平成11(行ケ)368行政訴訟 特許権
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成12年12月25日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法29条1項1号2回 民事訴訟法61条1回
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キーワード |
審決40回 進歩性13回 実施5回 無効3回 特許権1回 無効審判1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成11年(行ケ)第368号 審決取消請求事件(平成12年12月13日口頭
弁論終結)
判 決
原 告 石川島播磨重工業株式会社
代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁護士 近 藤 恵 嗣
同 弁理士 荒 崎 勝 美
被 告 日本ロール製造株式会社
代表者代表取締役 【B】
訴訟代理人弁護士 増 岡 章 三
同 増 岡 研 介
同 片 山 哲 章
同 弁理士 早 川 政 名
同 長 南 満輝男
同 細 井 貞 行
同 石 渡 英 房
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が、平成10年審判第35126号事件について、平成11年9月9
日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「6本ロールカレンダーの構造及び使用方法」とする特許第
1735179号発明の特許権者である。
上記特許は、昭和60年7月5日に出願され、平成5年2月17日に設定登
録がされた後、平成9年2月26日に願書に添附した明細書及び図面の訂正を認め
る訂正審決が確定したものである。
原告は、平成10年3月31日に被告を被請求人として、上記訂正審決に係
る訂正明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載
された発明(以下「本件第1発明」という。)及び請求項2に記載された発明(以
下「本件第2発明」という。)に係る特許につき無効審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第35126号事件として審理した上、
平成11年9月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その
謄本は、同年10月25日、原告に送達された。
2 発明の要旨
(1) 本件第1発明の要旨
ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダーにおいて、第一ロールR1
と第二ロールR2とを略水平に並列し、該第二ロールR2の下側または上側に第三
ロールR3を第二ロールR2と平行でかつ第一ロールR1方向と略直交状に配置
し、該第三ロールR3の横側で第一ロールR1と反対側位置に第四ロールR4を第
三ロールR3と略水平でかつ第二ロールR2方向と略直交状に並置し、この第四ロ
ールR4の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側位置にロール軸交叉装置
を備えた第五ロールR5を第四ロールR4と略平行でかつ第三ロールR3方向と略
直交状に配置し、更に第五ロールR5の下側または上側で前記第二ロールR2と反
対側位置にロール間隙調整装置を有する第六ロールR6を第四ロールR4及び第五
ロールR5と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に設置し、各ロール周速を第一
ロールR1から順次後方に行くに従って速くしたことを特徴とする6本ロールカレ
ンダーの構造。
(2) 本件第2発明の要旨
ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダーにおいて、第一ロールR1
と第二ロールR2とを略水平に並列し、該第二ロールR2の下側または上側に第三
ロールR3を第二ロールR2と平行でかつ第一ロールR1方向と略直交状に配置
し、該第三ロールR3の横側で第一ロールR1と反対側位置に第四ロールR4を第
三ロールR3と略水平でかつ第二ロールR2方向と略直交状に並置し、この第四ロ
ールR4の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側位置にロール軸交叉装置
を備えた第五ロールR5を第四ロールR4と略平行でかつ第三ロールR3方向と略
直交状に配置し、更に第五ロールR5の下側または上側で前記第二ロールR2と反
対側位置にロール間隙調整装置を有する第六ロールR6を第四ロールR4及び第五
ロールR5と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に設置し、各ロール周速を第一
ロールR1から順次後方に行くに従って速くした6本ロールカレンダーの構造にお
いて、第一ロールR1と第二ロールR2との間に高分子材料を投入して両ロール間
で圧延し、これを第二ロールR2のロール表面に沿って後方に送り、次に第二ロー
ルR2と第三ロールR3との間で圧延して、順次第三ロールR3と第四ロールR4
との間で圧延し、更に第四ロールR4と第五ロールR5との間で圧延して、最後に
第五ロールR5と第六ロールR6との間で圧延する各ロール間でバンクの回転が順
次反対方向となることを特徴とする6本ロールカレンダーの使用方法。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、①本件第1発明が、昭和49年8月
1日発行の「PLASTICS AGE」第20巻8月号93~98頁(審判甲第1号証、本訴
甲第3号証、以下「引用例1」という。)、同年6月1日発行の「PLASTICS AGE」
第20巻6月号101~106頁(審判甲第2号証、本訴甲第4号証、以下「引用
例2」という。)及び特開昭51-144459号公報(審判甲第3号証、以下
「引用例3」という。)記載の各発明並びに周知事項に基づいて、当業者が容易に
発明をすることができたということはできず、②本件第1発明が、1974年(昭
和49年)1月発行の「Modern Plastics International」第4巻1号18~21頁
(審判甲第5号証、本訴甲第5号証)、引用例1及び特公昭49-44586号公
報(審判甲第4号証、本訴甲第8号証、以下「引用例4」という。)並びに周知事
項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたということはできず、③本
