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平成14(行ケ)463行政訴訟 特許権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成15年12月11日
事件種別 民事
法令 特許権
特許法29条の21回
民事訴訟法61条1回
キーワード 実施2回
特許権2回
主文
事件の概要

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判決文

平成14年(行ケ)第463号 特許取消決定取消請求事件
平成15年11月25日口頭弁論終結
判         決
   原      告     三洋電機株式会社
訴訟代理人弁理士     山   口   隆   生
被      告     特許庁長官 今井康夫
指定代理人       和   泉       等
同            小   曳   満   昭
同            田   中   秀   夫
同            涌   井   幸   一
主         文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が異議2001-73375号事件について平成14年7月23日に
した特許取消決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「電気掃除機の床用吸込具」とする特許第31773
03号の特許(平成4年6月29日特許出願(以下「本件出願」という。),平成
13年4月6日特許権設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は2であ
る。)の特許権者である。
本件特許について,特許異議の申立てがなされ,その申立ては,異議200
1-73375号事件として審理された。原告は,この審理の過程で,本件出願の
願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」といい,訂正後の全文訂正明細書
を,願書に添付した図面と併せて「本件明細書」という。)を請求した。特許庁
は,平成14年7月23日に,「訂正を認める。特許第3177303号の請求項
1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年8月13日にその謄本を
原告に送達した。
2 特許請求の範囲(本件訂正後のもの。いずれも,下線部分が本件訂正により
加入された部分である。)
「【請求項1】底面に開口を有する吸込具本体と,前記開口に臨ませて吸込具
本体に収納された回転ブラシとを備え,前記回転ブラシは,回転中心に対して相対
向する位置に長手方向に一対の溝が形成された回転体と,前記溝の一方に配設され
たブラシ部材と,前記溝の他方に配設された弾性材製の薄板状のブレードとからな
り,前記ブレードの回転半径を,前記ブラシ部材の回転半径よりも小さく,且つ前
記吸込具本体の開口から外側へ出ない寸法に形成したことを特徴とする電気掃除機
の床用吸込具。」(以下「本件発明1」という。)
「【請求項2】底面に開口を有する吸込具本体と,前記開口に臨ませて吸込具
本体に収納された回転ブラシとを備え,前記回転ブラシは,回転中心に対して相対
向する位置に長手方向に形成された一対の溝が略等間隔複数対形成された回転体
と,対の溝に配設されたブラシ部材と,他の対の溝に配設された弾性材製の薄板状
のブレードとからなり,前記ブレードの回転半径を,前記ブラシ部材の回転半径よ
りも小さく,且つ前記吸込具本体の開口から外側へ出ない寸法に形成したことを特
徴とする電気掃除機の床用吸込具。」(以下「本件発明2」という。)
3 決定の理由
別紙決定書の写し記載のとおりである。要するに,①本件発明1は,本件出
願前の出願であって,本件出願後に出願公開された特願平3-211843号の願
書に最初に添付した明細書又は図面(以下,これらを併せて「先願明細書1」とい
う。甲第4号証(特開平5-49566号公報)は,その内容を示す特許公報であ
る。)に記載された発明(以下「先願発明1」という。)と同一の発明であり,②
本件発明2は,本件出願前の出願であって,本件出願後に出願公開された特願平4
