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平成13(行ケ)427行政訴訟 商標権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成14年2月14日
事件種別 民事
法令 商標権
商標法4条1項11号7回
民事訴訟法61条1回
キーワード 審決23回
無効10回
商標権3回
無効審判1回
主文
事件の概要

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判決文

平成13年(行ケ)第427号 審決取消請求事件
平成13年12月13日口頭弁論終結
            判       決
      原        告    株式会社エイ・シー・エム
       訴訟代理人弁護士     奥野 滋
      被        告    有限会社アイ・ビー・イー
      訴訟代理人弁護士     増田利昭
          主       文
    原告の請求を棄却する。
    訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が無効2000-35094号商標登録無効審判事件について平成1
3年8月30日にした審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,別紙審決書写しの別掲(1)本件商標欄記載の構成から成り,指定商品
を32類「飲料水,鉱泉水」とする,商標登録第4161593号の登録商標(平
成8年6月21日出願,平成10年7月3日設定登録,以下「本件商標」とい
う。)の商標権者である。
  被告は,平成12年2月15日,本件商標の商標登録を無効にすることにつ
いて審判を請求した。
  特許庁は,これを無効2000-35094号事件として審理した結果,平
成13年8月30日に「登録第4161593号の登録を無効とする。審判費用は
被請求人の負担とする。」との審決をし,その謄本を,同年9月11日,原告に送
達した。
 2 審決の理由
審決は,別紙審決書写しのとおり,本件商標は,登録第2013282号の
商標(昭和60年5月27日登録出願され,昭和63年1月26日設定登録された
もので,別紙審決書写しの別掲(2)引用商標欄記載の構成から成り,指定商品を29
類「鉱泉水」とする。以下「引用商標」という。)と,称呼及び観念を同じくする
類似の商標であり,その指定商品も引用商標の指定商品を包含するものと認められ
るから,商標法4条1項11号の規定に違反して登録されたものであり,同法46
条の規定により無効とすべきである,と認定判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件商標と引用商標との類否の判断を誤り(取消事由1),引用商
標を商標法4条1項11号にいう「他人の登録商標」と誤って認定したものであり
(取消事由2),これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかである
から,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件商標と引用商標との類否の判断の誤り)
(1) 審決は,本件商標と引用商標との類似性を判定する前提として,本件商標
の図形部分(黒塗り円形図形の中に文字をややデザイン化して白抜きで表してなる
部分。以下「図形部分」という。)につき,「該図形の白抜きの「π」は,ややデ
ザインされているとしても,ギリシャ文字の小文字の「π」及び円周率を表す記号
として使用されている「π」の文字を表してなるものとみるのが相当である。」
(審決書7頁13行~15行)と認定している。
 しかし,本件商標のうちの図形部分の中にある文字(以下「本件図形文
字」という。)は,その書体から見ても,これをギリシャ文字の小文字の「π」と
断定するのは独断的であり,「高く突き出るさま」等の意味を有する漢字の「兀」
(コツ)という文字を連想させ(甲第7号証参照),あるいは,これを含む図形部
分が,全体として,極めて強くデザイン化された「文字紋」を連想させるものであ
って,これにつき,直ちに,ギリシャ文字の「π」を表したものであるとしたり,
「パイ」と呼称されるとしたりする判断は,誤りである。
(2) 原告は,本件商標のうちの図形部分のみからなる登録商標(甲第8号証の
商標公報記載のもの。登録第3274914号。以下「甲第8号証商標」とい
う。)を有している。
 商標権を獲得し,これを利用して商業活動を行おうとする者が,基礎とな
る商標が登録されている場合に,その商標の基本的構成を利用して改良を加えると
か,その商標に商品名を付記するなどして発展させた商標を考案するとかすること
により,商業活動の活性化,拡大を行おうとし,これらの派生的商標を登録するこ
とは,一般に行われているところである(甲第9号証の1ないし5参照)。
 本件商標は,甲第8号証商標を基礎的商標として,この商標に商品(飲料
水,鉱泉水)の普通名詞ないし品質を表示する「WATER」の文字を付記的に表
示して成るものである。そして,甲第8号証商標は,「パイ」と呼称することを予
定しているものではないのであるから,これを基礎とした本件商標について,安易
にこれを「パイウォーター」と呼称することは,許されないというべきである。
2 取消事由2(引用商標を商標法4条1項11号の「他人の登録商標」とする
認定の誤り)
(1) 引用商標の「πウォーター」の文字は,次に述べるとおり,二価三価鉄塩
を含む鉱泉水の一般名称である。
  名古屋大学のA博士は,昭和58年4月11日,発明の名称を「二価三価
鉄塩およびその製造方法」と題する発明について特許出願をし,昭和60年5月1
