平成14(行ケ)513行政訴訟 特許権
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裁判所 |
東京高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成15年11月5日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法36条4項1回
|
キーワード |
審決33回 実施8回
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主文 |
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事件の概要 |
|
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判決文
平成14年(行ケ)第513号 審決消請求事件(平成15年10月22日口頭弁
論終結)
判 決
原 告 バーン・プロセス・ソルーションズ・インコーポレイ
テッド
訴訟代理人弁理士 倉 内 基 弘
同 風 間 弘 志
被 告 特許庁長官 今井康夫
指定代理人 岡 千代子
同 小 曳 満 昭
同 小 林 信 雄
同 宮 川 久 成
同 伊 藤 三 男
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を3
0日と定める。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が平成10年審判第16714号事件について平成14年5月2
3日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成元年9月5日,発明の名称を「製造工程管理方法並びに装
置」とする特許出願(特願平1-503946号)をしたが,平成10年7月6日
に拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を平成10年審判第16714号事件として審理した
上,平成14年5月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決を
し,その謄本は,同年6月10日,原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成10年11月25日付け手
続補正書による補正に係るもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲
の請求項1の記載
製造工程をシミュレートし且つそれを表す出力信号を発生するためのデ
ジタルデータ処理装置の処理方法において,
A.製造工程で消費される一つ以上の資源要素を表すデジタル信号を入力
し,
B.前記製造工程により生産される一つ以上の資源要素を表すデジタル信
号を入力し,
C.前記製造工程の間に行われる一つ以上の仕事を表すデジタル信号であ
って,各仕事が,(ⅰ)その仕事によって消費される一つ以上の資源要素と,(ⅱ)そ
の仕事によって生産される一つ以上の資源要素と,(ⅲ)その仕事の間に行われる一
つ以上の生産操作と,(ⅳ)その仕事と一つ以上の他の仕事の間の製造関係と,を表
す信号を含んでいるデジタル信号を入力し,
D.前記仕事を表すデジタル信号であって,各仕事が,(ⅰ)一つの関連し
た仕事によって消費される一つ以上の資源要素と,(ⅱ)その関連した仕事によって
生産される一つ以上の資源要素と,(ⅲ)その関連した仕事の間に行われる一つ以上
の生産操作と,(ⅳ)その関連した仕事と一つ以上の他の仕事の間の製造関係と,を
表す信号を含む生産モデルを記憶し,そして
E.前記製造工程の選択された少なくとも一部を表す信号を出力すること
よりなる,
デジタル信号処理装置の動作方法。
(以下,「本願発明」といい,A~Eの工程を,それぞれ「工程A」~
「工程E」という。)
3 審決の理由
審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明の詳細な説明には,
「消費資源要素と生産資源要素との間の製造関係を表すデジタル信号を入力するこ
と」に関して,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,発明の構成が
記載されていないから,特許法36条4項(注,平成元年9月5日出願に係る本件
明細書の記載要件については,平成2年政令第258号附則2条1項により平成2
年法律第30号による改正前の特許法の規定が適用されるから,審決に「特許法3
6条4項」とあるのは,「平成2年法律第30号による改正前の特許法36条3
項」の趣旨と解される。なお,同改正の前後を通じて,規定内容に変わりはない。
以下「旧法36条3項」と読み替える。)に規定する要件を満たしておらず,特許
