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平成12(行ケ)363行政訴訟 特許権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成13年11月27日
事件種別 民事
法令 特許権
特許法29条2項1回
キーワード 審決21回
実施7回
刊行物3回
進歩性1回
主文
事件の概要

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判決文

平成12年(行ケ)第363号 審決取消請求事件
     判    決
 原 告 株式会社半導体エネルギー研究所
 訴訟代理人弁理士 玉城信一
 被 告 特許庁長官 及川耕造
 指定代理人 張谷雅人、橋本武、森田ひとみ、茂木静代
     主    文
 特許庁が平成10年審判第16787号事件について平成12年7月24日にし
た審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
     事実及び理由
 原告の求めた裁判
 主文第1項同旨の判決。
第1 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成3年3月18日「半導体材料およびその作製方法」なる発明につい
て特許出願(平成3年特許願第80800号)をし、平成8年3月6日出願公告
(平成8年出願公告第24104号)されたが、特許異議申立てがあり、平成10
年8月25日拒絶査定があったので、同年10月26日審判を請求し、平成10年
審判第16787号事件として審理されたが、平成12年7月24日、「本件審判
請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年8月28日原告に送達
された。
 2 本願発明の要旨(請求項1に記載の発明の要旨。「および」、「もしくは」
は「及び」、「若しくは」と表記)
 炭素、窒素、及び酸素の濃度がいずれも5×1019cm-3以下であるアモルファ
ス珪素被膜にレーザー光若しくはそれと同等な強光をパルス発振で照射して、溶融
させることなく秩序化するアニールにより得られることを特徴とする半導体材料。
 3 審決の理由の要点
 (1) 引用例記載の発明
 上記拒絶査定で援用された特許異議の決定に引用された刊行物である特開昭62
-104117号公報(引用例1)には、次の記載がある。(特許請求の範囲)
「(1)絶縁性基板上に非晶質半導体薄膜を形成し、レーザービームを走査照射す
ることにより、該非晶質半導体薄膜を多結晶半導体膜となす半導体薄膜の製造方法
において、レーザービームの走査速度をビームスポット径×5000/秒以上とし
て完全な溶融状態に至らしめることなく結晶化させることを特徴とする半導体薄膜
の製造方法。(2)非晶質半導体薄膜が非晶質シリコン薄膜である特許請求の範囲
第1項記載の半導体薄膜の製造方法。」、(3頁左下欄第10行~同頁右下欄4
行)「本発明で使用されるレーザービームは波長20000Å~1000Å程度の
連続発振レーザーによるものがあり、例えば、YAGレーザー、He-Neレーザ
ー、アレキサンドライトレーザー、Arレーザー、Krレーザー、及びこれらの高
周波レーザー、色素レーザー、エキシマーレーザー等が使用できる。中でも可視光
域から紫外域のレーザーが好ましい。
 このレーザービームの走査速度は前述のごとくビームスポット径×5000/秒
以上とされ、通常最大でもビームスポット径×500000/秒以下とされる。な
お、具体的には40m/秒以下とされることが好ましい。これにより、非晶質半導
体薄膜は完全な溶融状態に至ることなく結晶化し、多結晶半導体薄膜とすることが
できる。」、(4頁左上欄6行~第20行)「ここで、走査速度の望ましい範囲が
ビームスポット径との関係で存在する理由は、ビームスポット径より充分に小さい
被照射部分について見ると、或る走査速度の場合照射時間がビームスポット径に比
例し、照射エネルギーがこの時間にほゞ比例するという関係にあるからである。以
