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平成14(行ケ)40行政訴訟 特許権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成15年12月26日
事件種別 民事
法令 特許権
特許法29条2項1回
民事訴訟法61条1回
キーワード 刊行物141回
審決101回
無効4回
分割3回
実施1回
特許権1回
主文
事件の概要

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判決文

平成14年(行ケ)第40号 審決取消請求事件
平成15年12月9日口頭弁論終結
判       決
原      告     ダイワ精工株式会社
訴訟代理人弁理士     鈴   江   武   彦
同            中   村       誠
同            幸   長   保 次 郎
被      告     株式会社シマノ
訴訟代理人弁理士     小   林   茂   雄
主       文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が無効2001-35025事件について平成13年12月7日にし
た審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「魚釣用リールの逆転防止装置」とする特許第299
6339号(平成5年8月26日に特許出願された特願平5-232236号の分
割出願として平成8年6月20日に特許出願(以下「本件出願」といい,願書に添
付された明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。平成11年10月2
9日に設定登録。請求項の数は1である。以下「本件特許」といい,その発明を
「本件発明」という。)の特許権者である。被告は,平成13年1月24日,本件
特許を無効とすることにつき審判を請求した。特許庁は,これを無効2001-3
5025号事件として審理し,その結果,平成13年12月7日,「特許第299
6339号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,
同年12月19日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲
「【請求項1】
環状外枠をハンドル回転に連動回転する回転軸上のリール本体に取付固定
し、該環状外枠の径方向内側と回転軸の径方向外側との間に位置し楔作用する方向
に発条で付勢されかつ前記環状外枠の内周で径方向の外方移動が規制されるころが
り部材を収容する周方向に複数形成したガイド部を有する環状保持体を前記回転軸
上に回動可能に設け、リール本体に回動可能に支持した操作部材に形成した係合部
を前記環状保持体に係合せしめ、該操作部材の回動操作により前記環状保持体を回
動して前記ころがり部材を楔作用する釣糸捲取り方向には回転するが逆転しない逆
転防止状態と楔作用しない正逆転可能状態に切換可能としたことを特徴とする魚釣
用リールの逆転防止装置。」
3 審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,特開昭和54-
141285号公報(審判甲第4号証,本訴甲第3号証。以下「刊行物1」とい
う。)に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)及び特開昭56-10
5127号公報(審判甲第5号証,本訴甲第4号証。以下「刊行物2」という。)
に記載された発明(以下「刊行物2発明」という。)に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項に該当し特許を受
けることができない,とするものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した本件発明と刊行物1発明との一致
点・相違点は,次のとおりである。
(一致点)
「環状外枠をハンドル回転に連動回転する回転軸上のリール本体に取付固定
し,該環状外枠を含めた径方向内側と回転軸の径方向外側との間に位置しその内周
で径方向の外方移動が規制されるころがり部材を収容する周方向に複数形成したガ
イド部を有する部材を設けるとともに,前記回転軸の径方向外側に位置し該ころが
り部材を周方向に規制する環状保持体を前記回転軸上に回動可能に設け,リール本
体に回動可能に支持した操作部材に形成した係合部を前記環状保持体に係合せし
め,該操作部材の回動操作により前記環状保持体を回動して前記ころがり部材を楔
作用する釣糸捲取り方向には回転するが逆転しない逆転防止状態と楔作用しない正
逆転可能状態に切換可能とした魚釣用リールの逆転防止装置。」
(相違点)
「環状外枠を含めた径方向内側と回転軸の径方向外側との間に位置しその内
周で径方向の外方移動が規制されるころがり部材を収容する周方向に複数形成した
ガイド部を有する部材を設けるとともに,前記回転軸の径方向外側に位置し該ころ
がり部材を周方向に規制する環状保持体を前記回転軸上に回動可能に設ける逆転防
止装置において,本件発明は,環状外枠の径方向内側と回転軸の径方向外側との間
に位置し楔作用する方向に発条で付勢されかつ前記環状外枠の内周で径方向の外方
移動が規制されるころがり部材を収容する周方向に複数形成したガイド部を有する
