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平成12(行ケ)390行政訴訟 特許権

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裁判所 請求棄却 東京高等裁判所
裁判年月日 平成14年12月26日
事件種別 民事
法令 特許権
民事訴訟法61条1回
特許法29条1項3号1回
キーワード 審決20回
刊行物14回
新規性2回
主文  原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要

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判決文

平成12年(行ケ)第390号審決取消請求事件
平成14年12月12日口頭弁論終結
判 決
   原       告 三菱電機株式会社
訴訟代理人弁理士 高 瀬 彌 平
      訴訟復代理人弁理士   永   井       豊
   被       告 特許庁長官 太 田 信一郎
指定代理人 内 野 春 喜
同         橋 本 武
      同           小   林   信   雄
      同           大   橋   良   三
      同           高   橋   泰   史
      同           涌   井   幸   一
主 文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
  特許庁が平成11年審判第12402号事件について平成12年8月9日に
した審決を取り消す。
  訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
  主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,平成4年11月16日,発明の名称を「半導体装置およびその製造
方法」とする発明について特許出願(平成4年特許願第305289号,以下「本
願出願」といい,その願書に添付された明細書及び図面を併せて「本件明細書」と
いう。)をしたが,平成11年6月1日,拒絶査定を受けたので,平成11年7月
29日,これを不服とする審判の請求を行った。特許庁は,これを平成11年審判
第12402号事件として審理し,その結果,平成12年8月9日,「本件審判の
請求は,成り立たない。」との審決をし,平成12年9月13日,その謄本を原告
に送達した。
2 特許請求の範囲請求項4(以下,請求項4に係る発明を「本願発明」とい
う。別紙図面(1)参照)
 「半導体基板の主表面上にゲート絶縁膜とゲート電極を形成する工程と,
 前記半導体基板の主表面の少なくとも一部と前記ゲート絶縁膜の少なくとも
 一部に窒素をイオン注入する工程と,
 前記半導体基板の主表面にソースドレイン領域を形成する工程と,
 窒素をイオン注入された前記半導体基板の主表面上でかつ前記ソースドレイ
 ン領域上にサイドウォールを形成する工程とを含む半導体装置の製造方法。」
3 審決の理由
  別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平4-11
6869号公報(以下「引用刊行物1」という)に記載された技術(以下「引用発
明」という。別紙図面(2)参照)と同一であるから,特許法29条1項3号に該当
し,特許を受けることができない,とするものである。
  審決の認定した本願発明と引用発明との一致点・相違点は,次のとおりであ
る。
 (一致点)
「半導体基板の主表面上にゲート絶縁膜とゲート電極を形成する工程と,
前記ゲート絶縁膜の少なくとも一部に窒素をイオン注入する工程と,前記半導体基
板の主表面にソースドレイン領域を形成する工程,とを含む半導体装置の製造方
法。」である点
(相違点)
① 本願発明が「前記半導体基板の主表面の少なくとも一部に窒素をイオン
注入する工程」を有するのに対して,引用例1には,半導体基板の主表面の一部に
窒素をイオン注入すると明記されていない点(相違点1)
② 本願発明が「窒素をイオン注入された前記半導体基板の主表面上でかつ
前記ソースドレイン領域上にサイドウォールを形成する工程」を有するのに対し
て,引用例1には,サイドウォールの形成について記載がない点(相違点2)
第3 原告主張の取消事由の要点
  審決の理由中,1(本願の経緯および本願発明の要旨)を認め,2(引用刊
行物記載の発明)のうち,引用発明に,「ゲート絶縁膜13の両側でP型シリコン
基板12の表面に、ソース領域15とドレイン領域16とを形成する工程」(2頁