上の理由から、走査速度は、ビームスポット径×5000/秒以上とされる。
 これによって、非晶質半導体薄膜は完全な溶融状態に至ることなく結晶化し、極
く短時間のうちに、多結晶半導体薄膜となることが出来、耐熱温度の低い安価なガ
ラス基板の使用が可能であり、かつ、基板サイズの大型化も容易に対応可能とな
る。」、(同頁左下欄7行~14行)「これに対し、非晶質半導体薄膜にレーザー
光を照射する場合、非晶質半導体薄膜に特有な光誘起構造変化及び固相での結晶化
及びこのときの結晶加熱の発生等の現象が存在し、これらの結果、完全な溶融状態
を経ることなく,高速度での結晶化が可能となるものであり、本発明では、この現
象を利用して低温高速の結晶化を可能としている。」。
 引用例1では、「本発明で使用されるレーザービームは波長20000Å~10
00Å程度の連続発振レーザーによるものがあり」としているが、パルス発振であ
る「色素レーザー、エキシマーレーザー」も例示されている。そして、連続発振で
あろうともパルス発振であろうとも、上記の引用例14頁左上欄6行~20行の検
討においては両者とも当てはまるものであり、パルス発振である「色素レーザー、
エキシマーレーザー」と複数例示していること、また、アモルファスシリコン膜に
パルスレーザーを照射して結晶化することは周知の技術である(例えば、特開平1
-241862号公報、特開昭60-245124号公報)ことからも、パルス発
振のレーザーを排除していないものと認める。
 また、製造方法で作成された半導体材料も示されていると認める。
 すなわち、引用例1には、「絶縁性基板上に非晶質シリコン薄膜を形成し、パル
ス発振であるエキシマーレーザービームを走査照射することにより、該非晶質シリ
コン薄膜を完全な溶融状態に至らしめることなく結晶化させ多結晶シリコン薄膜と
する半導体材料」が示されている。
 同じく拒絶査定で援用された特許異議の決定で周知例とされた刊行物である「フ
ラットパネル・ディスプレイ1991」(1990年11月26日)日経BP社、
p158(周知例)の右欄第12行~第15行には、「プラズマCVD法によって
成膜した水素化アモーファスSi膜は通常、1018cm-3オーダーのO、C、Nを
含む(図5)。」と記載されている。
 同じく拒絶査定で援用された特許異議の決定に引用された刊行物である特開昭6
0-245173号公報(引用例2)の4頁3行~6行には、「なお本発明におい
て、チャネル形成領域の非単結晶半導体の酸素、炭素及び窒素のいずれもが、5×
1018cm-3以下の不純物濃度であることが好ましい。」と記載されている。
 (2) 本願発明と引用例記載の発明との対比
 (一致点)
 本願発明の「アモルファス珪素被膜」は、引用例1の「非晶質シリコン薄膜」に
相当するから、両者は次の点で一致する。
 「アモルファス珪素被膜にレーザー光をパルス発振で照射して得られることを特
徴とする半導体材料」
 (相違点)
 そして、(1)本願発明は「炭素、窒素、及び酸素の濃度がいずれも5×1019
cm-3以下であるアモルファス珪素被膜」であるのに対して、引用例1のものは、
炭素、窒素、及び酸素の濃度が記載されていない点、
 (2)本発明は「溶融させることなく秩序化するアニール」であるのに対して、
引用例1は「完全な溶融状態に至らしめることなく結晶化」する点で相違してい
る。
 (3) 相違点(1)についての検討
 しかるに、周知例では、「プラズマCVD法によって成膜した水素化アモーファ
スSi膜は通常、1018cm-3オーダーのO、C、Nを含む」とされ、引用例2に
は、「チャネル形成領域の非単結晶半導体の酸素、炭素及び窒素のいずれもが、5
×1018cm-3以下の不純物濃度であることが好ましい」とされており、「炭素、
窒素、及び酸素の濃度がいずれも5×1019cm-3以下である」とすることは、本
願明細書の記載を見ても、臨界的意義が認められず、当業者が任意に選定できた事
項であると認められ、この相違点は格別のものではない。
 (4) 相違点(2)についての検討
 引用例1において、「非晶質半導体薄膜にレーザー光を照射する場合、非晶質半
