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平成11(行ケ)56行政訴訟 実用新案権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成12年12月26日
事件種別 民事
法令 実用新案権
民事訴訟法61条1回
キーワード 無効18回
審決17回
刊行物1回
実用新案権1回
主文
事件の概要

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判決文

平成11年(行ケ)第56号 審決取消請求事件
平成12年12月14日口頭弁論終結
判      決
原      告    エンシュウ株式会社
代表者代表取締役    【A】
訴訟代理人弁護士    石 塚   尚
訴訟代理人弁理士    遠 藤 善二郎
  被      告    豊和工業株式会社
    代表者代表取締役    【B】
訴訟代理人弁護士    吉 武 賢 次
同           神 谷   巌
訴訟代理人弁理士    佐 藤 一 雄
同           前 島  旭
     主      文
平成9年審判第13186号事件について、特許庁が平成11年1月2
6日にした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨。
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、考案の名称を「マシニングセンタ」とする実用新案第214773
4号の考案(平成元年7月31日出願、平成7年7月12日出願公告、平成9年1
月30日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。
原告は、平成9年7月31日、本件考案につき登録無効の審判を請求し、特
許庁は、これを平成9年審判第13186号事件として審理した結果、平成11年
1月26日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年2月2日に
その謄本を原告に送達した。
2 本件考案の実用新案登録請求の範囲請求項1
本体ベッドに対し、左右、前後方向に水平移動する移動コラムに、主軸ヘッ
ドを上下方向移動自在に装架し、この主軸ヘッドに回転自在に支持した水平方向の
主軸に装着した工具と工具マガジンの工具とを、1本の工具交換アームを備えた工
具交換装置によって交換するようにしたマシニングセンタにおいて、前記移動コラ
ムの移動空間上方に、本体ベッドと一体にマガジン支持べースを設け、このマガジ
ン支持ベースに前記工具マガジンを備え、かつ、マガジン支持ベースには、工具マ
ガジン下方位置に、両端に工具の把持部を有する工具交換アームを、両把持部の中
央部を中心に旋回可能かつ旋回軸線方向に移動可能で水平な待機位置に位置するよ
うに備えた工具交換装置を、その下端と移動コラムの頂部との間に僅かな上下方向
隙間を生じるように近接して設け、この工具交換アームの把持部の旋回軌跡上に位
置する工具交換位置に、前記主軸が位置可能に主軸ヘッドを移動コラムに装架し、
かつ、これらの工具マガジン及び、工具交換アームを有する工具交換装置が、本体
ベッド幅内に設けてあることを特徴とするマシニングセンタ。
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおり、原告が、「マシニスト」1987年VO
L.31、NO.4の表紙、81頁ないし84頁、114頁及び裏表紙(甲第3号
証、審判事件甲第1号証)、特公昭51-40658号公報(甲第4号証、審判事
件甲第2号証)、原告製横型マシニングセンタHMC40の設計図の写し(甲第5
号証の1、審判事件甲第3号証の1)、原告製横型マシニングセンタHMC40の
構造等の説明書(甲第5号証の2、審判事件甲第3号証の2)、実願昭59-79
300号(実開昭60-190555号)の願書に最初に添付した明細書及び図面
の内容を撮影したマイクロフィルム(甲第8号証、審判事件甲第6号証)、特公昭
49-2230号公報(甲第9号証、審判事件甲第7号証)、特開昭61-445
46号公報(甲第10号証、審判事件甲第8号証)、「マシニスト」1987年V
OL.31、NO.9の表紙、12頁~13頁、40頁~44頁及び144頁(甲
第11号証、審判事件甲第9号証)、「マシニスト」1988年VOL.32、N
O.11の表紙、12頁~13頁、212頁(甲第12号証、審判事件甲第10号
