平成12(行ケ)297行政訴訟 特許権
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成13年10月24日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法126条1項3回 民事訴訟法61条1回
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キーワード |
審決70回 分割23回 実施18回 無効4回 訂正審判1回 特許権1回 無効審判1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成12年(行ケ)第297号 審決取消請求事件(平成13年10月10日口頭
弁論終結)
判 決
原 告 ティーオーエー株式会社
訴訟代理人弁護士 大 場 正 成
同 尾 崎 英 男
同 嶋 末 和 秀
同 弁理士 木 村 正 俊
被 告 ソニー株式会社
訴訟代理人弁護士 中 村 稔
同 熊 倉 禎 男
同 田 中 伸一郎
同 渡 辺 光
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成11年審判第35397号事件について平成12年6月28日
にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「受信機」とする特許第2012876号発明(以下、この
特許を「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許
権者である。
本件特許は、昭和59年6月29日の出願に係り、平成5年12月16日付
けの出願拒絶理由の通知(以下「本件拒絶理由通知」という。)に対し、平成6年
4月8日に手続補正(以下「本件補正」という。)及び意見書(以下「本件意見
書」という。)の提出がされた後、平成7年5月17日の出願公告を経て、平成8
年2月2日に設定登録されたものであるが、平成10年12月17日、被告が明細
書の特許請求の範囲の記載を訂正する旨の訂正審判の請求をしたところ、特許庁は
同請求を平成10年審判第39086号事件として審理した上、平成11年2月8
日、訂正を認める旨の審決(以下、この訂正審決に係る訂正を「本件訂正」とい
う。)をした。
原告は、平成11年8月3日に被告を被請求人として、本件特許につき無効
審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成11年審判第35397号事件として審理した上、
平成12年6月28日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、そ
の謄本は、同年7月19日、原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 本件訂正前の明細書(設定登録時の明細書、甲第2号証)の特許請求の範
囲の請求項1の記載(以下、同明細書を「訂正前明細書」といい、訂正前明細書記
載の特許請求の範囲の請求項1を「訂正前請求項1」という。)
受信チャンネルに対応する周波数の信号を選択して受信するための受信チ
ャンネル設定手段と、
上記受信チャンネル設定手段を制御するチャンネル制御手段と、
上記チャンネル制御手段は、互いに3次高調波の妨害を受けないような複
数の受信チャンネルの組合せが受信チャンネルグループとして記憶された記憶手段
を含み、
上記チャンネルグループを指定するチャンネルグループ入力手段とを備
え、
上記チャンネルグループ入力手段によりチャンネルグループを指定する
と、指定されたチャンネルグループ内に含まれる受信チャンネルから受信チャンネ
ルが設定されるように制御される
ことを特徴とする受信機。
(2) 本件訂正に係る明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載(下線部が訂正
箇所である。以下、同明細書記載の特許請求の範囲の請求項1を「訂正後請求項
1」という。)
受信チャンネルに対応する周波数の信号を選択して受信するための受信チ
ャンネル設定手段と、
上記受信チャンネル設定手段を制御するチャンネル制御手段と、
上記チャンネル制御手段は、互いに3次相互変調の妨害を受けないような
複数の受信チャンネルの組合せが受信チャンネルグループとして記憶された記憶手
段を含み、
上記チャンネルグループを指定するチャンネルグループ入力手段とを備
え、
上記チャンネルグループ入力手段によりチャンネルグループを指定する
と、指定されたチャンネルグループ内に含まれる受信チャンネルから受信チャンネ
ルが設定されるように制御される
ことを特徴とする受信機。
3 審決の理由
審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本件訂正が特許法(注、「平成6
年法律第116号による改正前の特許法」の趣旨と解される。)126条の規定に
違反してされたものであり、本件特許は、同法123条1項7号の規定により無効
であるとする請求人(注、原告)の主張に対し、本件訂正は誤記の訂正を目的とす
るものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、か
つ、願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)又は図面に記載
した事項の範囲内のものであり、さらに、出願の経過を参酌しても本件訂正が違法
であるとは認められないから、請求人提出の主張及び証拠方法によっては本件特許
を無効とすることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
審決は、本件訂正が誤記の訂正を目的とするものと誤って判断し(取消事由
1)、また、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではないと誤って判断
する(取消事由2)とともに、本件訂正が平成6年法律第116号による改正前の
特許法126条1項ただし書前段所定の「訂正は、願書に添付した明細書又は図面
に記載した事項の範囲内においてしなければならず」との規定に反し、新規事項を
追加したものであることを看過した(取消事由3)結果、本件訂正が違法であると
は認められないとする判断に至ったものであるから、違法として取り消されるべき
である。
1 取消事由1(本件訂正が誤記訂正を目的とするとの判断の誤り)
(1) 審決は、「特許明細書における発明の詳細な説明又は図面には,背景技術
とその問題点,発明の目的,発明の概要,発明の実施例,発明の効果について,複
数のチャンネル間の3次相互変調,相互妨害,互いの妨害の発生を問題とし,これ
らの相互の妨害を受けない複数のチャンネルの組合せを設定することが一貫して記
載されている・・・とくに,実施例の第2図に示された複数のチャンネルの組合せ
についても,被請求人(注、被告)の提出した証拠資料1~3を参照すると,特許
明細書に記載された周波数帯域での3次相互変調の妨害を受けない複数のチャンネ
ルの組合せを開示したものであることが明白である」(審決謄本4頁11行目~1
9行目)、「訂正前の請求項1に記載された3次高調波による妨害については,発
明の詳細な説明及び図面には,それに関する記載も示唆も全くされておらず,この
3次高調波という記載は,特許明細書中の請求項1以外の記載との関係では明らか
な矛盾があり,特許請求の範囲を含めた特許明細書の記載全体から見ると,この3
次高調波という記載は,錯誤により本来の意を表示していないものである」(同頁
26行目~31行目)として、本件訂正が「特許法第126条第1項第2号に規定
された誤記の訂正を目的とするものである」(同頁32行目~33行目)と判断し
た。
しかしながら、以下のとおり、上記判断は誤りである。
(2) 訂正前明細書(甲第2号証)において、「一貫して記載されている」もの
があるとすれば、それは「相互妨害」であって、「3次相互変調の妨害」ではな
い。「3次相互変調の妨害」という用語が用いられているのは、「背景技術とその
問題点」の欄における「このように,多数のチャンネルがカバーされていても,例
えば3次相互変調の妨害を受ける関係のチャンネルは,実質的に,使用不可能であ
る。」(3欄20行目~21行目)との記載のみである。そして、「3次相互変調
の妨害」は「相互妨害」の1例であるが、「相互妨害」はこれに限られるものでは
なく、「3次高調波の妨害」や「隣接チャンネル妨害」をも包含するものであるか
ら、「相互妨害」を「3次相互変調の妨害」と同一視することは誤りである。
また、訂正前明細書記載の実施例として、図面第2図にテレビチャンネル
7~13の各グループ1~6に含まれるワイヤレスマイクロホンチャンネルが
「○」印を付して示されているところ、例えば、同図のテレビチャンネル7のグル
ープ2に含まれるワイヤレスマイクロホンチャンネル2、7、11、13、22、
24が互いに3次相互変調の妨害を受けない組合せであるためには、ワイヤレスマ
イクロホンチャンネル1の前と同24の後とにそれぞれ600kHzのガードバンドを
設け、同11と同12との間の周波数間隔が400kHzであることが必要であるが、
同図にも訂正明細書にも各ワイヤレスマイクロホンチャンネルの周波数の値につい
ては記載がなく、当業者が上記の点を読み取ることはできないから、同図が3次相
互変調の妨害を受けない複数のチャンネルの組合せを開示したものであるとするこ
とはできない。
この点に関し、審決は、同図が3次相互変調の妨害を受けない複数のチャ
ンネルの組合せを開示したものである旨認定するに当たって、被請求人(注、被
告)の提出した証拠資料1~3、すなわち、「VHF同期式チューナーWRR-2
10取扱説明書」(乙第1号証、以下「被告参考資料1」という。)、「ソニーV
HF同期式ワイヤレス・マイクロホン・システム」(乙第2号証、以下「被告参考
資料2」という。)及び米国連邦通信委員会1980年制定の規則第74(乙第3
号証、以下「被告参考資料3」という。)を参酌しているが、これらは、訂正前明
細書に記載がないのみならず、被告参考資料1、2については、本件特許出願当時
において刊行されていたかどうか定かではないから、これらを参酌して本件発明の