件第2発明は、本件第1発明を普通に使用する方法であるから、①、②と同様の理
由により、当業者が容易に発明をすることができたということはできず、④本件特
許が、その出願人である被告において、真の発明者から特許を受ける権利を承継し
ないで出願し、特許を受けたものであるということはできず、⑤本件第1発明及び
本件第2発明が、本件特許出願前に日本国内において公然知られた発明であるとい
うこともできないから、請求人(原告)の主張する理由及び提出した証拠方法によ
っては、本件第1発明及び本件第2発明に係る特許を無効とすることはできないと
した。
第3 原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本件第1発明及び本件第2発明の要旨の認定、並びに本件特
許が、その出願人である被告において、真の発明者から特許を受ける権利を承継し
ないで出願し、特許を受けたものであるとすることはできないとする判断は認め
る。
審決は、本件第1発明についての進歩性の判断(審決の理由①)を誤り(取
消事由1)、また、本件第1発明の公知性の判断(審決の理由⑤)を誤り(取消事
由2)、さらに、本件第2発明についての進歩性及び公知性の判断(審決の理由
③、⑤)を誤った(取消事由3)結果、本件第1発明及び本件第2発明に係る特許
を無効とすることはできないとの結論に至ったものであるから、違法として取り消
されるべきである。
1 取消事由1(本件第1発明についての進歩性判断の誤り)
(1) 本件第1発明の6本ロールカレンダーの構造と引用例1に示されたM形5
本ロールの構造とが、「①前者は、第五ロールの下側に第六ロールを設けているの
に対し、後者は、第五ロールの下に第六ロールを設けていない点、②前者は、第五
ロールにロール軸交叉装置を備えると共に、第六ロールにロール間隙調整装置を備
えているのに対し、甲第1号証や甲第2号証には、第五ロールにロール軸交叉装置
を設けることが記載されておらず、また、後者はロール間隙調整装置を備えている
第六ロールを設けていない点、③前者は、各ロール周速を第一ロールから順次後方
に行くに従って速くしているのに対して、甲第1号証や甲第2号証には各ロールの
周速については記載されていない点で相違している」(審決書10頁3行目~15
行目)ことは認める。
しかしながら、次のとおり、相違点①につき、M形5本ロールカレンダー
に基づいて、その第5ロールの下側にロールを更に1本追加して本件第1発明のロ
ール配置と同じ6本ロールカレンダーの構造とすることは、当業者において容易に
想到することができたものである。また、相違点②、③については、第5ロールの
下側に第6ロールを設けた結果、当業者が、技術常識に基づき、必要に応じて任意
に行い得る程度のことにすぎず、実質的な相違点ということはできない。
したがって、審決が、「本件第1発明は、甲第1号証、甲第2号証及び甲
第3号証(注、引用例1~3)記載の発明並びに本件特許の出願前より周知の事実
に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとする・・・主張は
理由がない」(審決書28頁1行目~5行目)とした判断は誤りである。
(2) 相違点①について
引用例1(甲第3号証)に「これから先、目的によってはさらに6本、7
本とロールを増して・・・マルチロールカレンダ化も考えられる」(95頁右欄1
1行目~13行目)との、また、引用例2(甲第4号証)に「ロールの本数を3本
から4本5本と増してゆく<多数ロールカレンダ方式>」(101頁中欄8行目~
10行目)との記載があるとおり、カレンダーにおいて、必要に応じてロールの数
を増やすことは、当業者の技術常識に属することであり、したがって、本件第1発
明のロールの数がM形5本ロールカレンダーよりも1本多いことは、何ら発明的工
夫を要するようなものではない。
また、M形5本ロールカレンダーにロールを1本追加する場合のロール配
置について、その第5ロールの下側とすることは当業者が極めて容易に思いつく選
択である。すなわち、カレンダーの変遷において、ロール数を増やす場合に、既存
のロール配置の最終ロールの次に追加のロールを配置することは極めて一般的なこ
とである。そして、4本ロールカレンダーにおいて逆L形(最終の第4ロールが第
3ロールの下側であるロール配置)及びZ形(最終の第4ロールが第3ロールの横
側であるロール配置)がともに周知であったから、M形5本ロールカレンダーの最
終ロール(第5ロール)の次にロールを1本追加するに際しても、その配置を第5
ロールの下側とすること、又はその横側とすることは、ともに当業者が容易に思い
つく自然な選択である。本件第1発明のロール配置はこのうちの下側に配置するこ
とを選択したものにすぎず、その着想が特別に困難であると考える理由は存在しな
い。
(3) 相違点②について
(ア) ロール軸交叉装置について
ロール軸交叉とは、ロール撓み等によりシートの厚みが中央部で厚く、
端部で薄くなる傾向を補正するため、特定の隣接ロール間でロールの軸を交叉させ
てロール間の間隙を中央部で小さくし、端部で大きくすることである。
このような補正をした後に再びシートに不均一な厚みが生じては意味が
ないから、ロール軸交叉を最終のロール間隙で行うことは、当業者にとって自明な
選択であり、そうすると、6本ロールカレンダーにおいては、第5ロールと第6ロ
ールとの間でロール軸交叉を行うことが望ましいことになる。そして、そのために
は、ロール軸交叉装置を第5ロールに設ける方法と第6ロールに設ける方法とが考
えられるが、最終ロールである第6ロールに近接して引取りロールが設けられるか
ら、第6ロールと引取りロールとの平行性を維持するために、第6ロールにはロー
ル軸交叉装置を設けない方が望ましいということも、当業者に周知の事柄である。
したがって、6本ロールカレンダーにおいてロール軸交叉装置を設ける
とすれば、第5ロールに設けることが最も望ましいことになる。すなわち、本件第
1発明の第五ロールにロール軸交叉装置を備える構成は、ロール軸交叉装置につい
て、当業者に自明な望ましい構成を特定しているにすぎない。
(イ) ロール間隙調整装置について
ロール間隙調整装置は、特定の隣接ロール間の間隙を調整してシートの
厚みを調節するものであるから、軸交叉と同様、最終のロール間隙を調整すること
は当業者に自明なことであり、そうすると、6本ロールカレンダーにおいては、第
5ロールと第6ロールの間で間隙調整を行うことが望ましいことになる。そして、
そのためには、ロール間隙調整装置を第5ロールに設ける方法と第6ロールに設け
る方法とが考えられるが、第5ロールは第4ロールと第6ロールの双方との間に間
