平成12(ワ)11470民事訴訟 特許権
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裁判所 |
大阪地方裁判所
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裁判年月日 |
平成13年10月4日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回 特許法102条2項1回 特許法41条1回
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キーワード |
特許権12回 侵害6回 実施5回 進歩性3回 損害賠償3回 拒絶査定不服審判2回 差止2回 新規性1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成12年(ワ)第11470号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成13年7月13日
判 決
原 告 スカイライトコーポレーション株式会社
訴訟代理人弁護士 齋 藤 安 彦
同 後 藤 昌 弘
訴訟復代理人弁護士 川 岸 弘 樹
補佐人弁理士 広 江 武 典
被 告 大東電機工業株式会社
訴訟代理人弁護士 鎌 田 邦 彦
補佐人弁理士 安 田 敏 雄
同 吉 田 昌 司
同 喜 多 秀 樹
同 坂 本 寛
主 文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙被告製品目録記載の製品を、製造し、輸入し又は販売してはな
らない。
2 被告は、原告に対し、金500万円及びこれに対する平成12年4月4日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、下記の特許権(以下「本件特許権」という。)をスカイライト工業
株式会社と共有する原告が、被告に対し、別紙被告製品目録記載の製品(以下「被
告製品」という。)の製造、輸入又は販売が本件特許権を侵害するとして、本件特
許権に基づき、被告製品の製造、輸入及び販売の差止めを求めるとともに、本件特
許権侵害の不法行為による損害賠償の一部請求として500万円を請求する事案で
ある。
記
特許番号 第2897181号
発明の名称 腹部揺動器具
出願年月日 昭和63年9月16日
出願番号 特願昭63-231830
登録年月日 平成11年3月12日
2 争いのない事実
(1) 原告は、スカイライト工業株式会社と本件特許権を共有している。
(2) 本件特許権についての特許出願の願書に添付された補正された明細書(以
下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
請求項1
床に仰臥した人の足首を足載台に載せてこれを左右に往復動させること
により、その腹部を揺動させるものであって、足載台と、この足載台を左右に往復
動させるための駆動機構とからなり、足載台は床面より100~200mm程度の
位置に設けられ、10~30mm程度の振幅で、毎分100~200回程度の速度
で左右に往復動するものであることを特徴とする腹部揺動器具。
請求項2
駆動機構は足載台の往復動方向に平行に設けられたレールと、このレー
ルに摺動自在に取り付けられていてレールに沿って左右に往復動する摺動駒、及び
駆動モータと、この駆動モータに取り付けられた減速機と、この減速機の出力軸に
取り付けられたエキセントリックプーリとからなり、摺動駒にはエキセントリック
プーリの外径とほぼ同一の幅の竪溝が形成されており、これにエキセントリックプ
ーリが嵌められていてエキセントリックプーリを回転させることにより摺動駒が1
0~30mmの振幅で、毎分100~200回の速度で左右に往復動するようにな
っており、その上端部が本体ケースより突出していて、これに足載台が取り付けら
れて、摺動駒の左右動するに従って左右に往復動するように形成されていることを
特徴とする特許請求の範囲第1項の腹部揺動器具。
(3) 請求項2の発明の構成要件は、次のとおり分説することができる(以
下、請求項2に記載された発明を「本件発明」といい、その構成要件は、例えば
「構成要件①」のように、番号をもって示す。)。
① 床に仰臥した人の足首を足載台に載せてこれを左右に往復動させること
により、その腹部を揺動させるものであって、
② 足載台と、この足載台を左右に往復動させるための駆動機構とからな
り、
③ 足載台は、床面より100~200mm程度の位置に設けられ、
④ 10~30mm程度の振幅で、毎分100~200回程度の速度で左右
に往復動するものであり、
⑤ 駆動機構は足載台の往復動方向に平行に設けられたレールと、このレー
ルに摺動自在に取り付けられていてレールに沿って左右に往復動する摺動駒、及び
駆動モータと、この駆動モータに取り付けられた減速機と、この減速機の出力軸に
取り付けられたエキセントリックプーリとからなり、摺動駒にはエキセントリック
プーリの外径とほぼ同一の幅の竪溝が形成されており、これにエキセントリックプ
ーリが嵌められていてエキセントリックプーリを回転させることにより摺動駒が1
0~30mmの振幅で、毎分100~200回の速度で左右に往復動するようにな
っており、その上端部が本体ケースより突出していて、これに足載台が取り付けら
れて、摺動駒の左右動するに従って左右に往復動するように形成されていることを
特徴とする
⑥ 腹部揺動器具。
(4) 被告は、業として、被告製品を輸入、販売している。
(5) 被告製品の構成は、次のとおり分説することができる(分説中に記載され
た番号は、別紙被告製品目録添付の図面記載の番号である。以下、被告製品の構成
は、例えば「構成A」のように、記号をもって示す。)。
A 床に仰臥した人の足首をスライダ5に載せてこれを左右に往復動させる
ことにより、その腹部を揺動させるものであって、
B スライダ5と、このスライダ5を左右に往復動させるための駆動機構と
からなり、
C スライダ5は、床面からは165mmの位置に設けられ、
D スライダ5は、40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62
回、低速で毎分44回の速度で左右に往復動するものであり、
E 駆動機構は、スライダ5の往復動方向に並行に設けられた前後一対の支
持シャフト19、19と、この支持シャフト19、19に摺動自在に取り付けられ