-63211号の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下,これらを併せて
「先願明細書2」という。甲第5号証(特開平5-261036号公報)は,その
内容を示す特許公報である。)に記載された発明(以下「先願発明2」という。)
と同一の発明であるから,いずれも,特許法29条の2の規定に該当し,特許を受
けることができない,というものである。
(1) 決定が上記結論を導くに当たり認定した本件発明1と先願発明1との一致
点と一応の相違点は,次のとおりである。
(一致点)
底面に開口を有する吸込具本体と,前記開口に臨ませて吸込具本体に収納
された回転ブラシとを備え,前記回転ブラシは,回転中心に対して相対向する位置
に長手方向に一対の溝が形成された回転体と,前記溝の一方に配設されたブラシ部
材と,前記溝の他方に配設された弾性材製の薄板状のブレードとからなり,前記ブ
レードの回転半径を,前記ブラシ部材の回転半径よりも小さく形成したことを特徴
とする電気掃除機の床用吸込具,である点
(一応の相違点)
前記ブレードの回転半径を,本件発明1は,「吸込具本体の開口から外側
へ出ない寸法に形成」したのに対し,先願発明1は,その点が明瞭でない点
(2) 決定が上記結論を導くに当たり認定した本件発明2と先願発明2との一致
点と一応の相違点は,次のとおりである。
(一致点)
底面に開口を有する吸込具本体と,前記開口に臨ませて吸込具本体に収納
された回転ブラシとを備え,前記回転ブラシは,回転中心に対して相対向する位置
に長手方向に形成された一対の溝が略等間隔複数対形成された回転体と,対の溝に
配設されたブラシ部材と,他の対の溝に配設された弾性材製の薄板状のブレードと
からなり,前記ブレードの回転半径を,前記ブラシ部材の回転半径よりも小さくし
たことを特徴とする電気掃除機の床用吸込具,である点
(一応の相違点)
前記ブレードの回転半径を,本件発明2は「吸込具本体の開口から外側へ
出ない寸法に形成」したのに対し,先願発明2は,その点が明瞭でない点
第3 原告主張の決定取消事由の要点
決定は,本件発明1と先願発明1との相違点(決定のいう「一応の相違
点」)についての判断を誤り,本件発明2と先願発明2との相違点(決定のいう
「一応の相違点」)についての判断を誤ったものであり,これらの誤りが,それぞ
れ各請求項についての結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,いずれの請求
項についても,違法として取り消されるべきである。
1 本件発明1と先願発明1との相違点についての判断の誤り
決定は,本件発明と先願発明1との相違点について,「先願明細書1に記載
された発明のブレードも,ブレード先端と床面との間にわずかな隙間を形成してい
るという本件発明1と同じ構造を有するものであるから(段落【0053】の記載
参照),実質上,ブレードの寸法は吸込具本体の開口から外側へ出ない寸法に設定
されていると認めるのが妥当である。したがって,両者は相違点がなく,同一発明
であるものと認められる。」(決定書7頁10行~15行)と認定判断した。しか
し,この認定判断は,誤りである。
先願明細書1(甲第4号証はその内容を示す特許公報である。)には,「な
お,畳面30上では,吸込力によって畳表が吸い上げられるため,ブラシ部品24
は図4(e)(判決注・別紙図面1参照)の如く回転方向とは逆に湾曲したように
なって畳面30を掃く状態となる。また,ブレード組品25は畳面30に当接する
が,溝23b内で揺動して傾動し,図4(f)(判決注・別紙図面1参照)の如く
畳面30を掃く状態となり,ブラシ組品24とブレード組品25によって畳面30
が掃除される。」(段落【0054】)との記載がある。この記載によれば,先願
発明1におけるブレード組品25は積極的に畳を掃いていることになる。このよう
なブレード組品25につき,その先端が吸込具本体の開口より引っ込んでいると認
めるのは,極めて不合理である。
被告は,先願明細書1の図23(別紙図面1参照)から,先願発明1におい
て,床面と吸込口本体2の開口とがほぼ同一平面に位置することが認められる,と
主張する。しかし,同図の説明は,段落【0002】で,一般にパワーブラシと呼
ばれている床用吸込具の概略構造図の要部断面図として記載されているのみであ
