平成16(ワ)3640特許権侵害差止等請求事件
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裁判所 |
大阪地方裁判所
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裁判年月日 |
平成16年12月21日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法29条2項3回 特許法36条6項2号2回 特許法17条の21回
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キーワード |
特許権16回 無効8回 実施7回 侵害6回 差止4回 損害賠償3回 刊行物2回 進歩性2回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成16年(ワ)第3640号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成16年10月12日
判 決
原 告 株式会社ニプロン
訴訟代理人弁護士 松本理
中山正隆
泉秀昭
板村丞二
門脇隆宏
補佐人弁理士 柳野隆生
森岡則夫
被 告 デンセイ・ラムダ株式会社
訴訟代理人弁護士 杉本進介
訴訟代理人弁理士 牛木護
清水榮松
補佐人弁理士 外山邦昭
主 文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙物件目録記載の無停電性スイッチングレギュレータを製造し、
輸入し、譲渡し、譲渡のために展示してはならない。
2 被告は前項の無停電性スイッチングレギュレータを廃棄せよ。
3 被告は第1項の無停電性スイッチングレギュレータについて記載してあるパ
ンフレット、カタログ類を廃棄せよ。
4 被告は、原告に対し、1億5750万円及びこれに対する平成16年4月1
3日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、後記2(2)の特許権を有する原告が、被告の製造販売する無停電性ス
イッチングレギュレータは同特許権に係る特許発明の技術的範囲に属し、その製造
販売等は同特許権を侵害すると主張して、特許権に基づく無停電性スイッチングレ
ギュレータの製造譲渡等の差止め、無停電性スイッチングレギュレータ及びそのパ
ンフレット等の廃棄、及び特許権侵害による不法行為に基づく損害賠償を求めた事
案である。
2 基礎となる事実(争いがある旨又は認定に供せられる証拠を記載した部分以
外は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は、各種電源機器、各種電子応用機器及びそれに類する周辺機器の
製造を業とする株式会社である。原告の旧商号は、「株式会社日本プロテクター」
であったが、平成13年2月21日、商号を変更して現商号となった。
イ 被告は、コンピュータ機器、通信機器等の電子機器及びその関連する電
子・機械装置並びにその周辺機器及び部品の製造、販売及び輸出入、発電装置、電
源装置、充電装置等の電気機械器具の製造、販売及び輸出入を業とする株式会社で
ある。
(2) 特許権
ア 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。
特許番号 第3013776号
発明の名称 無停電性スイッチングレギュレータ
出願年月日 平成8年3月18日
出願番号 特願平8-98982
登録年月日 平成11年12月17日
イ 本件特許権に係る特許出願の願書に添付された明細書(後記(7)ウの補正
後の明細書)の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(以下、出願
当初の明細書(乙第1号証添付)を「出願当初明細書」といい、後記(7)ウの補正後
の明細書を「本件明細書」という。また、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1
に記載された発明を「本件特許発明」という。なお、出願当初明細書及び本件明細
書において、特許請求の範囲の請求項は、請求項1のみである。)。
「交流電源からの交流を整流する整流回路と、この整流回路の出力側に高
周波トランスの一次巻線と一次側スイッチング素子とが直列に接続された、高周波
トランスに対して高周波パルス電圧を発生させるための一次側回路と、前記高周波
トランスの二次巻線に整流、平滑回路が接続された、負荷に対して直流出力電力を
供給する二次側回路と、高周波トランスの三次巻線の巻き始め極性側と二次電池の
正極側を接続し、この二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用
素子とを直列に接続し、これを逆流防止ダイオードのアノード側に直列接続すると
ともに、二次電池の両極間に充電用定電圧定電流制御回路を設けることによって、
前記直列ドロッパー制御用素子の抵抗を変化させて充電中の定電圧定電流制御を行
う充電回路と、前記三次巻線の巻き終わり極性側と二次電池の負極の間であって、
前記充電回路の充電電流路の外側に設けた、前記一次側スイッチング素子と同期し
て作動する三次側スイッチング素子と、前記二次電池の負極側から三次側スイッチ
ング素子を通って三次巻線の巻き終わり端へ電流が流れることを阻止するための逆
流防止ダイオードとを備え、前記交流電源の電圧が正常範囲内にある時には、前記
三次側スイッチング素子がON状態であっても、前記三次巻線に誘起される電圧が
二次電池の電圧よりも大であるため、前記三次巻線の巻き始めから二次電池、定電
流検出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流防止ダイオードを経由し、三次巻線
の巻き終わり端に電流が流れて、該二次電池が充電され、前記交流電源の電圧が低
下もしくは停止すると、前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも小
になるため、二次電池の正極から三次巻線の巻き始めから巻き終わり方向に向かう
電流が前記逆流防止ダイオード、三次側スイッチング素子を通って該二次電池の負
極に流れ、負荷に対して出力が供給されることを特徴とする無停電性スイッチング
レギュレータ。」
(3) 特許発明
本件特許発明を構成要件に分説すると、次のとおりである。
A 交流電源からの交流を整流する整流回路と、
B この整流回路の出力側に高周波トランスの一次巻線と一次側スイッチン
グ素子とが直列に接続された、高周波トランスに対して高周波パルス電圧を発生さ
せるための一次側回路と、
C 前記高周波トランスの二次巻線に整流、平滑回路が接続された、負荷に
対して直流出力電力を供給する二次側回路と、
D 高周波トランスの三次巻線の巻き始め極性側と二次電池の正極側を接続
し、この二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子とを直列
に接続し、これを逆流防止ダイオードのアノード側に直列接続するとともに、二次
電池の両極間に充電用定電圧定電流制御回路を設けることによって、前記直列ドロ
ッパー制御用素子の抵抗を変化させて充電中の定電圧定電流制御を行う充電回路
と、
E 前記三次巻線の巻き終わり極性側と二次電池の負極の間であって、前記
充電回路の充電電流路の外側に設けた、前記一次側スイッチング素子と同期して作
動する三次側スイッチング素子と、
F 前記二次電池の負極側から三次側スイッチング素子を通って三次巻線の
巻き終わり端へ電流が流れることを阻止するための逆流防止ダイオードとを備え、
G 前記交流電源の電圧が正常範囲内にある時には、前記三次側スイッチン
グ素子がON状態であっても、前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よ
りも大であるため、前記三次巻線の巻き始めから二次電池、定電流検出抵抗、直列
ドロッパー制御用素子、逆流防止ダイオードを経由し、三次巻線の巻き終わり端に
電流が流れて、該二次電池が充電され、
H 前記交流電源の電圧が低下若しくは停止すると、前記三次巻線に誘起さ
れる電圧が二次電池の電圧よりも小になるため、二次電池の正極から三次巻線の巻
き始めから巻き終わり方向に向かう電流が前記逆流防止ダイオード、三次側スイッ
チング素子を通って該二次電池の負極に流れ、負荷に対して出力が供給されること
を特徴とする
I 無停電性スイッチングレギュレータ。
(4) 被告製品の製造販売
被告は、別紙物件目録記載の無停電性スイッチングレギュレータ(商品名
「UNA180-01(6chタイプ)。以下「被告製品」という。)を製造販売
している(ただし、別紙物件目録の第1図の表示態様については、後記争点(1)のと
おり争いがある。)。
(5) 被告製品の構成
被告製品の構成を分説すると、次のとおりである(符号は、別紙物件目録
の符号である。)。
a 交流電源1Dからの交流を整流する整流回路2Sと一次側平滑コンデン
サ3を備えている。
b 整流回路2Sの出力側に、高周波トランス41の一次巻線4Aと一次側
スイッチング素子8Aとが直列に接続された、高周波トランス41に対して高周波