ていて支持シャフト19、19に沿って左右に往復動するスライダプレート20、
及び電動モータ14と、この電動モータ14に取り付けられて回転運動を減速して
その出力軸に伝達するギアケース23と、このギアケース23の出力軸に取り付け
られた回転プレート24の回転中心から外れた外周部分に連結された偏心ローラ2
5とからなり、スライドプレート20の中央部には前後方向に長い長孔よりなるス
ライド孔26が形成されており、これに偏心ローラ25が挿通されていて、回転プ
レート24を回転させ、この回転プレート24の回転中心回りに回転する偏心ロー
ラ25によって、スライドプレートが40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速
で毎分62回、低速で毎分44回の速度で左右に往復動するようになっており、ス
ライドプレート20の上面に突設された左右一対の連結脚22、22がケーシング
4より突出し、これにスライダ5が取り付けられていてスライドプレート20が左
右動するに従って左右に往復動するように形成されていることを特徴とする
F 往復運動器具。
(6) 構成A、B、Cは、それぞれ構成要件①、②、③を充足し、構成Fは構成
要件⑥を充足する。
3 争点
(1) 被告は、業として、被告製品を輸入、販売するほか、製造しているか。
(2) 構成Dの「40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低
速で毎分44回の速度で左右に往復動するものであり」という部分は、構成要件④
(「10~30mm程度の振幅で、毎分100~200回程度の速度で左右に往復
動するものであり、」)を文言上充足するか。
(3) 被告製品は、構成要件④(「10~30mm程度の振幅で、毎分100~
200回程度の速度で左右に往復動するものであり、」)を、構成Dの「40mm
の振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低速で毎分44回の速度で左右
に往復動するものであり」という部分に置換した点において、本件発明と均等か。
(4) 構成Eの「スライドプレートが40mmの振幅で、高速で毎分72回、中
速で毎分62回、低速で毎分44回の速度で左右に往復動する」という部分は、構
成要件⑤の「摺動駒が10~30mmの振幅で、毎分100~200回の速度で左
右に往復動する」という部分を文言上充足するか。
(5) 被告製品は、構成要件⑤の「摺動駒が10~30mmの振幅で、毎分10
0~200回の速度で左右に往復動する」という部分を、構成Eの「スライドプレ
ートが40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低速で毎分44
回の速度で左右に往復動する」という部分に置換した点において、本件発明と均等
か。
(6) 構成Eの「前後方向に長い長孔よりなるスライド孔26」という部分は、
構成要件⑤の「竪溝」という部分を文言上充足するか。
(7) 被告製品は、構成要件⑤の「竪溝」という部分を、構成Eの「前後方向に
長い長孔よりなるスライド孔26」という部分に置換した点において、本件発明と
均等か。
(8) 本件特許権の侵害があるとした場合、損害額はいくらか。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告製品の製造)について
(1) 原告の主張
被告は、業として、被告製品を輸入、販売するほか、製造している。
(2) 被告の主張
被告は、業として、被告製品を輸入、販売しているが、製造はしていな
い。
2 争点(2)(構成要件④の文言上の充足性)について
(1) 原告の主張
最近の特許権侵害訴訟における最高裁判所判決(平成6年オ第2378号
同10年4月28日第3小法廷判決)は、特許発明の構成要件中の数値限定に付さ
れた「付近」という文言の解釈に当たって、特許発明の作用効果を参酌することが
必要であるとしているから、本件においても、構成要件④の「程度」という文言の
解釈に当たっては、作用効果を参酌する必要がある。本件発明の作用効果は、足載
台を左右に往復動させることにより、脚が臀を中心にしてあたかも魚が泳ぐように
左右に往復動し、腹部がそれに共振して左右にくねるように揺動し、それによって
腹部の内臓機能が活発化し、併せて、体内への酸素の供給量が多くなって健康が増
進するという点にあり、被告装置も、このような作用効果を奏する。
構成Dの「40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低
速で毎分44回の速度で左右に往復動するものであり」という部分は、構成要件④
(「10~30mm程度の振幅で、毎分100~200回程度の速度で左右に往復
動するものであり、」)と対比すると、振幅が大きく、往復速度が遅い。しかし、
M(足載台に加わる質量(kg))×V(運動速度(mm/分))=Qで表される
運動量を比較すると、本件発明において、1往復における移動距離は80mm(2
0mm×2×2=80mm)、往復速度は中間値で150回/分であり、V(運動
速度)は12000mm/分(80mm×150回/分=12000mm/分)で
あるから、運動量Q1は、M×12000kg・mm/分である。他方、被告製品
においては、1往復における移動距離は160mm(40mm×2×2=160m
m)、往復速度は最大で72回/分であり、V(運動速度)は11520mm/分
(160mm×72回/分=11520mm/分)であるから、運動量Q2は、M
×11520kg・mm/分である。そこで、本件発明と被告装置とでは、人の身
体に与える運動量はほぼ同等であり、その結果、腹部の内臓機能が活発化し、体内
に酸素を吸収する程度も同程度である。したがって、被告装置は、本件発明と同一
の作用効果を奏する。
構成要件④の「程度」という文言は、同一の作用効果を奏する範囲まで及
ぶから、構成Dの「40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低
速で毎分44回の速度で左右に往復動するものであり」という部分は、構成要件④
(「10~30mm程度の振幅で、毎分100~200回程度の速度で左右に往復
動するものであり、」)を文言上充足する。
(2) 被告の主張
本件発明は、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1で足載台を左右に往
