平成13(ワ)9922民事訴訟 特許権
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裁判所 |
大阪地方裁判所
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裁判年月日 |
平成14年12月26日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法2条3項3回 特許法100条2回 民法90条2回 特許法98条1項2号1回 特許法78条2項1回 特許法102条2項1回 特許法123条1項2号1回 特許法68条1回
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キーワード |
実施89回 特許権69回 許諾36回 侵害18回 損害賠償9回 無効8回 差止7回 優先権2回 ライセンス1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成13年(ワ)第9922号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成14年10月28日
判 決
原 告 アンドウケミカル株式会社
訴訟代理人弁護士 北 方 貞 男
被 告 有限会社空閑園芸
訴訟代理人弁護士 後 藤 昌 弘
同 川 岸 弘 樹
補佐人弁理士 広 江 武 典
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙イ号物件目録(1)及び(2)記載のポットカッターを製造し、使用
してはならない。
2 被告は、その事業所に所在する前項の物件を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金180万円及びこれに対する平成13年9月28日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、「育苗ポットの分離治具及び分離方法」という特許発明に係る特許
権を有する原告が、被告に対し、被告は、①別紙イ号物件目録(1)及び(2)記載のポ
ットカッターを製造し、②原告から貸与されたポットカッターを原・被告間の賃貸
借契約に設けられた条項に反して原告以外の製造に係る連結育苗ポットの切り離し
等に使用したが、上記各行為はいずれも原告の特許権の侵害に当たるとして、特許
権に基づき、ポットカッターの製造、使用の差止め及び廃棄並びに損害賠償を請求
した事案である。
1 争いのない事実等(証拠の掲記のないものは、当事者間に争いがないか、弁
論の全趣旨により認められる。)
(1) 当事者
ア 原告は、プラスチック製食品用容器の製造、販売等を業とする株式会社
であるが、育苗ポットの製造、販売も行っている。
イ 被告は、花卉・野菜苗の生産販売等を業とする有限会社である(以下、
このような業者を「育苗業者」という。)。
(2) 本件特許権
原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発
明」という。)を有している。
特許番号 第3000552号
発明の名称 育苗ポットの分離治具及び分離方法
出願日 平成11年1月18日(特願平11-9483号)
優先日 平成10年2月3日
(優先権主張番号:特願平10-22289号)
優先権主張国 日本
登 録 日 平成11年11月12日
特許請求の範囲 別紙特許公報(甲1)該当欄請求項1ないし4記載の
とおり。
(3) 本件発明は、原告が有する別の特許権(特許第2891987号、発明の
名称「育苗ポット用樹脂成形体及びその製造装置」、以下「別件特許権」とい
う。)に係る連結育苗ポット(以下「原告ポット」という。)の分離治具及び分離
方法に係るものであり、別紙イ号物件目録(1)及び(2)記載のポットカッター(以
下、同目録(1)記載の製品を「イ号物件(1)」、同目録(2)記載の製品を「イ号物
件(2)」といい、併せて「イ号物件」という。)は、本件発明の実施品である。
(4) 原告は、原告ポットの販促品として、本件発明の実施品であるポットカッ
ターを顧客に貸与しており、被告に対しては、平成10年3月4日にイ号物件(1)3
台を、同月25日にイ号物件(2)3台を有償で貸与する旨の契約をそれぞれ締結し
(以下「本件貸与契約」という。)、これらを引き渡した(以下、原告が被告に貸
与した実施品を「本件ポットカッター」という。)。本件貸与契約には下記の約定
