平成13(行ケ)269行政訴訟 特許権
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成14年11月12日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法29条3回 特許法29条1項3号1回
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キーワード |
刊行物114回 実施28回 進歩性3回 特許権2回 新規性2回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成13年(行ケ)第269号 特許取消決定取消請求事件
平成14年10月24日口頭弁論終結
判 決
原 告 日本電気株式会社
訴訟代理人弁理士 鈴木康夫,臼田保伸
被 告 特許庁長官 太田信一郎
指定代理人 伊波 猛,石川昇治,砂川 克,大野克人,林 栄二
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 原告の求めた裁判
特許庁が平成10年異議第74597号事件について平成13年4月17日
にした決定のうち,「特許第2727982号の請求項1に係る特許を取り消
す。」との部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
第2 前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許
特許権者 日本電気株式会社(原告)
発明の名称 インクジェット式プリントヘッド
特許番号 特許第2727982号
出願日 平成6年10月28日
設定登録日 平成9年12月12日
(2) 本件手続
特許異議申立人 キャノン株式会社
特許異議申立日 平成10年9月18日(平成10年異議第74597号)
訂正請求日 平成12年8月1日(本件訂正請求)
決定日 平成13年4月17日
決定の結論 「特許第2727982号の請求項1に係る特許を取り消
す。同請求項2ないし3に係る特許を維持する。」なお,理由中において,本件訂
正請求は認められないとされた。
決定謄本送達日 平成13年5月21日(原告に対し)
2 本件発明の要旨
(1) 本件訂正請求前のもの(各請求項に係る発明を「本件発明1」(請求項1
の場合)などとそれぞれいう。)
【請求項1】発熱抵抗体が設けられた基板と,前記発熱抵抗体に対応した熱作用部
を含むインク供給路を区画する流路形成部材(A-1)と,前記インク供給路に連
なるインク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフ
ィスプレート(A-2)とを備え,前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口
からインク滴を吐出させるインクジェット式プリントヘッド(A-3)において,
吐出する前記インク滴の量qと,前記インク吐出口の面積Aと,前記インク滴の吐
出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最大突
出量hとの関係が,「0<h<0.3(q/A)」になるように上記インク供給路
の流路抵抗を設定することを特徴としたインクジェット式プリントヘッド。
【請求項2】前記インク滴の量qと,前記インク吐出口の面積Aとの関係を,
「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」に設定したことを特
徴とした請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。
【請求項3】前記インク滴の吐出後に前記インク吐出口内に後退したメニスカスが
インク吐出口に復帰するまでの時間t1と,プリントヘッドの動作における最小の
周期tminとの関係を,「0.9×t1<tmin<1.1×t1」に設定したことを
特徴とした請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。
(2) 本件訂正請求(平成12年8月1日付け)に係るもの(下線部分が訂正箇
所。各請求項に係る発明を「訂正発明1」(請求項1の場合)などとそれぞれい
う。)
【請求項1】発熱抵抗体が設けられた基板と,前記発熱抵抗体に対応した熱作用部
を含むインク供給路を区画する流路形成部材(A-1)と,前記インク供給路に連
なるインク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフ
ィスプレート(A-2)とを備え,前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口
からインク滴を吐出させるインクジェット式プリントヘッド(A-3)において,
吐出する前記インク滴の量qと,前記インク吐出口の面積Aと,前記インク滴の吐
出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最大突
出量hとの関係が,「0<h≦0.2(q/A)」になるように上記インク供給路
の流路抵抗を設定することを特徴としたインクジェット式プリントヘッド。
【請求項2】と【請求項3】は,上記(1)の本件訂正請求前のものと同文。
3 決定の理由
決定の理由は,【別紙】の「異議の決定の理由」に記載のとおりである。
要するに,(1) 訂正発明1は,刊行物1(特開平6-191030号公報,本訴
甲4)に記載された発明と実質的に同一であり,また,そうでなくても,刊行物1
に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであって(もっ
とも,訂正発明2,3については当業者が容易に発明をすることができたものとは
認められないとした),特許法29条1項あるいは2項の規定により,特許出願の
際独立して特許を受けることができないものであるから,本件訂正請求は認められ
ない,(2) 異議の対象となる本件訂正請求前の本件発明1については,上記と同旨
の理由により,刊行物1に記載された発明と実質的に同一であるか,刊行物1に記
載された発明から当業者が容易に発明をすることができたもので,特許法29条1
項3号あるいは2項の規定により,特許を受けることができず,さらに,特許を受
けようとする発明の構成が明確に把握することができないので特許法36条4項,
5項の要件をも満たさないから,本件発明1についての特許は取り消されるべきも
のである,しかし,本件発明2,3についての特許は,取り消すべき理由はない,
というものである。
第3 原告主張の決定取消事由の要点
決定は,刊行物1(甲4)の認定において,メニスカスの最大突出量の認定を誤
り(取消事由1),インク吐出口面積の認定を誤り(取消事由2),本件訂正発明
1の数値限定の関係を満たすものと誤って認定し(取消事由3),本件訂正発明1
の数値限定の臨界的意義を誤認(取消事由4)したものであり,これらの誤りによ
り本件訂正請求を認めなかったことは,決定の結論に影響を及ぼす違法なものであ
るから,決定は取り消されなければならない。
1 取消事由1(メニスカスの最大突出量に関する認定の誤り)
(1) 決定は,刊行物1(甲4:特開平6-191030号公報)記載の図1
0,11を参照して,「吐出しているインク路におけるインクリフィル(インク滴
の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口から突出する)時のメニスカスの
最大突出量が少なくとも0~20μmの範囲内であることが記載されている。」,
「メニスカスの最大突出量は図からみて少なくとも0~20μmの範囲における中
間部分,即ち,10μmに近似した値と認められる」との認定判断をしている。
刊行物1の図10,11には,上記刊行物記載の発明の第1実施例におけるメニ
スカス振動を表す線図(図10)と,従来例のメニスカス振動を表す線図(図1
1)が記載されている。これらの線図は,横軸に時間(μs),縦軸にメニスカス
位置(μm)が示されており,またその縦軸には,-20,0,20,40,6
0,80という数字が表示されているが,この縦軸には,0の位置を除いて,-2
0,20,40,60,80が縦軸上のどの位置であるかを示す目盛が示されてい
ないので,これらの線図からは,メニスカスの位置の具体的数値を測定することは
不可能である。よって,決定の上記認定判断は誤っている。
(2) 被告は,乙第1号証(甲4の図10,図11を拡大して,-20,0,2
0,40,60,80の数字に-10を付加し,各数字に対応する目盛を付したも
の)を提出して縷々反論しているが,乙第1号証は,刊行物1の図10,11のメ
ニスカス位置(μm)を示す縦軸上の数値-20,0,20,40,60,80の
近傍に,被告指定代理人が単にメモリを付したにすぎないものであって,例えば乙
第1号証の図10では各数値の中心よりも若干下にずれた位置に目盛が付されてい
るのに対し,図11では各数値の中心よりも若干上にずれた位置に目盛が付されて
おり,また,付されたメモリ間隔も一定しておらず,証拠能力があるとはいえない
ものである。すなわち,このような証拠能力のない資料を提出しなければメニスカ
ス位置の認定を行うことができないこと自体,決定が誤っていることが明白であ
る。
2 取消事由2(インク吐出口面積に関する認定の誤り)
(1) 決定は,刊行物1に記載された発明におけるインク吐出口の形状につい
て,図6等を見た場合,長方形のものが一応想定されるとしながら,その形状は正
方形や円形に近似したものであるとするのが相当であるとして,インク吐出口の面
積は1225μm2に近似した値となる旨の認定判断をしている。
インク吐出口の形状が正方形や円形に近似したものとするのが相当であるとする
理由は全く不明であるが,少なくとも刊行物1の図6に記載されたインク吐出口2
の形状は,横幅の方が大きい長方形であることは図面の記載から明白である。
決定が,インク吐出口の形状は通常,正方形や円形に近似したものであると認定
した根拠として引用された刊行物2(甲5:特開平3-247455号公報)及び
刊行物3(甲6:特開平4-10940号公報)をみても,インク吐出口の形状と
して,必ずしも正方形あるいは円形が採用されるとは限らないものであり,さら
に,刊行物1の図6には長方形の吐出口が記載されていることは明白であるから,
上記の認定判断は誤りである。
刊行物1には,図6に記載のインク吐出口2は,吐出口ピッチが70.5μm
で,インク路の高さが35μmであることが記載されているだけであって,吐出口
2の横幅の具体的値が記述されていない以上,吐出口2の横幅は少なくとも70.