技術内容を解釈することは許されず、また、被告参考資料3には、テレビチャンネ
ル7~13において使用可能な周波数が記載されているだけであって、どの周波数
がどのワイヤレスマイクロホンチャンネルに該当するのかは記載されていないか
ら、これによって、同図に3次相互変調の妨害を受けない複数のチャンネルの組合
せが開示されていると認定することはできない。
なお、被告は、被告参考資料3に係る米国のレギュレーションが当業者に
周知であるとした上で、ワイヤレスマイクロホンチャンネル1の前と同24の後と
に各600kHzのガードバンドが設けられ、ワイヤレスマイクロホンチャンネル11
と同12との間に200kHzが割り当てられている旨主張するが、テレビチャンネル
7~13がワイヤレスマイクロホンシステムに割り当てられているのは米国だけで
はなく、例えばカナダにおいてもそうであるところ、実施例が米国の例であること
は訂正前明細書及び図面第2図に記載がないのみならず、米国における行政規制で
あるレギュレーションが当業者に周知であるということもできないから、被告の上
記主張は誤りである。
(3) 訂正前明細書記載の実施例に係る図面第2図に開示された受信チャンネル
の組合せは、3次高調波の妨害を受ける組合せではないから、同図には、「互いに
3次高調波の妨害を受けないような複数の受信チャンネルの組合せ」が開示されて
いるということができる。
すなわち、当初明細書(甲第9号証の1添付)記載の特許請求の範囲に
は、「分割されたチャンネルの中で相互妨害を生じない複数チャンネルの組合せを
選択し,この選択された複数チャンネルの何れかを受信できるようにした受信機」
との記載があり、第2図が添付されていたところ、上記のとおり、「相互妨害」に
は「3次相互変調の妨害」のほか、「3次高調波の妨害」や「隣接チャンネル妨
害」も包含されるものであり、したがって、同図は、「3次高調波の妨害」を受け
ない複数の受信チャンネルの組合せでもあるはずである。
(4) したがって、訂正前明細書の発明の詳細な説明に、3次相互変調の妨害に
ついて一貫して記載されており、3次高調波の妨害について記載も示唆もないとす
ることは誤りであって、訂正前請求項1の「3次高調波」が「3次相互変調」の誤
記であるとする根拠はない。
(5) なお、審決は、「被請求人(注、被告)は、意見書(注、本件意見書)に
おいて・・・基本周波数の3倍の周波数である3次高調波による妨害の問題点や3
次高調波による妨害を受けない効果について主張しているわけではなく,・・・被
請求人の意見書における主張及び補正書の記載は,基本波の3倍の周波数である3
次高調波による妨害を互いに受けないような複数のチャンネルの組合せとすること
を,被請求人が本件特許発明(注、本件発明)の特徴点であると認識し,その認識
した点を意見書で主張し,対応する請求項1の補正を行ったと解されるものである
とは認められない」(審決謄本8頁20行目~33行目)、「被請求人の錯誤によ
り,3次高調波と3次相互変調という技術用語を混同し,意見書及び請求項1に,
3次高調波と誤って記載し,それがそのまま,看過されて,訂正前の特許請求の範
囲の記載になったものと認められる」(同8頁38行目~9頁2行目)として、
「本件特許発明における誤記の訂正は,出願の経過を参酌しても,違法なものであ
るとはいえない」(同9頁10行目~11行目)と判断した。
しかしながら、被告は、実願昭49-44279号(実開昭50-133
814号)のマイクロフィルム(甲第10号証、以下「拒絶理由引用例」とい
う。)を引用した本件拒絶理由通知(甲第9号証の2)に対し、本件補正によって
「3次高調波」の語を特許請求の範囲に追加した上、本件意見書(同号証の3)に
おいて、拒絶理由引用例に3次高調波について開示ないし示唆がないことを強調し
て本件特許の登録を受けたものである。そして、拒絶理由引用例には、3次相互変
調の妨害を受けないチャンネルの組合せが記載されている(拒絶理由引用例2頁1
7行目~3頁8行目に例示されている77MHz、80MHz、85MHzの各周波数の組合
せは、これらをf1、f2、f3のいずれに代入しても、f3=2f2±f1の関
係式が成り立たないから、互いに3次相互変調の妨害を受けない組合せである。)
が、本件意見書には、3次相互変調の妨害についての問題点や、3次相互変調の妨
害に対する本件発明の効果等についての記載はない。
そうすると、本件補正を行った時点において、被告が3次相互変調の妨害
を問題として認識しながら、錯誤によって「3次高調波の妨害」と記載したとする
根拠はない。本件意見書の記載は、少なくとも、外形的には、本件補正において特
許請求の範囲に「互いに3次高調波の妨害を受けない」と記載したものと特許庁及
び第三者に認識されるものであるから、このような出願経過を参酌すると、後日、
それが誤記であると主張することは、第三者を不当に害するものであって、許され
るべきではない。
2 取消事由2(実質上特許請求の範囲の拡張又は変更に当たらないとする判断
の誤り)
(1) 審決は、「例えば,VHFテレビジョンの7チャンネルから13チャンネ
ル(174MHz~216MHz)の周波数帯域における受信機の技術分野を想定した場
合には,その周波数帯域の複数の受信チャンネルの最低の周波数が,174MHzであ
って,その3倍の周波数をもつ3次高調波の周波数は,522MHzとなって,最大の
周波数の216MHzの周波数を大きく超えた周波数帯域外のものとなり,前記周波数
帯域内の複数の受信チャンネル間では,3次高調波による妨害が特に問題となるも
のとは認められず,・・・周波数帯域が非常に広範囲な場合の受信機では,3次高
調波による妨害が発生するケースがあり得ないとは言えないものの,この場合であ
っても,・・・低い方の周波数から高いほうの周波数に,いわば,一方向的に妨害
を与えることは,理解できるものの,逆に高い方の周波数の3倍の周波数の3次高
調波が低い方の周波数には妨害を与えることは明らかではなく,複数の受信チャン
ネル間で,互いに,3次高調波による妨害を受けるような組合せとは,どのような
組合せか明らかとは言えない・・・このように,互いに3次高調波の妨害を受けな
いような複数のチャンネルの組合せという不明確な記載を含む,訂正前の本件特許
発明が,請求項1の記載自体から明確なものであると結論づけることには具体的な
根拠がない」(審決謄本5頁20行目~6頁8行目)とした上で、「訂正前の特許
明細書全体の記載をみると,請求項1には,互いに3次高調波による妨害を受けな
いような複数のチャンネルの組合せという記載があって・・・3次高調波を字義ど
おり基本波の3倍の周波数とすると,特許請求の範囲の記載が明確ではなくなる
が・・・複数の周波数が互いに妨害を受けるものとして相互変調という現象があ
り,影響の主たるものが3次相互変調であることは,当該技術分野の当業者の通常
の技術的常識であって,請求項1の,互いに3次高調波による妨害を受けないよう
な複数のチャンネルの組合せという記載は,互いに3次相互変調による妨害を受け
ないような複数のチャンネルの組合せという技術的内容を意味すると解することが
できる」(同6頁28行目~38行目)、「発明の詳細な説明又は図面を参照して
みると,例えば,3次相互変調を受ける関係のチャンネルは実質上使用不可能であ
るという従来技術の問題点が記載され,相互に妨害を受けることのない周波数の組
合せを行うという解決手段の記載がなされており,複数のチャンネル間の相互変調
について一貫した記載がなされており・・・訂正前の請求項1の,互いに3次高調
波による妨害を受けないような複数のチャンネルの組合せという記載は,特許明細
書全体の記載から見ると,互いに3次相互変調を受けないような複数のチャンネル
の組合せを意味することが明らかであると認められる」(同6頁末行~7頁10行
目)として、訂正前請求項1の「3次高調波」が「3次相互変調」の誤記であるこ
とが、明細書全体の記載から一義的かつ直接的に定まるものである場合において、
その誤りを正しい記載にする訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するもの
でないと判断した。
(2) しかしながら、以下のとおり、訂正前請求項1の「互いに3次高調波の妨
害を受けないような複数の受信チャンネルの組合せ」との記載が不明確であるとし
た審決の判断は誤りであり、訂正前請求項1の記載には何ら矛盾はない。したがっ
て、仮に、訂正前請求項1の「3次高調波」を「3次相互変調」と訂正する本件訂
正が、誤記の訂正を目的とするものであるとしても、実質上特許請求の範囲を拡張
又は変更することに当たるものである。
ア 本件特許は、VHFテレビジョンの7チャンネルから13チャンネル
(174MHz~216MHz)の周波数帯域におけるワイヤレスマイクロホン用の受信
機のみを対象とするものではなく、テレビジョン受信機、ラジオ受信機等すべての
受信機を対象としたものである。そして、例えば、米国のテレビチャンネルにおけ
る周波数割当では3次高調波の妨害を受けるものがあり、日本の中波ラジオ放送に
おいても下限周波数の3倍の周波数よりも高い周波数までが割り当てられているか
ら、3次高調波の妨害を受ける可能性がある。受信機の分野では3次高調波の妨害
の問題は一般的な課題であり、本件特許は、この課題を解決するためにされた発明
であるから、上記の例のワイヤレスマイクロホンに割り当てられた周波数とチャン
ネル幅のみを取り上げて、3次高調波が問題とならず、技術的意義をもたないとし
た判断は誤りである。
イ また、訂正前請求項1に、仮に、「互いに3次高調波の妨害を受ける」
と記載されていたとすれば、審決の「低い方の周波数から高いほうの周波数に,い
わば,一方向的に妨害を与える・・・ものの,逆に高い方の周波数の3倍の周波数
の3次高調波が低い方の周波数には妨害を与えることは明らかではな」いとの論理
によって、不明りょうな記載であるといえるとしても、訂正前請求項1には「互い
に3次高調波の妨害を受けないような複数の受信チャンネルの組合せ」と記載され
ているのであり、対象となるすべての周波数が互いに妨害を受けない場合であれ
ば、それは、「互いに3次高調波の妨害を受けない」関係ということができる。す
なわち、「互いに3次高調波の妨害を受ける」との記載の否定形の表現が不明りょ