を受けることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
1 審決は,本件明細書が旧法36条3項所定の記載要件を具備して
いるのに,これを具備していないと誤った判断(取消事由)をしたものであるか
ら,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(明細書の記載不備の判断の誤り)
(1) 審決は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載箇所を引用した上,
「これらの記載からは,具体的に,消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデ
ジタル信号が,どのような構成の信号として入力され,その結果,どのようにし
て,消費資源及び生産資源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデジタル
信号とが処理されて,生産モデルが作成されるのか,理解できない」(審決謄本3
頁30行目~34行目)と判断したが,以下のとおり,これらは本件明細書の記載
から明りょうであり,本件明細書には審決がいう記載不備の違法はないから,誤り
である。
(2) 審決の,「消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号
が,どのような構成の信号として入力されるのか」不明りょうであるとの判断につ
いて
ア 本件明細書(甲2)には,図2に関連して,製造関係入力部24か
ら生産モデル作成部28に入力が行われることが記載されている。すなわち,「製
造工程に係る製造関係,即ち,少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生
産資源との間の関係を示すデジタル信号を入力するための製造関係入力部24と,
を備える」(11頁18行目~20行目),「製造関係入力部24は,更に,ある
仕事により生産される資源の量を記録するべきかどうかを指示するデジタル信号を
入力するための入力ポートを備える」(13頁20行目~21行目),「本発明を
好適に実施するように構成された製造関係入力部24は,更に,生産モデルに応じ
た生産工程の時間的あるいは量的産出高を表すデジタル信号を入力するための入力
ポートと,生産モデルに係る仕事に応じた一回分の仕事(仕事バッチ)の時間的あ
るいは量的産出高を表すデジタル信号を入力するための入力ポートと,生産工程産
出高と仕事バッチの産出高との間の数学的関係を表すデジタル信号を入力するため
の入力ポートと,を備える」(同頁25行目~30行目),「製造関係入力部24
は,更に,好ましくは,ある仕事中に消費される資源要素の量を表すデジタル信号
を入力するための入力ポートと,その仕事に関係する操作の継続時間を表すデジタ
ル信号を入力する入力ポートと,を備える」(14頁17行目~19行目)と記載
されており,審決は,この信号が入力されることを無視しているので,判断の遺脱
がある。
イ 本願発明では,製造関係入力部から「少なくとも一つの消費資源と
一つあるいは複数の生産資源との間の関係を示すデジタル信号」が入力されること
が最も重要である。これらの消費資源,生産資源,生産工程に関連した「ある仕事
により生産される資源の量を記録するべきかどうかを指示するデジタル信号」,
「生産モデルに応じた生産工程の時間的あるいは量的産出高を表すデジタル信
号」,「生産モデルに係る仕事に応じた一回分の仕事(仕事バッチ)の時間的ある
いは量的産出高を表すデジタル信号」,「ある仕事中に消費される資源要素の量を
表すデジタル信号」,「その仕事に関係する操作の継続時間を表すデジタル信号」
は,「少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生産資源との間の関係」に
関連した必須の又は随意の情報として,必要に応じて同時に入力されるものであ
る。
ウ また,本件明細書に「本発明のシステムで,製造関係とは,操作,
計画,及び財政上のレベルにおける消費並びに生産資源要素の関係を規定するもの
である」(3頁23行目~24行目)と記載されているとおり,本願発明の製造関
係は,操作,計画,及び財政という対象ごとに変わり得るが,消費資源及び生産資
源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデジタル信号とが処理されて,生
産モデルが作成される過程は十分理解し得るものであり,特定の生産工程が決まれ
ば,製造関係を表す信号を具体的に作成し製造関係入力部から入力できることは,
本件明細書の例示から当業者には容易に理解できる。
エ 本件明細書には,「ビーフシチューに使うためにじゃが芋を処理す
る工程を考えた場合,消費資源には,じゃが芋全体,さいの目切り装置,機械オペ
レータ時間が含まれる。ここで,操作上の関係とは,例えば,さいの目切り装置を