環状保持体を前記回転軸上に回動可能に設ける構成であるのに対して,甲第4号証
に記載の発明(判決注・刊行物1発明)は,環状外枠の内周には径方向の外方移動
が規制されるころがり部材を収容するガイド部を周方向に複数形成し,前記環状外
枠の前部に回転軸の径方向外側に位置し前記ころがり部材の前後動を規制する環状
保持体を前記回転軸上に回動可能に設ける構成である点。」
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,①本件発明と刊行物1発明との一致点の認定を誤り,②本件発明と
刊行物1発明との相違点の認定を誤り,③本件発明と刊行物1発明との相違点につ
いての判断を誤り,④本件発明の顕著な作用効果を看過したものであり,これらの
誤りが,それぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消
されるべきである。  
1 本件発明と刊行物1発明との一致点の認定の誤り
(1) 一致点の認定の誤り-1
審決は,本件発明と刊行物1発明との一致点の一部として,「該環状外枠
を含めた径方向内側と回転軸の径方向外側との間に位置しその内周で径方向の外方
移動が規制されるころがり部材を収容する周方向に複数形成したガイド部を有する
部材を設ける」(審決書7頁9行~11行)点を認定した。
しかしながら,刊行物1(甲第3号証)中には,上記一致点の認定に対応
する記載は一切ない。
本件明細書(甲第2号証はその公報である。)中には,上記一致点の認定
のうち,「該環状外枠を含めた径方向内側」の「を含めた」と,「部材」について
は,それらに対応する何らの記載もない。
上記一致点の認定は誤りである。
(2) 一致点の認定の誤り-2
審決は,本件発明と刊行物1発明との一致点の認定の一部として,「ころ
がり部材を周方向に規制する環状保持体」(審決書7頁12行)を有する点を認定
した。
しかし,本件明細書中にも刊行物1中にも,「ころがり部材を周方向に規
制する環状保持体」の記載はない。
上記一致点の認定は誤りである。
2 本件発明と刊行物1発明との相違点の認定の誤り
(1) 相違点の認定の誤り-1(軸受部材の「前後動を規制する」係止片を突設
した規制板)
審決は,刊行物1発明において,係止片(19)を突設した規制板(1
8)が軸受部材(15)の「前後動を規制する」ものである,と認定した上で(審
決書5頁7行~8行),本件発明と刊行物1発明との相違点の認定中で,刊行物1
発明は,「ころがり部材の前後動を規制する環状保持体を前記回転軸上に回動可能
に設ける構成である」(審決書7頁29行~30行)と認定した。
しかし,刊行物1発明において,軸受部材(15)は,規制板(18)に
よって片側方向(別紙2の第1図によれば図面左方向)の動きは規制されているも
のの,他側方向(第1図によれば図面右方向)の動きは規制されていない。審決の
上記刊行物1発明の認定は誤りであり,この認定を前提とする上記相違点の認定も
誤りである。これらの認定の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。
(2) 相違点の認定の誤り-2(刊行物1が用いていない用語を用いて相違点を
認定した誤り)
審決は,本件発明と刊行物1発明との相違点の認定において,「甲第4号
証(判決注・本訴甲第3号証)に記載の発明は,環状外枠の内周には径方向の外方
移動が規制されるころがり部材を収容するガイド部を周方向に複数形成し,前記環
状外枠の前部に回転軸の径方向外側に位置し前記ころがり部材の前後動を規制する
環状保持体を前記回転軸上に回動可能に設ける構成である」(審決書7頁26行~
30行)とした。
しかし,上記認定中の「環状外枠」,「ころがり部材」,「ガイド部」,
「回転軸」,「環状保持体」の用語は,本件発明について用いられている用語であ
って,刊行物1においては用いられていない。このように刊行物1に用いられてい
ない用語を用いて刊行物1発明を認定することは誤りである。
3 本件発明と刊行物1発明との相違点の看過
(1) 相違点の看過-1(「ガイド溝孔」と「ガイド部」)
審決は,刊行物1発明における「ガイド溝孔(13)」は,本件発明にお
ける「ガイド部」に相当する,と認定した(審決書6頁下から5行~7頁4行参
照)。
本件発明の「ガイド部」は,ころがり部材を収容するために,回動可能に
設けられた環状保持体に周方向に複数形成されるものである。
これに対し,刊行物1発明の「ガイド溝孔(13)」は,ベアリングガイ
ド(14)に設けられて軸受部材が嵌合するものであり,ベアリングガイド(1
4)は,リール筺体(1)に非回動自在に固定されており,回動自在に構成される
規制板(18)に形成されるものではない。
審決は,両者の相違点を看過した。
(2) 相違点の看過-2(係止片(19)を突設した)
審決は,本件発明と刊行物1発明との相違点の認定において,刊行物1発
明について,「ころがり部材・・・を規制する環状保持体」を有すると認定し(審
決書7頁29行),「係止片(19)を突設した」点を相違点として認定しなかっ
た。
刊行物1発明は,軸受部材(15)(本件発明のころがり部材に相当す
る。)を規制する規制板(18)(本件発明の環状保持体に相当する。)に,「係
止片(19)」を突設した点において,本件発明と相違するにもかかわらず,審決
は,この相違点を看過した。
4 本件発明と刊行物1発明との相違点についての判断の誤り
(1) 技術常識の誤認による判断の誤り
審決は,刊行物2発明について,「ところで,一般に一方向クラッチの技