復動させるとされた「駆動機構」の構成を明らかにするものであり、その構成は構
成要件⑤に示される。構成要件⑤によれば、足載台は摺動駒に直結しており、両者
の振幅及び往復速度に差を生じない構成となっており、摺動駒の振幅は「10~3
0mm」、往復速度は「毎分100~200回」とされている。このような構成要
件⑤の構成からすると、足載台の振幅及び往復速度も、摺動駒と同じになるはずで
あり、構成要件④の「10~30mm程度」、「毎分100~200回程度」とい
う数値限定の範囲を、「程度」の文言を理由に広げて解釈することはできない。
本件発明の出願当初の明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明にお
ける足載台の振幅及び往復速度の数値限定には、「程度」という記載はなく、「程
度」という記載は、本件発明の出願公開後である平成8年4月12日付けの手続補
正書において追加された。「程度」という文言の付加によって数値範囲が拡大され
るとすると、明細書の要旨が変更される(平成5年法律第26号による改正前の特
許法41条)ために本件発明の出願日が出願公開後である補正書提出日に繰り下が
り、その結果、本件発明はその公開公報によって新規性が欠如したものとなってし
まう。そこで、「程度」という文言により数値範囲を拡大して解釈すべきではな
い。
原告は、前記最高裁判所判決を挙げ、「程度」という文言の解釈に当たっ
て作用効果を参酌することが必要であると主張するが、作用効果は、明細書の作
用、効果の項に記載されている事項をそのまま作用効果として考えるべきである。
本件明細書の発明の詳細な説明の作用、効果の項には、足載台の振幅及び往復速度
が記載されているから、本件発明の作用効果は、そのような足載台の振幅及び往復
速度によるものと考えるべきである。また、本件発明の出願経過や出願時の公知技
術に照らしても、本件発明の作用効果は、足載台の振幅及び往復速度について定め
られた数値範囲において認められるものである。
「程度」という文言を幅のあるものとして解することができたとしても、
その幅は、限界値の有効数字の下一桁を四捨五入して得られる範囲までと解される
から、構成要件④の「10~30mm程度」、「毎分100~200回程度」は、
それぞれ、せいぜい「9.5~30.4mm」、「毎分99.5~200.4回」
と解すべきである。
構成Dに示された振幅「40mm」、往復速度「高速で毎分72回」は、
いずれも構成要件④に示された振幅「10~30mm程度」、往復速度「毎分10
0~200回程度」の数値範囲から大きく外れているから、構成Dの「40mmの
振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低速で毎分44回の速度で左右に
往復動するものであり」という部分は、構成要件④(「10~30mm程度の振幅
で、毎分100~200回程度の速度で左右に往復動するものであり、」)を文言
上充足しない。
3 争点(3)(構成要件④についての均等の成否)について
(1) 原告の主張
ア 本件発明は、足載台の高さ、振幅、往復速度という3点の要件を設ける
とともに、モーターの回転運動を往復動に変換する駆動機構を採用することによっ
て、この3点の要件下に、家庭で簡単、手軽に運転できる器具を実現したところに
特徴を有するものであって、振幅の数値そのものが「10~30mm程度」である
か、往復速度が「毎分100~200回程度」であるかは、本件発明の本質的部分
ではない。
イ 足載台の振幅について「10~30mm程度」を「40mm」に置換し
ても、また、往復速度について「毎分100~200回程度」を「高速で72回」
に置換しても、駆動モーターの回転運動を往復運動に変換する駆動機構を備えるこ
とによって、適度の運動量で不必要な刺激、過度の負担を受けることなく安定して
安全に運動でき、体力のない人でも安楽に運動できるとともに、この運動を家庭で
簡単かつ手軽に行うことができるものとするという本件発明の目的を達成すること
ができ、同一の作用効果を奏することができる。
ウ 脚が臀を中心にしてあたかも魚が泳ぐように左右に往復動し、腹部がそ
れに共振して左右にくねるように揺動すべく、振幅や往復速度を適宜調整すること
は何人も直ちに思い付くことであるから、振幅について「10~30mm程度」を
「40mm」に置換すること、及び往復速度について「毎分100~200回程
度」を「高速で72回」に置換することは、当業者が被告装置の製造販売時点にお
いて容易に想到することができた。
エ 本件発明の特徴は、足載台の高さ、振幅、往復速度に数値範囲を設定
し、その数値範囲を満たす運動を行うために、駆動モーターの回転運動を往復動に
変換する駆動機構を備えたところにあり、出願当時において、これらの構成要件全
体を組み合わせた特有の技術は存在していなかった。したがって、被告装置は、本
件発明の出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから容易に推考すること
ができたものではない。
オ 本件発明の出願手続において、特許請求の範囲から被告装置のような構
造のものを意識的に除外したなどの特段の事情は存在しない。
カ したがって、被告製品は、構成要件④(「10~30mm程度の振幅
で、毎分100~200回程度の速度で左右に往復動するものであり、」)を、構
成Dの「40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低速で毎分4
4回の速度で左右に往復動するものであり」という部分に置換した点において、本
件発明と均等である。
(2) 被告の主張
ア 本件発明の本質的部分は、本件明細書の記載、出願経過、出願時の公知
技術などからして、足載台の高さ、振幅、往復速度について具体的な数値範囲を設
けた点、及びモーターの回転運動を往復動に変換する駆動機構として具体的に構成
要件⑤の駆動機構を示した点にある。構成Dの「40mmの振幅で、高速で毎分7
2回、中速で毎分62回、低速で毎分44回の速度で左右に往復動する」という部
分は、構成要件④と、振幅、往復速度の具体的な数値を異にし、被告製品と本件発
明とは、特許発明の本質的部分において相違する。
イ 本件明細書の作用の項に「足載台を床面から100~200mm程度の
位置に設け、且つ、この足載台を10~30mmの振幅で、毎分100~200回
の速度で左右に往復動させることにより」と記載され、効果の項に「22mm程度