日発行の「生命成立の原理」という著書において,二価三価鉄塩で誘導され,これ
を含む水について,「πウォーター」と命名した。このように,「πウォーター」
の語は,特定の者が業として生産し,証明し,又は譲渡する商品を表示する標章
(商標)としてではなく,上記の意味を有する商品の普通名詞としてA博士により
命名された用語であり,上記著作においても,そのような名称として使用されてい
る。A博士は,自ら編纂した昭和61年5月20日発行の「生命科学の原点と未
来」にも,「-現代科学への提言とパイウォーター理論-」という副題を付した
上,「存在の調和とパイウォーター理論」,「生体システムとパイウォーター」な
どと著述している。
 平成元年7月29日付け日経産業新聞には,「二価三価鉄塩をごく微量に
含む水,「πウォーター」の普及と応用」との記事が掲載され,平成3年10月3
1日付け産経新聞には,「最近,π(パイ)ウォーターという言葉を聞くようにな
った」という記事が掲載され,平成4年1月1日発行の「現代用語の基礎知識」に
も「π(パイ)ウォーター」の語が登載されている。
 「πウォーター」の語は,上記以外にも,多数の新聞,雑誌,書籍,用語
年鑑等に,商標や固有名詞としてではなく,商品の普通名詞として使用されてお
り,一般の読者は,これを特定の種類の鉱泉水の一般的名称として認識している。
 複数の業者が,特定の種類の鉱泉水について「πウォーター」の語を使用
して,これを販売しているという事実もある。
(2) 商標法第4条1項11号の立法趣旨は,「商品の出所の混同防止」であ
る。すなわち,一般に,他人の登録商標がある場合に,その他人の登録商標又はこ
れに類似する商標を認めると,その他人の業務に係る商品との混同が生じることに
なることから,その混同を防止しようとするものである。
 引用商標の「πウォーター」の文字は,上記のとおり,二価三価鉄塩を含
む鉱泉水を意味する一般的な名称を意味する語として知られている。引用商標が,
被告の登録商標として周知となっているということもない。
 そうすると,「πウォーター」という引用商標があり,これが「パイウォ
ーター」と呼称されるとしても,その商標を付した商品が被告の商品であると誤認
されるおそれは,生じ得ないのである。商標法4条1項11号の上記立法趣旨から
すれば,このようなとき,引用商標を,同条同項同号にいう「他人の登録商標」に
当たるとすることはできないというべきである。本件商標を同号に該当するものと
した審決の判断は,誤りであるといわざるを得ない。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(本件商標と引用商標との類否の判断の誤り)について
(1) 原告は,本件商標の本件図形文字は,ギリシャ文字「π」ではなく,漢字
の「兀」という文字を連想させ,あるいは,これを含む図形部分が,全体として,
極めて強くデザイン化された「文字紋」を連想させるものである,と主張する。
  しかし,本件商標の図形部分は,黒丸の中にギリシャ文字「π」を配した
ものと理解すべきであって,殊更,「π」を排除しようとする原告の上記主張に
は,一般取引通念上,明らかに無理がある。
  本件商標の本件図形文字が,「兀」ではなく「π」であることは,日本の
教育過程,マスコミ・メディアや宣伝広告等の媒体の実情や社会通念に照らして,
火を見るより明らかである。本件商標を一連の文字として理解するならば,ギリシ
ャ文字「π」と英語「WATER」の組合せである「πWATER」という西欧文
字の組合せと理解することこそが自然であり,漢字「兀」と英語「WATER」の
組合せである「兀WATER」と理解するのは,「兀」と「WATER」との間に
おける文字及びそれが体現する文化の相違からして,強い違和感を生じさせずには
おかないところである。
  そもそも,「兀」という漢字は,日本語圏においては,ほとんどなじみの
ない文字であり,その意味も,読みも,一般需要者にとっては全く不明である。こ
のことは,「兀」が常用漢字に指定されていないこと,JIS漢字表でも第2水準
という極めて特殊な部類に属していることなどからしても,明らかである。また,
別紙書体比較表からも明らかなように,本件図形文字は,「兀」より「π」に近似
している。
  原告は,本件商標の図形部分は,「文字紋」を連想させると主張するが,
失当である。「文字紋」である以上,その本となった文字があるはずである。おそ
らく,原告は,「兀」を本にしたものとするのであろうが,それでは同義反復でし
かない(つまるところ「兀」だというにすぎない)。また,そもそも「文字紋」と
いうからには,当該紋様から,本の文字の意味が立ち現れてくるはずである。そう
でなければそもそも「文字」を紋様化する意味はない。しかし,「兀」では何のこ
とだかさっぱり分からないことは,上にも述べたとおりである。したがって,本件
商標の図形部分をもって「兀」をデザイン化した「文字紋」であるとする主張にも
極めて大きな無理がある。百歩譲って,この図形部分がデザイン化した「文字紋」
であるとしても,そこから一般需要者の目に自然に立ち上ってくる意味合いは,
「兀」ではなく「π」であるから,「文字紋」だから「π」と理解することは誤り
であるとする主張は,極めて独断的で,商標の認識方法として誤りである。
(2) 甲第8号証商標を本件商標権の基礎となる商標であるとする原告の主
張は,甲第8号証商標を利用した商標は,どのようなものでも原告が利用できる,
とするものにすぎない。
  本件においては,本件商標が引用商標とその外観,称呼,観念において類
似しており,引用商標と誤認混同される危険性があることが問題なのである。別
段,甲第8号証商標の利用範囲や,図形と文字の組合せの商標としての保護範囲が
問題となっているわけではない。
  したがって,甲第8号証商標があるから,原告は,本件商標を利用する権
利があるとする理屈は成り立たない。
