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平成14(行ケ)258行政訴訟 特許権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成15年11月28日
事件種別 民事
法令 特許権
特許法29条2項2回
キーワード 審決46回
実施8回
進歩性7回
刊行物3回
分割1回
優先権1回
新規性1回
主文
事件の概要

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判決文

平成14年(行ケ)第258号 審決取消請求事件
口頭弁論終結の日 平成15年11月17日
            判    決
 原    告     アプライド・リサーチ・システムズ・エイアールエス・
ホールディング・ナムローゼ・フェンノートシャップ
 同訴訟代理人弁護士  鈴 木   修
同          深 井 俊 至
同     弁理士  富 田 博 行
 被    告     特許庁長官 今井康夫
 同指定代理人     佐 伯 裕 子
同          眞壽田 順 啓
 同          涌 井 幸 一
 同          一 色 由美子
            主    文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を3
0日と定める。
            事実及び理由
第1 請求
 特許庁が平成7年審判第14475号事件について平成13年12月10日
にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
 1 争いのない事実
(1) 訴外インテグレーテッド・ジェネティックス・インコーポレーテッドは、
1983(昭和58)年11月2日(以下「本願優先日」という。)に米国におい
てした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和59年10月31日にした特許出
願(特願昭59-504232号)を分割して、平成5年6月30日、発明の名称
を「ヘテロポリマー系蛋白質」とする発明(以下「本願発明」という。)について
特許出願をした(特願平5-162620号)が、平成7年3月28日付けで拒絶
査定を受けたので、同年7月3日、これに対する不服の審判請求をするとともに、
同年7月20日付手続補正書により手続補正をした。
  特許庁は、上記審判請求を平成7年審判第14475号事件として審理し
た上、平成9年5月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以
下「1次審決」という。)をし、その謄本は、同年8月4日、原告に送達された
(なお、上記訴外人は、平成7年9月16日、上記出願に関する特許を受ける権利
を原告に譲渡し、同年10月3日に名義変更届を提出した。)。
  原告は、同年11月28日、1次審決の取消請求の訴えを提起し、東京高
等裁判所は、同請求を平成9年(行ケ)第302号審決取消請求事件として審理し
た上、平成12年2月17日、「特許庁が平成7年審判第14475号事件につい
て平成9年5月30日にした審決を取り消す。」との判決をし、平成12年2月2
2日に「判決21頁2行目の『進歩性』を『新規性』と更正する。」との更正決定
がなされて、同判決は確定した。
  その後、特許庁において再び審理がなされ、原告は、平成12年9月25
日付けで拒絶理由通知を受けたので、平成13年1月9日付手続補正書により手続
補正(以下「本件補正」という。)をした。しかし、同年12月10日、「本件審
判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)があり、そ
の謄本は、平成14年1月21日、原告に送達された。
(2) 本件補正により補正された請求項1記載の本願発明の要旨は、本件審決に
記載された以下のとおりである。
【請求項1】他のホルモンを含まず、翻訳後に修飾されており、そして生物
学的に活性なhCGである、組換えヒトタンパク質ホルモン。
(3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明1が、本願優先日前
の技術を勘案すれば、同日前に頒布された刊行物である「Nature 
Vol.281,p.351-356」及び「Nature Vol.286,p.684-687」(甲8及び9、以下「引
用例1」及び「引用例2」という。)に記載された各発明(以下「引用発明1」及
び「引用発明2」という。)に基づいて、当業者が容易に想到し得る範囲を逸脱す
るものではないと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けるこ
とができないとした。
 2 原告主張の本件審決の取消事由の要点
 本件審決は、本願発明の進歩性の判断において、本願優先日当時、hCGの
生物活性が糖鎖に由来するであろうとの技術認識がないため、宿主細胞として哺乳
類動物細胞が選択され得ないにもかかわらず、これを容易に選択できたものと誤認
する(取消事由1)とともに、hCGの合成に困難性があったことを看過した(取
消事由2、3)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 宿主細胞の選択の誤認(取消事由1)について
 本件審決が、(天然の)「hCGがαサブユニット及びβサブユニットか
らなる糖鎖で修飾された糖タンパク質であることも周知の事柄であった」(2頁下
から5~4行)と認定したことは認めるが、「本件優先日前には既にSV40含有
ベクターを用いてマウスもしくはサル由来の哺乳動物細胞宿主のゲノム中にヒト由
来生理活性タンパク質の遺伝子を導入することで、糖鎖も天然の修飾程度に極めて
近く、生理活性も有する組換え体が得られた成功例が多数報告されていた時期であ
る」(2頁下から3行~3頁1行)と認定したことは、本願優先日当時の技術水準
(以下「優先日技術水準」という。)の認識を誤ったものである。
 そして、この誤った技術水準の認識を前提として、本件審決が、「ヒト由
来の糖鎖で修飾された糖タンパク質ホルモンであるhCGを天然と同等の生理活性
を有する組換え体で得ようとすれば、糖鎖が付加できない細菌宿主ではなく、ヒト
にできるだけ近い宿主細胞である哺乳動物細胞を選択することは当業者がむしろ当
然に選択する事柄であったといえる」(3頁1~5行)と判断したことも、誤りで
ある。
ア まず、本件審決は、文献も全く示さず「成功例が多数報告されていた」
と認定をしており、違法な認定である。
  この点について、被告は、「蛋白質 核酸 酵素 臨時増刊 組換え遺
伝子の細胞への導入と発現」第28巻第14号中の論文「細胞に導入された組換え
遺伝子の発現」(共立出版株式会社昭和58年12月5日発行、乙3、以下「乙3
論文」という。)を提出し、参照文献が134にのぼることを主張するが、文献番
号1~98は、細菌及び酵母を宿主とした例であり、哺乳類宿主は、文献番号99
~127の20数件のみであり、「多数報告されていた」ということはできない。
  また、本願発明のhCGは、αサブユニット及びβサブユニットからな
るヘテロダイマータンパク質であり、そして両サブユニットがそれぞれ糖鎖で修飾
(以下「グリコシル化」ともいう。)がなされたものであるところ、被告は、本願
発明に必須の「ヘテロダイマー」及び「糖鎖修飾」の両者の要件を満たすタンパク
質に関する先行技術文献をひとつも提示していない。乙3論文の参照文献106、
108に記載されたヒトβインターフェロン(以下「ヒトIFN-β」という。)
及び文献127に記載されたヒトインターロイキン2(以下「ヒトIL-2」とい
う。)は、モノマーのタンパク質であり、同論文の表2に例示された文献に記載さ
れたタンパク質も、全部モノマーである。つまり、「ヘテロダイマー」及び「糖鎖
修飾」の両者の要件を満たす外来タンパク質の発現の成功例の報告はないのであ
る。
イ 次に、当分野の目的は、医薬の開発であるから、「天然物のhCGと同
じ生物活性を有する組換え体を得ること」が目的であって、「天然物のhCGと同
じ(糖鎖修飾の点についてまで同じ)組換え体を得ること」は、目的とされていな
かった。
  しかも、本件審決の上記認定は、「天然物のhCGと同じ糖鎖修飾がな
ければ天然物のhCGが有する目的とした生物活性が生じない」ということを前提
とするものであるが、そのような前提は周知技術として認められない。むしろ、本
願優先日当時、糖鎖修飾と生物活性の関係は十分解明されていなかったといえる。
ウ さらに、「ヘテロダイマー」及び「糖鎖修飾」がされるタンパク質の組
換え発現に際しての宿主の選択において、糖鎖が生物活性に影響しないことが明ら
かであるか又はその可能性が考えられる場合には、むしろサブユニットの会合を干
渉する可能性のある糖鎖を付加しない宿主、常識的には大腸菌を選択するはずであ
る。
  なぜなら、「ヘテロダイマー」とは、2つの異なるサブユニット分子が
会合して構成されて一つの機能を担う分子であるから、両サブユニットの糖鎖修飾
のパターンが天然形態と同じにならなければ、サブユニットの会合が困難となるこ
とが、容易に推察される一方、哺乳類宿主細胞などを利用して糖鎖は付加しても、
天然形態とは異なるパターンになる可能性が考えられるからである。本願優先日後
の発表(甲34)であるが、αサブユニットの糖鎖はダイマー形成に影響すること
が示されている。
  そして、糖鎖を除去したhCGであっても、排卵阻害の生物活性を有す
ることが示されており(甲13)、また、糖鎖は、受容体への結合活性及び免疫活
性について重要でなく、cAMP蓄積の刺激に重要であったことが示されており
(甲14)、さらに、インターフェロンβ1(IFN-β1)を細菌細胞中で発現さ
せ、組換え生成物が糖鎖を付加されていないにもかかわらず、抗ウイルス活性を示
している(甲15、以下、明記しない限り枝番号の書証を含む。)のであるから、
hCGやIFN-β1などの糖タンパク質において、糖鎖に影響されない生物活性の
存在が本願優先日前に明らかであった。
  被告は、hCGの糖鎖の生物活性への影響について論じている(乙8、
甲13、14)が、そもそも、「hCG生物活性の多くが夾雑物によった」(乙
1)のであるから、糖鎖に必須な活性と必須でない活性との関係を明らかにしない