用いて,10ポンドのじゃが芋を,1機械オペレータ時間でさいの目に切ることが
できる,ということを示すものである」(3頁24行目~28行目)と具体的な製
造例も記載されている。この例をツリー表示すれば,別紙参考図1のとおりとな
り,このことは当業者には自明である。この例は,本件明細書の図5に資源番号
(及び量,オペレータ時間等も付記)を用いて別紙参考図2にツリー状に示されて
いるものに正確に対応している。上記の例は,消費資源より生産資源が製造される
場合の例であり,生産資源から製品が製造される例は,本件明細書の45頁に別紙
参考図3のとおり記載されている。この場合,ビーフシチューは,他の仕事で生産
された生産資源であり,ポテトは,例えば,別紙参考図1の生産資源(さいの目じ
ゃが芋)が使用されるもので,三つの仕事,すなわち,ビーフシチューの製造の仕
事,ポテトの製造の仕事及び調理の仕事とそれらの関係を表す信号が製造関係入力
部から入力されることになる。この例に工程Cを対応させると,(ⅰ)の消費資源
は,じゃが芋,さいの目切り装置,及び装置オペレータであり,(ⅱ)の生産資源
は,さいの目切りしたじゃが芋であり,(ⅲ)の生産操作は,じゃが芋,さいの目切
り装置及び装置オペレータに適用されるさいの目切り作業であり,この関係は本件
明細書の図5にも記載されている。また,さいの目切りしたじゃが芋を使用したビ
ーフシチューの生産モデルでは,他の関連する仕事はチョップ牛肉の作製及びビー
フシチュー作製であり,(ⅳ)の仕事の関係は,さいの目切り仕事及びチョップ仕事
をビーフシチュー仕事に関連付けることが記載されている。さらに,これら三つの
仕事とそれらの関係を示す信号の入力については,原告の顧問弁理士であるa作成
に係る説明書(甲4,以下「本件説明書」という。)にも記載されている。
本件明細書の3頁24行目~28行目の上記記載は,被告が主張す
るように,単に,じゃが芋をさいの目に切る工程が考えられることを表しているに
すぎないものではなく,消費資源はじゃが芋とさいの目切り装置と装置オペレータ
であることが理解でき,それらを用いて得られるさいの目じゃが芋が生産資源であ
ること,製造関係もこれらの消費資源を加工する関係であることも直ちに理解で
き,これらが関係付けられて一単位の仕事となっていることも理解できるところで
あり,この関係は本件明細書の図5に具体的な関係として示されている。
オ 実際の生産関係は,本件明細書に記載されているとおり,資源の
量,装置の操作時間,装置オペレータの時間コスト等が関連しており,それらを付
加した情報をデジタル信号化したものが信号であることは当業者には明らかであ
る。被告は,このモデルからは消費資源と生産資源が何であるかは理解することが
できても,消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号がどのような
構成の信号であるかを表すものとはいえないと主張するが,図5のツリー表示自体
でも基本的な生産関係は示されており,これに資源量,操作時間,時間コストを関
連付けるべきことは本件明細書に記載されていることであるから,製造関係を示す
デジタル信号が何であるかは当業者には容易に理解し得るというべきである。
(3) 審決の,「入力がどのように処理されて生産モデルが作成されるの
か」不明りょうであるとの判断について
本件明細書の図2等には,生産モデル作成部28に,消費資源入力部
20,生産資源入力部22及び製造関係入力部24から消費資源,生産資源及び製
造関係を表すデジタル信号が入力されることが明記されている。生産モデル作成部
28では,単に,これらの信号(本願発明の構成要件A,B及びCのデジタル信
号)が適当に整理されて記憶されるだけである。さらに,生産モデル作成部28で
所定の処理を施す場合のあることが排除されないことは,本件明細書に記載がある
とおりである。単に記憶する例(ただし,必要な識別情報等が付せられる。)とし
ては,じゃが芋のさいの目切り仕事の部分が本件明細書の図5に記載されていると
おりであり,実際には,本件説明書のように3種の信号が記憶される。したがっ
て,本願発明の入力すべき生産関係がいかなるものか,及び入力に基づいて作成さ
れる生産モデルは,当業者において容易に理解できる。
審決は,生産モデル作成部で何らかの処理が行われることが必須であ
ると解しているようであるが,工程A,B及びCからの関連付けられた情報が生産
モデル作成部のメモリ(データベース)に記憶されることにより生産モデル(製造
工程のシミュレーション)は完成しており,このように関連付けられた記憶情報
は,仕事を単位として消費資源と生産資源がまとめられ,かつ,仕事の間の関連が
与えられている。
(4) 本件説明書(甲4)には,本件明細書に記載されたさいの目切りじゃ
が芋の製造と,さいの目じゃが芋を使用するビーフシチューの製造の例(さいの目
