平成12(行ケ)29行政訴訟 特許権
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成12年12月5日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法36条3項1回 民事訴訟法61条1回
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キーワード |
審決15回 実施7回 優先権1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成12年(行ケ)第29号 審決取消請求事件
平成12年11月21日口頭弁論終結
判 決
原告 ドイチェ・トムソン-ブラント・ゲゼルシャフ
ト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング
代表者 【A】
訴訟代理人弁護士 加 藤 義 明
同 弁理士 【B】
被告 特許庁長官 【C】
指定代理人 【D】
同 【E】
同 【F】
同 【G】
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成10年審判第17927号事件について平成11年9月6日に
した審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文1、2項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1987年9月30日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に
基づく優先権を主張して、昭和63年9月28日に発明の名称を「記録担体用の導
入及び導出装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(特
願昭63-241197号)をしたところ、平成10年7月24日に拒絶査定を受
けたので、同年11月16日に拒絶査定不服の審判を請求した。
特許庁は、同請求を平成10年審判第17927号事件として審理した結
果、平成11年9月6日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、
その謄本を同月22日に原告に送達した。なお、出訴期間として90日が付加され
た。
2 本願発明の特許請求の範囲(別紙図面参照)
(1) 請求項1
定置部分(1)及び引出し部分(2)を備えた、記録担体用の導入及び導
出装置において、引出し部分(2)に、定置部分(1)に取付られたスイッチ
(5)を操作するための第1の突起(3)及び第2の突起(4)が設けられてお
り、さらに引出し部分(2)の導入及び導出が複数の工程を含んでおり、これらの
工程の順序がスイッチ(5)の切換え状態の順序によって制御されるようになって
いることを特徴とする記録担体用の導入及び導出装置。
(2) 請求項7
スイッチ(5)の切換状態が、引出し部分(2)の導入及び導出を制御す
るマイクロプロセッサによって評価される請求項1から6までのいずれか1項記載
の導入及び導出装置。
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおり、本願発明に係る明細書及び図面(以下、
これらをまとめて「本願明細書」という。)は、特許法36条3項、4項(出願時
の条文による。)に規定する要件を満たしていないと認定判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由1(手続の経緯、本願発明の認定)、2(原査定の理由)は認め
る。同3(当審の判断)は、4頁6行~13行、5頁17行(「手動押し込み」か
ら)~6頁3行、6頁12行~20行(「なく、」まで)、7頁11行~15行、
9頁2行(「明」から)~10頁15行、及び、11頁15行~12頁9行を争
い、その余は認める。同4(むすび)は争う。
審決は、本願明細書の発明の詳細な説明の実施例の構成を誤認し、特許請求
の範囲請求項7記載の用語の意味を誤認したものであって、これらの誤りが審決の
結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきであ
る。
1 発明の詳細な説明について
(1) 審決は、「導出はどのように行うと出来るのかの記載がない。」(4頁6
行)と認定した。
しかし、本願明細書(甲第4号証)には、「使用者が別のCDをセットし
ようとする際には、引出し部分2は、第1の突起3がスイッチ5を閉じるまで引出
される。」(4頁17行~18行)と記載されているから、導出の開始は、使用者
が導入及び導出装置に対して直接何らかの命令を与えることによって実現されるも
のであることは明白である。
本願明細書の上記記載及び「引出した状態を示す第1図では、スイッチ5
が第1の突起3によって閉じられている。引出し部分2を手によって押込むことに