隙を有するため、第5ロールにロール間隙調整装置を設けた場合には、第6ロール
との間隙のみを独立に調整できなくなるから、第5ロールではなく第6ロールにロ
ール間隙調整装置を設けて、第5ロールとの間隙を調整することが望ましいことも
当業者に自明なことである。
したがって、本件第1発明の第六ロールにロール間隙調整装置を備える
構成も、当業者に自明な望ましい構成を特定しているにすぎない。
(ウ) なお、本件第1発明の第1ロールと第2ロールを取り除くとL形又は
逆L形の4本ロールカレンダーとなるが、L形や逆L形4本ロールカレンダーにお
いて、第3ロールに軸交叉装置を設け、第4ロールに間隙調整装置を設けること
は、昭和44年9月発行の「石川島播磨技報」第9巻第5号571~579頁(甲
第6号証、以下「周知例1」という。)の第5、第8図、1966年(昭和41
年)3月発行の「A NEW CONCEPT IN CALENDER DESIGN」1~5頁(甲第7号証、以
下「周知例2」という。)の第5図、特公昭49-44586号公報(甲第8号
証、以下「周知例3」という。)の第1、第2図、昭和52年9月発行の「工業材
料」第25巻第9号81~85頁(甲第9号証、以下「周知例4」という。)の図
4にそれぞれ記載されているとおり、古くから慣用された技術である。
(4) 相違点③について
昭和49年4月1日発行の「PLASTICS AGE」第20巻4月号103~10
8頁(甲第10号証、以下「周知例5」という。)に「一般の熱可塑性樹脂ではロ
ールの表面速度の速いほうに,・・・巻き付く」(105頁左欄20行目~22行
目)と記載され、また、昭和49年4月15日発行の「日本ゴム協会誌」第47巻
第4号237~244頁(甲第11号証、以下「周知例6」という。)に「ロール
の回転が異なる場合,収縮の少なくないゴム・・・は回転による流れだけとなり速
度の速いほうのロールに巻付くようになる」(241頁右欄9行目~11行目)と
記載されているとおり、ロール間隙を形成している2本のロールの間に周速差があ
る場合、周速の速いロールにシートが巻き付くことは当業者に周知のことであり、
そうすると、順次、後のロールの周速を速くすれば、シートは順次、後のロールに
巻き付く結果、必然的に最終ロールからシートを引き取ることができることにな
る。また、順次、後のロールの周速を速くすると、バンクの回転方向が交互に反対
方向になるという望ましい結果が得られる。
したがって、他の条件の許す限り、前のロールよりも後のロールの周速を
速くする方が望ましく、このことは、引用例1(甲第3号証)に「理想的な回転バ
ンクを形成するには、古くから経験的に言われているように,前のロールより次の
ロールのほうが,①周速が速く・・・ほうがよいわけである」(96ページ左欄2
9行目~35行目)と記載されているとおり、当業者にとって周知の事柄である。
すなわち、各ロール周速を第一ロールから順次後方に行くに従って速くする本件第
1発明の構成は、当業者に周知の望ましい構成を特定しているにすぎず、その効果
も、当業者にとって自明なものである。
(5) 審決は、「M形の五本ロールカレンダに第六ロールを加える際の第6ロー
ルの適正な位置についての考察の積み重ねが、当業者にとって容易であるとする理
由はない」(審決書17頁7行目~10行目)、「軸交叉装置および間隙調整装置
に関する考察の積み重ねが、当業者にとって容易であるとする理由はない」(同1
8頁16行目~18行目)とするが、上記(2)~(4)のとおり、相違点①~③に係る
本件第1発明の構成は「考察の積み重ね」を経て初めて想到できるというようなも
のではなく、これらの判断はいずれも誤りである。
また、審決は、「甲第4号証(注、引用例4)の図1、図2、図5及び図
6に示される4本ロールカレンダー、5本ロールカレンダーはそれぞれの事情でそ
のようなロール構造を採用しているものであって、M型5本ロールに1本ロールを
追加した6本ロールカレンダーにおいてそのようなロール構造が採用できるか否か
は、甲第4号証に示されるそれらのロール構造から当業者が容易に想到し得るとは
いえない・・・本件発明の6本ロール構造のロール配置は他に適切な配置がない程
適切であり、・・・本件第1発明のロール軸交叉装置やロール間隙調整装置の配置
も他に選択の余地がない程適当である・・・その効果は、6本ロール構造にすれば
必ず得られるというものではないからして、本件第1発明の特定の6本ロール構造
としたことによる効果は格別であって、当業者が単純に予測できたものではな
い。」(審決書26頁15行目~27頁18行目)とするが、4本ロールカレンダ
ー、5本ロールカレンダーにおいて、「それぞれの事情でそのようなロール構造を
採用している」という事実は、当業者が事情に応じてどのようなロール構造を採用
すればよいかを知悉していたことを意味する。例えば、4本ロールカレンダーにお
いて、Z形4本ロールを採用すれば、カレンダーの高さを低く抑えることができ、
また、バンクから次のバンクまでの距離をすべて最短の1/4円周とすることがで
きるため、材料の温度低下が少なく高速化に適している(引用例1(甲第3号証)
93頁左欄23行目~27行目)などの利点があり、また、逆L形4本ロールを採
用すれば、上記のロール軸交叉やロール間隙調整が容易にできるなどの利点がある
が、これらの利害得失は当業者に自明のことであって、それらを考慮して当該ロー
ル構造を採用しているのである。
したがって、本件第1発明のロール構造による効果が、「6本ロール構造
にすれば必ず得られるというものではない」という事実は、「本件第1発明の特定
の6本ロール構造としたことによる効果は格別」であるとする根拠とは何らなり得
ない。
2 取消事由2(本件第1発明についての公知性判断の誤り)
(1) 被告作成の図番M-6298の図面(審判乙第1号証(甲第12号証)、
本訴甲第12号証、以下「6298図面」という。)、同M-6299の図面(審
判乙第2号証(甲第13号証)、本訴甲第13号証、以下「6299図面」とい
う。)、同M-6509の図面(審判乙第3号証(甲第11号証)、本訴甲第16
号証、以下「6509図面」という。)、同M-6516の図面(審判乙第4号
証、本訴甲第17号証、以下「6516図面」という。)及び同M-6517の図
面(審判乙第5号証、本訴甲第18号証、以下「6517図面」という。)、被告
の図面台帳(甲第15号証)、審判における証人【C】に対する尋問調書(甲第1
4号証)、同【D】に対する尋問調書(甲第19号証)、同【E】に対する尋問調
書(甲第22号証)及び同【F】に対する尋問調書(甲第23号証)によれば、①
被告従業員であった【D】によって、昭和56年ころ、6本ロールカレンダーのロ
