限定するものであることは明らかである。
そうすると,この「一端より他端に向けて径が漸次減少する」との構成要件を削
除すると,鉛プラグの形状は,当初明細書の図1に示されているような,テーパの
ない円柱形状のみならず,水平方向の断面形状が三角形,四角形,多角形である角
柱形状や,それ以外に様々な水平方向の断面形状の柱状体をも包含することとなる
から,原告の主張する「明りょうでない記載の釈明」に該当しないことは明らかで
ある。そうすると,本件手続補正のうち,「前記鉛プラグは,前記減衰体への埋設
時に上下から所定の面圧が加えられることにより前記単層ゴム体または前記積層ゴ
ム体に対して鉛プラグが常に横方向の押圧力を印加し続け,且つ前記鉛プラグの縦
寸法1に対する横寸法を1.5乃至3に設定し,」との構成要件を追加する点は,当初
明細書の記載に基づくものであるといえるとしても,鉛プラグの形状を規定する
「一端より他端に向けて径が漸次減少する」との構成要件を省く点は,特許請求の
範囲を拡張又は変更するものであることが明らかである。
したがって,本件手続補正は,特許法17条の2第4項各号のいずれにも該当しな
いとした審決の判断に誤りはない。
イ 請求項7,8及び10について
特許法第17条の2第4項2号の括弧書きによれば,同号にいう「特許請
求の範囲の減縮」は,補正前の請求項と補正後の請求項との対応関係が明白であっ
て,かつ,補正後の請求項が補正前の請求項を限定した関係になっていることが明
確であることが要請されるものというべきであって,補正前の請求項と補正後の請
求項とは,一対一又はこれに準じるような対応関係に立つものでなければならな
い。そうであれば,増項補正は,補正後の各請求項の記載により特定される各発明
が,全体として,補正前の請求項の記載により特定される発明よりも限定されたも
のとなっているとしても,上述したような一対一又はこれに準じるような対応関係
がない限り,同号にいう「特許請求の範囲の減縮」には該当しないというべきであ
る。
したがって,請求項7,8及び10を追加する補正は,特許法17条の2第4項2号
に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当しないとした審決の判断
に誤りはない。
(2) 取消事由2(相違点1についての認定の誤り)に対して
確かに,刊行物1(甲6)において,第2実施例に関する第8図~第10図
には,外径板17Aと内径板18Bは図示されてはいない。
しかしながら,刊行物1において,第1実施例における外径板17及び内径板
18と,第2実施例における外径板17A及び内径板18Bとが,それぞれ同等の部材であ
ることは明らかであるし,刊行物1における「ケーシング1Aとロッド2Aとの隙間空
間には,その上下に積層ゴム体ユニット3Aが配される。該積層ゴム体ユニット3Aは
外径板17Aがケーシング1Aの内面の段部47に,また,内径板18Aがロッド2Aの段部
48に係合されており,軸方向の動きが拘束されたものとなっている」(5頁右上欄
2~7行)との記載,及び第9図及び第10図の記載を見れば,第9図及び第10図に
おけるケーシング1Aと積層ゴム体ユニット3Aに挟まれた右下がりのハッチングがな
された部材が外径板17Aに該当することは明らかである。同様に,ロッド2Aと積層ゴ
ム体ユニット3Aに挟まれた右下がりのハッチングがなされた部材が内径板18Aに該当
することも明らかである。
そして,改めて第9図及び第10図の記載を見ると,鉛Pは積層ゴム体19Aに封入さ
れるものであって,外径板17Aと内径板18Aに対しては封入されていない点が看取で
きるから,審決が,相違点1として,「刊行物1に記載された発明では,鉛Pは積
層ゴム体19Aに封入されるものであって,外径板17Aと内径板18Aに対しては封入され
ていない」と認定したことに誤りはない。
(3) 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)に対して
本願発明1において,減衰体の水平方向の断面積に対する鉛プラグの水平
方向の断面積を15~35%としたことの技術的意義について検討しても,減衰体の減
衰力を大きくするとともに,加振中に鉛材の流出する現象が生じない範囲として選