限り、この議論は前提を欠くことになる。仮に、被告の主張する生物活性が、夾雑
物によるものでなくhCG由来であるとしても、上記のような受容体結合活性が糖
鎖に影響されない活性であるとの事実が否定されなければ、糖鎖を付加する理由は
なく、大腸菌を宿主として選択する動機は否定されない。
  そうすると、hCGを天然と同等の生物活性を有する組換え体で得よう
とする場合に、当業者が、糖鎖が付加できない細菌宿主ではなく、哺乳動物細胞を
当然に選択するなどということはできないのである。むしろ、当業者は、本願優先
日前に宿主細胞として最も広く用いられており、扱いやすく、その遺伝子工学上の
性質がよく理解されていた大腸菌等の原核細胞宿主を選択するのが自然である。実
際に、天然物に代わるものを組換え体で得ようとした場合には、圧倒的に大腸菌等
の哺乳動物細胞以外の細胞を宿主とした例が報告されているのである(乙3論
文)。
エ また、ヒトIL-2は、サル宿主(COS)細胞中でグリコシル化(糖
鎖修飾)されなかった(乙4、甲22訳文)のであるから、同じ哺乳類どうしであ
っても、宿主細胞によっては、異種哺乳類遺伝子に糖鎖を付加しない例や、糖鎖は
付加しても天然形態とは異なるパターンになる可能性が考えられた。そして、本願
優先日当時、真核タンパク質が宿主細胞中で組換え発現される場合に、タンパク質
がグリコシル化されるの否かについて一般論を教示する証拠はない。
  そうすると、本願優先日当時、糖鎖構造の複雑性及び宿主の違いによる
パターン変化の可能性からすれば、糖鎖修飾に関して生物活性を付与する修飾が得
られると予測することも、天然型と同じ構造をとると予測することも、困難であっ
たことは明確であり、哺乳動物細胞を宿主として当然のように選択して、天然のh
CGと同じ糖鎖を有するものを組換え体により製造することができるとは、到底考
えられない。
  本願優先日の十数年後にさえ、hCGのβサブユニットを大腸菌宿主に
おいて発現させて、βサブユニットの折り畳みとαサブユニットとの機能性集合体
形成を研究した論文(甲35)が公表されている事実からみても、本願優先日当時
に、成功の予測が高い大腸菌宿主を選択していた可能性を否定できない。
オ 以上のとおり、哺乳類宿主それぞれによりもたらされる糖鎖修飾の結果
が予測の域を超えるという当時の技術水準においては、hCGの発現に際し糖鎖パ
ターンを推定することは容易でなく、宿主を適切に選択して実際に発現させるとい
う多大な試行錯誤を要したといえる。
  したがって、本願発明のhCGの宿主の決定は困難であり、本願発明の
完成は容易でなかったと考えられる。
(2) hCGの合成の困難性(取消事由2)について
  本件審決が、「両遺伝子を同一の宿主細胞ゲノム中に導入しようとするこ
とは両遺伝子を等量発現させようとしていることからみても極めて自然な発想であ
って特別のものではなく」(3頁12~14行)と判断したことは、根拠がなく誤
りである。
ア 本件審決は、上記判断の根拠として、「封入体を作りやすくサイズも小
さい大腸菌ですら2つの遺伝子を等量発現させてダイマーとしたい場合にはまず同
一の宿主内で発現させることが発想され成功している」(3頁14~18行)こと
を挙げるが、大腸菌宿主は糖鎖修飾ができないので、糖鎖を修飾する本願発明の進
歩性の判断と同一に論じられない。
イ hCGがαサブユニットとβサブユニットとからなるヘテロダイマーで
あることは確かであるが、組換え発現に際して、αサブユニットとβサブユニット
が等量(1:1)発現されるような構成しか採らなかったであろうとは断言できな
い。本願発明の発明者らによる本願優先日以降の実験記録(甲17、以下「出願後
実験記録」という。)によれば、hCGのαサブユニットとβサブユニットを同一
プロモーター下に配置して発現させた場合にも、ダイマーを形成しない遊離のβサ
ブユニットが、遊離のαサブユニットに比べて約9倍大量に存在した事実が認めら
れる。なお、結果の非予測性については、出願(優先)日以降に得られた実験デー
タも参酌されるべきである。
  なお、本件審決が本願明細書に記載がないと指摘する(3頁20~21
行)本願発明の実施例として、本願発明の発明者らが本願優先日前に行った実験の
データを記載した「実験ノート」(甲36~38、一部その説明資料を含む。以下
「本件実験ノート」という。)を提出する。
ウ 以上のとおり、ヘテロダイマータンパク質の発現は、同一プロモーター
下に1:1で遺伝子を挿入しても、予測どおりの結果が得られないから、ヘテロダ
イマータンパク質である本願発明のhCGの発現の結果は、予測困難であって、本
願発明の完成が困難であったことは明らかである。
(3) hCGの合成の困難性(取消事由3)について
  本件審決が、「組換えhCGに係る本件発明は、本件優先日前の技術水準
を勘案すれば、刊行物1及び2の記載に基づき当業者が容易に想到し得る範囲を逸
脱するものではないと認められる。」(4頁15~17行)と判断したことも、誤
りである。
ア 共に糖鎖修飾がなされたヘテロダイマータンパク質の異種宿主細胞内で
の発現において、何らかの又は全ての生物活性を有するhCGを得る上で、ペプチ
ド主鎖の正確な発現、糖鎖修飾、シアル酸化、ジスルフィド結合、タンパク質の折
り畳み及びダイマーの集合等が理想的に生じるようにベクターの種類、遺伝子発現
プロモーターの種類、宿主の種類等の正しい選択及びこれらの正しい組み合わせを
得るまでに遭遇した困難は、容易に回避できたものではなく、本願発明のhCGを
現実に生産することは、困難なことであった。
  本件審決は、原告の審判手続における平成9年2月10日付意見書(乙
7、以下「乙7意見書」という。)の記載を引用した後、「遺伝子の単離こそが技
術的なブレークスルーであって、遺伝子がクローニングさえすれば、その後の哺乳
動物細胞宿主を用いて生物活性を有する組換え体を得る工程自体はその生物活性を
確認する具体的な実施例の記載も不必要なほどに本件優先日当時の常套手段であっ
たと考えていたことが窺われる。」(4頁6~14行)と認定しているが、原告
は、そのような意見を述べていないし、そのように認定する根拠もない。
  乙7意見書における陳述は、本願発明が実施可能であることを釈明した
にすぎず、実施可能性に関する拒絶理由に対する出願人の発言を、本願発明の進歩
性を否定する趣旨であると理解すべきではない。
イ 仮に、哺乳類遺伝子を発現させる場合に哺乳類宿主を選択することを認
めたとしても、必ずしもどのタンパク質でも成功するとはいえず、成功率が極めて
低かったことが明らかであり、試行錯誤を繰返さなければならない以上、本願発明
の完成は容易でなかった。すなわち、本願優先日当時、哺乳類遺伝子の異種哺乳類
宿主における発現は、「当業者なら成功する」という技術水準ではなかったのであ
る。
  乙3論文においても、前述したように、文献番号1~98は細菌及び酵
母を宿主とした例であり、哺乳類宿主は、文献番号99~127の20数件のみで
あり、全世界で2、3年間にわずか20数件だけしか成功例が存在しなかったので
ある。同論文中の文献106(甲15の2)でも、失敗して当たり前の程度の成功
率とされている。
ウ 本件審決の判断によれば、ヘテロダイマーでしかも糖タンパク質という
極めて特殊な2つの要件を具備するタンパク質であっても、遺伝子が得られれば誰
でも発現可能であったはずである。それにもかかわらず、hCGや類縁のホルモン
タンパク質以外の発現の公知例は提示できていないし、また、hCGのαサブユニ
ット遺伝子及びβサブユニット遺伝子を共に発表した研究グループも、本願発明の
ようなhCGの発現にすぐに成功してはいない。
  つまり、モノマー生理活性糖タンパク質組換え体の異種哺乳類細胞にお
ける発現の成功例があったとしても、ヘテロダイマー糖タンパク質の発現に多数の
試行錯誤が必要であったから、引用例1及び2の著者らは、本願発明の優先日出願
までの3年の間発現に成功しなかったのである。
  被告が、ヘテロダイマー糖タンパク質がモノマー生理活性糖タンパク質
と同じく予測どおりに発現できることを認識できるに足りる証拠を提示しない以
上、ヘテロダイマー糖タンパク質の異種哺乳類細胞における発現が容易であると
か、結果が予測できたとか断言することはできず、引用例1及び2を組み合わせる
ことにより本願発明が容易に完成できたとはいえないのである。
エ 欧州・米国では、本願発明の対応特許出願について、各サブユニット遺
伝子の単離を記載した引用例1及び2を意識しながら特許が認められている(甲1
8、19)。
  したがって、当業者が引用例1及び2と当時の周知技術に基づき、本願
発明を容易に想到することができたとの本件審決の判断は、欧米の特許出願審査に
おいて否定されているのである。
 3 被告の反論の要点
  本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由が
ない。
(1) 取消事由1について
ア 本願優先日よりも前の研究成果に基づき、それ以前のhCGについて得
られた知見が集大成されて解説された総説である乙3論文は、宿主-ベクターの組
合せを利用して、2、3年の間に多数の報告がなされたことを記載するとともに、
種々の有用物質を動物培養細胞に用いて糖鎖を有するタンパク質を生産する試みを
「表2.」に多数例示している。
  また、本願優先日前には、古くから知られていたCHO細胞、CV-1
細胞などのSV40含有ベクターを用いた哺乳動物細胞宿主による発現系(以下
「哺乳動物細胞宿主・SV40含有ベクター発現系」という。)を用いて、糖鎖を
有するタンパク質をコードする遺伝子を発現させることで、グリコシル化され、分
泌されている発現産物が得られることとともに、特に抗原糖タンパク質において、
その機能的な活性も保持するように折り畳まれた発現産物が得られたことも多数報
告されている(乙10~14)。
  このように、本願優先日前には、ヒト由来生理活性糖タンパク質が遺伝
子組換え技術のターゲットとなっており、哺乳動物細胞宿主・ベクター系が盛んに
研究開発され、本願優先日前の時期には、その研究成果としての「糖鎖で修飾され
た組換えヒト由来生理活性糖タンパク質」に関する報告が次々になされた時期であ
り、しかも、その際のベクターとして、SV40含有ベクターは最もありふれたも
のであった。
  なお、原告自身も、生理活性糖タンパク質をSV40を用いた哺乳動物
細胞宿主・SV40含有ベクター発現系を用いることで、適切な糖鎖で修飾された
