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平成13(行ケ)426行政訴訟 特許権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成14年11月7日
事件種別 民事
法令 特許権
特許法113条2号1回
キーワード 刊行物73回
実施5回
進歩性3回
審決3回
無効3回
特許権2回
分割2回
侵害1回
主文
事件の概要

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判決文

平成13年(行ケ)第426号 特許取消決定取消請求事件(平成14年10月2
4日口頭弁論終結)
       判    決
  原   告      矢崎総業株式会社
   訴訟代理人弁護士   秋吉稔弘
   同    弁理士   瀧野秀雄、垣内勇
  被   告      特許庁長官 太田信一郎
指定代理人      和泉等、田中秀夫、高橋泰史、佐藤洋、小林信雄、
林栄二
 
       主    文
 特許庁が異議2000-74571号事件について平成13年8月2日にした決
定を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
       事実及び理由
第1 原告の請求
  主文と同旨
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 (1)原告は、発明の名称を「電気コネクタ」とする特許第3056470号
(平成1年6月27日にした特許出願(特願平1-162627号)の一部を分割
して平成9年4月25日にした特許出願(特願平9-109186号)の一部を、
更に分割して平成10年10月26日に特許出願し、平成12年4月14日に設定
登録された。以下この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
 (2)本件特許の請求項1~3につき特許異議の申立てがあり(異議2000-
74571号)、請求項1~3につき取消理由通知がされ、原告は平成13年6月
19日に訂正請求をした。特許庁は、同年8月2日、「訂正を認める。特許第30
56470号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との異議の決定(以
下、単に「決定」という。)をし、その謄本を同月27日に原告に送達した。
(なお、訂正後の請求項3は訂正前の請求項4に対応し、特許異議の申立ての対象
となっていない。)
 2 特許請求の範囲の記載(訂正後のもの)
【請求項1】コネクタハウジング、端子係止具、前記コネクタハウジングに対する
前記端子係止具の仮ロック手段及び本ロック手段を備え、
 前記コネクタハウジングが、その上壁と下壁の間を水平方向に仕切る一以上の中
間壁と、前記上壁と前記下壁の間を垂直方向に仕切る二以上の隔壁と、これら中間
壁と隔壁によって格子状に仕切られた二段以上の端子収容室と、これら端子収容室
に収容された端子金具を個別に一次係止する複数の第一係止部と、
 前記下壁の前後方向における中間部において前記下壁から全ての前記中間壁及び
最上段を除く全ての前記隔壁を貫通し、最上段の前記端子収容室に連通する一連の
貫通空間とを有し、
 前記端子係止具が、該コネクタハウジングから前記貫通空間として欠如した部分
とほぼ対応する格子状となっており、前記貫通空間に完全挿入されたとき、前記下
壁及び前記中間壁の欠如した部分を補う二以上の水平な蓋体と、前記隔壁の欠如し
た部分を補う二以上の垂直な隔壁板と、全ての前記端子収容室内に一次係止された
前記端子金具に当接し、これら端子金具を二次係止する第二係止部とを有し、
 前記端子係止具の前記第二係止部が、前記蓋体における全ての前記端子収容室に
対応する位置に形成されるとともに、前記端子金具の前記端子収容室への挿入方向
を向く当接面を有し、前記貫通空間に前記端子係止具を完全挿入させたとき、該当
接面が前記端子金具に当接し、
 前記仮ロック手段が、前記貫通空間に途中挿入された前記端子係止具を保持し
て、前記端子収容室への前記端子金具の挿抜を許容し、
 前記本ロック手段が、前記貫通空間に完全挿入された前記端子係止具を保持し、
前記第二係止部による二次係止を維持して前記端子金具の後抜けを阻止する
 ことを特徴とする電気コネクタ。
【請求項2】前記端子係止具の前記第二係止部が、二以上の前記当接面を有し、前
