平成11(行ケ)445行政訴訟 実用新案権
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成13年7月17日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
実用新案権
実用新案法3条1項3号2回 実用新案法4条2回 実用新案法3条1項2号2回 実用新案法3条2項1回 実用新案法3条1項1号1回
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キーワード |
無効35回 審決31回 刊行物16回 実施12回 実用新案権8回 無効審判2回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成11年(行ケ)第445号 審決取消請求事件
判 決
原 告 株式会社高橋林業土木
訴訟代理人弁理士 佐々木實
被 告 A
訴訟代理人弁護士 小林幸夫、弁理士 長屋直樹
主 文
特許庁が平成10年審判第35609号事件について平成11年10月21日に
した審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
主文第1項同旨の判決。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「浴槽」とする登録第1624979号実用新案(昭和54年1
2月3日登録出願(実願昭54-167885号)、昭和60年6月13日出願公
告(実公昭60-19674号)、昭和61年1月31日登録。本件考案)の実用
新案権者であるが、原告は、平成10年12月3日、本件考案について無効審判請
求をし、平成10年審判35609号事件として審理されたが、平成11年10月
21日、本件審判の請求は成り立たないとの審決があり、その謄本は同年11月2
9日原告に送達された。
2 本件考案の要旨
浴槽主体が木製で箱型のものとする浴槽の構造において、浴槽主体内側面の四つ
の各隅角部に、いずれも下方に向かうにしたがって細くなっている縦長いテーパ状
の溝が夫々凹成されていて、これらの溝内に、該溝に適合した浸水防止用の縦長い
テーパ状の木製角木が密実に打込まれていることを特徴とする浴槽。
3 審決の理由の要点
(1) 原告(審判請求人)主張の無効事由
(1)-1 無効事由1
本件考案は、その出願前に日本国内において公然知られた考案であり、実用新案
法3条1項1号に該当し、実用新案登録を受けることができないものであるから、
その実用新案権は取り消されるべきである。
原告は、次の証拠方法を提出している。
審判甲第2号証:「高等学校用 家具生産」文部省著作教科書、昭和57年実教
出版株式会社発行5~7頁。
審判甲第3号証:「図解木工の継手と仕口」鳥海義之助著作、1984年理工学
社発行56頁。
審判甲第4号証:「(続)図解木造建築の知恵-秀れた技術者となるために-」
長尾勝馬著作、理工図書株式会社、初版1982年発行、311~312頁。
審判甲第5号証:「図解木造建築の知恵-秀れた技術者となるために-」長尾勝
馬著作、理工図書株式会社、初版1982年発行、123頁及び148頁。
審判甲第13号証の1:京都市立勧業館「みやこめっせ」のパンフレット。
審判甲第13号証の2:「京都伝統産業ふれあい館」のパンフレット。
検審判甲第1号証:京都市立勧業館「みやこめっせ」地下一階、「京都伝統産業
ふれあい館」展示場の継手見本。
検審判甲第2号証:昭和30年前後に製作されたと思われる廃仏壇の扉(山形県
村山市楯陸5621-3鈴木仏壇店所有)。
人証1:審判甲第3号証の著者Bの証人尋問。
(1)-2 無効事由2
本件考案は、その出願前に日本国内において公然実施された考案であり、実用新
案法3条1項2号に該当し、実用新案登録を受けることができないものであるか
ら、その実用新案権は取り消されるべきである。
原告は、次の証拠方法を提出している。
審判甲第6号証:「欅製衣裳盆の写真」
人証2:Cの証人尋問
(1)-3 無効事由3
本件考案は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された考案
