平成16(行ケ)130審決取消請求事件
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成16年12月27日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
審決37回 進歩性9回 実施3回 優先権1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成16年(行ケ)第130号 審決取消請求事件
平成16年12月6日口頭弁論終結
判 決
原 告 ボーデン ケミカル インコーポレーテッド
訴訟代理人弁理士 戸水辰男,小磯貴子
復代理人弁護士 鈴木修,弁理士 社本一夫,細川伸哉,松山美奈子
被 告 特許庁長官 小川洋
指定代理人 酒井美知子,沼澤幸雄,一色由美子,大橋信彦,井出英一郎
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
本判決においては,発明の名称及び特許請求の範囲の記載並びに審決及び書証等
を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。例
えば,「および」は「及び」,「または」は「又は」,「ならびに」は「並びに」
と表記した。また,本件各証拠にみられる「ファイバー」と「ファイバ」との表記
は,前者に統一して表記したほか,「被覆」との表記は,同義と解される「コーテ
ィング」と表記した場合があり,「接着性」,「密着性」,「付着性」,「親和
性」との表記は,各記載の証拠に照らして同義と解されるときは「接着性」と表記
した場合があり,(接着性を)「上げる」,「向上する」,「増強する」,「高め
る」との表記も同様に「上げる」と表記した場合がある。
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が平成11年審判第18189号事件について平成15年11月14日
にした審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これ
を不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたた
め,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本願発明
出願人:原告
発明の名称:「耐有機溶剤性及び耐水性があり,熱,酸化及び加水分解に安定な
光ファイバー用放射線硬化可能なコーティング,該コーティングで被覆された光フ
ァイバー並びに該光ファイバーの製造方法」
出願番号:特願平5-2631号
出願日:平成5年1月11日(優先権主張1992年4月24日米国)
(2) 本件手続
拒絶査定日:平成11年8月2日(同月17日発送)
審判請求日:平成11年11月15日(平成11年審判第18189号)
手続補正日:平成15年2月28日(本件補正)
審決日:平成15年11月14日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成15年12月3日(原告に対し。出訴期間90日附加)
2 本件補正後の特許請求の範囲請求項4に係る発明(以下「本願発明」とい
う。なお,請求項は1ないし28まであるが,請求項4以外の記載は省略。)
【請求項4】(A)約10ないし約90重量パーセントの,(i)ポリエーテルポリ
オール;(ⅱ)脂肪族ポリイソシアナート;及び(ⅲ)ヒドロキシアルキルアクリレー
ト及びヒドロキシアルキルメタクリレートより成る群から選ばれる末端キャップす
るモノマーの反応生成物である末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオ
リゴマー;(B)約5ないし約80重量パーセントの一つ以上のアルキル部分に6な
いし18個の炭素原子を有するアクリレート又はメタクリレートモノマー希釈
剤;(C)約0.1ないし約3.0重量パーセントの有機官能性シラン接着増進剤;
及び(D)場合により,約1.0ないし約10重量パーセントの光開始剤(ただし,前
記パーセントはすべて(A),(B),(C)及び(D)の総重量に対する重量パーセント)を
含むことを特徴とする光ファイバー用放射線硬化可能なコーティング。
3 審決の理由の要点
(1) 審決は,引用例1として,特開昭63-215707号公報(甲7,引用例1の記載
に係る発明を「引用発明1」という。),引用例3として,特開昭63-239139号公報
(甲8,引用例3の記載に係る発明を「引用発明3」という。)を示した。
(2) 審決は,本願発明と引用発明3を対比して,一致点を次のとおり認定した。
「両者は,『(A)(ⅰ)ポリエーテルポリオール;(ⅱ)脂肪族ポリイソシアナート;
及び(ⅲ)ヒドロキシアルキルアクリレート及びヒドロキシアルキルメタクリレート
より成る群から選ばれる末端キャップするモノマーの反応生成物である末端アクリ
レート又はメタクリレートのウレタンオリゴマー;(B)一つ以上のアルキル部分に
8ないし18個の炭素原子を有するアクリレートモノマー希釈剤;及び(D)光開始剤を
含む光ファイバー用放射線硬化可能なコーティング。』で一致し,(A),(B),(D)の
含有量もそれぞれ重複するものである。」
(3) 審決は,本願発明と引用発明3の相違点を次のとおり認定した。
「前者は,『(C)約0.1ないし約3.0重量パーセントの有機官能性シラン接着
増進剤』を含むのに対し,後者は,接着増進剤の含有については不明である点。」
(4) 審決は,上記相違点について,次のとおり判断した。
「引用例1には,『(a)(i)ポリテトラメチレングリコール(ポリエーテルポリオ
ールに相当),(ⅱ)直鎖脂肪族ジイソシアナート(脂肪族ポリイソシアナートに相
当),(ⅲ)2-ヒドロキシエチルアクリレート,2-ヒドロキシエチルメタアクリレ
ート等から選ばれる化合物(ヒドロキシアルキルアクリレート,ヒドロキシアルキル
メタアクリレートから選ばれる末端キャップするモノマーに相当)の反応生成物であ
る両端にアクリロイル基又はメタアクリロイル基を有するウレタンアクリレート(末
端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマーに相当)を含む紫外線硬化
型樹脂組成物』を用いた光ファイバー用被覆材料において,密着性を高めるために
シランカップリング剤を,(a)両端にアクリロイル基又はメタアクリロイル基を有す
るウレタンアクリレート(末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマ
ーに相当)100重量部に対し0.1~5重量部加えることが記載されており,ま