5μmよりは小さい値であると推定することができるにすぎない。したがって,仮
に,刊行物1記載の吐出口の面積を想定して本件訂正発明1と対比するのであれ
ば,条件が最も厳しくなる吐出口の横幅が70.5μmに近い値を設定して比較す
るのが相当である。上記認定判断は,決定の結論を導くための我田引水であると解
するほかはないものである。
(2) 被告は,「図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計って,そのおおよ
その大きさや寸法を得ることを妨げる特段の事情もない」旨主張するが,被告も認
めているように図6,8は設計図ではなく,記録ヘッドを単に模式的に示した分解
斜視図にすぎず,図面上で計られた寸法が実際の寸法を表している保証は全くな
い。例えば,刊行物1の段落【0036】には,図6に示された記録ヘッドの仕様
について,インク路長さ355μm,インク路高さ35μm,ダンパ室の容積40
plであることが記載されているが,インク路高さが35μmであることを基準と
して,図6におけるインク路長さ及びダンパ室の容積を図面上の寸法を実際に計っ
て求めてみると,インク路長さは約205μm,ダンパ室の容積は約30plとな
り,上記段落【0036】に記載された値とは明らかに異なっている。したがっ
て,単なる模式図にすぎない図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計ってその
大きさや寸法を得ることを妨げる事情は大いにある。
(3) また,被告は,「決定が,インク吐出口を図面上で実際に計って高さに対
して幅が約1.25倍である(乙第2号証参照)とし,面積を約1530μm2と認
定判断したことについて,格別の誤りはない」旨主張し,乙第2号証(甲4の図6
及び図8を拡大した図)を提出しているが,乙第2号証を見ると,刊行物1記載の
図面6,8を拡大した図面に対して,被告指定代理人が,そのインク吐出口の高さ
及び幅を示す位置に,「1」,「約1.26」等の数値を単に付したにすぎないも
のであって,この「乙第2号証」によって,「インク吐出口を図面上で計ると,高
さに対して幅が約1.25倍である」ことがなぜ立証されるのか全く不明である。
ちなみに,被告が提出した乙第2号証(その1)における「1」,「約1.26」
という数値が付されているインク吐出口の高さと幅を計ってみると,高さは約24
mm,幅は約33mmであり,その比は約1.38倍となり,被告が認定している
約1.25倍よりははるかに大きな値となっている。
したがって,刊行物1の図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計って約15
30μm2とした決定の認定判断が誤りであることは明白である。
3 取消事由3(数値限定の関係の充足性に関する認定の誤り)
(1) 決定は,刊行物1に記載された発明のインク吐出口の面積を1225μm2
,メニスカスの最大突出量を10μmとした計算値に基づいて,本件訂正発明1の
「0<h≦0.2(q/A)」の関係を満たすものであるとの認定判断をしてい
る。
前記のとおり,刊行物1には,インク吐出口の面積が1225μm2であるという
記載はないので,このような記載のない数値を用いて,0.2(q/A)を計算し
てみても全く意味のないことである。さらに,刊行物1には,メニスカスの最大突
出量が10μmであるという記載もない。
したがって,上記認定判断は誤りである。
(2) 決定は,刊行物1の図6,8を実際に計って求めたインク吐出口(高さに
対して幅が約1.25倍)の面積を約1530μm2とし,この場合であっても,本
件訂正発明1の「0<h≦0.2(q/A)」の関係を満たすとの認定判断をして
いる。
前記のとおり,刊行物1の図6,8がその実物どおりの寸法を正確に表現してい
るという保証は全くなく,その図面等からインク吐出口の面積を1530μm2と推
定することは不可能である。また,メニスカスの最大突出量10μmなどという記
載も全くない。
また,刊行物1の図10に記載されたメニスカス振動を表すグラフは,刊行物1
の図6に記載された断面が長方形であって刊行物1には明記されていない所定の面
積を有するインク吐出口の場合のメニスカス振動を示すものであって,インク吐出
口の面積が「1225μm2あるいは1530μm2」の場合のメニスカス振動を示
しているわけではない。
したがって,このような数値を勝手に設定して刊行物1記載の技術認定を行うこ
とは誤りであり,刊行物1に記載された発明には,「0<h≦0.2(q/A)」
の関係を満たすものであると認定し得るような記載は全くないから,被告の主張は
失当である。
4 取消事由4(数値限定の臨界的意義の誤認)
(1) 決定は,訂正発明1において「0<h≦0.2(q/A)」についての臨
界的意義が必ずしも明らかになっていないから,刊行物1に記載された発明が「0
<h≦0.2(q/A)」の関係を満足しないことになったとしても,両発明に格
別の差異があるとは認められず,刊行物1に記載された発明において,「0<h≦
0.2(q/A)」と規定する程度のことは容易であって,刊行物1に記載された
発明から当業者が容易に発明することができたものと認められるから,特許法29
条(1項あるいは)2項の規定により独立して特許を受けることができないとの趣
旨の認定判断をしている。
しかし,訂正発明1は,吐出する前記インク滴の量qと,前記インク吐出口の面
積Aと,前記インク滴の吐出後にいったん後退した後復帰して前記インク吐出口か
ら突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が,「0<h≦0.2(q/A)」
になるように上記インク供給路の流路抵抗を設定することにより,吐出を行ったイ
ンク路のインクメニスカスが出口に達した直後に次の吐出を行っても,当該インク
路のインク滴形状は歪むことがなく,低速サテライトの発生もなく,また,インク
溢れも発生しにくいため,吐出方向性が悪くなって印字品質を悪化させたり,気泡
巻き込みで吐出不良を招くこともなく,散りのない状態で印字の高速化を成し得る
という作用効果を奏するものである。これに対し,刊行物1記載の発明は,吐出を
行ったインク路に隣接した「吐出していないインク路」のメニスカス位置をその問
題点とし,各インク路のヒータよりも共通液室側にインク圧力の変化を吸収するダ
ンパ部を設けることにより,各インク路間で相互のインク吐出によって生じる影
響,すなわちクロストークを低減しているものであって,訂正発明1と刊行物1記
載の発明とは,技術的に格別の差異があることは明らかである。
(2) 特許庁が平成5年6月に発行した特許・実用新案審査基準(甲9)では,
その第Ⅱ部,特許要件,第2章,新規性・進歩性の2.8に,数値限定を伴った発
明の進歩性の考え方が示されており,課題が異なり,効果が異質の場合は,数値限
定を除いて両者が同じ構成を有していたとしても,数値限定に臨界的意義を要しな
い旨規定されている。
(3) 訂正発明1は,刊行物1に記載された発明と実質的にも同一ではなく,さ
らに,両発明の作用効果は,全く異質のものであって,刊行物1に記載された発明
から当業者が容易に発明をすることができたものでもないことは明らかである。
第4 被告の主張の要点
1 取消事由1(メニスカスの最大突出量の認定の誤り)に対して
(1) 刊行物1の図10,11の記載において,メニスカス位置(μm)を示す
縦軸の「-20,0,20,40,60,80」との各数字は,「0」を基準にし
て縦軸上にほぼ一定の間隔,つまり,一定の割合で配列されていることは明らかで
ある。したがって,数字位置に対応する目盛が縦軸上に逐一付されていないとして
も,数字位置においてはその数字により,あるいは,数字間の中途位置においては
それに見あう数字間の割合により,メニスカス位置の量が規定されることは明らか
である。そして,横軸における経過時間毎のメニスカス位置の量は,図上,当該メ
ニスカス位置に接し(あるいは交叉し)かつ横軸に平行する線が縦軸に直交する位
置において計測することができることは明らかである。
(2) そこで,乙第1号証によれば,図10,11において,インクリフィル時
のメニスカスの最大突出量を計測すると,両図とも,0~20μmの範囲内であ
り,さらに,その値が10μmに近似した値になることも充分に見て取れるもので
ある。
(3) 乙第1号証は,原告の主張のとおり,「数値・・・の近傍に,被告・・・
が単にメモリを付したにすぎないもの」であって,そのメモリの付し方に位置ずれ
等があるとしても,乙第1号証の図10,11には,上記各数値がほぼ一定の間隔
で付されているとともにグラフの線が明瞭に描画されていることから,メニスカス
の最大突出量が縦軸上のどの位置にあって,それがどの程度の数値に相当するのか
が,目盛の位置によらずとも容易に推定可能であり,乙第1号証には証拠能力があ
る。
2 取消事由2(インク吐出口面積の認定の誤り)に対して
(1) 刊行物1の明細書中には,インク吐出口について,吐出口ピッチが70.
5μmでインク路の高さが35μmであることが記載されているだけで,吐出口の
横幅の具体的数値は記述されていない。しかし,インク路隔壁は機械的な強度をも
って区画するため図面上に表現された程度の厚み(横幅)が必要であると推測する
ことができ,刊行物2,3や特公平3-76672号公報(甲7)により,インク
吐出口の形状として,正方形や円形にしたものも周知であり,刊行物2には,イン
ク路の並びピッチ63.5μmに対して,インク路の断面20μm×25μmであ
るが,直径25μmの円筒形であると近似したことが記載されているから,インク
吐出口の面積の計算の便宜上から,正方形や円形に近似したものとし,インク吐出口
の面積を1225μm2に近似した値と認定したものであって,そこに原告主張のよ
うな格別の誤りはない。
(2) 決定では,刊行物1記載の発明におけるインク吐出口の形状について,設
計図面ではないが,図6,8の記載から判断したとしても,高さに対して幅が約
1.25倍というような長方形のものが一応想定されると記載しており,インク吐
出口の形状として,長方形のものを格別に排除して正方形や円形に限定してはおら
ず,また,図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計って約1530μm2と認定
判断したことについても,部材あるいは部品を図面上で実際に測ってそのおおよそ
の大きさや寸法を得ることを妨げる特段の事情もないから,インク吐出口を図面上
で実際に計って高さに対して幅が約1.25倍である(乙2参照)とし,面積を約
1530μm2と認定判断したことについて,格別の誤りはない。
(3) 原告は,乙第2号証(その1)のインク吐出口の高さと幅を計ってみる
と,高さは約24mm,幅は約33mmであり,その比は約1.38倍となる旨主
張するが,乙第2号証(その1)における「1」,「約1.26」という数値が付