ール配列が考案され、6298図面及び6299図面が作成されたところ、629
8図面には、本件第1発明に係るロール配置のみならず、引取りロール、ロール軸
交叉装置及びロール間隙調整装置の各位置も示されており、本件第1発明のすべて
の構成要件が記載されていること、②6298図面及び6299図面は、被告の客
先からの引合いに応じて作成され、当該客先に提出されたものであり、被告は、そ
の後も別の客先に対して同様の提案を行ったこと、③さらに、被告は、昭和59年
12月から昭和60年3月にかけて、6298図面及び6299図面と同様の65
09図面、6516図面及び6517図面を作成し、そのころ、被告従業員【C】
は、これらを【E】に提示又は交付した上、昭和60年2月に東京において、同人
と6509図面に基づいて見積り等の打合せを行ったこと、④被告においては、客
先に図面を提示又は交付する場合に、客先に対して特段守秘義務を課すことはして
おらず、【E】に対しても守秘義務は課さなかったこと、以上の事実が認められ
る。
そうすると、被告は、本件出願(昭和60年7月5日)よりも前に、守秘
義務のない客先に対して、6298図面、6299図面、6509図面、6516
図面及び6517図面を提示又は交付して、本件第1発明の実施に当たる6本ロー
ルカレンダーを公然知られた状態としたのであるから、本件第1発明は、特許法2
9条1項1号に該当するものである。
(2) 審決は、「特に技術開発がらみの引き合いにおける相談において、当事者
双方は、互いに秘密保持について特段の要請をしていなくとも、その引き合いの具
体的内容を当事者以外の他人に漏らすことは、社会通念上信義に反することである
し、また、証人【C】氏や【D】氏は、それらの図面を見せたり説明をしたりした
引き合いの相手に守秘義務がない旨を告げたと証言しているわけでもないから、甲
第11~13号証の図面(注、6509図面、6298図面及び6299図面)を
引き合いの相手に見せたり説明したりしたからといって、それだけでその内容が日
本国内において公然知られたものであるとすることはできない」(審決書47頁8
行目~20行目)、「甲第11~13号証には、本件第1発明および第2発明に係
るロール配置の基本構造だけしか開示されていない」(同47頁20行目~48頁
2行目)、「引き合い先である【E】氏が日本ロール製造株式会社(注、被告)に
6本ロールカレンダの図面を提出しその内容を説明したからといって、その6本カ
レンダーの製作の見積もりの依頼を受けた日本ロール製造株式会社が、勝手に、そ
の内容を他人に漏らすことは社会通念上許されないことであるから、そのことによ
って、その6本ロールカレンダーが公然知られた状態に至ったということはできな
い」(同48頁9行目~17行目)とした。
しかしながら、【C】に対する尋問調書(甲第14号証)によれば、被告
が6509図面、6298図面、6299図面等を開示して見積りを行ったのは、
単に、客先からの要望に従って手持ちの技術を提案したにすぎないものであって
(9~10頁)、技術情報の交換を伴う共同開発的な「技術開発がらみの引き合
い」ではないから、被告が客先に守秘義務がない旨を告げなくとも、特に被告から
客先に対する指示がない限りは、客先は守秘義務を負うものではない。そして、
【D】に対する尋問調書(甲第19号証)によれば、被告が客先に対して秘密保持
の指示を行わなかったことは明らかである(10頁)。
また、6298図面には、第6ロールの下部にロール間隙調整装置が、第
5ロールの高さの左右にはロール軸交叉装置が記載されている上、引取りロールが
第6ロールの右側に配置されていることが記載されているから、実質的に、周速が
後方に行くに従って速くなることも記載されており、したがって、審決の「甲第1
1~13号証には、本件第1発明および第2発明に係るロール配置の基本構造だけ
しか開示されていない」との認定は誤りである。
さらに、原告は、昭和60年2月6日に【E】の訪問を受け、その際、同
人から本件第1発明の6本ロールカレンダーの内容を聞いており、その後、同年3
月8日に、原告の担当者が【E】と6本ロールカレンダーに関する打合せをした際
に、同人から要求を受けて、原告作成のDRAWING NO.A908B1154の図面(甲
第24号証の1、以下「原告図面」という。)を同人に送付した。原告図面は、図
面台帳(甲第24号証の2)記載のとおり、昭和60年2月8日に作成されたもの
であって(ただし、その作成は、他の顧客からの引合いに基づくものである。)、
ロール配置、ロール軸交差装置及びロール間隙調整装置の設置位置が本件第1発明
と同一である6本ロールカレンダーが記載されている。
そして、原告は、被告に対してはもとより、【E】との間においても守秘
義務を負うものではないから、仮に【E】が被告との間で守秘義務を負っていたと
しても、原告が【E】から本件第1発明の内容を聞いたことにより、本件第1発明
は公知になったというべきである。
したがって、審決の上記認定判断は誤りである。
3 取消事由3(本件第2発明についての進歩性及び公知性判断の誤り)
「本件第2発明は、・・・本件第1発明を普通に使用する方法である」(審
決書40頁2行目~3行目)ことは認める。
したがって、本件第1発明についての上記取消事由1、2と同一の理由によ
り、本件第2発明も当業者において容易に想到することができたものであり、ま
た、本件出願前に公然知られたものであるから、本件第2発明についての審決の判
断も誤りである。
第4 被告の反論
審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(本件第1発明についての進歩性判断の誤り)について
(1) 原告は、引用例1及び引用例2の記載を引用して、カレンダーにおいて、
必要に応じてロールの数を増やすことが当業者の技術常識に属することであると主
張し、また、M形5本ロールカレンダーにロールを1本追加する場合のロール配置
について、その第5ロールの下側とすることは当業者が極めて容易に思いつく選択
であると主張する。
しかしながら、ロールの数を増やすと、材料がロール間を通り抜ける回数
(パス回数)が増えることにより、材料が熱を持って焼けてしまう等の問題が生ず
るのであり、配置構成に格別の創意工夫を経ることなく、単純にロール数を増やす
ことはできないが、引用例1は、単にロール数を増やしてマルチロール化を図るこ
とが予想されるということを述べているだけで、6本や7本のロールカレンダーの
具体的な構成についての記載はなく、本件第1発明のように特定された6本ロール
カレンダーの配置構成については何も示唆していないものであり、その奏する効果