組換え体を得ることができることが本願優先日前の技術水準であったことを、自認
しているのである(乙7意見書)。
  したがって、本件審決の認定した優先日技術水準に誤りはない。
イ 本願優先日前には、前記のとおり、医薬品製剤を目的とするヒト由来生
理活性糖タンパク質が遺伝子組換え技術のターゲットとなっていたが、これらはヒ
ト体内に投与する物質であることから、天然物とできる限り同じ(糖鎖で修飾され
た)組換え体として得ようとするのは当然である。したがって、本願優先日前に
「天然の糖鎖構造にできるだけ類似した糖鎖修飾された組換えhCG」を得ようと
いう動機付けが存在していた。
  そして、人体に投与する「医薬品」を目的として組換えhCGを得よう
とする場合、その糖鎖が、全体分子量の30%以上も占め(乙8)、生物活性と関
わる可能性があることが知られている(甲13、14、乙9)以上、骨格となるタ
ンパク質部分のみならず、まわりの糖鎖部分もできる限り天然の糖鎖と同一にしよ
うとすることは、当業者として当然の発想である。
  さらに、上記優先日技術水準を踏まえれば、組換えhCGを得ようとす
る場合の第1選択肢となる宿主が、糖鎖修飾の機構を持たない大腸菌などの原核細
胞宿主ではなく、また、真核細胞のうちでも酵母などではなく、できるだけ進化上
もヒトに近い哺乳動物細胞宿主であることは論を待たない。
  しかも、本願優先日前には、前示のとおり、哺乳動物細胞宿主・SV4
0含有ベクター発現系を用いて、糖鎖を有する糖タンパク質をコードする遺伝子を
発現させることで、グリコシル化され、分泌される発現産物が得られたこととも
に、特に抗原糖タンパク質において、その機能的な活性も保持するように折り畳ま
れた発現産物が得られたことも多数報告されていたのであるから、当業者にとって
は、哺乳動物細胞宿主・SV40含有ベクター発現系における糖タンパク質遺伝子
の発現産物が、糖鎖が付与され活性も保持された立体構造に折り畳まれることが十
分に期待される事柄であったといえる。
  したがって、「ヒト由来の糖鎖で修飾された糖タンパク質ホルモンであ
るhCGを天然と同等の生理活性を有する組換え体で得ようとすれば、糖鎖が付加
できない細菌宿主ではなく、ヒトにできるだけ近い宿主細胞である哺乳動物細胞を
選択することは当業者がむしろ当然に選択する事柄であったといえる」と判断でき
るのである。
  なお、原告の指摘する糖鎖の修飾が行われなかったヒトIL-2(乙
4、甲22訳文)については、Jurkut細胞由来の天然のヒトIL-2自体
が、N-型糖鎖を有しておらず、その理由がヒトIL-2遺伝子中にN-グリコシ
ル化部位が存在していないためである。したがって、このような事例によって、天
然の細胞内で糖鎖修飾されているタンパク質に対して、天然と同様の糖鎖修飾が起
こるであろうとの当業者の期待が揺らぐものではない。
  (2) 取消事由2について
ア ヒト由来生理活性糖タンパク質遺伝子を哺乳動物細胞で発現させようと
すれば、当該タンパク質をコードする遺伝子の全てを同一ベクターに挿入し、単一
の宿主で発現させるのが常法であるから、hCGの発現に際し、αサブユニット及
びβサブユニット遺伝子の両者を1:1の割合で含むベクターを構築して同一の宿
主内に導入しようとすることに、困難性を見出すことはできない。
  また、本願優先日前には、天然のhCGのαサブユニット及びβサブユ
ニットは、小胞体内において、ごく初期の段階で結合されて成熟タンパク質の構造
に折り畳まれ、その後、小胞体→ゴルジ体→細胞外という通常の分泌経路に従って
移動しながら、その間に各種オリゴ糖鎖の付加・プロセッシングがなされ、最終的
に細胞外へ分泌されるまでには完全な糖鎖修飾が行われる、という生合成経路をと
っていることが周知であった(乙15~17)。
  αサブユニット及びβサブユニットが、糖鎖修飾された後に細胞外で結
合するわけではないから、両サブユニットを別々に発現させてから結合しようとい
う発想はそもそもあり得ず、両遺伝子を同一ベクター内に1:1の割合で組み込
み、同一の哺乳動物細胞宿主中で発現させようとすることが最も自然な発想であ
る。
イ 本願優先日から2年後の出願後実験記録(甲17)も、その結果が予測
どおりであったことを示すものにすぎず、何ら「予測できない効果」が奏されたこ
とにはならない。また、原告の主張する「組換えhCG」の産生と同時に不完全物
質である「βサブユニット」も副産物として産生されてしまうことについては、そ
の点がいかに予測できなかったとしても、「組換えhCG」自体の効果ではない。
  (3) 取消事由3について
ア 本願明細書に記載される本願発明の組換えhCG発現過程は、本願優先
日前に先人の研究開発の結果の優れた宿主・ベクター系、及び優れた組換え手法で
あることが既に確立している技術を、単に利用し適用したにすぎない。そして、そ
の過程において、本願発明の完成までに生じた可能性のある予期しなかった障害の
存在も、その解決のための工夫の存在も窺わせるものはない。
  また、本願明細書には、組換えhCGの発現について、単に「ヘテロダ
イマーを生産する」(段落【0076】)と記載されるにすぎず、実施例において
は、実際に用いられた具体的な宿主・ベクター系は明記されておらず、上記「ヘテ
ロダイマーを生産する」という記述の根拠となる具体的なアッセイ法も、具体的な
実験データも、また、糖鎖組成、発現産物の分子量など物理化学的データも示され
ていない。
  このような本願明細書の記載からみて、原告は、組換えhCGについて
の実験系を組む場合に、先人達が提供した成功率の高い優れたツールであり、得ら
れるべき結果も十分に予測される宿主・ベクター系を利用したから、発現産物がど
のような活性を有するどのような化学物質であるかを確かめることなく、生物活性
がある組換えhCGが発現したことを疑わなかったものと推測される。
  原告自身も、乙7意見書において、本願明細書に発現及び糖鎖・活性の
確認に関する実施例を当初の明細書に含めなかった理由を、「hCGをコードする
遺伝子そのものを単離した時点で完成している。」、「その遺伝子の発現及び糖
鎖・活性確認に特別な困難は要さなかったと認識される」と断言し、本願優先日当
時、いかに高水準の組換えの「技術常識」を有していたかを主張していた。
イ 原告は、乙3論文中の哺乳動物細胞発現系において、「2~3年でたっ
た20数件の成功例」であること及び同論文中の文献106の記載を根拠に、本願
優先日前の哺乳動物細胞宿主発現系の技術的レベルを、失敗して当然の水準である
かのように主張する。
  しかし、例えば、糖タンパク質遺伝子のグリコシル化や機能性保持につ
いて積極的に述べている文献だけでも複数存在し(乙10~14)、これら文献中
においても、成功した実例を参照文献として末尾に多数記載している。しかも、乙
3論文中の文献106(甲15の2)の論文受入日は、本願優先日から約2年も前
の時期であり、本願優先日前の2、3年という期間は、哺乳動物細胞発現系におけ
る遺伝子組換え技術の分野において、日進月歩のめざましい技術的進歩があった時
期であるから、当該文献中の従来技術の記載が、当該論文作成時点での技術水準を
正確に記述したものであったとしても、それから2年も経た後の本願優先日当時の
技術水準を反映したものとはいえない。
ウ 前記のとおり、本願優先日当時、周知の天然hCGのヒトの体内の細胞
内での生合成経路をも踏まえて、引用例1及び2に記載されたhCGのα及びβサ
ブユニットそれぞれの分泌、糖鎖修飾に関わる全ORFを含む両遺伝子を、ヒトと
同じ哺乳動物細胞宿主内で発現させれば、ヒト体内の細胞内と同様の生合成経路に
従って、組換えhCGが、天然と同様のヘテロダイマー構造体に折り畳まれ、何ら
かの糖鎖修飾された状態で培養上清中に分泌されて取得できるだろうと予測するこ
とは、当業者にとって自然なことであり、その際に、hCGがヘテロダイマーであ
ることは何らの阻害要因とはならない。 
  本件実験ノート(甲36~38)の記載からも、本願発明の発明者ら
が、大腸菌を含めた他の形質転換宿主を検討して本願明細書記載の哺乳動物細胞宿
主に到達した様子もなく、また、手元のベクターに特に改良を加えることなく、ル
ーチン的に順調に実験が進行している様子が窺われ、何らかの製法上の困難性に遭
遇したことを示す記載は見当たらない。そして、取得したとするα、β-ヘテロダ
イマーに対して、糖鎖の量や組成だけでなく糖鎖の存在を確認する実験も行われた
形跡がない。
  このようなhCG遺伝子を取得してからの予測どおりの簡単な発現実験
の過程をも勘案すれば、遺伝子組換えによって本願発明の組換えhCGを得ること
が困難であったということはできない。
第3 当裁判所の判断
1 宿主細胞の選択の誤認(取消事由1)について
(1) 原告は、本願発明の宿主細胞の選択の容易性の前提となる優先日技術水準
について、本件審決が、「本件優先日前には既にSV40含有ベクターを用いてマ
ウスもしくはサル由来の哺乳動物細胞宿主のゲノム中にヒト由来生理活性タンパク
質の遺伝子を導入することで、糖鎖も天然の修飾程度に極めて近く、生理活性も有
する組換え体が得られた成功例が多数報告されていた時期である」と認定したこと
が誤りであると主張するので、以下検討する。
ア 乙3論文(題名「細胞に導入された組換え遺伝子の発現」)は、その発
行日が昭和58年(1983年)12月5日(同年11月25日印刷)であり、本
願優先日(同年11月2日)の直後であるが、本願優先日前の研究成果に基づい
て、それ以前の「細胞に導入された組換え遺伝子の発現」に関する知見が集大成さ
れて解説されたものであり、本願優先日前の一般的な遺伝子組換えの技術水準を適
切に紹介した論文であると認められる。
  同論文の「IV.発現能力をもつ組換え遺伝子の実例」には、「現在ま
でに報告されている組換え遺伝子の細胞内(主に大腸菌、酵母菌および動物培養細
胞)における発現例を列記することにする。それらの代表的な実験例は表2(…)
にまとめられている。」(1488頁左欄)と記載され、「3.動物培養細胞に導
入した場合」(1494頁右欄~1496頁左欄)の項には、「これらの宿主-ベ
クターの組合せを利用してここ2~3年の間に多数の報告がなされたが、これらは
おおむね次の3つに大別できる。…第3は、種々の有用物質を動物培養細胞を用い
て生産する試みで、インターフェロン106~108)やB型肝炎ウイルス表面抗原125、126)などの
報告がある。」(1496頁左欄)と記載され、これらの報告の実例が、「表2.