術分野において,クラッチ接続時の回転部材と被回転部材との回転トルクの伝達構
成について,被回転部材に回転部材の回転トルクを伝達して被回転部材を回転させ
る構成とするか,被回転部材を固定して回転部材の回転トルクの伝達に抗して回転
部材の回転を防止する構成とするかは,一方向クラッチの特性を利用するときの目
的,用途に応じて当業者が適宜に選択すべき設計的事項である。そして,甲第5号
証(判決注・本訴甲第4号証。刊行物2)に記載の発明の一方向クラッチは,被回
転部材であるスリーブ1の径方向内側と回転部材である軸11の径方向外側との間
に位置する保持器2にリングばね10による切り替え部材14を係合せしめている
ところ,前記切り替え部材14を切り替え操作するときの操作性を考察すると,ク
ラッチの接続又は遮断のいずれの状態においても前記切り替え部材14が支持され
るスリーブ1は何らかの静止部材に固定されているとみるのが技術常識であるか
ら,結局,甲第5号証(判決注・本訴甲第4号証。刊行物2)に記載の発明には,
逆転防止装置に適合した一方向クラッチが開示されていると認められる
。」(審決書7頁32行~8頁10行)と判断した。
「切り替え部材14を切り替え操作するときの操作性」と,「切り替え部
材14が支持されるスリーブ1は何らかの部材に固定されている」こととの間には
何らの技術的な関係も存在しない。
そもそも,一方向クラッチとは,一方向のみの回転を伝達し,逆方向の回
転は伝達することなく自由とする機械要素のことである。一方向クラッチがすべて
逆転防止の機能を有しているというわけではない。
審決のいう技術常識は存在しない。審決は技術常識を誤認した結果,相違
点Bについての判断を誤ったものである。
(2) 適用阻害要因の看過による判断の誤り
刊行物2発明は,通常時においては一方向クラッチ作動位置にあり,操作
者の操作力で切り替え部材をリングばねに抗して旋回させたときのみクラッチ非作
動位置になり,手を離すと切り替え部材は自動的に元に戻り,通常時の一方向クラ
ッチ作動位置となる。クラッチ非作動位置では,操作者の操作力を利用しなければ
ならず,装置そのものだけではその状態を維持することができない。審決は,刊行
物2発明について,一方向クラッチ作動位置とクラッチ非作動位置との「両位置に
切換え保持規制できる」(審決書6頁27行~30行)と認定した。しかし,「切
換え保持規制できる」とは,「逆転防止状態」と「逆転可能状態」とに,随時,切
換操作して装置そのものだけで両状態を保持維持できることを意味する。上記刊行
物2の認定は誤りである。
これに対し,刊行物1発明の魚釣用スピニングリールの逆転防止装置は,
随時,手動で切換え操作をした後は,「逆転防止状態」と「逆転可能状態」のいず
れかの状態を,装置そのものだけで維持することができるように構成されたもので
ある。
刊行物2発明の自動復帰する一方向クラッチを,スリーブをリール本体に
固定して魚釣用スピニングリールの逆転防止装置に適用しても,操作者が操作部材
から手を放したときには,常時楔作用によるクラッチ作動位置となり,回転軸(ロ
ーター)は常時逆転防止状態を維持し続けることになる。操作者が操作部材から手
を放して,逆転可能状態に切換維持して所定の操作を行うといった,魚釣用スピニ
ングリール特有の使い方はできない。刊行物2発明の一方向クラッチのリングばね
の湾曲部は,刊行物1発明の作動杆とは,その取付けの構成及び切換え状態を維持
する点における作用を異にする。
そもそも,刊行物2発明でも用いられている,一方向クラッチとは,一方
向のみの回転を伝達し,逆方向の回転は伝達することなく自由とする機械要素のこ
とであり,本来的には逆転防止の機能は有しない。
これらの点に照らすと,刊行物1発明に示された魚釣用スピニングリール
の逆転防止装置に代えて,刊行物2発明に示された逆転防止装置を適用することに
は,阻害要因があるというべきである。
審決は,上記阻害要因を看過した結果,相違点についての判断を誤ったも
のである。
(3) 刊行物2発明の誤認等に基づく相違点についての判断の誤り
審決は,相違点についての判断において,「甲第5号証(判決注・本訴甲
第4号証。刊行物2)に記載の発明には,環状外枠(スリーブ1)及び操作部材
(リングばね10による切り替え部材14)を回転軸上に静止する部材にそれぞれ
取付固定及び回動支持せしめる点を含めて,前記相違点にかかる本件発明の逆転防
止装置の構成がすべて開示されていると認められる。」(審決書8頁18行~21
行)と述べた。
しかし,「環状外枠(スリーブ1)及び操作部材(リングばね10による
切り替え部材14)を回転軸上に静止する部材にそれぞれ取付固定及び回動支持せ
しめる点を含めて,」との記載は,技術的にどのような意義を有しているのかが不
明である。
「前記相違点にかかる本件発明の逆転防止装置の構成がすべて開示されて
いると認められる。」との記載については,その根拠となるべき刊行物2について
の認定は,審決中に見当たらない。
上記刊行物2発明の誤認等に基づく,相違点の判断は誤りである。
5 本件発明の顕著な作用効果の看過
本件発明は,その請求項に記載された構成を有することにより,「ころがり
部材を傷付けることなく,しかもこれを収容保持する環状保持体を大型化すること
なくその強度,耐久性を向上すると共に多くのころがり部材を有する逆転防止機構
であってもリール本体の限られたスペース内に簡易かつコンパクトに設置でき,魚
釣用リールのこの種逆転防止機能の大型化の防止を図りながら簡易な構成により逆