末行~3頁1行)が記載されているとの部分を争い,その余を認める。3(対比)
のうち,両者が「前記半導体基板の主表面にソースドレイン領域を形成する工程
と,」との構成において一致するとした部分を争い,その余を認める。4(当審の
判断)を争う(ただし,一部認めるところがある。)。5(むすび)を争う。
1 取消事由1(相違点の看過)
(1) 本願発明の要旨認定の誤り
  サイドウォール(側壁)を形成するのは,基板に形成したn-層(N-層)
上であることは,本願出願時において技術常識であったことが明らかである(甲第
10~13号証参照)。このことは,例えば,甲第10号証において,LDD(L
ightly Doped Drain)トランジスタの製造ステップを図示した
ものに,ステップ(c)で形成したN-層上にサイドウォールがステップ(d),
(e)で形成されることが記載されていること(1頁のFig2),甲第11号証
において,LDDトランジスタの作製工程を図示したものに,工程(a)で形成さ
れたn-層上にサイドウォールが工程(b),(c)により形成されることが記載さ
れていること(63頁の図3.22)などから明らかである。
  上記技術常識を参酌するならば,本願発明の「前記半導体基板の主表面に
ソースドレイン領域を形成する工程」との記載は,「前記半導体基板の主表面に低
濃度N-ソースドレイン領域を形成する工程」という技術内容を意味しているものと
解すべきである。
(2) 引用発明の認定の誤り
  SD(Single Drain)構造トランジスタのソースドレイン領
域は,高濃度に不純物が添加されたn+層であることが技術常識である。このこと
は,例えば,甲第7号証において,SDトランジスタ構造が図示され,そのソース
ドレイン領域がn+層であることが示されていること(23頁の図1.14の1),
甲第9号証において,シングルドレインとLDDの不純物濃度を示すものが図示さ
れ,左側の図には,シングルドレインのソースドレイン領域の不純物濃度が1020
/cm-3であることが記載されていること(6頁の図1.10)などから明らかであ
る。
  そうであるならば,SD構造トランジスタである引用発明のソースドレイ
ン領域も,高濃度に不純物が添加されたn+層であると理解すべきである。
(3) 上述したとおり,本願発明のソースドレイン領域が低濃度N-ソースドレイ
ン領域であるのに対し,引用発明のソースドレイン領域は,高濃度n+ソースドレイ
ン領域であるから,両者は,この点で相違する(第3の相違点)。そして,この構
成上の差異により,本願発明では,低濃度N-ドレインにより,ドレインの電界を緩
和してホットキャリアを抑制できる効果を奏するのに対し,引用発明では,そのよ
うな効果を奏し得ないという効果上の差異がもたらされるのである。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)
(1) 審決は,引用発明について,「前記窒素イオンの注入は,P型シリコン基
板12に対しておよそ45°の方向よりするとあるから,前記ゲートバーズピーク
13a,13bへの窒素イオンの注入は,ゲート電極14の表面(側面)に形成さ
れた酸化シリコン膜17(17a)を通過して,ゲートバーズピーク13a,13
bに窒素イオンが到達するような態様で行われていることは明らかである。」と認
定した上,この認定を前提に,「前記窒素イオンは,厚く形成されたゲート電極1
4の表面の酸化シリコン膜17(17a)を通過してその背後にあるゲートバーズ
ピーク13a,13bに達するのであるから,前記ゲートバーズピーク13a,1
3bへの窒素イオンの注入に際して,前記窒素イオンが,ゲート電極14の表面の
酸化シリコン膜17(17a)よりも薄く形成されたP型シリコン基板12の表面
の酸化シリコン膜17(17b)を通過して,その下のP型シリコン基板12の表
面にも注入されることは明らかである。」との結論を導いた。
  しかし,審決の上記認定は誤りであり,したがって,これを前提として導
かれた上記結論も誤りである。
  一般に,熱酸化処理によって形成される酸化膜は,ゲート電極上,シリコ
ン基板上,ゲート絶縁膜(側面)上の順に厚く形成される(甲第5号証,第6号
証)。すなわち,ゲート絶縁膜(側面)上に形成される酸化膜の膜厚は,ゲート電
極上に形成される酸化膜及びシリコン基板上の露出した表面上に形成される酸化膜
のいずれよりも薄くなる。そのため,引用発明におけるように角度45°で窒素イ
オンを注入する場合には,最も薄く形成されているゲート絶縁膜(側面)上の酸化
膜を通過してゲートバーズピーク13a,13bに窒素イオンを注入できるから,