2 取消事由2(引用商標を商標法4条1項11号の「他人の登録商標」とする
認定の誤り)について
 原告の主張は争う。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件商標と引用商標との類否の判断の誤り)について
 審決は,本件商標と引用商標との類似性を判定する前提として,本件商標の
図形部分につき,「図形部分は,黒塗り円形図形の中に「π」の文字をややデザイ
ンして白抜きで表してなるが,該図形の白抜きの「π」は,ややデザインされてい
るとしても,ギリシャ文字の小文字の「π」及び円周率を表す記号として使用され
ている「π」の文字を表してなるものとみるのが相当である。」(審決書7頁11
行~15行)と認定している。
 原告は,本件商標の本件図形文字は,その書体から見ても,これをギリシャ
文字の小文字の「π」と断定するのは独断的であり,「高く突き出るさま」等の意
味を有する漢字の「兀」(コツ)という文字を連想させ,あるいは,これを含む図
形部分が,全体として,極めて強くデザイン化された「文字紋」を連想させるもの
であって,これにつき,直ちに,ギリシャ文字の「π」を表したものであるとした
り,「パイ」と呼称されるとしたりする判断は,誤りである,と主張する。
 しかし,本件商標の本件図形文字が,審決が認定するとおり,黒塗り円形図
形の中に「π」(円周率のパイ)の文字をややデザイン化して白抜きで表してなる
ものであることは,明らかであり,審決の上記認定に何ら誤りはない。すなわち,
漢字の「兀」は,日本においてはほとんど知られていない文字であり(このこと
は,この文字が,旺文社の漢和辞典第5版(甲第7号証)及び大辞林887頁には
掲載されているものの,広辞苑第4版には掲載されていないことからも明らかであ
る。),これに対し,「π」(パイ)は,円周率を意味するギリシャ文字として,
多くの日本人に理解されているものであることは,日本の義務教育の教育課程から
も明らかである。そして,本件図形文字が,黒塗り円形図形の中に白抜きでややデ
ザイン化されて表されているとはいえ,「π」という文字として容易に理解される
ものであることは,本件商標の構成自体から明らかである。本件商標の図形部分
が,英語の「WATER」の文字と組み合わされていることからしても,本件商標
を,西欧文字の組合せとして,「パイウォーター」と理解し称呼するのが自然であ
り,漢字の「兀」との組合せとして,「コツウォーター」と理解し,称呼するとい
うことは極めて考えにくいことである。
 以上によれば,本件商標からは,「パイウォーター」との一連の称呼が生じ
るほか,本件商品の指定商品である「飲料水,鉱泉水」に使用された場合に自他商
品識別機能を果たし得ない「WATER」の語を略して「パイ」の称呼をも生じ,
引用商標からも「パイウォーター」あるいは同様に「パイ」との称呼が生じるか
ら,両者は称呼を同じくするものであるとし,また,両者は,円周率の記号として
知られているギリシャ文字の小文字の「π」を意味するから,観念も同じくするも
のであるとしたうえで,両者を類似する商標であると認定した審決の判断は,正当
である。原告の前記主張は,採用し得ない。
 原告は,甲第8号証商標を基礎商標として,本件商標を使用するものである
とか,甲第8号証商標は,「パイ」と称呼することを予定しているものではないと
か,主張する。しかし,本件においては,本件商標と引用商標との類似性が争点と
なっているのであり,原告の主張するところは,両者の類似性の判断に影響を与え
る性質のものではない。原告の主張は,主張自体失当である。
2 取消事由2(引用商標を商標法4条1項11号の「他人の登録商標」とする
認定の誤り)について
 原告は,商標法4条1項11号の立法趣旨は,「商品の出所の混同防止」で
ある,引用商標の「πウォーター」の語は,二価三価鉄塩を含む鉱泉水を意味する
一般的な名称を意味する語として知られている,したがって,引用商標について
は,商品の出所の混同のおそれはないので,引用商標は,商標法4条1項11号に
いう「他人の登録商標」には当たらない,と主張する。
 しかし,商標法4条1項11号の文言は,そこにいう「他人の登録商標」と
なるための要件として,「当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る」もので
あること以外には何も定めていないこと,商標法が別に商標登録の無効の審判の制
度を設けていることからすれば,引用商標について,将来においてその登録を無効
とする審決がなされ,同審決が確定した場合は別として,それまでは,引用商標が
同号にいう「他人の登録商標」に当たることは当然というべきである。原告の主張
は,要するに,引用商標について,これを無効とする審決がなされていないにもか
かわらず,無効審決が確定した場合と同等に取り扱うべきであるというに帰するも
のというべきであり,失当である。
3 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,
その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求
を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法
61条を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
           裁判長裁判官      山  下  和  明
              裁判官      設  樂  隆  一
 
              裁判官      宍  戸     充
(別紙)
   書体比較表 

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