平成12(ネ)1617民事訴訟 著作権
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成12年12月25日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
著作権
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キーワード |
侵害19回 損害賠償1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成一二年(ネ)第一六一七号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成
一〇年(ワ)第五八八七号)(平成一二年一一月一五日口頭弁論終結)
判 決
控訴人 株式会社ラインブックス
右代表者代表取締役 【A】
控訴人 【A】
右両名訴訟代理人弁護士 箕 輪 正 美
同 瀬 野 真 志
同 下 嶋 崇
被控訴人 【B】
右訴訟代理人弁護士 田 中 克 郎
同 遠 山 友 寛
同 升 本 喜 郎
同 五 十 嵐 敦
同 加 畑 直 之
同 渡 辺 伸 行
主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 事案の概要
本件の事案の概要、争いのない事実、争点及び争点に関する当事者の主張
は、次のとおり、当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実及び
理由」欄の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人らの主張
1 プライバシー権の侵害について
原判決は、本件書籍に、被控訴人の出生時の状況、身体的特徴、家族構
成、性格、学業成績、教諭の評価等、被控訴人がプロサッカー選手になる以前の事
柄であって、サッカー競技に直接関係しない事実を掲載する行為は、同人のプライ
バシー権を侵害する旨判示しているが、プライバシー権の制約される範囲につい
て、プロスポーツ選手と国会議員等とを区別し、その違いを強調している点は誤り
である。書籍出版行為を含む表現の自由は、民主政治の基盤を成すとともに、自由
な情報流通を確保し個人の人格形成に寄与するがゆえに憲法上優越的地位を有する
権利とされている。被控訴人は、プロサッカー選手として、公衆に夢や希望を与
え、その生き方や考え方まで強い影響を与えており、公衆の強い関心の対象となっ
ているのであるから、そのプライバシー権は、国民の知る権利の観点からも、国会
議員等の場合と同様、一般私人に比べてより広く制約を受けるというべきである。
また、本件書籍のように著名人の半生を描いた伝記本は、その地位、名声
等を獲得するまでの経過やその人物像、生き方、考え方等を表現し、これを広く一
般人に伝えることを目的とするため、当該著名人の業績結果のみならず、その業績
に直接関係ない私生活上の事実が執筆対象として不可欠となる。しかし、これまで
伝記本の出版がプライバシーとの関係で問題となったことは皆無であり、それは、
著名人については、私生活上の事実であってもその公表は許されるべきであると一
般に認識されてきたからにほかならない。原判決の考え方によれば、本人の同意を
得ずに書かれることが多い伝記本は存在し得ないことになってしまう。
しかも、本件書籍の内容は、被控訴人がプロサッカー選手になる以前の事
柄で、サッカー競技と直接関係がない事実であっても、犯罪歴や特殊な家庭環境、
身体的な欠陥、特異な性癖など特に私事性が強い事柄の記述や被控訴人の私生活上
の平穏を害するような記述は一切ない。そうすると、本件書籍中の各記述は、一般
人の感性を基準として公開を欲しない事柄には属さないから、本件書籍を出版する
行為は、被控訴人のプライバシー権を侵害するものではない。
さらに、原判決が、被控訴人がプロサッカー選手になる以前の事柄であっ
て、サッカー競技に直接関係しないと判断した事実も、本件書籍を通じて表現され
るプロサッカー選手【B】の重要な構成要素である同人の身体能力、精神力、技術
力、判断力そしてサッカーに対する姿勢、信念等に関連する事項であるから、被控
訴人のプライバシー権を侵害するものではない。すなわち、出生時の状況(本件書
籍一一頁等)、身体的特徴(同二二頁等)、体力診断テストの結果(同三三頁等)
等については、被控訴人の身体能力、技術力に関連し、学業成績(同五五頁等)、
得意・不得意科目(同六四頁)、受験勉強の状況(同六〇頁等)及び記憶力・集中
力の程度(同六六頁等)等については、被控訴人の精神力、判断力に関連し、父親
の性格(同一四頁等)、家庭の教育方針(同一四頁等)、被控訴人の発言内容(同
二七頁等)及び本件詩(同六五頁)については、被控訴人のサッカーに対する姿
勢、信念にそれぞれ関連する。
2 著作権(複製権)の侵害について
本件書籍に本件詩の全文を掲載する行為が、著作権法三二条一項の「引用」に