の振幅で、毎分150回程度の速度で往復動する足載台1に仰臥姿勢で足首を載せ
ることにより」と記載されていることから、本件発明の作用効果は、足載台の高
さ、振幅、往復速度が特許請求の範囲において示された数値の範囲内にあることが
前提となっている。構成Dは、構成要件④と比較して、振幅、往復速度の具体的な
数値を異にするから、被告装置は、本件発明と同一の作用効果を奏するとはいえな
い。
ウ 原告は、振幅や往復速度を適宜調整することは何人も直ちに思い付くこ
とであると主張するが、その具体的根拠は示されていないから、置換可能性は認め
られない。
エ ①人手によるマッサージを機械によって行わせること、②仰向けに寝た
人の足を左右に往復させることにより金魚運動を行わせて腹部を揺動させること、
③足載台を左右に往復動させる揺動機は、いずれも本件発明の出願時に公知であっ
たから、被告装置は、当業者が、本件発明の出願時における公知技術から容易に推
考することができた。
オ 本件発明の特許出願に対しては、特許庁審査官より拒絶査定がされ、出
願人は、拒絶査定不服審判を請求し、その審判請求書において、足載台の数値範囲
を「10~30mmの振幅で、毎分100~200回の速度で往復運動をさせる」
と具体的に限定して公知技術と異なることを主張し、このような主張によって拒絶
査定が取り消され、特許査定がされたものであるから、このような限定した数値範
囲を超える部分については、本件発明から意識的に除外したということができる。
カ したがって、被告製品は、構成要件④(「10~30mm程度の振幅
で、毎分100~200回程度の速度で左右に往復動するものであり、」)を、構
成Dの「40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低速で毎分4
4回の速度で左右に往復動するものであり」という部分に置換した点において、本
件発明と均等であるとはいえない。
4 争点(4)(構成要件⑤の数値限定部分の文言上の充足性)について
(1) 原告の主張
構成要件⑤の振幅、往復速度の数値限定は、「10~30mm」、「毎分
100~200回」とされており、「程度」の文言はないが、構成要件④の数値限
定と同様に、「程度」の文言があるものとして考えるべきであり、前記2(1)と同様
の理由により、構成Eの「スライドプレートが40mmの振幅で、高速で毎分72
回、中速で毎分62回、低速で毎分44回の速度で左右に往復動する」という部分
は、構成要件⑤の「摺動駒が10~30mmの振幅で、毎分100~200回の速
度で左右に往復動する」という部分を文言上充足する。
(2) 被告の主張
構成Eに示された振幅「40mm」、往復速度「高速で毎分72回」は、
いずれも構成要件⑤に示された振幅「10~30mm」、往復速度「毎分100~
200回」の数値範囲から大きく外れているから、構成Eの「スライドプレートが
40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低速で毎分44回の速
度で左右に往復動する」という部分は、構成要件⑤の「摺動駒が10~30mmの
振幅で、毎分100~200回の速度で左右に往復動する」という部分を文言上充
足しない。
5 争点(5)(構成要件⑤の数値限定部分についての均等の成否)について
(1) 原告の主張
前記3(1)アないしオと同様の理由により(ただし、構成要件⑤において
は、構成要件④と異なり、数値限定に「程度」の文言は付されていないから、前記
3(1)アないしウにおける「10~30mm程度」、「毎分100~200回程度」
は、争点(5)に関しては、「10~30mm」、「毎分100~200回」であ
る。)、被告製品は、構成要件⑤の「摺動駒が10~30mmの振幅で、毎分10
0~200回の速度で左右に往復動する」という部分を、構成Eの「スライドプレ
ートが40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低速で毎分44
回の速度で左右に往復動する」という部分に置換した点において、本件発明と均等
である。
(2) 被告の主張
前記3(2)アないしオと同様の理由により(ただし、前記3(2)アの「構成
Dの「40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低速で毎分44
回の速度で左右に往復動する」という部分は、構成要件④と、振幅、往復速度の具
体的な数値を異にし」は、争点(5)に関しては、「構成Eの「スライドプレートが4
0mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低速で毎分44回の速度
で左右に往復動する」という部分は、構成要件⑤と、振幅、往復速度の具体的な数
値を異にし」であり、前記3(2)イの「構成Dは、構成要件④と比較して」は、争
点(5)に関しては、「構成Eは、構成要件⑤と比較して」である。)、被告製品は、
構成要件⑤の「摺動駒が10~30mmの振幅で、毎分100~200回の速度で
左右に往復動する」という部分を、構成Eの「スライドプレートが40mmの振幅
で、高速で毎分72回、中速で毎分62回、低速で毎分44回の速度で左右に往復
動する」という部分に置換した点において、本件発明と均等であるとはいえない。
6 争点(6)(構成要件⑤の「竪溝」という部分の文言上の充足性)について
(1) 原告の主張
構成Eは、構成要件⑤と構造が同一であり、構成Eの「前後方向に長い長
孔よりなるスライド孔26」は、構成要件⑤の「竪溝」と方向が異なるだけで、実
質的な差異はない。したがって、構成Eの「前後方向に長い長孔よりなるスライド
孔26」という部分は、構成要件⑤の「竪溝」という部分を文言上充足する。
(2) 被告の主張
本件明細書の特許請求の範囲の請求項2は、請求項1に記載された「駆動
機構」の具体的構成を明らかにした実施態様項であり、そこに示された具体的な駆
動機構を更に拡大して解釈すべきではない。構成要件⑤の「竪溝」は、上下方向の
溝を意味するところ、構成Eの「前後方向に長い長孔よりなるスライド孔26」
は、前後方向の溝であるから、構成要件⑤の「竪溝」という部分を文言上充足しな
い。
7 争点(7)(構成要件⑤の「竪溝」という部分についての均等の成否)について
(1) 原告の主張
ア 本件発明は、足載台の高さ、振幅、往復速度という3点の要件を設ける
とともに、モーターの回転運動を往復動に変換する駆動機構を採用することによっ