り,同図が意味するところの詳細は不明である。通常,床用吸込具の底面(吸込口
用の開口を含む。)と床面との間には,床用吸込具の車輪等により幾分かの隙間を
設けるのが慣用手段であることは,当該技術分野においては極めてよく知られてい
るところである。被告の上記主張は誤りである。
先願発明1においては,畳表が吸込具本体の内側にわずかに吸い上げられる
ことは認められるものの,それだけでは,先願発明1におけるブレードの先端が吸
込具本体の開口から外側へ出ない寸法に設定されている,と認めることはできな
い。先願発明1において,ブレード組品25は,じゅうたん28の中に入り込ん
で,ゴミをかき上げる機能を奏するものであるから,その先端は,ブラシ組品24
より内側にあるとしても,床面29に接触しない範囲で可能な限り外側に位置する
ように設計されるものである。しかも,畳面を清掃する場合には,傾動した上で,
積極的に畳30を掃く状態となるものであるから,畳表が本体内側にわずかに吸い
上げられることを期待してブレード先端を吸込具本体の開口から外に出ないように
設計する必然性はない。
先願発明1は,ブレードの寸法が吸込具本体から外側へ出る寸法に設計され
ていると解すべきである。
これに対し,本件発明1において「ブレードの回転半径を,前記ブラシ部材
の回転半径よりも小さく,且つ前記吸込具本体の開口から外側へ出ない寸法に形
成」した技術的意義は,ブレードがフローリング床や畳面に当たることのないよう
に,ブレード先端とフローリング床や畳面の間にわずかな隙間を形成するだけでな
く,ブレード先端が掃除中に吸込具本体の開口に吸い上げられた畳表に当たらない
ようにすることにもある。本件発明1においても,畳表が吸込具本体の底面開口よ
り内側に吸い込まれ,不可避的にブレード先端が畳表に接触することがあり得る。
しかし,その場合のブレード先端と畳表との接触圧力は,ブレード先端が,吸込具
本体の底面より外側で畳表と接触する場合と比べ小さいものとなるので,ブレード
の接触による畳表の摩耗は少ない。
決定は,先願発明1の認定を誤り,また,相違点に係る本件発明1の技術的
意味も誤認し,その結果,本件発明1と先願発明1とが同一である,との誤った判
断をしたものである。
2 本件発明2と先願発明2との相違点についての判断の誤り
決定は,本件発明2と先願発明2との相違点について,「先願明細書2に記
載された発明のブレードも,ブレード先端と床面との間に僅かな隙間を形成してい
るという本件発明2と同じ構造を有するものであるから(段落【0024】,
【0053】の記載参照),実質上,ブレードの寸法は吸込具本体の開口から
外側へ出ない寸法に設定されていると認めるのが妥当である。したがって,両者は
相違点がなく,同一発明であるものと認められる。」(決定書8頁4行~9行)と
認定判断した。しかし,この認定判断は誤りである。
先願明細書2(甲第5号証はその内容を示す特許公報である。)には,「更
に,絨毯の掃除の際には,図9に示す塵埃の掻き上げ効果の高い可橈性を持つブレ
ード12を設けた回転清掃体13Aを吸口カバー4を取外して,回転清掃体13と
交換して用いる事が出来る。ブレード12の寸法は,掃除面に吸口1を置いたと
き,掃除面とブレード12の間は,僅かな隙間が開く寸法に設定し,フローリング
床等の木床上で使用されてもブレード12が上記,木床で擦れる事のないようにし
ている。」(段落【0024】),「また,吸口1底面よりの突出量がブレード1
2の突出量よりも,拭きブラシ71dが大きいため,例えばフローリング木床など
にある溝等によく入り込むため,溝内に入っている微細塵の捕集効果が高い。」
(段落【0054】)との記載がある。
これらの記載,特に段落【0054】中の「吸口1底面よりの突出量がブレ
ード12の突出量よりも,拭きブラシ71dが大きい」との記載によれば,先願発
明2においては,ブレードの回転半径が,吸込具本体の開口から外側へ出る寸法に
形成されていることは明瞭である。先願発明2におけるブレードの寸法につき,吸
込具本体の開口から外側へ出ない寸法に設定されていると認めることはできない。
被告は,「吸口1底面」からブレードが突出するか否かは,設計上の微差に
すぎない,と主張する。しかし,設計上の微差とする判断は,決定には何ら示され