パルス電圧を発生させるための一次側回路1Aを備えている。
c 二次側回路2Aは、二次側負荷回路2A1と充放電回路とからなり、こ
のうち、二次側負荷回路2A1は、高周波トランス41の二次巻線4①に、整流ダ
イオ-ド19A、転流ダイオード20A、平滑コイル21A及び二次側平滑コンデ
ンサ23Aとからなる整流・平滑回路が接続され、負荷24Aに対して直流出力電
力を供給する構成となっている。
次に、第2図の充放電回路図に示すように、
d 充電回路は、充電用定電圧定電流制御回路15Aと放電防止回路100
とを備え、高周波トランス41の巻線4②の巻き始め極性側に逆流防止ダイオ-ド
18Aのアノ-ドを接続し、この逆流防止ダイオ-ド18Aのカソ-ドに直列ドロ
ッパー制御用素子17Aと定電流検出抵抗16Aとを直列に接続し、これを二次電
池14Aの正極側に直列に接続するとともに、二次電池14Aの負極側と巻線4②
の巻き終わり極性側を接続し、更に二次電池14Aの両極間に放電防止回路100
とともに接続された充電用定電圧定電流制御回路15Aが、直列ドロッパー制御用
素子17Aの抵抗を変化させて充電中の定電圧定電流制御を行う。
該放電防止回路100は、充電中の定電圧制御を行うために、二次電池
14Aの端子間電圧を検出するとともに、充電用定電圧定電流制御回路15Aを構
成する電圧検出用抵抗36A、37Aを、一次側スイッチング素子8Aが動作しな
い待機時に、二次電池14Aから切り離して、二次電池14Aの保護を図る。
e 一次側スイッチング素子8Aと同期して動作するスイッチング素子11
Aは、二次電池14Aの正極と巻線4②の巻き始め極性側の間に、充電回路と並列
して接続され、該スイッチング素子11Aのドレインが安定電位である二次電池1
4Aの正極側に接続されているために、そのドレインに取付けられたヒートシンク
からの放射ノイズが発生しにくい構成である。
f 逆流防止ダイオ-ド9Aは、スイッチング素子11Aと巻線4②の巻き
始め端の間に設けられ、巻線4②の巻き始め端からスイッチング素子11Aを通っ
て二次電池14Aの正極側へ電流が流れることを阻止する構成である。
g 充電回路は、交流電源1Dの電圧が正常範囲内にある時に、スイッチン
グ素子11AがON状態であっても、巻線4②に誘起される電圧が二次電池14A
の電圧よりも大であるため、巻線4②の巻き始めから逆流防止ダイオード18A、
直列ドロッパー制御用素子17A、定電流検出抵抗16A、二次電池14Aを経由
し、巻線4②の巻き終わり端に電流を流すことで二次電池14Aが充電される。
h 交流電源1Dの電圧が低下若しくは停止すると、巻線4②に誘起される
電圧が二次電池14Aの電圧よりも小になるため、二次電池14Aの正極からスイ
ッチング素子11A、逆流防止ダイオ-ド9Aを通って、巻線4②の巻き始めから
巻き終わり方向に向かう電流が、二次電池14Aの負極に流れ、負荷24Aに対し
て出力が供給される構成を備えている。
i 無停電電源装置。
(6) 構成要件充足性
ア 被告製品の構成aは、本件特許発明の構成要件Aを充足する。
イ 被告製品の構成bは、本件特許発明の構成要件Bを充足する。
ウ 被告製品の構成iは、本件特許発明の構成要件Iを充足する。
(7) 出願経過
本件特許発明の出願経過は、次のとおりである。
ア 原告は、平成8年3月18日、本件特許発明につき特許出願をした(乙
第1号証)。出願当初明細書の特許請求の範囲は、別紙「特許請求の範囲の記載」
の「補正前」記載のとおりであった。
イ 特許庁審査官は、原告に対し、平成11年7月13日起案の拒絶理由通
知書(乙第2号証)により、拒絶理由通知を行った。拒絶理由通知書には、拒絶の
理由として、出願当初明細書の請求項1に係る発明は、その出願前日本国内又は外
国において頒布された刊行物である特開昭63-217931号公報(引用例1、
乙第3号証)、特開平6-189547号公報(引用例2、乙第4号証)、特開平
6-335176号公報(引用例3、乙第5号証)に記載された発明に基づいて、
その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に
発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受
けることができない旨記載されていた。また、備考欄には、引用例1にはフォーワ
ード型DC-DCコンバータを有する無停電電源が、引用例2には無停電電源のバ
ッテリを定電圧定電流で充電する交直変換装置が、引用例3には定電圧定電流で充
電するバッテリ充電装置が記載されている、と記載されていた。
ウ 原告は、平成11年9月27日、手続補正書(乙第6号証)を提出し、
出願当初明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の「課題を解決するための
手段」の記載(段落【0004】)を補正して本件明細書のとおりにし、特許出願
の願書に添付した図面の図1も補正した(補正後の特許請求の範囲は、別紙「特許
請求の範囲の記載」の「補正後」記載のとおりであり、同別紙の下線部分が補正に
より付加された。)。原告は、同日、意見書(乙第7号証)も提出した。
エ 特許庁審査官は、平成11年10月20日、特許査定を行い、本件特許
権は、同年12月17日、設定登録された(甲第1号証)。
3 争点
(1) 別紙物件目録の第1図の表示態様
(2) 被告製品の構成cないしhによる本件特許発明の構成要件CないしHの充
足性
(3) 被告製品と本件特許発明との均等の成否
(4) 本件特許についての明白な無効理由の存否
(5) 損害額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(別紙物件目録の第1図の表示態様)
(1) 原告の主張
電源装置などの電気回路の図面においては、入力側をトランスの左側に、
出力側をトランスの右側に描くのが一般的である。充放電回路は、停電時に入力側
である一次側回路の交流電源の電圧が低下又は停止したときのバックアップ入力用
として、二次側負荷回路2A1に直流出力電力を供給するために備えられたもので
ある。したがって、充放電回路の巻線は、入力側の一次回路における一次巻線、出
力側の二次側負荷回路における二次巻線とは別の第三の巻線として、別紙物件目録
「第1図(原告主張)」のように、入力側、すなわちトランスの左側に描くのが自
然であり、その方が、当業者にとって回路構成及び動作を理解しやすく、本件特許
発明との対比もしやすい。
被告製品が掲載された被告作成のパンフレット(甲第3号証)8頁に記載
された「接続方法」の図にも、「バッテリ・ユニット」を含む充放電回路は、商用
電源を含む一次側回路とともに左側に描かれており、出力側回路は、それらに対向
する形で右側に描かれている。また、被告出願の特許に係る特開2003-339
126号公報(甲第4号証。以下「甲4公報」という。)においても、充放電回路
は、図面上、トランスの左側に描かれている。
したがって、別紙物件目録の第1図は、「第1図(原告主張)」のとおり
とすべきである。
(2) 被告の主張
充放電回路をトランスの右側に描く例もあるから、別紙物件目録の「第1
図(被告主張)」に誤りはないし、被告製品の充放電回路は、二次側負荷回路2A
1と共通ベース(A)で接続されているから、「二次側」に属する回路であり、こ
の意味からも、別紙物件目録の第1図は、「第1図(被告主張)」のとおりとすべ
きである。
2 争点(2)(被告製品の構成cないしhによる本件特許発明の構成要件Cないし
Hの充足性)
(1) 原告の主張
ア 構成要件C
構成cに構成が示された「二次側負荷回路2A1」は、構成要件Cの
「二次側回路」と、回路の構成、動作及び目的が一致している。電気回路におい
て、トランスのどの巻線に負荷回路を接続しても、回路の構成、動作及び目的は異
ならず、このことは、被告出願の特許に係る甲4公報の記載(段落【0006】1
ないし2行、図1)からも明らかである。被告製品の充放電回路は、単に「二次
側」と表記されているだけであり、回路の動作及び目的は、本件特許発明の「三
次」側回路と全く同一である。
したがって、構成cは構成要件Cを充足する。
イ 構成要件D
(ア) 「二次」又は「三次」という表記自体には、他との識別以外に特別
な意味はないから、それらの表記の違いによって回路が異なることはなく、被告出
願の特許に係る甲4公報にも、無停電電源装置の「三次巻線」に充放電回路が設け
られることが記載されている。
被告製品の二次側負荷回路2A1と充放電回路が共通ベース(A)で
接続されている点は、本件特許発明の構成要件に全く記載されておらず、本件特許
発明の目的、構成、作用効果と無関係であり、単なる付加的事項にすぎない。
(イ) 構成要件Dにおいては、三次巻線の巻き始め極性側と二次電池の正
極側を接続しているのに対し、構成dにおいては、巻線4②の巻き始め極性側に、
二次電池の正極側ではなく、逆流防止ダイオード18Aのアノードを接続してい
る。また、構成要件Dにおいては、二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直列ドロ
ッパー制御用素子とを直列に接続し、これを逆流防止ダイオードのアノード側に直
列接続するとしているのに対し、構成dにおいては、二次電池14Aの負極側と巻