記貫通空間に前記端子係止具を完全挿入させたとき、各当接面が前記端子金具に当
接し、これら端子金具を多重に二次係止する請求項1記載の電気コネクタ。
【請求項3】(記載を省略)
 3 決定の理由の要点
 決定は、別紙決定書の写し(以下「決定書」という。)のとおり、訂正後の請求
項1及び2に係る発明(以下「本件発明1」及び「本件発明2」という。)は、い
ずれも、刊行物1(特開昭64-54677号公報:甲第4号証)及び刊行物2
(欧州特許出願公開第317755号公報:甲第5号証)に記載された発明に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1及び2に
ついての特許は、特許法113条2号に該当し、取り消されるべきものであるとし
た。
第3 原告主張の決定取消事由の要点
 決定は、本件発明1につき、刊行物2に開示された技術内容の認定を誤り本件発
明1との対比においてその認定判断を誤った結果、本件発明1が刊行物1(甲第4
号証)及び刊行物2(甲第5号証)に記載のものに基づいて当業者が容易に発明を
することができたものと誤って認定判断し(取消事由1)、また、本件発明2につ
き、刊行物1及び刊行物2に開示の技術内容の認定を誤った結果本件発明1につき
述べたと同じ理由によって本件発明2は刊行物1及び刊行物2に基づいて当業者が
容易に発明をすることができたものと誤って認定判断した(取消事由2)違法なも
のであるから、取り消されるべきである。
 1 取消事由1(本件発明1:刊行物2の開示内容の誤認に基づく本件発明1と
刊行物1記載の発明との相違点1についての認定判断の誤り)
 (1)決定は、本件発明1と刊行物1に記載の発明とを対比して、本件発明1は
刊行物1に記載の発明と次の点(相違点1);
  「本件発明1は、「①下壁の前後方向における中間部において前記下壁から全
ての中間壁及び最上段を除く全ての隔壁を貫通し、最上段の端子収容室に連通する
一連の貫通空間とを有し、②端子係止具が、コネクタハウジングから前記貫通空間
として欠如した部分とほぼ対応する格子状となっており、前記貫通空間に完全挿入
されたとき、前記下壁及び前記中間壁の欠如した部分を補う二以上の水平な蓋体
と、前記隔壁の欠如した部分を補う二以上の垂直な隔壁板」があるのに対し、
   刊行物1に記載された発明は、複数の貫通孔6が互いに分離して一連になっ
ておらず、また挿入ピン8が格子状ではなく櫛歯状であって二以上の蓋体を有して
いない点。」(番号①、②を付記し、分かち書きして引用)
で相違すると認定している。この相違点の認定は誤りがなく、刊行物1には、本件
発明の構成要件のうち、①「下壁の前後方向における中間部において前記隔壁から
全ての中間壁及び最上段を除く全ての隔壁を貫通し、最上段の端子収容室に連通す
る貫通空間」という点については、何ら記載されていないし、開示するところもな
い。
(2)決定では、本件発明1と刊行物1に記載された発明との上記相違点1につ
いては、刊行物2に記載されていると認定している(決定書8頁26行~32行)
が、誤りである。
 決定では、本件発明1につき、前記(1)で引用したように「下壁の前方向にお
ける中間部において・・・前記隔壁の欠如した部分を補う二以上の垂直な隔壁板」
を一連の文章をもって記載している。
 しかし、①「下壁の前後方向における中間部において前記下壁から全ての中間
壁、及び最上段を除く全ての隔壁を貫通し、最上段の端子収容室に連通する一連の
貫通空間とを有し、」と、②「端子係止具が、コネクタハウジングから前記貫通空
間として欠如した部分とほぼ対応する格子状となっており、前記空間に完全挿入さ
れたとき、前記下壁、及び前記中間壁の欠如した部分を補う二以上の水平な蓋体
と、前記隔壁の欠如した部分を補う二以上の垂直な隔壁板」とに分離して検討する
必要がある。なぜなら①は「コネクタハウジング」(本件特許公報(甲第2号証)
の図2に示すコネクタハウジング10)の構造についての記載であり、②は「端子
係止具」(本件特許公報の図2に示す端子係止具20)の構造についての記載であ
るからである。
 そして、②が端子係止具の構造についての記載であるから、上記したように
「・・・二以上の垂直な隔壁板」で終わることなく、本件発明1の構成要件として
記載されている「・・・二以上の垂直な隔壁板と、全ての前記端子収容室内に一次
係止された前記端子金具に当接し、これら端子金具を二次係止する第二係止部とを
有し、」までも検討の対象としなければならない。
