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平成13(行ケ)47行政訴訟 商標権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成13年9月13日
事件種別 民事
法令 商標権
商標法4条1項11号1回
民事訴訟法61条1回
キーワード 審決14回
無効2回
商標権2回
優先権1回
主文
事件の概要

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判決文

平成13年(行ケ)第47号審決取消請求事件
平成13年8月7日口頭弁論終結
         判     決
      原      告   アルコン ファルマセウチカル リミテッド
      訴訟代理人弁護士   熊  倉  禎  男
      同          辻  居  幸  一
      同弁理士       大  島     厚
      同          加  藤  ち あ き
      被      告   千寿製薬株式会社
      訴訟代理人弁護士   中  島  和  雄
         主     文
     特許庁が平成10年審判第35618号事件について平成12年9月2
5日にした審決を取り消す。
     訴訟費用は被告の負担とする。
         事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 主文と同旨
2 被告
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 被告は,片仮名文字「リスコート」及び欧文字「RISCOAT」を上下2
段に横書きして成り,指定商品を第5類「薬剤」とする登録第4028442号商
標(平成7年6月19日出願,平成9年7月18日設定登録。以下「本件商標」と
いう。)の商標権者である。
 原告は,平成10年12月7日,本件商標の登録(以下「本件登録」という。)
を無効とすることについて審判を請求し,特許庁は,これを平成10年審判第35
618号事件として審理した結果,平成12年9月25日,「本件審判の請求は,
成り立たない。」との審決をし,その謄本を同年10月16日に原告に送達した。
2 審決の理由
 審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりであり,その要点は,次のとおり
である。
(1) 引用商標
 欧文字「VISCOAT」を横書きして成り,指定商品を旧第1類「薬
剤」とする登録第2151316号商標(昭和59年4月17日(優先権主張19
83年10月17日アメリカ合衆国)出願,平成1年7月31日設定登録,平成1
1年6月15日商標権の存続期間の更新登録。以下「引用商標」という。)
(2) 類否判断
 本件商標は,「リスコート」の文字と「RISCOAT」の英文字とを二
段に併記して成るもので,「リスコート」の文字からは,同文字に相応して「リス
コート」の称呼を生じる。他方,引用商標は,「VISCOAT」の英文字を横書
きして成り,同文字に相応して「ビスコート」の称呼を生じる。
 本件商標から生じる「リスコート」の称呼と引用商標から生じる「ビスコート」
の称呼とを比較すると,両称呼は,称呼を識別するうえで最も重要な要素を占める
語頭音である「リ」と「ビ」において音質を著しく異にするもので,その「リ」と
「ビ」にしても,「リ」の音は,舌面を硬口蓋に近づけ,舌の先で上歯茎を弾くよ
うにして発する有声子音(r)と母音(i)との結合した音節であり,他方,
「ビ」の音は,両唇を合わせて破裂させる有声子音(b)と母音(i)との結合し
た音節であって,しかも,この差異音は,いずれも語頭にあって強く発音されるか
ら,これらを一連に称呼した場合には,全体の語調語感が相違し,称呼上十分に聞
き分け得るものである。
 また,両商標は,前記したとおりの文字から成るものであるから,外観において
区別し得るものであり,さらに,観念においても,特定の意味合いを有しない一種
の造語と認められるので相紛れることはない。
 そうすると,本件商標と引用商標とは,称呼,観念及び外観のいずれにおいても
相紛れるおそれのない非類似の商標と認められる。
(3) 混同のおそれ
 請求人(原告)は,同人も被請求人(被告)も眼科用薬剤の製薬会社であ
るから,本件商標と引用商標とで出所の混同の生じる可能性が限りなく大きい旨主
張する。しかし,出所の混同に関係する取引の実情が立証に係る程度のものであれ
ば,それを上記の類否判断を左右するものとすることはできない。
