平成15(行ケ)472審決取消請求事件
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成16年7月30日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
実用新案権
実用新案法3条1回 実用新案法3条2項1回
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キーワード |
刊行物99回 審決35回 無効6回 実用新案権2回 無効審判1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成15年(行ケ)第472号 審決取消請求事件
平成16年7月30日判決言渡,平成16年7月12日口頭弁論終結
判 決
原 告 X
訴訟代理人弁理士 山口朔生,河西祐一,横山正治
被 告 応研精工株式会社
訴訟代理人弁理士 山川政樹,黒川弘朗,紺野正幸,西山修,山川茂樹
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
本件記録中には,「ダイアフラム」と「ダイヤフラム」との表記が混在している
が,本件証拠によれば,同一の物を意味することが明らかであるので,審決及び書
証を引用する場合を含め,「ダイアフラム」に統一して表記した。
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が無効2002-40004号事件について平成15年7月18日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本件は,後記本件考案の実用新案権者である原告が,被告請求に係る無効審判に
おいて,本件考案についての実用新案登録を無効とするとの審決がされたため,同
審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件実用新案
実用新案権者:X(原告)
考案の名称:「マイクロポンプの気体導流構造」
出願日:平成12年3月3日(実願2000-1183号)
設定登録日:平成12年6月21日
実用新案登録番号:第3071468号
(2) 本件手続
審判請求日:平成14年12月4日(無効2002-40004号)
審決日:平成15年7月18日
審決の結論:「実用新案登録第3071468号の請求項1ないし3に係る考案
についての実用新案登録を無効とする。」
審決謄本送達日:平成15年7月30日(原告に対し。出訴期間90日附加。)
2 本件考案の要旨(以下,請求項番号に対応して,それぞれの考案を「本件考
案1」などという。)
【請求項1】モーターコンポーネント,圧縮部,気体集中部より構成され,各コ
ンポーネント間は締め付け部品でもって連結したマイクロポンプであって,前記モ
ーターコンポーネントはモーター本体,ベース及び回転部を含み,前記モーター本
体は中央のカム軸でもってベース及び回転部と結合し,前記回転部は偏心孔が設け
てあり,前記圧縮部は横桁,アンクル及び圧縮室を含み,前記横桁に連動杆がつい
ていて,前記連動杆は偏移角度でもって前記回転部の前記偏心孔に挿入され,前記
圧縮室は気嚢と逆止め板及びガスケットパッキングとの組合せからなり,気嚢後方
のほぞでもって前記アンクルと前記横桁上のほぞ穴と相互に継ぎ合わせ,前記アン
クル上に位置して逆止め板と相対の箇所には第一逆止め弁が設けてあり,前記気体
集中部は気体集中室が含まれ,それとともに前記気嚢と対称の箇所に気体通路が設
計されて,その気体通路の外側は薄膜のガスケットでカバーされて,第二逆止め弁
の用に供し,前記の第一逆止め弁と気嚢の導流溝に連結され,外側には送気孔があ
り,そして連動杆をモーター回転部の偏心孔に挿入することにより,連動杆をして
円周の回転運動を行なわせ,連動杆は偏心回転運動でもって横桁を圧迫し,かつ横
桁は持続的に気嚢を圧迫することにより気体が発生して,発生した気体を気体集中
部に送り込み,横桁が気嚢を圧迫するとともに,第一逆止め弁は内部気圧の影響で
