平成14(行ケ)171行政訴訟 特許権
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成15年2月10日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法29条の23回
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キーワード |
実施36回 分割2回 特許権2回 優先権1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成14年(行ケ)第171号 特許取消決定取消請求事件(平成15年1月27
日口頭弁論終結)
判 決
原 告 日立化成工業株式会社
訴訟代理人弁理士 三 好 秀 和
同 岩 崎 幸 邦
同 高 久 浩一郎
同 原 裕 子
被 告 特許庁長官 太 田 信一郎
指定代理人 山 田 泰 之
同 板 橋 一 隆
同 一 色 由美子
同 森 田 ひとみ
同 宮 川 久 成
被告補助参加人 株式会社巴川製紙所
訴訟代理人弁理士 渡 部 剛
主 文
特許庁が異議2001-71446号事件について平成14年2月2
1日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とし,参加によって生じた費用は被告補助参加
人の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,下記特許異議の申立てに係る下記特許(以下「本件特許」といい,
その特許発明を「本件発明」という。)の特許権者であり,その手続の経緯は次の
とおりである。
平成 5年3月29日(2件)及び平成6年1月31日
国内優先権主張の基礎とされた特許出願
平成 6年3月29日 特許出願
平成12年9月14日 設定登録(特許第3109707号発明「耐熱性接着
剤及びそれを含む半導体パッケージ」)
平成13年5月21日 被告補助参加人外1名から本件特許の全請求項(1~
11)につき特許異議の申立て(異議2001-71446号)
平成14年2月21日 全請求項に係る本件特許を取り消す旨の決定(以下
「本件決定」という。)
同 年3月16日 原告への決定謄本送達
2 本件発明の要旨
【請求項1】 半導体チップをリードフレームに接着部材で接着し、少なくとも
半導体チップ、半導体チップとリードフレームの接着部を封止材で封止して半導体
パッケージを製造するための接着部材に使用される耐熱性熱可塑性樹脂を主成分と
する耐熱性接着剤であって、19×50mm、厚さ25μmの接着剤フィルムを3
50℃、3MPa、1分の条件でプレスした際に、はみだし接着剤の長さを長辺方
向の中央部で測定したはみ出し長さ2mm以下、吸水率3重量%以下、ガラス転移
温度200℃以上であることを特徴とする耐熱性接着剤。
【請求項2】 半導体チップをリードフレームに接着部材で接着し、少なくとも
半導体チップ、半導体チップとリードフレームの接着部を封止材で封止して半導体
パッケージを製造するための接着部材に使用される耐熱性熱可塑性樹脂を主成分と
する耐熱性接着剤であって、(a) 該半導体パッケージがLOC(リード・オン・チ
ップ)構造を有し、且つ(b)19×50mm、厚さ25μmの接着剤フィルムを35
0℃、3MPa、1分の条件でプレスした際に、はみだし接着剤の長さを長辺方向
の中央部で測定したはみ出し長さ2mm以下、吸水率3重量%以下、ガラス転移温
度200℃以上であることを特徴とする耐熱性接着剤。
【請求項3】 上記接着部材が耐熱性フィルムの両側に該耐熱性接着剤塗膜を設
けてなる複合接着シートであることを特徴とする請求項1~2のいずれかに記載の
耐熱性接着剤。
【請求項4】 耐熱性フィルムの両側に設けられた耐熱性接着剤塗膜が、互いに
異なる該耐熱性接着剤からなることを特徴とする、請求項3記載の耐熱性接着剤。
【請求項5】 上記接着部材が耐熱性接着剤単独であることを特徴とする、請求
項1又は2記載の耐熱性接着剤。
【請求項6】 耐熱性接着剤がポリイミド接着剤であることを特徴とする請求項
1~5のいずれかに記載の耐熱性接着剤。
【請求項7】 ポリイミド接着剤がジアミン(A)と酸無水物(B) から合成される
ものであって、しかも〔1〕該ジアミン(A)がアルキレンジアミン、メタフェニレ
ンジアミン、メタトルイレンジアミン;
4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(DDE)、4,4’-ジアミノジフ