導体薄膜に特有な光誘起構造変化及び固相での結晶化及びこのときの結晶加熱の発
生等の現象が存在し、これらの結果、完全な溶融状態を経ることなく,高速度での
結晶化が可能となる」と記載され、固相での結晶化であることが示されている。
 本願明細書の段落【0010】において「この現象は明らかに、2つの相が存在
することを示している。本発明者らの研究によると、515cm-1以下では、レー
ザーアニールによっても、被膜が溶融することなく、固相のまま原子の秩序化が進
行したものであり、515cm-1以上では、レーザーアニールによって被膜が溶融
し、液相状態を経て固化したものであると推定されている。」と記載され、溶融さ
せることなく秩序化することは、被膜が溶融することなく、固相のまま原子の秩序
化が進行したものを意味するものと認められるので、引用例1の固相での結晶化を
含む、完全な溶融状態を経ることなくアニールすることを、溶融させることなく秩
序化するとすることは、当業者が任意に設定できた事項であると認められる。した
がって、この相違点(2)は格別ではない。
 (5) 審決のまとめ
 してみると、上記相違点はいずれも格別のものではないので、本願発明は、引用
例1、2及び周知例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたものである。したがって、特許法29条2項の規定により特許を受けること
ができないものであり、請求項2~7に係る発明を検討するまでもなく拒絶される
べきものである。
第2 原告主張の審決取消事由
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
 審決は、「本願発明と引用例記載の発明との対比」において、両発明は、「アモ
ルファス珪素被膜にレーザー光をパルス発振で照射して得られることを特徴とする
半導体材料」で一致すると認定したが、次に述べるとおりの理由により誤りであ
る。
 (1) 一般にレーザーは、材料、励起方法、発振波長、発振特性、用途等いろいろ
の観点から分類され、それぞれの分類に応じた機能を発揮するものとして知られ、
レーザーの発振特性については、「連続発振」か、「断続発振」(パルス発振)か
によって分類されるとともに、それぞれが有する機能を考慮の上使い分けられてい
る。
 (2) 引用例1の明細書には、「半導体薄膜の製造方法」に関する発明が記載され
ているところ、その発明で使用するレーザーの発振特性について、(ア)請求項5に
「レーザービームがCW Arレーザーである特許請求の範囲第4項記載の半導体薄膜製
造方法。」(1頁右下欄3ないし5行)(CWは、Continuous Waveの略で連続発振を示
す。)と記載されているように、連続発振のレーザービームを用いることが明確に特
定され、(イ)「発明の解決しようとする問題点」の項目に、「前述の如き欠点を解
決する方法として絶縁膜上に形成した非晶質シリコン膜にCW Arレーザービームを照
射し、多結晶シリコン膜となす方法が提案されている。」(2頁左下欄17ないし20行)
と、連続発振のレーザービームを用いて多結晶シリコン膜となす方法が既に知られ
ていたことが示され、(ウ)それに続く「問題を解決するための手段」の項目には、
「本発明で使用されるレーザービームは波長20000Å~1000Å程度の連続発振レーザ
ーによるものがあり、」(3頁左下欄10ないし12行)と、連続発振レーザーを用いる旨
明示されるとともに、(エ)これに続けて「このレーザービームの走査速度は前述の
如くビームスポット径×5000/秒以上とされ、通常最大でもビ一ム
スポット径×500000/秒以下とされる。」(3頁左下欄18行ないし右下欄1行)と記載さ
れていることから、走査速度をビームスポット径×5000/秒以上とするレーザーは、
連続発振レーザーであることが推認され、(オ)「作用」の項目に、「本発明は、ガ
ラス基板等の絶縁性基板上に形成した非晶質シリコン膜等の非晶質半導体薄膜へCW
Arレーザービーム等のレーザービームを走査照射することにより、完全な溶融状態