よって、第1の突起3がスイッチ5を解放し、従ってスイッチは開かれる。スイッ
チ5が開かれるとすぐに、引出し部材2は自動的に引込まれ、同時に沈められ、こ
のことによって挿入されたカセットはCD(コンパクト・ディスク)のためのプレ
ーヤーと結合される。導入のこのような段階が第2図に示されている。今や引出し
部分2は、第2の突起4がスイッチ5を閉じるまでの間引込まれる。導入のこの段
階が第3図に示されている。続いて引出し部分2は、第2の突起4がスイッチ5を
解放して再びスイッチを開くまで引出される。第4図に示されたこの状態で、CD
が演奏される。」(4頁7行~16行)という記載から明らかなように、導入及び
導出装置は、引出し部分2がスイッチ5の開閉によって引き込まれ、引き出され、
停止されるという機能を奏するための構成を含むのであるから、導入及び導出装置
には、引出し部分2を引き込み、引き出すための電気的な駆動部が備えられている
ことが自明の前提となっている。
それゆえ、使用者が引出し部分2を引き出して導出させるために導入及び
導出装置に対して与える命令とは、究極的にはこの電気的な駆動部に与える命令の
ことでしかなく、この場合に、この命令を与える方法としては、既存のスイッチ5
を操作するか、もしくはスイッチ5とは別の入力手段を操作するかのどちらかでし
かないことも技術上明白である。
そして、スイッチ5を採用する場合、例えば、本願明細書の第4図におい
て、引出し部分2を手によって押し込み、その後、手を離すという順序で、スイッ
チ5を閉-開と操作することで、引出し部分2が引き出されるようにマイクロプロ
セッサのプログラムを設計すればよいだけのことであるから、これも設計的事項に
すぎない。
したがって、当業者の技術常識をもって本願明細書の前記記載を解釈すれ
ば、前記「導出」は、使用者がスイッチ5もしくは別の入力手段を操作することで
電気的な駆動部に導出命令を与えることにより開始されるものであることは明白で
ある。
(2) 審決は、「導入開始と導出要求についてマイクロプロセッサは、なにを検
出もしくは何の信号がマイクロプロセッサに入力されると導入開始・導出要求の判
断をするのかの記載がない。」(4頁7行~10行)、「さらに導入開始と導出要
求を検出すると、マイクロプロセッサはスイッチ5の開・閉を検出することで、何
に対してどのような制御を与えるのかの記載もない。」(4頁10行~13行)、
「手動押し込みがされたことで、マイクロプロセッサはどのような検出信号・入力
信号に基づいて導入開始と判断するのかが説明されていない。」(5頁17行~2
0行)と認定した。
しかし、本願明細書には、「スイッチ5の切換え状態の順序において、引
出し部分2がどの段階にあるかが明白に判るので、CDをセットされたカセットの
導入及び導出はマイクロプロセッサによって簡単な形式で制御される。」(4頁1
9行~21行)と記載されており、特許請求の範囲の請求項2には、「かつ引出し
部分(2)の導入及び導出が複数の工程を含んでおり、これらの工程の順序がスイ
ッチ(5)の切換え状態の順序によってマイクロプロセッサによって制御されるよ
うになっている」と記載されているのであるから、マイクロプロセッサには当然に
スイッチ5の切換え状態が常に入力されていて、マイクロプロセッサは、スイッチ
5の切換え状態が変化した際に、スイッチ5の切換え状態の順序をその都度認識し
て、引出し部分2が現在どの段階にあるかを判断し、それに応じて、引出し部分2
を引込み及び引出すための電気的な駆動部に引込み命令及び引出し命令を与えるこ
とができることは、本願明細書の記載内容から明白である。
(3) 審決は、「さらにスイッチ5の最初の開閉動作(閉から開)を検出するの
みで、なぜ導入開始と判断し送り込みの方向に制御し得るのかも説明されていな
い。」(5頁20行~6頁3行)と認定した。
しかし、マイクロプロセッサの中央処理装置は、算術演算や論理演算を行
う演算部(ALU)と、プログラムの命令を解読したり、チップ間の信号のやり取
りを制御する制御部と、データを一時貯えたりするレジスタ群とからなるものであ
って、入出力装置(I/O)の1つの入力部分を構成するスイッチ5から「開」又
は「閉」のデータが入力されれば、このデータとレジスタ群に貯えられた過去の
「開」又は「閉」のデータとから、所定の論理演算によりスイッチ5の切換え状態
の順序を特定することはもはや簡単なことである。しかも、前記のとおり、スイッ
チ5の切換え状態の順序に対して引出し部分2の導入及び導出の各段階が1対1で
対応している以上、前記(1)で述べた本願明細書4頁7行~18行の記載に係る制御
を実現することは可能であり、また、そのようにマイクロプロセッサを適宜動作さ
せることは、設計的事項である。
(4) 審決は、「導出についても・・・特に演奏終了後の導出要求と演奏途中で
の導出要求についての説明がされていなく、」(6頁12行~20行)と認定し
た。
しかし、導出要求は、使用者の意思に由来するものであるから、CDの演