ェニルメタン、4,4’-ジアミノジフェニルスルホン;
3,3’-ジアミノジフェニルスルホン、3,3’-ジアミノベンゾフェノ
ン;1,3-ビス(4-アミノクミル)ベンゼン、1,4-ビス(4-アミノクミ
ル)ベンゼン、1,3-ビス(3-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,4-ビス
(3-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベン
ゼン;
2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAP
P)、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]ヘキサフルオロプ
ロパン;
ビス[4-(3-アミノフェノキシ)フェニル]スルホン(m-APPS)、
ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]スルホン;
4,4’-ジアミノ-3,3’,5,5’-テトラメチルジフェニルメタン、
4,4’-ジアミノ-3,3’,5,5’-テトラエチルジフェニルメタン、4,
4’-ジアミノ-3,3’,5,5’-テトライソプロピルジフェニルメタン、
4,4’-ジアミノ-3,3’-ジメチル-5,5’-ジエチルジフェニルメタ
ン、4,4’-ジアミノ-3,3’-ジメチル-5,5’-ジイソプロピルジフェ
ニルメタン、4,4’-ジアミノ-3,3’-ジエチル-5,5’-ジイソプロピ
ルジフェニルメタン、4,4’-ジアミノ-3,3’-ジメチルジフェニルメタ
ン、4,4’-ジアミノ-3,3’-ジエチルジフェニルメタン、4,4’-ジア
ミノ-3,3’-ジイソプロピルジフェニルメタン;
下記一般式(1)のシロキサンジアミンからなる群から選択された少なくとも1
種であり、且つ
【化1】
(但し、R15およびR18がどちらもトリメチレン基であり、R16およびR17がど
ちらもメチル基であり、mが1、平均10前後、平均20前後、平均30前後、平
均50前後、平均100前後である。)
〔II〕酸無水物(B) が、無水トリメリット酸、無水マレイン酸、無水ナジッ
ク酸、無水アリルナジック酸;
3, 3’, 4, 4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTD
A);2, 2-ビスフタル酸ヘキサフルオロイソプロピリデン二無水物;
ビス(3, 4-ジカルボキシフェニル)エーテル二無水物、ビス(3, 4-ジ
カルボキシフェニル)スルホン二無水物、4,4’-ビス(3,4-ジカルボキシ
フェノキシ)ジフェニルスルホン二無水物;
2,2-ビス[4-(3,4-ジカルボキシフェノキシ)フェニル]プロパン
二無水物;
エチレングリコールビストリメリテート二無水物(EBTA)、デカメチレン
グリコールビストリメリテート二無水物(DBTA)、ビスフェノールAビストリ
メリテート二無水物(BABT);
4,4’-[1,4-フェニレンビス(1-メチルエチリデン)]ビスフェニ
ルビストリメリテート二無水物からなる群から選択された少なくとも1種であるこ
とを特徴とする請求項6記載の耐熱性接着剤。
【請求項8】 19×50mm、厚さ25μmの接着剤フィルムを350℃、3M
Pa、1分の条件でプレスした際に、はみだし接着剤の長さを長辺方向の中央部で
測定したはみ出し長さ2mm以下、吸水率3重量%以下、ガラス転移温度200℃
以上である耐熱性熱可塑性樹脂を主成分とする耐熱性接着剤を接着部材に使用する
ことを特徴とする、半導体チップをリードフレームに接着部材で接着し、少なくと
も半導体チップ、半導体チップとリードフレームの接着部を封止材で封止した半導
体パッケージ。
【請求項9】 19×50mm、厚さ25μmの接着剤フィルムを350℃、3M
Pa、1分の条件でプレスした際に、はみだし接着剤の長さを長辺方向の中央部で
測定したはみ出し長さ2mm以下、吸水率3重量%以下、ガラス転移温度200℃
以上である耐熱性熱可塑性樹脂を主成分とする耐熱性接着剤を接着部材に使用する
ことを特徴とする、半導体チップをリードフレームに接着部材で接着し、少なくと
も半導体チップ、半導体チップとリードフレームの接着部を封止材で封止した半導
体パッケージであって、該半導体パッケージがLOC(リード・オン・チップ)構
造を有する半導体パッケージ。
【請求項10】 請求項3~7のいずれかに記載の耐熱性接着剤を接着部材に使用