(4) まとめ
 以上のとおり,本件商標は,商標法4条1項11号の規定に違反して登録
されたものでない。その他,本件登録を無効にすべき理由はない。
第3 原告主張の取消事由の要点
 審決の理由のうち,1(本件商標),2(請求人の主張及び趣旨),3(請
求人の弁駁),4(被請求人の主張)は認める。6(当審の判断)のうち,本件商
標は,「リスコート」の文字と「RISCOAT」の英文字とを二段に併記して成
り,「リスコート」の文字から,同文字に相応して「リスコート」の称呼を生じ,
他方,引用商標は,「VISCOAT」の英文字を横書きして成り,同文字に相応
して「ビスコート」の称呼を生じるとの部分,「ビ」の音は,両唇を合わせて破裂
させる有声子音(b)と母音(i)との結合した音節であるとの部分,観念におい
ても特定の意味合いを有しない一種の造語と認められるとの部分を認め,その余を
争う。
1 称呼の類否について
 審決は,本件商標より生じる「リスコート」の称呼と引用商標より生じる
「ビスコート」の称呼とを比較すると,両称呼は,称呼を識別するうえで最も重要
な要素を占める語頭音である「リ」と「ビ」において音質を著しく異にすると判断
しているが,この判断は誤っている。
(1) 語頭音が「称呼を識別するうえで最も重要な要素を占める」というような
原則は存在しない。また,仮にこのような原則が存在するとしても,その原則は本
件には当てはまらない。
 言語のリズムの単位である「拍」は,例えば日本人が俳句をひねろうとして指を
折り,5・7・5と数えるときの5とか7というその言語のリズムの単位をいうも
ので,原則として1文字が一つの拍を表すものである。この拍の観点から両商標を
みると,本件商標の「リスコート」と引用商標の「ビスコート」とは,いずれも5
拍から構成されており,いわば5拍語名詞に当たるのである。
 本件商標の「リスコート」と引用商標の「ビスコート」とは,語頭に位置する
「リ(ri)」と「ビ(bi)」が相違するにすぎず,しかも,相違音「リ(r
i)」と「ビ(bi)」とは,母音「イ(i)」を共通にするものである。そし
て,「ri」は,語頭に置かれると弱い破裂音となり,「ビ(bi)」も同様に,
上下のくちびるを閉じてから発する破裂音である。
 また,外来語であって新しく取り入れられたもののうち,3拍以上の名詞の場合
には,通常,語尾音から3番目にアクセントの頂点がくる(例えば「カメラ」「オ
リンピック」「アルミニウム」)。また,長音(引き音「ー」)については,アク
セントの頂点が置きにくいため,アクセントの高さの切れ目がその辺りに来ると,
その位置が原則として前にずれるという法則もある(例えば「ストーリー」「ハン
バーガー」)。これらの法則の下では,本件商標の「リスコート」も引用商標の
「ビスコート」も,いずれも片仮名語(外来語)の造語(新語)であるから,
「コ」の部分にアクセントの頂点が来るうえ,「コ」は長音の前の音でもあるか
ら,2拍目と3拍目,すなわち「スコ」の部分が高くなり,4拍目の長音「ー」が
低くなることとなる。つまり,「リスコート」と「ビスコート」とは,そのアクセ
ントの頂点の位置が同じであるため,両商標を発音する場合に,全体の語調・語感
が極めて近似したものとなる。
 さらに,本件商標及び引用商標に係る指定商品「薬剤」の分野においては,日常
的に英語が用いられており,取引者・需要者(医者・薬剤師等)も英語に慣れ親し
んだ人間が多く,これらの取引者・需要者が本件商標の英文字部分の「RISCO
AT」や引用商標の英文字の「VISCOAT」に接したときには,これらを英語
で称呼することも十分に考えられる。英語風に称呼する場合,両者は,「(ウ)リ
ィスコート」,「ヴィスコート」となり,「COAT(コート)」の前に途切れ目
があり,アクセントはいずれも「コー」の位置にくる。その結果,全体の称呼にお
いて,そのアクセント(強勢)の位置が共通となり,しかもそのアクセント音
「コ」が長音(引き音)として強調されるため,両者の全体的な語調・語感が極め
て近似したものとなる。
 このように,本件商標の「リスコート」と引用商標の「ビスコート」とでは,全
体の語調・語感が近似しており,称呼上,相紛らわしく聞き分けにくい。
(2) 被告は,相違が1音のみのとき,その相違が語頭音でなければ他の原則に
より類似とされる場合でも,その1音の相違が語頭音であるときは,類似とする他
の原則に優越して非類似とされる,という原則がある旨主張する。
 しかしながら,同数の音からなる比較的短い称呼であって相違するその1音が母
音を同じくする近似音である場合は,原則として類似とされる,というのが称呼類
否判断上の大原則であって,被告の主張は,根拠なくこの大原則に例外を認めよう