択したにすぎないものであって,当業者であれば当然に考慮する技術事項に基づい
て規定した範囲といえるものである。原告が示している三軸応力状態での降伏荷重
及び最大減衰力の値は,Ap/Aに比例して増減するにすぎず,Ap/A=0.10とAp/A=
0.15との間,あるいはAp/A=0.35とAp/A=0.40との間において急激に増減するも
のではなく,15~35%の範囲には格別臨界的な意義を認めることができない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)(審
決の内容) の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,以下においては,原告主張の取消事由ごとに審決の適否について判断す
ることとする。
2 取消事由1(本件手続補正の適否の判断の誤り)について
(1) 請求項1について
ア 原告は,本件手続補正前の請求項1の記載から「一端より他端に向けて
径が漸次減少するよう」の文言を削除したことは,平成13年6月4日付け手続補正
書(甲3)において請求項1の記載に当該文言を付加する補正を行ったところ,拒
絶査定(甲4)において審査官より指摘を受けたことから,これを削除することに
より記載の明りょう化を図ったものであって,明りょうでない記載の釈明に当たる
と主張する。
しかし,拒絶査定(甲4)において,当該文言に関する審査官の指摘は下記のと
おりのものである。
記
「「鉛プラグの水平方向の断面積を一端より他端に向けて径が漸次減
少するよう15乃至35パーセントに設定する」について,一端より他端に向けて径が
漸次減少される鉛プラグの全体において,水平方向の断面積を15乃至35パーセント
に設定されるものであるかどうかの補正根拠が不明確である」
上記記載によれば,審査官の指摘の趣旨は,補正の根拠が不明確であると
いうものであって,請求項1の記載内容が明りょうでないことを指摘するものでは
ないから,「一端より他端に向けて径が漸次減少するよう」を削除することが明り
ょうでない記載の釈明に当たるとみる根拠とはなり得ない。
イ 原告は,「一端より他端に向けて径が漸次減少する」との表現を「縦寸
法1に対する横寸法を1.5乃至3に設定する」との数値的表現に置換しても結局「一
端より他端に向けて径が漸次減少する」ことの数値的限定を明細書及び図面の記載
から当業者が容易に理解することができ,したがって明りょうでない記載の釈明に
該当するとも主張する。
しかし,鉛プラグの「縦寸法1に対する横寸法を1.5乃至3に設定する」という文
言は,一端より他端に向けて横寸法が減少するテーパ形状の鉛プラグにおいて一端
の横寸法を3とし他端は1.5とするという意味のみならず,両端とも横寸法が等しい
柱状の鉛プラグにおいて横寸法を1.5~3の範囲内で適宜定めるという意味にも解す
ることができるのであるから,本件手続補正が,「一端より他端に向けて径が漸次
減少する」との表現を「縦寸法1に対する横寸法を1.5乃至3に設定する」との数値
的表現に「置換」したものであるということはできず,原告の上記主張は,その前
提において成り立たない。したがって,「一端より他端に向けて径が漸次減少する
よう」との文言を削除するとともに「縦寸法1に対する横寸法を1.5乃至3に設定す
る」との文言を追加したことが,両者を置換することによって明りょうでない記載
を明りょうにした釈明に当たるということはできない。
ウ 上記ア,イのとおり,本件手続補正は「明りょうでない記載の釈明」に
は当たらない。
また,本件手続補正が特許請求の範囲を減縮するものであるということもできな
い。すなわち,本件手続補正において,「前記鉛プラグは,前記減衰体への埋設時
に上下から所定の面圧が加えられることにより前記単層ゴム体または前記積層ゴム
体に対して鉛プラグが常に横方向の押圧力を印加し続け,且つ前記鉛プラグの縦寸
法1に対する横寸法を1.5乃至3に設定し,」との事項を追加した点は,特許請求の
範囲の減縮に当たるとみる余地があるとしても,本件手続補正前の請求項1に係る
発明は,「一端より他端に向けて径が漸次減少する」ものに限定されていたとこ
ろ,本件手続補正後の請求項1に係る発明は,当該限定を有しないものとなったの
であるから,この点において,本件手続補正は,特許請求の範囲を拡張するものと