を予測させるに足りる記載もない。引用例2も、ロールの数及び配列の変遷をその
形態によって比較分類して示したものにすぎず、上記変遷が技術的に進歩性を伴う
ものではなかった旨を示唆するものではない。
ロール配置には様々な選択があり得る中で、本件第1発明は、総合的な判
断による最良の選択として、新規な配置構成を決定したものであって、当該配置位
置だけを取り出して、着想することの困難性を論ずることは誤りであるし、また、
ロール数の増加と増加されたロールの配置位置とを分けて進歩性を論ずることにも
意味はない。
(2) また、ロール軸交叉装置を第5ロールに設け、ロール間隙調整装置を第6
ロールに設けることは、原告が主張するように当業者にとって白明なことではな
い。
すなわち、6本のロールカレンダーにあっては、第1ロール、第5ロー
ル、第6ロールに軸交叉装置を設けることが可能であるところ、従来のM型5本ロ
ールカレンダーでは、最終ロールにロール間隙調整装置とロール軸交叉装置を設け
ているから、6本のロールカレンダーにおいても、最終ロールである第6ロールに
ロール間隙調整装置とロール軸交叉装置を設ける選択もあり得たが、本件第1発明
は、第5ロールにロール軸交叉装置を設け、第6ロールにロール間隙調整装置を設
ける構成としたものである。その理由は、原告の主張するとおり、最終ロールと引
取りロールとの平行性を維持するという利点を得るためであって、この点は、本件
第1発明の進歩性が発現している点の一つである。
原告は、周知例1~4を引用して、L型や逆L型4本ロールカレンダーに
おいて、第3ロールに軸交叉装置を設け、第4ロールに間隙調整装置を設けること
が慣用技術であると主張するが、本件第1発明は、L字型又は逆L字型4本ロール
カレンダーに第1ロールと第2ロールを付加しただけのものではなく、当該特定の
配置構成を有する6本ロールカレンダーとして、技術的に進歩性が認められるもの
であるから、4本ロールカレンダーについての記載を根拠とする主張は理由がな
い。
(3) さらに、原告は、引用例1の記載を引用して、前のロールよりも後のロー
ルの周速を速くする方が望ましいことは当業者にとって周知の事柄であり、その効
果も自明であると主張するが、審決が指摘し(審決書20頁12行目~21頁16
行目)、また、引用例1(甲第3号証)の図11中央の図、引用例2(甲第4号
証)の図1最下段右端の図、周知例4(甲第9号証)の図2(b)に示されるとお
り、ロールカレンダーには、最終ロールの周速がその前のロールより遅いという構
成もあり、また、各ロールの周速を等速にしている場合もある。
したがって、ロールの周速について上記のような構成を選択することも可
能であったが、本件第1発明は、順次、後のロールの周速を速くする構成を選択し
たものであり、この点も本件第1発明の進歩性が発現している点の一つである。
(4) 以上のとおり、本件第1発明が当業者において容易に想到することができ
たとする原告の主張は誤りである。
2 取消事由2(本件第1発明についての公知性判断の誤り)について
(1) 原告は、被告が本件出願前に、守秘義務のない客先に対して、6298図
面、6299図面、6509図面、6516図面及び6517図面を提示又は交付
して、本件第1発明の実施に当たる6本ロールカレンダーを公然知られた状態とし
た旨主張する。
しかしながら、6298図面以外の図面はもとより、原告が、本件第1発
明のすべての構成要件が記載されていると主張する6298図面によっても、6本
のロールの配置はともかく、ロール軸交叉装置及びロール間隙調整装置の各位置並
びにロール周速を第1ロールから順次後方にいくに従って速くした点を読み取るこ
とはできない。すなわち、6298図面(甲第12号証)には、6本ロールカレン
ダーの上端に2本の、左端に3本の、下端に1本の各シャフト及びモーターが記載
されているが、そのいずれがロール間隙調整装置で、いずれがロール軸交叉装置で
あるかについての記載はないから、同図面上それを特定することはできず、また、
技術的には第1、第5、第6ロールにロール軸交叉装置を設けることが可能である
から、第5ロールにロール軸交叉装置が設けられているなどと断定することはでき
ない。のみならず、ロール軸交叉装置が内部に設置されている場合には図示されな
いから、図面だけから第6ロールに設けられている可能性を否定することはできな
い。したがって、6298図面によっても、ロール間隙調整装置が第6ロールに設
けられ、ロール軸交叉装置が第5ロールに設けられていることを読み取れないので
ある。さらに、6298図面では、最終ロールの右側に引取りロールを設けること
(最終ロールからシートを引き取ることを意味する。)が記載されているが、昭和
56年9月20日増補第2版発行の「増補・応用ゴム加工技術12講(上巻)」
(乙第2号証)に「1)同一回転速度の場合はゴムは高温ロールに巻き付
く。・・・3)以上は天然ゴム配合の場合」(217頁下から5行目~3行目)と
記載されているとおり、ロール周速を等速とする構成であっても、素材とロールの
温度との関係によって、素材を次のロールに巻き付かせることができるから、最終
ロールの横に引取りロールがあるからといって、ロールの周速が順次速くなってい
ることは読み取れないのである。
以上のように、6298図面に、本件第1発明のすべての構成要件が記載
されているということはできず、また、6299図面、6509図面、6516図
面及び6517図面も同様であるから、これらの図面を提示又は交付しても、本件
第1発明の実施に当たる6本ロールカレンダーを公然知られた状態としたことには
ならない。
(2) また、原告は、被告が6509図面、6298図面等を開示して行った見
積りが、客先からの要望に従って手持ちの技術を提案したにすぎず、技術情報の交
換を伴う共同開発的な「技術開発がらみの引き合い」ではないから、被告が客先に
守秘義務がない旨を告げなくとも、特に被告から客先に対する指示がない限りは、
客先は守秘義務を負うものではないと主張する。
しかしながら、本件第1発明が周知事項又は当業者に自明な事項のみによ
って構成されているものでないことは上記1のとおりであるから、上記各図面を開
示することは、審決認定のとおり「技術開発がらみの引き合い」であり、その具体
的内容を当事者以外の他人に漏らすことが社会通念上信義に反するものであること
を理由に客先に守秘義務がある旨判示した本件審決に誤りはない。
原告は、技術情報の交換を伴う共同開発的なもののみが「技術開発がらみ
の引き合い」に当たるとするが、そのような限定をする根拠はない。
したがって、被告が上記各図面を開示して行った見積りの相手方(客先)
が守秘義務を負うという点からも、本件第1発明の実施に当たる6本ロールカレン