 発現能力をもつ組換え遺伝子の実例(C)-動物培養細胞に導入した場合-」
(1495頁)に示されており、動物培養細胞を用いて組換え遺伝子の発現を行っ
た多数の報告がなされていたものと認められる。
  さらに、同論文が掲載された「蛋白質 核酸 酵素 臨時増刊 組換え
遺伝子の細胞への導入と発現」第28巻第14号(乙3)の「編集後記」では、
「1981年に…「遺伝子操作」と題する「蛋白質 核酸 酵素」臨時創刊号が出
版されてからわずか2年間しか経過していないが、その間に蓄積されたこの分野の
研究実績はすでに尨大であって」(1654頁)と記載されおり、昭和56年から
58年にかけて、遺伝子組換え技術の分野で顕著な技術的進歩があったものと認め
られる。
イ 乙3論文の「表2」の実例の1つである参照文献127(「Nature 
Vol.302 (24 March 1983)p.305~310」、乙4、甲22も訳文、以下「乙4文
献」という。)には、糖鎖を有するヒト由来生理活性タンパク質であるヒトIL-
2の「cDNAをサルウィルス40(SV40)プロモーター配列に結合させ、培
養したサルCOS細胞を形質転換するため用いられたとき、ヒトIL-2に特徴的
な生物学的活性を有するポリペプチドが生産された。」(305頁の要約の項、乙
4訳文1頁)、「第5図に示されるように、このIL-2活性の用量作用曲線は、
天然IL-2のものと匹敵する。…COS細胞で産生されたIL-2の分子量が~
15,000であることを示しており、…Jurkat細胞で生成された真のヒトIL-
2と見分けがつかなかった…。したがって、…cDNA配列によりコードされてい
るタンパク質は、ヒトIL-2の公知特性の多くを示している。」(307頁右欄
最終段落、同訳文1頁)と記載される一方、ヒトIL-2の一般的分析として、
「ジャーカット細胞由来のIL-2はインビボにおいてグリコシル化されない。こ
の観察に一致して、ヒトIL-2の推定配列中には可能性のあるN-グリコシル化
部位…が不在である。しかしながら、N-グリコシル化以外の修飾、例えばO-グ
リコシル化及びシアル酸化の存在は排除できない。」(307頁左欄、甲22訳文
1頁)と記載され、第4図に、発現用に構築されたプラスミドDNAが示されてい
る。
  上記の前半の記載及び第4図によれば、ヒト由来生理活性糖タンパク質
であるヒトIL-2を、SV40プロモーターに結合させて哺乳動物細胞であるC
OS細胞で発現させると、天然IL-2と同程度の生物活性を有し、その分子量か
ら見て一定のグリコシル化がされていると推認される組換えIL-2が得られたこ
とが開示されていると認められる。他方、後半(甲22訳文)の記載によれば、ジ
ャーカット細胞由来の天然のヒトIL-2は、生体内実験で、そのアミノ酸配列中
にN-グリコシル化部位が存在していないため、N-グリコシル化されないが、そ
の他の修飾がなされることは排除できないことが示されていると認められる。
ウ クローンしたインターフェロン遺伝子を含有するハムスター細胞による
ヒトインターフェロンの産生に関する文献である「Nucleic Acids Research 
Vol.11,No.3,pp687-706(March 1983)」(乙10、以下「乙10文献」とい
う。)には、「マウスジヒドロ葉酸還元酵素(dhfr)およびウイルスプロモー
ターのコントロール下にてヒトインターフェロン(IFN-α 5あるいはIFN-
γ)コーディング配列を含有するハイブリッドプラスミドを、dhfr-チャイニー
ズハムスター卵巣(CHO)細胞中にトランスフェクトした。…CHO細胞由来の
ヒトIFN-γはグリコシル化されたことが示唆される。」(687
頁「ABSTRACT」、訳文1頁)、「IFN-β(10-12)とIFN-γ(13-
15)はグリコシル化されると考えられているのに対し、すべてではないとしても
大半のヒトαIFNはグリコシル化されていない(4)。個々のIFNを大量生産
することを目的として、これらコーディング配列を適切なプラスミド中に挿入し、
微生物中に発現させた。…正確にグリコシル化した真核生物由来タンパクは細菌内
にて生産されるとは考えられないので、炭水化物群がIFNあるいはその他何らか
のタンパクの生物学的活性に関するすべてのスペクトルに必要とされる場合は、別
の生産システムを取り入れることが必要となろう。この問題に対する我々のアプロ
ーチは、真核細胞にてクローンした遺伝子を発現することであった。というのは、
得られたタンパクがグリコシル化され、かつ分泌されると考えることができるだけ
の理由が存在していたためである。…我々は、SV40初期プロモーターのコント
ロール下にて…コーディング配列を挿入した。…得られたヒトIFN-γはグリコ
シル化されたと考えられるが、IFN-αはそうではなかった。」(687
頁「INTRODUCTION」、訳文1~2頁)と記載されている。
  これらの記載によれば、当該実験開始時点において、SV40の1部を
含むベクターを構築し、哺乳動物細胞であるCHO細胞を用いて各種インターフェ
ロン(IFN)を発現させた結果、天然でも糖タンパク質ではないIFN-αの組
換え体はグリコシル化されなかったのに対し、天然で糖タンパク質であるIFN-
γの組換え体はグリコシル化されており、CHO細胞等の哺乳動物細胞宿主を用い
れば、糖タンパク質遺伝子の発現産物がグリコシル化され分泌されることが、既に
知られていた事柄であることが示されていると認められる。
エ インフルエンザウイルスの赤血球凝集素の糖蛋白抗原(HA)遺伝子の
発現を観察している文献である「Nature Vol.300 p.598-603(Dec.1982)」(乙1
1)には、「野生型遺伝子は、サルウイルス40(SV40)-HA組換えベクタ
ーから完全にグルコシル化されたタンパク中に高性能で発現することが示されてお
り、抗原性の面と生物学的な面から活性を有する形状で感染細胞表面に示されてい
る。」(598頁要約部分、訳文1頁)と記載されている。
  この記載によれば、野生型遺伝子が、サルウイルス40(SV40)-
HA組換えベクターから完全にグルコシル化されたタンパク質中に高性能で発現
し、抗原性及び生物学的な活性を有することが示されていると認められる。
オ 同じくHA遺伝子を用いて、哺乳動物宿主細胞での発現を観察している
文献である「Proc.Natl.Acad.Sci. USA Vol.78, No.9,
p.5488-5492(Sep.1981)」(乙12)には、「A型インフルエンザウイルスの赤
血球凝集素(…)についてコードしたクローン全長DNA配列を、SV40の生存
可能な欠失突然変異体の後期領域に挿入し、早期SV40突然変異体(tsA2
8)ヘルパーの存在下にてハイブリッドDNAを増殖させた。…霊長類動物細胞へ
のハイブリッドウイルスの感染により、インフルエンザウイルスの赤血球凝集素と
分子サイズが同等であるポリペプチドの産生を認めた。放射性の糖が取り込まれる
ことから、ポリペプチドのグリコシル化が示された。赤血球の凝集から示されるよ
うに、推定上の赤血球凝集素には機能的活性が示された。」(5488
頁「ABSTRACT」、訳文1頁)と記載されている。
  この記載によれば、HAをコードした全長DNAをSV40の生存可能
な欠失突然変異体に挿入し、霊長類動物細胞に感染させることで、HAと分子サイ
ズが同等で、グリコシル化され、同等の機能的活性を示す組換え体が得られたこと
が示されていると認められる。
カ 同じくHA遺伝子の発現を観察している文献である「Nature
Vol.293,p.620-625(Oct.1981)」(乙13)には、HA遺伝子を「SV40の初
期遺伝子あるいは後期遺伝子のいずれかを置換することにより、感染細胞内におい
て大量の赤血球凝集素を発現する組換えウイルスを構成した。…これは実際のイン
フルエンザウイルス赤血球凝集素と同一の分子量であり、細胞表面に蓄積されて赤
血球吸収作用を発揮する。」(620頁要約、訳文1頁)と記載されている。
  この記載によれば、感染細胞内において、実際のHAと同一分子量で、
機能も保持されている組換え体が得られたことが認められる。
キ B型肝炎ウイルス(HBV)の表面抗原遺伝子を用いて、哺乳動物宿主
細胞での発現を観察した文献である「Proc.Natl.Acad.Sci.USA Vol.78, No.4,
p.2606-2610(Apr.1981)」(乙14)には、「B型肝炎ウイルスの、DNAフラ
グメントを運搬するサルウイルス40(SV40)組換え体を構築した。この組換
え体を感染させたサル腎細胞を培養したところ、B型肝炎ウイルス表面抗原が産生
された。抗原は、物理的特性、抗原の構成、およびポリペプチド成分がB型肝炎患
者の血清中にて発見された粒子と同一である、22nm粒子として培地中に排泄さ
れた。」(2606頁「ABSTRACT」、訳文1頁)、「HBV表面抗原遺伝子は大腸
菌でも、138,000ダルトンのHBsAg-β-ガラクトシダーゼ融合ポリペプ
チドの1部分が既に発現物として得られている(33)。驚くには当たらないが、