切りじゃが芋は,さいの目切り仕事の生産資源であるが,ビーフシチュー作製の仕
事では消費資源である。)が示されている。すなわち,工程A,B及びCの構成に
対応する例としては,同訳文の1頁の表に本件明細書に記載された例が記入されて
いる。原料(消費資源)として,じゃが芋,牛肉スラブ,水;中間製品(生産資
源)として,さいの目じゃが芋,及びチョップ牛肉;装置やオペレータとして,各
種装置とオペレータ(いずれも消費資源)及びそれらの運転及び費用時間が仮定さ
れている。そして,消費資源を仕事ごとにまとめたものが本件説明書の表1(工程
Aの信号の内容を示す。以下,「工程A」~「工程C」の信号を,それぞれ「信号
A」~「信号C」という。),生産資源を仕事ごとにまとめたものが表2(信号B
の内容を示す),消費資源と生産資源をそれらの生産関係と共にまとめたものが表
3であって(信号Cの内容を示す),消費資源と生産資源とが量的関係と共に記載
されている。これらの表は簡単なツリー状の関係と関連する資源の量的関係を示し
ているので,表3は本件説明書の6頁の図1(量的関係はこの図では省略)と同等
である。さらに,本件説明書の7頁の2項には本願発明の工程Dに相当する例が記
載されており,表1,2の工程A及びBの信号と共に,表3の信号Cがメモリ(関
係型データベース)に記憶されることが記載されている。信号Cは表3とは異なっ
た形で,すなわち,表4と表5に分離した形の相互参照形式で別々に記憶される
が,内容は同一である。このようにデータベース化されたものが生産モデルである
が,工程Cからの信号が生産モデル作成部で何らかの特別な処理を受けることはな
い。
第4 被告の反論
1 審決は,原告が主張する二つの問題点を指摘しつつ,本件明細書の発明
の詳細な説明の記載からは,当業者が,本願発明の構成,すなわち,「製造工程の
全範囲をシミュレーションできるようにする」,「製造工程の正確なモデルを作成
し,これをシミュレーションすることができるようにする」という目的を達成する
ための構成(技術手段)を理解できないと正当に判断したものであり,原告主張の
取消事由は理由がない。
2 取消事由(明細書の記載不備の判断の誤り)について
(1) 審決の,「消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号
が,どのような構成の信号として入力されるのか」不明りょうであるとの判断につ
いて
ア 審決は,製造関係入力部から「少なくとも一つの消費資源と一つあ
るいは複数の生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号」が入力されることは
認めた上で,その「少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生産資源との
間の製造関係を示すデジタル信号」が,どのような構成の信号として入力されるの
か理解できないと判断しているのであるから,原告が主張するような判断の脱漏は
ない。
イ 原告は,本願発明では,製造関係入力部から「少なくとも一つの消
費資源と一つあるいは複数の生産資源との間の関係を示すデジタル信号」が入力さ
れることが最も重要であると主張するが,審決は,まさに,この最も重要な信号
が,どのような構成の信号として入力されるのか理解できないと判断しているので
あって,最も重要な信号がどのような構成の信号として入力されるのか明確でない
以上,生産モデルが作成できるとは,到底認められない。
ウ 原告は,本件明細書の3頁24行目~28行目の記載を挙げ,これ
が具体的な製造例であると主張するが,同記載は,ビーフシチューに使用するじゃ
が芋を処理する工程の一つとして,じゃが芋をさいの目に切る工程が考えられるこ
とを表しているにすぎず,「じゃが芋」を「さいの目切りにしたじゃが芋」にする
ことは,「消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号」が,どのよ
うな構成の信号として入力されるのかを表すものではない。また,「さいの目切り
装置を用いて,10ポンドのじゃが芋を,1機械オペレータ時間でさいの目に切る
ことができる」という「操作上の関係」は,単に,「さいの目切り装置」を操作す
る上での,「じゃが芋の量」と「機械の操作時間」との関係を表すものと認められ
るから,この「操作上の関係」は,審決の説示のとおり,じゃが芋とさいの目切り
装置とを用いた,当然の作業条件を規定しているにすぎず,「消費資源と生産資源
との間の製造関係」を示すデジタル信号の構成を表しているわけではない。
エ さらに,原告は,本願発明の具体的な実施例が本件明細書の図5に
例示されていると主張し,別紙参考図1,2を示すが,図5からは,「装置オペレ
ータ」が「さいの目切り装置」を用いて「皮むきじゃが芋」を「さいの目切りした
じゃが芋」にする,あるいは,「さいの目切りしたじゃが芋」を製造するには「皮
