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平成10(行ケ)325行政訴訟 特許権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成13年12月27日
事件種別 民事
法令 特許権
特許法29条2項1回
民事訴訟法61条1回
キーワード 審決55回
刊行物12回
実施3回
優先権1回
主文
事件の概要

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判決文

平成10年(行ケ)第325号 審決取消請求事件
平成13年12月18日口頭弁論終結
判           決
原      告    ジーメンス・アクチエンゲゼルシャフト
訴訟代理人弁護士    加   藤   義   明
同           清   水   三   郎
訴訟代理人弁理士    矢   野   敏   雄
被      告    特許庁長官 及 川 耕 造
指定代理人       斉   藤       操
同           小   林   信   雄
同           大   橋   良   三
主          文
特許庁が平成6年審判第17534号事件について平成10年4月9日に
した審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,ドイツ連邦共和国において1989年8月28日にした特許出願に
基づく優先権を主張して,平成2年8月28日,発明の名称を「デジタル装置のた
めの現用-予備-クロック信号供給装置」(後に「現用・予備クロック信号供給装
置」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき,特許出願(特願平
2-224552号)をし,平成6年6月30日拒絶査定を受けたので,同年10
月21日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを平成6年審判第
17534号事件として審理した結果,平成10年4月9日「本件審判の請求は,
成り立たない。」との審決をし,同年6月17日,原告にその謄本を送達した。な
お,出訴期間として90日が付加された。
2 特許請求の範囲請求項1
現用クロック信号(TSb)を送出する現用クロック信号発振器(VCO
b)と予備クロック信号(TSe)を送出する予備発振器(VCOe)とを備えか
つ現用クロック信号(TSb)及び予備クロック信号(TSe)を少なくとも1つ
のモジュール(BG1,BG2,・・・)に供給する,デシタル装置のための現
用・予備クロック信号供給装置において,
現用・予備クロック信号供給装置は,現用クロック信号(TSb)及び予備
クロック信号(TSe),又はこれらの信号から導出されたスペクトル信号(S
b,Se;SV)の異なった振幅の同一の調波成分を1つの合成信号(Sr)に統
合する少なくとも1つのクロック信号加算回路(SU)と,前記合成信号(Sr)
から合成クロック信号(TSr)を導出するフィルタ(FI)とから構成されてい
ることを特徴とする現用・予備クロック信号供給装置。
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開昭5
0-114965号公報(以下「引用刊行物」という。)記載の発明(以下「引用
発明」という。)に周知の技術ないし事項を適用することによって当業者が容易に
発明をすることができたものであって,特許法29条2項に該当し,特許を受ける
ことができない,というものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由Ⅰ(本願発明)中,「合成クロック信号(Tsr)を含めてそれ
らクロック信号の周期が同一であることが必須であって」の記載部分(審決書4頁
8行~10行)の認定は否認し,その余は認める。Ⅱ(刊行物記載の発明)中,4
頁13行~5頁19行の認定は認め,6頁1行~7頁19行の認定は否認する。Ⅲ
(本願発明の創作可能性),Ⅳ(本願発明の創作容易性)及びⅤ(結び)は争う
(ただし,一部認めるところがある。)。
審決は,本願発明の認定を誤り(取消事由1),本願発明と引用発明との一
致点の認定を誤り(取消事由2),本願発明と引用発明との相違点の認定判断を誤
った(取消事由3)ものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすこと
は,明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)
審決は,本願発明につき,現用クロック信号(TSb),予備クロック信号
(TSe)及び合成クロック信号(TSr)の周期が,いずれも同一であることが
必須である旨認定した(審決書4頁8行~10行)。
クロック信号は基本波,第3高調波,第5高調波等の調波成分を合成したも
のであり,これらの調波成分を統合した合成信号も調波成分を合成したものであ
る。合成信号から所望の調波成分を取り出すフィルタの同調周波数を基本波周波数
(現用又は予備クロック信号の基本波周波数)とした場合には,合成クロック信号
の周波数は基本波周波数となり,現用クロック信号,予備クロック信号及び合成ク
ロック信号の周波数はすべて同一(基本波周波数)となる。これに対し,フィルタ
の同調周波数を第3高調波又は第5高調波の周波数とした場合には,合成クロック
信号の周波数は,基本波周波数の3倍又は5倍となるから,現用又は予備クロック
信号の周波数と同一にならない。
したがって,審決の本願発明についての上記認定は,誤りである。
2 取消事由2(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)
審決は,本願発明と引用発明とは,次の①ないし⑥の各点において等価であ