証)、「最新生産システム製品総覧、’88/’89年版、設備機械編」、編集・発
行/ニュースダイジェスト社、昭和63年6月20日発行、表紙、目次、第148
頁及び裏表紙(甲第13号証、審判事件甲第11号証)、特開昭61-25772
7号公報(甲第15号証、審判事件甲第13号証)、実公昭62-36593号公
報(甲第16号証、審判事件甲第14号証)を提出し、本件考案は、甲第3号証及
び第4、第8ないし第10号証に記載された各技術から(無効理由1)、第5号証
及び第4、第8、第10号証に記載された各技術から(無効理由2)、甲第12号
証及び第3、第4、第15、第16号証に記載された各技術から(無効理由3)、
甲第13号証及び第3、第4、第8、第11、第12、第15、第16号証に記載
された各技術から(無効理由4)、きわめて容易に考案できると主張したのに対
し、これをいずれも否定し、請求人(原告)が主張する理由及び提出するこれらの
証拠によっては、本件実用新案登録を無効とすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、1(手続の経緯・本件考案の認定)、2(請求の理由の概
要)は、いずれも認める。同3(甲号各証についての認定)は、いずれも認める。
ただし、甲第3、第9、第11、第15、第16号証(審決甲第1、第7、第9、
第13、第14号証)については、無効事由の存否の判断に必要な記載内容の認定
が不足している。同4(当審の判断)のうち、19頁9行目ないし29頁16行目
(無効理由1及び無効理由2についての部分)は認め、29頁17行目ないし37
頁16行目(無効理由3及び無効理由4についての部分)は争う。同5(むすび)
は争う。
審決は、請求人(原告)が主張した無効理由3についての認定・判断を誤り
(取消事由1)、また、請求人(原告)が主張した無効理由4についての認定・判
断を誤り(取消事由2)、その結果、本件考案が上記各証拠に記載された各技術に
基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものとはいえない、との誤
った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(無効理由3についての認定・判断の誤り)
(1) 甲第12号証の機械の認定について
審決は、甲第12号証の機械は、移動コラムの上部の移動コラム自体に工
具交換アームを含んだ工具交換装置を搭載するものであると認定し、この点で本件
考案と相違すると認定したが、この認定は誤っている。
甲第12号証の機械は、コラムの移動空間上方に、本体ベッドと一体にマ
ガジン支持ベースを設け、このマガジン支持ベースに前記工具マガジンを備えてい
るマシニングセンタであって、工具交換装置の取付位置が、マガジン支持ベースの
下側か、移動コラムの上側かが明らかでなく、また、工具交換装置の下端と移動コ
ラムの頂部との間に、わずかな上下方向隙間を生じるように近接して設けた構成要
件を具備するのか否かも明らかでない点で本件考案と相違し、それ以外の構成につ
いては、本件考案の構成と同一である。
このような誤った理解を前提とした審決の判断は失当である。
(2) 工具交換装置の取付位置について
マシニングセンタにおいて、工具交換装置を、可動側の主軸ヘッド又は主
軸ヘッドを装着したコラムの上方の、固定側のマガジン支持ベースに取り付けるこ
とは、甲第3、第15、第16号証に開示されている。
(3) 上下方向隙間について
本件考案の、工具交換装置の下端と移動コラムの頂部との間に、わずかな
上下方向隙間を生じるように近接して設けた構成要件については、本件の出願当初
の明細書のどこにも記載がなく、図面の記載を基にして補正されたものであるか
ら、「僅かな上下方向隙間を生ずるように近接して設け」とは、感覚的なものであ
って、その程度を具体的に特定するものではない。そのような「僅かの隙間」であ
れば、甲第3号証、甲第15号証、甲第16号証に開示されている。
(4) 主軸ヘッドの上下方向移動自在性と本件考案の課題及び効果との関係につ
いて
被告は、甲第3、第15、第16号証の各機械のいずれにおいても、主軸
ヘッドは上下方向に移動しないものであるから、主軸ヘッドが上下に移動する甲第
12号証の機械とこれらを組み合わせることは、容易でない旨主張するが、失当で
ある。
① 従来の、工具交換装置が移動コラムの上に搭載されたマシニングセンタ
では、移動コラムの背が工具交換装置分だけ高くなり、それに伴って移動コラムの