奏とは全く無関係であることはいうまでもない。
2 特許請求の範囲請求項7について
審決は、「請求項7の『スイッチ(5)の切換え状態が、引出し部分(2)
の導入及び導出を制御するマイクロプロセッサによって評価される』という記載の
『評価』という用語自体の技術的意味が不明であり、かつ、上記B.2の判断の②
で指摘したとおりスイッチ(5)の切換状態が、引き出し部分(2)の導入及び導
出を制御するマイクロプロセッサによってどのような評価をされることで、どのよ
うに導入開始・導出要求をマイクロプロセッサが判断・制御するのかの技術的な裏
付け説明が明細書及び図面に記載されていない請求項の構成記載であって、原審が
拒絶理由で指摘したとおり『切換状態が・・・・評価される』とはどのような技術
的事項すなわち発明の構成を表現しているのかが、なおかつ不明である。」(11
頁15行~12頁9行)と認定した。
しかし、前記(2)のとおり、マイクロプロセッサにはスイッチ5の切換え状態
が常に入力されていて、マイクロプロセッサは、スイッチ5の切換え状態が変化し
た際に、スイッチ5の切換え状態の順序をその都度認識して、引出し部分2が現在
どの段階にあるかを判断し、各段階に応じて、引出し部分2の導入及び導出の工程
を実行させているのであるから、請求項7記載の「評価」とは、マイクロプロセッ
サが、引出し部分2の導入及び導出を制御するために、スイッチ5の切換え状態の
順序から引出し部分2が導入及び導出のどの段階にあるかを把握することを目的と
したスイッチ5の切換え状態の評価にほかならない。
したがって、請求項7のマイクロプロセッサによる「評価」の技術的意義
が、スイッチ5の切換え状態が変化した際に、スイッチ5が開又は閉のどちらに変
化したかを確認することであることは明白である。
第4 被告の反論の要点
1 発明の詳細な説明について
(1) 「電気的な駆動部に与える命令」について
ア 原告は、導入及び導出装置には、引出し部分2を引き込み、引き出すた
めの電気的な駆動部が備えられていることが自明の前提となっていると主張する。
しかし、本願明細書には、そのような構成はまったく説明・図示されておらず、
「電気的な駆動部」の構成は、本訴の準備書面で初めて説明された事項である。
「電気的な駆動部」の構成が「自明」であるためには、引出し部分2を
引き込み、引き出すための「電気的な駆動部」の構成が、本願発明の引出し部分2
の動作とスイッチとの関連において、当業者の誰もが一義的に理解し得る程度に周
知の構成でなければならない。ところが、そのような周知性の根拠は示されていな
い。
イ また、原告主張に係る、電気的な駆動部に与える「命令」については、
本願明細書に、その構成が、十分に記載されていない。しかも、一般に、電気的な
駆動部に与える「命令」とは、電気的な駆動部の構成と密接した関係を有する「命
令」となるものであるのに、電気的な駆動部の構成が不明であるから、どのような
命令を与えるのかも、結局不明である。
ウ 原告は、「命令」が、本願明細書で十分に説明されているかのように主
張をし、これを根拠に「この場合に、この命令を与える方法としては、既存のスイ
ッチ5を操作するか、もしくはスイッチ5とは別の入力手段を操作する」と主張す
る。しかし、この主張は、本訴の準備書面で初めて説明された新規の事項を基にし
た主張であって、認めることはできない。
しかも、「既存のスイッチ5を操作する」との点については、例えば、
演奏終了後若しくは演奏途中で引出し部分2を引き出すために、誰若しくは何が
「スイッチ5」をどのように操作すると引き出されるのかの記載がない。
また、「別の入力手段」は、本願明細書には全く記載されていない新規
事項である。
(2) 原告は、マイクロプロセッサには当然にスイッチ5の切替え状態が常に入
力されていて、スイッチ5の切り替え状態の順序をその都度認識して、引出し部分
2が現在どの段階にあるかを判断し、各段階に応じて、引出し部分2の導入・導出
の工程を実行させるものであることは明らかであると主張する。
しかし、原告の説明においては、本願明細書の「引出し部材2は自動的に
引込まれ、同時に沈められ」(4頁10行)との記載の「沈められ」るという工程
が、どの過程に存在する工程なのかが不明であり、また、「閉」、「開」は、第1
の突起(3)と第2の突起(4)のいずれでも生じ得るにもかかわらず、その
「閉」、「開」がいずれの突起で生じたものであり、その判別はどのように行うの
かが説明されていない。これでは、導入要求から導入完了まで/演奏開始から終了
まで/演奏終了後の又は強制による導出要求から導出完了まで/の各工程のいずれ
についても、当業者が容易に実施することは不可能である。
(3) マイクロプロセッサは、プログラムの命令があって初めて行う動作が特定
できるものであり、レジスタに過去のデータを蓄えるか否かもプログラムの命令で
決定しなければならない。したがって、本願発明のようなCD等の引出し部分2の
導入及び導出装置にあっては、導入及び導出のための装置構成と、それに対応した