り,⑦の点において同義であると認定した(審決書6頁1行~15行)。
① 本願発明の「現用クロック信号(TSb)」あるいは「予備クロック信
号(TSe)」あるいは「クロック」と,
引用発明の「信号101」及び「信号102」
② 本願発明の「現用クロック信号発振器(VCOb)」あるいは「予備発
振器(VCOe)」と,
引用発明の「信号発生源」
③ 本願発明の「現用・予備クロック信号供給装置」と,
引用発明の「クロック信号発生回路」
④ 本願発明の「クロック信号加算回路(SU)」と,
引用発明の「アナログ加算器107」
⑤ 本願発明の「合成信号(Sr)」と,
引用発明の「信号109」
⑥ 本願発明の「フィルタ(FI)」と,
引用発明の「しきい値回路」
⑦ 本願発明の「合成クロック信号(TSr)」と,
引用発明の「クロック信号」
審決は,以上の認定を前提に,本願発明と引用発明とは,「一方のクロック
が欠けた場合に,クロック信号欠落監視回路を設けずに他方のクロックへの連続的
な移行を行うこと,を目的,効果とし,現用クロック信号(TSb)を送出する現
用クロック信号発振器(VCOb)と予備クロック信号(TSe)を送出する予備
発振器(VCOe)とを備えかつ現用クロック信号(TSb)及び予備クロック信
号(TSe)を少なくとも1つのモジュール(BG1,BG2,・・・)に供給す
る,デジタル装置のための現用・予備クロック信号供給装置において,
現用・予備クロック信号供給装置は,現用クロック信号(TSb)及び予備
クロック信号(TSe),又はこれらの信号から導出されたスペクトル信号(S
b,Se;SV)の同一の調波成分を1つの合成信号(Sr)に統合する少なくと
も1つのクロック信号加算回路(SU)と,前記合成信号(Sr)から合成クロッ
ク信号(TSr)を導出する波形導出回路とから構成されている現用・予備クロッ
ク信号供給装置」を構成要件としている点において一致していると認定した(審決
書8頁1行~9頁5行)。
しかし,審決の引用発明の認定は誤りであり,これに基づく,本願発明と引
用発明との一致点の認定も誤りである。
(1) 引用発明の「信号101」及び「信号102」と,本願発明の「現用クロ
ック信号(TSb)」及び「予備クロック信号(TSe)」あるいは「クロック」
とは,等価でない。
クロック信号とは,計算機の演算回路の同期をとったり,演算の実行のタ
イミングを制御する機能を果たしたりするクロックパルスのことであり,基準タイ
ミングとなる周期的パルスである(甲第9,第10号証)。クロック信号は一定の
パルス幅で,一定の間隔の周期的パルス(矩形パルス)であることを要件とする。
引用発明における信号101,102は,正弦波信号である。一般に正弦
波信号は周期的信号ではあるもののパルス信号ではないため,上記のクロック信号
の機能を果たすことができない。したがって,信号101,102はクロック信号
ではない。
被告は,引用発明において,アナログ加算器107へ入力される信号10
1,102は正弦波信号であり,本願発明において,クロック信号加算回路SUへ
入力される調波成分も,矩形波ではなく,クロック信号又はスペクトル信号から導
出された正弦波信号であって,信号波形が同一であるから,等価ということができ
る,と主張する。
本願発明においては,現用クロック信号と予備クロック信号とをそのまま
矩形波の形で加算する場合と,現用クロック信号と予備クロック信号とからろ波し
て取り出された調波成分である正弦波を加算する場合とがある。
しかし,後者の場合にも,現用クロック信号と予備クロック信号とからろ
波して取り出された調波成分は,クロック信号(クロックパルス)を構成する調波
成分(クロックパルスをフーリエ展開により表わしたときの正弦波成分)であるの
に対し,引用発明の正弦波信号(101,102)は,クロックパルスを形成する
前の正弦波信号であってクロックパルスを構成する調波成分ではないから,両者を
等価ということはできない。
引用発明の正弦波信号(101~103)と本発明のクロックパルスを形
成している基本波(調波成分)とは,位相も周波数も異なるものであり,等価では
ない。
被告は,本願発明の「現用クロック信号(TSb)及び予備クロック信号
(TSe),又はこれらの信号から導出されたスペクトル信号(Sb,Se;S
V)」は,正弦波信号の調波成分を導出するための源信号であるので,加算回路
(加算器)へ入力する正弦波信号の源信号であるという観点から見れば,引用発明
の「信号101」及び「信号102」と本願発明の「現用クロック信号(TS
b)」あるいは「予備クロック信号(TSe)」あるいは「クロック」が等価であ
ることは明らかである,と主張する。
しかし,引用発明の正弦波信号(101,102)は,クロックパルスを
構成している調波成分である正弦波信号とは全く異なるものである。さらに,引用
発明の正弦波信号は,クロックパルスではなく,クロックパルスを形成するために
用いられる正弦波信号にすぎないから,クロック信号として代用できるものでもな
い。このように,引用発明の正弦波信号(101,102)は,本願発明の現用ク
ロック信号(TSb)あるいは予備クロック信号(TSe)とは,性質,作用,機
能とも異なるから,これらと等価ということはできない。
(2) 引用発明の,信号101,102をそれぞれ発生する「信号発生源」と,
本願発明の「現用クロック信号発振器(VCOb)」,「予備発振器(VCO
e)」とは,等価でない。
引用発明は,各信号発生源からの正弦波信号をアナログ加算器で同期加算
した正弦波信号を,しきい値回路でパルス変換して初めてクロックパルスを形成す
る,一つのクロック信号発生回路であるから,本願発明の現用クロック信号発振器
(VCOb)又は予備発振器(VCOe)と等価であるのは,引用発明自体であっ
て,引用発明の一部である「信号発生源」ではない。
(3) 引用発明の「クロック信号発生回路」と,本願発明の「現用・予備クロッ
