平成12(行ケ)380行政訴訟 特許権
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成14年10月8日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回 特許法29条1項2号1回 民事訴訟法61条1回 特許法29条1項1回
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キーワード |
審決48回 実施11回 進歩性9回 刊行物3回 無効2回 特許権1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成12年(行ケ)第380号 審決取消請求事件
平成14年9月24日口頭弁論終結
判 決
原 告 杉本基礎株式会社
原 告 有限会社柳工務店
原 告 国崎産業株式会社
原告ら訴訟代理人弁護士 鈴 木 正 勇
同 濱 田 俊 郎
同 阪 本 智 宏
原告ら訴訟代理人弁理士 榎 本 一 郎
被 告 株式会社日進企業
訴訟代理人弁理士 中 前 富士男
主 文
特許庁が平成9年審判第19988号事件について平成12年8月22
日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
主文と同旨
2 被告
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「コンクリート深礎杭の構築方法」とする特許第25
83830号(平成6年6月17日出願(以下「本件出願」という。)。平成8年
11月21日登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告らは,平成9年11月19日,本件特許を請求項1,2のいずれに関し
ても無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,この請求を平成9年審判
第19988号事件として審理し,その結果,平成12年8月22日に,「本件審
判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年9月11日にその謄本を原告ら
に送達した。
2 審決の理由の要点
別紙審決書の写し記載のとおりである。要するに,①本件特許の請求項1及
び2に係る発明は,原告杉本基礎株式会社(以下「原告杉本基礎」という。)が,
本件特許の出願前の平成2年3月7日から同月13日にかけて,建造物マンション
名「ロイヤル通谷」で実施した深礎式場所打杭基礎工事(以下「ロイヤル通谷工
事」という。)において,工事日誌写し(審判甲第3号証,本訴甲第5号証)の5
/6頁の下段に示された丸の杭(以下「杭A」という。)について実施した方法と
同じ方法である,とすることはできないから,特許法29条1項2号に該当しな
い,②本件特許の請求項1に係る発明は,原告杉本基礎が上記ロイヤル通谷工事に
おいて杭A及び上記工事日誌写しの5/6頁の上段に示された3本の丸の杭(以
下,まとめて「杭B」という。)について実施した方法と,同原告が,平成4年3
月に実施した高峰マンション新築工事,平成元年7月に実施した小倉西高校複合施
設増築建築工事及び平成5年6月に実施したメゾンモンブラン竹末新築工事におい
て行われた杭工事と,本件特許出願前の周知の技術的事項とから当業者が容易に発
明をすることができたものであるとすることはできないから,特許法29条2項に
該当しない,③本件特許の請求項2は,本件特許の請求項1の構成要件を更に限定
したものであるから,本件特許の請求項1の発明が容易に発明をすることができな
いものである以上,同じ証拠に基づいて容易に発明をすることができたものとする
ことはできないから,特許法29条2項に該当しない,として,請求人ら(原告
ら)主張の無効事由をすべて排斥したものである。
3 本件特許の特許請求の範囲
「【請求項1】 予め隙間を有して配置された複数のリング部材の全外周に複数
の長尺板材が固定されている第1の井枠を作り,該第1の井枠を略垂直に掘削され
た1段目の構築穴に垂直配置し,その外側を埋め戻しする第1の工程と,前記第1
の井枠内に作業者が入って前記1段目の構築穴の底部を掘削し,掘削した土をバケ
ットと地表面に設けられた昇降手段により外部に取り出して,前記第1の井枠の内