を経ることなく多晶質シリコン膜等の多結晶半導体薄膜とすることが可能であ
り、」(4頁左下欄16行ないし同右下欄1行)と、連続発振のレーザービームを走査照
射することによりその作用が行われる旨明示され、(カ)「実施例1」には、「CW
Arレーザービームを走査照射する。」(5頁左上欄16行)と記載されるとともに、その
他として「CW Arレーザービーム」を用いる旨の記載が3カ所(5頁右上欄6行、5頁左
下欄2行、及び5頁左下欄15行)あるように、実施例1ではすべて連続発振のレーザー
ビームを用いることが示され、(キ)「実施例2」にも「CW Arレーザービームを上記
条件と同様・・・照射したところ、」(5頁右下欄9ないし12行)と、やはり連続発振のレ
ーザービームを用いることが示され、(ク)「発明の効果」の項目には
、「以上の如く本発明は、ガラス基板等の絶縁性基板上の非晶質シリコン膜等の非
晶質半導体薄膜にCW Arレーザービーム等のレーザービームを走査照射する際、走査
速度をビームスポット径×5000/秒以上とすることにより、」(6頁左上欄3ないし
7行)と、やはり連続発振のレーザービームを用いることが明示され、(ケ)「図面の
簡単な説明」の項目に「1・・・CW Arレーザービーム」(6頁左下欄3行)と記載されると
ともに、(コ)第1図にもわざわざ「1:CW Arレーザービーム」と記載されている。
 (3) 引用例1の明細書及び図面には、上記(ア)ないし(コ)に指摘したように目
的、構成及び作用効果等のすべてにわたり一貫して連続発振のレーザービームを用
いることしか記載されておらず、パルス発振を用いる記載はもちろん、示唆もされ
ていない。
 (4) 引用例1には、引用例1の発明で使用可能な連続発振レーザーの例としてエ
キシマレーザーが挙げられているが、これは、単なるうっかりミス、誤記にすぎな
い。
 エキシマレーザーは、1秒間に100回程度断続的に発光するものであり、1回
当たりの発光時間はわずか数十ナノ秒(10×10-9秒)程度であるから、例え
ば、走査速度がスポット径×5000/秒、パルス発振回数100回/秒、パルス
幅10ナノ秒の場合を想定すると、1/100秒の間にビームはスポット径×50
00×1/100秒=50スポット径ほど移動する。そのうちビームが照射される
ところは、スポット径×5000×10×10-9秒=5×10-5スポット径という
わずかな時間であって、ほとんどの部分にビームが照射されることなく、「溶融状
態に至らしめることなく結晶化する」ことはできるものではない。
 2 取消事由2(相違点の認定手法の誤り)
 審決は、相違点を2つに分けて認定したが、誤りである。本願発明は、審決が2
つに分けて抽出した上記事項を一体不可分のものとして結びつけたところに特徴を
有するものであり、相違点としては1つであり、その相違点は、「本願発明は『炭
素、窒素、及び酸素の濃度がいずれも5×1019cm-3以下であるアモルファス珪
素被膜にレーザー光若しくはそれと同等な強光を照射して、溶融させることなく秩
序化するアニール』であるのに対して、引用例1記載の発明はその点が記載されて
いない。」である。
 3 取消事由3(相違点に対する判断の誤り)
 審決は、本願発明と引用例1記載の発明との相違点を単に2つに分け、分けたそ
れぞれの相違点について判断をしているだけで、2つの相違点の関連性について一
切検討を行っていない。そして、本願発明と引用例1記載の発明とは目的及び効果
においても全く異なるものであるのに対し、審決はこれらの点について一切検討を
行っていない。審決の相違点に対する判断は誤りである。
 4 取消事由4(作用効果の看過)
 本願発明は、「本発明によって、再現性よく、移動度の大きな膜状半導体が得ら
れることが明らかになった。」という効果、すなわち、キャリアの再現性と移動度
を同時に満足させるという顕著な効果を奏するものであるのに対し、引用例1記載
の発明は、このような効果を奏するものではない。両者は明らかに異なるととも
に、本願発明の上記顕著な効果は、引用例1、引用例2及び審決が引用した各周知例