むきじゃが芋」,「装置オペレータ」,「さいの目切り装置」が必要であるという
程度のことが理解できるにすぎない。換言すれば,図5からは,消費資源が「皮む
きじゃが芋」,「装置オペレータ」,「さいの目切り装置」であり,生産資源が
「さいの目切りしたじゃが芋」であることが理解できる程度であり,その限度にお
いて,図5の記載事項を,別紙参考図2(別紙参考図1は,別紙参考図2を簡略表
示したものにすぎない。)のように表現し得るとしても,別紙参考図2は,消費資
源(「皮むきじゃが芋」,「装置オペレータ」,「さいの目切り装置」)と生産資
源(「さいの目切りしたじゃが芋」)との間の製造関係を示すデジタル信号がどの
ような構成の信号であるかを表すものとはいえない。
オ そうすると,原告が主張する,「当業者は実際の応用において製造
関係を作成し」「当業者が作成する製造関係」とは,ビーフシチューを作成するの
に,何を用意し,それらをどのような順序で,どのように調理するか,通常の手順
を知っている者が普通に思いつく程度の,ビーフシチューを調理する工程におけ
る,材料の加工前と加工後の関係にすぎない。
(2) 審決の,「入力がどのように処理されて生産モデルが作成されるの
か」不明りょうであるとの判断について
原告は,生産モデル作成部は,消費資源,生産資源,製造関係を表す
デジタル信号を,適当に整理して記憶するにすぎない旨主張するが,その根拠を示
していない。本件明細書の発明の詳細な説明には,「生産モデル作成部が入力され
たデジタル信号を適当に整理する」ことは記載されておらず,また,そのことを示
唆する記載もない。
仮に,原告主張のように,「生産モデル作成部」が行う処理が,「入
力されたデジタル信号を適当に整理する」ことであるとすれば,審決は,この「整
理」という処理が具体的にどのように行われて,生産モデルが作成できるのか理解
できないと判断しているのであるから,原告は,「適当に整理する」ことの具体的
処理内容を,本件明細書の発明の詳細な説明の記載事項に基づいて明らかにする必
要があるのに,これを何ら明らかにしていない。入力されたデジタル信号,すなわ
ち,消費資源,生産資源,及び両者の間の製造関係を表すデジタル信号が,どのよ
うに処理されて生産モデルが作成されるのかは,なお不明である。さらに,原告
は,生産モデル作成部28で所定の処理を施す場合があることは排除されないこと
は本件明細書に記載のとおりであるとも主張するが,根拠を欠くばかりか,当業者
が「入力された信号がどのように処理されて,消費資源と生産資源との間の製造関
係を示す生産モデルが作成されるのか」を本件明細書又は図面の記載から理解し得
ることを証明するものでもない。
(3) 本件説明書(甲4)は,本件明細書に基づいて「生産関係の入力作
成」と「生産モデルの作成」が容易であることを,何ら立証するものではない。本
件説明書は,そもそも,原告の秘密情報にも接し得る立場にあると考えられる原告
の米国における顧問弁理士が,本件特許出願から10年以上も経過した本件訴訟の
提起後に作成したものであって,出願時において,当業者が本件明細書の記載事項
に基づいて生産関係の入力作成(消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジ
タル信号の作成)と生産モデルの作成を容易にし得たことを何ら立証するものでは
ない。また,その内容も,本件明細書に記載された事項又はそれから自明な事項の
みから成るものではないから,これを根拠として当業者が本件明細書の記載事項か
ら容易に作成し得たものとはいえない。本件説明書に記載された,工程Aないし工
程Cに関する図,図1及び表1ないし5は,本件明細書に添付した図面に全く記載
されておらず,発明の詳細な説明にも本件説明書に記載された図面や表の根拠とな
る記載は見当たらない。本件明細書の発明の詳細な説明あるいは図面には,各入力
データが,本件説明書の2頁~4頁に記載されるような形式の入力画面において入
力されることをうかがわせる記載はなく,特に,本件説明書の4頁に記載された入
力画面については,発明の詳細な説明あるいは図面のどの記載をもってすれば,そ
のような入力画面が導かれるのか全く不明である。また,本件説明書の6頁に記載
された図1のような階層図は,本件明細書の記載からは到底導き出すことができな
い。さらに,本件明細書の図5のような生産モデルの一例を参酌しても,各入力部
から入力された各データが,本件説明書の7頁に記載された表4,5のような関係
型データべ-スとして記憶されることまで自明であるとは到底いえない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(明細書の記載不備の判断の誤り)について
(1) 本願発明の目的
本願発明は,発明の名称を「製造工程管理方法並びに装置」とし,特
許請求の範囲の請求項1の記載によれば,「製造工程をシミュレートし且つそれを
表す出力信号を発生するためのデジタルデータ処理装置の処理方法」において,工