径と略同じ径で,下方に一定深さ掘削して2段目の構築穴の一部を形成する第2の
工程と,前記2段目の構築穴の一部に,昇降手段により第2の井枠用の複数のリン
グ部材及び複数の長尺板材を降ろし,前記第1の井枠の内側下部に一部重合させて
前記昇降手段によって降ろした複数の長尺板材を敷き詰め,その後,該敷き詰めた
複数の長尺板材の内側に前記昇降手段によって降ろした複数のリング部材を配置し
て第2の井枠を組み立てる第3の工程と,前記2段目の構築穴の残りを掘削し,掘
削した土を前記バケットと前記昇降手段により取り出しながら,前記第1の井枠の
下端部と前記第2の井枠の上端が少しの長さ重合する位置まで下げる第4の工程
と,前記第2~第4の工程を繰り返して一部重合した複数の井枠からなる所定長の
土留側壁を形成する第5の工程と,前記土留側壁の内側に配筋してコンクリートを
打設する第6の工程とを有してなることを特徴とするコンクリート深礎杭の構築方
法。」(以下「本件発明1」という。)
「【請求項2】 前記長尺板材は木材からなって,前記リング部材はリング状に
曲げられ先部が一部重合する鉄筋材からなる請求項1記載のコンクリート深礎杭の
構築方法。」(以下「本件発明2」という。)
第3 原告ら主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「1.」(審決書2頁4行~11行),「2.請求人の請求
の理由の概要」(2頁12行~3頁7行),「3.被請求人の主張の概要」(審決
書3頁8行~28行)は認める。「4.請求の理由についての検討」(審決書3頁
29行~12頁11行)のうち,「4-1 本件特許発明の認定」,「4-2 証
拠」は認める。「4-3 特許法29条1項第2号に該当するとの主張について」
のうち,(1),(2)は認める。(3)のうち,(3-1)は認める。(3-
2)のうち,審判甲第4ないし第6号証(本訴甲第6ないし第8号証)の添付した
「工程説明書」に記載した外組式について「3段目,4段目の井枠に関しては正確
ではない」との点は否認し,その余は認める。(3-3)は認める。(3-4)は
争う。(3-5)のうち,工事が公然と行われたとの証人の証言の点は認め,その
余は争う。(3-6)は争う。(4)は争う。「4-4 本件特許発明1は特許法
第29条第2項に該当するとの主張について」のうち,(1)は認める。(2)の
うち,(2-2)は認める。(2-3)のうち,審判甲第7号証の2ないし7(本
訴甲第9号証の2ないし7)に杭の井枠の具体的な組み立て方法に関する記載は認
められない,との点を否認し,その余は認める。(2-4)のうち,審判甲第8号
証の2ないし5(本訴甲第10号証の2ないし5)に杭の井枠の具体的な組み立て
方法に関する記載は認められないとの点を否認し,その余は認める。(2-5)の
うち,審判甲第9号証の2ないし5(本訴甲第11号証の2ないし5)に杭の井枠
の具体的な組み立て方法に関する記載は認められないとの点は否認し,その余は認
める。(2-6)のうち,審判甲第10ないし第14号証の2(本訴甲12ないし
第16号証の2)に杭の井枠の具体的な組み立て方法に関する記載は認められない
との点は否認し,その余は認める。(3)のうち,審判甲第3号証(本訴甲第5号
証)の5/6頁の下段に示された丸の杭(杭A)の第1の井枠が外組式で組み立て
られたものと認められないとの点は争い,その余は認める。(4)は認める。
(5)のうち,本件発明1の相違点2に係る構成が本件特許出願前に公知であった
と認められるとの点は認め,その余は争う。(6)は争う。「4-5 本件特許発
明2は特許法第29条第2項に該当するとの主張について」は争う。
審決は,本件発明1,2(以下,両発明をまとめて「本件発明」ということ
がある。)とロイヤル通谷工事の杭Aについて実施された方法との対比を誤って相
違点でないものを相違点と認定して,本件発明とロイヤル通谷工事とが同一でない
との誤った判断をし(取消事由1),本件発明とロイヤル通谷工事の杭Bについて
実施された中組式(以下「ロイヤル通谷工事(中組式)という。)とで相違する点
(審決が「相違点1」として認定したもの,すなわち,「本件特許発明1において
は,「予め隙間を有して配置された複数のリング部材の全外周に複数の長尺板材が