た,ガラスとの密着力の向上に特に効果があるシランカップリング剤として例示さ
れている『有機反応基としてメルカプト基を持つもの(本願明細書【0077】の「メル
カプト官能性シラン」に相当)』は,本願発明の『(C)有機官能性シラン接着増進
剤』に相当するものである。
そうすると,引用例1に記載される光ファイバー芯体の第一次被覆材としての紫
外線硬化型樹脂組成物と,引用発明3の光学ガラスファイバー用放射線硬化可能な
コーティングに用いる材料は,末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオ
リゴマーを含有する光学ガラスファイバー用紫外線硬化型樹脂組成物として共通す
るものであるから,引用発明3において,ガラスとの密着性を高めることを目的と
して,引用例1に記載される有機官能性シラン接着増進剤を,末端アクリレート又
はメタクリレートのウレタンオリゴマー(a成分)100重量部に対し0.1~5重量
部程度加えることは,当業者が容易になし得ることである。そして,引用発明3に
おいて,コーティングが有機官能性シラン接着増進剤をa成分100重量部に対し
0.1~5重量部程度含有する場合にも,a,b,c成分及び有機官能性シラン接着増
進剤のコーティング中のそれぞれの含有量は,本願発明の(A),(B),(D),(C)の含
有量とそれぞれ重複することは明らかである。
したがって,本願発明の上記相違点に係る構成を採用することは,引用例1の記
載事項から,当業者が容易になし得ることである。
そして,本願発明の効果は,引用例1,3に記載された事項から予測される範囲
のものと比較して,格別顕著であるとも認められない。」
(5) 審決は,次のとおり,結論付けた。
「本願発明は,引用発明1,3に基づいて当業者が容易に発明をすることができ
たものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができな
い。」
第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由(進歩性の判断の誤り)
審決は,本願発明と引用発明3との相違点の認定,引用発明1の認定,及び引用
発明3と引用発明1との組合せの容易性の認定を誤った結果,本願発明の進歩性の
判断を誤った。その理由は,以下のとおりである。
2 本願発明と引用発明3との相違点の認定について
審決が「引用発明3は,接着増進剤の含有については『不明』である」と認定し
たことは,誤りである。
引用例3には,有機官能性シラン接着増進剤を含むとの記載がないし,接着増進
剤自体を使用することも何ら記載がないばかりでなく,これを示唆する記載もな
い。引用発明3においては,接着増進剤が使用されていないことは明らかである。
3 引用発明1の認定について
引用発明1においてガラスとの密着性を高めるために加える成分は,アクリロイ
ルモルホリンであって,シランカップリング剤ではない。よって,審決が,引用例
1において「密着性を高めるためにシランカップリング剤を,(a)両端にアクリロイ
ル基又はメタアクリロイル基を有するウレタンアクリレート(末端アクリレート又は
メタクリレートのウレタンオリゴマーに相当)100重量部に対し0.1~5重量部
加えることが記載されている」との認定したのは,誤りである。同様に,審決が,
「ガラスとの密着力の向上に特に効果があるシランカップリング剤として例示され
ている『有機反応基としてメルカプト基を持つもの』は,本願発明の『(c)有機官能
性シラン接着増進剤』に相当する」との認定も誤りである。
引用発明1は,単に,両端にアクリロイル基又はメタアクリロイル基を有するウ
レタンアクリレートと,シランカップリング剤との組合せにより,ガラスファイバ
ーに対する密着力を高めているのではない。引用発明1においては,アクリロイル
モルホリンを必須成分として含ませることで,このような光硬化型樹脂組成物にお
けるガラスへの良好な密着性を付与する。引用発明1のシランカップリング剤は,
コーティングのガラスへの接着性を高める接着増進剤ではなく,アクリロイルモル
ホリンの作用を補強するものにすぎない。
引用発明1は,末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマーとシ
ランカップリング剤との組合せを教示するのではなく,末端アクリレート又はメタ
クリレートのウレタンオリゴマーとアクリロイルモルホリンとの組合せによりガラ
スへの密着性を付与することを基本とする技術的思想である。そして,このウレタ
ンオリゴマーとアクリロイルモルホリンとの組合せに対して,さらに,シランカッ
プリング剤を用いる(特許請求の範囲2)ことにより,アクリロイルモルホリンによ
りもたらされたガラスへの密着性を増強させるという技術的思想を開示するにすぎ
ない。すなわち,引用発明1において,シランカップリング剤は,アクリロイルモ
ルホリンと一緒に用いられて初めて作用を発揮し得る,いわばアクリロイルモルホ
リンと一体化された技術的思想としてとらえられるべきである。
引用発明1の認定において,アクリロイルモルホリンを無視して,シランカップ
リング剤だけに着目することは誤りである。
4 本願優先日当時の技術常識について
(1) 乙3(特開昭63-11550号公報。昭和63年1月19日公開,昭和61年7月1日出
願。引用発明3の出願日(昭和62年3月26日)より8か月前の出願。)においては,
「シランカップリング剤のY部分の加水分解反応は線引雰囲気中の水分によって線
引被覆時に行われ,ついで自ずと縮合反応するとされていた。ところが,上記従来
の方法で製造された光ファイバーは,シランカップリング剤が添加されていない材
料で一次被覆された光ファイバーに比較して,その強度劣化が著しく早く,長期信
頼性に劣る問題があった」(2頁右上欄7~16行)との記載がある。
この記載から,引用発明3の出願当時には,「シランカップリング剤などの接着
増進剤を光学ファイバー用被覆樹脂に添加することが光ファイバーにとって必ずし
も良好な結果を与えるわけではなく,むしろ添加により強度劣化を早めてしまうと
いう欠点がある」ということが当業者の技術常識であったといえる。
すると,シランカップリング剤の添加について何ら言及のない引用発明3におい
て,あえて強度劣化を早めるようなシランカップリング剤を添加することが通常行
われていたとは考えられず,引用発明3においては「シランカップリング剤は添加
しない」と考えることが当業者の技術常識に合致する。
(2) 乙4(特開平3-199217号公報。平成3年8月30日公開。本願の優先日(1992年