されているインク吐出口以外のインク吐出口の高さと幅については,原告も認めて
いるように,すべて「約1.25倍」の範疇にあり,上記の「1」,「約1.2
6」という数値が付されているインク吐出口についても,被告が,各線分の中心軸
線及び交点を基準にして計ると,高さが約25.5mm,幅が約32.5mmであ
るから,その比は約1.27倍となり,「約1.25倍」の範疇に入るのであっ
て,インク吐出口の寸法及び面積の認定に誤りがあるとはいえない。なお,原告の
主張のように,インク吐出口の寸法が,高さに対して幅が「約1.38倍」である
としても,訂正発明1の数値限定の関係を満たすものである。
3 取消事由3(数値限定の関係の充足性に関する認定の誤り)に対して
(1) 訂正発明1においては,「インク供給路の流路抵抗」を,その「流路抵
抗」についての直接的な記載を避け,インクリフィル時のメニスカスの最大突出量
とインク吐出口の面積とインク滴の量との関係によって規定しようとするものであ
るから,刊行物1記載の発明と訂正発明1とを比較するに際しては,刊行物1記載
の発明におけるインクリフィル時のメニスカスの最大突出量とインク吐出口の面積
とインク滴の量との関係を考慮する必要があるところ,刊行物1には,それらの計
算根拠となる各数値のすべてが具体的に記載されているわけではない。
(2) しかし,刊行物1記載の発明の記録ヘッドにおいて,上記計算根拠となる
各数値としては,図面等から明らかに一定の範囲で推定可能なものである場合,範
囲で規定した数値よりもある1つの数値にすることが計算する上で,また,本件訂
正発明1と比較する上で,好ましいことから,あえて,代表的に,「メニスカスの
最大突出量10μm」,「インク吐出口の面積1225μm2」,「インク吐出口の
面積1530μm2」等の数値に設定したものである。
そして,上記代表的な数値については,既に述べたように,その認定判断に格別
の誤りはない。
4 取消事由4(数値限定の臨界的意義の誤認)に対して
(1) プリンタの技術分野においては,一般に,インク吐出口の寸法,内部形
状,インク滴の量,流路抵抗等については,記録結果が最適となるように種々実験
的に定められ,その数値をどのようなものとするかは設計的事項であると考えられ
るところ(本件特許明細書(甲2)にも,【発明が解決しようとする課題】の欄
に,従来,インク吐出口の径や流路抵抗を工夫することが行われていた旨の記載が
ある。)であり,本件特許明細書(甲2)をみても,本件訂正請求に係る特許請求
の範囲に記載された「0<h≦0.2(q/A)」の関係式により流路抵抗を定め
ることによる効果については,必ずしも明確に記載されているわけではなく,しか
も,唯一の実施例として示された図7の「本実施例」のものは,0.2(q/A)
の値が6.76μmとなって,h(7μm)よりも小さくなり,上記「0<h≦
0.2(q/A)」の関係式を満たさないものであり,数値限定の臨界的意義は明
らかではない。
(2) したがって,インク供給路の流路抵抗において,訂正発明1と刊行物1記
載の発明とで格別の違いはないものであることは明らかであり,刊行物1記載の発
明に基づいて,訂正発明1の新規性あるいは進歩性の判断を行っている決定に誤り
はない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(メニスカスの最大突出量の認定の誤り)について
原告は,決定が刊行物1記載の図10,11を参照して,インクリフィル時のメ
ニスカスの最大突出量が少なくとも0~20μmの範囲内であると認定したことに
ついて,刊行物1記載の図10,11の縦軸には目盛が示されていないので,メニ
スカスの位置の具体的数値を測定することは不可能であり,また,被告が作成した
乙第1号証は,単に図10,11を拡大して目盛を付したにすぎず,目盛の位置や
間隔も一定していないから,証拠能力(証明力の趣旨と解される。)があるとはい
えない旨を主張する。
そこで検討するに,甲第4号証によれば,図10は「上記第1の実施例における
メニスカス振動を表す線図である。」と記載され,図11は「従来例のメニスカス
振動を表す線図である。」と記載されており,いずれもメニスカス振動を精密に表
したものとはいえないとしても,メニスカス位置(μm)を示す縦軸の「-20,
0,20,40,60,80」との各数字は,「0」を基準にして縦軸上にほぼ一
定の間隔で配列されていることから,インクリフィル時のメニスカスの最大突出量
を概略計測し得るのであり,計測結果が両図とも0~20μmの範囲内となり,さ
らに,その値が10μmに近似した値になることが明らかである。
なお,乙第1号証自体は,原告主張のとおり,単に刊行物1の図10,11を拡
大して目盛を付した説明図にすぎず,乙第1号証を参照しなくても,刊行物1(甲
4)によりメニスカスの最大突出量を概略計測することが可能であるから,被告の
主張を説明するための乙第1号証について証拠能力や証明力を問題とする余地はな
い。
よって,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(インク吐出口面積の認定の誤り)について
(1) 原告は,決定が刊行物1に記載された発明におけるインク吐出口の形状に
ついて,正方形や円形に近似したものであるとするのが相当であるとして,その面
積は1225μm2に近似した値であると認定した点は誤りである旨主張する。
そこで,甲第4号証をみると,図6は第1の実施例の記録ヘッドを模式的に示す
分解斜視図であり,図8は第2の実施例の記録ヘッドを模式的に示す分解斜視図で
あると記載されており,図6に記載のインク吐出口2は,吐出口ピッチが70.5
μmで,インク路の高さが35μmであることが記載されているのみであって,吐
出口2の横幅の具体的な数値が記述されていないことは原告主張のとおりである
が,インク路隔壁は,機械的な強度のためある程度の厚みが必要であること,吐出
口の横幅は,吐出口のピッチである70.5μmからインク路隔壁の厚みを減算し
た値であることも明らかである。
そして,甲第5号証(刊行物2)には「現実のインク路の断面は20(μm)×
25(μm)であるが,直径25(μm)の円筒型であると近似した。」(3頁左
下欄)と,断面積を円形近似することが記載されている。また,甲第6号証(刊行
物3)には,9頁の第1表及び第2表に実施例4~15が記載されており,インク
吐出口の形状は,実施例4~11及び実施例15が正方形であり,実施例12が円
形であって,実施例13及び実施例14のみ幅40μm×高さ30μmの長方形で
あることが示されている。さらに,甲第7号証(特公平3-76672号公報)に
は,従来のインクジェット・プリンタについて「ノズル31の大きさはその直径が
約0.076mmである。」(7欄33~34行及び第8図,第9図)と記載さ
れ,インク吐出口の形状が円形であることが示されている。
そうすると,刊行物1に記載された発明におけるインク吐出口の形状は明らかで
はないが,インク吐出口の形状として正方形や円形のものは広く使用されており,
長方形のものにおいても円形近似がなされていることから,インク吐出口の面積計
算の便宜上,正方形や円形に近似したものとして計算し,インク吐出口の面積を1
225μm2に近似した値と推計した決定の認定が誤りということはできない。
(2) 原告は,また,刊行物1の図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計っ
て,面積が約1530μm2になるとした点についても誤りである旨主張する。
確かに,原告主張のとおり,決定には,図6,8を実測してインク吐出口の面積
を求めた数値が記載されているところ,甲第4号証の段落【0036】に記載され
ている図6のインク路の長さ355μmと,原告が図6を実測して求めたインク路
の長さ約205μm(被告は実測すればこの数値になることを争っていない。)に
はかなりの開きがある。よって,少なくとも,長さ方向の寸法については,図6の
部材を図面上で実際に計ってその寸法を得ることを妨げる事情はあるといえる。
しかし,インク路の長さ方向の寸法については問題の余地があるとしても,イン
ク路の長さは,インク吐出口の面積を算出するには直接影響のない要素である上,
原告も,甲第4号証の図6に記載されたインク吐出口2の形状は,横幅の方が大き
い長方形であることが図面の記載から明白である旨を主張しており,図6及び図8
に関して,インク吐出口2の形状を示す幅と高さ方向(両者はインク吐出口面積の
算出要素である。)については,概略正確であることを前提として主張しているも
のと解されるのであって,図面を実測して吐出口面積を求めたことを誤りとする原
告の前記主張は,直ちには採用することができない。
付言するに,図面の実測による計算を根拠とする決定の上記説示部分は,括弧内
において「因みに」とした上で,図面の実測によりインク吐出口の面積を求め,そ
の場合でも「0<h≦0.2(q/A)」の関係を満たすことを説明したもので,
念のために確認的な説示をした趣旨であると理解されるところ,(1)で判示したと
おり,刊行物1におけるインク吐出口の面積に関する決定の認定を誤りということ
はできないから,そもそも,上記括弧内の説示部分の当否は,結論に影響を及ぼさ
ないものである。
(3) 原告は,被告が作成した乙第2号証について,図6,8を拡大した図面に
対して,そのインク吐出口の高さ及び幅を示す位置に,単に数値を付したものにす
ぎず,また,原告が実測した箇所では,インク吐出口の高さと幅の比は約1.38
倍となるから,乙第2号証によって,両者の比が約1.25倍であることは立証す
ることができない旨をも主張する。
これに対して被告は,原告が実測した箇所以外のインク吐出口の高さと幅は,す
べて約1.25倍の範疇にあり,当該箇所についても,被告の実測によればその比
は約1.27倍となる旨を主張している。
そこで検討するに,両者の実測結果の差が生じた原因は,前判示の刊行物1の図
6,8が模式図であることから各箇所ごとに寸分違わない正確さを保つことは困難
であることや,拡大された図面であることから線分が太くなり,実測者ごとの計測
誤差が大きくなったことに影響されているものとみるのが相当である。いずれにし
ても,刊行物1の図6,8を実測してインク吐出口の高さと幅の比を求めると,実
測者ごとの計測誤差をも勘案して,実測箇所により約1.25倍から約1.38倍
の範囲となるものと認められる。そうすると,上記(2)のとおり,確認的な説示の
中で,刊行物1の図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計って,インク吐出口
の高さと幅の比を約1.25とし,その面積を約1530μm2とした決定の認定部
分をもって,結論に影響を及ぼすべき誤りがあるとすることはできない。
(4) よって,取消事由2についても理由がない。
3 取消事由3(数値限定の関係の充足性に関する認定の誤り)について