 (3)刊行物2についての決定の認定は、「上記刊行物2には、電気コネクタに
関して、FIG.1~FIG.9とともに以下の事項が記載されている。・・・
「Fig.1ないしFig.5の実施例において、主ハウジング11には凹部14
が設けられ、第2ハウジングを形成するスライダ12が挿入される。この凹部14
は、Fig.4に示されるように、底壁15によって閉鎖され、Fig.4の点線
により示される軸16に沿った通路13を遮る。これにより、通路13は二つの部
分17、18に分離され、カバー板における通路17は主ハウジング11のカバー
板32に形成され、基部板における通路18は基部板33に形成される。カバー板
及び基部板32、33の双方は垂直壁34により連結されて、凹部14を囲む。主
ハウジング11及びスライダ12は出射成形により絶縁性プラスチックで形成され
る。垂直壁34は、全体の一部として形成される部分35、36をその外側に有
し、図示されていない取付ユニット内にハウジング11、12を配置する機能を果
たす。」」というものである(決定書7頁3行~15行)。
 しかし、刊行物2には、本件発明1の前記①「下壁の前後方向における中間部に
おいて前記下壁から全ての中間壁、及び最上段を除く全ての隔壁を貫通し、最上段
の端子収容室に連通する一連の貫通空間とを有し、」の構成、とりわけ、貫通空間
が下壁の前後方向における中間部において「最上段の隔壁を残す」ように形成され
た点に関しては全く開示されていない。
 特に、本件発明1は、前記①の構成を有することによって「コネクタハウジング
と端子係止具の構造的重複をなくすことができる。また、このような構造的重複の
排除により、端子係止具をコネクタハウジングより一段少なくすることができる。
この結果、コネクタハウジングと端子係止具の材料の有効利用と小型化を図ること
ができる。」(本件明細書(甲第3号証の2)の段落【0027】)及び「コネク
タハウジングと端子係止具の構造的重複を極力排除することにより、材料の有効利
用と小型化を図ることができ」(同【0073】)るという、刊行物2に記載され
た発明にはない作用効果を有するものである。
 (4)被告は、刊行物2には、貫通空間が下壁の前後方向における中間部におい
て「最上段の隔壁を残す」ように形成された点までは記載されていないとし、記載
されていると認定した決定の認定判断に事実誤認があったことを認めている。
 そのうえで被告は、貫通空間を「最上段の隔壁を残す」ように形成することは周
知慣用技術であり、たとえ、この点が刊行物2に記載されていないとしても、かか
る周知慣用技術を採用することは単なる設計的事項にすぎないものであると主張し
て、実願昭62-153989号(実開平1-60474号)のマイクロフィルム
(乙第1号証)及び特開昭64-54678号公報(乙第2号証)を提出してい
る。
 しかし、このように、異議手続の段階で何ら示されておらず審理の対象にもなら
なかった公知例なるもの(乙第1、第2号証)を取消訴訟に至って初めて提出する
ことは、上記被告主張ないし乙第1、2号証につき当事者の前審判断経由の利益を
侵害することになるから、新しい公知例なるものを提出して周知技術であると主張
することは認められないものである(最高裁判所昭和51年3月10日大法廷判決
(昭和42年(行ツ)第28号)、東京高等裁判所昭和62年1月20日判決(昭
和57年(行ケ)第13号))。
 のみならず、乙第1号証及び乙第2号証の明細書及び図面のどこにも「最上段の
隔壁を残す」という記載が認められないことは同各号証の記載から明らかであるの
で、同各号証によって周知慣用技術であるとする被告の主張もまた事実誤認であっ
て誤りである。
 (5)さらに、決定(7頁)が刊行物2の記載として指摘する「スライダ12は
多数の通路19からなり、これらは通路13の配置に合わせて配置される。通路
は、その中に挿入されるFig.3aおよびFig.3bの接触部材20の位置決
めの作用をなす。この目的のため、ハウジング11、12がFig.4に図示され
るように互いに位置決めされるまで、スライダ12がFig.1の挿入矢印37の
方向に挿入される。これはスライダ12の中間位置を示している。この中間位置
は、スライダ12および主ハウジング11間のラッチ手段により決定される。」
(甲第5号証5欄12行~25行)には、本件発明1の構成要件である「端子係止
具の第二係止部」についての構成は全く開示されていない。
 決定は、刊行物2について「FIG.5の弾性片24、及び肩部55を見れば、