線4②の巻き終わり極性側を接続している。
しかし、これらの相違は、単に接続する極性が異なるだけであり、巻
線を中心として構成される閉ループ内にどのような順序で電子部品を接続しても作
用効果は同一であるから、上記の構成の相違は、単なる設計上の微差にすぎない。
(ウ) 構成要件Dにおいては、二次電池の両極間に充電用定電圧定電流制
御回路を設けることとしているのに対し、被告製品においては、二次電池の正極側
は充電用定電圧定電流制御回路に接続しているが、負極側は、直接充電用定電圧定
電流制御回路に接続されておらず、放電防止回路に接続されている。
しかし、この放電防止回路は、本件特許発明の構成要件に全く記載さ
れておらず、本件特許発明の目的、構成、作用効果と無関係であり、単なる付加的
事項にすぎない。また、この放電防止回路は、巻線4②の両端の電圧が低下した場
合に回路を遮断するスイッチのようなもので、通常時はそのスイッチが入った状態
にあるから、二次電池の両極間に充電用定電圧定電流制御回路を接続した本件特許
発明と何ら異ならない。
(エ) したがって、構成dは構成要件Dを充足する。
ウ 構成要件E
(ア) 「二次」又は「三次」という表記自体には、他との識別以外に特別
な意味はないから、それらの表記の違いによって回路が異なることはない。
(イ) 構成要件Eにおいては、三次巻線の巻き終わり極性側と二次電池の
負極の間に三次側スイッチング素子を設けているのに対し、構成eにおいては、ス
イッチング素子11Aは、二次電池14Aの正極と巻線4②の巻き始め極性側の間
に接続されている。
しかし、このような相違があったとしても、被告製品は本件特許発明
と同一の作用効果を奏するし、充電回路の外側に放電回路として設けられた閉ルー
プ内に配置されたスイッチング素子を、本件特許発明のように二次電池の負極側に
配置するか、被告製品のように正極側に配置するかは単なる設計上の微差にすぎな
い。また、被告製品のスイッチング素子11Aのドレインが二次電池14Aの正極
側に接続されているために、そのドレインに取り付けられたヒートシンクからの放
射ノイズが発生しにくい点は、単なる付加的事項にすぎない。
(ウ) したがって、構成eは構成要件Eを充足する。
エ 構成要件F
(ア) 「二次」又は「三次」という表記自体には、他との識別以外に特別
な意味はないから、それらの表記の違いによって回路が異なることはない。
(イ) 構成要件Fにおいては、二次電池の負極側と三次巻線の巻き終わり
端の間に、三次側スイッチング素子と逆流防止ダイオードが設けられているのに対
し、構成fにおいては、二次電池14Aの正極側と巻線4②の巻き始め端の間に、
スイッチング素子11Aと逆流防止ダイオード9Aが設けられている。
しかし、このような相違があったとしても、本件特許発明と被告製品
は、逆流防止ダイオードを設けるについて、二次電池の充電時に三次側スイッチン
グ素子(被告製品のスイッチング素子11A)に電流が流れ込まないようにすると
いう目的及び作用効果は同一であるし、充電回路の外側に放電回路として設けられ
た閉ループ内に配置されたスイッチング素子と逆流防止ダイオードを、本件特許発
明のように二次電池の負極側に配置するか、被告製品のように正極側に配置するか
は単なる設計上の微差にすぎず、両者の回路動作は全く同じである。
(ウ) したがって、構成fは構成要件Fを充足する。
オ 構成要件G
(ア) 「二次」又は「三次」という表記自体には、他との識別以外に特別
な意味はないから、それらの表記の違いによって回路が異なることはない。
(イ) 構成要件Gにおいては、三次巻線の巻き始めから二次電池、定電流
検出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流防止ダイオードを経由し、三次巻線の
巻き終わり端に電流が流れて二次電池が充電されるのに対し、構成gにおいては、
巻線4②の巻き始めから逆流防止ダイオード18A、直列ドロッパー制御用素子1
7A、定電流検出抵抗16A、二次電池14Aを経由し、巻線4②の巻き終わり端
に電流を流すことで二次電池14Aが充電される。
しかし、二次電池を充電する目的からすれば、充電回路を構成する閉
ループ内に直列に配置されている定電流検出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆
流防止ダイオードの三つの電子部品が、二次電池の負極側と巻線の巻き終わりの間
に配置されていても、巻線の巻き始めと二次電池の正極側の間に配置されていて
も、回路動作は全く同じであり、これらの構成の相違は、設計上の微差にすぎな
い。
(ウ) したがって、構成gは構成要件Gを充足する。
カ 構成要件H
(ア) 構成要件Hにおいては、二次電池の正極から三次巻線の巻き始めか
ら巻き終わり方向に向かう電流が、逆流防止ダイオード、三次側スイッチング素子
を通って、二次電池の負極に流れ、負荷に対して出力が供給されるのに対し、構成
hにおいては、電流は、二次電池14Aの正極からスイッチング素子11A、逆流
防止ダイオード9Aを通って、巻線4②の巻き始めから巻き終わり方向へ向かい、
二次電池14Aの負極に流れ、負荷24Aに対して出力が供給される。
しかし、本件特許発明と被告製品は、充放電回路の放電回路として設
けられた閉ループ内にスイッチング素子と逆流防止ダイオードが直列に配置されて
いる点は同一であり、二次電池から放電される電流が流れる動作は、直列的に配置
されているスイッチング素子と逆流防止ダイオードの具体的な配置位置には無関係
であるから、上記の電流の流れの相違は、単なる設計上の微差にすぎない。
(イ) したがって、構成hは構成要件Hを充足する。
(2) 被告の主張
ア 構成要件C
(ア) 構成要件Cの「二次側回路」は、負荷に対して直流出力電力を供給
するもののみでなければならない。
構成cにおいて、二次側回路2Aは、二次側負荷回路2A1と充放電
回路とからなるが、負荷に対して直流出力電力を供給するのは、二次側負荷回路2
A1のみであり、充放電回路は負荷に対して直流出力電力を供給するものではな
い。構成要件Cの「二次側回路」は、文言上、構成cの充放電回路を含まず、その
ようなものを示唆すらしていない。
(イ) したがって、構成cは構成要件Cを充足しない。
イ 構成要件D
(ア) 構成要件Dは「三次巻線」の存在を必要とするところ、「三次側」
とは、トランスの入力側を意味する「一次側」とも出力側を意味する「二次側」と
も絶縁されている回路をいい、甲4公報においても、「三次巻線」を含む回路は、
「一次側」とも「二次側」とも絶縁された回路である。
被告製品の二次側回路2Aを構成する二次側負荷回路2A1と充放電
回路は共通ベース(A)で接続され、いずれも一次側回路に対応する回路となって
いるから、充放電回路の巻線はあくまで二次巻線であって、被告製品は「三次巻
線」という構成を備えていない。
(イ) 構成要件Dにおいては、三次巻線の巻き始め極性側と二次電池の正
極側を接続しているのに対し、構成dにおいては、巻線4②の巻き始め極性側に、
二次電池の正極側ではなく、逆流防止ダイオード18Aのアノードを接続してい
る。
(ウ) 構成要件Dにおいては、二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直列
ドロッパー制御用素子とを直列に接続し、これを逆流防止ダイオードのアノード側
に直列接続するとしているのに対し、構成dにおいては、二次電池14Aの負極側
と巻線4②の巻き終わり極性側を接続している。
(エ) 構成要件Dにおいては、二次電池の両極間に充電用定電圧定電流制
御回路を設けることとしているのに対し、被告製品においては、二次電池の正極側
は充電用定電圧定電流制御回路に接続しているが、負極側は、直接充電用定電圧定
電流制御回路に接続されておらず、あくまで放電防止回路に接続されている。
(オ) したがって、構成dは構成要件Dを充足しない。
ウ 構成要件E
(ア) 構成要件Eは「三次巻線」、「三次側スイッチング素子」の存在を
必要とするが、被告製品は「三次巻線」、「三次側スイッチング素子」という構成
を備えていない。
(イ) 構成要件Eにおいては、三次巻線の巻き終わり極性側と二次電池の
負極の間に三次側スイッチング素子を設けているのに対し、構成eにおいては、ス
イッチング素子11Aは二次電池14Aの正極と巻線4②の巻き始め極性側の間に
接続されている。
また、被告製品は、スイッチング素子11Aのドレインが安定電位で
ある二次電池14Aの正極側に接続されているために、そのドレインに取り付けら
れたヒートシンクからの放射ノイズが発生しにくい。
(ウ) したがって、構成eは構成要件Eを充足しない。
エ 構成要件F
(ア) 構成要件Fは「三次側スイッチング素子」、「三次巻線」の存在を
必要とするが、被告製品は「三次側スイッチング素子」、「三次巻線」という構成
を備えていない。
(イ) 構成要件Fにおいては、二次電池の負極側と三次巻線の巻き終わり
端の間に、三次側スイッチング素子と逆流防止ダイオードが設けられているのに対
し、構成fにおいては、二次電池14Aの正極側と巻線4②の巻き始め端の間に、
スイッチング素子11Aと逆流防止ダイオード9Aが設けられている。
(ウ) したがって、構成fは構成要件Fを充足しない。
