平成15(行ケ)355行政訴訟 意匠権
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成15年12月18日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
意匠権
民事訴訟法61条1回 意匠法9条1項1回
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キーワード |
審決46回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成15年(行ケ)第355号 審決取消請求事件
平成15年11月13日口頭弁論終結
判 決
原 告 東亜グラウト工業株式会社
訴訟代理人弁理士 江 藤 聡 明
同 岡 川 寧 子
被 告 特許庁長官 今井康夫
指定代理人 藤 正 明
同 内 藤 弘 樹
同 涌 井 幸 一
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が,平成15年7月1日,同庁不服2002-21293号事件に
ついてした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 特許庁における手続の経緯並びに審決の理由
以下は,当事者間に争いがなく,かつ,証拠(甲第1号証及び第2号証)及
び弁論の全趣旨によって認定できる事実である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成10年11月9日,別紙審決書写し別紙第1「本願の意匠」記
載のとおりの意匠につき,意匠に係る物品を「法張りブロック」として登録出願を
し(以下「本件出願」といい,これに係る上記意匠を「本願意匠」という。),平
成14年10月4日,拒絶査定を受けたので,平成14年11月1日,これに対す
る不服の審判を請求した。特許庁は,これを,不服2002-21293号事件と
して審理し,その結果,平成15年7月1日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決をし,同月11日,その謄本を原告に送達した。
2 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願意匠と,
平成10年意匠登録願第5073号の意匠(本件出願前に出願され,後に拒絶査定
が確定した。その態様は,別紙審決書写し別紙第2「引用の意匠」記載のとおりで
あり,意匠に係る物品は「コンクリート型枠」である。以下「引用意匠」とい
う。)とは,
(1) 「基本的構成態様において,略正方形の基板の上面に,略横長直方体状の
リブ部を基板の対角線上に十の字状に形成した点が共通し,各部の具体的な構成態
様においても,中央部上面を水平面とし,その中央にアンカー挿通孔を設け,リム
部は,中央部上面の水平面から先端に向けて緩やかな下り斜面とし,上面視漸次先
窄まり状に形成した点」(審決書2頁1行目~5行目)(以下それぞれ,「本件基
本的構成態様」,「本件具体的構成態様」という。)
で共通するとし,他方,差異点として
(2)ア 「基板の4辺の態様について,本願の意匠は,内側に僅かに湾曲してい
るのに対して,引用の意匠は,直線状である点」(審決書2頁9行目~10行目)
(以下「差異点(ア)」という。)
イ 「リブの角部の態様について,本願の意匠は,丸みを持たせているのに
対して,引用の意匠は,角張っている点」(審決書2頁10行目~12行目)(以
下「差異点(イ)」という。)
ウ 「中央部のアンカー挿通孔の態様について,本願の意匠は,すり鉢状の
凹部を設けその底部に円孔を設けているのに対して,引用の意匠は,上面に円孔を
設けている点」(審決書2頁12行目~14行目)(以下「差異点(ウ)」という。)
を認定した上で,両意匠を全体として観察し,これらの共通点及び差異点の類
否判断に及ぼす影響について総合的に検討して,差異点は,形態全体として観察し
た場合,いずれも微弱なものであって,類否判断に及ぼす影響は小さく,上記各差
異点を総合しあいまった効果を考慮しても,共通点を凌駕して類否判断を左右する
ほどのものではなく,両意匠は全体として類似するから,本願意匠は,意匠法9条