に記載されるものから容易に予測し得るものでもない。審決は、この本願発明の顕
著な効果について一切言及しておらず、本願発明の上記顕著な効果を看過したもの
である。
第3 審決取消事由に対する被告の反論
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対して
 (1) 引用例1記載のレーザー光においても、パルス発振のものも開示されてお
り、当業者から見て、技術的には、パルス発振のレーザー光を用いることが可能で
ある。
 引用例1には、レーザービームの走査速度をビームスポット径×5000/秒以
上とする理由として、「ここで、走査速度の望ましい範囲がビームスポット径との
関係で存在する理由は、ビームスポット径より充分に小さい被照射部分について見
ると、或る走査速度の場合照射時間がビームスポット径に比例し、照射エネルギー
がこの照射時間にほゞ比例するという関係にあるからである。以上の理由から、走
査速度は、ビームスポット径×5000/秒以上とされる。これによって、非晶質
半導体薄膜は完全な溶融状態に至ることなく結晶化し、極く短時間のうちに、多結
晶半導体薄膜となることが出来、耐熱温度の低い安価なガラス基板の使用が可能で
あり、かつ、基板サイズの大型化も容易に対応可能となる。」(4頁左上欄6ない
し20行)と記載されている。
 この「或る走査速度の場合照射時間がビームスポット径に比例し、照射エネルギ
ーがこの照射時間にほゞ比例するという関係にある」という記載から、ビームスポ
ット径と走査速度によって決まる、照射されたエネルギーを適度にすることで、非
晶質半導体薄膜は完全な溶融状態に至ることなく結晶化することが示されている。
そして、非晶質半導体薄膜は完全な溶融状態に至ることなく結晶化するために、時
間あたりの適度な照射エネルギーを与えればよいことは当業者にとって、当然に認
識できる技術的事項である。すなわち、与える元が連続発振レーザーであろうと、
パルス発振レーザーであろうと、同じ単位時間での累積エネルギー量が照射されれ
ば同じ現象が生ずるのである。
 引用例1から得られる上記の知見と、審決が周知の技術として指摘した特開平1
-241862号公報、特開昭60-245124号公報(これらに記載のもので
は、アモルファスシリコン膜にパルスレーザーを照射することにより結晶化されて
いる。)とを考慮すれば、パルスレーザーを照射しても、非晶質半導体薄膜は完全
な溶融状態に至ることなく結晶化することが可能であると、判断することができ
る。
 したがって、「連続発振であろうともパルス発振であろうとも、上記の引用例1
4頁左上欄6行~20行の検討(走査速度、スポット径、照射時間、照射エネルギ
ー等についての検討)においては両者とも当てはまる」とした審決の認定に誤りは
ない。
 (2) 原告は、引用例1のエキシマレーザーの例示は、単に記載者のうっかりミ
ス、単なる誤記にすぎないと主張するが、誤記であることの根拠は示されていな
い。この部分の記載は、むしろ発振パルスも含まれることを明らかにした記載であ
る。
 引用例1の当該箇所(3頁左下欄10ないし16行)には、「本発明で使用され
るレーザービームは波長20000Å~1000Å程度の連続発振レーザーによる
ものがあり、例えば、YAGレーザー、He-Neレーザー、アレキサンドライト
レーザー、Arレーザー、Krレーザー、及びこれらの高周波レーザー、色素レー
ザー、エキシマーレーザー等が使用できる。」と記載されている。この箇所の記載
が、「・・・は・・・があり」という構文であり、「・・・は・・・である」とい
う文ではないことに注意すれば、「YAGレーザー、He-Neレーザー、アレキ
サンドライトレーザー、Arレーザー、Krレーザー、及びこれらの高周波レーザ
ー、色素レーザー、エキシマーレーザー等」は、「本発明で使用されるレーザービ
ーム」の例示と解されるから、連続発振レーザーとパルス発振レーザーの両者が例
示されても、何ら矛盾は生じない。
 引用例1は「非晶質半導体薄膜は完全な溶融状態に至ることなく結晶化し、極く
短時間のうちに、多結晶半導体薄膜となることが出来」るよう、照射するレーザー