オ 構成要件G
(ア) 構成要件Gは「三次側スイッチング素子」、「三次巻線」の存在を
必要とするが、被告製品は「三次側スイッチング素子」、「三次巻線」という構成
を備えていない。
(イ) 構成要件Gにおいては、三次巻線の巻き始めから二次電池、定電流
検出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流防止ダイオードを経由し、三次巻線の
巻き終わり端に電流が流れて二次電池が充電されるのに対し、構成gにおいては、
巻線4②の巻き始めから逆流防止ダイオード18A、直列ドロッパー制御用素子1
7A、定電流検出抵抗16A、二次電池14Aを経由し、巻線4②の巻き終わり端
に電流を流すことで二次電池14Aが充電される。
(ウ) したがって、構成gは構成要件Gを充足しない。
カ 構成要件H
(ア) 構成要件Hは「三次巻線」、「三次側スイッチング素子」の存在を
必要とするが、被告製品は「三次巻線」、「三次側スイッチング素子」という構成
を備えていない。
(イ) 構成要件Hにおいては、二次電池の正極から三次巻線の巻き始めか
ら巻き終わり方向に向かう電流が、逆流防止ダイオード、三次側スイッチング素子
を通って、二次電池の負極に流れ、負荷に対して出力が供給されるのに対し、構成
hにおいては、電流は二次電池14Aの正極からスイッチング素子11A、逆流防
止ダイオード9Aを通って、巻線4②の巻き始めから巻き終わり方向へ向かい、二
次電池14Aの負極に流れ、負荷24Aに対して出力が供給される。
(ウ) したがって、構成hは構成要件Hを充足しない。
3 争点(3)(被告製品と本件特許発明との均等の成否)
(1) 原告の主張
ア 均等の第1要件(非本質的部分であること)
(ア) 本件明細書の「課題を解決するための手段」の欄には、「すなわち
本発明の考え方は、高周波トランスの三次巻線と定電流検出抵抗と直列ドロッパー
制御用素子と逆流防止用ダイオードと二次電池とを直列に接続して充電回路を構成
し、この充電回路の電流路の外側に、二次電池と三次巻線と三次側スイッチング素
子とを直列に配列して放電回路を設け、放電時には、前記定電流検出抵抗と直列ド
ロッパー制御用素子と逆流防止用ダイオードには電流が流れないようにする、とい
うものである。」(段落【0004】)と記載されており、本件特許発明の出願
時、このことが公知技術であり又は公知技術から容易に想到することができたとい
うことはない。また、原告が提出した意見書(乙第7号証)には、「本願発明と引
用例との対比」の欄において、充電と放電の切り替えをスイッチで行うのではな
く、汎用の逆流防止ダイオードを設けて電流の流れを制御することが記載されてい
る。したがって、充電回路に定電流検出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流防
止ダイオードを備え、充電時に二次電池の負極側から三次側スイッチング素子を通
って三次巻線の巻き終わり端へ電流が流れることを阻止するための逆流防止ダイオ
ードを備えていることが、本件特許発明の本質である。
(イ) 被告製品と本件特許発明は、充放電回路の構成(各回路素子の極性
をも含めた具体的な接続の仕方、電流の流れ方)が異なるが、充放電回路の構成
は、本件特許発明の本質的部分ではない。また、特開平6-205546号公報
(乙第8号証。以下「乙8公報」という。)記載の発明は、二次電池を良好に充放
電制御することができないものであるから、乙8公報の記載から本件特許発明の本
質的部分を解釈すべきではない。
したがって、被告製品は均等の第1要件を充足する。
イ 均等の第2要件(置換可能性)
被告製品と本件特許発明は、充放電回路の構成が異なるが、作用効果が
同一であるから、本件特許発明の充放電回路の構成を被告製品の充放電回路の構成
に置換することは可能である。
したがって、被告製品は均等の第2要件を充足する。
ウ 均等の第3要件(容易想到性)
直列に接続されている充放電回路を構成する電子部品の接続を被告製品
のように変更しても回路の動作(電流の大きさ及び向き)が同一であることは自明
であり、当業者の技術常識であるから、本件特許発明の充放電回路の構成を被告製
品の充放電回路の構成に置換することは、当業者であれば容易に想到し得る。
したがって、被告製品は均等の第3要件を充足する。
エ 均等の第4要件(被告製品が公知技術でないこと等)
本件特許発明の特許出願当時、無停電性スイッチングレギュレータの充
放電回路において、充電と放電の切り替えをスイッチで行う技術は公知であった
が、被告製品のように、充放電回路に汎用の逆流防止ダイオードを設け、切り替え
スイッチを用いることなく電流の流れを制御する技術は公知ではなく、当業者が公
知技術から容易に推考できるものでもなかった。また、乙8公報記載の充電回路を
そのまま被告製品の充電用定電圧定電流制御回路として用いたとしても、二次電池
を良好に充放電制御することはできない。
したがって、被告製品は、本件特許発明の特許出願時における公知技術
と同一又は当業者が公知技術から容易に推考できたものではなく、被告製品は均等
の第4要件を充足する。
オ 均等の第5要件(意識的除外等)
(ア) 原告が平成11年9月27日提出の手続補正書(乙第6号証)によ
り行った補正は、出願当初明細書の「発明の実施の形態」に記載されていた充放電
回路の構成をそのまま特許請求の範囲に記載することにより、充電回路及び放電回
路にそれぞれ汎用の逆流防止ダイオードを設け、充電と放電の切り替えを、スイッ
チを用いることなく単一の三次巻線で良好に行えるようにしたという本件特許発明
の本質を明らかにしたにすぎない。補正の前後で本件特許発明の本質に異なるとこ
ろはなく、充電回路用の定電流検出抵抗16A、直列ドロッパー制御用素子17A
及び逆流防止ダイオード18Aの三つの電子部品を二次電池14Aの正極側に接続
し、スイッチング素子11Aと逆流防止ダイオード9Aを巻線4②の巻き始め側と
二次電池の正極との間に設けるという被告製品の充放電回路の構成を、補正によっ
て本件特許発明の特許請求の範囲から意識的に除外したものではない。
(イ) 補正前の特許請求の範囲には、「放電時に定電流検出抵抗と直列ド
ロッパー制御用素子、逆流防止用ダイオードには電流が流れないようにするための
逆流防止用ダイオードを設けた」という構成要件が含まれておらず、補正は、出願
当初明細書の特許請求の範囲の記載を作用効果の記載に整合させるために行われ
た。本件特許発明の特許出願の審査に適用された特許庁の審査基準(平成15年1
0月22日改正前の審査基準。以下「改訂前審査基準」という。甲第9号証)の下
では、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項から当業者が「直接的
かつ一義的」に導き出すことのできない事項を記載する補正は、特許法17条の2
第3項に反するとしてこれを制限するという硬直的で厳格な運用がされていた。そ
のため、改訂前審査基準の下では、発明が所期の目的とする作用効果を奏するため
の構成を特許請求の範囲に追加するに当たって、新規事項の追加とされるのを免れ
るためには、出願当初明細書に実施例として具体的に記載された、各回路素子の極
性をも含めた具体的な接続の仕方、電流の流れ方を記載するしかなかった。出願当
初明細書の実施例には、接続の仕方が一つしか記載されていなかったから、補正に
当たって、その接続の仕方を特許請求の範囲に記載したものであって、複数存在す
る具体例の中から一つを選択したものではない。
なお、その後審査基準が改訂され、願書に最初に添付した明細書等
(当初明細書等)に記載した事項とは、「当初明細書等に明示的に記載された事
項」だけではなく、明示的な記載がなくても、「当初明細書等の記載から自明な事
項」も含むとされ、上記の硬直的で厳格な運用が緩和された(甲第12号証の
2)。
(ウ) したがって、被告製品は均等の第5要件を充足する。
カ 均等の成否
上記アないしオのとおり、被告製品は、均等の要件をすべて充足してお
り、本件特許発明と均等なものとして、本件特許発明の技術的範囲に属する。
(2) 被告の主張
ア 均等の第1要件(非本質的部分であること)
(ア) 出願当初明細書の特許請求の範囲に記載された発明は、原告が本件
特許発明の本質的部分であると主張する内容を有する回路をすべて含んだものであ
った。しかし、原告は、公知技術により容易に推考し得るという拒絶理由を回避す
る目的で、上記発明のすべてを権利化することを断念し、単に逆流防止ダイオード
を設けることだけではなく、各回路素子の極性をも含めた具体的な接続の仕方、電
流の流れ方を限定して、特許請求の範囲を減縮する補正をした。このような経過に
鑑みれば、本件特許発明の本質的部分は、原告主張のような「充電回路に定電流検
出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流防止ダイオードを備え、充電時に二次電
池の負極側から三次側スイッチング素子を通って三次巻線の巻き終わり端へ電流が
流れることを阻止するための逆流防止ダイオードを備えていること」(前記(1)ア
(ア))にとどまらず、更にその中で各回路素子の極性を含めた具体的な接続の仕
方、電流の流れ方を限定したことにあるはずである。