1項の規定に該当し,後願であるため意匠登録を受けることができない,としたも
のである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本願意匠と引用意匠との共通点・差異点の認定を誤り,差異点を看
過し,これらの意匠的効果の評価を誤るなどした結果,両者が類似するとの誤った
結論に至っているものであるから,取り消されるべきである。
1 用途・機能の不一致について
審決は,本願意匠に係る物品と,引用意匠に係るそれとは,「用途,機能が
共通する同種の物品と認められる。」(審決書1頁26行目~27行目)と認定し
ている。
引用意匠は,その名称のとおり,あくまで「型枠」であり,現場においてそ
の中にコンクリートを打設するのが,基本的な用途である。これに対し,本願意匠
に係る物品は,事前に成形されて流通し,設置現場まで運搬されるものである。両
者は,用途・機能が異なる。これらを同じとした審決には,誤りがある。
2 一致点の認定の誤りについて
審決は,本願意匠のリブ部が,略横長直方体状である,とする。
しかし,このリブ部は,丸みにより柔らかい印象を醸成すべく角部のない曲
面の外形を有するように構成されている。これを,直方体と同視することはできな
い。
3 差異点の認定の誤り・看過について
(1) 審決は,差異点(ア)の認定において,基板の4辺の内側への湾曲が「僅か」
である,とする。しかし,この湾曲は,意匠の類否に影響のないほど,「僅か」な
ものではない。
(2) 審決の差異点(ウ)の認定は,不十分である。
本願意匠の中央部のアンカー挿通孔は,単に凹部を設けてその底部に
円孔を設けたものではなく,ブロック本体とは別の部材が埋設されている。したが
って,意匠登録願の正面図では,4つの同心円のラインとして現れている。
他方,中が空洞である引用意匠には,上記のような凹部はなく,枠体に円形の孔が
開いているだけである。
差異点(ウ)は,このような相違が明確になるよう摘示されるべきである。
(3) 引用意匠は型枠に関するものであり,流通の段階で内部が空洞(中空)と
なっている。このことから,引用意匠の正面図や底面図に現われる形態の差異点も
摘示すべきである。
(4) 本願意匠の基板の上面は,リブ部の基端部の近傍の領域において,なだら
かに上昇している。このことも,差異点として取り上げられるべきである。
4 類否判断の誤りについて
(1) 公知の形態の,類否判断において有する影響力について
ア 本願意匠は,法張りブロックのうち,いわゆる「セミスクエアタイプ」
に属するものである。このセミスクエアタイプの形態自体は,従来から周知のもの
であって,看者の注意を引かない。そして,審決の認定した基本的構成態様は,こ
の周知の形態部分であり,このような周知の形態部分が,「形態全体を支配する要
素に係わる」(審決書2頁19行目~20行目),「両意匠の類否判断に影響を与
える」(審決書2頁20行目~21行目),「両意匠の形態を特徴づける要素に係
る」(審決書2頁22行目)などということは,あり得ることではない。
イ 審決の認定した各部の具体的な構成態様に至っては,セミスクエアタイ
プの法張りブロックに限らず,広く法張りブロックの形態に共通する周知の形態で
ある。したがって,これらも,類否判断を左右する要素にはなり得ない。
(2) 審決の摘示した各差異点の持つ意匠上の効果は,微弱なものではない。
ア 審決は,相違点(ア)について,「基板の4辺の態様の差異について,本願
の意匠に見られる湾曲の程度は,わずかなものであるから,形態全体から見れば,
格別目立つ態様のものではなく,この差異は,基本的構成態様において共通すると
した,略正方形状の基板の上面に,略横長直方体状のアーム部を基板の対角線上に
十の字状に形成した態様の中に包摂される程度の差異にすぎないものであり,微弱
なものといわざるを得ない。」(審決書2頁28行目~33行目),とする。
しかし,4辺を湾曲させたこと自体が,新たなデザイン的発想であり,
看者に斬新な印象を与える。湾曲率は問題ではない。
イ 審決は,相違点(イ)について,「リブの角部の態様の差異について,本願
の意匠のように角部に丸みを持たせる(判決注・原文の「丸み持たせる」は,誤記