のエネルギー(量)に注目したものであり、パルス発振レーザーであろうと、単位
時間での累積エネルギー量である。そして、与えられたエネルギーで、非晶質半導
体薄膜は完全な溶融状態に至ることなく結晶化する点においては、連続発振レーザ
ーであろうと、パルス発振レーザーであろうと、同様であるので、色素レーザー、
エキシマレーザーを例示しても何ら過ちではない。
 また、審決認定のとおり、特開平1-241862号公報、特開昭60-245
124号公報より、アモルファスシリコン膜にパルスレーザーを照射することによ
って結晶化が起こることは周知であることを考慮すれば、当業者であれば、引用例
1に記載のエキシマレーザー(パルス発振レーザー)も結晶化に要する照射エネル
ギーを与える手段として連続発振レーザーと同様に使用可能であると理解できるの
であって、上記記載を誤記として受けとめるものではない。
 原告は、また、引用例1の走査速度では、エキシマレーザーを使用した場合に
は、溶融状態に至らしめることなく結晶化することはできないと主張する。
 しかし、引用例1には「・・これに対し、走査速度が早い場合、遅い場合に比較
して・・・レーザーパワーの設定マージンが拡がる。ここで、走査速度の望ましい
範囲がビームスポットとの関係で存在する理由は、ビームスポット径より充分に小
さい被照射部分についてみると、或る走査速度の場合照射時間がビームスポット径
に比例し、照射エネルギーがこの照射時間に比例するという関係にあるからであ
る。」(4頁左上欄)とあり、レーザーパワーとの関連が述べられ、比較例1,2
には走査速度が実施例と同じであってもレーザーパワーが異なると所望する結晶状
態があらわれないことが示されている。このようにレーザーパワーの設定も条件の
一つであるから、エキシマレーザーのレーザーパワー値を無視して、所定時間内に
おける照射部分の割合の比較だけで照射エネルギーの大きさは論じられない。原告
の主張は失当である。
 このように、引用例1の記載内容すなわち結晶化の起こる原理やエキシマレーザ
ーの例示からパルス発振レーザーによる結晶化を当業者が読みとることができる以
上、引用例1の作成者がエキシマレーザーにつき記載する意図を持っていたかいな
かったか、誤記か否か等を議論することは意味がない。
 2 取消事由2(相違点の認定手法の誤り)に対して
 相違点を個別に分けるか、一体とするかは単に結論を導く過程での手法にすぎな
い。
 しかも、これら2つの相違点が一体として扱うべき関係にはないことは、本願明
細書及び図面から明らかである。例えば、第2図には、レーザーアニールされた珪
素被膜とラーマンシフトの関係が、酸素濃度1×1019、5×1019、2×1020、
2×1021cm-3の4例について、実線で示されているところ、各濃度の実線は、
いずれも、ラーマンシフト量が大きい(=秩序化するアニールが進む)ほど電子移
動度が大きくなること、及び酸素濃度の少ないほど電子移動度が大きくなることを
明確に示している。このことは、すなわち、電子移動度と酸素濃度の関係、電子移
動度と秩序化するアニールとの関係が、それぞれ別々に論じることができるもので
あることを明確に示すものである。
 3 取消事由3(相違点に対する判断の誤り)に対して
 2つの相違点が一体として扱うべき関係になく、この点に関する審決の認定判断
が正しいことは、取消事由2に対して述べたとおりである。
 4 取消事由4(作用効果の看過)に対して
 本願発明の効果は、引用例1において、パルス発振レーザーを採用した場合と同
等の効果以上のものは存在しない。
第4 当裁判所の判断
 取消事由1(一致点の認定の誤り)中パルス発振に関する部分について判断す
る。
 1 甲第4号証によれば、引用例1には「本発明で使用されるレーザービームは
波長20000Å~1000Å程度の連続発振レーザーによるものがあり、例えば、YAGレー
ザー、He-Neレーザー、アレキサンドライトレーザー、Arレーザー、Krレーザー、及
びこれらの高周波(判決注・高調波の誤記)レーザー、色素レーザー、エキシマー