ク供給装置」とは,等価でない。
引用発明は,クロック信号発生装置を二重化するものではなく,単一のク
ロック信号発振器があるだけである。これに対し,本願発明では,クロック信号発
振器を現用クロック発振器と予備クロック発振器の2個設けている。
(4) 引用発明の「アナログ加算器107」と,本願発明の「クロック信号加算
回路(SU)」とは,等価でない。
引用発明は,正弦波信号(101~103)をアナログ加算器107で同
期加算した正弦波信号をしきい値回路でパルス変換して初めて一つのクロックパル
スを形成しており,このクロックパルスの調波成分は何ら加算器に供給されていな
い。これに対し,本願発明のクロック信号加算回路(SU)は,現用クロック信号
発振器と予備発振器からのそれぞれのクロックパルスの同一の調波成分を加算する
回路であり,引用発明とは加算対象が異なる。
(5) 引用発明の「合成信号109」と,本願発明の「合成信号(Sr)」と
は,等価でない。
引用発明の合成信号109は,正弦波信号(101~103)をアナログ
加算器で同期加算し,単に振幅を3倍にした正弦波信号であって,しきい値回路で
クロックパルスに変換するための正弦波信号にすぎず,本願発明の合成信号(S
r)のように,現用クロック信号及び予備クロック信号を構成している同一の調波
成分を加算したものではない。
(6) 引用発明の「しきい値回路」と本願発明の「フィルタ(FI)」とは,等
価でない。
引用発明の「しきい値回路」は,正弦波信号(101~103)を同期加
算した正弦波信号をパルス変換して現用クロック信号又は予備クロック信号として
使用することの可能なクロックパルスを形成するものであるのに対し,本願発明の
フィルタ(FI)は,互いに位相が任意である現用クロック信号及び予備クロック
信号の同一の調波成分の振幅を異ならせて加算した合成信号(Sr)から調波成分
を取り出して,合成クロックパルスを形成するものであり,調波成分の周波数を選
択する機能を有するものであるから,両者は等価といえない。
(7) 引用発明の「クロック信号」と本願発明の「合成クロック信号(TS
r)」とは,同義ではない。
引用発明の「クロック信号」は,正弦波信号(101~103)を同期加
算した出力をしきい値回路でパルス変換して形成するクロックパルスであり,本願
発明の現用クロック信号又は予備クロック信号と同義であって,現用クロック信号
と予備クロック信号とから合成されて取り出される本願発明の合成クロック信号と
は異なる。
以上のとおりであるから,審決は,引用発明の認定を誤り,その結果,本
願発明と引用発明との多くの相違点を看過し,これらを一致点と認定する誤りを犯
したものというべきである。
3 取消事由3(本願発明と引用発明との相違点の判断の誤り)
審決は,本願発明と引用発明との相違点として,①前者が現用クロック信号
(TSb)及び予備クロック信号(TSe)の位相を任意としているのに対し,後
者が両信号を同期させている点,②前者が,いかなる場合でも合成クロック信号
(TSr)を得るために,上記現用クロック信号(TSb)及び予備クロック信号
(TSe)の振幅を異ならせるようにしているのに対し,後者が両信号を同期させ
ている点,③上記波形導出回路として,前者が「フィルタ(FI)」を設けている
のに対して,後者が「しきい値回路」を設けている点において相違すると認定し
(審決書9頁6行~18行),引用発明において,現用クロック信号(TSb)及
び予備クロック信号(TSe)の位相を任意とすること,振幅を異ならせること,
波形導出回路としてフィルタ(FI)を設けることは,当業者が容易になし得たこ
とであると判断した。
しかし,上記各相違点についての判断は,誤りである。
(1) 相違点①②の判断について,
引用発明は,正弦波信号(101~103)を加算し加算出力をしきい値
回路によりパルス変換してクロックパルスを発生する回路である。しかし,しきい
値を固定値としていることから,加算出力の振幅が大きく変化するとそれに伴って
クロックパルスの幅が変化する。そこで,正弦波信号(101~103)の位相を
同期させて加算出力の振幅を急峻化して大きくすることにより,正弦波信号の1つ
が欠けたとしても加算出力の振幅の変化が押さえられてクロックパルス幅の変化も
押さえられるようにしている。したがって,引用発明では,正弦波信号(101~
103)の位相を同期させることが不可欠の条件である。
ここで,正弦波信号(101~103)の位相を任意とすると,位相差に
より加算出力の振幅が変化し,それに伴ってクロック信号のパルス幅も変化し,場
合によっては消滅し,クロック信号としては使用できなくなる。また,正弦波信号
(101,102)の振幅を異ならせると,加算出力の振幅は更に小さくなる。
このように,引用発明は,正弦波信号(101~103)の位相同期を条
件とし加算出力を大きくするとの思想に基づくものであり,位相を任意とすること
も,振幅を異ならせることも,加算出力の振幅を小さくすることになって,引用発
明の思想に反することが明らかである。そうである以上,引用発明を出発点とし
て,その位相を任意とし又は振幅を異ならせることは,当業者が想定しないことで
あるというべきであり,したがって,クロック信号を二重化した公知例(特開昭5
1-44861号公報ほか)の位相関係(任意の位相)を考慮に入れたとしても,
これを,当業者が容易になし得たことであるとすることはできない。
(2) 相違点③の判断について
引用発明においては,正弦波信号(101~103)に別の成分の正弦波
信号が重畳されているわけではないので,その正弦波信号をフィルタによって取り
出す必要は全くない。引用発明においてフィルタを使用することは,当業者の全く
想起しないことである。これに対し,本願発明の「フィルタ」は,現用クロック信
号と予備クロック信号との統合成分からクロックパルスを形成するための調波成分