転遊度の少ないころがり部材の楔作用による高精度な逆転防止作用及び楔作用する
位置と楔作用しない位置の両位置への切換作用を瞬時に支障なく円滑確実に安定し
て行うことができる。」(本件明細書段落【0015】)との格別顕著な作用効果
を奏する。
審決はこの顕著な作用効果を看過した。
第4 被告の反論の要点
1 原告の主張1(本件発明と刊行物1発明との一致点の認定の誤り)について
(1) 一致点の認定の誤り-1について
原告は,審決が本件発明と刊行物1発明との一致点として認定した「該環
状外枠を含めた径方向内側と回転軸の径方向外側との間に位置しその内周で径方向
の外方移動が規制されるころがり部材を収容する周方向に複数形成したガイド部を
有する部材を設ける」という点のうち,「該環状外枠を含めた径方向内側」とはい
かなる構成を意味しているのか不明である,と主張する。
しかし,原告指摘の部分は,本件発明と刊行物1発明との相違点を認定す
るための前提として,両者の共通点を一致点として認定したものである。
「該環状外枠を含めた径方向内側」としたのは,ころがり部材の外方移動
を規制している環状外枠の内周面の凹部(本件発明においては,ころがり部材が楔
作用をする環状外枠の内周の凹部,刊行物1発明においてはガイド溝孔)のよう
に,内周面のみでなく環状外枠自体の部分に形成されているために,「該環状外枠
を含めた径方向内側」と表現したものと,容易に理解することができる。
「環状外枠を含めた径方向内側と回転軸の径方向外側との間に位置しその
内周で径方向の外方移動が規制されるころがり部材を収容する周方向に複数形成し
たガイド部を有する部材」の「部材」とは,本件発明においては,環状外枠に形成
されている凹部と,環状保持体のガイド溝孔(8)部分であり,刊行物1発明にお
いては,環状外枠に形成されているガイド溝孔(13)部分と,係止片(19)で
あると理解することができる。
審決の上記一致点の認定に誤りはない。
(2) 一致点の認定の誤り-2について
原告は,審決が本件発明と刊行物1発明との一致点として認定した「ころ
がり部材を周方向に規制する環状保持体」の点については,本件明細書にも刊行物
1にも記載がない,と主張する。
本件発明においては,ころがり部材を収容する周方向に複数形成したガイ
ド部を有する環状保持体を回動して,ころがり部材の楔作用の切換えを行っている
ので,環状保持体がころがり部材を周方向に規制していることに誤りはない。
刊行物1発明は,係止片(19)を突設した規制板(18)を回動するこ
とによって,軸受部材(15)を楔作用する釣糸捲取り方向には回転するが,逆転
はしない逆転防止状態とするものである。係止片(19)を突設した規制板(1
8)は,「ころがり部材を周方向に規制する環状保持体」ということができる。
(3) 原告が審決の一致点の誤りとして指摘する部分は,いずれも相違点を明確
にするために記載されているにすぎず,相違点は明確に認定されているのであるか
ら,審決の結論に何の影響も及ぼさない。
2 原告の主張2(本件発明と刊行物1発明との相違点の認定の誤り)について
(1) 相違点の認定の誤り-1(軸受部材の「前後動を規制する」係止片を突設
した規制板)について
審決は,刊行物1発明において,軸受部材(15)の後方はベアリング押
し板(11)により規制されていることを前提として,軸受部材(15)が前方へ
抜け出ることが規制板(18)により阻止されている点に着目して,その軸受部材
(15)の運動(機能)を前後動と表現したものである。規制板(18)が軸受部
材(15)の前後動を規制しているとした審決の認定に誤りはない。
そもそも,環状保持体がころがり部材の前後動を規制する点は本件発明の
構成要件となっていないから,原告主張の点は,審決の結論に何ら影響を及ぼすも
のではない。
(2) 相違点の認定の誤り-2(刊行物が用いていない用語を用いて相違点を認
定した誤り)について
審決は,刊行物1の記載から,順次解釈を加えて(・・・に相当する
等),相違点を認定判断したものであり,何ら誤りはない。
3 原告の主張3(本件発明と刊行物1発明との相違点の看過)について
(1) 相違点の看過-1(「ガイド溝孔」と「ガイド部」)について
審決は,刊行物1発明の「ガイド溝孔」を本件発明の「ガイド部」そのも
のと認定したものではない。ガイド部分といった意味合いで,相当する(釣り合
う,当てはまる)と認定したものにすぎない。審決の認定に誤りはない。
(2) 相違点の看過-2(係止片(19)を突設して)について
審決は,本件発明と刊行物1発明との対比の項において,刊行物1発明に
おける「係止片(19)を突設した規制板(18)」は,本件発明における「環状
保持体」に相当する旨認定判断している。「係止片(19)を突設した点について
看過しているわけではない。
4 原告の主張4(本件発明と刊行物1発明との相違点についての判断の誤り)
について
(1) 技術常識の誤認による判断の誤り,について
当業者ならずとも機械技術を少しでも知る者であるなら,だれでも,一方
向クラッチが逆転防止機能を有していることは知っている(乙第1ないし第5号
証)。
一方向クラッチは,一方向のみの回転を伝達し,逆方向の回転は伝達する
ことなくフリーとする機能,逆転防止の機能を共に有しており,それらの機能を適
宜に選択して各技術分野に適用されるものであることは,技術常識である。
この点についての審決の認定判断に誤りはない。
(2) 適用阻害要因の看過による判断の誤り,について
刊行物2には,
「第1図においては,保持器2は出発位置で示されている。この出発位置