重心が高くなり、また、工具交換装置分だけ移動コラムの重量も増加するため、移
動コラムの移動速度が速くできないという問題点があった(以下「課題1」とい
う。)。また、工具交換装置が絶えず主軸とともに前後左右に移動し、しかも工具
交換アームが主軸前端面とほぼ同一平面にあるため、例えば、工具交換アームと同
一高さのワーク部分が主軸側へ突出しているようなワークにおいては、主軸の工具
がワークに接近しにくく、加工不能の場合が生じるという問題点があった(以下
「課題2」という。)。本件考案は、以上の課題1、2を解決することを目的とし
て考案されたものである(甲第2号証)。
② 甲第3号証には、「表1に主な仕様を示す。大きなZ軸移動量と長いツ
ールは横MCに多い深穴加工を考慮したものである。200kgの積載重量は垂直
パレット方式で最大の値である。また、18m/minの送り、40本ツールもこ
のクラス最大である。」(81頁右欄7行~82頁左欄3行)、「ATCマガジ
ン、ツールチェンジユニットはベースに立てた4本の柱の上にまとめられており、
ツールマガジンの重量バランスの変化、回転振動等がコラム、ヘッドに影響しない
構成とした。」(83頁中欄4~9行)と記載されているから、同号証のマシニン
グセンタは、本件考案の課題1及び課題2を知覚し、その対策として、工具交換装
置の装着箇所を上方のマガジン支持ベースとし、かつ、工具交換装置の下端と移動
コラムの頂部との間に上下方向隙間を設けた構成要件を考えたものであることが明
らかである。
③ 甲第15号証の「加工主軸装置22A」、及び甲第16号証の「主軸台
14」は、それぞれ本件考案の「移動コラム」に相当するから、これらの証拠に開
示されているマシニングセンタも、工具交換装置の装着箇所を上方のマガジン支持
ベースとし、かつ、工具交換装置の下端と移動コラムの頂部との間に上下方向隙間
を設けた構成要件を具備している。これらの証拠にはいずれも、本件考案の上記構
成要件が解決する技術的課題又は効果についての記載がないが、マシニングセンタ
における同一の構成が、同一の効果を奏することは自明である。なお、甲第15、
第16号証の機械は、主軸ヘッドが上下するものではないが、マシニングセンタの
移動コラムで主軸ヘッドが上下するものは、周知に属する。
(5) 以上によれば、本件考案は、甲第12、第3、第15、第16号証に記載
された技術に基づいて、当業者が極めて容易に考案をすることができたことが明ら
かである。したがって、これと判断を異にする審決は誤りである。
2 取消事由2(無効理由4についての認定・判断の誤り)
(1) 甲第13号証には、「1軸ラインセンタ HZ-4/5」の欄に「軸数は
本機側はZ軸1軸のみで、全体としても主軸、Z軸、B軸、ATC、治具だけで構
成されている。」、「仕様 移動量=Z軸500mm」(148頁)と記載されて
いるから、同号証の機械は、前後方向に移動する移動体に主軸ヘッドが搭載された
ものである。「移動コラム」の「移動」とは、主軸を備えたコラムの移動を指し、
主軸ヘッドの上下動は関係がないから、同号証の機械の移動体は、本件考案の「移
動コラム」に相当するものである。そうすると、同号証のマシニングセンタは、コ
ラム(移動コラム)が工作物に対し前後方向には移動可能であるが、左右方向には
移動不能であり、かつ主軸ヘッドがコラムにおいて上下動不能である点を除いて、
本件考案と同一である。
甲第13号証の機械においては、工具交換装置とコラム頂部との位置関
係、及びコラム頂部と工具交換装置との間隙の大きさが不明ではあるものの、前者
についてはマシニングセンタとして極めて普通のことであり、後者については感覚
的なもので、甲第13号証の機械においても狭い隙間であるといい得る。
コラムが工作物に対し左右方向に移動不能である点については、マシニン
グセンタの移動コラムが左右に移動するものは周知に属する。また、主軸ヘッドが
コラムにおいて上下動不能である点については、マシニングセンタの主軸ヘッドが
上下に移動することは周知に属し、かつ、上下動不能であることにより必然的に機
台高さが低くなるというものではない。
(2) 甲第3号証には、前記のとおり、本件考案の課題の自覚のもとに、その対
策としての構成要件が示されている。
また、甲第15、第16号証には、前記のとおり、本件考案の技術的課題
を解決する構成要件が記載されている。
(3) 以上によれば、本件考案は、甲第13、第3、第15、第16号証に記載
された技術に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたことが明