程A~Eの構成から成る「デジタル信号処理装置の動作方法」である。さらに,本
件明細書(甲2)によると,「本発明(注,本願発明)は,コンピュータ援用資材
所要量計画,更に詳しくは,製造工程を監視,管理するためのデジタルデータ処理
システムに関する・・・従来,資材リストのモデルを作成する際,一対一,あるい
は,一対多を基準として,製品と消費材(注,消費財の誤記と認める。)との関係
を表すべく,資材所要量計画(MRP)システムの設計が行われていた。即ち,ある一
つの製品を一種類の消費財と関連づける(一対一の関係)あるいは複数の消費財と
関連づける(一対多の関係)モデルを基にしてシステム設計がなされていた・・・
しかしながら,従来技術には,製造工程の全範囲をシミュレーションすることがで
きない,という問題があった・・・本発明の目的は,新規な製造所要量計画システ
ムを提供することにある。より具体的には,本発明は,独立製造工程のみならず,
処理工程及び連続製造工程の監視及び管理を行うためのデジタルデータ処理システ
ムを提供することを,目的とする。本発明の別の目的は,上述の製造工程の正確な
モデルを作成し,これをシミュレーションすることができ,また,正確なスケジュ
ール調整,費用計算及び記録機能を有する,デジタルデータ処理システムを提供す
ることにある・・・本発明のシステムは,いくつかの斬新なモデル作成及び記録機
構を使用することにより,製造工程を的確に管理するものである。特に,一対一,
一対多,多対一,多対多の基準で,生産資源と消費資源の両方を含む要素間の関係
を規定する」(1頁4行目~2頁19行目)ものである。
これらの記載によれば,本願発明は,独立製造工程のみならず,処理
工程及び連続製造工程の監視及び管理を行うためのデジタルデータ処理システムで
あって,製造工程の正確なモデルを作成し,これをシミュレーションすることがで
き,また,正確なスケジュール調整,費用計算及び記録機能を有する,新規な製造
所要量計画システムを提供することを目的とするものであって,特に,一対一,一
対多,多対一,多対多の基準で,生産資源と消費資源の両方を含む要素間の関係を
規定するモデルにより達成しようとするものであると認められる。
(2) 消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号について
ア 原告は,本件明細書(甲2)には,図2に関連して,製造関係入力
部24から生産モデル作成部28に入力が行われることが記載されており,本願発
明の製造関係は,操作,計画,及び財政という対象ごとに変わり得るが,消費資源
及び生産資源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデジタル信号とが処理
されて,生産モデルが作成される過程は十分理解し得るものであり,特定の生産工
程が決まれば,製造関係を表す信号を具体的に作成し製造関係入力部から入力でき
ることは,本件明細書の例示から当業者には容易に理解できる旨主張する。
しかしながら,原告が指摘する本件明細書の記載箇所は,消費資源
と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号について,「ある仕事により生産
される資源の量を記録するべきかどうかを指示する」,「生産モデルに応じた生産
工程の時間的あるいは量的産出高を表す」,「生産モデルに係る仕事に応じた一回
分の仕事(仕事バッチ)の時間的あるいは量的産出高を表す」,「生産工程産出高
と仕事バッチの産出高との間の数学的関係を表す」,「ある仕事中に消費される資
源要素の量を表す」,「その仕事に関係する操作の継続時間を表す」と例示するに
すぎず,その具体的な構成を明らかにするものではない。本願発明は,上記のとお
り,製造工程の正確なモデルを作成し,これをシミュレーションすることができ,
また,正確なスケジュール調整,費用計算及び記録機能を有する「デジタル信号処
理装置の動作方法」に関する発明であるところ,最も重要な「生産モデル」の作成
に係る,製造関係入力部から入力される「少なくとも一つの消費資源と一つあるい
は複数の生産資源との間の関係を示すデジタル信号」の具体的な構成が明らかでな
いのであるから,原告主張のように,消費資源及び生産資源を表すデジタル信号と
それらの製造関係を表すデジタル信号とが処理されて生産モデルが作成される過程
が当業者に十分理解可能であるとはいえない。
イ 原告は,本件明細書に記載されるビーフシチューの製造例(3頁2
4行目~28行目及び図5)から,「少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複
数の生産資源との間の関係を示すデジタル信号」,より具体的には本願発明の構成
要件Cの「製造工程の間に行われる一つ以上の仕事を表すデジタル信号であって,