がある(甲3、4。本件禁止条項が存在することは争いがない。)
ア 柱書
「この製品はアンドウケミカル(株)〔原告〕が独自に考案した連結育
苗ポットの切り離しと所定の枠の中へ納めるという事を目的として考案されたもの
であり、分離方法特許及び分離治具特許を請求している製品である。よって、この
目的以外の例えば当社以外の連結育苗ポット等の切り離し、育苗トレーへの供給等
に流用する事を一切禁じます。」(以下「本件禁止条項」という。)。
イ 第3条(治具の使用、保存)
① 被告は、治具の引渡しを受けた時から治具の使用をできるものとす
る。
② 使用料は1台につき9800円(7.5cm用のみ1万4000円)
とする。効力は原告が治具を発送した日より3年間とするが、場合によっては変更
となる場合もある。
ウ 第4条(治具の所有権侵害の禁止等)
① 原告は、治具に原告の所有権を明示あるいは標示することができる。
② 被告は、治具を第三者に譲渡、売買、転貸等、原告の所有権を侵害す
るような行為をしないものとする。
エ 第5条(解除)
契約は原・被告どちらかに不都合が生じた場合、いつでも解除できる。
① 被告が一方的な理由で契約解除をする時は、治具を原告に返却する事
により解除完了となる。
② 原告が解除要求した時は、いかなる理由があろうとも被告はすみやか
に治具を原告へ返却しなければならない。その事により解除完了となる。
(5) 被告は、平成11年春ころから、株式会社東海化成(以下「東海化成」と
いう。)の製造に係る連結育苗ポット(以下「東海ポット」という。)を購入する
ようになった。そこで、原告は、平成12年3月21日付け内容証明郵便により、
被告に対し、被告が使用する育苗ポット及びポットカッターが原告の特許権を侵害
するとして、これらの使用の停止を求める旨の警告書を出した(乙10)。
(6) 原告は、平成12年5月、別件特許権及び本件特許権に基づき、東海化
成、被告を含む計8名に対し、東海ポット及び東海化成が生産、譲渡、譲渡のため
に展示しているポットカッター(以下「旧東海ポットカッター」という。)の製
造、販売等の差止め及び損害賠償を請求する訴訟を大阪地方裁判所に提起したが
(以下「別件訴訟」という。)、平成13年4月12日、東海ポットの製造、販
売、使用の差止め及び損害賠償請求については、東海ポットは別件特許権に係る発
明の技術的範囲に属しないと判断され、これを棄却する判決が言い渡された(乙
1)。
(7) 原告は、被告に対し、平成13年8月22日付け内容証明郵便(甲8)に
より、被告が本件禁止条項に違反して本件ポットカッターを東海ポットの分離作業
に使用したことを理由に本件貸与契約の解除を申し入れるとともに、本件ポットカ
ッターの返還を請求した。
(8) 被告は、平成13年8月28日、原告に対し、本件ポットカッター6台を
返却した。
2 争点
(1) 被告は、本件ポットカッター以外にイ号物件を自ら製造し、又は今後製造
するおそれがあるか。
(2) 被告が本件禁止条項に違反して、本件ポットカッターを他社製連結育苗ポ
ット等に使用することが、本件特許権の侵害を構成するか。
(3) 本件禁止条項は、独占禁止法19条が禁止する不公正な取引方法に該当
し、公序良俗に違反するものとして無効か。
(4) 本件特許には無効理由が存在することが明白か。
(5) 原告の損害額。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告は、本件ポットカッター以外にイ号物件を自ら製造し、又は今
後製造するおそれがあるか)について
【原告の主張】
(1) 被告は、本件ポットカッター以外に、少なくとも6台のイ号物件を自ら製
造し、他社製の連結育苗ポットの切り離しに使用した。ポットカッターは、連結育
苗ポットを用いた育苗業者等にとって、作業能率上不可欠の道具であるから、被告
には、今後ともイ号物件を製造するおそれがある。
(2) 仮に、被告が東海化成の特開2001-148942号(乙3)の発明の
実施品(以下「千鳥タイプのポットカッター」という。)を使用しているとして
も、被告が本件貸与契約に違反して本件ポットカッターを使用してきたこと、平成
13年5月7日に実施された証拠保全による検証の際に一切関係事実を開示しなか
ったこと、千鳥タイプのポットカッターが本件発明から棒材の数を減らしただけの
もので、イ号物件と同様の形態に改造することが極めて容易であることによれば、
被告が将来イ号物件を秘かに製造し、使用を始めるおそれは大きい。
【被告の主張】
(1) 被告は、自らイ号物件を製造したことはなく、今後も製造するおそれはな