と認める。)ことは,この種物品分野である土木用コンクリート製品において,本
願の出願前に見受けられることから(例えば,意匠登録第980890号の擁壁用
底板ブロックの意匠に見られる。),本願の意匠独自の態様とは認められないこ
と,また,各種物品の角部に丸みを持たせることは,造形上の面取りの手法として
一般的であることから,格別看者の注意を引くものとはいえず,この差異は,形態
全体から見れば微弱なものというほかない。」(審決書2頁33行目~3頁1行
目),とする。
従来の法張りブロックは,すべて角張ったごつごつしたものであった。
本願意匠のこの角部の丸みは,意匠全体に共通する,丸み付けによるソフト感の醸
成というコンセプト(基本概念)に沿ったものであり,法張りブロックとしては,
斬新なデザインである(甲第5号証~第7号証,第26号証)。
ウ 審決は,相違点(ウ)について,「中央部のアンカー挿通孔の態様の差異に
ついて,本願の意匠のように,凹部を設けてその底部に円孔を設けることは,この
種物品において普通に見受けられることから,格別評価することができず,また,
当該部位は,形態全体からみれば部分的なところであるから,この差異は,微弱な
ものというほかない。」(審決書3頁1行目~5行目),とする。
しかし,アンカー挿通孔がすり鉢状の凹部で,その底に円孔がある部分
は,本願意匠では,前述のとおり,ブロック本体とは別の部材で構成されている。
このため,上から見た場合,この部分は,引用意匠には現われていない,4つの同
心円として現われている。他方,中が空洞である引用意匠には,そのような凹部が
そもそも存在せず,枠体に円形の孔が開いているだけである。
本願意匠のアンカー挿通孔が,この種物品で普通に見られる形態であ
る,ということはない。
エ 本願意匠においては,これらの差異点が,個別にも,また全体として
も,柔らかい美感を発揮し,丸みを帯びたソフトな印象を看者に与えるものであ
る。本件基本的構成態様及び本件具体的構成態様の中に包摂されるほどに微弱なも
のではない。
また,本願意匠に係る法張りブロックは,法面に設置された状態におい
ても,基板状のリブ部は外部に露出し,その上面部は看者の目につくものである。
(3) 本願意匠と同様の特徴を持つ意匠(クロスタイプ,スクエアタイプ)につ
いては,登録が認められている(甲第8号証~第11号証)。
本願意匠だけが登録を拒絶されるというのは,不合理である。
第4 被告の主張の要点
1 原告の主張1(用途・機能の不一致)に対して
原告は,引用意匠に係る製品は,本願意匠のそれと用途・機能が異なる類似
物品である,と主張するが,失当である。
引用意匠に係る物品は,「コンクリート型枠」ではある。しかし,一般の
「コンクリート型枠」が,コンクリートが流し込まれた後は,流し込まれたコンク
リートから取り外されるのに対し,取り外されることなく,これと一体として用い
られる(法面に固定して使用される。)。すなわち,単にいわゆる型枠として使用
されるのではなく,最終的には,コンクリートブロックとして使用されるのであ
る。その使用目的も,法面に設置されて傾斜地の変形,崩壊を防止する,というこ
とである。
本願意匠に係る物品と引用意匠に係るそれとは,用途・機能とも共通してい
る。
2 原告の主張2(一致点の認定の誤り)に対して
審決は,リブ部につき,「略」横長直方体である,と認定しているにすぎ
ず,厳密に横長直方体である,と認定しているわけではない。そして,角部を曲面
としていることについては,差異点として取り上げている。
リブ部についての審決の認定に何ら誤りはない。
3 原告の主張3(差異点の認定の誤り・看過)に対して
原告は,差異点として,引用意匠の正面図や底面図に現われる空洞,基板上
面のリブ部の基端部(付け根の部分に近いところ)の近傍の領域も挙げるべきであ
る,と主張する。
審決は,「両意匠には,具体的な構成態様において,主として,以下の点に
差異が認められる。」(審決書2頁7行目~8行目),としているのであり,審決
が挙げる以外に差異点は一切存在しない,としているのではない。そして,意匠の
類否判断において,およそ差異点であれば,すべてを挙げなければならない,とい
うわけではない。