密閉し,第二逆止め弁は気体通路より押出された気体の推力で開かれ,そして気嚢
が元の状態に復帰した際,第一逆止め弁が開かれるとともに,空気を導流溝から気
嚢の中に吸入し,そして第二逆止め弁は内部気圧の影響で密閉される持続的動作に
より,気体集中室内において気体が気嚢の持続的圧迫により,気体通路を通って導
入され,かくして導入された気体は平均的に送気孔から噴出されることを特徴とす
るマイクロポンプの気体導流構造。
【請求項2】請求項1に記載のマイクロポンプであって,前記圧縮部と気体集中
部間に設けた気体漏れ防止のガスケットパッキングは,内部の空間に一定した圧力
値を保持させることを特徴とするマイクロポンプの気体導流構造。
【請求項3】請求項1に記載のマイクロポンプであって,前記連動杆は横桁の上
に設置され,組立の際,回転部の偏心孔に挿入するだけで,モーターが回転する
と,それに従って横桁が左右に圧力を交互に加えることによって,電力が節約さ
れ,かつ騒音が減少されることを特徴とするマイクロポンプの気体導流構造。
3 審決の理由の要点
(1) 審決は,引用例として,特開平6-2665号公報(審判甲1,本訴乙1。
以下「刊行物1」といい,これに記載された考案を「刊行物1考案」という。)及
び特開平11-173272号公報(審判甲2,本訴乙2。以下「刊行物2」とい
い,これに記載された考案を「刊行物2考案」という。)の各記載内容を認定した
上,本件考案1と刊行物2考案とを対比し,一致点を次のとおり認定した。
「刊行物2考案の『ねじ27又は棒状ばね42』は,その機能からみて,本件考
案1の『締め付け部品』に相当する。以下同様に,『小型ポンプ』は『マイクロポ
ンプ』に,『小型直流モータ1』は『モーター本体』に,『ケース3』は『ベー
ス』に,『カラー5』は『回転部』に,『出力軸2』は『カム軸』に,『駆動軸
6』は『連動杆』に,『駆動体7』は『横桁』に,『シリンダー部11』は『アン
クル』に,『ポンプ室28』は『圧縮室』に,『ダイアフラム部15』は『気嚢』
に,『前記シリンダー部11と蓋体20とに挟まれたダイアフラム本体14部分』
は『ガスケットパッキング』に,『頭部17』は『ほぞ』に,『穴8』は『ほぞ
穴』に,『共通室29』は『気体集中室』に,『排気孔25』は『送気孔』に,そ
れぞれ相当する。
してみると,両者は,『モーターコンポーネント,圧縮部,気体集中部より構成
され,各コンポーネント間は締め付け部品でもって連結したマイクロポンプであっ
て,前記モーターコンポーネントはモーター本体,ベース及び回転部を含み,前記
モーター本体は中央のカム軸でもってベース及び回転部と結合し,前記圧縮部は横
桁,アンクル及び圧縮室を含み,気嚢後方のほぞでもって前記アンクルと前記横桁
上のほぞ穴と相互に継ぎ合わせ,前記気体集中部は気体集中室が含まれ,外側には
送気孔があり,連動杆をして円周の回転運動を行なわせ,連動杆は偏心回転運動で
もって横桁を圧迫し,かつ横桁は持続的に気嚢を圧迫することにより気体が発生し
て,発生した気体を気体集中部に送り込み,かくして導入された気体は送気孔から
噴出されるマイクロポンプの気体導流構造。』の点で一致する。」
(2) 審決は,本件考案1と刊行物2考案との相違点を次のとおり認定した。
「〔相違点1〕 本件考案1においては,『前記回転部は偏心孔が設けてあり,
前記横桁に連動杆がついていて,前記連動杆は偏移角度でもって前記回転部の前記
偏心孔に挿入される』のに対して,刊行物2考案においては,『前記回転部にはカ
ム軸に対して所定角度傾斜し,かつその先端がカム軸の中心軸上に存在するように
連動杆が固定されており,前記横桁の中心には筒形の支持部9が設けてあり,前記
連動杆は偏移角度でもって前記横桁の前記筒形の支持部9に挿入される』点。」
「〔相違点2〕 空気をモーター本体側から吸入する本件考案1においては,
『前記圧縮室は気嚢と逆止め板及びガスケットパッキングとの組合せからなり,前
記アンクル上に位置して逆止め板と相対の箇所には第一逆止め弁が設けてあり,前
記気体集中部は気体集中室が含まれ,それとともに前記気嚢と対称の箇所に気体通