うであるということはできないから、「互いに3次高調波の妨害を受けないような
複数の受信チャンネルの組合せ」との記載が不明確であるとした審決の判断は誤り
である。
なお、仮に、一方的な妨害が問題である場合には、「互いに妨害を受け
ない」という表現が不明りょうであるものとすれば、「互いに3次相互変調の妨害
を受けない」との記載も不明りょうであることになる。すなわち、3次相互変調と
は、異なる二つ以上の周波数の電波、例えばf1、f2から、新しい周波数成分、
例えば2f1±f2、2f2±f1を発生する現象をいい、その場合に、上記二つ
以上の周波数とは別の周波数の電波、例えばf3が、当該新しい周波数成分の周波
数と一致するとき、例えばf3=2f2-f1であるときに、f3がf1及びf2
から受ける妨害を3次相互変調の妨害という。このとき、f1=2f2-f3とな
るから、f1もf2及びf3から3次相互変調の妨害を受けるが、f2はf1及び
f3から3次相互変調の妨害を受けることがない。したがって、f1及びf3への
妨害は一方的な妨害であり、審決の論理に従う限り、「互いに3次相互変調の妨害
を受けない」との記載も不明りょうである。
被告は、審決と同様、3次高調波の妨害が低い周波数から高い周波数へ
の一方的な妨害であることを理由として、「互いに3次高調波の妨害を受けないよ
うな複数の受信チャンネルの組合せ」との記載が技術的に自己矛盾であると主張す
るが、上記のとおり誤りである。
(3) また、複数の周波数が互いに妨害を受けるものとして、3次相互変調とい
う現象があることが、当業者の技術的常識であるとしても、上記のとおり、本件特
許は、ワイヤレスマイクロホン用の受信機に限定されたものではなく、受信機全般
に及ぶものであるところ、受信機全般においては、3次相互変調のみならず、3次
高調波も影響を与えるものであるから、訂正前請求項1における「互いに3次高調
波による妨害を受けないような複数のチャンネルの組合せ」との記載が「互いに3
次相互変調による妨害を受けないような複数のチャンネルの組合せ」という技術内
容を意味するという審決の判断は誤りである。
(4) さらに、「相互妨害」を「3次相互変調の妨害」と同一視することが誤り
であることは上記のとおりであるから、訂正前明細書に、複数のチャンネル間の相
互変調について一貫した記載がされているからといって、訂正前請求項1の「互い
に3次高調波による妨害を受けないような複数のチャンネルの組合せ」という記載
が、明細書全体の記載から見ると「互いに3次相互変調を受けないような複数のチ
ャンネルの組合せ」を意味することが明らかであると定まるものではない。
(5) 訂正後請求項1には、「上記チャンネル制御手段は、互いに3次相互変調
の妨害を受けないような複数の受信チャンネルの組合せが受信チャンネルグループ
として記憶された記憶手段を含み」と記載されているから、本件訂正後の本件発明
の技術的範囲には、3次相互変調の妨害を受けるような受信チャンネルの組合せは
含まれないことになるが、それ以外の相互妨害、例えば、「3次高調波の妨害」や
「隣接チャンネル妨害」を受けるような受信チャンネルの組合せは含まれることに
なる。他方、当初明細書(甲第9号証の1添付)記載の特許請求の範囲には「分割
されたチャンネルの中で相互妨害を生じない複数チャンネルの組合せを選択し」と
記載されていたから、当初明細書に記載されていた本件発明の技術的範囲からは、
相互妨害を生ずるような受信チャンネルの組合せはすべて除外されていたのであ
り、したがって、本件訂正によって、本件発明の技術的範囲が拡大されていること
は明らかであって、実質上特許請求の範囲を拡張するものである。
3 取消事由3(新規事項の追加に当たることの看過)
上記のとおり、訂正前明細書(甲第2号証)に「3次相互変調の妨害」とい
う用語が用いられているのは、「背景技術とその問題点」の欄における「このよう
に,多数のチャンネルがカバーされていても,例えば3次相互変調の妨害を受ける
関係のチャンネルは,実質的に,使用不可能である。」(3欄20行目~21行
目)との記載のみであり、しかも、それは「例えば」との文言で示されているよう
に一例として言及されているにすぎない。
また、訂正前明細書(甲第2号証)の実施例(図面第2図)が、3次相互変
調の妨害を受けない複数のチャンネルの組合せを開示したものであるとすることは
できないこと、すなわち、3次相互変調の妨害を受けないことが、実施例の記載か
ら直接的かつ一義的に導くことができないこと、この点に関して被告参考資料1~
3を参酌することが誤りであることも上記のとおりである。
そして、特許法126条1項ただし書前段所定の「願書に添付した明細書又
は図面に記載した事項の範囲」とは、願書に添付した明細書又は図面に記載した事
項そのものと、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項から直接的一義的に
導き出せる事項をいうものであり、これに当たらないものが新規事項であるから、
明細書記載の特許請求の範囲に「互いに3次相互変調の妨害を受けないような複数
の受信チャンネルの組合せ」を追加した本件訂正が新規事項の追加に当たることは
明らかである。
第4 被告の反論
審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(本件訂正が誤記訂正を目的とするとの判断の誤り)について
(1) 原告は、訂正前明細書に「一貫して記載されている」ものは「相互妨害」
であり、「相互妨害」には「3次高調波の妨害」や「隣接チャンネル妨害」も包含
されるから、「相互妨害」を「3次相互変調の妨害」と同一視することは誤りであ
ると主張する。
しかしながら、訂正前明細書(甲第2号証)には、「産業上の利用分野」
として「この発明は,例えばFMワイヤレスマイクロホンシステムに使用される受
信機に関する」(2欄2行目~3行目)との、「背景技術とその問題点」として
「例えばアメリカでは,VHFテレビジョンの7チャンネルから13チャンネル
(174MHz~216MHz)の空チャンネルがワイヤレスマイクロホンシステムに使
用する周波数帯として許可されている。7チャンネルから13チャンネルまでの夫
々のテレビジョンチャンネルは,ワイヤレスマイクロホンシステム用のチャンネル
として更に200kHzごとに分割され,1つのテレビジョンのチャンネル内には24
波のワイヤレスマイクロホン用のチャンネルが割り当てられる・・・このように多
数のチャンネルがカバーされていても,例えば3次相互変調の妨害を受ける関係の
チャンネルは実質的に使用不可能である・・・たとえ多数のチャンネルをカバーで
きるワイヤレスマイクロホンシステムであっても,相互妨害が生じるため,同時に
複数のマイクロホンを使用することはできない」(2欄5行目~3欄32行目)と
の、「発明の目的」として「したがってこの発明の目的は,多数のチャンネルを選
択できる受信機であって,複数のマイクロホンを同時に使用する際に相互妨害を生
じない適切なチャンネル設定を容易に行うことができる受信機を提供することにあ
る」(3欄34行目~38行目)との、「発明の概要」として「この発明は,ひと
つの帯域を所定数チャンネルに分割し,この分割されたチャンネルを選択的に受信
する受信機であって,分割されたチャンネルの中で相互妨害を生じない複数チャン
ネルの組合せを選択し,この選択された複数チャンネルの何れかを受信できるよう
にした受信機である」(同欄40行目~45行目)との、「実施例」に関して、
「一例として,テレビジョンの7チャンネルが空チャンネルで,テレビジョンの7
チャンネルを設定した後にグループ2に設定すると,第2図に示すように,ワイヤ
レスマイクロホンのチャンネルの1チャンネルと7チャンネルと11チャンネルと
13チャンネルと22チャンネルと24チャンネルの6つのチャンネルが設定可能
となる。この6つのチャンネルは,互いに妨害し合うことがないものである。した
がって、ユーザーは,各々のワイヤレスマイクロホンを同一のグループに設定し,
このグループ内で設定可能なワイヤレスマイクロホンのチャンネルを設定すること
で,相互妨害が生ずることなく合計6本のワイヤレスマイクロホンまで同時に使用
することができる」(4欄40行目~5欄2行目)との各記載がある。これらの記
載によれば、本件発明が、米国におけるワイヤレスマイクロホンシステムの例のよ
うに、一つの限定された帯域内において複数のチャンネルを設定するものであるこ
と(後記のとおり、その場合に3次高調波の妨害は問題とならない。)、背景技術
の問題点として、まず3次相互変調の相互妨害の問題が明確に指摘されているこ
と、実施例のチャンネルグループも3次相互変調を受けない組合せであることが認
められ、そうすると、3次相互変調が当業者の最も問題とすべき相互妨害であり、
訂正前明細書において、上記「背景技術とその問題点」における3次相互変調に係
る記載以降の「相互妨害」との記載は第一義的には3次相互変調を意味するもので
あることが明らかであるから、結局、訂正前明細書の記載は、一貫して3次相互変
調を問題としているといえるものである。
のみならず、後記2(1)のとおり、3次高調波の妨害は低い周波数から高い
周波数への一方的な妨害であるから、「相互妨害」には当たらないことが明らかで
あって、「相互妨害」に「3次高調波の妨害」が包含されるとの原告の主張も誤り
である。
また、原告は、訂正明細書記載の実施例に係るテレビチャンネル7のグル
ープ2に含まれるワイヤレスマイクロホンチャンネルの組合せにおいて、ワイヤレ
スマイクロホンチャンネル1と同24の後とにそれぞれ600kHzのガードバンドを
設け、同11と同12との間の周波数間隔を400kHzとすることは訂正明細書にも
図面第2図にも記載がなく、当業者がその点を読み取ることができないから、同図
が3次相互変調の妨害を受けない複数のチャンネルの組合せを開示したものとする
ことはできないと主張するが、当業者に周知の被告参考資料3(乙第3号証)に係
る米国のレギュレーションを無視した主張であって誤りである。すなわち、米国の
レギュレーションにおいては、上記のとおり、VHFテレビジョンチャンネルの7
チャンネル~13チャンネルの周波数帯が174MHz~216MHzであり、そのうち