いうべきであって,請求項1に係る発明を全体としてみれば,本件手続補正が特許
請求の範囲を減縮するものであるということはできない。
エ したがって,審決が「本件手続補正は,特許法第17条の2第4項第2号
に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当しないばかりか,同条同
項第1号に規定する請求項の削除,同条同項第3号に規定する誤記の訂正,同条同
項第4号に規定する明りょうでない記載の釈明を目的とするもののいずれにも該当
しない」(3頁下から2行~4頁3行)とした判断に,誤りはない。
(2) 請求項7,8及び10について
ア 原告は,請求項7及び8の追加は請求項2及び3に従属させ,さらに,
請求項10の追加は請求項1~9に従属させたものであって,いずれも特許法17条の
2第4項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とすることは明らかであると
主張する。
しかし,同号は「特許請求の範囲の減縮」について,括弧書きで「第36条第5項
の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するもので
あって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記
載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限
る」と規定しているから,同号にいう「特許請求の範囲の減縮」は,補正前の請求
項と補正後の請求項との対応関係が明白であって,かつ,補正後の請求項が補正前
の請求項を限定した関係になっていることが明確であることが要請されるというべ
きであり,補正前の請求項と補正後の請求項とは,一対一又はこれに準じるような
対応関係に立つものでなければならないと解すべきものである。しかるに,本件手
続補正前の特許請求の範囲には,本件手続補正によって追加された請求項7,8及
び10と一対一又はこれに準じるような対応関係に立つ請求項は存在しないことが明
らかである。したがって,請求項7,8及び10を追加する補正が,特許請求の範囲
の減縮を目的とするものに該当するということはできない。
イ 被告が,上記アの趣旨をいうものとして援用した知財高裁平成17年4月
25日判決(平成17年(行ケ)第10192号)及び東京高裁平成16年4月14日判決(平成
15年(行ケ)第230号)に関し,原告は,これらの判決では,多数項引用形式で記載さ
れた一つの請求項を,引用請求項を減少させて独立形式の請求項とする場合や,構
成要件が択一的なものとして記載された一つの請求項について,その択一的な構成
要件はそれぞれ限定して複数の請求項とする場合のように,補正前の請求項は複数
の請求項を含むものであるときに,これを補正に際して独立の請求項とすることに
より,請求項の数が増加することになるとしても,それは,実質的に新たな請求項
を追加するものとはいえず,実質的には一対一の対応関係にあるということができ
るから,このような補正まで否定されるものではないとしている,ということを理
由に,本件手続補正は特許法17条の2の要件を満たすものであると主張する。
しかし,本件手続補正により追加された請求項7,8及び10が,原告が前記判決
の判示事項として引用するようなものに当たらないことは明らかであるから,原告
の上記主張はその前提を欠き,失当というほかはない。
3 取消事由2(相違点1についての認定の誤り)について
原告は,審決が,相違点1の認定に当たって,「刊行物1に記載された発明
では,鉛Pは積層ゴム体19Aに封入されるものであって,外径板17Aと内径板18Aに対
しては封入されていない」(9頁13~15行)と認定したことについて,審決が引用
した刊行物1(甲6)の「第2実施例」に関する記載部分及び図面には,当該認定
を裏付けるものはないから,上記認定は刊行物1の記載に基づかないものであると
主張する。
確かに,審決は,刊行物1のうち,〔発明が解決しようとする問題点〕,〔問題
点を解決するための手段〕及び〔作用〕の部分並びに第2実施例に関する部分のみ
を引用しており(4頁下から2行~6頁下から14行),第2実施例に関する第8図