弾性片24が一次係止を意味し、肩部55がスライダ12の動きから見て二次係止
を意味するものと認められるから、二次係止する機能はないとすることはできな
い」(9頁17行~20行)と認定している。
 しかし、刊行物2におけるFIG.5の「肩部55」は主ハウジング11に形成
されているものであって、本件発明1の端子係止具に相当すると認定されているス
ライダ12には形成されていないのである。
 (6)したがって、本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点1に係る構成が
刊行物2に記載されているとした決定の認定は、刊行物2に開示されている技術内
容を誤認した結果であり、誤りである。
 また、「端子係止具の第二係止部」が刊行物2のFIG.5に記載されている、
とした決定の認定は、刊行物2のFIG.5に記載されている内容を誤認した結果
であり、誤りである。
 2 取消事由2(本件発明2:想到容易性についての認定判断の誤り)
 決定は、本件発明2につき、次のとおり述べている。すなわち、「本件発明2
は、本件発明1に「前記端子係止具の前記第二係止部が、二以上の前記当接面を有
し、前記貫通空間に前記端子係止具を完全挿入させたとき、各当接面が前記端子金
具に当接し、これら端子金具を多重に二次係止する」ことを追加して挿入するもの
であるが、当接面が端子金具に当接し、これらの端子金具を多重に二次係止する程
度のことは、設計的事項であり、当業者であれば容易に想到することと認められ、
本件発明1の欄で述べたのと同じ理由により、本件発明2は、刊行物1、2に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって、本件発明2
は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。」としている(決
定書9頁28行~10頁1行)。
 しかしながら、本件発明2である請求項2は請求項1に従属する請求項であっ
て、請求項1記載の第二係止部が、新規な係止手段であると共に、それをさらに二
以上の当接面を有し、貫通空間に端子係止具を完全挿入させたとき、各当接面が端
子金具に当接し、これら端子金具を多重に二次係止する構成としてあるので、実施
例に示すように「端子係止具20の第二係止部25が、三つの当接面25a,25
b,25bを有するので、各端子収容室11A,11Bに収容された端子金具30
を二ヶ所以上で多重係止することができ、より確実に該端子金具の後抜けを防止す
ることができる。」(本件特許明細書(甲第3号証の2)の段落【0070】)と
いうすぐれた作用効果があり、コネクタとしての信頼性を高めたもので、発明とし
ての進歩性がある。したがって、「設計的事項であり、当業者であれば容易に想到
することと認められ」とした決定の認定は誤りである。
第4 被告の反論の要点
 1 取消事由1に対して(本件発明1)
 (1)原告は、決定が認定した相違点1は、①「下壁の前後方向における中間部
において前記下壁から全ての中間壁及び最上段を除く全ての隔壁を貫通し、最上段
の端子収容室に連通する一連の貫通空間とを有し、」と、②「端子係止具が、コネ
クタハウジングから前記貫通空間として欠如した部分とほぼ対応する格子状となっ
ており、前記貫通空間に完全挿入されたとき、前記下壁及び前記中間壁の欠如した
部分を補う二以上の水平な蓋体と、前記隔壁の欠如した部分を補う二以上の垂直な
隔壁板」とに分離して検討する必要がある旨主張する。
 しかし、相違点1は、コネクタハウジングとそれに挿入する端子係止具の関係に
係るものであるから、それらは互いに関係し合った一体のものとして、対応する個
所で相違点として取り上げても何ら不都合はない。
  (2) 原告が挙げたコネクタハウジングの構造に関わる構成(①)に関し
て、「その上壁と下壁の間を水平方向に仕切る一以上の中間壁と、前記上壁と前記
下壁の間を垂直方向に仕切る二以上の隔壁と、これら中間壁と隔壁によって格子状
に仕切られた二段以上の端子収容室と、これら端子収容室に収容された端子金具を
個別に一次係止する複数の第一係止部」の点は、決定書中で、本件発明1と刊行物
1に記載された発明との一致点に挙げている部分であり(決定書7頁34行~37
行参照)、刊行物2との関係を検討する必要のない部分である。
 そして、「前記下壁の前後方向における中間部において前記下壁から全ての前記
中間壁及び最上段を除く全ての前記隔壁を貫通し、最上段の前記端子収容室に連通