を取り出すためのものであり,このような「フィルタ」の使用は全く新規である。
そうである以上,「波形導出回路」としてフィルタ(FI)を設けて本願発明のよ
うにすることを,当業者が容易になし得たことであるとすることはできない。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)について
審決は,本願発明を,同一の調波成分として基本波のみを取り出す場合に限
定されるものとは認定していない。同一の調波成分として,第3高調波あるいは第
5高調波を取り出す場合があり得ることは,原告の主張するとおりである。
しかし,n次高調波のエネルギーは基本波の1/n2(nは奇数)しかなく,
高調波のみを用いるとエネルギーの大部分を占める基本波のエネルギーが無駄にな
る上に,計算機が高調波の周期を必要とするときはエネルギーの効率の観点から最
初からその高調波の周期の正弦波信号を用いるのが常識的であることから,実際に
は基本波だけが用いられ高調波は用いられないと考えられる。
仮に,審決の上記部分に誤りがあるとしても,その誤りは何ら審決の結論に
影響を及ぼすものではない。これを審決取消事由とする原告の主張は,失当であ
る。
2 取消理由2(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)について
(1) 引用発明の「信号101」及び「信号102」と,本願発明の「現用クロ
ック信号(TSb)」及び「予備クロック信号(TSe)」あるいは「クロック」
とが等価であることについて
原告は,引用発明の信号(101,102)は正弦波信号であって,計算
機が必要とするクロックパルス(コンピュータ信号)として使用できないものであ
るのに対し,本願発明の現用クロック信号及び予備クロック信号はコンピュータ信
号(矩形パルス)であるから,両者は異なる旨主張する。
しかし,本願発明のクロック信号加算回路(SU)へ入力される調波成分
は,矩形波ではなく,クロック信号又はスペクトル信号から導出された正弦波信号
であり,引用発明のアナログ加算器107へ入力される信号(101,102)
も,同じく正弦波信号であるので,加算の対象となる入力信号としては,同義とい
うことができる。本願発明の「現用クロック信号及び予備クロック信号,又はこれ
らの信号から導出されたスペクトル信号」は,正弦波信号の調波成分を導出するた
めの源信号であるので,加算回路(加算器)へ入力する正弦波信号の源信号である
という観点から見れば,引用発明の「信号101及び信号102」と本願発明の
「現用クロック信号或いは予備クロック信号」が等価であることは明らかである。
本願発明のクロック信号加算回路(SU)への入力信号が「現用クロック
信号及び予備クロック信号から導出されたスペクトル信号」である場合,このスペ
クトル信号は現用クロック信号及び予備クロック信号そのものではなく,現用クロ
ック信号及び予備クロック信号を構成する調波成分のうちの1つであり正弦波信号
である。このとき,現用クロック信号及び予備クロック信号は,合成クロック信号
に変換・作成されるまでの間,途中に介在するクロック信号加算回路とフィルタに
おいて正弦波信号の状態をとるから,もともと矩形波でなければならない技術上の
理由はない。本願発明の特許請求の範囲をみても,現用クロック信号及び予備クロ
ック信号が矩形波に限定されるという記載はなく,そこでも正弦波であることは許
容されている。
結局,本願発明のクロック信号(現用クロック信号,予備クロック信号,
合成クロック信号)の中でコンピュータ信号であるのは「合成クロック信号」のみ
であり,現用クロック信号及び予備クロック信号は,直接コンピュータ信号として
用いられる信号ではなく,コンピュータ信号(合成クロック信号)を作成するため
に用いられる信号(源信号)にすぎない。
一方,引用発明の信号(101,102)は,クロック信号を作成するた
めに用いられる信号であるので,源信号である。
以上述べたところによれば,本願発明の現用クロック信号及び予備クロッ
ク信号と引用発明の信号(101,102)は,源信号である点で等価であること
が明らかである。これらを等価とした審決の認定に誤りはない。
(2) 引用発明の「信号発生源」が,本願発明の「現用クロック信号発振器(V
COb)」及び「予備発振器(VCOe)」と等価であることについて
原告は,引用発明の「信号発生源」は,正弦波信号(101,102)を
発生するものであってコンピュータ信号を発生するものではないので,コンピュー
タ信号である現用クロック信号及び予備クロック信号を発生する,本願発明の現用
クロック信号発振器及び予備発振器とは等価ではない,引用発明自体がコンピュー
タ信号を発生するのであるから,引用発明自体が(クロック発振器である点で)現
用クロック信号発振器及び予備クロック信号発振器と等価である,と主張する。
原告の主張は,本願発明の現用クロック信号及び予備クロック信号がコン
ピュータ信号であることを前提としたものである。しかし,この前提が誤りである
ことは,(1)で述べたとおりである。
引用発明の信号101及び信号102を発生する信号発生源は,本願発明
の現用クロック信号発振器及び予備発振器と同様に,源信号の発生装置として機能
するから,これらと等価である。
(3) 引用発明の「クロック信号加算回路」が,本願発明の「現用,予備クロッ
ク供給装置」と等価であることについて
原告の主張は,本願発明の現用クロック信号及び予備クロック信号がコン
ピュータ信号であることを前提としたものである。しかし,この前提が誤りである
ことは,(1)で述べたとおりである。
(4) 引用発明の「アナログ加算器107」が,本願発明の「クロック信号加算
回路(SU)」と等価であることについて
本願発明の「現用クロック信号及び予備クロック信号」と引用発明の「信
号101及び信号102」は,共に源信号である点で対応することは,(1)で述べた