らかである。したがって、これと判断を異にする審決は誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(無効理由3についての認定・判断の誤り)について
(1) 甲第12号証の機械の認定について
甲第12号証の機械は、移動コラム上部に、工具交換アームを含んだ工具
交換装置を搭載する一方、この工具交換装置の上方には、本体ベースと一体のマガ
ジン支持ベースを備え、このマガジン支持ベースに工具交換マガジンを装着したも
のである。これは、本件考案の明細書に記載された従来例そのものである。したが
って、甲第12号証の機械についての審決の認定に誤りはない。
(2) 工具交換装置の取付位置について
原告は、マシニングセンタにおいて、工具交換装置を、可動側の主軸ヘッ
ド又は主軸ヘッドを装着したコラムの上方の固定側のマガジン支持ベースに取り付
けることは、甲第3、第15、第16号証に開示されていると主張する。
しかし、甲第3号証の機械は、ワークを支持するパレットテーブルを固定
コラムに上下移動可能に設けて、主軸ヘッドが上下に移動しないようにしたもので
あり、甲第15号証の機械は、加工主軸装置22Aが前後左右にのみ移動する専用
機であり、甲第16号証の機械は、主軸台14が前後にのみ移動してテーブルが上
下、左右、回転移動するものであり、いずれも、主軸ヘッドを上下方向移動自在に
案内する移動コラムを備えるものではない。
このように、甲第3、第15、第16号証の各機械は、いずれも甲第12
号証の機械とは、基本構成を異にするから、当業者でも、これらをきわめて容易に
組み合わせることはできない。
(3) 上下方向隙間について
原告は、甲第15号証の機械が本件考案のものと同様の上下方向隙間を具
備すると主張する。しかし、同号証記載の図1、図2(159頁)によれば、工具
交換装置26Aの下端と加工主軸装置22Aは、加工主軸装置22AがZ軸(前
後)方向に移動すると干渉するものであり、また、同号証には、「工具交換装置2
6Aは・・・第5図の状態から距離aだけ下方の下死点・・・までその移動変位が
確保される。」(4頁左上欄3~7行)と記載されているから、工具交換装置と主
軸ヘッドとの間には、待機状態において大きな隙間が生じる構造になっている。こ
の装置では、主軸ヘッド22Aの高所部分が工具交換装置のアームより前方へ移動
しないようにして、主軸ヘッドと工具交換装置の干渉を避けているのであるから、
もともと、両者の間に生じる隙間をわずかにする必要がないものであって、そこに
は、これをわずかなものとするような発想はない。
(4) 本件考案の課題と効果について
① 原告は、甲第3号証の機械が、本件考案の課題を知覚し、対策としての
構成要件を考えたものであると主張する。
しかし、この装置は、同号証記載の図1の右側の図(82頁)、3.2
項の構造の説明(83頁)から明らかなように、主軸ヘッドはY軸(左右)とZ軸
(前後)方向に移動可能で、X軸(上下)方向には移動可能ではない箱形構造であ
るから、移動コラムの構成となっていない(後述のように、上下方向に移動可能で
ないものは、「移動コラム」とはいえない。)。この装置は、ワーク(工作物)を
載置するパレットテーブルを、固定コラムに対して上下に移動が可能なように設
け、主軸ヘッドの方は上下に移動しないようにしたもので、パレットを各マシニン
グセンタに一斉に移送してワーク(工作物)を加工することが困難であるから、も
ともと、フレキシブルトランスファライン用のマシニングセンタに適さないもので
ある。したがって、水平移動する移動コラムの背を低くするとか機台全体の高さを
低くするとかという本件考案の課題を何ら示してはいないし、これを示唆するもの
でもない。同号証には、「ツールマガジンの重量バランスの変化、回転振動等がコ
ラム、ヘッドに影響しない」(83頁中欄6~8行)との記載はあるものの、これ
は、ツールマガジンの「重量バランスの変化」がヘッドに影響しないようにすると
いう課題の解決に関するものであって、ATCマガジン、ツールチェンジユニット
の「重量」がヘッドに影響を与えないようにするという課題に関するものではない
から、そこで問題とされる技術的課題は、本件考案におけるものとは異なる。した
がって、同号証の前記記載は、課題1を示唆するものではなく、同号証の機械が本
件考案の効果を奏することを示すものでもない。
② 原告は、甲第15号証の機械の「加工主軸装置22A」及び甲第16号
証の機械の「主軸台14」が、それぞれ本件考案の「移動コラム」に相当すると主