とするものであり,不当である。
2 外観の類否について
 本件商標の英文字部分「RISCOAT」と引用商標「VISCOAT」と
は,語頭の1文字を除く残りの6文字「ISCOAT」を共通にしており,文字の
配列も全く同じである。アルファベット7文字のうちの最初の1文字が異なるだけ
であるから,外観上の差異は,ほとんど目立たない。通常の商取引において,商標
は直接並べて対比されるわけではなく,時と所を異にして人間のあいまいな記憶に
基づいて認識されるものであることから,その類否の判定はいわゆる離隔的観察に
よるべきものとされている。このような離隔的観察による場合,本件商標と引用商
標の英文字部分は,7文字中順序を全く同じくする6文字が共通であるため,一見
して即座に区別することは困難であり,外観上極めて紛らわしい。
3 混同のおそれについて
 審決は,本件商標と引用商標とは,出所の混同に関係する取引の実情が立証
に係る程度のものであれば,上記の類否判断を左右するものとはいえないと判断す
るが,この判断も誤っている。
(1) 携帯電話等の情報機器の発達によって,MRと呼ばれる医薬情報担当者
(いわゆる医薬品の営業マン)等の取引者は,耳からの情報のみによって取引をす
るという場合が少なくない。とりわけ,携帯電話の普及により聞き間違い等が生じ
やすい状況においては,上記の語調・語感の類似性が当該両商標の全体的な類似性
に与える影響は極めて大きく,両商標は全体的な音の構成・構造からみて混同を生
じるおそれが強いものである。
 要するに,本件商標及び引用商標のような同一の語調・語感を有する音構成にお
いては,アクセントのない「リ」と「ビ」の相違のみによって,両者を明確に区別
することは困難である。
(2) 原告は,眼科用薬剤を主たる製品とする世界的に著名な製薬会社であり,
引用商標を使用した製品を,1991年(平成3年)以来,世界各国に販売してお
り,2000年(平成12年)度の総売上高は,世界89か国で6113万860
1米ドル(日本円で約73億3700万円)に達している。我が国では,原告の子
会社である日本アルコン株式会社が,平成11年(1999年)11月から引用商
標を使用した製品の販売を開始している。一方,被告も,製薬会社であって,その
取り扱っている商品は,ほとんどが「眼科用薬剤」であり,平成5年当時で,その
売上高の87%を「眼科用薬剤」が占めている。
 眼科医に向けた眼科専門誌には,引用商標が使用された「眼科手術補助剤」の宣伝
広告と,被告の製造若しくは販売に係る「眼科用薬剤」の宣伝広告とが同時に掲載
されていることも少なくない。
 以上のような状況の下において,本件商標が「眼科用薬剤」について使用された
場合,実際の市場においてその出所につき引用商標と混同される可能性は非常に大
きく,また,効能・効果が同じ眼科用薬剤に使用される可能性さえもある。このよ
うな商標の類似性は,本件指定商品が「薬剤」という間違いが許されない商品であ
ることも考慮して判断されるべきである。
 本件商標が,現段階では,被告により薬剤について使用されていないとしても,
今後,「眼科用薬剤」に使用される蓋然性が高いことは明らかであり,これにより
出所の混同の生じるおそれがあることも明白である。
第4 被告の反論の要点
 審決の認定判断は,正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 称呼の類否について
 原告は,語頭音が称呼を識別するうえで最も重要な要素を占めるというよう
な原則は存在しないと主張するが,失当である。
 1音の相異が語頭音でなければ他の原則により類似とされる場合でも,その1音
の相異が語頭音であるために,類似とする他の原則に優越して非類似とされるとい
う原則があるのであり,この原則こそ,まさに審決が前提としたものである。
 確かに,アクセントとは,個々の語句について決まっている高低又は強弱の配置
であるから,日本語でない「リスコート」や「ビスコート」を日本語式に読む場合
は,どこにも強弱のアクセントはなく,したがって,これらの名称それ自体につい
ていえば,語頭を強く発音するというような決まりはない。しかし,日常の日本語
の会話には,強弱の変化があることは明らかであって,上記のことは,実際に臨ん
で商品名たる両商標を称呼する場合に経験則上どの音を強く発音するかということ
とは,おのずから別の問題である。そして,実際に臨んで両商標を称呼する場合に
は,自他識別のために無意識的に語頭音を強く発音する,という経験則が認められ
るのである。
 「リスコート」,「ビスコート」の「コート」の部分については,他にも「コー
ト」や「COAT」を後半部分の構成として有する薬剤を含む旧1類を指定商品と