(1) 原告は,刊行物1に記載された発明のインク吐出口の面積を1225μm2
,あるいは1530μm2として0.2(q/A)を計算し,これとメニスカスの最
大突出量10μmとを対比して,訂正発明1の「0<h≦0.2(q/A)」の関
係を満たすとした決定の認定判断は誤りである旨を主張する。
しかしながら,刊行物1に記載された発明のメニスカスの最大突出量が0~20
μmの範囲内となり,さらに,その値が10μmに近似した値になること,インク
吐出口の面積を1225μm2,あるいは1530μm2とすることが誤りとはいえ
ないことは前判示のとおりであるから,これらの数値を使用して,刊行物1に記載
された発明が,訂正発明1の数値限定の関係を満足するか否かを判断したことに誤
りがあるとはいえない。
(2) 原告は,刊行物1には,インク吐出口の面積やメニスカスの最大突出量の
具体的数値は記載されていないので,このような記載のない数値を用いることは誤
りである旨を主張する。
しかし,前判示のとおり,刊行物1に具体的数値が記載されていなくても,刊行
物1の記載内容,図面及び技術常識等を参酌すれば,前記数値の概略は求められる
のであるから,刊行物1に記載された発明が,訂正発明1の数値限定の関係を満足
するか否かを判断する際に,これら概略の数値を用いることに誤りはないというべ
きである。
(3) よって,取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(数値限定の臨界的意義の誤認)について
(1) 原告は,訂正発明1において,「0<h≦0.2(q/A)」は,刊行物
1記載の発明とは異なる作用効果を奏するものであるのに,決定が,臨界的意義が
明らかでないとして,訂正発明1は特許法29条(1項あるいは)2項の規定によ
り独立して特許を受けることができないと認定したのは誤りであるとの趣旨を主張
する。
(2) そこで,甲第3号証(平成12年8月1日付提出の訂正請求書)をみる
と,前記数値限定に関して次のような記載がある。
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】ところで,記録を高速で行うには,インク吐出
口38からインク滴を短周期で繰り返し吐出させなければならないが,このために
は,吐出により消費されたインクをインク吐出口38に高速に補給する必要があ
る。この観点から,従来は,毛細管力を強めるためにインク吐出口38の径を小さ
くし,また,インク供給路34の流路抵抗を小さくする方策が講じられていた。
【0006】しかしながら,このようにしてインクの補給を高速にすると,イン
クの持つ運動量が大きくなってしまう。・・・
【0007】また,運動量が大きくなると,図10に示すように,インクメニス
カス44がインク吐出口38の出口に到達した後,インク吐出口38外に大きく突
き出し,その後,今度は逆にインク吐出口38内に向かって戻って行き,更に,減
衰しながらまた同じ過程を繰り返すという挙動を呈する。すなわち,メニスカス振
動がなかなか収まらないという現象が生じる。・・・
【0008】上記のメニスカス振動に因る問題を解決するには,振動が十分に減
衰した後で次の吐出を行わざるを得ないが,このことは,所期の目的である高速記
録化に逆行することにほかならない。
【0009】本発明者等の考察によれば,インク吐出口の実際形状は,オリフィ
スプレートの表面に向かって径が漸減するテーパ状であるが,径が一定のストレー
ト孔として考えた場合,一般に,同じ解像度のヘッドから吐出されるインク滴の量
Qはほぼ同じであり,インク滴吐出後にインク吐出口内にメニスカスが引き込まれ
た部分の体積,すなわち,リフィルすべきインク量Qrも概略同じとみなせる。引
き込まれたインクメニスカスがインク吐出口の出口まで達する時間をtrとする
と,インク吐出口内の平均流速vは,v=Qr/(A・tr),インクの密度をρと
すると,単位体積当たりの平均運動量Mは,M=ρ・Qr2/(A・tr)2と表せ
る。これは,インク吐出口の径が大きい程,平均運動量が小さいこと,すなわち,
メニスカスのオーバーシュートが起こりにくいことを示している。
【0010】また,オーバーシュートしたインクメニスカスの凸形状を,理解し
易いために回転放物面と近似する(ものとする)と,オーバーシュートしたインク
体積がQ0の時,オーバーシュートの高さhは,h=2・Q0/Aと表せ,これから
も,インク吐出口の径が大きい程オーバーシュートの突出量が小さくなることが理
解される。
【0011】このように,同一のインク量を同一の時間でリフィルする条件で
は,インク吐出口の径が大きい程オーバーシュートの突出量が小さくなることを示
したが,オーバーシュートの突出量hの絶対量は,インク供給路の形状,すなわ
ち,流路抵抗により決定されることが実験的に確認されている。
【0012】以上を踏まえると,インク吐出口の面積,インク供給路の流路抵抗
を最適化することによって,低速サテライト等の不具合を来さずに高速記録化を図
れることが予想される。
【0013】
【発明の目的】そこで,本発明は,他の要素を付加することなく,インク吐出口
の面積やインク供給路の流路抵抗等を工夫することによりインク吐出の最適化およ
び高速化を図り且つ製造コストの低減を可能とした信頼性の高いインクジェット式
プリントヘッドの提供をその目的とする。
【0014】
【課題を解決するための手段】本発明者等は,上記考察に基づく実験結果から,
インクメニスカスがインク吐出口の出口に達した直後に次の吐出を行ってもインク
滴形状が歪まない条件が,0<h≦0.2(q/A)であることを見出し
た。・・・
【0017】
【作用】本発明によれば,気泡の発生に伴ってインク吐出口からインク滴が吐出
した後,インクのリフィル時のメニスカスの突出量が,インク供給路の流路抵抗値
の適正化により低く抑えられるので,メニスカス振動の減衰時間が短くなり,次の
吐出での悪影響が回避される。また,インク吐出口の面積が所定範囲で大きく設定
される場合にも,インクのリフィル時のメニスカスの突出量が低くなり,メニスカ
ス振動の減衰時間が短くなる。」
(3) 上記記載によれば,数値限定の意義としては,次のとおりのものが述べら
れているものと認められる。
高速記録のためには,インクをインク吐出口に高速に補給する必要があり,従
来,インク吐出口の径を小さくしたり,インク供給路の流路抵抗を小さくすること
が行われていたが,インクの運動量が大きくなり,メニスカス振動がなかなか収ま
らないため,高速記録は困難であった。
本発明者等は,インク吐出口内の平均流速,インクの平均運動量及びオーバーシ
ュートの高さは,同一のインク量を同一の時間でリフィルする条件では,インク吐
出口の径が大きい程小さくなることを示し,さらにオーバーシュートの突出量の絶
対量は,インク供給路の流路抵抗により決定されることを実験的に確認した。
以上を踏まえると,インク吐出口の面積,インク供給路の流路抵抗を最適化する
ことによって,高速記録化を図ることのできることが予想され,インクメニスカス
がインク吐出口の出口に達した直後に次の吐出を行ってもインク滴形状が歪まない
条件が,0<h≦0.2(q/A)であることを見出した。
インク吐出口の面積が所定範囲で大きく設定される場合にも,インクのリフィル
時のメニスカスの突出量が,インク供給路の流路抵抗値の適正化により低く抑えら
れるので,メニスカス振動の減衰時間が短くなり,次の吐出での悪影響が回避され
る。
(4) 次に,「0<h≦0.2(q/A)」との数値限定の内容について検討す
ると,qはインク吐出口から吐出されるインク滴の量であるから,上記「一般に,
同じ解像度のヘッドから吐出されるインク滴の量Qはほぼ同じであり」のQと同様
に一定量と解される。また,Aはインク吐出口の面積であり,hはメニスカスの最
大突出量であって,ともに変数である。
したがって,上記の数値限定においては,hは,インク吐出口が実際に形成さ
れ,Aの値が固定されたときにその最大値が決まり,最小値は0でなければいくら
小さくてもよいことになる。
ところで,本件訂正請求に係る請求項1に,数値限定に続いて「になるように上
記インク供給路の流路抵抗を設定する」と記載されていることからすると,この数
値限定は,流路抵抗を設定するためのものとして位置づけられていることになる。
そして,流路抵抗とメニスカスの最大突出量hとの関係は,前記甲第3号証の記
載からも,流路抵抗を大きくすると,メニスカスの最大突出量hが小さくなるとい
うものであることは明らかである。
そうすると,数値限定の内容は,インク吐出口が実際に形成され,Aの値が固定
されたときに,h=0.2(q/A)に対応するものとして流路抵抗の最小値が決
定されるが,他方,前記のとおり,上記数値限定によれば,hは0でなければいく
ら小さくてもよいことになり,また,流路抵抗を大きくするとhが小さくなるとい
う関係にあるので,結局,流路抵抗の最大値はなく,いくら大きくてもよいことを
意味しているという帰結になってしまう。
(5) しかしながら,インク吐出口の面積Aの値が一定のまま流路抵抗が大きく
なると,吐出により消費されたインクをインク吐出口に補給するまでの時間が長く
なることは自明であり,そうなれば高速記録の目的に反することになることも明ら
かである。
甲第3号証における「インクメニスカスがインク吐出口の出口に達した直後に次
の吐出を行ってもインク滴形状が歪まない条件が,0<h≦0.2(q/A)であ
ることを見出した。」との記載も,「インクのリフィル直後に次の吐出を行っても
インク滴形状が歪まない条件」であることが示されているのみで,インクのリフィ
ルの時間の大小についてまで言及しているものではない。
(6) また,甲第3号証の「同一のインク量を同一の時間でリフィルする条件で
は,インク吐出口の径が大きい程オーバーシュートの突出量が小さくなる」,「イ
ンク吐出口の面積,インク供給路の流路抵抗を最適化することによって,低速サテ
ライト等の不具合を来さずに高速記録化を図れることが予想される。」,「インク
吐出口の面積やインク供給路の流路抵抗等を工夫することによりインク吐出の最適
化および高速化を図り」との記載からも,高速記録を実現するためには,インク供
給路の流路抵抗のみならず,インク吐出口の面積も併せて最適化することが必要で
あると解するのが相当である。
(7) 以上によれば,「0<h≦0.2(q/A)」という数値限定をすること
によって高速記録の作用効果を奏するものとは到底いえないから,これを前提とし
た原告の前記主張は失当である。したがって,決定が,「0<h≦0.2(q/
A)」についての臨界的意義が明らかでないことを理由として,刊行物1に記載さ
れた発明が「0<h≦0.2(q/A)」の関係を満足しないとしても,両発明に
格別の差異があるとは認められず,(訂正発明1が刊行物1に記載された発明と実
質的に同一でないとしても)刊行物1に記載された発明において,「0<h≦0.