て、この3点の要件下に、家庭で簡単、手軽に運転できる器具を実現したところに
特徴を有するものであって、上下方向の「竪溝」であるか「前後方向に長い長孔よ
りなるスライド孔26」であるかは、本件発明の本質的部分ではない。
イ 構成要件⑤の「竪溝」という部分を、構成Eの「前後方向に長い長孔よ
りなるスライド孔26」という部分に置換しても、駆動モーターの回転運動を往復
運動に変換することができ、使用者が安定して安全に運動できるという本件発明の
目的を達成し、同一の作用効果を奏することができる。
ウ 器具のレイアウト、モーターの設置向き等の観点から、上下方向の「竪
溝」を「前後方向に長い長孔」に置換することは、設計上の微差であり、当業者
が、被告装置の製造販売時点において容易に想到することができたものである。
エ 本件発明の特徴は、足載台の高さ、振幅、往復速度に数値範囲を設定
し、その数値範囲を満たす運動を行うために、駆動モーターの回転運動を往復動に
変換する駆動機構を備えたところにあり、出願当時において、これらの構成要件全
体を組み合わせた特有の技術は存在していなかった。したがって、被告装置は、本
件発明の出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから容易に推考すること
ができたものではない。
オ 本件発明の出願手続において、特許請求の範囲から被告装置のような構
造のものを意識的に除外したなどの特段の事情は存在しない。
カ したがって、被告製品は、構成要件⑤の「竪溝」という部分を、構成E
の「前後方向に長い長孔よりなるスライド孔26」という部分に置換した点におい
て、本件発明と均等である。
(2) 被告の主張
ア 本件発明の本質的部分は、足載台の高さ、振幅、往復速度について具体
的な数値範囲を設けた点、及びモーターの回転運動を往復動に変換する駆動機構と
して具体的に構成要件⑤に示された駆動機構を示した点にある。構成Eの「前後方
向に長い長孔よりなるスライド孔26」という部分は、構成要件⑤に示された駆動
機構中の「竪溝」という部分とは異なるから、被告製品は、本件発明と、特許発明
の本質的部分において相違する。
イ したがって、被告製品は、構成要件⑤の「竪溝」という部分を、構成E
の「前後方向に長い長孔よりなるスライド孔26」という部分に置換した点におい
て、本件発明と均等であるとはいえない。
8 争点(8)(損害額)について
(1) 原告の主張
被告は、本件特許権の登録後である平成11年3月13日以降、被告製品
を少なくとも2万台販売した。被告製品の販売価格は、1台当たり9800円であ
り、被告の得た利益は、1台当たり500円を下らない。したがって、被告が被告
製品の販売等により得た利益は、1000万円(500円×2万台=1000万
円)を下らず、これは、特許法102条2項により、原告の受けた損害の額と推定
される。そこで、原告は、被告に対し、本件特許権侵害の不法行為による損害賠償
の一部請求として500万円及びこれに対する不法行為の後である平成12年4月
4日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の支払を求める。
(2) 被告の主張
原告主張の事実は否認し、主張は争う。
損害賠償は、原告の共有持分に応じた割合でしか請求できない。
第4 争点に対する判断
1 争点(2)(構成要件④の文言上の充足性)について検討する。
(1)ア 本件明細書の発明の詳細な説明の作用の項には、「本発明に係る腹部揺
動器具は、足載台を床面から100~200mm程度の位置に設け、且つ、この足
載台を10~30mmの振幅で、毎分100~200回の速度で左右に往復動させ
ることにより、脚が臀を中心にしてあたかも魚が泳ぐように左右に往復動し、腹部
がそれに共振して左右にくねるように揺動する。これによって腹部の内蔵機能が活
発化し、併せて、体内への酸素の吸収量が多くなって健康が増進する。」(別添特
許公報(以下「特許公報」という。)3欄35行ないし42行)と記載され、効果
の項には、「本発明に係る腹部揺動器具は、22mm程度の振幅で、毎分150回
程度の速度で往復動する足載台1に仰臥姿勢で足首を載せることにより、足首を左
右に往復動させるもので、これによって臀を中心にして脚が左右に往復動し、更
に、その運動によって腹部が左右にくねるように揺動する。」(特許公報5欄17
行ないし22行)と記載されている。
このような本件明細書の記載によれば、本件発明においては、足首が左
右に往復動することによって脚や腹部が臀を中心に揺動することのみならず、その
ような揺動が、振幅10~30mm程度、振動速度毎分100~200回程度とい
う構成要件④に記載された数値範囲内で足首が往復動することによって生じるとい
うことも、作用効果の内容をなすものと考えられる。構成要件とともに作用効果が
このように数値限定を伴って書かれていることからすると、本件発明の技術的範囲
は、このような数値限定により相当程度厳格に画されているものと解される。そし
て、構成要件④には、「10~30mm程度」、「100回~200回程度」のよ
うに「程度」という文言があるが、この「程度」という文言に広い範囲を含ませる
ならば、数値範囲を画する意味が減少し、数値限定によって技術的範囲が相当程度
厳格に画されていることとは相容れなくなるから、「程度」という文言には、広い
数値範囲を含ませて解釈すべきではないと解される。
イ(ア) 乙第2号証、第6号証、第7号証、第11号証ないし第13号証、
第16号証及び弁論の全趣旨によれば、本件発明の特許出願の経過について、次の
とおり認められる。
出願当初の明細書においては、特許請求の範囲には請求項1に相当す
る記載しかなく、足載台の振幅は「10~30mm」(出願当初の明細書1頁10
行)、振動速度は「100~200回」(出願当初の明細書1頁10行ないし11
行)とされ、特許請求の範囲には「程度」という文言は書かれていなかった。問題
点を解決するための手段、作用の項には、振幅及び往復速度の数値限定の記載はな
く、実施例の項には、「振幅は10~30mm、好ましくは22mm、振動速度は
毎分100~200回、好ましくは157回」(出願当初の明細書5頁15行ない
し17行)と記載され、効果の項には、「22mm程度の振幅で、毎分157回程
度の速度」(出願当初の明細書7頁14行)と記載されていた。
これに対し、平成8年1月23日付けで、特許庁審査官より、特許法