は該当せず、著作権(複製権)の侵害に当たるとした原判決の判断は誤りである。
本件書籍が表現し、読者に伝えようとしている事柄の一つに、被控訴人の強い精神
力、確固たる信念がある。例えば、小学校時代に被控訴人が所属していたサッカー
スポーツ少年団の指導者が語った「結構、雨の強い日なんか『ああ、今日は練習も
ないから、ゆっくり寝られるわ』と思うんですが、そんなときに限って、必ず
【B】の顔が頭に浮かんでくるんですよ。なぜかというと、【B】っていう男は、
どんなに雨が降ろうが、風が吹こうが、必ずグラウンドに来て練習してましたから
ね」(本件書籍二一頁)とのエピソードや、中学校時代の担任が語った「『学区外
の学校に行く。それには多少、普通の受験生よりいい点を取らないと入れないと思
うんです。それにサッカーで行こうと思えば韮崎高校に行けると思うけれども、ぼ
くはサッカーで入ったといわれるのがいやだから、絶対に勉強します』担任の
【C】先生に、そう宣言したという」(同六四頁)などのエピソードは、強い信念
の下、目標に向かって行動する被控訴人の姿が表現されている。そして、本件詩の
掲載頁の下部に「強い信念を感じさせる」とのコメントが付されていること、被控
訴人の精神力や信念を記述した本文に対し、本件詩の占める割合が一頁にすぎない
ことなどに照らすと、本件詩が、原告の強い精神力や信念について記述した本文の
内容を補足し裏付けるものとして掲載されたものであることは明らかであり、本文
と本件詩の主従関係は、本文が主、本件詩が従である。
したがって、本件詩の掲載は著作権法三二条一項の「引用」に当たるから、控
訴人らが本件詩を本件書籍に掲載した行為は、著作権(複製権)の侵害には当たら
ない。
二 被控訴人の主張
1 プライバシー権の侵害について
著名人であっても、みだりに私生活へ侵入されたり、他人に知られたくな
い私生活上の事実を公開されたりしない権利を有しているのであるから、被控訴人
がプロサッカー選手であるからといって、直ちにプライバシー権に対する広い制約
が許容されるものではない。国会議員等の公職者の場合にあっては、民主政治の基
盤を成す国民の判断の前提となる情報の開示が問題となるのに対し、本件は、私人
たる一サッカー選手に関する情報の開示にすぎないから、両者を区別する原判決の
判断は、表現の自由や国民の知る権利に対する十分な配慮に出たものにほかならな
い。
また、控訴人ら主張のように、プライバシー権の保護の対象が、犯罪歴や
特殊な家庭環境、身体的な欠陥、特異な性癖など特に私事性が強く、当人の社会的
評価を低下させるような事実に限定されるものとすれば、プライバシー権の保護は
無意味となるが、そうであるとしても、原判決がプライバシー権の侵害を認めた公
表事実は、いずれも私事性、秘匿性の高い事実に属するというべきである。
さらに、控訴人らは、原判決がサッカー競技と直接関係がないとした事実
も、プロサッカー選手【B】の重要な構成要素である同人の身体能力等に関連する
事項であるとして、プライバシー権の侵害を否定する。しかし、プロサッカー選手
としての個人も、すべてその私的生活の上に成り立っており、私生活上の事柄は、
ある意味で、すべてプロサッカー選手としての身体能力、精神力、技術力、判断
力、サッカーに対する姿勢、信念等に関連する事項であるということができるか
ら、控訴人らの見解に従えば、サッカー選手のプライバシー権を保護する余地がほ
とんどなくなるという不当な結果を招くことは明らかである。
2 著作権(複製権)の侵害について
控訴人らが主張する被控訴人の強い精神力や信念についての言及は本件書籍の
本文中には一切見られない上、本件詩は被控訴人自筆の原文がそのまま複製されて
いることからすれば、本件詩は、それ自体鑑賞性を持ったものとして独立してお
り、本件詩が主、本文が従の関係にあるというべきである。
第三 当裁判所の判断
当裁判所も、被控訴人の控訴人らに対する請求は、原判決が認容した限度で
理由があると判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決
「事実及び理由」欄の第三の二「争点2(プライバシー権の侵害)について」、同
四「争点4(複製権の侵害)について」及び同五「争点5(損害の額)について」
のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の訂正
1 原判決五七頁一〇行目の「本部分」を「本文部分」に改める。
2 同五八頁五行目の「右三」を「右二」に改める。
二 控訴人らの当審における主張について
1 プライバシー権の侵害について
控訴人らは、表現の自由が民主政治の基盤を成す権利であることから、公
衆の強い関心の対象となっているプロサッカー選手である被控訴人のプライバシー
権は、国民の知る権利の観点からも、国会議員等の場合と同様、広くその制約を受
ける旨主張する。確かに、表現の自由は民主主義社会において極めて重要な意義を
持ち、民主政治の基盤を成すものであるが、その保護の観点から、どの程度、範囲