であり、実用新案法3条1項3号に該当し、実用新案登録を受けることができない
ものであるから、その実用新案権は取り消されるべきである。
原告は、次の証拠方法を提出している。
審判甲第7号証:「木材ノ工芸的利用」農商務省山林局編纂、明治45年日本山
林会発行402~403頁。
審判甲第8号証:「津軽塗」青森県教育委員会昭和51年発行112~113
頁。
審判甲第9号証:「津軽塗の写真」
(1)-4 無効事由4
本件考案は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された考案
に基づき、当業者が極めて容易に考案することができたものであり、実用新案法3
条2項の規定に違反しており、実用新案登録を受けることができないものであるか
ら、その実用新案権は取り消されるべきである。
原告は、次の証拠方法を提出している。
審判甲第10号証:「構造用教材Ⅰ」社団法人日本建築学会昭和35年発行65
~66頁。
審判甲第11号証:「木材加工・室内計画便覧」産業図書株式会社昭和36年発
行378頁及び915頁。
審判甲第12号証:「図集建物のおさまり」有限会社井上書院昭和39年発行8
4頁。
(1)-5 無効事由5
本件考案は、皆が共有すべき日本固有の伝統木工技術を独占するものであり、公
序良俗に違反するものであるから、実用新案法4条に該当し、その実用新案権を取
り消すべきである。
(2) 被告(被請求人)の主張
被告は、次の証拠方法を提出している。
審判乙第1号証:被告の「木製風呂」のカタログ。
審判乙第2号証:従来の木製風呂の写真。
審判乙第3号証:従来の木製風呂の要部写真。
審判乙第4号証:本件考案の木製風呂の要部写真。
(3) 無効事由1に対する審決の判断
(3)-1 審判甲各号証の記載事項
審判甲第2号証:(「高等学校用 家具生産」文部省著作教科書、昭和57年実
教出版株式会社発行5~7頁。)には、木製の板材を以て箱型物品の桝組みする技
術として、「突付け接ぎ」、「打付け接ぎ」、「組接ぎ」、「留め接ぎ」が紹介さ
れている。
審判甲第3号証:(「図解木工の継手と仕口」鳥海義之助著作、1984年理工
学社発行56頁。)には、「隅木差し大留め接ぎ:大留め接ぎの内隅に決り込みを
つけ、その決りに合わせて隅木を差し、留めの接合度を大きくした大留め接ぎの一
つ。」という木工継手が示されている。
審判甲第4号証:(「(続)図解木造建築の知恵-秀れた技術者となるために
-」長尾勝馬著作、理工図書株式会社、初版1982年発行、311~312
頁。)には、「枕捌きの仕口」には、大留め接ぎの接ぎ手内側隅になる箇所に栓欠
きを施し、桝組みして形成された板材相互の間の栓欠きで形成される溝に、栓を打
ち込む接ぎ手が示されている。
審判甲第5号証:(「図解木造建築の知恵-秀れた技術者となるために-」長尾
勝馬著作、理工図書株式会社、初版1982年発行、123頁及び148頁。)に
は、「蟻継ぎ」、「大入れ蟻落し」として、一方の部材に設けた溝や穴に、他方の
部材あるいは他方の部材の一部を差し込む場合に、下方側に向け、テーパ構造とす
る継手が示されている。
(3)-2 対比・判断
本件考案と審判甲第2~5号証刊行物記載の考案を対比する。
原告の提出した審判甲2~5号証刊行物記載の考案には、本件考案の「浴槽主体
内側面の四つの各隅角部に、いずれも下方に向かうにしたがって細くなっている縦
長いテーパ状の溝が夫々凹成されていて、これらの溝内に、該溝に適合した浸水防
止用の縦長いテーパ状の木製角木が密実に打込まれている」という構成については
記載されておらず、前記構成を示唆する記載もない。
本件考案の前記構成の作用・効果を検討すると、浴槽は、その内部に湯を入れて
使用するものであるから、隅角部の接ぎ手部には水圧が作用する。本件考案のテー
パ状の木製角木は、隅角部に凹成されたテーパ状の溝に密実に打込まれているか
ら、その接合力は、楔作用により真直な木製角木を打ち込む場合に比較し、その接
合力は大きいものとなり、隅角部の接合部の補強となるばかりでなく、接合部から
の浴槽内部の水の浸水を防止し、接合部からの浸水により引き起こされる腐蝕を防
止するという明細書記載の効果を奏するものであるから、本件考案の「浴槽主体内