路が設計されて,その気体通路の外側は薄膜のガスケットでカバーされて,第二逆
止め弁の用に供し,前記の第一逆止め弁と気嚢の導流溝に連結され,横桁が気嚢を
圧迫するとともに,第一逆止め弁は内部気圧の影響で密閉し,第二逆止め弁は気体
通路より押出された気体の推力で開かれ,そして気嚢が元の状態に復帰した際,第
一逆止め弁が開かれるとともに,空気を導流溝から気嚢の中に吸入し,そして第二
逆止め弁は内部気圧の影響で密閉される持続的動作により,気体集中室内において
気体が気嚢の持続的圧迫により,気体通路を通って導入され,かくして導入された
気体は平均的に送気孔から噴出される』のに対して,空気を送気孔側から吸入する
刊行物2考案においては,『前記圧縮室は気嚢及びガスケットパッキングとの組合
せからなり,前記気体集中部は気体集中室が含まれ,それとともに吸気孔23及び
溝部30が設計されて,吸気孔23の内側は弁体31でカバーされて第一逆止め弁
の用に供し,溝部30はダイアフラム本体14と一体に構成した弁体部18でカバ
ーされて第二逆止め弁の用に供し,横桁が気嚢を圧迫するとともに,弁体31は内
部気圧の影響で密閉し,弁体部18は溝部30より押出された気体の推力で開か
れ,そして気嚢が元の状態に復帰した際,弁体31が開かれるとともに,空気を吸
気孔23から気嚢の中に吸入し,そして弁体部18は内部気圧の影響で密閉される
持続的動作により,気体集中室内において気体が気嚢の持続的圧迫により,溝部3
0を通って導入され,かくして導入された気体は平均的に送気孔から噴出される』
点。」
(3) 審決は,上記相違点1について,次のとおり判断した。
「軸を備えた部材とこの軸が挿入される孔を備えた部材同士を連結する場合,一
方の部材に軸を設ければ他方の部材に孔を設けなければならないことは必然の事項
であり,また,どちらの部材に軸ないし孔を設けるかは,当業者が普通に行う二者
択一事項にすぎない。
してみると,刊行物2考案において,連動杆の一端を横桁に設けた筒形の支持部
9に固定し,他端を回転部に設けた孔に挿入するようにして上記相違点1に係る本
件考案1のような構成とすることは,当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない
ものと認められる。」
(4) 審決は,上記相違点2について,次のとおり判断した。
(a)「刊行物1考案の『取付ねじ13』は,その機能からみて,本件考案1の『締
め付け部品』に相当する。以下同様に,『小型ポンプ』は『マイクロポンプ』に,
『モータ1』は『モーター本体』に,『モータ取付台4』は『ベース』に,『駆動
軸3』は『連動杆』に,『出力軸2』は『カム軸』に,『作動ロッド5』は『横
桁』に,『ケース6』は『アンクル』に,『空気室9』は『圧縮室』に,『ダイア
フラム部7a』は『気嚢』に,『吸入弁7e』は『逆止め板』に,『前記ケース6
と基台8とに挟まれたダイアフラム体7部分』は『ガスケットパッキング』に,
『頭部7d』は『ほぞ』に,『取付孔5b』は『ほぞ穴』に,『通気口6b』は
『第一逆止め弁』に,『排気孔8b』は『気体通路』に,『排気弁11』は『薄膜
のガスケット,第二逆止め弁』に,『吸入路8c』は『導流溝』に,『排気口12
a』は『送気孔』に,それぞれ相当する。」
(b)「してみると,空気をモーター本体側から吸入する刊行物1には,『モーター
コンポーネント,圧縮部,気体集中部より構成され,各コンポーネント間は締め付
け部品でもって連結したマイクロポンプであって,前記モーターコンポーネントは
モーター本体,ベース及び連動杆を含み,前記モーター本体は中央のカム軸でもっ
てベース及び連動杆と結合し,前記連動杆は前記カム軸に対して偏心して取付けら
れており,前記圧縮部は横桁,アンクル及び圧縮室を含み,前記横桁は結合穴5a
が設けてあり,前記連動杆は前記横杆の前記結合穴5aに挿入され,前記圧縮室は
気嚢と逆止め板及びガスケットパッキングとの組合せからなり,気嚢後方のほぞで
もって前記アンクルと前記横桁上のほぞ穴と相互に継ぎ合わせ,前記アンクル上に
位置して逆止め板と相対の箇所には第一逆止め弁が設けてあり,前記気体集中部は