審決認定のようにゲート電極14上の酸化膜17(17a)を通過する,というこ
とはなく,ゲート電極上の酸化膜17aより薄いとはいえ,ゲート絶縁膜(側面)
上の酸化膜より厚い酸化膜17bで覆われたシリコン基板12にも,窒素イオンが
到達するとは限らず,窒素イオンがゲートバーズピーク13a,13bには注入さ
れるがシリコン基板12には注入されないことも十分にあり得る。
  したがって,「前記半導体基板の主表面の少なくとも一部に窒素をイオン
注入する工程」を引用発明が具備するとした審決の判断は誤りである。
(2) 被告は,引用発明において,角度45°で窒素イオンを注入してそれがゲ
ートバーズピークに達するのであれば,その窒素イオンは,酸化シリコン膜17b
を突き抜けてシリコン基板12の表面にまで注入されることが明らかであると主張
する。しかし,引用刊行物1には,ゲートバーズピーク13a,13bの奥にまで
窒素イオンを注入することが必要であるとの記載はないから,被告の上記主張は,
前提において既に誤っている。
  引用刊行物1には,上記の点について,「なお窒素イオンの注入では,ゲ
ートバーズピーク13a,13bより内部のゲート絶縁膜13に達しないように,
イオン注入装置のイオン加速電圧が調整される。」(甲第4号証4頁右上欄2行~
5行)との記載があって,窒素イオンがゲートバーズピーク13a,13bを突き
抜けないようイオン加速電圧が抑制されることが明記されていることを忘れるべき
ではない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)
(1) 審決は,「半導体装置の製造方法において,ソースドレイン領域上にサイ
ドウォールを形成する工程は慣用されているから,引用例1に記載された発明に,
ソースドレイン領域上にサイドウォールを形成する工程を付加することは,慣用技
術の付加にすぎない。」と認定判断した。
  しかしながら,サイドウォール形成工程は,LDD構造MOSFETに特
有の工程として慣用されていたことが明らかである。また,LDD構造MOSFE
Tの構造的特徴としては,サイドウォールを有すること以外にドレインが低濃度の
n-部分と高濃度のn+部分の2段階に形成されていることが挙げられる(甲第7~
13号証参照)。
  ところが,引用刊行物1に記載されている事項は,SD構造のトランジス
タであるから,引用発明に付加することのできる慣用技術は,SD構造のトランジ
スタにおけるものに限られる。LDD構造トランジスタに特有な慣用技術であるサ
イドウォール形成工程を付加の対象とすることはできない。
(2) 審決は,「引用例1に記載された発明への,窒素をイオン注入された半導
体基板の主表面上でかつソースドレイン領域上にサイドウォールを形成する工程の
付加に格別の意義も認められない。」と判断した。しかし,審決のこの判断は誤り
である。
  本願発明は,「窒素をイオン注入された前記半導体基板の主表面上でかつ
前記ソースドレイン領域上にサイドウォールを形成する工程」を有し,これによ
り,半導体基板のソースドレイン領域とサイドウォールの界面付近に窒素が導入さ
れるので不飽和シリコン原子の生成を抑制できるという格別の効果を奏するもので
ある(甲第3号証6頁第41段落参照)。そして,不飽和シリコン原子の生成を抑
制できるので界面準位の発生を少なくできるという格別の効果を奏するものである
(甲第3号証5頁第39段落参照)。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点の看過)について
  本願発明の「ソースドレイン領域」は,文字どおり「ソースドレイン領域」
であって,「低濃度N-ソースドレイン領域」に限定されるものではない。このこと
は,本願発明の特許請求の範囲の記載から明らかである。
  審決の認定したもの以外にも相違点があるとの原告の主張は,前提において
誤っている。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 原告は,甲第5号証,第6号証を提出して,ゲート絶縁膜の側面に形成さ
れる熱酸化膜は,ゲート電極上,シリコン基板上に形成される熱酸化物よりも薄い
と主張する。
  しかしながら,甲第5号証,第6号証におけるように,単にシリコン表面
に形成される酸化膜の厚さを比較する場合には原告主張のようにいい得るとして
も,引用発明におけるように,シリコン基板上に薄いゲート絶縁膜を介して厚い多
結晶シリコンから成るゲート電極が積層された構造に,これをそのまま適用するこ
とはできない。このような構造においては,ゲート絶縁膜が薄いため,上層の厚い
多結晶シリコン(ゲート電極板)上及び下層のシリコン(シリコン基板)上に形成