側面の四つの各隅角部に、いずれも下方に向かうにしたがって細くなっている縦長
いテーパ状の溝が夫々凹成されていて、これらの溝内に、該溝に適合した浸水防止
用の縦長いテーパ状の木製角木が密実に打込まれている」とは、本件考案の必須か
つ本質的な構成である。
したがって、原告の本件考案は本件出願前に国内で公然知られた考案であるとい
う無効事由1についての主張は採用できない。
なお、原告の提出した人証1:審判甲第3号証の著者Bの証人尋問及び検審判甲
第1及び第2号証検証物の検証については、原告が前記証人尋問及び検証物によっ
て立証しようとする「隅木差し大留め接ぎ」が、本件出願前に国内で公然知られて
いたことは認めることができるので行わない。
(4) 無効事由2に対する審決の判断
原告が、審判甲第6号証:「欅製衣裳盆の写真」及び人証2:Cの証人尋問によ
り立証しようとしている事実は、「隅木差し大留め接ぎ」が極めて伝統的な木工技
術であり、板材を以て桝組みして箱型物品にする接ぎ手として、本件出願前に国内
で公然実施された事実であるが、「隅木差し大留め接ぎ」が、本件出願前に国内で
公然実施された事実は認めることができるが、前記無効事由1に対する判断で示し
た理由により、本件考案は「隅木差し大留め接ぎ」とは相違するものであり、原告
の本件考案は本件出願前に国内で公然実施された考案であるという無効事由2につ
いての主張は採用できない。
なお、原告の提出した人証2:Cの証人尋問は、原告が、前記証人尋問によって立
証しようとする「隅木差し大留め接ぎ」が本件出願前に国内で公然実施された事実
は認めることができるので行わない。
(5) 無効事由3に対する審決の判断
(5)-1 審判甲各号証刊行物の記載事項
審判甲第7号証:(「木材ノ工芸的利用」農商務省山林局編纂、明治45年日本
山林会発行402~403頁。)、審判甲第8号証:(「津軽塗」青森県教育委員
会昭和51年発行112~113頁。)、審判甲第9号証:(「津軽塗の写真」)
には、「隅木差し大留め接ぎ」を木製箱型部品の接ぎ手としたものが記載されてい
る。
(5)-2 対比・判断
審判甲第7~9号証刊行物には、本件考案の「浴槽主体内側面の四つの各隅角部
に、いずれも下方に向かうにしたがって細くなっている縦長いテーパ状の溝が夫々
凹成されていて、これらの溝内に、該溝に適合した浸水防止用の縦長いテーパ状の
木製角木が密実に打込まれている」という構成については記載されておらず、前記
構成を示唆する記載もない。そして、本件考案は、前記構成により明細書記載の効
果を奏するものであるから、原告の本件考案は本件出願前に国内で頒布された刊行
物に記載された考案であるという無効事由3についての主張は採用できない。
(6) 無効事由4に対する審決の判断
(6)-1 審判甲各号証刊行物の記載事項
審判甲第10号証:(「構造用教材Ⅰ」社団法人日本建築学会昭和35年発行6
5~66頁。)には、「留め雇いざね」という、二枚の板材の接合すべき木口を互
いに45°に切り落とし、それぞれの切り落とし面に対称形となる溝を凹成してか
ら接着剤等で直角に接合し、その間に形成された穴に接着剤を塗布した「雇い核」
を打ち込み、両板材に跨って接合一体化する接ぎ手が記載されている。
審判甲第11号証:(「木材加工・室内計画便覧」産業図書株式会社昭和36年
発行378頁及び915頁。)には、上記審判甲第10号証刊行物に記載された
「留め雇いざね」と同様な構成を有する接ぎ手が記載されている。
審判甲第12号証:(「図集建物のおさまり」有限会社井上書院昭和39年発行
84頁。)には、二枚の板材の直角隅角部に円弧状断面の木片が、その両端を「核
接ぎ手」で結合した接ぎ手が記載されている。
(6)-2 対比・判断
審判甲第7~12号証刊行物には、本件考案の「浴槽主体内側面の四つの各隅角
部に、いずれも下方に向かうにしたがって細くなっている縦長いテーパ状の溝が夫
々凹成されていて、これらの溝内に、該溝に適合した浸水防止用の縦長いテーパ状
の木製角木が密実に打込まれている」という構成については記載されておらず、前
記構成を示唆する記載もない。そして、本件考案は、前記構成により明細書記載の
効果を奏するものであるから、原告の本件考案は本件出願前に頒布された刊行物記