気体集中室が含まれ,それとともに前記気嚢と対称の箇所に気体通路が設計され
て,その気体通路の外側は薄膜のガスケットでカバーされて,第二逆止め弁の用に
供し,前記の第一逆止め弁と気嚢の導流溝に連結され,外側には送気孔があり,そ
して連動杆を横杆の結合穴5aに挿入することにより,連動杆をして円周の回転運
動を行なわせ,連動杆は偏心回転運動でもって横桁を圧迫し,かつ横桁は持続的に
気嚢を圧迫することにより気体が発生して,発生した気体を気体集中部に送り込
み,横桁が気嚢を圧迫するとともに,第一逆止め弁は内部気圧の影響で密閉し,第
二逆止め弁は気体通路より押出された気体の推力で開かれ,そして気嚢が元の状態
に復帰した際,第一逆止め弁が開かれるとともに,空気を導流溝から気嚢の中に吸
入し,そして第二逆止め弁は内部気圧の影響で密閉される持続的動作により,気体
集中室内において気体が気嚢の持続的圧迫により,気体通路を通って導入され,か
くして導入された気体は平均的に送気孔から噴出されるマイクロポンプの気体導流
構造。』の考案が記載されていると認められる。」
(c)「そうすると,刊行物1考案は,上記相違点2に係る本件考案1を特定する事
項『前記圧縮室は気嚢と逆止め板及びガスケットパッキングとの組合せからなり,
前記アンクル上に位置して逆止め板と相対の箇所には第一逆止め弁が設けてあり,
前記気体集中部は気体集中室が含まれ,それとともに前記気嚢と対称の箇所に気体
通路が設計されて,その気体通路の外側は薄膜のガスケットでカバーされて,第二
逆止め弁の用に供し,前記の第一逆止め弁と気嚢の導流溝に連結され,横桁が気嚢
を圧迫するとともに,第一逆止め弁は内部気圧の影響で密閉し,第二逆止め弁は気
体通路より押出された気体の推力で開かれ,そして気嚢が元の状態に復帰した際,
第一逆止め弁が開かれるとともに,空気を導流溝から気嚢の中に吸入し,そして第
二逆止め弁は内部気圧の影響で密閉される持続的動作により,気体集中室内におい
て気体が気嚢の持続的圧迫により,気体通路を通って導入され,かくして導入され
た気体は平均的に送気孔から噴出される』の点を具備している。」
(d)「そして,刊行物2考案と刊行物1考案とは,『マイクロポンプ』という同一
技術分野に属するものであるから,両考案を組み合わせることに格別の困難性はな
い。
なお,本件考案1の効果は,刊行物1考案,刊行物2考案から当業者が予測し得
る程度のものである。」
(5) 審決は,本件考案2について,次のとおり判断した。
「刊行物2考案の『前記圧縮部と気体集中部間に設けた気体漏れ防止のダイアフ
ラム本体14部分』は,その機能からみて,本件考案2で限定された『前記圧縮部
と気体集中部間に設けた気体漏れ防止のガスケットパッキング』に相当する。
してみると,本件考案2と刊行物2考案とは,本件考案1と刊行物2考案との対
比で示した相違点以外の相違点を有していない。そして,当該相違点の判断につい
ては,本件考案1について示した判断と同じである。なお,本件考案2の効果は,
刊行物1考案,刊行物2考案から当業者が予測し得る程度のものである。」
(6) 審決は,本件考案3について,次のとおり判断した。
「刊行物2考案の『小型直流モータ1』は,その機能からみて,本件考案3で限
定された『モーター』に相当する。
してみると,本件考案3と刊行物2考案とは,本件考案1と刊行物2考案との対
比で示した相違点以外の相違点を有していない。そして,当該相違点の判断につい
ては,本件考案1について示した判断と同じである。なお,本件考案3の効果は,
刊行物1考案,刊行物2考案から当業者が予測し得る程度のものである。」
(7) 審決は,次のとおり結論付けた。
「本件考案1ないし3は,刊行物1考案,刊行物2考案に基いて当業者がきわめ
て容易に考案をすることができたものであるから,本件考案1ないし3に係る実用
新案登録は,実用新案法3条2項の規定に違反してなされたものであり,無効とす
べきものである。」
第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由1(本件考案1と刊行物2考案との相違点2についての判断の誤