い。
(2) 被告は、平成11年9月5日以降、東海化成から供給された旧東海ポット
カッターを使用していたが、平成12年5月末日以降、本件ポットカッターも旧東
海ポットカッターも使用を中止し、その後は、千鳥タイプのポットカッターを使用
している。
2 争点(2)(被告が本件禁止条項に違反して、本件ポットカッターを他社製連結
育苗ポット等に使用することが、本件特許権の侵害を構成するか)について
【原告の主張】
(1) 本件貸与契約は、特許実施品の貸与契約であり、貸与条件の範囲内での当
該特許権の実施許諾契約であるから、貸与条件を逸脱する特許実施品の使用は、実
施許諾の範囲を超えた使用として特許権侵害となる。被告は、平成11年4月以
降、購入する連結育苗ポットを原告ポットから東海化成製造の類似品(東海ポッ
ト)に切り替え、それ以後は、本件ポットカッターを同社製品の切り離し作業に使
用してきた。被告が本件ポットカッターを本件禁止条項に違反して他社製の連結育
苗ポットの分離作業に使用することは、本件特許権の実施品を実施許諾の範囲を超
えて使用するものであり、本件特許権を侵害する。
(2) 本件禁止条項は、実施許諾の範囲を画する明白な制約であるから、使用上
の制約がない黙示の実施許諾契約があったとの被告の主張は不当である。また、原
告が被告の実施許諾契約違反を知ってから契約解除するまでの間、黙示的に本件発
明の実施を許諾していたことはない。
【被告の主張】
(1) 被告は、平成10年3月4日及び同月25日に、原告から本件ポットカッ
ターを借り受けるに伴い、原告から本件特許権について実施許諾を受けた。上記実
施許諾は、黙示の許諾であり、実施許諾には何の制約も付されていない。
(2) 仮に、上記実施許諾が、原告ポットを切断する範囲で本件発明の実施を許
諾する趣旨であったとしても、上記実施許諾においては、被告が原告から原告ポッ
トを購入して使用する限りは、他社製品に関しても実施することが黙示的に許容さ
れていた。原告は、平成12年3月21日付け内容証明郵便により、被告に他社製
連結育苗ポットへの本件ポットカッターの使用禁止を通告するまでは、被告が他社
製連結育苗ポットを購入し、その一部を本件ポットカッターにより切断しているこ
とを知りながら黙認しており、これは、黙示の実施許諾に当たる。そうすると、平
成13年8月22日付け書面により実施許諾契約が解除されるまでは、原告ポット
の切断は許諾されているのであるから、被告の本件特許権に基づく損害賠償義務
は、平成12年3月21日から平成13年8月22日までの他社製品の切断に関す
る範囲に限られる。
3 同(3)(本件禁止条項は、独占禁止法19条が禁止する不公正な取引方法に該
当し、公序良俗に違反するものとして無効か)について
【被告の主張】
本件禁止条項は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁
止法)19条が禁止する不公正な取引方法に該当するとともに、公序良俗に反して
無効である。
(1) 独占禁止法21条(平成12年法律第76号による改正前の23条)は、
「この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権
利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定するが、同条は、①特
許法等による権利の行使とみられない行為には独占禁止法の適用があることを確認
するとともに、②特許法等による権利の行使とみられるような行為であっても、例
えば、当該行為が不当な取引制限や私的独占の一環をなす行為として、又はこれら
の手段として利用されるなど権利の行使に藉口していると認められるときなど、そ
れが発明を奨励すること等を目的とする技術保護制度の趣旨を逸脱し、又は同制度
の目的に反すると認められる場合には、特許法等による「権利の行使と認められる
行為」と評価できず、独占禁止法が適用されることを確認した趣旨である。
本件禁止条項は、本件特許権とは本来無関係な原告ポットの購入を強制す
る行為であり、特許法等による権利の行使とみられる行為ではない。これにより、
育苗ポットの購入先の選択の自由が制限され、育苗ポット製造業者・販売業者にと
っても代替的な取引先若しくはそれとの取引の機会を容易に確保することができな
くなり、市場における競争秩序に悪影響を及ぼすおそれが高い。よって、本件禁止
条項は、独占禁止法2条9項に定める不公正な取引方法である公正取引委員会によ