載の考案に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたものであるという
無効事由4についての主張は採用できない。
(7) 無効事由5に対する審決の判断
実用新案法4条にいう「公の秩序、善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれが
ある考案」とは、考案の本来の目的が公序良俗を害するおそれがないとしても、考
案の目的と構成からみて、何人も極めて容易に、公序良俗を害する目的に使用する
可能性を見いだすことができ、かつ、実際にそのように使用するおそれが多分にあ
ると認められる考案をいうと考えられる。
しかるに、本件考案は木製の浴槽に係る考案であり、上記考案に該当しないこと
は明らかである。
原告は、本件考案は、皆が共有すべき日本固有の伝統木工技術を独占するもので
あるから、公序良俗に違反すると主張するが、仮に本件考案が、そのような伝統木
工技術であるとしても、そのことを理由として本件考案を公序良俗を害するおそれ
がある考案とすることはできない。
したがって、原告の無効事由5についての主張は採用できない。
(8) 審決のむすび
以上のとおりであるから、原告の主張する理由及び提出した証拠方法によって
は、本件考案の実用新案権を取り消すことはできない。
また、他に本件考案の実用新案権を取り消すべき理由を発見しない。
第3 原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(無効事由1についての判断の誤り)
(1) 審判甲第3号証56頁上右端に図解された「隅木差し大留め接ぎ」は、公然
知られた技術であり、本件考案とこの「隅木差し大留め接ぎ」を対比すると、「主
体内側面の四つの隅角部に、いずれも縦長い溝が夫々凹成されていて、これらの溝
内に、該溝に適合した縦長い木製角木が密実に打ち込まれ」た技術で一致するが、
本件考案では、角木が(A)「下方に向かうにしたがって細くなっている」こと、
溝とそれに適合した角木とが(B)「テーパ状の」ものであること、角木が(C)
「含水による膨張で、密着度が更に大きくなって浸水防止用」となるようにしてい
ること、主体が(D)「浴槽」であることで相違する。
(2) しかし、以下に述べるとおり、上記相違点A及びBは同一の構成に帰する。
審決は、この「テーパ状の」角木について、明細書に一切記載がなくまた自明の
事項でもない「楔作用」を持ち出し、その有用性を判断の重要な根拠とした。この
「楔作用」とは、本件考案の目的、機能に照らせば、両方に跨って打ち込んで、物
と物とが離れないようにする作用、すなわち「物と物とを引き寄せる作用」である
か、「ホゾ穴に押し込んだりする」密着作用のいずれかと解されるが、本件考案に
は、蟻(鳩尾状)構造がなく、単にテーパ状の木製角木と隅角部に凹成されたテー
パ状の溝とを嵌合させただけのものであるから、上記の「物と物とを引き寄せる作
用」は期待できず、結局、審決のいう「楔作用」とは、「ホゾ穴に押し込んだりす
る」密着作用を意味するものと解される。
一般木工技術では、木材の材質上の制約から、仕口又は継ぎ手の雄部と雌部の加
工を鉄材のように精巧には加工できないので、雄木、雌材の密着嵌合をし易くする
手段の一つとして、嵌合し合う雄木、雌材双方を先端側に向かって先細り傾斜構
造、すなわちテーパ状として雄雌部を密着結合させることは、例えば、永原與藏著
「手工適用新式木工術」日本學術普及會、昭和3年発行、75~76頁(甲第8号
証)の「第五節 吸附蟻棧接」の項に記載されているように、昔からの周知、慣用
の技術的手段であって、差し込み作業をしやすくするとともに、双方の密着性を向
上させる作用効果を奏するものである。この周知、慣用手段は、正に「ホゾ穴に押
し込んだりする」密着作用としての「楔作用」そのものであるから、審決でいう
「楔作用」とは、一般木工技術では「ホゾ穴に押し込んだりする」密着作用として
周知、慣用の手段にすぎない。
(3) 上記相違点C及び相違点Dについて、原告は、公然知られた技術である「隅
木差し大留め接ぎ」が、浸水防止用のものとなるかどうか、防水機能が期待できる
かどうか、換言すれば、伝統的な一般木工技術では、これまで水に係わる物品に応