り)
審決は,前掲第2,3(4)(d)のとおり,「刊行物2考案と刊行物1考案とは,
『マイクロポンプ』という同一技術分野に属するものであるから,両考案を組み合
わせることに格別の困難性はない。」と判断したが,誤りである。
(1) 審決では,刊行物2考案と刊行物1考案とは「マイクロポンプ」という同一
技術分野に属するものであるから,両考案を組み合わせることに格別な困難性はな
いと判断した。しかし,「マイクロポンプ」とはポンプの寸法,用途上での特定で
あって,構成上での分類ではない。
刊行物1考案のポンプの機能は,「上下運動」による構成ではなく,作動ロッド
の「往復運動」によって気嚢を圧縮する構成である。一方,刊行物2考案は,傘状
の駆動体の「上下運動」によって気嚢を圧縮する構成である。
往復動で吸気,排気するポンプと,上下運動で吸気,排気するポンプとでは,大
きな機能上の相違がある。すなわち,「往復型」では気嚢の数はその両端に設ける
2箇所に限られ,排気弁11の数も2箇所に限られる。往復動で吸気,排気を行うこ
とから,2工程以上の吸気,排気を行うことはできない。一方,傘型や円盤の軸を
傾斜させ,この軸を回転させることによって行う「上下運動型」では,3個以上の
多数の気嚢を並べておいて順次連続して気嚢群を圧迫して吸気,排気を行うことが
できる。
このように吸気,排気が2箇所に限定される(刊行物1)か,3箇所以上も設置
できる(刊行物2)か,基本的な相違がある。
したがって,刊行物1考案のポンプ(往復動)と刊行物2考案のポンプ(上下運
動)とは,実用新案のレベルであれば,決して同一の分野に属するものということ
はできない。
そうであれば,刊行物2考案と刊行物1考案を組み合わせることには,格別な困
難性が存在し,本件考案1には,十分な考案性が存在するというべきである。
(2) 本件考案1が,特許よりもレベルが低くても登録される実用新案であること
も,技術分野の認定に際して十分に留意されるべきである。
実用新案法3条では,「きわめて容易にすることができた」場合に限って実用新
案登録を受けることができないと規定している。これを特許法と差がなく扱うと,
特許法とは別に実用新案法を制定した意味が全く失われる。
審決の判断は,技術分野を特許法の判断基準なみに広く認定しているという点
で,両法を混同した誤った判断である。
2 取消事由2(本件考案2及び3についての相違点の判断の誤り)
審決は,本件考案2及び3について,前掲第2,3(5)(6)記載のとおり,本件考
案1について示した判断と同じであるとの理由で,刊行物1考案及び刊行物2考案
に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたとした。
しかし,前記のとおり,本件考案1についての判断は誤りであるので,本件考案
2及び3についての上記判断も誤りである。
本件考案2及び3は,本件考案1に,さらに「ガスケットパッキング」(本件考
案2)や「連動杆」(本件考案3)を備えたものであり,当然に登録されるべきで
ある。
第4 被告の主張の要点
1 審決は,刊行物1中には刊行物2に記載されたポンプが図示され説明もなさ
れている点,両刊行物の国際特許分類が同一である点,考案の利用分野を同一にし
ている点,考案の構成及び作用効果が同じである点などから,当業者にとって自明
な事項であるため,「マイクロポンプ」という用語をもって,技術分野の同一性を
端的に表現したものであって,審決の判断に誤りはない。
刊行物2考案のポンプと刊行物1考案のポンプとは技術分野が異なることを論拠
とする原告の主張は妥当性を欠く。
2 本件考案2及び3についても,上記と同様に,審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件考案1と刊行物2考案との相違点2についての判断の誤
り)について
(1) 原告は,本件考案1に関して,相違点2についての判断の誤りのみを審決取
消事由として主張するものであるところ,相違点2に係る本件考案1を特定する事