この融合抗原はグリコシル化されておらず、粒子化されておらず、また細菌宿主外
には排出されない。このように、哺乳動物細胞発現系では、最終的な遺伝子産物が
修飾され、複雑な生物学的構造に折り畳まれたというこれらの実例からみて、多
分、原核細胞における発現系を効果的に補う性質を備えているようである。」(2
609頁右欄~2610頁左欄、訳文1頁)と記載されている。
  これらの記載によれば、HBVの表面抗原組換え体は、哺乳動物細胞宿
主・SV40含有ベクター発現系で発現されると、抗原性が保持され、その物理的
特性、抗原の構成及びポリペプチド成分も、B型肝炎患者血清中粒子と同一である
と確認されるものであり、原核細胞宿主で発現された場合には起こらないとされ
る、グリコシル化及び複雑な生物学的構造の折り畳みが起こることが示されている
と認められる。
ク 霊長類動物細胞におけるDNAの仲介する形質転換の高収率性に関する
文献である「Science Vol.221, p.551-553(Aug.1983)」(乙18)には、「我々
は、優位な選択可能マーカーを運搬する哺乳類ベクターの存在下にて、霊長類動物
の細胞における、DNAの仲介する安定した「形質転換」に関する体系的な研究を
実施した。我々の結果から、霊長類動物の細胞は、遺伝子転移受容株としてネズミ
細胞と同等あるいは相対的に優れているといえることが示唆される。」(551頁
右欄、訳文1頁)と記載されている。
  この記載によれば、霊長類動物の細胞は、遺伝子転移受容株として相対
的に優れており、これらを用いて、安定的な形質転換を行うことが示されていると
認められ、当業者が、一般的な動物宿主細胞・哺乳類宿主細胞に関する研究成果を
踏まえて、更に宿主細胞を霊長類動物細胞にまで進展させた研究開発を行っている
ことが理解される。
(2) 以上の各文献等の内容及び公開時期から認められるように、本願優先日前
2~3年間は、ヒト由来生理活性糖タンパク質の遺伝子組換え技術に焦点が当てら
れ、サルなどの哺乳動物細胞宿主・SV40含有ベクター発現系を用いた研究開発
が活発になされており、それらの研究成果として、糖鎖で修飾されるとともに、ヒ
ト由来生理活性タンパク質と同等の生理活性を有する、組換えヒト由来生理活性糖
タンパク質が得られた旨の報告が多数行われ、当該分野における技術開発が顕著で
あったものと認められる。
ア このことは、原告自身も十分認識していたものと推認される。すなわ
ち、原告による乙7意見書においても、「本願発明に用いたSV40による発現系
は、本願優先日以前の1979年~1982年に公表された文献6-9に記載され
た系であり、…SV40が一般的な発現ベクターであることが記載されていま
す。」(乙7第2頁)、「当業者であれば、SV40を用いた旨の記載のみで発現
されたタンパク質には糖鎖が付加されている(翻訳後修飾されている)ことは容易
に認識するはずであります。」(同3頁)と述べており、本願優先日前に、ヒト由
来生理活性糖タンパク質を哺乳動物細胞宿主・SV40含有ベクター発現系で発現
させることが複数の文献で公表されていたこと、この発現系を用いることにより適
切な糖鎖で修飾された組換え体を得ることができたこと及びこのSV40が一般的
なベクターであったことを自認していたものと認められる。
  したがって、本件審決が、「本願優先日前には既にSV40含有ベクタ
ーを用いてマウスもしくはサル由来の哺乳動物細胞宿主のゲノム中にヒト由来生理
活性タンパク質の遺伝子を導入することで」、糖鎖修飾がなされ、「生理活性も有
する組換え体が得られた成功例が多数報告されていた時期である」と優先日技術水
準を認定した点に、誤りはない。
イ 原告は、本件審決が、文献も全く示さず「成功例が多数報告されてい
た」と認定したことが違法であり、この点について被告が提出した乙3論文中の文
献番号1~98も、細菌及び酵母を宿主とした例であり、哺乳類宿主は、同論文中
の文献番号99~127の20数件のみであるから、多数報告されていたとはいえ
ないと主張する。
  しかしながら、まず、出願(優先日)前の一般的な技術水準は、当業者
であれば、当然把握しているものと解されるから、審決においてその認定をするに
当たり必ずしも文献を示す必要がないことはいうまでもない。仮に、その認定内容
に問題があるとすれば、当該審決の取消訴訟において、被告が具体的証拠を示して
その当否を検討すればよいのであり、審決に当該技術水準に関する文献が示されて
いないことをもって違法とする原告の主張は、それ自体失当なものといわなければ
ならない。
  また、乙3論文が哺乳類宿主細胞の実例を29件示したことは、その限
度においても相当数な事例であると認められる上、前記認定のとおり、本願優先日
前2~3年間において、ヒト由来生理活性糖タンパク質遺伝子について、サルなど
の哺乳動物細胞宿主・SV40含有ベクター発現系が盛んに研究開発され、それら
の研究成果として、糖鎖で修飾され、ヒト由来生理活性タンパク質と同等の生理活
性を有するものが得られた旨の報告が多数行われており、顕著な技術開発があった
ものと認められるから、この点に関する原告の上記主張も、到底、採用することが
できない。
ウ さらに、原告は、本願発明に必須の「ヘテロダイマー」及び「糖鎖修
飾」の両者の要件を満たす外来タンパク質の発現の成功例の報告はないと主張す
る。
  しかし、本件審決は、本願優先日前、SV40含有ベクターを用いて哺
乳動物細胞宿主の中にヒト由来生理活性タンパク質の遺伝子を導入することで、糖
鎖修飾がなされ、生理活性も有する組換え体が得られた成功例が多数報告されてい
たと認定したのであり、この認定は、前示のとおり正当なものであって、「ヘテロ
ダイマー」及び「糖鎖修飾」の両者の要件を満たす外来タンパク質の発現の成功例
の有無により左右されるものではない(なお、このような成功例がないからといっ
て、本願発明が進歩性を有するものでないことは、後記説示のとおりであるから、
原告の上記主張も採用することができない。)。
(3) 次に、原告は、本件審決が、優先日技術水準の認識を誤ったことを前提と
して、「ヒト由来の糖鎖で修飾された糖タンパク質ホルモンであるhCGを天然と
同等の生理活性を有する組換え体で得ようとすれば、糖鎖が付加できない細菌宿主
ではなく、ヒトにできるだけ近い宿主細胞である哺乳動物細胞を選択することは当
業者がむしろ当然に選択する事柄であったといえる」と判断したことも誤りである
と主張する。
  しかしながら、 本件審決が認定した優先日技術水準に誤りがないことは前
記のとおりであるから、原告の上記主張は、その前提を欠くこととなり理由がな
い。ただし、原告は、宿主細胞として哺乳動物細胞を選択することが困難であった
旨をより詳細に主張するので、以下検討することとする。
 ア 原告は、本願発明の目的が医薬の開発であるから、「天然物のhCGと
同じ生物活性を有する組換え体を得ること」が目的であって、「天然物のhCGと
同じ(糖鎖修飾の点についてまで同じ)組換え体を得ること」は、目的とされてお
らず、また、本件審決の上記認定は、「天然物のhCGと同じ糖鎖修飾がなければ
天然物のhCGが有する目的とした生物活性が生じない」ということを前提とする
ものであるが、そのような前提は周知技術として認められず、むしろ、本願優先日
当時、糖鎖修飾と生物活性の関係は十分解明されていなかったと主張する。
  確かに、天然のhCGの糖鎖の構造は複雑であって、本願優先日当時、
未解明な部分もあったと認められるが(乙1、2)、上記優先日技術水準の認定の
とおり、サルなどの哺乳動物細胞宿主・SV40含有ベクター発現系が研究開発さ
れた成果として、糖鎖で修飾されるとともに、ヒト由来生理活性タンパク質と同等
の生理活性を有する、組換え糖タンパク質が得られた旨の報告が行われていたと認
められる。
  そして、hCGの糖鎖とその生理活性との関係に関して、「The 
Journal of Biological Chemistry, Vol.258, No.1, pp.67-74(1983.1)」
(乙8、以下「乙8文献」という。)には、「サブユニットの一方または両方が脱
グリコシル化するとホルモンの生物学的活性が劇的に低下することが示された。…
脱グリコシル化hCGは上記ホルモン反応の強力なhCG活性阻害剤であることも
見いだされた。これら研究はさらに、炭水化物がホルモン活性の発現には必要とさ
れるが、サブユニットの会合…に関係していないことを示した。」(67頁要約、
訳文1~2頁)、「サブユニットの一方または両方を脱グリコシル化すると、ホル
モンの生物活性が劇的に低下する。天然のホルモンと異なり、脱グリコシル化hC
Gはラット黄体細胞中でのcAMPやプロゲステロンの産生といったインビトロで
の細胞反応を刺激しない」(71頁左欄、訳文2~3頁)と記載されており、これ
らの記載によれば、本願優先日前の研究において、天然hCGは、脱グリコシル化
する(糖鎖を取り除く)ことでhCGのホルモン活性が劇的に失われてしまうこ