張する。
しかし、甲第15号証の機械は、加工主軸装置22Aが前後左右にのみ
移動する専用機であり、甲第16号証の機械は、主軸台14が前後にのみ移動して
テーブルが上下、左右、回転移動するものであり、いずれも主軸ヘッドを上下方向
移動自在に案内する移動コラムを備えるものではなく、本件考案の構成とは異な
る。
2 取消事由2(無効理由4についての認定・判断の誤り)について
「コラム」とは、「柱」、「支柱」の意味であり、主軸ヘッドが上下移動す
るものであって、本件考案の明細書でも、記載は、このことを当然の前提としてな
されている。甲第13、第3、第15、第16号証の各機械は、いずれも主軸ヘッ
ドを上下移動可能にした移動コラム(移動体)を有しないものであるから、たと
い、これらが工具交換装置と工具マガジンとを分離しているとしても、その事実か
らきわめて容易に本件考案に行き着くものではない。従来においては、移動コラム
であって水平移動するものにつき、その背を低くするとか、機台全体の高さを低く
する発想はなかったのである。
第5 当裁判所の判断
1 本件考案の概要
甲第2号証(実用新案公報。以下「本件公報」という。)によれば、本件公
報に記載された本件考案の概要は、次のとおりであると認められる。
(1) 技術的課題(目的)
本件考案は、「移動コラム型のマシニングセンタに関する」ものである
(本件公報1頁右欄9行~10行)。
「フレキシブルトランスファラインでは、ワークがパレットなどに載置さ
れて、マシニングセンタの前まで搬送され、その位置でクランプされ、加工中はワ
ークを動かさない。そのため、これに対応するマシニングセンタとして、左右、前
後に水平移動する移動コラムに、主軸を回転自在に備えた主軸ヘッドを上下移動自
在に装架した、いわゆる移動コラム型のマシニングセンタがある。従来、このよう
なマシニングセンタは、移動コラム上部に工具交換アームを含んだ工具交換装置を
搭載する一方、この工具交換装置の上方には、本体ベースと一体のマガジン支持ベ
ースを備え、このマガジン支持ベースに工具マガジンを装着したものが公知であ
る。」(本件公報1頁右欄12行目~2頁左欄8行目)。
「しかし、このように工具交換装置が移動コラムの上部に搭載されたもの
では、移動コラムの背が工具交換装置分だけ高くなり、移動コラムの重心が高くな
る。また、工具交換装置分だけ移動コラム重量も増加する。従って、移動コラムの
移動速度が速くできない問題があった。」(本件公報2頁左欄14行目~19行
目。課題1)。「更に、工具交換装置は絶えず主軸と共に前後、左右移動し、しか
も、工具交換アームは、主軸前端面とほぼ同一平面にあるので、例えば、工具交換
アームと同一高さのワーク部分が、主軸側へ突出しているようなワークにおいて
は、主軸の工具はワークに接近しにくく、加工不能の場合が生じることもある。」
(本件公報2頁左欄19行目~24行目)という問題があった(課題2)。
本件考案は、以上の課題1、2を解決するため、「ワークに対する主軸工
具の接近性もよく、しかも、移動コラムの移動速度を上げることができ、加えて機
台全体の高さも低くできるマシニングセンタを提供すること」を目的とする(本件
公報2頁左欄26行目~29行目)。
(2) 構成
上記の目的を達成するため、本件考案は、「工具マガジンと工具交換装置
を備えた移動コラム型のマシニングセンタにおいて、前記移動コラムの移動空間上
方に、本体ベッドと一体にマガジン支持ベースを設け、このマガジン支持ベースに
前記工具マガジンを備え、かつ、マガジン支持ベースには、工具マガジン下方位置
に・・・工具交換装置を、その下端と移動コラムの頂部との間に僅かな上下方向隙
間を生じるように近接して設け」(本件公報2頁左欄31行目~41行目)る構成
を採用した。
(3) 作用効果
「移動コラムは、工具交換装置を備えていないので、重量を軽減できる上
に移動コラムの背を低くできて、重心を下げることができ、その結果、高速移動さ
せることができる。このように移動コラムを低くできたことに加えて、マガジン支
持ベースに前記工具交換装置が僅かな隙間を持って、移動コラムの頂部上方となる
位置に取付けてあるので、マガジン支持ベース上に工具マガジンを備えているもの
であっても、全体高さを低くでき、安定した工具交換を行い得る。そして、移動コ
ラムには工具交換アームがないので、主軸端面よりワーク側に飛びだしている部分
がなく、ワークへの接近性も向上する。」(本件公報4頁右欄16行目~27行
目)。
2 取消事由1(無効理由3についての認定・判断の誤り)について