項を刊行物1考案が具備していること自体は認めて争わず,専ら,審決の「刊行物
2考案と刊行物1考案とは,『マイクロポンプ』という同一技術分野に属するもの
であるから,両考案を組み合わせることに格別の困難性はない。」とした判断を争
うものである(当審第1回弁論準備手続調書)。そこで,この点について検討す
る。
(2) 審決が刊行物2考案及び刊行物1考案の各構成について認定するところ(前
者が10頁20行~11頁15行,後者が7頁2~36行,)は,証拠(乙1,
2)に照らして是認し得るものであり,原告もこの認定を争うものではない。そこ
で,これらの構成に照らせば,刊行物2考案と刊行物1考案は,いずれも,モータ
ーコンポーネント,圧縮部,気体集中部から構成されており,小型ポンプの全体的
な構造を同じくするものと認められる。
さらに,上記認定事実によれば,刊行物2考案は,「駆動軸6をして円周の回転
運動を行なわせ,駆動軸6は偏心回転運動でもって駆動体7を圧迫し,かつ駆動体
7は持続的にダイアフラム部15を圧迫することにより気体が発生して,発生した
気体を気体集中部に送り込み,駆動体7がダイアフラム部15を圧迫するととも
に,弁体31は内部気圧の影響で密閉し,弁体部18は溝部30より押出された気
体の推力で開かれ,そしてダイアフラム部15が元の状態に復帰した際,弁体31
が開かれるとともに,空気を吸気孔23からダイアフラム部15の中に吸入し,そ
して弁体部18は内部気圧の影響で密閉される持続的動作により,共通室29内に
おいて気体がダイアフラム部15の持続的圧迫により,溝部30を通って導入さ
れ,かくして導入された気体は平均的に排気孔25から噴出され」るように作用す
るものと認められる。
同様に,刊行物1考案は,「駆動軸3をして円周の回転運動を行なわせ,駆動軸
3は偏心回転運動でもって作動ロッド5を圧迫し,かつ作動ロッド5は持続的にダ
イアフラム部7aを圧迫することにより気体が発生して,発生した気体を気体集中
部に送り込み,作動ロッド5がダイアフラム部7aを圧迫するとともに,通気口6
bは内部気圧の影響で密閉し,排気弁11は排気孔8bより押出された気体の推力
で開かれ,そしてダイアフラム部7aが元の状態に復帰した際,通気口6bが開か
れるとともに,空気を吸入路8cからダイアフラム部7aの中に吸入し,そして排
気弁11は内部気圧の影響で密閉される持続的動作により,気体集中室内において
気体がダイアフラム部7aの持続的圧迫により,排気孔8bを通って導入され,か
くして導入された気体は平均的に排気口12aから噴出され」るように作用するも
のと認められる。
そうすると,刊行物2考案と刊行物1考案は,いずれも,ダイアフラム部を圧迫
することにより,発生した気体を気体集中部に送り込み,ダイアフラム部が元の状
態に復帰した際,空気をダイアフラム部の中に吸入するという作動を持続的に行わ
せるものであり,ダイアフラムの圧迫と復帰とは,駆動軸の偏心回転運動を,伝達
手段を介して,ダイアフラムの往復運動に変換することによって実現するものと認
められる。
以上によれば,刊行物2考案と刊行物1考案は,いずれも,ダイアフラムの圧迫
と復帰によって空気を送り出すものであり,ダイアフラムが往復動する点で,ポン
プ部の基本構造(作動原理)を同じくするものであると認められる。
(3) 次に,刊行物2考案と刊行物1考案とが相違する点についてみておく。
まず,駆動軸の偏心回転運動をダイアフラムに伝達するための手段が,刊行物2
考案においては駆動体7であるのに対し,刊行物1考案においては作動ロッド5で
ある点で,両者が相違していることが認められる。すなわち,刊行物2考案におけ
る駆動体7は,モーターの出力軸2の方向である上下方向において,穴8のある周
辺部が交互に上下動してダイアフラムの駆動部16を往復動させるものであり,刊
行物1考案における作動ロッド5は,モータ1の出力軸2と垂直な面内で円運動を
して,ダイアフラム部7aの駆動部7cに,作動ロッド5と同じ円運動を行わせる
ものである。よって,モーターの出力軸の方向にダイアフラムを往復動させるか,