の一つのテレビジョンチャンネル(一つのテレビジョンチャンネルの周波数帯域
は、6MHz((216-174)÷(13-7+1)=6)である。)が200kHzごとに分割され、
24波のワイヤレスマイクロホン用のチャンネルに割り当てられているところ、そ
の24チャンネルに占有される合計帯域は4.6MHz(200×(24-1)÷1000=4.6)
であり、残り1.4MHzのうち1.2MHzによってワイヤレスマイクロホンチャンネ
ル1の前と同24の後とにガードバンド(各600kHz)が設けられ、更に残る20
0kHzがワイヤレスマイクロホンチャンネル11と同12との間に割り当てられてい
るものである。
(2) 原告は、訂正前明細書記載の実施例に係る図面第2図が「互いに3次高調
波の妨害を受けないような複数の受信チャンネルの組合せ」であると主張するとこ
ろ、同図に記載された受信チャンネルの組合せが3次高調波の妨害を受けない組合
せであること自体は認める。
すなわち、同図に係る米国VHFテレビジョンの7チャンネルから13チ
ャンネルの周波数帯域は174MHz~216MHzであり、審決の指摘するとおり(審
決謄本5頁20行目~27行目)、同図記載の受信チャンネルの組合せに限らず、
この周波数帯域の全域において、そもそも3次高調波の妨害の問題は生じないので
ある。
(3) なお、原告は、被告が、拒絶理由引用例(甲第10号証)を引用した本件
拒絶理由通知(甲第9号証の2)に対し、本件補正によって「3次高調波」の語を
特許請求の範囲に追加した上、本件意見書(同号証の3)において、拒絶理由引用
例に3次高調波について開示ないし示唆がないことを強調して本件特許の登録を受
けたものである旨主張する。
しかしながら、本件補正は、被告の内部的には、出願代理人の過誤によ
り、手続補正書において「3次相互変調」とすべきところを「3次高調波」と誤記
してしまい、同時に提出した本件意見書にも「3次高調波」の語を用いたものであ
るが、このような具体的経緯はおくとしても、本件意見書の記載を見れば、上記の
過誤が明らかとなるものである。
すなわち、本件意見書においては、本件発明につき、拒絶理由引用例との
相違点として、「3次高調波の妨害」という語が用いられているとしても、「互い
に妨害を受けないマイクロホンチャンネルの組合せがグループとされ、このグルー
プのチャンネルデータが記憶手段(ROM17)に書き込まれており、このグループを指
定することで、妨害を受けないチャネルに自動的に設定され、複数のワイヤレスマ
イクロホンを同時に使用できる」ことが強調されており(2頁17行目~22行
目、3頁3行目~6行目、11行目~13行目)、これが3次高調波の妨害を問題
としたものでないことは明らかである。そして、本件発明のこの特徴を特許庁が認
め、特許が付与されたものであるから、原告の上記主張は誤りである。
2 取消事由2(実質上特許請求の範囲の拡張又は変更に当たらないとする判断
の誤り)について
(1) 原告は、審決の「例えば,VHFテレビジョンの7チャンネルから13チ
ャンネル(174MHz~216MHz)の周波数帯域における受信機の技術分野を想定
した場合には,・・・前記周波数帯域内の複数の受信チャンネル間では,3次高調
波による妨害が特に問題となるものとは認められず」(審決謄本5頁20行目~2
7行目)との記載に関し、本件特許は、上記の例だけでなく、すべての受信機を対
象としたものであるところ、アメリカのテレビチャンネルの周波数割当では3次高
調波の妨害を受けるものがあり、日本の中波ラジオ放送の周波数の割当てにおいて
も3次高調波の妨害を受ける可能性があるから、実施例のみを取り上げて、3次高
調波による妨害が特に問題とならないとした判断は誤りであると主張する。
しかしながら、日本の中波ラジオ放送に割り当てられた周波数帯域におい
て、仮に、周波数を自由に選択して使用するものとすれば、算数上、3次高調波の
妨害の問題が生じ得るが、実際には、中波ラジオ放送は、周波数と放送局の設置場
所とが定められて免許が与えられ、3次高調波の妨害が生じないようにされてい
る。このことは、アメリカのテレビチャンネルの周波数割当においても同様であ
る。
また、原告は、審決の「低い方の周波数から高いほうの周波数に,いわ
ば,一方向的に妨害を与える・・・ものの,逆に高い方の周波数の3倍の周波数の
3次高調波が低い方の周波数には妨害を与えることは明らかではなく,複数の受信
チャンネル間で,互いに,3次高調波による妨害を受けるような組合せとは,どの
ような組合せか明らかとは言えない」(同5頁37行目~6頁2行目)との記載に
関し、対象となるすべての周波数が互いに妨害を受けない場合であれば、訂正前請
求項1の記載に係る「互いに3次高調波の妨害を受けない」関係ということができ
るから、審決の上記判断が誤りであると主張する。
しかしながら、3次高調波の妨害は、基本周波数の3倍の周波数である3
次高調波が3倍の周波数に妨害を与えるというものであって、上記審決の説示のと
おり、低い周波数から高い周波数への一方的な妨害であるから、「互いに3次高調
波の妨害を受けないような複数の受信チャンネルの組合せ」なるものは存在しな
い。したがって、仮に、訂正前明細書記載の実施例(図面第2図)に開示された受
信チャンネルの組合せが、3次高調波の妨害が問題となるようなものであったとし
ても、「互いに3次高調波の妨害を受けないような複数の受信チャンネルの組合
せ」との記載は技術的に自己矛盾である。
(2) また、原告は、受信機全般においては、3次相互変調のみならず、3次高
調波も影響を与えるものであることを理由として、審決の「請求項1の,互いに3
次高調波による妨害を受けないような複数のチャンネルの組合せという記載は,互
いに3次相互変調による妨害を受けないような複数のチャンネルの組合せという技
術的内容を意味すると解することができる」(審決謄本6頁35行目~38行目)
との判断が誤りであると主張するが、上記のとおり、訂正前請求項1における「互
いに3次高調波の妨害を受けないような複数の受信チャンネルの組合せ」との記載
は技術的に自己矛盾であるから、原告の上記主張は誤りである。
なお、3次高調波が影響する場合として、原告が指摘する日本の中波ラジ
オ放送及びアメリカのテレビチャンネルにおいて、周波数割当の段階で3次高調波
の問題が解決されていることは上記のとおりであり、3次高調波の妨害は受信機全
般において問題とならない。
(3) さらに、原告は、「相互妨害」を「3次相互変調の妨害」と同一視するこ
とが誤りであるとして、審決の「訂正前の請求項1の,互いに3次高調波による妨
害を受けないような複数のチャンネルの組合せという記載は,特許明細書全体の記
載から見ると,互いに3次相互変調を受けないような複数のチャンネルの組合せを
意味することが明らかである」(審決謄本7頁7行目~10行目)との判断が誤り
であると主張するが、上記のとおり、訂正前明細書において、「相互妨害」との記
載は第一義的には3次相互変調を意味するものであり、訂正前明細書の記載は一貫
して3次相互変調を問題としているのであって、原告の上記主張は誤りである。
(4) 原告は、本件訂正によって、本件発明の技術的範囲が拡大されているとも
主張するが、上記のとおり、訂正前請求項1における「互いに3次高調波の妨害を
受けないような複数の受信チャンネルの組合せ」との記載は技術的に自己矛盾であ
り、また、発明の詳細な説明及び図面には、3次高調波についての記載、示唆は一
切なく、かえって、本件発明が3次相互変調を問題とするものであることが明確に
記載されているのであるから、当業者が、訂正前請求項1の上記記載が「互いに3
次相互変調の妨害を受けないような複数の受信チャンネルの組合せ」の誤記である
と認識することは明らかである。したがって、本件訂正によって、本件発明の技術
的範囲が実質的に変更されるものではなく、原告の上記主張も誤りである。
3 取消事由3(新規事項の追加に当たることの看過)について
本件訂正が新規事項の追加に当たることは、原告が審判で主張しておらず、
また、審決がこれについて判断した事項でもない。したがって、本訴において、審
決の取消事由としてこのような主張をすることはできない。
また、原告は、3次相互変調の妨害を受けないことが、訂正前明細書の実施
例の記載から直接的かつ一義的に導くことができないから、本件訂正が新規事項の
追加に当たる旨主張するが、訂正前明細書には、3次相互変調の妨害について直接
記載されているのであるから、明細書に記載した事項そのものとして、新規事項に
当たらないことは明白である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件訂正が誤記訂正を目的とするとの判断の誤り)について
(1) 訂正前明細書(甲第2号証、なお、本件訂正後の明細書(甲第3号証添
付)の発明の詳細な説明の記載は訂正前明細書と同一である。)の発明の詳細な説
明には、「背景技術とその問題点」として、「例えばアメリカでは,VHFテレビ
ジョンの7チャンネルから13チャンネル(174MHz~216MHz)の空チャンネ
ルがワイヤレスマイクロホンシステムに使用する周波数帯として許可されている。
7チャンネルから13チャンネルまでの夫々のテレビジョンチャンネルは,ワイヤ
レスマイクロホンシステム用のチャンネルとして更に200kHzごとに分割され,1
つのテレビジョンのチャンネル内には24波のワイヤレスマイクロホン用のチャン
ネルが割り当てられる・・・1つのワイヤレスマイクロホンシステムで多くのチャ
ンネルを使用できれば,同時に複数本のマイクロホンを使用することができる。し
かし,このように多数のチャンネルがカバーされていても,例えば3次相互変調の
妨害を受ける関係のチャンネルは,実質的に,使用不可能である。テレビジョンの
1つのチャンネルに割り当てられているワイヤレスマイクロホンの24チャンネル
の中で,相互妨害を受けず,同時に使用できるのは,例えば6チャンネルの組合せ
である。この組み合わせは特別な条件が付加されているため,どの組み合わせが適
切な組み合わせであるのか選択することは難しい。この選択が適切に行なわれてい
なければ,たとえ多数のチャンネルをカバーできるワイヤレスマイクロホンシステ
ムであっても,相互妨害が生じるため,同時に複数のマイクロホンを使用すること