プログラムの命令が説明されて初めて、その構成及び方法が特定されるものであ
る。
しかし、原告の主張する「入出力装置(I/O)」は、本訴の準備書面で
初めて説明されたもので、本願明細書には記載がない。また、レジスタ群に過去の
「開」又は「閉」のデータを貯えるということも、本訴の準備書面で初めて説明さ
れた事項である。
(4) 本願発明が「記録坦体用の導入及び導出装置」及びその「方法」の発明で
ある以上、使用者は、その意思に基づいて、装置に対してどのような手段でどのよ
うに導出要求を行うのかという点と、その導出要求がされたときに、引出し部分2
は、どのような構成と動作に基づき引き出されるかについてのプログラムの命令
と、引出し部分2及び各スイッチの動作とが、本願明細書に当業者が容易に実施し
得る程度に記載されていなければならない。ところが、本願明細書には、これが記
載されていないのである。
2 特許請求の範囲請求項7について
請求項7の「評価」という用語は、本願明細書の他の箇所には記載がなく、
同請求項でのみ用いられている用語であって、この用語がどのような技術的意味を
表現するのか不明である。
第5 当裁判所の判断
1 発明の詳細な説明について
(1) 甲第3、第4号証によれば、本願明細書には、①「本発明の課題は、高い
技術的な費用をかけずに、しかも簡単な手段によって確実な運転が保証されている
ような導入及び導出装置を提供することである。更に本発明の課題は、この導入及
び導出装置で引出し部分を導入及び導出する方法を提出することである。」(3頁
20行~23行)、②「引出し部分2を手によって押込むことによって、第1の突
起3がスイッチ5を解放し、従ってスイッチは開かれる。スイッチ5が開かれると
すぐに、引出し部材2は自動的に引込まれ、同時に沈められ、このことによって挿
入されたカセットはCD(コンパクト・ディスク)のためのプレーヤーと結合され
る。導入のこのような段階が第2図に示されている。今や引出し部分2は、第2の
突起4がスイッチ5を閉じるまでの間引込まれる。導入のこの段階が第3図に示さ
れている。続いて引出し部分2は、第2の突起4がスイッチ5を解放して再びスイ
ッチを開くまで引出される。第4図に示されたこの状態で、CDが演奏される。」
(4頁8行~16行)、③「使用者が別のCDをセットしようとする際には、引出
し部分2は、第1の突起3がスイッチ5を閉じるまで引き出される。
B」(4頁17行~18行)、④「スイッチ5の切換え状態の順序において、引出し
部分2がどの段階にあるかが明白に判るので、CDをセットされたカセットの導入
及び導出はマイクロプロセッサによって簡単な形式で制御される。光電装置のため
のたとえばフォトダイオード及びフォトセンサのような高価な部品及び光電装置の
給電は必要でない。これらの代わりに、スイッチとして使用される簡単かつ任意に
製造されるばね接点で十分である。」(4頁19行~24行)との記載とともに別
紙図面第1ないし第4図として示すとおりの図面が図示されていることが認められ
る。
(2) 上記①、④の記載によれば、本願発明の「導入及び導出する方法」は、
「スイッチ5の切換状態の順序に」よりなされるものであることが認められる。そ
して、甲第3、第4号証によれば、本願明細書には、「スイッチ5の切換状態の順
序」による「導入及び導出する方法」について、上記②、③のとおり、突起3、4
によるスイッチ5の「開」「閉」によって「導入及び導出装置」の動作が制御され
るとの記載があるのみであって、それ以外の「入力手段」によってその動作が制御
される記載はないことが認められる。
このように、「導出」に関して、本願明細書に記載されているのは、上記
③のみである。すなわち、本願明細書には、引出し部分2の引出し工程がどのよう
な原因により開始されるかは記載されていないし、また、導出の当該工程の開始と
スイッチ5の「開」、「閉」が、関係があるのか否か、仮にあるとして、それはど
ういう関係なのかも記載されていない。
そうである以上、本願明細書の発明の詳細な説明には、「導出」につい
て、当業者がその実施をすることができる程度に発明が記載されているということ
はできないというべきである。
(3) 原告は、「導出」は、使用者がスイッチ5若しくは別の入力手段を操作す
ることで電気的な駆動部に導出命令を与えることにより開始されるものであり、ス
イッチ5を採用する場合、例えば、本願明細書の第4図において、引出し部分2を
手によって押し込み、その後、手を離して、スイッチ5を閉-開と操作すること
で、引出し部分2が引き出されるようにマイクロプロセッサのプログラムを設計す
ればよいだけのことであるから、設計的事項にすぎないと主張する。
しかし、「導出」について、本願明細書に記載されているのは前記③のみ
であるから、原告主張に係る構成(すなわち、「引出し部分2を手によって押し込
み、その後、手を離して、スイッチ5を閉-開と操作することで、引出し部分2が
引き出されるようにマイクロプロセッサのプログラムを設計する」、あるいは「別