ダーを公然知られた状態としたことにはならない。
なお、原告は、昭和60年2月6日に【E】の訪問を受け、その際、同人
から本件第1発明の6本ロールカレンダーの内容を聞いたことにより、本件第1発
明は公知になったと主張するが、そのような事実は存在しない。
3 取消事由3(本件第2発明についての進歩性及び公知性判断の誤り)につい
て
原告は、本件第2発明は本件第1発明を普通に使用する方法であるところ、
本件第1発明についてと同一の理由により、本件第2発明も当業者において容易に
想到することができたものであり、また、本件出願前に公然知られたものであるか
ら、本件第2発明についての審決の判断も誤りであると主張するが、本件第1発明
が、当業者において容易に想到することができたもの、又は本件出願前に公然知ら
れたものであるとの主張に理由がないことは上記1、2のとおりであるから、上記
主張は前提を欠くものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件第1発明についての進歩性判断の誤り)について
(1) 本件第1発明の6本ロールカレンダーの構造と引用例1に示されたM形5
本ロールの構造とが、「①前者は、第五ロールの下側に第六ロールを設けているの
に対し、後者は、第五ロールの下に第六ロールを設けていない点、②前者は、第五
ロールにロール軸交叉装置を備えると共に、第六ロールにロール間隙調整装置を備
えているのに対し、甲第1号証や甲第2号証には、第五ロールにロール軸交叉装置
を設けることが記載されておらず、また、後者はロール間隙調整装置を備えている
第六ロールを設けていない点、③前者は、各ロール周速を第一ロールから順次後方
に行くに従って速くしているのに対して、甲第1号証や甲第2号証には各ロールの
周速については記載されていない点で相違している」(審決書10頁3行目~15
行目)ことは、当事者間に争いがない。
(2) 相違点①について
引用例1(甲第3号証)は、原告の従業員による「カレンダ加工」と題す
る雑誌連載記事の一部であり、ロールカレンダーのロール構造等に関し、Z形4本
ロールカレンダー、傾斜Z形4本ロールカレンダー、S形4本ロールカレンダー、
5本ロールカレンダーについて解説した後に、「これから先、目的によってはさら
に6本、7本とロールを増して・・・マルチロールカレンダ化も考えられる」(9
5頁右欄11行目~13行目)との記載があるが、それ以上に、6本ロールカレン
ダーのロール構造等についての具体的な記載は全くない。また、引用例2(甲第4
号証)は、上記引用例1と同一の連載記事の別の一部であって、初期の2本ロール
カレンダーに存した問題点の解決策の一つとして、「ロールの本数を3本から4本
5本と増してゆく<多数ロールカレンダ方
式>」(101頁中欄8行目~10行目)が記載されているが、6本ロール
カレンダーについても、そのロール構造等についても記載は全くない。そうすると
引用例1、2のこれらの記載が、5本ロールカレンダーにロールを追加した6本ロ
ールカレンダーを示唆しているとしても、それぞれの具体的なロール構造を記載、
示唆したものということはできない。
他方、引用例2(甲第4号証)の図1(101頁)には、5本ロールカレ
ンダーだけでも、直立形、L形、F形、M形の各ロール構造が記載されており、引
用例4(甲第8号証)には、さらに5種類の別のロール構造の5本ロールカレンダ
ー(図面第6、第7図、第9~第11図)が記載されている。
そうすると、5本ロールカレンダーにロールを追加して6本ロールカレン
ダーとする場合に、その基となる5本ロールカレンダーとして、これらの多様なロ
ール構造の5本ロールカレンダーのうちからM形5本ロールカレンダーを選択する
こと、すなわち、M形5本ロールカレンダーにロールを1本追加すること自体が、
当業者にとって容易であって、何らの発明的工夫を要しないものと即断することは
できない。
のみならず、引用例2(甲第4号証)の図1(101頁)に、第1ロール
から水平右側、垂直下側、水平右側、垂直下側の順で後続のロールを配するM形5
本ロールカレンダーが、第1ロールから水平右側、垂直下側、水平右側の順で後続
のロールを配するZ形4本ロールカレンダーの発展形態であることが示されてお
り、また、引用例1(甲第3号証)に、「シーティング用Z形カレンダはバンクか
ら次のバンクまでの距離がすべて1/4円周で最も短いために,材料の温度低下が
少なく高速化に適している・・・などの利点も多い.」(93頁左欄25行目~3
1行目)、「わが国ではZ形にロールを1本追加したM形5本ロールカレン
ダ・・・が採用されている.この形式はバンクと次のバンクとの距離がすべて1/
4円周づつで最も短いので,無可塑塩化ビニル樹脂の透明度のよいフィルムや厚い
シート類の高速生産には最適である」(95頁左欄6行目~中欄6行目)との記載
があることに照らすと、M形5本ロールカレンダーは、Z形4本ロールカレンダー
の発展形態であって、「バンクから次のバンクまでの距離がすべて1/4円周で最
も短い」ことに伴う利点を継承していることが認められる。そして、両者の「バン
クから次のバンクまでの距離がすべて1/4円周」とする構成が、第1ロールから
水平右側、垂直下側の順を規則的に繰り返して後続のロールを配する両者のロール
構造によって実現されていることは明らかであるから、結局、M形5本ロールカレ
ンダーは、上記の水平右側、垂直下側の順を規則的に繰り返すべく、Z形4本ロー
ルカレンダーの第4ロールの垂直下側にロールを追加することによって、上記「バ
ンクから次のバンクまでの距離がすべて1/4円周で最も短い」ことに伴う利点を
継承したものであることはたやすく理解できる事柄である。
そうであれば、仮に、当業者において、M形5本ロールカレンダーにロー
ルを追加して6本ロールカレンダーとすることに想到したとしても、M形5本ロー
ルカレンダーがZ形4本ロールカレンダーの発展形態であること、両者のロール構
造の前示特徴及びその作用効果等に照らし、その追加するロールの位置としては、
前示水平右側、垂直下側の順を規則的に繰り返すことになる位置、すなわち、M形
5本ロールカレンダーの第5ロールの水平右側を選択するのが自然であるというべ
きである。引用例2(甲第4号証)に「このようにカレンダ成形の分野も多様化し
てきたので,カレンダの将来の発展の方向も一様ではない.・・・図2に示すよう
な将来のマルチロールカレンダや複合フィルム成形カレンダなど(筆者の構想)も
ありうる」(102頁中欄7行目~19行目)とした上、図2(102頁)に、
「将来のマルチロール高速カレンダーの構想」の1例として、第1ロールから水平
右側、垂直下側の順を規則的に繰り返して後続のロールを配する8本ロールカレン