底面部の空洞は,使用状態(法面への固定状態)では,見えなくなる。リブ
部の基端部も,部分的なもので,傾斜も緩やかなものであり,意匠全体に及ぼす影
響は軽微である。このような部分における差異点を具体的に挙げる必要はない。
4 原告の主張4(類否判断の誤り)に対して
(1) セミスクエアタイプの形状の周知性等
PCフレーム協会のパンフレット(甲第26号証)に図示された「セミス
クエアタイプ」では,リブが,略横長直方体状ではない(板から分離すれば,三角
柱状になる形状である。)。原告の出した証拠により,審決の認定した共通点
(「略横長直方体状」のリブ部)を周知とすることはできない。
「セミスクエアタイプ」は,「クロスタイプ」などと比べて,数が少ない
ことも考慮すると,上記共通点を周知とすることは,なおさら困難となる。
そもそも,周知の部分であっても,他に格別評価すべき部分がなく,当該
部分が意匠全体に占める量的割合が大きければ,それが,意匠の類否判断に及ぼす
影響は大きいと判断すべきである。
審決は,このような立場に立って,本件基本的構成態様と本件具体的構成
態様とがあいまって,両意匠の類否判断を左右する要素となる,としている。その
判断手法は相当である。
(2) 差異点に関する個別主張に対して
ア 基板の4辺の湾曲は,その度合いはわずかなものであって,そこだけ注
視すればともかく,形態全体として見た場合,目立つものではない。むしろ,十の
字状のリブ部が注目されるものである。
イ 本願意匠のリブ部において,丸みを持たせている部分は,上面全体では
なく角部のみであり,上面には平坦面が残されている。この角部の態様は,一般的
な面取りの態様の範囲を出ない。
リブ部の角を丸くするということは,仮に,従来の法張りブロックには
見られないとしても,土木用コンクリートブロックについては周知である(甲第4
号証,乙第1号証~第5号証)
ウ 本願意匠において,アンカー挿通孔に埋設されている別部材は,板状体
をブロック本体の挿通孔の内面に沿って密着させてブロック本体と一体状としてい
る。アンカー挿通孔の内面形状自体は,引用意匠のそれと変わらず,別部材も格別
目立つものではない。さらに,アンカー挿通孔自体の大きさは,意匠全体からみれ
ば小さいものである。
また,円形の凹部を設けてその底部に円孔を設けることも,この種物品
においてよくあることである(乙第6号証及び第7号証)
(3) 意匠の類否判断は,それ以前の公知意匠,先願意匠等を考慮して,個別に
なされるべきものである。原告が,本願意匠と同様の創作概念の下に出願した「ク
ロスタイプ」,「スクエアタイプ」の法張りブロックの意匠の登録がされたからと
いって,そのことは,本件の判断に何らの影響も及ぼすものではない。
第5 当裁判所の判断
1 本願意匠に係る物品と引用意匠に係るそれとの用途・機能の差異について
原告は,本願意匠に係る物品と,引用意匠に係る物品とでは,用途・機能が
異なる,と主張する。
本件出願に係る意匠登録願(甲第2号証,以下「本件登録願」という。)に
おいて,意匠に係る物品の説明には,「本物品は,道路,鉄道,ダム,トンネルの
出入口などに隣接する山の斜面もしくは法面に配列,設置してこれら斜面もしくは
法面を保護し,地滑り,崩壊を防止するためのブロック・・・であって,斜面もし
くは法面から地山の地盤中に打ち込んで固定した鋼線等の引張材(アンカー)の地
表面側先端を,斜面もしくは法面に載置したブロックの中央部に穿設した逆円錐台
形透孔に嵌着された円錐台形支持台座に係合させ,この支持台座に対してアンカー
を引き,アンカーを緊張し支持台座と一体のブロックを斜面もしくは法面に押しつ
け,その状態でアンカー先端を支持台座に固定して設置される。このようにして設
置されるブロックを横方向,縦方向に連ねて敷設し,斜面もしくは法面を保護す
る。使用状態を示す参考図は,ブロックの中央部に穿設した逆円錐台形透孔に蓋を
被せた状態で示されている。」,と説明されている(2頁9行目~20行目)。
引用意匠に係る物品も,法面に設置され,空洞部分にコンクリートが打設さ
れた状態で,中央部に挿通したアンカーの引張力により,ブロックの基板が法面を
押さえつけるものであり,また,縦横方向に並べて設置されて,法面の崩落を保護