4月24日)より8か月前に公開。)においては,「特開昭59-92947号公報(判決注:乙
2)には,一次被覆層をなす樹脂材料に,アミノ基を有するシランカップリング剤を
添加することが提案され,また特開昭63-215707号公報(判決注:引用例1)には,メ
ルカプト基を有するシランカップリング剤の添加が提案されている。しかし,これ
らの公報に記載のシランカップリング剤を添加した樹脂材料では,得られる一次被
覆層と光ファイバーとの密着性向上は不十分であり,…被覆の耐久性が不充分であ
る等の欠点を有している。」(2頁左上欄3~16行)との記載があり,また,
「(A)ウレタン(メタ)アクリレート,(B)単官能モノマー及び多官能モノマーから選
ばれる少なくとも1種,(C)重合開始剤,及び(D)下記一般式(I)(略)で表されるシラ
ンカップリング剤及び一般式(Ⅱ)(略)で表されるシランカップリング剤を含んでな
る液状硬化性樹脂組成物」(1頁左下欄5行~右下欄5行:特許請求の範囲)と記載
され,ウレタン(メタ)アクリレート,モノマー及び重合開始剤の組合せに対して特
定の2種類のシランカップリング剤の組合せを用いることによって「光ファイバー
に対する密着性に優れ,被覆材料として用いた場合に耐久性の優れた被覆が得られ
る」(2頁左上欄17~20行)ことが開示されている。
これらによれば,「単に任意のシランカップリング剤を添加すれば光学ガラスフ
ァイバー用被覆材料の光ファイバーに対する密着性を達成できるというものではな
く,光ファイバーに対する密着性を達成するには特定の樹脂成分と特定のシランカ
ップリング剤との組合せが必要である」ということが,本願優先日当時の技術常識
であったといえる。
以上のことから,シランカップリング剤の種類はおろか,その添加についてさえ
何ら言及されていない引用発明3において,光学ガラスファイバー用被覆材料の光
ファイバーへの密着性を考慮して,任意のシランカップリング剤を添加するのが通
常であったとは考えられない。
5 引用発明3と引用発明1との組合せの容易性の認定について
審決は,本願発明の相違点に係る構成を採用することは,引用例1の記載事項か
ら,当業者が容易になし得ることであるとし,本願発明は,引用発明1,3に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたと判断したが,誤りである。
前記2のとおり,引用発明3は,接着増進剤を使用しないものである。よって,
接着増進剤を使用することに言及するいかなる引用例も,引用発明3と組み合わせ
る動機付けに欠ける。すなわち,引用発明3のウレタン(メタ)アクリレートオリゴ
マーと炭素数8~18の長鎖アルキルアクリレートと光重合開始剤とを含む光学ガ
ラスファイバー用被覆材料に対して,引用発明1のアクリロイルモルホリン及びシ
ランカップリング剤を組み合わせて,ガラスとの密着性を向上させようとする動機
付けに欠ける。
次に,前記3のとおり,引用発明1は,ガラスとの密着を向上させる「アクリロ
イルモルホリン」を必須成分とするのであって,引用発明1において,アクリロイ
ルモルホリンを除いて,シランカップリング剤だけを接着増進剤として観念するこ
とはできない。したがって,仮に,引用発明3の光学ガラスファイバー用被覆材料
のガラスとの密着性を向上させようとしたとしても,当業者は,アクリロイルモル
ホリンを含まない光学ガラスファイバー用被覆材料において,引用例1の記載に基
づいて,シランカップリング剤を加えることに想到することはあり得ない。なぜな
ら,引用発明1においては,アクリロイルモルホリンとシランカップリング剤との
共同作用によってガラスへの密着性が向上することが教示されているからである。
よって,アクリロイルモルホリンとシランカップリング剤との共同作用を利用する
引用発明1からシランカップリング剤だけを抽出して,ウレタン(メタ)アクリレー
トオリゴマーと炭素数8~18の長鎖アルキルアクリレートと光重合開始剤とに対
して,これを加えるという技術的思想は得られない。
そもそも,組成物の発明にあっては,その組成物を構成する各成分が複数の引用
文献に記載されているからといって,複数の引用文献から成分を任意に取捨選択し
て組み合わせることはできない。引用発明3と引用発明1とは,その目的とすると
ころが全く異なる以上,当業者が容易に組み合わせる必然性は何らない。
引用発明3においては,光ファイバーへの密着性の向上は樹脂の硬化性向上によ
って達成されており,他の接着増進剤が必要であるという技術的課題は何ら示唆さ
れていないのであるから,本願発明の構成に至る動機付けとなるに足りる技術的課
題は見いだせない。
前記のとおり,本願優先日当時の技術常識は,シランカップリング剤を添加する
と光ファイバーの強度劣化が早まり,光ファイバーに対する密着性を達成するには
特定の樹脂成分と特定のシランカップリング剤との組合せが必要であるというもの
であったから,硬化性や被覆性を改良した光学ガラスファイバー用被覆材料におい
て,さらに密着性を高めるためにいかなる接着増進剤を添加すればよいかは試行錯
誤を経て初めて確認できるものであって,単に任意のシランカップリング剤を添加
すればよいというものではなかったと考えることが合理的である。そうすると,仮
に光ファイバーに対する密着性が普遍的な技術課題であったとしても,引用例1に
は,「シランカップリング剤をアクリロイルモルホリンと組み合わせることで樹脂
の光ファイバーに対する密着性が向上する」という発明が開示されているのであっ
て,アクリロイルモルホリンの存在を無視してシランカップリング剤だけを引用発
明3に組み合わせることの動機付けとはなり得ない。また,上記技術常識に照らせ
ば,引用発明3においては,あえて強度劣化を早めるようなシランカップリング剤
を添加することはしないと考えるのが当業者の技術常識に合致する。
6 乙2ないし4について
被告は,本訴において,乙2ないし4を示して主張するが,これらは,審判段階
において引用されていなかったものであり,被告の主張は,これらから周知技術を
導き出し,本願発明の進歩性を否定しようとするものであって,実質的に新たな拒
絶理由の主張であり,原告の反論の機会を不当に奪うものであって,許されない。
7 本願発明の作用効果について
本願発明は,硬化後のコーティングが耐有機溶剤性,耐水性,熱安定性,酸化安
定性,加水分解安定性を与え,ファイバーにかかる応力を緩和させ,高温高湿の促
進エージング条件下での好ましい性能によってこのような長期安定性を示し,コー
ティングによって被覆されたファイバーが環境的損傷から十分に保護され,さら
に,一次コーティングは,使用条件下で基質に付着したままであるほど高いが,接