することを特徴とする、請求項8記載の半導体パッケージ。
【請求項11】 請求項3~7のいずれかに記載の耐熱性接着剤を接着部材に使用
することを特徴とする、請求項9記載の半導体パッケージ。
(上記請求項1記載の本件発明を以下「本件発明1」という。)
3 本件決定の理由
本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明は,特願平4-14
4182号の願書に最初に添付した明細書(特開平5-331424号公報〔本訴
甲3〕参照,以下「先願明細書1」という。)記載の発明(以下「先願発明1」と
いう。)及び特願平4-144183号の願書に最初に添付した明細書(特開平5
-331445号公報〔本訴甲4〕参照,以下「先願明細書2」という。)記載の
発明(以下「先願発明2」という。)と同一であるから,本件特許は,特許法29
条の2の規定に違反してされたものであり,同法113条2項(注,「特許法等の
一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205
号)4条2項」の誤記と認める。)の規定により取り消されるべきものとした。
第3 原告主張の本件決定取消事由
1 本件決定は,本件発明1と先願発明1,2との同一性の判断を誤った(取消
事由)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(本件発明1と先願発明1,2との同一性の判断の誤り)
(1) 本件決定は,本件発明1と先願発明1,2との一応の相違点として,本件
発明1は,「19×50mm、厚さ25μmの接着剤フィルムを350℃、3MP
a、1分の条件でプレスした際に、はみだし接着剤の長さを長辺方向の中央部で測
定したはみ出し長さ2mm以下、吸水率3重量%以下である」のに対し,先願発明
1,2はこれを明確に規定していない点を認定(決定謄本6頁(1)項第1段落,7
頁(2)項第1段落)しつつ,当該相違点について,被告補助参加人(特許異議申立
人)提出の試験報告書(審判甲3,本訴甲5)に基づいて,先願発明1,2は上記
相違点に係る構成を有していると判断する(同6頁(1)項第2段落以下,7頁(2)項
第2段落以下)が,誤りである。
(2) 一般に,ある構成が先願明細書に記載されているといえるためには,その
先願明細書に,当該構成が,分割出願として取り出すことができるか,又は補正を
することができる程度に具体的に記載されていることが必要であり,先願明細書の
記載から直接把握することができず(東京高裁昭和63年9月13日判決・無体集
20巻3号401頁,同昭和60年9月30日判決・無体集17巻3号428頁参
照),追試により初めて知り得る事項は,もとより先願明細書に記載されている事
項であるということはできない。ところが,本件決定は,先願明細書1,2に記載
のない試験報告書の追試結果を根拠として,上記のとおりの同一性の判断をしてお
り,特許法29条の2の規定の適用を誤ったものであることは明らかである。
(3) 仮に,試験報告書による追試結果を考慮することが許されるとしても,本
件決定は,甲5の試験報告書の評価を誤り,これを違法に採用した誤りがあるとい
うべきである。
ア すなわち,先願明細書2(甲4)の実施例4には,ポリイミド合成用の
酸成分として,「4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物」を
使用したことが記載されているところ,そのような化合物はそもそも存在しない。
「4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物」とあるのは,
「3,3’,4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物」(DS
DA)の誤記であることは明らかであり,原告の実施した追試試験の実験成績証明
書(審判乙1,本訴甲6)は,これが上記の誤記であることを前提として行ったも
のである。ところが,被告補助参加人の実施に係る甲5の試験報告書では,この実
在しないはずの「4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物」が
存在するものとして,当該化合物を使用して追試を行ったものとされており,その
信ぴょう性には重大な疑問がある。しかも,被告補助参加人は,本件特許異議手続
において提出した特許異議意見書に対する平成14年1月31日付け回答書(甲