ていない。被告が本訴において,このような主張をすることは許されない。
ブレードは,じゅうたんを掃除するときには,じゅうたんの塵埃を有効に掻
き出すために,むしろ,その回転半径が大きい方がよい。しかし,フローリング床
や畳を掃除するときには,ブレードがフローリング床面や畳面に接触しないように
することが好ましい。そこで,本件発明2では,ブレードの回転半径を「吸込具本
体の開口から外側へ出ない寸法」としたものである。本件発明2の「ブレードの回
転半径を,前記ブラシ部材の回転半径よりも小さく,且つ前記吸込具本体の開口か
ら外側へ出ない寸法に形成」した技術的意義は,単に,ブレードがフローリング床
面や畳面に当たることのないように,ブレード先端とフローリング床面や畳面との
間にわずかな隙間を形成することだけにあるのではなく,これに加えて,ブレード
先端が掃除中に吸込具本体の開口に吸い上げられた畳表と当たらないようにするこ
とにもある。本件発明2においても,畳表が吸込具本体の底面開口より内側に吸い
込まれ,不可避的にブレード先端が畳表に接触することはあり得る。しかし,その
場合でも,ブレード先端と畳表との接触圧力は,ブレード先端が,吸込具本体の底
面開口より外側で畳表と接触する場合と比べ小さいものとなるので,ブレードの接
触による畳表の摩耗は少ない。このように本件発明2と先願発明2との間には作用
効果上の明らかな差異がある。両者の差異を設計上の微差であるとすることはでき
ない。
決定は,先願発明2の認定を誤り,相違点に係る本件発明2の構成の技術的
意義も誤認し,その結果,相違点について誤った判断をしたものである。
第4 被告の反論の要点
1 本件発明1と先願発明1との相違点についての判断の誤り,の主張について
先願明細書1には,「この場合は,ブラシ組品24とブレード部品25は前
述のじゅうたんの場合と逆の状態となり床面29ではブラシ組品24によって掃除
される。なお,ブラシ27はブレード25bより長くしてあり,また,床面29上
では,パワーブラシ1は掃除面より沈み込まないので,ブレード組品25は,図4
(d)の如く床面29に当接しない。」(段落【0053】)との記載がある。同
記載によれば,ブレード組品25は,床面上では,床面に当接しない。同明細書の
図23(別紙図面1参照)によれば,床面と吸込口本体2の開口(ソリ3の先端部
開口部)とがほぼ同一平面に位置することが認められるから,ブレード組品25
は,吸込口本体の開口から外側へ出ない寸法に設定されていると認めるのが相当で
ある。
原告の引用する先願明細書の段落【0054】の記載は,畳表が吸込口本体
の開口より内側に吸い上げられた結果,畳表が浮き上がってブレード組品25と当
接することをいうものと解すべきである。
2 本件発明2と先願発明2との相違点についての判断の誤り,の主張について
先願明細書2には,ブラシ71の突出に関し,「図2(判決注・別紙図面2
参照)で示すように吸口1の車輪11,及びローラ10底面より突出しておりフロ
ーリング床面等に常に接触する寸法になっている。」(段落【0020】),「拭
きブラシ71d外径は,ブレード12外径よりも大きく,且つ,吸口1の吸込口8
室底部より突出し,木床や畳などの掃除面に当接するように寸法を設定している。
このため掃除面に吸口1を置いたとき掃除面と拭きブラシ71dは常に接触する寸
法になっている。」(段落【0050】)との記載がある。先願明細書2のこれら
の記載によれば,同明細書において,「底面」及び「底部」の用語は,「掃除面」
の意味でも使用されている。同明細書の段落【0054】における「吸口1底面」
がどの部分を指すのかについては,同明細書中に説明がなく,ブレード12が「吸
口1底面」から突出するという態様又はその技術的意義は不明である。したがっ
て,同段落における記載が原告主張のように「ブレードの回転半径を吸込具本体の
開口から外側へ出る寸法に形成されている」ことを意味するものである,と断定す
ることはできない。
仮に,同明細書にいう「吸口1底部」は,「下ケース3の下面」(段落【0
008】)を指すとするのが正しい解釈であるとするならば,段落【0054】の
記載は,開口部である「吸口1底面」からブレードが突出していることを示してい
ると解すべきことになるであろう。しかし,そのように解したとしても,「吸口1