固定されている第1の井枠を作り」,該第1の井枠を「掘削された1段目の構築穴
に垂直配置」するものであるのに対し,ロイヤル通谷の杭工事においては,第1の
井枠は,掘削した構築穴の中で組み立てられる点」)についての認定判断を誤った
結果,進歩性の判断を誤った(取消事由2)ものであり,これらの誤りが,それぞ
れ,結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消される
べきである。
1 取消事由1(同一性についての認定判断の誤り)
(1) 審決は,「ロイヤル通谷の杭工事(判決注・杭Aについての工事のこと)
においては本件特許発明1及び2における構成要件のうち少なくとも「第1の工
程」,「第5の工程」を有せず,本件特許発明1及び2の方法とロイヤル通谷の杭
工事の方法とを同じ方法とすることはできない。」(審決書8頁8行~11行)と
認定判断した。しかし審決のこの認定判断は誤りである。
(2) ロイヤル通谷工事は,本件発明の「第1の工程」(予め隙間を有して配置
された複数のリング部材の全外周に複数の長尺板材が固定されている第1の井枠を
作り,該第1の井枠を略垂直に掘削された1段目の構築穴に垂直配置し,その外側
を埋め戻しする第1の工程。以下,この「第1の工程」を有する工法を「外組式」
といい,第1の井枠を掘削した構築穴の中で組み立てる工法を「中組式」とい
う。)を有する。すなわち,ロイヤル通谷工事のうち杭Aの工事は,外組式で実施
されたものである。
杭Aの掘削場所は,傾斜地であって転石が多いため,第1の井枠を杭穴内
で組み立てることに適しないことが明らかな場所であることから,外組式が採られ
たものである。ロイヤル通谷工事において,杭Aが外組式で組み立てられたこと
は,各証明書(甲第6~第8号証)によって裏付けられている。上記各証明書に添
付された「工程説明書」の「(3)外組工程」,「(4)第1の井枠垂直配置工
程」,及び「(5)埋戻し工程」(工程説明書1~2頁)は,「第1の工程」その
ものである。
審決は,「甲第4号証ないし甲第6号証(判決注・本訴甲第6ないし第8
号証)に添付した「工程説明書」に記載した外組式においては,第1の井枠は外組
式で,2段目から4段目の井枠は中組式で形成されたものが記載されており,全部
で4段の井枠が記載されているから,井枠の数について明らかに相違しており,証
明者は内容をよく吟味することなく証明したことになり,ロイヤル通谷の杭工事の
内容がどのようなものであったのか甲第4号証ないし甲第6号証からは不明である
といわざるをえない。」(審決書7頁19行~25行)と認定した。しかし,「工
程説明書」は,ロイヤル通谷工事を具体的に説明したものではなく,同工事で実施
された深礎式場所打杭基礎工事の工法の概要を示すものにすぎない。杭Aについて
実施された工事と上記工程説明書との間で井枠の数が相違しているからといって,
そのことは,証明書の信用性を左右するものではない。井枠の数が2段であろう
と,4段であろうと,同工程説明書に記載されている工法であることに変わりはな
い。
(3) ロイヤル通谷工事の杭Aの工事が「第5の工程」(第2~第4の工程を繰
り返して一部重合した複数の井枠からなる所定長の土留側壁を形成する工程)を有
さないことは事実である。しかし,第2ないし第4の工程を繰り返すことは,杭長
に応じて適宜繰り返せばよいだけのものであって何らの困難性もなく,それにより
本件発明の作用効果が生じるようなものでもない。第5の工程は,実質的に考慮し
て,本件発明の要件とはならないと解すべきである。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)
(1) 相違点1についての判断の誤り
ア 審決は,本件特許発明1とロイヤル通谷工事(中組式)との相違点の一
つとして,「本件特許発明1においては,・・・第1の井枠を「掘削された1段目
の構築穴に垂直配置」するものであるのに対し,ロイヤル通谷の杭工事において
は,第1の井枠は,掘削した構築穴の中で組み立てられる点」(審決書10頁36
行~11頁1行)と認定した上,この相違点(相違点1)について,「場所打ちコ
ンクリート杭工事において,1段目の井枠を外組式で作成することが周知であると
の証拠が提出されていないことを考慮すると,当該技術的事項が本件特許出願前に