ダーのロール構造が示されていることは上記の判断を裏付けるものというべきであ
る。
そうすると、そのようなM形5本ロールカレンダーのロール構造の技術的
特徴を排して、M形5本ロールカレンダーに追加するロールの位置としてその第5
ロールの下側を選択し、相違点①に係る本件第1発明の6本ロールカレンダーの構
成とすることは、当業者において容易に想到し得るものではないというべきであ
る。原告は、逆L形及びZ形4本ロールカレンダーがともに周知であったから、M
形5本ロールカレンダーに追加するロールを、その第5ロールの下側とすること又
はその横側とすることは、ともに当業者が容易に思いつく自然な選択であり、本件
第1発明のロール配置はこのうちの下側に配置することを選択したものにすぎない
と主張するが、前示のとおりであるから、この主張は採用の限りではない。
(3) 相違点②について
原告は、(a)第6ロールと引取りロールとの平行性を維持するために、ロー
ル軸交差装置は第5ロールに設けることが、また、第5、第6ロール間のみで間隙
を独立に調整するために、ロール間隙調整装置は第6ロールに設けることが望まし
いことが、当業者に周知の事柄であり、相違点②に係る本件第1発明の構成は、当
業者に自明な望ましい構成を特定しているにすぎないと主張し、さらに、(b)本件第
1発明の第1ロールと第2ロールを取り除いたL形又は逆L形の4本ロールカレン
ダーにおいて、第3ロールに軸交叉装置を設け、第4ロールに間隙調整装置を設け
ることは古くから慣用された技術であるとも主張する。
しかしながら、上記(b)の主張はもとより、(a)の主張も、結局は、相違点
①に係る本件第1発明の具体的なロール構造を前提とするものであることは明らか
である。すなわち、周知例1(甲第6号証)の第6図には、Z形4本ロールカレン
ダーの第4ロール(第3ロールの右側に配置された最終ロール)にロール間隙調節
装置、ロール軸交叉装置の両者が設けられ、かつ、同ロールからシートが巻き取ら
れることが示されているところ、仮にM形5本ロールカレンダーの第5ロールの右
側に第6ロールを配置する6本ロールカレンダーを想定したとすれば、前示のとお
り、それは、Z形4本ロールカレンダー及びその発展形態であるM形5本ロールカ
レンダーにおけるロール構造の前示技術的特徴を継承したものとなるから、直前の
ロールの右側に最終ロールを配した点で共通するZ形4本ロールカレンダーと同
様、最終ロールにロール間隙調節装置、ロール軸交叉装置の両者を設ける構成を選
択することが十分考えられるところである。そうすると、そのようなロール構造の
6本ロールカレンダーにおいては、ロール軸交差装置を第5ロールに、ロール間隙
調整装置を第6ロールにそれぞれ設けることが、当業者にとって自明な事柄である
ということはできない。
したがって、原告の上記各主張は、相違点①に係る本件第1発明の具体的
なロール構造を前提とするものであるところ、6本ロールカレンダーにおいて、当
業者が当該ロール構造を選択すること自体が容易といえないことは上記(2)のとおり
であるから、当該ロール構造を前提とする原告の上記主張も直ちに採用することは
できない。
(4) そうすると、仮に原告主張のとおり、本件第1発明の相違点③に係る構成
(各ロール周速を第一ロールから順次後方に行くに従って速くしたこと)自体が当
業者に周知であり、その効果(シートが順次、次のロールに巻き付く結果、最終ロ
ールからシートを引き取ることができること及びバンクの回転方向が交互に反対方
向になること)そのものが当業者にとって自明なものであるとしても、前示本件第
1発明の要旨に規定する構成要件の全体を備えた本件第1発明が、引用例1~3記
載の発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ
るとすることはできず、また、本件明細書(乙第1号証)の「発明の効果」欄(6
頁11行目~7頁8行目)に記載された効果が、上記構成を備える6本ロールカレ
ンダーの奏する効果として格別のものでないとすることもできない。
したがって、この点につき審決の判断に原告主張の誤りはない。
2 取消事由2(本件第1発明についての公知性判断の誤り)について
(1) 6298図面(甲第12号証)、6299図面(甲第13号証)、650
9図面(甲第16号証)、6516図面(甲第17号証)、6517図面(甲第1
8号証)、被告の図面台帳(甲第15号証)並びに審判における証人【C】に対す
る尋問調書(甲第14号証)、同【D】に対する尋問調書(甲第19号証)及び同
【E】に対する尋問調書(甲第22号証、後記採用しない部分を除く。)に、弁論
の全趣旨を併せ考えると、①被告においては、客先からの引合いをきっかけとし
て、昭和56年ころに、本件第1発明と同一のロール構造を有する6本ロールカレ
ンダーを考案して、同年9月にその計画図である6298図面及び6299図面を
作成し、その後、数件の客先にこの構造の6本ロールカレンダーを提案したことが
あったこと、②【E】は、台湾でロールカレンダーを使用した塩化ビニル加工品製
造会社を長年経営し、また、従来から被告と取引関係があって、被告の役員や設計
部長であった【C】らと懇意であったところ、【C】は、昭和58年又は59年こ
ろ台湾で【E】と会った際に、同人より、ドイツで視察した7本ロールカレンダー
について「うまくない」との評価を聞いたことから、被告において上記①の6本ロ
ールカレンダーの開発を計画していることを同人に話し、そのロール構造をその場
で図に描いて見せたところ、同人はそれに賛意を表し、関心を示したこと、③昭和
59年10月ころ、台湾を訪れた【C】は、【E】から、6本ロールカレンダーの
見積り依頼を受けたため、被告において、同年12月26日ころ、当該見積りのた
めの6509図面を作成し、昭和60年1月中旬ころ、台湾で、【C】が同図面を
【E】に示して当該見積りの下打合せを行ったこと、④さらに、昭和60年2月初
旬に、【E】が、【F】らを伴って被告を訪れ、被告担当者らと6509図面に基
づき詳細な見積りのための打合せを行ったが、その際、【E】は自ら作成した6本
ロールカレンダーの図面を持参したこと、⑤被告は、当該見積りに関し、昭和60
年3月中旬ころ、6516図面及び6517図面を作成し、これらも【E】に対し
提示又は交付されたこと、⑥なお、被告は【E】と上記6本ロールカレンダーにつ
き秘密保持契約の締結をしたり、同人に対し、これを秘密扱いすることを明示的に
求めることはしなかったこと、以上の事実を認めることができ、【E】に対する尋
問調書(甲第22号証)及び【F】に対する尋問調書(甲第23号証)の供述記載
中、これに反する部分は採用し難い。
(2) ところで、発明の内容が、発明者のために秘密を保つべき関係にある者に