はできない」(2欄5行目~3欄32行目)との、「発明の目的」として、「した
がってこの発明の目的は,多数のチャンネルを選択できる受信機であって,複数の
ワイヤレスマイクロホンを同時に使用する際に相互妨害を生じない適切なチャンネ
ル設定を容易に行なうことができる受信機を提供することにある」(3欄34行目
~38行目)との、「発明の概要」として、「この発明は,ひとつの帯域を所定数
チャンネルに分割し,この分割されたチャンネルを選択的に受信する受信機であっ
て,分割されたチャンネルの中で相互妨害を生じない複数チャンネルの組合せを選
択し,この選択された複数チャンネルの何れかを受信できるようにした受信機であ
る」(同欄40行目~45行目)との、「実施例」に関して、「グループセレクト
ボタン7で設定されるグループとは,複数のマイクロホンを同時に使用したとき
に,互いに妨害を受けない複数のチャンネルの組み合わせである」(4欄19行目
~21行目)、「グループ2~4は同一のテレビジョンチャンネル内で互いに妨害
を受けないワイヤレスマイクロホンチャンネルが組み合わされたグループである。
グループ5及び6は,夫々の同一のテレビジョンチャンネル内ばかりでなく他チャ
ンネル間でも互いに妨害が生じないワイヤレスマイクロホンチャンネルが組み合わ
されたグループである」(同欄25行目~31行目)、「一例として,テレビジョ
ンの7チャンネルが空チャンネルで,テレビジョンの7チャンネルを設定した後に
グループ2に設定すると,第2図に示すように,ワイヤレスマイクロホンのチャン
ネルの1チャンネルと7チャンネルと11チャンネルと13チャンネルと22チャ
ンネルと24チャンネルの6つのチャンネルが設定可能となる。この6つのチャン
ネルは,互いに妨害し合うことがないものである。したがって、ユーザーは,各々
のワイヤレスマイクロホンを同一のグループに設定し,このグループ内で設定可能
なワイヤレスマイクロホンのチャンネルを設定することで,相互妨害が生ずること
なく合計6本のワイヤレスマイクロホンまで同時に使用することができる」(同欄
40行目~5欄2行目)との、「発明の効果」として、「この発明に依れば,相互
に妨害を受けることのない周波数の組み合わせが予めグループとして設定されてい
るので,ワイヤレスマイクロホンのチャンネルを設定されたグループと同一のグル
ープとし,このグループ内で設定可能なチャンネルを選択すれば,複数のマイクロ
ホンを相互に妨害を与えることなく同時に使用できる」(8欄4行目~10行目)
との各記載がある。
これらの記載によれば、本件発明は、一定の周波数帯域を分割して形成さ
れた所定数のチャンネルを選択的に受信する受信機であって、複数のチャンネルを
同時使用しようとする場合に、それらのチャンネルの間で「相互妨害」が生じない
ような適切な受信チャンネルを組み合せて設定することが困難であり、実質的に複
数のチャンネルを同時使用できないという問題を解決するために、あらかじめ同時
使用した際に「相互妨害」を生じない複数の受信チャンネルの組合せをチャンネル
グループとして設定しておき、選択したチャンネルグループにおいて設定可能なチ
ャンネルの中から選択したチャンネルを受信チャンネルとする手段を採ることによ
り、「相互妨害」の問題が生ずることなく複数のチャンネルの同時使用を可能とす
る受信機であることが認められる。
(2) ところで、審決は、訂正前明細書の発明の詳細な説明及び図面には、3次
相互変調の妨害を受けない複数のチャンネルの組合せを設定することが一貫して記
載されており、3次高調波の妨害については記載も示唆もないと認定して、訂正前
請求項1の「3次高調波」との記載を「3次相互変調」に訂正することが、「本来
の意を表示していない記載を本来の意を表す記載に訂正するものであって・・・誤
記の訂正を目的とするものである」(審決謄本4頁30行目~33行目)と判断し
たものである。
そして、上記(1)のとおり、訂正前明細書の発明の詳細な説明には、本件発
明が解決すべき問題として「相互妨害」が記載されており、前示訂正前請求項1及
び訂正後請求項1の各記載に照らして、訂正前請求項1の「3次高調波の妨害」又
は訂正後請求項1の「3次相互変調の妨害」の語に当たるものが、技術事項とし
て、この「相互妨害」に相当すべきものであることは明白であるから、審決の上記
判断の当否は、上記「相互妨害」の技術的な意義いかんに係るものというべきであ
る。
しかしながら、訂正前明細書(甲第2号証)には、上記「相互妨害」につ
き、上記(1)のとおり、「相互に妨害」、「互いに妨害」とも記載されており、ま
た、その例として3次相互変調の妨害が挙げられているものの、「相互妨害」がど
のような技術事項を意味するものであるかについては明示の記載がなく、また、一
定の周波数帯域を分割して形成された所定数のチャンネルを選択的に受信する受信
機の分野において、「相互妨害」が慣用されている技術用語であることを認めるに
足りる証拠もない。
そうすると、「相互妨害」の技術的な意義については、例示された「3次
相互変調の妨害」について検討し、かつ、訂正前明細書の発明の詳細な説明に記載
されている内容を総合して、当業者が認識理解するところに従って、これを解釈す
べきものといわざるを得ない。
(3) 平成4年8月15日財団法人電気通信振興会発行の「電波・テレコム用語
辞典」(甲第5号証)には、「相互変調」につき「希望波と不要波が共存している
場合、送受信機などの非直線性により、それぞれの周波数の整数倍の和、又は差の
周波数の妨害波を発生する現象である。・・・受信機の場合は不要周波数f1、f2
が希望周波数Fd、中間周波数Fif、映像周波数Fimなどとつぎの関係を満たすと
き相互変調妨害を起こす。Fd=mf1±nf2、Fif=mf1±nf2 Fim=m
f1±nf2、m、n=1、2、3……」(326頁左欄12行目~28行目、な
お、同文献は本件特許出願後に発行されたものであるが、一般的な技術用語辞典の
性格を有するものと認められることにかんがみ、本件発明につき、同文献によって
技術用語としての「相互変調」の意義を認定して差し支えないものというべきであ
る。)との記載があり、また、1977年(昭和52年)2月10日株式会社科学
新聞社(出版局)発行の渡辺正信著「改訂版移動通信方式」(甲第7号証)には、
「受信機相互変調」につき「受信機に複数波が加わって,相互変調波を生じたと
き,相互変調波の周波数が受信帯域内にあれば妨害となる。受信機相互変調におい
ても,問題となる相互変調波は,通常,3次と5次のものである。」(69頁18
行目~20行目)との記載がある。
これらの記載と上記(1)の訂正前明細書の発明の詳細な説明の記載とを併せ
考えて、訂正前明細書の発明の詳細な説明に「相互妨害」の例として記載された
「3次相互変調の妨害」について検討すると、その「3次相互変調の妨害」とは、
一定の周波数帯域を分割して形成された所定数のチャンネルを選択的に受信する受
信機において、同時使用される複数のチャンネルの受信波のうち、あるチャンネル
(ある周波数)の受信波が、他のチャンネル(他の周波数)の受信波と同一周波数
の妨害波を発生する要因となって、当該他のチャンネルの受信障害を起こすととも
に、上記同時使用される複数のチャンネルの受信波のうちの他のチャンネル(他の
周波数)の受信波を要因として発生する同一周波数の妨害波の影響を受けて受信障
害を起こす現象の一つをいうものであると認められる。すなわち、この場合の「妨
害」(受信障害)は、上記受信機において同時使用される複数のチャンネルの受信
波のうち、あるチャンネルの受信波が他のチャンネルの受信波に対し影響を与え、
同時に、他のチャンネルの受信波の影響を受けて、相互に生ずるものであり、そう
とすれば、訂正前明細書に記載された「3次相互変調の妨害」を例示とする「相互
妨害」とは、その「相互」との文言に照らして、このような同時使用される複数の
チャンネルの受信波間における相互的な妨害を意味するものと解するのが相当であ
る。
また、上記(1)の訂正前明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、そこに
記載された「相互妨害」は、複数のチャンネルの間で「相互妨害」が生じないよう
な適切な受信チャンネルを組み合せて設定することが、組合せに特別な条件が付加
されているため困難であり、複数のチャンネルを同時使用するために、あらかじめ
同時使用した際に相互妨害を生じない複数の受信チャンネルの組合せをチャンネル
グループとして設定しておき、選択したチャンネルグループにおいて設定可能なチ
ャンネルの中から選択したチャンネルを受信チャンネルとするような特別の手段を
要するようなものであることも明らかである。
(4) ところで、原告は、「相互妨害」は「3次相互変調の妨害」に限られるも
のではなく、「3次高調波の妨害」や「隣接チャンネル妨害」をも包含すると主張
する。
しかしながら、前掲「電波・テレコム用語辞典」(甲第5号証)には、
「高(低)調波」につき「周期性のひずみ波を分解してみると、一番低い周波数
(これを基本周波数又は基本波という。)とこの周波数の2倍、3倍、…n倍とい
うような周波数を含んだものになる。n倍の周波数のことを高調波という。空中線
から発射される電波もこのようなものである。例えば、100kHzの周波数の電波を
発射した場合、200kHz、300kHz……などを含んだものが発射される。この1
00kHzの基本波に対して、200kHz、300kHzなどを高調波というが、これを更
に具体的にいい表す場合には、例えば、200kHzを第2高調波、300kHzを第3
高調波などといっている」(294頁左欄16行目~29行目)との記載があり、
この記載及び弁論の全趣旨によれば、3次高調波の妨害とは、低い周波数(基本周
波数)の電波を発射したときに、基本周波数の3倍の周波数の高調波(3次高調
波)が含まれるため、当該3次高調波が、基本周波数の3倍の周波数の電波に影響
を及ぼして障害を与えることをいうものと解され、そうとすると、受信機における
3次高調波の妨害としては、周波数の低いチャンネルの受信波が、それより周波数
の高いチャンネル(3倍の周波数のチャンネル)の受信波の妨害波を発生する要因
となって、当該周波数の高いチャンネルの受信障害を起こすことはあり得るが、逆