周知であったとは認められない。」(審決書11頁31行~34行)とした。しか
し,審決のこの認定判断は誤りである。
イ 第1の井枠を構築穴の内部で組み立てるか,外部で組み立てるかは,単
なる設計事項にすぎない。
ロイヤル通谷工事(中組式)において,第2の井枠以降は,杭穴の内部
で組み立てなければならないのに対し,第1の井枠は,必ずしも,杭穴内部で組み
立てなければならないものではない。
本件明細書においても,「地表面から2段目までの井枠78は地表で組
み立て,予め深い構築穴70を形成した後,これらを同時に前記構築穴70に挿入
配置することも行われていた。」(甲第2号証3欄44行~47行)として,従来
技術のナマコ式について1段目の井枠を外部で組み立てて設置することを述べてい
ることからも分かるように,井枠を外部で組み立ててから,構築穴に配置すること
は,本件出願以前から行われていた周知技術である。ロイヤル通谷工事(中組式)
についても,1段目の井枠を外部で組み立てることが上記の周知技術に比べて困難
になるといった事情は,何ら認められない。
平成2年5月25日に発行された「土木施工の実際と解説」(土木施工
積算研究会編,甲第29号証)100頁の施工手順には,「わく組設置」の後に
「掘削」と記載され,101頁の「芯出し状況」の写真においても,長尺板材(以
下「バシ板」ということがある。)の井枠と同様に土留めに用いるライナープレー
トの1段目の井枠が掘削前に既に組み立てられている。
昭和53年2月20日に発行された「新版土木工法事典」(甲第22号
証)には「1段目は空掘して波型鋼板・リングを組み立て,周囲を十分に埋め戻
し,1段目を固定する。」(102頁右欄4~5行)と記載されている。
「鑿井 1979年2月号」(甲第35号証の2)には,「(1)土留
枠を組んで入れる」(5頁左欄2行目),「枠を組んで入れるようになった」(5
頁左欄20行~21行),「まず1枠(6尺)入れる。」(6頁左欄18行~19
行),「井戸穴を6尺掘ったところで,まず1枠おろしていく。」(6頁右欄18
行~19行)と記載されている。同文献において,「枠」は組み立てられたものの
意味で使用されており,それを「入れる」,「おろしていく」ということは,1段
目の枠を穴の外で組み立て,掘削した穴に配置する趣旨であると解することができ
る。
昭和10年実用新案公告6259号公報(甲第36号証)にも,1段目
の井筒を穴の外で組み立てておいて,掘削した穴に配置することが記載されてい
る。同公報記載の技術は,1段目の井筒に加えて後段の井筒も事前に組み立ててお
いて,掘削しながら順次下ろしていくというものであるものの,1段目の井筒を,
掘削した穴の内部でではなく,外部で組み立てて,配置するという点においては何
ら変わりはなく,穴の外部で組み立てた1段目の井筒を掘削した穴に配置すること
が開示されているということができる。
このように,井戸堀りにおいて,土留用の1段目の井枠を,穴の外で組
み立てて,掘削した穴に配置することは,本件出願前からの周知慣用技術である。
この周知慣用技術は,掘削した穴の側壁の土留に用いるものである点において,本
件発明1のような場所打ちコンクリート杭工事にも用いることができるものであ
る。
以上によれば,ロイヤル通谷工事(中組式)において,第1の井枠につ
き外組式を採用することが容易であることは,明らかである。
ウ 被告は,本件発明1の外組式による作用効果を主張する。しかし,掘削
した穴の側壁が崩壊することを防ぐために,あらかじめ井枠を組み立てて,1段目
の穴に設置し,土留めを行う必要性は,ナマコ板式とバシ板式とで差異はない上,
本件明細書にも,上記記載のとおり,従来技術としてナマコ式について1段目の井
枠を外部で組み立てて設置することの記載があるにもかかわらず,外組式の効果に
ついては一切記載がないことからすれば,外組式による効果は本件発明1の作用効
果としては予定されていない,と解する以外にない。
(2) 本件発明2についての進歩性の判断の誤り
審決は「本件特許発明2は,本件特許発明1の構成要件をさらに限定した
ものであるから,本件特許発明1について,・・・当業者が容易に発明をすること
ができないものである以上,本件特許発明2について,同じ証拠から容易に発明す
ることができたものとすることはできず,特許法第29条第2項の規定に該当する