続するための可剥性を悪くするほど高くはない最適の基質に対する付着性を有す
る,という作用効果が得られる。
引用例1は,コーティングのガラスへの密着性向上のみに言及しており,硬化
後,コーティングをガラスに粘着させるとともに,必要に応じてコーティングをガ
ラスから容易に剥離可能とするという技術的思想については何も示唆していない。
よって,たとえ引用発明3と引用発明1とを組み合わせることができたとしても,
剥離可能性をも追求する本願発明に容易に想到し得るものではない。
加えて,引用発明3及び引用発明1のいずれも,硬化後のコーティングの耐有機
溶剤性に言及していない。よって,引用発明3及び引用発明1を仮に組み合わせる
ことができたとしても,本願発明の課題の一つである耐有機溶剤性を実現する示唆
とはなり得ず,本願発明を容易になし得たとは到底考えられない。
第4 被告の主張の要点
1 審決には,取り消されるような誤りはない。
2 引用発明3のような「光学ガラスファイバー用被覆材料」を光ファイバーに
被覆する場合には,その密着性を考慮してシランカップリング剤等の接着増進剤を
添加するのが通常である(引用例1,乙2ないし4)から,引用発明3の場合もその
可能性を全く否定し得ないために,「不明である」と認定した。もっとも,審決に
おける進歩性の実質的な判断に当たっては,本願発明と引用発明3との相違点を
「引用発明3が接着増進剤を使用していない」という前提で判断していることは明
らかであるから,相違点の認定の誤りというものではない。
3 引用発明1に関する原告の主張は,「シランカップリング剤」という周知の
基本的な性質を無視した理由のないものである。
「シランカップリング剤」の基本的な性質は,特定の種類の有機レジン(高分子)
にのみ有効な接着性を有するというものではなく,有機レジン(高分子)の種類のい
かんを問わず有効な接着性を有する,ガラスと有機レジン(高分子)との接着性を改
良する接着増進剤として周知のものである。
引用例1(甲7)の記載(4頁左上欄2~5行,6頁右下欄1~16行)によれ
ば,引用例1に記載されている接着性に係る効果は,アクリロイルモルホリンによ
る効果の他に,シランカップリング剤による効果でもあるといえるから,シランカ
ップリング剤それ自体でも接着性の増進に寄与していることは明らかである。特
に,「密着力の湿度下における低下が少ない。」という湿度下における接着性の効
果は,シランカップリング剤ならではの特有の効果であるから,引用例1に記載の
シランカップリング剤は,アクリロイルモルホリンの補助剤としてではなく,それ
自体としても接着性の増進に寄与していることは明らかである。
シランカップリング剤は,そもそも光ファイバーとその被覆材料との接着性を向
上させるために従来から使用されている周知の接着増進剤であり,しかも,乙2な
いし4にもみられるように,本願発明の(A)成分のようなウレタンアクリレートオリ
ゴマーを含む光ファイバー用被覆材料がシランカップリング剤を単独で含有した場
合(アクリロイルモルホリンが存在していない場合)でも接着性の向上に寄与するこ
とも周知の事実であるから,引用例1に記載されたシランカップリング剤がアクリ
ロイルモルホリンの作用を補強するだけのものでないことは明らかである。
4 引用例3にシランカップリング剤に関する記載が見当たらないのは,引用発
明3が「光学ガラスファイバー用被覆材料」それ自体の硬化性や被覆性等の性質の
改良に係る発明であり,密着性まで考慮した発明ではないからである。そして,こ
のような硬化性等が改良された光学ガラスファイバー用被覆材料の場合であって
も,この被覆材料を光ファイバーに被覆して使用する際には,その光ファイバーと
の密着性を考慮してシランカップリング剤等の接着増進剤を被覆材料に添加するの
が通常であり,しかも,シランカップリング剤自体はよく使用される周知の接着増
進剤である(引用例1,乙2ないし4)から,このような技術常識からすると,引用
発明3と引用例1に記載のシランカップリング剤とを組み合わせる動機付けは当業
者にとって自明のことである。
引用発明1に関する原告の主張が失当であることは前記のとおりである。
光ファイバー用コーティングにおいて,光ファイバー同士を接続するためにコー
ティングを剥離する必要があることは周知の事項であるから,「容易に剥離可能」
という特性は使用時のコーティングの付着性とともに自明の課題である。そして,
接着増進剤を適用するに際して,この両者のバランスを考慮することは当業者が当
然に行うべき事項であるから,「容易に剥離可能」という特性は,引用例1から示
唆されるまでもない自明の事項であることは明らかである。
「耐有機溶剤性」という特性は,(A)成分に専ら由来するものであり,(A)成分を
構成要件とする引用発明3も同様に有している特性であるから,引用発明3のコー
ティング材料にシランカップリング剤を添加したコーティング材料も,その組成か
ら自ずと備える特性にすぎない。
5 原告が本願発明の有利な効果として主張する諸特性は,本願明細書の記載に
照らせば,専ら,本願発明の(A)成分に由来するものであることが明らかである。引
用発明3も,本願発明の(A)成分を構成要件とするものであり,原告が主張する上
記諸特性は,引用発明3も同様に有している特性である。加えて,原告が主張する
諸特性は,すべて知られている特性であるか又は当業者にとって容易に予測し得る
程度のものばかりである。
第5 当裁判所の判断
1 原告の主張する取消事由は,各種の観点から構成されているが,「進歩性の
判断の誤り」をいうものに帰すると解される。原告主張の各種の観点について,以
下,順次検討する。
2 本願発明と引用発明3との相違点の認定について
原告は,審決が「引用発明3は,接着増進剤の含有については『不明』である」
と認定したことは誤りであると主張する。しかし,審決の説示に照らせば,審決
は,相違点の判断において,引用発明3が接着増進剤を使用していないことを前提
に進歩性の判断をしているものと解されるので,「不明」とした点が審決の結論に
影響を及ぼすものではない。この点は,「進歩性の判断の誤り」の主張に関する一
事情となるにすぎない(原告も,上記「不明」に関する主張につき,取消事由とし
てではなく,「進歩性の判断の誤り」を根拠付ける事情のひとつとして主張する旨
を陳述した(第1回弁論準備手続調書))。
3 引用発明1の認定について
(1) 本願優先日当時の技術常識に照らすならば,仮に,引用例1の請求項2に記
載された発明において「シランカップリング剤」が「アクリロイルモルホリン」の
接着性を補強するものであると認識されているとしても,当業者は,引用例1の記