に、周波数の高いチャンネルの受信波が、それより周波数の低いチャンネルの受信
波の妨害波を発生する要因となることはないものということができる。すなわち、
この場合の「妨害」(受信障害)は、同時使用される複数のチャンネルの受信波間
における一方的な妨害であって、相互に影響を与え、妨害を受けるものではない。
そして、このことに、訂正前明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明に3次高調
波の妨害について明示の記載が全くないことを併せ考えれば、3次高調波の妨害
は、訂正前明細書の発明の詳細な説明に記載された「相互妨害」に含まれないもの
と解さざるを得ない。
また、前掲「改訂版移動通信方式」(甲第7号証)には、「隣接チャンネ
ルによる干渉」につき「隣接チャンネルによる干渉妨害は,受信機の選択度の不足
あるいは隣接チャンネル送信波の側帯波の広がりによって生じる。前者による干渉
妨害では,受信機の選択度特性を急峻とすれば除かれる。しかし、後者による干渉
妨害では,受信機選択度特性をそれ以上に急峻にしても除くことはできなく,送信
波の側帯波を制限することによってのみ除去できる」(58頁本文12行目~59
頁本文2行目)との記載があり、この記載によれば、隣接チャンネル妨害は、受信
機の隣接チャンネルにおける受信波間の相互的な妨害として生ずることもあり得る
ものと認められる。しかしながら、そうだとしても、隣接チャンネル妨害は、要す
るに隣接するチャンネルの受信波(すなわち、周波数の近接した受信波)による妨
害であるから、複数の受信チャンネルを設定する場合において、このような妨害が
生じないようにするためには、チャンネル周波数間の間隔を適宜空けて受信チャン
ネルを設定すれば足りるものであって、そのことに格別の困難があるとは考えられ
ず、したがって、隣接チャンネル妨害に対処するためであれば、複数のチャンネル
の同時使用をするために、適切なチャンネルを組み合せたチャンネルグループをあ
らかじめ設定しておき、選択したチャンネルグループにおいて設定可能なチャンネ
ルの中から選択したチャンネルを受信チャンネルとするような特別の手段を採用す
るまでの必要はないものというべきである。なお、上記「改訂版移動通信方式」
(甲第7号証)に記載された隣接チャンネル妨害に対する対策は、隣接チャンネル
の受信波(すなわち、周波数の近接した受信波)が存在することを所与の前提とし
た上での対策であり、複数のチャンネルから同時使用のための受信チャンネルを選
択することを主眼とする本件発明とは問題解決の前提条件を異にするものである。
そして、このことに、訂正前明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明に隣接チャ
ンネル妨害について明示の記載が全くないことを併せ考えると、隣接チャンネル妨
害は、訂正前明細書に記載された「相互妨害」に含まれないものと解すべきであ
る。
他に、前示「相互妨害」に相当するような受信波の妨害の現象が存在する
旨の主張立証はない。
そうすると、訂正前明細書の発明の詳細な説明に記載された「相互妨害」
は、専ら3次相互変調を指すものとして当業者に認識理解されることは明らかであ
る。
(5) 審決は、訂正前明細書の図面第2図につき、「実施例の第2図に示された
複数のチャンネルの組合せについても,被請求人(注、被告)の提出した証拠資料
1~3(注、被告参考資料1~3)を参照すると,特許明細書に記載された周波数
帯域での3次相互変調の妨害を受けない複数のチャンネルの組合せを開示したもの
であることが明白である」(審決謄本4頁15行目~19行目)旨認定するとこ
ろ、被告参考資料1~3(乙第1~第3号証)の記載に照らすと、この認定は、同
図が、訂正前明細書(甲第2号証)に「例えばアメリカでは,VHFテレビジョン
の7チャンネルから13チャンネル(174MHz~216MHz)の空チャンネルがワ
イヤレスマイクロホンシステムに使用する周波数帯として許可されている。7チャ
ンネルから13チャンネルまでの夫々のテレビジョンチャンネルは,ワイヤレスマ
イクロホンシステム用のチャンネルとして更に200kHzごとに分割され,1つのテ
レビジョンのチャンネル内には24波のワイヤレスマイクロホン用のチャンネルが
割り当てられる」(2欄5行目~13行目)と記載された米国のレギュレーション
に基づくものであり、同図において「TV.7」から「TV.13」までの各テレ
ビチャンネルにそれぞれ割り当てられた各々1~24のワイヤレスマイクロホンチ
ャンネルの各周波数が、同レギュレーションにおいて割り当てられた周波数である
ことを前提としたものであることがうかがわれる。そして、訂正前明細書(甲第2
号証)及び図面第2図には、同図が上記記載に係る米国のレギュレーションに基づ
くものである旨の明示の記載はないのみならず、仮に、テレビジョンチャンネルの
7チャンネルから13チャンネルの各チャンネル内にそれぞれ24波のワイヤレス
マイクロホンチャンネルが割り当てられる点の符合により、米国のレギュレーショ
ンに基づくものであることが示唆されているとしても、訂正前明細書及び図面第2
図には、同図の各テレビジョンチャンネルにそれぞれ割り当てられた具体的なワイ
ヤレスマイクロホンチャンネルの周波数の記載はなく、また、米国のレギュレーシ
ョンにおけるそれが当業者に周知であると断定する証拠もないから、図面第2図
が、特定の周波数帯域での3次相互変調の妨害を受けない複数のチャンネルの組合
せを開示したものであるとの審決の認定は、同図が米国のレギュレーションに基づ
くものであり、7~13チャンネルの各テレビジョンチャンネルにそれぞれ割り当
てられたワイヤレスマイクロホンチャンネルの周波数が米国のレギュレーションに
おけるそれであることを前提とした点において誤りであるといわざるを得ない。
しかしながら、訂正前明細書(甲第2号証)には、図面第2図につき、
「第2図はこの発明の一実施例の説明に用いる略線図」(8欄12行目~13行
目)、「この発明の一実施例について,以下,図面を参照して説明する・・・グル
ープセレクトボタン7で設定されるグループとは,複数のマイクロホンを同時に使
用したときに,互いに妨害を受けない複数のチャンネルの組み合せである。このグ
ループは,第2図に示すように,テレビジョンチャンネルの7チャンネルから13
チャンネルに夫々グループ1~6の6つのグループが設定されている・・・グルー
プ2~4は同一のテレビジョンチャンネル内で互いに妨害を受けないワイヤレスマ
イクロホンチャンネルが組み合わされたグループである。グループ5及び6は,夫
々の同一のテレビジョンチャンネル内ばかりでなく他チャンネル間でも互いに妨害
が生じないワイヤレスマイクロホンチャンネルが組み合わされたグループであ
る・・・一例として,テレビジョンの7チャンネルが空チャンネルで,テレビジョ
ンの7チャンネルを設定した後にグループ2に設定すると,第2図に示すように,
ワイヤレスマイクロホンのチャンネルの1チャンネルと7チャンネルと11チャン
ネルと13チャンネルと22チャンネルと24チャンネルの6つのチャンネルが設
定可能となる。この6つのチャンネルは,互いに妨害し合うことがないものであ
る。したがって、ユーザーは,各々のワイヤレスマイクロホンを同一のグループに
設定し,このグループ内で設定可能なワイヤレスマイクロホンのチャンネルを設定
することで,相互妨害が生ずることなく合計6本のワイヤレスマイクロホンまで同
時に使用することができる」(3欄47行目~5欄2行目)との各記載があり、こ
れらの記載を併せ読めば、図面第2図は、テレビジョンチャンネルの7チャンネル
から13チャンネル(このことから、特定の周波数帯域を前提とすることは明らか
である。)の各チャンネル内にそれぞれ24波のワイヤレスマイクロホンチャンネ
ルが割り当てられている場合に、「相互妨害」を受けない周波数のワイヤレスマイ
クロホンチャンネルを選択して組み合わせたグループを、それぞれのテレビジョン
チャンネルごとに3グループ(グループ2~4)、全チャンネルを通じて2グルー
プ(グループ5及び6)設定することを想定して記載されているものであることが
明らかである。そして、訂正前明細書の記載上、この「相互妨害」が、3次高調波
の妨害や隣接チャンネル妨害を含まず、3次相互変調の妨害を意味するものとして
当業者に認識理解されることは、上記(4)のとおりであるから、図面第2図におい
て、各チャンネルの各グループ2~6は、3次相互変調の妨害が生じないチャンネ
ルを組み合せたものであり、各ワイヤレスマイクロホンチャンネルの周波数は、具
体的な数値が記載されていないものの、そのような組合せを可能とする周波数であ
ることが想定されているものと認められ、同図は、このような意味において、特定
の周波数帯域での3次相互変調の妨害を受けない複数のチャンネルの組合せを開示
したものであるということができる。
そうすると、図面第2図についての審決の説示には上記のとおり誤りがあ
るが、その誤りは審決の結論に影響を及ぼさないものというべきである。
(6) 原告は、当初明細書(甲第9号証の1添付)記載の特許請求の範囲の「相
互妨害」との記載が3次高調波の妨害を含むものであるから、当初明細書に添付さ
れていた図面第2図は3次高調波の妨害を受けない複数の受信チャンネルの組合せ
である旨主張する。
しかしながら、当初明細書の特許請求の範囲の「相互妨害」との記載が3
次高調波の妨害を含まないと解されることは、後記2の(4)のとおりであるから、原
告の上記主張はその前提を欠き、これを採用することができない。
(7) 以上によれば、訂正前明細書の発明の詳細な説明及び図面には、3次相互
変調の妨害を受けない複数のチャンネルの組合せを設定することが一貫して記載さ
れており、3次高調波の妨害については記載も示唆もないとした審決の認定に誤り
はなく、したがって、訂正前請求項1の「3次高調波」との記載を「3次相互変
調」に訂正することが、「本来の意を表示していない記載を本来の意を表す記載に
訂正するものであって・・・誤記の訂正を目的とするものである」(審決謄本4頁
30行目~33行目)とした判断にも誤りはない。
(8) なお、原告は、被告が、拒絶理由引用例を引用した本件拒絶理由通知に対
し、本件補正によって「3次高調波」の語を特許請求の範囲に追加した上、本件意