とすることはできない。」(審決書12頁6行~11行)と判断した。しかし,本
件発明1に対する審決の判断が誤りであることは上記のとおりであるから,審決の
上記判断も誤りである。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(同一性についての認定判断の誤り)について
(1) 甲第6号証に添付された工程説明書に記載された工法は,ロイヤル通谷工
事の杭Aの工事とは異なるものであり,甲第7,8号証は,工程説明書の添付もさ
れていないものである。このような甲第6ないし第8号証の各証明書は,いずれも
信用することができない。
Aの口頭審理での証言(甲第23号証)及び同人の陳述書(甲第38号
証)の記載内容と,原告らの審判での弁駁書(乙第1号証)中の主張内容とは矛盾
している。原告らは,上記弁駁書において,原告らは「掘削をする前に杭穴の外部
で,予めAが鉄筋リングの周囲にバシ板を巻き付けた井枠を組み立てた」(乙第1
号証5頁2行~4行)と主張した。ところが,Aは,特許庁での口頭審理で行われ
た証人尋問において,「掘削が先で,まず2m掘って危ないなと言うんで井枠を作
りました。」(甲第23号証137項)と,弁駁書での主張と相反する証言をし,
さらに,陳述書においては,「転石が問題でしたので,・・・「バシ板」と呼ばれ
ている木製の長尺板では強度が心配になり,建設現場で足場に使っていた「道板」
と呼ばれ,バシ板よりも厚い板を用いて井枠を組み立て」た(甲第38号証6頁2
3行~25行)と陳述し,バシ板の使用を否定している。
このような状況では,Aの証言及び陳述には信用性がなく,ロイヤル通谷
工事がどのような工事であったのかは,全く不明というべきである。上記各証拠を
離れて,他に,外組式が施工されたという客観的証拠はない。そうである以上,
「ロイヤル通谷の杭工事の内容がどのようなものであったのか甲第4号証ないし甲
第6号証からは不明であるといわざるをえない。」(審決書7頁23行~25
行),「ロイヤル通谷の杭工事において,第1の井枠が杭穴の外部で外組式で組み
立てられたものとすることはできない。」(審決書7頁36行~37行)との審決
の認定に誤りはない。
(2) 原告らは,「第5の工程」は,本件発明の要件とすべきものではない,と
主張する。しかし,同工程がなければ,本件発明の工法は成立せず,必要な深さの
深礎式場所打杭基礎工事もできないのであるから,同工程を有さないロイヤル通谷
工事が,本件発明と同一であるはずがない。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について
(1) 相違点1について
原告らは,「土木施工の実際と解説」(甲第29号証)には,第1の井枠
が外組式で組み立てられることが記載されている,と主張する。しかし,上記文献
は,ライナープレート工法を開示したものであり,この工法における第1の井枠の
高さは1m以内と極めて低いものである。「新版 土木工法事典」(甲第22号
証)に記載されているのは,本件明細書に従来例として記載されたのと同様の工法
(ナマコ板工法)であり,この工法における第1の井枠の高さは90cm程度であ
る。
上記各文献に記載された工法では,いずれも,第1の井枠の高さが低いた
め,大部分を手掘りで行わねばならず,ナマコ板工法ではナマコ板を解体するする
こともあって,極めて能率が悪い。
本件発明1は,長尺板材を使用する点において,これらの工法とは基本的
に相違する。本件発明1では,第1井枠が高いため,ユンボでの掘削長を長く取る
ことができ,しかも第1井枠を外で組み立てるため,極めて作業性がよい。第1井
枠を中組式とすることも可能であるものの,長尺板材を立てた状態で組み立てるこ
と,掘削穴直径が第1の井枠直径よりも大きいことから作業性の点で外組式に劣
る。
「鑿井 1979年2月号」(甲第35号証の2)第5頁には,土留枠を
組んで入れるとの記載があり,「鑿井 1979年3月号」(甲第35号証の3)
第10頁の図面には井戸側の図面がある。しかし,これらにおいては,リングが板
材または井戸側の外側にあるため,本件発明1の「複数のリング部材の全外周に複
数の長尺板材が固定されている第1の井枠」とは構成が異なる。
原告らは,昭和10年実用新案公告第6259号公報(甲第36号証)に