においては湾曲部14としての切り替え部材はスリット17の端面18に支えられ
ている。保持器2がこの位置にある状態では軸11が時計回り方向に回転すると締
め付けローラ3がくさび面5によって締め付けられ,これによりスリーブ1が軸1
1と連結され,クラッチが接続される。軸11が逆時計回り方向に回転すると締め
付けローラ3はレース面6のところで回転し,軸11はスリーブ1に対して空転
し,クラッチはしゃ断されている。第1図に示した状態から切り替え部材(14)
がスリット17の端面19に当たるまで旋回せしめられると,リングばね10が緊
縮され,保持器2が延長部15により一緒に回動せしめられる。保持器2がこの切
り替え位置に調節されると,締め付けローラ3はもはやくさび面5のところに達す
ることができない。したがって,軸11はいずれの回転方向でもスリーブ1に対し
て空転する。切り替え部材としての湾曲部14を解放すると直ちにリングばね10
がゆるみ,保持器2が延長部15により再びその出発位置にもどされる。」(甲第
4号証3頁左上欄9行~右上欄11行)
との記載があり,同記載によれば,刊行物2発明における保持器2を「切換
え保持規制できる」ことは明らかである。「保持器2がこの切り替え位置に調節さ
れる」とは操作者が直接押さえていなければならないことである,などとは,何人
たりとも考えないことであり,適宜の手段により調節すればよいことであること
は,技術常識である。
原告は,「切換え保持規制できる」とは,「逆転防止状態」と「逆転可能
状態」とに,随時,切換操作して装置そのものだけで両状態を保持維持できること
を意味する,と主張する。しかしながら,「切換え保持規制できる。」との文言を
このように解すべき根拠はない。
原告は,刊行物2記載の一方向クラッチのリングばねの湾曲部は,刊行物
1記載の発明の作動杆と,その取付の構成及び切換え状態に維持する点における作
用を異にするものであること,刊行物2発明は,あくまで一方向クラッチに関する
ものであり,刊行物1発明の逆転防止装置とは異なるものであることから,刊行物
1発明に刊行物2発明を組み合わせる点について,阻害要因がある,と主張する。
しかしながら,一方向クラッチが逆転防止機能を有することは技術常識で
あり,刊行物2発明の一方向クラッチも逆転防止装置として使用され得るものであ
ることは,明らかなことである。
審決が,刊行物1発明に適用することができるとした刊行物2発明の構成
は,一方向クラッチにおいて,「環状外枠の径方向内側と回転軸の径方向外側との
間に位置し,楔作用する方向に発条で付勢されかつ前記環状外枠の内周で径方向の
外方移動が規制されるころがり部材を収容する周方向に複数形成したガイド部を有
する環状保持体」を切換え保持規制できる点であり,リングばねを含めて適用する
ことができるといっているわけではない。
原告の主張する「逆転防止状態」と「逆転可能状態」との両切換えが維持
できることは,刊行物1発明に係る技術そのものであり,本件発明の改善点ではな
く,審決においても,刊行物2にその点が記載されているなどとは認定していない
のである。
(3) 刊行物2発明の誤認等に基づく相違点の判断の誤り,について
審決の刊行物2発明の認定のうち,「甲第5号証(本訴甲第4号証。刊行
物2)に記載の発明には,環状外枠(スリーブ1)及び操作部材(リングばね10
による切り替え部材14)を回転軸上に静止する部材にそれぞれ取付固定及び回動
支持せしめる点」については,審決書8頁2行ないし9行に明確に説明されてい
る。
「前記相違点に係る本件発明の逆転防止装置の構成」に相当する刊行物2
の構成については,審決書6頁19行ないし30行に明確に認定されている。
審決に原告主張の誤りはない。
5 原告の主張5(本件発明の顕著な作用効果の看過)について
本件発明は,特願平5-232236号を原出願とする分割出願として出願
されたものである。原告の主張する作用効果は,原出願の明細書(特開平6-22
5673号公報。乙第6号証)には何ら記載されていなかったものであり,分割の
際に追加記載されたものである。このような作用効果が,顕著なものであるはずが
ない。
審決は,原告主張の本件発明の効果は,本件発明の構成に基づいて生じる効
果であろうから,本件発明の構成が刊行物1発明及び刊行物2発明の構成から当業
者が容易に想到することができるものである以上,当然にその効果も生じるとの判
断をしたものであり,その判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 原告の主張1(本件発明と刊行物1発明との一致点の認定の誤り)について
(1) 一致点の認定の誤り-1について
原告は,審決が認定した本件発明と刊行物1発明との一致点の認定のう
ち,「該環状外枠を含めた径方向内側と回転軸の径方向外側との間に位置しその内
周で径方向の外方移動が規制されるころがり部材を収容する周方向に複数形成した
ガイド部を有する部材を設ける」(審決書7頁9行~11行)との点の認定は,誤
りであると主張する。
原告は,刊行物1中には上記認定に対応する記載が一切ない,と主張す
る。
しかしながら,刊行物1(甲第3号証)中の,「前記軸筒部(7)に固定
されたリング(10)の外周部には,ベアリング押し板(11)と筺体(1)にピ
ン(12)で固定されかつガイド溝孔(13)(判決注・後記のとおり,本件発明
の「ガイド部」に相当する。)を有するベアリングガイド(14)(判決注・本件
発明の「環状外枠」に相当する。)と前記ガイド溝孔(13)に嵌合するローラー