載に接した場合,引用例1に記載されている「シランカップリング剤」につき,そ
れが加えられた光ファイバーコーティング用の放射線硬化可能な本願発明に特定さ
れる末端にアクリレート又はメタクリレートを有するウレタンオリゴマー(すなわ
ち,(i)ポリエーテルポリオール;(ⅱ)脂肪族ポリイソシアナート;及び(ⅲ)ヒド
ロキシアルキルアクリレート及びヒドロキシアルキルメタクリレートより成る群か
ら選ばれる末端キャップするモノマーの反応生成物である末端アクリレート又はメ
タクリレートのウレタンオリゴマー)を含む樹脂組成物(以下,この樹脂組成物を
「本願樹脂組成物」という。)を硬化したウレタン(メタ)アクリレート樹脂(以
下「本願樹脂」という。)と光ファイバーガラスとの接着性を上げる作用を有する
物質(以下「接着増進剤」という。なお,本願発明における「(C)有機官能性シラン
接着増進剤」の「接着増進剤」と同義であると認められる。)であると理解するも
のと認められる。
以下,この点について説示する。
(2) シランカップリング剤についての一般的な技術常識について
証拠(乙1:「新版高分子辞典」朝倉書店・平成7年9月20日第4刷。なお,
第1刷は昭和63年11月25日であり,その間に改訂版はない。)によれば,シ
ランカップリング剤とは,一般的には「複合材料などで,主としてガラスと高分子
との接着性を改良するために用いられる物質で,XSi(CH3)3-n(OR)nで表
される。…ORで示したアルコキシ基は,水溶液中や空気中の水分,ガラス表面上
に吸着された水分により加水分解されてシラノール基(SiOH)を生成し,これ
がガラスなどに対する結合性をもたらす。シランカップラー(…)ともいう」とい
うものであると認められる(この点は,乙2,3によっても認め得る。)。
「シランカップリング剤」(シランカップラー)の言葉自体は,もの同士を「カ
ップル」(結合)させる作用を有する「シラン」(Si(けい素)化合物の一種)
を意味し,上記のとおり,シランカップリング剤の樹脂とガラスとの接着性を改良
する作用は,シランカップリング剤自体がガラスと結合することができる構造を有
することに基づくものであると認められるから,当業者は,シランカップリング剤
といえば,通常,それが加えられた樹脂とガラスとの接着増進剤であると理解する
ものと認められる。
(3) 光ファイバー一次コーティング用樹脂におけるシランカップリング剤に関す
る技術常識について
乙3(特開昭63-11550号公報)は,「シランカップリング剤が添加された樹脂材
料によって一次被覆層が形成された光ファイバーの製造方法」(1頁左下欄「産業
上の利用分野」)について記載された公報であるところ,以下の記載がある。
(a) 「光ファイバーは,石英ガラス,多成分ガラス等のガラス材料からなる光フ
ァイバー裸線と,この光ファイバー裸線を保護する被覆層とから形成されている」
(1頁左下欄下から3行~末行)
(b) 「被覆層のうち一次被覆層をなす材料には,一般的にUV硬化アクリレート
樹脂(ポリウレタン系,エポキシ系,シリコーン系,フッ素系,ポリブタジエン系
など)や熱硬化性樹脂(シリコーン系樹脂,フッ素系樹脂,ポリウレタン系樹脂な
ど)等が用いられている」(1頁右下欄1~6行)
(c) 「光ファイバーの一次被覆層をなす樹脂材料の高分子構造が,光ファイバー
裸線をなすガラス材料の分子構造と非類似である場合,裸線と被覆層との接着強度
は不充分なものとなるので,このような場合は,一次被覆層をなす樹脂材料にシラ
ンカップリング剤を添加することが行われている」(1頁右下欄7~13行)
(d) 「シランカップリング剤は,次のような一般構造式で示されるものである。
XSiY3[式中Xは…一次被覆材料との親和性(接着性)のある有機官能基を示
す。また,式中Yは…易加水分解構造を示す。]このシランカップリング剤は,X
部分が一次被覆層をなす樹脂材料と反応し,Y部分が裸線をなすガラス材料と反応
して結合し,これにより一次被覆層と裸線との接着強度を向上するものである」
(1頁右下欄14行~2頁左上欄6行)
(e) 「カップリング剤のY部分は,雰囲気中の水分によって加水分解され,…シ
ラノール基(Si-OH)が形成され…光ファイバー裸線の表面に存在するシラノ
ール基と縮合反応を起こし,最終的に安定なシロキサン結合(-Si-O-Si
-)を形成する。上記のような反応を経てシランカップリング剤は光ファイバー裸
線と強く結合し,またシランカップリング剤のX部分も一次被覆用樹脂と適宜反応
して結合し,これによって一次被覆層と光ファイバー裸線との接着強度が向上され
る」(2頁左上欄10行~右上欄2行)
以上の記載によれば,当業者においては,通常,シランカップリング剤とは,そ
れが加えられた光ファイバー一次コーティング用の樹脂と光ファイバーガラスとの
接着増進剤であると理解されていたことが認められる。
(4) 「本願樹脂」におけるシランカップリング剤に関する技術常識について
原告が主張するようにシランカップリング剤が「光ファイバーに対する密着性を
達成するには特定の樹脂成分と特定のシランカップリング剤との組合せが必要であ
る」と把握することができる場合があるとしても,当業者は,特段の事情がない限
り,「本願樹脂」という特定の樹脂と光ファイバーガラスとの組合せについても,
上記シランカップリング剤について上記のような通常の理解をするものというべき
である。
そこで,検討するに,乙3の前記(3)(b)の記載のほか,乙4における「一次被覆
層をなす材料には,従来,紫外線硬化性又は熱硬化性樹脂,例えばポリウレタン
系,エポキシ系,シリコーン系,フッ素系,ポリブタジエン系等が用いられてい
る」(1頁右下欄下から5行~2行)との記載,乙10(特開平2-133338号公報)
における「この様な樹脂被覆材料としては,従来エポキシ樹脂,ウレタン樹脂等が
用いられている…最近上記欠点を改良する目的でウレタンアクリレートを含む紫外
線硬化性組成物がさかんに検討され…,例えば特開昭58-…及び特開昭59-…に提案
されている」(1頁右下欄末行~2頁左上欄10行)との記載,引用例1(甲7)
における「従来,光ファイバーの強度及び伝送特性を維持するための被覆材料とし
ては,ウレタンアクリレートやエポキシアクリレートの紫外線硬化型樹脂組成物や
シリコーン等の熱硬化型樹脂組成物が用いられてきた」(2頁右上欄3行~7行)
との記載,引用例3(甲8)における「このような樹脂被覆材料としては,例えば
シリコーン樹脂,エポキシ樹脂,ウレタン樹脂などの熱硬化型樹脂を用いたもの
や,エポキシ(メタ)アクリレート,ウレタン(メタ)アクリレート,ポリエステ
ル(メタ)アクリレートなどの紫外線硬化型樹脂を用いたものが知られている」