する一連の貫通空間とを有し」た点が、決定書の相違点1に含まれる部分であり
(決定書8頁9行~11行参照)、刊行物2の記載内容と関連する部分である。
  (3)刊行物2の原告訳文を参照しながら検討すると、刊行物2のFIG.1
の「ハウジング-カバープレート32」、「ハウジング-ベースプレート33」の
引き出し線の指す部分は本件発明1の「下壁」に相当し、刊行物2のFIG.4、
Fig.5には、(貫通空間が)「中間壁を貫通し」たものが図示され、かつ、刊
行物2のFIG.4の「隔壁15」は、本件発明1の「最上段の」(上壁)に相当
するものと認められるから、刊行物2には、「前記下壁の前後方向における中間部
において前記下壁から全ての前記中間壁及び全ての前記隔壁を貫通し、最上段の前
記端子収容室に連通する一連の貫通空間とを有し」た点が記載されているといえ
る。
 そうすると、結局、原告の上記構成①に関する主張の要点は、貫通する隔壁の対
象が「最上段を除く」としている点、即ち、最上段の隔壁を残す点が、刊行物2に
は記載がなく、これを示唆するものもないということに尽きる。
 確かに、刊行物2には、貫通空間が下壁の前後方向における中間部において「最
上段の隔壁を残す」ように形成された点までは記載されていない。
 しかしながら、このようなコネクタの技術分野において、貫通空間を「最上段の
隔壁を残す」ように形成することは周知慣用技術であり(乙第1、第2号証参
照)、たとえ、この点が刊行物2に記載されていないとしても、かかる周知慣用技
術を採用することは、単なる設計的事項にすぎないものである。
 原告は、本件異議の手続の段階で何ら示されていない、また審理の対象にもなっ
ていない公知例なるものを取消訴訟に至って初めて提出することは認められないと
主張するが、原告の引用している最高裁判所昭和51年3月10日言渡の大法廷判
決は、「特定の公知事実との対比における無効の主張と、他の公知事実との対比に
おける無効の主張とは、それぞれ別個の理由をなすものと解さなければならない。
以上の次第であるから、審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理
判断されなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこ
れを適法とする理由として主張することができないものといわなければならな
い。」と判示したものであり、本件とは事例が異なるものである。
 すなわち、決定は、「本件発明1及び2は、刊行物1及び刊行物2に記載された
ものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」との取消理由
を根拠とするものであり、被告は本件決定取消訴訟において、特定の公知事実(刊
行物1及び2)との対比における上記取消理由に替えて、他の公知事実との対比に
おける別の取消理由を主張しようとしているものではない。
 さらにいえば、本件発明1及び2と刊行物1に記載されたものとの間の相違点に
関し、該相違点の一部については、刊行物2に記載の技術事項のみで補完されない
ことは認めるが、この「相違点の一部」は、コネクタ技術分野における周知慣用の
技術にすぎないものであるから、結局、「本件発明は、刊行物1及び刊行物2に記
載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」との
取消理由を実質的に変更するものではない。
 そして、乙第1、第2号証は、上記「相違点の一部」が、単に「コネクタ技術分
野における周知慣用の技術」にすぎないことを明らかにするために提出したもので
あり、他の公知事実との対比における別の取消理由を主張しようとしているもので
はない。
 したがって、上記最高裁判決は、本件決定取消訴訟に当てはまらないものであ
る。
 次に、原告の引用している昭和62年1月20日東京高等裁判所第18民事部判
決については、「被告は、本訴においてセラミック酸化物の成形体はその粒子が小
さいほど耐摩耗性がよいことは周知である旨主張し、第4引用例のほかに、乙第1
号証及び第2号証を挙示するが、本件審決は、この点については、公知例として、
第4引用例にその趣旨の記載がある旨説示しており(第4引用例に右趣旨の記載が
あるものと認められないことは、前段認定説示のとおりである。)、この点が周知
であるとしたものではないから、本訴において右事項を新たに周知事項として主張