(1) 甲第12号証の機械について
原告は、甲第12号証の機械は、工具交換装置が、上方のマガジン支持ベ
ースに取り付けられているのか、下方の移動コラムに取り付けられているのか、明
らかでないと主張する。
しかしながら、甲第12号証によれば、同号証に記載された図面では、工
具交換アームの基部の記載部分が必ずしも明瞭に描かれているとはいえないもの
の、上方に描かれた工具マガジンに固定されているようには描かれておらず、主軸
ヘッドを装架した移動コラムとの位置関係からみて、工具交換装置は、移動コラム
の上部に固定されているものとして描かれているものと認められる。したがって、
同号証が開示する装置は、移動コラム上部に工具交換アームを含んだ工具交換装置
を搭載した本件考案の従来例(甲第2号証2頁左欄1~8行)に相当するものと認
められるから、この点に関する原告の主張は、失当である。
そうすると、結局、本件考案と甲第12号証の機械とは、工具交換装置の
取付位置について、本件考案では、マガジン支持ベースにおける工具マガジン下方
位置としたのに対し、甲第12号証の機械では、移動コラムの上部位置としている
こと(以下「相違点1」という。)、その必然的結果として、本件考案では、工具
交換装置の下端と移動コラムの頂部との間に生じる上下方向隙間をわずかなものと
するように両者を近接して設けているのに対し、甲第12号証の機械では、このよ
うな構成要件を備えていないこと(以下「相違点2」という。)の2点において相
違している、ということになる。
(2) 相違点1(工具交換装置の取付位置)について
① 甲第3号証によれば、同号証には、「横形マシニングHMC40の開発
コンセプト」と題した記事が掲載されており、この中の「1.立形マシニングセン
タでは不可能な長時間無人加工の実現・・・2.安定した高精度・・・3.多品種
少量生産への対応・・・4.高生産性・・・5.コンパクト、省スペース、経済
性・・・6.FMC化 以上の6項目がHMC40開発のねらいである。」(81
頁左欄24行~右欄5行)、「3.2 精密加工をクリアする高精度機構」項に、
「ATCマガジン、ツールチェンジユニットはベースに立てた4本の柱の上にまと
められており、ツールマガジンの重量バランスの変化、回転振動等がコラム、ヘッ
ドに影響しない構成とした。」(83頁中欄4~9行)と記載されていることが認
められる。これらの記載と同号証の図1の右図が図示するところによれば、上記刊
行物に記載されたHMC40は、マシニングセンタであって、安定した高精度加工
を実現するために、工具マガジン(ATCマガジン)と工具交換装置(ツールチェ
ンジユニット)をマガジン支持ベース(ベースに立てた4本の柱の上)にまとめた
ものであって、当業者がこれを見れば、本件考案の課題1及び課題2並びにこれら
を解決する技術的手段が開示されているときわめて容易に認識できるものと認めら
れる。
被告は、本件考案では、左右、前後方向に水平移動する移動コラムに、
主軸ヘッドを上下方向移動自在に装架したものであるのに対し、甲第3号証は、主
軸ヘッドが上下方向移動自在とした移動コラムを備えるものではないと主張する。
しかしながら、本件考案の課題1及び課題2は、主軸が上下方向に移動
自在とするマシニングセンタに特有のものではなく、上下方向に移動しなくとも、
前後方向又は前後左右方向に移動する主軸台にも存在する。甲第2号証によれば、
本件公報には、本件考案が左右、前後に水平移動する移動コラムに、主軸を回転自
在に備えた主軸ヘッドを上下移動自在に装架した、いわゆる3軸移動主軸ヘッドの
構成をとったことが、課題1又は課題2の解決に関係があることを示唆する記載は
何もないことが明らかである(前記1の(1)、(3)参照)。
したがって、当業者において、課題1及び課題2を解決するため、甲第
3号証の機械と甲第12号証の機械を組み合わせて、移動コラムから工具交換装置
を切り離し、本体ベースに取り付けることに想到することはきわめて容易であった
というべきである。
被告は、甲第3号証が、ワークを支持するパレットテーブルを固定コラ
ムに上下移動可能に設け、主軸ヘッドが上下に移動しないようにしたもので、パレ
ットを各マシニングセンタに一斉に移送してワーク(工作物)を加工するフレキシ
ブルトランスファラインに適さないものであるから、本件考案の課題を開示も示唆
もするものではなく、本件考案の効果を奏するものでもないと主張する。
しかしながら、甲第3号証記載の機械も、主軸ヘッドが前後左右に移動
する台を有する以上、当業者がこれを見れば、課題1及び課題2が自明であって、