又はボールの軸受部材(15)(判決注・本件発明の「ころがり部材」に相当す
る。)とで構成される一方向のみに回転するベアリング(16)が装着されると共
に該ベアリング(16)の前面には前記ピン(12)に長孔(17)が嵌合して往
復回動自在な規制板(18)が設けられ,該規制板(18)に突設された係止片
(19)はローラー又はボールの軸受部材(15)の後方におけるガイド溝孔(1
3)内に位置し」(2頁左上欄13行~右上欄6行)との記載及び同刊行物中の第
3図,第5図(別紙2参照)によれば,刊行物1発明に上記審決の認定した一致点
に係る構成が記載されていると認めることができることが明らかである。
原告は,審決の上記認定のうち,「該環状外枠を含めた径方向内側」の
「を含めた」と,「部材」については,本件明細書中には,何ら記載がない,と主
張する。
しかしながら,本件発明の特許請求の範囲(上記第2の2)には,「環状
外枠の内周で径方向の外方移動が規制されるころがり部材を収容する周方向に複数
形成したガイド部を有する環状保持体」との記載があり,同記載及び本件明細書
(甲第2号証はその公開公報である。)の図3ないし6(別紙1参照)によれば,
本件発明においては,ころがり部材の外方移動を規制するのは,環状外枠の内周の
凹部と環状保持体のガイド溝孔8であることが認められる。
審決は,このことを前提に,本件発明においてころがり部材の外方移動を
規制する環状外枠の内周の凹部と環状保持体のガイド溝孔8とを合わせて「該環状
外枠を含めた径方向内側」の「部材」と表現し,この限度で,本件発明と刊行物1
発明とは一致する(刊行物1発明においては環状外枠に相当するベアリングガイド
(14)に形成されているガイド溝孔(13)と,係止片(19)がこれに当た
る。),と認定したものであることが明らかである。
審決の上記一致点の認定に誤りはない。原告の主張は採用することができ
ない。
(2) 一致点の認定の誤り-2について
原告は,審決が認定した本件発明と刊行物1発明との一致点の認定のう
ち,「ころがり部材を周方向に規制する環状保持体」(審決書7頁12行)を有す
るとの部分について,本件明細書にも刊行物1にもこれに相当する記載がないか
ら,上記一致点の認定は誤りである,と主張する。
しかしながら,前記の本件発明の特許請求の範囲の記載によれば,本件発
明は,ころがり部材を収容する周方向に複数形成したガイド部を有する環状保持体
を回動することによって,ころがり部材を楔作用する釣糸捲取り方向には回転する
が逆転しない逆転防止状態と楔作用しない正逆転可能状態に切り換えているのであ
るから,環状保持体がころがり部材を周方向に規制しているということができるこ
とは,明らかである。
刊行物1には,
「本発明実施例は上記のように構成されているから操作杆(23)を回動
しカム(24)の突起(25)により規制板(18)を回動して係止片(19)を
ガイド溝孔(13)の端部に移行せしめた場合には,軸筒部(7)の正転方向(釣
糸捲取方向)の回転には軸受部材(15)はガイド溝孔(13)内で遊転状態にな
って軸筒部(7)を回転せしめるが,逆転方向(釣糸繰出方向)には軸受部材(1
5)が軸筒部(7)の回転を阻止し,ローター(6)の逆転を防止する。(別紙2
第2図及び第3図参照)
また操作杆(23)を回動して規制板(18)の係止片(19)をガイ
ド溝孔(13)の中央部に移行せしめた場合には,軸受部材(15)は常時遊転状
態を保持して軸筒部(7)は正転方向逆転方向何れの方向にも回転可能となる。
(第4図及び第5図参照)」(甲第3号証2頁右上欄12行~左下欄8行)
との記載がある。同記載によれば,刊行物1発明は,係止片(19)を突設
した規制板(18)(本件発明の環状保持体に相当する。)を回動することによっ
て,軸受部材(15)(本件発明のころがり部材に相当する。)の楔作用の切換え
を行っていることが,明らかである。
本件発明と刊行物1発明とが,「ころがり部材を周方向に規制する環状保
持体」の点で一致する,とした審決の認定に誤りはないというべきである。
原告の主張は採用することができない。
2 原告の主張2(本件発明と刊行物1発明との相違点の認定の誤り)について
(1) 相違点の認定の誤り-1(軸受部材の「前後動を規制する」係止片を突設
した規制板)について
原告は,審決が,刊行物1発明について,係止片(19)を突設した規制
板(18)が軸受部材(15)の「前後動を規制する」ものである,と認定し(審
決書5頁7行~8行),本件発明と刊行物1発明との相違点の認定中で,刊行物1
発明は,「ころがり部材の前後動を規制する環状保持体を前記回転軸上に回動可能
に設ける構成である」(審決書7頁29行~30行)と認定したことについて,刊
行物1発明は軸受部材の「前後動を規制する」ものではないから,審決の上記刊行
物1発明の認定は誤りであり,この認定を前提とする相違点の認定も誤りである,
と主張する。
刊行物1発明において,軸受部材(15)は,規制板(18)とベアリン
グ押し板(11)とによって前後動を規制されており(甲第3号証2頁左上欄5行
~右上欄11行参照),規制板(18)のみによって前後動を規制されているので
はないことは,原告の主張するとおりである。
しかしながら,審決は,刊行物1発明は規制板「のみ」によって,軸受部
材の前後動を規制するものであると認定したものではない。そして,同発明におけ
る規制板が,他の部材とともにであるにせよ,軸受部材の前後動を規制する機能を
果たしていることは明らかである。審決の上記認定を誤りであるということはでき