レーザー(判決注・エキシマレーザーと同義)等が使用できる。」(3頁左下欄1
0ないし16行)と記載されていることが認められる。この記載で例示されている
レーザービーム源のうち、エキシマレーザーは、パルス発振のみが可能であって、
連続発振することができないものであることは、当事者双方とも認めるところであ
る。
 そうすると、上記記載には、引用例1記載の発明で使用できる「連続発振レーザ
ー」の例として、パルス発振のみが可能な「エキシマレーザー」を挙げるという不
整合を含むことが明らかであるが、以下のとおり、当業者は、引用例1記載の発明
には、「エキシマレーザー」は、使用不可能であると理解するものといえる。
 2 甲第4号証によれば、引用例1に以下の記載があることが認められる。
 「半導体薄膜の製造方法」とのタイトルの発明が記載され、その発明の詳細な説
明には、「半導体薄膜として、従来、非晶質シリコン膜を用いる方法、及び多結晶
シリコン膜を用いる方法」(1頁右下欄19行ないし2頁左上欄2行)があるとこ
ろ、非晶質シリコン薄膜を用いる方法は、膜の導電率が小さく、キャリア移動度が
低く、このため「アクティブマトリクスとして充分なトランジスタのオン電流を得
る」(2頁左上欄12ないし14行)ことが困難であり、「アクティブマトリクス
の周辺走査回路を同一基板上に形成できない」(2頁左上欄18ないし20行)と
いった欠点があること、これに対し、「多結晶シリコン膜は・・・膜物性として、
非晶質シリコンと比較して導電率、キャリア移動度は1桁以上大きく・・・より高
性能で高信頼のアクティブマトリクスの形成が可能で・・・非晶質シリコン膜を用
いた場合の欠点を解決する方法として精力的に検討がなされている」(2頁右上欄
6行ないし13行)ことが記載されている。
 次いで、「発明の解決しようとする問題点」として、特性のよい多結晶シリコン
膜の形成には減圧CVD法やプラズマCVD法が使用されているが「これらの形成
法では形成時の基板温度が600℃以上必要であり、それより低い温度では非晶質
シリコン膜しか得られない」等の欠点があること(2頁右上欄18ないし20
行)、これらの欠点を解決する方法として「絶縁膜上に形成した非晶質シリコン膜
にCW Arレーザービームを照射し、多結晶シリコン膜となす方法が提案されている」
(2頁左下欄17ないし20)が、この場合でも「プロセス温度として500℃以
上を必要とするという大きな欠点を有していた。」(2頁右下欄3ないし5行)との
記載がある。
 そして、「問題を解決するための手段」として、「本発明は、従来の絶縁性基板
への多結晶半導体薄膜形成法が持つ前述の問題点を解決すべくなされたものであ
り、絶縁性基板上に非晶質半導体薄膜を形成し、レーザービームを走査照射するこ
とにより、該非晶質半導体薄膜を多結晶半導体膜となす半導体薄膜の製造方法にお
いて、レーザービームの走査速度をビームスポット径×5000/秒以上として完
全な溶融状態に至らしめることなく結晶化させることを特徴とする半導体薄膜の製
造方法である」(2頁右下欄6ないし16行)と記載されている。
 上記記載によれば、引用例1記載の発明は、レーザービームを走査照射すること
により、特性が劣る非晶質半導体薄膜を、特性に優れる多結晶半導体薄膜に変換
し、これにより、「アクティブマトリクスとして充分なトランジスタのオン電流を
得る」こと、あるいは「アクティブマトリクスの周辺走査回路を同一基板上に形
成」することを達成しようとするものであると認めることができる。
 そうすると、引用例1記載の発明において、レーザービームの走査照射による非
晶質薄膜の多結晶薄膜への変換は、充分なオン電流が得られ、走査回路が形成でき
るような態様でなされること、すなわち、充分な電流が流れる回路が形成されるよ
うな態様でなされることが不可欠であり、したがって、レーザービームの走査照射
による非晶質半導体薄膜の多結晶薄膜への変換は、回路といえるような連続した領
域に対して行われるものであることは明らかである。
 3 甲第4号証に基づき引用例1の記載を更に検討すると、その発明の詳細な説