る一般指定第10項(抱き合わせ販売等)、一般指定第11項(排他条件付取
引)、又は一般指定第13項(拘束条件付取引)に該当するものとして、違法とな
るというべきである。
(2) 独占禁止法違反の法律行為は、違法性の程度等によっては公序良俗に反す
るものとして民法90条により無効になる。本件禁止条項は、本件特許権の権利行
使の名の下に、事実上、原告の連結育苗ポット市場の独占状態を創出するのと同様
の効果を生じさせており、特許制度の趣旨を逸脱したものとして違法性の程度が極
めて高いから、民法90条により無効である。
【原告の主張】
本件禁止条項は、原告ポットの購入を強制するものではなく、需要者は、分
離治具として本件ポットカッターを使用しないという選択が可能である。本件発明
の実施品である本件ポットカッターの使用を許諾するに当たり本件禁止条項を付す
ことは、需要者が他社製品を購入することを不当に制限することにはならないか
ら、本件禁止条項は、独占禁止法2条9項所定の不公正な取引方法に該当しない。
4 争点(4)(本件特許には無効理由が存在することが明白か)について
【被告の主張】
原告提出に係る育苗業者作成の証明書(甲13~16)によれば、原告は、
育苗業者4社に対し、本件特許出願の優先日以前に、本件発明の実施品であるポッ
トカッターを頒布していた。そうすると、本件発明は、原告の本件特許出願前から
公知であり、本件特許には、特許法123条1項2号、同法29条1項2号による
無効理由が存在することが明らかであるから、本件特許権に基づく請求は権利の濫
用である。
原告は、原告の提出した上記証明書に記載された本件発明の実施品であるポ
ットカッターの使用開始時期が誤りであったと主張し、甲27を提出するが、この
ようなことは訴訟上の信義則に反し許されない。
【原告の主張】
甲13、15、16の各証明書に記載された本件発明の実施品であるポット
カッターの使用開始時期は誤りであり(なお、甲14に記載された同使用開始時期
は本件特許出願の優先日より後である。)、本件特許出願の優先日である平成10
年2月3日より前に、本件発明に係るポットカッターが公然実施された事実はな
い。
5 争点(5)(原告の損害額)について
【原告の主張】
(1) 本件ポットカッターを使用した連結育苗ポットのトレイ入れは、従前の単
体丸ポットのトレイ入れと比べて2倍強の能率ですることができる。単体丸ポット
の場合、1時間に97枚のトレイ(1トレイは24ポット)にトレイ入れができる
が、育苗作業者の平均的時間給は1時間700円であるから、単体丸ポット1個の
トレイ入れに要する賃金は30銭である(700÷(97×24)=0.300)。
(2) 被告は、全国有数の育苗業者であり、年間500万個以上のポット入り種
苗を出荷していたと推定されるから、平成11年4月から平成13年8月までの間
の出荷数は1200万ポットと推定される。このトレイ入れに要する丸ポット換算
の人件費は360万円であり(12,000,000×0.3=3,600,000)、本件禁止条項に違
反した本件ポットカッターの使用により被告が不当に得た利益は180万円であ
る(3,600,000×1/2=1,800,000)。この金額が、特許法102条2項により原
告の受けた損害の額と推定される。
【被告の主張】
(1) 本件ポットカッターと従前の単体丸ポットの作業効率の差は、5割弱程度
しかない(乙20)。パート従業員は、連結丸ポットをカットしながらトレイに入
れる場合は1時間に約200トレイ、単体丸ポットをトレイに入れる場合は1時間
に約150トレイの作業ができる。したがって、連結育苗ポットをカットしながら
入れる場合の人件費(700円÷(200トレイ×24鉢)=0.15円)と、丸ポットを入れ
る場合の人件費(700円÷(150トレイ×24鉢)=0.19円)の差額は、1個当たり4
銭程度である。
(2) 平成11年4月から平成13年8月までの原告の苗の出荷数量700万鉢
のうち、被告が原告から購入した約60万個と、ポットカッターを使用する必要の
ない「パック」(4個が一体となった形態のポット)242万個を合わせた計30
0万個は対象外であるから、損害賠償の対象は、最大でも400万個である。ま
た、被告の栽培する苗のうち、約半分は連結育苗ポット切断の必要がない野菜の苗
であるから、被告が本件ポットカッターを使用して切断した可能性があるのは、そ
の半分の200万個である。そうすると、被告の利益額は、「200万個×4銭=
8万円」でしかない。
(3) なお、仮に被告が損害賠償義務が負うとしても、その対象期間は、前記