これを解決した技術的手段が開示されているときわめて容易に理解するものと認め
られる。また、同号証には「全体構成の概略を図1に示す。本機は前項の開発のね
らいに基づき垂直パレット方式を採用した。」(82頁左欄4~6行)と記載さ
れ、図1の左図には「APCマガジン」と記載され、APCとは自動パレット交換
装置であることは当業者の技術常識である。これらの事実からみると、同号証記載
のマシニングセンタも、パレットをマシニングセンタに移送するものであることは
明らかであるから、同号証記載のマシニングセンタを適宜配置することによりフレ
キシブルトランスファラインを形成することは技術的に可能と認められる。
被告の主張は、失当である。
② また、甲第15号証によれば、同号証には、「工具交換装置26Aは加
工主軸装置22Aの上方に配設されており、他方の多軸交換式工作機構12Bに対
向し、且つ各加工主軸30a乃至30fの上方の対応した位置には、夫々上下両端
に工具ホルダ36a乃至36fを把持するチャック42a乃至42f、43a乃至
43fを有する6基のアーム44a乃至44fが第4図に示すようにして並設され
ている。これらのアーム44a乃至44fは連結部材46Aによって回動軸48A
に連結され、前記回動軸48Aはアーム回動モータ50Aによって第1図に示す矢
印A方向に180゜旋回されるように構成されている。次に、工具供給装置28A
はベッド14上に下端が固定され、工具交換装置26Aの上方まで延設された支持
台52Aによって中空状に支持される。」(3頁左下欄3~17行)、「マガジン
テーブル54A内部にはシリンダ64Aが内装固定されており、このシリンダ64
Aから突出するシリンダ軸62Aの下端は工具交換装置26Aを構成するアーム回
動用モータ50Aの回動軸48Aを囲繞するように装着した連結リング66Aに固
定される。一方、前記シリンダ64Aに平行にガイドレール67Aが配設され、連
結リング66Aはこのガイドレール67Aに係合する。従って、工具交換装置26
Aはガイドレール67Aにガイドされた状態でシリンダ64Aの駆動作用下に第5
図の状態から距離aだけ下方の下死点および距離bだけ上方の上死点までその移動
変位が確保される。」(3頁右下欄15行~4頁左上欄7行)との記載があること
が認められる。
上記記載によれば、同号証に開示されているマシニングセンタも、上記
HMC40と同様に、工具マガジン(工具供給装置28A)と工具交換装置(工具
交換装置26A)をマガジン支持ベース(支持台52Aの上部)にまとめたもので
あることが認められるから、本件考案の課題1及び課題2を解決する技術的手段が
開示されているものというべきである。
③ 工具交換装置を本体ベースの下に取り付けた点についてみる。
甲第15号証の上記記載と同号証の第1、第2、第4図が図示するとこ
ろによれば、同号証記載のマシニングセンタにおいては、工具交換アーム(工具交
換装置26A)の取付位置が、マガジン支持ベース(支持台52Aの上部)におけ
る工具マガジン(工具供給装置28A)の下方位置にあると認められる。
また、甲第16号証によれば、同号証には、「主軸収容支持部5の上方
に付設される工具マガジン10は多数の工具を収納でき、工具マガジン10に収納
された工具と主軸6に取付けられている工具とは工具マガジン10と主軸6の間に
配置される工具交換装置11によって互に交換できる。主軸収納支持部5の前方に
はマシニング・センタ全体の操作および数値制御をそれぞれ達成する操作盤12お
よびNC装置13が配設される。」(4欄40行~5欄3行)、「主軸6は第2水
平軸線方向すなわちZ方向に延長し主軸台14によって回転可能に支持される。」
(5欄6~8行)、「主軸台14は特に第3図に示されるように機枠に設けられた
Z方向案内19および20によって支持されかつZ方向に移動できるように案内さ
れる。(5欄18~21行)、「工具交換装置11の主要な構成要素の1つは工具
交換腕36であって、これは軸線方向に移動できかつ回転できるZ方向延長の中空
交換腕軸37の前端に取付けられかつこの軸から両側方に延長し、その各前端部に
は第3図に図示されるような半円形の工具把持凹み38が形成される。」(6欄1
1~16行)、「作動軸47は、工具交換装置11の機枠48に対して、回転自在
に支承され、該作動軸47には、・・・従動歯車51が固定取付けされ、従動歯車
51は、工具交換装置11の機枠48に固定されている作動軸モータ52の出力軸
に固定された駆動歯車53に噛み合っている。」(7欄3~10行)、「交換作動