2(q/A)」と規定する程度のことは容易であって,刊行物1に記載された発明
から当業者が容易に発明することができたものと認められるから,特許法29条
(1項あるいは)2項の規定により独立して特許を受けることができないとの認定
判断をし,本件訂正請求を認めなかったことに誤りはない。
(8) なお,仮に,原告の主張が,前記数値限定においては,その上限であるh
の最大値すなわちインク流路の流路抵抗の最小値を見出したことに意義があるとい
うものであるとしても,数値限定「0<h≦0.2(q/A)」は,平成12年8
月1日付けの訂正請求書によって訂正されたものであり,訂正前の数値限定は「0
<h<0.3(q/A)」であったこと,本件訂正請求書(甲3)の訂正明細書に
記載された唯一の実施例を示す図7(本件特許明細書である甲2におけるものも同
じ)においては,インク吐出口の径70μm,インク滴量130pl,メニスカス
の最大突出高さ7μmであるところ,これらの数値により0.2(q/A)を計算
すると,6.756μmとなるので,h≦0.2(q/A)の関係を満足しないこ
となどに照らせば,前記数値限定の上限に臨界的意義があるとすることはできな
い。
(9) よって,取消事由4もまた理由がない。
5 結論
以上のとおり,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,その他決定には
これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判
決する。
東京高等裁判所第18民事部
裁判長裁判官 永 井 紀 昭
裁判官 古 城 春 実
裁判官 田 中 昌 利
【別紙】 異議の決定の理由
平成10年異議第74597号,平成13年4月17日付け決定
(下記は,上記決定の理由部分について,文書の書式を変更したが,用字用語の点
を含め,その内容をそのまま掲載したものである。)
理 由
[手続の経緯]
本件特許第2727982号の請求項1~3に係る発明の出願は、平成6年10
月28日に特許出願され、平成9年12月12日にその特許の設定登録がなされ、
その後、その特許についてキャノン株式会社より特許異議の申立がなされ、当審に
おいて取消理由の通知がなされたところ、その指定期間内である平成11年2月2
2日に訂正請求がなされ、さらに当審において訂正拒絶理由の通知がなされ、その
訂正拒絶理由の通知に対してその指定期間内である平成11年8月16日に訂正請
求の補正がなされ、その後、特許異議申立人に対する上記訂正請求,訂正請求の補
正等についての審尋を経て、さらに当審において訂正拒絶理由の通知を兼ねた再度
の取消理由の通知がなされたところ、その指定期間内である平成12年8月1日に
平成11年2月22日付けの訂正請求が取り下げられると共に新たな訂正請求がな
され、さらに当審において訂正拒絶理由の通知がなされ、その指定期間内である平
成12年12月19日に意見書が提出されたものである。
[訂正の適否についての判断]
【1】訂正の内容
平成12年8月1日付けで特許権者が行った訂正請求の内容は、以下のとおりで
ある。
〔1〕訂正事項a
特許明細書中の特許請求の範囲の請求項1の「発熱抵抗体が設けられた基板と、
前記発熱抵抗体に対応した熱作用部を含むインク供給路を区画する流路形成部材
と、前記インク供給路に連なるインク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材
を介して積層されるオリフィスプレートとを備え、前記発熱抵抗体を発熱させて前
記インク吐出口からインク滴を吐出させるインクジェット式プリントヘッドにおい
て、吐出する前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aと、前記インク滴
の吐出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最
大突出量hとの関係が、「0<h<0.3(q/A)」になるように上記インク供
給路の流路抵抗を設定することを特徴としたインクジェット式プリントヘッド。」
を、「発熱抵抗体が設けられた基板と、前記発熱抵抗体に対応した熱作用部を含む
インク供給路を区画する流路形成部材と、前記インク供給路に連なるインク吐出口
を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフィスプレートとを
備え、前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口からインク滴を吐出させるイ
ンクジェット式プリントヘッドにおいて、吐出する前記インク滴の量qと、前記イ
ンク吐出口の面積Aと、前記インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰して前記イン
ク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が、「0<h≦0.2
(q/A)」になるように上記インク供給路の流路抵抗を設定することを特徴とし
たインクジェット式プリントヘッド。」と訂正する。
〔2〕訂正事項b
特許明細書の段落【0014】の記載全文の「【課題を解決するための手段】本
発明者等は、上記考察に基づく実験結果から、インクメニスカスがインク吐出口の
出口に達した直後に次の吐出を行ってもインク滴形状が歪まない条件が、0<h<
0.3(q/A)であることを見出した。本発明は、この実験結果を踏まえたもの
で、その特徴は、発熱抵抗体が設けられた基板と、前記発熱抵抗体に対応した熱作
用部を含むインク供給路を区画する流路形成部材と、前記インク供給路に連なるイ
ンク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフィスプ
レートとを備え、前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口からインク滴を吐
出させるインクジェット式プリントヘッドにおいて、吐出する前記インク滴の量q
と、前記インク吐出口の面積Aと、前記インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰し
て前記インク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が、「0<h
<0.3q/A」になるように上記インク供給路の流路抵抗を設定したことにあ
る。」を、「【課題を解決するための手段】本発明者等は、上記考察に基づく実験
結果から、インクメニスカスがインク吐出口の出口に達した直後に次の吐出を行っ
てもインク滴形状が歪まない条件が、0<h≦0.2(q/A)であることを見出
した。本発明は、この実験結果を踏まえたもので、その特徴は、発熱抵抗体が設け
られた基板と、前記発熱抵抗体に対応した熱作用部を含むインク供給路を区画する
流路形成部材と、前記インク供給路に連なるインク吐出口を有し前記基板上に前記
流路形成部材を介して積層されるオリフィスプレートとを備え、前記発熱抵抗体を
発熱させて前記インク吐出口からインク滴を吐出させるインクジェット式プリント
ヘッドにおいて、吐出する前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aと、
前記インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメ
ニスカスの最大突出量hとの関係が、「0<h≦0.2q/A」になるように上記
インク供給路の流路抵抗を設定したことにある。」と訂正する。
〔3〕訂正事項c
特許明細書の段落【0022】の記載全文の「本実施例において、吐出するイン
ク滴の量qと、インク吐出口14の面積Aと、インク滴の吐出後に一旦後退した後
復帰してインク吐出口14から突出するメニスカスの最大突出量h(図5)との関
係が、「0<h<0.3q/A」になるように、具体的には、「h=0.2q/
A」となるように、インク供給路8の流路抵抗を設定してある。また、インク滴の
量qと、インク吐出口14の面積Aとの関係は、「π(3q/(4π))2/3≦
A≦π(3q/(2π))2/3」に設定されている。」を、「本実施例において、
吐出するインク滴の量qと、インク吐出口14の面積Aと、インク滴の吐出後に一
旦後退した後復帰してインク吐出口14から突出するメニスカスの最大突出量h
(図5)との関係が、「0<h≦0.2q/A」となるように、具体的には、「h
=0.2q/A」となるように、インク供給路8の流路抵抗を設定してある。ま
た、インク滴の量qと、インク吐出口14の面積Aとの関係は、「π(3q/(4
π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」に設定されている。」と訂正す
る。
【2】訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
〔1〕訂正事項aの訂正は、特許請求の範囲の請求項1において、「吐出するイン
ク滴の量qと、インク吐出口の面積Aと、インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰
してインク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が、「0<h<
0.3(q/A)」になるようにインク供給路の流路抵抗を設定する」の構成にお
いて、「0<h<0.3(q/A)」を「0<h≦0.2(q/A)」に限定する
ものである。
そして、この訂正は、出願当初の明細書の段落【0022】に「吐出するインク
滴の量qと、インク吐出口14の面積Aと、インク滴の吐出後に一旦後退した後復
帰してインク吐出口14から突出するメニスカスの最大突出量h(図5)との関係
が、「0<h<0.3q/A」になるように、具体的には、「h=0.2q/A」
となるように、インク供給路8の流路抵抗を設定してある。」との記載の範囲内に
おいて、インク供給路の流路抵抗を設定する際のメニスカスの最大突出量hの数値
範囲を規定する訂正であり、また、当該上限値は上記明細書の記載事項から直接的
且つ一義的に導き出せる事項であると認められる。
従って、この訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事
項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
〔2〕訂正事項b,cの訂正は、上記訂正事項aの訂正に伴い、それとの整合を図
るために、発明の詳細な説明の記載を訂正するものである。
従って、これらの訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであっ
て、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するもの
ではない。
【3】独立特許要件(特許法第29条第1,2項の規定違反)
〔1〕訂正後の請求項1~3に係る発明
本件特許第2727982号の訂正後の請求項1~3に係る発明(以下、それぞ
れ、「本件訂正発明1~3」という)は、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1
~3に記載されたとおりのものであり、その請求項1~3に記載された事項を構成
要素に関して分説して記載すると、以下のとおりである。(但し、構成についての
符号A~D、及び、構成Aの構成要素についての符号A-1~A-3は、特許異議
申立書の申立理由の記載に基づいて当審において付加した。)
「【請求項1】
A.発熱抵抗体が設けられた基板と、前記発熱抵抗体に対応した熱作用部を含むイ
ンク供給路を区画する流路形成部材(A-1)と、前記インク供給路に連なるイン
ク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフィスプレ
ート(A-2)とを備え、前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口からイン
ク滴を吐出させるインクジェット式プリントヘッド(A-3)において、
B.吐出する前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aと、前記インク滴
の吐出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最
大突出量hとの関係が、「0<h≦0.2(q/A)」になるように上記インク供
給路の流路抵抗を設定することを特徴としたインクジェット式プリントヘッド。
【請求項2】
C.前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aとの関係を、「π(3q/
(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」に設定したことを特徴とし
た請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。
【請求項3】
D.前記インク滴の吐出後に前記インク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐
出口に復帰するまでの時間t1と、プリントヘッドの動作における最小の周期tm
inとの関係を、「0.9×t1<tmin<1.1×t1」に設定したことを特
徴とした請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。」
〔2〕訂正拒絶理由の概要
当審が平成12年10月6日付けで通知した訂正拒絶理由通知書の訂正拒絶理由
は、平成12年8月1日付けの訂正請求により訂正された本件訂正発明1~3に対
し、刊行物1〔特開平6-191030号公報〕、刊行物2〔特開平3-2474
55号公報〕、及び、刊行物3〔特開平4-10940号公報〕を提示し、本件訂
正発明1は、刊行物1に記載された発明と実質的に同一であり、また、そうでなく
とも、刊行物1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたもの
と認められ、本件訂正発明2は、刊行物1,3に記載された発明に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたものと認められ、本件訂正発明3は、刊行物1,
2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認め
られ、特許法第29条第1項、或いは、同法第29条第2項の規定により、何れの
発明も特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、この訂
正請求は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号、以下「平成
6年改正法」という)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされ
る、平成11年改正前の特許法第120条の4第3項において準用する平成6年改
正法による改正前の特許法第126条第3項の規定に違反するものであり認められ
ないというものである。
〔3〕各刊行物に記載された発明
(1)刊行物1〔特開平6-191030号公報(特許異議申立書の甲第1号
証)〕
刊行物1に記載された事項において、本件発明の構成A,Bに関する事項を摘記
すると、次のとおりである。
1.構成Aについて
(A-1)の構成に対応する「ヒータ8が設けられたヒーターボード14と、ヒ
ータ8に対応した熱作用部を含むインク路3を区画するインク路隔壁12」の構
成、(A-2)の構成に対応する「インク路3に連なる吐出口2を有しヒーターボ
ード14上にインク路隔壁12を介して積層されるオリフィスプレート18,1
9」の構成、及び、(A-3)の構成に対応する「ヒータ8を発熱させて吐出口2
からインク滴を吐出させるインクジェット記録ヘッド」の構成に関して、「図6
は・・・記録ヘッド構造を模式的に示す斜視図である。ダンパ室7の形成
は、・・・予めヒータ8を形成したヒータボード14に感光性樹脂をラミネート
し、インク路用フォトマスクを用いてインク路隔壁12を形成する。インク路隔壁
12の形成後、このインク路隔壁上に感光性樹脂10をラミネートし、ダンパ室形
成用フォトマスクを用いてダンパ室7を形成する。その後、ダンパ室上に・・・天
板を接合してダンパ室7の上部開口部を塞ぐ。」,「図12,図13は、それぞれ
本発明の第4,第5の実施例を示す。これらの実施例はいわゆるサイドシュータ型
記録ヘッドの例である。・・・本実施例においてもエッジシューター型の・・・実
施例と同様に、共通液室4からインクがインク路3へ供給される。ここで、ヒータ
8に吐出信号が印加されると、ヒータ8と垂直な方向へインクが吐出され
る。・・・本実施例では・・・感光性樹脂によってインク路隔壁12を形成す
る・・・その後、インク路隔壁12上にオリフィスプレート18を接合し、・・・
オリフィスプレート19を接合して記録ヘッドを構成する。」と記載されている。
(公報4頁左欄13~22行の【0028】【0029】,5頁左欄13~34行
の【0048】~【0052】、図6,12,13、参照)
2.構成Bについて
(ア)インク滴の量q、及び、インク吐出口の面積Aに関して
「吐出するインク滴の量q」に対応する「吐出体積85pl(85000μm
3),88pl(88000μm3)」の構成、及び、「インク吐出口の面積A」
に対応する「インク吐出口の面積」の構成に関して、「図6は・・・記録ヘッド構
造を模式的に示す斜視図である。」,「本実施例の記録ヘッドの仕様は、吐出口ピ
ッチ70.5μmで64個の吐出口を有し、・・・インク路高さ35μm,・・・
吐出体積85plである。・・・従来の記録ヘッドの仕様は、吐出口ピッチ70.