する商標が極めて多数存在する(例えば,「ディスコート/DISCOAT」のほ
か,「CRISCOAT/クリスコート」,「MOSCOAT」,「キレスコート/
KILESCOAT」,「ENALESS COAT/エナレスコート」,「JU
SCOAT/ジャスコート」,「ガスコート/GASCOAT」,「Stress
 Coat」等がある。)。したがって,「コート」や「COAT」の部分には,
識別力はあまり期待できないから,いきおい「リス」,「ビス」の部分が強調され
ることになるはずであり,そうすると,擦歯音である「ス」よりも,破裂音である
語頭音の「リ」や「ビ」の方が,より強く発音されることになるのが自然の成り行
きである。
 原告は,「リ(ri)」は,語頭に置かれると弱い破裂音となるというが,誤っ
ている。「リ」は,「語頭以外でははじき音」,「語頭で弱い破裂音」とされるも
のの,ここに「語頭で弱い破裂音」とは,破裂音であるが語頭では弱く発音すると
いう意味ではなく,本来「はじき音」であるが語頭では破裂の程度が弱い破裂音に
なるという意味である。つまり,語頭の「リ」は,破裂の程度が弱くて口蓋化する
ため,むしろ「はじき音」の範疇に包含されるべきものなのである。そうすると,
「リ」と「ビ」の間には,少なくともかなりの音質の差異があることになる。
「リ」と「ビ」の音質が著しく異なることは,たとえば「リンゴ」と「ビンゴ」,
「リショク」と「ビショク」などにおいて,これらが互いに1音違いの語であるこ
とを意識させないほどに,両者は全体としての語感,語調が異なり,相紛れるおそ
れが皆無であることに照らしても明らかである。
2 外観の類否について
 本件商標と引用商標とが「ISCOAT」を共通にしているとしても,両商
標において視覚上特に識別標識として強く印象に残る語頭文字の形状が,「R」と
「V」とで著しく異なっているから,離隔観察による場合であっても,両者は外観
において区別し得るものである。
3 混同のおそれについて
 原告は,審判段階及び本訴を通じて,その立証内容は,原告が引用商標を使
用させている日本代理店が眼科用薬剤を主たる製品とする製薬会社であること,引
用商標が眼科用薬剤に現に使用され広告もされていること,及び,被告の主製品が
眼科薬であることのみであり,取引の実状に照らして,本件商標,引用商標を付し
た薬剤相互間に現実に出所の混同ないしその危険が生じていることの主張立証はし
ていない。
第5 当裁判所の判断
1 称呼の類否について
(1) 本件商標が,「リスコート」の文字と「RISCOAT」の英文字を二段
に併記して成り,「リスコート」の文字から,同文字に相応して「リスコート」の
称呼を生じ,他方,引用商標が,「VISCOAT」の英文字を横書きして成り,
同文字に相応して「ビスコート」の称呼を生じることは,当事者間に争いがない。
(2) 本件商標の「リスコート」と引用商標の「ビスコート」とが,いずれも5
音から成っていること,これら2組の5音を比較すると,語頭に位置する「リ(r
i)」と「ビ(bi)」が相違しており,その余の「スコート」が共通しているこ
とは,両商標の構成自体から明らかである。
 「ビ」の音が,両唇を合わせて破裂させる有声子音(b)と母音(i)との結合
した音節であって,いわゆる破裂音であることは,当事者間に争いがない。
 甲第4号証の4によれば,「リ(ri)」の「r」は,標準的な発音法では,語
頭に置かれるとき,舌の先とそれに続く舌の下側の面とが上歯の後ろの付近に触れ
て発音される弱い破裂音となることが認められる。
 そうすると,語頭に置かれたときの「リ(ri)」と「ビ(bi)」のそれぞれ
の発音を対比すると,両者は,子音においては,弱い破裂音の「r」と破裂音の
「b」という相違を有するものの,母音においては,ともに「イ(i)」であって
同じであるということができる。
 このように,本件商標の「リスコート」と引用商標の「ビスコート」とは,発音
の冒頭において,弱い破裂音の子音「r」で開始されるのか,破裂音の子音「b」
で開始されるのかで異なるだけであり,その後の母音「イ(i)」からの発音は全く
同一であるから,全体としては,語調・語感が近似することになり,称呼上,相紛
らわしいものといわざるを得ない。
(3) 被告は,「リスコート」,「ビスコート」の「コート」の部分について
は,他にも「コート」や「COAT」を後半部分の構成として有する,薬剤を含む
旧1類を指定商品とする商標は極めて多数存在するから,「コート」や「COA
T」の部分には,識別力はあまり期待できないので,いきおい「リス」,「ビス」
の部分が強調されることになるはずであり,そうすると,擦歯音である「ス」より