用し得る技術があったかどうか、つまり、一般木工技術と木製浴槽技術の関係につ
いて立証しようとした。しかしながら、審決は、単に「浴槽は、その内部に湯を入
れて使用するものであるから、隅角部に接ぎ手部には水圧が作用する。」、「接合
部からの浴槽内部の水の浸水を防止し、接合部からの浸水により引き起こされる腐
蝕を防止する」と浴槽の機能を常識的な範囲で認定するだけで、一般木工技術に対
する木製浴槽技術の関係について判断していない。
(4) 審決は「審判甲第3号証の著者Bの証人尋問及び審判検甲第1及び第2号証
検証物の検証については、請求人が前記証人尋問及び検証物によって立証しようと
する『隅木差し大留め接ぎ』が、本件出願前に国内で公然知られていたことは認め
ることができるので行わない。」と判断したが、不当である。
原告は、上記証人尋問で、木工業界の実情等の立証を、検甲第1号証により、公
然知られた隅木差し大留め接ぎが用途を特定しない一般木工接ぎ手であることの立
証を、そして、審判検甲第2号証により、公然知られた隅木差し大留め接ぎが、木
製家具(審判甲第2号証)や木造建築(審判甲第4、第5号証)の分野で採用され
た事実に加えて、仏壇扉においても採用されていたこと、用途の異なる各種木工製
品に広く採用されていた事実の補強立証を予定していた。
審決は、木材を素材として升や樽、柄杓、飼い葉桶、木製水槽等の水に係わる木
製日用雑貨も含めて認識かつ常用されている一般木工製品に対し、木製の浴槽がこ
うした木製日用雑貨ではなく、独立した技術分野に属する理由を明らかにしないま
ま、本件考案が浴槽であるから、その浴槽分野に直接触れる記載がない証拠方法の
採用はできないとしたものであり、原告の再三の釈明要求も入れず、最も重要視し
ていた争点に対する原告の攻撃、防御方法を不当に制限したものである。
2 取消事由2(無効事由2についての判断の誤り)
(1) 原告は、本件考案がその出願前に日本国内で公然実施された考案であるか
ら、実用新案法3条1項2号に該当すると主張し、証拠方法として「欅製衣裳盆の
写真」を提出し、人証2としてCの証人尋問を申請したが、審決は「請求人
が、・・・立証しようとしている事実は、『隅木差し大留め接ぎ』が極めて伝統的
な木工技術であり、板材を以て桝組みして箱型物品にする接ぎ手として、本件出願
前に国内で公然実施された事実であるが、『隅木差し大留め接ぎ』が、本件出願前
に国内で公然実施された事実は認めることができるが、前記無効事由1に対する判
断で示した理由により、本件考案は『隅木差し大留め接ぎ』とは相違するものであ
り、請求人の本件考案は本件出願前に国内で公然実施された考案であるという無効
事由2についての主張は採用できない。」と判断したが、誤りである。すなわち、
上記無効事由1に対する審決の判断が前記のように誤りである以上、ここにおける
審決の判断も誤りである。
(2) 審決は「請求人の提出した人証2:Cの証人尋問は、請求人が、前記証人尋
問によって立証しようとする『隅木差し大留め接ぎ』が本件出願前に国内で公然実
施された事実は認めることができるので行わない。」と判断したが、不当である。
原告は、上記証人尋問により、単に公然実施された隅木差し大留め接ぎの立証に
とどまらず、浴槽を含む各種木工製品の接ぎ手としての採用状況、テーパ状構造の
採用の可能性等について立証するつもりであったのである。
3 取消事由3(無効事由3についての判断の誤り)
原告は、本件考案が、その出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載さ
れた考案であるから、実用新案法3条1項3号に該当すると主張して、証拠方法と
して審判甲第7号証、第8号証及び第9号証を提出したが、審決は、これら刊行物
には、「本件考案の『浴槽主体内側面の四つの各隅角部に、いずれも下方に向かう
にしたがって細くなっている縦長いテーパ状の溝が夫々凹成されていて、これらの
溝内に、該溝に適合した浸水防止用の縦長いテーパ状の木製角木が密実に打込まれ
ている』という構成については記載されておらず、前記構成を示唆する記載もな
い。そして、本件考案は、前記構成により明細書記載の効果を奏するものである」