29条2項の規定により特許を受けることができない旨の理由を示して拒絶理由通
知がされた。原告は、同年4月12日付けの意見書を提出するとともに、同日付け
の手続補正書によって明細書全文を補正した。同意見書には、「本願発明は、足載
台を床面より100~200mmの高さにして、床に仰臥した人の足首をこれに載
せて左右に往復動させることにより、脚を横方向に往復動させるものであり、殊
に、足載台を10~30mmの振幅で、毎分100~200回の速度で左右に往復
動させることによって、脚の往復動に同調して腹部が往復動して、体が臀を中心に
して、あたかも魚が泳ぐように左右に往復動し、腹部が左右にくねるように揺動す
るように構成したものであることを特徴とするものであります。」(同意見書1頁
16行ないし22行)と記載されている。また、同日付けの手続補正書によって補
正された明細書においては、特許請求の範囲に第2の2(2)記載の請求項2に相当す
る記載が付加され、請求項1の数値限定につき、振幅が「10~30mm程度」、
往復速度が「毎分100~200回程度」(同日付けの手続補正書によって補正さ
れた明細書1頁8行)と、「程度」という文言が付加された。また、問題点を解決
するための手段、及び作用の項には、足載台の振幅及び往復速度につき数値限定の
記載が付加された(同日付けの手続補正書によって補正された明細書2頁20行な
いし21行、25行)。
これに対し、平成8年5月27日付けで、特許庁審判官より、同年1
月23日付け拒絶理由通知書に記載された理由による拒絶査定がされ、拒絶査定書
の備考欄には、足を往復振動させて腹部を揺動させることは周知であって、出願の
2つの請求項に記載された数値限定は発明の実施に当たって適宜決定された事項に
すぎない旨の記載があった。
原告は、平成8年7月10日付けの審判請求書により、拒絶査定不服
審判を請求するとともに、同日付けの手続補正書を提出し、同補正書によって明細
書全文を補正した。同日付けの審判請求書には、「本願発明と引用考案とは、身体
の動かし方、即ち発明の技術思想が全く異なるものであり、その効果も全く相異し
ております。殊に本願発明は、人の身体は、脚を伸ばした状態で、10~30mm
の振幅で、毎分100~200回の速度で往復運動をさせると、腹部がそれに共振
して、脚と腹部が臀を中心としてあたかも魚が泳ぐように左右にくねる、と云う極
めて興味深い、画期的な知見に基づいてなされたものであります。従って、身体に
そのような揺動運動を生じさせるために、本願発明は、足載台1を床面より100
~200mmの高さに位置させると共に、これを振幅:10~30mm、振動数:
毎分100~200回で往復運動するように構成することが要件であり、この三点
があってはじめて本願発明が成立するのであります。」(同日付け審判請求書3頁
26行ないし4頁6行)と記載されていた。同日付けの手続補正書により補正され
た明細書(明らかな誤記等を除き、本件明細書と同様の記載である。)において
は、足載台の高さの数値限定の根拠が、脹脛が床面と接するのを避けかつ脚を伸ば
した状態にする点にあることが一層明確にされた。そして、拒絶査定が取り消さ
れ、特許が登録されるに至った。
このような出願経過によれば、足載台の振幅及び往復速度の数値限定
は、特許請求の範囲、実施例、効果の項のみならず、補正によって、問題点を解決
するための手段、作用の項にも記載が付加されたものである。そして、その数値限
定は、単に発明の実施に当たって適宜決定された事項にとどまらず、本件発明の進
歩性を肯定するための一要素であることが認められて、本件発明の特許査定がされ
たと解する余地がある。
(イ) 本件発明の出願前に発行された文献を検討すると、考案の名称「肢
の運動装置」に関する実公昭44-26505号実用新案公報(乙第14号証)に
は、「この考案は上肢又は下肢を左右又は前後に揺動させることにより、四肢の筋
肉、関節、神経、血管等に刺戟を与えることにより、疲労を除き、発達をうなが
し、患部を癒し、或は快感を得る装置であって、即ち上向凸弧の軌跡を描いて往復
動する肢載板1と、上向凹弧の軌跡を描いて往復動する肢載板2と・・・を備えた
ものである。」(同実用新案公報1欄15行ないし22行)、「肢載板1、2、3
を床から略30cmの高さの位置に置き、身体を装置の左側に仰臥し、上腿を垂直
に立て、膝を直角に曲げ、踵を肢載板1に載せモーター4を回せば・・・肢載板1
は、上向凸弧を描いて往復運動するので、下肢全体は左右に揺れ下半身は左右にね
じられ、全身は強制的に運動させられる。この場合は踵は上向凸弧運動を行う。」
(同実用新案公報1欄24行ないし2欄3行)、「次に身体を装置の右側に仰臥
し、上述と同じ姿勢をとり、踵を肢載板2に載せモーター4を回せば・・・肢載板
2は上述のような運動を行うが、その場合は踵は上向凹弧運動を行う。」
(同実用新案公報2欄4行ないし8行)、「この考案装置は肢載板は上向凸弧、上
向凹弧・・・の軌跡を描いて左右・・・に往復動するから、これへ上肢又は下肢を
載せれば、肢は弧を描いて左右に・・・往復するので肢は勿論のこと下半身、上半
身等全身が揺り動かされ、屈伸し、ねじられる結果、筋肉、関節、神経、血管等人
体の組織に運動が与えられる結果、疲労は除かれ、発達はうながされ、血行は良く
なり、新陳代謝は良好となるので、健康を保ち、患部は治癒し、しかもマッサージ
を受けているような快感を感じるものである。」(同実用新案公報2欄16行ない
し26行)と記載されている。
考案の名称「マッサージ機」に関する実開昭52-2996号公開実
用新案公報(乙第15号証)には、「台部分9を寝台主体1上に套出させた足載せ
部10の脚部11中央部を軸12で枢支し、・・・前記足載せ部11を軸12を支
点として左右へ揺動可能となしたことを特徴とするマッサージ機」(同公開実用新
案公報右欄1行ないし6行)と記載されている。
考案の名称「保健装置」に関する実公昭52-22151号実用新案
公報(乙第9号証)には、「可動枠1へ・・・水平動足載板4を設け、・・・往復
動機構・・・6を介してモーター7に連結し」(同実用新案公報1欄13行ないし
16行)、「この考案の保健装置は、本体の足載板に足を載せて左右に振動さ
せ・・・保健上効果があるもので」(同実用新案公報1欄21行ないし25行)、
「両足首を足載板4上に載せ、モーター7に通電して回転させれば、軸の回転は往
復動機構6を介して足載板4に伝わり、水平往復運動を行うので、両下肢は左右動
し、疲労が除かれる。」(同実用新案公報2欄2行ないし5行)、「この考案の保