も,破裂音である語頭音の「リ」や「ビ」の方が,より強く発音されることになる
のが自然のなりゆきである旨主張する。
 しかしながら,本件商標の「リスコート」及び引用商標の「ビスコート」は,い
ずれも,わずか5音から成る短い造語であり,それ自体で何らかの意味を有すると
いうものではなく,一般的には,これらに接した取引者・需要者に格別の観念を生
じさせるものともいえないから,取引者・需要者は,通常,本件商標及び引用商標
をそれぞれ「リスコート」及び「ビスコート」と一体不可分に把握し,一連のもの
として発音するのが通常であると認められる。
 そうすると,被告の上記主張は,前提において誤っているものであり,その余の
点について検討するまでもなく,失当なことが明らかである。
 また,被告は,確かに,アクセントとは,個々の語句について決まっている高低
又は強弱の配置であるから,日本語でない「リスコート」や「ビスコート」を日本
語式に読む場合は,どこにも強弱のアクセントはなく,したがって,これらの名称
それ自体についていえば,語頭を強く発音するというような決まりはないとしつ
つ,しかし,日常の日本語の会話には,強弱の変化があることは明らかであって,
上記のことは,実際に臨んで商品名たる両商標を称呼する場合に経験則上どの音を
強く発音するかということとは,おのずから別の問題であり,実際に臨んで両商標
を称呼する場合には,自他識別のために無意識的に語頭音を強く発音する,という
経験則が認められると主張する。
 しかしながら,本件全証拠によっても,被告主張の,実際に臨んで両商標を称呼
する場合には,自他識別のために無意識的に語頭音を強く発音する,という経験則
が存在することを認めることはできない。
 仮に,一般論として,語頭音が称呼を識別するうえで重要な要素を占めることが
多いとしても,上述したとおり,本件商標の「リスコート」及び引用商標の「ビス
コート」は,5音から成る文字のうちの語頭の子音のみが相違しているだけであ
り,その子音は,弱い破裂音か破裂音かで異なるだけであって,しかも,「リスコ
ート」及び「ビスコート」は,それ自体で何らかの意味を有するというものではな
いという本件の場合において,一般の取引者・需要者が,自他識別のために無意識
的に「リ(ri)」や「ビ(bi)」を強く発音するとは考えにくい。
 被告は,「リ」と,「ビ」の音質が著しく異なることは,たとえば「リンゴ」と
「ビンゴ」,「リショク」と「ビショク」などにおいて,これらが互いに1音違い
の語であることを意識させないほどに,両者は全体としての語感,語調が異なり,
相紛れるおそれが皆無であることに照らしても明らかである旨主張する。
 しかしながら,これらの語はいずれもよく知られた語であり,そのため,「リン
ゴ」という語からは,林檎という特定の果実の観念が,「ビンゴ」という語から
は,その名を冠する特定のゲームの観念が,「リショク」という語からは,「離
職」,「利殖」などという観念が,「ビショク」という語からは,「美食」という
観念が,それぞれ極めて明確に生じることは,当裁判所に顕著である。そして,い
ずれもよく知られた語同士の間では,称呼自体には似ている要素が多くとも区別が
比較的容易となることも,当裁判所に顕著である。また,これらの語が現実に使用
される状況に着目すると,「リンゴ」と「ビンゴ」,「リショク」と「ビショク」
では,ほとんどの場合,一方の使用は予想できても,他方の使用は予想できない場
面でしか使用されないということができ(果実店で,「リンゴ」は注文しても,
「ビンゴ」を注文することはない。),このような使用により相紛れることがない
のは,むしろ当然というべきである。したがって,現実に,これらの間で相紛れる
ことがないとしても,そのことから,直ちに,相紛れるおそれが少ない理由は,
「リ」と,「ビ」の音質が著しく異なるためである,とする結論を導き出すことは
できない。
 被告の上記主張も,採用できない。
2 混同のおそれについて
(1) 一般に,商標の類否は,対比される二つの商標が同一又は類似の商品に使
用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって
決すべきである。その場合,考察は,上記のような商品に使用された商標がその外
観,観念,称呼によって取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全
体的になされるべきであり,しかも,その商品の取引の実情を明らかにし得る限
り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきである。また,商標の外観,観念