は作動軸47の1回転の間に行なわれ、その所要時間は例えば約2から3秒であ
る。その後に工具ポット81はもとの位置まで上昇し、主軸6は主軸台14と共に
加工位置へ向って前進する。」(10欄7~11行)との記載があることが認めら
れる。これらの記載と同号証中の第1、第2、第3、第7f、第7F図が図示する
ところによれば、同号証記載のマシニングセンタでは、工具交換アーム(工具交換
装置11)の取付位置が、マガジン支持ベース(機枠48)における工具マガジン
下方位置にあると認められる。
④ 以上によれば、マシニングセンタにおいて、甲第12号証の機械と甲第
3、第15、第16号証の機械と組み合わせることによって、工具交換アームを含
んだ工具交換装置の取付位置を、移動コラムから切り離したうえ、マガジン支持ベ
ースにおける工具マガジン下方位置とすることに想到することは、きわめて容易で
あったというべきである。
⑤ 被告は、甲第15、第16号証の機械が、いずれも主軸ヘッドを上下方
向移動自在に案内する移動コラムを備えるものではなく、甲第12号証の機械とは
基本構成を異にするから、当業者がこれらをきわめて容易に組み合わせることはで
きない旨主張する。しかしながら、主軸ヘッドが上下方向に移動しないものである
ことが、上記の工具交換装置の取付位置の適用を妨げるような格別の技術的理由を
見出すことはできないことは、前記のとおりである。
被告の主張は採用できない。
  (3) 相違点2(上下方向隙間)について
① 上記認定にかかる甲第15号証の記載、及び同号証の第2、第5図が図
示するところによれば、工具交換装置(工具交換装置26A)の下端が、移動コラ
ム(加工主軸装置22A)との間に、上下方向隙間を生じるように設けられている
ことが認められる。そして、工具交換装置と移動コラムに装架された主軸ヘッドと
の間で工具の移送が行われることから、工具交換装置と移動コラムとが干渉しない
範囲で両者を近接させて上下方向隙間をわずかな程度とすることは、他に特別の理
由がない限り、機能設計上当然になされるべき設計事項であって、当業者であれば
きわめて容易に推考できたものというべきである。
② 被告は、甲第15号証の機械においては、工具交換装置と主軸ヘッドと
の間に、待機状態において大きな隙間が生じる構造になっていること、主軸ヘッド
22Aの高所部分が工具交換装置のアームより前方へ移動しないようにして、主軸
ヘッドと工具交換装置との干渉を避けているものであることから、両者の間にわず
かな隙間を生じるようにする発想がない旨主張する。
しかしながら、工具交換装置と主軸ヘッドは、前記説示のとおり、主軸
ヘッドに装着された工具を交換するために、近接していることが有利であるから、
特別な理由のないかぎり、設計に際して可能な範囲で近接させることが要請される
ものである。甲第15号証によれば、同号証の機械については、主軸ヘッド22A
の高所部分が工具交換装置のアームより前方へ移動しないようにして、主軸ヘッド
と工具交換装置の干渉を避けていることが認められるが、これは、同号証に記載さ
れた主軸ヘッド22Aにはギヤトレイン31A、主軸用駆動モータ32Aの高所部
分があるという特有の構造のために、該高所部分が工具交換装置のアームより前方
へ移動しないようにしているというものであると認められるから、この事実は、前
記①の認定判断を左右するものではない。被告の上記主張は採用できない。
(4) 以上のとおりであるから、審決は、本件考案が、甲第12号証に記載され
た考案及び甲第3号証、甲第15号証、甲第16号証に記載された技術から、当業
者がきわめて容易に考案できたものであるかどうかについての判断を誤ったもので
あり、この誤りが、審決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
第6 そうすると、その余の原告主張について検討するまでもなく、原告の本訴請
求は理由があることが明らかであるので、これを認容することとし、訴訟費用の負
担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決す
る。
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官     山  下  和  明
        
          裁判官    山  田  知  司
 
裁判官    阿  部  正  幸

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