底面」からブレードが突出するか否かは,設計上の微差にすぎないというべきであ
る。
先願明細書2の段落【0024】には,「ブレード12の寸法は,掃除面に
吸口1を置いたとき,掃除面とブレード12の間は,僅かな隙間が開く寸法に設定
し,フローリング床等の木床上で使用されてもブレード12が上記,木床で擦れる
事のないようにしている。」との記載がある。先願発明2において,吸口1底面よ
りの突出量を,ブレードと拭きブラシとで異ならせる技術的意義が,ブレードが床
面に当たらないようにブレード先端と床面とのわずかな隙間を形成したことにある
のは明らかである。
本件発明2において,ブレードの回転半径を,「吸込具本体の開口から外側
へ出ない寸法」とした点の技術的意義は,本件明細書の記載からすると,フローリ
ング床や畳を掃除する場合にブレードがフローリング床面や畳面に当たらないとい
うことにあり,他に技術的意義が存在するとは認められないから,上記の点は,ブ
レードがフローリング床面や畳面に当たることのないように,ブレード先端とフロ
ーリング床面や畳面との間にわずかの隙間を形成していることを意味しているにす
ぎない。
そうだとすると,実質上,両者間に作用効果上の差異は見いだせず,構造
上,「ブレードの回転半径」を,「吸込部本体の開口から外側へ出る寸法に形成」
するか,「吸込具本体の開口から外側へ出ない寸法に形成するかの相違は,単なる
設計上の微差というほかない。
先願発明2は,ブレード先端と床面との間にわずかな隙間を形成していると
いう点で本件発明2と同じ構造を有するものであるから,実質上,ブレードの寸法
は吸込具本体の開口から外側へ出ない寸法に設定されているとした決定の認定判断
に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 本件発明1,2の概要
本件明細書(甲第2,第3号証)には,本件発明1,2について次の記載が
ある。
ア「【産業上の利用分野】
本発明は,回転ブラシを有する電気掃除機の床用吸込具に関するもので
ある。
【従来の技術】
従来,この種の電気掃除機の床用吸込具としては,特開平1-2598
24号公報(A47L9/04)に開示されているように,回転ブラシが,回転体
と,この回転体に取り付けられたゴム製などのブレードとからなるものが知られて
いる。
このような床用吸込具における回転ブラシのブレードは,掃除すべき箇
所がじゅうたん,畳またはフローリング床のいずれの場合でも,掃除面に常に当接
するように回転する。」(段落【0001】~【0003】)
イ「【発明が解決しようとする課題】
このような床用吸込具にあっては,じゅうたんを掃除する場合は,回転
ブラシのブレードが回転してじゅうたんから塵や埃をたたき出し,良好な掃除を行
うことができる。しかしながら,畳やフローリング床を掃除する場合は,回転ブラ
シのブレードが回転することで,畳が摩耗したり,フローリング床に傷がついたり
するおそれがあった。
また,回転ブラシの回転体に,ゴム製などのブレードとブラシ部材とを
取り付けた床用吸込具が提案されている。この床用吸込具では,回転ブラシのブラ
シ部材により畳やフローリング床を磨くことができるが,ブレードも畳やフローリ
ング床に当たるため,畳やフローリング床に傷がつくとともに,ブラシ部材の腰が
弱いため,塵埃の掻き取り効果が低いという問題があった。
本発明は,上記の実情に鑑みてなされたものであり,その目的は,じゅ
うたん,畳およびフローリング床のいずれの掃除面にも対応することができる電気
掃除機の床用吸込具を提供することにある。」(段落【0004】~【000
6】)
ウ 本件発明1,2は,上記の課題を解決するため,請求項1,2に記載さ
れたとおりの構成を採用した(段落【0007】~【0011】)
エ「ブレードの回転半径はブラシ部材の回転半径よりも小さい。このため,
じゅうたんを掃除するときには吸込具本体あるいは移動用車輪の一部がじゅうたん
の中に沈むので,回転するブレードがじゅうたんの塵埃を掻き出す。一方,畳やフ
ローリング床を掃除するときには吸込具本体あるいは移動用車輪は沈まないので,
畳やフローリング床には,回転するブレードは触れずに,回転するブラシ部材だけ
が触れる。そして,ブラシ部材が,畳やフローリング床の塵埃を掻き出すととも
に,それらの表面を磨く。」(段落【0013】)