知られたとしても、特許法29条1項1号にいう「公然知られた」には当たらない
が、この発明者のために秘密を保つべき関係は、法律上又は契約上秘密保持の義務
を課せられることによって生ずるほか、すでに昭和58~59年当時から、社会通
念上又は商慣習上、発明者側の特段の明示的な指示や要求がなくとも、秘密扱いと
することが暗黙のうちに求められ、かつ、期待される場合においても生ずるもので
あったというべきである。なぜなら、平成2年法律第66号による旧不正競争防止
法(昭和9年法律第14号)の改正前であるその当時においても、取引社会におい
て、他者の営業秘密を尊重することは、一般的にも当然のこととされており、まし
て、商取引の当事者間、その他一定の関係にある者相互においては、そのことがよ
り妥当するものであって、当時においても、他人の営業秘密の不正な取得、開示等
は不法行為を構成するものとされていたからであり、また、成約等に至る商談等の
過程が迅速に、かつ、流動的に推移することが少なくない商取引の実際において、
発明に関連した製品、技術等が商談等の対象となることになった都度、発明者側に
おいて、その発明につき秘密を保持すべきことをいちいち相手方に指示又は要求
し、相手方がそれを理解したことを確認するような過程を経なければ、当該発明に
関連した製品、技術等の具体的な内容を開示できないとすれば、取引の円滑迅速な
遂行を妨げ、当事者双方の利益にも反することになったからである。殊に生産機器
の分野において、その製造販売者と需要者とが新規に開発された技術を含む製品に
つき商談をする際には、当事者間において格別の秘密保持に関する合意又は明示的
な指示や要求がなくとも、需要者が当該新技術を第三者に開示しないことが暗黙の
うちに求められ、製造販売者もそうすることを期待し信頼して当該新技術を需要者
に開示することは、十分あり得ることであるから、このような場合には、需要者
は、社会通念上又は商慣習上、当該新技術につき製造販売者のために秘密を保つべ
き関係に立つものといわなければならない。
本件において、上記(1)の事実関係に照らせば、【E】が、【C】その他の
被告担当者から説明を受け、あるいは、提示又は交付を受けた6509図面、65
16図面及び6517図面に記載された6本ロールカレンダーが、被告において新
規に開発され、公然と知られてはいない技術を含む生産機器に当たるものであっ
て、かつ、【E】がそのことを認識理解する能力、経験を有していることは明らか
である。そして、同人と被告との関係から見て、同人は、我が国の社会通念上又は
商慣習上、当該6本ロールカレンダーの商談に際しては、被告側の明示的な指示や
要求がなくとも、これを秘密扱いとすることが暗黙のうちに求められていることを
理解しており、また、被告においても、【E】が上記能力、経験や秘密扱いについ
ての理解を有することを期待し信頼して、当該6本ロールカレンダーを開示したも
のと推認するのが相当である。
そうすると、【E】は、社会通念上又は商慣習上、被告側の特段の明示的
な指示や要求がなくとも、当該6本ロールカレンダーの技術内容につき被告のため
に秘密を保つべき関係にある者ということができるから、6509図面、6516
図面及び6517図面に記載された6本ロールカレンダーが本件第1発明の実施に
当たるとしても、本件第1発明が公然知られた状態となったものということはでき
ない。
なお、被告が昭和56年9月ころ以降、数件の客先に6本ロールカレンダ
ーの提案をしたことについての具体的な事実関係を明らかにする証拠はないが、仮
にそれが本件第1発明と同一のロール構造を有する6本ロールカレンダーの内容を
開示したものであったとしても、上記の認定及び判断に照らし、本件第1発明が公
然知られた状態となったものということはできない。
(3) 原告は、昭和60年2月6日に原告を訪れた【E】から、本件第1発明の
6本ロールカレンダーの内容を聞いたから、本件第1発明は公知になったとも主張
する。
しかしながら、仮に、昭和60年2月6日に【E】が原告を訪れ、6本ロ
ールカレンダーについて説明をした事実が存在するとしても、同人の説明の具体的
な内容を明らかにする証拠はないから、同人が、前示構成をすべて備えた本件第1
発明の内容を原告の担当者らに開示したものと直ちに認めることはできず、したが
って、本件第1発明が公然知られた状態となったものと断定することはできない。
なお、原告は、【E】の要求を受けて、同年3月以降に、ロール配置、ロ
ール軸交差装置及びロール間隙調整装置の設置位置が本件第1発明と同一である6
本ロールカレンダーが記載された原告図面(甲第24号証の1)を同人に送付した
とも主張するが、他方において、原告図面が【E】のした説明とは無関係に作成さ
れたものであるとも主張しており、原告図面の記載から【E】の説明内容を推認す
ることはできない。また、仮に、原告図面に本件第1発明と同一の発明が記載され
ているとしても、【E】が、社会通念上又は商慣習上、原告図面に記載された6本
ロールカレンダーの技術内容につき原告のために秘密を保つべき関係にある者に当
たることは、前示したところと同様であるから、原告が原告図面を同人に送付した
ことによって、本件第1発明が公然知られた状態となったものということもできな
い。
(4) したがって、本件第1発明が本件特許出願前に日本国内において公然知ら
れた発明であるということはできないとした審決の判断に原告主張の誤りはない。
3 取消事由3(本件第2発明についての進歩性及び公知性判断の誤り)につい
て
「本件第2発明は、・・・本件第1発明を普通に使用する方法である」(審
決書40頁2行目~3行目)ことは当事者間に争いがない。
そして、原告は、本件第1発明についてと同一の理由により、本件第2発明
も当業者において容易に想到することができたものであり、また、本件出願前に公
然知られたものであると主張するが、本件第1発明が、当業者において容易に想到
することができたものであり、あるいは、本件出願前に公然知られたものであると
いえないことは、前示のとおりであるから、原告の上記主張は理由がなく、本件第
2発明についての審決の判断に誤りはない。
4 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決
を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴
訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 石 原 直 樹
裁判官 宮 坂 昌 利
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