の入力手段を操作することで電気的な駆動部に導出命令を与える」こと)が、当業
者がその実施をすることができる程度に本願明細書に記載されているというために
は、当業者が、本願明細書の記載から、上記構成を当然のこととして理解し得るも
のでなければならない。ところが、本件全証拠によっても、これを認めることはで
きない。原告の主張は、結局、本願明細書に開示されていない「導出」の問題の解
決手段を、新たに開示しているにすぎないものといわざるを得ない。
なお、原告主張に係る構成のうち、「引出し部分2を手によって押し込
み、その後、手を離して、スイッチ5を閉-開と操作することで、引出し部分2が
引き出されるようにマイクロプロセッサのプログラムを設計する」ことについて
は、原告の主張によっても、当業者がその実施をすることができる程度のものとい
うことはできない。すなわち、本願明細書の第3図からすれば、手による押込みに
よってスイッチ5を「閉」にし、更に押し込んで「開」にすることができるものと
は認められないのに、なぜ、「手を離」したときに「スイッチ5を閉-開と操作す
る」ことができるのかは、明らかではないからである。のみならず、このとき、C
Dは、沈められてプレーヤーと結合されているのであるから、仮に何らかの方法で
引出し操作が行われるとすると、CDは「沈められてプレーヤーと結合されてい
る」状態のまま引き出すことができるのか、そうでないとすれば、上記結合と引出
し操作の関係がどうなるのかも不明であるし、そのときスイッチ5の「開」「閉」
の状態はどのようになっているのかも不明だからである。
また、上記「別の入力手段を操作することで電気的な駆動部に導出命令を
与える」ことについては、「別の入力手段」がいかなるものかは不明であり、か
つ、その入力手段を用いて具体的にどのようにするのかも、本願明細書に開示され
ていないから、これまた、原告の主張によっても、当業者がその実施をすることが
できる程度のものということはできない。
2 特許請求の範囲請求項7について
請求項7の記載からすれば、「評価」の主体は「マイクロプロセッサー」で
あり、「評価」の客体は「スイッチの切換状態」である。そして、「スイッチ
(5)の切換状態」は「開」と「閉」だけであるから、「マイクロプロセッサー」
が、スイッチ(5)の「開」ないし「閉」を「評価」することとなる。
甲第4号証によれば、特許請求の範囲請求項7の「評価」という用語につい
ては、本願明細書には、その技術的意義を説明する記載がなく、また、本願明細書
の他の箇所には使われていないため、他の箇所の記載からその意義を認定すること
もできないことが認められるから、上記「評価」の用語は、一般的な用法によって
解釈するほかはない。一般的な用語として、「評価」とは、「①品物の価格を定め
ること。また評定した価格。②善悪・美醜などの価値を判じ定めること。」(新村
出編・広辞苑第4版)というように、事物に対して価値判断を行うことをいうこと
は、当裁判所に顕著である。
ところが、スイッチ5の「開」、「閉」の「品物の価格を定めること。また
評定した価格。」、「善悪・美醜などの価値を判じ定めること。」ないし「価値判
断を行うこと。」というのは、どういうことを指すのか、その技術的意義を理解す
ることができない。
この点に関して原告は、上記「評価」は、スイッチ5の切換え状態が変化し
た際に、スイッチ5が開又は閉のどちらに変化したかを確認することであると主張
する。
しかし、原告の主張は、「評価」という言葉の一般的な意味とは異なるもの
であるから、本願明細書の他の箇所の記載からその意義を認定することもできない
請求項7について、そのように限定して解釈することはできない。すなわち、一般
的な「評価」の用語法に基づき、マイクロプロセッサが、単なる「確認」以外の何
らかの価値判断をする発明についても請求項7記載の発明に含まれるとする主張な
いし解釈の余地がある以上、同項記載の発明の構成を特定しようとする場合には、
これを本願明細書の記載に基づかずに限定して解釈することはできないのである。
3 以上のとおりであるから、 原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その
他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第6 よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告
受理の申立てのための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法6
1条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官 山 下 和 明
裁判官 山 田 知 司
裁判官 阿 部 正 幸
別紙図面 第1図 第2図、第3図 第4図
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