又は称呼の類似は,その商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測
させる一応の基準にすぎないから,外観,観念,称呼の3点のうち1点において類
似するものでも,他の2点において著しく相違することその他取引の実情等によっ
て,何ら商品の出所に誤認混同をきたすおそれの認め難い事情があると認められる
ときには,類似商標に当たらないと解するべきである(最高裁昭和43年2月27
日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
(2) 上記認定のとおり,本件商標の「リスコート」と引用商標の「ビスコート」
とは,全体として語調・語感が近似し,称呼上,相紛らわしいものであるから,両
商標の類否判断においても,一応,出所の誤認混同のおそれを生じさせると推測さ
れるということができる。そして,本件全証拠を検討しても,商品の出所に誤認混
同を来すおそれを認め難い事情を認めることはできない。したがって,本件商標は
引用商標の類似商標に当たると解すべきである。
(3) 被告は,原告が,取引の実状に照らして,本件商標,引用商標を付した薬
剤相互間に現実に出所の混同ないしその危険が生じていることの主張立証をしてい
ない旨主張する。
 しかしながら,上述したとおり,本件商標と引用商標とは,称呼において相紛ら
わしく,本件商標を使用した商品につき出所の混同のおそれを一応推測させるもの
であるから,両商標が類似することを妨げる取引の実情は,被告こそが主張立証す
べき事柄であるというべきである。
 しかも,取引の実情をみると,むしろ,商品の誤認混同のおそれが肯定されると
いうことができる。
 甲第12号証,第14号証,第18号証,甲第22号証,第23号証の各1,2
によれば,原告の製造販売する眼科手術補助剤「ビスコート」(以下「本件商品」
という。)は,まず,米国において,各種非臨床試験及び臨床試験が行われ,19
86年(昭和61年)に,「白内障摘出術及び眼内レンズ挿入術を含む前眼部手術
における手術補助」を効能として承認を取得したこと,その後,米国をはじめとす
る世界各国で販売されるようになり,我が国においては,平成5年から,本件商品
について,「超音波水晶体乳化吸引術」及び「白内障摘出術及び眼内レンズ挿入
術」における手術補助剤としての有効性及び安全性について検討が行われ,有効性
及び安全性が確認されたうえで,平成11年9月に輸入承認を受けたこと,本件商
品は,我が国において,白内障摘出等の手術の際に眼球に注入する手術補助剤とし
て使用されるものであることから,その流通経路は,製薬会社から出荷され,専門
の卸業者を経由して,病院ないしは医院に販売され,もっぱら眼科医師が最終需要
者となることが認められる。
 また,甲第9号証,第10号証の2,第11号証によれば,原告は,1945年
創業の眼科用薬剤を主たる製品とする製薬会社であり,一方,被告も,昭和22年
の創業以来,眼科薬一筋に歩んできた会社であり,平成5年当時においても,眼科
用薬剤が同社の売上高の87%を占めていたことが認められる。これによれば,原
告と被告とは,いずれも眼科用薬剤を製造販売しているという点で事業内容が共通
していることが明らかである。
 上記認定の各事実によれば,本件商標は,被告の眼科用薬剤に使用される見込み
が大きく,その場合には,その流通経路が本件商品のそれと競合する可能性があ
り,その場合,少なくとも流通経路の中間にいる卸業者あるいは病院あるいは医院
の窓口となる者においては,耳からの情報のみによって取引をすることが少なくな
く,本件商標と引用商標との称呼上の紛らわしさから,商品の出所に混同をきたす
おそれがあるものというべきである。
 したがって,被告の上記主張は,失当である。
(4) 以上検討したところによれば,本件商標と引用商標とが,称呼,観念及び
外観のいずれにおいても相紛れるおそれのない非類似の商標であるとし,この類否
判断を左右するに足りる取引の実情もないとした審決の認定判断は,誤っているこ
とが明らかである。
3 そうすると,審決の取消しを求める原告の請求は,理由がある。そこで,こ
れを認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法
61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官    山  下  和  明
          裁判官    設  樂  隆  一
          裁判官    宍  戸     充

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