~第10図には,符号「17A」「18B」「19A」の明示はない。
しかし,刊行物1には,「第1図~第3図はその一実施例(第1実施例)を示
す。……積層ゴム体ユニット3は,外径板17と,内径板18と,これらの外径・内径
板17,18間に挟着される鉛を封入した積層ゴム本体19と,からなる」(3頁左上欄
13行~左下欄4行),「第8図~第10図に本発明の他の実施例(第2実施例)を示
す」(5頁左上欄10行~11行),「ケーシング1Aとロッド2Aとの隙間空間には,そ
の上下に積層ゴム体ユニット3Aが配される。該積層ゴム体ユニット3Aは外径板17Aが
ケーシング1Aの内面の段部47に,また,内径板18Aがロッド2Aの段部48に係合されて
おり,軸方向の動きが拘束されたものとなっている。積層ゴム体19Aの構成は,硬質
板とゴム層との交互層からなること,該積層部に鉛Pを封入すること,等は先の実
施例に準ずるものである」(5頁右上欄2行~10行)との記載がある。
以上の記載からみて,刊行物1記載の第1実施例の積層ゴム本体19は,外径板
17と内径板18との間に鉛Pを挟着して封入したものであること,第2実施例の積層
ゴム体19Aの構成は,第1実施例に準じ,硬質板とゴム層との交互層からなり,該積
層部に鉛Pを封入したものであること,第2実施例の外径板17A,内径板18Aがケー
シング1Aの内面の段部47,ロッド2Aの段部48にそれぞれ係合されること,が理解で
きる。
以上の理解を前提に,刊行物1の第10図をみると,ケーシング1Aの内面の段部
47,ロッド2Aの段部48にそれぞれ係合される板状の部材が右下がりの斜線部分とし
て示されており,これら板状の部材のうち,ケーシング1Aの内面の段部47に係合さ
れるものが「外径板17A」,ロッド2Aの段部48に係合されるものが「内径板18A」に
当たり,同じく第9図及び第10図を見ると,これら板状の部材の間に挟着される鉛
Pを封入する部分が積層ゴム体19Aに当たることは,符号の明示がなくとも明らかで
ある。すなわち,刊行物1には,外径板17Aと内径板18Aの間に挟着される鉛Pを封
入する積層ゴム体19Aが記載されているものと認めることができる。
したがって,審決が,「刊行物1に記載された発明では,鉛Pは積層ゴム体19Aに
封入されるものであって,外径板17Aと内径板18Aに対しては封入されていない」と
認定した点に誤りはない。
4 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について
原告は,審決が,本願発明1において減衰体の断面積に対する鉛プラグの断
面積の比率が15~35%と規定されていることについて,かかる範囲の選択には格別
の臨界的な意義は認められない,と判断したのは誤りであると主張する。そこで,
この主張について以下検討する。
(1) 刊行物3(甲8)には,下記の記載がある。
記
「積層面に直交する力に対しては鉛プラグ4の断面を除く積層体3により
大きな剛性を発揮する。積層面に沿うせん断力に対しては,ゴム層1は容易に撓
み,該せん断力が小さいとき鉛プラグ4が初期抵抗力を発揮して撓みを阻止し,せ
ん断力が大きくなると鉛プラグ4は塑性変形を起こしゴム層1とともにせん断変形
を起こす。当該せん断力が大きく,強制振動力として作用するとき,ゴム層1及び
鉛プラグ4は協働してせん断エネルギーを吸収し,大きな減衰性を発揮する。」
(段落【0014】)
また,当初明細書(甲2)には,下記の記載がある。
記
「これにより,積層面に直交する方向(縦方向)の荷重に対して,積層ゴ
ム体1により大きな剛性が示される。積層面に沿った方向(横方向)の荷重,すな
わちせん断力に対してはゴム層が容易に撓み,せん断変形が小さいとき鉛プラグ2
が初期抵抗を発揮してゴム層の撓みを阻止する。せん断変形が大きくなると,鉛プ
ラグ2が降伏し,塑性に伴うエネルギー吸収を行い振動を抑制する。」(段
落【0005】)
これらの記載によれば,制震装置において積層ゴム体に鉛プラグを埋設す
る場合,積層ゴム体及び鉛プラグの双方に,減衰性等相応の機能が要請されるもの
であることから,積層ゴム体及び鉛プラグの大きさ,厚さ等をどのようにして制震
装置を構成するかは,要請される機能の程度等に応じて当業者が設計上適宜考慮す