ない。
原告の主張は採用することができない。
(2) 相違点の認定の誤り-2(刊行物が用いていない用語を用いて相違点を認
定した誤り)について
原告は,審決が,本件発明と刊行物1発明との相違点の一部として,「甲
第4号証(判決注・本訴甲第3号証)に記載の発明(判決注・刊行物1発明)は,
環状外枠の内周には径方向の外方移動が規制されるころがり部材を収容するガイド
部を周方向に複数形成し,前記環状外枠の前部に回転軸の径方向外側に位置し前記
ころがり部材の前後動を規制する環状保持体を前記回転軸上に回動可能に設ける構
成である点」(審決書7頁26行~30行)と認定したことについて,刊行物1発
明を同刊行物に用いられていない用語(本件発明の用語)を用いて認定することは
誤りである,と主張する。
しかしながら,審決は,本件発明と刊行物1発明とを対比して,「甲第4
号証(判決注・本訴甲第3号証)に記載の発明(判決注・刊行物1発明)における
「ベアリングガイド(14)」,「回転筒軸(3)の外周に固着される軸筒部
(7)」,「リール筺体(1)」,「軸受部材(15)」,「ガイド溝孔(1
3)」,「係止片(19)を突設した規制板(18)」,「操作レバー(22)を
有する作動杆(23)」,「カム(24)の突起(25)」は,それぞれ,本件発
明における,「環状外枠」,「回転軸」,「リール本体」,「ころがり部材」,
「ガイド部」,「環状保持体」,「操作部材」,「係合部」に相当する。」(審決
書6頁下から4行~7頁4行)と認定した上で,相違点の認定において,刊行物1
発明の用語を上記対比に従い本件発明の用語に置き換えて認定したものであること
は明らかである。
審決の上記認定方法に何ら誤りはない。原告の主張は採用することができ
ない。
3 原告の主張3(本件発明と刊行物1発明との相違点の看過)について
(1) 相違点の看過-1(「ガイド溝孔」と「ガイド部」)について
原告は,刊行物1発明の「ガイド溝孔(13)」が本件発明の「ガイド
部」と相違するにもかかわらず,審決が,刊行物1発明の「ガイド溝孔(13)」
は,本件発明の「ガイド部」に「相当する」,と認定した(審決書6頁下から5行
~7頁4行参照)のは誤りである,と主張する。
しかしながら,審決は,本件発明と刊行物1発明との相違点の認定におい
て,本件発明の「ガイド部」は,ころがり部材を収容するために回動可能に設けら
れた環状保持体に周方向に複数形成されるものであること,刊行物1発明の「ガイ
ド溝孔(13)」は,ころがり部材に相当する軸受部材を収容するために環状外枠
(これがリール本体に取付固定されるものであって回動可能でないことは,一致点
で認定されている。審決書7頁8行~9行),に相当するベアリングガイドに周方
向に複数形成されるものであること(審決書7頁22行~30行)を認定してい
る。この相違点の認定に照らすと,審決は,刊行物1発明の「ガイド溝孔(1
3)」が本件発明の「ガイド部」と構成が同一であるとしたものではなく,単に対
応関係にある,との趣旨で「相当する」と述べたものであることが明らかである。
原告の主張は採用することができない。
(2) 相違点の看過-2(係止片(19)を突設して)について
原告は,刊行物1発明は,軸受部材(15)(本件発明のころがり部材に
相当する。)を規制する規制板(18)(本件発明の環状保持体に相当する。)に
「係止片(19)を突設した点」において,本件発明と相違するにもかかわらず,
審決は,本件発明と刊行物1発明との相違点の認定において,刊行物1発明につい
て,「ころがり部材・・・を規制する環状保持体」と認定するにとどまり(審決書
7頁29行),「係止片(19)を突設した」との相違点を看過した,と主張す
る。
しかしながら,審決は,本件発明と刊行物1発明とを対比した個所におい
て,刊行物1発明の「係止片(19)を突設した規制板(18)」が本件発明の
「環状保持体」に相当する,と認定している(審決書6頁下から5行~7頁4
行)。同認定によれば,審決の上記「ころがり部材・・・を規制する環状保持体」
との認定中の「環状保持体」とは,「係止片(19)を突設した規制板(18)」
を意味するものとして,これに相当すると認定した本件発明の用語に置き換えて表
現したものであることが,明らかである。審決に上記相違点の看過はない。
原告の主張は採用することができない。
4 原告の主張4(本件発明と刊行物1発明との相違点についての判断の誤り)
について
(1) 技術常識の誤認による判断の誤り,について
乙第1ないし第5号証及び弁論の全趣旨によれば,一方向クラッチは,回
転部材の一方向のみの回転トルクをクラッチ接続により被回転部材に伝達し,回転
部材の逆方向の回転トルクをクラッチ遮断により被回転部材に伝達しないようにす
る機械要素であること,一方向クラッチの特性を使用するに際して,回転トルクを
伝達して被回転部材を回転させる基本的な利用形態だけでなく,被回転部材を固定
しておき,クラッチ接続時に回転部材の回転を防止するようにした逆転防止装置と
して用いる形態もあることは当業者の技術常識であること,魚釣用リールの技術分
野において,一方向クラッチを逆転防止装置として用いることは周知慣用の技術で
あること,が認められる。
上に述べたところによれば,当業者が刊行物2発明の一方向クラッチを逆
転防止装置として用いることを想起することは,格別困難なことではないことが明
らかである。
原告は,審決が,刊行物2発明について,「切り替え部材14を切り替え
操作するときの操作性を考察すると,クラッチの接続又は遮断のいずれの状態にお