するものと認められる(甲第1号証の別紙第2,弁論の全趣旨)。そうすると,両
者は,用途・機能において共通するところが極めて多いということができる。
原告の主張するとおり,本願意匠に係る物品は,それ自体完成したコンクリ
ートブロックであるのに対し,引用意匠に係る物品は,「型枠」である。しかし,
この型枠も,上記認定のとおり,最終的な使用態様としては,打設されたコンクリ
ートと一体となって,法面を保護するブロックとなるものであり,むしろ,これが
主たる用途・機能であると認められる。そうすると,打設されるコンクリートの形
状を決める型枠としての用途・機能もあるからといって,それだけに着目して,両
者が用途・機能において異なる,と決めつけることは相当でない。
いずれにせよ,原告主張の差異点は,仮にそれを差異点と呼ぶとしても,本
願意匠と引用意匠との類否を判断する上で意味を有する種類のものではない。
2 一致点の認定について
原告は,本願意匠のリブ部は,丸みを付け角部のない曲面の外形を有するよ
うに構成されており,これを,直方体と同視することはできない,と主張する。
しかし,審決は,リブ部につき,「略横長直方体」として,「略」を付けて
認定した上で,その「略横長直方体」の角部に丸みを持たせていることを,差異点
の一つ(差異点(イ))として認定している。要は,リブ部の角部を丸くしたことをど
のように評価するかの問題である。審決が,リブ部を「略横長直方体状」と表現し
たこと自体に,何ら誤りはない。
3 差異点の認定の誤り・看過について
(1) 原告は,差異点(ア)に関して,基板の4辺の内側への湾曲が「僅か」であ
る,との審決の認定を争っている。
しかし,審決は,具体的な曲率の数値を挙げて認定しているものではな
い。本件において,「僅か」であるかどうかは,評価に係る要素の極めて大きい事
柄である。このような事柄は,類否判断の中で採り上げるべきものであり,そもそ
も差異点の認定において議論すべきではない。
(2) 原告は,引用意匠は型枠についてのもので,その内部は空洞(中空)とな
っていることを挙げ,これを根拠に,引用意匠の正面図や底面図に現われる形態に
係る両意匠の差異点も差異点として摘示すべきである,と主張する。
内部が空洞であっても,そのことが外観上現われていなければ,そのこと
が美感に対する影響力を有することはない。このことは,意匠というものの性質
上,当然のことである。原告は,この点について,「両意匠の差異点として,引用
意匠の正面図や底面図に現われる空洞であるという形態的相違点も掲げるべきもの
であると思料する。」(原告第1準備書面4頁23行目~24行目)と主張する。
しかし,空洞が,外観上どのような形で現われているかについては,「中が空洞の
引用意匠には,このような凹部は存するはずもなく,引用意匠はいわば薄い殻だけ
の枠体であり,枠体に孔が開いているだけである。」(原告第1準備書面9頁28
行目~29行目)のほかは主張していない。そして,中央部のアンカー挿通孔の態
様の差異は,相違点(ウ)として取り上げられている。
原告は,本願意匠の基板の上面は,リブ部の基端部の近傍の領域におい
て,なだらかに上昇していることを,それぞれ差異点として取り上げるべきであ
る,と主張する。
本願意匠の基板の上面が,リブ部の基端部の近傍の領域において,なだら
かに上昇していることは,本件登録願添付の平面図,右側面図,B-B線断面図に
より認めることができる。この点は,類否判断において検討することとする。
4 類否判断について
(1) 周知の形状が類否判断に及ぼす影響力について
ア ある意匠において,周知であり,ありふれたものとなっている部分が,
当該意匠の要部,すなわち,看者の注意を最も強く引く部分となることはいくらで
もあり得る。周知の形態を含む意匠を全体的に観察する際,周知の部分も,何らの
美感をも与えないというわけではなく,よくあるものであるとの印象(これも一つ
の美感である。)を看者に与えることは当然であり,当該意匠中の他の部分に,周
知の部分が与えるこの印象(美感)を超える美感を生じさせるだけの力がない場合
には,結局,周知の部分が,その形態はありふれたものであるとの印象をもって,
最も強く看者の注意を引く部分,すなわち,当該意匠の要部ということになるの