明には、「レーザービームのスポット経は、適宜定めれば良いが、・・・大きくす
るにつれ必要なレーザー光源のパワーも増大する為、通常は30~200μmが選
ばれる。」こと(3頁右上欄19行ないし左下欄4行)、及び「レーザービームの
走査速度は前述の如くビームスポット径×5000/秒以上とされ、通常最大でもビ一ム
スポット径×500000/秒以下とされる。なお、具体的には40m/秒以下とされるこ
とが好ましい。」こと(3頁左下欄18行ないし右下欄2行)が記載されているものと
認められる。実施例1及び2では、CW(連続発振)Arレーザービームが、ビームス
ポット径100μm、走査速度1.2m/秒(ビームスポット径×12,000/
秒)で使用されている。
 上記記載によれば、引用例1記載の発明では、レーザービームの走査照射は、ビ
ームスポット径×5000/秒ないし500000/秒の速度でされること、すなわち、1秒
間にレーザービームのスポットの直径の5000倍ないし50万倍の距離が走査さ
れるものであること、レーザービームのスポット径は、通常、30ないし200μ
mであり、走査速度の絶対値は、40m/秒以下、具体的には、例えば、1.2m
/秒(実施例1及び2)であることが明らかである。
 ところが、上記のような条件での走査照射に、レーザービーム源としてパルス発
振のエキシマレーザーを使用すると、その走査照射により非晶質薄膜を多結晶薄膜
に変換し、連続した領域に電流が流れる回路を形成することはできないことにな
る。すなわち、甲第10号証(「レーザーハンドブック」(レーザー学会編、昭和
57年オーム社刊)の表36.3(748頁))によれば、エキシマレーザーのパ
ルス発振回数(すなわち発光回数)は1秒間に100回、発振の際のパルスの幅
(すなわち、発光の持続時間)は15ns(ナノ秒)と認められる。仮に、このよ
うな発振特性のエキシマレーザーを使用して、引用例1の実施例1及び2における
CW(連続発振)Arレーザービームと同一の条件、すなわち、ビームスポット径10
0μm、走査速度1.2m/秒(ビームスポット径×12,000/秒)で1秒間
走査照射すると、エキシマレーザーのビームスポットは、発振持続時間15nsの
間に約0.018μm(=1.2mの10億分の15)移動するにすぎないから、
結局、短径100μm、長径100+0.018μmの孤立した領域の非結晶薄膜
が多結晶薄膜に変換され、そのような孤立した領域が、長さ1.2mの区間に10
0か所の割合で形成されるにとどまる。このような、走査照射によっては充分な電
流が流れる回路が形成され得ないことは明らかである。すなわち、エキシマレーザ
ーを使用する限り、走査照射の速度を、ビームスポットの直径の5000倍ないし
50万倍の範囲で変更しても、同様の結果しか達成されないのであり、エキシマレ
ーザーに代えて色素レーザーを使用した場合も、同様である(前記「レーザーハン
ドブック」(甲第10号証)の表36.3によれば、そのパルス幅は0.0005
ns(ナノ秒)、パルスの発振回数は10回/秒である。)。
 4 そうすると、引用例1に接した当業者は、引用例1記載の発明では、パルス
発振レーザーではなく連続発振レーザーを使用するものであると理解するととも
に、「連続発振レーザー」の例にエキシマレーザーが含まれる前記記載は、誤記で
あると理解するものというべきである。
 5 したがって、引用例1記載の発明と本願発明とが「パルス発振で一致する」
とした審決の認定は誤りであり、この誤りは、引用例1、2との対比においてした
本願発明の進歩性判断の結論に影響を及ぼす可能性があるものとして、審決は取消
しを免れない。
第5 結論
 以上のとおりであり、原告の請求は認容されるべきである。
(平成13年11月6日口頭弁論終結)
 東京高等裁判所第18民事部
         裁判長裁判官   永   井   紀   昭
            裁判官   塩   月   秀   平
            裁判官   橋   本   英   史

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