オ「この床用吸込具M1は,次のようにして用いられる。すなわち,じゅう
たんを掃除する際には,吸込具本体1に取り付けられた車輪14・15の一部がじ
ゅうたんの中に沈むので,回転ブラシ4が回転すると,回転するブレード11がじ
ゅうたんの塵埃を掻き出す。
一方,畳やフローリング床を掃除する際には,吸込具本体1は沈まない
ので,回転ブラシ4が回転すると,畳やフローリング床には,回転するブレード1
1は触れずに,回転するブラシ部材12だけが触れる。そして,ブラシ部材12
が,畳やフローリング床の塵埃を掻き出すとともに,それらの表面を磨く。このと
き,ブラシ部材12は膨出部13・13により挟持されてその腰が強くされている
ため,塵埃の掻き出しと表面磨きとの効果が大きい。」(段落【0022】~【0
023】。実施例1についての説明である。)
カ「この床用吸込具M2は,次のようにして用いられる。すなわち,じゅう
たんを掃除する際には,吸込具本体1に取り付けられた車輪14・15の一部がじ
ゅうたんの中に沈むので,回転ブラシ24が回転すると,回転するブレード11が
じゅうたんの塵埃を掻き出す。一方,畳やフローリング床を掃除する際には,吸込
具本体1は沈まないので,回転ブラシ24が回転すると,畳やフローリング床に
は,回転するブレード11は触れずに,回転するブラシ部材12だけが触れる。そ
して,ブラシ部材12が,畳やフローリング床の塵埃を掻き出すとともに,それら
の表面を磨く。
この床用吸込具M2は,ブラシ部材12と比較して重量の大きいブレー
ド11の回転半径をブラシ部材12の回転半径よりも小さくしたので,両者の重量
差が従来よりも軽減されている。したがって,回転ブラシ24の回転時に大きな振
動や騒音の発生を防止することができる。また,吸込具本体1が沈まない畳やフロ
ーリング床の掃除時には,ブレード11が掃除面に当接せず,傷や摩耗の発生する
おそれを防止することができる。」(段落【0027】~【0028】。実施例2
についての説明である。)
キ「【発明の効果】
本発明の電気掃除機の床用吸込具は,じゅうたん,畳及びフローロング
床のいずれの掃除面にも対応することができる。即ち,じゅうたんを掃除する際
は,ブレードで塵埃を効率よく掻き出すことができ,畳及びフローリング床を掃除
する際は,ブレードが掃除面に当接しないため,畳及びフローリング床を傷つける
おそれがない。」(段落【0036】)
本件明細書中の上に認定した記載によれば,本件発明1,2は,電気掃除
機の床用吸込具において,じゅうたんを掃除する場合に塵や埃をたたき出す役割を
果たすブレードが,フローリング床や畳を掃除する場合には,フローリング床面や
畳面に当たって傷を付けることがある,との問題点を解決するために,吸込具本体
が沈まないフローリング床や畳の掃除をするときに,ブレードとフローリング床面
及び畳面との間に隙間が生じるようにすることによって,ブレードがフローリング
床面や畳面に当接しないようにしたものである,ということができる。
2 本件発明1と先願発明1との相違点についての判断の誤り,の主張について
(1) 決定は,本件発明1と先願発明1との一応の相違点として認定した「ブレ
ードの回転半径を,前者(判決注・本件発明1)は「吸込具本体の開口から外側へ
出ない寸法に形成」したのに対し,後者(判決注・先願発明1)は,その点が明瞭
でない点」について,「本件発明1において,前記ブレードの回転半径を,「吸込
具本体の開口から外側へ出ない寸法」とした点の技術的意義は,本件特許明細書の
記載からすると,床面を掃除する場合にブレードが床面に当たらないということに
あり,他に技術的意義が存するとは認められないところ,電気掃除機の一般的な構
造からして,床面と吸込具開口(吸込口)面との間にはわずかな隙間しか存在しな
いことが周知であるから,上記の点は,ブレードが床面に当たることのないよう
に,ブレード先端と床面との間にわずかの隙間を形成していることを意味している
にすぎない。そうだとすると,先願明細書1に記載された発明のブレードも,ブレ
ード先端と床面との間にわずかな隙間を形成しているという本件発明1と同じ構造
を有するものであるから(段落【0053】の記載参照),実質上,ブレードの寸
法は吸込具本体の開口から外側へ出ない寸法に設定されていると認めるのが妥当で
ある。したがって,両者は相違点がなく,同一発明であるものと認められる。」