いても前記切り替え部材14が回動操作可能となるように,前記切り替え部材14
が支持されるスリーブ1は何らかの静止部材に固定されているとみるのが技術常識
であるから,結局,甲第5号証(判決注・本訴甲第4号証,刊行物2)に記載の発
明には,逆転防止装置に適合した一方向クラッチが開示されていると認められ
る。」(審決書8頁5行~10行)と判断したことについて,このような技術常識
は存在せず,審決は技術常識を誤認した結果,相違点についての判断を誤ったもの
である,と主張する。
しかしながら,刊行物2発明の一方向クラッチにおいて,操作者が操作す
る切り替え部材14をクラッチの接続又は遮断のいずれの状態においても回動操作
することを可能なものとするためには,切り替え部材14が支持されるスリーブ1
が相対的に固定されている必要があることは,自明のことである。このことを技術
常識に属するとした審決の判断に誤りはないというべきである。
原告の主張は採用することができない。
(2) 適用阻害要因の看過による判断の誤り,について
原告は,刊行物2発明の自動復帰する機能を備える一方向クラッチは,操
作者が手を放すと,クラッチ作動位置となって常時逆転防止状態を維持し続けるこ
ととなり,操作部材から手を放して,装置そのものだけでクラッチの非作動位置の
逆転可能状態を維持することができないから,これを,逆転防止状態と逆転可能状
態のいずれかの状態を装置そのものだけで維持することができるように構成された
刊行物1発明に適用するについては,阻害要因がある,と主張する。
しかしながら,刊行物1発明は,一方向クラッチを逆転防止状態と逆転可
能状態のいずれかの状態を装置そのものだけで維持して魚釣用スピニングリール特
有の使い方が可能な逆転防止装置を既に備えているのであるから,このような刊行
物1発明に刊行物2発明の一方向クラッチを採用する際に,魚釣用スピニングリー
ルとしての特有の使い方ができるよう,装置そのものだけで逆転防止状態と逆転可
能状態のいずれにも切り換え維持することができる構造を備えるようにすること
は,当業者が当然に行うべき設計的事項にすぎないというべきである。
原告の主張は採用することができない。
(3) 刊行物2発明の誤認等に基づく相違点の判断の誤り,について
原告は,審決が,相違点についての判断において,「甲第5号証(判決
注・本訴甲第4号証。刊行物2)に記載の発明には,環状外枠(スリーブ1)及び
操作部材(リングばね10による切り替え部材14)を回転軸上に静止する部材に
それぞれ取付固定及び回動支持せしめる点を含めて,前記相違点にかかる本件発明
の逆転防止装置の構成がすべて開示されていると認められる。」(審決書8頁18
行~21行)と述べたことについて,①「環状外枠(スリーブ1)及び操作部材
(リングばね10による切り替え部材14)を回転軸上に静止する部材にそれぞれ
取付固定及び回動支持せしめる点を含めて,」との記載は,技術的にどのような意
義を有しているのかが不明である,②「前記相違点にかかる本件発明の逆転防止装
置の構成がすべて開示されていると認められる。」との記載については,その根拠
となるべき刊行物2についての認定が審決中に見当たらない,と主張する。
しかしながら,①の点の技術的意義については,刊行物2の一方向クラッ
チを刊行物1に適用するに当たり,刊行物2に,逆転防止装置に適合した一方向ク
ラッチが開示されていることを述べたものであることは,審決の記載(審決書8頁
2行ないし9行)及び上記(1)で述べたところから明らかである。②の点について
は,審決がこれに対応する認定をしていることは,審決書5頁14行ないし6頁3
0行の記載から明らかである。
原告の主張は採用することができない。
5 原告の主張5(本件発明の顕著な作用効果の看過)について
原告は,本件発明の効果である,「ころがり部材を傷付けることなく,しか
もこれを収容保持する環状保持体を大型化することなくその強度,耐久性を向上す
ると共に多くのころがり部材を有する逆転防止機構であってもリール本体の限られ
たスペース内に簡易かつコンパクトに設置でき,魚釣用リールのこの種逆転防止機
能の大型化の防止を図りながら簡易な構成により逆転遊度の少ないころがり部材の
楔作用による高精度な逆転防止作用及び楔作用する位置と楔作用しない位置の両位
置への切換作用を瞬時に支障なく円滑確実に安定して行うことができる」(本件明
細書段落【0015】)との効果は,格別顕著な作用効果である,と主張する。
しかしながら,上記効果が本件発明の構成から生じる当然の効果であるにと
どまらず,当業者が予想し得ない顕著な作用効果である,と認めるに足りる証拠は
ない。
原告の主張は採用することができない。
第6 結論
以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,
その他,審決にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請
求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法6
1条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官     山   下   和   明
裁判官     阿   部   正   幸
裁判官     高   瀬   順   久
(別紙)
別紙1別紙2

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