と、他方、サブユニットの会合には糖鎖が関係していないことが、それぞれ公表さ
れていたものと認められる。また、後記認定のように、甲13及び14文献も、糖
鎖を失ったhCGが、hCG本来のホルモン作用を引き起こすことが困難となる旨
を実験報告として開示しており、hCGの糖鎖がそのホルモン活性と関わりがある
ことを推認させるものである(以下、乙8文献と併せて「乙8文献等」とい
う。)。
  このように、本願優先日当時、糖鎖で修飾され、ヒト由来生理活性タン
パク質と同等の生理活性を有する、組換えヒト由来生理活性糖タンパク質が得られ
た旨の多数の報告が行われるとともに、乙8文献等に開示されるように、hCGの
糖鎖がその生理活性と関りがある旨の研究報告がなされていたのであるから、生理
的な活性を有するhCGの組換え体を得ようとする当業者が、宿主として哺乳動物
細胞を選択し、糖鎖で修飾された組換え糖タンパク質を得ようとすることは、極め
て自然な手法であると認められる。
  そもそも、本件審決は、上記のとおり、優先日技術水準を前提として、
当業者が、天然と同等の生理活性を有する組換え体を得ようとすれば、糖鎖を修飾
することが可能であり、生理活性を有するヒト生理活性糖タンパク質の組換え体の
発現を期待することができる哺乳動物細胞宿主を選択することが当然の事柄である
と判断したのであって、同判断が、天然物のhCGと同じ糖鎖修飾がなければ天然
物のhCGが有する生物活性が生じないことを前提としたわけではないし、また、
本願発明の目的が、天然物のhCGと同じ(糖鎖修飾の点についてまで同じ)組換
え体を得るものであると認定するものでもない。
  したがって、原告の上記主張は、本件審決を曲解して非難するものであ
って、失当といわなければならない。
イ 原告は、ヘテロダイマー及び糖鎖修飾されるタンパク質の組換え発現に
際しての宿主の選択において、糖鎖が生物活性に影響しないことが明らかであるか
又はその可能性が考えられる場合には、ヘテロダイマーのαサブユニット及びβサ
ブユニットの会合を干渉する可能性のある糖鎖を付加しない宿主、常識的には大腸
菌を選択するはずであると主張する。
  しかしながら、前記認定のとおり、本願優先日当時、糖鎖で修飾され、
ヒト由来生理活性タンパク質と同等の生理活性を有する、組換えヒト由来生理活性
糖タンパク質が得られた旨の多数の報告が行われるとともに、hCGの糖鎖がその
生理活性と関りがある旨の研究報告(乙8文献等)がなされていたのであるから、
糖鎖が生物活性に影響しないことが明らかであるか又はその可能性が考えられると
の前提は誤りである。
  また、原告の上記主張は、哺乳類宿主細胞などを用いて糖鎖修飾を行っ
た場合には、天然と同様の糖鎖を得ることが困難であり、かつ、そのような糖鎖修
飾の後にサブユニットの会合が行われることを前提とするものであるが、前示のと
おり、天然のhCGの糖鎖構造は、完全には解明されておらず、糖鎖構造とサブユ
ニットの会合との関係も、完全には解明されていなかったものと推測されるから、
上記のように断定することはできない(むしろ、後記認定のとおり、サブユニット
どうしは、小胞体内において初期の段階で結合され、その後細胞外に排出されるま
での間に糖鎖修飾がなされるものと予測される。)。しかも、優先日技術水準にお
いて、糖鎖修飾があることによりαサブユニット及びβサブユニットの会合が阻害
されるとの知見を示す証拠はない(なお、本願優先日後、7年以上を経て発表され
た論文(甲34、1990年12月発行)において、αサブユニットの糖鎖がダイ
マー形成に影響することが示されたとしても、上記の認定は左右されない。)。か
えって、乙8文献には、前記認定のとおり、糖鎖がサブユニットの会合に関係して
いないことが示されていたのであるから、当業者は、hCGの生理活性と関りがあ
ると考えられていた糖鎖が、他方で、αサブユニット及びβサブユニットの会合を
阻害するとの認識を有していたものとは認められない。
  そうすると、前記優先日技術水準に基づいて、天然のhCGと同様の生
理的な活性を有する組換えhCGを得ようとする当業者が、天然のhCGと同様に
糖鎖修飾された組換えhCGを得ようとすることは、極めて当然のことであり、そ
の場合に、糖鎖を修飾することができない大腸菌等の原核細胞を、組換えhCGの
発現のための宿主として選択する余地はないものといわなければならない。なお、
当業者の客観的認識に関する上記の認定は、原告が当該分野の専門家とする学者の
意見書(甲39)により左右されるものではない。
  したがって、いずれにしても原告の上記主張を採用することはできな
い。
ウ 原告は、糖鎖を除去したhCGであっても、排卵阻害の生物活性を有す
ることが示され(甲13)、糖鎖が、受容体への結合活性及び免疫活性について重
要でなく、cAMP蓄積の刺激に重要であったことが示され(甲14)、さらに、
インターフェロンβ1(IFN-β1)を細菌細胞中で発現させ、組換え生成物が糖
鎖を付加されていないにもかかわらず、抗ウイルス活性を示している(甲15)の
であるから、hCGやIFN-β1などの糖タンパク質において、糖鎖に影響されな
い生物活性の存在が本願優先日前に明らかであり、このような事実が否定されなけ
れば、大腸菌を宿主として選択する動機は否定されないと主張する。
  この点に関し、「Contraception 1983 May;27(5):515-20」(甲13、
以下「甲13文献」という。)には、化学的に脱グリコシル化したhCG調製物
(DG-hCG)について、「DG-hCGは排卵を阻害することができた。これ
らの結果は、DG-hCGがラットの生体内においてそのホルモン拮抗活性を及ぼ
し得ることを示す。」(訳文1頁)と、「THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY 
Vol.257, No.12, pp.7109-7115(1982.6)」(甲14、以下「甲14文献」とい
う。)には、脱グリコシル化したhCGについて、「受容体結合及び免疫活性は完
全に保持されたのに対して、当該ホルモンがラット小腸細胞において環状AMP蓄
積をインビトロにおいて刺激する能力は完全に破壊された」(7109頁左欄要
約、訳文1頁)と、「Journal of INTERFERON RESEARCH Vol.3, No.1,
Pp.97-111(1983)」(甲15の1の1、以下「甲15文献」という。)には、「ヒ
ト繊維芽細胞インターフェロン、INF-β1と略す、を成熟ポリペプチドをコー
ドするクローン化cDNAの直接発現により大腸菌内で生産させた。…細菌のIN
F-β1は、培養物の中で成長したDaudi細胞の増殖を阻害することにおいて
等しく活性であった。細菌のINF-β1は、ナチュラルキラー細胞の活性及び抗体
依存性細胞毒性をインビトロにおいて増強することもできた。」(97頁要約、訳
文1~2頁)と、それぞれ記載されている。
  これらの記載によれば、脱グリコシル化したhCGは、天然hCGのホ
ルモン作用である排卵作用を阻害する性質を有することが認められ、また、受容体
結合活性及び免疫活性は完全に保持されたのに対して、環状AMP蓄積ができない
ことも認められ、さらに、細菌細胞中で発現させられ糖鎖を付加されていないIF
N-β1(上記訳文中では「INF-β1」とされている。)は、抗ウイルス活性を
示していることも認められる。
  しかしながら、脱グリコシル化したhCGが上記の特性(活性)を有す
ることは、以下のとおり、本願発明が目的とするhCG本来のホルモン作用を有す
ること、つまり、hCGとしての生物学的な活性を有することとは、別異の事柄で
ある。
  すなわち、本願発明における「生物学的に活性なhCG」の「生物学的
に活性」について、特許請求の範囲に具体的な規定はなく、本願明細書(甲1、
2、6)においても明確な定義はないが、「このタンパク質はホルモン、最適には
hCG…などの性ホルモン…のような分泌タンパク質である。」(段落【000
5】)、「本発明によって作られるhCGは、例えばヒトの生殖に関係する多数の
よく知られた医療用途を有している。」(段落【0079】)と記載されており、
これらの記載によれば、本願発明の組換えhCGは、天然のhCGの有する上記性
ホルモン活性を利用するような用途を意図するものと認められる。したがって、本
願発明が、天然のhCGによる性ホルモン製剤と同等の作用効果を有しない、ある
いは、その働きを阻害するような「ホルモン阻害作用」のみを有する、組換えhC
Gの産出を意図したものでないことは当然である。
  また、hCGの総説である「蛋白質 核酸 酵素 臨時増刊 タンパク
質研究の新しい視点-化学的研究を中心にして-」第27巻第12号中の論文「胎
盤性性腺刺激ホルモン」(共立出版株式会社昭和57年9月5日発行、乙1、以下
「乙1論文」という。)には、hCGの定義及び生物学的作用について、「ヒト胎
盤性性腺刺激ホルモン(…hCG)は妊娠期間中に胎盤の脈絡膜絨毛栄養膜細胞
(…)で生産される糖タンパク質ホルモンである1)。hCGは脳下垂体起源のヒト黄