とおりであるから,本願発明の「クロック信号加算回路(SU)」と引用発明の
「アナログ加算器107」とは,共に信号を加算する装置である点で対応し,等価
である。
(5) 引用発明の「合成信号109」が,本願発明の「合成信号(Sr)」と等
価であることについて
本願発明の「合成クロック信号」と引用発明の「クロック信号」は,共に
コンピュータ信号であり,かつ,合成信号である点で対応し,等価である。
(6) 引用発明の「しきい値回路」が,本願発明の「フィルタ(FI)」と等価
であることについて
引用発明の「しきい値回路」と本願発明の「フィルタ(FI)」とは,共
に合成信号(Sr)から所定波形の合成クロック信号(TSr)を導出する波形導
出回路である点で,等価である。
(7) 引用発明の「クロック信号」が本願発明の「合成クロック信号(TS
r)」と同義であることについて
引用発明の「クロック信号」と本願発明の「合成クロック信号(TS
r)」は,共にコンピュータ信号であるから,同義である。
(8) 同一対象であって用語が異なる場合を「同義」というのに対して,異なる
対象(当然用語も異なる)であって,「ある観点から見て」技術的に「同等であ
る」(技術的に等しい価値を有する)場合を等価という。したがって,「等価」と
は比較する2つの対象に相違点があることが前提である。原告は,「同義」と「等
価」の語を正しく使用していない。
審決は,引用刊行物から審決に記載したとおりの発明を認定し,その発明
を本願発明の技術用語を用いて表現するために,その発明と本願発明の技術用語の
関係を正しく認定し,対応する技術用語を機械的に置き代えてこの発明を「第1の
発明」(引用発明)と認定したのであるから,引用刊行物に引用発明が記載されて
いるとした認定に誤りはなく,本願発明と引用発明の一致点の認定にも誤りはな
い。
3 取消事由3(本願発明と引用発明との相違点の判断の誤り)について
(1) 相違点①について
審決は,「クロック信号供給装置の信頼性を高くするためにクロック信号
を2重化すること,クロック信号を2重化する際そのクロック信号の位相を任意と
すること」(審決書10頁12行~15行)との周知の技術を前提として,「信号
の位相を任意とすること」は当業者が容易になし得たと判断したものであって,そ
の判断に誤りはない。
上記周知技術が,本願発明が解決しようとする欠点を有し,現用クロック
信号又は予備クロック信号の一方が断になったとき他方のクロック信号に連続移行
できないものであると,なぜ引用発明において信号101及び信号102の位相を
任意とすることができないことになるのか,原告は明らかにしていない。
(2) 相違点②について
 引用発明において,本願発明と同様に位相が変わることを許容する場合,
位相を任意とし振幅を異ならせて加算することには,何らの困難性もない(二つの
信号を任意とし振幅を異ならせて加算する方が,二つの信号を同期させ振幅を同一
として加算するよりも技術的に容易である。)。
引用発明が,位相を任意として振幅を異ならせた場合,クロックとして使
用できない信号しか発生できないものであるという原告の主張は,根拠がなく誤っ
ている。
位相差によりクロック信号のパルス幅が変化し,場合により消滅すること
は認めるが,消滅若しくは消滅に近い状態を除く大半の場合はクロック信号が存在
するので,「クロックとして使用できなくなる」ことにはならない。
(3) 相違点③について
審決の「刊行物1に記載された第1の発明において「信号101」及び
「信号102」の位相を任意とした場合に,その加算信号である「信号109」が
「信号101」(又は「信号102」)と同じ周期の成分(基本成分)とその高調
波成分から成ること,基本成分が最も大きいこと,は当業者に周知であり(2つの
正弦波の関係において数学的に広く知られた事項である),所定の周期の波形を得
るためにフィルタを用いることは,例示するまでもなく周知であるので」(12頁
9行~18行)との部分に,錯誤に基づく誤りがあるので,当該部分を,「刊行物
1に記載された第1の発明において,「信号101」及び「信号102」の位相を
任意とした場合に,その加算信号である「信号109」が「信号101」(又は
「信号102」)と同じ周期の成分から成ることは当業者に周知であり(2つの正
弦波の関係において数学的に広く知られた事項である),その加算により不可避的
に発生する雑音(現用系及び予備系から侵入する雑音や加算装置で加算するとき生
じる雑音)等の高調波信号を除去し,所定の周期の波形を得るためにフィルタを用
いることは,例示するまでもなく周知であるので」と訂正する。
信号を加算するときに雑音等の高調波信号が発生することは当業者に自明
であり,高調波信号を除去し所定の周期の波形を得るためにフィルタを用いること
自体は周知であり,引用発明において,信号が正弦波であっても,雑音等の高調波
信号が介入するので,それら雑音等の高調波信号を除去するためにフィルタ(F
I)は用いられ得ることから,「上記波形導出回路として,フィルタ(FI)を設
けて本願発明のようにすることは,当業者が容易になし得たことである。」(審決
書12頁20行~13頁3行)と判断した審決に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 本願発明及び引用発明について
(1) 本願発明
甲第2,第4号証によれば,本願発明は次のとおりのものであることが認
められる。
ア 産業上の利用分野
本願発明は,デジタル装置のための現用・予備クロック信号供給装置に
関するものである。
イ 目的,課題
デジタルデータ処理システム,マルチプレクサシステム,交換システム
等のデジタル装置においては,通常,現用クロック信号発振器VCObと予備クロ
ック信号発振器VCOeとの2つのクロック信号発振器を設け,平常は現用クロッ
ク発振器からのみデジタル装置の種々の回路モジュールBG1~BGNにクロック