される酸化膜が成長して覆ってくるので,中央の一部にもともとは薄い部分がある
としても,最終的には,全体としては多結晶シリコンから成るゲート電極上の酸化
膜の厚さと同程度のものとなっているとみるのが相当である。引用刊行物1の第2
図において,酸化シリコン膜17aがゲート電極の表面全部で同じ厚さに示されて
いるのは,これを裏付けるものというべきである。
(2) 引用刊行物1の第2図によれば,ゲートバーズピーク13a,13bは,
ゲート電極14の側面よりも内側に形成されているから,ゲートバーズピーク13
a,13bの横方向の酸化シリコン膜の厚みは,少なくとも,ゲート電極14の側
面に形成される酸化シリコン膜17aの厚みと同程度以上となっている。
  そして,引用発明では,窒素イオンを角度45゜で注入して,この厚いゲ
ートバーズピーク13a.13bの奥まで窒素イオンを注入する必要がある。この
場合,窒素イオンは,ゲートバーズピーク13a.13bの横方向の酸化シリコン
膜の厚さよりも薄い酸化シリコン膜17bを突き抜けて,シリコン基板12の表面
に注入されることは明らかである。
(3) 引用発明におけるように角度45°で窒素イオンを注入してこれがゲート
バーズピークに達する場合には,注入された窒素イオンは,酸化シリコン膜17a
中を角度45°で通過する必要がある。そして,酸化シリコン膜17bの厚さは,
酸化シリコン膜17aのものよりも薄い。そうすると,引用発明において,窒素イ
オンが,角度45°で注入されてゲートバーズピークに達するのであれば,窒素イ
オンが酸化シリコン膜17bを突き抜けてシリコン12の表面に注入されることに
なることは明らかである。
  しかも,引用刊行物1には,酸化シリコン膜17bが形成されたシリコン
基板を窒素イオンの注入から保護するといった格別の記載もない。一般に,注入さ
れたイオンは,深さ方向に正規分布するのであるから,酸化シリコン膜17bを突
き抜けてシリコン基板12の表面に注入される窒素イオンがあることは,明らかで
ある。
(4) 一般に,明細書記載の効果を奏するために所定量の窒素イオンの注入が必
須であるならば,本願発明の構成に欠くことのできない技術事項として特許請求の
範囲に記載されるべきものである。ところが,本願発明には窒素イオンの注入量に
ついて特段の限定がなされていないのであるから,本願発明の構成上では窒素イオ
ンの注入が多少なりともあればよいことになる。
  引用発明においても,上記のとおり,窒素イオンの注入がなされているの
であるから,この点において両者に差異はない。
  上記のとおり,本願発明と引用発明とは,構成上,共に「半導体基板の主
表面の少なくとも一部とゲート絶縁膜の少なくとも一部に窒素イオンを注入する工
程」を備えているのであり,この点において両発明の構成に相違はない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 本願出願以前に,「半導体基板の主表面にソースドレイン領域を形成する
工程と,前記半導体基板の主表面上でかつ前記ソースドレイン領域上にサイドウォ
ールを形成する工程とを含む半導体装置の製造方法」は,当業者にとって慣用技術
となっていた(乙第1号証~第4号証)。
  本願出願以前に,サイドウォールを形成する工程は,LDD構造のトラン
ジスタのみならずSD構造のトランジスタにも広く採用されていた(乙第1~第4
号証)。
  そうである以上,引用発明にソースドレイン領域上にサイドウォールを形
成する工程を付加することは,慣用技術の付加にすぎないとした審決には,何らの
誤りもない。
(2) 原告は,平成11年8月17日付けの手続補正書によって,発明の詳細な
説明中に,「次に半導体基板1において将来ドレイン領域が形成されるべき部分に
窒素を導入することによって,ホットキャリアに起因するトランジスタの信頼性の
低下を防ぐことができる。窒素は燐や砒素と同様にドナー不純物であるため,ドナ
ーで形成されたドレイン領域に窒素を導入することによって,半導体基板1の上面
に平行な方向の不純物分布をなだらかにし,ドレイン領域における電界を緩和する
からである。」(第55段落)との記載を加え,この記載を前提に,ホットキャリ
アに起因するトランジスタの信頼性の低下を防ぐことができるとの効果を主張して
いるようである。
  しかしながら,上記効果は,ドナーで形成されたドレイン領域,すなわ
ち,n型ドレイン領域の構成を前提とした効果である。ところが,本願発明では,
「ドレイン領域」は,n型ドレイン領域に限定されているものではない。したがっ
て,「ホットキャリアに起因するトランジスタの信頼性の低下を防ぐことができ