乙8公報には、「充放電回路に汎用の逆流防止ダイオードを設けるこ
とにより、二次電池の充電時には放電回路に電流が流れないようにし、放電時には
充電回路に電流が流れないようにし、充電と放電の切り替えを切り替えスイッチを
用いることなく制御すること」が開示されているから、本件特許発明の本質的部分
はそのような公知の事項だけでなく、特許請求の範囲において限定された、各回路
素子の極性をも含めた具体的な接続の仕方、電流の流れ方も含むものというべきで
ある。
(イ) 被告製品の構成dないしhと本件特許発明の構成要件DないしHの
相違は、各回路素子の極性をも含めた具体的な接続の仕方、電流の流れ方について
の相違であり、本件特許発明の本質的部分についての相違である。
したがって、被告製品は均等の第1要件を充足しない。
イ 均等の第2要件(置換可能性)
原告は、被告製品が本件特許発明と同一の作用効果を奏することを根拠
として、均等の第2要件(置換可能性)の充足を主張する。
しかし、原告が本件特許発明の作用効果として主張するところは、本件
明細書の「発明の効果」の欄における記載のごく一部であり、その内容は、補正後
における本件特許発明の作用効果としては不十分である。そして、原告が被告製品
の作用効果として指摘しているものは、本件特許発明のより具体的、本質的な作用
効果に対応するものとはなっていない。
したがって、被告製品が均等の第2要件(置換可能性)を充足するとい
う原告の主張は失当である。
ウ 均等の第3要件(容易想到性)
電気回路は、動作が同一であったとしても、具体的な回路の組み方には
種々のものがあり、それぞれの具体的な構成について当業者が容易に想到し得るか
否かが問題となるから、回路の動作が同一であるというだけでは、容易想到性があ
るということはできない。また、回路の構成が変われば、当然に電気的特性も変化
するから、電気回路の動作が同一といっても、どのレベルで同一と主張しているの
か明らかでない。
被告製品においては、定電流検出抵抗16Aが本件特許発明と異なって
直列ドロッパー制御用素子17Aのエミッタ側に接続している関係で、直列ドロッ
パー制御用素子17Aのエミッタひいてはベースの電位が上昇し、本件特許発明と
比較して、直列ドロッパー制御用素子17Aのコレクタ-エミッタ間を流れる短絡
電流をより安全な状態に絞ることができ、事故時の安全性が向上する。また、スイ
ッチング素子11Aのドレインは、安定電位である二次電池14Aの正極側に接続
されているから、スイッチング素子11Aのドレインにヒートシンクを取り付ける
と、ヒートシンクからの放射ノイズが発生しにくくなる。
被告製品と本件特許発明とは、電流の大きさが厳密な意味で同一とはい
えず、電流の向きも、電流の流れる各回路素子の順番を考えると、厳密な意味で同
一とはいえない。
したがって、被告製品は、当業者を基準とすると、電気回路の動作、性
能が本件特許発明と大きく異なっており、均等の第3要件(容易想到性)を充足し
ない。
エ 均等の第4要件(被告製品が公知技術でないこと等)
乙8公報には、充放電回路に本件特許発明と同様に汎用の逆流防止ダイ
オードを設け、切り替えスイッチを用いることなく電流の流れを制御する技術が開
示されており、米国特許第4644247号公報(乙第9号証の1。以下「乙9-
1公報」という。)には、ダイオードD1と直列通過素子T1と電流検出用抵抗R
4を直列に接続して定電圧定電流制御を行う構成が開示されている。被告製品は、
乙8公報及び乙9-1公報に記載された発明から当業者が本件特許発明の特許出願
時に容易に推考できたものである。
したがって、被告製品は均等の第4要件(被告製品が公知技術でないこ
と等)を充足しない。
オ 均等の第5要件(意識的除外等)
(ア) 原告は、出願当初明細書の「高周波トランスの三次巻線と定電流検
出抵抗と直列ドロッパー制御用素子と逆流防止ダイオードと二次電池とを直列に接
続する」という構成を、「高周波トランスの三次巻線の巻き始め極性側と二次電池
の正極側を接続し、この二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御
用素子とを直列に接続し、これを逆流防止ダイオードのアノード側に直列接続す
る」(構成要件D)と補正した。原告は、このような補正をすることにより、構成
要件Dに示された各回路素子の極性を含めた具体的な接続の仕方以外については、
あえて特許請求の範囲から外し、公知技術との差異を明らかにして、拒絶理由に示
された公知技術からの容易推考性を回避しようとしたものである。
原告は、意見書においても、補正は特許請求の範囲を各回路素子の具
体的な接続の仕方及び具体的な電流の流れ方に限定したものである旨述べている。
したがって、原告は、補正により、本件特許発明に示された各回路素
子の具体的な接続の仕方及び具体的な電流の流れ方と異なる構成を有する被告製品
を、本件特許発明の特許請求の範囲から意識的に除外したものである。
(イ) 原告は、補正について、充電と放電の切り替えを、切り替えスイッ
チを用いることなく、汎用の逆流防止ダイオードを用いて電流を制御することによ
り行うことを明らかにしようとしたにすぎない旨主張し、被告製品の構成を意識的
に除外したものではない旨主張する。
しかし、もし仮にそうであるとすれば、補正に当たって、特許請求の
範囲に、逆流防止ダイオードについての構成要件Fと、交流電源の電圧が正常範囲
内にある時には三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも大であるため二
次電池が充電され(構成要件G参照)、交流電源の電圧が低下若しくは停止すると
三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも小になるため二次電池の放電が
行われる(構成要件H参照)という機能的構成を加えるだけで十分であり、改訂前
審査基準の下においても、そのような補正は可能であったはずである。それにもか
かわらず、原告は、補正に当たって、更に「高周波トランスの三次巻線の巻き始め
極性側と二次電池の正極側を接続し、この二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直
列ドロッパー制御用素子とを直列に接続し、これを逆流防止ダイオードのアノード
側に直列接続する」(構成要件D)という構成を加え、本件特許発明を、各回路素
子の極性をも特定した具体的な接続の仕方に限定した。
そうであるとすれば、原告の前記主張は失当である。
(ウ) したがって、被告製品は均等の第5要件(意識的除外等)を充足し
ない。
カ 均等の成否
以上のとおり、被告製品は、均等の要件をいずれも充足せず、本件特許
発明と均等なものではなく、本件特許発明の技術的範囲に属さない。
4 争点(4)(本件特許についての明白な無効理由の存否)
(1) 被告の主張
ア 進歩性
(ア) 乙8公報記載の発明は、本件特許発明と対比すると、構成要件Aな
いしC、Iを備えるほか、構成要件DないしHに関して、次の点で一致する。
高周波トランスの三次巻線の巻き始め極性側と二次電池の正極側を接
続し、この二次電池の負極側と前記三次巻線の巻き終わり極性側との間に充電回路
要素を接続した充電回路と(構成要件D参照)、前記三次巻線の巻き終わり極性側
と二次電池の負極の間であって、前記充電回路の充電電流路の外側に設けた、前記
一次側スイッチング素子と同期して作動する三次側スイッチング素子と(構成要件
E参照)、前記二次電池の負極側から三次側スイッチング素子を通って三次巻線の
巻き終わり端へ電流が流れることを阻止するための逆流防止ダイオードとを備え
(構成要件F参照)、前記交流電源の電圧が正常範囲内にある時には、前記三次側
スイッチング素子がON状態であっても、前記三次巻線に誘起される電圧が二次電
池の電圧よりも大であるため、前記三次巻線の巻き始めから二次電池、充電回路要
素を経由し、三次巻線の巻き終わり端に電流が流れて、該二次電池が充電され(構
成要件G参照)、前記交流電源の電圧が低下若しくは停止すると、前記三次巻線に
誘起される電圧が二次電池の電圧よりも小になるため、二次電池の正極から三次巻
線の巻き始めから巻き終わり方向に向かう電流が前記逆流防止ダイオード、三次側
スイッチング素子を通って該二次電池の負極に流れ、負荷に対して出力が供給され
ることを特徴とする(構成要件H参照)。
(イ) 本件特許発明においては、二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直
列ドロッパー制御用素子を直列に接続し、これを逆流防止ダイオードのアノード側
に直列接続するとともに、二次電池の両極間に充電用定電圧定電流制御回路を設け
ることによって、前記直列ドロッパー制御用素子の抵抗を変化させて充電中の定電
圧定電流制御を行う充電回路要素を採用しているのに対し、乙8公報記載の発明に
おいては、充電回路要素は存在するものの、定電圧定電流制御が行われていない。
(ウ) 上記(イ)の相違点について検討すると、二次電池を充電する際に、
電池の保護等を目的として定電圧定電流制御を行うことは、本件明細書に従来技術
として「定電圧定電流回路80を介して二次電池14が直列に接続されて充電回路
が形成され」(段落【0002】)と記載されているように、当業者にとって技術