(2頁左上欄8行~13行)との記載によれば,光ファイバー一次コーティングに
は,様々な樹脂が用いられていたことが認められる。
そして,乙3の前記(3)(c)の記載及び乙4の(従来の技術)に関する記載によれ
ば,光ファイバー一次コーティングに用いられていた樹脂には,光ファイバーとの
接着強度が不十分なものがあることが知られ,それらの樹脂に光ファイバーとの接
着強度を上げるために,接着増進剤としてシランカップリング剤を加えることが行
われていたことが認められる。
なお,乙3の実施例1で用いられた「UV硬化ポリウレタンアクリレート樹脂」
(3頁右下欄15~16行),乙4の請求項に係る「ウレタン(メタ)アクリレー
ト」を含む樹脂組成物を紫外線などの放射線(6頁右上欄14~15行)により硬
化して形成される樹脂は,接着増進剤としてシランカップリング剤を加えることが
行われていた樹脂として知られた樹脂の一種であると認められ,「本願樹脂」は,
これらポリウレタン(メタ)アクリレート樹脂に包含される樹脂の一種であると認
められる。
そうすると,「本願樹脂」は,本願優先日当時,光ファイバー一次コーティング
として従来用いられていたものであるが,光ファイバーとの接着強度が不十分なも
のであることが知られていた樹脂に包含されるものであり,その樹脂組成物に接着
増進剤としてシランカップリング剤を加えることが慣用されていたものであること
が認められる。そして,ポリウレタン(メタ)アクリレート樹脂において,「本願
樹脂」が特異なものであることを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,「本願樹脂」において,前記特段の事情は認められないのであっ
て,当業者は,シランカップリング剤を,それが加えられた樹脂と光ファイバーガ
ラスとの接着増進剤であると理解するものと認められる。
(5) ここで,本願優先日当時の技術常識についての原告の主張を検討しておく。
(a) 原告は,前記第3,4(1)のとおり,乙3の記載(2頁右上欄7~16行)を
根拠に,引用発明3の出願当時には,「シランカップリング剤などの接着増進剤を
光学ファイバー用被覆樹脂に添加することが光ファイバーにとって必ずしも良好な
結果を与えるわけではなく,むしろ添加により強度劣化を早めてしまうという欠点
がある」ということが当業者の技術常識であったといえると主張する。
しかし,乙3の上記記載に続く「問題点を解決するための手段」(2頁左下欄)
の項目の記載によれば,原告が指摘する「強度劣化が著しく早く,長期信頼性に劣
る問題」は,シランカップリング剤を加えた樹脂組成物の光ファイバー裸線への被
覆後の処理を適切なものとしたことにより解決されるものであることが認められ
る。すなわち,上記問題は,シランカップリング剤を樹脂組成物に加えないものと
する解決法ではなく,シランカップリング剤を加えた樹脂組成物において,より適
切な光ファイバー裸線への被覆処理条件を探すという方法により解決されたもので
あるといえる。このことは,上記問題がシランカップリング剤を樹脂組成物に加え
たことによって生じたものではないと理解されていること,すなわち,シランカッ
プリング剤は,それを樹脂に加えることにより「一次被覆層と光ファイバー裸線と
の接着強度が向上される」(前記(3)(e)の記載)との認識が依然としてあることを
示すものである。
このように,原告が指摘する問題は,樹脂組成物の光ファイバー裸線への被覆処
理条件の不適切さに起因し,その条件を適切なものとすることにより解決すること
ができるものであると認められ,乙3全体の記載からみれば,当業者に,シランカ
ップリング剤は,それが加えられた光ファイバー一次コーティング用の樹脂と光フ
ァイバーガラスとの接着増進剤であると理解されていたと認められる。
原告の主張は,採用の限りではない。
(b) 原告は,前記第3,4(2)のとおり,乙4の記載(2頁左上欄3行~20行
等)を根拠に,「単に任意のシランカップリング剤を添加すれば光学ガラスファイ
バー用被覆材料の光ファイバーに対する密着性を達成できるというものではなく,
光ファイバーに対する密着性を達成するには特定の樹脂成分と特定のシランカップ
リング剤との組合せが必要である」ということが,本願優先日当時の技術常識であ
ったといえると主張する。
原告が引用する乙4の記載は,〔従来の技術〕における光ファイバーの「一次被
覆層に用いられる樹脂材料は,一般に,光ファイバーとの密着性が劣り,吸湿した
場合に光ファイバーの強度を低下させるという欠点を有する」(1頁右下欄末行~
2頁左上欄2行)ため,その欠点を改良することを目的として提案された技術の欠
点についてのものであると認められる。そして,乙4の[問題を解決するための手
段]「本発明者らは,2種に特定のシランカップリング剤を併用する特定組成の樹
脂組成物により,上記の目的が達成され,光ファイバーを初めとする基材に対し密
着性及び耐久性が著しく向上した被覆を形成することができることを見出した」
(2頁右上欄1~6行)と記載されているとおり,上記の欠点は,シランカップリ
ング剤を樹脂組成物に加えないものとする解決法ではなく,シランカップリング剤
を加えた樹脂組成物においてより適切なシランカップリング剤及び樹脂組成物の組
合せを探すことにより解決されたものであるといえる。このことは,上記欠点は,
シランカップリング剤を樹脂組成物に加えることによって生じたものではないと理
解されていること,すなわち,シランカップリング剤を樹脂に加えることによりそ
の樹脂を光ファイバーに対する「密着性に優れ」(2頁左上欄18行)たものとす
ることができるとの認識が依然としてあったことを示す。
乙4には原告指摘の記載もあるが,乙4全体の記載からみれば,シランカップリ
ング剤は,それが加えられた光ファイバー一次コーティング用の樹脂と光ファイバ
ーガラスとの接着増進剤であると,当業者に理解されていたことが認められる。
原告の主張は,採用の限りではない。
(6) 上記のとおり,当業者は,シランカップリング剤は,それが「本願樹脂組成
物」に加えられた場合において,その樹脂と光ファイバーガラスとの接着増進剤で
あると理解するといえる。
そして,上記判示に加え,証拠(甲2ないし7)に照らせば,引用例1に記載さ
れた紫外線硬化型樹脂組成物は,「本願樹脂組成物」であると認められるから,当
業者は,引用例1におけるシランカップリング剤は,その樹脂と光ファイバーガラ
スとの接着増進剤であると理解するものと認められる。
(7) 以上によれば,次のようにいうことができる。
(a) 審決が,引用例1には「密着性を高めるためにシランカップリング剤