健装置は、床に仰臥して足首を足載板に載せ、モーターをもって足載板を・・・往
復水平動させることにより、下肢は・・・左右に揺し、快感が得られるとともに全
身がマッサージされ血液の循環を促進し、疲労を除く結果、保健上効果がある。」
(同実用新案公報2欄28行ないし33行)と記載されている。
これらの文献の記載によれば、構成要件①(床に仰臥した人の足首を
足載台に載せてこれを左右に往復動させることにより、その腹部を揺動させるもの
であって)、②(足載台と、この足載台を左右に往復動させるための駆動機構とか
らなり)、及び⑤(腹部揺動器具)は、本件発明の出願前に公知であったものと認
められる。
(ウ) このような本件発明の出願経過、公知文献の記載を考慮すると、本
件発明においては、少なくとも、構成要件④に示された足載台の振幅及び往復速度
の数値限定は、本件発明の進歩性を肯定するための一要素となったものと認められ
る。そして、そのことに鑑みるならば、これらの数値限定の範囲を解釈するに当た
っては、その範囲は、「10~30mm」及び「毎分100~200回」という具
体的に定められた数値を基本に解されるべきであり、「程度」という文言には、広
い数値範囲を含ませるべきではないと解される。
(2) 構成要件④の数値範囲には、「10~30mm程度」、「毎分100~2
00回程度」と、「程度」という文言が用いられており、このことからすると、
「10~30mm」、「100~200回」という具体的に示された数値範囲に正
確には当てはまらなくても、その前後の数値が、構成要件④の数値範囲に含まれる
場合があると解される。構成Dは、「40mm」の振幅で、「高速で毎分72回」
の往復速度であるから、これらの数値が、構成要件④の数値範囲に含まれるか検討
する。
被告は、構成要件の数値限定に「程度」という文言が用いられていたとし
ても、有効数字の下一桁を四捨五入して得られる範囲までが権利範囲とされるにす
ぎないと解すべきであると主張する。しかし、そのような基準は、一応の目安にな
る場合もあるが、絶対的な基準とまではいえず、構成要件に示された数値の意味や
大きさ、数値限定がされた趣旨等によって、「程度」という文言の幅は、異なるも
のと解される。そして、「程度」という文言自体が曖昧なものであるから、それが
いかなる範囲を意味するか一義的に定めることができないけれども、構成要件に示
された数値の意味や大きさ、数値限定がされた趣旨等を参照しつつ、具体的に示さ
れた数値との対比によって、「程度」の範囲内にあるかどうか判断することができ
る場合もあると考えられる。
構成Dの「40mm」という数字と構成要件④に示された上限30mmと
の差は、10mmである。この10mmという数字は、振幅の下限の10mm、上
限の30mm及びその差である20mmという数字と比較した場合に、等しいか、
かなり大きな割合を占めている。また、10mmという数字は、本件明細書におい
て「何れの人にも好ましい強さの運動が得られる」(特許公報4欄34行)とされ
た振幅「22mm程度」(特許公報4欄33行)の22mmと下限10mm、上限
30mmの差である12mm、8mmという数字と比較した場合にも、ほぼ等しい
かこれを超えるものである。前記1(1)ア、イ(ア)ないし(ウ)のとおり、「程度」と
いう文言には、広い数値範囲を含ませるべきではないから、構成Dの「40mm」
という数字は、「程度」という文言には含まれないと解される。
構成Dの「72回」という数字と構成要件④に示された下限100回との
差は、28回である。この28回という数字は、下限の100回、上限の200回
及びその差である100回という数字と比較した場合に、28パーセント、14パ
ーセント、28パーセントと、10パーセントを優に超える割合を占めている。ま
た、28回という数字は、本件明細書において「何れの人にも好ましい強さの運動
が得られる」(特許公報4欄34行)とされた往復速度「157回程度」(特許公
報4欄33行)の「157回」と下限100回、上限200回の差である57回、
43回という数字と比較した場合にも、49パーセント、65パーセントというか
なり大きな割合を占めている。前記1(1)ア、イ(ア)ないし(ウ)のとおり、「程度」
という文言には、広い数値範囲を含ませるべきではないから、構成Dの「72回」
という数字は、「程度」という文言には含まれないと解される。構成Dには、「中
速で毎分62回、低速で毎分44回」という数字もあるが、高速の「72回」とい
う数字が、構成要件④の「程度」に含まれないと解される以上、「62回」、「4
4回」という数字もこれには含まれないと解される。
原告は、本件発明と被告装置は、脚や腹部が臀を中心に揺動すること、M
(足載台に加わる質量(kg))×V(運動速度(mm/分))=Qで表される運
動量がほぼ等しいことなどから、作用効果が同一である旨主張する。しかし、前記
1(1)アのとおり、本件発明においては、脚や腹部が臀を中心に揺動することのみな
らず、そのような揺動が構成要件④に記載された振幅及び往復速度の数値範囲内で
足首が往復動することによって生じるということも、作用効果の内容をなすものと
考えられるから、原告の前記のような主張によって、本件発明と被告装置の作用効
果が同一であるとはいえない。
(3) 以上によれば、構成Dの「40mmの振幅で、高速で毎分72回、中速で
毎分62回、低速で毎分44回の速度で左右に往復動するものであり」という部分
は、構成要件④(「10~30mm程度の振幅で、毎分100~200回程度の速
度で左右に往復動するものであり、」))を文言上充足しないものと解される。
2 争点(3)(構成要件④部分についての均等の成否)について検討する。
(1) 均等が成立するためには、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品
と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないことを要するが、ここにいう特許発
明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該
特許発明特有の課題解決手段を基礎付け、当該特許発明特有の作用効果を生じさせ
る技術的思想の中核をなす特徴的な部分をいうと解される。
(2) 前記1(1)アのとおり、本件発明の技術的範囲は、構成要件④に示された
足載台の振幅及び往復速度の数値限定により相当程度厳格に画されているものと解