る」とする効果を,本願発明の効果ということはできない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について
(1) 原告は,本願発明の「前記半導体基板の主表面にソースドレイン領域を形
成する工程」との記載は,「前記半導体基板の主表面に低濃度N-ソースドレイン領
域を形成する工程」という技術内容を意味しているものと解すべきである,と主張
する。
  しかしながら,本願発明の特許請求の範囲の「前記半導体基板の主表面に
ソースドレイン領域を形成する工程」との記載中の「ソースドレイン領域」の語
は,通常の用語方法に従えば,低濃度N-のソースドレインも低濃度N-でないソー
スドレインも含む意味であることが明らかである。そうである以上,本願発明にお
ける「ソースドレイン領域」を「低濃度N-ソースドレイン領域」に限定して解釈す
ることに合理性が認められるためには,そのように解釈すべき特段の事情が見いだ
されなければならない,というべきである。
  原告は,この点につき,サイドウォール(側壁)を形成するのは基板に形
成したN-層上であることは,本件出願時において技術常識であったと主張し,これ
を裏付けるものとして,甲第10号証ないし第13号証を挙げる。しかし,これら
の証拠から明らかになるのは,サイドウォールがN-層上に形成されることがあると
いう限度であり,それを超えて,サイドウォールが形成されるのはN-層上のみであ
ることも,それが技術常識であることも,認めることはできない。
  上記特段の事情は,その他,特許請求の範囲の「ソースドレイン領域」以
外の記載を中心に,本願明細書の記載全体(甲第2号証,第3号証,第14号証)
を始め,本件全資料を検討しても,見いだすことができない。
  本願発明の「ソースドレイン領域」を「低濃度N-ソースドレイン領域」に
限定する原告の主張は,失当である。
(2) 原告は,引用発明のソースドレイン領域が高濃度n+ソースドレイン領域で
ある点で,本願発明と相違すると主張する。しかし,前述したとおり,本願発明の
誤った要旨認定を前提とするものであり,採用することができない。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 引用刊行物1には,「次に,上記半導体素子11の製造方法を第2図①な
いし⑤に示す工程断面図により説明する。第2図①に示す工程では,前述の従来の
技術中第4図(i)ないし(iii)で説明したと同様に,P型シリコン基板12上に
熱酸化法によって酸化シリコン膜を形成し,この酸化シリコン膜上に多結晶シリコ
ン膜を形成する。この多結晶シリコン膜には,N型不純物のリンイオン(P+)が注
入される。そしてホトリソグラフィー技術とエッチング技術とによって,酸化シリ
コン膜でゲート絶縁膜13を形成し,多結晶シリコン膜でゲート電極14を形成す
る。その後熱酸化処理を行って,ゲート電極14の表面とP型シリコン基板12の
表面に酸化シリコン膜17を形成する。この時,ゲート電極13(判決注・ゲート
電極14の誤記と認める。)が多結晶シリコン膜で形成されているために,ゲート
電極14の表面に形成される酸化シリコン膜17(17a)はP型シリコン基板1
2の表面に形成される酸化シリコン膜17(17b)より厚く形成される。またこ
の熱酸化処理によって,ゲート絶縁膜13の両側部にはゲートバーズピーク13
a,13bが生じる。
  そしてイオン注入装置を用いて,第2図②に示す如く,このゲートバーズ
ピーク13a,13bに窒素イオン(N+)を斜め(P型シリコン基板12に対して
およそ45°)方向より注入する。この時,酸化シリコン膜17にも窒素イオンが
注入される。なお,窒素イオンの注入では,ゲートバーズピーク13a,13bよ
り内部のゲート絶縁膜13に達しないように,イオン注入装置のイオン加速電圧が
調整される。・・・次に第2図③に示す如く,ゲート電極14上に形成された酸化
シリコン膜17aをイオン注入用マスクにして,ゲート絶縁膜13の両側でP型シ
リコン基板12の表面にN型不純物のヒ素イオン(As+)を注入し,ソース領域1
5とドレイン領域16とを形成する。」(3頁右下欄第15行~第4頁右上欄第1
6行)との記載があり,第2図②には,上記記載に沿って,P型シリコン基板12
に対して約45°の角度で,ゲート電極14の表面及びP型シリコン基板12の表
面に向って,窒素イオン(N+)を注入しているところが示されている(甲第4号
証)。
  引用刊行物1の上記記載,特に,「ゲート電極14の表面に形成される酸
化シリコン膜17(17a)はP型シリコン基板12の表面に形成される酸化シリ
コン膜17(17b)より厚く形成される。」,「このゲートバーズピーク13