体形成ホルモン(…hLH…)と化学構造の上で、きわめてよく似ているだけでな
く、両ホルモンともに卵巣及び睾丸に対する生物学的作用もよく似ている2)。hLH
は正常な月経周期を保つように働くのに対して、hCGは受胎したときに月経周期
の開始を妨げるように作用する。妊娠の初期におけるhCGのおもな役割は、黄体
が衰えるのを防ぎ、子宮内膜を保持するのに必要なエストロゲンとプロゲスチンの
分泌を続けさせるように黄体に促進的に作用することである3)。一般的に両ホルモン
とも同じレセプターの部位で作用すると考えられている4,5)。」(1715頁左欄)
と記載されており、hCGには、上記で定義される性腺刺激ホルモンの活性(以下
「hCG活性」という。)を有することが必須であると認められる。
  以上のことからすると、本願発明における「生物学的に活性」とは、
「ヒト胎盤性性腺刺激ホルモン」と称されるhCG本来の上記「hCG活性」を意
味するものと解するのが相当であり、本願発明の「生物学的に活性なhCG」と
は、少なくとも「hCG活性」を有する組換えhCGであると認められる。
  そうすると、甲13及び14文献において、脱グリコシル化したhCG
が、排卵作用を阻害する性質を有すること及び環状AMP蓄積をできないこと、あ
るいは、ホルモン作用と関わりなく受容体への結合活性等を有することは、いずれ
も本願発明の目的とする「hCG活性」に含まれるものではなく、むしろ、本願発
明の「hCG活性」を阻害する性質を有するものといわなければならない(なお、
脱グリコシル化したhCGは、天然hCGと競合して受容体に結合した後に、自身
は何の「情報」も伝達することができないため、細胞にhCGのホルモン作用を引
き起こすことができず、結果として、天然hCGのホルモン作用を阻害したものと
推測される。また、当該hCGが、受容体結合活性及び免疫活性を保持しても、環
状AMP蓄積ができないことは、情報伝達物質の産生ができないために、hCGの
ホルモン作用を引き起こす情報伝達能力を失ったことを意味するものと認められ
る。)。そして、甲13及び14文献は、糖鎖を失ったhCGが、hCG本来のホ
ルモン作用を引き起こすことが困難となる旨を開示しているのであるから、前示の
乙8文献と同様に、hCGの糖鎖がそのホルモン活性に関わりがあることを示すも
のといえる。
  なお、甲15文献におけるIFN-β1は、hCGと同様のヒト由来生理
活性糖タンパク質ではあるが、hCGのような性ホルモンとは全く異なる物質であ
るから、IFN-β1が糖鎖を付加されていない状態で抗ウイルス活性を有するとし
ても、この研究結果が、hCG本来のホルモン作用と糖鎖との関係に影響を及ぼす
ものでないことは明らかである。
  以上のとおり、糖鎖を除去したhCGやIFN-β1が、上記の「ホルモ
ン阻害活性」等を有するとしても、当業者が、本願発明の目的とする「hCG活
性」を得ようとする場合には、組換え生成物に糖鎖を付加することを意図すること
は当然であるから、糖鎖を付加することが困難な大腸菌を宿主細胞として選択する
余地はなく、原告の上記主張は採用することができない。
  そしてまた、当業者が、本願発明の「hCG活性」を得るためには、糖
鎖を付加することが重要であるとの認識を有する以上、原告の主張するように、本
願優先日前、大腸菌等の原核細胞が宿主細胞として最も広く用いられており、その
遺伝子工学上の性質がよく理解されていたとしても、宿主細胞として選択される余
地がないことは明らかである。
  なお、原告は、乙1論文に基づいて、「hCG生物活性の多くが夾雑物
によった」と主張する。しかし、同文献の「VⅢ.おわりに」には、「hCGは高
い糖含量のために、きわめて精製の困難なホルモンの代表であるが、最近の技術的
進歩により高純度の製品が得られるようになった。ところがhCG本来の生物活性
として数えられていたうちのいくつかの活性が精製が進むに従って、実際は來雑物
からもたらされていたものであることが明らかにされて興味ある問題を提供するよ
うになった。…前二者と同様に、ゲル炉過で酵素活性は…來雑物に由来するものと
判定された。このような生物学的活性を有するものが來雑物として含まれている市
販のhCG標品を臨床研究に供することおよび投与による臨床的影響の評価に対し
て今後深い考慮をはらわねばならないだろう。」(1722頁右欄)と記載されて
おり、酵素活性が夾雑物に由来することを示しただけであって、本願発明の目的と
する「hCG活性」が夾雑物に由来すると記載するものでないことが明らかである
から、原告の上記主張も採用することができない。
エ 原告は、乙4文献において、ヒトIL-2が、サル宿主(COS)細胞
中でグリコシル化(糖鎖修飾)されなかった(甲22訳文)のであるから、糖鎖修
飾に関して生物活性を付与する修飾が得られると予測することも、天然型と同じ構
造をとると予測することも、困難であり、哺乳動物細胞を宿主として当然のように
選択して、天然のhCGと同じ糖鎖を有するものを組換え体により製造することが
できるとは考えられないと主張する。
  しかしながら、乙4文献中の原告指摘する記載(甲22訳文該当箇所)
は、ヒトIL-2をサル宿主(COS)細胞中で発現させる実験を前提とするもの
とは証拠上認められず、前記認定のとおり、単に、ジャーカット細胞由来のヒトI
L-2が、インビボ(生体内実験、その具体的内容は不明である。)において、N
-型糖鎖を有することがなく、これは、そのアミノ酸配列中にN-グリコシル化部
位が存在していないためである旨が示されているにすぎないから、原告上記主張
は、その前提において誤りがある。
  したがって、乙4文献の事例によって、天然の細胞内で糖鎖修飾されて
いるタンパク質に対して天然と同様の活性を有する程度の糖鎖修飾が起こるであろ
うとの予測が困難となるものではないから、哺乳動物細胞を宿主細胞として選択す
る動機が失われるわけではなく、原告の上記主張も採用することができない。
2 hCGの合成の困難性(取消事由2)について
 原告は、本件審決が、「両遺伝子を同一の宿主細胞ゲノム中に導入しようと
することは両遺伝子を等量発現させようとしていることからみても極めて自然な発
想であって特別のものではなく」と判断したことは根拠がなく誤りであると主張す
るので、以下検討する。
(1) 原告は、本件審決が、上記判断の根拠として、「封入体を作りやすくサイ
ズも小さい大腸菌ですら2つの遺伝子を等量発現させてダイマーとしたい場合には
まず同一の宿主内で発現させることが発想され成功している。」と指摘したことに
ついて、大腸菌宿主は糖鎖修飾ができないので、糖鎖を修飾する本願発明の進歩性
の判断と同一に論じられないと主張する。
  しかしながら、本件審決における上記記載は、2つの遺伝子を等量発現さ
せようとする場合に同一宿主内で発現させる手法が自然な選択であることを説示し
たものであり、その同一宿主細胞の例として大腸菌を示したにすぎない。そして、
上記の説示は、等量発現させようとする2つの組換え遺伝子を別々の宿主細胞に導
入すべき特段の事情について主張立証がない以上、極めて常識的な指摘であり、原
告の上記主張を採用する余地はない。
  なお、物の発明である本願発明の構成自体、2つの遺伝子を発現させよう
とする場合に同一宿主内で発現させることを特定するものではなく、本願明細書に
おいても、それぞれのユニットを別々の細胞で生産して同時培養し、その後培地中
で会合させてヘテロダイマーを形成することも開示されている(段落【008
1】)。
(2) 原告は、組換え発現に際して、αサブユニットとβサブユニットが等量
(1:1)発現されるような構成しか採らないとは断言できないと主張し、また、
出願後実験記録(甲17)に基づいて、hCGのαサブユニットとβサブユニット
を同一プロモーター下に配置して発現させた場合に、ダイマーを形成しない遊離の
βサブユニットが、遊離のαサブユニットに比べて約9倍大量に存在した事実があ
るから、ヘテロダイマータンパク質の発現は、同一プロモーター下に1:1で遺伝
子を挿入しても、予測どおりの結果が得られないことが明らかであると主張する。
  しかしながら、hCGは、αサブユニット及びβサブユニットが等量の比
率で構成されているヘテロダイマーである(当事者間に争いがない。)以上、その
組換え発現に際して、まず、両ユニットが等量(1:1)発現されるような構成を
採用することは当然である。
  また、本願優先日前において、天然hCGの生合成経路の解明は相当程度
進んでおり、αサブユニット及びβサブユニットをコードする遺伝子を同一の哺乳
動物細胞宿主で発現させれば、それぞれのサブユニット遺伝子が、小胞体内におい
て、ごく初期の段階で結合されるとともに成熟タンパク質の構造に折り畳まれ、ゴ
ルジ体及び細胞外に排出されるまでの間に何らかの糖鎖修飾がなされた形で培養上
清中に分泌されるであろうことは、十分に予測されることであったと認められる
(乙15~17)。したがって、当業者が、生物学的に活性な組換えhCGの発現