見書において、拒絶理由引用例に3次高調波について開示ないし示唆がないことを
強調して本件特許の登録を受けたものであることを理由に、このような出願経過を
参酌すると、「3次高調波」が「3次相互変調」の誤記であると主張することは許
されない旨主張する。
しかしながら、当初明細書(甲第9号証の1添付)には、特許請求の範囲
として「ひとつの帯域を所定数チヤンネルに分割し,この分割されたチヤンネルを
選択的に受信する受信機であって,上記分割されたチャンネルの中で相互妨害を生
じない複数チャンネルの組合わせを選択し,この選択された複数チヤンネルの何れ
かを受信できるようにした受信機」との記載があること、本件拒絶理由通知(同号
証の2)は、拒絶理由引用例を引用文献とした上、本件特許出願が、拒絶理由引用
例に記載された発明に基づき、その出願前に当業者が容易に発明をすることができ
たものと認められるということを拒絶の理由とするものであること、拒絶理由引用
例(甲第10号証)には「ワイヤレスミキシング受信機」(実用新案登録請求の範
囲)について、「第2図のように各チューナに対応するダイヤル表示板上には周波
数設定のモデルaと周波数目盛bとを重ねて表示し、設定される受信周波数相互間
で悪影響をおよぼさない範囲にあらかじめ受信周波数が設定されるようにしてい
る」(3頁15行目~19行目)との記載があること、本件拒絶理由通知に対して
被告がした本件補正(甲第9号証の4)は、特許請求の範囲のみを補正の対象とし
て「3次高調波の妨害」の語を追加し、さらに、本件補正と同時に提出された本件
意見書(同号証の3)には、「本願発明では、広帯域のテレビジョンチャンネルを
更に複数に分割してワイヤレスマイクロホンチャンネルが割り当てられます。互い
に3次高調波の妨害を受けないマイクロホンチャンネルの組合せがグループとさ
れ、このグループのチャンネルデータがROM17に書き込まれています。グループセレ
クトボタン7でグループを設定すると、このグループ内のチャンネルが設定可能と
なり、互いに妨害を受けないチャネルに設定されます。これにより、複数のワイヤ
レスマイクロホンを同時に使用することが可能となります」(2頁16行目~22
行目)、「引用例(注、拒絶理由引用例)では、ワイヤレスマイクロホンの周波数
が連続的に可変されるようにされています。これに対して、本願発明は、受信周波
数が連続的に動くのではなく、チャンネルで設定されます。したがって、本願考案
と上記引用例とは、本質的に異なっております」(2頁27行目~3頁1行目)、
「上記引用例では、使用できる周波数の範囲が単に表示されているだけなのに対し
て、本願発明では、互いに3次高調波の妨害を受けないマイクロホンチャンネルの
組合せがグループとされ、このグループのチャンネルデータがROM17に書き込まれて
おり、グループを指定することで、妨害を受けないチャンネルに自動的に設定でき
ます」(3頁2行目~6行目)、「上記引用例では、『設定される受信周波数相互
間で悪影響をおよぼさない範囲』を表示するとの記載(引用例、明細書中、第3
頁、17行~19行)に止まり、3次高調波については何等、開示、示唆されてい
ません」(3頁7行目~9行目)との各記載があることが認められる。
これらの事実に照らすと、本件特許出願が拒絶理由引用例に記載された発
明に基づきその出願前に当業者が容易に発明をすることができたものと認められる
とする、本件拒絶理由通知に係る拒絶の理由に対し、本件補正によって特許請求の
範囲のみに「3次高調波の妨害」の語が追加され、本件補正を受けた本件意見書に
おいては、「互いに3次高調波の妨害を受けないマイクロホンチャンネルの組合
せ」がチャンネルグループとして記憶手段(ROM17)に記憶されることが本件発明の
特徴であって、チャンネルグループを指定することにより妨害を受けないチャンネ
ルに自動的に設定される点で拒絶理由引用例記載の発明と相違する旨が繰り返し強
調されていると認められる。そして、仮に、これらの記載がその文言どおりのもの
であるとすれば、本件意見書の上記記載は、「3次高調波の妨害」が当初明細書に
記載された「相互妨害」を生じさせる要因の一つであって、本件発明ではこのよう
な「相互妨害」が「3次高調波の妨害」に限定されることをその前提とするもので
あることになるが、3次高調波の妨害が当初明細書に記載された相互妨害に当たら
ないこと、また、当初明細書の発明の詳細な説明には、「相互妨害」に当たるもの
として「3次相互変調の妨害」が挙示されているのに対し、「3次高調波の妨害」
については明示の記載がないことは後記2の(4)のとおりであり、このことに、上記
のとおり、本件意見書において、本件発明では互いに妨害を受けないマイクロホン
チャンネルの組合せがチャンネルグループとして記憶され、チャンネルグループを
指定することにより妨害を受けないチャンネルに自動的に設定される点が強調され
ていることを併せ考えれば、本件意見書の「3次高調波」の語は、「3次相互変
調」の誤記であることが明らかであり、また、本件意見書を読む者において、その
ことはたやすく認識理解し得るところであるというべきである。
なお、本件意見書に「上記引用例では・・・3次高調波については何等、
開示、示唆されていません」との記載があることは上記のとおりであるところ、原
告は、拒絶理由引用例(甲第10号証)に77MHz、80MHz、85MHzの各周波数の
組合せが例示されていることを根拠として、拒絶理由引用例には、3次相互変調の
妨害を受けないチャンネルの組合せが記載されている旨主張する。しかしながら、
上記認定事実にかんがみれば、本件意見書の上記記載は、拒絶理由引用例に、受信
周波数に対する悪影響につきこれを3次相互変調の妨害に特定した上での記載がな
いとの趣旨を述べるべきところ、その「3次相互変調」を「3次高調波」と誤記し
たものと解され、そして、77MHz、80MHz、85MHzの各周波数の組合せが、計算
上3次相互変調の妨害を受けない周波数の組合せとなるとしても、拒絶理由引用例
(甲第10号証)に、3次相互変調の妨害を明示した記載自体は存在しないから、
本件意見書の上記記載が、本件意見書の「3次高調波」の語が「3次相互変調」の
誤記である旨の認定を妨げるものとはいえない。
したがって、「被請求人の錯誤により,3次高調波と3次相互変調という
技術用語を混同し,意見書及び請求項1に,3次高調波と誤って記載し,それがそ
のまま,看過されて,訂正前の特許請求の範囲の記載になったものと認められ」
(同8頁38行目~9頁2行目)、「本件特許発明における誤記の訂正は,出願の
経過を参酌しても,違法なものであるとはいえない」(同9頁10行目~11行
目)とした審決の判断に誤りはなく、原告の上記主張は採用することができない。
2 取消事由2(実質上特許請求の範囲の拡張又は変更に当たらないとする判断
の誤り)について
(1) 訂正前請求項1の「互いに3次高調波の妨害を受けないような複数の受信
チャンネルの組合せ」との記載の不明確性について検討する。
ア 原告は、まず、審決の「例えば,VHFテレビジョンの7チャンネルか
ら13チャンネル(174MHz~216MHz)の周波数帯域における受信機の技術分
野を想定した場合には,その周波数帯域の複数の受信チャンネルの最低の周波数
が,174MHzであって,その3倍の周波数をもつ3次高調波の周波数は,522
MHzとなって,最大の周波数の216MHzの周波数を大きく超えた周波数帯域外のも
のとなり,前記周波数帯域内の複数の受信チャンネル間では,3次高調波による妨
害が特に問題となるものとは認められず」(審決謄本5頁20行目~31行目)と
の判断につき、本件特許は、上記の例だけでなく、すべての受信機を対象としたも
のであるところ、アメリカのテレビチャンネルや日本の中波ラジオ放送の周波数の
割当てでは3次高調波の妨害を受けるものがあるから、上記の例のみを取り上げ
て、3次高調波による妨害が特に問題とならないとした判断は誤りであると主張す
る。
しかしながら、審決が、上記判断に係る「VHFテレビジョンの7チャ
ンネルから13チャンネル・・・の周波数帯域における受信機の技術分野」につ
き、「請求項1に記載された特許発明は,例えば,FMワイヤレスマイクロフォン
システムに使用される受信機,あるいは,AM変調のワイヤレスマイクロホンシス
テムにも同様に使用することができる受信機を含む,受信機の技術分野(以下,
「当該技術分野」という。)に属する発明であると認められるが,当該技術分野に
属する技術分野である,例えば,VHFテレビジョンの7チャンネルから13チャ
ンネル(174MHz~216MHz)の周波数帯域における受信機の技術分野」
(同頁16行目~22行目)との認定説示をしていること、及び上記判断とは別に
「例えば,請求人が例示した1000KHz,3000KHz,9000KHzの
場合のように,周波数と比較して,周波数帯域が非常に広範囲な場合の受信機」
(同頁31行目~33行目)についても、本件発明に属するものとして判断してい
ることに照らし、審決が、上記「VHFテレビジョンの7チャンネルから13チャ
ンネル・・・の周波数帯域における受信機」のみを本件発明の対象と判断するもの
でないことは極めて明白である。審決が上記の例を取り上げたのは、上記1の(1)の
とおり、訂正前明細書の「背景技術とその問題点」の欄に上記の例が挙げられてい
ること、及び上記のような例では、「周波数帯域が非常に広範囲な場合の受信機」
の場合の理由に加え、さらに別な理由(周波数帯域の受信チャンネルの最低の周波
数の3倍の周波数が周波数帯域外のものとなって、同周波数帯域では3次高調波の
妨害が起こり得ないこと)によっても、特許請求の範囲の記載に係る技術的意義が
不明確となることを示すためであるものと解することができる。したがって、原告
の上記主張は、審決の説示の趣旨を正解しないことに基づくものであって、採用す
ることができない。
イ 原告は、また、審決の「周波数帯域が非常に広範囲な場合の受信機で
は,3次高調波による妨害が発生するケースがあり得ないとは言えないものの,こ
の場合であっても,・・・低い方の周波数から高いほうの周波数に,いわば,一方
向的に妨害を与えることは,理解できるものの,逆に高い方の周波数の3倍の周波
数の3次高調波が低い方の周波数には妨害を与えることは明らかではなく,複数の