2、争点(2)【被告の主張】(2)のとおり、原告が内容証明郵便により他社製連結育
苗ポットへの使用禁止を通告した平成12年3月21日から平成13年8月22日
までの約17か月に限定されるべきであり、その期間の原告の損害額は、多くとも
金4万6896円(8万円×17/29=46,896円)にすぎない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告は、本件ポットカッター以外にイ号物件を自ら製造し、又は今
後製造するおそれがあるか)について
証拠(乙1、11)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成13年8月2
8日に本件ポットカッターを原告に返却するまでは、連結育苗ポットの切り離し
に、本件ポットカッター又は同年6月東海化成から支給された千鳥タイプのポット
カッターを使用していたことが認められ、被告が自ら同種のポットカッター(イ号
物件)を製造したことを裏付けるような証拠はない。この点について、原告の従業
員であるA作成の平成13年4月4日付け陳述書(甲5添付資料中の甲9)には、
被告代表者の過去の対応及び経歴から、被告が本件ポットカッターと同一構造のポ
ットカッターを自ら製作していると考えられる旨の記載があるが、これらの記載は
単なる推測にすぎないから採用できず、他に被告がイ号物件を自ら製造したことを
認めるに足りる証拠はない。
また、証拠(乙8)によれば、被告が現在保有する千鳥タイプのポットカッ
ターによっても連結育苗ポットの切り離し及び育苗トレーへのポット供給自体は可
能であることが認められるから、被告が今後イ号物件を自ら製造しなければ連結育
苗ポットの切り離し等をすることが不可能であるとはいえない。したがって、被告
が将来イ号物件を製造する現実的なおそれを肯定することはできず、他にこれを認
めるに足りる証拠もない。
以上によれば、原告の請求のうち、被告がイ号物件を製造し、又は今後製造
するおそれがあることを根拠とする特許権侵害の主張については、理由がない。
2 争点(2)(被告が本件禁止条項に違反して、本件ポットカッターを他社製連結
育苗ポット等に使用することが、本件特許権の侵害を構成するか)について
(1) 上記第2、1(4)によれば、本件貸与契約は、本件ポットカッターという
動産の賃貸借契約の形式を採用している。しかし、その内容は、原告が被告に対
し、本件発明の実施品である本件ポットカッターの占有を有償で移転し、これを連
結育苗ポットの分離という本件発明の目的を達成するような方法で使用することを
認めるというものであり、これは、本件発明についての特許出願人である原告が育
苗業者である被告に対し、本件発明を業として実施することを実施の態様として使
用(特許法2条3項)のみに限定した上で許諾することと実質的に同義といえる。
加えて、原告が被告以外の育苗業者数社との間でも、本件貸与契約と同様のポット
カッター賃貸借契約を重畳的に締結していること(甲17~20)を考慮すると、
本件貸与契約は、原・被告間における通常実施権(同法78条1項)の設定行為と
いう性質を有し、原告は、本件貸与契約に基づき、被告に対し、本件発明が特許さ
れた場合には、本件特許権について、実施の態様を使用に限定した上で通常実施権
(以下、この通常実施権を「本件通常実施権」という。)を許諾することを約した
ものと解するのが相当である(本件貸与契約が本件特許権の実施許諾の性質を有す
ることは、当事者双方も認めるところである。)。
(2) 特許法は、設定行為で範囲を定めることにより、特許権の一部に制限して
通常実施権を許諾することができる旨規定するとともに(特許法78条2項)、通
常実施権は、その登録をしたときには、その特許権若しくは専用実施権又はその特
許権についての専用実施権をその後に取得した者に対しても、その効力を生ずると
規定している(特許法99条1項)から、特許権の一部に制限して通常実施権を許
諾した場合も、その内容が登録されたときは、同様の効力を生ずると解される。他
方、通常実施権の法的性質は、許諾者である特許権者又は専用実施権者と通常実施
権者との間における、特許権者又は専用実施権者から差止請求権や損害賠償請求権
の行使を受けないことを本質的内容とする債権関係であって、その具体的内容は当
事者間の契約により決定される。通常実施権の許諾に当たりいかなる制限が付され
るかは、当該特許発明の重要性・価値のほか、特許権者及び通常実施権者の技術・