(決定書7頁2行~15行)と認定判断した。
(2) 原告は,本件発明1において,前記ブレードの回転半径を,「吸込具本体
の開口から外側へ出ない寸法」とした点の技術的意義は,ブレードがフローリング
床面や畳面に当たることのないように,ブレード先端とフローリング床面と畳面と
の間にわずかな隙間を形成することだけにあるのではなく,ブレード先端が掃除中
に吸込具本体の開口に吸い上げられた畳表と当たらないようにすることにもある,
と主張する。
しかしながら,本件明細書中には,掃除中に吸込具本体の開口に吸い上げ
られた畳表とブレードとの当接についての記載は全くない。むしろ,畳表は,同明
細書において,フローリング床面と全く同じ位置付けで扱われていることが明らか
である(甲第2,3号証)。本件明細書のこのような記載状況の下で,ブレード先
端が掃除中に吸込具本体の開口に吸い上げられた畳表と当たらないようにするこ
と,を本件発明1の技術的意義とすることはできない。
上記1で認定した本件明細書の記載によれば,本件発明1において,ブレ
ードの回転半径を吸込口本体の開口から外側に出ない寸法に形成した,との構成の
技術的意義は,床面(フローリング床面や畳面)を掃除する場合にブレードが床面
に当たらないということに尽きる,ということができる。弁論の全趣旨によれば,
電気掃除機において,床面と吸込具開口(吸込口)との間には隙間が存在するこ
と,しかしその隙間はわずかであることは,周知の事項であると認められるから,
上記の技術的意義は,決定のいうように,ブレードが床面に当たることのないよう
に,ブレード先端と床面との間にわずかの隙間を形成することを意味する,と解す
るほかない。
原告の主張は採用することができない。
(3) 先願明細書1(甲第4号証)には,先願発明1について,「この場合(判
決注・床面29を掃除する場合)は,ブラシ組品24とブレード組品25は前述の
じゅうたんの場合と逆の状態となり床面29ではブラシ組品24によって掃除され
る。なお,ブラシ27はブレード25bより長くしてあり,また,床面29上で
は,パワーブラシ1は掃除面より沈み込まないので,ブレード組品25は,図4
(d)(判決注・別紙図面1参照)の如く床面29に当接しない。」(段落【00
53】)との記載がある。この記載によれば,先願発明1において,ブレード先端
は床面との間にわずかな隙間を形成しており,この点において本件発明1と同じ構
造を有することが明らかである。
原告は,先願発明1において,ブレード先端が床面との間にわずかな隙間
を形成しているとしても,ブレードの寸法は,吸込具本体から外側に出る寸法に形
成されている,と主張する。
電気掃除機において,床面と吸込具開口(吸込口)との間にはわずかとは
いえ隙間が存在することが周知であることは,前述のとおりである。このように,
ブレードの先端と床面との間にわずかとはいえ隙間を形成している以上,ブレード
の寸法が吸込具本体の開口から外側に出る寸法に形成されているということは,あ
り得ることである。
しかしながら,先願発明1が先願明細書1の上記記載によって示されるよ
うなものである以上,逆に,そのブレードが,吸込具本体の開口から外側に出る寸
法に形成されなければならないものでもないことも自明である。そうだとすれば,
先願明細書1に接した当事者は,吸込具本体の開口より内側にとどまる寸法に形成
されたブレードをも,そこに開示されていると把握することになるというべきであ
る。
仮に,先願発明1が,ブレードの寸法が吸込具本体の開口から外側に出る
寸法に形成された構成のものに限られるとしても,結論に変わりはないというべき
である。本件発明1において,ブレードの寸法が吸込具本体の開口から外側に出な
い構造としたことの技術的意義は,結局,ブレードの先端と床面との間にわずかな
隙間を形成することを意味するにすぎないことは,前述のとおりであることに照ら
すと,いずれもブレードの先端と床面との間にわずかな隙間を形成している本件発
明1と先願発明1において,ブレードの寸法が吸込具本体の開口から外側に出てい
るか否かの差異は単なる設計上の微差にすぎないとみることができるからである
(決定の「先願明細書1に記載された発明のブレードも,ブレード先端と床面との
間にわずかな隙間を形成しているという本件発明1と同じ構造を有するものである