は,1段目の井枠を外で組み立てることが記載されている,と主張する。しかし,
本件発明1における第1の井枠は,複数のリング部材の全外周に複数の長尺板材が
固定されており,上記公報記載の井筒とは構成が異なる。
「1段目の井枠を外組式で作成することが周知であるとの証拠が提出され
ていないことを考慮すると,当該技術的事項が本件特許出願前に周知であったとは
認められない。」(審決書11頁32行~34行)との審決の認定に誤りはなく,
それに基づく審決の判断にも誤りはない。
(2) 本件発明2の進歩性について
原告らの主張は,本件発明1に進歩性がないことを前提とするものであ
り,その前提が失当である以上,本件特許発明2についての主張にも理由がない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について
(1) 審決は,本件発明1とロイヤル通谷工事(中組式)との相違点の一つ(相
違点1)として,「本件特許発明1においては,「予め隙間を有して配置された複
数のリング部材の全外周に複数の長尺板材が固定されている第1の井枠を作り」,
該第1の井枠を「掘削された1段目の構築穴に垂直配置」するものであるのに対
し,ロイヤル通谷の杭工事においては,第1の井枠は,掘削した構築穴の中で組み
立てられる点。」(審決書10頁36行~11頁1行)を認定し,この相違点につ
き,「場所打ちコンクリート杭工事において,1段目の井枠を外組式で作成するこ
とが周知であるとの証拠が提出されていないことを考慮すると,当該技術的事項が
本件特許出願前に周知であったとは認められない。」(審決書11頁31~34
行)とした上で,この認定を前提に,「本件特許発明1を,・・・「ロイヤル通
谷」の中組式の杭で行われたによる杭工事(判決注・「中組式で行われた杭工事」
の誤記と認める。)と,・・・本件特許出願前周知の技術的事項から,当業者が容
易に発明できたものとすることはできず,特許法第29条第2項の規定に該当する
とすることはできない。」(審決書11頁35行~12頁1行)と判断した。
(2) 「図解土木用語辞典」(昭和44年3月31日初版第1刷発行,昭和61
年12月25日初版第20刷発行)には,「場所打ちコンクリートぐい」の語の説
明として「既成のコンクリートぐいを打込む代わりに,あらかじめくいを打つ場所
に所定の深さの穴を作り,その中にコンクリートを填充して作るくい・・・掘削中
の穴の壁面の崩壊を防ぐには,ケーシングパイプを挿入する・・・」(420頁3
2行~41行)との記載がある(甲第24号証)。これによれば,ここで用いられ
るケーシングパイプは,「掘削中の穴の壁面の崩壊を防ぐ」土留材である点におい
て,本件発明1の井枠と共通するものであり,かつ,「挿入する」ものである以
上,穴内で形成されるものではなく,穴の外で形成されたものであることが,明ら
かである。
「鑿井 1979年2月号」には,井戸堀りについて,「井戸を掘る工程
のうえで必要な作業として(1)土留枠を組んで入れる」(5頁左欄1行~2
行),「地面を掘りながら,まず1枠(6尺)入れる。」(6頁左欄18行~19
行)との記載がある(甲第35号証の2)。同記載において枠を「入れる」との表
現がとられていることからみて,同刊行物に記載された枠は,井戸穴内で組み立て
られるのではなく,別途組み立てられた枠を掘削した井戸穴内に入れるものである
と理解することができる。同刊行物は,深礎工法について記載したものではないも
のの,枠が土留のために設けられたものである点では,本件発明1及びロイヤル通
谷工事における井枠と共通するものである。
上記の各刊行物に記載された内容を総合すると,本件出願前において,土
留用の枠を掘削穴外で形成し,掘削穴に配置することは周知であったと認めること
ができる。このことは,本件明細書に「なお,地表面から2段目までの井枠78は
地表で組み立て,予め深い構築穴70を形成した後,これらを同時に前記構築穴7
0に装入配置することも行われていた。」(甲第2号証3欄44行~47行・段落
【0002】)との記載とも符合するものである(甲第24号証及び甲第35号証
の2は,審判において提出されておらず,本件訴訟において,初めて提出された証
拠である。ある事項が状況により適宜選択できる技術的事項であるか否か(より一