出力軸と垂直の方向にダイアフラムを往復動させるかの相違が認められる。
また,気体の送り込みについて,刊行物2考案においては,溝(溝部30)を介
してなされるのに対し,刊行物1考案においては,孔(排気孔8b)を介してなさ
れること,また,気体の吸入について,刊行物2考案においては,ダイアフラム部
の中へ,吸気孔23から直接なされるのに対し,刊行物1考案においては,通気口
6bから吸入路8cを介してなされる点で相違していることも認められる。
(4) 原告は,刊行物2考案と,刊行物1考案とには,吸気,排気が2箇所に限定
される(刊行物1)か,3箇所以上も設置できる(刊行物2)か,基本的な相違が
あると主張する。
しかし,刊行物1(乙1)には,次のような記載がある。
「ダイアフラム体7をブロック化すると複数の基本ダイアフラム体7′を隣合わ
せるようにして配置することで所定の数の空気室9を配置することができ,ポンプ
容量を自在に設定することができる。ここで,基本ダイアフラム体7′を設置する
場合には出力軸2を中心に所定角度(360/気筒数)ずつずらして複数隣合うよ
うに設置することで各空気室9を作動させるようにダイアフラム体7を複数個配置
することができるものである。つまり,3個の基本ダイアフラム体7′を設置する
場合には出力軸2を中心に120度間隔で基本ダイアフラム体7′を設置するよう
にし,4個の基本ダイアフラム体7′を設置する場合には出力軸2を中心に90度
間隔で基本ダイアフラム体7′を設置することで複数個の基本ダイアフラム体7′
を設置することができるものである。」(段落【0031】)
「複数のダイアフラム体7′を配置するに伴って複数の基本ダイアフラム体7′
に対応して作動ロッド5も複数の取付孔5bを有する物を容易(判決注:「用意」
の誤記と認める。)する必要がある。」(段落【0032】)
これらの記載によれば,刊行物1考案においても,複数個の基本ダイアフラム体
7′と,複数の取付孔5bを有する作動ロッド5を用意すれば,吸排気部を3箇所
以上に設置することができることが認められる。よって,吸気,排気部の設置個数
において基本的な相違があるということはできない。
また,刊行物1(乙1)には,次のような記載もある。
「5は略棒状の作動ロッドであり,中心には駆動軸3と結合するための結合穴5
aが設けられ,両端には後述するダイアフラム体7を該作動ロッド5に取付けるた
めの取付孔5bが設けられている。」(段落【0014】)
「駆動部7cの先端には細い頸部を介して形成された頭部7dが設けられ,作動
ロッド5の取付孔5bを貫通してロッド表面に突出して取着され,これにより駆動
部7cは作動ロッド5に係合保持されている。」(段落【0015】)
「モータ1に通電されて出力軸2が回転すると,駆動軸3も回転し,これにより
作動ロッド5がモータ1の出力軸2と垂直面内で円運動をしてダイアフラム部7a
の駆動部7cは作動ロッド5と同じ円運動を行なう。この時,モータ1の出力軸2
から見て,作動ロッド5の先端との距離が拡大する工程(円運動の半周),つま
り,作動ロッド5先端が出力軸2に対して径方向外側に遠ざけられるように運動す
るときは駆動部7cも同様に径方向外側に変位させられ,空気室9の容積はダイア
フラムの斜面を有する面のみ変位可能に構成されているため,空気室9aは圧縮さ
れて容積が減少し,一方,空気室9bは膨張させられて容積は増大するが,空気室
9aの容積の方が空気室9bの容積よりも大きいために,全体として空気室9の容
積は減少するものである。次に作動ロッド5の先端とモータ1の出力軸2との距離
が減少する工程(円運動の残り半周),つまり,作動ロッド5が出力軸2に対して
径方向内側に近づくように運動するときは駆動部7cも同様に径方向内側に変位さ
せられ,全体として空気室9の容積は増大するものである。」(段落【0019】)
「作動ロッド5が駆動軸3と一緒に回転しながら空気室9を圧縮・膨張させるこ
とでポンプ作用を行なうものであるが,駆動軸3が結合されることとなる結合穴5
aは真円状に形成されているために駆動軸3と共に移動する作動ロッド5は駆動軸