5μmで64個の吐出口を有し、・・・インク路高さ35μm,・・・吐出体積8
8plである。」と記載されている。(公報4頁左欄13行~右欄8行の【002
8】【0036】【0037】、図6、参照)
(イ)メニスカスの最大突出量hに関して
「インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口から突出するメニス
カスの最大突出量h」に対応する「メニスカスの最大突出量」の構成に関して、
「図10,図11において、縦軸はメニスカス17の位置を示し、吐出口面を0、
ノズル内側方向を+、ノズル外側吐出方向を-とする。実線は吐出しているインク
路のメニスカス位置を示し、・・・従来例と本実施例のいずれの場合も、吐出して
いるインク路は吐出信号の印加後約8μsecで気泡の大きさが最大になってイン
クを吐出し、25μsecで気泡を消泡して吐出口側および共通液室側からインク
を激しくインク路内に引き込み、120μsecでリフィルを完了する。その後、
メニスカスは、そのオーバーシュートを徐々に減衰させながら振動をする。」と記
載され、また、図10,11には、吐出しているインク路におけるインクリフィル
(インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出□から突出する)時のメ
ニスカスの最大突出量が少なくとも0~20μmの範囲内であることが記載されて
いる。(公報4頁右欄9~21行の【0038】【0039】、図10,11、参
照)
(2)刊行物2〔特開平3-247455号公報(特許異議申立書の甲第2号
証)〕
刊行物2に記載された事項において、本件発明の構成A,B,Dに関する事項を
摘記すると、次のとおりである。
1.構成Aについて
(A-1)の構成に対応する「発熱抵抗体を有するエネルギー発生体3が設けら
れたSi(シリコン)基板1と、エネルギー発生体3に対応した熱作用部を含むイ
ンク路(ノズル)6を区画するインク路分離壁11」の構成、(A-2)の構成に
対応する「インク路(ノズル)6に連なるインク噴射口8を有しSi(シリコン)
基板1上にインク路分離壁11を介して積層される記録ヘッド本体2」の構成、及
び、(A-3)の構成に対応する「エネルギー発生体3を発熱させてインク噴射口
8からインク滴を吐出させるインクジェット記録ヘッド」の構成に関して、「第2
図(1)は、従来のインクジェット記録ヘッドの一例の構造を示す模式的断面図で
ある。・・・第2図において、101は記録ヘッドであり、1はSi(シリコン)
基板、2は記録ヘッド本体を示す。インクジェット記録ヘッドには、複数のインク
噴射口8と、それぞれ複数のインク噴射口8に対応した複数のインク路(ノズル)
6と、発熱抵抗体を有する複数のエネルギー発生体3とが配置されている。各イン
ク路は、インク路分離壁11によって分離されている。インク路の並びピッチは6
3.5μmである。エネルギー発生体3は、記録情報に基づく駆動信号によって、
複数個あるインク路6のインクを選択的に噴射口8より噴射させる。」,「記録ヘ
ッドの構成としては、上述の各明細書に開示されているような吐出口、液路、電気
熱変換体の組み合わせ構成(直線状液流路又は直角液流路)の他に熱作用部が屈曲
する領域に配置されている構成・・・も本発明に含まれるものである。」と記載さ
れている。(公報2頁右上欄7行~左下欄2行,6頁左下欄15行~右下欄1行、
第2図、参照))
2.構成Bについて
(ア)インク滴の量qに関して
「吐出するインク滴の量q」に対応する「吐出体積28pl(28000μm
3)」の構成に関して、「通常のインク滴の噴射量は、V=28(pico li
tter)程度である」と記載されている。(公報3頁左下欄16~17行)
(イ)インク吐出口の面積Aに関して
「インク吐出口の面積A」に対応する「インク吐出口の面積500μm2」の構
成に関して、「現実のインク路の断面は20(μm)×25(μm)であるが、直
径25(μm)の円筒型であると近似した。」(公報3頁左下欄1~3行)と記載
されている。
(ウ)メニスカスの最大突出量hに関して
インク滴が吐出したインク吐出口に隣接するインク吐出口におけるものである
(即ち、インク滴が吐出したインク吐出口において、インク吐出後にインク吐出口
内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するというインクリフィル時のもの
ではない)が、「インク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量10μm」の
構成に関して、「ところが、もし、t=ts=13(μsec)でP2を印加し、
インク路NO.5~8に連通する吐出口からインクを噴射させると、メニスカスが
凸状の状態からの噴射となり、P1が無くP2のみを印加させた場合に比べ、イン
ク路NO.5~8に連通する吐出口から噴射されるインクの体積は△Vだけ多くな
る。即ち、より大きなインク滴が噴射される。一般に、隣接記録点のインク噴射量
の変化が約10(%)であると、目視で記録品位の劣化が確認されることが知られ
ている。・・・インク路No.5に連通する吐出口からのメニスカスのでっぱり量
は10(μm)であった。」,「また、これまでの説明では、インク路NO.5に
連通する吐出口のメニスカスが最もでっぱるタイミングでP2を印加するとした」
と記載されている。(公報3頁右上欄5行~左下欄1行,同頁右下欄1~3行、第
2,3図、参照)
3.構成Dについて
上記(ウ)の「メニスカスの最大突出量hに関して」と同様、インク滴が吐出し
たインク吐出口に隣接するインク吐出口におけるものであるが、「インク吐出口内
に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1と、プリントヘッ
ドの動作における最小の周期tminとの関係を、『0.9×t1<tmin<
1.1×t1』に設定した」の構成、即ち、良好な吐出性能を維持した状態で吐出
間隔の最短化を図るため、より早く安定的にメニスカスが定常状態の位置に復帰し
た時点に合わせてエネルギー発生手段を駆動させる構成に関して、「また、噴射タ
イミングの遅れにより、記録された文字や画像に段差が目だち、記録品位を劣化さ
せてしまう。」,「所定のブロックに属するエネルギー発生手段の駆動の後、該所
定のブロックに隣接する非噴射ブロックに属する吐出口のメニスカスの位置が定常
状態と同じ位置に最も早く復帰する時刻に実質的に合わせて、該非噴射ブロックに
属するエネルギー発生手段を駆動させる駆動手段」,「そこで、P1印加後、t2
=t3-td(μsec)のタイミングでP2を印加すると、P1の有無に関わら
ず、P2によるインク噴射量は変化しなかった。」,「なお、t3は、X=X0と
なる時刻であるが、X=X0±1(μm)の範囲内では良好な効果が得られた。」
と記載されている。(公報4頁左下欄1~4行,4頁右下欄3~8行,5頁右上欄
20行~左下欄3行,5頁右下欄3~5行、参照)
(3)刊行物3〔特開平4-10940号公報(特許異議申立書の甲第3号証)〕
刊行物3に記載された事項において、本件発明の構成A~Cに関する事項を摘記
すると、次のとおりである。
1.構成Aについて
(A-1)の構成に対応する「ヒーター2が設けられた基体1と、ヒーター2に
対応した熱作用部を含むインク3の液路を区画する壁9」の構成、(A-2)の構
成に対応する「インク3の液路に連なる吐出口5を有し基体1上に壁9を介して形
成されたオリフィスプレート」の構成、及び、(A-3)の構成に対応する「ヒー
ター2を発熱させて吐出口5からインク滴を吐出させるインクジェット記録ヘッ
ド」の構成に関して、「本発明は熱エネルギーを利用して吐出された液体を被記録
媒体に付着させて記録を行なう液体噴射記録に好適に用いられ得る液体噴射方法及
び該方法を用いた記録装置に関する。」,「次に、本発明に好適に用いられる記録
ヘッドの1つの構成について説明する。・・・第5図(a)および第5図(b)に
示される記録ヘッドは、基体1上に壁8が設けられ、該壁8上を天板4が覆うよう
に接合され、共通液室10および液路12が形成される。・・・また、基体1には
ヒーター2が設けられ、これら各ヒーター2に対応して各液路が設けられている。
ヒーター2は、発熱抵抗層と該発熱抵抗体層に電気的に接続される電極・・・とを
有し、この電極によって記録信号に従って通電される。この通電により、ヒーター
2は熱エネルギーを発生し、液路中に供給されたインクに熱エネルギーを付与する
ことができる。この熱エネルギーにより、記録信号に従ってインク中にバブルを発
生することができる。また、本発明に好適に用いられる記録ヘッドの別の構成につ
いて説明する。・・・この記録ヘッドと第5図に示される記録ヘッドの違いは、第
5図に示されるものが、液路内に供給されたインクが液路に沿って真直にあるいは
実質的に真直に吐出口から吐出されるのに対して、第6図に示されるものは供給さ
れたインクが液路に沿って曲折されている点である(図ではヒーターの直上に吐出
口が形成されている。)。・・・第6図(a)および第6図(b)において、16
は吐出口5が形成されたオリフィスプレートであり、ここでは、各吐出口5間に設
けられる壁9をも一体的に形成されている。」と記載されている。(公報1頁右下
欄2~5行,6頁左下欄4行~7頁左上欄7行、第5図(a)(b),第6図
(a)(b)、参照)
2.構成Bについて
(ア)インク滴の量qに関して
「吐出するインク滴の量q」に対応する「液滴体積12pl,13pl,18±
1pl,20±1pl,55pl等」(1plは1000μm3)であることが記
載されている。(公報7頁右下欄5行~8頁左上欄15行、第1表、参照)
(イ)インク吐出口の面積Aに関して
「インク吐出口の面積A」に対応する「インク吐出口の面積」の構成に関して、
吐出口は、直径が36μmの円形、30μm×30μmの方形、直径が50μmの
円形であることが記載されている。(公報7頁右下欄5行~8頁左上欄15行、第
1表、参照)
3.構成Cについて
「インク滴の量qと、インク吐出口の面積Aとの関係を、『π(3q/(4
π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3』に設定した」の構成に対応する
「インク吐出口の面積」及び「インク滴の量」に関して、「[実施例2]・・・本
実施例において、吐出口5は、オリフィスプレートの表面側において、直径が36
μmの円とされ、・・・飛翔液滴の体積を測定したところ、各ノズルとも18±1
plの範囲に収まった。」と記載され、また、第1表には、実施例4に吐出口30
μm×30μm,飛翔液滴の体積20±1pl、実施例5に吐出口30μm×30
μm,飛翔液滴の体積13pl、実施例6に吐出口30μm×30μm,飛翔液滴
の体積12pl、実施例12に吐出口の直径が50μm,飛翔液滴の体積55pl
の各例が記載されている。(公報7頁右下欄5行~8頁左上欄15行、第1表、参