から・・・,実質上,ブレードの寸法は吸込具本体の開口から外側へ出ない寸法に
設定されていると認めるのが妥当である。」との記載は,先願発明1のブレードの
寸法と本件発明1のブレードの寸法との間に差異があったとしても設計上の微差で
あるにすぎず,実質上同一であると評価することができる,との趣旨を含むものと
理解することができる。)。
本件発明1と先願発明1との間の相違点は一応のものにすぎないとした決
定に,誤りはない。
3 本件発明2と先願発明2との相違点についての判断の誤り,の主張について
決定は,本件発明2と先願発明2との一応の相違点として認定した,「ブレ
ードの回転半径を前者(判決注・本件発明2)は,「前記吸込具本体の開口から外
側へ出ない寸法に形成」したのに対し,後者(判決注・先願発明2)は,その点が
明瞭でない点」について,本件発明1についての判断と同様の判断をした。
先願明細書2(甲第5号証)には,「ブレード12の寸法は,掃除面に吸口
1を置いたとき,掃除面とブレード12の間は,僅かな隙間が開く寸法に設定し,
フローリング床等の木床上で使用されてもブレード12が上記,木床で擦れる事の
ないようにしている。」(段落【0024】)との記載がある。同記載によれば,
先願発明2において,ブレードが床面に当たらないようにブレード先端と床面との
間にわずかな隙間を形成していることは明らかである。
原告は,先願発明2において,ブレード先端が床面との間にわずかな隙間を
形成しているとしても,ブレードの寸法は,吸込具本体から外側に出る寸法に形成
されている,と主張する。
先願明細書2(甲第5号証)には,「また,吸口1底面よりの突出量がブレ
ード12の突出量よりも,拭きブラシ71dが大きいため,例えばフローリング木
床などにある溝等によく入り込むため,溝内に入っている微細塵の捕集効果が高
い。」(段落【0054】)との記載がある。この記載の下では,先願発明2にお
いては,ブレードの寸法は吸込具本体の開口から外側に出る寸法に形成されてい
る,とするのが,自然な理解であるということができる。
しかしながら,仮に,先願発明2がこのような構成のものであったとして
も,本件発明2において,ブレードの寸法が吸込具本体の開口から外側に出ない構
造としたことの技術的意義は,結局,ブレードの先端と床面との間にわずかな隙間
を形成することを意味するにすぎないことは,本件発明1について述べたところと
同じであり,このことに照らすと,いずれもブレードの先端と床面との間にわずか
な隙間を形成している本件発明2と先願発明2において,ブレードの寸法が吸込具
本体の開口から外側に出ているか否かの差異は,単なる設計上の微差にすぎないも
のというべきである。この意味において,本件発明2と先願発明2とは実質的に同
一である。
原告は,設計上の微差とする判断は,決定には何ら示されていない,と主張
する。しかしながら,決定の「先願明細書2に記載された発明のブレードも,ブレ
ード先端と床面との間にわずかな隙間を形成しているという本件発明1と同じ構造
を有するものであるから・・・,実質上,ブレードの寸法は吸込具本体の開口から
外側へ出ない寸法に設定されていると認めるのが妥当である。」との記載は,先願
発明2のブレードの寸法と本件発明2のブレードの寸法との間に差異があったとし
ても設計上の微差であるにすぎず,実質上同一であると評価することができる,と
の趣旨を含むものと理解することができる。
原告の主張は採用することができない。
第6 結論
以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,
その他,決定にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請
求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法6
1条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官     山   下   和   明
裁判官     阿   部   正   幸
裁判官     高   瀬   順   久
 
(別紙)
図面1図面2更正決定

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