べき事項であるというべきである。
原告は,本願発明1が減衰体の水平方向の断面積に対する鉛プラグの水平方向の
断面積の比率の下限値を15%としたことについて,この比率を10%に設定すると,
減衰体の最大減衰力が41.88(ton)となり,三軸応力状態での降伏荷重及び最大減衰
力が小さすぎるという問題があるのに対し,15%に設定すると,三軸応力状態での
降伏荷重が43.32(ton)になるとともに最大減衰力が62.81(ton)となるから,十分な
減衰効果を得ることができると主張する。しかし,鉛プラグの断面積が小さくなれ
ば降伏荷重及び最大減衰力が小さくなることは自明であるし,そもそも降伏荷重及
び最大減衰力は,減衰体の大きさや設置個数によっても変わり得るものであって,
上記比率が15%より大きいか小さいかによって格別顕著な作用効果の違いが生じる
とみることはできない。
また,原告は,本願発明1が上記比率の上限値を35%としたことについて,これ
を40%に設定すると,減衰体の最大減衰力が167.50(ton)となり,加振方向のゴム被
覆が少ないため,加振中に鉛材が流出する現象が生じるが,35%に設定すると,加
振方向のゴム被覆を7cm以上にすることができ,加振中に鉛材が単層ゴム体又は積
層ゴム体中に流出する現象が生じても減衰性能が大きく低下することを防止するこ
とができると主張する。しかし,本件明細書には,加振方向のゴム被覆を7cm以上
にすることに格別の意義があるとみるべき根拠は示されていないし,そもそも加振
方向のゴム被覆の厚さは,減衰体の大きさや形状,鉛プラグの形状や配置によって
も変わり得るものであって,上記比率が35%より大きいか小さいかによって格別顕
著な作用効果の違いが生じるとみることはできない。
このように,本願発明1におけるように,単に減衰体の水平方向の断面積に対す
る鉛プラグの水平方向の断面積の割合を取り出してその範囲を特定しても,そこ
に,設計的事項の域を超える格別の技術的意義があるとすることはできない。した
がって,審決が,「減衰体の水平方向の断面積に対する鉛プラグの水平方向の断面
積の比率については,……所望の比率……を適宜選択することができるものであ
る。そして,本願発明1において減衰体の水平方向の断面積に対する鉛プラグの水
平方向の断面積を15~35%としたことの技術的意義について検討しても,……その
選択した範囲には格別臨界的な意義を認めることができないものである」(10頁2
~11行)と判断したことに,誤りはない。
(2) 原告は,甲10,甲11を提出し,現に本願発明は既に実施化され,市場にお
いて高い評価の下に広く利用されているというが,甲10,甲11には,減衰体の水平
方向の断面積に対する鉛プラグの水平方向の断面積を15~35%としたことの技術的
意義や,そのことによる顕著な作用効果を示す記載は,何ら存在しない。
(3) 原告は,鉛の水平方向の断面積の比率を15ないし35%の範囲に設定する条
件は本願発明の構成要件となっているのに対し,引用発明にはこの性質について何
らの記載も示唆もない以上,この要件の有無を相違点として認定した上でこの性質
が選択発明を構成するに足るものであるか否かについて実施例及び比較例や本件特
許出願時の常識を参酌するなどして判断すべきものであり,このような判断過程を
経ることなく単に引用例に記載されているに等しい事項であると認定した上,この
認定を前提に両発明が相違することにはならないとした審決の判断手法は,選択発
明の成立の余地を否定するものであって誤りというべきであるとも主張する。
しかし,審決は,上記範囲に設定する条件について,単に引用例に記載されてい
るに等しい事項であると認定したものではなく,相違点2として認定した上で,そ
の選択した範囲には格別臨界的な意義を認めることができないと判断したものであ
り,その判断に誤りがないことは,上記(1)で検討したとおりである。原告の主張
は,審決を正解しないものというほかはない。
5 結語
以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 岡 本 岳
裁判官 上 田 卓 哉
裁判官 長谷川 浩 二
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