し、その立証として、右乙号各証を提出することは許されないものというべきであ
る。」と判示したものであり、本件決定取消訴訟の場合とは事例が異なるものであ
る。
 すなわち、本件決定取消訴訟の場合、本件発明1及び2と刊行物1に記載された
ものとの間の相違点の主要部は、刊行物2に記載の技術事項で補い得るものであ
り、上記相違点の残りの部分については、単なる周知慣用の技術にすぎないとし
て、乙第1、2号証を提出したものであり、上記刊行物1と同等のものあるいはそ
れに代わるものとして上記乙号証を提出しているのではない。
 したがって、上記高裁判決は、本件決定取消訴訟に当てはまらないものである。
 (4) 原告は、乙第1号証及び乙第2号証の明細書及び図面のどこにも「最上
段の隔壁を残す」という記載は認められないこと、同各号証の記載から明らかであ
るので、同各号証によって周知慣用技術であるとする被告の主張もまた事実誤認で
あって誤りであると主張している。
 しかしながら、乙第1号証(実願昭62-153989号(実開平1-6047
4号のマイクロフィルム)には、コネクタにおいて「最上段を除く」隔壁を切欠く
技術が記載されている。また、乙第2号証(特開昭64-54678号公報)にも
乙第1号証と同様の技術が記載されている。
 したがって、「最上段を除く」隔壁を切欠く技術は、本件発明1、2の出願時周
知慣用の技術であったと認められるものである。
 (5) 原告は、刊行物2には、本件発明1の構成要件である「端子係止具の第
二係止部」についての構成は全く開示されておらず、刊行物2におけるFIG.5
の「肩部55」は主ハウジング11に形成されるものであって、本件発明1の端子
係止具に相当すると認定されているスライダ12には形成されていない旨主張す
る。
 確かに刊行物2には、第二係止部は、記載されていない。
 しかしながら、第二係止部は、既に刊行物1に記載されており、決定において
は、刊行物2の「肩部55がスライダ12の動きからみて二次係止を意味するも
の」と認定しており、刊行物2に記載された構成は全く同一ではないが、二次係止
の作用する部分を有するものである。それゆえ、「スライダ12は、二次係止する
機能はないと主張するが、Fig.5の弾性片24、及び肩部55を見れば、弾性
片24が一次係止を意味し、肩部55がスライダ12の動きからみて二次係止を意
味するものと認められるから、二次係止する機能はないとすることはできないの
で、特許権者の主張は認められない。」(決定書9頁17行~21行)とした決定
の結論に誤りはない。
 2 取消事由2に対して(本件発明2)
 原告は、請求項1記載の第二係止部が、新規な係止手段であると共に、それをさ
らに二以上の当接面を有し、貫通空間に端子係止具を完全挿入させたとき、各当接
面が端子金具に当接し、これら端子金具を多重に二次係止する構成としてあるの
で、実施例に示すように「端子係止具20の第二係止部25が、三つの当接面25
a、25b、25bを有するので、各端子収容室11A、11Bに収容された端子
金具30を二ヶ所以上で多重係止することができ、より確実に該端子金具の後抜け
を防止することができる。」というすぐれた作用効果があり、コネクタとして信頼
性を高めたもので、発明として進歩性が認められ、したがって「設計的事項であ
り、当業者であれば容易に想到することと認められ」とした認定は誤りである旨主
張する。
 しかし、第二係止部は刊行物1に記載されており、格別新規な係止手段ではな
い。
 すなわち、二次係止の係止部を複数個設けることは、刊行物1でも行われてお
り、本件発明2のようなコネクタにおいて、「端子金具を多重に二次係止する」こ
とは、係止部の強度、信頼性等の観点から当業者が適宜実施し得る設計的事項であ
る。
 なお、原告は、実施例に示すように「端子係止具20の第二係止部25が、三つ
の当接面25a,25b,25bを有するので、各端子収容室11A,11Bに収
容された端子金具30を二ヶ所以上で多重係止することができ、より確実に該端子
金具の後抜けを防止することができる。」というすぐれた作用効果がある、と主張
しているが、特許請求の範囲の請求項2の「前記端子係止具の前記第二係止部が、
二以上の前記当接面を有し、前記貫通空間に前記端子係止具を完全挿入させたと
き、各当接面が前記端子金具に当接し、これら端子金具を多重に二次係止する請求
項1記載の電気コネクタ。」の記載からみて、「三つの当接面25a,25b,2