を,(a)両端にアクリロイル基又はメタアクリロイル基を有するウレタンアクリレー
ト(…)…に対し…加えることが記載され」(審決書7頁1~5行)と認定したこ
とに誤りはない。
(b) 本願発明における「(C)有機官能性シラン接着増進剤」の構成における「接
着増進剤」とは,文字どおり接着性を上げる作用を有する物質と認められる。ま
た,「有機官能性シラン」については,本願明細書に明確に定義されているもので
はないが,「ガラスに対する樹脂の付着性を上げるために,酸官能性物質か又は有
機官能性シランを用いることは技術的に公知である」(甲2段落【0076】)とされ
るのであり,少なくとも「メルカプト官能性シラン」(同【0077】),具体的には
「3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン」(同【0079】)などであることが
記載されている。
一方,引用例1(甲7)には,「シランカップリング剤」は,「通常市販されて
いるものでよい」(3頁右下欄下から2行~末行)ものであり,「有機反応基とし
てメルカプト基を持つものが特に密着力の向上に効果がある」(同末行~4頁左上
欄1行)とされるものであって,その具体的な物質は「γ-メルカプトプロピルト
リメトキシシラン」(表3)などであることが記載されている。
そうすると,本願発明の「有機官能性シラン増進剤」は,引用例1に記載された
「シランカップリング剤」の少なくとも「有機反応基としてメルカプト基を持つも
の」と重複するものであると認められる。
したがって,審決が,「ガラスとの密着力の向上に特に効果があるシランカップ
リング剤として例示されている『有機反応基としてメルカプト基を持つもの…』
(…)は,本願発明の『(C)有機官能性シラン接着増進剤』に相当するものである」
(審決書7頁5~9行)と認定したことに誤りはない。
4 相違点についての判断について
原告が主張する引用発明3と引用発明1との組合せの容易性の点をふまえつつ,
審決の相違点についての判断の当否について検討する。
(1) 前記のとおり「本願樹脂」は,光ファイバー一次コーティングとして従来用
いられたものであるが,光ファイバーとの接着強度が不十分なものであり,その接
着性を上げる課題があったと認められる。そして,証拠(甲2ないし6,8)に照
らせば,引用例3に記載された樹脂は,「本願樹脂」であると認めることができ
る。そうすると,引用例3に記載された樹脂において,光ファイバーとの接着性を
上げる課題があったものと認められ,その解決のために,引用例3に記載された樹
脂組成物に,引用例1に記載された光ファイバーとの接着性を上げることができる
と認められる「有機官能性シラン接着増進剤」を加えることは,当業者が容易にな
し得たことであると認められる。
したがって,審決が,引用例1に記載された組成物と引用発明3の材料は,「末
端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマーを含有する光学ガラスフ
ァイバー用紫外線硬化型樹脂組成物として共通するものであるから,引用発明3に
おいて,ガラスとの密着性を高めることを目的として,引用例1に記載される有機
官能性シラン接着増進剤を…加えることは,当業者が容易になし得ることであ
る。」(審決書7頁12~18行)と判断したことに誤りはない。
(2) 原告は,引用発明3には,接着性を上げる課題があったとしても,それは
「硬化不足に起因」するものであって,引用発明3において樹脂の硬化性を改良す
ることによって既に解決済みであって,引用例3に接着増進剤が必要であるという
記載も示唆もないから,引用発明3の樹脂組成物にシランカップリング剤を適用す
る動機付けはないとの趣旨を主張する。
しかし,引用発明3において,接着性において改良が認められたとしても,引用
例3の樹脂において,光ファイバー一次コーティング用の樹脂とガラスとの接着性
が十分であって接着増進剤はもはや不要であると記載されているわけではない。そ
して,上記のとおり「本願樹脂」と光ファイバーガラスとの接着性を上げること
は,周知の課題であり,引用例3が公知となった日(昭和63年10月5日)の後におい
ても,「本願樹脂」を含むウレタン(メタ)アクリレート樹脂における接着性を上
げることを課題とした発明の出願がされているのであって(乙4,10),引用発
明3によって樹脂と光ファイバーとの接着性を上げる課題が既に解決されたもので
あるということはできない。引用例3に明示の記載がないとしても,引用例3の樹
脂において接着性を上げることは依然として要求される課題であるものと認められ
る。よって,原告の上記主張は,採用することができない。
原告は,組成物の発明にあっては,その組成物を構成する各成分が複数の引用文
献に記載されているからといって,複数の引用文献から成分を任意に取捨選択して
組み合わせることはできないのであって,引用例1に記載された樹脂組成物は,ガ
ラスとの接着増進剤の「アクリロイルモルホリン」を必須成分とするものであり,
引用例1に記載された樹脂組成物において,アクリロイルモルホリンを除いて,シ
ランカップリング剤だけを抽出して,引用例3に記載された樹脂組成物に接着増進
剤として加える,という技術的思想は得られないなどと主張する。
しかし,原告主張の一般論自体は首肯し得る面があるとしても,前記のとおり,
引用例1に記載されているシランカップリング剤は,「本願樹脂組成物」に加えら
れたとき,単独でその樹脂と光ファイバーガラスとの接着増進剤となるものである
と認められるのであるから,引用例1に記載された樹脂組成物において,アクリロ
イルモルホリンを除いて,シランカップリング剤だけを接着増進剤として抽出し
て,引用例3の樹脂に対して接着増進剤として加えるという技術的思想は,得られ
るものというべきである。原告の上記主張は,採用の限りではない。
原告は,シランカップリング剤は,樹脂に加えた場合において光ファイバーの強
度の劣化を早めることが知られたものであるから,「シランカップリング剤は添加
しない」と考えることがむしろ当業者の技術常識ともいえ,この技術常識からみれ
ば,引用発明3においてシランカップリング剤を適用する阻害要因があったといえ
るとの趣旨も主張する。
しかし,シランカップリング剤が光ファイバーの強度を劣化させるというな技術
常識は認められないことは,前判示のとおりであり,その他,「本願樹脂」におい
て接着増進剤,特にシランカップリング剤を加えることを阻害するような技術常識
があるとは認められない。原告の主張は,採用し得ないものである。
以上のほか,原告が前記第3,4において主張する点を考慮しつつ,同第3,5
の主張を精査しても,審決の相違点についての判断が誤りであるということはでき