パルスTSbを供給しており,現用クロック発振器に障害や故障が生じたときは,
予備クロック発振器に切り換えて予備クロック信号発振器からクロックパルスTS
eを供給している。
しかし,現用クロック信号及び予備クロック信号の周波数が著しく高い
ときは,これらのクロック信号は位相が同期していない結果,上記切換え時に現用
クロック信号から予備クロック信号へ移行する期間に著しい位相ずれを起こして,
クロック信号の欠落等が発生し,これにより,大きいビット損失が,ひいては同期
損失さえもが,発生することがあった。また,現用クロック信号の有無を監視し,
かつ故障時に予備クロック信号に切り換えるためのクロック信号欠落監視回路をす
べての回路モジュールに設けなければならず,このため,回路コストが大きい,と
の問題があった。
本願発明の課題は,クロック信号の有無を検出するクロック信号欠落監
視回路を設けることなく,かつ,ビット損失を発生させることなく,連続的にクロ
ック信号を供給することにある。
ウ 発明の構成
本願発明は,上記の目的を達成するため,特許請求の範囲請求項1記載
の構成を採用した。
本願発明の特許請求の範囲請求項1には,現用クロック信号(TSb)
と予備クロック信号(TSe),又はこれらの信号から導出されたスペクトル信号
(Sb,Se;SV)の関係について,クロック信号の周期が同一であり,振幅が
異なることしか記載されていない。しかし,明細書及び図面の記載から見て,その
振幅の差(すなわち合成信号(Sr)の振幅)が少なくともフィルタ(FI)を介
して合成クロック信号(TSr)を導出することができる大きさでなければならな
いこと,これらの位相が任意であることは,当事者間に争いがない。
エ 発明の効果
本願発明においては,現用クロック信号及び予備クロック信号が切換え
ではなく加算されるので,従来技術においてみられたようなクロック信号欠落監視
回路を設けずに,したがって,大きな回路コストをかけずに,一方のクロック信号
が欠けた場合に,ビットエラーや同期エラーを招来することなく,他方のクロック
信号へ連続的に移行させることが可能になる。
(2) 引用発明
甲第5号証によれば,引用刊行物には,第1,2図(従来例)記載の発明
と,第3図(引用刊行物記載の発明の実施例)記載の発明の2つが記載されている
ことが認められる。甲第1号証(審決書)によれば,審決は,「信号101」,
「アナログ加算器107」,「信号109」等,第1図についてのみ用いられてい
る用語を引用している(4頁12行~6頁15行)ことが認められるから,審決が
引用発明としているのが,第1,2図の発明であることは,明らかである。
甲第5号証によれば,引用刊行物には,引用発明につき,次のとおりの記
載があることが認められる。
ア「クロック信号発生回路を高信頼化するために,基本となる信号発生源例
えば水晶発振器を相互にあるいは他の基準源と同期させて複数個設置し,この複数
個の信号発生源を使用してクロック信号を発生し一つの信号源が故障してもクロッ
ク信号が断とならないようにする構成がある。この構成の一つの形式に第1図に示
すように,各信号発生源からの信号101,102,103をアナログ加算器10
4(判決注・「107」の誤記と認める。)の入力端子104,105,106に
加え,出力端子108に現われる3入力の加算出力109をシュミット回路等のし
きい値回路でパルス変換してクロック信号として用いるものがある。」(1頁左下
欄20行~右下欄12行,第1図)。
イ「この場合入力の一つが断となると第2図に示すようにパルス巾の減少を
生じ瞬時的な位相跳躍または位相変動となる。更に詳しく説明すると第2図で3入
力の場合の加算出力波形201は一つの入力が断となって2入力となると波形20
2となる。この場合,しきい値としてレベル207を用いるも,その動作点は波形
201の場合は203,204,波形202の場合は205,206であり,その
結果得られるクロックパルス波形は,正常時すなわち波形201の場合は波形20
8であるが故障が生じると波形209となり,故障発生時に位相面でのクロック信
号の跳躍を生じこのクロックパルスを使用する系に障害を発生させて系の誤り,同
期はずれ等を生じさせることがある。」(1頁右下欄12行~2頁左上欄6行)。
ウ 「実施例では3入力端子を有するクロック信号発生回路の場合であった
が2以上の入力端子の場合でもよい」(3頁左上欄4行~6行。なお,同記載は,
直接には第3図の実施例に関する説明であるが,甲第1号証によれば,審決は,こ
の記載を参照して,第1図の3つの入力信号を2つ(信号101,102)とした
ものを引用発明としていることが認められる。)。
引用発明の信号101,102が正弦波であることは,当事者間に争いが
ない。
2 取消事由2(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)について
  (1) 本願発明における現用,予備クロック信号の意義について
証拠(甲第9,第13号証)によれば,昭和47年発行の「デジタル・シ
ステムの設計」と題する書籍には,デジタル回路のタイミングをとる手段に関し
て,「このタイミングはランダムに発生させてもよいのですが,一般に使われてい
る手段は,発振器によって一定幅,一定間隔のパルスを作り,それを用いてすべて
の回路のタイミングをとるという方法です。このパルスのことをクロック・パルス
と呼んでいます。クロック・パルスは図4.1(判決注・同図の上の図のことであると
認める。)のような対称方形波である必要はなく,同図(b)(判決注・同図には
(b)の記載はない。下の図のことであると認める。)のような非対称方形波でも
だいじょうぶです。」(甲第13号証130頁4行~8行)との記載があること,
昭和60年発行の「コンピュータ用語辞典[第2版]」には,「clock pulsesクロ
ック・パルス」の項目があり,そこには,「機械の全回路のタイミングを制御する