5b」は、特許請求の範囲に基づかない主張であるから、失当である。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1について(本件発明1)
 (1)原告は、決定が、本件発明と刊行物1記載の発明との相違点1:
  「本件発明1は、「下壁の前後方向における中間部において前記下壁から全て
の中間壁及び最上段を除く全ての隔壁を貫通し、最上段の端子収容室に連通する一
連の貫通空間とを有し、端子係止具が、コネクタハウジングから前記貫通空間とし
て欠如した部分とほぼ対応する格子状となっており、前記貫通空間に完全挿入され
たとき、前記下壁及び前記中間壁の欠如した部分を補う二以上の水平な蓋体と、前
記隔壁の欠如した部分を補う二以上の垂直な隔壁板」があるのに対し、刊行物1に
記載された発明は、複数の貫通孔6が互いに分離して一連になっておらず、また挿
入ピン8が格子状ではなく櫛歯状であって二以上の蓋体を有していない点。」(決
定書8頁9行~17行)
に関し、
  「上記相違点1について、「下壁の前後方向における中間部において前記下壁
から全ての中間壁及び最上段を除く全ての隔壁を貫通し、最上段の端子収容室に連
通する一連の貫通空間とを有し、端子係止具が、コネクタハウジングから前記貫通
空間として欠如した部分とほぼ対応する格子状となっており、前記貫通空間に完全
挿入されたとき、前記下壁及び前記中間壁の欠如した部分を補う二以上の水平な蓋
体と、前記隔壁の欠如した部分を補う二以上の垂直な隔壁板」がある点は刊行物2
に記載されており、」(決定書8頁26行~32行)
とした点につき、刊行物2には、本件発明1の「下壁の前後方向における中間部に
おいて前記下壁から全ての中間壁、及び最上段を除く全ての隔壁を貫通し、最上段
の端子収容室に連通する一連の貫通空間とを有し、」については全く開示されてお
らず、決定の上記認定判断は誤りであると主張する。
 (2)被告は、刊行物2には貫通空間が下壁の前後方向における中間部において
「最上段の隔壁を残す」ように形成された点までは記載されていないことを認めて
いる。
 そうすると、刊行物2に「下壁の前後方向における中間部において前記下壁から
全ての中間壁及び最上段を除く全ての隔壁を貫通し、最上段の端子収容室に連通す
る一連の貫通空間」の記載がないことについて争いはなく、決定における上記認定
「・・・がある点は刊行物2に記載されており」(決定書8頁26行~32行)
は、誤りであるということができる。
 (3)被告は、乙第1号証(実願昭62-153989号(実開昭1-6047
4号)のマイクロフィルム)及び乙第2号証(特開昭64-54678号公報)を
引用し、コネクタの技術分野において、貫通空間を「最上段の隔壁を残す」ように
形成することは周知慣用技術であるから、たとえ、この点が刊行物2に記載されて
いないとしても、かかる周知慣用技術を採用することは、単なる設計的事項にすぎ
ないものであると主張する。
 そこで検討するに、乙第1号証には、「スペーサ1は連結板2によって、合成樹
脂の成型により長尺物(櫛歯状)に一体に形成され、たとえばリール状あるいは定
尺状に成型して使用するのが好適である。スペーサ1は板状であり、両側面に接触
端子10の電気接触部101 に立設したスタビライザ10aと係合する係止突起4
が設けられている。また、連結板2には各スペーサ1に対応して、絶縁ハウジング
5のロック部材9と係合するロック片3が突設され、さらにスペーサ1の前記ロッ
ク片3と反対側の端面に仮ロック片3’が設けられている。絶縁ハウジング5は、
実線および一点鎖線で示されるように上下各4個(5個)の収容室6を有する8極
(10極)のハウジングとして形成され、各収容室6の前端開口部には接触端子1
0の前抜けを防止する突壁6aが設けられ、底壁には接触端子10の電気接触部1
01 における係止孔10bに係止する可撓性係止腕6bが設けられて、該係止腕6
bと係止孔10bが収容室6と接触端子10間の係止手段を構成している。また、
絶縁ハウジング5の外周壁5aには収容室6を横切る方向に凹部7が設けられ、そ
の底部に隣接する収容室6、6の間の隔壁6dを切欠くように貫通孔8が設けられ
ると共に、該貫通孔8に臨んで凹部7の後壁からL字型のロック部9が突設されて
いる。このロック部9と前記連結板2のロック片3とが、スペーサ1と収容室6と
の保持手段を構成している。」(5頁1行~6頁8行)との記載と共に第1図ない
し第3図が示されており、これによれば、連結板2のスペーサ1は係止突起4を上
下に2つ備えており、スペーサ1は下側の係止突起4からその下方に延びておら