常識であり、乙9-1公報の6欄20ないし26行及び図4、特公平1-1866
3号公報(乙第10号証。以下「乙10公報」という。)の8欄9ないし17行及
び第6図、特開平6-189547号公報(乙第4号証。以下「乙4公報」とい
う。)の4欄7ないし8行にも記載されている。
そして、乙9-1公報の図4に示されている定電圧定電流制御回路
は、二次電池の充電回路中に定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子と逆流防
止ダイオードとを直列に接続するとともに、二次電池の両極間に充電用定電圧定電
流制御回路を設けることによって、直列ドロッパー制御用素子の抵抗を変化させて
充電中の定電圧定電流制御を行うものである。
(エ) したがって、本件特許発明は、その出願前に日本国内又は外国にお
いて頒布された刊行物である乙8公報、乙9-1公報、乙10公報、乙4公報に記
載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるか
ら、本件特許には、特許法29条2項の規定に違反して特許されたという同法12
3条1項2号の無効理由が存在することが明らかである。
イ 発明の明確性
(ア) 原告は、補正に際して提出した意見書において、補正を行ったこと
による効果として、(a)充電電流の大小によって直列ドロッパー制御用素子の抵抗成
分が変化し、充電回路全体の抵抗成分が変化するので、従来にない極めて精度の高
い充電制御が可能となること、(b)商用電源の正常入力時、すなわち二次電池への充
電モード時に、二次電池からの放電が発生することがなくなり、高効率の充電がで
きることを記載している。しかし、上記(a)、(b)の効果は、補正前の特許請求の範
囲に記載された発明であっても奏する効果であり、補正後の本件特許発明特有の効
果は、本件明細書や意見書にも記載されておらず、補正に際して特許請求の範囲に
付加された事項が有する意義を理解することはできない。したがって、補正後の本
件特許発明は、その構成と、解決すべき課題及び作用効果との関係が不明確であ
る。
(イ) したがって、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法36条6
項2号に適合せず、同法36条6項(4号を除く。)に規定する要件を満たしてい
ない特許出願に対して特許されたという同法123条1項4号(平成14年法律第
24号による改正前のもの)の無効理由が存在することが明らかである。
ウ 権利濫用
したがって、本件特許には無効理由が存在することが明らかであるか
ら、本件特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、権利の濫用に当たり許され
ない。
(2) 原告の主張
ア 進歩性
(ア) 乙8公報、乙9-1公報、乙10公報、乙4公報には、充電と放電
の切り替えをスイッチで行うのではなく、汎用の逆流防止ダイオードを設けて電流
の流れを制御することによって行うという本件特許発明の本質について、記載も示
唆もない。
乙8公報記載の充電回路をそのまま本件特許発明の充電用定電圧定電
流制御回路として用いたとしても、二次電池を良好に充放電制御することができ
ず、切り替えスイッチを用いずに汎用の逆流防止ダイオードを設けることによって
電流の流れを制御することは実現できない。被告製品の充放電回路の構成につい
て、乙8公報には記載も示唆もなく、乙8公報は、拒絶査定の引用例としても挙げ
られなかった。
(イ) したがって、本件特許発明は、乙8公報、乙9-1公報、乙10公
報、乙4公報に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができ
たものではなく、本件特許には、特許法29条2項の規定に違反して特許されたと
いう同法123条1項2号の無効理由は存在しない。
イ 発明の明確性
(ア) 本件特許発明の本質は、意見書の「本願発明と引用例との対比」の
欄に記載されたとおり、充電と放電の切り替えをスイッチで行うのではなく、汎用
の逆流防止ダイオードを設けて電流の流れを制御することによって行うという点に
あり、この点は補正の前後において変わらない。補正は、出願当初明細書に記載さ
れていた作用効果との整合を図るべく、特許請求の範囲について、各回路素子の接
続の仕方、電流の流れ方を具体化して明確にしただけであり、補正によって新たな
作用効果を追加したものではない。
(イ) したがって、本件特許は、特許請求の範囲の記載について、特許を
受けようとする発明が不明確であるとはいえず、特許法36条6項2号に適合して
おり、同法36条6項(4号を除く。)に規定する要件を満たしていない特許出願
に対して特許されたという同法123条1項4号(平成14年法律第24号による
改正前のもの)の無効理由は存在しない。
ウ 権利濫用
したがって、本件特許には無効理由が存在せず、本件特許権に基づく差
止め、損害賠償等の請求は、権利の濫用に当たらない。
5 争点(5)(損害額)
(1) 原告の主張
ア 被告は、平成13年4月1日から平成16年3月31日までに、少なく
とも3万台の被告製品を販売した。
被告による本件特許権の侵害がなければ、原告は、3万台の無停電性ス
イッチングレギュレータを製造販売することができた。
イ 原告の無停電性スイッチングレギュレータの単価は1万5000円以上
であり、利益率は少なくとも35%であるから、被告による本件特許権の侵害がな
ければ原告が販売することができた無停電性スイッチングレギュレータの1台当た
りの利益の額は、少なくとも5250円(1万5000円×0.35=5250
円)である。
ウ 被告による本件特許権の侵害がなければ原告が販売することができた無
停電性スイッチングレギュレータの1台当たりの利益の額に、被告の販売数量を乗
じた金額は、1億5750万円(5250円×3万台=1億5750万円)であ
り、この金額が、損害の額とされる。
(2) 被告の主張
原告の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(別紙物件目録の第1図の表示態様)について
(1) 別紙物件目録の第1図については、充放電回路をトランスの左側に描くか
(「第1図(原告主張)」)、右側に描くか(「第1図(被告主張)」)に関して
争いがある。
弁論の全趣旨によれば、被告製品の充放電回路は、二次側負荷回路2A1
と共通ベース(A)で接続されていることが認められるが、そのことから直ちに、
充放電回路をトランスの右側に描くべきであり、左側に描くことが誤りであると断
定することまではできない。被告製品の充放電回路をトランスの左側に描くか右側
に描くかは、便宜上いずれも可能であるというべきである。
(2) ところで、前記第2、2(4)のとおり、別紙物件目録は第1図以外は当事
者間に争いがないところ、別紙物件目録の「符号の説明」及び「無停電電源装置
『UNA180-01(6chタイプ)』の電源回路の説明」には、被告製品が放
電防止回路100を備えることが記載されている。また、前記第2、2(5)のとお
り、被告製品の構成(構成d)において放電防止回路100を備えることも、当事
者間に争いがない。したがって、別紙物件目録の第1図においても、被告製品の客
観的構成を示す図としては、放電防止回路100が示されるのが相当と解されると
ころ、「第1図(原告主張)」には放電防止回路100が示されていないのに対
し、「第1図(被告主張)」には放電防止回路100が示されている。第1図は、
クレーム対応図であり、本件特許発明の構成要件に放電防止回路が記載されていな
いことからすれば、「第1図(原告主張)」のように放電防止回路を記載しないこ
とが誤りであると断定することはできない。しかし、上記の点を考慮すると、別紙
物件目録の第1図は、放電防止回路100が示されている「第1図(被告主張)」
とするのが相当と認められる。
2 争点(2)(被告製品の構成cないしhによる本件特許発明の構成要件Cないし
Hの充足性)について
被告製品の構成dないしhによる本件特許発明の構成要件DないしHの充足
性について検討する。
(1)ア 構成要件D
(ア) 本件特許発明の構成要件において、「三次側」、「三次巻線」とい
う文言は、一次側回路(構成要件B)、二次側回路(構成要件C)とは別個の回路
又は別個の回路の巻線を意味するものとして用いられており、本件明細書の発明の
詳細な説明においても、同様の意味で用いられている。
被告製品において、充放電回路は、一次側回路1A、二次側負荷回路
2A1とは別個の回路であるから、本件特許発明にいう「三次側」の回路に該当す
るものと認められ、巻線4②は、充放電回路の巻線であるから、本件特許発明にい
う「三次巻線」に該当するものと認められる。
なお、弁論の全趣旨によれば、被告製品の充放電回路は、二次側負荷
回路2A1と共通ベース(A)で接続されていることが認められるが、このこと
は、充放電回路をもって「三次側」回路とし、巻線4②をもって「三次巻線」に該
当するということの妨げにはならないものというべきである。
(イ) 本件特許発明の構成要件Dにおいては、高周波トランスの三次巻線
の巻き始め極性側と二次電池の正極側を接続し、この二次電池の負極側に定電流検