7)中で,甲5の試験報告書と甲6の実験成績証明書との各追試結果におけるガラ
ス転移温度の相違について,「先願明細書2の実施例4におけるポリイミドは,酸
成分として4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物が使用され
るものであり,先願明細書1のポリイミドと酸成分が相違するものである。したが
って,先願明細書1の記載を根拠に先願明細書2の実施例4で得られるポリイミド
のガラス転移温度が215℃であることが否定されるものではない」(4頁最終段
落)と述べ,先願明細書2の実施例4の酸成分である「4,4’-ジフェニルスル
フォンテトラカルボン酸二無水物」は,先願明細書1の実施例5の酸成分である
「3,3’,4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物」(DS
DA)とは異なるものであるとの主張までしている。
このような点を吟味することなく,甲5の試験報告書を採用した本件決
定に誤りがあることは明らかである。
イ 次に,先願明細書1の実施例5又は先願明細書2の実施例4を追試する
に当たり,少なくとも生成ポリイミドの精製時に使用するメタノールの量について
は具体的に設定する必要があるところ,甲5の試験報告書の製造条件においては,
先願明細書1,2の上記各実施例に関する「大量のメタノール」との記載を引き写
すのみで,具体的使用量について明らかにしていない。さらに,製造した接着剤の
ガラス転移温度の測定結果を裏付ける測定チャートすら添付しておらず,再現性の
ある追試ということはできない。
第4 被告及び被告補助参加人の反論
1 本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(本件発明1と先願発明1,2との同一性の判断の誤り)について
(1) 原告は,本件決定が,先願明細書1,2に記載のない試験報告書の追試結
果を根拠として本件発明1との同一性の判断をした誤りを主張するところ,確か
に,接着剤のはみ出し長さと吸水率に係る構成自体は,直接的に先願明細書1,2
に明記されてはいない。しかし,先願明細書1,2には,接着剤の組成が十分に特
定できるように記載され,さらに甲5の試験報告書によれば,具体的に接着剤の組
成を示した先願明細書1の実施例5と先願明細書2の実施例4に記載される接着剤
は上記構成を備えていることが示されるものであるから,先願明細書1,2には,
上記構成を備えた接着剤が具体的に記載されていたことは明らかである。
仮に,本件発明1の接着剤のはみ出し長さと吸水率に係る構成がその表現
どおりに先願明細書1,2に記載されていないことを理由に特許法第29条の2の
規定の適用ができないとするならば,該当する技術分野において一般的でない特殊
なパラメータを構成とする発明に関しては,実際には当該発明と同一の物である先
願発明が存在しても,表現が異なることを理由に後願発明を排除することができ
ず,先願発明と同じ物に対し特許権を付与することとなる。これでは特許制度の円
滑で公平な運用を行う上で大きな障害を来すことが明らかであり,決して容認でき
るものではない。
(2) 次に,原告は,先願明細書2の実施例4及び甲5の試験報告書に酸成分と
して記載されている「4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水
物」は存在しないことを根拠として,甲5の試験報告書を採用した誤りを主張する
が,「4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物」は「3,
3’,4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物」でしかあり得
ず,甲5の試験報告書の試験においても,「3,3’,4,4’-ジフェニルスル
フォンテトラカルボン酸二無水物」を使用したものと理解するのが合理的である。
原告の援用する被告補助参加人の回答書(甲7)では,「4,4’-ジフェニルス
ルフォンテトラカルボン酸二無水物」が「3,3’,4,4’-ジフェニルスルフ
ォンテトラカルボン酸二無水物」とは別異の実在する化合物であると主張している
が,これも誤りである。
甲5の試験報告書も甲6の実験成績証明書も,先願明細書の実施例を,そ
の記載の範囲内で忠実に実施したものであり,両者の結果が異なるのは,メタノー
ルの使用量の違いを含む細部の条件の違いを反映したものである。このような追試