ない。
5 乙2ないし4について
原告は,被告が本願発明の進歩性に関し,本訴において乙2ないし4を示して主
張する点を非難する。
しかし,審決取消訴訟において,当事者が審判手続に現れていなかった資料を提
出し,これに基づき出願当時における当業者の技術常識を立証することは許される
ものというべきであるところ(最高裁昭和55年1月24日第1小法廷判決・民集
34巻1号80頁参照。もとより,裁判所が上記資料により技術常識を認定するこ
とも許される。),弁論の全趣旨に照らせば,被告は,乙2ないし4により,本願
優先日当時における当業者の技術常識を明らかにするものであることが明らかであ
るから,被告の主張立証活動に原告の主張するような違法な点はない。
6 本願発明の作用効果について
前判示のとおり,本願発明の構成は,容易に想到し得るものである。しかし,原
告は,本願発明の奏する効果が予測できるものではないと主張するので,検討す
る。
(1) 原告は,コーティングとガラスとの密着性ないし接着性の向上のみならず,
必要に応じてコーティングをガラスから容易に剥離可能であるという点を挙げる。
乙5(特開平3-39314号公報)において,「ファイバーとコーティングとの間の接
着水準は,使用時にはコーティングがファイバーに付着したままであるが,ファイ
バーとコーティングの一体性に対する損傷を最小にして容易に剥離できるよう,フ
ァイバーを作業現場で容易に継ぎ合わせできるよう最適化されねばならない」(1
0頁左上欄8~14行)との記載があるように,光ファイバー一次コーティング用
の樹脂と光ファイバーガラスとの接着性については,使用時において十分な接着性
があることが望まれることは当然であるが,光ファイバー同士を継ぎ合わせるとき
には,ファイバーの損傷なく被覆を容易に剥離する必要があるのであって,光ファ
イバー一次コーティング用の樹脂においては,適度な接着性が望まれることが当然
であると認められる。そして,乙5においては,「接着性を向上し得る成分」を樹
脂組成物に加えることなどによって接着性を上げることにより,接着水準を調整
し,接着性を所望度とするものであることが認められる(14頁右下欄)。
そうすると,光ファイバー一次コーティング用の樹脂組成物において,接着増進
剤を加えて光ファイバーガラスとの接着性を上げることにより,その樹脂と光ファ
イバーガラスとの接着水準を調整し,接着性を適度なものにするとの課題は,既に
達成されていたことも認められる。
引用例3の樹脂組成物に,前記のように引用例1に記載されていると認められる
「有機官能性シラン接着増進剤」を加えて接着性を上げるに際しても,その接着性
を上げる程度は,その種類や量等により調整するものであると認められる。したが
って,本願発明の接着性に関する原告主張のような効果は,当該構成のものの効果
として予想されるところであると認められる。
なお,本願明細書における多数の実施例及び比較例等の記載を検討しても,本願
発明が有する接着性に関する効果について,当該構成のものの効果として予想され
るところと比べて格段に異なることを認めることはできず,他にこのことを認める
に足りる証拠はない。
(2) 原告は,本願発明における耐有機溶剤性の効果についても主張する。
乙5において,「この硬化マトリックス材料は…下記の諸性質を有するものでな
ければならない。すなわち,耐湿性;耐溶剤性,…及び長期にわたる熱安定性,酸
化安定性及び加水分解安定性である」(11頁右下欄17行~12頁左上欄3
行),「継ぎ合わせ作業者は,作業現場で,トリクロロエタンやエタノール等の溶
剤を用いて剥ぎ取り後のファイバーから残留するマトリックスやコーティング材料
を除去するのが通例なので,このマトリックス材料は耐溶剤性を有するものでなけ
ればならない。剥取り前のファイバー上のマトリックス材料は,溶剤を吸収して膨
潤し,従ってリボンの一体性を損なうものであってはならない」(11頁左上欄9
~16行)との記載があるように,光ファイバーのコーティングは,光ファイバー
裸線を長期間保護するためのものであると認められるから,一次コーティングと光
ファイバーガラスとの適度な接着性に加え,コーティング自体に耐久性,具体的に
は熱安定性,酸化安定性,耐有機溶剤性等が要求されることは,明らかである。そ
うすると,光ファイバーコーティング用の樹脂における耐有機溶剤性の課題は,本
願優先日当時,既に知られたものであったといえる。
さらに,乙5においては,上記の課題が記載され,その課題を解決する樹脂であ
るものであると記載されているところ,「このマトリックス材料は…下記の四成分
を含有する,すなわち,(a)ポリエーテルーベースのウレタンアクリレート…であ
る」(12頁左上欄8~19行)と記載されており,その樹脂とは,ウレタン(メ
タ)アクリレート樹脂であることが認められる。また,乙6(特開昭57-78414号公
報)にも,ウレタンアクリレートオリゴマー組成物(2頁左上欄3~5行)を基板
上に塗布乾燥後,紫外線を照射して硬化させた樹脂,すなわちウレタン(メタ)ア
クリレート樹脂が「トルエン等の芳香族炭化水素,メチルエチルケトン等のケトン
系溶剤,イソプロピルアルコール等アルコール系溶剤,二塩化メチレン等のハロゲ
ン化炭化水素系溶剤にもおかされず,また強酸性,アルカリ水溶液にも充分耐える
ことができる」(5頁右下欄6行~11行)と記載されており,ウレタン(メタ)
アクリレート樹脂は,耐溶剤性等の特性を有することが認められる。
以上によれば,「本願樹脂」を含むウレタン(メタ)アクリレート樹脂が耐有機
溶剤性等の特性を有していることは,本願優先日当時,既に知られていた事項であ
ると認められる。
なお,本願明細書における多数の実施例及び比較例等の記載を検討しても,本願
発明が有する耐有機溶剤性の効果について,当該構成のものの効果として予想され
るところと比べて格段に異なることを認めることはできず,他にこのことを認める
に足りる証拠はない。
(3) 以上によれば,審決が「本願発明の効果は,引用例1,3に記載された事項
から予測される範囲のものと比較して,格別顕著であるとも認められない。」とし
た認定判断は是認し得るものであり,原告の主張は,採用することができない。
7 結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
東京高等裁判所知的財産第4部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 田 中 昌 利
裁判官 佐 藤 達 文
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