各仕事が,(ⅰ)その仕事によって消費される一つ以上の資源要素と,(ⅱ)その仕事
によって生産される一つ以上の資源要素と,(ⅲ)その仕事の間に行われる一つ以上
の生産操作と,(ⅳ)その仕事と一つ以上の他の仕事の間の製造関係と,を表す信号
を含んでいるデジタル信号」が例示されていることが理解できると主張する。
しかしながら,この製造例からは,じゃが芋をさいの目に切る工程
において,消費資源がじゃが芋,さいの目切り装置,及び装置オペレータであり,
さいの目じゃが芋が生産資源であり,製造関係がこれらの消費資源を加工する関係
であること,また,さいの目切りしたじゃが芋を使用したビーフシチューの生産モ
デルでは,他の関連する仕事はチョップ牛肉の作製,及びビーフシチュー作製であ
ることが理解できるだけであって,更に進んで,これらがどのような構成のデジタ
ル信号として入力され,生産モデルが作成されるのかは明らかではない。さらに,
図5に関しても,本件明細書には,「本発明の好適な実施例で用いられる生産モデ
ルの一例を示す」(6頁20行目),「図5は,じゃが芋をさいの目状にする生産
モデルの一例を示すものである」(9頁5行目)との記載があるのみであり,製造
関係を表すデジタル信号の構成を明りょうに説明するものではない。したがって,
当業者が,本件明細書に記載されるビーフシチューの製造例に本願発明の構成要件
Cの構成が例示されていることを理解し得るものということはできない。
(3) 審決の,「入力がどのように処理されて生産モデルが作成されるの
か」不明りょうであるとの判断について
ア 原告は,本件明細書の図2等には,生産モデル作成部28に,消費
資源入力部20,生産資源入力部22及び製造関係入力部24から消費資源,生産
資源及び製造関係を表すデジタル信号が入力されることが明記されており,生産モ
デル作成部28では,単に,これらの信号(本願発明の工程A,B及びCのデジタ
ル信号)が適当に整理されて記憶されるだけであって,本願発明の入力すべき生産
関係がいかなるものか,及び入力に基づいて作成される生産モデルは,当業者にお
いて容易に理解できると主張する。
しかしながら,本願発明は,「デジタル信号処理装置の動作方法」
に係る発明であり,「D.前記仕事を表すデジタル信号であって,各仕事が,(ⅰ)
一つの関連した仕事によって消費される一つ以上の資源要素と,(ⅱ)その関連した
仕事によって生産される一つ以上の資源要素と,(ⅲ)その関連した仕事の間に行わ
れる一つ以上の生産操作と,(ⅳ)その関連した仕事と一つ以上の他の仕事の間の製
造関係と,を表す信号を含む生産モデルを記憶し,そしてE.前記製造工程の選択
された少なくとも一部を表す信号を出力する」ことを,発明の構成に欠くことがで
きない事項とするものである。そうである以上,仕事を表すデジタル信号がどのよ
うな構成の信号として入力され,入力されたデジタル信号がどのような処理を受け
てどのような構成の生産モデルが作成されるのかが明らかでなければ,デジタル信
号処理装置として当業者が容易にその実施をすることができる程度に開示されてい
るということはできない。
イ また,原告は,生産モデル作成部で何らかの処理が行われることは
必須ではなく,工程A,B及びCからの関連付けられた情報が生産モデル作成部の
メモリ(データベース)に記憶されることにより生産モデル(製造工程のシュミレ
ーション)は完成しており,このように関連付けられた記憶情報は,仕事を単位と
して消費資源と生産資源がまとめられ,かつ,仕事の間の関連が与えられていると
も主張する。
原告が主張するように,工程A,B及びCから入力されるデジタル
信号が,何ら処理を受けずに単に記憶されるだけで生産モデルが完成しているとす
るならば,なおのこと,入力されるデジタル信号の構成が明りょうである必要があ
るところ,この構成が明りょうでないことは,上記のとおりである。また,入力さ
れた情報が生産モデル作成部のメモリに記憶されてデータベースが作成されるので
あれば,そのデータベースの構成について明らかにすべきであるのに,その構成に
ついては何ら具体的な説明はない。本願発明の目的は,上記のとおり,製造工程の
正確なモデルを作成し,これをシミュレーションすることができ,また,正確なス
ケジュール調整,費用計算及び記録機能を有するデジタルデータ処理システムを提
供することにあるから,生産モデルを作成するための信号がどのような構成の信号
として入力されて,どのような構成の生産モデルが作成されるのか,明らかでなけ
れば,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本願発明の目的を達成
するための構成が発明の詳細な説明に記載されているということはできない。
ウ そうすると,消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル
信号が,どのような構成の信号として入力され,その結果,どのようにして,消費