結果の状況下において,いずれを採用するとなれば,より先願明細書1,2の実施
例の結果に近いガラス転移点を示した甲5の試験報告書を採用することは自然なこ
とである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(本件発明1と先願発明1,2との同一性の判断の誤り)について
(1) 原告は,ある構成が先願明細書に記載されているといえるためには,その
先願明細書に,当該構成が,分割出願として取り出すことができるか,又は補正を
することができる程度に具体的に記載されていることが必要であり,先願明細書の
記載から直接把握することができず,追試により初めて知り得る事項は,もとより
先願明細書に記載されている事項であるということはできないから,先願明細書
1,2に記載のない試験報告書の追試結果を根拠として同一性の判断をしている本
件決定は,特許法29条の2の規定の適用を誤っている旨主張する。しかし,本件
発明1は,接着剤のはみ出し長さ等のように,当該技術分野において当業者に慣用
されているとはいえない特殊なパラメータをもって接着剤としての物性を特定した
発明であり,このようなパラメータに係る構成を先願発明1,2が有しているかど
うかを判断するに当たって,先願明細書1,2に当該構成が当該パラメータを用い
た表現で具体的に記載されていなくとも,先願明細書1,2に記載された接着剤を
追試・製造の上,その物性を当該パラメータをもって測定した試験結果を用いて,
本件発明1との同一性を認定判断するという手法は,前提となる具体的な製造条件
が忠実に再現され,追試試験としての的確性を失わないものである限り,それ自体
に誤りがあるということはできない。原告の援用する裁判例は,上記の点について
何ら判断するものではなく,原告の主張は採用の限りではない。
(2) 本件決定は,本件発明1のパラメータに係る構成である「19×50m
m、厚さ25μmの接着剤フィルムを350℃、3MPa、1分の条件でプレスし
た際に、はみだし接着剤の長さを長辺方向の中央部で測定したはみ出し長さ2mm
以下、吸水率3重量%以下である」点を,先願発明1,2との一応の相違点として
認定した上,上記(1)の判断手法に従って,専ら甲5の試験報告書に基づいて,先願
発明1,2も上記パラメータに係る構成を備えるものとの判断をする一方,原告の
提出に係る甲6の実験成績証明書を排斥していることが明らかである。そこで,以
下,甲5の試験報告書が,先願明細書に記載された接着剤を忠実に追試・製造した
ものとして信用するに足りるかどうかを検討する。
ア 甲5の試験報告書も,甲6の実験成績証明書も,ともに,先願明細書1
の実施例5及び先願明細書2の実施例4の記載に基づいてそのフィルム接着剤を追
試・製造し,上記相違点に係る構成であるはみ出し接着剤の長さ,吸水率等を測定
することを目的として行われた試験の方法及び結果が記載されているものである
が,甲5の試験報告書の試験結果によれば,先願明細書1の実施例5を追試・製造
したもののはみ出し接着剤の長さが1.0mm,吸水率が0.9重量%,先願明細
書2の実施例4を追試・製造したもののはみ出し接着剤の長さが1.5mm,吸水
率が0.7重量%で,いずれも本件発明1の数値限定の範囲内とされているのに対
し,甲6の実験成績証明書の試験結果によれば,前者のはみ出し接着剤の長さが平
均2.5mm,吸水率が平均1.2%,後者のはみ出し接着剤の長さが平均5.0
mm,吸水率が平均1.3%で,いずれも本件発明1の数値限定の範囲外とされて
いることが認められる。
イ そこで,両者の具体的な製造条件が,先願明細書1の実施例5,先願明
細書2の実施例4を忠実に再現しているといえるかどうかを見るに,先願明細書1
(甲3)には,実施例1に関する「乾燥窒素ガス導入管,冷却器,温度計,撹拌機
を備えた四口フラスコに,脱水精製したNMP900gとキシレン210gを入
れ,窒素ガスを流しながら10分間激しくかき混ぜる。次にBAPS60.550
3g・・・とα,ω-ビス(3-アミノプロピル)ポリジメチルシロキサン(AP
PS)43.5000g(平均分子量870,0.050モル),ビス(3-アミ
ノプロピル)テトラメチルジシロキサン(APPS,n=0)2.4852
g・・・を投入し,系を均一になるまでかき混ぜる。均一に溶解後,系を水浴で5
℃に冷却し,DSDA61.9203g(0.199モル)を粉末状のまま15分
間かけて添加し,その後3時間撹拌を続けた。この間フラスコは5℃に保った。そ