ず、また、収容室6、6の間の隔壁6dを切欠くように貫通孔8が設けられている
ことが認められる。
 しかしながら、乙第1号証の他の箇所を更に参照すると、「次いで、スペーサ1
の連結板2を強圧して更に押し込むと、スペーサ側面の係止突起4が収容室6内に
突入し」(7頁16行~18行)との記載から、第3図では係止突起4の先端は収
容室6、6間の仕切壁6cを越え、下方の収容室6内に突入していることが認めら
れる。
 これによれば、乙第1号証記載のものにおいてスペーサ1が下方側の収容室6の
上部で止まっているということはできず、下方側の収容室6、6の間の隔壁、すな
わち最上段の隔壁が当然残っているということもできないから、乙第1号証にコネ
クタにおいて「最上段を除く」隔壁を切欠く技術が記載されているということはで
きない。
 また、乙第2号証に記載のものも乙第1号証と同様であり、コネクタにおいて
「最上段を除く」隔壁を切欠く技術が記載されているということはできない。
 そうすると、コネクタの技術分野において貫通空間を「最上段の隔壁を残す」よ
うに形成することは周知慣用技術であるとの被告の主張には十分な根拠が認められ
ないというべきである。
 (4)以上によれば、決定における刊行物2記載の発明の認定に誤りがあること
について争いはなく、貫通空間を「最上段の隔壁を残す」ように形成することが周
知慣用技術であるとの被告の主張にも根拠があるとは認め難い。
 そして、本件発明1は、この点により、「【0027】このような構成によれ
ば、貫通空間としてコネクタハウジングから欠如した部分と、該貫通空間に挿入さ
れる端子係止具とをほぼ同じ構造としてあるので、これらコネクタハウジングと端
子係止具の構造的重複をなくすことができる。また、このような構造的重複の排除
により、端子係止具をコネクタハウジングより一段少なくすることができる。この
結果、コネクタハウジングと端子係止具の材料の有効利用と小型化を図ることがで
きる。」及び「【0073】以上のように、本発明の電気コネクタによれば、コネ
クタハウジングと端子係止具の構造的重複を極力排除することにより、材料の有効
利用と小型化を図ることができ、また、端子係止具の構成の簡単化と格子形状によ
り強度の向上等を図ることができる。」との本件明細書(甲第3号証の2)記載の
作用、効果を奏するものということができる。
 したがって、決定は、刊行物2記載の発明の認定を誤り、その結果、本件発明1
と刊行物1記載の発明との相違点1についての判断を誤り、本件発明1の進歩性の
判断を誤ったものというべきである。
 よって、本件発明1についての原告主張の取消事由1は理由がある。
 2 取消事由2について(本件発明2)
 決定は、本件発明2につき、「本件発明2は、本件発明1に「前記端子係止具の
前記第二係止部が、二以上の前記当接面を有し、前記貫通空間に前記端子係止具を
完全挿入させたとき、各当接面が前記端子金具に当接し、これら端子金具を多重に
二次係止する」ことを追加して挿入するものであるが、当接面が端子金具に当接
し、これらの端子金具を多重に二次係止する程度のことは、設計的事項であり、当
業者であれば容易に想到することと認められ、本件発明1の欄で述べたのと同じ理
由により、本件発明2は、刊行物1、2に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものである。」(決定書9頁28行~35行)としているところ、前記第
2の2のとおり、訂正後の請求項2は請求項1を引用するものである。
 そうすると、請求項1に係る発明(本件発明1)の想到容易性についての決定の
判断に誤りがあることは上記1のとおりであるから、請求項2に係る発明(本件発
明2)の想到容易性についての決定の判断にも同様に誤りがあるというべきであ
る。
 よって、本件発明2についての原告主張の取消事由2は理由がある。
 3 まとめ
 以上のとおり、原告の主張する取消事由1及び2は理由があり、この誤りが決定
の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、決定は取消しを免れない。
東京高等裁判所第18民事部
       裁判長裁判官    永   井   紀   昭
          裁判官    塩   月   秀   平
裁判官    古   城   春   実

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