平成13(行ケ)417行政訴訟 特許権
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
東京高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成14年11月12日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
|
キーワード |
進歩性4回 特許権2回 刊行物1回 実施1回
|
主文 |
|
事件の概要 |
|
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
平成13年(行ケ)第417号 特許取消決定取消請求事件 (平成14年10月
29日口頭弁論終結)
判 決
原 告 住友電気工業株式会社
訴訟代理人弁護士 野上邦五郎、杉本進介、冨長博之
同 弁理士 山野宏、青木秀實
被 告 特許庁長官 太田信一郎
指定代理人 柿崎良男、森田ひとみ、林栄二、一色由美子
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
特許庁が異議2000-73448号事件について平成13年7月31日にした
決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
第2 前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(以下のものを「本件特許」という。)
発明の名称 難燃性組成物
出願 平成3年7月8日
特許権設定登録 平成12年1月7日(特許第3019225号)
(特許権者:原告)
特許公報発行 平成12年3月13日(特許第3019225号公報)
特許異議の申立て 平成12年9月13日(異議2000-73448号)
異議の決定 平成13年7月31日(送達日 同年8月20日)
決定の結論 「特許第3019225号の請求項1に係る特許を取り
消す。」
2 本件特許請求の範囲(請求項1の発明を「本件発明」という。)
【請求項1】水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し、脂肪酸、
シランカップリング剤、チタネートカップリング剤より選ばれた少くとも1種を主
成分とする表面処理剤で表面処理を施した後、この表面処理材をプラスチック又は
ゴム100重量部に対して50~200重量部添加し、難燃性を付与すると共に耐
酸性を向上せしめたことを特徴とする難燃性組成物。
3 決定の理由の要旨
別紙決定書の写しのとおりである。要するに、本件発明は、引用例1(特開昭6
0-100302号公報、甲3)及び引用例2(特開平1-294792号公報、
甲4)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもので
あるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであ
る、というものである。
第3 原告主張の取消事由の要点
1 取消事由1(本件発明の要旨認定の誤り)
本件発明の「・・・表面処理剤で表面処理を施した後」(請求項1の記載)にお
ける「表面処理」は、乾式処理である。すなわち、水酸化マグネシウムの表面処理
方法には湿式法と乾式法とがあり、湿式法で行う場合は、一般には水酸化マグネシ
ウムがスラリー状態でされるところ、本件明細書の表1の注書きには単に「脂肪酸
で表面処理した水酸化マグネシウム」と記載されているだけであって、スラリー状
に調整していることについては何ら記載されていない。したがって、水酸化マグネ
シウムを主成分とする天然鉱物を原料としている本件発明においては、その表面処
理が乾式法により行われていることは明らかである。
しかるに、決定は、本件発明の「表面処理」の意義を誤り、引用例1(甲3)記
載の発明と本件発明との一致点・相違点の認定に当たり、表面処理につき、「湿
式」か「乾式」かの違いを全く考慮しなかった。そして、表面処理の方式が本件発
明では乾式処理であるのに対し、引用例1記載の発明では湿式処理であるにもかか
わらず、それを相違点として挙げておらず、その相違点について検討していない。
また、本件発明の効果についても、表面処理の方式の違いに関して検討していな
い。
以上のように、決定は、本件発明の要旨認定を誤ったものであるから、取り消さ
れるべきである。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)
(1) 第1点(「表面処理」についての判断の誤り)
決定は、本件発明の「表面処理」につき、「湿式」によるか「乾式」によるかの
根本的な相違について全く検討せず、両者を区別しない「表面処理」を前提として
本件発明が当業者の容易に推考し得たものであると判断しているから、その判断は
誤りである。
(2) 第2点(引用例1と引用例2の組み合わせを阻害する要因の看過)
引用例2(甲4)には、「天然産ブルーサイトは発達した結晶構造を有するとし