において個人にプライバシー権の制約を受忍させることを正当化することができる
かを考えた場合に、被控訴人のようにプロサッカー選手として公衆の関心の対象と
なっている個人に関する情報を公表する行為と、国会議員等の公職者やこれらの候
補者に関する情報のように、国民の政治的意思決定の前提となる情報を公開する行
為とを同列に論ずることはできないのであって、控訴人らの右主張は失当というほ
かはない。
次に、控訴人らは、著名人の伝記本においては、その業績に直接関係ない
私生活上の事実の公表も許されるべきであると一般に認識されている旨主張する。
しかし、証拠(甲五ないし一七、乙六、七。枝番を含む。)によれば、本件書籍以
外にも、プロサッカー選手の半生やその考え方等を紹介した書籍が多数出版されて
いるが、その大部分は、当該選手がインタビューに答えたり、自身の文章を載せる
などしてその出版に協力しているものであること、例外的に本人の承諾なく出版販
売が企画された「ミスターJリーグ武田修宏」と題する書籍(乙七)については、
当該選手からパブリシティ権に基づいて書籍の出版販売頒布の禁止等を求める仮処
分が申し立てられた(もっとも、右申立ては被保全権利の疎明を欠くとして却下さ
れた。)ことが認められる。右事実に照らすと、本人の同意を得ることなく、プロ
サッカー選手の私生活上の事実を公表する伝記本の出版をすることが、社会通念上
一般に許容されているとは到底いうことはできない。
また、控訴人らは、本件書籍には、犯罪歴や特殊な家庭環境、身体的な欠
陥、特異な性癖等の私事性の強い事柄に関する記述はないから、プロサッカー選手
になる以前の事柄で、サッカー競技に直接関係のない事実であっても、一般人の感
性を基準として公開を欲しない事柄ではない旨主張する。しかし、本件書籍には、
被控訴人の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等
に関する記述が含まれていることは前示(原判決三七頁二行目から末行まで)のと
おりであり、その内容が、控訴人らの例示する犯罪歴等を含む記述ではないとして
も、私事性の強い被控訴人の私生活上の事実であることに変わりはなく、一般人の
感性を基準として公開を欲しない事柄に属するというべきである。
さらに、控訴人らは、原判決がサッカー競技と直接関係がないとした事実も、プ
ロサッカー選手【B】の重要な構成要素である同人の身体能力、精神力、技術力、
判断力そしてサッカーに対する姿勢、信念等に関連する事項であるから、プライバ
シー権を侵害するものではない旨主張する。しかし、プロサッカー選手としての個
人が同時に私生活を営む一私人でもある以上、選手としての身体能力、精神力、技
術力、判断力等の要素は、同人のすべての身体的、人格的な側面と関連するから、
このような事項を公表してもプライバシー権の侵害は成立しないものとすれば、事
実上プロサッカー選手には保護されるべきプライバシー権がないというに等しいこ
ととなるが、そのような広範なプライバシー権の制約を受忍させるべき合理的な根
拠は見いだせない。
以上のとおり、プライバシー権の侵害に関する当審における控訴人らの主張はい
ずれも理由がない。
2 著作権(複製権)の侵害について
控訴人らは、本件詩は、被控訴人の強い精神力や信念について記述した本文の内
容を補足し裏付けるものとして掲載されており、本文に対して従の関係にあるか
ら、著作権法三二条一項の「引用」に当たる旨主張する。
確かに、本件詩の掲載頁の下部に「中学の文集で【B】が書いた詩。強い信念を
感じさせる。」とのコメントが記載されており、また、証拠(甲一)によれば、本
件書籍には、被控訴人の強い精神力、信念を印象付ける記述が多く存在し、その全
体の基調の一つともなっていることは認められるが、本件詩については、被控訴人
の自筆による原稿が写真製版によりその全文をそのまま複写する形で掲載されてい
ること、本件書籍の本文中に本件詩について直接言及した記述が一切見られないこ
と等の前示の認定(原判決五四頁一行目から七行目まで)をも考慮すると、右のよ
うな事実から、本文と本件詩の主従関係において、前者が主、後者が従と認めるこ
とはできない。
そうすると、本件詩の掲載が著作権法三二条一項にいう「引用」に当たるという
ことはできず、被控訴人の著作権(複製権)を侵害するというべきである。
三 結論
以上のとおり、原判決は相当であって、控訴人らの本件控訴は理由がないから
これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法六七条一項本文、六
一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第一三民事部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 石 原 直 樹
裁判官 宮 坂 昌 利
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