資源及び生産資源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデジタル信号とが
処理されて,生産モデルが作成されるのか,理解できないとした審決の判断に誤り
はないというべきである。
(4) 本件説明書(甲4)について
原告は,本件説明書を提出し,本願発明の工程A,B及びCの構成に
対応する例を記入した同1頁の表,消費資源を仕事ごとにまとめた(信号Aの内容
を示す)表1,生産資源を仕事ごとにまとめた(信号Bの内容を示す)表2,消費
資源と生産資源の生産関係をまとめた(信号Cの内容を示す)表3を提示し,これ
らの例から生産モデルが関係型データベースに表4,表5のように記憶されること
が理解できると主張する。
しかしながら,本件説明書の内容について見ると,本件明細書に記載
されるビーフシチューの製造例において,消費資源,生産資源及びこれらの製造関
係は理解できても,これらが表1~表3のように入力され,関係型データベースに
表4,表5に示される形式で記憶されることは,本件明細書に記載されておらず,
本件明細書の記載から本件特許出願当時の技術水準に基づいて自明な事項であると
も認められない。原告は,表3の信号Cと表4及び表5に記憶されたものとは内容
が同一であるとも主張するが,これは,入力される信号Cと関係型データベースに
記憶された信号を同一形式の表に表したものにすぎず,入力された信号を単に記憶
するだけで生産モデルができることを明らかにするものではない。本件説明書の例
では,入力信号をデータベースの形態に記憶する操作が必要であることは明らかで
あるから,工程Cからの信号は生産モデルで何らかの特別な処理を受けることはな
いという主張も何ら根拠がない。さらに,生産関係を表す情報が,表1~3のよう
に入力され,表4,5のように記憶されるとしても,このことが,当業者において
本願発明のデジタル処理装置の動作方法が容易に理解できることを示すものではな
い。
したがって,本件説明書によっても,当業者が容易にその実施をする
ことができる程度に,本願発明の目的を達成するための構成が発明の詳細な説明に
記載されているということはできない。
(5) 審決は,「消費資源要素と生産資源要素との間の製造関係を示すデジ
タル信号」についての本件明細書の記載を摘記(審決謄本3頁4行目~30行目)
した上,「これらの記載からは,具体的に,消費資源と生産資源との間の製造関係
を示すデジタル信号が,どのような構成の信号として入力され,その結果,どのよ
うにして,消費資源及び生産資源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデ
ジタル信号とが処理されて,生産モデルが作成されるのか,理解できない」(同頁
30行目~34行目)と判断したものであり,本件明細書には,審決が指摘すると
おり,製造関係を示すデジタル信号がどのような構成の信号として入力されるの
か,また,どのようにして生産モデルが作成されるのか,その記載のみにより当業
者が理解可能な程度に明りょうに記載されていない。そうであれば,特許出願人で
ある原告としては,本件特許出願当時の技術水準を示すなどして本件明細書の記載
から当業者が理解可能であることを証明すべき必要があるところ,本件説明書は上
記技術水準を示すものではなく,また,その記載から審決が不明であるとした点を
明らかにするものでもないし,他に,上記技術水準を示すこともなく,審決が摘記
した記載と同一の記載を引用して単に当業者が理解し得ると主張するにとどまるの
であるから,その主張は理由がないものといわざるを得ない。なお,原告は,審決
の判断脱漏の違法も主張するが,その理由のないことは,以上の説示に照らして明
らかである。
(6) したがって,本願発明に係る本件明細書の詳細な説明には,「消費資
源要素と生産資源要素との間の製造関係を表すデジタル信号を入力すること」に関
して,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その構成が記載されて
いるということはできないから,旧法36条3項に規定する要件を満たしていない
とした審決の判断に誤りはないというべきである。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消す
べき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり
判決する。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 岡 本 岳
裁判官長沢幸男は,退官につき,署名押印することができない。
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
(別紙)
参考図1
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