のに使用される電子パルス。パルスはマスタ・クロック(master clock)から繰返
して発生され,その機械によって実行される動作の同期をとる。クロック・パルス
はクロック信号(clock signal)ともいう。」(甲第9号証97頁20行~23
行)との記載があることが認められる。上記各書籍のこれらの記載によれば,「ク
ロック信号」の語は,一般に,クロック・パルスと同義とされ,デジタル回路のタ
イミングをとるために繰り返し発生する一定幅・一定間隔の方形波パルスをいうも
のとされていると認められる。
甲第5号証によれば,引用刊行物には,「この場合入力の一つが断となる
と第2図に示すようにパルス巾の減少を生じ瞬時的な位相跳躍または位相変動とな
る。」(1頁右下欄12行~14行),「故障発生時に位相面でのクロック信号の
跳躍を生じこのクロックパルスを使用する系に障害を発生させて系の誤り,同期は
ずれ等を生じさせることがある。」(2頁左上欄3行~6行)との記載があり,第
2図として,正弦波である入力信号の一つが欠けた場合に,パルス変換された方形
波の巾が減少することを示す図が記載されていることが認められる。引用刊行物の
これらの記載によれば,回路のタイミング制御は,クロック信号(方形波パルス)
の立上り又は立下りの時点の変動により影響を受けるものであり,クロック信号に
よるデジタル回路のタイミングの制御は,クロック信号(方形波パルス)の立上り
又は立下りの時点で行われるものと認められ,そうすると,クロック信号は,その
立上り又は立下りを有する方形の形状に機能上の意味がある,と一般に理解されて
いるものということができる。これに対し,正弦波信号は,周期的ではあるもの
の,立上り又は立下りを有する方形波の形状ではないため,本願発明のような高精
度のタイミング制御が要求されるデジタル装置ではクロック信号としての機能を果
たすことはできないものであるというべきである。
上記認定を前提に考えると,本願発明は,デジタル装置のための現用,予
備クロック信号供給装置に係るものであるから,そこにいう「現用クロック信
号」,「予備クロック信号」及び「合成クロック信号」は,いずれも方形波パルス
であるとするのが,自然な理解であるというべきである。
本願発明における現用クロック信号及び予備クロック信号の語が,上記の
通常の方形波の意味ではなく,正弦波信号を含む意味で用いられていることを認め
るに足りる証拠はない。かえって,本願発明における「合成クロック信号」は,デ
ジタル装置の回路のタイミングを制御する方形波であることは明らかであり,同一
の明細書中の「現用クロック信号」及び「予備クロック信号」中の「クロック信
号」の語をこれとは異なる意味にとらえるべき具体的な根拠もない以上,これらの
語も方形波の形状のものを意味すると理解すべきである。
被告は,技術的にみて,本願発明の現用クロック信号及び予備クロック信
号は正弦波であってもよい旨主張するが,上に述べたところに照らし,採用するこ
とができない。
(2) 審決の本願発明と引用発明との一致点の認定について
ア 引用発明の信号101,102が正弦波であることは,当事者間に争い
がない。本願発明の現用クロック信号及び予備クロック信号が方形波であること
は,既に述べたとおりであるから,これらと引用発明の信号101,102とが同
義でないことは,明らかである。
審決は,引用発明の信号101,102と本願発明の現用クロック信
号,予備クロック信号あるいは「クロック」とは,「等価」であるとしたうえで
(審決書6頁3行~11行),いかなる意味で「等価」であるのかについては,何
ら説明のないまま,両者が一致すると認定した(審決書8頁1行~9頁5行)。
この点につき被告は,「等価」とは,比較する二つの対象の間に相違点
があることを前提として,ある観点からみて技術的に同等である場合をいい,本願
発明の現用クロック信号,予備クロック信号は,合成クロック信号を作成するため
に用いられる源信号である点において,引用発明の信号101,102と技術的に
同等であり,審決は,この意味で両者を等価であるとしたものである旨主張する。
この点についての審決の記載は十分とはいえないものの,「等価」の意味について
の被告の主張は,その限りにおいては,誤りということはできず,審決の記載もそ
のような趣旨に理解することが可能である。
イ 同様に,引用発明の「信号発生源」と本願発明の「現用クロック信号発
振器(VCOb)」及び「予備クロック信号発振器(VCOe)」とは,合成クロ
ック信号を作成するための源信号の発生装置である点において,引用発明の「クロ
ック信号発生回路」と本願発明の「現用,予備クロック信号供給装置」とは,コン
ピュータ信号を発生する装置である点において,引用発明の「アナログ加算器10
7」と本願発明の「クロック信号加算回路(SU)」とは信号を加算する装置であ
る点において,引用発明の「信号109」と本願発明の「合成信号(Sr)」と
は,共に合成信号である点において,いずれも等価であるとの被告の主張も,その
限りにおいては,誤りとはいえず,審決の記載もそのような趣旨に理解することが
可能である。
引用発明の「しきい値回路」と本願発明の「フィルタ(FI)」とは,
合成信号(Sr)から所定波形の合成クロック信号(TSr)を導出する波形導出
回路である点で,等価であるとの審決の認定及び被告の主張は,その限りにおいて
は,正当ということができる。
また,引用発明の「クロック信号」と本願発明の「合成クロック信号」
とは,共にコンピューター信号である方形波であり,同義であることは,前述した
ところから明らかである。
ウ 審決が,本願発明と引用発明とは,「現用クロック信号(TSb)を送
出する現用クロック信号発振器(VCOb)と予備クロック信号(TSe)を送出
する予備発振器(VCOe)とを備えかつ現用クロック信号(TSb)及び予備ク
ロック信号(TSe)を少なくとも1つのモジュール(BG1,BG2,...)