照)
〔4〕本件各訂正発明と各刊行物に記載された発明との対比・判断
〈本件訂正発明1について〉
(1)本件訂正発明1と刊行物1に記載された発明とを対比すると、刊行物1に記
載された発明における「ヒータ8」,「ヒーターボード14」,「インク路3」,
「インク路隔壁12」,「吐出口2」,「オリフィスプレート18,19」,「イ
ンクジェット記録ヘッド」は、本件訂正発明1における「発熱抵抗体」,「基
板」,「インク供給路」,「流路形成部材」,「インク吐出口」,「オリフィスプ
レート」,「インクジェット式プリントヘッド」に、それぞれ、対応するから、両
者は、「インクジェット式プリントヘッド」のヘッドの基本的な構成(本件訂正発
明1の構成A)において一致し、
本件訂正発明1が「吐出するインク滴の量qと、インク吐出口の面積Aと、イン
ク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口から突出するメニスカスの最
大突出量hとの関係が、「0<h≦0.2(q/A)」になるようにインク供給路
の流路抵抗を設定する」という構成を有するのに対して、刊行物1に記載された発
明はそのインク吐出口(吐出口2、以下同様)の面積(インク路高さは35μmで
ある)及びメニスカスの最大突出量(少なくとも0~20μmの範囲内である)が
定かでなく、従って、インク供給路(インク路3、以下同様)の流路抵抗がどのよ
うに設定されているのか不明な点(本件訂正発明1の構成B)において構成が相違
している。
(2)そこで、上記相違点について検討すると、刊行物1に記載された発明におけ
るインク吐出口の形状については、図6等をみた場合、長方形のものが一応想定さ
れるものの、正方形や円形に近似した形のインク吐出口は、例えば、刊行物2,3
や特公平3-76672号公報等に示されているように、通常、採用されるもので
あり、しかも、刊行物1に記載された発明において、インク吐出口のピッチが7
0.5μmであることを考慮した場合、その形状として高さに対して幅が2倍以上
となるようなものは到底採用できないから、その形状は正方形や円形に近似したも
のであるとするのが相当であり、そうであれば、刊行物1に記載された発明におけ
るインク吐出口の面積は、インク路高さ35μmであるから、1225μm2に近
似した値となる。
そこで、メニスカスの最大突出量は図からみて少なくとも0~20μmの範囲に
おける中間部分、即ち、10μmに近似した値と認められるから、刊行物1に記載
された発明は、例えば、インク滴の量85pl(85000μm3),インク吐出
口の面積1225μm2,メニスカスの最大突出量10μmであれば、0.2(q
/A)=0.2(85pl(85000μm3)/1225μm2)=0.2×6
9.4μm=13.9μmとなり、また、インク滴の量88pl(88000μm
3),インク吐出口の面積1225μm2,メニスカスの最大突出量10μmであ
れば、0.2(q/A)=0.2(88pl(88000μm3)/1225μm
2)=0.2×71.8μm=14.4μmとなり、それぞれ、10μm以上であ
って、本件訂正発明1の「0<h≦0.2(q/A)」の関係を満たすものであ
り、また、刊行物1に記載された発明における計算根拠が上記数値と一部相違する
ことになるとしても、0.2(q/A)の値は、13.9μm,14.4μmに近
似したものになることは明らかであるから、刊行物1に記載された発明において、
ダンパ室7を含めたインク供給路の流路抵抗は、本件訂正発明1とほぼ一致するも
のと認められる。(因みに、図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計ると、高
さに対して幅が約1.25倍であり、この場合には、面積は約1530μm2にな
るから、この場合であっても、インク滴の量85pl,88plのとき、それぞ
れ、0.2(q/A)=11.1μm,0.2(q/A)=11.5μmとなり、
それぞれ、10μm以上であるから、本件訂正発明1の「0<h≦0.2(q/
A)」の関係を満たす。)
(尚、本件訂正発明1において、「0<h≦0.2(q/A)」についての臨界
的意義が必ずしも明らかになっていないから、上記「0<h≦0.2(q/A)」
の関係を満足しないことになったとしても、これにより両発明に格別の差異がある
と認められないことは、既に指摘しているとおりである。)
(3)結局、本件訂正発明1は、刊行物1に記載された発明と実質的に同一であ
り、また、そうでなくとも、「0<h≦0.2(q/A)」の数値限定に臨界的意
義があるかどうか明らかでないことからみて、刊行物1に記載された発明において
「0<h≦0.2(q/A)」と規定する程度のことは容易であって、刊行物1に
記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものと認められるか
ら、特許法第29条第1項、或いは、同法第29条第2項の規定により特許を受け
ることができない。
〈本件訂正発明2について〉
本件訂正発明2は、本件訂正発明1を引用し、「インク滴の量qと、インク吐出
口の面積Aとの関係を、「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))
2/3」に設定した」(本件訂正発明2の構成C)と限定したものである。
ところで、刊行物3には、インク滴の量とインク吐出口の面積との関係が「π
(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」である記録ヘッド
が例示されているが、当該記録ヘッドは、バブルの内圧が外気圧と等しいかより低
い条件でバブルを外気と連通させて吐出する液滴の堆積や速度を安定化させるもの
であって、インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口から突出する
メニスカスの最大突出量がどの程度のものか不明であり、また、吐出するインク滴
の量とインク吐出口の面積とメニスカスの最大突出量との相関関係についても不明
である。
従って、本件訂正発明2が刊行物1,3に記載された発明から当業者が容易に発
明をすることができたものとは認められない。
〈本件訂正発明3について〉
本件訂正発明3は、本件訂正発明1を引用し、「インク滴の吐出後にインク吐出
口内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1と、プリント
ヘッドの動作における最小の周期tminとの関係を、「0.9×t1<tmin
<1.1×t1」に設定した」(本件訂正発明3の構成D)と限定したものであ
る。
ところで、刊行物2には、インク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐出口
に復帰するまでの時間t1とプリントヘッドの動作における最小の周期tminと
の関係が「0.9×t1<tmin<1.1×t1」であることと実質的に同等
の、良好な吐出性能を維持した状態で吐出間隔の最短化を図るためより早く安定的
にメニスカスが定常状態の位置に復帰した時点に合わせてエネルギー発生手段を駆
動させることができる記録ヘッドが例示されているが、刊行物2における上記駆動
手法は、インクが吐出した吐出口に隣接する吐出口についてのもの、即ち、インク
が吐出したインク吐出口におけるその直後の吐出に関するものではなく、インクが
吐出した吐出口に隣接するインク吐出口における、所謂、クロストーク作用による
影響を少なくしてのインクの吐出に関するものであるから、これを直ちに、インク
が吐出したインク吐出口についてのその直後の駆動手法として規定することはでき
ない。
従って、本件訂正発明3が刊行物1,2に記載された発明から当業者が容易に発
明をすることができたものとは認められない。
【4】訂正の適否についてのまとめ
以上のとおりであり、少なくとも、本件訂正発明1は、刊行物1に記載された発
明と実質的に同一であり、また、そうでなくとも、刊行物1に記載された発明から
当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第1項、
或いは、同法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けるこ
とができないものである。
従って、特許明細書に対する上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成
6年法律第116号、以下「平成6年改正法」という)附則第6条第1項の規定に
よりなお従前の例によるとされる、平成11年改正前の特許法第120条の4第3
項において準用する平成6年改正法による改正前の特許法第126条第3項の規定
に適合しないので、当該訂正を認めない。
[特許異議申立について]
【1】請求項1~3に係る発明
本件特許第2727982号の請求項1~3に係る発明(以下、それぞれ、「本
件発明1~3」という)は、設定登録時の特許請求の範囲の請求項1~3に記載さ
れたとおりのものであり、その請求項1~3に記載された事項を構成要素に関して
分説して記載すると、以下のとおりである。(但し、構成についての符号A~D、
及び、構成Aの構成要素についての符号A-1~A-3は、特許異議申立書の申立
理由の記載に基づいて当審において付加した。)
「【請求項1】
A.発熱抵抗体が設けられた基板と、前記発熱抵抗体に対応した熱作用部を含むイ
ンク供給路を区画する流路形成部材(A-1)と、前記インク供給路に連なるイン
ク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフィスプレ
ート(A-2)とを備え、前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口からイン
ク滴を吐出させるインクジェット式プリントヘッド(A-3)において、
B.吐出する前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aと、前記インク滴
の吐出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最
大突出量hとの関係が、「0<h<0.3(q/A)」になるように上記インク供
給路の流路抵抗を設定することを特徴としたインクジェット式プリントヘッド。
【請求項2】
C.前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aとの関係を、「π(3q/
(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」に設定したことを特徴とした
請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。
【請求項3】
D.前記インク滴の吐出後に前記インク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐
出口に復帰するまでの時間t1と、プリントヘッドの動作における最小の周期tm
inとの関係を、「0.9×t1<tmin<1.1×t1」に設定したことを特
徴とした請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。」
【2】特許異議申立の理由の概要
特許異議申立人は、本件発明1~3の特許を取り消すべき理由について、以下の
ように主張している。
〔1〕甲第1号証〔特開平6-191030号公報(取消理由通知書の刊行物
1)〕、甲第2号証〔特開平3-247455号公報(取消理由通知書の刊行物
2)〕、及び、甲第3号証〔特開平4-10940号公報(取消理由通知書の刊行
物3)〕を提示し、本件発明1は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明で
あるから、特許法第29条第1項第3号に規定された発明に該当し、そうでなくと
も、甲第1,2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けるこ
とができないものであり、また、本件発明2は、甲第1,3号証に記載された発明
に基づいて、本件発明3は、甲第1,2号証に記載された発明に基づいて、それぞ
れ、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29
条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明1~3の
特許は、特許法第29条第1項、或いは、同法第29条第2項の規定に違反してさ
れたものである。
〔2〕特許明細書の記載が、以下の理由により不備があるから、本件発明1~3の
特許は、特許法第36条第4,5項に規定する要件を満たしていない特許出願に対
してされたものである。
(1)請求項1の記載において、「低速のサテライト」を防止するための条件とし
て、インク滴形状が歪まないための「0<h<0.3(q/A)」という条件の他
に、「インク柱」が縦長にならないための「π(3q/(4π))2/3≦A」と
いう条件が必須である。
(2)請求項1の記載において、「『0<h<0.3(q/A)』になるようにイ
ンク供給路の流路抵抗を設定する」としているが、「インク供給路の流路抵抗」を
具体的にどのように設定するかについて特許明細書中に開示も示唆もされておら
ず、また、技術常識上、「インク供給路の流路抵抗」のみでインクの吐出量を規定
できるものではなく、その他に、インク供給路の高さ,幅,長さ、インク供給路と
吐出口との接続関係、熱作用部及び駆動信号の大小等も関連するものと認められる
ところ、この点の具体的手段について特許明細書中に開示も示唆もされていない。
(3)請求項1~3の記載において、各請求項に記載された不等式の上限と下限の
臨界的意義が特許明細書中に明らかとなっていない。
【3】取消理由の概要
〔1〕平成10年12月9日付け取消理由通知書の取消理由について
当審が平成10年12月9日付けで通知した取消理由通知書で示した本件発明1
~3に対する取消理由は、特許異議申立人の上記主張〔1〕〔2〕にほぼ沿うもの
である。
〔2〕平成12年5月16日付け取消理由通知書の取消理由について
当審が平成12年5月16日付けで通知した訂正拒絶理由通知書を兼ねた取消理
由通知書で示した本件発明1に対する取消理由は、特許異議申立人の上記主張
〔2〕にほぼ沿うものであるが、更に、「0<h<0.3(q/A)」の数値範囲
が実験結果に従来例として示されたものをも包含するから特許を受けようとする発
明の構成が明確に把握できないという理由を付加したものである。
【4】甲各号証に記載された発明
特許異議申立人が提示した甲第1~3号証は、それぞれ、当審が平成10年12
月9日付けで通知した取消理由通知書の取消理由で引用した刊行物1~3であり、
また、当審が平成12年10月6日付けで通知した訂正拒絶理由通知書の独立特許
要件違反の訂正拒絶理由で引用した刊行物1~3であり、各刊行物に記載された内
容は、上記[訂正の適否についての判断]の項、【3】〔3〕に記載されたとおり
のものである。
【5】本件各発明と甲各号証に記載された発明との対比・判断
〈本件発明1について〉
〔1〕特許法第29条第1,2項の規定違反
(1)本件発明1は、本件訂正発明1の構成Bにおけるインク供給路の流路抵抗を
設定する際のメニスカスの最大突出量hの数値範囲である「0<h≦0.2(q/
A)」が、「0<h<0.3(q/A)」という設定登録時の数値範囲となったも
のである。
(2)そして、本件発明1と甲第1号証に記載された発明との構成の一致点につい
ては、上記[訂正の適否についての判断]の項、【3】〔4〕(1)に記載された
とおりのものであり、また、構成の相違点については、同項、【3】〔4〕(1)
の記載における「0<h≦0.2(q/A)」を「0<h<0.3(q/A)」と
した点のみであるところ、当該構成の相違点についての判断は、上記[訂正の適否
についての判断]の項、【3】〔4〕(2)に記載された内容とほぼ同様である。
(尚、本件発明1は、本件訂正発明1よりも、更に、甲第1号証に記載された発明
に近いものとなる。)
(3)結局、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明と実質的に同一であり、
また、そうでなくとも、甲第1号証に記載された発明から当業者が容易に発明をす
ることができたものと認められるから、特許法第29条第1項、或いは、同法第2
9条第2項の規定により特許を受けることができない。
〔2〕特許法第36条第4,5項に規定する要件違反
請求項1の記載において、「0<h<0.3(q/A)」という数値範囲につい
ては、平成12年5月16日付け取消理由通知書の取消理由のとおりであり、実験
結果に従来例として示されたものをも包含することになり、特許を受けようとする
発明の構成が明確に把握できないから、本件発明1の特許は特許法第36条第4,
5項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
〈本件発明2について〉
本件発明2は、本件発明1を引用し、「インク滴の量qと、インク吐出口の面積
Aとの関係を、「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/
3」に設定した」(本件発明2の構成C)と限定したものである。
ところで、甲第3号証には、上記[訂正の適否についての判断]の項、【3】
〔4〕の〈本件訂正発明2について〉の項に記載したとおり、インク滴の量とイン
ク吐出口の面積との関係が「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2
π))2/3」である記録ヘッドが例示されているが、当該記録ヘッドは、バブル
の内圧が外気圧と等しいかより低い条件でバブルを外気と連通させて吐出する液滴
の堆積や速度を安定化させるものであって、インク滴の吐出後に一旦後退した後復
帰してインク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量がどの程度のものか不明
であり、また、吐出するインク滴の量とインク吐出口の面積とメニスカスの最大突
出量との相関関係についても不明である。
従って、本件発明2が甲第1,3号証に記載された発明から当業者が容易に発明
をすることができたものとは認められない。
〈本件発明3について〉
本件発明3は、本件発明1を引用し、「インク滴の吐出後にインク吐出口内に後
退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1と、プリントヘッドの
動作における最小の周期tminとの関係を、「0.9×t1<tmin<1.1
×t1」に設定した」(本件発明3の構成D)と限定したものである。
ところで、甲第2号証には、上記[訂正の適否についての判断]の項、【3】
〔4〕の〈本件訂正発明3について〉の項に記載したとおり、インク吐出口内に後
退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1とプリントヘッドの動
作における最小の周期tminとの関係が「0.9×t1<tmin<1.1×t
1」であることと実質的に同等の、良好な吐出性能を維持した状態で吐出間隔の最
短化を図るためより早く安定的にメニスカスが定常状態の位置に復帰した時点に合
わせてエネルギー発生手段を駆動させることができる記録ヘッドが例示されている
が、刊行物2における上記駆動手法は、インクが吐出した吐出口に隣接する吐出口
についてのもの、即ち、インクが吐出したインク吐出口におけるその直後の吐出に
関するものではなく、インクが吐出した吐出口に隣接するインク吐出口における、
所謂、クロストーク作用による影響を少なくしてのインクの吐出に関するものであ
るから、これを直ちに、インクが吐出したインク吐出口についてのその直後の駆動
手法として規定することはできない。
従って、本件発明3が甲第1,2号証に記載された発明から当業者が容易に発明
をすることができたものとは認められない。
(尚、異議申立人は上記甲第1~3号証の他に参考資料を提出し、本件発明3の
構成Dがインクジェット式プリントヘッドの技術常識であると主張しているが、こ
の参考資料は、本件出願前公知のものではなく、しかも、メニスカスが定常状態に
戻っているときにエネルギー発生手段を駆動させることが安定的にインクを吐出さ
せるために理想であることを開示するのみであり、メニスカスが定常状態に戻るタ
イミングとエネルギー発生手段の駆動周期との関係については開示していないか
ら、これにより、本件発明3が容易に発明をすることができたものとすることはで
きない。)
[むすび]
以上のとおりであり、本件発明1は、特許法第29条第1項第3号、或いは、同
法第29条第2項、及び、同法第36条第4,5項の規定により、特許を受けるこ
とができないから、本件発明1についての特許は拒絶の査定をしなければならない
特許出願に対してされたものと認める。
また、本件発明2,3についての特許は、特許異議の申立の理由によっては取り
消すことはできず、他に本件発明2,3についての特許を取り消すべき理由を発見
しないから、本件発明2,3についての特許は拒絶の査定をしなければならない特
許出願に対してされたものと認めない。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14
条の規定に基づく特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政
令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、上記のとおり決定す
る。
平成13年4月17日
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