受信チャンネル間で,互いに,3次高調波による妨害を受けるような組合せとは,
どのような組合せか明らかとは言えない・・・このように,互いに3次高調波の妨
害を受けないような複数のチャンネルの組合せという不明確な記載を含む,訂正前
の本件特許発明が,請求項1の記載自体から明確なものであると結論づけることに
は具体的な根拠がない」(審決謄本5頁33行目~6頁8行目)との判断につき、
訂正前請求項1には「互いに3次高調波の妨害を受けないような複数の受信チャン
ネルの組合せ」と記載されているのであり、対象となるすべての周波数が互いに妨
害を受けない場合であれば、それは、「互いに3次高調波の妨害を受けない」関係
ということができるから、訂正前請求項1の「互いに3次高調波の妨害を受けない
ような複数の受信チャンネルの組合せ」との記載が不明確であるとした審決の判断
は誤りであると主張する。
しかしながら、受信機における3次高調波の妨害は、周波数の低いチャ
ンネルの受信波が、それより周波数の高いチャンネル(3倍の周波数のチャンネ
ル)の受信障害の要因となることはあり得るのに対し、逆に、周波数の高いチャン
ネルの受信波が、それより周波数の低いチャンネルの受信障害の要因となることは
ないという意味で一方的な妨害であって、相互妨害を生ずるものではないことは、
上記1の(4)のとおりである。他方、訂正前請求項1の「互いに3次高調波の妨害を
受けないような複数の受信チャンネルの組合せ」との記載に係る「互いに・・・妨
害を受けないような・・・組合せ」との表現は、日本語の用法として、組合せ次第
では、互いに妨害を受けること、すなわち、相互妨害を生ずることがあり得ること
を前提として、そのいずれからいずれへの妨害も共に起こさないような組合せを意
味すると解すべきであって、もともと、一方的な妨害しか生ぜず、互いに妨害を受
けるようなことがおよそあり得ないときに、その一方的な妨害を起こさないように
する組合せも、「互いに・・・妨害を受けないような・・・組合せ」に含まれると
解するのは不自然であるといわざるを得ない。
審決は、以上のことを前提として、「複数の受信チャンネル間で,互い
に,3次高調波による妨害を受けるような組合せとは,どのような組合せか明らか
とは言えない・・・このように,互いに3次高調波の妨害を受けないような複数の
チャンネルの組合せという不明確な記載」と判断したものと解されるから、その判
断に、原告の上記主張に係る誤りはない。
なお、この点に関し、原告は、一方的な妨害の場合には、「互いに妨害
を受けない」という表現が不明りょうであるものとすれば、「互いに3次相互変調
の妨害を受けない」との記載も不明りょうであると主張し、その根拠として、異な
る周波数f1、f2、f3の電波に、f3=2f2-f1(したがって、f1=2
f2-f3)の関係がある例を挙げ、f3はf2及びf1から、f1はf2及びf
3から3次相互変調の妨害を受けるが、f2はf1及びf3から3次相互変調の妨
害を受けることがないと主張する。
しかしながら、上記の例の場合においても、他の周波数の電波に影響を
与える要因となると同時に当該他の周波数の電波を要因とする影響を受けることに
なる電波(f1、f3)が存在するのみならず、例えば、f4=2f3-f2(し
たがって、f2=2f3-f4)の関係がある周波数f4の電波を想定すれば(f
1<f2<f3<f4であるときにおいて、上記関係が成り立つ場合があることは
明らかである。)、f1がf2及びf3から、f2がf3及びf4から、f3がf
1及びf2から、f4がf2及びf3から、それぞれ3次相互変調の妨害を受ける
ことになる。そして、このような場合も、ある電波(あるチャンネルの受信波)が
他の電波(他のチャンネルの受信波)に対し影響を与え、同時に、他の電波(他の
チャンネルの受信波)の影響を受けて相互に妨害が生じているということができる
から、原告の上記主張は採用することができない。
ウ したがって、「互いに3次高調波の妨害を受けないような複数のチャン
ネルの組合せという不明確な記載を含む,訂正前の本件特許発明が,請求項1の記
載自体から明確なものであると結論づけることには具体的な根拠がない」(審決謄
本6頁6行目~8行目)とした審決の判断に誤りはなく、訂正前請求項1の記載に
矛盾はないとして、本件訂正が、誤記の訂正を目的とするものであるとしても、実
質上特許請求の範囲を拡張又は変更することに当たるとする原告の主張は採用する
ことができない。
(2) 次に、原告は、受信機全般においては、3次相互変調のみならず、3次高
調波も影響を与えるものであるから、訂正前請求項1における「互いに3次高調波
による妨害を受けないような複数のチャンネルの組合せ」との記載が「互いに3次
相互変調による妨害を受けないような複数のチャンネルの組合せ」という技術内容
を意味するという審決の判断が誤りであると主張するが、審決は、訂正前請求項1
の「互いに3次高調波の妨害を受けないような複数の受信チャンネルの組合せ」と
の記載が字義どおりであれば、そこに記載された発明が不明確であることに基づ
き、当業者の技術常識並びに発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌して上記判断
に及んだものであり(審決謄本6頁28行目~7頁12行目)、その訂正前請求項
1の記載についての判断には上記のとおり誤りがないから、受信機全般においては
3次高調波が影響を与えるからといって、審決の上記判断が左右されるものではな
い。
(3) 原告は、また、「相互妨害」を「3次相互変調の妨害」と同一視すること
が誤りであるから、訂正前請求項1の「互いに3次高調波による妨害を受けないよ
うな複数のチャンネルの組合せ」という記載が、明細書全体の記載から見ると「互
いに3次相互変調を受けないような複数のチャンネルの組合せ」を意味することが
明らかであると定まるものではないとも主張するが、訂正前明細書の発明の詳細な
説明に記載された「相互妨害」が、専ら3次相互変調を指すものとして当業者に認
識理解されることは上記1の(4)のとおりであるから、原告の上記主張は採用するこ
とができない。
(4) さらに、原告は、訂正後請求項1の記載によれば、本件訂正後の本件発明
の技術的範囲には、「3次高調波の妨害」や「隣接チャンネル妨害」を受けるよう
な受信チャンネルの組合せは含まれることになるが、当初明細書の特許請求の範囲
の記載によれば、当初明細書に記載されていた本件発明の技術的範囲からは、「3
次高調波の妨害」や「隣接チャンネル妨害」等の相互妨害を生ずるような受信チャ
ンネルの組合せはすべて除外されていたから、本件訂正によって、本件発明の技術
的範囲が拡大されており、実質上特許請求の範囲を拡張するものであると主張す
る。
しかしながら、当初明細書(甲第9号証の1添付)には、特許請求の範囲
として、「ひとつの帯域を所定数チヤンネルに分割し,この分割されたチヤンネル
を選択的に受信する受信機であって,上記分割されたチャンネルの中で相互妨害を
生じない複数チャンネルの組合せを選択し,この選択された複数チヤンネルの何れ
かを受信できるようにした受信機」との記載があるが、一定の帯域を分割して形成
された所定数のチャンネルを選択的に受信する受信機の分野において、「相互妨
害」が慣用されている技術用語であるとは認められないことは、上記1の(2)のとお
りであるから、発明の詳細な説明を参酌してその技術的な意義を明らかにすべきと
ころ、当初明細書の発明の詳細な説明にも、「相互妨害」に当たるものとして「3
次相互変調の妨害」が挙示されている(3頁11行目~13行目)のに対し、3次
高調波の妨害や隣接チャンネル妨害については明示の記載が全くなく、また、同時
使用される複数のチャンネルの受信波間における一方的な妨害である3次高調波の
妨害や、妨害が生じないような受信チャンネルを選択することに格別の困難がある
とは考えられない隣接チャンネル妨害が、その「相互妨害」に含まれないと解され
ることは、訂正前明細書について上記1の(4)で説示したところと同様である。した
がって、当初明細書の特許請求の範囲の「相互妨害」との記載も3次高調波の妨害
や隣接チャンネル妨害を含むものではないと解され、そうとすれば、当初明細書に
記載されていた本件発明の技術的範囲から「3次高調波の妨害」や「隣接チャンネ
ル妨害」を生ずるような受信チャンネルの組合せが除外されていたことを前提とす
る原告の上記主張は前提を欠き、採用することができない。
(5) 以上のとおり、本件訂正が実質上特許請求の範囲を拡張、変更するもので
ないとした審決の判断に、原告主張の誤りはない。
3 取消事由3(新規事項の追加に当たることの看過)について
原告は、明細書記載の特許請求の範囲に「互いに3次相互変調の妨害を受け
ないような複数の受信チャンネルの組合せ」を追加した本件訂正が、平成6年法律
第116号による改正前の特許法126条1項ただし書前段所定の「願書に添付し
た明細書又は図面に記載した事項の範囲内」においてした訂正ではなく、新規事項
の追加に当たる旨主張する。
しかしながら、上記「願書に添付した明細書又は図面」は、設定登録時の明
細書(すなわち、訂正前明細書)をいうものであるところ、弁論の全趣旨によれ
ば、原告は、審判において、本件特許の無効の原因である本件訂正の違法事由とし
て、本件訂正が設定登録時の明細書(訂正前明細書)又は図面に記載した事項の範
囲内においてするものではなく、新規事項の追加に当たる旨の主張をしていないこ
とが認められ、また、審決謄本(甲第1号証)によれば、審決がこの点に対する判
断を経ていないことも明らかである。したがって、原告は、本訴において、審決の
取消事由として本件訂正が新規事項の追加に当たる旨の主張をすることはできず、
上記主張はそれ自体失当である。
4 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決
を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴
訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 石 原 直 樹
裁判官 宮 坂 昌 利
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