と判断したが、誤りである。
すなわち、無効事由1で主張した同じ理由により、本件考案の属する技術分野で
ある浴槽と伝統的な木工技術との関係、テーパ状とした溝と木製隅木とからなる仕
口構造の作用効果の判断、本件考案と上記刊行物に記載の木工技術との相違点の判
断について誤っている。
4 取消事由4(無効事由4についての判断の誤り)
審決は「審判甲第10~12号証刊行物には、本件考案の『浴槽主体内側面の四
つの各隅角部に、いずれも下方に向かうにしたがって細くなっている縦長いテーパ
状の溝が夫々凹成されていて、これらの溝内に、該溝に適合した浸水防止用の縦長
いテーパ状の木製角木が密実に打込まれている』という構成については記載されて
おらず、前記構成を示唆する記載もない。そして、本件考案は、前記構成により明
細書記載の効果を奏するものである」と判断したが、誤りである。
すなわち、無効事由1で主張した同じ理由により、本件考案の属する技術分野で
ある浴槽と伝統的な木工技術との関係、テーパ状とした溝と木製隅木とからなる仕
口構造の作用効果の判断、本件考案と上記刊行物に記載の木工技術との相違点の判
断について誤っている。
第4 審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1(無効事由1についての判断の誤り)に対して
無効理由1について原告が提出した証拠である審判甲第2~第5号証は、いずれ
も本件考案の出願日以降に発行されたものである。
また、これらの証拠に示された木工継手としての技術である隅木差し大留め接ぎ
は、木工継手として堅固な技術として公知であるにすぎず、本件考案の「浴槽主体
内側面の四つの各隅角部に、いずれも下方に向かうにしたがって細くなっている縦
長いテーパ状の溝が夫々凹成されていて、これらの溝内に、該溝に適合した浸水防
止用の縦長いテーパ状の木製角木が密実に打込まれている」という構成と、同一の
技術ではない。
原告の無効審判請求書(甲第24号証)の人証の欄(19頁)によれば、人証1
によって立証しようとする事実は、隅木差し大留め接ぎが我が国伝統の木工接ぎ手
であること等であり、審決は、この隅木差し大留め接ぎという伝統木工技術が存す
ることは事実として認定しているので、原告が人証により立証しようとする事実が
審決により認定されている。したがって、審判において人証1を採用しなかった点
に不当な点はない。
2 取消事由2(無効事由2についての判断の誤り)に対して
原告が提出した「欅製衣裳盆の写真」には、伝統的木工技術としての隅木差し大
留め接ぎが公けにされているが、箱型物品に関する接ぎ手として公知であることを
示すものにすぎず、本件考案の上記構成とは異なる。
人証については、上記取消事由1に記載したのと同じ理由により、審判において
人証2を採用しなかった点に不当な点はない。
3 取消事由3(無効事由3についての判断の誤り)に対して
原告が提出した審判甲第7~9号証についても、木製箱型部品の継ぎ手として、
隅木差し大留め接ぎという伝統的な技術が紹介されているにすぎないので、本件考
案とは同一の技術ではない。
4 取消事由4(無効事由4についての判断の誤り)に対して
原告提出の審判甲第10~12号証には、いずれも隅木差し大留め接ぎという技
術、核接ぎ手という伝統的な木工技術が挙がっているにすぎない。これらの従来技
術の目的は、箱型物品や木造建築用の板材を直角に接合する際に、継ぎ手部分を堅
固にするというものであり、雄木も均一な太さの短い木材であって、その効果とし
ても、継ぎ手を堅固にするという程度のものである。
特公平7-55206号公報(乙第3号証)、特公平7-108268号公報
(乙第4号証)、特公平7-121251号公報(乙第5号証)、特許第2673
123号公報(乙第6号証)によれば、木製浴槽が独自の技術分野において解決し
ようとする課題のある発明として記載されている。すなわち、木製浴槽は、木のも
つ香気、弾性、保温性等のすぐれた性質を有している反面、汚れやすい、反りやす
い、かびが生えやすい、腐食するなどの木材特有の欠点があるから、その課題を解
決するため様々な技術が開発されているのである。したがって、木製浴槽の技術分