に供給する,デジタル装置のための現用・予備クロック信号供給装置において,現
用・予備クロック信号供給装置は,現用クロック信号(TSb)及び予備クロック
信号(TSe),又はこれらの信号から導出されたスペクトル信号(Sb,Se;
SV)の同一の調波成分を1つの合成信号(Sr)に統合する少なくとも1つのク
ロック信号加算回路(SU)と,前記合成信号(Sr)から合成クロック信号(T
Sr)を導出する波形導出回路とから構成されている現用・予備クロック信号供給
装置を構成要件としている点で一致して」(審決書8頁8行~9頁5行)いるとの
認定は,完全に同義であるとの趣旨ではなく,上記の等価であるとの意味をも含め
て一致するという趣旨であると解することができるから,その限りにおいては,誤
りであるとはいえないというべきである。
(3) しかしながら,被告も認めるとおり,「等価」とは,比較する2つの対象
に相違点があることが前提であるのに,審決は,引用発明と本願発明との間の「等
価」な点を指摘するだけで,この「等価」な点について,いかなる相違点があるの
かについては,全く指摘せず,したがってまた,これに対する判断も何ら加えてい
ない。そうである以上,審決は,相違点として認定すべき事項を相違点として認定
せず,したがって,これについてなすべき判断もしないまま,結論に至ったものと
いわざるを得ない。
取消事由2における原告の主張は,審決が,上記の意味で引用発明と本願
発明との相違点を看過し,その結果,これについての判断を遺脱したとの主張と善
解することができる。取消事由2は理由がある。
3 取消事由3(本願発明と引用発明との相違点の判断の誤り)について
(1) 相違点①,②について
審決は,引用発明において,各入力信号の位相を任意とした上で,その振
幅を異ならせることは,当事者において容易に想到することができると判断した。
しかしながら,引用刊行物の記載についての前記認定の下では,引用発明
においては,しきい値207を固定値としていることから,加算出力の振幅が大き
く変化すると,それに伴って,そこから導出されるクロックパルスの幅が変化する
ため,正弦波信号である信号101,102の位相を同期させて加算出力の振幅を
急峻化して大きくすることにより,正弦波信号の一つが欠けたとしても加算出力の
振幅が大きく変化しないようにして,クロックパルスの幅が余り変化しないように
したものである,ということができる。そうだとすれば,引用発明では,正弦波信
号101,102,103の位相を同期させることが不可欠の条件とされているも
のというべきである。ここで,もし,信号101,102の位相を任意とすると,
位相差により加算出力の振幅が小さくなり,加算出力の振幅を急峻化して大きくす
るという引用発明の技術思想に反する結果を招くことになる。さらに,位相を任意
とすることに加えて,正弦波信号(101,102)の振幅を異ならせると,加算
出力の振幅はさらに小さくなり,加算出力の振幅の急峻化という引用発明の意図に
反する結果となる。このように,引用発明は,信号101,102の位相の同期を
条件として加算出力の振幅を大きくするとの思想に基づくものであるから,引用発
明において,信号101,102の位相を任意とすることに加えてこれらの信号の
振幅を異ならせることは,加算出力の振幅を小さくする結果となり,引用発明のよ
って立つ技術思想に反することとなる。そうである以上,二つのクロック信号の位
相を異ならせる周知技術があったとしても,これを引用発明に適用して,その位相
を任意とし又は振幅を異ならせることに想到することが,当業者にとって容易であ
ったものとすることはできない,というべきである。
(2) 以上述べたところによれば,審決には,相違点①,②についての判断を誤
った瑕疵があり,この誤りがその結論に影響を及ぼすことは,明らかである。
第6 以上のとおりであるから,審決は,その余の点について判断するまでもな
く,取消しを免れないことが明らかである。
よって,審決を取り消すこととし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法
7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
   東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官     山   下   和   明
        
           裁判官    宍   戸       充
 
  裁判官    阿   部   正   幸

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