は,当然である。周知の部分であるからといって,当然に,看者に与える印象が微
弱であって,要部に該当しないということになるわけではない。
イ 本願意匠及び引用意匠に係る物品は,前記のとおり,法面の崩落を防ぎ
養生するための,いわゆる受圧板であり,その需要者は,まず何よりもこれらを使
用する法面の脆弱性や傾きの度合を優先して検討し,これに加えて,施工後の美観
等をも考慮しつつ,最適な製品を選択するものと認められる。そして,基板が略正
方形状であること,リブ部が基板の対角線上に十の字状に形成されていること(本
件基本的構成態様),中央部上面が水平面であること,中央部にアンカー挿通孔が
あること,リブ部が中央部上面の水平面から先端に向けて緩やかな下り斜面とな
り,上面視漸次先窄まり状であること(本件具体的構成態様)は,受圧板が斜面を
押圧する面積,押圧力の分布及び受圧板の強度や,斜面に並べたときの美感に係る
ものと認められる。そうである以上,需要者が,製品の選択において,本件基本的
構成態様及び本件具体的構成態様に着目するのは当然である。したがって,セミス
クエアタイプが周知の形状である(甲第26号証)からといって,本件基本的構成
態様及び本件具体的構成態様が,看者に与える印象が微弱なものである,というこ
とはできない。
(甲第14号証ないし第25号証)
もっとも,両意匠の上記共通点(本件基本的構成態様及び本件具体的構
成態様)が看者に与える印象が微弱なものであるとはいえないとしても,本願意匠
と引用意匠との差異点に係る本願意匠の構成部分が,意匠の全体的観察において,
看者に強烈な印象を与えるなどして,最も看者の注意を引くものであり,全体とし
て,本願意匠に引用意匠とは異別の印象を与えるだけの力のあるものであるなら
ば,当然のことながら,両者は類似しないことになる。
ウ 結局,両意匠の類否は,それぞれを,その各部の看者に与える印象の強
さを総合的に考慮しつつ,全体的に観察して決すべき事柄であるという以外にな
い。しかし,その際,本件基本的構成態様及び本件具体的態様が看者に与える印象
は,それらがありふれたものであるがゆえに微弱なものである,との前提に立って
判断することはできない。
原告のこの点に関する主張は,採用できない。
(2) 各差異点の判断について
ア 差異点(ア)について
原告は,4辺を湾曲させたこと自体が,新たなデザイン的発想で,看者
に斬新な印象を与えるものであり,湾曲率は問題ではない,と主張する。
しかし,湾曲させてさえいれば,それがどのような微弱なものであって
も,看者に斬新な印象を与える,などということはあり得ない。
本願意匠の登録願(甲第2号証)に添付された正面図,背面図を見て
も,4辺が湾曲していることは,認識困難とまではいえないものの,そもそも,一
見してすぐ気付くようなものではない。のみならず,実際の製品は,相当程度大き
くなるものと認められるから(甲第26号証),至近で見た場合,ますます湾曲に
は気付きにくくなるものと認められる。
また,それが縦横に並べられた状態においても(甲第2号証「使用状態
を示す参考図」参照),注視すれば,ブロックに囲まれた正方形部分の4辺が,外
側に湾曲していることは看取できるものの,これも,必ずしも一見してすぐに分か
るようなものとは認められない。
本願意匠の正方形状の基板の4辺が内側に湾曲していることが,それ自
体として強い印象を持っているとは認められない。
イ 相違点(イ)について
まず,各種物品において角部に丸みを持たせることは,一般的に行われ
ていることである。また,リブ部の角部を丸くする,ということに限っても,土木
用コンクリートブロックについても周知であり,斬新な手法ではない。そして,本
願意匠に係る物品も,土木用コンクリートブロックの一種である。
(甲第4号証,乙第1号証ないし第5号証)
本願意匠のリブ部の角部の丸みの態様・程度は,平面図及び右側面図に
現われており,その正面図及び俯瞰図は,例えば,甲第6号証記載のとおりである
と認められる。
これらを見ても,この丸みは,リブ部の全面に現われているものではな
く,リブ部の上面及び側面に,相当程度平坦面が存在している。本来の角部である
部分が丸くなっていることに看者が気付くのが容易ではあるといえるものの,前記