ても、これを粒度調整のため粉砕すると、折角の結晶構造が破壊されることが予想
される。」(甲4の3頁右上欄)との記載がある。
一方、甲第5号証(Industrial Minerals May 1991)には、天然産の水酸化マグネ
シウムは純度や製造上の問題を損ね、合成材料が難燃剤として最適である旨の記載
がある(42頁左欄)。
これらの記載からすれば、当業者は、純度などの点を考えれば難燃剤として用い
るには天然よりも合成の方が好ましく、かつ、天然産に関しては「ブルーサイトを
空気中で摩砕」しても結晶構造が破壊され、難燃剤として用いても十分な性能が得
られるはずがないとの認識を持っていたと解される。
これらのことは、各刊行物の記載を本願発明に結びつけることを妨げる事情に相
当するのに、決定は、本件発明が引用例1、2(甲3、4)に記載された発明に基
づいて当業者が容易に発明をすることができたものとする誤った判断をしたもので
ある。
(3) 第3点(本件発明の効果の看過)
甲第7号証の実験成績書により明らかなように、本件発明は天然の水酸化マグネ
シウムを用いて所定の表面処理剤で乾式にて表面処理を施し、適量をプラスチック
やゴムに配合することで、吸湿程度が少なく、高い電気特性を有する、という格別
の効果を奏するものである。決定は、このような格別な効果を看過した結果、本件
発明は引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたものであるとする誤った判断をしたものである。
(4) 以上のとおり、決定は、本件発明の進歩性の判断を誤ったものであり、
取り消されるべきである。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(本件発明の要旨認定の誤り)に対して
原告は、本件明細書の表1の注書きを根拠として、本件発明における「表面処
理」は、「乾式」によるもので、「湿式」によるものではないから、決定における
本件発明の要旨認定が誤りであると主張する。しかし、決定は、本件発明の要旨を
特許請求の範囲の記載どおりに認定したものであり、その認定に誤りはない。特許
発明の要旨の認定は、特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてな
されるべきであり、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して文言の意味を限定
解釈することは、本来許されない。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)に対して
(1) 第1点に対して
原告は、本件発明の「表面処理」を乾式処理に限定した上で主張をしているが、
その主張は前提において既に失当である。
(2) 第2点に対して
本件発明の出願時においては、引用例1(甲3)の難燃化剤として使用する水酸
化マグネシウムとして、当業者は通常、高純度鉱脈から得られる天然資源材料、耐
火物品位の酸化マグネシウムを製造するプロセスによって海水から得られる材料、
及び合成水酸化マグネシウムのいずれをも想起するのであり、天然鉱物の利用を妨
げる事情は何ら存在しない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明の要旨認定の誤り)について
(1) 本件発明は、特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりのものと認
められるところ、請求項1には、本件発明に係る難燃性組成物に添加される表面処
理材が、「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し、脂肪酸、シラン
カップリング剤、チタネートカップリング剤より選ばれた少くとも1種を主成分と
する表面処理剤で表面処理を施した後」のものであることが記載されている。
そして、本件発明の出願時には、原告の主張するように、当該表面処理方法とし
て「乾式方法」と「湿式方法」があることが知られていたことが認められる(甲
6、「無機粉体の表面改質と応用技術」52頁)。
(2) 原告は、本件明細書(甲2)の2頁【表1】(注)に、本件発明の実施
例で使用される水酸化マグネシウムとして、「C:天然鉱物(ブルーサイト)を原
料として脂肪酸で表面処理した水酸化マグネシウム、D:同上をシランカップリン
グ剤で処理した水酸化マグネシウム、F:同上をチタネートカップリング剤で処理
した水酸化マグネシウム」が記載されていることを根拠として、本件明細書におい
ては、単に「脂肪酸で表面処理した水酸化マグネシウム」と記載されているだけ
で、スラリー状に調整していることについては記載されていないから、その表面処
理が乾式により行われていることは明らかであり、決定が本件発明の要旨認定にお
いて、「表面処理」を乾式による処理と認定することなく、引用発明と対比したこ
とは誤りであると主張する。