野は、木工技術の技術分野とは異なるものであり、当業者の範囲も異なる。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(無効事由1についての判断の誤り)について判断する。
甲第11号証によれば、本件考案の出願後に頒布の審判甲第3号証の56頁の右
上端に、審決認定のとおり、「隅木差し大留め接ぎ:大留め接ぎの内隅に決り込み
をつけ、その決りに合わせて隅木を差し、留めの接合度を大きくした大留め接ぎの
一つ。」という木工継手が示されていることが認められる。
審判甲第3号証は昭和55年(1980年)9月30日が第1版発行であり、本
件考案の登録出願日よりも約10か月後のものであるが、ここに示されている木工
継手「隅木差し大留め接ぎ」は旧来から行われている技術に係るものであると推定
され、審決においても、これが本件考案の出願前に国内で公然知られていたことは
認められるとしている。そして、ここに示されている「隅木差し大留め接ぎ」にお
いては、2枚の木板を接ぎ合わせた内隅に切り込みをつけ、その切りに合わせて隅
木を差して留めることにより、接ぎ合わせた木板の接合度を大きくする技術である
と認められるが、本件考案の構成のうち、(a)「隅木差し大留め接ぎ」の切り込
みに相当する溝が、下方に向かうに従って細くなっている縦長いテーパ状であると
の構成、(b)隅木(本件考案の角木)が、溝に適合した縦長いテーパ状であると
の構成、(c)隅木(角木)が溝に密実に打ち込まれて浸水防止の用を果たすとの
構成、(d)主体が木製で箱形の浴槽であって、浴槽主体内側面の4つの各隅角部
に「隅木差し大留め接ぎ」がなされている構成は示されていない、ものと認められ
る。
ところで、甲第8号証によれば、永原與藏著「手工適用新式木工術」(日本學術
普及會、昭和3年発行)75~76頁の「第五節 吸附蟻棧接」の項に、「板面に
は・・蟻を挿入するに適當なる溝A、Bを印し畔挽鋸を以て其線C、Cに添ひ兩側
を斜に挽き込みて後鑿及溝鉋を以てBの如く適當に底部を浚ひ取るのである。此際
蟻棧となる可き部分は挿し込みの際容易ならしめんが爲先端を心ろ持ち幅狹くなし
おくを最もよしとす、多く机の甲板と脚の取附け或は爼板等の脚は此の方法によ
る。」(76頁3~6行)と記載されていることが認められ、この記載と同書76
頁の第113圖によれば、木工継手の技術において、溝及びこれに打ち込まれる隅
木(角木)にテーパ面を形成して、差し込み作業をしやすくするとともに、双方の
密着性を向上させることは、旧来からの周知、慣用の技術的手段であったものと認
められる。そして、木工製品において、部材間の密着性の向上により、浸水防止機
能が向上することも技術常識にすぎないこと、浴槽としても、主体が木製で箱形の
ものが、昔から広く知られていることも自明である。
そうすると、上記(a)ないし(d)の点は、旧来からの周知技術的手段であり
技術常識に属する事項であった可能性が極めて高いものというべきであり、審判に
おいては、原告申請に係るB(審判甲第3号証の著者B)の証人尋問を実施するな
どして、この点について更に審理を尽くすべきであった(原告申請の審判における
証人Bの尋問事項(甲第23号証)には、「木工技術としての『木製箱型浴槽』の
特徴や特異性等について」が含まれているところである。)。審判手続には、この
点において、本件考案の出願前に公然知られた技術的事項についての審理不尽があ
ったものである。
そして、上記(a)ないし(d)以外の構成において本件考案と審判甲第3号証
に記載のものとの間に実質的に相違するところはないと認められるので、上記審理
不尽の結果、審決は、無効事由1についての判断を誤った可能性が高いものといわ
ざるを得ない。
2 そして、上記判断の誤りは、審決の結論に影響を与えることが明らかである
から、原告主張のその余の点につき判断するまでもなく、審決は取消しを免れな
い。
第6 結論
以上のとおりであり、原告の請求は認容されるべきである。
(平成13年7月5日口頭弁論終結)
東京高等裁判所第18民事部
裁判長裁判官 永 井 紀 昭
裁判官 塩 月 秀 平
裁判官 古 城 春 実
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