般的にいえば,ある事項が周知事項であるか否か)は,当業者なら当然に知ってい
るはずの事柄であるから,審判においては,具体的な証拠の有無にかかわらず,正
しく認定されなければならない。審決取消訴訟においては,認定判断の主体が当業
者でない裁判所であるため,その点について当業者間に争いがある限り,立証がな
ければならないことになるだけである。したがって,上記各証拠を本件訴訟におい
て提出することは許される,というべきである。)。
このように,掘削穴の外で土留用の枠を形成し,その後掘削穴に配置する
ことが行われるか否かが,その枠を形成する材料や枠の形態によるものでないこと
は,当業者でない者にとっても,その原理に照らして明らかである。本件発明1及
びロイヤル通谷工事(中組式)における第2以降の井枠については,既に形成され
た第1の井枠の内側下部に一部重合するように形成する関係上,第2の井枠を別途
組み立てた後に,第1の井枠の下に配置することは困難である(もっとも,少なく
とも原理上は,不可能ではないであろう。)。しかし,第1の井枠については,そ
のような障害がないため,井枠を掘削穴の外で組み立てることに,何ら困難性は認
められない。本件明細書の段落【0002】の上記記載も,このことを前提にする
と,極めて自然に理解することができるのである。
(3) (2)で述べたところによれば,相違点1に係る本件発明1の構成は,ロイ
ヤル通谷工事(中組式)における第1の井枠を,上記周知の事実に基づいて外組式
としただけのことにすぎず,当業者が容易に想到し得たことというべきである。
「場所打ちコンクリート杭工事において,1段目の井枠を外組式で作成す
ることが周知であるとの証拠が提出されていないことを考慮すると,当該技術的事
項が本件特許出願前に周知であったとは認められない。」(審決書11頁31行~
34行)との審決の認定は誤りであり,審決の述べる理由によっては,「本件特許
発明1を,・・・「ロイヤル通谷」の中組式の杭で行われたによる杭工事(判決
注・「中組式で行われた杭工事」の誤記と認める。)と,・・・本件特許出願前周
知の技術的事項から,当業者が容易に発明できたものとすることはできず,特許法
第29条第2項の規定に該当するとすることはできない。」(審決書11頁35行
~12頁1行)と判断することはできないというべきである。
(4) 審決は,「本件特許発明1について,・・・当業者が容易に発明をするこ
とができないものである以上,本件特許発明2について,同じ証拠から容易に発明
することができたものとすることはできず,特許法第29条第2項の規定に該当す
るとすることはできない。」(審決書12頁7行~11行)と判断した。しかし,
本件発明1について,審決の述べる理由によっては「特許法第29条第2項の規定
に該当するとすることはできない。」と判断することができない以上,本件発明2
についても上記判断をすることができないことは明らかである。
(5) 被告は,ロイヤル通谷工事は本件発明1の第2ないし第4工程を有しない
ので,審決は,本件発明1とロイヤル通谷工事との相違点を看過している,と主張
する。しかしながら,仮に,審決に被告主張の相違点看過があったとしても,本訴
において,それを理由に原告の請求を棄却して審決を維持することが許されるもの
ではないことは,明らかである。被告の主張は,主張自体として,失当である。
(6) 以上述べたところによれば,審決は,本件発明1に関して相違点1につい
ての認定判断を誤って進歩性の判断を誤り,併せて,これが原因で本件発明2の進
歩性の判断をも誤ったものであり,これらの誤りが,請求項1及び2のそれぞれに
ついての審決の結論に影響を及ぼすことは,明らかである。
取消事由2は理由がある。
第6 結論
以上のとおりであるから,原告らのその余の主張について検討するまでもな
く,原告らの本訴請求は理由があることが明らかである。そこで,これを認容する
こととし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用し
て,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官 山 下 和 明
裁判官 阿 部 正 幸
裁判官 高 瀬 順 久
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