しかし、表面処理方法として乾式と湿式があることが本件出願前に知られていた
ことは前述のとおりであるから、特に限定を付することなく「表面処理」というと
きには、乾式と湿式の両者が含まれることは明らかである。そして、本件の特許請
求の範囲には、「表面処理」の方法を一方に限定する記載は存在せず、「表面処
理」を乾式処理に限定して解すべきとする特段の事情も認められない。
なお、本件明細書の【表1】の注には、原告主張のとおり、単に「脂肪酸で表面
処理した水酸化マグネシウム」と記載されているが、この記載は処理剤が脂肪酸で
あることをいうものであり、処理形態(湿式か乾式か)を特定しているものとは認
められない。したがって、この注書きにスラリーの調整について記載がないことの
みをもって、これが直ちに乾式処理のみを意味するものと解することもできない。
(3) よって、原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について
(1) 第1点(「表面処理」についての判断の誤り)について
原告は、決定が、本件発明の表面処理が湿式によるものか乾式によるものかの検
討をすることなく、容易推考性を判断した点を誤りであると主張するが、本件発明
における「表面処理」が乾式処理に限定されるものでないことは前示のとおりであ
るから、上記主張は、その前提を欠くものであって、失当である。
(2) 第2点(引用例1と引用例2の組み合わせを阻害する要因の看過)につ
いて
原告は、引用例2(甲4)に、「天然産ブルーライトは・・・粉砕すると結晶構
造が破壊される」旨の記載(3頁右上欄8行~11行)があることが引用例1と引
用例2の組み合わせを阻害する要因となる、と主張する。しかし、結晶構造の破壊
に関しては、上記文章に続けて、「しかるに、本発明に従い、天然産ブルーサイト
を湿式粉砕すると、このブルーサイトの結晶化度や格子歪係数を実質上変化させる
ことなしに前述した粒度に粒度調整することが可能なるものである。」(3頁右上
欄11~15行)と記載され、結晶構造の破壊を防ぐ手段が示されている。
また、甲第5号証(Industrial Minerals May 1991、42頁左欄8行~22行)
には、「過去において不純物及びコストの問題が水酸化マグネシウムへの興味を制
限していたが、水酸化マグネシウムは、約300℃の分解温度を有し、ATHより
熱的に安定である。そのため、水酸化アルミニウムの分解温度以上の溶融処理温度
のポリマーにはこれが使用されている。・・・中略・・・ 水酸化マグネシウムに
は、主として3つのタイプのものが利用されている。すなわち、種々の高純度鉱脈
から得られる天然資源材料、耐火物品位の酸化マグネシウムを製造するプロセスに
よって海水から得られる材料、及び合成水酸化マグネシウムである。天然のものと
海水から得られる物は、純度や製造上の問題を損ねる。これに対し合成のものは難
燃剤として最適である。・・」(引用は抄訳文による。)と記載されており、水酸
化マグネシウムは純度やコストの面で問題があっても、水酸化アルミニウムの使用
ができないポリマーには使用されていたし、高純度鉱脈由来のものや精製プロセス
を経た海水由来のものも利用されていることが明記されている。上記引用文中、
「天然のものと海水から得られるものは、純度や製造上の問題を損ねる。これに対
し合成のものは難燃剤として最適である」との部分は、天然物、海水由来の物の問
題を指摘し、合成の物の優位性を述べてはいるが、文脈全体から見れば、天然、海
水由来のものの利用性を否定したものではない。
したがって、本件発明の出願時においては、引用例1(甲3)の難燃化剤として
使用する水酸化マグネシウムとして、当業者は通常、高純度鉱脈から得られる天然
資源材料、耐火物品位の酸化マグネシウムを製造するプロセスによって海水から得
られる材料、及び合成水酸化マグネシウムのいずれをも想起するということがで
き、天然鉱物の利用を妨げる事情は何ら存在しない。
そして、引用例2(甲4)には水酸化マグネシウム系難燃剤としてブルーサイト
の具体的使用例さえ示されているのであるから、引用例1の水酸化マグネシウムと
して天然鉱物由来のものを使用することは当業者にとって更に容易であるといわざ
るをえない。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
(3) 第3点(本件発明の効果の看過)について
原告は、本件発明の格別な効果を主張するが、その主張は、本件発明の難燃性組
成物に添加される水酸化マグネシウムが乾式による表面処理であることを前提とす
るものであって、その前提において誤っているから、失当である。
(4) よって、原告主張の取消事由2は、理由がない。
3 結論
以上のとおり、原告の主張する取消事由1~2のいずれも理由がなく、他に決定
を取り消すべき瑕疵は認められない。原告の請求は棄却されるべきである。
東京高等裁判所第18民事部
裁判長裁判官 永 井 紀 昭
裁判官 古 城 春 実
裁判官 田 中 昌 利
最新の判決一覧に戻る