a,13bに窒素イオン(N+)を斜め(P型シリコン基板12に対しておよそ45
°)方向より注入する。この時,酸化シリコン膜17にも窒素イオンが注入され
る。」,「窒素イオンの注入では,ゲートバーズピーク13a,13bより内部の
ゲート絶縁膜13に達しないように,イオン注入装置のイオン加速電圧が調整され
る。」との記載によれば,少なくとも,窒素イオン(N+)が,酸化シリコン膜17
aを突き抜けて,ゲートバーズピーク13a.13bに到達する場合があることを
否定することはできず,したがって,酸化シリコン膜17aより薄い17bを突き
抜けて,内側のP型シリコン基板12にまで達する場合が生じることも否定するこ
とができないというべきである。
(2) 原告は,一般に,熱酸化処理によって形成される酸化膜は,ゲート電極
上,シリコン基板上,ゲート絶縁膜上の順に厚く形成されるから,引用発明におい
ても,ゲート絶縁膜(側面)上において最も薄く,したがって,引用発明において
角度45゜で窒素イオンを注入する場合には,最も薄く形成されているゲート絶縁
膜上の酸化膜を通過してゲートバーズピーク13a.13bに窒素イオンを注入で
きるとして,これを前提に,ゲート絶縁膜上の酸化膜より厚い酸化膜17bで覆わ
れたシリコン基板12には窒素イオンが到達するとは限らず,窒素イオンがゲート
バーズピーク13a,13bには注入されても,シリコン基板12にまで注入され
ないことも十分あり得る,と主張する。
  しかしながら,引用刊行物1の第2図において,酸化シリコン膜17aが
ゲート電極の表面全部で同じ厚さに示されていることなどに照らすと,引用発明の
ように,シリコン基板上に薄いゲート絶縁膜を介して厚い多結晶のシリコンから成
るゲート電極が積層された構造のものに,原告が前提とするところが当てはまると
は,簡単に考えることができない。のみならず,原告の主張自体によっても,窒素
イオン(N+)がシリコン基板12に注入される場合があることを否定することがで
きない。原告自身が,その可能性があることを認めているものである。
  このように,窒素イオン(N+)がシリコン基板12に注入される場合があ
る以上,引用発明には,本願発明の「前記半導体基板の主表面の少なくとも一部に
窒素をイオン注入する工程」も記載されているものというべきである。
  原告は,引用刊行物1には,「なお窒素イオンの注入では,ゲートバーズ
ピーク13a,13bより内部のゲート絶縁膜13に達しないように,イオン注入
装置のイオン加速電圧が調整される。」(甲第4号証4頁右上欄2-5行)と記載
され,窒素イオンがゲートバーズピーク13a,13bを突き抜けないようイオン
加速電圧が抑制される事が明記されている,と主張する。
  しかしながら,ゲートバーズピーク13a,13bを突き抜けないようイ
オン加速電圧が抑制されるからといって,酸化シリコン膜17bを突き抜けてシリ
コン基板12にまで達しないことになるわけではないことは,当然である。
  その他にも,引用発明において,窒素イオン(N+)がシリコン基板12に
まで達しないようにすべきものとされていることは,引用刊行物1の記載全体を検
討しても見いだすことができない(甲第4号証)。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 1989年(平成元年)4月25日株式会社培風館発行「CMOS超LS
Iの設計」には,「LDDは基本的に,従来のポリシリコンゲート/セルファライ
ンのソースドレインイオン注入にゲートに対してオフセットをしたイオン注入を組
み合わせたものである。そのプロセスを図3.22に示す。まずゲート電極をパタ
ーニングした後にPをイオン注入する。その後CVD-SiO2膜を形成した後に
エッチバックする。この結果ゲート電極の側壁にCVD-SiO2膜の側壁が残
る。これをサイドウォールという。」(63頁13行~64頁1行)との記載があ
り,図3.22には,「LDDトランジスタの作製工程 (a)ポリシリコンゲー
トをマスクに用いてn-層が形成される,(b)CVD-SiO2層が堆積され
る,(c)側壁がRIEにより形成される,(d)n+層が形成された後の最終的デバ
イス構造」との説明とともに,サイドウォール形成(ゲート電極の側壁に残ったC
VD-SiO2膜の側壁)の形成工程が図示されている(甲第11号証)。
  1987年(昭和62年)8月15日株式会社工業調査会発行「超LSI
技術 11 デバイスとプロセス」には,「この製造工程を図4.28に示す。ま
ずポリシリコンゲート電極をマスクとしてn-イオン注入を行う。つぎにデバイス
全体にCVD法によりSiO2膜を被着させ,この膜を異方性エッチングする。こ