出抵抗と直列ドロッパー制御用素子とを直列に接続し、これを逆流防止ダイオード
のアノード側に直列接続することとされている。これに対し、被告製品の構成dに
おいては、高周波トランス41の巻線4②の巻き始め極性側に逆流防止ダイオ-ド
18Aのアノ-ドを接続し、この逆流防止ダイオ-ド18Aのカソ-ドに直列ドロ
ッパー制御用素子17Aと定電流検出抵抗16Aとを直列に接続し、これを二次電
池14Aの正極側に直列に接続するとともに、二次電池14Aの負極側と巻線4②
の巻き終わり極性側が接続されている。
したがって、構成dは構成要件Dを充足しない。
イ 構成要件E
本件特許発明の構成要件Eにおいては、三次巻線の巻き終わり極性側と
二次電池の負極の間に三次側スイッチング素子を設けることとされている。これに
対し、被告製品の構成eにおいては、スイッチング素子11Aが、二次電池14A
の正極と巻線4②の巻き始め極性側の間に接続されている。
したがって、構成eは構成要件Eを充足しない。
ウ 構成要件F
本件特許発明の構成要件Fにおいては、二次電池の負極側と三次巻線の
巻き終わり端の間に、三次側スイッチング素子と逆流防止ダイオードを設けること
とされている。これに対し、被告製品の構成fにおいては、二次電池14Aの正極
側と巻線4②の巻き始め端の間に、スイッチング素子11Aと逆流防止ダイオード
9Aが設けられている。
したがって、構成fは構成要件Fを充足しない。
エ 構成要件G
本件特許発明の構成要件Gにおいては、交流電源の電圧が正常範囲内に
ある時には、三次巻線の巻き始めから二次電池、定電流検出抵抗、直列ドロッパー
制御用素子、逆流防止ダイオードを経由し、三次巻線の巻き終わり端に電流が流れ
て、二次電池が充電されることとされている。これに対し、被告製品の構成gにお
いては、交流電源1Dの電圧が正常範囲内にある時には、巻線4②の巻き始めから
逆流防止ダイオード18A、直列ドロッパー制御用素子17A、定電流検出抵抗1
6A、二次電池14Aを経由し、巻線4②の巻き終わり端に電流を流すことで二次
電池14Aが充電される。
したがって、構成gは構成要件Gを充足しない。
オ 構成要件H
本件特許発明の構成要件Hにおいては、交流電源の電圧が低下若しくは
停止すると、二次電池の正極から三次巻線の巻き始めを通って巻き終わり方向に向
かう電流が、逆流防止ダイオード、三次側スイッチング素子を通って該二次電池の
負極に流れ、負荷に対して出力が供給される。これに対し、被告製品の構成hにお
いては、交流電源1Dの電圧が低下若しくは停止すると、二次電池14Aの正極か
らスイッチング素子11A、逆流防止ダイオ-ド9Aを通って、巻線4②の巻き始
めから巻き終わり方向に向かう電流が、二次電池14Aの負極に流れ、負荷24A
に対して出力が供給される。
したがって、構成hは構成要件Hを充足しない。
(2) 原告は、構成dないしhが構成要件DないしHとそれぞれ異なることを前
提としつつ、作用効果の同一性などを根拠として、それらの差異が設計上の微差で
あるなどとし、構成dないしhが構成要件DないしHをそれぞれ充足する旨主張す
る。このような原告の主張は、被告製品と本件特許発明の作用効果の同一性の主張
又は被告製品と本件特許発明の実質同一の主張と重なるものとも考えられる。
しかし、前記(1)アないしオのとおり、構成dないしhは構成要件Dないし
Hとそれぞれ異なるから、いずれも構成要件DないしHを充足しないというべきで
あり、構成要件を充足する旨の原告の主張は、採用することができない。
(3) 原告は、被告製品と本件特許発明の作用効果が同一であること、被告製品
の構成dないしhと本件特許発明の構成要件DないしHの相違が、設計上の微差に
すぎないこと、さらに、当業者にとって、本件特許発明の充放電回路の構成の代わ
りに被告製品の充放電回路の構成を採ることは、適宜なし得る設計的事項であるこ
とを根拠として挙げ、被告製品は、本件特許発明と実質的に同一であり、本件特許
発明の技術的範囲に属すると主張しているとも解される。
しかし、前記(1)アないしオのとおり、被告製品の構成dないしhは、構成
要件DないしHを充足しないところ、構成dないしhと構成要件DないしHの相違
が、設計上の微差や適宜なし得る設計的事項であると認めるに足りる証拠はない
し、そもそも設計上の微差や適宜なし得る設計的事項であることをもって、構成要
件の非充足を否定することはできないというべきである。また、被告製品は、本件
特許発明の構成要件を充足しないから、仮に原告主張のとおり作用効果が同一であ
るなどの事情があったとしても、均等の要件をすべて充足しない限り、本件特許発
明の技術的範囲に属するとは認められないというべきである。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
3 争点(3)(被告製品と本件特許発明との均等の成否)について
(1) 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場
合であっても、①上記部分が特許発明の本質的部分ではなく(均等の第1要件)、
②上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達するこ
とができ、同一の作用効果を奏するものであって(均等の第2要件)、③上記のよ
うに置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する
者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができた
ものであり(均等の第3要件)、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における
公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく
(均等の第4要件)、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許
請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(均
等の第5要件)は、上記対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等な
ものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁
判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
以下では、均等の第5要件(意識的除外等)について検討する。
(2)ア 原告は、補正により、特許請求の範囲の記載を、別紙「特許請求の範囲
の記載」の「補正前」から「補正後」のように改めた(前記第2、2(7)ウ、乙第6
号証)。その補正の内容は、次のとおりであった。
① 補正前の構成要件は、「高周波トランスの三次巻線と定電流検出抵抗
と直列ドロッパー制御用素子と逆流防止ダイオードと二次電池とを直列に接続する
とともに」であり、三次巻線、定電流検出抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流
防止ダイオード及び二次電池の直列接続の仕方は特に限定されていなかった。しか
し、補正により、構成要件の上記部分は、「高周波トランスの三次巻線の巻き始め
極性側と二次電池の正極側を接続し、この二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直
列ドロッパー制御用素子とを直列に接続し、これを逆流防止ダイオードのアノード
側に直列接続するとともに」(構成要件Dの一部)とされ、三次巻線、定電流検出
抵抗、直列ドロッパー制御用素子、逆流防止ダイオード及び二次電池の直列接続の
仕方が特定された。
② 三次側スイッチング素子の位置について、補正前の構成要件は、「三
次巻線と二次電池の間であって」であり、三次巻線の巻き始め側か巻き終わり側
か、及び二次電池の正極側か負極側かの限定はされていなかった。しかし、補正に
より、構成要件の上記部分は、「前記三次巻線の巻き終わり極性側と二次電池の負
極の間であって」(構成要件Eの一部)とされ、三次巻線及び二次電池との接続の
方向が特定された。
③ 補正により、「二次電池の負極側から三次側スイッチング素子を通っ
て三次巻線の巻き終わり端へ電流が流れることを阻止するための逆流防止ダイオー
ド」を備えること(構成要件F)が付加された。
④ 補正前の構成要件には、電流の流れ方は記載されていなかった。しか
し、補正により、交流電源の電圧が正常範囲内にある時の電流の流れについて、
「交流電源の電圧が正常範囲内にある時には、前記三次側スイッチング素子がON
状態であっても、前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも大である
ため、前記三次巻線の巻き始めから二次電池、定電流検出抵抗、直列ドロッパー制
御用素子、逆流防止ダイオードを経由し、三次巻線の巻き終わり端に電流が流れ
て、該二次電池が充電され」ること(構成要件G)が付加され、交流電源の電圧が
低下若しくは停止した時の電流の流れについて、「交流電源の電圧が低下もしくは