され、前記1(1)イ(ア)ないし(ウ)のとおり、本件発明の出願経過、公知文献の記載
を考慮すると、本件発明においては、少なくとも、構成要件④に示された足載台の
振幅及び往復速度の数値限定は、本件発明の進歩性を肯定するための一要素となっ
たものと認められる。
そうすると、本件発明は、構成要件④において足載台の振幅及び往復速度
を数値限定したことにより、特有の作用効果を発揮するために最適な腹部揺動器具
を作成するための、従来技術にない解決手段を明らかにしたものと認められる。し
たがって、少なくとも、構成要件④において示された足載台の振幅及び往復速度の
数値限定は、本件発明特有の解決手段を基礎付け、特有の作用効果を生じさせる技
術的思想の中核をなす特徴的部分に当たり、本件発明の本質的部分に当たると解さ
れる。
前記1(1)ないし(3)のとおり、構成Dの「40mmの振幅で、高速で毎分
72回、中速で毎分62回、低速で毎分44回の速度で左右に往復動するものであ
り」という部分は、構成要件④(「10~30mm程度の振幅で、毎分100~2
00回程度の速度で左右に往復動するものであり、」))の数値限定に当てはまら
ず、被告製品は、特許発明の本質的部分において本件発明と異なると解される。し
たがって、被告製品は、構成要件④を、構成Dの「40mmの振幅で、高速で毎分
72回、中速で毎分62回、低速で毎分44回の速度で左右に往復動するものであ
り」という部分に置換した点において、本件発明と均等であるとはいえない。
3 以上によれば、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さない。
よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いず
れも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 小 松 一 雄
裁判官 中 平 健
裁判官 田 中 秀 幸
被 告 製 品 目 録
往復運動器具の説明
① 往復運動器具の構成部品
図1に示すように、往復運動器具1は、人体の足首部分を左右に往復動させ
るための器具本体2と、この器具本体2とは別体として構成され、かつ、人体の臀
部を縦軸心回りに回転自在に支持する円盤状のウェスト回転盤3と、を備えてい
る。
② 器具本体の全体構造
図1に示すように、器具本体2は、床等に載置可能なケーシング4と、この
ケーシング4の上面側に連結された左右方向に往復自在なスライダ5と、を備えて
いる。
③ スライダの構造
スライダ5は、左右の両足首をそれぞれ嵌め込むことができる左右一対の嵌
合凹部6、6を備えており、上面からケーシング4の底面までの高さHが165m
mとなる位置に配置されており、その往復動の振幅A(図2のO-O’間の距離)が
40mmとなるように設定されている。
④ ケーシングの構造
ケーシング4の前面右側こは、メインスイッチ7が設けられており、前記ケ
ーシング4の右側面には、そのメインスイッチ7をオンにして操作可能となるリモ
コンケース8のコード9が着脱自在に接続されている。このリモコンケース8に
は、電源スイッチ10と、速度切り替えスイッチ11と、自動設定スイッチ12と
が設けられている。
⑤ スライダの駆動機構
図5乃至図7に示すように、ケーシング4の内部には、スライダ5を往復動
させるための動力源となる電動モータ14と、リモコンケース8からのスイッチ入
力に基づいてその電動モータ14のオンオフ又は回転数を制御する電子回路基盤1
5と、電動モータ14の駆動軸の回転運動をスライダ5の往復運動に変換する運動
変換機構16とが設けられている。
前記運動変換機構16は、ケーシング4の底板17に立設された左右一対の
支持フレーム18、18と、この両支持フレーム18、18間に互いに平行となる
ように架設された前後一対の支持シャフト19、19と、この両支持シャフト1
9、19間にこの支持シャフト19、19の軸方向に摺動自在に架設されたスライ
ドプレート20とを備えている。前記スライドプレート20の上面には、ケーシン
グ4の上面部に設けた左右方向に長い長孔よりなる貫通孔21から上方に突出する
左右一対の連結脚22、22が突設されており、各連結脚22、22の突出端部は
前記スライダ5の下部に取着されている。
また、前記運動変換機構16は、ケーシング4の底板17の中央部でかつス
ライドプレート20の下方に配置されたギアケース23と、このギアケース23の
上面から上方に突出する出力軸に連結された回転プレート24と、この回転プレー
ト24の回転中心から外れた外周部分に回転自在に連結された偏心ローラ25とを
備えている。前記回転プレート24の回転中心から偏心ローラ25の中心までの偏
心距離は40mmに設定されている。
前記ギアケース23は、それに挿通された電動モータ14の駆動軸の回転運
動を減速して前記出力軸に伝達するウォームギア等の減速ギアが収納されており、
偏心ローラ25は、前記スライドプレート20の中央部に形成された前後方向に長
い長孔よりなるスライド孔26内に挿通されている。これにより、電動モータ14
を作動して回転プレート24を回転させると、この回転プレート24の回転中心回
りに回転する偏心ローラ25によってスライドプレート20が支持シャフト19、
19に沿って左右方向に往復動するようになっている。
⑥ スライダの往復運動制御
電子回路基盤15は、リモコンケース8の電源スイッチ10の押動操作によ
って電動モータ14への電力供給を入り切りするオンオフ機能と、その電源スイッ
チ10がオンである場合に前記リモコンケース8の速度切り換えスイッチ11を押
動操作するごとに電動モータ14の回転数を高速→中速→低速→高速…の順に切り
換える速度切り換え機能とを備えている。
また、電子回路基盤15は、リモコンケース8の自動設定スイッチ12を押
動操作すると、電動モータ14の回転数が一定時間おきに微速→低速→中速→高速
→中速→低速…の順に自動的に切り替わっていく自動速度変更機能を備えている。
電動モータ14が高速になった場合の回転プレート24の回転速度(スライ
ダ5の振動速度)は毎分72回であり、中速になった場合の回転プレート24の回
転速度(スライダ5の振動速度)は毎分62回であり、低速になった場合の回転プ
レート24の回転速度(スライダ5の振動速度)は毎分44回である。
図
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