の時,ポリシリコン電極側壁には厚い膜が堆積されているために,ゲート電極側壁
にはCVDSiO2膜が残る。つまり,CVD酸化膜スペーサが形成される。つぎ
にこれをマスクとしてn+イオン注入が行われる。」(96頁右欄10行~17行)
のと記載があり,図4.28には,上記記載に沿った「LDD構造のMOSFET
の製造方法」が図示され,その中の(c)には,ゲート電極側壁に残ったCVD-
SiO2を示すのに「サイドウォール」の語が用いられている(甲第12号証)。
  特開平1-109766号公報には,「従来,低抵抗のソース・ドレイン
を有するMOSトランジスタの製造方法には,自己整合によるシリサイド形成方法
が用いられていた。以下第2図を用いて説明する。
  まず第2図(a)に示すように,シリコン基板1上にゲート酸化膜2を介して
多結晶シリコンからなるゲート電極3を形成したのち,イオン注入法により不純物
を導入しソース・ドレイン10を形成する。次で全面にCVD法により酸化膜を形
成したのち異方性エッチング法により酸化膜を除去し,ゲート電極側壁部に酸化膜
からなるサイドウォール4を形成する。」(1頁右欄7行~18行)との記載があ
り,第2図(a)には,上記記載に沿った図が示されている(乙第1号証)。
  その他,特開昭63-274178号公報,特開昭62-136878号
公報にも,同様に,サイドウォールを形成する工程が記載されている(乙第2号
証,第3号証)。
  上記認定の各刊行物の各記載を総合すると,本願出願日前に,半導体基板
の主表面にソースドレイン領域を形成するとともに,半導体基板の主表面全体に形
成された酸化膜をエッチング法により適宜除去することによって,半導体基板の表
面上(本願発明の「主表面上」であることは,明らかである。)で,しかも,上記ソ
ースドレイン領域上に,サイドウォールを形成することは,当業者間に,周知慣用
の技術であったことが認められる。
(2) 原告は,サイドウォール形成工程が慣用の工程であることは認めつつ,そ
れがLDD構造MOSFETトランジスタに特有な慣用技術であると主張する。
  しかしながら,特開平1-109766号公報の記載によれば,一般的
に,ソース・ドレインを有するMOSトランジスタにサイドウォールを形成するこ
とが,既成の技術として紹介されているものであり,そこでは,サイドウォールの
形成されるトランジスタをLDD構造MOSFETトランジスタに限定していない
(乙第1号証)。その他,上記特開昭63-274178号公報,特開昭62-1
36878号公報においても,LDD構造でない単純なソース・ドレインを有する
ものも含めたMOSトランジスタ一般についてのものとして,サイドウォールを形
成する技術が開示されていることが明らかである(乙第2号証,第3号証)。
  原告の主張は,失当である。
(3) そうすると,審決が,相違点2について,「半導体装置の製造方法におい
て,ソースドレイン領域上にサイドウォールを形成する工程は慣用されているか
ら,引用例1に記載された発明に,ソースドレイン領域上にサイドウォールを形成
する工程を付加することは,慣用技術の付加にすぎない。」と判断したことに誤り
はない。
(4) 原告は,本願発明は,「窒素をイオン注入された前記半導体基板の主表面
上でかつ前記ソースドレイン領域上にサイドウォールを形成する工程」を有し,こ
れにより,半導体基板のソースドレイン領域とサイドウォールの界面付近に窒素が
導入されるので不飽和シリコン原子の生成を抑制できるという格別の効果を奏する
ものである,そして,不飽和シリコン原子の生成を抑制できるので界面準位の発生
を少なくできるという格別の効果を奏するものである,と主張する。
  しかしながら,本願発明は,引用発明に慣用技術を付加したものにすぎな
いものであることは,既に述べたところから明らかであるから,本願発明に新規性
を認めて特許を与えることが正当化されるのは,慣用技術の付加により,慣用技術
の付加(これにより,付加されない場合に比べて,優れた効果が得られることは,
当然のことである。)などということでは説明できないほどに,予想外で大きな効
果が得られる場合に限られる,というべきである。
  ところが,これを前提とした場合,原告主張の効果は,仮に,それらがす
べて本願発明自体の効果であるとしても,本願発明に新規性を認めるに足りるもの
でないことが,明らかであるというべきである。
(5) のみならず,原告の主張の効果は,本願発明自体の効果ということのでき
ないものである。
  甲第2号証,第3号証(平成11年8月17日付け手続補正書),第14
号証(平成9年6月26日付手続補正書)によれば,本願明細書の発明の詳細な説
明の欄には,