3に連動して回転運動を行なうようになっており,空気室9を圧縮・膨張させるた
めの往復運動以外の不要な方向にもダイアフラム部7aを動かしており,」(段
落【0027】)
これらの記載からすると,作動ロッド5の結合穴5aに結合した駆動軸3が出力
軸2の周りに円運動すると,作動ロッド5は,出力軸2と垂直な面内において,ダ
イアフラム部7aの駆動部7cとの係合姿勢を保ったまま,駆動軸3の円運動にな
らって円運動し,その結果,作動ロッド5の先端と係合しているダイアフラム部7
aの駆動部7cも円運動を行うことになると認められるから,3個以上の基本ダイ
アフラム体7′と,複数の取付孔5bを有する作動ロッド5を用意した場合におい
ても,作動ロッド5に係合保持された各駆動部7cが円運動を行うことで,ダイア
フラム部が駆動されることは明かである。
(5) 以上によれば,刊行物2考案と刊行物1考案とは,ともに,空気用の小型ポ
ンプであって,全体構造も同じくし,また,ポンプ部の基本構造(作動原理)を同
じくしているものである。両者が異なっているのは,ポンプ部におけるダイアフラ
ムの駆動部材と,ポンプ部の吸排気構造という,ポンプ部の周辺構造であって,ポ
ンプ部の基本構造(作動原理)ではない。そうすると,刊行物2考案と刊行物1考
案の技術分野は,異なっているということはできないのであって,両者が同一の技
術分野に属するとした審決の判断は,是認し得るものである。
(6) なお,原告は,刊行物1考案のポンプ(往復動)と刊行物2考案のポンプ
(上下運動)とは,実用新案のレベルであれば決して同一の分野に属するものとい
うことはできないと主張し,あるいは,技術分野を特許法の判断基準なみに広く認
定している審決は誤りであると主張し,本件が実用新案であることを強調する。
しかし,上記のとおり,刊行物2考案と刊行物1考案とは,両考案の目的,構
成,効果等を総合的に勘案して,同一の技術分野に属するものと認められるのであ
って,実用新案であるからといって,直ちに上記認定を覆すべきことにはならな
い。
(7) 刊行物2考案と刊行物1考案とは,同一の技術分野に属するものであること
は,既に判示したとおりである。そして,審決は,本件考案1と刊行物2考案とが
同一技術分野に属することを前提に,刊行物2考案を主引用例として,本件考案1
と対比判断しているところ,原告は,この点自体を争うものではない。そして,前
記のとおり,相違点2に係る本件考案1を特定する事項を刊行物1考案が具備して
いること自体も,原告は認めて争わない。そうすると,当業者であれば,刊行物2
考案と刊行物1考案の組合せを検討することに,何ら困難な事情は存しないという
べきである。
そして,本件考案1と刊行物2考案との相違点2は,ポンプ部の吸排気構造に関
する相違であると認められるところ,その構成は,刊行物1考案がそのまま備えて
いるものである上,刊行物2考案と刊行物1考案のいずれの吸排気構造を採用する
かは,当業者が適宜設計変更し得るものともいうべきであるから,相違点2は,当
業者が極めて容易に想到し得たというべきである。
したがって,審決の相違点2についての判断に誤りはなく,原告主張の取消事由
1は,理由がない。
2 取消事由2(本件考案2及び3についての相違点の判断の誤り)について
原告は,本件考案1についての審決の判断が誤りであることを前提として,取消
事由2の主張をするものであるところ,前判示のとおり,審決の本件考案1に関す
る判断に誤りがあるとはいえないので,原告の主張は採用することができない。
また,本件考案2及び3についての審決の説示(前掲第2,3(5)(6))を検討し
ても,その判断に誤りがあるとはいえない。
3 結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
東京高等裁判所知的財産第4部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 田 中 昌 利
裁判官 佐 藤 達 文
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