の後,窒素ガス導入管と冷却器を外し,キシレンを満たしたディーン・スターク管
をフラスコに装着した。油浴に代えて系を200℃に加熱し発生する水を系外に除
いた。5時間加熱したところ,系からの水の発生は認められなくなった。冷却後こ
の反応溶液を大量のメタノール中に投入しポリイミド樹脂を析出させた。固形分を
濾過後,80℃で12時間減圧乾燥し溶剤を除いた。・・・このポリイミド樹脂ワ
ニスを鏡面研磨したステンレス板に塗布し,熱風循環式乾燥機で120℃で0.5
時間乾燥後,ステンレス板から剥離した。このフィルムの四周を鉄枠に固定して2
20℃で1時間加熱乾燥した」(段落【0026】~【0028】)との記載を受
けて,実施例5の接着剤について,「(実施例4~6)実施例1と同様の方法に
て、第1表に示した酸とアミン成分の種類と割合でポリイミド樹脂ワニスを調製し
てフィルム接着剤を作成した」(段落【0032】)として,酸とアミン成分の種
類と割合を,酸成分がDSDA100,アミン成分がBAPS85,APPS(M
=870)15とした(6頁第1表)以外は,上記実施例1と同様の方法で製造す
ることが記載されている。
また,先願明細書2(甲4)には,実施例1に関する「乾燥窒素ガス導
入管,冷却器,温度計,撹拌機を備えた四口フラスコに,脱水精製したNMP16
5gを入れ,窒素ガスを流しながら10分間激しくかき混ぜる。次に1,3-ビス
(3-アミノフェノキシ)ベンゼン14.6168g・・・とα,ω-ビス(3-
アミノプロピル)ポリジメチルシロキサン7.6765g(平均分子量87
0・・・)を投入し,系を60℃に加熱し均一になるまでかき混ぜる。均一に溶解
後,系を氷水浴で5℃に冷却し,4,4’-オキシジフタル酸二無水物18.24
84g(0.0588モル)を粉末状のまま15分間かけて添加し,その後3時間
撹拌を続けた。この間フラスコは5℃に保った。その後,窒素ガス導入管と冷却器
を外し,キシレンを満たしたディーン・スターク管をフラスコに装着し,系にキシ
レン20gを添加した。油浴に代えて系を195℃に加熱し発生する水を系外に除
いた。5時間加熱したところ,系からの水の発生は認められなくなった。冷却後こ
の反応溶液を大量のメタノール中に投入しポリイミド樹脂を析出させた。固形分を
濾過後,80℃で12時間減圧乾燥し溶剤を除き・・・固形樹脂を得た。・・・こ
のようにして得たポリイミド樹脂をシクロヘキサノン/ジグライム・・・に溶解
し,塗布原液とした。この原液を二軸延伸ポリエステルフィルム・・・に塗布し,
120℃30分,150℃1時間乾燥した」(段落【0023】~【0025】)
との記載を受けて,実施例4の接着剤について,「(実施例4)実施例1と同様
に、ビス-4-(3-アミノフェノキシ)フェニルスルフォン、α,ω-ビス(3
-アミノプロピル)ポリジメチルシロキサン(平均分子量870)、4,4’-ジ
フェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物をモル比0.85/0.15/1で
反応し、ポリイミド樹脂を得た。このポリイミド樹脂はシクロヘキサノン/ジグラ
イム(70/30w/w%)に容易に溶解し,ポリエステルフィルムを支持体とし
て単体フィルムを容易に作成できた。乾燥条件は120℃0.5時間後さらに18
0℃1.5時間であった」(段落【0029】)と記載されていることが認められ
る(下線は本判決による注記である。)。
これと,甲5の試験報告書に記載された試験方法(2頁以下)とを対比
すると,確かに,ほぼ上記の記載に沿った製造条件が記載されているということは
できる。しかし,先願明細書2の実施例4の酸成分の化合物として記載された
「4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物」(上記下線部参
照)との物質は,四つのカルボキシル基のうちの二つの位置が特定されておらず,
その二つのカルボキシル基の置換の可能性が高い位置や分子量などから見て「3,
3’、4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物」を指すものと
一応推察はされるが,この名称自体から,これがどのような化合物であるかを断定
することはできない。ところが,甲5の試験報告書では,先願明細書2の実施例4
の酸成分の化合物として,上記のようにいかなる化合物であるか明確でない「4,
4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物」との記載がそのまま使用