停止すると、前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも小になるた
め、二次電池の正極から三次巻線の巻き始めから巻き終わり方向に向かう電流が前
記逆流防止ダイオード、三次側スイッチング素子を通って該二次電池の負極に流
れ、負荷に対して出力が供給されること」(構成要件H)が付加された。
イ 原告は、出願当初明細書の発明の詳細な説明の「課題を解決するための
手段」の記載(段落【0004】)についても、前記アの特許請求の範囲の補正に
合わせて補正を行った(前記第2、2(7)ウ、乙第6号証)。
ウ このような補正の内容からすると、出願当初明細書の特許請求の範囲の
記載は、各回路素子の接続の仕方や電流の流れ方について、複数のあり方を許容す
るものであったが、原告は、補正により、これを、補正後の特許請求の範囲に示さ
れた各回路素子の具体的な接続の仕方や具体的な電流の流れ方を備えたものに限定
したものと認められる。
(3)ア さらに、補正の趣旨を明らかにするために、意見書(乙第7号証)の記
載について検討する。
意見書の「請求範囲の限定の根拠について」(2/5頁11行)という
欄の記載は、次のとおりである。
① 「請求項1の限定は、特に接続状態をより明確にするために図1及び
明細書中の文言を基にして追加したものであります。」(2/5頁12ないし13
行)として、請求項1を限定した趣旨が記載されている。
② 「具体的には、補正前(元)の明細書の段落番号0006の3行目か
ら4行目にかけて『三次巻線電圧の巻き始め極性側と、充電すべき二次電池14の
正極側を接続し、』との表現があり、『三次巻線の巻き始め極性側と二次電池の正
極側を接続し、』に限定しました。又、補正前(元)の明細書の段落番号0006
の8行目から10行目にかけて『定電流検出抵抗16と、トランジスタよりなる直
列ドロッパー制御用素子17を直列に接続し、これを逆流防止ダイオード18のア
ノード側に直列接続する。』との表現があり、『この二次電池の負極側に定電流検
出抵抗と直列ドロッパー制御用素子とを直列に接続し、これを逆流防止ダイオード
のアノード側に直列接続する』に限定しました。」(2/5頁13ないし22行)
として、前記(2)ア①の補正の根拠を示している。
③ 「図1から『三次巻線の巻き終わり極性側と二次電池の負極の間』に
変更し、明瞭にしました。」(2/5頁22ないし23行)として、前記(2)ア②の
補正の根拠を示している。
④ 「段落番号0007と段落番号0009と段落番号0012の内容か
ら、『交流電源の電圧が正常範囲内にある時には、前記三次側スイッチング素子が
ON状態であっても、前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも大で
あるため、前記三次巻線の巻き始めから二次電池、定電流検出抵抗、直列ドロッパ
ー制御用素子、逆流防止ダイオードを経由し、三次巻線の巻き終わり端に電流が流
れて、該二次電池が充電され、前記交流電源の電圧が低下もしくは停止すると、前
記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも小になるため、二次電池の正
極から三次巻線の巻き始めから巻き終わり方向に向かう電流が前記逆流防止ダイオ
ード、三次側スイッチング素子を通って該二次電池の負極に流れ、負荷に対して出
力が供給される』に限定しました。」(2/5頁23行ないし3/5頁3行)とし
て、前記(2)ア④の補正の根拠を示している。
⑤ 意見書の「本願発明と引用例との対比」(3/5頁12行)の欄に
は、「本願発明の特徴である『交流電源からの交流を整流する・・・負荷に対して
出力が供給される』点」(4/5頁4ないし26行)とし、本件特許発明の特徴と
して、構成要件AないしHの内容が指摘されており、それに続けて、それらの点
「が、どの引用例にも記載されていないことや、これら3つの引用例を寄せ集るだ
けでは、本願発明の構成を実現することができないだけでなく、それを発想するこ
とは困難であることから、3つの引用例に基づいて本願発明を当業者が容易になし
得るとは言えないものであります。」(4/5頁26行ないし5/5頁1行)と記
載されている。
なお、上記②、④に示した意見書の記載に引用された出願当初明細書の
段落【0006】、【0007】、【0009】、【0012】は、いずれも、出
願当初明細書の「発明の実施の形態」の欄の、実施例を記載した段落である。
イ 特許発明の構成要件の解釈に当たって、補正に際して提出された意見書
の記載を参酌することは許されるというべきであるところ、前記ア①ないし⑤の意
見書の記載によれば、原告は、補正により、出願当初明細書の特許請求の範囲を、
同明細書の実施例の記載に基づいて、補正後の特許請求の範囲に示された各回路素
子の具体的な接続の仕方や具体的な電流の流れ方を備えたものに限定したものと認
められる。
(4)ア 原告は、出願当初明細書の特許請求の範囲には、「放電時には、定電流
検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子と逆流防止用ダイオードには電流が流れない
ようにするものである」という作用効果に対応する構成が欠落していたことから、
特許請求の範囲の記載を作用効果の記載に整合させるために補正を行ったところ、
改訂前審査基準の下で新規事項の追加とされるのを免れるためには、出願当初明細
書に実施例として具体的に記載された、各回路素子の極性をも含めた具体的な接続
の仕方、電流の流れ方を記載するしかなかった旨主張する。
イ しかし、出願当初明細書の発明の詳細な説明の段落【0004】には、
「すなわち本発明の考え方は、高周波トランスの三次巻線と定電流検出抵抗と直列
ドロッパー制御用素子と逆流防止用ダイオードと二次電池とを直列に接続して充電
回路を構成し、この充電回路の電流路の外側に、二次電池と三次巻線と三次側スイ
ッチング素子とを直列に配列して放電回路を設け、放電時には、前記定電流検出抵
抗と直列ドロッパー制御用素子と逆流防止用ダイオードには電流が流れないように
する、というものである。」と記載され、段落【0009】には、放電時の作用と
して、「この時は、逆流防止ダイオード18のカソード側が、逆流防止ダイオード
9および三次側スイッチング素子11の順電圧降下によって二次電池14の負極に
対して逆極性になるため、充電回路3cは自動的に停止し、充電は行われないこと
になる。」と記載されている。また、特許出願の願書に添付された図面の図2に
は、前記段落【0004】の記載に対応する回路図が示されている。したがって、
放電時に充電回路の充電電流路に電流が流れることを阻止するための逆流防止ダイ
オードを設けることは、出願当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていたと認
められる。
そうであるとすれば、改訂前審査基準の下において新規事項の追加とさ
れるのを免れることを前提としても、特許請求の範囲に「放電時には、定電流検出
抵抗と直列ドロッパー制御用素子と逆流防止用ダイオードには電流が流れないよう
にするものである」という作用効果に対応する構成を付け加えようとするならば、
出願当初明細書の特許請求の範囲の「逆流防止ダイオード」という構成要件を、例
えば、「放電時に充電回路の充電電流路に電流が流れることを阻止するための逆流
防止ダイオード」と補正すれば足りたものと認められ、補正後の特許請求の範囲の
ように各回路素子の具体的な接続の仕方や具体的な電流の流れ方まで記載しなけれ
ばならなかったとは認められない。したがって、原告の前記アの主張は、採用する
ことができない。
(5) 前記(2)ないし(4)に認定、説示したところによれば、出願当初明細書の特
許請求の範囲の記載は、各回路素子の接続の仕方や電流の流れ方について、複数の
あり方を許容するものであったが、原告は、補正により、これを、補正後の特許請
求の範囲に示された各回路素子の具体的な接続の仕方や具体的な電流の流れ方を備
えたものに限定し、それ以外の各回路素子の接続の仕方や電流の流れ方を備えたも
のは、特許請求の範囲から意識的に除外したというべきである。
被告製品は、前記2(1)アないしオのとおり、本件特許発明の構成要件Dな
いしHを充足せず、充放電回路の各回路素子の接続の仕方及び電流の流れ方が、本
件特許発明と異なるから、補正によって特許請求の範囲から意識的に除外されたも
のに該当するというべきである。したがって、被告製品は、均等の第5要件を充足
せず、その余の均等の要件を判断するまでもなく、本件特許発明と均等であるとは
認められない。
4 以上によれば、被告製品は、本件特許発明の構成要件DないしHを充足せ
ず、また、本件特許発明と均等であるとも認められないから、本件特許発明の技術
的範囲に属するとは認められない。したがって、その余の点について判断するまで
もなく、原告の請求は、いずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 田 中 俊 次
裁判官 中 平 健
裁判官 大 濱 寿 美
(別紙)
物件目録第1図第2図第3図特許請求の範囲の記載
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