市場において占める地位、実施権者の数・実施能力など、市場の状況を踏まえた種
々の要因に応じて両当事者の意図により契約毎に決定され、制限(時間的、場所
的、内容的)の具体的内容・程度・期間にも、厳格なものから緩やかなものまで広
範な態様が存在する。このように、法的には許諾者と通常実施権者との間の債権関
係にすぎず、現実にも広範な態様のものが存在する通常実施権の許諾の制限につい
て、そのすべての違反行為が物権的権利としての特許権の侵害を構成し、特許権者
から差止請求権(特許法100条)及び損害賠償請求権(民法709条)を行使さ
れるとともに、刑事罰(特許法196条)による制裁の対象となり得ると解するの
は相当でない。
(3) ところで、特許法は、専用実施権(特許法77条)の設定について、登録
を効力発生要件と定めており(特許法98条1項2号)、専用実施権の設定の登録
を申請するときは、申請書に設定すべき専用実施権の範囲を記載しなければならな
い(特許登録令44条1項1号)。したがって、専用実施権の設定に際して付され
た範囲の制限は、それが登録された場合には専用実施権の内容として効力を生じ、
その範囲内では特許権者の権利も制限される一方、その制限に違反する行為は特許
権の侵害となる(特許法100条)。これに対し、専用実施権の設定に際して付さ
れた制限のうち登録されていない事項に違反した場合の効果について、特許法は規
定していない。通常実施権についても同様である。
そうすると、通常実施権者が通常実施権の許諾に付された制限に違反する
ことが特許権侵害を構成するか否かを判断するに当たっては、通常実施権の許諾に
そのような制限を付し、かつ、当該制限を遵守させる行為が、特許法に規定された
権利の本来的な行使(以下「本来的行使」という。)と評価できるか否かという観
点から検討されなければならず、本来的行使に当たらない制限を付すこと(以下
「非本来的行使」という。)については、特許法による権利の行使とはみられず、
私的自治に委ねられ、その違反も契約上の債務不履行を構成するにすぎないという
べきである。
そこで、特許法上、特許権及び通常実施権がいかなる性質の権利として規
定されているかを特許制度の趣旨に照らして判断する。特許法は、「発明の保護及
び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与すること」を目
的とするものである(同法1条)。そして、特許法68条本文は、「特許権者は、
業として特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定するが、対象となる発明
は、本来独占的に占有することが観念できない技術的情報であるから、「特許発明
の実施をする権利を専有する」とは、結局、他人による無権原での実施を排除する
ことに他ならない。換言すれば、特許権とは、特許発明の技術的範囲に包含される
物の生産、使用、譲渡或いは方法の使用等(特許法2条3項)から、特許権者が他
人を排除しうるという権利に他ならないということになる。そうすると、特許権者
が通常実施権の許諾を行う場合において、許諾に付された制限の中で、特許権の本
来的行使として物権的効力を有し、その制限に違反することが特許権侵害を構成す
るものとされるのは、前記の特許法の目的にも照らして、特許法が特許権者に保障
する特許発明の無断実施自体の禁止という効力に直接関わり、当該効力を実現する
ために必要な範囲の行為に限られるというべきである。これに対し、実施許諾に付
された制限が、特許発明の実施行為と直接関わりがなく、無断実施の禁止権を実現
するために必要な範囲を超えるものと評価される場合には、そのような制限は、そ
の特許権の効力として特許法上認められた範囲を超えるものとして、もはや特許権
の本来的行使(物権的制限)には該当せず、単なる契約上の制限(債権的制限)に
とどまると解するのが相当である。
(4) そこで、以上の説示に基づき、本件禁止条項によって本件通常実施権に付
された制限が本件特許権の本来的行使に当たるかどうかについて検討する。
本件貸与契約は、原告が被告に対し、(本件特許権が設定登録により発生
した場合に)実施の態様を使用(特許法2条3項)のみに限定して通常実施権を許
諾する旨の通常実施権設定行為と解されるが(前記(1))、本件禁止条項は、本件通
常実施権の許諾に対し、さらに、「本件発明の使用目的(用途)を、別件特許権に
係る発明の実施品である原告ポットの切り離しに限定し、それ以外の目的、すなわ
ち、原告ポット以外の他社製連結育苗ポットの切り離し等に使用することを禁止す