されており,果たして,「3,3’,4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカル
ボン酸二無水物」を使用したのか,それ以外の何らかの化合物を使用したのかを明
らかにすることができない。この点について,被告は,「4,4’-ジフェニルス
ルフォンテトラカルボン酸二無水物」とは,「3,3’,4,4’-ジフェニルス
ルフォンテトラカルボン酸二無水物」でしかあり得ないと主張するが,被告補助参
加人が本件特許異議手続において提出した特許異議意見書に対する平成14年1月
31日付け回答書(甲7)中では,「先願明細書2の実施例4におけるポリイミド
は,酸成分として4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物が使
用されるものであり,先願明細書1のポリイミドと酸成分が相違するものである。
したがって,先願明細書1の記載を根拠に先願明細書2の実施例4で得られるポリ
イミドのガラス転移温度が215℃であることが否定されるものではない」(4頁
最終段落)として,「4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水
物」は,「3,3’、4,4’-ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水
物」とは別異の化合物であることを明確に主張している。そして,この点が本件の
主要な争点の一つになっているにもかかわらず,被告及び被告補助参加人は,甲5
の試験報告書で実際に使用された酸成分がいかなる化合物であったかを明らかにす
る証拠を提出せず,また,提出できないことを納得させる説明もしていない。
以上に加えて,甲5の試験報告書では,例えば精製時のメタノール量に
ついても,先願明細書1,2に記載されている「大量のメタノール」との表現をそ
のまま引き写しているにすぎず,その使用量を客観的に明らかにできないこと,重
合反応に影響を与える可能性があると認められる撹拌条件についても,同試験報告
書では,単に「激しくかき混ぜた」(2頁8行目,3頁6行目),「撹拌を続け
た」(2頁14行目,3頁12行目)と,先願明細書1,2の表現をそのまま引き
写しているにすぎないこと等の点で,その製造条件の具体性に欠けるものといわざ
るを得ないところ,被告及び被告補助参加人が,この点を明らかにする証拠を提出
せず,また,提出できないことを納得させる説明もしていないことは上記と同様で
ある。
ウ 一方,本件において,甲5の試験報告書の信用性をめぐっては,これと
真っ向から対立する内容の甲6の実験成績証明書が提出されていることは前示のと
おりである。そして,甲6の実験成績証明書の製造条件の記載において,先願明細
書2に実施例4の酸成分の化合物として記載されている「4,4’-ジフェニルス
ルフォンテトラカルボン酸二無水物」は,「3,3’,4,4’-ジフェニルスル
フォンテトラカルボン酸二無水物」の誤記であるとの前提で,条件設定及び製造が
されていることが認められるほか,精製時のメタノール量や撹拌条件等についても
明確に記載さており,少なくとも,その製造条件について具体性に欠けるところは
ない。本来,甲5の試験報告書と甲6の実験成績証明書の製造条件の相違等を抽出
した上で,その採否を検討すべきところ,甲5の試験報告書は,その前提を欠くも
のといわざるを得ない。そうすると,本件において,甲5の試験報告書を採用し,
甲6の実験成績証明書を排斥した本件決定の判断に合理性があるとはいえず,専ら
甲5の試験報告書に基づいて,先願発明1,2が前記相違点に係る構成を有してい
るとして本件発明1との同一性を肯定した本件決定の判断は誤りというべきであ
る。
2 以上のとおり,原告主張の本件決定取消事由は理由があり,この誤りは,本
件発明中,請求項2~11に係る発明についてもそのまま妥当することとなるか
ら,本件決定の結論の全部に影響を及ぼすことは明らかであり,本件決定は取消し
を免れない。
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決す
る。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 長 沢 幸 男
裁判官 宮 坂 昌 利
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