「第4の発明にかかる半導体装置の製造方法では,イオン注入により半導
体基板とゲート絶縁膜の界面付近およびソースドレイン領域の少なくとも一方とサ
イドウォールの界面付近に窒素が導入されるので,不飽和シリコン原子の生成を抑
制する半導体装置を容易に形成することができる」(甲第3号証の第41段落)
「第1の半導体層と・・・サイドウォールの界面付近の不飽和シリコン原
子に窒素原子が結合して,・・・界面準位の発生を少なくする」(甲第3号証の第
68段落)
「そして,第5図に示すように,・・・次に半導体基板1において将来ド
レイン領域が形成されるべき部分に窒素を導入することによって,ホットキャリア
に起因するトランジスタの信頼性の低下を防ぐことができる。窒素は燐や砒素と同
様にドナー不純物であるため,ドナーで形成されたドレイン領域に窒素を導入する
ことによって,半導体基板1の上面に平行な方向の不純物分布をなだらかにし,ド
レイン領域における電界を緩和するからである。さらに,窒素はドレイン領域の接
合付近の微少欠陥をゲッタリングするため,接合リーク電流を減少させることがで
き,その結果トランジスタの消費電力を減少させることもできる。」(甲第14号
証の第55段落)
 との記載があることが認められる。
  本願明細書の上記認定の記載によれば,原告主張の効果とは,「半導体基
板とゲート絶縁膜の界面付近およびソースドレイン領域の少なくとも一方とサイド
ウォールの界面付近に窒素が導入される」ことによる効果,半導体基板にシリコン
を使用した場合の効果,あるいは,「ドナーで形成されたドレイン領域に窒素を導
入すること」に基づく効果であることが認められる。
  ところが,本願発明の特許請求の範囲が,「半導体基板の主表面上にゲー
ト絶縁膜とゲート電極を形成する工程と,前記半導体基板の主表面の少なくとも一
部と前記ゲート絶縁膜の少なくとも一部に窒素をイオン注入する工程と,前記半導
体基板の主表面にソースドレイン領域を形成する工程と,窒素をイオン注入された
前記半導体基板の主表面上でかつ前記ソースドレイン領域上にサイドウォールを形
成する工程とを含む半導体装置の製造方法。」というものであることは,前示のと
おりである。
  特許請求の範囲の上記記載によれば,窒素イオンは,「前記半導体基板の
主表面の少なくとも一部」及び「前記ゲート絶縁膜の少なくとも一部」に注入され
るという構成であって,本願明細書の発明の詳細な説明の欄に記載されているよう
な,「半導体基板とゲート絶縁膜の界面付近およびソースドレイン領域の少なくと
も一方とサイドウォールの界面付近に窒素が導入される」,「ドナーで形成された
ドレイン領域に窒素を導入すること」などといったものでないことが,明らかであ
る。
  また,本願発明においては,「半導体基板」は,その材質に格別の限定が
ないから,シリコンを使用するものに限定されることもない。
  そうすると,原告の主張する効果は,本願発明の構成とは異なるものを前
提とするものであって,失当というほかない。
(6) その他,本件全証拠を検討しても,少なくとも,サイドウォールに関する
周知慣用技術の付加,換言すると,「窒素をイオン注入された前記半導体基板の主
表面上でかつ前記ソースドレイン領域上にサイドウォールを形成する工程」とい
う,本願発明の特許請求の範囲に記載された構成を前提にする限り,付加に格別の
技術的意味を見出すことはできない。
  審決が,「引用例1に記載された発明への,窒素をイオン注入された半導
体基板の主表面上でかつソースドレイン領域上にサイドウォールを形成する工程の
付加に格別の意義も認められない。」と認定判断したことに誤りはない。
(7) 上に述べたところによれば,引用発明には,実質上,サイドウォールに関
する周知慣用技術の部分も含めて,本願発明の構成がすべて開示されているものと
いうことができる。
4 結論
 以上によれば,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がないことが明ら
かであり,その他審決にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告
の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民
事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
     裁判長裁判官 山  下  和  明
 裁判官 阿  部  正  幸
 裁判官 高  瀬  順  久
(別紙)
別紙図面(1)別紙図面(2)

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