る」という内容的な制限を付すものと解することができる。
しかし、本件特許権により特許権者である原告に保障された効力は、他人
が無権原で本件発明に係る「育苗ポットの分離治具及び分離方法」を連結育苗ポッ
トの分離という本件発明の目的を達成するような方法で使用することを排除すると
いう無断実施禁止の効力に直接関わり、その目的を実現するのに必要な範囲にとど
まるのである。本件禁止条項のように、特許権者から実施範囲を使用に限定して実
施許諾を受けた通常実施権者が特許発明に係る物を使用するに際し、特許権者の競
業者の製品への使用に供することを排除することは、特許権者が通常実施権者に対
して、競争品の使用等又は競争技術の採用の制限、若しくは原材料、部品等の購入
先の制限を課すことと径庭がなく、それ自体は、特許発明の実施行為に関すること
ではあるけれども、実施の区分、期間、地域、技術分野等を制限するものとは異な
り、特許権者が本来決定権を有しない、特許発明の実施とは無関係の制限を課すも
のであるから、特許制度の目的に照らしても、特許権の本来的効力を実現するため
に必要な範囲を超えるものというべきである(公正取引委員会事務総局平成11年
7月公表の「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」〔乙
2〕も参照)。
また、本件貸与契約は、もともと原告ポットの販促品として本件ポットカ
ッターを原告が顧客である被告に供与するために締結されたものであるが、本件ポ
ットカッターがいわゆる消耗品であり、被告が原告に返還した時点では、多くが約
3年5か月にわたる使用により破損していたこと(甲9)、本件貸与契約で定めら
れた使用料は1台9800円又は1万4000円、契約期間が3年間であり、期間
の変更(期間経過後の更新)も予定されていること(上記第2、1(4)イ)からすれ
ば、本件貸与契約の実質は売買と変わるところがなく、原告が本件ポットカッター
の売買という通常考えられる法形式(売買であれば、特許権は消尽し、購入者が購
入後の使用目的を特許権者から制約されるいわれはない。)を採らずに賃貸借とい
う法形式を採った上で本件禁止条項を設けた趣旨は、実質的には、被告に別件特許
権に係る発明の実施品である原告ポットの購入を促す目的によるものであると認め
られる。しかし、育苗業者がどのような連結育苗ポットを誰から購入するかという
購入製品及び仕入先の選択は、本来、育苗業者自身の決定に委ねられるべき事項で
あり、他社の競争品が別件特許権の侵害品に当たるというような場合でない限り、
原告にこれを制約する権原はない。この意味からも、本件禁止条項による制限は、
無断実施自体の禁止という本件特許権の本来的効力を実現するために必要な範囲の
行為とはいえない。
そうすると、本件禁止条項により通常実施権の許諾に制限を付すことは、
本件特許権の効力として特許法上認められた範囲を超えるものとして特許権の本来
的行使に該当せず、単なる契約上の制限にとどまるものと解するのが相当である。
(5) 以上によれば、被告が本件禁止条項に違反して本件ポットカッターを他社
製連結育苗ポットの切断に使用したこと(原告は、平成13年8月22日付け内容
証明郵便により、被告が本件禁止条項に違反して本件ポットカッターを東海ポット
の分離作業に使用したことを理由に本件貸与契約の解除を申し入れるとともに、本
件ポットカッターの返還を請求し、被告は同月28日に本件ポットカッターを返還
している(前記第2、1(7)、(8))から、それまでは本件貸与契約が存続したもの
である(本件貸与契約第5条)ところ、上記申入れ後に被告が本件ポットカッター
を使用したことを認めるに足りる証拠はない。)は、本件貸与契約上の債務不履行
を構成するにとどまり、本件特許権の侵害には当たらないというべきである(な
お、原告は、平成14年9月27日の第7回弁論準備手続期日において、本件の訴
訟物は特許権侵害に基づく差止請求と損害賠償請求のみであると陳述してい
る。)。
3 よって、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がな
いから、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 小 松 一 雄
裁判官 阿 多 麻 子
裁判官 前 田 郁 勝
(別紙)
イ号物件目録写真1、2
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