のとおり,それ自体必ずしも斬新な手法ではなく,また,本件基本的構成態様及び
本件具体的構成態様に現われた,リブ部全体の形状の顕著さ・大きさに比較して,
強い印象を有するものとは認められない。
ウ 相違点(ウ)について
原告は,本願意匠のアンカー挿通孔は,凹部を設けその底部に円孔を設
けたものであり,上から見た場合,この部分は,上面視で,四つの同心円の形状と
して現われる,特別な形態である,と主張する。
しかし,本件基本的構成態様や本件具体的構成態様に現われた,基板の
形状やリブ部の形態が,本願意匠の全体的な形態であるのに対し,アンカー挿通孔
の形態は,審決の認定するとおり,部分的な形態である。また,この形状が,原告
の主張するとおり,曲面という創作の基本概念に適合するものであり,全体として
丸みのある外観の印象付けに寄与しているとしても,それが,やはり円形の孔が開
いている引用意匠と比較して,ある程度以上に大きな相違をもたらすとも認められ
ない。
しかも,本願意匠に係る物品の使用時においては,アンカー挿通孔に
は,文字どおりアンカーが挿通され,その形態(少なくとも底部の円孔)は外観上
現われなくなる(前掲の,本件登録願(甲第2号証)2頁19行目から20行目の
記載「使用状態を示す参考図は,ブロックの中央部に穿設した逆円錐台形透孔に蓋
を被せた状態で示されている。」参照)。そうすると,本願意匠を採用した受圧板
により養生された斜面をながめるだけの者はそもそも気づき得ない。これを用いて
施工する需要者(工事業者)も,当該形態部分にとりたてて着目するとは認められ
ない。したがって,この部分が強い印象を看者に与えるとは認められない。
仮に,ブロック本体と別の部材を埋設することにより,凹部を設けてそ
の底部に円孔を設ける,ということに,機能面での意義があり,その観点から需要
者が当該部分に着目することがあったとしても,そのことと,当該部分が意匠の観
点から着目を受けるか否かとは,何の関係もないことである。
エ 原告が指摘するとおり,本願意匠の基板の上面は,リブ部の基端部の近
傍の領域において,なだらかに上昇している。
しかし,この傾斜部分は,リブ部の基端部周辺に設けられていること,
その最も高い部分も,基端部のリブ部の高さの半分に満たないものであること,そ
の傾斜の態様も,外観上ごく単純なものである上,傾斜の方向はリブ部が中央部上
面の水平面から先端に向けて緩やかな下り斜面となっているから,リブ部のそれと
同じであり,かつ傾斜の度合いも,この傾斜部とリブ部のそれとで顕著な差はない
こと,が認められる。
本願意匠に係る物品は,専ら上面視ないし俯瞰視され,真横から見られ
ることがないことを併せ考慮すると,上記形態が,単独で,看者に強い印象を与え
ると認めることはできない。
オ 上記のとおり,各差異点に係る本願意匠の構成は,個別には,看者に対
し強い印象を与えるものであるとは認められない。また,本願意匠を全体的に観察
しても,各差異点に係る構成が,全体としてあいまって,丸みを帯びた,柔らかい
ソフトな印象を与えることに寄与しているとしても,それは,基板やリブ部全体の
形態が与える印象に比較して,未だ微弱なものと認められる。
そうすると,各差異点の存在を考慮しても,本願意匠と引用意匠とは,
類似しているというべきである。
カ 本願意匠と同様の特徴を持つ意匠(クロスタイプ,スクエアタイプ)に
ついては,登録が認められている(甲第8号証ないし第11号証)としても,その
事実によって上記判断が影響を受けるものではないことは,事柄の性質上,当然で
ある。
5 結論
以上のとおりであるから,原告の主張の取消事由は理由がなく,その他,審
決を取り消すべき事由は認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することと
し,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用し
て,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官 山 下 和 明
裁判官 阿 部 正 幸
裁判官 高 瀬 順 久
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