を期待して、αサブユニット及びβサブユニットをコードする遺伝子を同一の宿主
細胞ゲノム中に導入しようとすることは、自然な発想であるといわなければならな
い。
  原告の提出する出願後実験記録(甲17)にも、「我々は、ヒト絨毛性ゴ
ナドトロピン(hCG)のα及びβの両ポリペプチドサブユニットをコードするD
NAを、ウイルスのVP2及びVP1それぞれのコーディング配列に代えるように
して、単一のシミアンウイルス40(SV40)発現ベクターへ挿入した。このウ
イルス及び適当なヘルパーウイルスを感染させたサル細胞はダイマーのhCGを生
成し、この系において生成されたhCGは、ゲル濾過上の標準hCG標品とクロマ
トグラフィー上同一であり、そしてマウス子宮重量アッセイにおいて生物学上活性
であったことが示された。」(3644頁「ABSTRACT」、訳文1頁)と記載され、
本願優先日から2年後においても、αサブユニット及びβサブユニットをコードす
る遺伝子を同一の哺乳動物細胞宿主で発現させれば、組換えhCGが糖鎖修飾がな
された形で培養上清中に分泌されるという予測どおりの結果が得られたことが示さ
れており、予測できないような効果は全く開示されていない。なお、同実験記録に
おいて、組換えhCGの産生と同時に過剰なβサブユニットが観察された(364
6頁左欄~3647頁左欄、訳文2頁)としても、本願発明の目的とした「組換え
hCG」が産出されている以上、このような不完全なサブユニットが一定量産出さ
れたことは、本願発明の目的とする有用な効果とは無関係であり、また、このこと
によって、組換えhCGを同一の哺乳動物細胞宿主で発現させて糖鎖修飾させよう
とする当業者の試みが左右されるものでもない。
  いずれにしても、原告の上記主張を採用することはできない。
3 hCGの合成の困難性(取消事由3)について
 原告は、本件審決が、「組換えhCGに係る本願発明は、本願優先日前の技
術水準を勘案すれば、刊行物1及び2の記載に基づき当業者が容易に想到し得る範
囲を逸脱するものではないと認められる。」と判断したことも誤りであると主張す
るので、以下検討する。
(1) 原告は、糖鎖修飾がなされたヘテロダイマータンパク質の異種宿主細胞内
での発現において、生物活性を有するhCGを得る上で、ペプチド主鎖の正確な発
現、糖鎖修飾、シアル酸化、ジスルフィド結合、タンパク質の折り畳み及びダイマ
ーの集合等が理想的に生じるようにベクターの種類、遺伝子発現プロモーターの種
類、宿主の種類等の正しい選択及びこれらの正しい組み合わせを得るまでに遭遇し
た困難は容易に回避できたものではなく、本願発明のhCGを現実に生産すること
は、困難なことであったと主張する。
  しかしながら、本願発明の構成及び本願明細書の記載において、本願発明
のhCGの発現のために、ベクターの種類、プロモーターの種類、宿主の種類等の
選択及びこれらの組み合わせについて、前記優先日技術水準とは異なる独自に工夫
した点は認められず、どのような困難をいかなる手法により解決したのかは、全く
明らかにされていない。
  すなわち、本願明細書及び図面の実施例においては、宿主細胞として「サ
ルまたはマウス」(段落【0006】)を用い(実際の実験で用いられた細胞はど
ちらであるかは明細書中には明記されていない。)、pBR322とSV40とを
組み合わせて使用し、これらと目的遺伝子との切断・接着と大腸菌内における増殖
とを繰り返し、最終的に得られた環状DNAを、宿主細胞である哺乳動物細胞に導
入して形質転換させたことが記載されているのみである。
  そして、宿主細胞である哺乳動物細胞は、上記のとおりヒト生理活性糖タ
ンパク質の発現に際し慣用されているものと認められ、「pBR322とSV40
を組み合わせたベクター」も、例えば、乙4及び5文献に示されるように、組換え
ヒトIL-2及びヒトIFN-βを生産する場合に慣用のものと認められる。同様
に、「当初、大腸菌により目的遺伝子を増殖させてから、これを取り出し、哺乳動
物細胞に移植する」ことも常套の手段であったものと認められる(乙4、5)。
  また、本願明細書には、「大腸菌の形質転換後に目的の構造を有するプラ
スミドpαβSVVP1を単離する。このプラスミドはhCGのαおよびβサブユ
ニットの両方をコードするDNAを含み、従って宿主哺乳動物細胞内で両サブユニ
ットを発現することができ、こうして生物学的に機能性のグリコシル化ヘテロダイ
マーhCGが生産される。(グリコシル化は翻訳後に起こる)。」(段落【004
6】)と記載されており、ここで「従って」の前後の表現から明らかなとおり、
「hCGのαおよびβサブユニットの両方をコードするDNA」を含むプラスミド
を作製すれば、当然のこととして、「宿主哺乳動物細胞内で両サブユニットを発現
すること」ができるばかりでなく、「グリコシル化は翻訳後に起こる」ものとされ
ており、その過程において特段の工夫がなされたものとは認められない。
  上記事実は、原告が本願発明はhCGのα及びβサブユニット遺伝子その
ものを単離した時点で完成したものと認識していたこと(乙7)からも首肯し得
る。
  さらに、仮に、「本件実験ノート」(甲36~38)に記載されたとおり
の実験が本願優先日前に行われたとしても、同実験ノートの記載上、本願発明の発
明者らが、大腸菌を含めた他の形質転換宿主を種々検討した結果、最終的に本願明
細書記載の哺乳動物細胞宿主に到達したものとは認められず、遺伝子組換え技術上
の常套的な手法に従って順調に実験が進行している様子が窺われ、本願発明のhC
Gの発現のための組換えベクターの作製等についても、困難性があったとは認めら
れない。
  したがって、原告の上記主張は採用することができない。
  以上の説示に照らして、本願優先日当時、哺乳類遺伝子の異種哺乳類宿主
における発現が「当業者なら成功する」という技術水準ではなかったとする原告の
主張が採用できないことも明らかである。
  なお、原告は、上記の発現に関し、乙3論文中の文献106(甲15の
2)において、「失敗して当たり前の程度の成功率とされている。」と記載されて
いる旨を主張するが、当該記載に関する訳文は提出されておらず、検討することが
できない(仮に、訳文が提出されたとしても、当該文献自体、受入日が本願優先日
から約2年も前の1981年10月及び12月であって、当該文献中の従来技術の
記載が、本願優先日当時の技術水準を正確に反映したものとは言い難いと思われ
る。)。
(2) 原告は、モノマー生理活性糖タンパク質組換え体の異種哺乳類細胞におけ
る発現の成功例があったとしても、ヘテロダイマー糖タンパク質の発現に多数の試
行錯誤が必要であったため、被告が、hCGや類縁のホルモンタンパク質以外の発
現の公知例は提示できず、また、引用例1及び2の著者らは、3年もの間、hCG
の発現に成功しなかったのであり、このことは本願発明が容易に完成できないこと
を示すと主張する。
  しかしながら、ヘテロダイマー糖タンパク質を発現した文献が呈示されな
いことや、引用例1及2の著者らが直ちにhCGを発現しなかったことは、必ずし
もhCGの発現の困難性を示すものではない。仮に、原告が主張するように、本願
発明の組換えhCGの発現に多数の試行錯誤が必要であり、何らかの困難性があっ
たのであれば、上記のような間接的な事実ではなく、具体的に困難性を有する事実
(及びその解決手法)を摘示すべきであるが、本願明細書等にそのような事実を確
認するに足る記載がないことは前示のとおりであり、本願発明の組換えhCGの発
現に際して、hCGがヘテロダイマー糖タンパク質であることが阻害要因となるよ
うな具体的指摘はない。
  したがって、当業者は、既に単離されたαサブユニット及びβサブユニッ
ト遺伝子の全塩基配列である引用発明1及び2に基づいて、本願発明を容易に想到
することができたものであり、原告の上記主張も採用することができない。
  なお、原告は、欧州・米国において、本願発明の対応特許出願に関し、各
サブユニット遺伝子の単離を記載した引用例1及び2を意識しながら特許が認めら
れている(甲18、19)ことは、本願発明の進歩性を示すものであると主張する
が、欧州・米国の特許(商標)庁の出願審査において、本件審決と同様の審理検討
がなされたか否かは明らかでなく、また、その結論により、上記の認定判断が左右
されるものでもないから、原告の上記主張を採用する余地はない。
4 結論
 以上のとおり、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けるこ
とができないものであり、これと同旨の本件審決の結論には誤りがなく、その他本
件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文の
とおり判決する。
   東京高等裁判所第3民事部
         裁判長裁判官  北  山  元  章
          裁判官  青  柳     馨
          裁判官  清  水     節

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